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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)2408号 判決 2001年3月23日

原告

安倉健治

右訴訟代理人弁護士

小山孝德

被告

中外爐工業株式会社

右代表者代表取締役

谷川正

右訴訟代理人弁護士

益田哲生

種村泰一

勝井良光

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し二三七九万一二〇〇円及びこれに対する平成一二年二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告の本社、支社、営業所及び国内外子会社の掲示板に一〇日間引き続き、A4用紙に活字サイズ18で次の謝罪通知の掲載をせよ。

「謝罪通知

平成一二年一月二五日安倉健治に対して出された懲戒解雇処分は、誤りにつき撤回する。

平成一二年一月三一日転進援助制度に基づく退職とする。

安倉健治および親族友人等に多大の迷惑を及ぼしたことを謝罪する。

平成 年 月 日

中外炉工業株式会社

代表取締役社長 谷川正

神戸市(以下、略)

安倉健治殿」

第二事案の概要

本件は、被告から懲戒解雇の意思表示を受けて退職金不支給とされた原告が、右懲戒解雇は不当であると主張して、退職金等の支払いと名誉回復措置としての謝罪広告の掲示を求めた事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠上明らかな事実等)

1  当事者及び本件解雇に至る経過

被告は、各種工業炉、産業機械、環境設備、燃焼設備等の設計、製作を行う熱技術の総合エンジニアリング会社であり、顧客の製造設備について、見積から、設計、製作、据付、試運転に至るまでの工程を一貫して担い、顧客の求める製品が製造されることを確認して設備を引渡すまでを業としている。

原告は、昭和六二年に被告に雇用された従業員であったが、台湾のSYSCO社向けCCL(カラーコーティング設備)のラミネータ装置(貼付機)開発にプロジェクトマネージャーとして従事していた平成一一年一二月八日、被告が推進していた転進援助制度の利用を申し出て退職願を提出し、同月二〇日、右退職届が受理された。

原告は右退職届とともに、「私は中外炉工業株式会社を退職するにあたり次のとおり誓約致します」「技術上の情報(図面類、技術計算書類、仕様書類、データ類、B/M類製造技術類など)及び営業上の情報(顧客リスト類、仕入先リスト類、販売マニュアル類、財務データなど)は一切持ち出しておりません」等と記載された誓約書(書証略。以下「本件誓約書」という)を被告に提出し、その旨誓約した。

しかるに、原告は、平成一一年一二月一八日及び二九日、段ボール箱九箱分の技術資料等を自宅に配送した。

原告が自宅に配送した右技術資料等には、設計図面(書証略。以下「本件設計図面」という)、設計計算書(書証略。以下では、書証略を「本件基準設計計算書」、書証略を「本件コータ設計計算書」、書証略を「本件オープン設計計算書」という)、設計基準書(書証略。以下「本件設計基準書」という)、試算資料(書証略。以下「本件試算資料」という)、トラブル報告書(書証略。以下「本件トラブル報告書」という)なども含まれていた。

2  本件解雇

被告は、平成一二年一月二五日、原告の右技術資料等配送が就業規則七一条二号、六号、一二号に該当するとして、原告に対し懲戒解雇通知書を交付し懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件解雇」という)。

被告の就業規則には次の定めがある

四五条 従業員が次の各号に該当するときは退職とする。

五号 第七一条によって懲戒解雇されたとき。

六六条 従業員は、この章の規程による場合の他懲戒を受けることはない。

六七条 懲戒は譴責・減給・出勤停止・懲戒解雇の四種とし、次の通り行う。

四号 懲戒解雇は行政官庁の認定を受け、即時解雇する。

七一条 従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に付する。

二号 業務上の機密を社外に漏らしたとき。

六号 社品を無断で持出し、またはみだりに私用に供したとき。

一二号 その他前各号に準ずる行為をしたとき。

3  原告の退職金

被告では平成一〇年一〇月から転進援助制度を実施しており、同制度を利用して定年前に退職する者には、被告から優遇措置として特別加算金が支給されることとなっている(書証略)。

被告が原告に転進援助制度を利用する退職申出を承認した際、原告に送付した退職金計算書(書証略)によれば、原告の退職金は、給与規程による退職慰労金六六三万二七三〇円、転進援助制度による特別加算金五一五万八四七〇円の合計一一七九万一二〇〇円であった。

なお、給与規程二六条本文は「就業規則四五条五号の懲戒解雇者、またはそれに相当する事由を有する者に対しては退職慰労金を支給しない」と規定し、また、転進援助制度規程六条は「次の項目の一つに該当するものは本制度を適用しない。(中略)<8>懲戒解雇による退職」と規定している。

二  本件の争点

本件解雇に、懲戒解雇及び退職金不支給を相当とする懲戒解雇事由があるか。

第三争点に対する当事者の主張

一  被告の主張

1  懲戒解雇事由の存在

(一) 技術資料等の社外持出

原告は、本件誓約をしていたにもかかわらず、技術資料等の持出をしたが、原告が持ち出した資料中には、以下のとおり、被告にとって極めて重要なものが多数含まれていた。

(1) 設計図面

設計図面には製造技術等のすべてが含まれており、新設計の出発はこれら過去の実績図面の検索から始まるのであって、被告では、設計図面は納入実績ごとに図面集として厳重に保管している。

