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大阪地方裁判所 平成13年(行ウ)32号 判決 2005年6月28日

主文

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告が、Aに対し、平成12年10月26日付けでした平成12年度介護保険料賦課決定処分を取り消す。

第2  事案の概要

本件は、介護保険法(以下「法」という。)及び堺市介護保険条例(以下「本件条例」という。)が憲法14条及び25条に反し違憲であり、これらに基づいて被告がA(以下「亡A」という。)に対してした平成12年度介護保険料賦課決定処分(以下「本件処分」という。)も同各条に反するとして、亡Aの相続人である原告らがその取消しを求めている事案である。

1  争いのない事実等

(1)  亡Aは、昭和○年○月○日生まれで堺市内に住居を有していた。

(2)  介護保険制度の概要

法は、平成9年12月17日に公布され、平成12年4月1日から施行されており、法により創設された社会保険制度である介護保険制度の概要は以下のとおりである。

ア 目的

加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福社サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け、その行う保険給付等に関して必要な事項を定め、もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする(法1条)。

イ 分護保険

介護保険は、被保険者の要介護状態又は要介護状態となるおそれがある状態に関し、必要な保険給付を行うものとする(法2条1項)。

ウ 保険者

保険者は保険の実施運営主体であり、介護保険の保険者は市町村及び特別区である(法3条1項)。

エ 被保険者

被保険者とは、保険制度の目的である保険事故が発生した場合に、保険される主体として損害等のてん補(給付)を受ける者をいい、介護保険の被保険者は次のとおりである(法9条)。

(ア) 第1号被保険者

市町村の区域内に住所を有する65歳以上の者

(イ) 第2号被保険者

市町村の区域内に住所を有する40歳以上65歳未満の医療保険加入者

オ 保険料

(ア) 財源構成

介護保険では、介護費用から利用者負担を除いた額が保険給付されることになるが、給付費の50パーセントを公費で賄い(うち20パーセントを国が、12.5パーセントずつを市町村及び都道府県がそれぞれ負担し、国は全市町村の総給付額の5パーセントに当たる額を調整交付金として交付している。)(法121条から124条まで)、残りの50パーセントを保険料財源で賄うこととされている(平成12年度から平成14年度においては、うち17パーセントを第1号被保険者が、33パーセントを第2号被保険者がそれぞれ負担する。)(法125条2項、介護保険の国庫負担金の算定等に関する政令5条)。

(イ) 第1号被保険者にかかる保険料

第1号被保険者の保険料率は、政令で定める算定基準に従い条例で定められ、おおむね3年間を通じて財政の均衡を保つことができるように設定されている(法129条2項、3項)。

本件条例10条は、介護保険法施行令(以下「令」という。)38条1項で定める以下の区分に従い、平成12年度から平成14年度までの保険料を所得の多寡に応じて5段階に設定している。

<1> 次のいずれかに該当する者(以下「第1段皆」という。)

2万0200円

ⅰ 老齢福祉年金の受給権を有している者であって、次のいずれかに該当するもの(ⅱに該当する者を除く。)

(ⅰ) その属する世帯の世帯主及びすべての世帯員が、当該保険料の賦課期日の属する年度分の地方税法の規定による市町村民税が課されていない者(以下「市町村民税世帯非課税者」という。)

(ⅱ) 要保護者であって、その者が課される保険料額についてこの号の区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの

ⅱ 被保護者

ⅲ 要保護者であって、その者が課される保険料額についてこの号の区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(ⅰ((ⅰ)に係る部分を除く。)、<2>ⅱ、<3>ⅱ又は<4>ⅱに該当する者を除く。)

<2> 次のいずれかに該当する者(以下「第2段皆」という。)

3万0300円

ⅰ 市町村民税世帯非課税者であり、かつ、<1>に該当しない者

ⅱ 要保護者であって、その者が課される保険料額についてこの区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(<1>ⅰ((ⅰ)に係る部分を除く。)、<3>ⅱ又は<4>ⅱに該当する者を除く。)

<3> 次のいずれかに該当する者(以下「第3段皆」という。)

