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大阪地方裁判所 平成13年(ワ)12743号 判決 2003年1月22日

原告

同訴訟代理人弁護士

豊島秀郎

被告

共栄社化学株式会社

同代表者代表取締役

B

同訴訟代理人弁護士

山崎武徳

桑原豊

被告

共栄社化学労働組合

同代表者執行委員長

C

同訴訟代理人弁護士

田島義久

影山博英

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  原告が被告共栄社化学株式会社奈良工場生産本部製造第一部に勤務する義務がないことを確認する。

2  被告共栄社化学株式会社及び被告共栄社化学労働組合は、各自、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成一三年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告共栄社化学株式会社(以下「被告会社」という)の従業員であり、被告共栄社化学労働組合(以下「被告組合」という)の組合員である原告が、被告会社に対し、被告会社がした配転命令が人事権の濫用であるとして、配転先において勤務する義務がないことの確認を求めるとともに、被告らに対し、被告らの結託による嫌がらせ行為のため精神的苦痛を受けたとして、共同不法行為に基づく慰謝料の各自支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等

(1)  当事者

ア 被告会社は、各種石けん等の製造販売等を目的とする会社である。

イ 被告組合は、組合員の労働条件の維持改善とその経済的社会的地位の向上を図ることなどを目的と、して、被告会社の従業員により組織されている労働組合である。被告組合と被告会社との労働協約ではユニオンショップ制が定められており、組合員が被告組合から脱退し又は除名された場合、被告会社は直ちに当該組合員を解雇することとされている。

ウ 原告は、昭和四六年四月一日に被告会社に雇用され、同時に被告組合の組合員となり、以来、被告会社奈良工場(以下「奈良工場」という)に勤務している。

(2)  被告組合の組織並びに組合員の権利、義務及び統制処分

ア 被告組合は、最高議決機関として全組合員で構成される総会、総会に次ぐ議決機関として代議員会、執行機関として執行委員会、執行委員会と代議員会の合同会議として合同委員会をそれぞれ設置している。そして、定期総会は、毎年一回八月に開催される。

イ 代議員会は、代議員会議長及び代議員により構成されている。代議員会議長は、代議員の互選により選出され、代議員会を招集し、議長を務めるなどの責任を負う(被告組合規約三二条(2))。なお、代議員会発足後三か月間は、前年度の代議員会議長等の代議員会三役が引継役員として置かれる。

ウ 執行委員長、執行委員及び代議員は組合員の投票により選出され、その任期はいずれも一年であり、通常は九月一日から翌年八月三一日までである。

エ 原告は、昭和五九年度に代議員会副議長、平成三年度に執行委員会副委員長、平成五年度に執行委員会書記長を務めた後(証拠略)、平成一二年九月一日、被告組合の代議員会議長に選任されたが、平成一三年八月六日、被告組合に対し、代議員会議長及び代議員を辞退する旨の書面を提出した。被告組合は、同月八日、代議員会において原告を代議員会議長から解任する議決をした。

オ 被告組合規約では、組合員の権利、義務及び統制処分について下記のとおり定められている(関係部分のみ抜粋)。

「第九条(組合員の権利)

この組合の組合員は、この規定の定めるところに従って、次の権利を有する。

(1) 選挙権と被選挙権(加入後一ヶ月以内に公示の行われた選挙を除く)

(2) 組合役員のリコール権

(3)  組合機関の活動について報告を求め、機関を通じ発言し、議決に参加する権利

(4)  処分に対しての異議の申し立て、上告及び弁護の権利

(5)  関係書類の閲覧権

(6)  事業活動による利益を受ける権利

第一〇条(組合員の義務)

この組合の組合員は全て次の義務を履行しなければならない。

(1) 組合員はこの規約を遵守し、友愛と信義を持って、組合発展のために最善の努力をしなければならない。

(2) 組合員は決議及び各機関の決定事項に服さねばならない。

(3) 組合員は役員及び他の職に選出された場合、正当な理由なくして辞任することを拒むことはできない。

(4) 組合の会議には、正当な理由なくして出席を拒むことはできない。

第一一条(統制と処分)

この組合の組合員は、次の行為をした時は処分を受ける。

(1) 本規約及び機関の決定に違反した時

(2) 組合の統制を乱した時

第一二条(処分の種類)

