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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)7698号 判決 2001年3月13日

原告

三井建設株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

島田康男

補佐人弁理士

福田賢三

福田伸一

被告

鹿島建設株式会社

代表者代表取締役

【B】

被告

株式会社大林組

代表者代表取締役

【C】

被告

株式会社奥村組

代表者代表取締役

【D】

被告ら訴訟代理人弁護士

古城春実

被告ら補佐人弁理士

久保司

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

※以下、書証の掲記は甲1などと略称し、枝番のすべてを含む場合にはその記載を省略する。

第1請求

1  被告らは、別紙物件目録記載の物件を建造し、販売してはならない。

2  被告らは、建造中の前項記載の物件を廃棄せよ。

第2事案の概要

1  基礎となる事実(いずれも争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)

(1)  原告の特許権

原告は、次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。

ア 発明の名称

駐車設備付き建造物

イ 出願日

平成2年4月2日(特願平2-88036号)

ウ 公告日

平成7年12月18日(特公平7-116858号)

エ 登録日

平成8年9月2日

オ 特許番号

第2090268号

カ 特許請求の範囲

本件特許権の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、本判決添付の特許公報の該当欄記載のとおりである(以下、同特許請求の範囲記載の発明を「本件発明」という。)。

(2)  本件発明の構成要件の分説

本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。

① 中央部にボイド部が上下方向に形成された筒状の居住棟を有し、

② 前記ボイド部に立体駐車設備を設け、

③ 更に前記居住棟と立体駐車設備間に耐火壁を、該耐火壁により前記立体駐車設備と居住棟が防火区画された形で設けて構成した

④ 駐車設備付き建造物。

(3)  被告らの行為

被告らは、いずれも建築工事の請負等を業とする株式会社であるところ、別紙物件目録記載の物件(以下「本件建造物」という。)を共同して建築中である。

2  本件の請求

本件は、原告が、被告らに対し、本件建造物は本件発明の技術的範囲に属するから、その建造、販売は本件特許権を侵害するとして、その建造、販売の差止等を請求した事案である。

3  争点

(1)  本件建造物は、本件発明の構成要件①を充足するか。

(2)  本件建造物は、本件発明の構成要件②を充足するか。

(3)  本件建造物は、本件発明の構成要件③を充足するか。

(4)  本件建造物は、公知技術を実施するものか。

第3争点に関する当事者の主張

1  争点(1)(構成要件①の充足性)について

【被告らの主張】

(1) 本件発明の「ボイド部」は、居住棟の換気及び採光に利用できるように上方に開放された天井のない縦長の空所ないし空間を意味する。端的にいえば、いわゆるボイド型建造物におけるボイド部、すなわち、ボイド型建造物において中央に上下に貫通する形で形成されている採光・換気のための空間が本件発明にいう「ボイド部」である。

また、「居住棟」とはそれ自体で独立に存立し得るだけの構造を備えたものでなければならない。一棟の建物の中から独立構造体として存在し得ない部分を観念的に取り出して、その部分を「居住棟」と見ることはできない。

さらに、「筒状」とは、細長いことと中空になっているということであり、本件発明に即していうと、中央部分に建物構造が存在せず空になった居住用高層建築が「筒状の居住棟」である。

そして、「筒状の居住棟を有し」とは、筒状の居住棟が存在すること、言い換えれば建物として独立に存立し得る筒状の構造体の存在が本件発明の要件であることを表したものである。本件発明では、立体駐車場設備を設け耐火壁で防火区画する前提として、「居住棟」が存在していなければならない。

(2) 他方、本件建造物は、コア構造を有する縦長直方体の高層集合住宅であって、「筒状の居住棟」を有していない。なるほど、コア部を無視して共用スペースを含む居住部分だけに着目すると、本件建造物は一見筒状のようにも見えるが、一棟の建物として見たときの本件建造物はあくまでもコア部を不可欠の構造部分として成立している縦長直方体の居住用建物であり、筒状の建物(筒状の居住棟)ではない。また、居室に着目すると、本件建造物の居住部分はコ字状に配置されているから、居住部分が「筒状」に形成されているとはいえず、この点からも「筒状の居住棟を有する」とはいえない。