4万0400円

ⅰ 当該保険料の賦課期日の属する年度分の地方税法の規定による市町村民税が課されていない者であり、かつ、<1><2>のいずれにも該当しないもの

ⅱ 要保護者であって、その者が課される保険料額についてこの区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(<1>ⅰ((ⅰ)に係る部分を除く。)又は<4>ⅱに該当する者を除く。)

<4> 次のいずれかに該当する者(以下「第4段階」という。)

5万0500円

ⅰ 地方税法292条1項13号に規定する合計所得金額が基準所得金額未満である者であり、かつ、<1>から<3>までのいずれにも該当しないもの

ⅱ 要保護者であって、その者が課される保険料額についてこの区分による割合を適用されたならば保護を必要としない状態となるもの(<1>ⅰ((ⅰ)に係る部分を除く。)に該当する者を除く。)

<5> <1>から<4>までのいずれにも該当しない者(以下「第5段階」という。)

6万0600円

(ウ) 保険料の徴収猶予・減免

市町村は、条例で定めるところにより、特別の理由がある者に対し、保険料を減免し、又はその徴収を猶予することができる(法142条、本件条例17条、18条)。

(エ) 境界層措置

要保護者であって、本来適用すべき保険料を負担すると生活保護が必要な状態になる者(以下「境界層」という。)については、保護を必要としなくなるまで、より低い保険料区分を適用する(令38条1項1号ハ、同項2号ロ、同項3号ロ、同項4号ロ。〔証拠略〕)。

(オ) 生活保護受給者に関する取扱い

第1号被保険者であって、普通徴収の方法によって保険料を納付する義務を負う者については、生活扶助に保険料の実費を加算する(生活保護法8条、11条1項1号、12条、生活保護法による保護の基準(平成12年3月31日厚生省告示第158号により追加された別表第1第2章の9「介護保険料加算」。〔証拠略〕))。

(カ) 徴収方式

徴収方式には、普通徴収と特別徴収がある。普通徴収とは、市町村が納付義務者に納入通知をすることにより、納付義務者から直接徴収する方式である(法131条から133条まで)。

カ 保険給付

介護認定審査会の審査判定を経て市町村が要介護又は要支援と認定した被保険者に対し、市町村は保険給付を行う。保険給付には、介護給付(被保険者の要介護状態に関する保険給付(法40条))、予防給付(被保険者の要介護状態となるおそれがある状態に関する保険給付(法52条))及び市町村特別給付(法62条)がある。

利用者が、介護サービスを受けるときに支払う金額は、原則としてサービスに要した費用の1割である。

(3)  被告は、平成12年10月26日付けで、亡Aに対し、以下の内容の本件処分をした。

所得段階 第4段階

年間保険料 1万2600円(なお、平成13年9月までは法施行後の経過措置として保険料は本来の半額としている。)

徴収方法 普通徴収

(4)  不服申立て

亡Aは、平成12年11月27日付けで、大阪府介護保険審査会に対し、審査請求を行ったが、同審査会は、平成13年2月26日付けで、これを棄却した。

(5)  亡Aは、同年5月22日、本件訴えを提起した。亡Aは、平成15年8月21日に死亡し、相続人である原告らが、亡Aの訴訟上の地位を承継した。

2  争点及び当事者の主張

(1)  介護保険料(以下「保険料」という。)の5段階設定及びその内容が憲法14条に反するか

(原告らの主張)

ア 憲法14条1項の定める平等原則は、現代の社会福祉国家において、社会的、経済的弱者をより手厚く保護すべきであるという実質的平等をも保障している。そして、個人の生命、生存に直結する事項については、立法府の裁量の範囲は相対的に狭くなるから、その立法の合憲性判断は厳格にされなければならない。本件では、低所得者の生存すら脅かすような保険料の5段階設定が問題となっているのであるから、立法が合憲であるというためには、立法目的が重要であり、その目的と目的達成手段との間に実質的関連性がなければならない。

イ 介護保険制度は、高齢者がその者の希望に沿ったその者らしい自立した質の高い生活を送れるよう社会的に支援することを目的としているが、真の目的は、低所得者に対する負担を重くし、その犠牲の下で中位以上の所得層の負担を軽減することにあり、この目的自体、憲法14条に反する。