処分は次の通りとする。

1  警告 2 譴責 3 権利停止 4 除名」

(3) 被告組合による権利停止処分

被告組合は、平成一三年八月三一日開催の定期総会において、原告について、以下の被告組合規約違反があるとして、同規約九条(1)、(3)の権利を平成一四年度定期総会終了時まで停止するとの統制処分(以下「本件処分」という)を賛成多数で議決し、前同日、その旨を公示した。

ア  被告組合代議員会において、平成一三年八月三日、小集団活動(職場の小集団で職務改善のためのテーマを見つけ、その改善方策を検討し、発表するなどの活動。以下「QC活動」という)に関するアンケート実施案を次期役員に引き継ぐこととする決議がされたにもかかわらず、これに従わなかった(被告組合規約一〇条(2)違反)。

イ  平成一三年八月三日、代議員会を途中で退席した(被告組合規約三二条(2)、一〇条(1)、(4)違反)。

ウ  平成一三年八月六日、代議員会議長及び代議員の辞退届を提出した(組合規約一〇条(1)、(3)、(4)違反)

(4) 被告会社による配転

被告会社は、平成一三年一二月一日付けで原告を奈良工場生産本部製造第三部(以下「製造第三部」という)から同第一部(以下「製造第一部」という)に配転する業務命令(以下「本件配転命令」という)を発令した。

2  争点

(1)  本件配転命令は、被告会社の人事権の濫用であるか。

(2)  本件処分は、被告組合の統制権の濫用であるか。

(3)  被告らの共同による嫌がらせ行為があったか。被告らの行為が不法行為に該当するか。

(4)  被告らの嫌がらせ行為による損害(精神的苦痛)発生の有無及びその金額

3  争点に関する当事者の主張

(1)  争点(1)(被告会社の人事権濫用の有無)について

(原告の主張)

ア 原告は、製造第三部において、被告会社が平成一二年一二月に建設し、現在製品製造に向けて実験を繰り返している、化学製品の蒸留精製に関する新プラント(以下「本件新プラント」という)の責任者の地位にあったが、被告会社は、合理的な理由が全くないのに、原告を製造第三部から製造第一部に配転した。

イ 原告は本件新プラントにおける任務遂行の途中であり、他方、製造第一部は、石けん製造等の平易な製造部門で、その仕事に従事している者もほとんどが被告組合に所属していない派遣従業員であることに照らすと、本件配転命令は、被告会社と被告組合が結託した上で原告を退職に追い込む手段であり、被告会社の人事権の濫用である。

なお、原告のように高度の技術を持っている者を派遣従業員等で対応することができる単純作業の部署に異動させることは、被告会社が主張する多能工化推進の目的には合致しない。

(被告会社の主張)

ア 本件配転命令には多能工化(従業員が多様な業務を行う能力を獲得できるようにすること)の推進という業務上の必要性がある。被告会社は、従業員の能力開発、業務運営の円滑化を図るため、従業員の多能工化により、多忙な職場に他の職場からの要員の補充、応援をする体制を導入することとした。多能工化推進の方法としては、従業員を未経験の職場に配転することとし、対象者としては、原則として長年同一の業務に従事した熟練者を優先することとし、平成一一年一二月以来、これを実施している。原告については、既に平成一二年一二月一日付けで製造第三部から製造第一部に配転する予定であったが、原告の業務経験が本件新プラントの試運転、立ち上げに必要となったため、配転を延期し、平成一三年一二月一日付けで配転を実施したのである。

イ 被告会社は、原告を退職に追い込むために本件配転命令をしたのではない。被告会社は、原告を他の従業員と二人だけでタイ、シンガポール、マレーシアへの海外研修に派遣しているし、平成一三年四月ころ実施した管理職昇格試験とも言うべき参事昇格試験の受験資格者として原告をリストアップしている。

ウ 原告が本件配転命令に従って勤務しても、通勤経路は変わらず、職場も同じ奈良工場内であり、原告に不利益はない。

エ 本件新プラントは、平成一二年一二月中に試運転、試生産を終了し、平成一三年一月から通常運転に入っており、現在は平常運転を行いながら製造効率を高めるための改善活動を行っている状況にある。本件新プラントの責任者は部長及び部長代理であって、原告は、長年製造第三部に勤務し、その経験を若手従業員に教育すべき立場にあるが、製造要員の一人にすぎない。

