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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)14174号 判決 2002年5月31日

原告

星山こと李美華

被告

安達未禮

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金三六六一万二三七九円及びこれに対する平成一〇年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金四五六八万六一〇八円及びこれに対する平成一〇年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、交通事故で受傷した原告(当時六歳)が、加害車両の運転者に対しては民法七〇九条により、同車両保有者に対しては自動車損害賠償保障法三条により、損害の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

(1)  原告と被告安達末禮(以下「被告安達」という。)との間で、下記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成一〇年七月一〇日午前八時一五分ころ

場所 大阪府東大阪市菱屋東一丁目二番二二号先路上

加害車両 普通貨物自動車 大阪八八は二六七四(以下「被告車両」という。)

運転者 被告安達

保有者 被告株式会社広田清掃(以下「被告会社」という。)

態様 上記場所所在の歩道上を歩行中の原告が車道上に出たところ、被告車両によって右足を轢過されたもの。

(2)  原告は、本件事故により、右足第四、第五趾切断、右足関節部及び右足裏部皮膚消失、右足第一趾脱臼等の傷害を負い、下記のとおり入通院して治療を受けたが、平成一一年四月一九日、右足第四、第五趾喪失、右足第一ないし第三趾機能障害、右足指痛、右足底部痛、右足荷重困難、歩行時疼痛等の症状を残して症状固定と診断され、同後遺障害については自賠責調査事務所から後遺障害等級八級との認定を受けた(甲第二号証ないし第六号証、第一〇号証ないし第一二号証、第一六号証ないし第一八号証、弁論の全趣旨)。

ア 関西医科大学附属病院救命救急センター

平成一〇年七月一〇日~同月一七日入院

イ 同病院形成外科

平成一〇年七月一八日~同年一〇月一五日入院

同年七月一四日~平成一一年四月一九日通院(実通院日数三六日)

ウ 河内総合病院

平成一一年二月二四日~同年六月四日通院(症状固定日までの実通院日数一三日)

(3)  被告安達は民法七〇九条により、被告会社は自動車損害賠償保障法三条により、連帯して原告の損害を賠償すべき義務を負う。

(4)  原告は、本件事故による損害の填補として、被告らから合計二〇七三万一一三六円の支払を受けた。

二  争点

(1)  過失相殺

(被告らの主張)

本件事故現場は、歩車道の区別があり、かつ、車道幅員が狭く、歩行者が車道に進出する行為は車両との接触の危険性を増大させるものであり、仮に、歩道上にゴミが置かれていたとしても、歩道が通行不可能というほどのことはないから、原告の年齢や原告が児童集団中にあったことを考慮しても、原告には過失がある。

(原告の主張)

本件事故現場は、小学生の通学路になっており、日頃清掃業務に従事し本件事故現場を巡回していた被告安達はそのことを熟知していたことからすれば、通学中の児童に十分な注意を払わなかった同被告には重大な過失があり、原告に過失相殺されるべきほどの過失は存しない。

(2)  損害

(原告の主張)

ア 治療費 六七六万二一五七円

被告らにおいて全額支払済みである。

イ 入院雑費 一二万七四〇〇円

日額一三〇〇円、入院日数九八日間。

ウ 付添看護費 四七一万二六九六円

日額一万六五九四円(母親の本件事故前三か月間の平均収入日額)、入院日数九八日間及び通院日数一八六日間分。

エ 交通費 八万六五〇〇円

関西医科大学への通院には自家用車を使用し、高速代金及び駐車場代金として日額一九〇〇円を要したが、より安価な電車代片道六一〇円をもとに算定した。

オ 医師への謝礼 五万〇〇〇〇円

カ 将来の手術費用 九〇〇万〇〇〇〇円

原告の右足底は本来の皮膚がほとんど失われており、歩行等により皮膚潰瘍を引き起こしやすく、ひいては瘢痕癌を発症する危険性が高いため、最低限症状固定時の状態を維持するために足底再建手術が必要不可欠であるが、原告が未だ若年であり、同手術は原告のある程度の成長を待って行う必要があるため、症状固定後に行わざるを得ない。同手術には一回四五〇万円程度を要し、近年中に二回程度の手術が見込まれるから、九〇〇万円を請求する。

