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大阪地方裁判所 平成13年(行ウ)31号 判決 2002年9月27日

原告

田中丈悦

石埜勇

被告

(元堺市長) 幡谷豪男

参加人

堺市長 木原敬介

被告及び参加人訴訟代理人弁護士

小川洋一

俵正市

苅野年彦

坂口行洋

寺内則雄

井川一裕

山田陽彦

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、堺市に対し、金1013万8160円及びこれに対する平成13年5月30日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、平成12年6月20日から同年12月20日までの間、堺市議会議員が本会議、常任委員会、議会運営委員会又は特別委員会に出席した際に支給された費用弁償日額1万円の合計1412万円の公金の支出(以下「本件支出」という。)が一部違法であり、堺市に少なくとも1013万8160円の損害が生じたとして、地方自治法(以下単に「法」という。)242条の2第1項4号前段(平成14年法律第4号による改正前のもの)に基づき、原告らが堺市に代位し、本件支出当時市長の地位にあった被告に対し、前記損害を堺市に賠償するよう求める住民訴訟である。

1  前提事実(争いのない事実及び〔証拠略〕により容易に認定できる事実)

(1)  原告らは、堺市の住民である。

(2)  被告は、本件支出時に堺市の市長の職にあったものであり、本件支出につき法令上本来的に権限を有する者である。

(3)  法203条3項は、議会議員等は、職務を行うため要する費用の弁償を受けることができる旨規定し、同条5項は、費用弁償の額及びその支給方法は、条例でこれを定めなければならない旨規定している。

堺市においては、同規定に基づき、堺市議会議員その他の報酬等に関する条例(昭和31年条例第13号 以下「本件条例」という。)5条2項において「議会議員が招集に応じ、地方自治法(昭和22年法律第67号)の規定に基づく本会議、常任委員会、議会運営委員会又は特別委員会に出席したときは、費用弁償として日額10,000円を支給する旨定めている。なお、同規定の日額は、平成12年条例第7号により7000円から1万円に増額された。

(4)  本件支出は、本件条例5条2項に基づき、平成12年3月29日に堺市議会において議決を得、平成12年度堺市一般会計歳出予算科目の第1款議会費、第1項議会費、第1目議会費、第9節旅費から支出されたものであるが、費用弁償予算5052万6000円のうち、本会議等に出席の費用弁償として平成12年4月1日から同年12月20日までの間に、同年6月、7月、8月、9月、10月、11月及び12月に合計1412万円が支出された。

本件条例5条2項の費用弁償の支出は、議会事務局職員により、堺市事務決裁規則第15条に基づき市長の権限に属する事務の補助執行として専決処理されている。

具体的には、議会議員の出欠は、本会議では「応召簿」の押印で、その他の会議では、議会事務局職員が確認し、1か月単位で議会事務局長から議長に報告し、同報告に基づき、支出額100万円未満は総務課経理係長が、それ以上の額は総務課長が支出命令を行い、報酬の支給日に口座振替又は現金で支給している。

(5)  原告らは、平成13年2月20日、堺市監査委員に対し、平成12年6月20日から同年12月20日までの、本件条例に基づく日額1万円の費用弁償総額1412万円の支出(本件支出)につき監査請求を申し立てた。

これに対して、同監査委員は、平成13年4月20日、原告らに対し、当該支出に違法性、不当性は認められず原告らの請求には理由がないと認める旨通知した。

〔中略〕

第3  当裁判所の判断

1  原告らの主張は、本件条例5条2項が法203条3項に違反することを前提とするものであるから、まず、本件条例が法203条3項に違反するかどうかについて検討する。

