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大阪地方裁判所 平成13年(ワ)9548号 判決 2003年3月11日

大阪府<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

植田勝博

同訴訟復代理人弁護士

浅葉律子

大阪市<以下省略>

被告

朝日ユニバーサル貿易株式会社

同代表者代表取締役

大阪府岸和田市<以下省略>

被告

Y1

被告ら訴訟代理人弁護士

津乗宏通

主文

1  被告らは,原告に対し,各自金1000万円及びこれに対する平成13年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。

4  この判決は,主文第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告に対し,各自1514万6910円及びこれに対する平成13年7月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告朝日ユニバーサル貿易株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員が,取引勧誘時に,「2倍,3倍にはなる」と執拗に勧誘をし(断定的判断の提供),判断力,資金力のない原告を先物取引に引きずり込んだ上(適合性原則違反),被告Y1(以下「被告Y1」という。)が無関係の原告の妻であるB(以下「B」という。)をターゲットにし500万円を拠出させるため,Bを勧誘の上,原告に「奥さんは出してもいいと言っている」などと虚言を用い,原告を騙して原告とBから500万円を拠出させたほか,相場が反転すると,「両建しないと7000万円くらいの損が出る」と虚言を用いて恐怖心を煽り,両建資金1300万円を拠出させ,原告による取引中止要請を無視し,さらには,被告会社のお客様相談室に電話をしたBに対し,管理部ではなく営業部のC(以下「C」という。)が対応し,さらなる取引を勧めるなど,原告の苦情に対して不誠実な対応をしたとして,被告会社が会社ぐるみで詐欺的行為を繰り返し,資金も判断力もない原告から2000万円ものお金を搾り取った旨主張して,主位的に,不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金1514万6910円及びこれに対する損害発生日後である平成13年7月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,予備的に,消費者契約法に基づく取消による原状回復請求権に基づき,預託した委託証拠金相当額から既払額を控除した残額等として同額の金員を請求した事案である。

1  争いのない事実

(1)  原告は,昭和19年生まれの男性であり,平成13年4月当時,57歳で,小学校の教員をしていたが,過去に債券投資や商品先物取引の経験はなかった。

(2)  被告会社は,商品取引法上の取引員会社であり,国内の商品取引所における商品市場における取引の受託及び自己取引を主たる業務とする株式会社である。

(3)  被告Y1は,被告会社に勤務する営業担当の取引外務員である。

(4)  原告は,被告会社に対し,次のとおり,合計2089万5000円を委託証拠金として預託した(ただし,手仕舞いによって生じた益金を証拠金に振り替えたものを除く。)。

ア 平成13年4月9日 105万円

イ 平成13年4月10日 105万円

ウ 平成13年5月22日 525万円

エ 平成13年6月8日 100万円

オ 平成13年6月11日 1254万5000円

(5)  原告は,被告会社から,次のとおり,802万5360円の支払を受けた。

ア 平成13年4月18日 6000円

イ 平成13年4月20日 2万1270円

ウ 平成13年7月6日 799万8090円

2  争点

(1)  被告会社の社員が断定的判断を提供したか。

(原告の主張)

ア 原告は,平成13年4月4日,前日に電話をしてきた被告会社の職員であるD(以下「D」という。)の訪問を受け,「今,ガソリンが推奨できる。」,「このグラフを見てください。」と述べて平成12年度のガソリンの価格推移表を見せて,「今買えば,絶対値上がりして,儲かる。」と述べ,ガソリンの先物取引を勧誘した。原告は,ガソリンの取引など聞いたこともないと述べて,拒絶をしたが,Dは,「冊子を置いていくので,見ておいてください。規則で,今日は,聞いてもらったという証拠がいるので署名だけお願いします。」と言ったことから,Dの指示する用紙に署名した。

イ Dは,平成13年4月5日午後8時ころ,原告宅に電話をし,「今どんどん値上がりしている。」,「今なら,500万円でも勝負できる。」,「絶対取らせます。」などと申し向けた。原告は,Dの強い勧誘に,翌日話を聞くことを承諾した。

ウ D及び被告Y1は,平成13年4月6日午後7時ころ,原告宅を訪問し,「今,中部ガソリンが値上がりを続けている。多少上がり下がりはあるが,今後も上がり続ける。」,「株と違う点は,いつまでも続けられない。短期勝負なので,今買うと5月の連休前には2倍,3倍にしてみせます。」と申し向けた。原告が取引を断ると,被告Y1は,「最低の取引の50枚・105万円を出してください。儲けさせるから見てほしい。」,「必ず儲かる,うまくいけば,2倍,3倍になる。」と繰り返し申し向けた。

原告は,D及び被告Y1の強い勧誘を断り切れず,4月終わりの連休前までの短期の話であるならばと考え,105万円を出すことを了解した。

D及び被告Y1は,冊子などの資料を置いて,これを読んでおいてほしい旨述べて帰った。

エ 原告は,先物取引について全く知識を有しておらず,被告Y1の説明を受けても先物取引の仕組みを理解できなかった。しかも,原告には自由に動かせる金員はほとんどなく,原告は,Dから電話で500万円の取引を勧誘された際,Dに対して「そんな金はない。」と言っている。このような状況であったにもかかわらず,原告がわずか二,三時間の勧誘を受けただけで100万円もの金員を先物取引に投じる決意をしたのは,被告Y1及びDの「絶対儲かる」という言葉を信じたからにほかならず,断定的判断の提供があったことは明らかである。

なお,被告Y1は,ゴールデンウィークに車両の使用量が増え,ガソリンの需要が増えるという具体的であり,かつ,素人が信用しそうな事情を説明し,「連休前には,2倍,3倍になる。」と申し向けた。この具体的事情を伴う「連休前には,2倍,3倍になる。」との被告Y1らの説明は,単なる相場観を伝達したというのではなく,断定的判断を提供したものといわざるを得ない。

(被告らの主張)

ア Dは,平成13年4月4日午後6時,前日の訪問約束に基づき,原告宅を訪問し,チャートを見せながら,現在ガソリンが安値であり,在庫の減少等を考えるとタイミングさえ間違えなければ,値上がって利益がでる局面であること,今後値上がって利益を取れる自信があることなどを説明し,ガソリンを購入してほしい旨のセールストークをした。原告は,考えてみると返答したので,Dは,原告に対し,商品先物取引委託のガイド(乙27の1・2)を交付し,その受領証を得た(乙3)。

Dは,今買えば絶対値上がりするとは言っていないし,原告が「ガソリンの取引など聞いたこともない。」として取引を拒絶したこともなかった。

イ Dは,平成13年4月5日午後8時ころ,原告に電話をかけ,小一時間ほど話し込んだ。

Dは,今の安いところで買えば,利益を取る自信があると述べ,500万円くらいの取引を勧誘したが,原告からそんなお金はないと言われたことから,100万円くらいの取引はどうかと勧誘し,明日夕方にでも原告宅に説明に赴きたい旨を述べると,原告は,ガソリンの説明をしてほしい旨返答した。

Dは,「今どんどん値上がりしている。今なら,500万円でも勝負できる。取れるだけ利益を取ってください。絶対取らせます。」などとは言っていない。

ウ Dは,平成13年4月6日午後6時,前日の訪問予約に基づき,上司の被告Y1を伴い,原告宅を再訪問した。

被告Y1は,原告に対し,商品先物取引が差金決済取引であること,ハイリスク・ハイリターンの取引であるため危険性が伴うこと,思惑が違って値段が逆に行った場合,証拠金の追加が必要になること等の取引の仕組みを説明の上,「今,中部ガソリンが値上がりしております。多少の上がり下がりはあると思いますが,今後も値上がり基調と思われます。儲けて頂けると思いますから,買ってくださいませんか。」と勧誘したところ,原告は,「では50枚の105万円で勉強のつもりでやってみる。」と答え,翌7日に105万円を預託し,同月9日に建玉をすることになった。

そのため,被告Y1及びDは,約諾書等の契約に必要な一連の書類につき,原告から作成・交付を受け(乙5ないし9),被告Y1は,原告に対し,お取引について(乙26),ステップ(乙28)の小冊子を渡し,先日交付した商品先物取引委託のガイド(乙27の1・2)とともに熟読してほしい旨伝えた。

被告Y1は,「いつまでも続けられない。短期勝負なので,5月の連休前には,2倍,3倍にしてみせます。必ず儲かる。儲かるからみていてほしい。」などとは言っていない。

なお,原告宅では,Bも同席して被告Y1やDの勧誘話を聞いていた。

エ 被告Y1とDは,平成13年4月7日午前9時,105万円を受領した。

(2)  被告らに適合性原則違反があったか。

(原告の主張)

ア 適合性原則とは,先物取引に必要な知識,情報,経験,資金が不十分な者に対して勧誘してはならない原則をいう。取引開始の勧誘の段階において,先物取引業者は,不適格者を勧誘してはならない義務を負うほか,取引の途中においても,資金面や判断力の観点から,適格性を欠く取引を継続させない義務を負う。

イ 原告は,10年前に購入したダーバン株,東京電力株といった現物株式をわずかに保有していたにすぎず,先物取引の経験が全くなく,知識,経験の面から,先物取引においては不適格者である。

ウ 原告は,先物取引を全く理解していなかったし,判断する能力もなかった。被告Y1は,原告が「結局株と同じやな。」と言った点をとらえて先物取引を理解していたとするが,株と先物取引は根本的に異なるのであって,原告の発言は,むしろ原告が先物取引を理解していなかったことを物語っている。原告が自ら指値をしたことがないことも,原告が先物取引を理解していなかったことを物語っている。

エ 平成14年5月21日には1日に10回,同月22日には5回もの大量の取引がされているが,原告は,小学校の教諭をしており,学校での授業もあって自らが情報を入手できるはずがなく,被告Y1からの情報が唯一のものであった。未経験者が仕事の合間に大量な取引のための情報を得ることは不可能であるから,情報,判断力という面からも,原告は不適格者であった。

オ 原告は,ダーバン株と九州電力株合計150万円相当を有するのみで,原告が自由に動かせる預貯金は100万円程度であった。原告が被告会社に支払った約2000万円のうち1900万円はBの退職金があてられている。

被告会社は,顧客カードには「金融資産150万円くらい」と記載され,商品先物取引委託意思確認書には「おおよその金融資産500万円未満」と記載されていたのであるから,原告が,その程度の資産しか有していなかったことは把握していた(もっとも,被告Y1は,原告がどの程度の資産を保有しているかを具体的に確認しておらず,その程度の杜撰な資産調査では,適合性原則に合致するかどうかは的確に判断できなかったというべきである。)。

被告Y1がBを取引に引きずり込む作戦に出たのは,原告自身に資産がないことを知っていたからである。

(被告らの主張)

原告は,a大学●●●学部を卒業し,取引開始当時,57歳で市立小学校の教諭をしていたほか,10年来株式の現物取引の経験を有し,資産と収入面では,自宅を持家し,500万円未満の金融資産を有して,年収が500万円以上1000万円未満の部類に属する収入があり,ことの是非を判断するに足る能力と知識を有する者であったから,不適格者とはいえない。

(3)  被告らに説明義務違反があったか。

(原告の主張)

ア 商品取引所法施行規則46条で取引単位を告げない勧誘行為の禁止が定められており,受託等業務に関する規則4条1項3号は,商品取引員は顧客に対し,「取引の仕組み及びその投機的本質及び預託資金を越える損失が発生する可能性についての説明」をしなければならないと定めている。先物取引は,証券取引やその他の投機取引と比較しても,その実態は賭博と同じであり,最もリスクの大きな取引であることかから,商品取引員は顧客に対して,先物取引の仕組み,危険性については十分理解させる説明をしなければならない。

イ D及び被告Y1は,勧誘の段階でも,取引継続中においても,十分な説明をしていない。原告は,D及び被告Y1から冊子等を受け取ったが,被告Y1らと一緒に冊子の中を読んだことはない。原告は,Dから説明したという形式的なものである旨言われてパンフレット等の書類を渡され,署名を求められるところに書面をしたにすぎない。

ウ 商品取引理解度アンケート(A)(乙11),訪問カード(乙13)の回答については,経験の全くない者が取引開始後10日しかたっていないのに,「値動きを見て委託追証金の計算ができる」ことなどありえず,被告の職員から形式的なものであると言われて回答をしたものにすぎない。

エ 被告は,被告の顧客サービス部職員であるEの原告に対する電話の録音テープ(以下「E録音テープ」という。)を提出している。

しかし,原告がお客様相談室に苦情の電話をした際の電話の録音テープを提出しておらず,E録音テープは作為的に録音されたものと感じざるを得ない。

また,原告の返答も,ほとんど「ああ,そうですか。」,「ああ,はい,はい」と答えることに終始しており,原告から積極的に具体的なことを述べているわけではない。

したがって,E録音テープをもって被告会社の担当者が十分な説明をしていたとはいい難い。

オ 被告Y1は,電話で市況説明をしたとしているが,電話だけでは,複雑な先物取引の仕組みや危険性を説明し,理解させることは困難である。

(被告らの主張)

争う。

(4)  被告Y1が平成13年5月21日に原告を欺罔して500万円の交付を受けたか。

(原告の主張)

ア 被告Y1は,昼間は原告が自宅にいないことを十分知りながら,Bに頻繁に電話をするようになった。そして,被告Y1は,平成13年5月21日昼頃,原告の不在時にBに電話をし,「東京ガソリンが急上昇している。中部ガソリンもまちがいなく上がる。ぜひこの機会に買わないか。」と勧誘した。Bが,「5月の連休前までに決済できる約束だった。どうなっているのか。今値上がりをしているなら,決済して,また下がったときに買えばいい。」と言うと,被告Y1は,「今が絶好の機会だ。高い時に買っても,それ以上に上がり,2000万,3000万にしてみせる。ぜひ,あと500万円出してください。」と強引に勧誘した。Bは,「私に言われても分からない。そんな話は主人に言ってください。」と述べて断った。しかし,被告Y1は,同日,午後3時ころ,原告の勤務先に電話をし,「今日は東京ではストップ高になっている。今500万円買い足せば,値上がり間違いなしです。奥さんは500万円を出してもいいと言ってますよ。」と虚言を言って,執拗に勧誘した。

イ 平成13年5月17日付け投下予定資金額変更申出書(乙14・以下「本件投下予定資金額変更申出書」という。)の原告名下の署名は,被告Y1が同月22日に原告宅を訪れた際に,Bに対し,後日付で作成するよう依頼し,Bがその指示にしたがって署名したものである(ちなみに,被告Y1作成に係る管理者日誌[乙35]の平成13年5月17日のページには,本件投下予定資金額変更申出書を徴求した旨の記載はない。)。