また、本件建造物のコアの内部空間は、「ボイド部」に該当しない。本件発明にいう「ボイド部」は、いわゆるボイド型高層住宅における中央の採光空間のごときものを指し、本件建造物のコアのように元々採光空間として利用することの不可能な建物内部の屋根スラブで塞がれた空間まで含むものではない。

したがって、本件建造物は、本件発明の構成要件①を充足しない。

【原告の主張】

本件建造物は、細長くて中空になっているから、「筒状」である。また、人が居住する目的で構築される居住用建物であり、複数個の住戸を有する建物であるから、「居住棟を有し」との構成を具備する。

また、構成要件①の「ボイド部」は、「中空部」という意味である。本件建造物が「センターコア形式の高層建造物」であるとしても、本件建造物には「ボイド部」(中空部)が存在する。なお、本件発明の「ボイド部」に屋根部を設けるか否かは、特段限定されていない。

したがって、本件建造物は構成要件①を充足する。

2  争点(2)(構成要件②の充足性)について

【被告らの主張】

構成要件①と同様に、本件建造物は、「ボイド部」を具備しない。

【原告の主張】

構成要件①と同様に、本件建造物は、「ボイド部」を具備する。

3  争点(3)(構成要件③の充足性)について

【被告らの主張】

(1) 「耐火壁」とは、高層建築物に関しては厚さ10㎝以上の壁と理解してよいところ、本件発明の耐火壁は、「居住棟」と「立体駐車設備」との間に設けられる。そして、本件明細書の図面の記載に照らすと、構成要件③は、筒状の居住棟の内側構造壁より内側に、更に防火区画用の耐火壁を設けた構造を表わしていると解される。本件明細書には、居住棟を成立させている構造壁が駐車場と居住棟とを防火区画する耐火壁と兼用であってもよいことを示唆する記載はない。仮に居住棟の構造壁が「耐火壁」を兼ねてもよいという解釈を採るなら、本件発明は、乙7(特開平2-27065号公開特許公報)に記載された発明と実質的に同一の発明となり、無効理由を有することになる。

(2) 本件建造物は、コア壁が建物の不可欠の構造部分となっており、コア壁を耐火壁と見てこれを「居住棟」から除外して考えると、一棟の建物として成立し得なくなってしまう。また、これと反対に、コア壁を居住棟の一部と考えると、本件建造物には「居住棟」と立体駐車場設備を区画する「耐火壁」に該当するものが存在しない。

したがって、本件建造物は本件発明の構成要件③を充足しない。

【原告の主張】

本件建造物のコア壁は、高強度コンクリートからなる耐火壁であり、これにより囲繞された機械式駐車場部分とコア壁の外側部分(住居、廊下等部分)とは防火区画されているから、構成要件③を充足する。

本件発明は、構造壁と耐火壁との関係について格別限定を加えるものではない。被告は乙7の発明を指摘するが、乙7では各階の駐車スペースと外周部(ワーキングスペース)との間が行き来できるものであり、隔壁によって防火区画されているものではない。

4  争点(4)(公知技術の実施)について

【被告らの主張】

本件建造物は、本件発明の特許出願前の公知技術である乙7ないし10記載の技術と実質的に同一又は同等の技術を実施するものであるから、本件特許権の効力は及ばない。

【原告の主張】

争う。

第4争点に対する当裁判所の判断

1  争点(1)(構成要件①の充足性)について

(1)  まず原告は、構成要件①の「ボイド部」の意義について、「中空部」を意味すると主張するので、この点について検討する。

ア 「ボイド部」という語の語義について

(ア) 「ボイド」(英語では「void」)という語は、一般に「空隙」(甲8の1、建築用語辞典)、「間ゲキ、空隙、空所、空洞」(甲8の3、インタープレス科学技術25万語大辞典)、「あるべき物質が局所的に欠落している空洞」(甲8の4、JIS工業用語大辞典)、「空所、空間」(甲8の5、研究社・新英和辞典)などの意味を有するものと認められ、この一般的な語義からすると、「ボイド部」というのは、単なる中空部を意味するものであるとも解される。

