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大阪地方裁判所 平成12年(ワ)9147号 判決 2001年7月03日

原告

コータケ建築設計事務所こと高武主計

被告

片岡淳美

主文

一  被告は、原告に対し、金四五四万七〇〇〇円及び内金四一四万七〇〇〇円に対する平成一一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一八三〇万五一二〇円及び内金一七五〇万五一二〇円(弁護士費用を除いた金額)に対する平成一一年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、民法七〇九条に基づいて、被告との間で発生した交通事故により被った損害の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

(一)  原告と被告との間で下記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成一一年一月二六日午後六時三〇分ころ

場所 大阪市西区立売堀四丁目一一番一一号先路上

被告車両 普通貨物自動車 奈良四三〇さ一三五二

運転者 被告

態様 被告は、被告車両を運転し、前記場所所在の信号機による交通整理の行われている交差点を対面青色信号の表示に従い右折しようとして、同交差点中心付近で一時停止した後、発進して右折進行するに当たり、右折先の交差点出口に設置されていた横断歩道を横断する歩行者等の有無及び安全を確認することなく時速約二〇キロメートルで進行した過失により、同横断歩道上を青色信号に従い右から左に横断中の原告運転の自転車を右前方約五・一メートルの地点に発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、同自転車に被告車両前部を衝突させて原告を路上に転倒させたもの(甲第四号証の一ないし九)。

(二)  原告は、本件事故により、頭部打撲、頭部外傷Ⅱ型、前頭部挫傷、左足脛骨遠位端骨折、左腓骨幹部骨折、左肩打撲挫傷、胸部打撲の傷害を受けた。

(三)  原告は、上記傷害の治療のため、首藤病院及び日生病院において、下記のとおり入通院して治療を受けた(弁論の全趣旨)。

ア 平成一一年一月二六日~同年四月一〇日 入院(七五日間)

イ 同年四月一一日~平成一二年三月五日 通院(二三五日間)

ウ 平成一二年三月六日~同月一九日 入院(一四日間)

二  争点

本件の争点は、原告の具体的損害額、特に休業損害及び損益相殺である。

(原告の主張する損害等)

(一) 治療関係費 八〇万七四七〇円

(二) 付添看護費 三五万六〇〇〇円

上記入院期間中、近親者が看護したことによる損害を日額四〇〇〇円として計算した。

(三) 入院雑費 九万七〇〇〇円

上記入院期間中の雑費を、概ね日額一一〇〇円として計算した。

(四) 補助装具代 一〇万八九七四円

(五) 休業損害 一五〇〇万〇〇〇〇円

原告は、建築設計事務所を自営し、建築設計・監理等の業務を行っていたものであるところ、本件事故で受傷したことにより、事業の発注が年間で最も集中する平成一一年二月から五月ころまでの期間、稼働することができず、原告の業務は設計段階から完成に至るまで、一貫して行う必要があり、かつ、代替性がないため、受注していた契約の解約を余儀なくされたり、契約できるはずの顧客を逃したりして、平成一一年度の収入が激減し、手持ちの株式を売却した処分益一一四五万七八八〇円をもって事務所経営の経費を補わなければならなかった。上記事情に鑑みれば、原告の休業損害は一五〇〇万円が相当である。

(六) 入通院慰謝料 三〇〇万〇〇〇〇円

原告は、左足脛骨を粉砕骨折し、入院中、手術中は激しい痛みを伴っていたことに加え、二度目の手術で補強金物を除去した後も、足首にはしびれが残り、わずかに跛行しており、長時間の歩行は困難な状態であること等に鑑みれば、慰謝料は上記金額が相当である。

(七) 弁護士費用 八〇万〇〇〇〇円

(八) 損益相殺

原告が、被告及びその加入する保険会社から合計二五八万七四一四円を受領したが、その内七〇万三〇九〇円は被告本人から贈与の主旨で受領したものであったから、損益相殺の対象とすべきではない。

(被告の主張)

(一) 被告(加入の保険会社)は、原告の治療関係費として合計八三万六九七〇円を各病院に対して支払済みである。

(二) 原告の傷害程度はそれほど重大とはいえず、平成一一年二月三日に日生病院に転院後は、同病院が完全看護の体制であったことからすれば、付添看護の必要性は認められない。また、二度目の入院は、補助金物を抜き取るための入院であったから、付添看護の必要性はない。

