大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

大阪地方裁判所 平成12年(ワ)9095号 判決 2000年11月08日

原告

藤林良清

ほか二名

被告

日本火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  被告は、原告藤林みつ子に対し、金八六〇万三五二二円及びこれに対する平成一〇年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告藤林良清に対し、金三八二万五七六一円及びこれに対する平成一〇年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告中島正昭に対し、金三八二万五七六一円及びこれに対する平成一〇年一〇月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告ら(次の交通事故により死亡した藤林春雄の妻及び子)が、自動車損害賠償責任保険の保険会社である被告に対し、被告が原告らの自動車損害賠償保障法一六条に基づく被害者請求に対しその支払を無責であるとして拒絶したことは、加害者に対する損害賠償請求訴訟により加害者有責との判決が確定したことから誤りであったことが確定し、もともと被害者請求に対し支払をすべきものであった、そうすれば、自賠責保険の損害額査定の実務(自動車損害賠償責任保険査定要項、同実施要領による)により算定される損害額は右損害賠償の認容額を超えるから、その差額を被告は支払うべきである、すなわち、被害者請求に対し査定要綱等により支払った場合には、その後に加害者に対する損害賠償請求訴訟において、認容額が支払った額を下回った場合においても、その差額について保険会社が被害者に対し返還を求めることはなく、保険会社が被害者請求に対し支払を拒絶した場合においては、拒絶の理由が誤っていた場合においても査定要綱等により査定された損害額の支払を受けられないのは不合理であり、自動車損害賠償保障法一六条に基づく請求権は、加害者に対する損害賠償請求権とは独立して、右査定損害額の請求権として成立しているとして、右請求権に基づき査定損害額と加害者に対する損害賠償請求訴訟による認容額との差額及び被害者請求の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1(本件事故)

次の交通事故により亡藤林春雄(以下「亡春雄」という。)が死亡した。

(一)  日時 平成一〇年七月一二日午前六時三〇分ころ

(二)  場所 兵庫県養父郡八鹿町八鹿三九六番地の一先路上

(三)  加害車両 上野山博之(以下「上野山」という。)運転の普通乗用自動車(大阪三四ふ五一七七)

(四)  被害車両 亡春雄運転の自動二輪車(関宮町い七七一)

(五)  態様 被害車両がセンターラインを越え、対向してきた加害車両と衝突し、亡春雄が死亡したもの

2(相続)

原告藤林みつ子は亡春雄の妻、原告藤林良清及び原告中島正昭はいずれも亡春雄の子である。

3(自賠責保険契約)

被告は、本件事故当時、加害車両についての自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)の保険会社であった。

4(原告らによる自賠責保険被害者請求の結果)

原告らは被告に対し、平成一〇年一〇月二九日、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条に基づく請求をしたが、被告は、本件事故について上野山は無責であるとして支払に応じず、原告らの異議申立に対しても、右結論を変更しなかった。

5(上野山に対する損害賠償請求訴訟)

原告らは、上野山を被告として大阪地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し(平成一一年(ワ)第五三九九号)、同裁判所は、平成一一年一一月二四日原告らの一部勝訴判決(過失相殺による九〇パーセント減額)を言い渡し、同判決は確定した(以下「別件判決」という。)。

原告らは、右の判決により、次のとおりの支払を受けた。

原告藤林みつ子 一一九万九九七八円

原告藤林良清 一〇七万五九八九円

原告中島正昭 一〇七万五九八九円

二  争点

自賠法一六条に基づく損害賠償請求権は、別件判決(加害者に対する損害賠償請求訴訟)による認容額の弁済により消滅するか否か

1  原告ら

(一) 自賠責保険の支払実務

(1) 自賠責保険は、その支払については、自動車損害賠償責任保険損害査定要綱、同実施要領(以下「査定要綱」、「実施要領」という。)によりその実務を行っている。(争いがない。)

査定要綱は、保険業法四条二項の事業方法書の一部として金融再生委員会の認可事項であり、実施要領は、各保険会社が定めるものであるが、現実には自動車保険料率算定会が各社統一のものを定め、その傘下の調査事務所がこれを運用、査定している。(争いがない。)