原告が持ち出した技術資料中には、PSI社納入のCCLラミネータ装置の設計図面のコピー三四〇枚ほか多数の設計図面が含まれている。

本件設計図面は、そのうちの全体配置図である。右ラミネータ装置は、CCLの中に装備されるもので、帯鋼に塩ビフィルムまたはPETフィルム等を自動的に連続して貼り付ける装置であり、被告と東洋鋼鈑との共同開発にかかるもので国内では東洋鋼鈑にしかなく、国外でも被告が韓国の浦項鋼材に納入したものしかなかったもので(なお、その後台湾SYSCO社に納入されている)、本装置を設計製作できるのは被告のみである。

原告は、本件設計図面、組立図、部分組立図、詳細図に至る三四〇枚の図面を残らず複写し、持ち出した。

これらの図面が同業他社に流出すれば、他社でも同じ装置を製作できることになり、被告は重大な痛手を被る。

(2) 設計計算書

設計計算書には、一般に現実の装置特有の係数が記載されており、これらの係数は各社が独自に有するハード設計に関するノウハウである。

原告が持ち出した技術資料中には、本件基準設計計算書ほか多数の設計計算書が含まれていた。

本件基準設計計算書は、被告がカラーコティング設備を設計、製作、販売するに当たって、米国のミッドランドロス社と技術提携を結んだ際、同社から供与されたもので、現在でも被告の設計基準書となっている。CCLの最重要装置である塗布装置(コータ)の計算式に関する考え方や原理原則が示されており、これからロールコータ分野に進出しようとする企業にとっては極めて有用なものであって、単なる古典的資料などではない。

本件コータ設計計算書は、コータのモータ馬力を計算する設計計算書の一つである。被告はコータに関して国内八割の販売実績を有しており、本件基準設計計算書を実績と経験を加味して改良してきたが、本件コータ設計計算書はその設計マニュアルであって、係数は被告独自のものであり、社外秘の資料である。

本件オーブン設計計算書も、CCLの中でコータに次ぐ主要装置である焼却炉(オーブン)の設計にもっとも重要なファクターとなる熱伝導率の計算を行うための設計計算書であり、その数値は被告独自のものであり、社外秘の資料である。原告は、被告の機械設計部では、この資料を使用していないなどと主張するが、冷延部では現在もこの資料を使用している。

これらの設計計算書が、同業他社に漏れることは被告にとって重大な障害となり、損害を被ることになる。

(3) 設計基準書(書証略)

被告では、独自の設計基準を設定し、設計計算書に使用する係数や各種データ等を記載した設計基準書を作成して設計の効率化を図っており、これらの設計基準は被告のノウハウである。被告は、設計基準書を設計関係の従業員に貸与するが、番号登録して管理しており、複写を禁じ、退社時には返還するものとの扱いとしている。

原告が持ち出した技術資料中には、本件設計基準書ほか多数の設計基準書に属する書類が含まれていた。

(4) 試算資料

試算資料は、顧客から依頼のあった各装置の価格見積資料であり、その集大成が全体の装置の金額を決定となるものであって、これにより被告における製作価格、買付価格、輸出梱包費、管理費等や各機械の製作重量も知ることができる。

原告が持ち出した技術資料中には、本件試算資料ほかの試算資料が含まれていた。

本件試算資料は、そのような試算資料の一例であり、被告が台湾の長銘社に納入した光輝焼鈍ライン(BAL)の機械設備実行試算集計書であって、中国の上海KRUPP向BALの見積をした際、その仕様、構成が右長銘社向けのBALとほぼ同じであったことから、見積金額算出のために流用したものである。原告は、本件試算資料が重要性の少ない一部分であり、古い資料であるなどと主張するが、本件資料は機械設備一式を含んでいるし、現在価格は年次修正によって得ることができる。

これらの試算資料が客先や競合他社に漏れた場合、今後の商談に影響したり、注文を失うなどしかねず、営業損失、信用失墜等は計り知れない。

(5) トラブル報告書

トラブル報告書は装置トラブルの原因解明、解決過程を記載したものであり、こうしたトラブルの資料はノウハウ取得の最適材料でもある。

原告が持ち出した技術資料中には、本件トラブル報告書ほかのトラブル報告書が多数含まれていた。

本件トラブル報告書は、アイポリック社に納入したアルミ板への塗装設備(PCライン)のオーブンで発生したトラブルに関する報告書であり、焼き付け温度の調整の仕方などが記載されるとともに本来なら社外に出すことのない資料まで添付して謝罪した際のものである。

これらのトラブル報告書が公になると、被告及び顧客の信用を傷つけるばかりでなく、同業他社からの攻撃材料やノウハウ流出の原因にもなるのであって、トラブル報告書は最も秘匿すべき書類の一つである。

(6) その他

原告が持ち出した技術資料等の中には、以上のほかにも確定仕様書、試運転データ、打ち合わせ議事録、運転方案等顧客に交付されてはいるが、競争会社に漏れると被告の技術競争力を奪うようなものも多数含まれていた。

また、集中保存部署へ移管される前の原本まで含まれており、これらが持ち出されてしまえば、被告にとって技術伝承上の空白が生じることともなった。

(二) 原告の持出行為の懲戒解雇事由該当性

原告の資料持出に気付いた被告は、平成一二年一月七日、出社した原告に事実関係を確認したが、原告は当初事実を否認した。被告の追及の結果、持出事実は認めたものの、即時返還を求める被告に対し、「週明けにして欲しい(同日は金曜日であり、八日、九日の土日は休日、一〇日は祝日であった)」。「今日来るのであれば自分が帰宅して一時間後にして欲しい」、「同行するのであれば喫茶店で待っていて欲しい」などと述べ、結局、原告の上司らが原告宅まで同行したにもかかわらず、上司らの室内への立入りを拒んで玄関に鍵をかけ、時間をおいて小出しにするなどしながら段ボール箱四箱分の資料等を返還したに過ぎない。

