大阪地方裁判所 平成13年(ワ)6027号 判決 2002年3月29日
原告
藤井博
原告
芦田勉
原告ら訴訟代理人弁護士
松本藤一
山本菜穂子
被告
株式会社メイテック
同代表者清算人
丹羽年惠
同訴訟代理人弁護士
久保隆
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
1 被告は原告藤井博に対し、三一六万円及びこれに対する平成一三年六月二〇日から完済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。
2 被告は原告芦田勉に対し、三二万九二〇〇円及びこれに対する平成一三年六月二〇日から完済に至るまで年六分の割合の金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、原告藤井博(以下「原告藤井」という)が未払の賃金及び名誉毀損による損害金の支払を求め、原告芦田勉(以下「原告芦田」という)が退職金の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 被告
被告は、各種広告の企画、立案、製作等を目的とする会社である。
イ 原告ら
原告藤井は、昭和五九年一月に被告会社に課長職で入社し、平成元年から次長、平成六年から部長となり、平成一〇年に取締役に登記され、平成一三年三月退職した。
原告芦田は、平成三年一二月被告に雇用され、平成五年に主任、平成八年に課長となり、平成一三年三月退職した。
(2) 原告藤井の賃金
原告藤井に対する賃金ないし報酬(これが賃金か取締役報酬か争いがあるが、給与という名目で支払われているので、以下では、その性質とは関係なく、「給与」という)は、平成一〇年一二月まで月額七〇万円が支払われたが、平成一一年一月から月額六二万円に減額となった。
2 争点
(1) 原告藤井に対する未払賃金の存否
(2) 原告藤井に対する名誉毀損及び損害の有無
(3) 原告芦田の退職金債権の有無
3 争点(1)について
(1) 原告藤井の主張
原告藤井に対する給与の減額は、原告藤井の同意を得ずにされたものであって無効であり、平成一三年三月までの二七か月分の二一六万円が未払である。
被告は、上記給与を取締役報酬であるというが、原告藤井は、平成一〇年に取締役として登記されたものの、同意も求められていないし、取締役会が開かれたことは一度もなく、被告の経営に関する全ての決定は先代社長の丹羽武彦とその妻で現社長丹羽年惠らが行っており、原告藤井の仕事は、部長時のものと全く変わらなかったのであり、原告藤井は名目的な取締役であって、得ていた給与はその全額が実質的に賃金である。
被告は時効を主張するが、賃金債権の時効は二年である。また、給与を減額されたのは原告藤井だけであり、全従業員について減額されたという事実はなく、原告藤井が給与減額に承諾した事実はない。
(2) 被告の主張
原告藤井に対する給与は取締役就任後六二万円となったが、これは賃金ではなく、取締役報酬であり、被告の全株式を有した先代社長丹羽武彦が、原告藤井の取締役就任の際に決定したもので、原告藤井が取締役に就任した以上、上記減額に不満があったとしても、これによって報酬額が影響されるものではない。
原告藤井の請求のうち、平成一二年二月分までの一四か月分については、民法一七四条の時効が成立している。
また、平成一一年一月からの給与引き下げは、全従業員について行われたものであるところ、被告の当時の代表取締役は、事前に原告藤井を会議室に呼んで説明し、その承諾を得て実施したものであるから、原告藤井はその減額に承諾していたものである。
4 争点(2)について
(1) 原告の主張
原告藤井は、被告に対し、平成一三年三月一日、退職の意思表示を行い、これによって同月二〇日には、被告を退職した。ところが、被告は、原告藤井について、取締役としての義務違反があり、平成一三年三月三〇日をもって取締役を解任した旨を文書で被告の取引各会社に通知した。また、被告は、平成一三年四月一六日、その取引先であるナショナル住宅産業株式会社に対して原告藤井が被告を退職前に退職後の取引を申し入れて取締役の背任及び不正競争防止法抵触行為を行ったとの虚偽の事実を申し向けて調査を依頼した。これらは、原告藤井の名誉を毀損するもので、これによって原告藤井が被った精神的損害は一〇〇万円を下らない。
(2) 被告の主張
原告藤井は、被告に対し、平成一三年二月一九日に同年二月二六日をもって取締役を辞任する旨の辞任届を提出し、また、同年三月一日、同月三一日付けで退職する旨の退職届を提出した。その後、同月一六日、退職日を同月二〇日に変更するように求めた。その一方で、原告藤井は、同月一日、被告と営業目的が競合するデジタルフィールド株式会社(以下「デジタルフィールド」という)を設立し、その代表取締役に就任した。そこで、被告は、同月三〇日、株主総会を開催して、原告藤井を忠実義務違反によって取締役から解任した。
原告藤井は、画像処理事業部の長の地位にあったことを奇貨として、被告の画像処理事業部の従業員全員に、原告藤井が設立するデジタルフィールドの役員又は従業員としてその営業活動に参画するように慫慂し、原告芦田を含む従業員五人を同月二〇日退職させた。
