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大阪地方裁判所 平成13年(ヨ)10038号 決定 2001年7月23日

債権者

乙花研二

同代理人弁護士

西谷八郎次

債務者

大阪北部農業協同組合

同代表者代表理事

木村博

同代理人弁護士

本井文夫

植村公彦

内川治哉

池田良輔

主文

1  債権者の申立をいずれも却下する。

2  申立費用は債権者の負担とする。

理由の要旨

第一申立の趣旨

1 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2 債務者は、債権者に対し、平成一三年三月二日以降本案の第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り一か月四八万七三〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

第二事案の概要

1 本件は、債権者が、債務者に対し、債権者に対する懲戒解雇が無効であるとして、雇用契約上の地位の保全と将来分を含めた賃金の仮払いを求めた事案である。

2 前提事実(当事者間に争いのない事実等)

(1) 債権者は、昭和五一年八月、萱野農業協同組合(以下「萱野農協」という)に期間の定めなく雇用された。

昭和六三年、萱野農協が他の農業協同組合と合併し、箕面市農業協同組合(以下「箕面市農協」という)が設立され、さらに平成一二年四月一日、箕面市農協が他の八の農業協同組合と合併し、債務者が設立されたが、債権者の雇用契約上の地位も、これらの合併に伴い、萱野農協から箕面市農協を経て債務者に引継がれた。

(2) 債務者は、組合員が協同してその農業の生産能率を上げ、経済状態を改善し、社会的地位を高めることを目的とし、組合員の事業又は生活に必要な資金の貸し付け、組合員の貯金又は定期積金の受け入れなどの事業を行うため、農業協同組合法に基づき設立された農業協同組合である。

(3) 債務者は、毎月末日締め翌月二五日払いで賃金を支払っており、債権者の本件懲戒解雇(後述)時の一ヶ月の諸手当を含む賃金は四八万七三〇〇円であった。

(4) 債務者は、債権者に対し、平成一三年二月二七日、債権者を同年三月一日付けで懲戒解雇する旨を口頭で通告した(以下、「本件懲戒解雇」という)。

その後債権者からの懲戒解雇事由の説明を求められた債務者は、債権者に対し、同月一四日付けで「証明書」と題する書面を交付した。同書面には、債権者の下記行為が就業規則第一三九条(12)「破廉恥で、背信的な不正不義の行為を行い、他の職員全体の体面を汚し、組合の名誉、信用を傷つけたとき」、(14)「組合の経営権をおかし、若しくは経営基盤をおびやかす行動・画策を行い、又は経営方針に反する行動、画策により正常な運営を阻害させようとしたとき」、(16)「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき」の各号に該当することから債権者を就業規則一三九条に基づき懲戒解雇する旨記載されていた。

ア 平成一一年七月以降、網野門三郎(以下「網野」という)、権藤道栄(以下「権藤」という)外に対する貸付に設定されていた担保貯金に関し、担保設定の有効性についての判断を誤り、担保貯金を設定者に返還した事実

イ 平成一一年一一月以降、網野に対し、合計四億二〇〇〇万円の貸付を行った事実

ウ 平成一二年二月、岡田薫(以下「岡田」という)に対し、五〇〇〇万円の貸付を行った事実

エ 平成一二年九月、仮決算に際し、改竄した内容の担保別債務者一覧表を作成し、提出した事実

3 当事者の主張

債権者の主張は、地位保全等仮処分申立書、債権者第一主張書面、債権者第二主張書面のとおりであり、債務者の主張は、答弁書、主張書面(1)のとおりであるから、これらを引用する。

4 争点

(1) 本件懲戒解雇の有効性

(2) 保全の必要性の有無

第三判断

1 一件記録及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 債権者は、箕面市農協において、総務部企画課課長代理、管理課長代理、総務部企画課長、金融部次長を務め、平成一一年七月時点では、協同活動推進部長と施設課課長を兼務する役職にあった。

(2) 平成一一年七月七日、営業課長であった岡田から、金融部次長であった中井幸一(以下「中井」という)に、網野に対する貯金担保貸付(貸金の名義人は網野を含め複数人)のうち一八億八〇〇〇万円分について、担保の定期証書が存在せず、実質的に無担保の状態であるとの報告があった。この報告を受けた中井金融部次長が、中村高久(以下「中村」という)金融部部長に報告したことから、箕面市農協において、網野らに対する貯金担保貸付のうち、前記一八億八〇〇〇万円を含め、貯金権利者の担保意思の確認がとれず、担保としては無効である可能性のある問題債権が、総額約四〇億五〇〇〇万円存在することが判明した。

