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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)7920号 判決 2001年9月25日

甲・乙事件原告(丙事件被告)

木下荘二

甲事件被告(丙事件原告)

谷﨑剛

乙事件被告

坂田利夫こと地神利夫

主文

一  甲事件被告(丙事件原告)谷﨑剛及び乙事件被告地神利夫は、甲・乙事件原告(丙事件被告)木下壮二に対し、連帯して金六六万五六七二円及びこれに対する平成一二年一月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件被告地神利夫は、甲・乙事件原告(丙事件被告)木下壮二に対し、金三〇万円を支払え。

三  甲・乙事件原告(丙事件被告)木下壮二は、甲事件被告(丙事件原告)谷﨑剛に対し、金一万六二七二円及びこれに対する平成一二年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  甲・乙事件原告(丙事件被告)木下壮二及び甲事件被告(丙事件原告)谷﨑剛のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、甲乙丙事件を通じこれを一〇分し、その七を甲事件被告(丙事件原告)谷﨑剛及び乙事件被告地神利夫の負担とし、その余を甲・乙事件原告(丙事件被告)木下壮二の負担とする。

六  この判決は、第一ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

(一)  甲事件被告(丙事件原告。以下「被告」という。)谷﨑剛は、甲・乙事件原告(丙事件被告。以下「原告」という。)木下壮二に対し、金一一二万二二九四円及びこれに対する平成一二年一月九日(本件事故翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(二(一)と連帯)。

(二)  被告谷﨑は、原告に対し、金三〇万円を支払え。

二  乙事件

(一)  乙事件被告(以下「被告」という。)地神は、原告に対し、金一一二万二三四四円及びこれに対する平成一二年一月九日(本件事故翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一(一)と連帯)。

(二)  被告地神は、原告に対し、金三〇万円を支払え。

三  丙事件

原告は、被告谷﨑に対し、金四二万〇五七八円及びこれに対する平成一二年一月八日(本件事故日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告谷﨑運転の普通乗用自動車と原告運転の原動機付自転車との衝突事故につき、原告が、被告谷﨑に対しては不法行為に基づき(甲事件)、被告地神に対しては自賠法三条・民法七一五条及び名誉毀損等については不法行為に基づいて(乙事件)、損害賠償(含遅延損害金)を請求し、他方、被告谷﨑が原告に対して不法行為に基づき、損害賠償(含遅延損害金)を反訴請求している(丙事件)事案である。

一  争いのない事実等

(一)  本件事故の発生

ア 日時 平成一二年一月八日午後五時五〇分ころ

イ 場所 大阪市此花区西九条三丁目一番 福島桜島線片道二車線

ウ 被告車両 被告谷﨑所有・運転の普通乗用自動車(なにわ五〇〇さ七〇三二)。

被告地神が後部座席に同乗。

エ 原告車両 原告所有・運転の原動機付自転車(大阪市港え二〇七〇)

オ 態様 被告車両が西行車線の第二車線を東から西に向かい進行中、東に向かう目的で右に転回を開始するために、時速約五ないし一〇kmで右に転回を開始したところ、折から第二車線上を東から西に向かい進行してきた原告運転の原告車両前部に、被告車両右側面前部を衝突させた(オにつき甲二三の一ないし一三)。

(二)  原告の受傷と治療経過

原告は、本件事故により、左肘部打撲・腰痛・左肩関節痛・左膝部痛の傷害を負い、平成一二年一月一三日から同年二月一八日までの間に実通院二〇日の通院加療を要した(甲三)。

(三)  原告の中傷記事

週刊朝日の平成一二年一〇月六日号に、被告地神が本件訴訟(甲・乙事件)に関し原告のことを、「ぼくが有名人やから、大金とれると思い、訴えたんやろな。」 と述べたとする記事が掲載された(甲一六)。

