大阪地方裁判所 平成12年(ワ)4290号 判決 2001年12月13日
原告
A
訴訟代理人弁護士
赤木明夫
被告
長野県経済事業農業協同組合連合会訴訟承継人 全国農業協同組合連合会
訴訟代理人弁護士
佐藤治隆
主文
1 被告は、原告に対し、金4604万3147円及び内金129万3735円に対する平成11年10月26日から、内金655万2074円に対する平成12年10月28日から、内金3819万7338円に対する平成13年7月13日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを20分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告に対し、金20億円及び内金1億円に対する平成2年10月25日から、内金1億円に対する平成3年10月25日から、内金18億円に対する平成6年4月1日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、「ストレッチフィルムによるトレー包装体」の考案の実用新案権者であった原告が被告に対し、被告の販売した「トレー包装体入りしめじ」は同考案の技術的範囲に属すると主張して、実施料相当額の不当利得返還を請求した事案である。
なお、本件訴訟提起時の被告は「長野県経済事業農業協同組合連合会」であったが、その後「全国農業協同組合連合会」に吸収合併され、平成13年4月2日にその旨の登記を経由している。以下、被告の行為として記載される事項のうち平成13年4月2日以前のものは、「長野県経済事業農業協同組合連合会」を主体とする行為を意味する。
1 争いのない事実等(証拠の掲記のないものは当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた。本件実用新案権は、平成6年4月4日をもって存続期間満了により消滅した。
ア 考案の名称 ストレッチフィルムによるトレー包装体
イ 登録番号 第1839235号
ウ 出願日 昭和54年4月4日(実願昭59-161589号)(前特許出願日援用)
エ 公告日 昭和63年9月8日(実公昭63-33829号)
オ 登録日 平成2年11月14日
カ 実用新案登録請求の範囲は、別紙「実用新案法第13条で準用する特許法第64条の規定による補正の掲載」(以下、同補正の掲載に係る書面を「本件補正掲載書」といい、本件実用新案権に係る別紙実用新案公報を「本件公報」という。)の該当欄記載のとおりである。
(2) 本件考案の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
A① 平坦な底板と、
② 底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体に延長された周壁と、
③ 周壁の上部外側面全周に形成された接着剤塗布面とを有し、
④ 未包装状態で多数個を積み重ねたとき、各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する如く形成され、その状態で接着剤を一括して塗布された
トレーと、
B 上記トレー内に置かれた被包装物と、
C① 上記トレーの上面開口部をオーバーラップして被覆し、かつ、トレーの接着剤塗布面に接着剤を介して接着された周縁を有するストレッチフィルムとからなり、
② 上記ストレッチフィルムは、その周縁を、トレーの接着剤塗布面に接着した位置に接近した下側で抵抗線により全周に亘って切断してある
D ストレッチフィルムによるトレー包装体。
(3)ア 被告は、別紙被告物件目録記載のストレッチフィルムによる包装体により包装されたしめじ(以下「被告物件」という。)の卸売市場での取引に関与した(被告の取引の具体的な形態については争いがある。)。
なお、上記「しめじ」とは、一般に「ほんしめじ」ないし「ぶなしめじ」と呼ばれるものを意味し、「しろたもぎたけ」も含まれる(甲29、30、37)。
イ 被告物件は、構成要件A②及び③、B、C①及び②、Dを備えている。
(4) 原告は、次の実用新案権を有していた(以下「別件実用新案権」といい、その考案を「別件考案」という。)。別件実用新案権は、平成6年4月11日をもって存続期間満了により消滅した。
ア 考案の名称 包装用トレー
イ 登録番号 第1712320号
ウ 出願日 昭和54年4月11日(実願昭54-48866号)
エ 公告日 昭和62年4月17日(実公昭62-15155号)
オ 登録日 昭和62年12月21日
カ 別件考案の実用新案登録請求の範囲を構成要件に分説すると、次のとおりである。
A'① 被包装物を盛付けしたトレーの上面にストレッチフィルムをオーバーラップして糊付面に接着させたのち
② トレーの周囲上縁の近傍でフィルムを切断して
③ 包装体を形成するために使用するトレーであって、
B'① 平坦な底板と、
② 上記底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体に延長された周壁と、
③ 上記周壁の上部外側面全周に形成された略垂直な接着剤塗布面とを具備し、
C'上記トレーの接着剤塗布面を、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する如く形成したことを特徴とする
D' 包装用トレー。
(5) 本件実用新案権に係るその余の事情
ア 被告は、以下の①~⑤のルートで被告物件を仕入れていた(以下「ルート①」~「ルート⑤」という。また、株式会社ハイパックシステムを「ハイパック」、株式会社デンカポリマーを「デンカ」、長野ノバフォーム株式会社を「ノバフォーム」、信越農材株式会社を「信越農材」、株式会社コバヤシを「コバヤシ」、日本ザンパック株式会社を「ザンパック」、株式会社東製作所を「東製作所」と称する。)。
① デンカ(トレー製造)→ハイパック(糊付け)→ノバフォーム→被告
② ハイパック(トレー製造・糊付け) →ノバフォーム →被告
③ デンカ→ (ハイパックの関与なし)→ノバフォーム →被告
④ ザンパック →信越農材 →被告
⑤ コバヤシ →被告
原告は、ハイパック及び東製作所の代表取締役であり、ハイパックは、ルート①、②のトレー製造ないし糊付けを下請業者である東製作所に行わせていた。
なお、被告は、被告の立場から、ノバフォームから仕入れたトレーがルート①~③のいずれであるかの区別はできないと主張している。
イ デンカ、ハイパック及び東製作所は、昭和60年5月末日、ハイパック及び東製作所が、デンカから依頼を受けた数量に相当するトレーの糊付け作業を行ってこれを安定供給すること、デンカはほんしめじ用のトレーの糊付作業は行わないことなどを内容とする協定書(乙3、以下「デンカ協定」という。)を取り交わした。
ウ 原告、ハイパック及びノバフォームは、平成11年10月12日、ノバフォームがデンカよりトレーを購入して糊付けし、被告に販売したほんしめじ150g用及び200g用のトレー(ルート③)に関し、別件考案の実施料相当額として917万8078円(販売金額の5.5%に相当する金額に利子を加算して算出)を支払う旨の和解契約を締結し(乙6、以下「ノバフォーム和解」という。)、その後同金員が支払われた(弁論の全趣旨)。なお、ノバフォーム和解においては、ルート③に係る100g用トレーについては実施料相当額の支払はない。
エ 原告及びハイパックは、コバヤシに対し、コバヤシが製造、販売するトレー(ルート⑤)は別件考案の技術的範囲に属するとして、①原告は、別件実用新案権に基づき、不当利得返還請求として、平成元年4月1日から平成3年12月31日までのトレーの製造、販売に対する実施料相当額の支払を求め、②ハイパックは、別件実用新案権の独占的通常実施権に基づき、不法行為に基づく損害賠償請求として、平成4年1月1日から平成6年4月11日までのトレーの製造、販売による損害金の支払を求める訴訟を提起した(当庁平成6年(ワ)第13506号損害賠償等請求事件、乙2)。
その控訴審において大阪高等裁判所は、平成12年12月22日、①原告の請求について、コバヤシに対し、平成元年4月1日から平成3年12月31日までの間に製造販売した1億7451万4200枚のトレーについて、トレー1枚当たり20銭、合計3490万2840円及び遅延損害金の支払を求める限度、②ハイパックの請求について、コバヤシに対し、平成4年1月1日から平成6年4月11日までに製造販売した2億6974万7100枚のトレーについて、同じくトレー1枚当たり20銭、合計5394万9420円及び遅延損害金の支払を求める限度で認容する判決(同庁平成11年(ネ)第2603号、同第3860号損害賠償等請求控訴、同附帯控訴事件)を言い渡した(甲5、以下「コバヤシ判決」という。)。
コバヤシ判決は上訴期間の経過により確定し、原告及びハイパックは、コバヤシから上記金額の支払を受けた(弁論の全趣旨)。
オ 被告とハイパックは、平成6年3月30日、きのこ用トレー類の売買に関し、注文、受渡し及び代金決済の条件等に関する売買基本契約を締結した(乙7、以下「本件売買基本契約」という。)。
カ 原告とザンパックは、平成7年1月14日、ザンパックが昭和62年4月17日から平成6年4月11日までの間に包装用トレー9800万個を製造、販売したこと(そのうちのルート④に係る数量は、原告主張によれば5300万枚、被告主張によれば5717万5330枚である。)について、別件考案の実施料相当額として1枚当たり20銭、合計1960万円(ただし、支払名目は、実施料として980万円、技術指導料として980万円とする。)を支払う旨の和解契約を締結し、原告は、上記金額を受領した(甲39の1~5及び弁論の全趣旨、以下この和解を「ザンパック和解」という。)。
キ 原告は、被告に対し、平成11年10月22日付書面により、被告による被告物件の販売行為が本件実用新案権を侵害するものであるとして、実施料相当額の不当利得返還請求をする旨の通知をし、同書面は、同月25日に被告に到達した(甲3の1・2)。
原告は、平成12年4月25日、平成元年10月25日から平成2年10月24日までの被告物件の販売行為について実施料相当額の不当利得返還を求める本件訴訟を提起した。