なお,被告Y1は,Bが署名捺印をした残高照合回答書(乙20の4)は,Dが同月22日に原告宅を訪問してBに代理で書かせたとしているが,同回答書には「郵便」という印が押されており,被告Y1の陳述書の記載は信用できない。

(被告らの主張)

ア 被告Y1は,平成13年5月18日午後2時,原告に電話をし,市況報告と既存建玉の現状を説明の上,利食いによる増建玉を相談したが,原告は210枚の買建玉を手仕舞いして買い直し,さらに増建玉をすることを承諾したことから,後場3節で210枚を処分して108万円の益出しをし,52万2900円の帳尻損益を得て,うち金50万4000円を証拠金に振り替えた上,10月限210枚を買い直し,11月限24枚を増建玉して,都合234枚の買建玉とした。被告Y1は,同日午後6時,原告に電話をし,週明けの同月21日に利益が乗るようなら,益出しをした後増建玉をするかどうかを相談している。

イ 被告Y1は,平成13年5月21日午前9時30分,原告宅に電話をし,Bに対し,市況説明をし,同月18日午後6時の相談に基づき,益出しによる増建玉をすることを報告の上,前場1節において,既存の234枚の買建玉につき,うち210枚を手仕舞いして159万6000円の売買益を得た後,210枚を買い直し,同月18日に買い増しした24枚を手仕舞いして16万8000円の売買益を得て,売買帳尻益金122万3460円を確保後,57枚の買建玉を建てて都合267枚の買建状態とした。

被告Y1は,同日午前11時20分,原告に電話し,前記の買直しと追加建玉が既に利益が乗っていたことから,その仕切りで利益を取り,さらに買い増しをしてはどうかと相談すると,原告が承諾をしたことから,前場2節において,210枚を日計りで手仕舞いして75万6000円の売買益を得,さらに210枚を買い直し,57枚の買建玉を日計りで手仕舞いして21万6600円を得た。

被告Y1は,同日午後1時,原告に電話し,午前中の売買利得があるので,午後一番での100枚の買建てを勧め,原告の了解を得たことから,後場1節で100枚(12月限)を追加建玉して,都合310枚の買建玉の状態とした。

被告Y1は,同日午後3時30分,原告に電話し,100枚の売買報告をした上,ますます上がると思われるので追加資金を500万円ほど上乗せして,250枚(証拠金525万円)を買建てしないかと勧めると,原告は,これに応諾し,翌22日に証拠金を入金する旨述べたので,後場3節で250枚を買建てし,都合560枚の買建玉の状態とした。

被告Y1は,Bに対して勧誘をしておらず,詐言を用いたことはない。

(5)  被告Y1が両建を勧誘するにあたって詐欺行為があったか。

(原告の主張)

ア 両建とは,既存建玉に対応させて反対建玉を行うもので,当然売り買い双方に証拠金を必要とし,両建した際に損益金が実質的には確定しているから,仕切った場合と同じであるが,余分の証拠金や手数料を負担させられる点において,委託者にとって明らかに不利な取引である。また,両建をしてしまうと,いずれの注文をも良い条件で仕切ろうということになるから,委託者は困難な判断を強いられて身動きができなくなり,逆に先物取引業者にとっては,多額の手数料を得られる点,委託者との取引が拡大し,委託者を操作しやすくなるという点において,うま味が大きい。このように,両建を勧誘すること自体に,委託者を手玉に取ろうとする意図が窺える。

イ 本件においては,被告Y1は,平成13年6月6日午後1時半ころ,原告に対し,電話で「オペック総会の結果,7月にまたオペック総会が持たれることになった。東京ガソリンの午前中は総会の結果を受けてストップ安になっている。中部ガソリンもストップ安になる。」との情報を提供し,両建を勧誘した。原告がこれを拒否すると,「ストップ安になった。決済すると900万円以上差し引かれる。7000万円くらいの損になるかもしれない。」と申し向け,両建をすることを指示した。原告は,7000万円くらいの損が出ると言われ,恐怖感を煽られ,このままでは土地や家まで手放さなければならなくなると不安になり,やむなくBの退職金から両建の資金を出すことにした。原告は,平成14年4月2日に定期預金にしたばかりのものをわずか2か月で解約して両建の資金を捻出しており,原告がいかにせっぱ詰まっていたかを物語っている。

また,被告Y1は,こうした局面においても,Bに電話をしており,全く不合理である。

(被告らの主張)

ア 両建をするときには,新たな資金(証拠金)や手数料が必要となり,また,いつ両建を外すのかの判断が難しいので,確たる相場観と的確な判断力が必要とされるが,両建については,商品取引所法等の諸法令において禁止されているわけではない。業界の自主規制として商品取引所が定める取引所指示事項でも,不適正な取引行為として,委託者の十分な理解を得ないで,短期間に頻繁な取引を勧めること,委託者の手仕舞い指示を即時に履行せず新たな取引(不適切な両建を含む)を勧めるなど,委託者の意思に反する取引を勧めることが禁止されているにすぎない。

イ 次に,両建の当否は,玉を建てた後に損が発生した場合においてその後の相場の動きをどう見るかによって決まる面があり,例えば買建玉をした後に相場が下がり,もはや回復が望めないと判断した場合は,むろん両建すべきではなく,手仕舞いをすべきであるが,他方,回復が望めると判断した場合には,買建玉をそのままにしておけばよいのである。問題は,回復が望めるか望めないかがはっきりしない場合であり,そのような場合には,新たに売建玉をして両建状態にし,この両建玉を異時かつ適時に決済することによって損金の額を少なくすることができ,又,見通しがよければ,両建ともに益を出させることもできるのである。要するに,両建の当否もまた結果論的な面が強い。

ウ 前記ア,イの点を考慮すると,相場が予想に反し,損失を生じるような状態になった際,商品取引員が他に対処する方法を秘して委託者に両建を勧めるとか,委託者が反対の意思表示を示しているのに強引に両建を勧めるなどの不当と考えられる方法がとられた場合に限り,両建の受託行為が違法になるものというべきである。

エ 本件における両建に至る経緯は次のとおりである。

(ア) 平成13年5月31日までは,中部ガソリンは値上がり方向で順調に推移したが,同日をピークにして6月からは値下がりの模様となったところ,同年6月6日には後場でストップ安となった。その材料は,産油国会議で,生産枠を据え置き,生産調整を行わないことが正式決定されたためであった。

(イ) 被告Y1は,平成13年6月6日午後1時30分ころ,原告に電話をかけ,ストップ安の気配を伝え,思惑違いの対処について相談した。被告Y1は,原告に対し,思惑違いの場合の対処法(乙7に記載された対処法)を一通り説明し,対応を協議したところ,既存の645枚の買建玉に対して同枚数の売建玉(完全両建)とすることになった。その際,原告は,「自分の一存では行かぬので,妻とも相談する。」とのことであったため,被告Y1は,Bに電話をかけ,当日の状況を説明した。

被告Y1が,原告に対し,証拠金1354万5000円をどのようにして用意するかを聞くと,「妻と相談して何とか用意する。」と返答した。

被告Y1は,同日午後6時30分,原告宅を訪問し,思惑違いの場合の対処の仕方の説明や今後の相場への対応を協議し,証拠金の集金をどうするかを相談したが,原告は,「こんな動きをするんだったら,怖いな。」と述べ,証拠金については,同月11日までに支払うとのことであった(その後,実際にも,同月7日に100万円を集金し,残額1254万5000円は,同月11日に被告会社に振込送金された。)。

被告Y1は,原告が主張するような言辞は用いていない。

(6)  被告会社が無断取引をしたか。

(原告の主張)

ア 次のとおり,被告会社が行った取引のほとんどが無断売買である。原告はどの商品をどれだけ持っているかの認識もなく,取引の指示をしたこともない。

(ア) 被告Y1は,平成13年4月16日午後1時30分ころ,原告の勤務先に電話をし,「ガソリンの減産が報じられている。さらに買い足ししてもっと儲けましょう。」などと強く言ってきた。原告は,周囲の同僚の目もあり,話もできない状態だった。原告が,これ以上お金は出せないと言うと,被告Y1は,「新たにお金を出さずに,今持っているものを売って枚数を増やせばよい。新たにお金はいらない。」と言った。原告が,意味がわからず,「値上がりしているのを売るのは問題だ。」と言うと,被告Y1は,「もっと上にいく。任しておいてほしい。もっと儲かる。」と言った。そして,同月17日,10月限100枚が全て手仕舞いされ,10月限63枚が増建玉された。

被告Y1は,取引の代金額は言わず,一方的に相場の話をして○枚買う,と言うのみであった。原告から具体的な指し値がないものであり,無断取引といわざるを得ない。

(イ) 被告Y1は,平成13年4月18日午後1時30分ころ,原告の勤務先に電話をして,「値上がりしている。枚数を増やす。」との連絡をした。原告が,「値上がりしているなら,もう売ったらいい。」と言ったが,被告Y1は,「儲かる。任せておけ。」と言って電話が終わった。

そして,翌19日,建玉163枚が全て手仕舞いされ,10月限210枚の買建てがされた。

(ウ) 平成13年5月18日の取引では,210枚の買建玉が全て手仕舞いされ,10月限210枚と11月限24枚の買建てがされているが,原告には記憶がない。

(エ) 平成13年5月21日の取引では,10月限210枚と11月限24枚の買建玉が全て手仕舞いされ,12月限57枚が買建てされ,同日中にこれが手仕舞いされ,10月限210枚を買い直して,12月限100枚,12月限250枚,12月限100枚が新規に買建てされているが,異常な取引であり,全てが無断取引である。

(オ) 平成13年5月22日の取引では,前日に建玉された410枚が手仕舞いされ,12月限200枚,12月限160枚が買建てされており,常軌を逸している。

(カ) 平成13年5月30日の取引では,12月限160枚が手仕舞いされ,10月限170枚が買建てされている。原告は,12月ものにかためると言われており,限月を10月にするという話は聞いていない。

(キ) 平成13年5月31日の取引では,12月限250枚が手仕舞いされ,12月限250枚と11月限25枚が買建てされている。しかし,これは原告が認識していない無断取引である。

(ク)平成13年6月14日の取引では,同月6日に売建てされた11月限25枚と12月限250枚が手仕舞いされているが,これは原告に無断でなされている。

イ 取引の経過の電話連絡は原告の留守宅か職場になされているが,職場で電話を受けた際に話ができるのは,わずか10分ほどであり,しかも,同僚の教師のいる中で,質問なども十分できるものではなく,判断もできるわけがない。

また,残高照合回答書には,Bが署名押印しているものさえある(乙20の4)。

(被告らの主張)

被告らは,次のとおり,原告の了解を取って取引しており,無断売買ではない。

ア 被告Y1は,平成13年4月16日午後1時すぎに,原告の勤務先に電話し,ガソリンの市況報告のうえ,買増しを相談しようとしたが,原告は,職場への電話では話し難い気配のため,「夕方にお宅に電話を入れます。」と伝えて直ちに電話を切った。被告Y1は,同日午後6時20分ころ,原告宅に電話をかけ,「ガソリンの減産が報じられています。更に値が上がると思いますので,更に買い足ししてもっと利益を取りませんか。」と言うと,原告は,「更に追加の資金などない。」とのことであったので,「既に買った建玉に利益が乗っておりますので,これを仕切って利益を出し,この利益分で更に買えば,追加の資金は不要です。」と説明すると,原告は,「それならば,結構だ。」と応諾した。そこで,被告Y1は,「では,明朝に既存の中部ガソリン100枚を売り決済して利益を出し,その利益と既存の証拠金で買えるだけの中部ガソリン10月限を買いましょう。」と相談した結果,原告の応諾を得た。

そして,同月17日,前場1節において100枚の建玉を手仕舞いして帳尻累計を132万9000円のプラスとした上,うち金132万3000円を証拠金に振り替え,前場1節で100枚を買い直し,前場2節で63枚の新規買建玉をした。なお,前記の差額の益金6000円は,同月18日に原告に対して送金した。

イ 平成13年4月18日は,当日の取引がなく,被告Y1が原告に電話をしたことはなかった。

被告Y1は,同月19日午後3時30分ころ,原告の職場に電話し,当日の市況報告をした上,4月17日の建玉に利益が乗っていることを伝え,益出しによる増建玉を相談したところ,原告は,既存買建玉163枚の売り落ちと買い直しで増建玉することを承諾した。そこで,被告Y1は,同日後場3節で,100枚,63枚と手仕舞いして,帳尻益100万8270円を確保し,うち金98万7000円を証拠金に振り替えて210枚を買建てした。そして,原告は,同月20日,前記の差額の益金2万1270円を受領した。

被告会社の顧客サービス部のFは,同月19日午後5時30分ころ,原告宅を訪問して,再度商品取引の仕組み,内容,取引の危険性等について説明の上,原告の取引自体の疑問や不信について質したが,原告は,十分理解している旨回答し,取引については何ら相違がないと回答した。

ウ 平成13年5月18日の取引については,争点(4)(被告らの主張)アのとおり,原告の了解を得ている。

エ 平成13年5月21日の取引については,争点(4)(被告らの主張)イのとおり,原告の了解を得ている。

オ 被告Y1は,平成13年5月22日,午前9時30分,午後1時,午後3時の3回にわたり,原告に電話をかけ,前場1節において,前日に買建てした210枚を手仕舞いして121万8000円の売買益を得た後,100枚を買い直し,後場1節において,前日に追加建玉した100枚を手仕舞いして42万円を得た後,さらに午前中買建てした100枚を日計りして46万円を得て,200枚を買い直し,更に後場3節で160枚を買建てし,都合610枚の買建玉の状態とした(なお,原告は,12月限100枚[単価2万8680円]が同月21日に買建てされた旨主張するが,これは,同月22日に買建てされたものである。)。

カ 被告Y1は,平成13年5月29日,原告に市況報告をした際,原告に対し,「期近が高く,期先が期近よりも安いので,明日朝一番の相場次第で,証拠金の現在高の金額で買えるだけ10月限を買いませんか。」と相談したところ,原告から任せると言われた。そこで,被告Y1は,同月30日,前日のやりとりを踏まえ,後場3節で10月限170枚を買建てし,同月22日に買建てした12月限160枚を手仕舞いして48万円の売買益を得て,620枚の建玉状態とした。被告Y1は,同日午後7時,原告に対して売買報告をし,「明日も値上がるようなら,利が乗っている建玉を利食いして,増玉しますか。」と質問すると,原告は,「大きく利益ととりたいので,そうしよう。」と応諾した。