(3) この網野らに対する問題債権への対応を協議するため、笹川義一(以下「笹川」という)組合長は、射場征一(以下「射場」という)専務、小林喜治(以下「小林」という)参事、債権者、中村金融部部長、中井金融部次長ら箕面市農協の幹部職員を招集した。この会議において、当時箕面市農協が、翌年の合併を控えていたこともあり、「回収を第一義とし、表面化させない」との笹川組合長の方針が示された。また網野らに対する貸金が、長崎県の土地の購入代金に充てられたとの情報があるということで、同土地を貸金の担保にとることが決定された。そして笹川組合長は、網野らとの交渉担当として債権者を指名した。

同月一二日、別紙物件目録記載一ないし二〇の土地(以下「本件土地」という)に、定期貯金証書がない一八億八〇〇〇万円の貸付けの担保として極度額を同額とする根抵当権が設定された。

(4) 同月一三日ころから三日くらいの間に、債権者は問題債権すべてについて貯金担保関係書類を整備し、各債権毎に貯金担保の有効性をA(回収率七〇%)、B(回収率三〇%)、C(回収率〇%)の三段階に分類する判断を行い、その結果を記載したメモを作成した。

同月二二日ころ、債権者は、笹川組合長を含め幹部職員による会議で調査結果を報告し、笹川組合長が、本件土地に設定されていた根抵当権の極度額を三〇億円から四八億八〇〇〇万円に増額することを主張し、それが決定された。

なお、本件土地は、地目が山林、公衆道路ないしは原野であり、評価額も非常に低いものであったが、網野が本件土地で開発事業を行っている旨を説明し、岡田から大和ハウス株式会社(以下、「大和ハウス」という)作成の開発概要書を示され、さらには箕面市農協の顧問弁護士の事務所で、笹川組合長、小林参事及び債権者が大和ハウスの高野部長に面談するなどした結果、本件土地の売却利益から網野らに対する問題債権を回収できると判断された。

(5) 同月二六日、笹川組合長、債権者、稲治義治総務部長と網野、大本高司(以下「大本」という)が箕面市農協本店で面談し、問題債権の貯金担保の中で、満期の到来する権藤関連の貯金の払い戻しについて話し合いがなされ、貯金の払い戻しがなされなければ、権藤が何をするかわからないとの網野、大本の言を受けて、前記権藤関連の貯金の払い戻しと、権藤に対する貸付をすべて網野名義の貸付に切り替えることが決定された。またこの面談において、箕面市農協側は、網野らに本件土地に対する根抵当権の極度額を三〇億円増額することを求めた。

(6) その後債権者も出席した幹部職員の会議で、中井金融次長は、当該貯金について、担保差入証の担保権設定者欄に貯金者名義の署名が存在し、届出印も押捺され、定期貯金証書も差し入れられていることから有効である可能性が高く、このような貯金を払い戻すことになれば、その他の貯金もすべて返還しなければならなくなると反対したが、既に決定済みの事項であるとして結論は変わらなかった。

そして同月二八日、権藤名義の貯金六億六二六九万〇四〇〇円、権藤延久名義の貯金七二四万〇三二〇円、豊栄興業株式会社名義の貯金二〇一一万二〇〇〇円が払い出された。

(7) 同月二七日、債権者は網野及び大本と数度面談し、網野らからの極度額の増額は四〇億円までという要求を受け、同月二九日には、網野、大本の求めどおり極度額は四〇億円に増額された。

(8) 平成一一年一〇月以降二か月の間に箕面市農協は、非組合員である網野に、本件土地を担保に別紙追加融資一覧表記載のとおり合計四億二〇〇〇万円の追加融資を行った。

これらの貸付については、当時網野との交渉の窓口をしていた債権者から、本件土地の開発事業のための資金である、あるいは担保にしていた貯金のうち相殺処理を行った分についての網野の返済資金である旨の説明がなされ、これらの追加融資が決定、実行された。

