大阪地方裁判所 平成12年(ワ)6132号 判決 2001年9月18日
原告
中尾好佑
被告
西野早月
主文
一 被告は、原告に対し、金一一六三万〇〇四五円及びこれに対する平成九年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成九年八月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、道路を横断歩行中、普通貨物自動車に衝突されて負傷した原告が、当該自動車運転者に対し、民法七〇九条及び自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
(一) 原告と被告との間で、左記交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。
日時 平成九年八月二八日午前一一時二〇分頃
場所 大阪市西区北堀江四丁目一〇番一〇号先市道(以下「本件市道」という。)上
加害車両 普通貨物自動車 和泉四一と二九三三(以下「被告車両」という。)
運転者 被告
態様 被告が、前記場所を北方から南方に向かい被告車両を運転して進行中、被告車両の前方を東方から西方に徒歩で横断中の原告に被告車両を衝突させたもの。
(二) 被告は、原告に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき損害賠償義務を負う。
(三) 原告は、本件事故により、骨盤骨折、胸椎圧迫骨折の傷害を負い(甲第六号証)、左記のとおり入通院して治療を受けた(甲第三号証、第八号証、第一九号証、弁論の全趣旨)。
ア 医療法人寿楽会大野記念病院(以下「大野記念病院」という。)
平成九年八月二八日から同年一一月一日まで六六日間入院。
同年一一月二日から平成一一年六月一二日まで通院(実日数二〇日)。
イ 神戸整骨院
平成一〇年七月一日通院。
ウ さつき鍼灸院
平成一〇年八月一日から同年九月一日まで通院(実日数二日)。
エ 千里山鍼灸院
平成一〇年一〇月一日から同年一一月一日まで通院(実日数二日)。
オ 赤塚治療院
平成一〇年八月八日から平成一一年六月二六日まで通院(実日数一九日)。
(四) 原告は、平成一一年六月一二日、大野記念病院において、胸椎圧迫骨折の後遺障害を残して症状固定と診断され(甲第八号証)、同後遺障害について、被告付保の保険会社から、自賠責後遺障害等級一一級七号(脊柱に奇形を残すもの)と認定された。
二 争点
(一) 本件事故の状況(過失相殺)
(原告の主張)
原告は、本件市道を東方から西方に横断中、道路中央付近で北行き車線を南方から北方へ進行する自動車を発見してこれをやり過ごすため立ち止まったところ、被告車両が南行き車線を北方から南方へ走行してきて原告に衝突しそうになったことから、咄嗟に一、二歩後ずさりしたが避けきれず、被告車両に衝突されたものである。したがって、被告には、横断歩行者を認めながら、歩行者との間に十分な間隔を保持するなどの安全運転を怠った過失がある。
(被告の主張)
被告は、被告車両を運転して北方から南方に向かい進行中、前方を東方から西方に向かい横断歩行中の原告を認めて一旦減速したが、原告が横断途中で立ち止まったため、被告車両が通過するまで原告は横断しないものと思い、そのまま原告の前方を通過しようとしたところ、原告が急に横断を再開したため、被告車両を原告に衝突させてしまったものである。右記事故状況を前提とすれば、原告の挙動は、被告に対して、一旦横断しないとの信頼を与えながら、被告車両が接近しているにもかかわらず横断を再開するという危険なものであったというべきであるから、本件事故における原告の過失割合は四割を下らない。また、仮に、本件事故状況が原告の主張するようなものであったとしても、原告は、近くにある横断歩道を利用せず、かつ、南方から自動車が走行してきていることに気付きながら、予め道路中央付近で同車両をやり過ごすつもりで横断を開始するという、危険な横断方法をとったものであるから、やはり、本件事故における原告の過失割合は四割を下らないというべきである。
(二) 損害額
(原告の主張)
ア 治療費 一〇八万二四〇七円
(内訳)
(ア) 大野記念病院 八七万六四〇七円
a 保険会社支払分 七九万六八七八円
b 本人負担分 七万九五二九円
(イ) 神戸整骨院 一万五〇〇〇円
(ウ) さつき鍼灸院 一万〇〇〇〇円
(エ) 千里山鍼灸院 一万二〇〇〇円
(オ) 赤塚治療院 一六万九〇〇〇円
イ 入院雑費 九万九〇〇〇円
日額一五〇〇円、六六日間入院。
ウ 入院付添費 二九万七〇〇〇円
大野記念病院への入院期間中、家族が付き添った。日額四五〇〇円、六六日間入院。
エ 通院交通費 四万〇六八〇円
(ア) 大野記念病院への通院分 三万二七〇〇円