オ 製造第一部は、平易な製造部門ではなく、その作業を行うには熟練が必要である。同部において原告が引き継ぐべき作業を現在行っている者は、原告と同じ副参事の地位にある。

製造第一部は、総勢三七名の部署であり、部長(副理事)一名、管理職九名、組合員二一名、パートタイマー四名、派遣社員二名により構成されている。原告を含む正社員が担当する作業は、付加価値業務と呼ばれる重要な作業であり、派遣社員が担当する作業は、運搬や充填など品質そのものへの影響が比較的少ない作業である。

製造第三部の構成員がすべて正社員であったのは、連続工程のため深夜作業があり、労務管理の必要があったためである。

なお、多能工化の目的は、担当が可能な業務範囲の拡大であり、従来担当していた業務の技術レベルが高度であるかどうかとは関わりがない。

(2)  争点(2)(組合の統制権濫用の有無)について

(原告の主張)

本件処分は、次の点から明らかなとおり、被告組合の統制権の濫用である。

ア 本件処分の理由となった代議員会を途中退席し、代議員会議長及び代議員を辞任した行為は分派活動ではなく、被告組合に不利益は全く生じていない。

被告会社は、平成五年ころからQC活動を実施している。このQC活動は、被告会社の業務とみるべき性質のものであるのに、基本的に休息時間内に行うものとされ、当該時間の賃金も支払われておらず、明らかに労働基準法に違反するものであった。そこで、原告は、代議員会議長としての任務を遂行するため、QC活動についてのアンケートを実施することを代議員会で提案したが、被告会社の意を体した代議員会はこれに反対し、問題を先延ばししてうやむやにする目的で、平成一三年八月三日開催の代議員会においてQC活動の検討を次年度への引継事項とする旨決議した。原告は、このように被告会社の御用機関と化した代議員会では被告組合の目的である組合員の労働条件の維持改善等を図ることはできず、代議員会の任務、代議員議長の任務を全うすることができないので、同日の代議員会において代議員会議長の辞意を表明した上、代議員会を途中退席し、同月六日、代議員会議長及び代議員の辞退届を提出したのである。

イ 原告は、奈良労働基準監督署にQC活動の違法性について相談に行ったところ、同監督署は、調査を経た上で、被告会社に対して改善の指導を行った。原告のそのような行為は、被告組合の目的である組合員の労働条件の維持改善とその経済的社会的地位の向上を図ることに適合するものであり、何ら被告組合の目的に反するものではないから、これを本件処分の理由とすることはできない。

(被告組合の主張)

本件処分が統制権の濫用にあたらないことは、次の点から明らかである。

ア 本件処分の理由となった原告の前記第二の1(3)のアないしウの各行為は、組合活動に混乱をもたらし、被告組合の置かれた状況次第では、危機的な事態を招きかねず、放置されれば、組合の求心力を弱め、組合を瓦解させかねないものであった。

なお、原告が奈良労働基準監督署に相談に行った行為は、本件処分の理由ではない。

イ 被告組合がアンケート実施という原告の提案を次期役員への引継事項とした点に何ら違法性はない。因みに、原告は、昭和五九年度には代議員会副議長、平成三年度には執行委員会副委員長、平成五年度には執行委員会書記長を歴任しており、QC活動が実施されていた過去一〇年間に被告組合の複数の役職を経験し、相応の発言権を有する組合員であったにもかかわらず、QC活動について異論を唱えていなかった。

ウ 原告の任務放棄を正当化しうる理由は存在しないし、本件処分による権利停止の内容は限定的である。

(3)  争点(3) (被告らによる嫌がらせ行為の有無等)について

(原告の主張)

被告らは、結託して原告を退職に追い込むため、本件配転命令又は本件処分をしたほか、次のような嫌がらせ行為をしたのであって、これらは共同不法行為に該当する。

ア 平成一三年一〇月二九日、原告の机の上に、被告組合の役員しか所持していない組合退会届が被告らにより置かれていた。

イ 被告会社における原告の直属の上司である製造第三部の部長H(以下「H部長」という)及び奈良工場長S(以下「S工場長」という)は、原告に対し、「なぜそのような嫌がらせがされるのか考えてみろ」とか、「嫌がらせをされるだけのことをあなたはしたのです」などと発言し、H部長は、原告に対し、「本社ではX君は会社を辞めるとのうわさが流れている」と言って、原告に辞職を迫った。