キ 器具購入費

(ア) 被告ら既払い分 五二万七二九九円

(イ) 足指義足足底板一体型装具 七六四万二〇九四円

一回の作成費用三九万〇八〇〇円、耐用年数一年、平均余命までのライプニッツ係数一九・五五五。

(ウ) 足底板(夜用) 五五万一八八一円

一回の作成費用二万八二二二円、耐用年数一年、平均余命までのライプニッツ係数一九・五五五。

(エ) ボンド(着用) 一八七万七二八〇円

年間費用九万六〇〇〇円、平均余命までのライプニッツ係数一九・五五五。

(オ) クリーナー(脱用) 三六六万〇六九六円

年間費用一八万七二〇〇円、平均余命までのライプニッツ係数一九・五五五。

(カ) レストンスポンジ 五三万七四三〇円

年間費用六万九六〇〇円、予想される必要期間(再建手術完了の一年後まで)一〇年間のライプニッツ係数七・七二一七。

ク 後遺障害逸失利益 二三八九万五〇八五円

原告は、症状固定時七歳の女子であるところ、義務教育終了までの女子年少者につき逸失利益算定の基礎収入として賃金センサスによる女子労働者の平均賃金を用いることは合理的でなく、男女を併せた全労働者の平均賃金を用いるのが合理的であるから、基礎収入を平成一〇年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・全労働者の平均年収四九九万八七〇〇円とし、労働能力喪失率を四五パーセントとして逸失利益を算定すれば、下記のとおりとなる。

四、九九八、七〇〇×〇・四五×(一八・九二九二-八・三〇六四)=二三、八九五、〇八五

ケ 入通院慰謝料 二七五万八〇〇〇円

コ 後遺障害慰謝料 八五〇万〇〇〇〇円

サ 弁護士費用 四二二万四〇〇〇円

よって、原告は、被告らに対し、連帯して上記損害額合計七四九一万二五一八円から既払い金合計二〇七三万一一三六円を控除した損害金五四一八万一三八二円の内金四五六八万六一〇八円及びこれに対する本件事故の日である平成一〇年七月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告らの主張)

損害については、いずれも不知若しくは争うが、特に、以下の点を主張する。

ア 付添費用については、その必要性、相当性及び日額単価の妥当性を争う。

イ 将来手術費用に関しては、潰瘍の発生を繰り返し癌化する蓋然性が高いとまではいえないから、これを防止するために手術の必要性があるとまではいえないし、仮に手術の必要性が認められるとしても一回の手術費用はより低額となる可能性があるから額の相当性を争う。また、手術予定時期までの中間利息を控除する必要がある。さらに、自賠責調査事務所は、原告の後遺障害を認定するに当たり、原告の右足底部の瘢痕について、その潰瘍化に伴う装具の必要性や歩行への支障等を勘案した上、神経系統の障害として評価し、後遺障害等級九級一〇号と認定したものであり、後遺障害慰謝料の中には将来手術に要する費用がある程度盛り込まれているものというべきであるし、手術を行うことにより回復・改善される状態を前提とした場合の後遺障害逸失利益・慰謝料と症状固定時の状態を前提としたそれら損害との差額が考慮されるべきである。

ウ 器具購入費についても、原告の請求は、必要かつ相当な期間を超えるもので、金額も相当でない。なお、既払いとされる金額中、三二万八二二二円は症状固定後の費用である。

第三争点に対する判断

一  争点(1)について

(1)  甲第四〇号証、乙第五号証、被告安達本人及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件事故現場の状況は、別紙「交通事故現場の概況(三)現場見取図」(以下「別紙図面」という。)記載のとおりである。東西方向に走る道路(以下「本件道路」という。)は、東向き一方通行の見通しのよい直線道路で、道路南側において歩車道が区別され、その間に一部歩道柵が設けられているが、交差点の約一四・九メートル東方に位置する本件事故現場付近においては、歩道柵がなく、また、歩車道間の段差もない。

イ 被告安達は、被告車両(ゴミ清掃車)を運転し本件道路を東進してきて別紙図面記載<1>地点で一時停止した際、南側歩道上を東方から西方に向かって歩行してくる児童の集団を認めたが、特段児童らの動静を注視したり車両をできるだけ左に寄せるなどの措置を取ることなく、車両右側部と歩道境との間隔を約〇・三メートル取っただけで、進路前方を見ながら時速約一〇ないし一五キロメートルの速度で被告車両を走行させたところ、同<4>地点付近で児童らのはしゃぎ声を耳にし、その直後、同<5>地点で車道上に進出してきた原告の身体に自車右前角を接触させて原告を路上に転倒させ、急制動の措置を講じて同<6>地点付近で被告車両を停止させた。

ウ 原告は、本件事故当時小学一年生であり、姉とともに集団登校の集合場所に向かうため、南側歩道を東方から西方に歩行してきたものであるが、上記のとおり車道上に進出して別紙図面<×>地点で被告車両と接触転倒し、その際、同車両右前輪で右足を轢過された。