二  争点

(一)  原告・被告谷﨑の過失及び過失相殺

(二)  被告地神の使用者責任・運行供用者責任

(三)  被告地神の名誉毀損等

(四)  原告の本件事故による損害額

(五)  被告谷﨑の損害額

三  原告の主張

(一)  原告が第一車線(左側車線)を進行中、前方の被告車両が原告車両の前方を塞ぐ形で第二車線(中央車線)から大きく第一車線に入り急減速したため、原告車両が右側第二車線に移り、原告は被告車両が止まると思いアクセルを踏んだところ、被告車両がUターンするため再度原告車両の進路前方に方向指示器も付けずに割り込んで来たため、原告車両は急ブレーキをかけたが被告車両に衝突した。本件事故は、被告谷﨑の右後方を安全確認しないまま第一車線から第二車線に強引にUターンのため進行した過失により発生したもので、違反歴・事故歴のある被告谷﨑の全面的過失によるものである。

(二)  被告地神は吉本興業の役者であるが、被告谷﨑を自らの弟子兼運転手として使用している使用者であり、本件事故当時自らは後部座席に乗り、弟子兼運転手の被告谷﨑を指示して急ぎの運転をさせ、被告地神の仕事先への移動を目的として被告車両を自らのために運行させていたものである。

(三)  被告地神は、本件事故直後に原告が転倒受傷しているにもかかわらず、被告車両後部座席に乗ったままで降りることもせず加害運転手被告谷﨑に命じて自らの仕事先まで運転させ、その際「なんやこの場で終わらんのか?」等と述べて原告が本件事故発生を警察に届け出ることを中止させようとし、週刊朝日の記者に対して上記一(三)記載の発言をして週刊誌上において原告を中傷したので、慰謝料として三〇万円を請求する。

(四)ア  原告の本件事故による損害は次のとおりである。

(ア) 治療費 九万七七〇〇円(含診断書作成費用)

(イ) 物損(修理費) 六万一九七一円

(ウ) 通院慰謝料 四〇万円

(エ) 休業損害 三六万二六二三円

(オ) 弁護士費用 二〇万円

イ  被告谷﨑は、受傷もしていないのに自ら故意に治療と称して通院したり、坂田師匠休んだらお前ら支払えんような大金になるぞなどと電話等で脅したりして原告の賠償請求を止めさせようとし、また、事故状況について被告車両が右折ウィンカーを出したとか右側中央線を走行していたとか虚偽の事実を述べ、事故が原告の一方的過失で生じたかの如き弁解を続け、故意による悪質な不当抗争行為を行っているので、本件事故とは別個の不法行為として慰謝料三〇万円を請求する。

(五)  被告車両のドア上部の凹みは本件事故前からのものであると思われる。被告地神は、マスコミの取材に対して本件事故の衝突をコツンという感じであったと述べているし、乙六の日付は一月二〇日となっている。

四  被告らの主張

(一)  右側中央車線(第二車線)を時速二、三〇kmで走行していた被告車両が、ルームミラーで後方安全確認をして右ウィンカーを出し、中央分離帯の途切れた箇所でUターンするために減速しハンドルを一旦少し左に切ってからすぐに右に切り返してUターン態勢に入り、ほとんど一旦停止の状態になったところ、同じく第二車線を時速五、六〇kmで走行してきた原告車両が、原告の前方不注視の過失により被告車両の発見が遅れたため停止できないまま、被告車両の右前ドア側面に追突した。

(二)  被告谷﨑は被告地神が使用する運転手ではなく約三年前からの弟子であり、雇用関係・指揮監督関係、金銭のやりとりもなく、被告地神が被告谷﨑に芸の指導をする代わりに被告谷﨑が被告地神の身の回りの世話をする程度で、お互い仕事を離れれば単に仲のよい友達であるという関係に過ぎない。師匠である被告地神は本件事故現場から約四〇m東方にある健康食品会社で青汁を買って自宅へ帰る途中であり、私用のためたまたま被告谷﨑の好意でその所有する被告車両に乗車したにすぎない。

(三)  被告地神は、週刊朝日の記者に対して、上記一(三)記載の発言をした事実はない。被告地神は、この記事を見て驚き、直ぐに東京の週刊朝日編集部に架電して、抗議し訂正するように申し入れたが、週刊朝日は訂正に応じなかった。