(イ) しかし、建築関係の技術分野に係る特許出願の明細書では、いずれも本件発明の後願に当たるものではあるが、次の記載があることが認められる。

a 「高層で中央に採光空間を設けたボイド型高層住宅」、「ボイド部4は、最下層から最上層を経て外部空間に開放されている。」(乙12、特開平6-272406号公開特許公報【0002】)

b 「従来、例えば高層住宅や高層オフィスビルの高層建築物として、その上下に貫通した空間を設けたいわゆるボイド型のものが知られており」(乙13、特開平7-34696号公開特許公報【0002】)

c 「建物空間3の真中部分にはボイド部5が、複数のフロアスペース31を上下方向に連通させる形で、実施例においては最下層階から最上層階まで貫通した形の柱空間状に形成されている。」、「ボイド部5は、図1に示すように、躯体2の上端部分である屋上部分に穴が開いた形で、開口部5aを介して空に向けて開放されており、ボイド部5の上層階部には、採光部5bが、開口部5aを介して該採光部5bに太陽光40が進入し得る形で形成されている。」(乙14、特開平7-127289号公開特許公報【0007】【0008】)

d 「最近では、この高層建物内のより多くの居住空間に自然採光が届くように、建物内部にボイド部を、採光空間として設けることが知られている。」(乙15、特開平7-158292号公開特許公報【0002】)

e 「従来、都市部における高層建物の真中部分に、上下方向に貫通したボイド部を設けた建物が知られており」、「また、図1に示すように、建物空間3の真中部分にはボイド部6が、前記複数のフロアスペース31を上下方向に貫通する形で、実施例においては地下3階から最上層階まで貫通した形の柱空間状に形成されている。ボイド部6には、図1に示すように、躯体2の上端部分である屋上部分に穴が開いた形で、開口部6aが形成されており、該開口部6aを介して、建物空間3に太陽光41が届くようになっている。」(乙16、特開平7-217242号公開特許公報【0002】【0008】)

f 「従来、内部を上下方向に貫通するボイド空間が形成された高層建築物が広く知られており」、「躯体2の真中部分には、図1及び図2に示すように、ボイド空間6が、前記複数のフロアスペース31を、一階部分から最上層階まで上下方向に貫通した形で、柱空間状に設けられている。従って、躯体2は、真中部分が柱空間状に形成された中空直方体に形成されている。」(乙17、特開平7-301006号公開特許公報【0002】【0007】)

g 「一部が側方に開口する吹き抜け部(ボイド部)を中央に配置し」、「吹き抜け部1は平面視して矩形状に配置され、かつ地上から屋上階まで連続して配置されている。」、「吹き抜け部1の上端部には、必要に応じて吹き抜け部1内に採光可能な屋根5が配置されている。」(甲9の1、特開2000-17856号公開特許公報【0001】【0011】【0012】)

h 「従来、高層建築物の中央に、ボイド部を設けたセンターコア形式の建物が知られている。このようなボイド部を有する建物の構造は、グリッド状に割り付けた所に柱を立てた後、ボイド部を設けて、建物中央部を上下階に亘る吹き抜け構造としている。」(甲9の2、特開2000-154658号公開特許公報【0002】)

これらの文献では、高層建築物における「ボイド部」というのは、建築物を上下に貫通(連通)するように設けられた空間を意味するものとして使用されており、さらにそのうちの多くの文献では、採光のために屋上まで開放された空間を意味するものとして使用されている。したがって、本件発明の「ボイド部」の語も、このように限定された意味で使用されたものとも解し得る。

(ウ) 以上からすれば、本件発明の「ボイド部」は、本件発明の属する技術分野で用いられる技術用語としては、その語義を一義的に確定することができないといわざるを得ない。

イ その他の特許請求の範囲の記載について

本件発明の構成要件①では、本件発明に係る建造物は「筒状の居住棟」を有するとされている。

ここで「筒」とは、一般に「円く細長くて中空になっているもの」の意義(広辞苑第5版)であって、開口が設けられる場合に使用されることが多いと考えられるが、この文言だけでは、なお開口が設けられていないものが排除されるか否かは一義的に明確ではない。