(9) 同年一一月二五日、網野に対する貸付の担保とされていた那須久美子(以下「那須」という)の定期貯金について、貯金名義人である那須から差し入れられた担保差入書には、那須の署名があり、届出印も押捺され、貯金証書の差し入れもなされており、債権者も同担保貯金の回収確率をBと判断していたが、貯金合計額一億円が、中村金融部部長の反対にもかかわらず、債権者の指示により那須に返還された。

(10) 箕面市農協は、平成一二年二月一〇日、岡田に対し、網野に対する追加融資のため、岡田に対し従業員貸し付けの枠を超えて、五〇〇〇万円を貸し付けることとし、同金員は、網野の普通貯金口座に入金された。

この貸付は、債権者が、増井英二営業課長代理に指示して実行させた。

(11) 同年三月には、本件土地の開発許可書が、網野から示されたものの、このころ、大和ハウスが本件土地の開発事業から手を引き、債権者らは、本件土地の開発事業から貸金全額を回収することは難しいと判断した。このため、同月三一日に追加担保として別紙物件目録記載追加分の四筆の土地(以下、本件土地と合わせて「本件不動産」という)に、極度額を四〇億円とする根抵当権を設定した。

なお、前記開発許可証については、平成一三年二月に偽造文書であることが判明した。

(12) 合併後の平成一二年九月当時、債権者は、金融部長として金融部を統括し貸出業務を執行管理すべき地位にあった。

同年一〇月はじめころ、債務者は、箕面市農協の営業を引継いだ萱野支店に対する監事監査を行うに際し、監事会が貸付内容の抜き取り調査を行うための基礎資料として萱野支店の担保別債務者一覧表の提出を債権者に求めた。その際、金融共済担当の池田参事から、網野らに対する貸付けが存在することを指摘され、債権者は、笹川組合長、小林参事と対応を相談し、小林参事の指示により、債権者は、網野、岡田、谷川建設に対する貸付の記載をすべて削除するという改竄を行った。

(13) 同年一二月、債務者が箕面市農協から引き継いだ債権の中に、網野を債務者とする三四億二二五二万円もの貸付金が存在すること、その貸付の担保とされている本件不動産には極度額を四〇億円とする根抵当権が設定されていたが、本件不動産はほとんど価値がないものであることが判明した。

債務者は、大阪府、大阪農業共同組合中央会と上記債権に対する対応を協議し、平成一三年一月二九日には、特別委員会を設置し、事実関係の調査を行った。この特別委員会の設置要領によれば、特別委員会を就業規則一四五条による賞罰委員会にかえることが定められている。

特別委員会は、問題に関与した箕面市農協の幹部職員一一名からの聞き取り調査を行い、同年二月五日には、約一時間四〇分にわたって債権者に対する聴き取り調査も行った。

なお、債権者に対する事情聴取は、特別委員会の設置前である平成一三年一月一八日にも行われている。

(14) 箕面市農協において問題債権の処理に関与した者のうち、射場専務は合併を機に専務の職を離れており、組合長であった笹川については、平成一三年三月末日で解任された。債権者、小林参事、生活福祉課長であった岡田は、いずれも懲戒解雇処分となったほかは、降格処分を受けた者が五名、出勤停止処分を受けた者が一名、譴責処分を受けた者が二名となった。そして岡田については、網野と背任罪の共同正犯として刑事告訴を行った。

2 以上の事実を前提に判断する。

(1) 債権者は、就業規則(12)、(14)、(16)の各号の規定が抽象的にすぎると主張する。しかし懲戒事由については、予めすべての懲戒事案を想定し個々具体的に規定することは不可能であり、ある程度は包括的な文言にならざるをえない。そして(12)号、(14)号の文言については、前述のとおりであって、同文言に照らせば、これをもって抽象的であり無効な規定であるとまではいえず、また(16)についても、(1)から(15)までの規定を前提とするものであることからすると、この点についての債権者の主張は採用しえない。

債権者は、就業規則が本件懲戒解雇時に変更されたと主張するが、これを認めるに足りる疎明はない。

(2) 懲戒解雇事由該当性について

債務者の就業規則は、平成一二年四月一日から施行されたものである(書証略)。合併前の箕面市農協の就業規則の懲戒解雇事由の詳細については、不明であるが、少なくとも平成一二年九月に債権者が行った仮決算に際しての担保別債務者一覧表の改竄行為は、就業規則の制定後の行為であって、これについては、債務者の就業規則(書証略)が適用されるところ、債権者が当該行為を行ったことは前記認定のとおりである。