ウ 被告は、<1> 保険制度は応益負担が原則である、<2> 介護は保険給付として定型的であり、医療に比して定額かつ低額にとどまる、<3> 介護は保険事故の発生頻度としては医療に比して低い、<4> 事務コストの問題等から保険料の5段階設定には合理性があると主張する。

しかし、<1>については、介護の提供を社会保険方式で行うとしても、保険料負担を応益負担としなければならない理由はない。<2>については、介護給付は、いったん要介護状態になれば一生涯必要になるものであるから、医療給付と比較して低額とはいえない。<3>については、保険事故の発生頻度が低いことは、保険料を低額に設定する理由にはなるが、5段階設定の理由にはならないし、保険料は医療保険と比較して低額とはいえない。<4>については、住民税課税者の所得は市町村において把握しているし、住民非課税者についても老齢年金額は市町村において把握しているのであるから、格別のコストを要するわけではない。

また、低所得者からの保険料徴収に関し、被告は、生活保護、境界層措置、個別的減免及び徴収猶予措置等を挙げて、低所得者からの保険料徴収も不合理ではないと主張するが、様々な理由から生活保護を受けられず、生活保護法上の最低生活費を下回る収入しかない者も多数存在している。境界層措置も、生活保護の申請を受け付けることが前提となっており、現状では、境界層措置を受けるのは困難である。個別的減免や徴収猶予措置は、低所得者一般を対象とした制度ではない。

エ 堺市における65歳以上の住民が賦課される保険料は、5段階にしか分かれておらず、しかも、最高保険料額6万0600円は、最低保険料額2万0200円の3倍にしかならない。無収入者や住民税非課税世帯からも保険料が徴収されるのに対し、所得が250万円以上ある市民は、たとえ数億円の所得があっても、6万0600円しか保険料が賦課されない。しかも、保険料は個人所得課税(所得税、住民税)の所得控除の対象となるから、最高税率50パーセント(課税所得1800万円以上)が課せられている高所得者は、支払った保険料の半額が還付される結果、実際の保険料負担は3万0300円となり、第3段階・第4段階の保険料よりも低額になるなど、保険料の逆進性は著しく、実質的平等に反する。

したがって、保険料の5段階設定は憲法14条1項に反する。

(被告の主張)

ア 憲法14条は、国家が国民に対して差別的取扱いをすることを禁じるにとどまり、基本的には自由権として捉えるべきである。

仮に、原告らの主張するような社会権的な意味の平等権が保障されているとしても、憲法14条1項に反する場合とは、立法府の判断が著しく合理性を欠き、裁量権を逸脱していると認められる場合でなければならず、その審査基準としては、当該法律の目的の合理性及び目的の達成手段としての規制方法・態様が合理的であるか否かを審査すべきである。

原告らは、介護保険制度は個人の生命、生存に直結する事項であるから、厳格な基準で違憲性を判断すべきであると主張するが、介護保険制度は、要介護を原因として生活不能に陥る前にこれに備えるという制度であって、緊急性を欠くことは明らかであるから、個人の生命、生存に直結する事項ではない。

イ 介護保険制度は、高齢者が自身の希望に沿ったその者らしい自立した質の高い生活を送れるよう社会的に支援することを目的としており、その目的に合理性があることは明らかである。

この目的を達成する手段として、幅広い国民層にサービス選択の権利に裏打ちされた負担を求めて、民間活力を幅広く体系的に整備した制度を構築するため、保険制度を採用することには合理性がある。

また、<1> 保険料の負担については、共通の介護リスクに対して、利用者に平等の負担をさせるという応益負担を原則としながら、強制加入や社会福祉の観点から応能負担の観点をも取り入れたものであること、<2> 介護は保険給付として定型的であり、額も医療に比して定額かつ低額にとどまること、<3> 介護は、保険事故の発生頻度としては医療に比して低いこと、<4> 国民健康保険の保険料と異なり、保険料は比較的低い水準であること、<5> 事務コストの問題等にかんがみれば、保険料の5段階設定には十分合理性がある。