原告は、その後、平成12年10月24日付の訴の変更申立書により、平成2年10月25日から平成3年10月24日までの被告物件の販売行為を、さらに、平成13年7月4日付の訴の変更申立書により、昭和63年9月8日から平成元年10月24日までと平成3年10月25日から平成6年3月31日までの被告物件の販売行為を、それぞれ実施料相当額の不当利得返還請求の対象に含めるとともに、請求を拡張した。
2 争点
(1) 被告物件は本件考案の技術的範囲に属するか。
ア 構成要件A①の「平坦な底板」の充足性
イ 構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」の充足性
ウ 本件考案は、フィルム周囲を枠で挟持させるものを対象とするものと解すべきか否か。
(2) 不当利得返還請求の可否
(3) 不当利得返還請求の額
第3争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被告物件は本件考案の技術的範囲に属するか。)について
(1) 争点(1)ア(構成要件A①の「平坦な底板」の充足性)について
〔原告の主張〕
被告物件は、底板の形状(中央部が緩やかに上方に湾曲)からすれば、構成要件A①の「平坦な底板」との構成を具備しているといえる。
〔被告の主張〕
被告物件は、底板の形状(中央部が緩やかに上方に湾曲)からすれば、構成要件A①の「平坦な底板」との構成を備えていない。
(2) 争点(1)イ(構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」の充足性)について
〔原告の主張〕
被告物件の接着剤塗布面11aは、0.5㎜に対して12㎜の立ち上がりの割合で外側に傾斜(垂直線に対して約2.4度の傾き)しているにすぎず、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレー11の接着剤塗布面11が、別紙被告物件目録添付第4図の1、2に示すごとき形状を呈するものであるから、構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」との構成を備えている。
〔被告の主張〕
構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」との要件は、「各トレーの接着剤塗布面が、上下方向に『整然として配列した状態で』露呈して連続した略垂直な面として『接着剤塗布面のみに一斉に接着剤を塗布することができる』柱状を呈する」と、『』内を補充して解釈されるべきである。
これに対し、被告物件のトレーは、接着剤塗布面11aが傾斜しており、接着剤塗布面のみに一斉に接着剤を塗布することができないから、本件考案の上記構成を備えていない。
(3) 争点(1)ウ(本件考案は、フィルム周囲を枠で挟持させるものを対象とするものと解すべきか否か。)について
〔原告の主張〕
被告は、本件考案は、フィルム周囲を枠で挟持させるものに限定されると主張する。
しかし、たとえ現実の被告物件の製造方法では、周囲を枠で挟持していなくとも、その構成がフィルム周囲を枠で挟持したなら、収縮がなく良好に包装できるなら、本件考案の作用効果を奏するといえる。
本件権利は、実用新案権であり、方法に関するものではないから、たとえ、本件考案の詳細な説明で例示したような製造方法を採用していなくても、実用新案登録請求の範囲に記載した構成をすべて充足する限り、被告物件は本件考案の技術的範囲に属する。
〔被告の主張〕
本件考案の構成要件には、実用新案法の保護の対象とならない方法的なものがあり、また考案の効果も包装方法によるものが記載されており、被告物件がその技術的範囲に属するか否かを判断するに当たってはこれを無視することはできない。本件考案の明細書の効果の欄には、「フィルム周囲を枠で挟持させているため、収縮がなく、良好に包装することができる。」と記載されている。すなわち、本件考案は、フィルム周囲を枠で挟持させるものを対象とするものと解すべきところ、被告物件はフィルム周囲を枠で挟持させて包装することはない。
実用新案は、所定の効果を奏するための構成であり、これを奏しないものは、当該考案の技術的範囲に属さないものというべきである。
2 争点(2)(不当利得返還請求の可否)について
〔原告の主張〕被告は、ルート①~⑤の経路に係るトレーを用いた被告物件を販売した。
よって、原告は、被告に対し、本件考案の技術的範囲に属する被告物件の販売行為について、実施料相当額の不当利得返還請求をなし得る。
被告の主張に対し、次のとおり反論する。
(1) 本件考案の黙示の実施許諾について
仮に原告が、ハイパックの製造、販売に係るトレー(ルート①、②)に関し、ノバフォームが本件考案及び別件考案を実施することを承認していたとしても、それは、ノバフォームがハイパックの製造、販売に係るトレーのみを取り扱い、他社の製造に係るトレーを取り扱わないという前提に立った承認である。ノバフォームがハイパック以外の会社の製造に係るトレーを取り扱っていたこと(ルート③)が明らかになった以上、本件考案の実施の承認に係る上記前提は成り立たないから、原告は、ノバフォームが被告に販売したトレー(ルート①、②)に関する被告の販売行為についても、不当利得返還請求が可能である。
(2) 被告の利得の有無について
被告は、営利を目的とする法人ではない上、農協の委託で被告物件の卸売市場での販売を取り次いて手数料として受領しているにすぎないから、本件実用新案権の実施の主体でないだけでなく、利得も得ていないと主張する。
しかし、被告の取引が上記の形態であるとしても、被告は、売主たる地位に基づき、自らの名義、計算において被告物件を卸売市場で取引しているから、被告が被告物件の販売行為の主体であることは明らかである。
(3) 別件考案に関する実施料相当額を得ていることについて
侵害品が、製造業者→卸業者→小売業者と流通する場合は、当該権利者は、すべての流通に関与した業者に対して、当該権利に基づき損害賠償請求ないし不当利得返還請求が可能である(実施行為独立の原則)。
そして、本件は、原告が製造業者に相当するコバヤシやザンパックに本件考案の実施権を設定したものではなく、本件実用新案権が消尽するような場合ではない。
また、本件実用新案権と別件実用新案権は別個の権利として存在しているのであるから、原告は、別件考案の実施料相当額を得ていても、本件考案の実施料相当額の不当利得返還請求をなし得ることに変わりはない。
(4) 被告の和解ないし権利の放棄について
原告・被告間では和解契約等は一切成立していない。
取引量の増加要請と本件実用新案権の行使とは直接の関係はない。また、被告がこの要請に応じるとの明確は対応をしたこともない。
原告は、平成3年10月にコバヤシがトレーを販売している事実を知り、平成5年8月ころ、このトレーの形状が別件考案の技術的範囲に属することを知ったが、その後の調査で、別件実用新案権の侵害者及び侵害数量が甘受できるものではないことを知ったため、被告に対し、本件実用新案権に基づく請求をしたものであり、原告が、被告の本件実用新案権の侵害を黙認したことはない。
(5) 権利の濫用について
被告は、原告が本件訴訟の提起に至った理由が、コバヤシ判決の認容額に満足がいかなかったことや、同訴訟において被告の職員等が陳述書を提出するなどコバヤシに協力したことであること、及び原告が被告の本件実用新案権の侵害行為を知りながら告げなかったこと等を理由に、本件請求が権利の濫用であると主張する。
しかし、本件請求は、実用新案権に基づく当然の権利行使であり、被告に過大な被害を被らせることを目的としたものではない。また、原告が被告の本件実用新案権の侵害行為を知りながら告げなかったことは、権利濫用の理由とはならない。
(6) 消滅時効について
被告が平成元年10月25日以前に販売した被告物件は、すべてノバフォームから供給を受けたトレーを使用したものであるところ、原告が、ノバフォームがハイパック以外で糊付けした製品を取り扱っていたことを知ったのは平成11年の夏以降であるから、消滅時効は完成していない。
〔被告の主張〕
原告は、被告に対し、被告物件の販売行為について、実施料相当額の不当利得返還請求をなし得ない。その理由は、次のとおりである。
(1) 本件考案の黙示の実施許諾について
ハイパックは、ルート①、②のとおり、デンカ又は自社が製造したトレーに糊付けをし、これをノバフォームを通じて被告に納入していた。
ハイパックの代表者である原告は、同トレーには本件考案の実施に使用される以外の現実的な用途はなく、本件考案の実施に使用されることは承知していたにもかかわらず、ハイパックが糊付けしたトレーを使用した被告物件について、トレーの対価のほかに実施料を請求することはなかった。また、原告は、被告が他のルートのトレーを購入し、しめじの包装に利用したことについても、何ら異議を述べなかった。
したがって、原告は、ルート①~⑤のいかんを問わず、被告が本件考案を実施することを黙示に認めていたというべきである。
このことは、原告が、平成6年に、被告との間で本件売買基本契約を締結した際に、被告に対し過去の実施料の請求をしなかったことからも明らかである。
(2) 被告の利得の有無について
ア 被告は、営利を目的とする法人ではない。しめじの販売形態も、生産者が被告の会員である農協に出荷し、被告が農協の委託で卸売市場の販売を取り次いで代金を受け取り、農協を通じて生産者に支払うという方法で実施されており、被告の名義、計算で販売しているものではなく、被告は、その経費、組織の維持費を実費主義で手数料として受領しているにすぎない。
したがって、被告は、本件実用新案権について実施の主体でないだけでなく、利得も得ていない。
イ 被告は、原告から何らの申出もなかったので、ルート④、⑤のトレーについても、原告が製造したルート①、②のトレーと大差ない価格で購入し、傘下の農協を通じて販売し、生産者がしめじを包装して原告を通じて販売した。
ルート①~⑤のいかんを問わず、トレーの販売価格も、しめじの販売価格も同じであるから、被告の利得は、どのメーカーのトレーを使用するかにより差異はない。
したがって、仮に、被告がルート①、②により仕入れたトレーについて原告が実施料請求できないとするならば、その他のルートにより仕入れたトレーについても、被告に利得があるとはいえない。
(3) 別件考案に関する実施料相当額を得ていることについて
