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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)5422号 判決 2002年12月25日

原告

高垣康男

被告

関本幸三

ほか一名

主文

一  被告関本幸三は、原告に対し、金二八六万二五八八円及びこれに対する平成四年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告富士火災海上保険株式会社は、原告の被告関本幸三に対する前項の判決が確定したときは、原告に対し、金二八六万二五八八円及びこれに対する同判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告関本幸三は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告会社は、原告の被告関本幸三に対する前項の判決が確定したときは、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成四年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機のない交差点付近において、被告関本が運転する自動二輪車と原告が運転する自転車とが衝突した事故につき、原告が被告関本に対しては自賠法三条に基づき、被告関本と自家用自動車総合保険契約を締結している被告会社に対しては同保険約款所定の被害者直接請求権に基づき、内金各五〇〇〇万円の損害の賠償を請求(遅延損害金も併せて)している事案である。

一  争いのない事実等

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成四年一月四日午後四時五〇分ころ

イ 場所 大阪府東大阪市金岡一丁目一〇番一四号市道上

ウ 被告車両 被告関本運転・所有の自動二輪車(東大阪市ぬ五五一八、排気量一二五cc)

エ 原告車両 自転車

オ 態様 南東から北西に向かう幅員約三・八mの道路と、南西から北東に向かう幅員約三・八mの道路が十字に交差する、信号機のない本件交差点付近で、被告車両と原告車両が衝突した。

(2)  責任原因

ア 被告関本は、被告車両の所有者であり、運行供用者であるから、自賠法三条に基づき、本件事故により、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

イ 被告会社は、被告関本との間で、自家用自動車総合保険契約を締結しており、同保険約款によれば、被告関本に対する判決が確定したときには、被害者は保険会社に対し、損害賠償額の支払を請求できる旨規定されている。

(3)  原告の傷害内容及び治療経過

ア 傷害内容

頸部捻挫、腰部打撲等

イ 治療状況

八尾徳州会病院 平成四年一月五日から平成九年六月二日まで通院(実日数七三日)

岡田クリニック 平成一一年一二月二四日から平成一二年二月八日まで通院(実日数二日)

ウ 原告からの自賠責保険に対する被害者請求においては、自賠法施行令二条別表の後遺障害別等級には非該当と判定された。

(4)  損益相殺

原告は、被告会社から、治療費八五万三二四〇円と休業損害三二万六八〇〇円の計一一八万〇〇四〇円の支払を受けた。

二  争点

(1)  被告会社に対する訴えの適法性

(2)  過失相殺

(3)  後遺障害の内容・程度

(4)  素因減額の有無・程度

(5)  損害額

三  原告の主張

(1)  被告会社に対する訴えは、被告らは原告に対する義務を争っているだけでなく、原告は事故後全く就労できずに九年近くも経過しており速やかな救済が必要とされていて、被告関本に十分な資力があるとの主張・立証はないので訴えの利益がある。

(2)  被告関本は、本件交差点手前に一旦停止線があるにもかかわらずそれを無視し、また本件交差点にはフードショップの多数の買物客がいたので、本件交差点に進入するに当たっては徐行すべきであるにもかかわらずこれを怠り、買物客を避けるために右に急ハンドルを切らなければならない事態を招き、本件交差点手前まで進行してきていた原告車両前輪に本件交差点外(南東側)で被告車両を衝突させたもので、被告関本には重大な過失がある。衝突により、原告車両前輪と被告車両足踏みが絡まり、原告車両は被告車両に引きずられ反転させられたが、被告関本は被告車両を止めようとせず、逃げようと原告車両を振りほどくべく被告車両を揺すって原告車両を引きずったので、両車両は絡まったまま倒れた。また、被告会社は当初過失相殺一割と主張していた(甲一一の一ないし三)。

(3)  原告は、本件事故により、四肢の筋力低下、四肢の知覚異常(しびれ)が治まらず、平成一二年二月八日、頸部の拘縮、頸椎部・胸椎部及び肩関節・股関節・膝関節に運動障害を残し、後遺障害等級二級に該当するとして症状固定とされ、原告は、独歩や立っていることができず、誰かの介助で数m歩けるだけで、風呂は介助で入ることができ、食事は茶碗を持つことができずスプーンを使用してできると診断された(甲三、一四)。

(4)  被告らの素因減額の主張は争う。

(5)ア  治療費 八五万三二四〇円(争いがない)