キ 被告Y1は,平成13年5月31日,前場1節での12月限が前日比で90円ほど上がったので,同月21日に買建ての12月限250枚を手仕舞いして110万円の売買益を得た後,同限月の買建玉250枚を買い直した上,前場2節で同限月を25枚新規に買建てして,都合645枚の買建玉の状態にした。

ク 被告Y1は,平成13年6月14日午前10時30分,相場が下がったことから,原告に電話をかけ,市況報告をした後,既存の売建玉につき,利益が乗っているから,その一部の売落ちを相談したところ,原告は承諾をした。そこで,被告Y1は,前場2節で既存の売建玉のうち,25枚と250枚につき,これを手仕舞いして55万5000円,535万円と売買益を得て,売370枚対買645枚の両建状態とした。

なお,被告Y1は,同月15日,Bから,「このままでは,どれらい損をするかわからない。主人とも相談の結果,全部決済するとの結論になりました。」とのことであったことから,被告Y1は,午後1時30分,原告に電話をした。被告Y1が原告に対して,「前日はストップ安でしたが,今日の午前中では値上がっております。奥さんから全部仕切るとの話しを聞きましたが,どうされるのですか。値が戻っておりますので,様子を見られてはいかがでしょう。」と話すと,原告は,「それでは,週明けの様子をみる。」と返答した。

(7)  被告会社が違法な無敷取引をしたか。

(原告の主張)

被告会社は,平成13年6月6日,中部ガソリン10月限の売建玉を170枚,同11月限の売建玉を25枚,同12月限の売建玉を250枚,200枚を受託し,両建にしている。

しかし,証拠金については,取引後である同月7日に100万円を,同月11日に1254万5000円を受領しており,無敷取引をしている。

被告Y1は,緊急避難であったとしているが,この時点で決済をすれば,既に投入した700万以外にお金を出す必要はなかったと明言しており,緊急避難とはいえない。

原告は,念書を作成しているが,7000万円もの損害が生じると言われ,強制的に書かされたにすぎない。

(被告らの主張)

争う。

(8)  被告会社が原告の苦情に対して不当な対応をしたか。

(原告の主張)

ア Bは,平成13年6月18日午後1時ころ,被告会社の管理部(お客様相談室)に苦情の電話をし,管理部のCと名乗る者が対応したが,この職員は,実は被告会社の営業部のCであった。

Cは,管理部の人間であるとBを安心させ,取引を続行させるため,「奥さんが危険と言われるので安全にしませんか。」と申し向け,「今ならお金が要らないが,あと10ないし15分で取引の場で処理をしないと追証のお金が要ります。」と決断を迫った。

イ 被告会社の管理部は,Bとの会話を終えた後,原告の取引について,内部調査をすることなく,営業のCに取り次いだ。Cから電話があったのは,同日の午後1時10分ころのことであり,10分の間に被告会社が内部調査をしたとは考えられない。

(被告らの主張)

平成13年6月18日,Bから被告会社の管理部宛に電話があり,担当者のGが苦情を聞いた。この苦情は,Gから被告Y1の上司のCに取り次がれた。Cは,被告Y1の上司で営業の責任者である旨告げた上,Bに話しを聞くと,「被告Y1は信用できない。取引の金額を減らして安全にしたい。」旨の苦情と相談があった。これに対し,Cは,値が下がる可能性が大きいので,買建玉を275枚手仕舞いして370枚の両建状態とした上様子をみたらどうかと助言した。Cは,同日午後1時,原告に電話をかけ,Bから苦情を聞いたことを話し,Bに対するのと同様の助言をしたが,原告は,「また値上がるかもしれないので,明日の様子を見てからでもよいのではないか。」と返答した。Cは,同日午後2時40分,原告に対し,「後場2節では下がってきたが先ほどの件はどうするか。」と聞くと,370枚の両建状態にしてほしいと答えた。

このようにCは,管理部の者とは名乗っていない。

(原告の反論)

ア 原告及びBは,被告Y1に対して不信感を持っており,だからこそお客様相談室に電話をかけた。そうだとすれば,Cから被告Y1の上司であると告げられたとすれば,Cを信頼することはありえないから,Cが被告Y1の上司と名乗った旨の被告らの主張は事実に反する。

イ 原告及びBが消費者センターに相談しているから,Bの苦情が「被告Y1の取引の金額が多い。」ということが中心であったというのは事実に反する。

ウ 原告は,平成13年6月19日に大阪弁護士会の相談センターに行っている。仮に,同月18日に,Cが買建玉を275枚決済してはどうかとアドバイスをしたというのであれば,このような原告が,決済しては損が膨らむのでもったいないなどと述べることはあり得ない。

(9)  被告会社が手仕舞を拒否したか。

(原告の主張)

原告及びBは,再々にわたり,手仕舞を要求したが,被告Y1は,その要求を無視し続け,原告を取引にどんどん引きずり込んだ。

Bは,平成13年6月15日,被告Y1に対し,「主人とも相談の結果,全部決済するとの結論になりました。」言ったが,被告Y1は,この要求を拒否した。

(被告らの主張)

争う。

Bが平成13年6月15日に被告Y1に対して,「主人とも相談の結果,全部決済するとの結論になりました。」と述べたことは認めるが,被告Y1が,同日午後1時30分,原告に電話をし,「前日はストップ安でしたが,今日の午前中では値上がっております。奥さんから全部仕切るとの話しを聞きましたが,どうされるのですか,値が戻っておりますので,様子を見られてはいかがでしょう。」と話すと,原告は,「それでは,週明けの様子を見る。」とのことであった。

(10)  原告の被った損害如何

(原告の主張)

ア 財産的損害

原告は,委託証拠金合計相当額の2089万5000円の損害を被ったが,被告会社から返金された799万8090円を控除した1289万6910円の一部である1264万6910円の財産的損害を被った。

原告の取引によって被告会社が取得した手数料は合計678万4800円であり,原告が取引に投入した資金が約2000万円であることを考慮すれば,手数料を荒稼ぎしているとしか考えられない。

イ 精神的損害

被告らの不法行為は,極めて悪質であり,原告の精神的苦痛は計り知れない。こうした精神的苦痛を金銭的に評価すれば,120万円が相当である。

ウ 弁護士費用

原告の損害に対して,被告らは,原告の指示による正当な取引であるとして返還を拒絶した。

被告は,弁護士費用130万円を負担すべきである。

(被告らの主張)

ア 財産的損害

交付した委託保証金の合計額がそのまま損害となるものではない。

イ 精神的損害

原告が取引上の損害をいう趣旨ならば,取引上の損害は,原則的には,財産的損害に限るべきであるから,原告の精神的損害の発生を全面的に争う。

ウ 弁護士費用

損害額の1割が通常である。

(11)  過失相殺の可否

(被告らの主張)

次の点を考慮すれば,原告には,八,九割の過失が存在し,過失相殺をすべきである。

ア 原告は,先物取引の適格者であったが,Dや被告Y1から交付を受けた法定書面(乙26ないし28)を熟読することなく取引に参加した。

イ 原告は,その後,他の被告会社の担当者からの問い合わせ等に対し,「説明を受けている。」とか,「理解している。」とか回答し,取引中の取引への残高照合回答の際,「通知書のとおり相違ありません。」と回答した。

ウ 原告は,取引開始やその直後に委託意思確認をし(乙8),500万円以上の取引を自己責任で行う旨の申し出をし,両建取引にあたっては,自筆の入金念書を提出して,委託証拠金を入金した。

エ 原告は,取引参入直後,取引に利益が乗ったことから,その利益を確保の上,それを取引の証拠金に振り替え,残余の利益金につき,わずかとはいえ,6000円とか2万1270円を利得している。

(原告の主張)

争う。

被告会社の会社ぐるみの詐欺的行為は明白であり,このような場合は過失相殺をすべきではない。

詐欺営業をなしている先物取引業者は,過失相殺の残りによって十分利益を得ることができるような営業態様によって,被害の誘発を招いている。

(12)  消費者契約法に基づく取消ができるか。

(原告の主張)

原告は,被告会社の職員が原告に対し,次のとおりの断定的判断を提供したことを理由に,被告らが平成14年1月18日に受領書面を提出した原告の同月11日付け準備書面で,消費者契約法に基づく取消の意思表示をし(なお,原告は,平成14年1月11日付け準備書面において,取消の根拠条文を消費者契約法2条2号と主張したが,同年7月30日付け準備書面で,消費者契約法4条1項2号と訂正した。),原状回復請求権に基づき,被告会社が原告から受領した金員の返還を求めうることを予備的に主張する。

ア 平成13年4月7日に交付した105万円及び同月10日に交付した105万円に係る契約の取消

(ア) Dは,平成13年4月4日午後7時ころ,原告に対し,「今ガソリンを買えば,絶対値上がりして儲かる。」と述べた。

(イ) Dは,平成13年4月5日午後8時ころ,原告に対し,「今取引をすれば儲かる。」,「今なら500万でも勝負できます。」,「取れるだけ取ってください。」,「絶対取らせます。」などと何度も申し向けた。

(ウ) 被告Y1は,平成13年4月6日午後7時30分ころ,原告に対し,「今,中部ガソリンが値上がりを続けている。多少上がり下がりはあるが,今後も上がり続ける。」,「短期勝負なので今買うと5月の連休前には2倍,3倍にして見せます。」と断言し,「最低の取引50枚,105万円を出してほしい。」,「必ず儲かる,うまくいけば,2倍,3倍になる。」と繰り返し申し向けた。

(エ) 被告Y1は,平成13年4月10日,原告の出勤後に,Bに対し,「奥さんもどうですか。2倍や3倍はすぐです。自分が責任を持ちます。」,「連休までには2倍や3倍はすぐです。」と断定的に繰り返し申し向け,Bは,105万円を出すことを了承し,同日,被告会社に105万円を預託した。

なお,この取引は,原告やBの事前了解なく,原告の取引とされた。原告やBは,そんなものかと考え,取引を継続させた。

イ 平成13年5月22日に交付された500万円に係る契約の取消

(ア) 被告Y1は,平成13年5月21日昼頃,Bに対し,「東京ガソリンが値上がりしている。中部ガソリンもまちがない。」,「アメリカの製油所の火災もあり値上がりの条件がそろっている。是非この機会に買い足しをしてほしい。」,「500万円が今ならすぐに1000万円になる。」と申し向けたほか,Bから「5月の連休前までに決済できる約束だった。どうなっているのか。」と問われると,「今が絶好の機会だ。高い時に買っても,それ以上に上がり,2000万,3000万にしてみせます。ぜひあと500万円を出してください。」としきりに迫った。被告Y1は,同日,その後,原告に電話をして,「今日は東京ではストップ高になっている。今500万円買い足せば,値上がり間違いなしです。出してください。」と述べた。

(イ) 原告とBが,原告とBを騙して500万円を交付させたことに不満を持ち,Bにおいて,その後,被告Y1に対し,「訳のわからない取引はやめたい。」などと決済を求めたのに対し,「2000万円にはしてみせます。」,「6月のオペック総会に期待してください。確実に値上がりします。」などと申し向けて,取引の決済をしなかった。

ウ 両建の際に交付された委託証拠金に係る契約の取消

(ア) 被告Y1は,平成13年6月6日午後1時30分ころ,「決済すると900万円以上差し引かれる。いやもっとお金を出さないといけないかもしれない。」と述べた。さらに,被告Y1は,「原告に対し,これ以上値が下がっても安全にする方法に両建がある。1354万5000円ほどいる。」と述べ,原告がBに相談しないと何もできないと答えると,Bに電話をし,「このままではすごい損になる。」,「全部なくさないためには一つだけ方法がある。両建の方法だ。1354万5000円がいる。」,「そうしないと今まで出したお金を全て失う。もっとお金を出さないといけなくなる。」と申し向けた。被告Y1は,同日午後8時ころ,原告宅に赴き,原告ら夫婦に対し,「このままいくと7000万円ほどの損害が出る可能性がある。」と述べ,Bが,両建の費用は全財産であり返してほしいと述べると,「2000万円はお返ししようと思っています。」,「うまく行けば2700万円くらいは返せるかもしれません。」と申し向けた。

(イ) 被告Y1は,原告ら夫婦の返還要求に対し,「2000万円はお返ししようと思っています。」などと答えて取引を続けさせた。

エ 先物営業は,恒常的に断定的判断の提供による虚偽的営業をしていることは公知の事実である。そのような取引について消費者契約法は契約の取消を規定した。

したがって,原告と被告会社との間の全ての契約を取り消す。

(被告らの主張)

原告の主張が認められるのであれば,主位的主張である不法行為が成立するのであるから,予備的主張として消費者契約法による取消を主張するのは意味がない。

ア 平成13年4月7日に交付した105万円及び同月10日に交付した105万円について

(ア) (原告の主張)ア(ア)ないし(ウ)については,争う。

具体的な事情は,争点(1)(被告らの主張)アないしウのとおりである。

(イ) (原告の主張)ア(エ)は争う。

被告Y1は,平成13年4月10日午後1時,原告の留守宅に電話し,Bに対し,ガソリンが昨日より値上がりしていることを報告し,中部ガソリン10月限50枚の買増しを勧めると,しばらく考えた後,「私は,それ位なら良いと思いますが,主人と相談して下さい。」と答えた。被告Y1は,ただちに原告の勤務先に電話をかけ,「奥さんの了解は得ましたが,105万円で50枚の買増しはいかがでしょう。昨日よりは値上がっています。」と勧誘すると,原告は承諾し,105万円は夕方に支払うと述べたので,同日午後5時,被告Y1及びDは,そのころ,原告宅を訪問して105万円を受領した。

被告Y1は,「奥さんもどうですか。2倍や3倍はすぐです。自分が責任を持ちます。」などとは述べていないし,原告から,「妻が言うなら,妻の問題だ。」と言われたこともなかった。

イ 平成13年5月22日に交付された525万円について

具体的な事情は,争点(4)(被告らの主張)イのとおりである。

ウ 両建の際に交付された委託証拠金について

具体的な事情は,争点(5)(被告らの主張)のとおりである。

また,被告Y1は,原告ら夫婦の返還要求に対し,「2000万円はお返ししようと思っています。」などと答えた事実はない。

(13)  原告が,取り消し得べき行為を追認したといえるか。

(被告らの主張)