ウ 原告らは、保険料の5段階設定を憲法14条違反であると主張するが、高齢者の4分の3を占める住民税非課税者について負担能力の相違を判定することは困難であるし、対象者の少ない高所得者を更に細分化しても、低所得者の負担軽減の効果は限られる。

生活保護受給者からも保険料を徴収するのは、相互扶助及び利用主体としての自主性尊重といった考え方に基づくものであり、保険料の負担については、生活扶助として加算され、利用料も介護扶助として受けられるから実質的な負担増にはならない。また、境界層措置、保険料の個別的減免及び徴収猶予の措置もある(本件条例17、18条)。

(2)  低収入の高齢者に保険料を賦課することが憲法25条に反するか

(原告らの主張)

憲法25条は、健康で文化的な最低限度の生活を保障する規定であるが、ひとたび生活保護法令により保障された最低限度の生活水準を公権力が積極的に侵害する立法や具体的処分の合憲性判断には厳格な審査基準(立法目的の合理性と立法目的及び目的達成手段との間の実質的関連性)が用いられなければならない。

生活保護基準以下の収入しかない者に対し保険料を賦課することについて、何ら合理的な目的は認められない。また、生活保護基準以下の収入しかない者に対し、一律に定額の保険料を賦課した上、収入に応じた減免制度を整備しない場合には、立法目的との合理的関連性も認められない。堺市には、平成13年10月から、生活困窮者を対象とする独自の保険料減免制度が実施されたが、この制度の適用によっても、保険料の支払が全額免除になるわけではなく、保険料の段階が変更されるにすぎない。また、境界層措置によっても、保険料の支払が免除されるわけではなく、そもそも生活保護基準以下の収入しかない者にとっては境界層措置が適用される余地はない。

生活保護水準以下の収入しかない者に対し、保険料を賦課する法及び本件条例は憲法25条に違反し、違憲無効であるから、本件処分は取り消されるべきである。

(被告の主張)

ア 憲法25条の趣旨に応えて、具体的にどのような立法措置を講ずるかは、立法府の広い裁量にゆだねられており、合憲性判断は合理性の基準(目的の合理性及び目的達成手段である規制手段・態様の合理性)によって判断されるべきである。

イ 原告らは、生活保護水準以下の収入しかない者に保険料を賦課することが、その者に健康で文化的な最低限度の生活を下回る生活を強いることになると主張するが、その者の生活水準は収入のみによって左右されるものではなく、その者がそれまでに蓄積してきた資産等によっても左右される。資産を有さず、現に生活保護を受けている者に対しては、保険料相当額が生活保護法に基づく生活扶助に加算されて支給されることとなっており、保険料の徴収が生活保護法に基づく保護水準を引き下げることにはならない。また、本来適用すべき所得段階の保険料を負担すれば生活保護が必要となり、より低い段階であれば生活保護を必要としなくなるという者については、より低い所得段階の保険料が適用されるという境界層措置が採られることになっている。

(3)  租税法律主義違反

(原告らの主張)

介護保険料の賦課決定は、実質的な租税であるところ、第1号被保険者の保険料率については本件条例10条及び同附則2条に規定されているが、その段階区分については政令を引用しており、条例自体に明確な基準が設けられていない。また、第2号被保険者、とりわけ政府管掌健康保険や健康保険組合加入者の場合には、その保険料率の算定過程が行政庁内部の作業に係るものである。したがって、租税法律主義に反する。

(被告の主張)

介護保険料は、租税とは異なり、租税法律主義の直接適用はない。また、本件条例は政令の内容を踏まえ、これを内容として取り入れた上で民意により選択されたものであり、令及び本件条例の保険料率の定めは明確であるから租税法律主義の趣旨を十分満たすものである。また、第2号被保険者に関する保険料率については、亡Aが第1号被保険者であるから、原告らの利益に関係のない主張である(行政事件訴訟法10条)。

第3  当裁判所の判断

1  保険料の5段階設定及びその内容が憲法14条に違反するか(争点(1))

(1)  介護保険制度は、加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり、入浴、排せつ、食事等の介護、機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について、これらの者がその有する能力に応じ官立した日常生活を営むことができるよう、必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため、国民の共同連帯の理念に基づき設けられた制度である(法1条)。