(2) 査定要綱によれば、被害者に重大な過失がある場合には減額を行うものとし、実施要領では、死亡の場合はその割合を二〇、三〇、五〇パーセントの三段階とされている。(争いがない。)

しかし、実務上五〇パーセントの減額はほとんどなく、本件事故も有責とされれば、多くても三〇パーセント減額に止まったことは確実である。

(3) 自賠責保険金の支払後、裁判が行われ、判決の結果、無責あるいは自賠責保険の支払額より低額の損害額が認定された場合、自賠責保険の現行実務では過払い分の返還請求は全く行わない。

(二) 自賠法一六条の請求権

原告らの上野山に対する損害賠償請求権と自賠法一六条に基づく請求権とは別個独立の権利であり、原告らは、本来自賠責保険の実務で支払われるべき金員の支払を求める権利がある。

(三) 自賠責保険金の額

(1) 亡春雄は、死亡当時六九歳で、有職の男子で一家の支柱であったから査定要綱による積算によれば、損害額は二八〇一万円であり(争いがない。)、三〇パーセントの過失相殺後の支払額は一九六〇万七〇〇〇円である。

(2) 原告らの相続分は次のとおりとなる。

原告藤林みつ子 九八〇万三五〇〇円

原告藤林良清 四九〇万一七五〇円

原告中島正昭 四九〇万一七五〇円

(3) 別件判決による支払額を控除すると、原告らの請求権の残額は次のとおりとなる。

原告藤林みつ子 八六〇万三五二二円

原告藤林良清 三八二万五七六一円

原告中島正昭 三八二万五七六一円

2  被告

(一) 自賠法一六条一項に基づく直接請求権すなわち被害者請求権は、加害者の保険金請求権の存在が前提となるものであることは、責任保険制度を前提とした規定である以上、疑う余地のないところである。

この保険金請求の内容は、自賠法一一条一項でも明らかなように、加害者の損害賠償義務(保有者の場合は自賠法三条の運行供用者責任、運転者の場合は民法七〇九条による不法行為責任によるもの)の存在を損害てん補(保険金支払)の対象としたものと考えざるを得ない。

そうであれば、被害者請求権は、損害賠償請求権に基づき発生し、それが存在する限りにおいて認められるべきものである。

(二) 査定要綱ないしは実施要領が、右損害賠償請求権の内容を定める根拠とはならない。

査定要綱は、保険業法に基づく認可手続において提出を要求される事業方法書の一部をなすものに過ぎず、あくまでも行政的観点から保険会社の運営の適正さを確保する目的で定められるものであり、保険会社と直接の契約関係のない被害者の民事上の損害賠償請求権の内容を定める効果があるはずもないし、また、そのような効果を認めるのは極めて不相当というほかない。

仮に、査定要綱に債権発生の法的効果を与えるのであれば、被害者は、いかに多額の損害賠償請求権を有していたとしても、保険会社に対しては、査定要綱に基づき算定される金額を超える請求をすることはできなくなり、このような説は、判例においても認められていない。

また、実際の損害賠償請求権よりも査定要綱に基づき算定される金額が多い場合にのみ査定要綱に基づいた権利が発生するというのであれば、極めて恣意的な論理と言わざるを得ないし、そのような特殊な法的効果をもたらす論拠が見出せるとは思えない。

(三) 以上のとおり、被害者請求権は、加害者に対する損害賠償請求権が存在する限り、また、その金額の限度でかつ保険金額の範囲内で認められるべきものであるところ、原告らの加害者に対する損害賠償請求権は、別件判決で認容された金額を超えては存在しない。

この金額については、加害者が既に弁済をしており、原告らの加害者に対する損害賠償請求権は弁済により消滅している。

したがって、原告らの被告に対する被害者請求権も存在しなくなったというほかない。

第三判断

一  自賠法一六条一項に基づく請求権と加害者に対する損害賠償請求権との関係

1  自賠法一六条(保険会社に対する損害賠償額の請求)は、一項において、「(自賠法)第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。」と、二項において、「被保険者が被害者に損害の賠償をした場合において、保険会社が被保険者に対してその損害をてん補したときは、保険会社は、そのてん補した金額の限度において、被害者に対する前項の義務を免れる。」と、三項において、「第一項の規定により保険会社が被害者に対して損害賠償額の支払をしたときは、保険契約者又は被保険者の悪意によって損害が生じた場合を除き、保険会社が、責任保険の契約に基づき被保険者に対してその損害をてん補したものとみなす。」と、規定している。