(2)  以上のとおり認定した事実によれば、被告安達は、歩道上を対向歩行してくる通学途中の児童集団を認めたのであるから、本件道路の車道部分の幅員が狭く、また、歩車道間には歩道柵が設けられていない部分もあったことからして、児童らが突然車道上に進出してくることもあり得ることを予測し、児童らの動静を十分注視するとともに、できるだけ歩道との間に間隔を保って徐行すべき注意義務があったというべきところ、その注意に欠けるところがあったということができるから、その過失は重いというほかない。

他方、原告としても、歩車道の区別された本件道路においては、特段の事情の存しない限り歩道上を通行すべきであったところ、理由は必ずしも明らかでないが、前記のとおり対向方向から被告車両が進行してきていたにもかかわらず幅員の狭い車道上に進出したことにより被告車両と接触したものであり、本件事故現場の状況からして、原告に歩道を通行することのできない特段の事情が存したとは認められないから、原告が小学一年生の児童であったことや、他の児童らと集団で歩行中であったことを考慮してもなお、若干の過失相殺は免れないというべきである。

(3)  以上によれば、本件事故による原告の損害については一割の過失相殺をするのが相当である。

二  争点(2)について

(1)  治療費 六七六万二一五七円

甲第七号証ないし第一二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の関西医科大学附属病院及び河内総合病院における症状固定日までの治療費は、被告らにおいて全額支払済みであり、その金額は六七六万二一五七円であることが認められる。

(2)  入院雑費 一二万七四〇〇円

原告の入院日数は九八日間であることが認められるところ、同期間につき日額一三〇〇円の入院雑費としての損害が生じたものと認めるのが相当であるから、これを計算すれば一二万七四〇〇円となる。

(3)  付添看護費 一七五万五一八〇円

原告の年齢からして、原告が入院した病院の看護体制の如何にかかわらず、入院及び通院に際しては親族による付添の必要性が存したものというべきであるから、付添看護費としての損害が発生したものと認められる。

甲第三六号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の入通院期間中、母親である崔正代が付添に当たったこと、同女は本件事故当時ホステスとして稼働しており、本件事故前三か月間(九一日間)に合計一四九万三四〇〇円(日額換算一万六四一〇円)の給与収入があったことが認められるところ、原告の年齢等からすれば、少なくとも入院期間中の原告の付添看護については母親が仕事を休んで付き添うことがやむを得ないものと認められるから、入院付添費に関しては正代の上記収入日額をもって算定するのが相当というべきであるが、通院付添費に関しては、正代の勤務時間帯が夜間であると考えられることからして休業の必要性が存したとは認めがたいから、日額三〇〇〇円とすべきである。症状固定日までの関西医科大学附属病院及び河内総合病院への実通院日数は四九日である。

一六、四一〇×九八+三、〇〇〇×四九=一、七五五、一八〇

(4)  交通費 二万一九六〇円

関西医科大学附属病院への通院に電車を利用した場合の往復交通費は六一〇円であることが認められるところ、症状固定日までの同病院への実通院日数は三六日であるから、交通費相当の損害額は二万一九六〇円となる。

(5)  医師への謝礼 〇円

これを支払ったものと認めるに足りる証拠はないから、損害として認められない。

(6)  将来の手術費用 二三〇万二五〇〇円

ア 甲第二三号証、第二四号証、第三九号証、第四〇号証、原告法定代理人李末男及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告の右足底は、本来の皮膚がほぼすべて失われ、一部には臀部からの遊離植皮術によって補填された皮膚が存在し、残りは瘢痕によって覆われており、歩行や運動により容易に皮膚潰瘍が出現しやすい状態となっていて、実際に症状固定後に皮膚潰瘍が発生したことがあり、潰瘍化を繰り返せば瘢痕癌を発生する危険性が高いため、足底再建手術が必要である。

(イ) 足底再建手術は、通常、反対側の足底土踏まずから、皮膚及び皮下組織に血管と神経を付けたまま皮膚を採取し、顕微鏡下にこれらを吻合して血行再建を図るというものであるが、未だ成長が完成していない小学生の場合、被採取側の足底の成長障害を引き起こす可能性があり、また、血管等が細く手術の成功率も低いことから、ある程度の成長を待って行う必要がある。

(ウ) 上記手術によっては、再建を要する原告の足底三か所の内、踵部しか再建できず、残りの第一趾、第五趾中足骨骨頭の二か所は他の方法により再建することになるが、足底皮膚と同様の強度を持つ皮膚を用いることができないため、再建後も保護材なしの歩行や運動には危険性を伴う。