また、原告藤井は、被告の取締役であった時期から、取引先であるナショナル住宅産業株式会社に対して、被告を退社して独立すること、独立の際に画像処理事業部の従業員も一緒に退職させるため被告は仕事ができなくなる等と吹聴し、仕事をデジタルフィールドに回すように画策した。
原告藤井は、被告を退職後も、被告の取引先を訪問して、被告は、従業員に給与も払えず、画像処理事業部も全て引き抜いたから仕事もできない等と虚偽の事実を言いふらしている。
以上のとおり、原告藤井は、被告の取締役であり、被告のために忠実義務を負う者でありながら、これに違反してきたのであって、被告に不法行為に当たる事実はない。
5 争点(3)について
(1) 原告芦田の主張
原告芦田の勤続年数は九年九か月であり、九年の基本退職金が四八万円、一〇年の基本退職金が五八万三〇〇〇円であるから、原告芦田の基本退職金額は、九年の基本退職金四八万円に、これと一〇年の基本退職金との差額一〇万三〇〇〇円の一二分の九である七万七二五〇円を加算した五五万七二五〇円となる。そして、加算金は、主任五年で五万三〇〇〇円が支払われるところ、原告芦田は主任の期間が三年であるので、五分の三の三万一八〇〇円となる。課長としての加算金は、五年を経過しているから、一〇万六〇〇〇円である。そこで、原告芦田の退職金は、その合計六九万五〇五〇円である。
しかるに、支払われたのは、三五万九八〇〇円であって、三三万五二五〇円が未払であるが、うち三二万九二〇〇円を請求する。
(2) 被告の主張
原告芦田は、原告藤井の勧誘によって、その違法行為に加担し、被告を退職し、デジタルフィールドの役員に就任したが、これは懲戒解雇事由に該当するものであるから、被告に退職金支払義務はない。
第三争点に対する判断
1 原告藤井に対する未払賃金の存否について(書証略)、原告藤井本人及び被告代表者の各尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。原告藤井は、昭和五九年一月ころ、被告に、営業課長として雇用され、平成元年に次長、平成六年に営業部長となった。そして、東京営業所をも監督することとなって、統括営業部長と呼ばれていた。その営業部長の当時、給与は、平成九年一二月までは、本給三六万七〇〇〇円、役職手当一〇万円のその他の手当を加えて総支給額は五九万八〇四〇円であった。しかし、平成一〇年一月から、本給七〇万円となり、総支給額は、これに通勤手当を加えた七三万八六四〇円となった。そして、その時期に、常務取締役という肩書きの使用を許され、その肩書きの名刺を使用するようになった。業務は、従前の業務をも担当した。被告は、当時、代表取締役丹羽武彦が実質的に全株式を所有する同族会社であり、資本金が一〇〇〇万円の小企業で、会社の運営は、代表取締役丹羽武彦が中心になって行われていたが、原告藤井は、被告では、代表取締役の次の地位にあり、資金繰りなどを含む重要な役割を果たしてきた。取締役登記手続は、同年一〇月にされている。平成一一年一月から、原告藤井の給与は、月額八万円が減額されたが、その時期に、関連会社を含む他の役員についても、報酬の減額が行われた。しかし、従業員の賃金については減額されていない。
以上の事実によれば、原告藤井は、平成一〇年一月に取締役になり、これに伴って給与が七〇万円になったことを認めることができる。原告藤井は、その地位を名目的取締役というが、単なる名目的なものに一〇万円以上の給与の増額を行うとは考え難く、当時、原告藤井が被告において重要な役割を果たしており、序列も代表取締役の次であったこと、原告藤井がこれを名刺の肩書きに印刷して社外で利用していたことを総合すれば、これを名目的なものとはいえない。したがって、原告藤井は、平成一〇年一月以降、従業員兼取締役の地位にあったものというべきである。
原告藤井は、取締役就任に同意を求められていないというが、その名刺に肩書きを印刷して使用し、また、増額した給与の支払を受けていたのであるから、同意がなかったとはいえない。また、原告藤井は、取締役会が開かれたことは一度もないというが、小規模の会社において取締役会の開催が商法の規定する手続のとおりに行われないことは、ときに存在するが、商法に規定する職務だけが取締役の業務というわけではなく、取締役会が開催されないからといって、その取締役が名目的にすぎないとはいえない。本件では、従業員としての賃金を超える給与が支給されていたかどうかが問題で、この点からすれば、原告藤井本人がいうように、業務や責任に全く変化がないのであれば、賃金が増額する理由はないということになるが、前述のとおり、原告藤井の被告における序列や果たした役割からすると、増額分は役員報酬として支給されたものと推認するのが相当である。雇用保険料の支払は、この認定を左右するものではない。
以上によれば、原告藤井の主張する給与の減額分は、取締役就任に伴って増額した金額の範囲内であるから、取締役報酬の性質を有するものというべきである。
してみれば、原告藤井の請求は、これを賃金として請求するものであるから、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
2 原告藤井に対する名誉毀損及び損害の有無について