この担保別債務者一覧表は、萱野支店の監事監査のために提出を求められたものであり、監事監査は正常な経営のため必要な行為であることを考慮すれば、同担保別債務者一覧表を改竄した債権者の行為は、経営基盤をおびやかす不正な行為、あるいは少なくともこれに準じる程度の不都合な行為であるといえるから、就業規則(12)、(14)、(16)に該当するものといえる。

(3) 懲戒解雇処分の相当性について

ア 前記認定のとおり担保別債務者一覧表の債権者による改竄行為は、網野らに対する不正債権の存在、これに対する債権者ら箕面市農協の幹部職員の関与を隠蔽するために行われたものである。

この点、債権者は、笹川組合長に改竄しないように進言したが、同組合長の「なんとかならないのか」と言う発言を受けた小林が債権者に改竄を命じたものである、監事会は他の資料から当該不良貸付の存在を知り得たのにこれを看過したものである、本件改竄行為により実害は生じていないと主張するが、笹川組合長の意図を受けたものであるとの主張(書証略)に照らしたやすく採用しえず、監事会が看過したことは、債権者に対する処分の軽重の判断材料とはならず、改竄行為により本件不良債権の発覚が遅れたことは事実であり、実害が生じていないとの主張も採用しえない。

イ 債権者は、網野らに対する問題債権の存在が発覚した後の箕面市農協内での対応において、網野との交渉の窓口を一人で担当し、前記認定のとおり、貸付の担保となっていた貯金の中で、箕面市農協としては、有効性を主張しうる可能性のあった貯金の払い戻しや、ほとんど価値のない本件不動産を担保とする回収見込みのない網野への追加融資、岡田への従業員枠外の貸付などに積極的に関与してきたものであり、これらの行為の結果、約三四億円もの不良債権を債務者に発生させることになったものである。

債権者は、網野らに対する問題債権の処理チームの一員にすぎず、笹川組合長の決裁を経てすべて行動していたと主張する。確かに笹川組合長が当時債権者に具体的にいかなる指示を行ったかについては不明な点もあるが、中井金融次長や、中村金融部長の反対を押し切り担保となっていた貯金の払い戻しを行ったり、岡田に対する五〇〇〇万円の貸付の際には、当時金融部長の職にはなかったにもかかわらず、貸出稟議書を自ら決裁し、貸し出しを実行させる(書証略)など、網野らに対する箕面市農協側の対応において中心的役割を果たしていたといわざるをえず、債権者の前記主張は採用しえない。

ウ 本件の網野らに対する不良債権の関係では、債権者以外に、笹川組合長が平成一三年三月末日で解任となり、小林参事が同月一日付けで懲戒解雇となっている。債権者は、中井、中村との処分の均衡を問題とするが、前記認定のとおり、箕面市農協時代の同人らの関与の度合いや、同人らについては本件改竄行為等は認められないことに照らし、債権者の前記主張は採用しえない。

エ 以上によれば、監査資料の改竄行為という行為自体が重大な不正行為であることや、笹川組合長、小林参事、債権者らの一連の行為により結局債務者に三四億円もの不良債権が発生していること、そして他の処分者との均衡からすると、債権者に対する懲戒解雇処分もやむをえないものといわざるをえず、相当性を欠くものとはいえない。

(4) 懲戒手続について

債権者は、本件懲戒解雇について、就業規則一四五条、一三四条の3所定の賞罰委員会の審議による手続きがとられていないと主張する。

債務者の就業規則によると、懲戒処分については、賞罰委員会の審議を経ることが求められている。また、債務者においては、平成一二年九月二六日施行の賞罰委員会規程が存在する(書証略)。債権者に対する懲戒処分は、就業規則及び同規程に従い、賞罰委員会である特別委員会により(書証略)、債権者に対する事情聴取等の手続きを経て行われたものであり(書証略及び審尋の全趣旨)、当該手続きについて就業規則等に違反することを認めるに足りる疎明はない。

(5) 以上によれば、債権者の本件申立について、被保全権利を認めるに足りる疎明はなく、債権者の申立てはその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 川畑公美)

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