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大阪地方裁判所 平成13年(ワ)13125号 判決 2004年4月28日

原告

X1

原告

X2

原告

X3

原告

X4

原告

X5

原告

X6

原告

X7

原告

X8

上記原告ら訴訟代理人弁護士

永嶋靖久

被告

日本郵便逓送株式会社

上記代表者代表取締役

I

上記訴訟代理人弁護士

瀬戸康富

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、各原告に対し、以下の各金員及び当該各金員に対する平成一三年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

1  原告X1に対し、二〇七万七〇〇四円

2  原告X2に対し、一七五万四九〇四円

3  原告X3に対し、八二万〇八三六円

4  原告X4に対し、一六四万七四五六円

5  原告X5に対し、二一三万七六〇〇円

6  原告X6に対し、八三万五七一二円

7  原告X7に対し、一一一万〇六四四円

8  原告X8に対し、一一三万五九二八円

第二事案の概要

本件は、被告の期間臨時社員である原告らが、被告に対し、二暦日にわたる泊まり勤務の間で設定されている仮眠時間が労働時間に当たるとして、労働契約に基づき、仮眠時間に対する超過勤務手当及び深夜作業手当の支払並びにこれらに対する支払日以降の日である平成一三年三月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等

(1)  当事者等

ア 被告

被告は、郵便物及び逓信事業に関連する物品の運送事業、それ以外の一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社である。被告の業務の具体的な内容は、荷主である郵政事業庁から委託された郵便局間の郵便物の運送及び郵便ポストからの郵便物の取集業務等である。

イ 期間臨時社員

被告における期間臨時社員とは、被告における所定の手続を経て、一定期間の有期労働契約を締結して被告の業務に従事している者で、期間臨時社員のうち、現業部門の運転業務に従事する者は、臨時運転士と呼称されている(被告期間臨時社員就業規則二条。書証略)。なお、被告では、期間臨時社員については、本務社員と呼称される正社員に適用される就業規則とは別個の期間臨時社員就業規則が適用される(書証略)。

ウ 原告ら

原告らは、いずれも被告の臨時運転士である。

原告X1、原告X2、原告X3、原告X4、原告X5及び原告X6は、平成九年一月一日から平成一一年一一月三〇日までの間、被告の大阪支店で、原告X7は、平成九年一月一日から同年七月三一日までの間、被告の近畿運行管理センター(以下「管理センター」という)で、同年八月一日から平成一一年一一月三〇日までの間、被告の大阪支店で、原告X8は、平成九年一月一日から平成一〇年七月三一日までの間、被告の大阪港営業所「以下「港営業所」という)でそれぞれ勤務していた。

エ 既定便と臨時便

被告における運送業務の運送便には、あらかじめ運行時間が定まっている既定便と運送委託による業務量の増減に応じて運行する、運行時間があらかじめ定まっていない臨時便がある。被告では、既定便には原則として本務社員が乗務し、臨時便には臨時運転士が乗務することになっているが、本務社員の補充として、臨時運転士が既定便に乗務することもある。

(2)  勤務時間等

ア 勤務時間

(ア) 臨時運転士の日勤の場合の勤務時間は、平成九年三月三一日までは、午前九時から午後五時まで(うち一時間は休憩時間である)、同年四月一日以降は、午前九時から午後五時一五分まで(うち一時間は休憩時間である)である。

(イ) 被告では、勤務形態として、日勤のほかに二四勤又は泊まり勤務(以下「泊まり勤務」という)と呼称される勤務形態がある。泊まり勤務は、二暦日にわたる勤務で、一八時間ないし二四時間の拘束時間中に二時間(一労働日につき一時間)の休憩時間及び午後一〇時から翌日午前五時までの間(以下、午後一〇時から翌日午前五時までの時間帯を「深夜」という)継続して四時間以上六時間以内の仮眠時間(以下「本件仮眠時間」という)を設定することになっている。

イ 超過勤務手当及び深夜作業手当

(ア) 超過勤務手当

期間臨時社員就業規則は、臨時運転士が所定勤務時間を超えて労働する場合には、その延長時間に対して超過勤務手当を支給し、その割増率を二五パーセントとすると定めている(期間臨時社員賃金規則一〇条一項・三項。書証略)。

(イ) 深夜作業手当

期間臨時社員就業規則は、深夜の勤務時間については、深夜作業手当を支給し、その割増率を三〇パーセントとすると定めている(期間臨時社員賃金規則一二条一項・二項。書証略)。