(1) (書証略)、原告ら各本人及び被告代表者の各尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。原告藤井は、被告を退社して営業目的が競合する新会社を設立することを企図し、遅くとも平成一三年二月には、新会社の事務所となる建物を賃借するなどして準備を進めてきた。そして、被告において、画像処理関係の業務に従事してきた配下の従業員に新会社に移るように働きかけるなどしてきた。原告藤井は、平成一三年二月一九日に同年二月二六日をもって取締役を辞任する旨の辞任届を提出し、また、同年三月一日、同月三一日付けで退職する旨の退職届を提出した。その後、同月一六日、退職日を同月二〇日に変更するように求めた。そして、水野宏之及び宇野智雄に同年二月二〇日、越智秀和に同月二一日、藤原睦に同月二二日、原告芦田の同年三月二日、いずれも同月二〇日付けの退職届を出させた。他方、原告藤井は、同月一日、被告と営業目的が競合するデジタルフィールドを設立し、その代表取締役に就任した。原告芦田は、原告藤井に頼まれて、一五〇万円の出資をして、デジタルフィールドの役員に就任した。そして、原告藤井は、同月一九日には、新会社設立のご案内と題する書面を取引先に送ったが、これには、被告を退社してデジタルフィールドを設立する運びとなった旨、制作スタッフは全て従前メンバーを引き継いだ旨、三月二一日から、営業を開始する旨を記載している。水野宏之、宇野智雄、越智秀和、藤原睦及び原告芦田は、同日から、デジタルフィールドに雇用された。そして、原告藤井は、同日以降、被告の従前の得意先に営業活動を行った。被告は、平成一三年三月三〇日、臨時株主総会を開催して、原告藤井を取締役から解任する手続をとった。そして、平成一三年四月ころ、被告の元取締役である原告藤井に取締役としての義務違反があったので、平成一三年三月三〇日付けで取締役を解任した旨通知した。
原告藤井本人は、新会社設立の準備を始めたのは、取締役辞任後であるかのようにいうが、辞任届の時期、デジタルフィールド設立の時期からみて、信用できない。また、水野宏之、宇野智雄、越智秀和、藤原睦及び原告芦田の退職についても、その退職の日が平成一三年三月二〇日、デジタルフィールドの営業開始日がその翌日、設立案内に従業員を引き継いだ旨を記載し、現に引き継いでいることからすると、同人らの退職が原告藤井のデジタルフィールド設立と無関係とはいえない。
(2) 以上に鑑みるに、原告藤井のデジタルフィールド設立の準備は、その取締役就任中に行われたもので、取締役としての忠実義務に違反するものであったということができる。被告が、原告藤井について、取締役としての義務違反があり、平成一三年三月三〇日をもって取締役を解任した旨を文書で被告の取引各会社に通知した点は、その解任の当時、原告藤井が、既に、取締役を辞任した後であるという関係にあるが、現実に取締役としての義務違反があったことを考慮すれば、辞任後に解任手続をしたとの点を捉えて、これが不法行為に当たるとまでいうことはできない。また、被告が、その取引先に原告藤井が被告退職前に退職後の取引を申し入れたかどうかの調査を依頼した点も、これを不法行為に当たるとまでいうことはできない。してみれば、原告藤井の不法行為を理由とする精神的損害の請求は理由がない。
3 原告芦田の退職金債権の有無
(書証略)の就業規則に含まれる退職金規程によれば、原告芦田の勤続年数は九年九か月であるから、その基本退職金は、五五万七二五〇円となる。そして、加算金は、課長としての期間は五年を経過しているから、一〇万六〇〇〇円を肯定できるが、課長となる前の主任の期間三年については、その加算金を案分比例で算出する旨の規定はなく、その根拠がないといわなければならない。そうすると、同規定によって算出した原告芦田の退職金の額は六六万三二五〇円となる。
ところで、(書証略)の就業規則が被告の就業規則かどうかは疑問がないではないけれども、原告芦田が単に原告藤井の誘いに応じて退職しただけではなく、営業目的が競合する新設会社の設立に出資して協力し、退職すると直ちにその新設会社で雇用され、かつ役員となったことは、その四四条の懲戒解雇事由(少なくともその一一号)には該当するということはできる。そして、被告代表者の尋問の結果によれば、原告らを含む従業員が退職し、新会社を設立したことによって、被告はその営業を継続できなくなったことを認めることができ、これは原告芦田の在職中の功労を抹消させるに十分なものであるから、原告芦田の場合、退職金を減額することを妨げる事情はない。ただ、上記退職金規程六条は、懲戒解雇処分を受けて退職した場合には退職金の額を減額し、又は全部を支給しないことができると規定しているところ、原告芦田の場合、懲戒処分によって退職した者ではないといえるのであるが、上記懲戒解雇事由は、原告芦田が退職届を提出した後に判明したものであって、被告に与えた損害が非常に重大なものであり、就業規則には、会社に損害を与えた場合に退職金を減額できるとの規定もあること(上記退職金規程五条)に鑑みれば、上記退職金規程六条は、かかる場合も含むものと解するのが相当である。
4 結論
以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり、判決する。
(裁判官 松本哲泓)