(三) 原告の休業損害は、前年度の確定申告額を基礎として、就労不能期間に応じて計算すべきところ、事故前年の原告の事業所得は赤字申告であったから、原則として原告には休業損害が発生していないものというべきである。原告は、業務が年間を通じて特定の時期に集中することや、設計監理の一貫性、非代替性等の特殊性を主張するが、かかる事情があったとしても、特殊な損害計算をすべきであるとはいえない。原告の主張する途中解約や顧客の流出には本件事故との因果関係が認められず、また、株式の売却事実が直ちに休業損害の発生を推認させるものでもない。

(四) 原告には後遺障害が発生しておらず、入院期間からすれば、慰謝料としては一〇〇万円が相当である。

(五) 被告及び被告加入の保険会社は、本件事故による原告の損害の填補として合計二九四万五九四四円を支払った。内、被告が直接原告に支払ったのは八九万円であるが、これは損害の填補として支払ったものであるから、全額が損益相殺の対象とされるべきである。

第三争点に対する判断

一  原告の損害(弁護士費用を除く)

(一)  治療関係費 八三万六九七〇円

乙第二号証、第三号証の一ないし六及び弁論の全趣旨によれば、原告の治療費は、被告主張のとおり合計八三万六九七〇円であったことが認められる。

(二)  付添看護費 三〇万〇〇〇〇円

証人高武君子、原告本人によれば、原告の前記入院期間中、妻である証人高武君子がほぼ全日付き添って看護に当たったこと、平成一一年二月三日に転院した日生病院は完全看護体制であったが、入院期間中、痛みや身体の不自由を訴え、病院で出される食事をほとんど受け付けなかった原告のために、証人高武君子が付き添う必要があったこと、同病院への二度目の入院(平成一二年三月六日~同月一九日)は、補助金物を抜き取るための入院であったことが認められる。

上記事実によれば、原告の入院期間中、平成一一年一月二六日から同年四月一〇日までの入院期間については、本件事故後継続しての入院であり、本件事故による受傷内容や手術による体力低下等を考慮すれば、転院した日生病院は完全看護体制の病院であったとはいえ、その全期間につき付添の必要性があったものと認めるのが相当であるが、同病院への二度目の入院については、前回の退院時から約一一か月経過後に、補助金物の摘出のためだけに入院したものであることからすれば、特段、親族による付添の必要性は認めがたいものというべきである。そこで、妻による看護費用を請求どおり日額四〇〇〇円として、平成一一年一月二六日から同年四月一〇日まで七五日間の入院期間につき看護費用を計算すると、三〇万円となる。

(三)  入院雑費 九万七〇〇〇円

原告の入院雑費については、二度の入院期間の合計八九日間を通じて、請求どおり概ね日額一一〇〇円を要したものと認めるのが相当であるから、請求どおり九万七〇〇〇円の限度で損害と認める。

(四)  補助装具代 一〇万八九七四円

乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告の補助装具代として一〇万八九七四円を要したことが認められる。

(五)  休業損害 三七五万〇〇〇〇円

甲第三号証の一ないし三、第五号証ないし第九号証、乙第一号証、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、原告は、建築設計事務所を自営し、建築設計・監理等の業務を行っていたものであり、平成九年度(平成一〇年三月申告)には三八一万二八四〇円の事業所得があったが、平成一〇年度(平成一一年三月申告)は四八五万三五六三円、平成一一年度(平成一二年二月申告)は七二一万八一九八円の各事業損失があった旨を申告していること、原告は、いずれも平成一一年三月ないし四月ころ着工を予定していたRAMESH・J・JHAVERI邸(以下「ジャベリ邸」という。)及びDINESH・M・ZAVERI邸(以下「ザベリ邸」という。)の新築工事の設計・監理委託契約につき、本件事故が原因で建築現場に立ち会って工事を監理することができなくなったことを原因として、ジャベリ邸の契約に関しては、平成一一年六月二〇日、設計監理契約金五〇〇万円中、設計料二五〇万円のみを受領し、残額を受領できないまま契約を合意解除せざるを得なくなり、ザベリ邸の契約に関しては、平成一一年九月一八日、設計監理契約金五〇〇万円中、設計料三七五万円のみを受領し、残額を受領できないまま契約を合意解除せざるを得なくなったが、解除合意書には、注文主の了承を得て、真実の解除原因は記載しなかったこと、原告は、平成九年ころから施主の訴外綾仁加との間で契約締結の交渉を重ね、平成一一年二月ころには設計料一〇〇〇万円で契約締結の予定だった綾仁マンション新築工事につき、建築資金の融資先の紹介等を進めていたが、本件事故後、施主側において、融資を受けることをためらうなどしたため、結局、契約締結には至らなかったこと、原告は、入院中の平成一一年二月ころ、知人の訴外西正治から、同人の知人の会社社長に工場の建て替え計画があり、原告に設計監理を委託したい希望がある旨の紹介を受けたがこれを断らざるを得なかったことの各事実を認めることができる。