タクシー代合計九五二〇円のほか、公共交通機関を利用して、日額一二二〇円で一九日間通院(二万三一八〇円)した。
(イ) 赤塚治療院への通院分 七九八〇円
日額四二〇円、一九日間通院。
オ 文書料 六四五〇円
診断書料六三〇〇円、課税証明料一五〇円。
カ 休業損害 四〇七万二九一六円
原告は、従業員数一〇名強の印刷会社を経営し、自ら営業の中心として業務に従事していたものであり、会社から得ていた収入額が必ずしも高額とはいえないことからしても、これを全額労務の対価と見て、休業損害算定の基礎とするのが相当である。原告は、平成九年九月から平成一〇年一月まで会社を休み、その間、給与の支給を受けなかった。
キ 逸失利益 一四八九万二〇〇〇円
原告は本件事故当時六三歳で、その平均余命は一八・六三年であるから、その二分の一である約九・三二年間(ライプニッツ係数約七・三)を労働能力喪失期間とし、労働能力喪失率を二〇パーセントとして、原告の年収一〇二〇万円に基づき、ライプニッツ方式により中間利息を控除すると、逸失利益は一四八九万二〇〇〇円となる。
ク 入通院慰謝料 二二〇万〇〇〇〇円
ケ 後遺障害慰謝料 四〇〇万〇〇〇〇円
コ 弁護士費用 二〇〇万〇〇〇〇円
サ 損益相殺
原告は、本件事故による損害の填補として、下記金員を受領した。
(ア) 被告付保の保険会社から 七九万六八七八円
(イ) 健康保険傷病手当金(甲第二六号証) 二三七万四〇八六円
(ウ) 社会保険事務所から 七三万五五二四円
なお、過失相殺がなされる場合には、上記金員中、(イ)及び(ウ)に関しては、損益相殺するとしても過失相殺前に損害額から控除するのが相当である。
(被告の主張)
ア 治療費
治療費中、大野記念病院における保険会社支払分及び赤塚治療院分については認める(ただし、症状固定後に赤塚治療院に通院した分の治療費については、理論上、相当因果関係がない。)。
神戸整骨院分、さつき鍼灸院及び千里山鍼灸院分の治療費については、治療の必要性が明らかでなく、本件事故との相当因果関係が認められない。
なお、原告主張額のほかに、社会保険組合負担分九一万九四〇六円も、治療費としての損害となる。
イ 入院雑費については、日額一三〇〇円が相当である。
ウ 付添看護費については、付添看護の必要性が明らかでない。
エ 通院交通費中、大野記念病院への通院交通費については、タクシー代分を除いて認める。赤塚治療院への通院交通費は、不知。
オ 文書料については争う。
カ 休業損害については、原告は会社の代表取締役であって、その給与は実質的には利益配当の実質を持つ報酬部分が大半を占め、労務提供の対価ではないと考えられる。仮に、労務提供の対価と見うる部分が認められたとしても、休業期間中、原告が給与の支給を受けなかったことについては、原告自身の意思が介在しているから、本件事故と損害発生との間に相当因果関係はないというべきである。
キ 逸失利益については、上記のとおり原告の給与が労務提供の対価性を有しないことに加え、本件事故後、原告の給与は平成九年度に関しては六九七万七〇八四円であったものが、平成一〇年には九三五万円、平成一一年には一〇二〇万円と回復していることからすれば、原告が本件事故により労働能力を喪失したものとは認められないというべきである。
ク 入通院慰謝料については、大野記念病院における入通院(実日数)期間からして一〇七万円が相当である。
ケ 後遺障害慰謝料については、三六〇万円が相当である。
コ 弁護士費用は争う。
サ 損益相殺
原告主張の損害の填補額についてはいずれも認める。
被告付保の保険会社が、社会保険事務所からの求償請求に応じて支払った分に関しては、被告の過失割合に応じた求償がなされたものであるから、過失相殺後に損益相殺されるべきである。
また、傷病手当金についても、過失相殺後に損益相殺されるべきである。
第三争点に対する判断
一 争点(一)について
(一) 甲第二号証、乙第三号証、第四号証の一ないし三、原告本人、被告本人及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件市道は、市街地を南北に走る双方向通行片側一車線の直線道路で、車道部分の幅員は各約四・四メートルであり、車道両側に幅員約四・二ないし四・三メートルの歩道が設けられている。歩道上には街路樹が点在しているが、本件市道を走行する車両からの前方及び左右の見通しは良好である。歩車道の間には段差があるが、本件事故現場付近の東側及び西側には、路外施設から本件市道への進入路があり、歩道から車道に向かい緩やかな下り勾配となっていて段差が解消されている。本件市道の最高速度は時速三〇キロメートルに規制され、道路中央部に黄色の実線で追い越しのための右側部分はみ出し禁止の規制表示がなされている。路面はアスファルト舗装され平坦で、本件事故当時乾燥していた。本件事故現場北方には、本件市道に対し東西方向に走る道路がほぼ直角に交差する、信号機により交通整理の行われた十字路交差点(玉造橋交差点)があり、同交差点の四方の各出入口付近にはそれぞれ横断歩道が設置されている。南詰横断歩道の南端から、上記段差のない東側進入路北端付近までの距離は、約二一メートルである。