(ウ) 被告では、深夜七時間のうち、一時間を労働時間とし、その余は労働時間に含めず、原則としてその時間帯については、超過勤務手当及び深夜作業手当を支給していない。

(3)  別件の訴訟並びに被告からの超過勤務手当及び深夜作業手当の精算の申出等

ア 被告京都支店の臨時運転士らが被告に対して仮眠時間は労働時間に当たるとして超過勤務手当及び深夜作業手当を請求した訴訟(京都地方裁判所平成七年(ワ)第二六九二号、大阪高等裁判所平成一一年(ネ)第一九七号、最高裁判所平成一二年(オ)第一〇三号、以下「別件訴訟」という)につき、京都支店の臨時運転士らの請求を認める判決が確定した。

イ 被告は、別件訴訟の判決確定後、被告の近畿統括支店管内の臨時運転士に対し、平成九年一月から平成一一年一一月までの間の超過勤務手当及び深夜作業手当を精算するとして、その精算金の支払を申し出た。

しかし、原告らは、被告が主張する泊まり勤務の回数が事実とは全く異なるとして、被告の申出を拒否し、精算金を受領しなかった。

(4)  超勤単価等

各原告と被告との各労働契約により定められた各原告の超勤単価(一時間当たりの超過勤務手当単価)及び深夜単価(一時間当たりの深夜作業手当単価)は、別紙(略)の各原告の「超勤単価」及び「深夜作業手当」の各欄に記載のとおりである(ただし、(書証略)によると、別紙(略)における原告X6の平成九年一月の「超勤単価」欄の金額(原告ら主張の金額)は「一、七三六」の誤記と認められ、また、同原告の平成一一年一〇月及び同年一一月の「超勤単価」欄の金額(原告ら主張の金額)は、「一七五七円」(書証略)の内金請求の趣旨と解される)。

(5)  被告による二年の消滅時効の援用

被告は、原告らに対し、平成一四年二月六日到達の同年一月三〇日付け準備書面をもって、後記のとおり時効を援用するとの意思表示をした(当裁判所に顕著である)。

2  争点

(1)  本件仮眠時間は労働時間に当たるか。

(2)  原告らの泊まり勤務の回数並びに未払超過勤務手当及び未払深夜作業手当の金額

(3)  被告による精算金支払の申出により、未払超過勤務手当請求権及び未払深夜作業手当請求権の消滅時効が中断し又は時効の利益が放棄されたか。

3  争点についての主張

(1)  本件仮眠時間の労働時間性について(争点(1))

(原告らの主張)

被告は、泊まり勤務の際の深夜七時間(午後一〇時から翌日午前五時までの間)のうち一時間のみを労働時間とみなし、その余は仮眠時間として労働時間に含めておらず、原則として超過勤務手当及び深夜作業手当を支給していなかった。しかし、原告らの泊まり勤務は、本件仮眠時間中でも突発臨時便の要請に対応することを職務として義務付けられており、労働からの解放は保障されていなかったし、原告らは、本件仮眠時間中は帰宅・外出を原則として禁止され、仮眠の場所も特定されていたから、本件仮眠時間はすべて労働時間として取り扱われるべきものである。

大阪支店及び港営業所では、臨時運転士に対し、泊まり勤務の際に、既定便対応の泊まり勤務であるかそれとも臨時便対応の泊まり勤務であるかをあらかじめ示すことはなかったし、そもそも、既定便と臨時便は、本務社員の乗務についての区別であり、既定便に乗務予定の本務社員が突発的に休めば、その既定便への乗務が臨時運転士である原告らに臨時的に命じられることになるから、原告ら臨時運転士については、既定便に乗務する場合であっても、本件仮眠時間中は、労働からの解放が確保されているとは到底いえなかった。また、原告らは、既定便と既定便の間の本件仮眠時間においても、被告から突発臨時便への乗務を命じられ、これに従事することもあった。

したがって、本件仮眠時間は、突発臨時便等に対応できるように待機を義務付けられていたのであるから、労働時間であるというべきである。

(被告の主張)

ア 被告では、原則的に本務社員が既定便に乗務しているが、既定便は、あらかじめ運行時間が定まっており、既定便に乗務する前後の休憩時間や仮眠時間は確保されているから、この休憩時間や仮眠時間は労働時間とはいえない。臨時便は、あらかじめ運行時間が予定されているものもあるが、突発的に運行されることが多く、臨時運転士がこれに乗務することになっている。