イ  介護費(過去分) 二一三四万六〇〇〇円

平成四年一月四日から平成一二年一二月三一日まで日額六五〇〇円。

(将来分) 二六七四万七五六五円

平成一三年一月一日から平均余命一七年間、日額六五〇〇円。

原告は、本件事故直後から今日まで、自力歩行ができなくなるなど、妻子の介助なしでは日常生活を送れない状態となり、今後もその状態は続くものと見込まれる。

ウ  休業損害 四七〇六万四四〇〇円

平成四年一月から平成一二年一月までの八年一か月間就労できず、五六歳男子平均賃金月額四八万五二〇〇円を喪失。本件事故当時原告は植木職人と植木販売を行っていて年収は一二〇〇万円を下ることはなかった。

エ  逸失利益 三四〇〇万六三六七円

後遺障害等級二級で労働能力喪失期間一〇年間、六二歳男子平均賃金月額三六万七〇〇〇円を一〇〇%喪失(甲一六)。

オ  通院慰謝料 五〇〇万円

カ  後遺障害慰謝料 二三五〇万円

キ  弁護士費用 一五〇〇万円

四  被告らの主張

(1)  被告関本は被告会社との間で本件保険契約を締結しており、かつ、本件事故に基づく損害内容について被告間に争いはないので、原告の被告関本に対する判決確定により原告に対する支払は確保されているし、被告会社の支払能力に問題はない。したがって、原告が、現時点において、被告会社に対して、予め請求する必要性は認められず、訴えの利益を欠くので、被告会社に対する原告の訴えは却下されるべきである。(被告会社の主張)

(2)  被告車両は、本件交差点に向かって南西方向の進入路から徐行をしながら右折を開始しようとしたところ、南東の進入路から本件交差点に向かってくる原告車両を発見し、ブレーキを掛けて本件交差点内に停車した。被告車両が停車する瞬間又は停車する数cm直前に、原告車両の前部が被告車両のマフラー前部又は前輪後部付近に接触し、わずかな衝撃があった程度であり、被告車両は全くバランスを崩すことがなく、原告車両も転倒していない。また、被告車両は全く修理に出されていないし、原告車両にも大きな損傷はなかった。

(3)  原告を平成一三年九月六日及び二二日に撮影したビデオテープによれば、原告は、何の支えもなく独歩し、両手に何も掴まずにすばやくしゃがんで立ち上がり、右手を肩を支点に大きく振り上げて動かし、手の先に視線を落とさずに扉の引き手に手を掛けるなどしており、原告の後遺障害についての主張は虚偽である。また、原告の近隣住人の話によれば、原告はよく家の前の植木に水を撒いていて手足の不自由さは感じないとのことである。甲三、一四は後に訂正され(一〇〇m歩行可能とされた。)、上記のビデオテープと矛盾があるだけでなく、肩関節の前伸運動、膝関節の伸展運動、股関節の屈曲運動などにつき致命的な誤りが多く信用性がない。

(4)  原告の通院態度からして、通院の長期の必要性は疑問があり、原告の心因的素因及び身体的素因が大きく寄与しているので、素因減額すべきである。

(5)  甲四は永和農園において本件事故直前に原告が造園業をしていたことを確認せずに作成したものである。就労状況等につき、原告は被告らからの当事者照会や求釈明に誠実に回答しない(乙九ないし一二)だけでなく、原告が回答した取引先一二箇所に被告らが弁護士照会したところ原告主張に合致する内容の回答は全くなかった。

第三争点に対する判断

一  争点(1)(被告会社に対する訴えの適法性)について

原告の被告会社に対する訴えは将来請求の訴えではあるけれども、本訴において被告会社は原告に対する支払義務は全く存在しないと主張していること、原告の経済的困窮、被告関本に十分な資力があるとの主張・立証はない(同被告が破産する可能性も全く考えられないわけではない。)こと、被告関本との間の既判力は被告会社に及ばないし、被告関本と被告会社の信頼関係が破綻することもありうること、最近一般的に保険会社の経営が必ずしも順調ではないことなども考慮し、原告が被告関本に対する訴えにおいて勝訴しても、直ちに被告会社が原告に対して損害賠償債務を支払わない可能性も否定できないことも勘案すると、被告会社に対する将来請求の訴えの必要性が認められるので、本件訴えは適法であるといわなければならない。

二  争点(2)(過失相殺)について

(1)  争いのない事実等、証拠(甲一、七、二一、二二、乙三ないし五、六の一ないし五、二六、三九、証人篠原勤、原告・被告関本各本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