(四)  原告の損害は不知。

(五)  被告谷﨑は、本件事故により頸椎捻挫・腰椎捻挫の傷害を負い、鍼灸院における四日間のマッサージ治療、病院における頸部X線検査を要したので、その損害は、次のとおりである。

ア 治療費 五万五六〇〇円

イ 車両修理費 一三万二七二〇円

ウ 通院慰謝料 三万二二五八円

エ 弁護士費用 二〇万円

第三争点に対する判断

一  争点一(原告・被告谷﨑の過失及び過失相殺)について

(一)  争いのない事実等、証拠(甲八ないし一二、一三の一・二、一四、一五、二一、二二、二三の一ないし一三、二四ないし三〇、乙二、四の一ないし四、九、一〇の一ないし七、一一、一四の一ないし三、原告・被告谷﨑・被告地神各本人、弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

ア 被告車両は、本件事故現場の約三〇m東方で片道二車線の福島桜島線に接する南側道路から福島桜島線(制限速度五〇km)に進出して、西行車線の第二車線(中央車線、幅員三m)に入り、ゆっくりした二、三〇kmの速度で先ず西に進路を取った。なお、同車両は、後部全体にスモークと呼ばれる黒色のシールドを貼っていた。

イ 被告車両が西に向かって進行を開始して直ぐに、被告谷﨑は今度は福島桜島線の対向車線を東に向かう目的から、本件事故現場付近の中央分離帯の途切れた箇所で右に転回(Uターン)するために、被告車両を先ず第一車線(左側車線、幅員四m)上に進出させた後、時速約五ないし一〇kmで右に転回を開始したが、その際に右後方の第二車線上を進行してくる車両の有無及びその安全を十分に確認することを怠った。

ウ 原告は、当初は被告車両の左後方約二〇mの地点の第一車線上を東から西に向かい時速約四〇kmで進行したが、被告車両が方向指示器を出すことなく第二車線から第一車線上に進出し減速したため、被告車両が駐車するものと考えこれを避けて原告車両を第二車線に移動させてアクセルを踏んだところ、折から被告車両が右転回するため再度原告車両の進路前方の第二車線に方向指示器を出さずに転回して来たため、原告車両は被告車両から約七m後方で急ブレーキをかけたがバランスを失って転倒し、右側を下にして滑走しながら原告車両前部が被告車両右側面前部に衝突した。

(二)  前項の認定に対し、被告らは、被告車両は後方安全確認をして右ウィンカーを出し、ハンドルを少し左に切っただけであると主張し、それに副うかのような供述をする。

しかしながら、有罪の確定した被告谷﨑に対する略式命令手続では、被告谷﨑は、同被告が第二車線から第一車線に進出した上、右後方の車両の有無及びその安全を十分に確認することを怠ったとの業務上過失傷害の事実を争うことなく罰金一二万円を支払っていること(甲一三の一・二、二三の一ないし一三)、被告谷﨑は捜査段階で右ウィンカーを出したと主張していたところ、検察官から実験の結果右ウィンカーを出してもその後左にハンドルを切ることにより同合図が消えることを指摘され、左にハンドルを切ったときに同被告は合図が消えないように方向指示器を押さえていたといかにも不自然な弁解をするなど、その供述内容は種々変遷し、不合理かつあいまいであることなどを考えると、被告谷﨑の供述は措信しがたく、被告らの主張は採用できない。

(三)  上記認定によれば、被告谷﨑には後方安全確認懈怠及び方向指示器による合図懈怠という重大な過失があり、他方原告には安易に被告車両が停止するものと軽信し前方の安全確認を尽くすことなく加速した過失があるものと認められるが、諸般の事情を総合考慮すると、被告谷﨑と原告の過失割合は九対一と認定するのが相当である。

したがって、被告谷﨑は原告に対し、原告は被告谷﨑に対し、自賠法三条(人損のみにつき)及び不法行為に基づき、上記過失割合に応じて、本件事故により相手方に生じた損害を賠償する義務がある。