ア 原告と、ザンパック及びノバフォームとの間で、別件考案の実施について実施料相当額を支払う旨のザンパック和解、ノバフォーム和解が成立している。この和解の趣旨は、当該製品を販売先が用途に従い使用できることを前提としていると解すべきである。
別件実用新案権の侵害が争われたコバヤシとの間の訴訟においては、当事者は、別途本件考案の実施料相当額を支払わなければ、当該トレーを別件実用新案権の明細書に記載された用途に従って使用することができないという事情を主張していない。コバヤシ判決は、当該事件の被告であるコバヤシが原告に対し実施料を支払っていれば、これを自由に販売しそのユーザーが使用できることを前提とした判断であるから、コバヤシ判決の認容金額は、ユーザーが自由に使用できるという趣旨の実施料相当額を認定したものとみるべきである。
そして、別件考案の構成に係るトレー単体をその用途に従って使用すると、必然的に本件考案の構成要件を充たす関係にあることを考慮すると、原告が、ザンパック和解、ノバフォーム和解及びコバヤシ判決により、別件考案に関する実施料相当額を受領している以上、本件考案について別途実施料相当額を請求することはできないと解すべきである。
イ 原告は、実施行為独立の原則や本件実用新案権と別件実用新案権が別個の権利であることを理由に、侵害品の流通過程におけるすべての業者に対し損害賠償請求ないし不当利得返還請求が可能であると主張する。
しかし、原告が受けた損害(損失)は一つであり、関係者が3社であれば1社の場合の3倍の損害(損失)が生じるものではない。
また、実施料相当額の不当利得返還請求の前提として、取引の実状に照らし実施料を請求できたことを要するというべきところ、本件実用新案権と別件実用新案権とが合わさって一つの商品としての価値を有するもので、それぞれ別途に許諾し実施料を請求するという取引の実状はないから、不当利得返還請求の前提を欠く。
(4) 被告の和解ないし権利の放棄について
原告は、本件売買基本契約が締結された翌年の平成7年秋になって、自己の責任による製品不良等のため、ノバフォームを通じてのハイパック製品(ルート①、②に係るトレー)の取扱い数量が減少すると、被告に対し、突然本件実用新案権の存在とその侵害を理由とする損害賠償請求を示唆し、取扱い数量の増大を求めた。
被告が、紛争回避のため、ハイパック製品の販売の拡大に努力することにより、この問題は決着され、これにより原告は、本件実用新案権の侵害を理由とする損害賠償請求、不当利得返還請求をしなくなったのである。
これは、原告と被告との間で、ハイパック製品の販売に被告が努力することで原告が被告に対する本件実用新案権に関する請求をしないという合意(和解)、ないし原告の権利放棄があったといえるから、仮に原告に不当利得返還請求権が発生していたとしても、和解ないし権利放棄により消滅したというべきである。
(5) 権利の濫用について
ア 原告と被告とはノバフォームを通じてではあるが、昭和49年ころから、しめじのトレーについて継続的な取引関係にあり、製品の開発、普及について互いに協力してきた。
もともと本件考案は、被包装物としてしめじを予定しておらず、原告はしめじの特性についての知識は全くなかった。これを実用化したのは、被告や長野ノバフォーム、農協、長野県園芸試験場等の関係者の努力によるものである。当初は、被告物件のような包装は原告が代表取締役を務めるハイパックのみから供給を受けていたが、被告物件のトレーの安定供給不足、品質不良等を契機として、昭和62年ころからザンパック、平成元年ころからコバヤシからそれぞれ供給を受けるようになったものの、平成元年から平成6年まで、さらに本件実用新案権消滅後も、ハイパックの糊付けしたトレーは並行して被告に供給されており、数量的には最も大きなシェアを占めていた。
仮に被告物件の製造販売が本件実用新案権の侵害になるとすれば、原告は、継続的な取引関係にある被告が、各社の新規参入当時から本件実用新案権を侵害していることを知りながら、何も告げず取引を継続させ、その期間中当該商品の取引により利益を得たあげく、権利期間が消滅した後に、しかも事実を知ってから長期間放置しておいて、突然、被告に対し、不当利得を理由として実施料相当額を請求したことになり、このようなことは取引上の道義に著しく反する。原告は、被告と継続的な取引関係にある者として、本件実用新案権の存在を被告に知らせ、被告が本件実用新案権を侵害しないようにする信義則上の義務があった。
イ 原告(ハイパック)は、平成6年3月30日、被告との間で本件売買基本契約を締結したが、その際、本件実用新案権の存在すら被告に告げていない。取引の基本契約を締結するに当たり、従前の債権、債務関係は重要な判断要素であり、原告は被告に本件実用新案権及びそれに基づく請求権の存在を告げる義務があった。
ウ 原告は、前記(4)記載のとおり、本件実用新案権の侵害を理由に取引拡大を図り、被告に努力させて、その目的をそれなりに遂げたのであるから、再度、本件実用新案権の侵害を理由として本訴請求をすることは信義に反する。
エ 原告は、コバヤシ判決の認容額に満足がいかなかったことと、その訴訟において被告の職員等が陳述書(乙4、5)を提出するなど同事件被告コバヤシに協力したことを理由として、本件訴訟を提起した。コバヤシとの訴訟は被告に関係なく行われたものであるし、陳述書の提出を提訴の動機とするのは、裁判の公正な審理に協力したことに対する報復であって、許されるべきではない。
オ 被告がノバフォームを通じて供給を受けたトレーは、原告(ハイパック)、デンカ及びノバフォームの3社が協同態勢で製造、販売していたものであるから、仮に、ノバフォームが原告の許諾なく被告に販売したトレー(ルート③)があったとしても、被告は、それが原告の許諾を得たもので、その用途に従い使用することができるものと理解するのが当然であり、表見代理の規定の趣旨からしても、原告は、被告に対し、ノバフォームの製品を使用することについて、本件実用新案権を侵害すると主張することは許されない。
(6) 消滅時効について
ア 原告の本件不当利得返還請求権のうち、平成元年10月25日以前の被告物件の販売に関する部分は、同日から10年後の平成11年10月25日の経過に伴い、時効消滅した。
イ 被告は、平成13年9月14日の本件口頭弁論期日において、上記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
3 争点(3)(不当利得返還請求の額)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は、被告物件を次のとおり販売した。
ア 昭和63年9月8日から平成元年10月24日まで
2億3334万1398個
イ 平成元年10月25日から平成2年10月24日まで
2億7492万0967個
ウ 平成2年10月25日から平成3年10月24日まで
3億1916万1613個
エ 平成3年10月25日~平成6年3月31日まで
9億1240万9355個
なお、ルート①~⑤の販売数量の内訳は、別紙「被告物件の販売数量(原告主張及び被告主張)」の【原告の主張】欄記載のとおりであり、この各数量は、A欄は「長野県ぶなしめじの生産推移(各年1月~12月までの県推定値)」(甲23)を基に、B欄及びC欄はハイパックからの出荷伝票を基に、D欄は、「しめじトレー取扱実績と平均販売単価について」と題する書面(甲25)を基に、E欄は被告の大阪弁護士会会長に宛てた回答書(甲43)を基に集計したものである(F欄は、A欄から、B~E欄の合計数を差し引いて算出したものと思われる。)。
(2) 本件考案の実施料相当額は、寄与率等を考慮すると販売価格の3%が相当である。
各年度毎の被告物件の販売価格は、昭和63年は117円、平成元年は90円、平成2年は88円、平成3年は87円、平成4年は77円、平成5年は81円、平成6年は78円である。
上記販売価格を基に、その3%に当たる実施料額を計算すると、昭和63年9月から同年12月までは3.51円、平成元年は2.70円、平成2年は2.64円、平成3年は2.61円、平成4年は2.31円、平成5年は2.43円、平成6年1月から同年3月までは2.34円となる。
(3) 原告は、被告に対し、被告による被告物件の販売行為について、次のとおり実施料相当額の不当利得返還請求をする(なお、実施料の算定は上記(2)の期間別の実施料相当額に基づいて計算する。)。
ア 平成元年10月25日から平成2年10月24日まで販売に伴う不当利得金の合計額の内金1億円及びこれに対する平成2年10月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
イ 平成2年10月25日から平成3年10月24日までの販売に伴う不当利得金の合計額の内金1億円及びこれに対する平成3年10月25日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
ウ 昭和63年9月8日(本件実用新案権の出願公告日)から平成元年10月24日まで、及び平成3年10月25日から平成6年3月31日までの販売に伴う不当利得金の合計額の内金18億円及びこれに対する平成6年4月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(4) 被告の主張に対し、次のとおり反論する。
ア 被告は、実施料相当額の算定に当たっては、包装自体の価値、価格を基準に決定すべきであると主張する。
しかし、ほんしめじを包装して販売する際、気中菌糸が発生するという問題があり、被告物件はこの気中菌糸の発生を防止する効果が絶大であり、本件実用新案権の権利存続期間において、被告物件の包装体なくしてはほんしめじの販売は事実上成り立たなかった。
したがって、被告物件の包装体は、中身のほんしめじと一体となって、被告物件全体の価格を著しく上昇させているといえるから、実施料相当額の算定に当たっては、被告物件全体の価格を基準にすべきである。
イ 被告は、原告が既にトレーの販売について別件考案の実施料を得ていることを考慮すべきであると主張するが、本件実用新案権と別件実用新案権とは別個の権利であり、被告の主張は理由がない。
〔被告の主張〕
(1) 被告は、被告物件を次のとおり販売した。
ア 昭和63年9月8日から平成元年10月24日まで
1億1103万3210個
イ 平成元年10月25日から平成2年10月24日まで