臨時運転士でも、本務社員の補充として既定便に乗務することが決まれば、本務社員と同様に勤務当日の乗務時間が確定し、本務社員の場合と同様に乗務前後の休憩時間や仮眠時間が確保され、不定期な乗務待機性はなく、労務からの解放も保障されているため、この休憩時間や仮眠時間に労働時間性はない。

イ 原告ら(原告X7の一定期間を除く)は、大阪支店か港営業所のいずれかで勤務をしていたが、大阪支店及び港営業所では既定便が発着し、突発臨時便の発着があるのは、管理センターのみであった。

大阪支店及び港営業所における臨時運転士の勤務は、既定便に乗務する本務社員の欠務補充が目的であり、臨時便の乗務は予定していない。したがって、大阪支店及び港営業所に勤務する臨時運転士は、乗務する便の予定は定まっており、予定された時間に勤務することになるから、何時出現するか不明な臨時便を待機しているような勤務はなかったし、また、次便が確定している以上、被告が、仮眠時間帯に臨時便乗務などを命じることもなく、予定された仮眠時間中は労働から解放されていた。もっとも、出発時間の変更はないが、帰着時間が交通事情等により遅延し、予定していた仮眠時間帯に食い込むこともあったが、このような場合は、被告は、超過勤務があったとして、当然その時間分の賃金は支払っていたし、帰着後は、事実上四時間の仮眠時間を与えていた。

また、被告では、平成九年七月三日までは、欠務補充をする本務社員が定まらないまま本務社員に欠務がある場合に備えて臨時運転士に泊まり勤務をさせる、予備の泊まり勤務と呼ばれる勤務があった。しかし、被告は、予備の泊まり勤務の場合も、予備の泊まり勤務者の仮眠時間帯を同一にするのではなく、仮眠時間帯に時間差をつけ、いったん仮眠時間に入った泊まり勤務者の仮眠を中断しないように配慮していた。この予備の泊まり勤務は、平成九年七月四日以降廃止され、それ以後、日勤、深夜勤体制に切り替わったため、臨時運転士の泊まり勤務は、本務社員の欠務補充の既定便乗務に限られることになった。したがって、予備の泊まり勤務の廃止後は、臨時運転士は、予定された便にのみ乗務し、乗務を予定する便と便との間に設定されている仮眠時間帯に乗務することはなくなった。

ウ このように、臨時運転士は、原則として既定便勤務の本務社員の欠務補充をするが、例外的に臨時便を取り扱う管理センターから大阪支店あるいは港営業所に臨時便乗務への応援要請があり、大阪支店あるいは港営業所の臨時運転士が臨時便に乗務することがある。しかし、このような場合は、被告は、臨時便に乗務した臨時運転士に対し、現実に乗務した時間に対する賃金を支払っている。もっとも、臨時便は運賃請求の関係から運行した便の記録が被告に経理上保存されているところ、記録上原告らが応援要員として深夜に臨時便に乗務したことはなかった。したがって、原告らの請求にかかる期間において、深夜の臨時便応援業務の事実はなく、臨時便応援業務による仮眠時間の中断はなかったから、無給の労働時間帯の生じる余地はなかった。

なお、仮眠場所の特定は、労働安全衛生規則六一六条の定めるところによるものであり、本件仮眠時間が労働時間に該当することの根拠となるものではない。

エ 以上のとおり、本件仮眠時間は、労働時間に当たらない。

(2)  原告らの泊まり勤務回数並びに未払超過勤務手当及び未払深夜作業手当の金額について(争点(2))

(原告らの主張)

各原告の各月の泊まり勤務の回数は、別紙(略)の各原告の「泊勤回数」欄に記載のとおりである。したがって、原告らは、泊まり勤務の際に、深夜の時間帯において少なくとも四時間の仮眠時間が設定されていたから、泊まり勤務の際の仮眠時間を四時間とすると、各原告に対する各月の未払超過勤務手当額及び未払深夜作業手当額は、別紙(略)の各原告の「<6>=<2>×<5>各月計」欄に記載のとおりであり、各原告の未払超過勤務手当及び未払深夜作業手当額の合計(ただし、原告X8については、平成九年一月一日から平成一〇年七月三一日までの分、その他の原告らについては、平成九年一月一日から平成一一年一一月三〇日までの分)は、後記アないしク記載のとおりである。

