大阪地方裁判所 平成12年(ワ)11409号 判決 2001年9月27日
原告
A野株式会社
上記代表者代表取締役
B山太郎
上記訴訟代理人弁護士
田中彰寿
同
宮川孝広
同
二之宮義人
同
北側勝
同
山地敏之
被告
C川保険株式会社
上記代表者代表取締役
D原松夫
上記訴訟代理人弁護士
岸本佳浩
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金四二〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成一二年一一月二日から支払済まで年六パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、自動車の買主との間の立替払い契約に基づき自動車の購入代金を立替払いして、売主から当該自動車の所有権を取得し、立替金について買主からの求償が完了するまで、その所有権を留保していた原告が、上記自動車は盗難されたとして、買主との間において自動車保険契約を締結していた被告に対し、保険金(車両保険金)の請求をした事案である。
なお、原告の上記請求に対して、被告は、①上記自動車保険契約は、買主が自己のために契約したものであり、第三者である原告のためになされたものではないから、原告が同契約に基づいて保険金を請求することはできない、②盗難の事実はないなどと主張している。
二 争いのない事実等(証拠等によって認定した事実については、その認定に用いた証拠を適宜掲記した。)
(1) 当事者
原告は、割賦購入斡旋等を目的とする株式会社であり、被告は、損害保険事業を目的とする株式会社である。
(2) 自動車保険契約の締結
E田竹夫(以下「E田」という。)は、平成一一年二月一八日、被告との間において、当時使用していた自動車(オペル)を被保険自動車として、次のとおり、自家用自動車総合保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
保険期間 同年三月二四日から平成一二年三月二四日まで
払込保険料 一二分割一一回払い
保険金額 二一〇万円
(3) 自動車の新規購入、立替払い委託及び被保険自動車の入替
E田は、平成一一年四月二三日、上記(2)の自動車を下取りにして、新規に下記自動車(以下「本件自動車」という。)を購入した。
車名 アリスト
登録番号 大阪《番号省略》
車台番号 JZS《番号省略》
そして、E田は、同日、原告との間において、本件自動車の購入代金五一一万〇四二〇円のうち、上記下取り代金二一一万〇四二〇円を差し引いた残金三〇〇万円についての立替払を原告に委託する旨の契約(以下「本件立替払い契約」という。)を締結した。その際、E田と原告は、E田が、原告に対し、上記三〇〇万円に分割払手数料三八万〇一〇〇円と公正証書作成費用一万五二〇〇円を加算した額を、平成一一年五月から平成一六年四月まで、分割して支払う旨、上記分割期間中は本件自動車の所有権を原告に留保する旨それぞれ合意した。
さらに、E田は、同月二四日、被告との間において、本件自動車の購入に伴い、本件保険契約の被保険自動車を上記(2)の自動車から本件自動車に入れ替え、保険金額を四八〇万円に増額する旨の合意(以下「本件車両入替契約」という。)をした。
(4) 分割金の支払状況等
E田は、原告に対し、同年五月分から一〇月分まで合計三五万三三〇〇円の分割金を支払ったが、同年一一月分以降の支払をしなかった。そして、E田は、同年一二月一〇日ころ、原告との間において、本件自動車を同月二一日に原告に返還する旨の合意(以下「本件返還合意」という。)をした。
また、E田は、被告に対し、同年三月分から同年一〇月分までの保険料を支払ったが、同年一一月分以降の保険料を支払っていない。
なお、E田は、同年一二月二八日、破産の申立てをしたため、上記分割金について期限の利益を喪失した。そして、平成一二年二月三日午後五時に破産宣告及び同時廃止の決定を受け、同年五月二四日に免責決定(同年七月六日確定)を受けた。
(5) 本件訴訟に至る経緯
E田は、平成一一年一二月二〇日、大阪府門真警察署に対し、本件自動車が盗難にあった旨の盗難届を出し、同日、被告に対しても、上記同旨の報告をした。
上記報告を受けた被告は、E田に対し、平成一二年二月二九日付けの通知書により、偶然の事故であることが疑わしいことや重要な事項についての通知義務違反があることを理由として、本件保険契約に基づく車両保険金の支払ができない旨通知したが、上記通知書においては、「車両保険金の被保険者(請求できる人)は被害車両の所有者と定められています。つきましては当該車両の所有者であるA野株式会社様(原告)にもその旨を貴殿から連絡いただければ幸いです。」との記載がなされていた。
そして、原告は、同年一〇月一八日、本件自動車の盗難による損害は四二〇万円であるとして、本件訴訟を提起した。
三 本件訴訟における当事者の主張の要旨
(原告)
(1) 本件保険契約は、原告を被保険者とし、又は原告とE田の双方を被保険者としてなされた契約である。
(2) 本件保険契約は、原告を被保険者として契約させれたものであるから、E田の被保険利益を前提とする被告の下記(2)及び(4)の主張は失当である。
(3) 被告は、E田に対しては、上記二(5)のとおりの記載がなされた通知書を送付しているにもかかわらず、本件訴訟においては、原告には本件保険契約に基づく保険金請求権はない旨主張するのは、禁反言の法理に反し、信義則上許されない。
(4) 本件自動車は、平成一一年一二月一九日午後一〇時ころから同月二〇日午前六時四〇分ころまでの間に、何者かによって盗難されたものである。
(被告)
(1) 本件保険契約締結当時において、原告もE田も本件自動車について被保険利益を有していたものであるが、本件保険契約は、E田が、自己のために締結したものであって、原告のために、あるいは、原告とE田の双方のために締結したものではないから、原告が本件保険契約に基づく車両保険金請求権を取得する余地はない。
