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大阪地方裁判所 平成13年(わ)7465号 判決 2002年4月25日

主文

被告人を懲役10月に処する。

未決勾留日数中30日をその刑に算入する。

被告人から金50万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,平成10年7月10日から平成11年7月9日までの間,大阪市a区bc丁目d番e号所在のa税務署の署長として,管内納税義務者に対して申告・納税指導に当たるとともに,署務全般を統轄し,同署が実施する税務調査等に際しては,同調査実施の要否の決定及び同調査の指揮・監督等の職務に従事していたものであるが,平成11年4月2日ころ,上記a税務署署長室において,株式会社Bの代表取締役であり,同社の代理店として設立した株式会社C等のBグループ会社を実質的に経営していたD及び上記Bの経理部長であり,同社及びBグループ会社の経理等を担当していたEから,上記C等のBグループ会社の法人税の確定申告及び税務調査等について,同社等のために便宜な取り計らいを受けたことの謝礼及び今後も同社等に対して同調査を実施しないなどの便宜な取り計らいを受けたい趣旨の下に供与されるものであることを知りながら,現金50万円の供与を受け,もって,自己の職務に関して賄賂を収受したものである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法197条1項前段に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役10月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中30日をその刑に算入し,被告人が判示犯行により収受した賄賂は没収することができないので,同法197条の5後段によりその価額金50万円を被告人から追徴することとする。

(量刑の理由)

本件は,a税務署長であった被告人が,傘下に複数の関連会社を抱える訪問販売会社の代表取締役らから,関連会社に対する税務調査について便宜を受けた謝礼及び今後も便宜を受けたいとの趣旨で賄賂を受け取った収賄の事案である。

犯行に至る経緯及び犯行状況の概要は次のとおりである。すなわち,被告人は,平成元年ころ,統括国税調査官であった当時,B代表取締役のDを調査先経営者から紹介され,やがて,Dから中元や歳暮をもらうなどの一方で,元部下の税理士(本件以前に病没)を顧問として紹介するなどの交際を続けていた。平成11年1月から3月にかけて,全国のBグループ数社がそれぞれ税務調査を受けることになったが,同グループ内では不正経理をして所得調整をしていたことのしわ寄せがCの経理に来ており,また,同社は多額の手数料収入を上げながら赤字申告をしていたので,Dらは,税務調査が進展し,これがCやグループ全体に及んで,ひいては脱税で検挙されることを恐れた。そこで,Dらは,被告人に便宜を図ってもらうことを思いつき,同年3月,被告人を会食に招いた上,税務調査の件やCを不申告にしたいなどと相談を持ち掛けた。被告人は,税務署退職後Bの顧問税理士に就任できるのではとの期待からこれに応じ,税務調査の調査目的等に関する情報提供を約束するとともに,さらに進んで,C等をa税務署管内に本店登記を移転させるなどの方法を教示した。Dらは,被告人の助言に喜び,Bグループ内の会社を次々に同署管内に本店移転登記するとともに,他方で,公訴事実記載のとおり賄賂を渡すなどしていたものである。

ところで,租税賦課に関して申告納税制度を採用している我が国において,適正,迅速,平等な租税徴収を実現するためには,納税義務者に高い倫理性を要求して自発的な納税をまず励行させること,これが励行されない場合には,税務行政機関が,調査,更正,決定,加算税賦課等の行政処分を用いるなどし,これを是正することが必要である。そして,このような制度を維持し,円滑な税務行政を遂行するについて,税務行政に携わる官吏は,その権限の行使にあたって,厳正中立を心がけるはもちろんのこと,国民に対していささかの疑念も抱かせることなきよう,自らを律することが必要で,ことに特定の納税者との交際では一点の不明朗さも許されるべきではない。

さもなくば,納税義務者たる一般国民・企業の税務行政の公正さに対する信頼の失墜を招き,ひいては各納税義務者の誠実に納税をしようという意欲を低下させることとなり,申告納税制度は根底から崩壊しかねない。このような事情を重々わきまえて当然の立場にある被告人には,管内の長たる税務署長として強大な権限を持つ以上,下位の公務員等に比して格段に高度の廉潔性が要求されてしかるべきである。

しかるに,被告人の本件犯行に至る行動には,このような自覚は全く見受けられず,調査対象である一私企業の代表者との間で,極めて不明朗な個人的関係を継続したことが本件賄賂収受の結果に帰結したということができるのであって,本件は起こるべくして起こったとの評価も十分可能である。確かに,弁護人の指摘するように,本件は被告人の側から賄賂を求めたいわゆる要求型の事案ではないが,上記のような被告人の態度がB側に賄賂の提供を決意させたことは明らかであるし,しかも,被告人は,執務時間中に税務署長室というまさしくその職責を象徴する場所で賄賂を提供されるや,こともあろうに,何らのちゅうちょもなくこれを受け取ったというのであり,公僕としての自覚が完全に麻痺していたものと断ぜざるを得ない。税務署長としては,企業の税務相談を個人的に受けるような事態に至ったとしても,まずもって適正な納税を慫慂すべきところ,Dらに請われるままに,税務調査の対象企業に対してことさら上記のような便宜を供与したものであって,被告人の職責違背の程度はことに甚だしい。また,本件で被告人が供与を受けた現金は50万円にとどまるとはいえ,庶民の生活感覚からすれば必ずしも少額とはいえないのであり,何よりも高位の公務員による汚職が与えた社会的影響の大きさをも考慮すると,本件の結果もまた重大である。

このように,税務行政を統括すべき税務署長の職務上の地位に関連した収賄という本件犯行によって,税務行政の公正とこれに対する国民の信頼がともに大きく損なわれ,かつ,申告納税制度の根幹が揺るがされたことは明らかで,被告人の行為に対しては厳しい非難が妥当し,その刑事責任は極めて重いものといわざるを得ない。

他方で,被告人は,本件に関して捜査・公判を通じて事実を認めるとともに,本件が税務行政に及ぼした影響等について反省の弁を述べていること,本件が新聞等によって大きく報道されてその社会的信用を失ったことに加え,既に税理士業務を自主的に廃業していることなど,一定の社会的制裁を受けていること,税務署在職中に受け取っていた私企業からの贈与による個人的所得に関し,修正申告を行い,加算税についても支払に応じる態度を示していること,これまでの放恣な生活を改め,今後は妻の下に戻って堅実な家庭生活を送ろうと決意していること,もとより前科前歴は全くなく,既に相当高齢であることなどの被告人のために有利にしん酌すべき事情も認められるところではある。

しかしながら,これら被告人に有利な諸事情を最大限考慮し,かつ,収賄金額の多寡の点にもっぱら着目するならば,類似事案では刑の執行が猶予されている例がほとんどであることを十分視野に入れてもなお,被告人の刑事責任の重大性にかんがみれば,被告人に対しては主文掲記の実刑をもって臨むほかないと判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役1年6月及び50万円の追徴)

(裁判長裁判官 中川博之 裁判官 馬場嘉郎)

裁判官坪井祐子は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 中川博之

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