2億6128万9100個
ウ 平成2年10月25日から平成3年10月24日まで
3億0535万7080個
エ 平成3年10月25日~平成6年3月31日まで
8億7955万1730個
なお、ルート①~⑤の販売数量の内訳は、別紙「被告物件の販売数量(原告主張及び被告主張)」の【被告の主張】欄記載のとおりであり、この数量は、被告長野県本部の調査結果(乙18)に基づくものでである。
(2) 原告は、しめじが入った被告物件全体の販売価格を基準にした実施料相当額を主張する。
しかし、本件実用新案では「被包装物」が構成要件になっているものの、被包装物が何であるかの特定はないし、被包装物の相違による効果も記載されていないから、本件考案の実体は、別件実用新案のトレーを用いたストレッチフィルムをオーバーラップした包装にあることは明らかであるから、被包装物の価格を含んだ価格を基準に実施料を定めるべきではなく、包装自体の価値、価格を基準に決定されるべきである。
包装自体の単価は、せいぜい4~5円程度であり、トレー1個当たり20銭の実施料相当額が含まれていることを考慮して、実施料相当額を判断すべきである。なお、仮に、包装されたしめじ(100g)の価格である75円~90円程度を基にするとしても、本件考案の利用率がその5%にも満たないものであることを考慮すべきである。
(3) 被告物件の販売についての本件考案の実施料相当額を判断するについては、原告がすでにトレーの販売について別件考案の実施料を得ていることを考慮すべきである。
通常、ある物品をその用途に従い実施するについて複数の権利がある場合の実施料は、複数の権利があることを前提に定めれられるものであり、実施料が複数倍になるものではない。原告は、すでに別件考案の実施料を得ているのであるから、本件考案についての実施料はごくわずかであるというべきである。
第4争点に対する判断
1 争点(1)(被告物件は本件考案の技術的範囲に属するか。)について
(1) 被告物件が本件考案の技術的範囲に属するか否かの検討に先立ち、本件考案の作用、効果について検討する。
ア 本件公報(本件補正掲載書を含む。)には、次の記載がある(甲2の1・2)。
(ア) 〔従来の技術〕の項には、「現在、スーパーマーケット等において、肉、魚等のトレー包装体としては、ストレッチフィルムを、トレー上にオーバーラップしたものが広く普及している。……これらの包装器具に共通した基本的な包装方法は、トレー全体をフィルムで包み込み、特に、トレーの裏側においてフィルムを二重・三重に重ね合せてフィルムの自己粘着性を利用しながら、この重ね合せ部分でフィルムをシールするという方法である。」とされている(1欄22行~2欄5行)。
(イ) 〔考案が解決しようとする課題〕の項には、①「従来の包装形態では本来の必要量の3~4倍のフィルムを必要としている。」(2欄14~16行)、②「フィルムを重ね合せてトレー裏側でシールした場合、どうしても不規則な皺が発生し、水分の多い被包装物ではトレー裏側まで水がまわり、その皺の部分から汁が滲出してきて、ひどい場合、そのシールがバラける。」(2欄17~21行)、③「フィルムをトレー裏側で重ね合わせてシールする為、せっかく透明のトレーを使用しても裏側から被包装物を透視しにくい。」(2欄22~24行)、④「この形態ではトレーの下側でフィルムを絞るため、フィルムをトレー開口部に皺なく展張することが、なかなかむづかしく、包装室の気(室)温の変化や、使用するトレーの種類等により、条件が微妙に変化して常にトラブルの原因になり易い。」(2欄25行~3欄3行)と、上記従来技術における欠点が記載されている。
こうした従来技術の欠点を踏まえ、本件考案の目的は、「トレーの上面開口部を被覆したストレッチフィルムの周縁を、トレー周壁の上部外側面に接着剤によって接着し、上記ストレッチフィルムを、接着部の下側で切断してストレッチフィルムの使用量を大幅に減少させること」(3欄4~8行)とされている。
(ウ) そして、〔課題を解決するための手段〕の項において、上記目的を達成するために、本件考案の各構成要件を備えたストレッチフィルムによるトレー包装体を用いるものとされ(3欄10~25行)、〔作用〕の項において、「未包装状態のトレーを多数個積み重ね、各トレーの接着剤塗布面を上下方向に連続して露呈させ、全トレーの接着剤塗布面にローラ等で接着剤を一括塗布し、接着剤塗布後のトレーを個々に分離して被包装物を詰めたのち、トレーの上面開口部にストレッチフィルムを被覆させ、該接着部の下側でストレッチフィルムを切断する。」(3欄27~34行)とされている。
(エ) さらに、〔効果〕の項には、「ストレッチフィルムは、その周縁を、トレーの接着剤塗布面に接着した位置に接近した下側で抵抗線により全周に亘って切断してあるから、フィルムの使用量を減少させ、かつ、皺のない美しい状態でトレーの周囲にフィルムの周縁を粘着させることができ、接着剤の存在で完全なシールが確保され、汁等が滲出することがなく、また、抵抗線の通電による熔断であるから、刃物等のように刃先の鈍化等がなく、常に安定した確実美麗な切断ができ、しかも、手軽に包装が行え、透明なトレーを使用した場合、裏側からも商品が明瞭に見えるものであり、また、特に、実施例の如き包装方法によったときは、フィルムを加熱する方式であるため、温暖地、寒冷地等の包装室の室温等に全く関係なく、常に良好な包装が行われ、更に、フィルム周囲を枠で挟持させているため、収縮がなく、良好に包装することができる。また、未包装状態のトレーを多数個積み重ね、各トレーの接着剤塗布面を上下方向に連続して露呈させ、全トレーの接着剤の塗布面に接着剤を一括塗布するものであるから、トレーへの接着剤の塗布作業が能率的に実施でき、包装コストの低減が図れ、実用上、顕著な効果を発揮し得るものである。尚、接着剤の一括塗布は、ローラの他、スプレー等によって実施できる利点がある。」(本件補正掲載書2項)とされている。
イ 本件公報の上記記載からすれば、本件考案の主たる目的は、従来の包装方法における①フィルムの使用量が多い、②フィルムの密封性が悪い、③透明なトレーを使用してもトレー裏側の包装フィルムが透視性を妨げる、④トレー開口部でフィルムを皺なく展張することが困難でありトラブルの原因になりやすいとの問題点を解決するため、①トレーの上部外側面全周に接着剤塗布面を形成するとともに、②未包装状態で多数個のトレーを積み重ねたとき、各接着剤塗布面が上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈するごとく形成したことにあり、これによる効果として、従来の包装方法における上記問題点を解決するとともに、外観上も美しいトレーを提供でき、当該接着剤塗布面に接着剤を塗布する作業を能率的に行うことができるという点を挙げることができる。
(2) 争点(1)ア(構成要件A①の「平坦な底板」の充足性)について
被告物件の底板は、中央部が緩やかに上方に湾曲している(別紙被告物件目録参照)から、厳密な意味で「平坦」ではない。
しかし、本件公報には、トレーの上面開口部をストレッチフィルムでオーバーラップして被覆する際の実施例に関し、「載置台は、…機台に水平に取り付けられ」(本件公報5欄28~29行)、「トレー15に被包装物19を盛付けして切断枠14を嵌め込み、載置台8上に載置する」(6欄8~10行)とされているから、水平な機台の上に載置して安定するような底板の形状が要求されることは推測できるものの、そのほかには、底板を平坦にしたことの技術的意義については特段の記載はなく、また、上記(1)の本件考案の作用、効果からしても「平坦な底板」との要件に特段の意味を見いだし難い。
そうすると、本件考案において底板を「平坦」なものとしたのは、上記のようなオーバーラップして被覆する作業時点のほか、流通、販売、消費者の使用等の時点において、水平な台に置いて安定するような包装用トレーに多く見られる通常の形態を記載したものにすぎないというべきであり、そうした水平な台において安定するという意味で実質的に平坦な場合をも含むものと解するのが相当である。
したがって、被告トレーのような底板の状態は、なお「平坦」というに妨げなく、被告トレーは本件考案の構成要件A①を充足する。
(3) 争点(1)イ(構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」の充足性)について
ア 構成要件A④において、トレーの形状は「未包装状態で積み重ねたとき、各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」とされ、「その状態で接着剤を一括して塗布」されるのであるから、同構成要件の記載からすれば、トレーを積み重ねて接着剤を一括して塗布できる程度に、各接着剤塗布面が「略垂直」であれば足りると解される。
イ 本件公報(本件補正掲載書を含む。)の考案の詳細な説明の項には次の記載があることが認められる(甲2の1・2)。
(ア) 〔実施例〕の項に、「第10図A、B、C又は第11図A、B、Cに示す様に、未包装のトレーを多数個を積み重ねた状態で、接着剤塗布面15cが上下方向に亘って連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈するように形成し、この状態でロール又はスプレー等で、接着剤18を均一な厚さで塗布させることができるように形成する。」(4欄9~15行)、「上記第10図B、C及第11図B、Cは、接着剤塗布面15cが、傾斜している場合や、重ね合わせた時わずかな隙間lが生じる場合を示している。」(4欄16~19行)とされており、第10図B及び第11図Bには、若干傾斜した接着剤塗布面15cを有するトレーが積み重ねられている状態が示されている。
(イ) 上記(1)記載の本件考案の作用、効果と、実施例の項の上記記載からすれば、本件考案においては、トレーの接着剤塗布面を略垂直な面とすることにより、多数個のトレーを積み重ねたままで接着剤を一括塗布することで、塗布作業を能率的に行うことができるという効果が得られるが、その塗布作業には、ローラ、スプレー等の方法があり、トレーを積み重ねた際、接着剤塗布面が多少傾斜していたり、わずかな隙間が生じる場合であっても、許容されることを示している。