また、「居住棟」の「棟」とは、「むね」の意味であり、「むね」は、「家屋を棟ごとに指していう語。また、家屋を数える語」(広辞苑第5版)とあるように、それ以外のものから独立した建造物をいうと解される。したがって、「居住棟」は、「立体駐車設備」から独立した建造物であるとはいえるが、そこから直ちに「ボイド部」の意義を導くことはできない。

ウ そこで次に、本件明細書の発明の詳細な説明の記載を検討する。

(ア) 甲2によれば、本件明細書には、次の記載があると認められる。

a 従来の技術について

「従来、建物の中央部は、人が居住する目的で構築される居住棟においては、各住戸の採光及び通風を確保した結果、採光及び通風が技術的に困難な部位として残っていた。当該部位は、そのままでは採光及び通風が取れず、居住の目的には使用することが出来ないために、ボイド部を上下方向に貫通した形で形成し、該ボイド部を介して換気及び建物内部への採光を図っている。」(本件公報1欄14行~2欄5行)

b 発明が解決しようとする問題点について

「しかし、こうしたボイド部を介した換気及び採光も、最近のように居住棟が高層化すると、ボイド部自体も非常に細長い形状となってしまい、ボイド部を介した換気及び採光はそれほど期待出来なくなりつつあるのが現状である。そこで、当該ボイド部を例えば駐車設備等の換気及び採光以外の用途で有効に活用する方法の開発が望まれる」(本件公報2欄7~13行目)

c 本件発明の目的について

「本発明は、上記事情に鑑み、ボイド部を有効に利用することが出来る駐車設備付き建造物を提供することを目的とする。また、本発明は、ボイド部を活用しながら、既に有る居住棟との間の安全性を確保しつつ、居住棟の外観デザインに大きな自由度を与えることが出来、しかも火災に際して延焼の危険性が少ない駐車設備付き建造物を提供することを別の目的とするものである。」(本件公報3欄14~21行目)

d 実施例について

「駐車設備付き建造物1は、第2図に示すように、居住棟4内部に上下方向…に貫通した形のボイド部1aを有しており、ボイド部1aには地上及び地下に亙る機械式の立体駐車設備7が、居住棟4との間を全境界面に亙って耐火壁9で防火区画された形で設けられている。立体駐車設備7はフレーム10を有しており、…」(本件公報4欄9~15行目)

e 作用効果について

「本発明によれば、中央部にボイド部1aが上下方向に形成された筒状の居住棟4を有し、前記ボイド部に立体駐車設備7を設け、更に前記居住棟と立体駐車設備間に耐火壁9を、該耐火壁により前記立体駐車設備と居住棟が防火区画された形で設けて構成したので、居住棟4内のボイド部1aが立体駐車設備7用の空間として利用されることから、居住棟4内の住人の車への接近が容易になるばかりか、防犯上有利な立体駐車設備7を有する駐車設備付き建造物1の提供が可能となる。」

「また、前記居住棟と立体駐車設備間に耐火壁9を、該耐火壁により前記立体駐車設備と居住棟が防火区画された形で設けたので、防火区画された立体駐車設備側又は居住棟側から出火した場合でも、耐火壁により相手側への延焼が効果的に防止され、安全性が高い。」

「更に、立体駐車設備は居住棟中央部のボイド部に設けられることから、立体駐車設備が居住棟の外観に悪影響を与えることがなく、立体駐車設備を持ちながら、居住棟の外観デザインの自由度を大きく保持することが出来る。」

(以上、本件公報5欄7行目以下)

(イ) 以上のような明細書の記載a及びbからすれば、本件明細書において、「ボイド部」は、建物内部への換気及び採光の目的で、建築物の内部を上下方向に貫通した形で形成される空間として記載されているものと認められ、構成要件①の文言からすると、このような「ボイド部」が、本件発明の対象たる建造物に設けられていることが必要であると解される。そしてこのことは、本件発明の出願当初の明細書(乙5)において、従来の技術として、「従来、天井のない吹抜けのボイド部を内部に有するボイド型建造物においては、該ボイド部は換気、排煙及び採光等のための空間として利用されていた。」(1欄15行目~2欄1行目)と記載されていたことからも肯けるところである。