また、自賠法一一条(責任保険及び責任共済の契約)一項は、「責任保険の契約は、第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生した場合において、これによる保有者の損害及び運転者もその被害者に対して損害賠償の責任を負うべきときのこれによる運転者の損害を保険会社がてん補することを約し、保険契約者が保険会社に保険料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」と規定している。

2  右自賠法の規定からして、同法一六条一項による被害者の保険会社に対する直接請求権(以下「直接請求権」という。)は、被害者の加害者に対する損害賠償請求権とは、請求権の発生要件の相違、その額(直接請求権は政令で定められる保険金額を限度とする。)、付遅滞の始期(損害賠償請求権は不法行為の日からであるが、直接請求権は支払請求の日の翌日から)等において異なる別個独立のものとして併存するものではあるが、自動車損害賠償責任保険が保有者の被害者に対する損害賠償責任によって被る損害をてん補することを目的とする責任保険であり(自賠法一一条一項)、被保険者が被害者に損害賠償をし、保険会社が被保険者に対しその損害をてん補した場合は、そのてん補額の限度で直接請求権の支払義務を免れ(同法一六条二項)、保険会社が被害者に対し直接請求権に基づく支払をした場合には、その支払は責任保険に基づく被保険者に対する損害てん補とみなされる(同法一六条三項)のであるから、直接請求権は、被害者が保有者に対して損害賠償請求権を有していることを前提とし、その損害賠償請求権の額及び保険金額を限度として、被害者の損害賠償請求権の行使を円滑かつ確実なものとするため、右損害賠償請求権行使の補完的手段として認められるものである。

3  したがって、加害者に対する損害賠償請求権が弁済により消滅した場合においては、被害者は直接請求権を失うものというほかない。

本件においては、原告らは加害者である上野山に対し、損害賠償請求訴訟を提起し、一部勝訴判決(別件判決)を得て、その認容額の支払を受けたのであるから、加害者に対する損害賠償請求権は弁済により消滅し、その損害賠償請求権を補完する直接請求権も消滅しており、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

4  なお、自賠責保険において損害額の査定が査定要項等によってなされているが、これは自賠責保険における支払を公平、適正に運用するためになされているものであって、被害者の加害者に対する損害賠償請求権の内容を規定するものではないのはもちろん、直接請求権の額を法的に規定するものでもない(直接請求権に基づき保険会社に対しその支払を求めた場合、裁判所は、損害賠償請求権の限度でかつ保険金額の範囲内での認容判決をすることができ、これは査定要項等による算定される損害額に拘束されることはない。)から、査定要項等により算定された額についての直接請求権が成立しているということもできない。

5  また、直接請求権に対し保険会社からの支払がなされた後、加害者に対する損害賠償請求訴訟において右支払額より低額の損害額が判決により認定された場合に、保険会社は被害者に対しその差額の返還を求めていないとしても、それは自賠責保険の運用の問題であって、直接請求権の内容、効果に影響するものとはいえない。

二  証拠(甲四)によれば、別件判決は、被害車両が道路の中央線を越えて対向車線側に進入した過失により本件事故が発生したと認定し、右事故は基本的に亡春雄の過失により発生したものではあるが、上野山としても、中央線に接近してくる被害車両に対し、警笛を鳴らすなどして運転者である亡春雄に対して注意を喚起しておれば、本件事故の発生を回避し、あるいは損害の拡大を防ぐ余地もわずかではあるがあったとして、その限りで上野山の損害賠償責任を肯定し、亡春雄と上野山の過失割合を九対一と判断していることが認められ、右事故態様からすると、被告が、原告らの直接請求権の行使に対し、上野山の無責を理由にその支払を拒絶したことは、その判断が裁判所のいれるところとはならなかったとはいえ、特段に不合理な対応とまではいえない。

三  以上の次第で、原告らの請求は理由がない。

(裁判官 吉波佳希)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例