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大阪地方裁判所 平成13年(ワ)1481号 判決 2001年8月31日

原告

児島道弘

被告

住信情報サービス株式会社

同代表者代表取締役

梅村俊一

同訴訟代理人弁護士

西村捷三

岡﨑孝勝

小林生也

櫻井美幸

主文

1  本件訴えのうち一か月の平均勤務時間の算出方法の確認を求める部分を却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

1  原告

(1)  被告が時間外手当算出に使用する一か月の平均勤務時間は厚生休暇を控除して算出することを確認する。

(2)  被告は原告に対し、二万二二四八円並びにうち一万一一二四円に対する平成一三年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(3)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第(2)項について仮執行の宣言を求める。

2  被告

(1)  本件訴えを却下する。

(2)  原告の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

1  被告の本案前の主張

(1)  確認の利益の不存在

本件訴えのうち確認請求部分は、給付判決を求めることが直截で実効的な解決方法であるにもかかわらず、確認を求めるものであり、訴えの利益がない。

(2)  訴権の濫用

本訴は、原告が勝訴したとしてもその得る利益は、一か月一〇〇〇円未満のわずかな金額であるが、他方、被告は、本訴によって、人的、時間的、場所的に大きな負担を被る。そして、後述のとおり問題となっている計算方法の変更がされてから、既に一年六か月を経ている。原告はこれまでにも被告に対する訴訟を繰り返しており、本訴の原告の目的は、訴えを繰り返し、被告に多大の負担を強いて被告を困らせようとするものであって、訴権の濫用である。そこで、被告は、本訴の却下を求める。

2  原告の訴求原因

(1)  原告は、昭和六〇年三月一日から被告に雇用されている者であり、北地域労働組合はらからの組合員であり、同組合住信情報サービス分会の分会長である。

(2)  被告における所定労働時間、休日及び時間外手当の支給日は、次のとおりである。

ア 労働時間 午前八時五〇分から午後五時一〇分までのうち、休憩時間を除く七時間二〇分

イ 休日 土曜日、日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日、一月二日、同月三日、一二月三一日、厚生休暇(一月の第一営業日在籍者三日、七月の第一営業日在籍者二日、原告の場合三日である)

ウ 時間外手当の支給日 月末締め翌月二四日払い(銀行休業日の場合は前営業日)

(3)  被告は、時間外勤務については、調査役以上の役職者の命により所定勤務時間以前または以後あるいは休日に勤務した者に対しては、次のアないしエにより算出した時間外手当を支給するとし、その算出のための時間割賃金を、時間割賃金=(基本給+第二基本給+初任手当+職務給+資格給+調整手当+食事手当)÷(一年における一か月平均勤務時間)

の算式によって求めるとする。

ア 時間外勤務(早出・残業)

実働一時間につき、時間割賃金に二割七分五厘の増額をした金額を支給する。

イ 休日勤務

実働一時間につき、時間割賃金に三割五分の増額をした金額を支給する。

ウ 深夜勤務

午後一〇時から翌日午前五時までの間に属する勤務労働一時間につき、時間外勤務または休日勤務の支給額にさらに二割七分五厘の相当額を加算支給する。

エ 週法外時間外勤務

休日振替出勤により一週間(日曜日から土曜日)の所定勤務時間内の勤務が四〇時間を超えた場合については、その四〇時間を超えた分につき時間割賃金の二割七分五厘相当額を支給する。

そして、被告においては、この時間外手当を算出するための一か月平均勤務時間を算出するについて、一年間の日数から、前項の休日(厚生休暇を含む)を控除した日数を一二で除していた(以下、これを「従前算出方法」という)。

(4)  被告は、平成一一年七月一日から、従前算出方法を、一年間の日数から土曜日、日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日、銀行休業日のみを控除し、その差を一二で除する方法に変更して実施した。