なお、本件仮眠時間につき、労働からの解放がないことは前記のとおりであるから、仮眠時間が深夜の時間帯のどの時間帯に設定されていたかは、本件請求とは関係がない。

ア 原告X1 二〇七万七〇〇四円

イ 原告X2 一七五万四九〇四円

ウ 原告X3 八二万〇八三六円

エ 原告X4 一六四万七四五六円

オ 原告X5 二一三万七六〇〇円

カ 原告X6 八三万五七一二円

キ 原告X7 一一一万〇六四四円

ク 原告X8 一一三万五九二八円

(被告の主張)

大阪支店及び港営業所における臨時運転士の泊まり勤務は、本務社員の欠務補充であるため、その内容は千差万別であって一定ではなく、泊まり勤務であれば常に四時間の労働時間性のある仮眠時間が認められるわけではない。したがって、泊まり勤務の日時、仮眠時間帯、仮眠時間帯中の実際の仮眠時間等を具体的に特定しない限り、原告らの泊まり勤務についての請求は不特定であるといわざるを得ない。

(3)  時効の中断又は時効の利益の放棄について(争点(3))

(原告らの主張)

被告は、平成一三年三月二四日及び同月二五日、原告らに対し、時効にかかる部分も含めて、平成九年一月から平成一一年一一月分までの超過勤務手当及び深夜勤務手当の精算をすると明言した。被告は、被告が原告らに精算金の支払を提案するに際して交付した「仮眠時間の精算に伴う確認書」と題する書面において、勤務時間を確定した上で精算を行うとしており、さらに、「睡眠時間精算対象服務の考え方」と題する書面においても、勤務時間を確定した上での精算であることを明記している。したがって、精算金の支払の申出は、単なる和解金的な一時金支払の提案ではなく、未払賃金についての承認であることは疑いがない。

したがって、超過勤務手当請求権及び深夜作業手当請求権についての消滅時効は被告の承認により中断し、あるいは、時効の利益の放棄によりその効力は発生していない。

(被告の主張)

原告らの被告に対する賃金債権は、すべて二年間の消滅時効が成立している。

被告の精算金支払の申出は、具体的な超過勤務手当請求権及び深夜作業手当請求権を特定して原告らの超過勤務時間等を算定したものではないし、時効の利益を放棄したものでもない。被告は、賃金請求権を確認して和解をしようとしたのではなく、必要以上の争いを避けるために、いくらかでも和解金を支払いたいとの意図で精算金の支払を申し出たにすぎない。その経緯は以下のとおりである。

京都支店の臨時運転士が提起した別件訴訟において争点となったのは、臨時運転士が既定便に乗務する以外の泊まり勤務の際の仮眠時間の労働時間性であった。別件訴訟の判決では、既定便に対応するため以外の泊まり勤務の場合は、仮眠時間中も臨時便乗務への待機が義務付けられているので、労働からの解放が保障されているとはいえないとして、仮眠時間と労働時間を同視することができると判断された。しかし、そもそも本務社員の補充として臨時運転士が既定便に乗務する場合は、本務社員と同じく乗務時間は特定されているため、不定期な乗務待機性はないし、労務からの解放も保障されているため、労働時間と仮眠時間を同一視する必要はない。しかし、被告は、別件訴訟の判決後、京都支店における問題解決を踏まえ、他の臨時運転士らに対してもできるだけ平等に取り扱うこととし、原告らを含む臨時運転士に対し、精算金として相応な金員を支払うことにしたのである。

第三争点に対する判断

1  争いのない事実等、証拠(略)及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

(1)  被告の運送業務

被告の運送業務は、大別して事前に運行時間等の運行予定が定まっている既定便と荷量に対応するために必要に応じて要請される臨時便がある。管理センターは、既定便の発着もあるが、主として既定便の運行において積み残しが出た場合にこれを輸送する突発臨時便(一定の計画に従って運行する既定臨時便とは異なり、あらかじめ運行計画がなく既定便の補助的に必要に応じて運行する臨時便)への対応業務を行っている。一方、大阪支店及び港営業所は、既定便への対応業務を行っているが、管理センターの要員のみでは対応できない突発臨時便を運行する必要が生じた場合には、管理センターから大阪支店及び港営業所に対して臨時便への対応の応援を依頼されることもあり、その際には、応援要員として、大阪支店あるいは港営業所の臨時運転士が臨時便に乗務することがあった。

(2)  大阪支店及び港営業所の臨時運転士の位置づけ

大阪支店及び港営業所の臨時運転士は、大阪支店及び港営業所が既定便への対応業務を主としていることから、主として既定便に乗務する本務社員に欠務が生じた場合に既定便に乗務する欠務補充要員であった。