ア 本件事故現場は、大阪府東大阪市金岡一丁目一〇番一四号市道上の、南東から北西に向かう幅員約三・八mの道路と、南西から北東に向かう幅員約三・八mの道路が十字に交差する、信号機による交通整理の行われていない交差点である。本件交差点の南西側道路及び北東側道路から本件交差点に進入する手前には、いずれも停止線が引かれて標識により一時停止規制がなされている。本件交差点の南東側道路と南西側道路の間には、交差点内の道路際まで建物が建っているので、本件交差点における両道路の互いの見通しは悪い状態にあり、本件交差点に通じる各道路はいずれもアスファルト舖装されている。

イ 平成四年一月四日午後四時四〇分ころ、被告は、被告車両(排気量一二五cc)を運転して本件交差点に向かって南西側道路を直進し、本件交差点手前で一時停止はしなかったが、減速し時速一〇km前後で右折をしようとしたところ、停止線上又はこれを若干過ぎた辺りで、右方の南東側道路から原告車両が本件交差点に向かって直進してくるのを自車の数m右前方に発見し、危険を感じて急制動の措置を講じたが及ばず、本件交差点内において、被告車両の前輪後部からマフラー前部又はブレーキペダル付近を原告車両の前輪に衝突させた。被告車両は転倒せず特段の傷がなく、原告車両にも大きな損傷こそなかったものの、原告車両は衝突の際の相当の衝撃により転倒した。

ウ 原告は、原告車両を運転して本件交差点に向かって南東側道路を直進して本件交差点に差し掛かり、南西側道路から徐行して進入してきた被告車両と衝突し、原告車両は、衝突の際の相当の衝撃により転倒して、原告は負傷した。なお、翌五日には本件事故現場で警察による実況見分が行われた。

(2)  前項の認定に対し、原告は、被告関本は本件交差点外(南東側)で原告車両に被告車両を衝突させた、原告車両は被告車両に引きずられ反転させられたが、被告関本は被告車両を止めようとせず、逃げようと原告車両を振りほどくべく被告車両を揺すって原告車両を引きずったので、両車両は絡まったまま倒れたなどと主張し、原告及び証人篠原勤はこれに副う供述をする。

しかしながら、原告車両が転倒したことは認められるものの(本件事故直後の平成四年一月五日の八尾徳州会病院カルテには打撲(-)と記載されているが、同月九日のカルテには原告の身体に三箇所の打撲痕の記載があるし、原告が腰部打撲の傷害を負ったことは当事者間に争いがない。)、交通事故証明書(甲一)には本件事故類型として出会い頭衝突と記載してあること、原告も原告車両前輪が被告車両の右側ブレーキペダル又は足踏み付近に衝突したと供述していて(原告本人)、この衝突態様は被告主張の事故態様(乙四)と符合するが原告主張の事故態様(甲七)とは矛盾すること、被告車両には本件事故による傷が見当たらないこと(乙六の一ないし五)、証人篠原勤の供述は陳述書(甲二二)との食違いや変遷が多いだけでなく、同証人の存在自体を原告は平成一三年一一月二日ころになって初めて原告代理人に告げたこと(原告本人)などを勘案すると、原告及び証人篠原勤の各供述は措信できず、原告の上記主張は採用できない。

(3)  前記認定によれば、被告関本は、自動二輪車である被告車両を運転して本件交差点に進入するに際し、一時停止することを怠った重大な過失があるのに対し、原告においても、自転車である原告車両を運転して本件交差点に差し掛かるに際し、前方の注視を怠り被告車両との衝突を避けることができなかった点に過失があるといわなければならない。

これらの、被告関本と原告の過失の態様、程度、各車両の車種やその他本件に現われた諸般の事情を総合考慮すると、被告関本と原告の過失割合は八五対一五と認定するのが相当である。したがって、被告らは、各自、原告に生じた損害の八五%を賠償する義務がある。

三  治療経過等について

(1)  争いのない事実等、証拠(甲二の一・二、三、九、一〇、一五、一八・二三、二八の一・二、乙一、二の一ないし七六、七、八、二六、二七の一・二、二八ないし三三、三七、三八、証人岡田廣(書面尋問)、原告・被告関本各本人、弁論の全趣旨)によれば、次のとおり認められる。