この結果、月平均勤務時間が従前算出方法より厚生休暇の分多くなり、時間外賃金単価が引き下げられることになった。

(5)  被告は、平成六年に、原告の要求に応じて、従前算出方法を従業員に周知させており、原告は、労働者の過半数の代表者として従前算出方法に同意した。

したがって、従前算出方法は、労使の合意に基づくもので、就業規則の内容となっている。厚生休暇は、被告が定める休日である。

仮に、そうでないとしても、月平均勤務時間を従前算出方法によって算出するとの労使慣行が成立している。

(6)  そこで、被告の従前計算方法の変更は、労働条件を一方的に労働者の不利益に変更するものであって、無効である。

(7)  従前計算方法によれば、原告の平成一一年七月一日から平成一三年二月までの時間外手当の未払金は別表一、二により、一万一一二四円と算出される。

(8)  よって、原告は被告に対し、時間外手当算出に使用する月平均勤務時間が従前算出方法により厚生休暇を控除して算出されるべきことの確認を求め、併せて、未払時間外手当及びこれと同額の附加金の合計二万二二四八円並びにうち未払時間外手当一万一一二四円に対する最終の支払日である平成一三年三月二四日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  請求原因に対する被告の認否

(1)  請求原因(1)の事実は認める。

(2)  同(2)のうち、休日に厚生休暇を含める部分を否認し、その余の事実は認める。厚生休暇は休暇であって休日ではない。

(3)  同(3)の事実は認める。

(4)  同(4)の事実は認める。厚生休暇は有給休暇であって休日ではなかったのに、従前算出方法は、月平均勤務時間算出するにあたって一年間の日数から休日のみならず、これをも控除していたので、改めたものである。

(5)  同(5)の事実は否認する。

(6)  同(6)は争う。従前算出方法の変更は、従来の誤った運用を訂正したに過ぎず、労働条件を変更するものではない。

(7)  同(7)の事実は否認する。原告の主張のもとに計算しても未払時間外手当の額は一万〇〇六七円である。

4  被告の抗弁

従前算出方法の変更は、従来の誤った運用を訂正したに過ぎないのであるが、仮に、これが労働条件を変更したものであるとしても、次のとおり、合理性があり、有効である。

(1)  従前算出方法は、被告の就業規則に反する扱いであり、訂正する必要があった。その変更は人件費削減を目的としたものではない。

(2)  従前算出方法と訂正後の算出方法では、従業員一人あたりの時間外賃金に一時間あたり三〇円ないし四〇円の差が生じ、従業員一人あたり一か月の時間外勤務時間は平均二一時間であるので、一か月で約六三〇円から八四〇円の差が生じるが、その額は僅少である。

(3)  そして、被告は、平成一一年四月及び五月、定期的に開催している従業員代表との定例協議会で説明し、従業員に配慮して、当初、四月勤務分から実施する予定であったのを、七月勤務分から実施することとした。

また、平成一一年五月二一日付け人事部通牒で、従業員全員に説明し、理解を得ている。従業員から異議があったことはない。

(4)  さらに、被告は、平成八年七月には、時間外勤務、深夜勤務の割増率を二割五分から二割七分五厘に増額しているのであり、近年の対応を総合的にみれば、時間外手当は増額している。また、被告は、平成一一年四月に昇給を実施しており、原告も基本給が月額三〇〇〇円増額している。

被告は、平成一二年四月、平成一三年四月にも、従業員の基本給を改定して、その処遇を向上させている。

(5)  被告は、平成一一年五月から、国の年金制度に関しての給付開始年齢の繰り下げや給付額の減額の下方修正に対して、給付額の増加や六〇歳での給付開始確保等のため、全国情報サービス産業厚生年金基金に加入し、同基金の加算掛金部分につき、従業員一人あたり月額三六二九円の金額を負担し、従業員の年金につき向上を図っている。

(5)  以上を総合すれば、従前算出方法の変更は、わずかな不利益を課する結果になるものの他方で実質的に従業員の福利厚生の向上をも図っているのであって、違法な一方的不利益変更ではない。

5  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。

理由

1  確認請求の訴えの利益

原告が確認を求めるのは、時間外割増資金の計算根拠となる一か月の平均勤務時間の算出方法であるが、その割増賃金については、これを直接給付請求することができるのであって、給付請求に加えて、その計算方法の確認を求める必要性はないというべきである。将来の時間外割増賃金を算出する場合を考えても、時間外労働の発生自体が不確定であるうえ、賃金算出方法だけの確認では具体的な請求権を確定できないのであるから、訴えの利益を肯定することはできない。

2  訴権の濫用について

原告の請求額が少なく、被告に応訴の負担が大きいことは理解できるが、請求額が少なくても、権利が存在すれば、その請求をすることができるのは当然であり、そのことだけで訴権の行使を濫用とすることはできない。被告は、本訴を嫌がらせの訴訟と主張するのであるが、未だ、本訴が嫌がらせの目的で提起されたとまでは認めることができない。

