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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)1444号 判決 2001年3月09日

原告

久松博行

右訴訟代理人弁護士

小林徹也

(他三名)

被告

西日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

南谷昌二郎

右訴訟代理人弁護士

天野実

加納克利

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

1  原告が、被告に対し、雇用契約に基づく権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、平成一一年一〇月以降毎月二三日限り、月額二七万九四九七円の割合による金員の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第2項について仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 被告は、昭和六二年四月一日に設立された旅客鉄道事業等を目的とする株式会社である。

(二) 大誠電機工業株式会社(以下、単に「大誠電機」という)は、昭和二一年一〇月に設立され、主に車両及び各種電機機械器具の製造・修理並びに販売を目的とする株式会社である。従業員数は、平成一一年一二月現在一三名である。

(三) 原告は、平成二年一一月に大誠電機に入社し、翌平成三年三月から平成一一年九月三〇日まで、被告の吹田工場における車両の入換・誘導業務(以下「本件業務」という)に従事してきた者である。大誠電機においては、平成一〇年五月一六日、全大阪金属産業労働組合大誠電機分会(以下、単に「組合」という)が結成されたが、原告はその分会長である。

2  原告と被告の黙示の雇用契約成立

(一) 本件業務は、被告と大誠電機の間の請負契約(以下「本件請負契約」という)の目的という形をとるものの、それだけ切り離して独立した業務として請負契約の対象となるものではなく、右契約の実質は労働者の供給契約ないし派遣契約である。これは単なる取締法規違反として捉えるべきものではなく、実質的な関係に着目して黙示の雇用契約と捉えるべきである。そして、雇用契約が成立するための本質的要素は労働の内容・遂行方法・場所等とこれに対する賃金の決定であるところ、これらを決定しうる者を雇用契約の使用者と評価すべきである。被告は、本件業務について、指揮命令する地位にあったし、原告の賃金も実質的に決定していたのであるから、原告と被告との間には、雇用契約が成立していたといいうる。

(二) 本件業務は、被告が吹田工場において行う検査・修理、廃車、試運転等の業務のための車両入換誘導であって、被告の業務と不可分一体のものであり、具体的な作業については、裁量の余地はなく、被告から貸与された用具を使用し、被告の従業員から指揮・監督を受けていたし、勤務日、勤務時間、残業についても被告の指示に従っていた。

(三) また、原告が吹田工場において作業を行うについては、被告の実施する適性試験を受験し、これに合格することを要したのであって、これは被告による労働者の選別である。

(四) 原告の賃金は、その業務量に関わりなく毎月一定額の支払がされている。

(五) 大誠電機は、本件業務を行うために適した人的物的設備もなく、また、被告からの要請を受けるまでは、全く本件業務を扱ったこともなく、その後も被告以外では本件業務と類似の業務を行ったことは全くないのであって、本件業務に関しては企業の実態を有しない。

(六) 以上のとおり、本件業務は、実質的には、原告を含む本件業務従事者が被告に単なる労働力を提供していたにすぎず、被告と本件業務従事者である原告との間に、平成三年三月、黙示の雇用契約が成立した。

3  大誠電機の法人格否認(被告による法人格濫用)

被告は、次の二つの目的で大誠電機の法人格を濫用したものである。

一つは、大誠電機の被告に対する職業安定法四四条に違反した労働者供給を隠蔽する目的である。

被告は、本来的には、自らが正式に社員として採用し、被告の雇用責任において本件業務に従事させなければならないところ、そのような雇用契約上の責任を回避するため、大誠電機と共謀して、大誠電機の名下に採用を仮装し、実際上は労働者供給ないし違法派遣を行い、違法に就労させてきたものである。そして、その違法な就労状態は、原告を不安定な労働関係に置くもので極めて不正義な契約関係であって、公序良俗に反するものである。そこで、その違法状態を解消させ、同時に実態的に兼ね備えていた労働関係を法的に合致させるために、被告に原告が被告の従業員たる地位を否定し得ないという結果をもたらすことが公平で正義に適う。