ウ 以上からすれば、構成要件A④の「略垂直な接着剤塗布面」とは、トレーを重ね合わせたときに、上記のようにして接着剤を塗布することが可能な程度に垂直に近い接着剤塗布面を意味し、トレーを積み重ねた際、接着剤塗布面が多少傾斜していたり、わずかな隙間が生じる場合であっても、許容されるものと解すべきである。
なお、被告は、構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」との要件は、「各トレーの接着剤塗布面が、上下方向に『整然として配列した状態で』露呈して連続した略垂直な面として『接着剤塗布面のみに一斉に接着剤を塗布することができる」柱状を呈すると、『』内を補充して解釈されるべきであると主張する。しかし、上記のとおり、本件考案においては、トレーを積み重ねた際に接着剤塗布面がわずかな隙間を有することが許容されているから、そうした状態で、ローラ、スプレー等により接着剤を一括塗布した場合にはトレーの接着剤塗布面以外の部分にも接着剤が付着することも許容されていると解されるし、その他、本件公報(本件補正掲載書を含む。)中に構成要件A④を被告が主張するように解釈すべきことを根拠づける記載はない。
エ 被告物件の接着剤塗布面は、0.5㎜に対して12㎜の立ち上がりの割合で外側に傾斜(垂直線に対して約2.4度の傾き)している(別紙被告物件目録参照)が、この傾きの程度からすればトレーを積み重ねて接着剤を一括塗布することが十分可能であると推認できるし、被告物件の上記傾斜の程度は、本件公報の実施例において示されている接着剤塗布面の傾斜の程度と比較しても、実施例において許容する傾斜の範囲内であると認められる。
また、被告物件の接着剤塗布面11aは長縁11dにおいて弧を描いて外側に膨らんでおり、周壁11cの四隅は丸みをもった形状となっているが、そうした形状によって、接着剤の一括塗布作業に支障が生ずるものとは解されない。
よって、被告物件は、構成要件A④の「各接着剤塗布面が、上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する」との構成を備えている。
(4) 争点(1)ウ(本件考案は、フィルム周囲を枠で挟持させるものを対象とするものと解すべきか否か。)について
ア 被告は、本件考案は、フィルム周囲を枠で挟持させるものを対象とするものと解すべきであると主張する。
本件実用新案登録請求の範囲には、「上記トレーの上面開口部をオーバーラップして被覆し、かつ、トレーの接着剤塗布面に接着剤を介して接着された周縁を有するストレッチフィルムとからなり」(構成要件C①)、「上記ストレッチフィルムは、その周縁を、トレーの接着剤塗布面に接着した位置に接近した下側で抵抗線により全周に亘って切断してある」(構成要件C②)とされるのみで、「フィルム周囲を枠で挟持させる」か否かについての限定はない。
イ 本件公報(本件補正掲載書も同じ。)の考案の詳細な説明中には、次の記載がある(甲2の1・2)。
(ア) 〔実施例〕の項には、「上記フィルム4はストレッチフィルムであるため、熱すると縦横方向に収縮する性質をもっている。そこで、フィルム4は加熱板1より若干大きい内寸法をもつ上下2つの挟持枠6、7によりフィルム4の周囲を挟持し、これを加熱板1に向けて移動させ、フィルムの加熱を行う。これにより、フィルム4に縦横方向に収縮することなく、良好に加熱される。」(5欄14~21行)、「包装作業に当り、フィルム4をロール等から適当長さに切断してフィルム挟持枠6、7に挟持せしめ、加熱板1に密着させて加熱軟化させておく。そしてトレー15に被包装物19を盛付けして切断枠14に嵌め込み、載置台8上に載置する。」(6欄5~10行)、「次にフィルム挟持枠6、7を下降させ、加熱軟化したフィルム4をトレー15上にオーバーラップさせ、続いて吸気室11に吸気を発生せしめてフィルム4をトレー15の周囲及び切断枠14の周囲に密着させる。」(6欄11~15行)とされている。
(イ) 〔考案の効果〕の項に、「更に、フィルム周囲を枠で挟持させているため、収縮がなく良好に包装することができる。」(8欄9~11行)とされており、ここにいう「枠」とは、ストレッチフィルムを熱した際に縦横方向に収縮しないようにするための「挟持枠6、7」と解される。
(ウ) 以上のように、考案の詳細な説明中には、トレーの包装作業においてフィルムを挟持枠で挟持する実施例が記載され、そのことに伴いフィルムの収縮がなく良好に包装することができるという効果が示されている。
ウ しかしながら、本件考案の作用、効果は、前記(1)イ記載のとおりであり、この作用、効果は、本件実用新案登録請求の範囲に記載された要件を充足すれば得られるものということができ、トレーの包装作業においてフィルムを挟持枠で挟持するという構成を付加しなければ得られないものではない。
そうすると、考案の詳細な説明中に、トレーの包装作業においてフィルムを挟持枠で挟持する実施例が記載され、そのことに伴いフィルムの収縮がなく良好に包装することができるという、外観上の美麗さに関わる効果が記載されているとしても、それは当該実施例の包装方法を採用した場合における作用、効果が記載されているにすぎないものと解すべきであって、本件実用新案登録請求の範囲を、そうした実施例の記載内容に限定して解釈しなければならないとすることはできない。
したがって、本件考案はフィルム周囲を枠で挟持させるものを対象とするものと解すべきであるとする被告の主張は理由がない。
(5) 以上によれば、被告物件は、本件考案の技術的範囲に属するというべきである。
2 争点(2)(不当利得返還請求の可否)について
(1) 前記1で検討したところによれば、被告物件は本件考案の技術的範囲に属し、後記(3)ア記載のとおり、被告は本件考案の実施行為に該当する被告物件の販売行為をしたものであるから、その販売行為は、本件実用新案権を侵害するものである。
被告は、争点(2)に関する被告の主張に記載のとおり、原告は被告物件の販売行為について実施料相当額の不当利得返還請求をなし得ないと主張するので、以下、順に検討する。
(2) 黙示の実施許諾について
ア ルート①、②について
(ア) 原告は、ハイパック及び東製作所の代表取締役であり、ルート①、②においては、ハイパックないし東製作所が被告物件のトレーの製造ないし糊付けをし、これをノバフォームに販売していたものである。
そして、ノバフォームは、ルート①、②によるしめじ包装用トレーに使用するために、ハイパックから包装機械の提供を受けており、トレー包装について両者は業務を提携して行う関係にあったし(乙12、20)、ルート①の関係でデンカとハイパックの間では協定書(デンカ協定)を取り交わしていたものである。また、本件考案と別件考案との比較対照は後記(4)のとおりであるが、本件考案の実施に当たるしめじを包装したトレー包装体(被告物件)を製造する過程においては、必然的に別件考案に係る包装用トレーが製造され使用される関係にあるといえる。
したがって、ハイパック又は東製作所がトレー製造、糊付けをしてノバフォームに販売するということは、原告が、その後の流通過程(個々の農家がしめじを入れてパックして本件考案の実施品を完成させ、被告が販売する。)において、当該トレーが予定している使用方法、すなわち、糊付けされた当該トレーに被包装物を入れて、ストレッチフィルムをオーバーラップして糊付面に接着させ、ストレッチフィルムの周縁を、トレーの接着剤塗布面に接着した位置に接近した下側で抵抗線により全周にわたって切断するという本件考案のストレッチフィルムによる包装体として用いられることについても被告を含むルート①、②の関係者に対し承諾していたものと解するのが相当である。
(イ) なお、原告は、仮に原告が、ハイパックの製造、販売に係るトレー(ルート①、②)に関し、ノバフォームが本件考案及び別件考案を実施することを承認していたとしても、それは、ノバフォームがハイパックの製造、販売に係るトレーのみを取り扱い、ルート③のように他社の製造に係るトレーを取り扱わないという前提に立った承認であるから、ノバフォームがハイパック以外の会社の製造に係るトレーを取り扱っていたことが明らかになった以上、本件考案の実施の承認に係る上記前提は成り立たないと主張する。
しかるところ、前記第2の1(5)イ記載のとおり、ハイパックはデンカとの間でハイパックないし東製作所のみが糊付け作業を行うこと等を内容とするデンカ協定を締結しているから、原告は、デンカないしハイパックが製造したトレーを、ハイパックが糊付けし、これをノバフォームに納入するという前提でデンカ及びノバフォームとの取引をしていたことが推認できる。
しかし、原告ないしハイパックが製造ないし糊付けし、これを流通の途においた以上、その後の流通の過程で当該トレーが本来の使用法である本件考案の実施形態で用いられることについて承認していたと解すべきことは前記のとおりであり、仮に、デンカないしノバフォームが原告との協定に違反する行為を行ったとしても、そのことは、ノバフォームから納入を受けた被告との関係において、本件考案の実施を承諾していたと評価されることに何ら影響を及ぼすものではない。
イ ルート③~⑤について
ルート③~⑤のトレーは、ハイパックがその流通経路に関与することなく被告に納入されたものであるから、仮に、原告が、被告がルート③~⑤に係るトレーを用いた被告物件を販売していることを知っていたとしても、そのことから直ちに、被告に対し、本件考案の実施を許諾したということはできない。
ウ 被告は、平成6年に本件売買基本契約を締結した際、原告が被告に対し過去の実施料の請求をしなかったことからも、原告が被告に対して本件考案の実施を許諾していたことが明らかであると主張する。
しかし、乙7によれば、本件売買基本契約が定めているのは、同契約を締結した時点以降のきのこ用トレー類の注文、受渡し及び代金決済の条件等に関する事項についてのみであり、契約締結以前の取引に係る本件考案の実施料についての事項は何ら同契約の内容に含まれていない。
また、甲8の1(原告作成の陳述書)、乙19(被告長野県本部のB作成の報告書)及び弁論の全趣旨によれば、本件売買基本契約は、原告が、平成5年終わりころ、ノバフォームや被告を通さずに直接各農協にトレーを販売する意向を示し、農協がこれを受け入れる意向を示したことから、農業生産者に対する資材の購入、生産物の販売の仲介を業務とする被告としては、原告と各農協との直接取引を容認できず、自ら原告との契約を申し出たという経緯で締結されたことが認められる。しかし、その際、原告が被告に対し、従前の被告によるきのこ用トレーの取扱いに関し本件考案の実施を許諾したことを推認させる事情は窺われないし、また、本件売買基本契約の際に、原告が同契約締結以前の本件考案に係る実施料の請求権を放棄したような事情も認められない。