原告は,約諾書を差し入れた後,個々具体的な取引を委託し,それに必要な証拠金を支払い,個々具体的な取引への被告会社の照会に対し,「通知書のとおり相違ありません。」と回答し,一部の取引への益金を受領したほか,両建取引に係る入金念書も作成交付しており,基本的委託契約及び個々の具体的取引を追認したというべきであるし,少なくとも,法定追認(全部又は一部の履行[民法125条1号]又は履行の請求[同条2号])が認められるというべきである(消費者契約法11条1項)。

(原告の主張)

争う。

(14)  消費者契約法に基づく取消期間が経過したといえるか。

(被告らの主張)

消費者契約法7条によれば,同法4条の取消権は,追認をすることができる時から6か月間行わないときは,時効によって消滅する旨を規定するが,追認をすることができるときとは,取消しの原因たる情況の止んだ時(民法124条1項)であるところ,断定的判断の提供があった場合は,将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供する行為により,消費者が誤認に気付いたときと解される。

そうだとすれば,本件においては,遅くとも,原告が原告訴訟代理人に相談し,原告訴訟代理人が被告会社に対し,平成13年6月28日,通知書で返還請求をしたときと考えるのが相当であり,原告は,平成13年12月27日の経過をもって,取消権を行使しえなくなったものと解される。

したがって,原告の平成14年1月11日付け準備書面による取消しの意思表示の時点において,原告は,取消権の消滅時効が完成している。

よって,被告らは,消滅時効を援用する。

(原告の主張)

本件においては,平成13年9月13日に訴訟が提起されており,当事者間の取引内容が調査確認されて概要が明らかとなったのはその時点であるから,同日が取消期間の起算点となる。

また,原告が取消の主張をしたのは,被告らが期間が経過したとする平成13年12月27日のわずか2週間後である平成14年1月11日である。わずか2週間の差で取消ができなくなるというのは,消費者保護の精神からも,信義則に反するものである。

(15)  消費者契約法に基づく返還請求について過失相殺をすべきか。

(被告らの主張)

原告の基本的委託契約とその後の具体的な個々の売買契約(本件取引)にあっても,前記争点(11)(被告らの主張)のとおりの各諸事情が存在した以上,原告のこれらの過失相殺事情を斟酌するのが,公平の見地から妥当である(民法418条)。

第3争点に対する判断

1  前提事実

前記争いのない事実に証拠(以下に個別に掲げるほか,甲2ないし5,乙2,17ないし21,29,31ないし36,40ないし42[枝番のあるものはいずれの枝番も含む。),証人D,証人C,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(1)  原告は,昭和19年生まれの男性であり,平成13年4月当時,57歳で,小学校の教員をしていたが,過去に債券投資や商品先物取引の経験はなかった。

(2)  被告会社は,商品取引法上の取引員会社であり,国内の商品取引所における商品市場における取引の受託及び自己取引を主たる業務とする株式会社であり,被告Y1は,被告会社に勤務する営業担当の取引外務員である。

被告会社においては,日本商品先物取引協会の定めた受託等業務に関する規則(乙37)3条,7条,8条の趣旨に則って,受託業務管理規則を策定しており,同11条においては,商品先物市場に参入するにふさわしい健全な委託者層の拡大を図るため,商品先物取引の経験のない委託者又はこれと同等と判断される者については3か月の習熟期間を設け,商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にあたっては,委託者保護の徹底とその育成を図るため,当該委託者の資質・資力等を考慮の上,相応の資金量の範囲においてこれを行うものとし,被告会社では,「相応の資金量」の範囲については,「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」において,500万円未満とすることとし,これを越える取引は,委託者から特別に申し出があり,顧客サービス部責任者,又は副総括責任者が適格と認めた場合に限ってすることができる旨規定されていた(乙38)。

(3)  別紙売買取引明細記載の取引は,中部商品取引所におけるガソリンの先物取引(以下「中部ガソリン」という。)であるが,中部取引所における中部ガソリンの取引時間は,前場1節が9時40分,前場2節が11時30分,後場1節が13時40分,後場2節が14時40分,後場3節が15時40分であり,売買単位は,20キロリットルを1枚とし,1枚あたりの委託手数料は1100円,1枚あたりの委託証拠金は,1万7000円未満は1万2000円,1万7000円以上2万2000円未満が1万5000円,2万2000円以上2万7000円未満が1万8000円,2万7000円以上が2万1000円とされていた(乙27の2)。そうしたことから,ガソリンの1キロリットルあたりの売買値段が1000円値上がりすると,1枚につき2万円の売買益が生じ,50枚であれば100万円の売買益が生じることになる(ただし,委託手数料及び消費税をここから控除した金額が,帳尻益金となる。)。

(4)  Dは,平成13年4月3日(火曜日),原告宅に電話をした。

同日の10月限の中部ガソリンの終値は2万6470円で前日比90円安であったが,それ以前の値動は,平成12年10月23日に3万2120円の最高値を記録したこともあったが,同年2年21日に2万0760円,同年12月18日に2万1410円の底値を記録したこともあった(乙33)。

(5)ア  Dは,平成13年4月4日(水曜日),原告宅を訪問し,原告に対し,商品先物取委託のガイド(乙27の1・2)を交付し,原告からその受領書を受け取った(乙3)。

イ  同日の10月限の中部ガソリンの終値は,2万6950円で前日比480円高であった。

ウ  同日,ベネズエラの鉱業相が同月2日ロイター通信の取材に対し,石油輸出国機構(以下「オペック」という。)のバスケット価格が10営業日連続でバレルあたり22ドルを下回った場合,目標価格帯(22~28ドル)の維持を目指す「価格安定メカニズム」に基づき,日量50万バレルの追加減産を自動的に発動する方針を示した旨の情報が配信された(乙30・4枚目)。同配信記事には,オペック事務局によれば,同月2日のバスケット価格は22.53ドルで,同月1日から今年2度目の減産(日量100万バレル)を実施したとの記載があった。

(6)ア  Dは,平成13年4月5日(木曜日)午後8時ころ,原告宅に電話をし,500万円くらいの取引はどうかと先物取引を勧誘したが,原告がそんなお金はないと返答したことから,Dは,100万円ぐらいならどうですかと勧誘を続け,原告宅に赴くのでDの話を聞いて欲しい旨伝えた。その結果,原告は,翌日Dの話を聞くことについて承諾した。

イ  同日の10月限の中部ガソリンの終値は前日比30円高の2万6980円であった(ただし,5月限は前日比280円の安値で,6月限は前日比260円の安値で,7月限は前日比200円の安値となるなど,期近のものほど安値を記録した。)。

(7)ア  D及び被告Y1は,平成13年4月6日(金曜日)午後7時ころ,原告宅を訪問し,中部ガソリンの先物取引を勧誘した。その際の説明は約一時間を要した。その中で,D及び被告Y1は,先物取引についての一般的な説明のほかに,「思惑違いの場合の対処の仕方について」と題する資料を原告に示し,約定値段が1100円,1000円,900円,800円と変動した場合を例にあげ,数字を書き込みしながら難平や両建の説明をし,原告は,その説明を受けたことを証するための捺印をした(乙7)。

ひととおりの説明が終わると,原告は,中部ガソリン50枚を注文することを了解し,委託証拠金105万円を支払うことを了解した。その際,D及び被告Y1は,連休前までには結構値上がると思いますと述べたが,連休前に決済をして利益を還元する等の具体的な約束をしたことはなかった(原告本人[原告本人調書速記録29頁で,具体的に何か約束したのかと問われて記憶がない旨供述している。],乙41[2頁])。

そして,原告は,「お取り引きについて」と題する冊子(乙26)を受け取って,その3頁に控えが残る形式になっており,先物取引の危険性を了知した上で取引を執行する取引所の定める受託契約準則の規定に従って,自己の判断と責任において取引を行うことを承諾する旨の記載のある約諾書に署名捺印をし,D又は被告Y1に渡し(乙5),商品先物取引を始める前にという副題のついた「ステップ」という冊子(乙28)を受け取って,同冊子の5頁目にある受領書に署名捺印をし,切取線の左右の契印をして受領書を切り取ってD又は被告Y1に渡した(乙4)ほか,商品先物取引委託意思確認書(乙8),印鑑登録票(乙9)及び銀行振込依頼書(乙12の1)にも署名捺印等をしてD又は被告Y1に渡した。

商品先物取引委託意思確認書には,「お取引のご理解度」という欄があったが,原告は,①商品先物取引委託のガイドの説明及び交付を受けましたか,②商品先物取引のリスクについて説明を受け,ご理解頂けましたか,③商品先物取引の仕組みについて説明を受け,ご理解頂けましたか,の各問いに対して,「1.はい」のほうに○をつけた。

D又は被告Y1は,原告に対し,ステップ等の冊子を読んでおいてほしい旨述べて帰ったが,ステップの2頁には,「始めに」の見出しで,「当初から本日までの間,営業担当者より「絶対にもうかる」「利益は保証する」等の断定的判断を提供されていない事。又はお客様が強引に勧誘され仕方なく参加した事実がないことを確認致します。その様な事に抵触していると思われた方は即刻取引を中止致しますので前ページの管理部まで早急にご連絡ください。」とアンダーラインを引いた上で記載されていたほか,「先物取引の危険性について再度,告知致します。1.先物取引は,利益や元金が保証されているものではありません。2.総取引金額に比較して少額の委託証拠金をもって取引する為,多額の利益になることもありますが,逆に預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性もあります。」と記載されていた。

イ  なお,同日の10月限の中部ガソリンの終値は,前日比120円安の2万6860円であった。

(8)ア  被告Y1は,平成13年4月7日(土曜日)午前9時ころ,原告宅を訪問し,105万円を受領するとともに,週明け月曜日(同月9日)に買建てをする旨の注文を受け,原告宅を辞去した。

イ  被告会社の顧客サービス部のEは,その後,午前9時42分に,原告に電話をした。その際,Eが,被告Y1が訪問をしているかを尋ねると,さきほど帰ったところである旨答え,Eが,「商品取引の仕組みとかですね,危険性なんかにつきましても,もうよくご理解はいただけましたでしょうか。」と質問すると,「ええ,大体わかりましたな,あの追証から始まって,いくつか,何部門か,何個かね,項目が分かれてましたです。」と答え,Eが,「商品取引というのはですね,株とかと比べましてもですね,ハイリスク,ハイリターンになりますから」と述べると,原告は,「そうですね,はい,はい。」と答え,「ご資金の2倍,3倍に増えることもあればですね,逆にご資金が全てなくなる可能性もあるということですね。」と述べると,原告は,「ああ,はい,はい。」と答え,さらに会話をした後,Eが,「今現在で,これだけは聞いておきたいこととかですね,ご質問のほうとかいうのはございますでしょうか。」と質問すると,原告は,「一応説明を受けましたのでね,大体,分かったんですが,あのう,何か半分までね,減った場合はもう,そこで,一応,決済いうことで。ほんで,追証という制度があると聞いたんですが,まあ,その段階で決済はもうしようと思っているんですけどね。」,「それはそれでいいわけですね。」と述べ,Eが,「半分以上のもしマイナスが出た時にですね,もうその時点でもう,見切られるということなんですね。」と聞くと,原告は,「ええ,ええ,ええ,そうですね。」と答え,Eが,そうした考え方を担当者に伝えているかを聞いたところ,原告は,「ええ,それはもう・・,あっ,はっきりとはまだ言ってませんけど。」と答えた。

(9)ア  平成13年4月9日(月曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,前場1節において,原告名義で10月限の中部ガソリン50枚が約定値段2万6740円で買建てされた。

イ  同日の10月限の中部ガソリンは,前記2万6740円で取引が始まり,終値は,前日比150円安の2万6710円であった。

ウ  被告会社顧客サービス部のHは,同日午後5時52分,原告に電話をかけ,前記の注文に間違いがないかを確認し,原告から間違いない旨の返答を受けたほか,これだけは聞いておきたいという点はないかを質問したが,原告からは特にない旨の返答を受けた。

(10)ア  平成13年4月10日(火曜日)の10月限の中部ガソリンは,前日の終値より190円高い2万6900円で取引が始まり,前場2節ではさらに50円高値の2万6950円で取引がされた。

イ  別紙売買取引明細記載のとおり,同日の後場1節において,原告名義で中部ガソリン10月限50枚が約定値段2万6920円で買建てされ,残存建玉は,合計買建玉100枚となった。

この取引に必要な委託証拠金105万円のうち100万円は,Bがb銀行●●●支店扱いのB名義の普通預金口座から出金して用意をし(甲2),同日午後6時ころ,集金のために原告宅を訪れた被告Y1に対して支払った。

そして,前記の取引により,委託証拠金の累計額は,210万円となった。

ウ  被告Y1作成の管理者日誌には,午後1時に原告に電話をかけ,午後5時に原告宅を訪問した旨が記載されていた。

エ  同日の10月限の中部ガソリンの終値は前日比290円高の2万7000円であった。

(11)ア  被告Y1は,平成13年4月16日(月曜日)午後1時30分ころ,原告の勤務先に電話をして,既存建玉を手仕舞いして買直しをし,建玉を増してはどうかと勧めた(この電話については,被告Y1作成の管理者日誌には,特段の記載がされていなかった。)。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午後6時20分に原告に電話をした旨の記載がされていたが,「中部ガソリン市況説明」と記載された次の行に「中部ガソリン10月限100枚売落100枚買建」と記載され,次の行に「(27610)」と記載され,次の行に「中部ガソリン10月限63枚買建(27520)」記載されていたが,()内の数字は,翌17日における約定値段そのものであった。

ウ  被告会社は,同日,原告に対し,理解度アンケート(A)を送付した(乙43)。

エ  同日,次の内容の記事が配信された(乙30・7枚目,17枚目)。

(ア) カタールのエネルギー相が,同月15日にオペックの次期総会が開かれる6月までに原油価格がバレルあたり22ドルを下回れば,オペックは追加減産に踏み切る旨発言をするなど,同月1日の減産に続いて追加減産をする可能性が高くなった。

(イ) 同月16日に米石油会社コノコの製油所で爆発事故があった。

(12)ア  平成13年4月17日(火曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,前記(11)の原告からの注文に基づき,前場1節において,当時の残存建玉100枚が約定値段2万7610円(前日終値よりも260円高)で手仕舞いされ,同場節で,中部ガソリン10月限100枚が同一の約定値段で買い直され,前場2節で,中部ガソリン10月限63枚が約定値段2万7520円で買建てされた結果,残存建玉は,買建玉163枚となり,手仕舞いによる帳尻益金が132万9000円となり,うち132万3000円が委託証拠金に振り替えられ,益金6000円が益出しされることになった。