他の一つは、労働組合を結成した者を企業から放逐する目的である。原告ほか吹田工場で本件業務を行っていた者六名が平成一〇年五月一六日、組合を結成したが、被告はこれを嫌悪し、これらの者を企業外に放逐する目的のために、大誠電機の法人格を濫用したものである。

4  被告の不法行為

仮に、原告と被告との間に労働契約の成立が認められず、原告の直接使用者は大誠電機であり、原告が本件請負契約に基づいて吹田工場において就労していたものであるとしても、本件請負契約は、実質的には、被告と原告との労働契約であり、原告は本件請負契約の履行のためだけに大誠電機に雇われた者で、また、一六年もの間契約を形式的に更新し続けて利益をあげてきた被告と原告との間には、継続的契約関係を基礎とした信頼関係が形成されていたとみるべきであり、合理的理由なく、右請負契約の更新を拒絶することは許されない。

しかるに、被告は、大誠電機に労働組合が結成されたことを理由に、本件請負契約を拒絶したものであって、原告はそのため大誠電機から解雇されることとなったが、被告の本件請負契約更新拒絶は大誠電機に対する契約上の信義則違反であることはもちろん、原告に対しては原告の大誠電機に対する雇用継続についての合理的期待権を侵害(債権侵害)したものとして不法行為責任に問われるべきである。

5  賃金

原告は一か月あたり二七万九四九七円の賃金を得ていた。その支払日は毎月二三日である。

6  請求

よって、原告は、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、賃金、予備的に賃金相当の損害金ないし慰藉料として平成一一年一〇月以降毎月二三日限り、月額二七万九四九七円の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

(二)  同1(二)及び(三)の事実はいずれも知らない。

2  同2の事実は否認する。

大誠電機は、本件業務に関しても企業としての実態を有している。本件業務は被告から独立事業主たる大誠電機に対して委託され、大誠電機が原告ほかの同社の従業員を使用して遂行していたものであり、かつ、大誠電機はその従業員の採用、配置転換、賃金支給等の労務管理を自ら行っていたもので、原告と被告との間に黙示の労働契約が成立する余地はない。

3  同3の事実は否認する。本件業務について大誠電機と請負契約を締結するようになったのは、旧国鉄のころの経営合理化のための外注施策によるものであり、被告もその施策を引き継いだにすぎない。

4  同4の事実は否認する。本件請負契約の終了は、大誠電機からの申入れに基づき合意の上で行われたものであって、被告が一方的に更新を拒絶したものではない。また、本件請負契約終了と原告ほかによる組織結成とは何の関係もない。

5  同5の事実は知らない。

理由

一  当事者

請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。

(証拠略)によれば、同1(二)及び(三)の各事実を認めることができる。

二  原被告間の黙示の雇用契約の成立

(証拠略)によれば、大誠電機は、本件業務を担当する以前から電車部品の修理等を請け負っていた独立した企業であり、資本においても、役員についても、被告とは全く独立した企業であること、原告は、平成二年一二月ころ、大誠電機の従業員募集広告を見て、同社に応募し、同社において面接の上、採用されたこと、原告は面接の際、大誠電機の担当者に電車誘導係の勤務を希望し、その後、同係に欠員が生じたことから、平成三年二月に、被告が実施した運転適性検査及び医学適性検査を受験し、合格して、同年三月から被告の吹田工場における本件業務担当に配転されて、同工場において勤務するようになったこと、原告に対する賃金は、大誠電機の賃金規定に基づき、同社が原告の勤務状態を把握し、計算して支払っていたことを認めることができる。

右事実に鑑みるに、原告が本件業務に従事するについて、被告と雇用契約を締結する意思をもっていたとはいえないし、また、被告が原告と雇用契約を締結する意思を有していたと認める証拠もないから、原告と被告との間に雇用契約が締結されたと認めることはできない。

