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大阪地方裁判所 平成13年(ワ)2236号 判決 2002年6月28日

原告

竹本こと姜和史

被告

栗塚芳之

主文

一  別紙交通事故目録記載の交通事故による原告の被告に対する損害賠償債務は金一七三万〇七六三円を超えて存在しないことを確認する。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

別紙交通事故目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)による原告の被告に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。

第二事案の概要

原告と被告との間で本件事故が発生した(争いがない)が、被告の損害額に争いがあるため、原告が被告に対し、本件事故による損害賠償債務が存在しないことの確認を求めた事案である。

一  被告の主張

(1)  被告は、本件追突時の強い衝撃で外傷性頸部捻挫の傷害を受け、平成一一年四月三〇日以降、蒼生病院で継続して治療中である。

(2)  被告は、本件事故以来、頸部痛、右手人差し指・中指のしびれ感、右手の握力低下等の症状に悩まされている。脳梗塞については、本件事故の七、八年前に病院で脳梗塞像がある旨の指摘を受けたことがあるが、本件事故まで何らの障害も発生してはいなかったものであり、上記症状はいずれも本件事故により発生したものである。

(3)  被告は、本件事故により下記のとおり合計一三四六万五五〇〇円の損害を被った。

ア 休業損害 一〇七一万四〇〇〇円

被告は、本件事故当時、居酒屋を経営していたが、前記症状のため調理ができなくなり、平成一一年五月一日から同月二七日までは知人に手伝ってもらったものの半休業、同月二八日から同年一一月末までは完全休業を余儀なくされ、同年一二月一日からは調理人一名を雇って営業を再開した。

本件事故前の一か月の粗利平均は一三八万八〇〇〇円であったところ、平成一一年五月一日から同月二七日までの粗利は一〇〇万二〇〇〇円であったから、その差額三八万六〇〇〇円がこの間の休業損害となる。また、その後約六か月間は完全に休業したので、一三八万八〇〇〇円の六か月分八三二万八〇〇〇円の休業損害が発生した。さらに、平成一一年五月に手伝ってもらった知人への給料四五万円、運転代行手数料六五万円、完全休業により仕入分九〇万円が無駄となった。

イ 傷害慰謝料 一六二万〇〇〇〇円

ウ 通院交通費 一一三万一五〇〇円

平成一一年四月三〇日から同年一二月二二日までの間、タクシーで通院した。日額七三〇〇円、通院実日数一五五日。

二  原告の主張

(1)  双方の車両の損傷状況からして本件事故が軽微な追突事故であったことは明らかであり、被告が本件事故によって受傷したとしても、その程度は極めて軽微なものと考えられる。

(2)  被告は、本件事故の約二週間後に通院を開始したものであり、しかも、神経学的な異常所見は認められていないことからして、被告の受傷程度が休業を必要とするほどのものであったとは考えられない。被告の症状は、多発性大脳梗塞によるものであり、本件事故と因果関係がない。仮に、本件事故による休業が認められるとしても、その期間はせいぜい一〇日間程度にすぎず、また、遅くとも平成一一年一一月ころには症状固定したものと考えられる。

(3)  休業損害の根拠として提出された証拠は、いずれも信用性が乏しい。

第三判断

一  確認の利益

原被告間で本件事故が発生したことについては当事者間に争いがなく、被告の損害額につき当事者間に争いが生じており、本件事故で被告に損害が発生した場合に原告が不法行為責任を負うことは弁論の全趣旨から明らかであるから、原告には被告に対する損害賠償債務の有無・範囲につき確認の利益が認められる。

二  本件事故による被告の受傷及び治療経過等について

(1)  甲第二号証ないし第八号証(枝番を全て含む。)、乙第一号証、第一〇号証ないし第一二号証、被告本人及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件事故は、原告が原告車両を運転し、停止中の被告車両の後方約三・五メートルに一旦停車後、発進したが、なおも停止したままであった原告車両の後方約〇・七メートルまで接近して衝突の危険を感じ、制動措置を講じたものの間に合わず、自車前部を被告車両後部に追突させたというものである。原告車両の損傷は、前部バンパーの車両左端から四八ないし六五センチメートル、地上高四二ないし五五センチメートルの範囲に塗膜のひび割れが認められるというものであり、被告車両の損傷は、後部バンパーの車両左端から三六ないし五三センチメートル、地上高五四ないし五五センチメートルの範囲に打突痕が認められるというものであって、いずれの車両にも明らかな凹損等は発生していない。

イ 被告は、事故当日の晩ころから気分が悪くなるなどの症状が現れ出し、市販薬を飲むなどして我慢していたが、平成一一年四月三〇日、頸部痛等を訴えて蒼生病院を受診したところ、特段の神経学的所見は認められなかったものの、外傷性頸部捻挫と診断され、同日から平成一三年六月末日まで同病院に継続して頻回に通院し、内服・外用薬の投与、リハビリテーションなどの治療を受けた。同病院のカルテによれば、被告は、平成一一年五月六日に、指先の微妙な仕事がしにくい、夜間不眠、同月一四日に、舌の感覚がおかしい、会話しにくい、同月二一日に、舌のもつれ軽度、手指巧緻運動やや困難、受傷時頭部を打撲したかどうかはっきり覚えていない、上記症状は五月上旬ころより自覚しだしたと訴えており、これに対し、同日の医師の所見として、頭部CT上梗塞(ラクナー)認める、今回の受傷との関係は明らかでないと患者に伝えるとの記載が、同月二七日及び二八日の所見として、多発性大脳梗塞(事故とは関係なさそう)、脳梗塞と事故とは関係ないであろうと説明との記載があり、同年一〇月一九日のカルテには、六年前大阪日赤で脳梗塞を指摘(歩行困難で)、今回の事故後畷生会でCTチェック受けた、事故との因果関係はないとの説明を受けている、項部の鈍痛は続いているとの記載がある。