(エ) 手術回数としては、一回ですべての移植手術を終えることが予定されているが、踵部とそれ以外の部位との二回程度に分けて行う可能性も否定できず、一回の手術費用としては、三七五万円ないし四五〇万円(保険点数を一点一五円として換算。)程度と見込まれる。

イ 以上の事実によれば、原告の右足底については、皮膚潰瘍の発生を防止するため再建手術を行う必要性が存することが認められるところ、手術時期、回数及び費用について現時点では必ずしも明確とはいい難いけれども、少なくとも原告の成長がほぼ完了すると見込まれる一七歳ころに一度の再建手術が行われるであろう蓋然性は相当程度認められるというべきであるから、手術費用を三七五万円として、症状固定日(原告七歳)から一〇年間の中間利息をライプニッツ方式で控除して現価を求めれば、下記のとおりとなる。

三、七五〇、〇〇〇×〇・六一四=二、三〇二、五〇〇

上記以外の手術に関しては、必ずしも現時点で手術を行う蓋然性が高いとまではいうことができないから、これを将来手術費用として認めることはできないが、後記後遺障害慰謝料において考慮することとする。

(7) 器具購入費

ア  甲第二〇号証ないし第二二号証、第二四号証、原告法定代理人李末男及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告の足底の前記状態からして、再建手術実施前においては皮膚潰瘍の発生の危険性から足底全体を保護するため、また、同手術実施後も踵部を除いた部分を保護するため、足底の一部のみに荷重がかかることを防止するための足底板や、摩擦による損傷を防止するためのスポンジ、ハイドロコロイド剤などが必要である。

(イ) 主として切断状態にある原告の第四趾、第五趾の断端部の保護及び成長障害を起こしている患側と健側に同サイズの靴を装用するために、付随的には原告の精神的な衝撃を緩和するために、義肢装具の装着が生涯にわたって必要である(再建手術によっては、足趾を再建することができないため。)。

(ウ) レストンスポンジは、足底板と足底皮膚の摩擦による傷害を防止するために必要なものであるが、足底再建手術後傷の状態が落ち着けば足底板を直接装用することが可能となるため、必要な期間は再建手術後半年程度までと見込まれる。

イ  以上の事実によれば、原告の請求する器具購入費については、いずれもその必要性を認めることができる。以下、費目毎に検討する。

(ア) 被告ら既払い分 一九万九〇七七円

弁論の全趣旨によれば、被告らが負担済みの器具購入費五二万七二九九円には、症状固定日以後の費用三二万八二二二円が含まれていることが認められるから、これを除いた一九万九〇七七円を積極損害と認める。

(イ) 足指義足足底板一体型装具 七六四万二〇九四円

甲第二五号証、第二六号証、第二八号証によれば、上記装具の一回の作成費用は三九万〇八〇〇円であること、その耐用年数は概ね一年程度であることが認められるところ、原告は、症状固定時七歳であり、平均余命はおよそ七八年間(ライプニッツ係数一九・五五五)であるから、これに要する費用は下記のとおりとなる。

三九〇、八〇〇×一九・五五五=七、六四二、〇九四

(ウ) 足底板(夜用) 五五万一八八一円

甲第四二号証及び弁論の全趣旨によれば、同装具の一回の作成費用は原告請求額である二万八二二二円を下らないこと、耐用年数は一年程度であることが認められるから、前記平均余命までのライプニッツ係数を乗じて計算すれば、五五万一八八一円となる。

(エ) ボンド(着用) 一八七万七二八〇円

甲第二七号証及び弁論の全趣旨によれば、足指義足足底板一体型装具の着用に際して必要となるボンドの年間費用は約九万六〇〇〇円であることが認められるから、平均余命までに要する費用を計算すれば、一八七万七二八〇円となる。

(オ) クリーナー(脱用) 三六六万〇六九六円

甲第二七号証及び弁論の全趣旨によれば、足指義足足底板一体型装具の脱用に際して必要となるクリーナーの年間費用は約一八万七二〇〇円であることが認められるから、平均余命までに要する費用を計算すれば、三六六万〇六九六円となる。

(カ) レストンスポンジ 五三万七四三〇円

甲第四八号証の一ないし九及び弁論の全趣旨によれば、同装具に要する年間費用は概ね六万九六〇〇円であることが認められるところ、前記認定の事実によれば、その必要期間は約一〇年間(ライプニッツ係数七・七二一七)と見るのが相当であるから、これを計算すれば五三万七四三〇円となる。