(3)  泊まり勤務

本務社員には泊まり勤務を行う班と行わない班(日勤班)があり、臨時運転士もこれに合わせて同様に泊まり勤務を行う班と行わない班があった。原告らのうち、原告X3及び原告X6は、大阪支店の日勤班に所属していたが、日勤班所属であっても、泊まり勤務を命じられることがあった。

大阪支店及び港営業所では、臨時運転士は本務社員の欠務要員として位置づけられており、泊まり勤務においても、本務社員が乗務する既定便に欠務が生じた場合において、これに乗務するために泊まり勤務を行っていた。もともと、本務社員について泊まり勤務を設置しているのは、郵便運送の特殊性から、深夜、早朝の時間帯にも対応できるように、従業員の疲労等を考慮して、深夜、早朝の既定便の運行に支障が生じないようにするためであった。

臨時運転士は、泊まり勤務の際の本件仮眠時間は、原則として、仮眠場所を指定されており、本件仮眠時間中における外出や帰宅は認められていなかった。

(4)  予備の泊まり勤務

このように、大阪支店及び港営業所の臨時運転士は、主として本務社員の欠務に対応する要員であったため、泊まり勤務の内容は、運行時間が定まっている既定便に乗務するためのものであったが、平成九年七月三日までは、予備の泊まり勤務と呼称されていた泊まり勤務があり、これは、欠務補充をする本務社員が定まらないまま、本務社員の欠務がある場合に備えて泊まり勤務をするというものであった。そして、予備の泊まり勤務者は、管理センターが突発臨時便の発生に対応しきれずに大阪支店及び港営業所に応援を要請した際の乗務にも対応するものとされていた。実際に、予備の泊まり勤務において、大阪支店及び港営業所が管理センターから突発臨時便への対応を要請され、予備の泊まり勤務者がこれに対応したことがあった。

(5)  予備の泊まり勤務の廃止等

予備の泊まり勤務は、平成九年七月一日に被告が組織、機構を改正したことに伴い、本務社員の既定便服務に深夜勤務が増加して予備の泊まり勤務では深夜勤務の欠務対応が困難となってきたことを理由に、同月四日以降廃止となり、予備の服務は、日勤、深夜勤務の服務に変更となった。

そのため、それ以降、原告らを含む大阪支店及び港営業所の臨時運転士の担当業務は、本務社員の欠務の代務としての既定便に乗務する泊まり勤務と予備の日勤、深夜勤務指定が原則となった。また、泊まり勤務については、既定便に乗務するためのものであるから、運行時間があらかじめ定まっていたが、早朝便を運行するに当たっての過労運転を防止するために仮眠時間が設定され、運行予定が記載された服務線表にその時間が明示されていた。

もっとも、被告では、あらかじめ、服務線表に仮眠時間が記載されていても、前便の帰着が遅れたり、業務量が多かったりなどして仮眠時間として予定されている時間帯までに職務が終了しなかった場合や、交通渋滞などで、予定された運転士が次便出発までに戻ることができずに臨時運転士が対応する場合など、臨時運転士が、仮眠予定時間に食い込む状態で乗務し、予定された仮眠時間が確保されないこともあったが、このような場合については、被告は、服務が延長されたものとして扱い、そのような勤務を行った場合は、超過勤務手当及び深夜作業手当を支給して対応していた。

また、本務社員の深夜勤務者が当日になって欠務をした場合に、本務社員の乗務を予定した便を分割して臨時運転士で対応していたが、そのような場合には、被告では、事前に本件仮眠時間帯に食い込むことになることを臨時運転士に説明した上で、臨時運転士を乗務させていた。このような勤務を行った場合には、超過勤務手当が支給されていた。

2  本件仮眠時間の労働時間性(争点(1))について

(1)  労働時間とは、労働者が使用者の指揮監督のもとに、使用者の拘束下にある時間をいい、休憩時間とは労働者が使用者の拘束から離れて自由に利用することができる時間をいうところ、現実に業務には従事していない時間であっても、使用者の指揮監督下にあって、労働者が労務の提供を行うことを義務付けられているような実質的に手持ち時間である場合は、この時間帯は労働時間に当たるといえる。

したがって、本件仮眠時間が労働時間に当たるかどうかについては、この時間が使用者の指揮監督下にあって労働者が労務の提供を義務付けられた時間であるかを検討する必要がある。