イ 原告は、本件市道東側歩道上を北方から南方に向かい徒歩で通行してきて、玉造橋交差点の東詰横断歩道上を横断した後、さらに南下して前記歩車道の段差のない東側進入路付近に至り、そこから対面の本件市道西側歩道沿いにある路外駐車場に向かって、本件市道に対しほぼ直角に道路の横断を開始しようとした。その際、原告は、右方(北方)を確認したが、同方向から進行してくる車両は見当たらなかったことから、次に左方(南方)を確認したところ、同方向から本件市道の北行き車線上を貨物自動車が走行してくるのに気付いて立ち止まったが、同車両が通過するのを南行き車線上でやり過ごして横断できるものと考え、横断を開始した。
ウ 被告は、被告車両を運転して、本件市道の南行き車線中央付近を北方から南方へ向かって走行中、玉造橋交差点で対面信号機の赤色表示にしたがい先頭で一時停止し、その後、同信号機が青色表示に変わったのを確認して同交差点を直進し、南詰横断歩道を通過した直後、東側歩道上の前記進入路付近で本件市道を東方から西方へ横断しようとしている原告を発見し、一旦やや減速しかけたが、原告が同歩道からわずかに車道上に足を踏み入れた辺りで立ち止まったため、原告は被告車両の通過を待って横断するものと思い込み、アクセルペダル上に足を置いた状態で原告の前方を通過しようとしたところ、原告が被告車両の数メートル前方で横断を再開したため、咄嗟に急制動の措置を講じたが間に合わず、被告車両前部左側を原告に衝突させて原告を数メートル前方の路上に転倒させた。
エ 原告は、前記のとおり横断を開始した直後、被告車両が自己の身体に向かって接近してくるのに気付き、咄嗟に後ずさりして衝突を避けようとしたが避けきれず、被告車両のフロントガラス左側に自己の身体を打ち付けた。
(二) 上記のとおり認定した本件事故の状況に照らせば、被告は、被告車両を運転中、本件市道を横断歩行しようとしている原告の姿を約二〇メートル手前付近で発見したのであるから、直ちに十分に減速もしくは停止するか、あるいは、クラクションを吹鳴して歩行者に対して注意喚起の措置を講じるなどして、歩行者の安全な横断を妨げないような速度と方法で通行すべき注意義務があったというべきところ、一旦減速はしかけたものの、原告は自車が通過するまで本件市道の横断を待つものと軽信し、特段のハンドル・ペダル操作を講じることなく漫然と進行した過失により、本件事故を惹起したものであることが認められる。
なお、原告は、本件事故の状況につき、本件市道のほぼ中央線上付近で北進する自動車をやり過ごすため西方を向いて立ち止まっていたところ、被告車両が自分目がけて接近してきたのに気付き、咄嗟に一、二歩下がったところ、被告車両に衝突した旨主張し、かつ、供述する。
しかしながら、被告車両から前方の見通しは良好であり、原告が本件市道の中央線付近で佇立していれば容易に発見することができると考えられるから、それにもかかわらず被告が被告車両を道路中央線寄りギリギリに走行させるということは考えにくく、被告車両は、南行き車線のほぼ中央付近を走行していたものと考えるのが相当である。そうだとすれば、道路中央線付近に佇立していた原告が、自己の身体に向かって被告車両が接近してくるように感じるということは考えにくく、また、道路中央線付近から咄嗟に一、二歩後ずさりした場合に、被告車両のフロントガラスの左側前方部分に身体が衝突するということも考えられないというほかない。
したがって、原告の本件事故状況に関する上記供述内容は、俄に措信することができず、原告主張の事故状況は採用することができない。
(三) 他方、前記認定のとおり、原告は、本件市道の横断を開始するに当たり、右方の安全を確認はしたものの、その際は右方から進行してくる車両が見当たらなかった(当時、被告車両は、玉造橋交差点で信号待ちをしていたものと考えられる。)ことから、左方から進行してくる車両の存在に気を取られ、被告車両が進行してくることに衝突直前まで気付いていなかったことが認められるから、本件事故の発生については、原告にも、本件市道を横断するに際し、右方から進行してくる車両に対する安全確認が十分でなかった過失があるというべきである。また、原告の本件事故現場に至る歩行経路からすれば、原告にとって玉造橋南詰横断歩道を利用して本件市道を横断することは極めて容易であったことが認められるから、かかる事情も原告の過失割合を考える上で考慮するのが相当というべきである。