ア 原告は、本件事故の翌日である平成四年一月五日に八尾徳州会病院を受診し、本件事故は、右肩と頸部を強く「ぐねる」受傷機転であったと説明し、両上肢の明らかな筋力低下の症状があったが(歩行は可能)、腱反射は上肢下肢とも正常であり、レントゲン写真では頸椎と肩関節には異常がなく頸椎は狭窄があるかもしれないと判断され、頸椎捻挫と診断された。同月七日には脳外科を受診しており、そこでも頸椎捻挫と診断された。

初診時に頸椎捻挫と診断されたのは、上肢の筋力低下と腱反射が正常であることとの間に整合性がないためと考えられる。重症の頸椎捻挫と頸髄損傷の違いは、前者が神経学的な整合性(筋力低下を呈する筋肉と知覚異常の範囲が一致し、腱反射の亢進が見られることなど)のない麻痺を呈することが多く、MRIなどでも脊髄圧迫所見がないのに対し、後者では神経学的に整合しかつ画像上も脊髄圧迫が見られ、重症脊髄損傷ではMRIで脊髄内に輝度変化(血腫や浮腫等を示す。)を伴うという違いがある。

イ その後同年二月七日には、脳神経外科医が原告を診察し、腱反射は上腕三頭筋と下肢で亢進し、知覚は左顔面及び両側上肢の肩以下の範囲と左下肢で低下しているとされた。しかしながら、同日には左顔面に知覚異常が存在し、左上肢は○とされ、同年三月九日には知覚異常が左半身に限局するとされているが、頸髄損傷では顔面に知覚異常は生じないとされていて、左半身に知覚異常が限局するのも極めてまれであるし、知覚が○(完全脱出)ということもありえないし、神経学的に見て知覚異常と運動麻痺・腱反射異常との整合性がなく、原告の知覚異常については理解できない点がある。同年二月一九日撮影のMRIでは脊柱管狭窄があり脊髄変形も認められるものの、脊髄内に輝度変化はない。そして、同年五月ころ、一度入院の話が出たようであるが、理由は不詳であるもののすぐに投薬治療のみとなっている。

同年一〇月一九日には知覚異常の範囲が手足先端部に限られ、腱反射も正常化している。同年一一月一四日には指先に力が入らない、同年一二月二六日には左半身に知覚異常があると訴え、再度入院予約となったが、その後また理由は不詳であるものの投薬のみとなり、入院が回避されるという奇妙な経緯をたどっている。

ウ 平成五年五月二一日には、原告は、腱部痛・両肩痛が続き、四肢のしびれ感があるが、本件事故直後に比して症状が軽快しかなり落ち着いてきており、腱反射正常で、病的反射もない状態となっている。原告は、その後ほぼ一年間にわたり実際の受診のない状態で投薬を受け続け、外科において脳神経外科の受診を何度も勧告されても従わずにいたが、平成六年一〇月一日に脳神経外科において頸椎変形症の根治的治療のための手術を勧められたが、平成七年五月八日に再度脳神経外科の受診を勧められた後全く受診しなくなった(本件事故後それまでは途切れることもあったがほぼ毎月一、二回通院していた。)。原告は、その約二年後の平成九年五月二六日に同病院を受診して歩行障害を訴え、同年六月二日まで計三回受診した後再び全く受診しなくなった。

エ 原告は、その二年以上後の平成一一年一二月二四日に脳神経外科医である岡田クリニックを受診し、平成一二年二月八日、同医師によって、本件事故により、四肢の筋力低下、四肢の知覚異常(しびれ)が治まらず、頸部の拘縮、頸椎部・胸椎部及び肩関節・股関節・膝関節に運動障害を残し、後遺障害等級二級に該当するとして症状固定とされ、独歩や立っていることができず、誰かの介助で数m歩けるだけで、風呂は介助で入ることができ、食事は茶碗を持つことができずスプーンを使用してできると診断された(甲三。以下「岡田診断書」という。)。

オ ところが、本訴提起後である平成一三年九月六日及び二二日に、被告会社の依頼により興信所が原告を自宅玄関前で撮影したビデオテープには、原告が、原告宅を訪れた人物に愛想よく応対し、何の支えもなく独歩し、両手に何も掴まずにすばやくしやがんで立ち上がり、右肩を支点にして右手を頭よりも高く振り上げて身体の前方から右方に大きく動かし、引き扉を開閉するに当たり手の先に視線を落とさずに扉の引き手に手を掛けるなどしている姿が撮影されている。これによれば、原告の後遺障害の実態は、岡田診断書記載の、四肢の筋力低下、四肢の知覚異常(しびれ)、頸部の拘縮、頸椎部・胸椎部及び肩関節・股関節・膝関節の運動障害、独歩や立っていることができず、誰かの介助で数m歩けるだけであることなどの記載事実と大きく矛盾していることになる。