その結果,委託証拠金の累計額は,342万3000円となった。

イ  同日の10月限の中部ガソリンの終値は,前日比160円高の2万7510円であった。

(13)ア  原告は,平成13年4月18日付けで,理解度アンケート(A)を記載し(乙11),被告会社は,同アンケートを同月26日に受領した(乙44)。

原告は,同アンケートの,「1.商品先物取引-委託のガイド-」の内容について」の答えのうち,「②何度か読んだので,おおよそわかる。」に印をつけ,「2.商品先物取引の損益の仕組みについて」の答えのうち,「③貴社からの売買計算書で確認している。」に印をつけ,「3.委託証拠金制度の仕組みについて」の答えのうち,「②値動きを見て委託追証拠金の計算ができる。」に印をつけ,「4.値幅制限について」の答えのうち,「②値幅制限により売買注文が成立していない場合があることは,承知している。」に印をつけた。

イ  同月18日(水曜日)の10月限の中部ガソリンの取引は,前日の終値より290円安の2万7220円で取引で始まったが,その後の取引で値を戻し,終値は,前日比100円安の2万7410円にとどまった。また,原告は,同日,被告会社から,b銀行●●●支店扱いの普通預金に前記(12)アの益金6000円の振り込みを受けた(乙22の1)。

ウ  被告Y1作成の管理者日誌には,同月18日に原告と接触したことは記載されていなかった。

(14)ア  平成13年4月19日(木曜日),10月限の中部ガソリンの取引は,2万7450円(前日終値より40円高)で取引が始まり,別紙売買取引明細記載のとおり,後場3節において,当時の残存建玉163枚が約定値段2万8000円で手仕舞いされ,同場節において,中部ガソリン10月限210枚が約定値段2万8000円(当日の終値であり,前日比590円高)で買建てされ,残存建玉が買建玉210枚,手仕舞いによる帳尻益金が100万8270円となり,うち98万7000円が委託証拠金に振り替えられ,益金2万1270円が益出しされることになった。

その結果,委託証拠金の累計額は,441万円となった。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午後3時30分,原告に対して電話をし,中部ガソリンの市況説明の上,前記アの取引の注文を受けた旨の記載がされていた。

ウ  被告会社の顧客サービス部のFは,同日午後5時30分ころ,同日の取引に係る残高照合書を持参して原告宅を訪問し,委託証拠金の種類,値幅制限,損益計算,売買報告書の見方,残照の見方,思惑違いの場合,完全無担保未収金の認識に関し,問題がない旨を訪問カードに記載し,原告から,同日の取引について残高照合書のとおり異議がない旨の署名捺印を得た(乙13)。

この際,Fは,訪問カードの作成について,形式だけであるという説明をしたことはなかった。

なお,原告は,同日付けで,振込先口座をc銀行の●●●支店の口座に変更する旨の届出をした(乙12の2)。

エ  原告は,平成13年4月19日付けで,残高照合回答書に通知書のとおり間違いがない旨を記入し,被告会社は,20日にこれを受領した(乙20の1・2)。

(15)  被告会社は,平成13年4月20日,原告のc銀行●●●支店扱いの口座に前記(14)アの益金2万1270円を振り込んだ(乙23の1)。

原告は,同月21日付けで残高照合回答書に通知書のとおり相違ない旨記載し,これを被告会社に郵送し,被告会社はこれを同月26日に受領した(乙20の3)。

(16)  平成13年4月20日以降,中部ガソリンは,値を下げ始め,同年4月25日に2万7090円の底値を記録したことがあったが,同年5月1日には2万8160円の高値を記録し,その後,値を下げたものの,同月11日ころから約定値段が再度上昇する傾向にあった。そして,同月15日の10月限の中部ガソリンの終値は,前日比170円安の2万7830円となり,同月16日の同終値は,前日比20円高の2万7850円にとどまった。

(17)ア  Bは,平成15年5月17日付けで,投下予定資金金額変更申出書を作成した(乙14)。他方,被告Y1は,同日付けで「習熟期間中における500万円以上の取引に係る申請書」を起案し,同月18日,審査担当者であるI(副総括責任者)は,「理解されており,リスク面も十分承知され,資金力も可」として「適」の判断をしたが,どのような根拠資料をもとに「資金力も可」と判断したのかは明らかではない(本件訴訟においては,審査資料が書証として提出されているわけではない。)。

イ  しかし,被告Y1の管理者日誌の同日の欄には,こうした書類を受領したことについては,一切の記載がなかった。

ウ  同日の10月限の中部ガソリンの取引は,2万7770円(前日終値の80円安)で始まったが,その後,値を戻し,終値は前日比90円高の2万7940円となった。

(18)ア  平成13年5月18日の中部ガソリンの取引は,10月限については2万7990円(前日の終値の50円高),11月限については2万7710円(前日の終値の60円高)で始まり,後場1節では,10月限が2万8150円,11月限が2万7810円,後場2節では,10月限が2万8170円,11月限が2万7860円で取引が行われ,値上がり傾向にあったが,別紙売買取引明細記載のとおり,後場3節において,当時の原告名義の残存建玉210枚が約定値段2万8240円で手仕舞いされ,同場節において,中部ガソリン10月限210枚(約定値段2万8240円)と中部ガソリン11月限24枚(約定値段2万7900円)が買建てされ,残存建玉は,買建玉234枚となった。

そして,前記手仕舞いによる帳尻益金が52万2900円となり,50万4000円が委託証拠金に振り替えられ(益金残額1万8900円),委託証拠金の累計額は,491万4000円になった。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午後2時に原告に電話をして,市況説明の上,上記取引について注文を受け,同日午後18時10分に原告に電話をかけ,中部ガソリンの市況を説明し,翌21日の注文を受けた旨の記載がされていた。

(19)ア  平成13年5月21日,別紙売買取引明細記載のとおり,前場1節において,同月18日に買建てされた中部ガソリン10月限210枚が約定値段2万8620円で手仕舞いされ,同場節において,中部ガソリン10月限210枚が約定値段2万8620円で買い直され,同場節において,同月18日に買建てされた中部ガソリン11月限24枚が約定値段2万8250円で手仕舞いされ,同場節において,中部ガソリン12月限57枚が約定値段2万8250円で買建てされ,前場2節において,前記のとおり前場1節において買い直された中部ガソリン10月限210枚が約定値段2万8800円で手仕舞いされ(日計り),前場2節において,中部ガソリン10月限210枚が再び約定値段2万8800円で買い直され,同場節において,前記のとおり前場1節において買い直された中部ガソリン12月限57枚が約定値段2万8440円で手仕舞いされ(日計り),後場1節において,中部ガソリン12月限100枚が約定値段2万8700円で買建てされ,後場3節において,中部ガソリン12月限250枚が約定値段2万8750円で買建てされ,残存建玉は買建玉560枚となった。

前記手仕舞いにより,帳尻益金累計が157万9290円となり,前記(18)アの益金残額1万8900円との合計は159万8190円となったが,前記の560枚の建玉をするためには,委託証拠金がさらに525万円必要であった。

しかし,被告Y1は,525万円の支払を受ける前に,前記の各注文を実行した。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,午前9時30分,午前11時20分,午後1時,午後3時30分に市況説明や上記取引に係る注文を受けた旨が記載されていた。

(20)ア  平成13年5月22日,別紙売買取引明細記載のとおり,前場1節において,前日に買建てされた中部ガソリン10月限210枚が約定値段2万9090円で手仕舞いされ,同場節において,中部ガソリン12月限100枚が約定値段2万8680円で買建てされ,後場1節において,前日に買建てした中部ガソリン12月限100枚が約定値段2万8910円で手仕舞いされ,同場節において,前場1節において買建てした中部ガソリン12月限100枚が約定値段2万8910円で手仕舞いされ(日計り),後場1節において,中部ガソリン12月限200枚が約定値段2万8910円で買建てされ(この建玉は,同年7月3日後場2節で約定値段2万6450円で手仕舞いされ,最終的な帳尻損金は1030万2000円になった。),後場3節において,中部ガソリン12月限160枚が約定値段2万8730円で買建てされ,残存建玉は,買建玉610枚となった。

イ  同日,前記(19)アの益金159万8190円が委託証拠金に振り替えられたほか,Bがb銀行●●●支店のB名義の預金の払戻を受けて用意し,同銀行に集金のため赴いていたDに支払われた525万円が入金され,さらに,前記アの手仕舞いによって帳尻益金が115万0900円となり,うち104万7810円(差額は10万3090円)が委託証拠金に振り替えられたことによって,委託証拠金累計は,1281万円となった。

ウ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午前9時30分,午後1時,午後3時に市況説明や上記取引に係る注文を受けた旨が記載されていた。

エ  Bは,平成13年5月22日付けで,残高照合回答書に通知書のとおり間違い旨記載し,これを被告会社に郵送し,被告会社は,同月25日にこれを受領した(乙20の4)。

(21)  被告Y1は,平成13年5月29日(火曜日)午前11時ころ,原告に電話をして市況説明をした。

(22)  平成13年5月30日(水曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,後場3節において,中部ガソリン12月限160枚が約定値段2万8880円で手仕舞いされ,同場節において,同10月限170枚が約定値段2万9720円で買建てされ(この建玉は,同年7月3日後場2節で約定値段2万7240円で手仕舞いされ,最終的な帳尻損金は882万4700円となった。),残存建玉は,買建玉620枚となった。前記の手仕舞いにより,帳尻益金が11万0400円となり,前記(20)イの差額10万3090円との合計21万3490円のうち21万円が委託証拠金に振り替えされ(差額3490円),委託証拠金の累計額は,1302万円となった。

(23)ア  平成13年5月31日(木曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,前場1節において,同月21日に買建てされた中部ガソリン12月限250枚が約定値段2万8970円で手仕舞いされ,同場節において,中部ガソリン12月限250枚が約定値段2万8970円で買い直され(この建玉は,同年6月18日後場2節において,約定値段2万6170円で手仕舞いされ,帳尻損金は,1457万7500円となった。),前場2節において,中部ガソリン11月限25枚が約定値段2万9230円で買建てされ,残存建玉は,買建玉645枚(10月限170枚,11月限25枚,12月限450枚)となった。そして,前記の手仕舞いにより,帳尻益金は,52万2550円となり,同額が委託証拠金に振り替えられ,委託証拠金の累計額は1354万5000円となった。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午前9時30分,原告に電話をして中部ガソリンの市況説明の上,前記アの取引の注文を受け,同日午前10時30分にも原告に電話をして前記アの注文を受けた旨の記載がされていた。

(24)ア  平成13年6月6日(水曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,後場1節において,中部ガソリン10月限170枚が約定値段2万8700円で売建てされ,同場節において,中部ガソリン11月限25枚が約定値段2万8410円で売建てされ,同場節において,中部ガソリン12月限450枚が約定値段2万8110円で売建てされ,残存建玉は,売建玉645枚(10月限170枚,11月限25枚,12月限450枚),買建玉645枚(10月限170枚,11月限25枚,12月限450枚)の完全両建の状態となった。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午後1時30分に市況説明や上記取引に係る注文を受けた旨及び午後6時30分ころに原告宅を訪れて,市況説明の上取引上の打ち合わせをした旨が記載されていた。

なお,原告は,同日付けで,被告Y1から,文章の雛形を示されて,原告の都合により不足証拠金1354万5000円は,同月11日までに必ず支払う旨の念書を差し入れた(乙16)。

(25)  原告は,平成13年6月7日(木曜日)午後6時ころ,委託証拠金100万円を,集金に来たDに手渡した(乙34の2)。その際,原告は,同月7日付けで,残高照合回答書に通知書のとおり間違い旨記載し(乙20の5),Dに手渡した。そして,翌8日に100万円が委託証拠金として入金扱いとされたことにより,委託証拠金の累計額は1454万5000円となり,残高照合回答書についても同月8日に被告会社が受領したものとして扱われた。

(26)  原告は,平成13年6月11日(月曜日),被告会社に対し,1254万5000円を送金したが,これは,Bが1000万円の満期5年の大口定期を解約するなどして用意したお金が原資となっていた(甲2,3)。そして,これが委託証拠金として入金扱いとされたことにより,委託証拠金の累計額は2709万0000円となった。

なお,被告Y1作成の管理者日誌には,同日午後3時20分ころに電話をかけて市況説明をした旨が記載されていた。

(27)ア  被告Y1作成の管理者日誌には,平成13年6月13日(水曜日)午後7時ころ,原告に対し,電話をかけて市況説明をした旨が記載されていた。

イ  ニューヨーク市場の原油相場は,同日まで,4日連続上昇していた(乙30[74枚目])。

(28)ア  平成13年6月14日(木曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,前場2節において,同月6日に売建てした中部ガソリン11月限25枚が約定値段2万7300円で手仕舞いされ,同場節において,同月6日に売建てした中部ガソリン12月限のうち250枚が約定値段2万7040円で手仕舞いされ,残存建玉は,売建玉370枚(10月限170枚,12月限200枚),買建玉645枚(10月限170枚,11月限25枚,12月限450枚)となった。この手仕舞いにより,帳尻益金が526万9750円となり,うち488万2500円が委託証拠金に振り替えられ(差額38万7250円),委託証拠金累計額が3197万2500円となった。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午前10時30分に電話をかけ市況説明の上,上記注文を受けた旨,同日午後1時30分に市況説明及び出来値報告をし,同日午後6時30分ころに電話をかけて市況説明をした旨が記載されていた。

ウ  同日の中部ガソリンの10月限,11月限,12月限については,後場2節と後場3節において,ストップ安を記録した。

(29)ア  Bは,平成13年6月15日(金曜日),被告Y1に対し,手仕舞いを要求した。

イ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午前9時20分ころと午後1時30分ころに,原告に電話をかけて市況説明をした旨が記載されていた。

ウ  同日における中部ガソリンの取引は,前日よりも値を戻し,11月限については,前場1節において2万6770円,前場2節において2万6850円,後場1節において2万6950円,後場2節において2万6770円,後場3節において2万6520円で取引がされ,12月限については,前場1節において2万6460円,前場2節において2万6500円,後場1節において2万6620円,後場2節において2万6470円,後場3節において2万6190円で取引がされた。

(30)ア  Bは,平成13年6月18日(月曜日),先物取引協会や消費者センターに電話相談をし,消費者センターで被告会社の相談室に相談してみてはどうかというアドバイスを受けたことから,被告会社の管理部に電話をした。