なお、被告は、原告が横断を開始する際、車道上で一旦立ち止まり、被告に対し、被告車両が通過するまで横断を待つかのようなそぶりを見せたことを原告の落ち度として考慮すべきである旨主張するが、自動車運転者としては、歩行者が横断を開始する前に立ち止まったとしても、それが自車の接近に気付いて立ち止まったものでない場合には、歩行者が自車の接近に気付かないままいつ横断を再開するか分からないのであるから、直ちに歩行者が自車の通過まで横断を待つものと信頼し得るわけではないというべきところ、前記認定のとおり、本件においては、原告が横断開始前に立ち止まったのは、被告車両の接近に気付いたことによるものではなかったと認められ、また、被告自身も原告が被告車両に気付いて立ち止まったとの認識を有していたわけではなかったことが認められるから、被告の上記主張は理由がないというべきである。
(四) 以上のとおり認定した原告と被告の過失内容を比較勘案すれば、本件事故における原告と被告の過失割合は、原告二割五分、被告七割五分と解するのが相当である。
二 争点(二)について
(一) 治療費 一九五万三〇九三円
ア 大野記念病院分 一七八万四〇九三円
原告の大野記念病院における治療費中、被告付保の保険会社支払分が七九万六八七八円(装具代を含む。)であったことは当事者間に争いがない。
甲第七号証、第一七号証の三、五、七、一三、乙第一号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、上記以外に、原告が、同病院に通院中の治療費として五万九一二九円、薬剤費として八六八〇円を負担したこと、社会保険事務所が治療費として九一万九四〇六円を負担したことが認められる。
イ 赤塚治療院分 一六万九〇〇〇円
当事者間に争いがない(甲第三号証によれば、上記施術費中には、症状固定後の平成一一年六月二六日に通院した分が含まれていることが窺われるが、症状固定後間もない時期であり、同日の施術費のみを証拠上区別することもできないから、全額を本件事故による損害と認めることとする。)。
ウ 神戸整骨院、さつき鍼灸院、千里山鍼灸院分 〇円
甲第三号証、第一九号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告が上記各院の施術費として、原告主張額を支払ったことは認められるものの、医師の指示により通院したものと認めるに足りる証拠はなく、その施術内容や効果も一切明らかでないから、本件事故による損害とは認めがたい。
(二) 入院雑費 八万五八〇〇円
前記「争いのない事実等」記載のとおり、原告は、本件事故により六六日間の入院治療を余儀なくされたことが認められるところ、入院期間中、一日につき一三〇〇円の雑費相当の損害が発生したものと認めるのが相当である。
(三) 入院付添費 〇円
原告の入院期間中、親族等による付添が必要であった事実及び実際に付き添った事実については、これを認めるに足りる証拠がなく、かえって、甲第六号証によれば、診断書の「付添看護を要した期間」欄に何らの記載もなされていないことからすれば、入院付添費の請求は理由がないといわざるを得ない。
(四) 通院交通費 二万四五〇〇円
大野記念病院への通院交通費の内、タクシー代を除く二万三一八〇円(一九日分)については、当事者間で争いがない。甲第一八号証の五、六及び弁論の全趣旨によれば、原告は、残り一日分(平成九年一一月一七日)の通院にタクシーを利用したものであり、その利用代金は往復で一三二〇円であったものと認めることができる。原告の受傷内容や、タクシーを利用した時期が通院を開始して間もない時期であることからすれば、上記タクシー代は相当な通院交通費と認められる。赤塚治療院への通院交通費については、これを認めるに足りる証拠がない。
(五) 文書料 六四五〇円
甲第一三号証、第一七号証の一二、二〇、二二、第二〇号証によれば、原告は、少なくとも、診断書料として六三〇〇円、課税証明書料として一五〇円を支払った事実が認められる。
(六) 休業損害 二三五万九六〇〇円
甲第一四号証ないし第一六号証、第二一号証、第二二号証、第二三号証の一ないし三、第二四号証の一、二、第二五号証の一ないし三、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、原告は、社員数一三名の中尾印刷株式会社の代表取締役の地位にあり、本件事故前、同会社から給与として月額八五万円の収入を得ていたこと、原告は、毎日、社員と同じ時間に出社して、官公庁その他の得意先を回り、入札に参加したり見積合わせをするなどの営業活動をこなしたり、会社の経理面や人事面の問題を処理するなどしていたこと、原告は、本件事故日から平成一〇年一月末日ころまで休業し、その間、取締役会決議に基づき、給与の支給を受けなかったため、平成九年分として支給された給与は六九七万七〇八四円、平成一〇年分として支給された給与は九三五万円に止まったことの各事実を認めることができる。