(2) 本件自動車は、所有権留保期間中もE田が使用していたが、本件返還合意により、E田は、本件自動車について正当な使用権限を喪失したものであり、E田の本件自動車についての被保険利益は消滅したものであるから、本件保険金契約は失効した。
(3) 仮に、本件返還合意によって、本件自動車がE田から原告に譲渡されたといえるとしても、本件保険契約の約款によれば、被保険自動車が譲渡された場合は、本件保険契約上の権利関係は、譲受人に移転しないとされており、譲受人である原告が、本件保険契約上の権利関係を取得することはない。
(4) E田は、本件返還合意によって本件自動車についての正当な使用権限を喪失したことについて被告に通知しなかったのであり、本件保険契約の約款上ないし信義則上の通知義務に違反したといえるから、原告は、本件保険金契約に基づいて保険金の請求をすることはできない。
(5) 本件自動車が盗難された事実はない。
四 争点
(1) 原告は本件保険契約に基づく車両保険金請求権を有しているか。
(2) 本件自動車は盗難されたか。
第三争点に対する判断
一 争点(1)(原告の保険金請求権の有無)について
(1) 原告は、E田と被告との間において締結された本件保険契約が原告のためになされた契約(いわゆる第三者のためにする契約)であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、原告の上記主張は採用できない。
すなわち、①分割払いによって自動車を購入する者が自動車保険契約を締結する場合、分割払い期間中に保険事故が生じた場合の保険金の支払について保険会社との間で具体的な合意や取り決めをすることは少なく、分割払い期間中当該自動車の所有権を留保する売主のために買主が当該保険契約を締結する場合が多いとまではいえないこと、②保険料を自己負担している買主は、通常の場合、買主自身が保険契約に基づく保険金を取得することを期待しているといえること、③自動車保険会社としても、所有権が売主に留保されている自動車について買主と保険契約を締結する時点においては、将来保険事故が発生した時における所有権の帰属がどちらになるかの見通しが不明確な状況であるから、保険会社が、上記締結の時点で、第三者である売主のために保険を引き受ける旨の確定的な意思を有しているとまではいい難い場合が多いといえること、④売主としても、分割払い期間中の売却自動車の全損や盗難によって、所有権留保による代金支払の担保の実効性が失われる可能性があることは十分予想し得るのであるから、そのような事態に備えて、様々な措置をとることが可能であり、売主が保険金の支払を直接保険会社から受けることは、そのような措置の一つにすぎず、それ以外の債権担保ないし回収の方法が存在し得ること、⑤自動車保険契約の約款においては、他人のために締結する場合には、その旨を申込書に記載しなければ、当該保険契約は無効となる旨の条項が存在することが多く、場合によってはその旨の記載がない申込書によってなされた保険契約が無効となる事態も想定し得るから、そのような記載がなく、また他の記載や締結時の状況からしても、他人のためになされたかどうか不明なときには、自己のためにする契約と解してその契約の効力をなるべく維持する解釈をとるのが相当であると考えられることなどからすると、自動車保険契約を締結した当事者の合理的意思としては、当該契約が第三者のためにすることを示さないでなされた場合には、特段の事情がない限り、自己のためにする契約であると解するのが相当である。
これを本件についてみるに、平成一一年四月二四日付け自動車保険承認請求書に基づいてなされた、E田の被告に対する本件車両入替契約においては、いわゆる車両入替と保険金増額がなされたが、その際、被保険自動車である本件自動車の車両所有者欄は、自動車検査証上の所有者が原告とされていたにもかかわらず、空欄とされていたこと、本件保険契約の保険料はE田が負担してきたこと、本件車両入替契約締結から本件返還合意成立までの間、E田は、本件自動車を継続的に使用してきたことなどの事情が認められることに加え、本件全証拠によっても、本件保険契約が原告のためになされたことをうかがわせるような特段の事情も見出し難い本件においては、本件保険契約が第三者である原告のためになされた契約であると認めることはできない。また、上記説示によれば、本件保険契約が原告とE田の双方のためになされた契約であると認めることもできない。
(なお、原告は、実際の保険金の支払においては、分割金の既払割合等に応じて、売主と買主の双方に分割して支払われたり、一方に全額支払われたりすることがある旨主張するが、それは、売主が当該保険契約により当然に保険金請求権を取得することを前提になされているものではなく、買主が保険金として支払を受けた金員の中から売主に対する残代金を支払うという方法をとった場合における実際の手間を省くために三者が合意した上でなされているものというべきであり、その場合の保険会社からの売主への支払は保険契約に基づくものというよりは、そのような三者間の合意に基づくものである場合が多いというべきである。また、被告からE田に対してなされた通知の内容が原告主張のとおりであるとしても、そのことから直ちに、原告に保険金請求権が帰属しない旨の被告の主張が信義則上許されなくなるとまではいえない。)
(2) また、本件保険契約上の約款によれば、被保険自動車が譲渡された場合でも、本件保険契約上の権利関係は、譲受人に移転しないとされているから、仮に、本件返還合意によって、本件自動車がE田から原告への譲渡されたと法的に扱うことができたとしても、本件保険契約上の権利関係がE田から原告に移転するとはいえないから、E田自身のためにする契約として締結された本件保険契約に基づく車両保険金請求権を原告がE田から取得する余地はなく、原告が、本件自動車保険契約に基づく車両保険金を被告に対して請求することはできないといわざるを得ない。
二 以上によれば、その余の点(争点(2)(本件自動車の盗難の有無)について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
第四結語
よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 三島琢)