二  争点二(被告地神の使用者責任・運行供用者責任)について

(一)  証拠(甲一六、三五ないし五八、乙九、丙一、被告谷﨑・被告地神各本人、弁論の全趣旨)によれば、被告地神は吉本興業株式会社所属のタレントで古くからかなり名の売れた芸人であるところ、被告谷﨑も吉本興業株式会社所属のタレントで約三年前から被告地神とは師匠と弟子の関係にあり、雇用契約書を作成しているわけではなく、賃金や報酬等のやりとりもないが、被告地神が被告谷﨑に芸の指導をする代わりに、被告谷﨑が師匠である被告地神の弟子として仕事や日常生活上の身の回りの世話をする関係にあること、本件事故当日は、普段被告地神の運転手役を務める被告谷﨑の仕事上の相方である石山彰(被告地神とは同様に師弟関係にある。)が法事で休んだため、被告谷﨑がその代わりに被告地神の運転手役を務めて、被告地神をその仕事の入っていた奈良まで送っていった後、被告地神が本件事故現場から約四〇m東方にある健康食品会社で青汁を買って自宅へ帰るため、被告地神が被告谷﨑に指示して被告谷﨑の所有する被告車両を運転させて同車に同乗していたものであること、被告谷﨑自身は被告地神の専用運転手ではないが、本件事故前に十数回ほど師匠のために運転手役を務めて被告車両を運転したことがあること、被告地神は自宅のマンションにベンツを所有しているが自らは運転免許を有していないので、ベンツに乗車するときには本件事故のころは通常は被告地神の弟子である上記石山に運転手役を務めさせ、石山がいないときなどは被告地神の近くに住む被告谷﨑に被告車両(しばしば被告地神のマンションに駐車している。)を被告地神のために運転させることがあったことが認められる。

(二)  自賠法三条の運行供用者とは、当該自動車の運行支配と運行利益が帰属する者をいい、この運行支配は事実上の支配で足りると解されるところ、被告地神は、被告車両につき、被告谷﨑との師弟関係を通じてその運行を支配しかつその利益を得ていたものというべきであるから、運行供用者に該当する。また、民法七一五条の使用関係とは、営利事業だけでなく、非営利的ないし家庭的・消費生活的な仕事に関し、一方が他方を実質的に指揮監督して仕事をさせるという関係があれば足りるのであるから、被告地神は師匠として被告谷﨑が弟子として運転するに付きなした不法行為について使用者責任を負うものといわなければならない。

したがって、いずれにしても、被告地神は原告に対して、本件事故により原告に生じた損害を、被告谷﨑と(不真正)連帯して賠償する義務がある(自賠法による責任は人損についてのみ)。

三  争点三(被告地神の名誉毀損等)について

(一)  原告は、被告地神は、本件事故直後に原告が転倒受傷しているにもかかわらず被告車両後部座席に乗ったままで降りることもせず、加害運転手である被告谷﨑に命じて自らの仕事先まで運転させ、その際「なんやこの場で終わらんのか?」等と述べて原告が本件事故発生を警察に届け出ることを中止させようとしたと主張する。

しかしながら、原告の主張は、それが事実であったとしても、原告に対して非礼ではあるが、直ちに公序良俗に反する違法な不法行為に該当するとはいえない。このような事情は、本件事故による損害賠償の慰謝料の中で斟酌すれば足りる。

(二)ア  争いのない事実等、証拠(甲一六、五九、証人今西憲之、被告地神本人、弁論の全趣旨)によれば、週刊朝日の平成一二年一〇月六日号に、被告地神が本件訴訟(甲・乙事件)に関し原告のことを、「ぼくが有名人やから、大金とれると思い、訴えたんやろな。」と述べたとする記事が掲載されたこと、これは被告地神が取材に訪れた週刊朝日の嘱託記者である今西憲之に対して、同被告が述べたことが週刊朝日の記事になるかもしれないことを十分に認識しながら語ったもので、その語ったとおり上記のように記事になったことが認められる。