イ  同日,別紙売買取引明細記載のとおり,後場2節において,同年5月31日に買建てされた中部ガソリン11月限25枚が約定値段2万6530円で手仕舞いされ(帳尻損金140万7760円),同場節において,同年5月31日に買建てされた中部ガソリン12月限250枚が約定値段2万6170円で手仕舞いされ(帳尻損金1457万7500円),残存建玉は,売建玉370枚(10月限170枚,12月限200枚),買建玉370枚(10月限170枚,12月限200枚)となった。

同日における中部ガソリンの終値は,10月限については前日比300円高の2万7430円,12月限については前日比210円高の2万6400円であった。

ウ  被告Y1作成の管理者日誌には,同日午前11時ころに電話をかけて市況説明をした旨が記載され,C作成の管理者日誌には,同日午後1時10分に原告に電話をかけた旨が記載され,同日午後2時40分に上記取引の承諾を得た旨が記載され,同日午後3時5分,同日午後3時15分に原告に電話をしたことが記載されていた(乙36の1)。

(31)  原告は,平成13年6月19日,大阪弁護士会の法律相談で,原告訴訟代理人の紹介を受けた。

(32)  C作成の管理者日誌には,平成13年6月25日(月曜日)午後3時に原告に電話をかけ,取引上の打ち合わせをした旨が記載されていた(乙36の2)。

(33)  原告訴訟代理人は,平成13年6月28日(木曜日)付けで,被告会社に対し,原告と被告会社との契約は不法行為により無効であるとして,預託金全額等の返還を求める内容証明郵便を発送した(乙25)。

(34)  平成13年7月3日(火曜日),別紙売買取引明細記載のとおり,後場2節において,当時の残存建玉をすべて手仕舞いし(10月限の約定値段は2万7240円,12月限の約定値段は2万6450円),最終的には,帳尻益金は2224万2310円,帳尻損金3511万1950円となり,1286万9640円の取引差損金が生じた。なお,被告会社がこうした取引によって得た委託手数料の合計は,678万4800円であった。

(35)  被告会社は,平成13年7月6日(木曜日),委託証拠金のうち2397万4410円を損金に振り替え,原告に対し,799万8090円を送金した。

(36)  被告会社作成の買付注文伝票又は売付注文伝票には執行条件を記載する欄があり,「成行」,「指値」,「逆指」のいずれかに○印を付して注文の態様を記載することとされており,指値がされた場合の指値の値段を記載する欄も儲けられていたが,原告に係る買付注文伝票又は売付注文伝票には,いずれの取引についても,成行注文であった旨の記載がされていた(乙29の1ないし40)。

2  被告会社の社員が断定的判断を提供したか(争点(1),(12))について

(1)  原告は,平成14年12月23日付け準備書面において,被告の社員が,原告が約諾書を被告会社との取引を開始するまでに,絶対値上がりをして儲かる等の断定的判断を提供しており,これが不法行為に該当する旨主張するほか,訴状において,被告会社との取引開始後の個別的な取引にあたっても断定的判断の提供があったとして,争点(12)の(原告の主張)のような事情をも不法行為の一要素として主張し,証拠(甲4,5,原告本人)中にはこれにそう部分がある。

(2)  しかしながら,原告本人の陳述書の記載及び原告本人の供述には,次のような不自然な点が見受けられる。

ア 前記1(8)認定のとおり,原告は,被告会社のEからの電話に対して,商品取引の仕組みとか危険性について理解できたかを問われて,大体わかったとか,何個か項目がわかれていたとして具体的な説明があったことを自認していたほか,商品先物取引がハイリスク,ハイリターンの取引であることや,資金が2倍,3倍に増えることもあれば,逆に資金が全てなくなる場合もあるということについて説明を受けていないような反応を示さなかったことが認められる。

しかしながら,原告は,Eとの間の電話のやりとりについて,単に覚えていない旨供述しているにすぎず(原告本人調書速記録38頁),D又は被告Y1の説明によっても先物取引の仕組みは理解できなかったと断言し(原告本人調書速記録3頁),自己の過去の言動と矛盾した供述をしている。

そして,原告が,先物取引の仕組みが理解できなかったのに先物取引をしたのは,D又は被告Y1から断定的判断の提供を受けたからである旨供述し(原告本人調書速記録3頁),原告において先物取引の仕組みが理解できなかったことを断定的判断の提供があったことの根拠として援用していることを考慮すれば,断定的判断の提供があった旨の供述自体,にわかに信用し難くなるものといわざるを得ない。

イ 原告は,前記1(13)認定のとおり,被告会社の職員が面前にいない状態で理解度アンケート(A)に記入をし,しかも,その回答として,商品先物取引委託のガイドの内容について,何度か読んだので,おおよそわかるという回答を選択し,商品先物取引の損益の仕組みについて,売買計算書で確認しているという回答を選択し,値幅制限について,値幅制限により売買注文が成立していない場合があることは承知しているという回答を選択したにもかかわらず,商品先物取引委託のガイドについては中身を読んでいない旨供述し(原告本人調書速記録26頁,54頁),前記の回答と矛盾する供述をしている。

そして,前記のとおり,原告は,原告が先物取引の仕組みを理解できなかったことを断定的判断の提供があったことの根拠として援用していることを考慮すれば,通常であれば先物取引の仕組みを理解したかどうかに密接にかかわるガイドの中身を読んだかどうかという点について前記のような矛盾した供述をしたことは,断定的判断の提供があった旨の供述の信用性に疑問を抱かせる要素になるものといわざるを得ない。

また,原告は,株式の場合は,売買報告書は目を通しているとしながら(原告本人調書速記録49頁),被告会社から送付された売買報告書については,封筒は開けたものの中身は見ていない旨供述し(同42,43頁),前記のとおり,売買計算書で確認しているという自己の回答と矛盾した供述をしている。そして,原告が,売買計算書の中身を見なかった理由について,被告Y1が全て処理してくれていると思っていたからであり,被告Y1が全て処理してくれると思ったのは,絶対に値上がりします,必ずもうかりますと被告Y1が言ったからであると供述していることを考慮すると(同66頁),売買計算書について自己の従前の対応と矛盾した供述をしたことは,断定的判断の提供があった旨の供述の信用性に疑問を投げかけさせる要素になるものといわざるを得ない。

さらに,原告は,原告訴訟代理人の質問に対してストップ安というのが何かはわからなかった旨供述し(原告本人調書速記録11頁),前記のとおり,値幅制限により取引ができない場合があることは理解しているとの回答をしたことと矛盾した供述をしたほか,被告ら訴訟代理人の質問に対しても,大きく値下がりしたんだというイメージでしたということしか述べず(同47頁),値幅制限により取引ができない場合があるということを理解していたということが伝わらないような答え方をしているといわざるを得ない。

(3)  前記1(4)ないし(23)認定のとおり,原告が被告会社との取引を開始した後は,平成13年6月6日以降の暴落前は,大局的に見れば,値上がり基調の相場で推移したこと及び前記(1)に説示した点に原告に対して自己の相場観を説明することはあっても断定的判断を提供したことはない旨の証拠(乙40,41,証人D,被告Y1本人)を考慮すれば,B作成の陳述書(甲5)中の原告の主張にそう部分もにわかに信用し難い。

(4)  なお,不法行為が成立するためには,断定的判断の提供があったことだけではなく,これによって,説明とは異なった事態が生じたために損害を被ったという因果関係が存在する必要がある(断定的判断の提供を受けたが,実際にそのとおりの相場展開になり,結局利益を得たという場合は,不法行為が成立するとはいい難い。)が,本件においては,原告が被告会社との取引を開始した後,平成13年6月6日以降の暴落前までの推移を検討すると,前記(2)説示のとおり,大局的に見れば,値上がり基調の相場で推移しており,ここまでの時点では,因果関係を肯認することは困難といわざるを得ず,その後多額の損失が発生したのは,多額な両建をしなければならないほどに多額の取引を拡大させ続けたことにこそ基本的原因であったと考えられる。

(5)  他に,断定的判断の提供があったことを認めるに足りる証拠はない。

3  被告らに適合性原則違反があったか(争点(2))について

(1)  先物取引は,将来の一定時期(限月)に物を受渡しすることを約束して,その価格を現時点で決める取引であり,市場経済の下,様々な物の価格が変動する今日の社会において,先物取引は,その価格変動から生じるリスクを回避する役割(ヘッジングの機能)を担っている。このように,先物取引は,もともとはヘッジング機能を果たすために生まれた取引であり,商品の受渡によって取引を終了させることもできるものの,ヘッジングの機能を果たすために,相場状況を見ながら反対売買によって差金決済をして利益を確保することによって,価格変動リスクを回避することを目的としているわけである(乙27の1・2頁)。したがって,先物取引は,当然のことながら,個々の取引をするにあたっては,差金決済までの間に,継続的に相場を分析し,状況判断をしていく必要があるものであって,先物取引の勧誘・受託等が不法行為に該当するかどうかを判断するにあたっては,個々の行為をのみを個別に切り取って不法行為該当性を判断することは先物取引の経済的実態に符合しないものであり,損失発生に至った原因及びそうした原因に係る帰責事由がどこにあるかという点について,全体的に考察することが必要なものと解される。そこで,被告らに全体的考察の中で不法行為の一要素として評価されるような適合性原則違反があったかどうかについて検討を加える。

(2)  ところで,先物取引は,少額の委託証拠金によって取引を行うことができるため,投資した資金に比して莫大な利益を得ることができる場合もある反面,投資した資金を失うだけではなく,莫大な損失を被ることもあるという意味でハイリスク・ハイリターンの取引である。そして,物の売買を行う企業がヘッジング機能を目的として先物取引を行う場合は,商品の受渡しによって取引を終了することも考えられるのに対し,一般消費者にとっては,商品の受渡しによって取引を終了するということは考えられず,また,ヘッジング機能を享受するような立場にもないことから,ハイリスク・ハイリターンの取引であるという特徴のみが前面に押し出されることになる。

したがって,先物取引の受託を業とする者が,一般消費者を勧誘するにあたっては,企業がリスクヘッジのために先物取引を行う場合とは異なって,一般消費者に不測の損害を与えないための高度の注意義務が課されるものと解するのが相当である。

(3)  また,自己責任の原則という観点からみても,事後規制を司る裁判所にとって,前記(2)説示のような解釈をすることによって,商品取引員の行為のチェックを行っていくことは,重要な職責であると考える。

即ち,先物取引の委託をする者は,前記のようなハイリスク・ハイリターンの取引について自らリスク判断をせざるを得ない立場であるのに対し,先物取引を受託する商品取引員は,当該商品の先物取引によって損失が生じた場合であっても,必ず一定額の手数料を得ることができ,その意味では,損失を負うことがない立場である(本件の手数料については,前記1(3)認定のとおり定められており,同(34)認定のとおり,原告が1286万9640円の損失を被ったにもかかわらず,被告会社は,678万4800円の委託手数料を取得している。もっとも,資力のない者から取引を受託をし,その者が損失を発生させた場合は,先物取引の受託者が差損金を立替払すると,委託者からの回収が不能となり,損失を被るということが考えられるが,資力調査における判断は,静態的分析によって対応しうる面があるのに対し,先物取引の委託者は,将来の相場予測といった動態的分析を要する判断をせざるを得ない立場にあるから,判断の質という面で差異があるといわざるを得ない。)。そのような意味で,ヘッジング機能というような経済的利益の享受を受けない一般消費者と商品取引員の関係は,利害が相反する面を含む関係にならざるを得ない。こうした点を考慮すると,商品取引員は,相場の上下があっても,強気の判断をして積極的な取引を勧める方向に流れるということも起こりがちと言えなくもなく,中には,そうした環境に甘んじ,あるいはモラルハザードに陥って,手数料稼ぎを図る商品取引員も出現するわけである(そうであるからこそ,そうした商品取引員の出現を防止する観点から,業界内の自主規制を行ったり,各会社単位で様々な工夫が行われているし,商品取引所法136条の17が,商品取引員並びにその役員及び使用人は,顧客に対して誠実かつ公正に,その業務を遂行しなければならない旨規定しているのは,こうしたモラルハザードに陥ってはならない旨を規定したものと考えられる。)。

そして,自己責任の原則というのは,近代法の大原則として脈々として受け継がれてきたものであるが,節度ある自由競争社会が築かれていない状況の下では,自己責任の原則を強調することが相当でない面があることは明らかであるから,今日,規制緩和の流れの中で,自己責任ということが強調されるようになったことを考慮すると,先物取引に関して言えば,リスクを負わずに利益(手数料収入の獲得)をあげることができないという認識を商品取引員の間に浸透させるような,緊張感を伴った,節度のある事後規制が必要になるものと解される。

こうした観点から,ややもすればモラルハザードに陥りかねない商品取引員に対し,今後の行動の基準となるような適切な注意義務の内容を策定していくことは,事後規制を司る司法の重要な職責であると考えられる。

(4)  前記(2),(3)に説示した点を考慮すれば,適合性原則は,先物取引に参入しうるかどうかという入り口の要件のみの問題として議論されるべきことがらではなく,商品取引員としては,委託者が参入する適格性のある者であっても,参入後の取引規模が資産に見合わない過大なものとならないように,顧客の資産の把握に十分意を尽くし,取引の受託やそれに至る助言の過程においても,顧客の資産と対比して過大な取引を継続させないようにすべき注意義務を負うものと解するのが相当である。

そして,先物取引が,相場の変動が激しい面があり,委託追証拠金を速やかに用意できるような環境作りをしておく必要があるほか,一時的な乱高下があった場合に,強制手仕舞いを回避するために合理的な両建を行うことも可能な状態にしておく必要があることを考慮すれば,資産を把握するにあたっては,原則として,直ちに現金化できる流動資産を中心に把握をすべきであるし,有価証券については,委託証拠金に充用できるのが各商品取引所が指定したものに限られる(乙27の2[17頁])ことを踏まえ,単に顧客に有価証券の評価額を申告させるだけでなく,商品取引員において,当該有価証券が充用可能なものかどうかを調査の上,有価証券の種類に応じた充当価格を算定した上で,資産として考慮すべきであるし,そうした点については,委託者にも情報をフィードバックすることにより,万が一の場合の機敏な対応が可能となるような状況を作っておく必要があるものと解するのが相当である。