これらの諸事情の照らすと、原告は一定の意図、目的のもとに被告の技術上の情報を持ち出し、他に利用しようとしたものと考えざるを得ず、また、持ち出された資料、情報のすべてが返却されたか極めて疑問である。

したがって、原告の右技術資料等の持出行為は、就業規則七一条、二号及び六号に準じるものとして同条一二号に該当する。

2  原告の主張(上司秋山の画策)に対する反論

原告は、本件解雇が原告の上司であった秋山によって仕組まれたものである旨主張するが、原告が主張するような事実は一切ない。

秋山は、これまで、原告の昇格の推薦等をしたことこそあれ、原告の昇進昇格を妨害する言動をしたことはない。

原告が従事していたCCLのラミネータ装置開発プロジェクトの人員が出向等で変動したのは、被告が実施していた経営改善活動の結果であり、一機械技術部長の意図で決し得るものではない。原告の右プロジェクトに支障が生じれば、秋山自身、上司としての責任を追及される立場にあった。

原告の右主張は何ら根拠がない。

3  原告の請求について

本件解雇には、右懲戒解雇事由があるのであって有効である。

よって、慰藉料の支払や謝罪文の掲示を求める請求は理由がない。

給与規程二六条本文により、退職慰労金の不支給も相当である。

原告は、転進援助制度の加算金の請求もしているが、転進援助制度利用の退職は転進援助制度規程六条により就業規則の懲戒解雇事由に該当しないことが前提となっているところ、原告には右のとおり懲戒解雇事由があるし、被告の承諾は錯誤に該当して無効というべきであり、さらに加算金も退職慰労金の一種であり、給与規程二六条によって懲戒解雇を受けた者に対し支給義務はない。

右いずれにしても、加算金の不支給も相当である。

二  原告の主張

1  懲戒解雇事由の不存在

(一) 本件資料等配送の目的等

被告では平成一一年九月から5S活動と称して整理整頓等の社内活動を行っており、同年一二月二四日にはその一環としての部長の査察が行われることになっていたが、原告は多忙を極めていて整理等の暇がなく、また、年末、退職を目前に控え身辺整理の必要にも迫られていたことなどから、自宅で整理するしかないと判断し、同月一八日に机下に置いていた段ボール箱二箱とキャビネ内の資料等段ボール箱二箱分合計四箱の資料等を自宅に配送し、同月二九日残りの資料を段ボール箱五箱に詰めて自宅に配送した。また、SYSCO社向CCLのラミネータ装置関係の資料は、課長白江から冷却装置の検討を依頼されていたため自宅で検討すべく配送した。

被告では、このような整理、検討といった会社業務を自宅で行うことを禁止しておらず、他の従業員も一般的に会社資料を持ち帰って自宅で処理したりしている。

原告は、平成一二年一月七日、被告から資料等の自宅配送の事実を問われ、即座にこれを認めている。即時返還を求める被告に対し、原告が、休み明けにして欲しい等と述べたりしたのは、家が狭く、布団も敷き放しであり、これらを見られたくなかったためである。また、玄関に鍵をかけたのは、後述のとおり、原告と反目していた上司の秋山が同行してきており、同人の強引な性格から約定に反して家の中に入ってくることを恐れたためであった。

原告は、自宅に置いていた資料等のうち、六箱分を自宅前で開示し、そのうち二箱分の私物を除いて四箱分を被告に返還した。さらに垂水の倉庫に案内して残り三箱を示した。そのうち一箱は空であったが、これは原告が既に段ボール箱一箱分くらいの不要物は廃棄していたためであり、他の二箱は被告に関係のないものばかりであった。右のとおり、原告は持ち出した資料のうち廃棄した不要物以外は被告に返還した。

(二) 懲戒解雇事由の該当性

被告は原告の資料等の自宅配送が就業規則七一条の二号、六号、一二号に該当すると主張する。

しかし、原告には二号に該当する事実は全く存在しない。

また、六号にいう「持ち出し」とは背信的持出、すなわち、自己もしくは第三者の利益を計る目的、あるいは被告に損害を加える目的での持出をいうものと解すべきであるが、原告の自宅配送理由は右のとおり整理目的であって、これらの背信的目的によるものではないから、同号にも該当しない。

さらに、一二号の該当性を考慮すべき事情もない。

以上のとおりであり、原告には懲戒解雇事由に該当する事実はなく、本件解雇は解雇権の濫用である。

また、被告は行政官庁の認定を受けておらず、本件解雇は六六条一項、六七条四項にも反していて無効というべきである。

2  上司秋山による本件解雇への画策

本件解雇は、原告と反目していた秋山によって原告への報復目的から画策されたものである。

(一) 背景となった秋山との人間関係

原告は、平成五年ころ昇格の遅れを上司であった部長秋山に訴えたが、取り合って貰えず、直接専務に交渉するなどして二段階昇進してもらったことがあり、このころから秋山に疑問を抱くようになった。