このように、介護保険制度は、国民共同連帯の理念に基づき、介護等を要する者に対し介護給付をすることを目的とした社会保険制度であり、憲法25条の趣旨を具体化したものである。そして、同条の「健康で文化的な最低限度の生活」とは、抽象的・相対的な概念であり、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において決定されるべきものである。しかも、同条を現実の立法として具体化するに当たっては、国及び地方自治体の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とする。したがって、同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法機関である国会及び地方議会の広い裁量にゆだねられているものというべきであり、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の範囲を逸脱し、又は裁量権を濫用したとみざるを得ないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄である(最高裁昭和57年7月7日大法廷判決)。

とりわけ、介護保険事業の財源である保険料の規定は、保険給付に要する費用の予想額、国及び地方自治体の財政事情並びに被保険者の所得状況等の複雑多様な諸事情を専門技術的な観点から考慮し、政策的判断によって定められるものであるから、広く立法機関の裁量にゆだねられているものと解される。

したがって、憲法25条の趣旨にこたえて制定された法令において、仮に受給者の範囲、支給額及び費用負担等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをする規定があれば、その規定について憲法14条違反の問題が生じ得ることは否定し得ないものの、上記に述べたところからすれば、保険料の定めが憲法14条に反するというためには、保険料の負担に関する定めにおいて、何ら合理的理由のない不当な差別がされているなど、立法機関の裁量の範囲を逸脱又は濫用したとみられる場合であることを要するものと解される。

(2)  ここで、介護保険事業に要する費用は、国、都道府県、市町村の負担のほか、原則としてすべての被保険者の納付する保険料によって賄われている。これは、介護保険制度が、国民の共同連帯の理念に基づき設けられた制度であり、高齢者が共通に有する将来の介護リスクに備えて、被保険者から保険料を徴収し、その対価として保険給付を行う社会保険制度であるからであり、保険料と保険給付との対価性ないし対応関係及び被保険者はひとしく保険給付を受け得る機会的利益を有することを考慮すれば、原則としてすべての被保険者から保険料を徴収することが合理的であるという応益負担の考え方を基礎としていることによる。

ただ、介護保険制度が一定年齢に達した者をすべて被保険者とする強制加入の社会保険であることや、相互扶助・社会福祉の理念からすれば、被保険者の所得状況を一切考慮せず、一律に定額の保険料を徴収することは、一部の被保険者に過度の負担を負わせることになり相当でないため、介護保険制度では、応能負担の理念をも取り入れ、被保険者の所得に応じた保険料区分を設けている。

(3)  原告らは、保険料の5段階設定は、無収入者や住民税非課税世帯からも保険料が徴収されるのに対し、所得が250万円以上ある者はいくら所得があっても、最低保険料額の3倍しか保険料が賦課されないから、保険料の逆進性が著しく、憲法14条で保障される平等権に反すると主張する。

確かに、低所得者が負担する保険料の所得に対する割合は高所得者と比較して大きく、応能負担の考え方を徹底すれば、保険料の5段階設定に問題があるということになろう。しかし、保険料の設定に当たり応益負担を原則とするか、応能負担を原則とするかは立法裁量の問題であり、前記介護保険制度の趣旨や内容に照らして、応益負担を原則としつつ、応能負担の理念も取り入れた保険料の5段階設定に、裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえない。

なお、市町村は、5段階の保険料率を定めた令38条の規定にかかわらず、特に必要がある場合においては、6段階の保険料率を設定することもできるとされており(令39条)、被告において6段階設定を設けることも可能であったと考えられる。しかし、被告が5段階設定を採用するか、「特に必要な場合」であるとして6段階設定を採用するかは、被保険者の所得の分布状況(被保険者のうち高所得者の割合が比較的高い市町村では、6段階設定にすることにより、低所得者の負担軽減の効果が見込めるが、逆に、被保険者の所得の分布状況によっては、6段階設定を採用したとしても、それほど低所得者の負担軽減につながらない場合もあり得る。)及びその見通しを考慮して決定されるべき立法裁量の範囲内のことであって、特段の事情がない限り、被告において6段階設定を採用しなかったことが違憲になることはなく、本件で特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