原告は、本件請負契約の実質が被告に対する労働者の供給契約ないし派遣契約であるというが、そうであるとしても、これが原告と被告との間の雇用契約を成立させる理由となるものではない。

また、原告は、原告と被告との間に、指揮監督関係があり、原告の賃金を実質的に被告が決定しているから雇用契約が成立していると主張するところ、本件業務が被告において行う電車の点検修理のための準備作業という性質を有するものであって、その作業は被告における作業計画に合わせる必要があること等からすれば、本件業務に関して被告が指揮監督を行っていたことは否定できないが、そのような指揮監督関係があるからといって、原告の大誠電機に対する労務提供という関係が否定されるものではないし、原告の具体的な賃金の決定については全く大誠電機において決定されていたものであるうえ、雇用契約の意思表示の相手方については、前述のように、原告としても大誠電機と雇用契約を締結する意思であり、二重に契約する意図があったと窺える事情はないし、被告に原告を雇用する意思があったとは認められないから、契約が成立する余地はなく、原告の右主張は採り得ない。

三  大誠電機の法人格否認(被告による法人格濫用)

原告は、被告が大誠電機の被告に対する職業安定法四四条に違反した労働者供給を隠蔽する目的で大誠電機の法人格を濫用している旨主張する。

しかしながら、前述のとおり、大誠電機は各種電機機械器具の製造、修理、販売等を目的とする被告とは独立した人格を有する実態のある企業であって、原告は大誠電機と雇用契約を締結していた者で、原告に対する雇用契約上の責任は大誠電機が負担するものであることからすれば、仮に被告が職業安定法四四条に違反した労働者供給を受けてきたとしても、それは同法違反というだけであって、未だこれを公序良俗違反とまでいう事情はなく、大誠電機の法人格を否認して、原告を被告の従業員とみなさなければならない理由はない。

また、原告は、被告が平成一〇年五月一六日の組合結成を嫌悪し、組合員を企業外に放逐するという不当労働行為目的のために、大誠電機の法人格を濫用した旨主張するが、本件請負契約は右組合結成の前から行われていたものであるし、被告に不当労働行為目的があったとしても、それが原告を被告の従業員と扱わなければならない理由となるものではない。

四  被告の不法行為

原告の主張は、原告が大誠電機に対して有した雇用継続についての合理的期待権を被告の本件請負契約の更新拒絶によって侵害されたというものである(原告の最終準備書面によれば、右主張が維持されているかどうか疑問がないわけではないが、撤回されてもいないので、維持されているものとして判断する)。

(書証略)によれば、平成一一年の初めころ、被告において本件請負契約の不更新を検討し、同年五月ころ、その方針が決定し、大誠電機も被告の方針に応じたことを認めることができる。基本的には、契約を締結するかどうか、期限が来る契約を更新するかどうかは契約当事者の自由であって、被告の更新拒絶に大誠電機も承諾したとすれば、これをもって大誠電機に対する債務不履行ということはできないし、その更新拒絶の結果、大誠電機が原告を解雇するかどうかは大誠電機の事情であって、更新拒絶が原告が大誠電機に対して有するという雇用継続についての合理的期待権を侵害する関係にはない。してみれば、原告の右主張は採用できないものである。

なお、原告は、最終弁論期日に提出し、陳述した最終準備書面において、被告の不法行為事実として、被告と大誠電機の間の本件請負契約が職業安定法四四条に違反するものであって原告に対する不法行為にあたる旨をるる述べるが、そのことは原告の請求する損害賠償の原因である賃金喪失とは何ら関係がない。右主張が原告の大誠電機に対する雇用継続についての合理的期待権を侵害したことに対する損害賠償請求権と異なる請求権を主張するものであれば、時機に後れたものであるから、その主張を許さないものとする。

五  結語

以上によれば、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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