これに関して被告地神は、今西憲之に対してこのような発言をしたことはないと主張しその旨供述するが、今西憲之は週刊朝日の嘱託記者を一〇年以上継続して行っており、その証言は原告と被告地神とのいずれとも利害関係のない第三者の発言であり、ことさら原告の名誉を毀損し被告地神を陥れ週刊朝日を損害賠償の被告にする危険性のある虚偽の記事を書かなければならない理由が見当たらないこと、当該記事の他の記載部分に照らしても、今西憲之はメモ等の記録に基づいて正確に記事を作成しており、被告地神から記事について抗議があった際にも、取材記録を週刊朝日の編集長に見せて記事の正確性を確認した上で記事の訂正に応じないことを編集長と今西憲之が協議して決定したことが認められるのであるから(証人今西憲之、被告地神本人)、被告地神の供述及び主張は採用できない。

イ  前記認定にかかる被告地神の週刊朝日への発言は、原告が本件事故に関し同被告に対して何らの正当な権利がないにもかかわらず、同被告が有名人であり大金が取れると原告が考えて本件訴訟(甲・乙事件)を不当に提起したものであるとの事実を摘示して、品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について原告が社会から受ける客観的評価を低下させたものであり、原告の名誉を毀損する不法行為に該当するものであるといわなければならない。

そして、上記記事が週刊朝日という発行部数の極めて多いマスメディアに掲載されたものであり、これにより原告の社会的評価が相当程度低下させられたものと考えられること、原告が客商売をしていることや、その記事の内容やその他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告が被告地神の不法行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料額は、三〇万円をもって相当というべきであるから、被告地神は原告に対し名誉毀損の不法行為に基づき三〇万円を賠償する義務がある。なお、この名誉毀損の不法行為は原告の社会的評価という人格権を保護法益とするものであり、身体・所有権を保護法益とする本件事故による不法行為とは別個の訴訟物を構成する。

四  争点四(原告の本件事故による損害額)について

(一)  治療費 九万七七〇〇円

原告は、本件事故による左肘部打撲・腰痛・左肩関節痛・左膝部痛の傷害の治療のために九万七七〇〇円(含診断書作成費用)を要したことが認められ、その治療経過や治療内容等に照らしても特段の不自然な点は見当たらない(甲四、五、原告本人)。

(二)  物損(修理費) 六万一九七一円

原告は、本件事故による原告車両の修理のために六万一九七一円を要したことが認められる(甲六、二四ないし二七)。

(三)  通院慰謝料 三〇万円

原告は、被告谷﨑が、受傷していないのに故意に治療と称して通院したり、電話等で脅したりして原告の賠償請求を止めさせようとし、また、事故状況について虚偽の事実を述べ、故意による悪質な不当抗争行為を行っているので、本件事故による不法行為とは別個の不法行為として慰謝料三〇万円を請求すると主張するが、これらは社会的事実を同じくする同一の訴訟物であると認められるので、本件事故による不法行為の中で斟酌することとする。そして、被告谷﨑の通院の件は、後記五(一)に判示するとおり本件事故とは相当因果関係が認められないが、痛みを感じて通院したとの主張自体が虚偽、架空のものとは直ちに断定しがたく、電話等で脅したとの点も、その交渉方法が任意の交渉の範囲を大きく逸脱した公序良俗に反する違法なものであるとにわかに認めるに足りる客観的な証拠は存しないし、被告車両が右折ウィンカーを出したとの点は、その後左にハンドルを切ることにより右折合図が消えた可能性も否定しがたいところである(被告谷﨑本人参照)。

ただし、被告谷﨑は、捜査段階及び本件訴訟を通じて本件事故が原告の一方的過失で生じたかの如き不自然な弁解をするなど原告に対し不誠実な点があるので、これらの点を慰謝料の斟酌事由とすることとし、本件事故の態様、原告の負傷内容・程度、通院の経過など一切の事情を考慮して、通院慰謝料として三〇万円を相当と認める。