ウ 前記病院発行の平成一一年一〇月一五日及び同年一二月二九日付診断書(甲第二号証、乙第一号証)によれば、就業が全く不可能な期間として「平成一一年四月三〇日~平成一一年一〇月五日」と記載されているが、同病院に対する原告代理人からの照会に対しては、初診時の所見としては少なくとも軽作業は可能と考えられた、平成一一年五月二八日受診時に被告から頸部痛のため仕事ができないとの申し出があり、「一〇日間の休業」との内容で診断書を作成しており、休業必要期間としてはその程度と考えられる、休業の原因としては、自覚症状、他覚的神経学的所見、画像所見からは脳梗塞からの症状と考えた方が矛盾がない、平成一一年九月三〇日の回答時点で頸部痛に関しては就労可能と思われる、日常生活動作に支障がなく、就業を再開した平成一一年一一月ころが症状固定時期と考えられる旨の回答がなされている(甲第四号証、第八号証の各一及び二)。

(2)  以上の事実によれば、本件事故は、原告車両が被告車両の後方に停車した後発進して、約三・五メートル前方の被告車両に衝突したものであることから、衝突時の速度は低速であったと考えられ、また、車両の損傷状況からしても本件事故の衝撃は比較的軽微なものであったと認められるが、被告が全く衝突を予期していない状態であれば、かかる程度の衝撃でも被追突車の乗員にむち打ち運動を引き起こした可能性は否定できず、事故の約二週間後に頸部痛を訴えて蒼生病院を受診したことが特段不自然不合理であるともいえないから、被告が本件事故によって外傷性頸部捻挫を受傷したこと自体は、これを認めることができる。

しかしながら、前記認定の事実に鑑みれば、平成一一年五月上旬ころから被告に発現した舌のもつれや手指の巧緻運動障害等の症状は、上記受傷とは無関係に発症した脳梗塞によるものと認めるのが相当であり、同月下旬ころからの蒼生病院における治療は、脳梗塞に対する治療(投薬)、リハビリと、外傷性頸部捻挫(頸部痛、項部痛の訴え)に対する投薬、リハビリが、混然と行われたものであることが窺われる。

その他、前記認定の事実を総合勘案すれば、本件事故による受傷と相当因果関係のある治療期間としては、事故から七か月を経過した平成一一年一一月一五日ころまでと認めるのが相当であり、なお、この間に生じた損害についても、被告の身体的素因(脳梗塞)の寄与を五割と認めるのが相当というべきである。

三  被告の損害

(1)  休業損害 二三八万一九六六円

乙第六号証ないし第九号証、被告本人及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故当時、「多幸よし」の屋号で居酒屋を経営し、自ら仕入や調理業務等に従事していたこと、本件事故後、睡眠不足となったことや手指のしびれ等の症状が現れたことなどから調理等に支障を来すようになり、平成一一年五月一日から同月二七日までは知人に手伝ってもらうなどして営業を続けたものの、同月二八日から同年一一月末までは全く営業せず、同年一二月一日から人を雇うなどして営業を再開したことの各事実が認められる。

以上の事実に、前項記載の医師の回答などを併せ鑑みれば、相当な休業期間(ただし、前記のとおり、脳梗塞の寄与を含む。)は、平成一一年五月一日から同年九月三〇日までの五か月間と認めるのが相当であり、被告の本件事故前の収入額や本件事故後の人件費等については、被告提出の証拠からは必ずしもこれを客観的に把握することが困難であることから、基礎収入額を平成一一年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子五〇~五四歳の平均年収七一四万五九〇〇円の八割に相当する五七一万六七二〇円として被告の休業損害を計算すれば、下記のとおりとなる。

五、七一六、七二〇÷一二×五=二、三八一、九六六

(2) 傷害慰謝料 九〇万〇〇〇〇円

被告の受傷内容、本件事故と相当因果関係のあると認められる前記治療期間、その他の事情に鑑みれば、傷害慰謝料は九〇万円が相当である。

(3) 通院交通費 一七万九五六〇円

被告は、タクシー通院による交通費を請求するが、被告の症状程度からして通院にタクシーを利用する必要性があったとは認められない。乙第三号証によれば、バス等の公共交通機関を利用した場合の往復交通費は一三四〇円であることが認められ、また、乙第一号証によれば、平成一一年一一月一五日までの実通院日数は一三四日であることが認められるから、通院交通費は下記のとおりとなる。

一、三四〇×一三四=一七九、五六〇

(4) 素因減額

上記損害の合計額は三四六万一五二六円となるところ、前記のとおり五割の素因減額を行うのが相当であるから、素因減額後の損害額は一七三万〇七六三円となる。

四  結論

以上の次第であるから、原告の請求は、原告の被告に対する本件事故による損害賠償債務が金一七三万〇七六三円を超えては存在しないことの確認を求める限度で理由があり、その余は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 福井健太)

別紙 交通事故目録

日時 平成一一年四月一五日午後二時ころ

場所 大阪府寝屋川市池田本町三〇番六号先

関係車両 一 普通乗用自動車 なにわ三四そ六九一七(以下「原告車両」という。)

運転者 原告

二 普通貨物自動車 大阪四一な六三三一(以下「被告車両」という。)

運転者 被告

態様 原告車両が被告車両に追突したもの

以上

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