なお、上記乙19には、①本件売買基本契約を締結する以前の平成5年12月ころ、原告は、コバヤシ及びザンパックに対して別件実用新案権に基づく権利行使をしており、被告に対する権利行使もあり得るなどと述べていたこと、②本件売買基本契約の背景として、被告は、今後継続的な取引を行い原告を権利者として尊重するとの基本姿勢があり、お互いの新たな信頼関係の構築の証しになると思っていたこと、そして、③本件売買基本契約は、いかなる事情があっても原告は被告に対して迷惑をかけないことを前提とするもので、原告はこの前提を十分理解し納得した上で本件売買基本契約を締結したとの記載がある。しかし、②、③は被告職員の一面的な認識を示すものであり、原告・被告間で何らかの意思の合致があったことを示すものではない。また、前記のとおり、本件売買基本契約は、原告が直接各農協にトレーを販売する意向を示したことがきっかけとなり、原告と被告間のトレーに関する売買条件を定めたものであって、仮に、原告と被告との間で、①のように、本件売買基本契約締結以前の被告物件の販売行為に関する本件考案の実施料について話題となり、原告が被告に対し同実施料を請求しないとの合意があったとするならば、本件売買基本契約の際に明記してしかるべきものであるというべきところ、前記のとおり、本件売買基本契約において、同実施料に関しては何ら取り決めがされていない。したがって、乙19の上記記載内容をもってしても、原告が、被告物件の販売行為について本件考案の実施料の請求を放棄したことを認めることはできない。
(3) 利得の有無について
ア 販売形態について
被告は、営利を目的とする法人ではない上、しめじ(被告物件)の販売形態は、生産者が被告の会員である農協に出荷し、被告が農協の委託で卸売市場の販売を取り次いで代金を受け取り、農協を通じて生産者に支払うという方法で実施されており、被告の名義、計算で販売しているものではなく、被告は、その経費、組織の維持費を実費主義で手数料として受領しているにすぎないから、被告は本件考案の実施の主体でないだけでなく、利得も得ていないと主張する。
しかし、甲6、28ないし30、乙5によれば、被告は、被告物件に被告名のラベルを貼り、被告名義で、卸売市場における販売委託契約をして商品代金を請求し、被告名義の銀行口座に商品代金を振り込ませていること、被告は、ほんしめじについて「ヤマビコホンシメジ」との商標登録を行い、宝酒造株式会社との間で、被告物件のほんしめじの栽培について栽培契約を締結し、ほんしめじの生産、販売を積極的に促進してきたことが認められるから、被告は、本件考案の実施行為に該当する販売行為をしたものというべきである。
そして、原告は本件において不当利得として実施料相当額を請求するところ、被告が本件考案の技術的範囲に属する被告物件を販売するには、相当の実施料を支払わなければならず、被告がこれを支払わずに販売した以上、実施料相当額の利得を得たものと認めるのが相当であり、このことは、被告が営利を目的とする法人でないことにより影響を受けるものではない。
イ また、被告は、ルート①、②により仕入れたトレーについて、原告が実施料請求できないとするならば、ルート①~⑤のいかんを問わず、トレーの販売価格もしめじの販売価格も同じであるから、その他のルートにより仕入れたトレーについても、被告に利得があるとはいえないと主張する。
しかし、仮に、ルート①、②の仕入価格と、ルート③~⑤の仕入価格、及びそれらの販売価格とがいずれも同一であって、被告物件の販売によって被告が得る利益額がルート①~⑤のいかんを問わず同一であったとしても、ルート①、②については原告による黙示の実施許諾が認められるのに対し、ルート③~⑤についてはそのような実施許諾が認められないから、被告が支払うべき相当の実施料の支払をしないことによる利得が認められるとすることに何ら妨げはないものというべきである。
(4) 別件考案に関する実施料相当額を得ていることについて
ア 被告は、原告が別件考案に関するザンパック和解、ノバフォーム和解及びコバヤシ判決に基づいて、その実施料相当額を得ているから、別途、本件考案に関する実施料相当額を請求することはできないと主張する。
イ 本件考案は、トレー内に被包装物が置かれ、これをストレッチフィルムで被覆した「ストレッチフィルムによるトレー包装体」に係るものであり、別件考案は、「包装用トレー」に係るものである。そして、それぞれの実用新案登録請求の範囲を比較すると、別紙「本件考案と別件考案の対比表」記載のとおりであり、これをまとめると次のとおりである。
(ア) 本件考案に用いるトレーの形状を規定する構成要件A①~④は、すべて別件考案の構成要件B'①~③、C'に記載されている。
なお、構成要件A④の「接着剤を一括して塗布」という要件は、「未包装状態で多数個のトレーを積み重ねたとき、各接着剤塗布面が上下方向に連続して露呈して略垂直な面として柱状を呈する如く形成」されたトレーの形状に加えて、更に形状を限定するものではなく、むしろ、上記形状により「接着剤を一括して塗布」され得ることを念のために記載したものと解される。
(イ) 本件考案の包装体が、上記トレー内に被包装物を置き(構成要件B)、トレーの上面開口部をオーバーラップして被覆し、かつ、トレーの接着剤塗布面に接着剤を介して接着された周縁を有するストレッチフィルムとからなること(構成要件C①)は、別件考案の構成要件A'①に記載されている。
(ウ) 本件考案の構成要件C②のうち、そのストレッチフィルムをトレーの接着剤塗布面に接着した位置に接近した下側で切断するとの要件は、別件考案の構成要件A'②に「トレーの周囲上縁の近傍でフィルムを切断」との記載が示す切断位置とほぼ同位置の切断を意味すると解されるから、同部分も別件考案に記載されているといえる。
(エ) 本件考案の構成要件C②のうち、ストレッチフィルムが「抵抗線により全周に亘って切断してある」との要件は、別件考案に記載はない。
ウ そうすると、本件考案の構成要件は、トレーの形状、ストレッチフィルムによる被覆及びトレーとの接着状況等、大部分が別件考案の構成要件と共通するものであるけれども、本件考案の構成要件にはストレッチフィルムを「抵抗線により全周に亘って切断してある」というストレッチフィルムの切断に関する要件が付加されており、本件考案と別件考案とは全く重なり合うものではない。そして、本件実用新案権と別件実用新案権とが別個の権利として成立している以上、原告が、別件考案について実施料相当額を得ているとしても、そのことから直ちに本件考案について実施料相当額を請求できる権利がなくなるものではないというべきである(もっとも、後記のとおり、本件考案の相当な実施料の算定に当たっては、別件考案について実施料相当額を得ていることを考慮すべきである。)。
(5) 被告の和解ないし権利の放棄について
ア 被告は、原告が、本件実用新案権の存在とその侵害を理由とする損害賠償請求を示唆し、ハイパック製品の取扱い数量の増大を求めたため、紛争回避のため、ハイパック製品の販売の拡大に努力してこの問題は決着された経緯があり、これは、原告と被告との間で、ハイパック製品の販売に被告が努力することで原告が被告に対する本件実用新案権に関する請求をしないという合意(和解)、ないし原告の権利放棄があったといえると主張する。
イ 証拠(甲8の1、乙8~10、12、20、21)によれば、次の事実が認められる。
(ア) 原告は、本件売買基本契約を締結した平成6年4月以降(なお、本件実用新案権及び別件実用新案権は、このころ期間満了により消滅している。)においても、ノバフォームを通じて被告にトレーを納入していたが、その後、ノバフォームがハイパック製品(M-10)の取扱量を減少させ、他社製品(2100N)に切り替えたことに納得できず、平成7年10月18日、被告に対し、ハイパック製品の供給量を増やして欲しいとの申入れをした。
なお、その際、1日当たりの供給量の目標を提示し、これを達成できなければ、被告に対し本件実用新案権の行使をせざるを得ない旨の意向を伝えた。
(イ) そこで、被告は、同月30日、ノバフォーム及び原告との間で協議をしたところ、ノバフォームは、ハイパック製品に品質上の問題があるとの指摘を受けたことからその供給量が減少したものであり、品質上問題がなければハイパック製品を取り扱うことに問題はないと述べ、一方、原告は、ハイパック製品に品質上の問題はないと述べたことから、被告、原告及びノバフォームの3者で生産者を巡回して、経過を確認することとした。
(ウ) 被告は、同年11月9日、ノバフォームと協議を行い、原告が被告に対し本件実用新案権の行使を示唆していることについて、被告が提訴される事態は受け入れ難いことであるとし、ノバフォームに対し、ハイパック製品の取扱量を増加させることについて協力願いたいと伝え、ノバフォームはこれを了解した。
(エ) 被告、原告及びノバフォームは、同月20日、生産者を巡回した結果、ハイパック製品、他社製品とも品質上の問題はないこと、ノバフォームは今後ハイパック製品の数量を増やすつもりであることを確認した。
ウ そうすると、ノバフォームは、平成6年当時、ハイパック製品とそれ以外の製品を共に仕入れており、ハイパック製品の取扱量が減少したのもノバフォームの仕入方針に基づくものであって、原告が苦情を申し立てたのも専らそうしたノバフォームの対応についてであることからすると、その申出自体は理不尽なものとはいえない。
原告としてはハイパック製品の取扱量を減少されたことが納得できなかったものであるから、原告は、売買取引基本契約を締結していた被告がこれについて調整するのは当然のことと考えていたと推認でき、原告が上記交渉の際に被告に対し本件実用新案権に基づく権利行使を示唆したとしても、当然なすべき調整を被告が行わなかった場合には、本件実用新案権に基づく権利行使もあり得ることを伝えたにすぎないと解される。