ウ 被告会社は、原告の平成一二年度冬期賞与については、被告組合の組合員の平均であった三・六三か月分とほぼ同等の水準である三・五か月分を支給したにもかかわらず、原告の平成一三年度冬期賞与については、被告組合との紛争を理由として、被告組合の組合員の平均よりも約〇・五か月分低い二・四か月分の支給にとどめた。

エ 被告会社は、三〇年間勤務した従業員を表彰しており、平成一三年度には原告を除く対象者四名全員が表彰され、三〇万円相当の旅行券と五日間の休日が与えられたが、原告だけが表彰、付与の対象にされなかった。

(被告会社の主張)

ア 平成一三年度冬期賞与が前年度より低いのは、原告に限らないし、原告と組合との紛争とは無関係である。

イ 被告会社には、三〇年間勤務した従業員を表彰する制度はない。被告会社の就業規則六六条(1)には「従業員が次の各号のいずれかに該当し、一般の模範とするに足ると認められたときは、審査の上でこれを表彰する」とあり、その一つとして「永年誠実に勤務した者」(一号)と規定しているだけである。原告は、過去に戒告処分を受けるなど必ずしも「一般の模範とするに足る」とは認められなかったため表彰しなかったのであり、嫌がらせではない。

(4)  争点(4)(損害発生の有無とその金額)について

(原告の主張)

原告は、被告らの共同不法行為により、被告会社を退職し、被告組合を脱退せざるを得ない状況にまで陥り、多大な精神的損害を受けたもので、これを慰謝する金額としては五〇〇万円が相当である。

第三争点に対する判断

1  争点(1)(被告会社の人事権濫用の有無)について

(1)  前記争いのない事実等、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

ア 原告の職務内容

原告は、平成一三年一一月まで、製造第三部内の製造棟(ただし、名称が製造第三部となったのは、平成一二年一二月一日の組織変更以降である)において二〇年以上製造業務に従事していた。原告の平成一三年一二月一日当時の資格は副参事であった。

イ 被告会社の多能工化の方針

(ア) 被告会社は、製造工程が異なる化学製品を複数製造しており、奈良工場では約一〇棟の独立した製造棟が設置されている。

被告会社は、従来、従業員を各製造棟ごとに配置していた。しかし、受注状況や生産の段取り、工程上の理由から要員が不足する職場と余裕が生じる職場とに分かれ、要員が不足する職場では時間外労働を行わなければならず、余裕が生じる職場では定時退社が多いなどの不均衡が発生し、被告会社にとって業務運営上不都合であるだけでなく、従業員からも、負担や手当の多寡の不公平があるので是正してほしいとの要望が出されていた。

そこで、被告会社は、従業員が複数の多様な業務を処理する能力を獲得できるような人事異動の方針すなわち多能工化の方針をとることを決定した。そして、被告会社は、多能工化により、要員が不足する職場に他の職場から要員を補充し又は支援することが可能になるという本来の目的を達成することのほか、熟練者の技術の伝承によって生産体制が強化されることも期待した。

(イ) 被告会社は、多能工化の実施にあたり、従業員を未経験の職場に配転し、新しい業務を実際に行わせながら業務遂行の能力を開発、取得させることとし、また、長年同じ職場に勤務して一つの業務に熟練している上位の従業員にまず多能工化に臨ませ、より経験の少ない下位の従業員に成果と満足が得られることを実際に示した後、下位の従業員を対象とした多能工化を進めることとした。

(ウ) 被告会社は、奈良工場では、平成一一年一二月以降、多能工化の人事異動を開始し、同月には五名、平成一二年一二月には六名の従業員を多能工化の方針に基づき配転した。

ウ 本件配転命令の発令の経緯

(ア) 被告会社は、平成一二年九月ころ、原告が職場における上位の従業員であったこと、原告に将来のリーダーとしての経験を積ませる必要があったこと、製造第一部において近年中に定年退職となる従業員が数名おり、副参事の資格を持つ原告が多能工化の対象者として適任であると判断したことから、原告を同年一二月に製造第三部から製造第一部に配転するとの案を作成した。