また、前記dの実施例の記載では、「ボイド部1a」は、居住棟4内部に上下方向に貫通した形の空間として記載されている。そして、本件明細書の第1図及び第2図では、立体駐車設備7及び耐火壁9は上下方向に貫通した空間の途中階部分までにしか設けられておらず、その上方は上端が開放された空間になっていると認められる。同第2図では、この上方空間の上端にも左右の居住棟4の屋根部分に続いた横実線が描かれているから、同上方空間には屋根が設けられているようにも見えるが、同上方空間内には、各フロア(第1図を参酌すると共用廊下と考えられる。)が壁を介さずに突出しているから、このような構造の下で同上方空間に屋根が設けられているのは不自然であり、前記横実線は、同図奥行き方向に存する居住棟4の屋根を意味するものとして描かれていると認められる。そうすると、実施例においても、「ボイド部」は、前記のように建物内部への換気及び採光の目的で、建築物の内部を上下方向に貫通した形で形成される空間として記載されているといえる。

もっとも、前記b及びcの記載からすれば、本件発明は、居住棟が高層化すると、ボイド部を介した換気及び採光がそれほど期待できなくなってくることから、そのようなボイド部を「例えば駐車設備等の換気及び採光以外の用途で有効に活用する」ことを目的とするものであり、そうすると、有効活用されたボイド部は、もはや本来の採光及び換気といった機能を有している必要はないとも考えられる。しかし、ボイド部において換気及び採光の機能を有しないのは、建物の下層部分であるから、前記b及びcは、その部分を有効活用するという趣旨で記載されているとも解され、このように解する方が、前記実施例の記載にも沿うものといえる。

したがって、本件明細書の記載からすれば、本件発明の「ボイド部」とは、建築物の内部を上下方向に貫通した形で形成される空間で、建物内部への換気及び採光の機能を有するものであると解するのが相当である。

エ さらに、このように解することは、本件発明の特許出願前の公知文献の記載を斟酌することによっても裏付けられる。

(ア) 乙7(平成2年1月29日発行の特開平2-27065号公開特許公報)には「駐車スペースつき建造物」についての発明が記載されており、次の記載があると認められる。

a 従来技術及びこの発明が解決すべき課題

「従来建造物に駐車スペースを設けるには、地下室を構築し、この地下部分を駐車スペースとして使用するのが一般的であった。」

「このように地下部分を施工することは施工を大がかり、且つ困難にするものであって、施工費を高くするものであった。

一方、特に大規模建築物においては、外周から離れた中央部は日光が届かず、ワーキングスペースとするのは多くの照明や換気設備が必要となっていた。」

b 課題を解決するための手段

「この発明にかかる駐車スペースつき建造物は、建造物の中央部を駐車スペースとして利用するものである。

建造物の各階は、中央部と外周部を隔壁によって仕切る。仕切られたこの中央部を駐車スペースとする。この中央部を囲む外周部をワーキングスペースとする。隔壁に開口部を設けることで玄関を作ることができる。」

c 作用

「建造物の各階に駐車スペースを設けたため、地下部分を大きくする必要がない。

建造物の中央部を大がかりな照明等の不要な駐車スペースとして有効利用する。

各階にスロープを形成して、自走して所望の階に到達できる。その階から同一階のワーキングスペースにすぐいききすることができる。駐車スペースと周辺部の隔壁を主要な耐震壁とし、周辺部は壁の少ないスパンの大きな開放的なスペースとして構成できる。」

d 実施例

「図において1はコンクリート構造の建造物であり、拡底杭2上に建築されている。建造物1は多層階であって、各階の中央部3と窓近くの外周部4は隔壁5によって仕切られている。この建造物1各階の中央部3を駐車スペースA、外周部4を人的活動の場となるワーキングスペースとして使用する。

中央部3には中心に吹き抜け孔5が上下方向に貫通しており、ここに上下の階とを結ぶスロープ6が形成されている。

従って自動車は道路から建造物1内に入り、このスロープ6を通って自走して目的の階に到着できる。また建造物1の屋上も駐車スペースAとすれば、エレベータ等を必要とせずに自走して行ける駐車スペースAとして有効利用できる。