その他、岡田診断書は、後に原告は介助があれば一〇〇m歩行可能と訂正されただけでなく(証人岡田廣の書面尋問による。)、肩関節の機能障害につき前伸運動と誤記し、質問を受けても伸展(右)他動七〇度、自動八〇度が正しいと返答し(通常は伸展運動は五〇度)、同じく外転運動を(右)(左)他動三〇度、二〇度と記載し(上記ビデオテープ像との大きな矛盾)、膝関節の機能障害につき伸展運動を一八〇度と記載し(通常は〇度)、股関節の機能障害につき屈曲運動を(右)(左)他動一〇度、一〇度と記載する(通常は一二五度)などにつき、その専門性を疑わせるような誤りが多い。

カ 被告関本は、本訴提起後、原告が原告自宅前で息子と並び支えられることなくしゃがんで草むしりしている姿を目撃し、また、平成一三年四月一六日には三和銀行東大阪支店において原告が息子と一緒ではあるが独りで歩行しているのを目撃している。

(2)  前項の認定によれば、岡田診断書の診断内容は、ビデオテープの映像や被告関本の目撃証言と大きく矛盾している上に、その専門性を疑わせるような誤記も多いので採用しがたく、原告に岡田診断書記載の後遺障害が残存しているとは認めがたいといわなければならない。

これに対して、原告は、住友病院整形外科井本一彦医師作成の回答書(甲二八の二)を援用し、これによれば同医師は上記ビデオテープを見た上で、平地の昼間の短距離(一〇mくらい)の歩行では強い障害は認められないのであって、痙性麻痺は日内変動があり、また階段昇降、小走りをさせたり、下肢知覚障害のため暗い所や閉眼により障害は顕著になるとし、就労レベルでは立位・歩行を要するものは不可能で、坐業に限定されるが手指巧緻運動障害・筋力低下によりこれも限定的であると考えるとする。

しかしながら、井本医師には岡田診断書や診療録等が渡されただけであって、同医師は本件訴訟の全記録と経過を逐一検討して判断しているわけではない(甲二八の一)。即ち、同医師は、本件事故の態様や後記原告の年収についての原告の主張・立証の不自然さや不合理性、ビデオテープに撮影された映像実態がありながら本件訴訟においてはあくまで岡田診断書記載の事実を真実であると主張し続けていた原告の訴訟態度については全く考慮していない。また、同医師はレントゲン撮影・MRI・SEP・腱反射については主観は入り得ないと述べ、筋力評価・感覚障害については主観が入り得ることを認めるが、訴訟経過の中で第三者による客観的な資料が必要とされていた(乙二八)SEP(脊髄誘発電位)やMRIによる輝度変化は結局異常なしとされているのであって、従前の画像所見なども検討せず、主観の入る(原告の作出しうる)筋力評価・感覚障害を無批判に診断の前提にしている可能性も高く、原告が従前神経学的な整合性のない麻痺を呈してきたことなどについての十分な検討をなしたか否かも疑問であり、同医師の回答書はにわかに採用しがたい。

四  争点(3)(後遺障害の内容・程度)について

前記認定のように原告援用の証拠はいずれも採用しがたいところ、原告からの自賠責保険に対する被害者請求においては、自賠法施行令二条別表の後遺障害別等級には非該当と判定されているところである。

そして、前記認定によれば、原告の障害内容は、脊柱管狭窄状態が無症状のまま存在していたところに、本件事故によって外力が加わって神経症状が発現したものと認めるのが相当であるところ、原告のMRIによれば、C三/四から五/六にかけて椎間板膨隆によって脊柱管は狭窄し、脊髄は全周性に圧迫されているが、その程度は著しいものではなく、それにより歩行不能となるほどではないものと認められる(乙二八)。また、原告が従前呈してきた麻痺には神経学的な整合性を欠くので、原告の症状は頸髄損傷というよりも頸椎捻挫と見るのが相当であること、原告が医師による手術勧告や脳神経外科の受診勧告を何度も無視し、長期間にわたって病院への受診をしない時期が幾度もあるなど原告に真に治療の必要性があったのか疑問が生じること、原告のビデオテープの映像によればその後遺障害の程度も重症とはいいがたいこと、原告の本訴における訴訟態度が誠実なものとはいいがたいことやその他前記治療経過等で認定した諸般の事情に照らして、原告の後遺障害の程度は、後遺障害等級一二級よりも重く、後遺障害等級九級よりも軽い、労働能力を二五%喪失した程度であると認めるのが相当である。