(イ) ところが、当時、製造第三部では本件新プラントを建設中であり、被告会社は、本件新プラントの設計、施工の段階から、熟練工である原告を部長及び部長代理の指揮管理の下でその協議に参加させていた。そして、本件新プラントの工事は平成一二年一一月末に完成し、同年一二月以降に試運転が予定されていたが、被告会社は、試運転から平常運転に至るまでの期間における運転条件の調整等のため、熟練工である原告が必要であると考え、原告の配転を延期することとした。

(ウ) S工場長は、平成一三年二月、製造第一部から、平成一四年七月に定年退職となる正社員の後任者として、石けん関係の製造技術を継承するため相応の技術を有する従業員を配置してほしいとの要請を受けたことや、本件新プラントでは予定していた五、六品目の製造が可能となっており、責任者である製造第三部長も原告を異動させてもよいとの意向であったことから、平成一三年一二月の人事異動案として、原告を製造第一部に配転する案を同年一〇月一〇日開催の被告会社役員会に提出した。この配転案は、同月三〇日開催の被告会社役員会で承認され、S工場長は、同年一一月一日、原告に対し、製造第一部への配転が内定した旨通知し、その後、同年一二月一日付けで本件配転命令が発令された。

(2)  前記(1)の事実によると、本件配転命令は、平成一二年に多能工化の方針に基づいて立案されたものであり、本件新プラントを立ち上げるため、いったん延期されたが、製造第一部に原告を配置する必要性があり、製造第三部では原告が従前従事していた本件新プラントの立ち上げが一段落したことから実施することとしたものであって、被告会社には本件配転命令を行う業務上の必要性があったといわなければならない。そして、原告の職場は、本件配転命令の前後を通じて同じ奈良工場内にあり、また、本件全証拠によっても、被告らが原告を退職に追い込む目的を有していたことを推認させるような事実も認められないことを併せ考えると、本件配転命令が人事権の濫用であるということはできない。

もっとも、原告は、原告のように高度の技術を持っている者を単純作業の部署に異動させることは多能工化の目的に合致しないと主張している。

しかし、前記認定事実によると、多能工化の本来の目的は、要員が不足する職場に他の職場から要員を補充し又は支援することを可能にするため、各従業員が担当しうる業務範囲を拡大することであって、基本的には異動する部署間の技術レベルの高低は問題にはならないし、製造第一部で定年退職となる正社員の後任者として石けん関係の製造技術を継承するため、相応の技術を有する従業員として原告が同部に配転されたことは、多能工化の副次的な目的や実施方針にも副うものであるから、原告の主張は理由がない。

2  争点(2)(被告組合の統制権濫用の有無)について

(1)  前記争いのない事実等、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

ア 奈良工場におけるQC活動

(ア) 奈良工場では、平成七年から、業務改善を目的としたQC活動が行われ、毎年二月ころ、その発表会が開催されていた。この発表会は、被告会社において休日とされている土曜日に開催され、被告会社は振替休日を設けていた。そして、QC活動を支援するため、QC活動推進委員会が設置され、その委員長は工場長又は副工場長が就任し、委員に対しては被告会社代表者からその辞令が出されていた。

(イ) 被告会社は、QC活動は業務にあたらないとしながらも、QC活動推進委員会から業務時間内に活動を行わせてほしいとの要請を受け、業務に支障がない範囲内で業務時間内にQC活動を行うことを許容していた。

イ 原告の被告組合における発言等

(ア) 原告は、平成一三年一月一二日に開催された合同委員会において、執行委員会に対し、QC活動は違法であるとして、被告会社にその是正を求めるよう要求した。これに対し、当時の執行委員長は、原告の要求が代議員会の議決を経たものではなかったため、まず代議員会で審議をすることを求めた。結局、同日の合同委員会では、この点に関して特に議決は行われなかった。

(イ) 原告は、平成一三年六月二〇日に開催された合同委員会において、執行委員に対し、同月二二日に開催される予定の被告組合と被告会社との労経協議会で、QC活動がサークル活動か業務かを被告会社に質問するよう依頼した。執行委員は、同月二二日に開催された労経協議会で被告会社に対してその件に関して質問をし、同月二五日に開催された合同委員会において、被告会社からQC活動はサークル活動である旨の回答を得たことを報告した。