上記事実に基づいて判断すると、まず、ジャベリ邸及びザベリ邸新築工事の契約解除に伴い取得することができなくなった工事監理料合計三七五万円については、既に設計が終了し、着工を間近に控えていたことなどからすれば、本件事故により原告が受傷しなければ確実に取得することが見込まれたものということができ、これを取得できなくなったのは、原告が本件事故で受傷したことにより工事監理をすることができなくなったことによるものというべきであるから、本件事故による損害と認めることができる。これに対し、綾仁マンション新築工事が契約締結に至らなかった原因は、専ら施主側の都合によることが認められ、原告が本件事故で受傷したことと契約締結に至らなかったこととの間に、相当因果関係は認めがたいし、原告が訴外西から紹介された依頼主に対し断りの返事をしたことに関しても、本件事故がなければ確実に契約締結に至ったものと認めるまでの証拠は存しないから、何らかの損害が発生したものとは認めることができない。

原告は、原告の事業の発注は毎年二月から五月ころまでの期間に集中するところ、本件事故でその間に稼働することができなかったため、上記以外にも契約の受注ができなかったりして収入が激減し、これを補填するために手持ちの株式を売却せざるを得なくなったものであると主張するけれども、上記のとおり認定した以外には、契約解除を余儀なくされるなどして具体的な損害が発生した事実は証拠上認めることができないこと、上記のとおり認定した原告の逸失利益(休業損害額)は、原告の事故前年度(平成九年度)の申告所得額と対比しても、ほぼ、妥当な水準にあるということができること、原告がその所有する株式を売却したことは甲第四号証の一ないし九によって確かに認めることができるけれども、当該事実のみをもってしては、直ちにその売却益が原告の得べかりし利益を推認させるものとは認めがたいことなどに鑑みると、原告の上記主張は採用することができない。

(六)  入通院慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円

原告の前記入通院期間及び後遺障害の認定は受けていないけれども、現在も足首にしびれを残し、長時間の歩行が困難な状態であること等に鑑みれば、慰謝料としては上記金額が相当である。

上記損害額合計 七〇九万二九四四円

二  損益相殺

甲第八号証、乙第二号証、第三号証の一ないし一二、第六号証、証人高武君子、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、被告及び被告加入の保険会社は、原告に対し、損害の填補として合計二九四万五九四四円を支払ったことが認められる。

原告は、上記金額の内、被告が支払った金額は七〇万三〇九〇円にすぎず、これは損害の填補としてでなく、贈与として受け取ったものであると主張するが、上記各証拠を総合すれば、被告が原告に支払った金額は八九万円であること、同金員は、被告加入の保険会社から入院費用等が支払われるまでの間、被告が原告あるいは証人高武君子の求めに応じて当面必要な入院雑費等を立て替えて支払ったものであることが認められ、被告が原告に対する贈与として同金員を支払ったと求めるに足りる証拠はない。

したがって、上記損害額から、二九四万五九四四円を損益相殺すると、損害残額は四一四万七〇〇〇円となる。

三  弁護士費用

上記金額に照らせば、原告の弁護士費用中、四〇万円を被告に負担させるのが相当である。

したがって、弁護士費用を加算した後の原告の損害額は、四五四万七〇〇〇円となる。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告に対し金四五四万七〇〇〇円及び内弁護士費用を除いた四一四万七〇〇〇円に対し、原告の請求する本件事故の日の翌日である平成一一年一月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井健太)

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