(1)  法203条は、普通地方公共団体の議会の議員等は職務を行うため要する費用の弁償を受けることができ(同条3項)、その費用弁償の額及び支給方法は条例でこれを定めなければならない(同条5項)と規定しているところ、法203条にいう「費用の弁償」は、法207条にいう「実費弁償」と同じ意味であり、職務の執行等に要した経費を償うため支給される金銭をいうと解されるのであるから、本来的には、現実に要した費用、すなわち実費を対象として弁償すべきものであるといえる。しかしながら、費用の中には実費の算定が困難なものもあり、また、個々の支出について議員に証拠書類の確保を要求し、事務担当者にもその確認の手段の負担を負わせることになるならば、当該費用の額や支出の頻度によってはいたずらに手続を煩雑にし、そのための経費を増大させることになりかねず、さらには、金額に差等を生ずる場合には不合理な結果にもなりかねないことから、それに代わる合理的な方法として、費用弁償については、あらかじめ費用弁償の支給事由を定め、それに該当するときには、実際に費消した額の多寡にかかわらず、標準的な実費である一定の額を支給することとする取扱い(定額方式)をすることも許されると解すべきであり、そして、この場合、いかなる事由を費用弁償の支給事由として定めるか、また、標準的な実費である一定の額をいくらとするかについては、費用弁償に関する条例を定める当該普通地方公共団体の議会の裁量判断にゆだねられていると解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷平成2年12月21日判決・民集44巻9号1706頁参照)。

しかるところ、本件条例5条2項は、支給事由として「議会議員が招集に応じ、地方自治法(昭和22年法律第67号)の規定に基づく本会議、常任委員会、議会運営委員会又は特別委員会に出席したとき」と定めているが、ここで地方議会の議員の職務について検討すると、議員は、県庁、市町村役場その他一定の場所に出勤して職務を行うことを前提にして選任行為の行われる一般職員と異なり、平素は自宅に在り、長の詔集があった場合に限り、指定された日時、指定された場所に参集して議会活動に参与するものであるということができ、本件条例は、かかる議員の職務の中核の場合を支給事由と定めるものであるから、本件条例の支給事由自体が適法であることは明らかである。

次に、本件条例5条2項は、実際に費消した額の多寡にかかわらず、日額1万円を支給する旨定めているが、本件条例5条2項が法203条3項に違反するか否かを検討するに当たっては、結局、かかる金額が標準的な実費である一定の額として議会の裁量権の範囲を超え又は濫用したものであるか否かを検討することとなる。

(2)  ところで、定額方式が認められる理由に鑑みるならば、法は、費用弁償条例制定にあたり、具体的な費目をあげ、各費目の金額を積算して一定の額を算定することまでを要求するものではないと解される。

したがって、具体的に如何なる費目が含まれているかは条例の解釈問題であると解されるところ、かかる金額が標準的な実費である一定の額として議会の裁量権の範囲を超え又は濫用したものであるか否かを検討するに当たっては、解釈上想定される費目がおよそ費用弁償としての建前に反する場合でない限り、結局、費用弁償の一定の額が、それらの費目の金額の合計額として、実費弁償という建前を損なわない限度内にあるか否かを検討することとなる。

なお、この場合、費用弁償として支給される金員のうち、所得税法上課税の対象となるものと課税の対象とならないものとの判別が困難となるおそれもあるが、費用弁償条例と所得税法は制度趣旨を異にするものであり、かかる費用弁償のうちいかなる部分が課税対象となるかは所得税法の解釈問題であって、上記のような事情があるからといって費用弁償条例自体が違法となるものではない。

(3)  そこで検討するに、堺市においては、議会議員が本会議、常任委員会、議会運営委員会又は特別委員会に出席する際に要する費用の弁償については、本件条例5条2項以外に条例は設けられていないのであるから、同条例の解釈としては、その費目としては、会議出席に要する費用の費目の全てが含まれ得ることとなる。

そして、費用弁償と同様に実費弁償を本質とすると解される国家公務員の旅費についてみると、国家公務員等の旅費に関する法律(昭和25年4月30日法律第114号以下「旅費法」という。)6条1項は、旅費の種類として、鉄道賃、船賃、航空賃、車賃、日当、宿泊料、食卓料、移転料、着後手当、扶養親族移転料、支度料、旅行雑費及び死亡手当をあげ、また、同法26条が規定する日額旅費は、同法6条1項に掲げる旅費に代え支給されるものとされるのであるから、同日額旅費には、交通費だけではなく少なくともいわゆる日当も含まれるものと解される。

本訴において、被告は、費目として主張する、交通費、日当、事務経費を主張するが、上記の点からすると、同費目はいずれも解釈上本件条例の費用弁償に含まれ得るのであり、かかる被告主張の費目につき検討すると、以下の事情が指摘できる。