(ウ) 原告は、平成一三年七月九日及び同月一三日に開催された代議員会ではQC活動に関する発言をしなかったが、同月二三日に開催された代議員会ではQC活動は違法である旨発言し、アンケート調査を実施すべきであるとの提案をした上、アンケートの原案を示し、これをたたき台にしてアンケート書面を作成するよう他の者に依頼した。

しかし、同年八月三日に開催された代議員会において、他の代議員から、代議員の任期終了まであと一か月未満となっているが、同月三一日に開催される予定の定期総会の準備が必要であることや、定期総会までに行わなければならない次期役員の選挙も公示をやり直す必要から日程が遅れ混乱状態にあることなどから、多忙な状況にあるので、アンケート調査を次期役員への引継事項とし、次期組合役員により最初から行う方がよいのではないかとの意見が出された。

前記代議員会では、討議を経て最終的に挙手により議決が行われ、八票対二票により、アンケート調査については次期役員への引継事項とするとの決議結果となった。

ところが、原告は、自己の提案が受け入れられなかったことから、この決議には従わない、代議員及び代議員議長を辞めると言い出したため、当時代議員会副議長であったIが、原告に対し、原告は三か月間引継役員として残ることができるので、アンケート調査についての対応も十分見届けられるはずであると言って説得したが、原告は、代議員会を途中で退席してしまった。

そして、原告は、同月六日、被告組合に対し、代議員会議長及び代議員を辞退する旨の書面を提出した。

ウ 本件処分の経緯

(ア) 被告組合は、平成一三年八月当時、初めて奈良工場で定期総会を行う予定であったため、執行委員会が被告会社との打合せを行い、代議員会議長はそのまとめをする必要があった。また、代議員会議長は、定期総会の運営書、案内書等を作成したり、定期総会の議長の人選や議案書、代議員会の活動報告等の作成のとりまとめもすることとなっていた。

(イ) 被告組合規約には、代議員会議長及び代議員が辞任することができる旨の規定がなかったため、代議員会は、平成一三年八月八日、原告について代議員会議長を解任する決議をした上で、新たな代議員会議長等を選任する決議をした。しかし、原告の代議員としての地位については、組合員による選挙により選任されており、代議員会が辞任を承認する権限はないとして、原告の代議員の辞任は認めない扱いとした。

(ウ) 被告組合は、平成一三年八月二三日、代議員会を開催し、定期総会で本件処分と同内容の提案をすることを、原告を除く代議員全員の賛成により議決した。

(エ) 被告組合は、平成一三年八月二四日、組合員に対し、原告に対する統制処分を議題の一つとして記載した定期総会の招集通知書を配布し、同月三一日に開催された定期総会において、賛成多数で本件処分を行う旨を議決し、同日、その旨を公示した。

エ 原告の奈良労働基準監督署に対する申告等

(ア) 原告は、平成一三年八月二三日、S工場長及び被告会社の当時の管理部長とともに、奈良労働基準監督署に赴き、被告会社におけるQC活動が業務に該当するかどうかについて相談した。

S工場長は、同月二四日、同監督署から、QC活動が業務外とはいえない可能性があるので是正してはどうかとの助言を得たため、QC活動推進委員会の委員及び部長クラスの従業員に対し、QC活動を時間外に行わないよう指示した。

(イ) 原告は、平成一三年八月二七日、S工場長に対し、QC活動について是正をするよう申し入れた。

(ウ) 原告は、平成一三年一一月一五日、奈良労働基準監督署に対し、被告会社におけるQC活動について労働基準法違反がある旨の申告をした。

同監督署は、同月、被告会社奈良工場において調査を行い、同年一二月六日、QC活動に要する時間は労働基準法上の労働時間であるので、QC活動を行う場合に労働時間等に関する労働基準法令に抵触しないよう留意し、改善措置をとること及び改善の状況について報告することを指導した。

被告会社は、同年一二月、QC活動は原則として労働時間内に行い、時間外に行う場合は上司の許可を得て残業届を提出することとし、時間外労働は三六協定の範囲内で行う等の改善措置をとり、その旨をQC活動推進委員会を通じてQC活動の構成員である従業員に周知させるとともに、被告会社役員や部長クラスの従業員等に対し、その管理をするよう指示した。