さらに,先物取引の経験のない顧客については,ハイリスク・ハイリターンの取引であるということを具体的に実感した経験がないために,リスクが生じた際にパニックに陥って冷静な判断ができないことが生じうること(本件においても,証拠[甲4,5,原告本人]及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成13年6月6日の暴落を目の当たりにして,冷静な判断力を失い,だからこそ,Bも大口定期を急遽解約してまで原告を助けようとしたことが認められる。),損切りをするということはそれなりの決断を有するものであって,値洗損が拡大した際に,ストレートに手仕舞いをして損を出すという発想に立てずに,後先を冷静に考えられない状態で,判断を先送りする発想から,委託追証拠金を追加したり,両建をして様子を見ようとする者が出てもおかしくないことを考慮すれば,商品取引員においては,顧客の資産の把握及び取引規模のチェックを行い,投資予定資金の半分を越える金額を当面の建玉の委託証拠金にあてるような投資計画に陥っているとみられる場合は,適切な投資計画を再検討するように顧客に検討を促すべき義務があり,さらに,取引終了までの投資予定資金全額を当面の建玉の委託証拠金にあてるという投資計画に陥っている場合は,より強くそうした検討を促すべき義務があるものと解するのが相当である(逆に,こうした検討を促したにもかかわらず,顧客の側において,取引終了までの投資予定資金全額を当面の建玉の委託証拠金にあてるような投資計画で取引を行う旨明言した場合は,受託者は不法行為責任を負わないものと解される。)。

加えて,前記のとおり,先物取引の経験のない顧客については,ハイリスク・ハイリターンの取引であるということを具体的に実感した経験がないために,リスクが生じた際にパニックに陥って冷静な判断ができないことが生じうることを考慮すれば,商品取引員において,当該商品についての過去の値動を踏まえて最悪の事態が生じた場合にどの程度の損失が生じうるかという点について説明を尽くさずに,投下予定資金の増額を伴う取引の受託を受けた場合(既存建玉の手仕舞いによって得た利益を委託証拠金に振り替えて行う増建玉も含む。)は,前記の義務を履行していないこととあいまって,説明義務が尽くされていないものとして,不法行為を認定するための一要素となるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると,証拠(甲4,乙1,6,40,41,証人D,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨によれば,Dは,自宅が持家であること,年収が500万円から1000万円未満であることや金融資産が150万円くらいであることを把握したのみで,被告Y1も,原告が流動資産としてどの程度の資産を保有していたのかについて,Dが把握した情報以上の具体的な情報を得るためにさらに踏み込んだ調査をせず,当時原告が保有していた株式の銘柄すら質問せず,その評価額についても原告の申告額を把握したにすぎず,原告が保有していた株式が,中部商品取引所で代用が可能とされているかどうかを検討していなかったことが認められる。

また,前記1(8),(17)認定の事実に証拠(甲4,乙14,15,37,38,40,41,証人D,原告本人,被告Y1本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

ア 原告は,積極的に先物取引に参入したというよりは,まずは勉強のつもりで参加しようと思ったにすぎず,105万円を投資することを決意した際も,万が一の場合は,手仕舞いをすることを考えており,105万円という金額を取引終了までの投資予定金額と考えていたが,被告Y1は,原告における当面の投資予定資金と当面の建玉の規模についてどのように考えているかを特段問い質していないため,こうした原告の内心を把握できていなかった。

イ 被告Y1は,平成13年4月10日の増建玉の際も,相場が上昇基調にあるということから取引を積極的に勧誘したのみで,将来のリスクをもふまえた投資予定資金について,原告がどのように考えているかを特段問い質しておらず,50枚の追加が原告の投資予定資金からみた場合,適当な規模であったかどうかについて検討を促すことはなかったし,本件全証拠をもってしても,被告Y1において,前記1(4)認定のとおり,中部ガソリンにつき,平成12年2月21日には2万0760円の底値を記録したことがあったことや,同年12月18日に2万1410円の底値を記録したことがあったことについて,具体的に説明し,そうした最悪の場合にどの程度の損失が生じうるかということについて説明をした形跡はない。

ウ 被告Y1は,その後の既存建玉の手仕舞い(日計りも含む。)によって得られた利益を委託証拠金に振り替えての買直し及び増建玉や525万円の入金を得た上での増建玉の際も,将来のリスクをもふまえた投資予定資金について,原告がどのように考えているかを特段問い質しておらず,増建玉が投資予定資金からみた場合,適当な規模であったかどうかについて検討を促すことはなかったし,本件全証拠をもってしても,前記イ説示のような底値に関する説明及び最悪の事態の場合の損失予想等について説明をした形跡はない。

エ 前記1(2)認定のとおり,日本商品先物取引協会の定めた受託等業務に関する規則3条,7条,8条の趣旨に則って被告会社が策定した受託業務管理規則11条においては,商品先物市場に参入するにふさわしい健全な委託者層の拡大を図るため,商品先物取引の経験のない委託者又はこれと同等と判断される者については3か月の習熟期間を設け,商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託にあたっては,委託者保護の徹底とその育成を図るため,当該委託者の資質・資力等を考慮の上,相応の資金量の範囲においてこれを行うものとし,被告会社では,「相応の資金量」の範囲については,「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係る取扱い要領」において,500万円未満とすることとし,これを越える取引は,委託者から特別に申し出があり,顧客サービス責任者,又は副総括責任者が適格と認められた場合に限ってすることができる旨規定されていたにもかかわらず,被告Y1は,こうした規定にしたがって徴求すべき投下予定資金額変更申出書(乙14)についてBに原告名下の署名捺印をさせ,原告に対し,資力の観点からの判断資料となるような情報等に関する質問をすることもなく,同申出書を徴求し,被告会社の副総括責任者であるIは,資力の点について,被告Y1に追加調査を促すことなく,漫然と「資金力も可」として取引の拡大を是認した(被告Y1が,投下予定資金額変更申出書の作成経過やIによる決済後の状況について,具体的に質問をされても要領を得ない証言をしていること[被告Y1本人調書反訳書65ないし67頁],前記1(18)認定のとおり,平成13年5月18日の益金振替後の委託証拠金累計額が491万4000円となったことを考慮すると,被告Y1は,Bに対し,投下予定資金額変更申出書を日付を遡らせて作成するよう依頼したのではないかという疑いを払拭することができず,被告会社における新規委託保護のためのチェック機能は,形骸化していたのではないかという疑いを払拭することができない。)。

これらの諸事情を考慮すれば,被告Y1及び被告会社は,原告が当初の建玉50枚を越える取引をするに至った時点で既に,参入後の取引規模が資産に見合わない過大なものとならないように,顧客の資産の把握に十分意を尽くし,取引の受託やそれに至る助言の過程において,顧客の資産と対比して過大な取引を継続させないようにすべき注意義務に違反したものといわざるを得ず,その後の増建玉についても,顧客の資産と対比して過大な取引を継続させないようにすべき注意義務に違反したものといわざるを得ない。

4  被告らに説明義務違反があったか(争点(3)),被告会社が無断取引をしたか(争点(6))について

(1)  原告は,D及び被告Y1は,先物取引の仕組みや危険性について,勧誘の段階でも,取引継続中においても,十分な説明をしなかった旨主張し,証拠(甲4,原告本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,前記1(7)認定のとおり,D及び被告Y1は,平成13年4月6日に原告宅に赴いて説明した際には,1時間ほどかけて説明をしており,同(8)認定のとおり,原告自身,Eの質問に対して,先物取引の仕組み等について理解したかを問われた際にも,項目が分かれたもので説明を受けたという趣旨の返答をしており,D及び被告Y1が,先物取引委託のガイドを示していたことが推認できるところ,同ガイドの表紙の裏には,赤太線で囲まれた部分に「あなたは,この書面の内容を十分に読んで,商品先物取引を注意深く研究してそのしくみを十分に理解した上で取引を行う必要があります。」と記載され,4頁には,赤太線で囲まれた部分に「商品先物取引の危険性について」という見出しのもと,利益や元本が保証されるものではないことや,預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性もあることや,相場の変動に応じて追証が必要になることもあることや,値幅制限によって取引の執行ができないこともあることなどが記載されていたことが認められる(乙27の1)。

これらの点に十分な説明をしたとの証拠(乙40,41,証人D,被告Y1本人)をも考慮すると,原告の主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

もっとも,前記3説示のとおり,当初の投下予定資金を超える増建玉を受託するにあたっては,過去の相場の状況に照らして,最悪の事態が生じた場合に予想される損失について具体的に説明しなかったことが,適切な投資計画を再検討するように顧客に検討を促すべき義務を怠ったこととあいまって,全体として不法行為を構成するものと解するのが相当であり,本件においても,そのような意味での説明義務違反(十分な説明がされていなかったという点での義務違反)があったと評価せざるを得ない。

(2)  次に,原告は,被告Y1が,無断取引をした旨主張し,証拠(甲4,5,原告本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,無断取引があった場合は,取引の効果は委託者には帰属しないから,委託手数料相当額や委託証拠金相当額について不当利得返還請求権が発生することがありうることは格別,その他の取引上の損失等については,損害の発生があったとは評価し難く,その限りで,無断取引の主張は,不法行為に基づく損害賠償請求の要件事実として主張することは意味がないものと考えられる。

また,原告は,指値がなかったことを不法行為として主張するが,先物取引においては,「成行」注文をすることはできるのであるから(前記1(36)),指値がなかったことをもってただちに不法行為を構成する一要素となるとはいい難い。

さらに,証拠(甲5,乙20の1ないし7,原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば,原告は,残高照合回答書の1(2)に「下記の事項について,相違又は内容不明な点がありましたので調査の上回答願います。」として,疑問点を記載することができることになっていたにもかかわらず,なんら疑問点を記載していないこと,Bは,平成13年6月18日に被告会社の管理部宛に電話をした際も,「時間はかかっても少しずつ取り戻す方法」を選択してしまったのであって(甲5の8頁),無断取引という極端なできごとがあったという事実認識とは異なるニュアンスの対応をしていることが認められるから,原告の主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

(3)  しかしながら,被告Y1が,原告が無断取引として主張している取引の中には,新規受託者の保護の観点からみて,商品取引員としての注意義務を果たしたとはいい難い取引が存在したことは,前記3説示のとおりであり,証拠によれば,被告Y1は,次のとおり,原告において取引状況や今後の見通しについて将来を見通した十分な検討ができていない状況の下で委託を受けたことが認められ,その意味では,新規委託者に対する説明が不十分なまま注文を受けたという意味においての説明義務違反があったことが認められる。

ア まず,前記1(12)認定の平成13年4月17日の買建て100枚の買直し及び63枚の追加建玉について,被告らは,同月16日午後1時に原告の勤務先に電話をした際には,話がしにくそうであったことから,午後6時20分に再び電話をかけ,注文を受けた旨主張し,これにそう証拠として被告Y1作成の管理者日誌(乙35)を提出し,証拠(乙41,被告Y1本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,同管理者日誌の同月16日の欄には,前記1(11)認定のとおり,翌日になってはじめて把握できる売買値段が書き込まれ,しかも,「(27610)」の記載のために1行がさかれていること,翌日の取引の結果を書き込むためにわざわざ1行あけておくというのも通常ありえないと考えられることを考慮すると,同管理者日誌の同月16日の欄の記載は,被告Y1がなんらかの思惑で,後から書き加えたものではないかという疑いが払拭できず,被告らの主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

こうしたことに,被告Y1が,勤務先に電話をしてきたが,同僚から聞かれるのが気になって十分理解できずに応諾してしまった旨の証拠(甲4,原告本人)を考慮すれば,被告Y1は,同月16日午後1時30分ころに原告の職場に電話をかけ,前記の取引を勧誘したが,その電話の際は,込み入った話を十分できるような状態になく,自由かつ真意に基づく委託とはいい難い面があったこと,被告Y1において,万が一の場合,さらにどの程度の資金の追加が必要になるかについて念押しをすることはなかったし,原告のその時点における万が一の場合も想定した投資予定金額を考慮した上での発注といえるかどうかについて原告に確認を求めなかったことが認められ,新規委託者に対する説明としては不十分な説明にとどまったものと評価せざるを得ない。

イ 平成13年5月21日及び同月22日の取引は,前記1(19),(20)認定のとおり,1日で頻繁な売買がされており,こうした取引経緯自体や,本件全証拠によっても,こうした取引内容について,小学校で勤務中の原告において,休み時間中の電話による対応において,簡単に会話をしながら帳尻損益を計算したりすることができるとは認め難いこと,その後の帳尻益金の処理についてみてみると,同(20)ないし(22)認定のとおり,委託証拠金への振替後の益金の残額がただちに益出しされずに処理されていることを考慮すると,これらの取引は,前記(2)説示のとおり,全く無断であったとは認め難いものの,原告において,いわば頭が舞い上がった状態で,十分な判断をする暇もなくなされた委託に基づくものであったと推認せざるを得ない。

5  被告Y1が平成13年5月21日に原告を欺罔して525万円の交付を受けたか(争点(4))について

原告は,被告Y1が,Bは525万円の投資を了解していなかったにもかかわらず,勤務先の原告に対し,Bが525万円をさらに投資することを了解しているかのごとき説明をしたため,被告Y1に欺罔されて525万円を支払った旨主張し,証拠(甲4,5,原告本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,これが真実であれば,消費者にとっては大問題なのであって,前記1(30)認定のとおり,B自身が,消費者センターに相談するなど消費者相談についてのある程度の知識を有していたことを考慮すれば,欺罔行為があったとする同年5月21日ころにそうした相談機関に相談してしかるべきだと考えられる。ところが,前記1(20)認定のとおり,Bは,自ら預金の払戻を受けて,Dに525万円を預託し,その後1か月弱の間,相談機関への相談をしなかったことが認められる。

こうしたことを考慮すると,Bは,被告Y1に対し,Bが525万円を投資することを了解したとも取れる曖昧な言い方をし,被告Y1において,Bはいいと言っている旨原告に説明したのではないかという疑いが払拭できない。

そうすると,原告の主張にそう前掲証拠部分は,にわかに信用し難く,他に欺罔行為があったことを認定できるような証拠はない。

したがって,平成13年5月21日に525万円に関する欺罔行為があったことを不法行為の一要素として考慮すべき旨の原告の主張は採用できない(もっとも,本件全証拠をもってしても,525万円の投資を要する増建玉をするにあたって,これをどのような形で用意するのかについて質問した形跡がないことや,過去の値動きの中で見られたような最悪の事態となった場合に,どの程度の損失が具体的に生じうるかについて説明をした形跡もないなど,前記3(4)説示のとおり,被告Y1において,顧客の資産の把握に十分意を尽くし,取引の受託やそれに至る助言の過程において,顧客の資産と対比して過大な取引を継続させないように注意すべき義務を果たしていないものというべきであって,同日のやりとりをめぐる不法行為が存在することは明らかである。)。