(4)  原告らは、保険料は所得税の所得控除の対象となるから、所得税において最高税率50パーセントが課せられている高所得者は、支払った保険料額の半額が還付される結果、保険料の逆進性はさらに著しいとも主張する。

しかし、所得税法の所得控除の規定により、保険料が社会保険料控除の対象とされ、そのことが一因となって源泉徴収額に過払いが生じ、所得税の還付がされることがあるとしても、それはあくまで所得税法適用の結果であり、保険料が減額されているわけでも、支払った保険料の一部が還付されるわけでもなく、所得税の所得控除により、一層保険料の逆進性が大きくなると評価することはできない(所得税法の議論としても、保険料を他の社会保険料と同様に控除の対象としたことが、高所得者を不当に優遇しているものとは到底解されない。)。

(5)  ところで、平成16年10月12日に実施された全国介護保険担当課長会議において、保険料設定の見直しとして、<1> 第2段階の細分化を行い、負担能力の低い層の保険料負担をさらに軽減すること、<2> 課税層区分(第4段階、第5段階)について、より細かな分割や、その際の基準所得金額の設定及び保険料率の変更について、市町村の柔軟な対応を可能にすることが検討された(〔証拠略〕)。このことは、保険料の5段階設定について改善の余地のあることを示すものであるが、この見直し内容からしても、現行の5段階設定に裁量権の逸脱や濫用があったことを根拠付けるものとはいえない。

結局、保険料の5段階設定について、当不当の問題はあるにせよ、立法機関において裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえず、憲法14条に反するということはできない。

2  低所得者に保険料を賦課することが憲法25条に反するか(争点(2))

(1)  原告らは、生活保護基準以下の収入しかない者に対し、保険料を賦課し、収入に応じた減免制度を整備しない法及び本件条例は違憲無効であると主張する。

本件条例によれば、争いのない事実等(2)オ(イ)のとおり、市町村民税世帯非課税者等の低所得者を含めたすべての被保険者から保険料を徴収することとしている。これは、介護保険制度が、高齢者が共通に有する将来の介護リスクに備えて、すべての被保険者から保険料を徴収し、その対価として保険給付を行うという社会保険制度であることから低所得者からも保険料を徴収することにしたものであり、その徴収方法には一応の合理性が認められる。しかも、個々の国民の生活水準は、現在の収入のみによって決まるものではなく、これまでに蓄積した資産等によっても大きく左右されるのであり、現時点で収入の少ない低所得者からも保険料を徴収すること自体が、直ちに憲法25条の趣旨に反するとはいえない。

もっとも、保険料の徴収により、生活保護法を含む他の法制度によって具体化されている国民の健康で文化的な最低限度り生活を営む権利を害することとなるにもかかわらず、保険料の負担を減免するなどの措置を講じていない場合には、法及び本件条例が憲法25条の趣旨に反すると評価せざるを得ない。

そこで検討するに、現に生活保護を受給している者に対しては、その者に課される保険料相当額が生活保護法に基づく生活扶助に加算されて支給されることとなっており(生活保護法8条、11条1項1号、12条、生活保護法による保護の基準(平成12年3月31日厚生省告示第158号により追加された別表第1第2章の9「介護保険料加算」。〔証拠略〕))、保険料の徴収が生活保護法によって保障されている生活保護水準を引き下げることにはなっていない。また、境界層措置により、本来適用すべき所得段階の保険料を負担すれば生活保護が必要となる者について、より低い所得段階の保険料を適用することにより、保険料の徴収によって生活保護水準以下になることを抑止している。さらに、法142条は、市町村は、条例で定めるところにより、特別の理由がある者に対し、保険料を減免し、又はその徴収を猶予することができると規定し、現に、本件条例17条及び18条は、第1号被保険者又はその属する世帯の生計を主として維持する者(以下「主たる生計維持者」という。)が、災害等により、住宅、家財又はその他の財産について著しい損害を受けたり、主たる生計維持者が死亡したこと、又はその者が心身に重大な障害を受けたことなどにより、収入が著しく減少した等の場合に保険料の徴収を猶予したり、保険料の減免をすることができると規定している。