外周部4は窓から外光が侵入して成る程度の明るさが保たれる部分であって、日中は多くの照明を使用する必要がない。この外周部4は事務作業や製造作業等を行う作業空間や住宅空間として使用するものである。」

そして、第1図では、地上10階建ての建造物の例が記載されている。

(イ) 乙7のこれらの記載とその第1図及び第2図とを併せ考えると、乙7には、次の発明が記載されていると認められる。

① 中心に上下方向に貫通した吹抜け孔を有する中央部と、隔壁で仕切られてこれを取り囲む筒状のワーキングスペースとした外周部を有し、

② 前記中央部に自走式の立体駐車場設備を設け、

③ 更に前記ワーキングスペースと自走式の立体駐車場設備間に開口部を有する耐震壁を設けて構成した

④ 駐車設備付き建造物。

したがって、乙7に記載された発明と本件発明の相違点は、次の点である。

A 本件発明では「中央部にボイド部が形成され」ているのに対し、乙7では中心に吹抜け孔を有する「中央部」が設けられている。

B 本件発明では建造物が筒状の「居住棟」を有するのに対し、乙7では建造物の筒状部分は「ワーキングスペース」となっている。

C 本件発明では、居住棟と立体駐車設備間に「耐火壁」が設けられているのに対し、乙7では、ワーキングスペースと自走式の立体駐車設備間に「開口部を有する耐震壁」が設けられている。

D 本件発明では、居住棟と立体駐車設備が「耐火壁により…防火区画」されているのに対し、乙7にはそのような記載がない。

(ウ) これらの相違点のうち、相違点Cについて検討する。

「耐火壁」とは、耐火性能を有する壁のことをいうと解されるが、本件発明の特許出願当時の建築基準法2条7号によれば、「耐火構造」とは、「鉄筋コンクリート造、れんが造等の構造で政令で定める耐火性能を有するものをいう。」とされている。

この定めを受けて、建築基準法施行令107条では、壁について、耐火構造であるためには、建設大臣が、通常の火災時の加熱に建築物の階によって1又は2時間以上耐える性能を有すると認めて指定するものあることが必要であるとされており、更にこの定めを受けて、「耐火構造の指定」(昭和39年7月10日建告第1675号)の第2では、通常の火災時の加熱に2時間以上耐える性能を有するものとして、壁にあっては、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄骨コンクリート造で厚さが10㎝以上のものと定められ、同第3では、通常の火災時の加熱に1時間以上耐える性能を有するものとして、壁にあっては、鉄筋コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造又は鉄骨コンクリート造で厚さが7㎝以上のものと定められている。

建築基準法は、建築業界にとっての基本法規であるから、同法以下に定めるこれらの耐火性能についての定めが、耐火壁の意義についての当業者の技術常識を構成していると考えられるところ、乙7の実施例の建造物は、コンクリート構造の10階建てのものが記載されているから、その建造物について耐火壁という場合には、当業者であれば、前記の基準が妥当すると認識するものと認められる。

しかるところ、乙7では、構造壁が耐震壁とされているが、弁論の全趣旨によれば、耐震壁の性能を有する壁が前記耐火壁に関する基準を満たすことは当業者にとって自明のことであると認められる。

そうすると、乙7の構造壁が耐火壁であることは、当業者にとっては自明であり、相違点Cは、実質的に見れば、本件発明と乙7記載の発明の相違点とはいえない。

(エ) 次に、相違点Dについて検討する。

防火区画について定める本件発明の特許出願当時の建築基準法施行令112条9項では、「主要構造部を耐火構造とし、かつ、地階又は3階以上の階に居室を有する建築物の住戸の部分(住戸の階数が2以上であるものに限る。)、吹抜きとなっている部分…については、当該部分…とその他の部分…とを耐火構造の床若しくは壁又は甲種防火戸若しくは乙種防火戸で区画しなければならない。」と規定している。

また、同13項では、「建築物の一部が法第27条第1項各号の1…に該当する場合においては、その部分と他の部分とを耐火構造とした床若しくは壁又は甲種防火戸で区画しなければならない。」と規定されており、建築基準法27条1項及び別表第一では、耐火建築物としなければならない特殊建築物として、3階以上の階を共同住宅の用途に供するもの(同別表(二))、3階以上の階を自動車車庫の用途に供するもの(同別表(六))が定められている。