(8) 後遺障害逸失利益 二三七四万四〇二九円

ア  年少未就労者の後遺障害逸失利益を算定するに当たり、当該年少者が症状固定時若しくは口頭弁論終結時において未だ就労年齢に達していない場合には、将来、いかなる学歴を経て、どのような職種に従事し、どの程度の収入を上げることができるかを一般的に予測することが極めて困難であるため、収入資料としては症状固定時の賃金センサスを前提とせざるを得ないところ、本件原告の症状固定時である平成一一年度の賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・全年齢の全労働者平均賃金が四九六万七一〇〇円、男子労働者平均賃金が五六二万三九〇〇円、女子労働者平均賃金が三四五万三五〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実である。

ところで、賃金センサスは、現在就労する労働者の収入に関する限り、現実の労働市場における男女間の賃金格差等の実態を反映したものということができるけれども、就労開始までに相当な期間のある年少者の場合にこれをそのまま当てはめることは、将来の社会状況や労働環境等の変化を無視することになり、交通事故被害者の内、特に年少女子に対し、公平さを欠く結果となりかねない。何故なら、今日では、雇用機会均等法の施行や労働基準法における女性保護規定の撤廃、あるいは男女共同参画社会基本法の施行等、女性の労働環境を取り巻く法制度がある程度整備され、それに伴って女性の職域、就労形態等が大きく変化しつつあるということができ、現実社会において、男性と同等かそれ以上の能力を発揮し、男性並みの賃金を取得している女性は決して珍しい存在ではなくなってきているからである。

本件について検討すると、原告の症状固定時の賃金センサスにおいて、男子労働者の平均賃金と女子労働者のそれとでは、年収にして二一七万〇四〇〇円の開きがあるところ、原告が本件事故当時においては六歳、症状固定時には未だ七歳で小学校二年生に在籍中であり、就労を開始するものと一応見込まれる一八歳の年齢に達するまでには約一一年間を要し、前記のような社会状況等の変化を踏まえれば、同女が将来男性並みに働き、男性並みの収入を得られる蓋然性は相当程度認められるというべきであるから、女子平均賃金をもって基礎収入とするのは損害の公平な分担という見地からして相当であるとはいいがたく、むしろ、年少者の職域や就労形態の多様な可能性を考慮すれば、全労働者の平均賃金をもって逸失利益算定の基礎収入とするのが相当というべきである。

イ  原告の前記後遺障害の内容、同後遺障害につき自賠責保険事務所が後遺障害等級八級と認定していること、前記足底再建手術は皮膚潰瘍の発生防止を主たる目的とするものであって、同手術によっても原告の足指等の機能の回復が期待されるわけではないことなどに鑑みれば、原告は、同後遺障害によって、一般的に稼働可能と考えられる六七歳までの期間を通じ、労働能力を四五パーセント喪失したものと認めるのが相当というべきである。

ウ  以上により、原告の就労開始年齢までの期間を考慮した上で中間利息を控除して後遺障害逸失利益を算定すれば、下記のとおりとなる。

七歳~六七歳(六〇年間)のライプニッツ係数 一八・九二九二

七歳~一八歳(一一年間)のライプニッツ係数 八・三〇六四

四、九六七、一〇〇×〇・四五×(一八・九二九二-八・三〇六四)=二三、七四四、〇二九

(9) 入通院慰謝料 二七〇万〇〇〇〇円

原告の受傷内容・程度、前記症状固定日までの入通院期間、実通院日数、その他の事情を考慮すれば、原告の入通院慰謝料は、二七〇万円が相当である。

(10) 後遺障害慰謝料 八五〇万〇〇〇〇円

原告の後遺障害は八級に該当するものであり、本来、後遺障害慰謝料としては八〇〇万円程度が相当であるところ、原告については、前記認定の将来手術費用以外にも、手術が必要となる可能性を完全には否定しがたいこと、その他諸般の事情を考慮すれば、後遺障害慰謝料として請求どおり八五〇万円を認めるのが相当である。

(11) 過失相殺

上記損害額の合計は六〇三八万一六八四円となるところ、前記のとおり一割の過失相殺を行うのが相当であるから、過失相殺後の損害額は、五四三四万三五一五円となる。

(12) 損益相殺

原告が、本件事故による損害の填補として、被告らから合計二〇七三万一一三六円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを上記損害額から損益相殺すると、三三六一万二三七九円となる。

(13) 弁護士費用 三〇〇万〇〇〇〇円

上記損害額その他諸般の事情に照らせば、原告の弁護士費用中、三〇〇万円を被告らに負担させるのが相当であるから、これを加算した後の損害額は三六六一万二三七九円となる。

三  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告らに対し、連帯して金三六六一万二三七九円及びこれに対する平成一〇年七月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井健太)

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