以上のとおり、生活保護受給者については保険料相当額を加算した生活扶助が支給されること、境界層措置が設けられていること、収入が著しく減少した場合等に保険料の徴収を猶予したり、保険料を減免する措置が執られていること等により、生活保護法を含む法制度全体をもって具体的に保障されている最低限度の生活を侵害することを抑止していることからすれば、法及び本件条例が著しく合理性を欠き明らかに裁量権を逸脱・濫用しているとはいえない。

(2)  したがって、低所得者を含め、原則としてすべての被保険者に保険料を課す法及び本件条例は憲法25条に反するとはいえない。

3  租税法律主義違反(争点(3))について

(1)  憲法84条は、あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とするとして、租税法律主義を定めている。この租税法律主義は、特別の給付に対する反対給付としてではなく、一方的・強制的に賦課徴収する租税を行政権が法律によらないで賦課徴収することができないことにすることで、行政権による恣意的な課税から国民を保護するための原則である。地方公共団体による地方税の賦課徴収についても、住民の代表である議会の制定した条例に基づかずに地方税を賦課徴収することができないという租税(地方税)条例主義が要請されると解するべきである(地方自治法223条、地方税法2条、3条参照)。

租税法律(条例)主義は、<1> 課税要件及び賦課徴収の手続は法律(条例)によって規定されなければならないとという原則(課税要件法定主義)と、<2> 法律や条例によって課税要件及び賦課徴収の手続に関する定めをする場合、その定めはできる限り一義的かつ明確でなければならないという原則(租税要件明確主義)を主たる内容とする。

(2)  介護保険制度は、国民の共同連帯の理念に基づき設けられた社会保険制度であり、保険料は被保険者が受ける介護給付の費用に充てられるものであるから、対価性を有しない租税とはその性質を異にする。よって、保険料に租税法律主義が直接適用されるということはできない。もっとも、法により、市町村の区域内に住所を有する65歳以上の者又は40歳以上の医療保険加入者は被保険者とされ、保険料を強制的に徴収される点は租税と共通するところがあるから、租税法律主義の趣旨が保険料にも及ぶと解することができる。

(3)  ところで、原告らは、第1号被保険者の保険料率の段階区分について、法は政令を引用しており、本件条例に明確な基準が設けられていないから、租税法律主義に反すると主張するので検討する。

保険料に租税法律主義の趣旨が及ぶのは、恣意的な保険料の決定及びその賦課徴収を排除し、民主的なコントロールを及ぼすことにあるから、保険料の賦課徴収に関する事項を、すべて法律に具体的に規定しなければならないわけではなく、賦課徴収の根拠を法律で定め、具体的な保険料率等については下位の法規に委任することも許されるというべきである。むしろ、保険料率は、複雑な諸事情を高度に専門的な観点から考察して定められるものであるから、具体的な保険料率の定めを下位の法規に委任することにも合理性が認められる。したがって、法律において、保険料率の算定の基準や方法を定めた上、それに基づく具体的な定めを下位の法規に委任し、現に下位の法規で具体的な規定が明確に定められている場合には、租税法律主義の趣旨に反しないというべきである。

法129条2項は、保険料は、政令で定める基準に従い条例で定めるところにより算定された保険料率により算定された保険料額とするとし、同条3項で保険料率を定めるに当たっての考慮事情を具体的に列挙している。これを受けた令38条には保険料率の算定に関する基準が具体的かつ明確に定められており、本件条例10条において、この算定基準に基づいて算定された具体的な保険料額を規定しているから、法及び本件条例が租税法律主義に反するということはできない。

(4)  原告らは、第2号被保険者に関する保険料率の定めについても租税法律主義に反すると主張するが、亡A自身は第1号被保険者であり、上記主張は「自己の法律上の利益に関係のない違法」(行政事件訴訟法10条1項)を主張するものであるから、主張自体失当である。

(5)  したがって、法及び本件条例は租税法律主義に反するということはできない。

4  以上のとおり、本件処分は適法であり、原告らの請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 廣谷章雄 裁判官 山田明 芥川朋子)

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