原告は、平成九年ころから、秋山とは会社の利益(原告)か部門の利益(秋山)かという考え方の相違から反発し合うようになり、平成一〇年二月ころ、秋山から、原告の部長への推薦を妨害する発言をされ、完全に信頼関係を失った。そのころ、原告は、秋山に対し、一緒に仕事をするのは耐えられない旨述べて他部門への異動を希望し、その後他部門への配置転換となった。

平成一一年二月ころ、秋山からCCLプロジェクトのマネージャーの依頼を受け、担当者の病気などの理由から原告がしぶしぶこれを受け入れたところ、右プロジェクトは最新鋭設備の製作であり、社長からも万全の措置をとって臨むよう指示されていたにもかかわらず、手足となる若手従業員やベテラン従業員などの人材は出向等を理由に配置されず、配置されても転々と入れ替わったりした。原告が秋山に善後策を申入れても何らの改善もされなかった。

嫌気がさした原告は、同年七月ころ、秋山のもとでは仕事ができないと述べて一旦は辞表を提出したが、社長らからの遺留でこれを撤回した。

本件の背景には右のような経緯があり、秋山は、エンジニアリングに秀で、英会話等にも堪能であった原告を重用することが秋山自身の存在価値をなくすることから、原告を失脚させ、窮地に陥れることに専念していたのである。

(二) 本件解雇における秋山の画策

秋山は、同人の頭越しに、原告の転進援助制度利用の退職が決定したことに不満を抑えられない心理状態となっていた。その矢先、原告の資料等配送事実を知り、これを利用して原告に報復することを企図した。

そこで、秋山は、平成一二年一月五日、右配送事実を人事総務部長重松に告げ、懲戒解雇ものだと強行に主張し、機械設計部の従業員に対しても同様に吹聴した。

そして、同月五日及び六日、原告のプロジェクトチームのメンバーから原告の行動を聞き出し、原告の机、キャビネ、ロッカー、パソコン内を調べ上げ、原告が出社した同月七日には部下全員に原告の行動を監視させた。

同日、原告が資料をコピーしていたフロッピーディスクをロッカー内に置いていたがこれが紛失しているのも秋山が隠匿した以外に考えられない。

同日、原告方へ赴く車中では秋山は、懲戒解雇ものだ等と述べてはしゃぎ、垂水から帰る車中でもまだ隠しているなどと言い続けた。

重松は、同日、原告から事実確認をした際、返してもらえばそれで済むなどと述べていたのであって、それがその当時の重松の本心であった。

しかるに結局本件解雇にまで発展したのは、秋山の強行意見があったからで、重松は原告が自宅に配送した資料の重要性など理解できないため、これを受け入れざるを得なかった。

(三) 以上のとおり、本件解雇は、秋山の原告への報復心から出た強行意見で推進されたものであり、これに重松の短慮が重なってものであって、解雇権の濫用である。

3  配送書類の重要性

仮に、原告の資料等の配送が就業規則七一条六号の背任的持出と認定されることがあるとしても、原告が配送した資料は、以下に述べるとおり、被告が主張するような重要性のあるものではなく、懲戒解雇を相当とするようなものではなかった。

したがって、本件解雇は解雇権の濫用である。

(一) 本件設計基準書は、被告で使用頻度の高い標準部品類のJIS規格や業界規格を効率化のために抜粋したものにすぎず、そこに記載されている情報は市販の便覧等から知ることができるものばかりである。

被告が、退職時等にその返還を義務づけているのも、その作成に費用がかかるためであり費用節約のため貸与として返還を求めているに過ぎず、内容の重要性とは別問題である。

原告が配送した資料の中に他に設計基準書なるものはない。

(二) 本件トラブル報告書も、競合他社で同様のトラブルが必ず発生するというのであれば格別、決してそうではないから、競合他社には無用のものである。同報告書添付資料というのも客先説明用としてノウハウ部分を省略して作った概念を示す資料にすぎず、熱伝導算定係数その他も記載されておらず、これによって熱風風速制御を行うことはできない。

(三) 本件試算資料はBAL全体の二割程度の試算資料であり、この資料からは、全体のコスト分析はできないのみならず、個別機械の価格構成、試算経過、購入品の発注先、価格、型番、輸出梱包費、管理費等は分からないし、国内と台湾との調達部品の区分けもなく、設計仕様も不明であり、肝心の電機計装類、据付工事費、電気工事費、設計費、試運転費用、監督費用等も分からないものである。

原告が配送した資料の中に他に試算資料なるものはない。

(四) 本件基準設計計算書は、三八年も以前のもので現在では古典的資料であり、ロール配列や皮膜の厚さは被告のカタログ他雑誌文献等にも掲載されていて公知のものであるし、被告の現行の仕様とも異なるものであって競合他社では見向きもしないものである。

本件コータ設計計算書も同様一五年も前の古典的資料であり、近年はこれと異なる数値のものを指定されているのが実態であり、参考資料の域を出るものではない。

本件オーブン設計計算書も一五年前のもので、設計ミスという通常適用範囲外の形状のものの検討書であり、筆者以外に理解できる者はなく、熱伝達係数の算定方法は省略されており、被告の機械部でこの資料を使用している者はいない。

(五) 本件設計図面(書証略)は、検討のために配送したものであって、原告は特定部分を選別する手間を省くため全部を複写したものである。

本件設計図面にかかるラミネータ装置は、非常に複雑であって、顧客の運転時に立ち会った試運転経験者が理解できるだけのプロセスノウハウ及び運転ノウハウが重要となる装置であり、関連設備技術等の一貫したものがなければ製品として生産できるものではないし、高価格の高級設備であることから需要も乏しいものである。

