大阪地方裁判所 平成13年(ワ)4732号 判決 2003年9月26日
主文
1 被告は、原告に対し、8886万3521円及びこれに対する平成13年6月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 この判決の主文第1項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
被告は、原告に対し、8886万3521円及びこれに対する平成12年9月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 当事者の主張
I 請求の原因
l Aは、平成8年10月13日に死亡した。
2 原告はAの妻であり、被告、B、C、DはAの子であって、法定相続分は、原告が2分の1、他の相続人が各8分の1である。
3 Aの遺産の中には、別紙遺産目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)があった。
4 原告、被告を含む全相続人の間において、相続人全員が共同して管理する銀行口座を開設し、同口座において本件不動産の賃料を保管したうえ、同口座から必要に応じて維持管理費用等を出金し、遺産分割協議等により最終的に本件不動産中の各不動産の帰属がきまった時点で精算を行うという暫定的合意が成立した。
5 原告、被告を含む全相続人は、平成8年12月26日、株式会社さくら銀行船場支店に共同で銀行口座(以下「共同口座」という。)を開設し、本件不動産の賃借人に通知して賃料を共同口座に送金させるとともに、維持管理費用等を共同口座から出金してきた。
6 Aの遺産分割については、大阪家庭裁判所において平成11年6月18日に審判がされ(同裁判所平成10年(家)第9923号、同第9924号事件)、その抗告審である大阪高等裁判所は、平成12年2月2日、本件不動産のうち、別紙遺産目録記載(1)ないし(4)、(7)、(8)の不動産は被告及びBの共有(共有持分各2分の1)、(5)、(9)ないし(13)の不動産は原告の所有、(6)の不動産はCの所有、(14)、(15)の不動産はDの所有、(16)、(17)の不動産はBの所有とする旨の決定(以下「本件決定」という。)をして、本件決定は確定した。
7 共同口座の平成12年2月18日時点の残高は、2億1180万7261円であり、その時点で既に請求がされていた別紙遺産目録記載(14)、(15)の不動産の水道料金等16万9744円(同年4月12日出金分)を差し引いた残額は、2億1163万7517円であった。
8 本件決定に従って各不動産の取得者が共同口座開設時から所有ないし共有していたとした場合に、上記残額の各相続人に対する分配額は、次のとおりとなる。
(1) 原告 1億9402万4269.5円
(2) B 917万9905.125円
(3) C 31万8437.125円
(4) D △164万5730.875円
(5) 被告 976万0636.125円
9 被告らは、上記分配額に異議を述べ、本件決定が確定した平成12年2月3日までの収益、費用は、法定相続分に従って分配すべきであり、各相続人に対する分配額は次のとおりになると主張した。
(1) 原告 1億0478万2348円
(2) B 2703万2602円
(3) C 2641万4735.5円
(4) D 2637万5221.5円
(5) 被告 2703万2606円
10 原告、被告を含む全相続人は、平成12年5月30日、次の内容の暫定的合意をした。
(1) 各相続人において争いのない範囲(それぞれ、相手方が認める金額の範囲であり、Dについては0円とする。)で各自が金員を取得し、争いのある部分については、引き続き協議する。
(2) 協議が調わない場合には、共同口座をいったん解約したうえ、被告が解約金を預かり、訴訟により最終帰属先を確定する。ただし、訴訟の提起に必要な印紙代、予納郵券代については、共通の経費として共同口座から出金し、訴訟の結果の如何にかかわらず、相互に返還を求めない。
11 上記合意に基づき、本件口座から争いのない1億2404万1326円が出金され、各相続人に分配された。その結果、8759万6191円が争いのある金額として残ることになった。
12 その後、各相続人間において協議をしたが、協議は調わなかった。そこで、被告は、平成12年9月13日、共同口座を解約して残金を保管するとともに、Dから8(4)記載の164万5730円の預託を受けた。その結果、被告は、争いのある金額として、8886万3521円を保管している(以下「本件預託金」という。)。