建築基準法は、建築業界にとっての基本法規であるから、同法施行令に定めるこれらの防火区画についての定めが、防火区画の意義についての当業者の技術常識を構成していると考えられるところ、乙7の実施例の建造物は、10階建ての建造物であって、中央部分に地階から屋上にわたって形成された吹き抜け孔に自走式の立体駐車場設備が設けられ、各階の周囲に住宅空間としても使用され得るワーキングスペースが設けられている構造のものであるから、そこにおいて、ワーキングスペース部分と自走式の立体駐車設備部分とが防火区画されていることは、建築基準法上当然に要求される構造であって、当業者にとって自明であると認められる。

この点について原告は、乙7の構造壁には開口部が設けられ、各階のワーキングスペースと自走式の駐車設備部分とは往来することができることから、乙7には防火壁によって防火区画をする点は開示されていないと主張する。しかし、前記のとおり、防火区画のための手段には、耐火構造とした壁のほか、甲種防火戸も挙げられているのであるから、乙7の構造壁の開口部分が甲種防火戸によって防火区画されていることは自明というべきである。そして、本件発明の防火区画は、居住棟と立体駐車設備との間に設けられた防火壁によってなされるものとされているが(構成要件③)、防火区画の手段として、耐火構造とした壁によることも甲種防火戸によることも、前記建築基準法施行令に記載されている周知の手段であるから、その点に特段の技術的意味があるとはいえない。

したがって、相違点Dは、実質的に見れば、本件発明と乙7記載の発明の相違点とはいえない。

(オ) そうすると、本件発明が乙7との関係で新規性及び進歩性を有するといえるためには、相違点A又はBにおいて、それらの点が認められなければならない。

しかるに、原告主張のように、本件発明の「居住棟」を単に「居住用建物」や「複数個の住戸を有する建物」という意味に解し、さらに「ボイド部」を単なる「中空部」と解するならば、「居住棟」は乙7のワーキングスペースを有する建造物、「ボイド部」は乙7における中央部と同一となり、本件発明は新規性又は少なくとも進歩性を欠如するものとなるといわざるを得ない。

そこで、本件発明が、乙7の存在にもかかわらず特許権として有効に成立していることを前提として、相違点AないしBにおいて、本件発明には乙7とは異なる技術的意味を見出すならば、本件発明の技術的意義は、次のように考えられる。

すなわち、乙7記載の発明は、建造物に駐車スペースを設けるに当たり、従来は地下部分を駐車スペースに充てていたが、それでは施工費が高くつくことから、建築物の中で日光が届かず、ワーキングスペースとするには多くの照明や換気設備が必要となっていた中央部を駐車スペースとしたものであり、これによれば、ワーキングスペースを含む一個の建物の中の中央部分を隔壁で仕切り、隔壁内側の中央部分を駐車スペースとしたものであるといえる(なお、乙7では、建物内部の駐車スペースは、屋上への開口部を有しているが、それは屋上部分も駐車スペースに使用する関係で設けられるものであるにすぎず、採光又は通風のために設けられたものではない。そのため、屋上に駐車スペースを設けない場合には開口部も設けられないものであると認められる。)。

これに対し、本件発明は、採光及び通風が困難な部位として残っていた建物の中央部を活用する点では乙7と同様であるが、それについて従前からボイド部を設けて換気及び建物内部への採光を図って活用していた構造(この構造においてボイド部は、建物の構造の一部を構成しない空間である。)を前提に、そのような機能を有するボイド部を更に有効活用して、そのようなボイド部に立体駐車設備を設けることとしたものであって、単に建物の構造の一部である中央部分に立体駐車場設備を設けたものではない点において、乙7とは異なるものであると解することができる。