4  退職金不支給の不当性

退職金は、後払賃金の性質を有するものであり、これを不支給とするための懲戒解雇事由は、労働者に永年の勤続の功を抹殺してしまう程の不信行為が存するなど、即時解雇の事由よりさらに厳格に解されなければならない。

本件では、すでに原告の退職は合意されていたから、本件解雇は退職金不支給のみを目的としたものであった。

しかるに、被告には何らの損害も発生していないのにし、合意退職五日前に懲戒解雇として退職金を不支給とすることは社会通念からしてその相当性を超えている。

よって、本件解雇は解雇権の濫用である。

第四当裁判所の判断

一  本件解雇における懲戒解雇事由の有無

1  証拠(略)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、平成一一年二月ころから被告の機械設計部に所属し、同年四月ころ受注した台湾のSYSCO社向けCCL製作に部内プロジェクトマネージャーとして関わってきた。同年七月ころ、突然退職を申し出たことがあったが、上司の慰留を受けるなどして一旦は撤回したものの、同年一二月八日、本件誓約書とともに退職願を提出した。

被告ではそのころ最適人員構成を目指す経営改善活動(T-七〇)を推進しており、定年前の退職に優遇措置を付ける転進援助制度を実施していたが、原告の退職申出は右転進援助制度の利用を希望するものであった。原告の勤続年数は転進援助制度適用の要件を満たすものではなかったが、被告は、検討の結果、原告の希望を容れ右制度の適用を認めることとして、同月二〇日、原告に対し退職願受理書を交付した。これによって、原告は平成一二年一月三一日をもって被告を退職することとなり、同年一月は有給休暇を取得する旨届け出た。

(二) 被告の人事総務部長重松は、平成一二年一月五日、総務の女性従業員から、原告が平成一一年一二月の一八日及び二九日の両日に合計九箱もの段ボール箱を自宅に配送しているとの報告を受け、被告の資料を持ち出している可能性を考慮して調査したところ、同年一一月及び一二月に原告が大量の複写をしていることも判明した。このため、重松は、原告の上司に当たるグループマネージャー(部長に相当する)秋山に原告の出社予定日を問い合わせ、原告の直近の出社予定日である平成一二年一月七日に原告から事情聴取することとした。

重松は、同日午前一一時、原告を呼出し、法務担当者の戸田を同席させたうえ、被告の資料等持出の事実の有無を確認した。原告は当初これを否定したが、重松から段ボール箱九箱もの宅配事実や大量複写の事実を指摘されるに及んで、資料等持出の事実を認めるに至った。そこで、重松は、原告の出勤停止を命じるとともに、直ちに資料等を返却するよう指示し、原告の自宅まで同行する旨申し渡した。これに対し、原告は、「四日後の週明けまでまってほしい」「どうしても今日来るのであれば自分が帰宅してから一時間後にして欲しい」などと述べて用意に即時返還に応じようとせず、やり取りの末ようやく重松らが同行することには同意したものの、「同行するのであれば喫茶店で待っていて欲しい」「家の外に荷物を出すから絶対家の中に入らないで欲しい」などと述べて、重松らが室内に立ち入ることを極力回避しようとした。同日午後一時三〇分ころ被告を出発し、原告に重松、戸田、秋山が同行してタクシーで原告方に向かったが、原告方につくと、原告は一人自宅に入り、「入れば警察を呼ぶ」などと述べて重松らが入室することを拒絶し、玄関に施錠した。約一五分後、原告は玄関先に段ボール箱二箱を出し、続いて約一五分間隔で三箱の段ボール箱を出したが、その間は玄関に施錠したままであった。重松らは内容物を点検し、段ボール箱一箱分程度は原告の私物であったため、これを原告に返還して、残りを被告に配送した。原告が宅配した残りは垂水の倉庫に置いているというので、重松らは、さらに同倉庫まで同行したが、倉庫内においてあった段ボール箱三箱のうち一箱は空であり、他の二箱には原告が被告入社前勤務していた日立造船株式会社関係の書類(持出禁止等を含む)ばかりであった。

(三) 被告では、原告の持出資料等の内容を検討するなどしたうえ、同月一八日及び二一日の両日原告を呼び出し、持出理由や資料の複写理由、本件誓約書への違反等を追及するなどしたが、原告があらかじめ用意してきた書面での回答では、その当時被告で実施していた五S活動の査察や退職が迫っていたことから自宅に送った、一月にも週一日程度は出社する予定であったため、自宅でゆっくり整理するつもりであったかもしれないなどというものであり、不注意によるもので、持出資料はすべて返還したなどと弁解した。

被告は、かかる事情聴取を踏まえ、同月二五日午前九時ころから懲戒審査委員会を開催し、原告からも弁明を聞いたが、原告はあらかじめ用意してきた書面により、右同様の弁明をした。懲戒審査委員会は、審議の結果、本件解雇を決定し、同日、その旨原告に通告した。