以上の事実によれば、原告の会社における地位、同会社の規模、原告の収入額等からして、原告の給与収入の中には役員報酬(利益配当部分)を含んでいたものと解されるが、原告の具体的職務の内容を考慮すれば、収入中に労働対価部分の占める割合は相当程度あったものとみるのが相当であり、これに、原告が本件事故当時六三歳であり、同年齢の平成九年賃金センサスによる平均賃金(産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計)が四六四万一九〇〇円程度であることをも総合的に考慮すれば、原告の休業損害の算定に当たっては、月収額の六割に相当する五一万円をもって基礎収入月額とするのが相当というべきである。そして、原告の受傷内容、退院後の通院日数、後遺障害の内容・程度等を勘案すると、原告の受傷が就労に影響した割合としては、休業期間として原告が主張する事故日から平成一〇年一月までの期間(一五七日間)中、入院期間六六日については一〇〇パーセント、その余の期間については平均して八〇パーセントと見るのが相当である。
五一万〇〇〇〇÷三〇×六六+五一万〇〇〇〇÷三〇×(一五七-六六)×〇・八=二三五万九六〇〇
(七) 後遺障害逸失利益 八六九万九九四七円
本件事故により、原告に後遺障害等級一一級七号の後遺障害が残存したことについては当事者間に争いがなく、原告本人によれば、数十分間同じ姿勢でいると、背部に痛みやしびれが生じ、長時間のデスクワークに支障が生じていることが認められる。
上記事実によれば、原告は、平成一一年度には、従前どおりの給与収入を得るようになったことが認められるものの(甲第一六号証)、これは、原告が上記後遺障害が存在するにもかかわらず、特段の努力によって就労している結果によるものと認めるのが相当であるから、原告は、症状固定(当時六五歳)後およそ九年間(ライプニッツ係数七・一〇七八)の就労可能期間を通じて、労働能力の二〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。
したがって、前記原告の基礎収入額(労働対価部分)月額五一万円に基づき、ライプニッツ方式により中間利息を控除して現価を求めると、下記のとおりとなる。
五一万〇〇〇〇×一二×〇・二×七・一〇七八=八六九万九九四七
(八) 入通院慰謝料 一八〇万〇〇〇〇円
原告の受傷内容、入通院期間その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すれば、入通院慰謝料としては一八〇万円が相当である。
(九) 後遺障害慰謝料 三六〇万〇〇〇〇円
原告が一一級七号の後遺障害を負ったことにより被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、三六〇万円が相当である。
上記損害額合計 一八五二万九三九〇円
(一〇) 過失相殺及び損益相殺
ア 甲第二六号証、乙第一号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、健康保険組合から、傷病手当金として二三七万四〇八六円を受領し、また、同組合が療養給付として九一万九四〇六円を直接大野記念病院に対し直接支払ったことが認められるところ、健康保険法六七条一項によれば、保険者は、給付の限度において被保険者の第三者(加害者)に対する損害賠償請求権を代位取得するものとされており、加害者においては、保険者からの請求に対し、被保険者に対して主張し得た過失相殺を主張することができると解されるから、健康保険組合からの給付分については、過失相殺前に控除するのが相当である。
前記損害額から健康保険組合による上記給付額を控除すると、一五二三万五八九八円となる。
イ 次に、前記のとおり、本件事故の発生については、原告にも二割五分の過失があるというべきであるから、上記金額につき二割五分を過失相殺すると、一一四二万六九二三円となる。
ウ そして、原告が、損害の填補として被告付保の保険会社から七九万六八七八円の支払を受けたことについては、当事者間に争いがないから、これを上記金額から控除すると、一〇六三万〇〇四五円となる。
(一一) 弁護士費用 一〇〇万〇〇〇〇円
上記金額に照らすと、原告の弁護士費用中、一〇〇万円については、本件事件と相当因果関係のある損害として被告に負担させるのが相当である。
弁護士費用加算後の損害額 一一六三万〇〇四五円
三 結論
以上によれば、原告の請求は、一一六三万〇〇四五円及びこれに対する本件事故の日である平成九年八月二八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 福井健太)