原告は、本件実用新案権の存続期間満了後、ノバフォームがハイパック製品の取扱量を減らしたことを不満に思い、ノバフォームに影響力を持つ被告に対し、過去の実用新案権侵害に基づく損害賠償請求訴訟の提起をほのめかして、被告をしてノバフォームにハイパック製品の取扱量を増やすよう圧力をかけたものであり、本来、実用新案権の存続期間満了後にノバフォームが他社製のトレーを取り扱うことは自由であることに鑑みると、取引の方法としていささか穏当を欠くものである。しかし、前記認定によれば、原告が被告又はノバフォームと交渉する過程において、ノバフォームがハイパック製品の取扱量を増やせば、今後、被告に対する権利行使をしないと原告が述べたような事情までは認められない。
したがって、原告が本件実用新案権に基づく権利行使を示唆したことをもって、その際に求めたハイパック製品の取扱量の増加が実現した場合には、同権利行使をしないという合意(和解)ないし原告の権利放棄があったすることはできない。
(6) 権利の濫用について
前記(2)記載のとおり、原告ないしハイパックが関与したルート①、②のトレーを用いた被告物件については、原告の本件考案の黙示の実施許諾が認められ、不当利得返還請求の対象となるものではない。したがって、それ以外のルート③~⑤のトレーを用いた被告物件について、原告が不当利得返還請求権を行使することが権利の濫用に当たるか否かについて検討する。
ア 被告は、原告が被告と継続的な取引関係にあったものであり、製品の開発普及について互いに協力してきたものであるから、本件実用新案権の存在を被告に知らせ、被告が本件実用新案権を侵害しないようにする信義則上の義務があったと主張する。
(ア) 証拠(甲22、38の2、乙2、12、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
a しめじは、流通、消費段階で気中菌糸が発生しやすく、気中菌糸が発生すると商品価値が下落する。
b 昭和47年以来、長野県産のほんしめじの生産量は毎年大幅に増加し、ノバフォーム等の包装資材メーカーは、作業効率が良く、しかも気中菌糸の抑制が可能な包装資材を求めていたところ、昭和54年9月、包装展で展示されていたハイパックの包装機械を見て、本件考案を実施した包装体をほんしめじの包装に用いることとし、デンカ、ハイパック、ノバフォーム、被告等が、協力して技術改善し、量産態勢にこぎつけた。
c 被告物件は、昭和60年ころまでには、ルート①、②に係るトレーを用いたものであったが、そのころから、パック後にラップが破れて空気が流入し、ほんしめじに気中菌糸が発生する問題が頻発しており、その原因の一つとしてトレーへの糊付けに問題があることが指摘されていた。また、被告においては、資材がある程度の数量になると複数の納入業者から仕入れるという方針を採っていたこともあって、被告は、そのころから、ルート④、⑤のトレーを仕入れるようになった。被告は、その後もハイパック製品を継続的に仕入れ、また、平成6年4月に本件実用新案権及び別件実用新案権が期間満了により消滅した後も、ハイパック製品の仕入れを継続し、ハイパック製品の数量は最も大きなシェアを占めていた。
(イ) 上記事実によれば、本件考案の実施に係る包装体が、しめじの包装体として軌道に乗るためには、被告のほか多数の関係者の努力があったこと、また、被告は、ハイパック製品を継続的に、しかも大きなシェアを占める数量を仕入れていたのであるから、原告と被告とは、しめじ用の包装体の供給に関し密接な取引関係にあったものということができる。
しかし、仮に、原告が、被告がルート①、②以外のルートに係るトレーを仕入れていたことを知っており、上記密接な取引関係にあったことを考慮しても、ルート①、②以外のルートに係るトレーは、原告がそれにより利益を得ているものではなく、むしろ、ハイパック製品のシェアが減少する関係にあったのであるから、被告に対し、同トレーを用いた被告物件に関し本件実用新案権を侵害する旨を告知しなければならない信義則上の義務が原告にあったとすることはできず、また、原告がそうした告知をすることなく被告との間で取引を継続していたとしても、そのことから、過去の実施料相当額の不当利得返還請求が許されなくなるものと解することはできない。
イ 被告は、本件売買基本契約締結の際に、従前の債権、債務関係は重要な判断要素であるから、原告は被告に本件実用新案権及びそれに基づく請求権の存在を告げる義務があったと主張する。
本件売買基本契約締結に至る経緯、及び、本件売買基本契約を締結したことをもって、原告が本件考案の実施料の請求を放棄したものと認めることができないことは、前記(2)ウ記載のとおりであり、上記経緯に照らしても、原告が被告に本件実用新案権及びそれに基づく請求権の存在を告げる義務があったことを認めることはできない。
ウ 被告は、本件実用新案権の侵害を理由に取引拡大を図り被告に努力させて、その目的をそれなりに遂げた以上、再度、本件実用新案権の侵害を理由として本訴請求をすることは信義に反すると主張する。
原告が、ノバフォームがハイパック製品の取扱量を減少させたことについて、被告に対し、本件実用新案権に基づく請求を示唆し、その対処を申し入れたこと、被告がそれに応じてノバフォームにハイパック製品の取扱量の増加を要請したことは前記(5)イ記載のとおりであり、被告は、原告から本件実用新案権に基づく権利行使を避けようとして、原告の申出に積極的に協力した経緯が窺われる。
しかし、上記経緯から原告が本件実用新案権に基づく請求権を行使しないという合意(和解)ないし原告の権利放棄があったとすることができないことは前記のとおりであり、そうである以上、原告が本件実用新案権の行使を示唆したことが、ハイパック製品の取引量の増加を求める方法として適当であったか否かについては疑問が残るところではあるが、そのこと故に、原告の本件実用新案権に基づく不当利得返還請求権の行使が許されなくなるものということはできない。
エ 被告は、原告がコバヤシ判決の認容額に満足がいかなかったことと、その訴訟に被告の職員等が陳述書を提出するなどしてコバヤシ側に協力したことを理由として、本件訴訟を提起したものであり、そのことが権利の濫用に当たると主張する。
甲8の1、乙4、5、11によれば、被告の職員、関連会社の代表取締役が、原告とコバヤシとの間の訴訟手続において、ハイパック製品の品質上の問題点や、コバヤシからトレーの供給を受けるようになった経緯等を内容とする陳述書を提出し、その中に、被告がコバヤシにトレーの生産を開始するよう依頼した旨の記載があったこと、原告は、上記陳述書(乙4、5)を見るまでは、被告に対し訴訟を提起するか否かは白紙の状態であったが、同陳述書を見て、コバヤシに侵害行為を促したのが被告であったことを知り、そのことに怒りを覚えたことから、本件訴訟の提起を思い立ったことが認められる。
上記経緯によれば、原告が、上記陳述書の内容を知ったことが契機となって、本件実用新案権の行使を決意したものにすぎず、被告に過大な被害を被らせる等の不当な目的を有するものではないから、そうした動機の内容をもって、本件訴訟の提起が権利の濫用とすることはできない。
オ 被告は、仮に、ノバフォームが原告の許諾なく被告に販売したトレー(ルート③)があったとしても、被告は、それが原告の許諾を得たもので、その用途に従い使用することができるものと理解するのが当然であり、表見代理の規定の趣旨からしても、原告は、被告に対し、ノバフォームの製品を使用することについて、本件実用新案権を侵害すると主張することは許されないと主張する。
しかし、被告が、ノバフォームから仕入れたトレーがルート①~③のいずれであるかの区別はできず、ルート③に係るトレーについても原告の許諾を得たものと信頼していたとしても、ルート③に係るトレーは原告が何ら関与していないのであるから、被告の上記信頼について原告に何ら帰責性はない。
上記のとおり、ルート①、②のトレーについては原告の黙示の実施許諾が認められるけれども、ルート③のトレーについてはそのような実施許諾が認められないから、このルート③の関係では、被告は本来支払うべき実施料相当額の利得を得ているというべきであって、原告が被告に対し、同利得相当額の不当利得返還請求をすることが許されないとすることはできない。
(7) 消滅時効について
ア 原告が主張する不当利得返還請求権のうち、平成元年10月25日以前の被告物件の販売に関する部分は、同日から10年後の平成11年10月25日の経過に伴い、消滅時効が完成したものというべきとして、被告が平成13年9月14日の本件口頭弁論期日において上記消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことは、当裁判所に顕著である。
イ 原告は、ノバフォームがハイパック以外で糊付けした製品を取り扱っていることを知ったのは平成11年の夏以降であるから、消滅時効は完成していないと主張するが、不当利得返還請求権の消滅時効は、権利を行使し得る時より進行し(民法166条1項)、権利者が権利の存在を知らない場合であっても、「権利を行使し得る」ことに変わりはなく、消滅時効の進行は妨げられないと解されるから、原告の同主張は理由がない。
ウ 以上によれば、消滅時効に関する被告の主張は理由がある。
3 争点(3)(不当利得返還請求の額)について
(1) 以上、検討したところによれば、被告物件の販売行為について原告の不当利得返還請求が認められる範囲は、ルート③~⑤のトレーを用いた被告物件の販売行為のうち、平成元年10月25日から平成6年3月31日までの期間である。
(2) 上記範囲の被告物件の販売数量について
ア 原告及び被告が主張する被告物件の販売数量は、別紙「被告物件の販売数量(原告主張及び被告主張)」に記載のとおりであり、双方の主張する数量に差異があるので検討する。
(ア) 「D ザンパック(ルート④)」の数量について
被告主張の数量は、平成元年から平成6年までの被告の販売元帳より確認したものである(乙18)。
原告主張の数量は、被告の長野県管理部総務公報課が作成した平成12年3月24日付「しめじトレー取扱実績と平均販売単価について」と題する書面(甲25)に記載の数量を基にしたものであるが、同書面には平成元年10月25日から平成6年4月11日までの合計数量が記載されるのみで、期間別の数量も記載されておらず、また、その数量も「約53百万枚」と記載されるのみであり、被告が販売元帳より確認した乙18の数量よりも正確な数値であるということはできない。