(四) 原告が持ち出し自宅へ配送した資料等で、被告が回収したもののなかには次のようなものが含まれていた

また、これらの中には、集中保存部署である技術企画化へ移管される前の原本等もあった。

(1) 平成八年に韓国のPSI社に納入したCCLのラミネータ装置の全体配置図(本件設計図面)、組立図、詳細図等の複写三四〇枚及びコータ関係の複写八二枚、トヨタ自動車株式会社に納入した脱臭装置(RTO)の完成図書(図面を含む)、株式会社アルポリックに納入したPCラインの技術資料(ファイル六冊)と同図面、住友金属建材株式会社に納入したRTOの技術資料(ファイル七冊)と同図面、スカイアルミ株式会社に納入したRTOの技術資料(ファイル五六冊)と同図面、台湾のSYSCO社納入予定であったCCLの図面集等は設計図面が含まれていた。

被告では、これら設計図面は種々のノウハウが含まれていることから、納入実績ごとに資料室に移管して保管することとしており、新設計の際の資料として利用するなどしている。

このうち本件設計図面にかかるラミネータ装置は、原告が従事していたSYSCO社向CCLに装備予定のものとほぼ同様のものであっって、原告の資料等持出当時には、わが国では東洋鋼板のCCLに、国外でも右PSI社に納入したCCLに装備されている以外にはないというものであった。

(2) 本件基準設計計算書等(書証略)、中外炉計算資料・実績計算書、社外秘計算書等の設計計算書が含まれていたほか、右トヨタ、アルポリック、住友金属建材、スカイアルミ及び日新市川の各社に納入したRTOの技術資料のなかにも設計計算書に該当するものが含まれていた。

本件基準基本設計計算書は、被告がカラーコーティング設備の設計等をするに当たって、昭和三七年に技術提携した米国のミッドランドロス社から供与された資料であり、本件コータ設計計算書は昭和六〇年に作成した塗布機の設計マニュアルであり、これらには塗布機の試算式の考え方や原理原則が示されている。また本件オーブン設計計算書はオーブン装置設計上熱伝導率計算数値が記載されており、被告の冷延部で現在も使用されており、社外秘とされている。

これらに記載された数値はいずれも被告独自のものである。

(3) 本件設計基準書のほか、右各社に納入したRTOの技術資料中の試運転データ及び報告書及び性能確認テスト報告書、またオーブンのヤニ調査資料等の設計基準書に該当する文書が含まれていた。

本件設計基準書は、設計計算書に使用する係数やJIS規格、種々の文献、実験等のデータを集積してまとめたもので、設計の標準化、効率化のために設計関係の従業員には番号登録して貸与されるが、改廃、退社時には返還しなければならず、複製等も禁じられていた。

(4) 本件試算資料、アルポリック向けPCライン試算関係等の試算資料が含まれていた。

本件試算資料は、上海KEUPP社向のBALの見積試算書であり、台湾の長銘社向No.2BAL実行予算を流用したものであった。機械設備一式を含んでいる。

(5) 本件トラブル報告書、住友金属建材向RTO及びスカイアルミ向脱臭装置の各トラブル報告書等が含まれていた。

本件トラブル報告書はアイポリック社に納入したPCラインのオーブンで発生したトラブルに関する報告書で、被告のノウハウに属する伝熱計算資料を添付したものであった。

(6) そのほか、確定仕様書、試運転データ、打ち合わせ議事録、運転方案等やフロッピーディスク二三枚も含まれていた。

2  右認定事実に対して、原告は本人尋問や陳述書(書証略)において、平成一二年一月七日重松から事実確認され、その際否認することなく即座に事実を認めたこと、重松からは、返還しさえすれば終わりだといわれたこと、同日原告の自宅では警察を呼ぶなどとは述べていないことなど右認定に反する供述をするが、これらは前掲各証拠に照らし信用できない。

ほかに右認定を左右するに足る証拠はない。

3  そこで、右認定事実によって本件解雇及び退職金不支給が相当であったか否かについて判断する。

(一) 資料持出の目的

右認定のとおり、原告は本件誓約書とともに退職届を提出し、退職が間近に予想された時期になって極めて大量で多種にわたる被告の技術資料や整理の必要があるとは思われないフロッピーディスクなどまで自宅に送っていること、その中には、わざわざ複写までした大量かつ詳細な設計図面一式が含まれていたこと、重松の事情聴取に対し当初は事実を否定していたこと、重松らが返還を受けるため原告の自宅まで同行するというのにもこれを嫌がり、結局、同行に同意はしたものの、重松らを玄関前に待たせ脅迫的言辞を弄し、施錠までして頑に入室を拒絶したこと、その後の事情聴取において、あらかじめ書面で準備していたにもかかわらず持出意図などについては曖昧な弁解しかできなかったことなどが認められるのであって、これらを総合するときは、原告が主張するような整理のための一時的な持出であったなどとは到底考えられない。

これに関して、原告は、まず、右設計図面複写の点について、課長白江からラミネータ装置の冷却方式に関する検討を依頼されていたため、検討目的で配送したなどと主張し、本人尋問や陳述書においても右主張に沿う供述をしているが、白江は陳述書(書証略)において、原告に右依頼をした事実を否定しているし、原告自身の右供述等をみても、白江から検討依頼を受けたのは平成一一年一一月末ころであった、複写したのは同年一二月一八日で、依頼された検討箇所は装置の一部であったが、選別の手間を考えて全部を複写した、年末年始を利用して検討するつもりであったが、疲労などから年末年始にはその検討をすることができず、白江にも何らの連絡もしていなかった等というのであって、仮に、右設計図面の複写や持ち出しが検討目的であったとしても必要部分の選別にそれほど手間を要したかは、はなはだ疑問があるうえ、結局は白江から受けたという依頼に対しては長期間何もせずに放置していたのであって、これらに照らすと、白江から検討依頼を受けたとか、そのために自宅に配送したなどといういう原告の供述等は措信できず、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、本人尋問において、フロッピーディスクは廃棄しなければならないものであったが、後の迷惑を考えて持ち帰ったなどと述べるが、これも、直前に一切持出しないなどの誓約をしているのであるから、廃棄すべきものと分かっているのであれば社内で廃棄すべきであって、後の迷惑などは持出を正当化し得る理由となるものではなく、右供述も信用できない。