本件発明をこのように理解すると、本件発明の「ボイド部」とは、上方に開口部を有する上下方向に貫通した空間であって、各住戸の採光及び通風の機能を有するものであり、そこに設けられる立体駐車設備は、居住棟とは構造的に独立したものであると解される。そして、このように解することは、前記のような「ボイド部」の語義に関する後願明細書の各記載、「筒状の居住棟」という構成要件①の文言、前記の本件明細書及び本件発明の当初の明細書の記載に適合するものであり、このように解して初めて、本件発明と乙7とは立体駐車設備を設ける前提とする建造物のタイプが異なるといえ、本件発明について新規性及び進歩性を肯定できるものである。

オ 以上より、本件発明の「ボイド部」とは、上方に開口部を有する上下方向に貫通した空間であって、各住戸の採光及び通風の機能を有するものであると解するのが相当である。

(2)  しかるところ、本件建造物の中央部に設けられたセンターコアは、その上方が屋根スラブで塞がれており、各住戸の採光及び通風の機能を有するものではないから、本件発明の「ボイド部」に該当しないものというべきである。

2  本件発明の訂正請求に係る原告の主張立証について

(1)  なお、弁論終結後に原告から提出された甲10によれば、原告は、平成13年1月26日付で訂正請求をしたことが認められるので、念のために、この訂正請求との関係でなされた原告の主張について検討する。

(2)  甲10によれば、この訂正請求は、本件発明の特許請求の範囲を次のように訂正することを主たる内容とするものであると認められる(下線部が訂正部分である。)。

① 中央部にボイド部が上下方向に形成された筒状の居住棟を有し、

② 前記居住棟のボイド部に機械式の立体駐車設備を設け、

③ 更に前記居住棟と機械式の立体駐車設備との全境界面に亙って耐火壁を、該耐火壁により前記機械式の立体駐車設備と居住棟が防火区画された形で設けて構成した

④  機械式立体駐車設備付き建造物。

この訂正に係る本件発明(以下「訂正発明」という。)と前記乙7に記載された発明を対比すると、前記相違点AないしD以外に、次の点で相違すると認められる。

E 訂正発明では「機械式の立体駐車設備」であるのに対し、乙7では自走式の立体駐車設備である。

F 訂正発明では、「居住棟と機械式の立体駐車設備との全境界面に亙って耐火壁」が設けられているのに対し、乙7では、ワーキングスペースと駐車スペースの間は耐震壁が設けられており、耐震壁には開口が設けられている。

(3)  このうち、相違点Eについては、本件発明の特許出願当時、機械式駐車場も自走式駐車場も共に公知であり(乙7ないし10)、本件明細書(訂正前)においても記載されていたように、本件発明の目的を達成するためには機械式駐車設備によっても自走式駐車設備によっても可能であるから、駐車設備が機械式か自走式かは、訂正発明の進歩性を基礎づける相違とはいえない。

(4)  次に、相違点Fについては、先に相違点Dについて述べたところと同様のことが妥当し、防火区画を防火壁のみによってするか防火壁と防火戸によってするかは実質的な相違とはいえない。

また、訂正発明では、居住棟と立体駐車設備の全境界面に亙って耐火壁を設けることとしたため、各階の居住棟と立体駐車場設備との間は行き来ができないようになっている点で乙7とは異なるが、立体駐車場設備を機械式とした場合には、各階の居住棟と立体駐車場設備との間は行き来ができないようにするのが通常であるから、この点に特段の技術的意義があるとはいえない。

(5)  そうすると、仮に前記訂正を前提としたとしても、相違点A及びBを原告主張のように解するならば、乙7との関係で無効理由を有することになることに変わりはないから、本件発明の解釈として先に述べたところは、前記訂正を前提としたとしても何ら変わるところはないというべきである。

なお、原告は、前記訂正によって、「前記居住棟と機械式の立体駐車設備との全境界面に亙って耐火壁を」設けた場合には、駐車設備を設けた「ボイド部」は「採光、通風のための空間」ではないと主張する。しかし、前記のように、本件明細書の第1図においては、居住棟の中央に設けた空間のうち、駐車設備の上部の部分は、採光や通風のための空間として使用されているものと認められるから、「前記居住棟と機械式の立体駐車設備との全境界面に亙って耐火壁を」設けたからといって、「ボイド部」が「採光、通風のための空間」ではないとはいえない。

3  以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 安永武央)

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