13 本件預託金は、本件不動産の賃料収入から経費を差し引いたものであるが、遺産分割は遡及効を有する(民法909条)のであるから、本件不動産中の各不動産は、本件決定によって決められた取得者が相続開始時から取得していたことになるのであり、したがって、各不動産から発生する賃料は、その不動産の取得者に帰属し、経費もその不動産取得者が負担すべきものである。また、実際にも、そのように解さなければ、敷金返還の際にも不都合が生じる。すなわち、本件預託金の中には、共同口座開設後に賃貸借契約を締結した賃借人からの敷金も含まれているが、敷金を含めて法定相続分で分配すると、将来その賃借人が賃貸借契約を解約して不動産から退去するときには、原告及び被告らでその点の精算をしなければならなくなり、不合理かつ非現実的な結果となる。
14 8記載の方法により、本件預託金を分配する場合、原告が本来取得できる1億9402万4269.5円から現実に取得した1億0478万2348円及び本件訴訟の提起に必要であった印紙代、予納郵券代37万8400円を差し引いた残額8886万3521円は、原告が被告から返還を求めることのできる預託金である。
15 よって、原告は、被告に対し、預託金返還請求権に基づき、8886万3521円及びこれに対する被告が本件預託金を保管した日である平成12年9月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
Ⅱ 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1ないし12の事実は認める。
2 同13は争う。民法909条が定める遺産分割の遡及効は、遺産が相続により被相続人から相続人に対し直接に承継するものとした結果の擬制にすぎず、遺産分割前の共有の存在が否定されるものではない。所得税法においても、遺産分割前の果実について、各相続人に法定相続分に応じて帰属するものとして所得の申告をさせており、本件において、原告、被告を含む全相続人は、そのように所得税の申告を行っている。それにもかかわらず、遺産分割前に発生した果実につき遡及効を発生させるのは、既にされた各年度の所得税の申告につき修正又は更正の申告が認められないことからしても、不合理な結果となる。
3 同14は争う。
第3 当裁判所の判断
I 請求の原因1ないし12の事実は、当事者間に争いがない。
Ⅱ 遺産から生じる法定果実は、それ自体は遺産でないが、遺産の所有権が帰属する者にその果実を取得する権利もまた帰属するのであるから(民法89条2項)、遺産分割が遡及効を有する以上、遺産分割の結果、ある財産を取得した者は、被相続人が死亡した時以降のその財産から生じた法定果実を取得することができるというべきである。たしかに、遺産分割に遡及効を認めた趣旨としては、親の財産を相続によって親から直接にもらったという意識を尊重するという点で、一種の擬制という面があることは否定できないが、そうであるとしても、遺産分割に遡及効が認められる以上、民法89条2項の原則を覆す解釈をとることは相当でないと考えられる。
被告は、所得税法においても、遺産分割前の果実について、各相続人に法定相続分に応じて帰属するものとして所得の申告をさせており、本件において、原告、被告を含む全相続人は、そのように所得税の申告を行っていると主張するが、所得税法がそのように定める趣旨は、遺産分割が遅延することにより、だれもが所得税を納付しなくてもよいという事態を避けるための徴税上の措置とみるべきものであるから、所得税法の上記定めは、前記の解釈をとる妨げとなるものではない。これによる実質的納税義務者とのくい違いについては、修正申告又は更正申告によって図られるべきものであり、それができないときは不当利得制度によって、関係者の利害の調整をするほかないと考えられる。
Ⅲ 弁論の全趣旨によると、上記方法によった場合、原告が被告から返還を求めることのできる本件預託金の額は、原告が本来取得できる1億9402万4269.5円から現実に取得した1億0478万2348円及び本件訴訟の提起に必要であった印紙代、予納郵券代37万8400円を差し引いた残額8886万3521円であることが認められる。
Ⅳ よって、原告の請求は、8886万3521円及びこれに対する本件訴状の送達による催告に日の翌日である平成13年6月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので、その限度でこれを認容することとし、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条を、仮執行の宣言につき同法259条を各適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論の終結の日 平成15年8月21日)
(別紙省略)