(イ) 「E コバヤシ(ルート⑤)」の数量について
被告主張の数量は、平成8年9月9日付の大阪弁護士会会長に宛てた被告作成の回答書(甲43)で報告した際の台帳に基づいて、調査集計したものである(乙18)。
原告主張の数量は、上記回答書(甲43)を基にしたものであるが、同回答書には、平成元年4月1日から平成6年4月11日までの期間の各年度毎に集計した数量が記載されているものの、その集計期間は本件訴訟で問題とされる期間とは異なる。
したがって、本件訴訟で問題とされる集計期間に合わせて台帳に基づき調査集計した乙18の数量の方がより正確な数値であるということができる。
(ウ) 「F ノバフォーム原告関与なし(ルート③)」の数量について
被告主張の数量は、ノバフォームが提出した集積データとその報告に基づいて、被告の資料と照らし合わせて集計したものである(乙18)。
原告主張の数量は、「長野県ブナシメジの生産推移(各年1月~12月までの県推定値)」(甲23)を集計して「A 被告出荷」の数量を求め、同数量からB~E欄の合計数を差し引いて算出したものである。しかし、「A 被告出荷」の数量の基となった甲23記載の数量は推定値にすぎない上、乙18によれば、同推定値の中には、業務用のものや、被告以外の組織への出荷品等も含まれていることが認められるから、甲23を基にして被告出荷数を把握するという前提に疑問が残る。また、上記(ア)、(イ)記載のとおり、「D ザンパック(ルート④)」及び「E コバヤシ(ルート⑤)」に関する原告主張の数量も、被告主張の数量の方が正確であるというべきことからすると、原告主張が主張する「A 被告出荷」の数量からB~E欄の合計数を差し引いて算出した「F ノバフォーム原告関与なし(ルート③)」の数量よりも、被告が主張する数量の方がより正確な値であるとみるのが相当である。
(エ) なお、原告は、デンカが製造しハイパックが糊付けしたトレー(ルート①)のうち2100万個が廃棄処分となり実際に使われなかったから、この数量は、Dザンパック(ルート④)、Eコバヤシ(ルート⑤)、Fノバフォーム原告関与なし(ルート⑤)のいずれかの数量に加算すべきであると主張するが(別紙「被告物件の販売数量(原告主張及び被告主張)」参照)、同主張によれば、しめじを包装してフィルムでオーバーラップする前に廃棄処分となり、被告によって販売されていないものであって、被告において本件考案の実施があったとすることはできないから、原告の主張は失当である。
(オ) 以上によれば、本件において不当利得返還請求の対象となる被告物件の販売数量は、次のとおりと認められる(なお、150g用、200g用との記載があるもの以外は、すべて100g用トレーである。)。
a 平成元年10月25日~平成2年10月24日
(ルート③) 22万2250個(150g用)
(ルート④) 870万9500個
(ルート⑤) 5575万5000個
b 平成2年10月25日~平成3年10月24日
(ルート③) 2152万5160個
153万1370個(150g用)
21万6000個(200g用)
(ルート④) 1106万2500個
(ルート⑤) 7801万7100個
c 平成3年10月24日~平成6年3月31日
(ルート③) 1億4214万7300個
1130万5000個(150g用)
860万5600個(200g用)
(ルート④) 3495万8930個
(ルート⑤) 2億9137万7100個
(3) 実施料相当額について
ア 原告は、被包装体全体の販売価格を基準して実施料相当額を算定すべきであると主張し、被告は、包装自体の価値、価格を基準に算定すべきであり、仮に、しめじ(100g)を包装した被告物件の価格である75円~90円程度を基にするとしても、本件考案の利用率がその5%にも満たないものであることを考慮すべきであると主張する。
本件考案の作用、効果は、前記1(1)記載のとおりであって、包装上のフィルムの使用量の減少、フィルムの密封性を改善、外観上の美麗さの向上及び包装作業の効率化等、もっぱら包装自体に関するものである上、本件考案においては包装体の中に入れる被包装物が特定されているものではない。
この点、しめじを販売する際に、気中菌糸が発生するという問題点があり、本件考案を実施することにより密封性のよい包装が可能となって、被告物件の販売促進の効果が得られたことは前記2(6)記載のとおりであるが、そのことによって、しめじが本来有する価値が増したものではなく、商品流通の際に生じる問題点を解決したというにすぎない。
したがって、被告物件の本件考案の実施料相当額の算定に当たっては、包装自体の価値、価格を基準に算定すべきである。
イ 原告は、ザンパックとの間で、別件考案の実施料相当額として、トレー1枚当たり20銭の支払を受ける旨のザンパック和解をしたことは前記第2の1(5)記載のとおりであり、コバヤシ判決においても、別件考案の損害額は1枚当たり20銭と判断されている。
そして、前記2(4)記載のとおり、別件考案と本件考案とを比較すると、前者が「包装用トレー」を対象とするのに対し、後者は被包装物を含む「トレー包装体」を対象とするものであるという違い以外に、本件考案の構成要件は「抵抗線により全周に亘って切断」との要件が付加されているほかは同一であって、抵抗線による切断であることにより、「刃物等のように刃先の鈍化等がなく、常に安定した確実美麗な切断ができ、しかも、手軽に包装が行え」るという効果が付加される程度にとどまる(本件補正掲載書2項10~11行)。
また、被告物件のうち被包装物を除いた包装のみに関する部分は、同包装用トレーにフィルムをオーバーラップして被覆し、トレーの接着剤塗布面に接着した位置に接近した下側で抵抗線により切断したものであるから、ザンパック和解、コバヤシ判決における別件考案の対象である包装用トレーと比較して、それほど大きな価値的増加は認められない。
上記の別件考案の実施料率、別件考案と本件考案の構成要件及びその作用、効果の異同の程度、トレー自体の価格(4~5円程度)、並びに、ザンパック和解やコバヤシ判決で対象とされた包装用トレーと被告物件の包装のみ関する部分の価値的増加の程度を考慮すると、被告物件における本件考案の実施料は、トレーの大小を問わず1個当たり22銭とするのが相当である。
ウ また、被告は、原告は、ルート③~⑤のトレーを用いた被告物件について、別件考案に関する実施料を得ていることを考慮すべきであると主張する。
上記のとおり、本件考案の構成要件は、「抵抗線により全周に亘って切断」との要件が付加されているほかは別件考案と同一であり、別件考案の構成要件をすべて含むものである。そして、1個の実施品の流通から1回だけ実施料を取得できることが通常であることからすれば、原告が、上記の関係にある別件考案について実施料を得ているのであれば、被告から得られたであろう本件考案の実施料相当額の原告の損失は、別件考案について得た実施料の限度で補填されたものというべきである。
したがって、被告は、ルート④、⑤のトレーを用いた被告物件について、原告が得るべき実施料は、上記イ記載の本件考案の実施料相当額から、ザンパック和解及びコバヤシ判決に基づいて支払われた別件の実施料である1個当たり20銭を控除し、1個当たり2銭とするのが相当である。
なお、ルート③の150g用及び200g用トレーについても、ノバフォーム和解により別件考案の実施料相当額が支払われているから、同トレーを用いた被告物件に関して原告が得るべき実施料は、ルート④、⑤における本件考案の実施料と別件考案の実施料の差額である1個当たり2銭とするのが相当である。
(4) 以上の被告物件の販売数量、1個当たりの実施料相当額を基に、原告がなし得る不当利得返還請求の額を算定すると次のとおりとなる。
ア 平成元年10月25日~平成2年10月24日
(ルート③)(150g用)22万2250個×2銭=4445円
(ルート④) 870万9500個×2銭=17万4190円
(ルート⑤) 5575万5000個×2銭=111万5100円
(合計) 129万3735円
イ 平成2年10月25日~平成3年10月24日
(ルート③) 2152万5160個×22銭=473万5535円
(150g用)153万1370個×2銭=3万0627円
(200g用) 21万6000個×2銭=4320円
(ルート④) 1106万2500個×2銭=22万1250円
(ルート⑤) 7801万7100個×2銭=156万0342円
(合計) 655万2074円
ウ 平成3年10月24日~平成6年3月31日
(ルート③)1億4214万7300個×22銭=3127万2406円
(150g用)1130万5000個×2銭=22万6100円
(200g用) 860万5600個×2銭=17万2112円
(ルート④) 3495万8930個×2銭=69万9178円
(ルート⑤)2億9137万7100個×2銭=582万7542円
(合計)3819万7338円
エ 上記アないしウの金額の合計は、4604万3147円となる。
(5) なお、原告は、上記(4)ア~ウの各期間に応じた実施料相当額に対し、各期間の末日の翌日を起算日とする遅延損害金を請求するが、原告の請求は不当利得返還請求であって期限の定めのない債権であるから、被告が履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うものというべきである(民法412条3項)。
したがって、上記(4)アの期間の請求については、前記第2の1(5)キ記載のとおり被告が催告書を受領した日の翌日である平成11年10月26日を、同イの期間の請求については、同期間の請求の拡張に係る平成12年10月24日付の訴の変更申立書が被告に送達された日の翌日である平成12年10月28日を、同ウの期間の請求については、同期間の請求の拡張に係る平成13年7月4日付の訴の変更申立書が被告に送達された日の翌日である平成13年7月13日を、各遅延損害金の起算日とすべきである。
4 以上によれば、原告の請求は、被告に対し、金4604万3147円及び内金129万3735円に対する平成11年10月26日から、内金655万2074円に対する平成12年10月28日から、内金3819万7338円に対する平成13年7月13日から、各支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 阿多麻子 裁判官 前田郁勝)
<以下省略>