(四)  休業損害 二一万三二九八円

原告は、本件事故による傷害のために、原告経営のうどん・居酒屋「壮ちゃん」の営業時間を短縮せざるをえなくなり、これにより平成一一年一、二月の粗利益六一万九九二三円、七八万四七六九円が、平成一二年一、二月には五〇万八五八二円、 七〇万二八一二円となったので、一九万三二九八円の粗利益を喪失したものと認められる(甲一九・二〇の各一・二)。また、原告の通院日にパートタイマーに時給一〇〇〇円で一日一時間の残業を余分に要したので、二万円の損失を生じたことが認められる(甲一七、一八)。そして、これら休業損害は、原告が、本件事故により、左肘部打撲・腰痛・左肩関節痛・左膝部痛の傷害を負い、平成一二年一月一三日から同年二月一八日までの間に実通院二〇日の通院加療を要したことに照らすと決して不自然なものとはいえない(甲三、四)。

(五)  過失相殺後の賠償請求権 六〇万五六七二円

したがって、上記損害額計は六七万二九六九円となるところ、一割の過失相殺をすると六〇万五六七二円(円未満切捨て)となる。

(六)  弁護士費用 六万円

本件訴訟の事案の難易、訴訟物の価額、認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、被告谷﨑の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては、六万円をもって相当と判断する。

したがって、被告谷﨑は被告地神と(不真正)連帯して、原告に対し、上記合計六六万五六七二円及びこれに対する民法所定の遅延損害金を支払う義務がある。

五  争点五(被告谷﨑の損害額)について

(一)  治療費 〇円

本件事故は、被告谷﨑運転の普通乗用自動車と原告運転の原動機付自転車との衝突事故であり、原動機付自転車の運転手が軽傷で済んだこのような事故(被告地神も本件事故による衝撃はなかったと供述する。)によって普通乗用自動車の運転手が傷害を負うことはまれであると考えられること、本件事故は警察で当初は物損事故として処理されていたが、原告は本件事故による傷害の痛みが激しくなる一方で、被告谷﨑から被告車両の修理代金等を請求されたこともあって、ちやんと治療し人身事故にして白黒をつけようと決意し、本件事故から五日後の平成一二年一月一三日に医師の診察を受けるようになったところ、これを聞いた被告谷﨑は同月一四日に初めて鍼灸治療院を訪れ、更に本件事故から一二日後の同月二〇日になって初めて医師の診察を受け、同医院ではX線検査を行っただけで全く何の治療もしていないこと(甲三ないし五、一五、二三の七、乙三、五ないし七、九、原告・被告谷﨑各本人)などを考えると、たとえ被告谷﨑に痛みがあったとしても、本件事故との相当因果関係の存する受傷があったとまでは認められない。

(二)  車両修理費 一三万二七二〇円

被告車両の修理には、FフェンダーRHペイント技術料等を除き一三万二七二〇円を要したことが認められる(乙四の一ないし四、八、一三、 一五)。原告は被告車両のドア上部の凹みは本件事故前からのものであると主張するが、事故態様からして、同所に損傷が生じることは必ずしも不合理ではないと考えられるので(被告谷﨑本人)、その主張は採用できない。

(三)  通院慰謝料 〇円

上記(一)に判示したとおり損害として認められない。

(四)  過失相殺後の賠償請求権 一万三二七二円

上記損害額一三万二七二〇円に九割の過失相殺をすると一万三二七二円となる。

(五)  弁護士費用 三〇〇〇円

本件訴訟の事案の難易、訴訟物の価額、認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、原告の不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては、三〇〇〇円をもって相当と判断する。

したがって、原告は被告谷﨑に対し、一万六二七二円及びこれに対する民法所定の遅延損害金を支払う義務がある。

六  結論

以上によれば、原告、被告谷﨑の甲・乙・丙事件についての各請求は、主文第一ないし第三項掲記の限度で理由があるがその余は理由がない。

(裁判官 坂本倫城)

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