さらに、原告は、平成一二年一月七日、原告方への入室を拒否したこと等に関して、家が狭く、散らかっている室内を見られなくなったからなどと主張しているが、事態は、直前に無断持出の疑惑をかけられて事実確認の事情聴取を受け、出勤停止処分の告知まで受けるほど緊迫しているという状況であったし、秋山が同行してきたということを理由とする点についても、後述のとおり何ら根拠のあることとは考えられず、右のような原告の主張は、およそ合理的な弁解としては受け入れがたいものであって到底採用できるものではない。

以上のとおり、持出の目的に関する原告の主張等はいずれも採用できるものではなく、原告は、被告には知られたくない理由によって資料等の持出をしたものというほかなく、自己又は第三者の利益を図り、あるいは被告に損害を加えるためであったという背信的意図が推認できる。

(二) 持出資料の重要性

被告は、現実に持ち出した資料は被告にとって重要性のないものであったと主張するので、この点について検討する。

まず、前提事実記載のとおり、原告は本件誓約書において、技術上及び営業上の情報の一切を持出しないことを約していたのであり(文言上は、過去の持出事実のないことの誓約となっているが、その趣旨が退職まで及んでいることは原告自身も本人尋問で承認しているところである)、右誓約文言からして持出禁止とされる情報が重要か否かにかかわらないことは明らかであり、原告もまた当然そのことは認識していたと考えられる。しかるに、右のとおり、原告は、他の事情からでも背信的と推認できる意図のもとに種々の技術資料等を持ち出しているのであるから、持出資料がなんら価値のないものであったなどという主張自体、根拠が薄弱と考えられるし、原告自身、資料持出の事実が被告に発覚してから本件解雇の告知を受けるまでの間、重ねて弁解の機会を与えられていたにもかかわらず、無価値の資料であるとの弁解をした形成は全くない。

また、これらを個別に検討すると、第一に、一般的にも設計図面には種々の技術やノウハウが盛り込まれていると考えられるところ、本件設計図面は、前記認定のとおり、PSI社に納入したラミネータ装置の設計図面の一部であるが、原告が現に従事していたSYSCO社に納入予定のものもこれとほぼ同様の仕様であったというのであって、これらが同業他社に漏れるなどすれば、被告の競争力に重大な影響を及ぼすことは明らかである。原告は、需要の乏しいものである主張したり、カタログ掲載図面(書証略)からでも製作できると供述したりしているが、前記認定のとおり、同装置を装備したCCLは世界でも有数のものであって、一般的な需要は少ないかも知れないが、被告にとってはラミネータ装置の技術やノウハウの現時点での集大成と考えられるし、右カタログ掲載図面は寸法などが記載されていない配置図であり、これからでも製作できるという原告の供述は暴論というほかない。本件設計図面を含む設計図一式が被告にとって重要な技術資料であることは明らかであり、これが重要でないという原告の主張は採用できない

第二に、一般的にも設計計算書には種々のノウハウが盛込まれていると考えられるところ、本件基準設計計算書等は、前記認定のとおり、技術資料としては、古いものであるとしても、基本的な思想や原理原則が示されていたり、被告独自の数値が記載されていたり、被告で現在でも利用されている現行の設計計算書でもあるというのであるから、これらの設計計算書も被告にとって重要な技術資料であると認められ、これらが古典的で公知であるなどとして重要でないという原告の主張は採用できない。

第三に、前記認定のとおり、本件設計基準書は、主として公的規格や実験データ等の集積であり、その個々のデータ自体は被告独自のものではないとしても、それを被告における設計の標準化、効率化のためにまとめたものであるから、そこには自ずと被告のノウハウが盛込まれているというべきであるし、被告の設計図面や設計計算書等を検討するときにも必要になるものと考えられる。被告が、番号登録して貸与とし、改廃、退社時に回収するなどしているのも、原告がいうように単なる経費削減のためなどというものではなく、右のような内部書面として重要性の故であると考えられる。したがって、本件設計基準書も被告にとって重要な技術資料であると認められ、これらが公知であるなどとして重要でないという被告の主張は採用できい。

第四に、一般的にみても試算資料には原材料費と利益等種々の営業上の情報が盛り込まれていると考えられ、主として営業上の観点からこれが顧客や競合他社に流出するときは、商談等に重大な影響を及ぼすことは明らかというべきところ、本件試算資料は、前記認定のとおり、機械設備一式を含むもので、被告にとって社外流出を防止しなければならない重要な資料と認められ、単なる部分的なものであるがゆえに重要性がない等という原告の主張は採用できない。

第五に、一般的にみてもトラブル報告書は、これが外部に流出するときは、被告及び顧客の信用にかかわるうえ、競合他社からの攻撃材料に利用されるなどする危険をはらむものというべきところ、本件トラブル報告書も、前記認定のとおり、そのようなトラブル報告書の一つであり、しかも、被告のノウハウに属する資料まで添付されたものであったのであり、被告にとって重要な営業上及び技術上の資料であったと認められ、他社にとっては無意味である等の理由で重要でないなどという原告の主張は採用できない。