なお、原告の本件事故により負った傷害の症状が固定したのは、四肢の麻痺症状が落ち着いた平成五年五月二一日ころと認めるのが相当である。

五  争点(4)(素因減額の有無・程度)について

前記認定のように、本件事故自体は軽微で重大なものではなく、原告の障害内容は、元々原告が有していて無症状のまま経緯してきた脊柱管狭窄状態に、本件事故による外力が加わって神経症状が発現したものと認められるので、総合的に判断して、原告の損害発生・拡大につき、原告の本件事故前から有する疾病の程度に達していた脊柱管狭窄状態の素因が大きく寄与しているので、原告の損害賠償額から六割を素因減額すべきである。

六  争点(5)(損害額)について

(1)  治療費 八五万三二四〇円

治療費については争いがない。

(2)  介護費 認められない。

原告の後遺障害の程度は、原告主張の後遺障害等級二級であるとは認められず、前記のとおり労働能力を二五%喪失した程度であると認められるし、その日常生活において、過去分及び将来分を問わず、介護を要することを認めるに足りる証拠はない。

(3)  休業損害 一九〇万〇二六六円

原告は、前記認定の治療経過等に照らすと、本件事故後、当初の二〇〇日が一〇〇%、その後症状固定までの三〇四日が六〇%の休業を要したものと認めるのが相当である。

原告の本件事故前の収入について、原告は植木職人と植木販売を行っていて年収は一二〇〇万円を下ることはなかったと主張し、甲四、一六、証人篠原、原告本人を援用する。しかしながら、原告は税金申告書等の公的な収入に関する証明書の提出をしない上、甲四は永和農園において本件事故直前に原告が造園業をしていたことを確認せずに作成したものであって、就労状況等につき、原告は被告らからの当事者照会や求釈明に十分に回答しないだけでなく、原告が回答した取引先一二箇所に被告らが弁護士照会したところ、本件事故前に原告が植木業等を行っていたという原告主張に合致する内容の回答は全くなかった(乙九ないし二五・枝番号付、三五、三六)。その他本件事故前に原告が植木業等を行っていて相当の収入があったことを認めるに足りる客観的な証拠はない。したがって、原告には、本件事故当時、平成四年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計による全年齢男子の平均賃金である五四四万一四〇〇円の三分の一の収入があったと認めるのが相当である。

そうすると、原告の症状固定までの休業損害は、544万1400円÷3÷365×(200日×100%+304日×60%)=190万0266円(円未満切捨て、以下同様)となる。

(4)  逸失利益 三八〇万一二八五円

原告は症状固定時である平成五年五月二一日には五七歳であり、その労働能力喪失期間は一一年間と認めるべきであり、平成五年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計による全年齢男子の平均賃金五四九万一六〇〇円の三分の一の収入があったと認めるのが相当である。そうすると、原告の逸失利益は、549万1600円÷3×8.3064×0.25=380万1285円となる。

(5)  慰謝料 四六〇万円

本件事故の態様、原告の負傷内容、通院の経過、その他後遺障害の内容及び程度など本件に現われた一切の事情を考慮すれば、通院慰謝料としては六〇万円、後遺障害慰謝料としては四〇〇万円をもって相当と認める。

(6)  上記合計 一一一五万四七九一円

(7)  過失相殺後の賠償額 九四八万一五七二円

前記判示のとおり、一五%の過失相殺をすべきである。

(8)  素因減額後の賠償額 三七九万二六二八円

前記判示のとおり、六割の素因減額をすべきである。

(9)  損益相殺後の賠償額 二六一万二五八八円

前記判示のとおり、一一八万〇〇四〇円の損益相殺をすべきである。

(10)  弁護士費用 二五万円

本件訴訟の事案の難易、訴訟物の価額、認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用としては、二五万円をもって相当と判断する。

したがって、被告関本は原告に対し、自賠法三条に基づき、上記合計二八六万二五八八円及びこれに対する不法行為日である平成四年一月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。また、被告会社は原告に対し、原告の被告関本に対する判決が確定したときは、本件保険契約約款に基づき二八六万二五八八円及びこれに対する同判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

七  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、主文一、二項掲記の限度で理由があるが、その余は理由がない。

(裁判官 坂本倫城)

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