(2)  そこで、上記認定を基に検討する。

ア 管理センターでは、既定便の発着もあるが、主として既定便の運行において積み残しが出た場合にこれを輸送する突発臨時便への対応業務を行っているのであるから、そのような突発臨時便に対応すべき場合には、本件仮眠時間中も労働から完全には解放されていなかったというべきであり、本件仮眠時間は、使用者である被告の指揮監督下にあったものとして、労働時間として扱われなければならない。

イ また、大阪支店及び港営業所では、平成九年七月三日までは、運行時間が定まっている既定便に乗務する本務社員の欠務を補充するための泊まり勤務のほかに、欠務補充をする本務社員が定まらないまま、本務社員の突然の欠務がある場合に備えて泊まり勤務をする場合、すなわち、予備の泊まり勤務があり、その勤務者は、管理センターが対応しきれない突発臨時便にも対応することとされていた。これは、臨時運転士に対し、本件仮眠時間中であっても、いつでも本務社員の突然の欠務や突発臨時便に対応することを義務付けていたものであるから、予備の泊まり勤務の場合は、本件仮眠時間中も労働から完全には解放されておらず、したがって、予備の泊まり勤務の場合の本件仮眠時間も、労働時間として扱われなければならない。

被告は、この点について、予備の泊まり勤務の際には、いったん仮眠に入った予備の泊まり勤務者を起こしてまで乗務させたことはない旨主張するが、仮にそうであったとしても、予備の泊まり勤務者として、待機を命じられている以上、実際に乗務をしたか否かを問わず労働から解放されてはいなかったといえるのであるから、この点に関する被告の主張は採用することができない。

ウ 一方、大阪支店及び港営業所において、予備の泊まり勤務が廃止となった以降については、本務社員の突然の欠務や突発臨時便に対応するために待機する必要はなくなり、原告らは、専ら運行時間が定まっている既定便に補充要員として乗務していたのであるから、本件仮眠時間は、次の便まで労働から解放されていたといえるのであって、労働時間であるということはできない。なお、上記認定によると、予備の泊まり勤務廃止後も、本務社員の突然の欠務により、泊まり勤務の臨時運転士が本件仮眠時間中に本来本務社員が従事すべき服務に従事することもあったのであるが、このような場合には、被告は、個別に臨時運転士の了解を得て乗務させ、かつ、この乗務に対しては超過勤務手当を支給していたことからすれば、被告が、予備の泊まり勤務廃止以降に、臨時運転士に対し、本件仮眠時間中に待機を命じていたとはいい難い。

3  泊まり勤務回数並びに超過勤務手当及び深夜作業手当の金額(争点(2))について

上記二で説示したとおり、管理センターにおける突発臨時便への対応を要する勤務と大阪支店及び港営業所における予備の泊まり勤務については、本件仮眠時間は労働時間として取り扱われるべきであるが、本件において、原告ら主張にかかる管理センター、大阪支店及び港営業所における既定便及び臨時便の運行状況を明らかにする証拠が全くないばかりか、原告らが泊まり勤務をした日時を明らかにする客観的な証拠も見当たらない。

原告らは、本件仮眠時間について待機を命ぜられている以上、仮眠時間が深夜のどの時間帯に設定されていたかは関係がない旨主張するが、証拠(略)によると、前便の延着や連続した臨時便への対応のために、深夜の時間帯に食い込み、原告らが仮眠時間を十分に取ることができない場合もあったが、このような労働実態の是非はともかく、このような場合については、被告では、超過勤務ないしは深夜勤務の問題として、それに対応する賃金を支給する対象としていたのであるから、本件仮眠時間前の業務が継続して本件仮眠時間に食い込んだ場合のような、超過勤務手当ないし深夜作業手当支給の対象となる時間は、本件仮眠時間にかかる時間帯の労働であっても、原告らの主張にかかる未払超過勤務手当及び未払深夜作業手当が発生している労働時間すなわち待機時間とはいえない。

結局のところ、本件においては、原告らの請求自体が不特定であるとまではいえないが、原告らの泊まり勤務の日のみならず、当該泊まり勤務日の乗務が既定便であるのか、臨時便であるのか、実際の仮眠時間すなわち待機のために要した時間がどれくらいであるのかが、証拠上、明らかではなく、原告らの主張にかかる泊まり勤務のうち、未払超過勤務手当及び未払深夜作業手当の発生している時間を認定することができない。

4  結論

以上のとおりであるから、原告らの超過勤務手当及び深夜作業手当の請求は、その余の判断をするまでも理由がない。

(裁判長裁判官 小佐田潔 裁判官 下他敦史 裁判官大島道代は、転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 小佐田潔)

<別紙略>

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