以上に加えて、前記認定のとおり、原告が持ち出した資料中には、被告に引き継ぐ以前の原本もあったと認められるのであるが、これがそのまま被告に返却されなかったときは技術伝承にも支障を来すものと認められる。

以上のとおりであり、原告が持出資料等は被告にとって重要性の高いものであったと認められるのであって、原告の責任は重いというべきである。

(三) 懲戒解雇事由の該当性

原告は、退職までの一切の情報等の持出をしないことを直近に誓約していたにもかかわらず、大量の技術資料等の持出をしており、これは被告に対する背信的な意図に基づくものであったと認められるし、持ち出した資料等には外部への流出によって被告が重大な損害等を被りかねない重要なものが多数含まれていたうえ、返還時の状況等に照らすと果たして持出資料のすべてが返還されたか、返還までの間にすでに複写等によって外部に流出していないか等の大いなる疑惑がある。

右のような、資料等持出は、未だ外部に流出するには至っていなかったとしても、原被告間の信頼関係を根底から破壊するものでもあって、懲戒解雇事由を定めた就業規則七一条六号の「社品を無断で持ち出し」た場合に該当するとともに、二号の「業務上の機密を社外に漏らしたとき」に準ずる行為をしたとき(一二号)に該当するものというべきである。

以上によれば、本件解雇には相当な懲戒解雇事由があると認められる。

二  上司秋山による本件解雇画策という原告の主張について

原告は、本件解雇が反目していた上司秋山の画策と重松の短慮が重なったものである等としてその根拠等を縷々主張し、陳述書にも同旨を記載するとともに、本人尋問でも右主張に沿う供述をする。

しかしながら、被告が原告の資料持出を知ることになった経緯は前記認定のとおりであり秋山は関わっていないし、その後、本件解雇に至るまでの秋山の画策として原告が主張するところの多く(社内での吹聴、原告がロッカーに置いていたというフロッピーディスクの隠匿、懲戒解雇に向けての秋山の強行意見等)は単なる推測に過ぎず、裏付けとなる証拠はない。

また、原告は、かねてから秋山とは反目していたともいうが、そのようにいうのは原告一人のみであって、証拠(略)によれば、むしろ、秋山は平成五年の原告の二階級昇格には原告を推薦するなどしていたことやSYSYCOのプロジェクトが失敗するなどすれば秋山自身も責任を追及されるなどする立場にあったこと、人事を左右できるような地位にはなかったこと、同プロジェクトチームのメンバーが出向等で減少したり、入れ替わったりしたのは、そのころ被告が推進していた経費削減策(T一七〇)によるものであったことなどが認められ、この間、秋山が意図的に原告を窮地に追い込んだなどの事情は窺えない。

右のとおりであり、原告の内心の不満はともかく、秋山の方ではかならずしも原告がいうような反目感情を有していたとは認められず、秋山の頭越しに原告への転身援助制度の適用が決定されたからといって、これに対し、秋山がさらに追い打ち的に懲戒解雇を画策しなければならないほどの憤懣を抱いたなどとは到底認められない。

以上によれば、本件解雇が上司秋山らの画策の結果であり解雇権の濫用であるという原告の右主張は採用できない。

三  手続違反の主張について

原告は、本件の最終口頭弁論期日において、本件解雇が行政官庁の認定を受けることを定めた就業規則六七条四号に違反するもので無効であるとの主張を付加するに至ったが、右就業規則の規定が行政官庁の認定を要する旨定めた趣旨は、被告が懲戒解雇を即時解雇として規定したことから、労働基準法二〇条三項の要請を満たすためのものであったことは明らかである。そして、労働基準法二〇条三項の行政官庁の認定は解雇予告除外事由の存否を確認する処分であり、解雇の効力の発生要件であるとは解されないから、被告の右就業規則の趣旨も、これを懲戒解雇手続きに不可欠の自己拘束規定としたものとは考えられない。

四  原告の請求について

以上のとおり、本件解雇には相当の懲戒解雇事由の存することが認められるし、それ以外で本件解雇が解雇権濫用に当たるという原告の主張はいずれも採用できない。したがって、本件解雇に解雇権濫用の瑕疵があるとは認められず、本件解雇は相当であり、有効である。

そうすると、本件解雇が無効であるとして謝罪広告や慰謝料支払いを求める原告の請求は理由がない。

また、被告の給与規定では、懲戒解雇者には退職慰労金を支給しないこととされており、かかる規定の適用は、労働者にそれまでの勤続の功を抹消するほど著しい非違行為があった場合に限られるというべきであるが、原告の前記資料等持出しという懲戒解雇事由該当行為は、その内容、性質から考えて、まさにそれまでの勤続の功を抹消してしまうほど著しく背信的な行為というほかなく、右退職慰労金不支給事由に該当するというべきである。退職転身援助制度の特別加算金についても、それが退職給付の一部としての性質を有することは明らかであるし、転身援助制度規定でも懲戒解雇事由による退職の場合には、適用されないことが明記されており、このことは被告がいったん適用を承諾した後に懲戒解雇事由が生じた場合でも当然に当てはまるものと解され(その限りで、承諾は解除条件付のものということができる)、原告には転身援助制度上の優遇装置の適用はないというべきである。

そうすると、退職慰労金や特別加算金の支払いを求める原告の請求も理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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