3  従前算出方法及びその変更等について

請求原因(1)の事実、同(2)のうち、休日に厚生休暇を含める部分を除く事実、同(3)及び同(4)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

4  従前算出方法の変更の効力について

(1)  被告は、就業規則(書証略)及び給与規定(書証略)において、休日を、日曜日、国民の祝日に関する法律に規定する休日、一月二日、同月三日、一二月三一日、土曜日と規定しており、時間外勤務については、その一時間あたりの単価を、基本給、第二基本給、初任手当、職務給、資格給、調整手当及び食事手当の合計を、一年における一か月平均勤務時間で除して算出するとしている。また、上記就業規則、「厚生特別休暇および連続休暇制度について(準則)」(書証略)に、在籍日に応じて二日または三日の有給の厚生特別休暇を与える旨定めている。ところで、この厚生特別休暇は、その名称自体休暇とされていることや就業規則における規定位置が「休暇および休業」の項にあり、休日とは項を異にすることからすると、休日ではなく、有給休暇の一種であることが明らかであり、前記一年における一か月平均勤務時間が、労働基準法三七条、同法施行規則一九条を受けての規定であることからすれば、一年間の日数から休日のみを控除すれば足り、有給休暇である厚生特別休暇を控除する趣旨ではないと理解することができる。

この点について、原告は、厚生特別休暇を休日である旨、また、従前算出方法が就業規則の内容であると主張するが、これを採用することはできない。

(2)  ところで、被告においては、前記一年における一か月平均勤務時間の算出において、休日のみならず、厚生特別休暇を控除する従前算出方法を行ってきたことは、当事者間に争いがない。そして、(書証略)並びに弁論の全趣旨によれば、被告において厚生特別休暇が休日に準じて扱われたこともあり、従前算出方法が行われていることは従業員の知るところであること、また、従前算出方法は過誤によって採られたものではなく、意識的に行われていたものであること、その期間は一〇年以上に及び、全従業員に対して行われたことが認められる。

してみれば、従前算出方法は、就業規則、給与規定とは異なる算出方法ではあるものの、労使間の慣行となっていたものというべきである。

(3)  他方、(書証略)並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、平成一一年五月、全国情報サービス産業厚生年金基金に加入し、同基金の加算掛金部分につき、従業員一人あたり月額三六二九円の金額を負担し、従業員の年金につき向上を図っていること、従業員の平均給与月額は近時においても増加の傾向にあること、被告は、平成一一年四月に昇給を実施しており、原告も基本給が月額三〇〇〇円増額していること、被告は、平成一二年四月、平成一三年四月にも、従業員の基本給を改定していること、被告は、平成八年七月には、時間外勤務、深夜勤務の割増率を二割五分から二割七分五厘に増額していることを認めることができる。

(4)  以上に鑑みるに、従前算出方法を現行の計算方法へ変更したことは、労働条件を不利益に変更するものではあるが、従前算出方法が就業規則及び給与規定の明文に反していたことからすれば、これと整合した扱いをするため、その必要があったということができる。そして、上記変更による従業員の不利益は、時間外労働時間の多寡によって異なるが、単価にして四〇円未満であるところ、被告は、他方において、代償措置という意識があったわけではないものの、平成八年七月には、時間外賃金及び深夜勤務の割増賃金の割増率を二割五分から二割七分五厘に増加していたし、平成一一年においては、基本給を増額改定しており、原告も基本給が月額三〇〇〇円増額していること、従業員の平均給与月額は近時においても増加の傾向にあったことが認められるのであって、労働者に対する処遇として、全体的に考察するときは、上記不利益を超える処遇がされているということができる。また、変更の手続きをみるに、(書証略)並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、平成一一年四月及び五月、定期的に開催している従業員代表との定例協議会で説明し、平成一一年五月二一日付け人事部通牒で、従業員全員に説明したこと、これに対し、原告を除く従業員からは異議があったことはないと認められる。

以上を総合すれば、上記従前算出方法の変更は合理性を有するものであって、これを一方的であるというだけで無効とすべき理由はない。

5  結語

以上によれば、本件訴えのうち、一か月の平均勤務時間の算出方法の確認を求める部分は訴えの利益がないからこれを却下し、従前算出方法の変更が無効であることを理由に割増賃金の請求をする部分は、その変更を無効ということができず、請求する割増賃金の存在を認めることができないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

別表(略)

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