(2)  前記争いのない事実等及び前記(1)の事実によると、原告は、被告組合規約上、代議員会の決定事項に従う義務、代議員として選出されたことによる代議員就任義務及び代議員会に出席する義務があり、また、代議員会議長として代議員会の議長を務める等の義務があったにもかかわらず、自己の提案に固執して代議員会の決議に従わず、代議員会の途中で退席し、代議員会議長及び代議員を辞退する旨の書面を提出したことにより、これらの義務に反したものといわざるを得ない。

そして、原告が代議員会議長及び代議員を辞退する旨の書面を提出したのは、一か月以内に役員の選挙や定期総会の開催が予定され、代議員会議長として果たすべき様々な責務があった時期であったこと、本件処分による原告の不利益の内容及び期間が限定的であることを考慮すると、本件処分が被告組合の統制権の濫用であるということはできない。

もっとも、原告は、QC活動について労働基準法違反があり、本件処分の対象となった行為はいずれもこれを是正するために行ったものであるから、被告組合の目的に合致し、分派活動とはいえず、被告組合に全く不利益は生じていない旨主張している。

しかし、被告組合は、役員選挙及び定期総会が間近に迫った時期に、その準備作業の中で重要な役割を果たすべき代議員会議長を欠く状態となり、その運営に支障をきたしたのであって、原告の動機がどのようなものであったかにかかわらず、被告組合に不利益が生じたことは否定できない。

また、原告は、代議員会が被告会社の意を体してQC活動について問題を先延ばしにしてうやむやにする目的でアンケート調査を引継事項とする決議した旨主張しているが、本件において、代議員会がそのような目的で決議をしたことを認めるに足りる証拠はないのであって、原告が代議員会の決議に従わなかったことを正当化しうる理由はない。

さらに、原告は、自己が奈良労働基準監督署にQC活動の違法性について相談に行った行為も本件処分の理由となったかのごとく主張しているが、本件全証拠を検討しても、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

3  争点(3)(被告らによる嫌がらせ行為の有無等)について

(1)  原告は、被告らが平成一三年一〇月二九日に原告の机の上に被告組合退会届を置いた旨、H部長やS工場長が原告に対して辞職を迫る発言をした旨を主張しているが、本件全証拠を検討しても、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  原告は、原告の平成一二年度冬期賞与の支給額は被告組合の組合員の平均とほぼ同等の水準(〇・一三月分だけ下回る)であったのに、平成一三年度冬期賞与については、被告会社が被告組合との紛争を理由として被告組合の組合員の平均よりも約〇・五か月分低い支給額にとどめた旨主張している。

しかし、証拠(略)によると、賞与については、支給基準は会社の業績により上下するものとされており、また、当該従業員に対する査定が支給額決定の要素の一つとされていることが認められる。そうすると、原告主張のような支給水準の低下があったとしても、そのことをもって直ちに被告組合との紛争がその低下の理由であるとすることはできないし、ほかに被告組合との紛争がその理由であると推認しうる事実を認めるに足りる証拠もない。

(3)  原告は、被告会社が原告を退職に追い込む目的で、三〇年間勤務した者に対する表彰や旅行券及び休日の付与をしなかった旨主張している。

しかし、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、被告会社は、従業員が永年誠実に勤務し、一般の模範とするに足りると認めた場合に表彰することとしている(就業規則六六条(1))ところ、原告は平成七年に他の従業員に対して差別発言や嫌からせ行為をしたことにより被告会社から戒告処分を受けたため、被告会社は、原告を一般の模範とするに足りるとはいえないものと判断したことが認められるのであって、証拠上、原告主張のように、被告会社が原告を退職に追い込む目的を有していたことを推認すべき事実は見当たらない。

(4)  そして、先に説示したところによると、本件配転命令や本件処分が違法であるとはいえないし、その余の嫌がらせ行為の主張については、前記(1)ないし(3)のとおり、採用することができないから、被告らが不法行為責任を負う理由はない。

第四結論

以上の次第で、原告の本件請求は、その余の点について触れるまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判長裁判官 小佐田潔 裁判官 大島道代 裁判官 朝倉亮子)

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