ア 交通費

交通費についてみると、バスや鉄道などの公共交通機関を用いた場合の議員の住所地から議会会議場への交通費の往復運賃は、0円ないし1520円である(〔証拠略〕)。しかしながら、議員の職責の重要性や議会の閉会時間が必ずしも公共交通機関を利用することが可能な時間であるとは限らないことからすると、議員がタクシー利用するための費用も不相当なものとはいえず、タクシーの費用をも弁償し得る程度の額も不合理であるとはいえない。

イ 日当

日当とは、費用弁償においては、会議出席に要する経費その他出席に伴う雑費が含まれると解されるが、旅行の場合には、議員に対しては宿泊を伴う場合には3200円が、宿泊を伴わない場合には距離あるいは公用車の利用の有無に応じて減額する扱いとなっているのであり、会議出席に伴う一定程度の日当の出費が不合理ということはできず、議員が会議に出席することがその職務の中核をなすことを考慮するならば、上記旅行の場合と異なる基準を採用し、相当額の日当を支給することも社会通念上実費弁償の建前を損なうほどに不合理なものとはいえない。

ウ 事務経費

事務経費としては、筆記用具や用箋などが含まれるが、その他、議員は、当該会議に出席し、その職責を全うするためには、当該会議における議案について調査研究することが期待されるところであり、かかる調査研究に要する費用も含み得るものである。

ところで、調査研究費については、堺市においては、条例に基づき、各会派に対し、所属議員1人あたり月額30万円の政務調査費が支給されているが、同支出は議員個人ではなく会派に対してなされるものであり、議員に期待される調査研究に要する費用が上記会派に対する調査研究費によってすべてまかなわれるものとはいえず、費用弁償において調査研究費を費目としてあげても二重支給となるものではない。

(4)  上記(3)で検討した事情を総合考慮するならば、本件条例5条2項が議会に与えられた裁量権の範囲を逸脱あるいは濫用したものと断ずることはできない。

なお、平成11年8月現在における政令指定都市12都市における費用弁償の平均額(支給額に幅がある場合は中間値を用いた。)は約1万1000円であり、堺市を除く人口40万人以上の中核都市の費用弁償の平均額は6340円であった(〔証拠略〕)。

一方、原告らは、堺市近隣の市町村において議員の費用弁償が廃止されている事情、廃止されていないとしても額が少ない事実を主張しているところ、確かに、〔証拠略〕によれば、平成11年4月1日から平成14年4月11日の間に、大阪府下の市町村のうち、岸和田市、柏原市、四条畷市、交野市、羽曳野市、藤井寺市、八尾市、美原町、門真市、寝屋川市、太子町及び河南町において行財政改革や社会情勢等を理由として議員に対する費用弁償が廃止され、大阪府下で費用弁償額が1万円を超えるのは大阪市と堺市のみであることが認められるが、費用弁償条例において定額方式を採用した場合に一定の額をいくらとするかは各普通地方公共団体の議会の裁量にゆだねられた事項であって、各普通地方公共団体の個別事情をどの程度反映させるかについても広く裁量に委ねられていると解される以上、堺市近隣の市町村の費用弁償が廃止されている事情や、廃止されなくとも額が少ない事実によって、本件条例5条2項を制定した堺市議会の裁量権の行使が逸脱あるいは濫用と評価されるものではない。むしろ、地方自治法上は、議員に対しては、報酬と費用弁償の双方を支払わなければならないのであり、一旦発生した具体的な費用弁償請求権を放棄するならば別論として、これを一律に廃止する条例は地方自治法上疑義を生ずるおそれがある。

(5)  さらに、原告らは、本件条例が費用弁償の支給方法を定めていないと主張するが、本件条例5条2項は、本会議等の出席という支給事由と日額1万円という支給額を定めており、月額による報酬と異なり、議員たる身分や役職の異動を考慮する必要がないことから、さらに詳細な支給方法の定めを置かなくとも支給方法の定めを欠くに至るものではない。

2  上記のとおり、本件条例5条2項は、法203条に違反するものではないから、原告らの本訴請求は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第4  結論

以上のとおり、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之 中島崇)

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