6  被告Y1が両建を勧誘するにあたって詐欺行為があったか(争点(5)),被告会社が違法な無敷取引をしたか(争点(7))について

(1)  原告は,被告会社は,原告に対し,7000万円もの損失が生じる旨の内容虚偽の事実を告げて,両建をさせたが,委託証拠金が預託されていないのに両建のために売建玉を注文した旨主張し,前記1(24)ないし(26)認定のとおり,委託証拠金が預託されていないのに両建のための売建玉の注文が執行されていたことが認められるほか,証拠(甲4,5,原告本人)中には,被告Y1が7000万円もの損失が生じる旨の内容虚偽の事実を告げた旨の原告の主張にそう部分がある。

しかしながら,このようなことについて虚偽の内容を説明すれば,後ほど送付又は交付することとされている残高照合回答書の値洗差金欄の金額を見ることによって,容易に虚偽の説明であったかどうを見破ることができることを考慮すれば,そのような見え透いた嘘をつく可能性は低いといわざるを得ない。

また,真実,内容虚偽の事実を告げられたということがあれば,それ自体,一般消費者にとっては重大問題であって,通常であれば,ただちに苦情を申し立てる等の行動に出るものとも考えられるが,前記5説示のとおり,原告あるいはBは,Bにおいて平成13年6月18日に消費者相談センターに電話をするまでは,両建に至る過程で詐欺があった旨の相談をしたことはなかったし,前記4(2)説示のとおり,Bは,平成13年6月18日に被告会社の管理部に電話をかけた際にも,結局両建を一部温存することを是認する対応に出たことは明らかである。

こうしたことに,被告Y1が両建をしないと7000万円もの損失が生じる旨の発言をしていない旨の証拠(乙41,被告Y1本人)をも考慮すれば,原告の主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

したがって,平成13年6月6日の両建に至る過程で,被告Y1による詐欺行為があった旨の原告の主張は採用できない。

(2)  また,原告は,平成13年6月6日の両建にあたって,違法な無敷取引をした旨主張する。

しかしながら,増建玉のための取引について,委託証拠金を取引までに預かることなく建玉の注文を受託する場合と異なり,相場の急落への対応策として両建が採用される場合は,それが委託者の資力に照らして合理性を有する限り,違法となることはないものと解するのが相当である。

そうすると,両建の際の無敷取引が違法とされるかどうかは,結局,委託者の資力に照らして適当でない取引といえるかどうかという点にかかってくるから,結局,前記3(4)に説示した注意義務違反と同様の事実関係が認められるかどうかということにかかってくることになる。

そして,そもそも,両建の資金として,1354万5000円もの委託証拠金を要するような状態に陥ったのは,それまでの取引において,委託者として自覚的に検討してこなかった原告の従前の対応に起因する側面はあるものの,前記3(4)に説示したとおり,被告Y1において,相場状況のみにとらわれて,新規委託者保護の観点から,投資予定金額との関係を考慮しながら適正規模の建玉といえるかどうかについて,注意を払いながら,原告に対して検討を促すべき注意義務を怠り続けたことにも原因があり,結局,前記の両建は,委託者の資力に照らして適当でない金額に達していたと評価せざるを得ない。

したがって,平成13年6月6日の両建は,これまでの被告Y1による注意義務違反行為の積み重ねの結果なされたものというべきであって,結局違法なものと評価せざるを得ない。

7  被告会社が手仕舞いを拒否したか(争点(9))について

(1)  原告は,Bにおいて,被告会社に対し,再三手仕舞いを申し入れていた旨主張し,証拠(甲4,5,原告本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,後記(2)で検討する点を除けば,本件全証拠をもってしても,いかなる経緯で手仕舞いを要求したのかは必ずしも明らかではない。

また,証拠(乙20の7)によれば,原告は,両建がされた取引に係る残高照合回答書の疑問点を記載する欄になんらの記載をすることなく,通知書の通り間違いありませんとの回答を行ったことが認められる。

さらに,前掲各証拠中には,被告Y1において,連休前に利益を出すという趣旨の発言があったのに,これが実現されていなかったために決済を申し入れたとの部分があるが,原告は,連休前に利益を出すとの点について,被告Y1において具体的な約束事をしたかを問われると,記憶がないとしており(原告本人調書速記録29頁),前記の部分は,迫真性に乏しい面があることは否定できない。

これらの点に被告Y1において手仕舞いを拒否したことを否定する趣旨の証拠(乙41,被告Y1本人)を考慮すれば,原告の主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

(2)  原告は,平成13年4月19日の買直し及び増建玉に先だって,被告Y1が,同月18日午後1時30分ころ,原告の勤務先に電話をして,「値上がりしている。枚数を増やす。」との連絡があり,原告が,「値上がりしているなら,もう売ったらいい。」と答えると,被告Y1は,「儲かる。任せておけ。」と言って電話を切り,翌19日,建玉163枚が全て手仕舞いされ,10月限210枚の買建てがされた旨主張し,証拠(甲4,5,原告本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,前記1(13)イ認定のとおり,同月18日の相場の状況は,前日の終値より290円安で取引が始まり,その後値を戻したものの,終値が前日比100円安にとどまっており,買建玉を増やすことを勧誘するような状況にはなかったことや,同ウ認定のとおり,被告Y1作成の管理者日誌に原告と接触した旨の記載がなかったことに,同日には原告とは会っても話してもいない旨の証拠(乙41,被告Y1本人)を考慮すれば,原告の主張にそう前掲各証拠部分はにわかに信用し難い。

(3)  次に,原告は,平成13年5月22日に525万円の委託証拠金を預託させられた後,詐欺のようなやり方に不信感を感じ,Bが手仕舞いを要求したが,被告Y1がこれを拒否した旨主張し,証拠(甲4,5,原告本人)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,後記(4)で述べるとおり,平成13年6月15日にBが手仕舞いを要求した後,被告Y1が原告に意向を確認すると,原告はBと異なった対応をし,前記1(30)ア認定のとおり,その後,Bが同月18日にいよいよ消費者センターに相談することを決意し,これを実行したという経過を辿ったことがあること,同日の被告会社への電話の際の原告側のやりとりは,原告とBが交互に電話に出る状態であったとの証人Cの証言を考慮すれば,被告Y1に対する印象については,原告とBとの間には温度差があったことが推認でき,仮にBが直接被告Y1に取引を終了したい旨を表明したとしても,その後原告に確認してみると,原告はBと違う意向であったという疑いが払拭できない。

したがって,原告の主張に沿う前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

(4)  さらに,原告は,被告Y1は,Bが平成13年6月15日に手仕舞いを要求したにもかかわらず,これを拒否した旨主張し,証拠(甲5)中には,これにそう部分がある。

しかしながら,前記1(28)ウ,(29)ウ認定のとおり,同月14日にストップ安が記録され,同月15日は,値を戻し,前日のストップ安が底値を意味すると評価してもおかしくないような値動きを示していたこと,同(29)イ認定のとおり,被告Y1の業務日誌には,同日午後1時30分に原告の勤務先に電話をかけたことと符合する記載がされていたことを考慮すれば,Bからの問い合わせがあったものの,注文者はあくまでも原告であることから,同日午後1時30分ころに原告に電話をかけて確認をしたところ,値上がりをするかもしれないから,もう少し様子を見たい旨言われたとの証拠(乙41,被告Y1本人)は,当日の状況にも合致し,あながち信用できないとはいえない。

そうすると,原告の主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

(5)  他に,被告会社が手仕舞いを拒否したことを認めるに足りる証拠はない。

8  被告会社が原告の苦情に対して不当な対応をしたか(争点(8))について

原告は,被告会社の管理部に問い合わせをしたところ,事業部のCが管理部のCである旨称して対応した旨主張し,証拠(証人C,被告Y1本人)によれば,被告会社の管理部は,Bからの苦情について,被告会社独自の十分な調査を行わずに,被告Y1の上司である事業部のCに対応方を委ねたことが認められ,証拠(甲5,原告本人)中には,Cが管理部の人間である旨名乗ったとの原告の主張にそう部分がある。

しかしながら,本件全証拠をもってしても,Cにおいて管理部の人間と称することによって生じる具体的なメリットを認定することが困難であることに,管理部の人間である旨名乗ったことを否定する証拠(乙42,証人C)を考慮すれば,原告の主張にそう前掲各証拠部分は,にわかに信用し難い。

また,前記説示のとおり,被告会社において,被告Y1の対応について,十分な内部調査を尽くしていないことは認められるが,証拠(乙31,32)によれば,同日に手仕舞いされなかった中部ガソリン10月限170枚と12月限200枚については,どの時点で手仕舞いしても,手仕舞い時点での10月限の約定値段をa円,12月限の約定値段をbとしてトータルの損益を計算すると,(a-2万9720円[10月限買建時の約定値段])×20(キロリットル)×170(枚)+(2万8700円[10月限売建時の約定値段]-a)×20×170+(b-2万8910円[12月限買建時の約定値段])×20(キロリットル)×200(枚)+(2万8110円[12月限売建時の約定値段]-b)×20×200=(2万8700円-2万9720円)×20×170+(2万8110円-2万8910円)×20×200=-1020×20×170-800×20×200=-346万8000円-320万円=-666万8000円となって,トータルの損益は666万8000円の損失となることで一定しているから,不当な対応があったことによって損害額に消長をきたすことはない。

そうすると,いずれにしても,原告主張事実をもって,原告の損害賠償請求権に消長をきたすものとはいい難い。

9  原告の被った損害如何(争点(10)),過失相殺の可否(争点(11))について

(1)  前記2ないし8の説示によれば,被告Y1の違法行為に起因しない部分は,最初の50枚の買建玉のみであるが,同建玉については,帳尻益金を生じた形で決済されていること,建玉の総累積枚数と対比すれば,50枚が占める割合が小さいことを考慮すれば,前記1(34)認定の取引上の損失1286万9640円が,原告の被った損害であると評価するのが相当である。

(2)  次に,前記1(8)イ認定のとおり,原告は,被告の顧客サービス部のEから無理のない範囲で取引するよう助言を受けていたこと,他方,証拠(甲4,原告本人)によれば,原告は,無理のない範囲の取引で注文をするという観点から適切な行動をしたわけではなかったことが認められ,原告は,過大な取引をしてしまったことについて帰責事由があるといわざるを得ないから,過失相殺を免れない。

しかしながら,新規委託者が,このような不適切な行動に陥りやすいことは,商品取引員においての経験上,十分予想できると考えられること,前記3(2),(3)説示の先物取引の特殊性及び自己責任という観点から見た場合に商品取引員に高度の注意義務を課して,適正規模の取引かどうかについて,むしろ積極的に問題提起をし,検討を促すべきものと解釈しなければ,個別の商品取引員のモラルハザードを十分に防止し難い面があること,事後規制によって適切なチェックを行うことにより,秩序ある先物取引の定着を図ることが,事後規制を司る司法の責務であることを考慮すれば,大幅な過失相殺をすることは相当とはいい難く,原告の過失は,3割にとどまるものと解するのが相当である。

(3)  そして,前記の取引上の損失1286万9640円の約7割である900万円をもって,原告の損害と認めることが相当である(ちなみに,前記1(34)認定のとおり,被告会社が原告からの取引の委託によって得た委託手数料の合計は,678万4800円であったこと,仮に過失相殺割合を4割とすれば,損害額が約770万となり,被告会社の「実損」は100万円程度にとどまること,仮に過失相殺割合を5割とすれば,損害額が約640万円となり,被告会社は委託手数料の一部を確保したままの状態になることなどを考慮して,被告会社において,被告Y1のなしたような対応について,全社的にチェック体制を真摯に検討することの動機付けとしてふさわしい賠償額となっているかどうかという観点から過失相殺割合を検討しても,過失相殺割合を3割とすることが妥当だと考えられる。)。

(4)  次に,慰謝料を請求しうるかどうかについて検討すると,証拠(甲4,5,原告本人)によれば,取引中に,平成13年6月6日以降の暴落によって,それまで公務員として経験したことのない損失の発生に直面し,それなりの精神的苦痛を味わったことが認められる。

しかしながら,こうした点は,まさに先物取引の危険性が現実化した姿なのであって,前記4(1)説示のとおり,そうした危険性については,D又は被告Y1によって説明がなされていたと認められること,証拠(甲4,5,原告本人)によれば,ほんとうの恐怖感を味わったのは,委託証拠金のほとんどを用立てたBであり,原告は,被告会社との対応方をBに委ねた面が窺われることを考慮すれば,被告Y1の前記違法行為によって,原告に慰謝料の支払をもって保護すべき程度の精神的苦痛が発生していたとは認め難い。

したがって,原告について慰謝料の支払を命ずべき旨の原告の主張は採用できない。

(5)  本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,前記900万円の1割である90万円に,先物取引をめぐる訴訟は,通常の交通事故訴訟と異なって争点が必ずしも定型化されていない側面があり,取引の分析等一定の専門的知識を得た上で対応する必要が高いものであることを踏まえ,さらに10万円を加算した,100万円をもって相当と認める。

(6)  以上によれば,被告らは,1000万円の損害賠償金を支払うべき義務がある。

10  消費者契約法に基づく取消ができるか(争点(12))について

原告が,本争点に係る主張を予備的主張とする趣旨が明らかではないが,不当利得返還請求権に基づく請求を訴訟物を予備的な請求としておけば,過失相殺の抗弁を封じることができるとの意図の下に主張されている可能性があるので,検討するに,断定的判断の提供があったとは認め難いことは,前記2説示のとおりであるから,原告の予備的主張は採用できない(なお,前記1(31),(33)認定のとおり,原告は,平成13年6月19日,大阪弁護士会の法律相談で,原告訴訟代理人の紹介を受け,原告訴訟代理人は,同月28日付けで,被告会社に対し,原告と被告会社との契約は不法行為により無効であるとして,預託金全額等の返還を求める内容証明郵便を発送したことを考慮すれば,遅くとも同日時点で取り消すことができる状態になったものというべく,同年12月28日の経過をもって,消費者契約法に基づく取消をなしえない状態になったものと解される。)。

11  結論

以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,各自金1000万円及びこれに対する不法行為に基づく結果発生日の後である平成13年7月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限りで認容し,不法行為に基づく請求中のその余の請求,不当利得返還請求権に基づく請求は,いずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判官 和久田斉)

<以下省略>

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