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大阪地方裁判所 平成13年(行ウ)8号 判決 2004年8月05日

主文

1  被告らは,原告ら補助参加人に対し,連帯して6326万6500円及びうち3115万7500円に対する平成8年12月13日から,うち3210万9000円に対する平成12年9月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告らの負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告らは,原告ら補助参加人に対し,連帯して1億2653万3000円及びうち6231万5000円に対する平成8年12月13日から,うち6421万8000円に対する平成12年9月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,大阪府の住民である原告らが,原告ら補助参加人(以下「参加人」という。)が指名競争入札を行った2件の工事について,被告らが共謀して競売入札妨害,談合等の不法行為を行い,被告aが代表取締役を務めていた株式会社松浦建設(以下「松浦建設」という。)に落札させ,参加人に上記各工事の請負代金額と最低制限価格との差額1億2653万3000円に相当する損害を被らせ,参加人が被告らに対し上記不法行為に基づく損害賠償請求権を有しているにもかかわらず,大阪府知事はその行使を違法に怠っているなどと主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号後段の規定に基づき,参加人に代位して,怠る事実の相手方である被告らに対し,上記損害金及びうち1件目の工事に係る6231万5000円に対する請負代金支払による損害発生(以後の)日である平成8年12月13日から,うち2件目の工事に係る6421万8000円に対する請負代金支払による損害発生(以後の)日である平成12年9月14日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を参加人に支払うよう求めている住民訴訟である。

2  法令の定め

(1)  普通地方公共団体は,一般競争入札又は指名競争入札に付する場合においては,原則として,政令の定めるところにより,契約の目的に応じ,予定価格の制限の範囲内で最高又は最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とするものとする(法234条3項本文)。

(2)  普通地方公共団体の長は,指名競争入札により工事又は製造その他についての請負契約を締結しようとする場合において,①予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者の当該申込みに係る価格によってはその者により当該契約の内容に適合した履行がされないおそれがあると認めるとき,又はその者と契約を締結することが公正な取引の秩序を乱すこととなるおそれがあって著しく不適当であると認めるときは,その者を落札者とせず,予定価格の制限の範囲内の価格をもって申込みをした他の者のうち,最低の価格をもって申込みをした者を落札者とすることができる(低入札価格調査制度,地方自治法施行令〔以下「令」という。〕167条の13,167条の10第1項)ほか,②当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは,あらかじめ最低制限価格を設けて,予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を落札者とせず,予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者を落札者とすることができる(最低制限価格制度,令167条の13,167条の10第2項)。

3  前提事実(争いのない事実及び証拠〔書証番号は特記しない限り枝番を含む。以下同じ。〕等により容易に認められる事実)

(1)  原告らは,大阪府の住民である(弁論の全趣旨)。

被告bは,平成7年ないし11年の当時,大阪府議会議員の地位に在った者である。

被告aは,上記の当時,建設工事の請負等の事業を営む株式会社である松浦建設の代表取締役の地位に在った者である。

(2)  平成7年ないし平成11年の当時,参加人が行っていた指名競争入札手続においては,予定価格及び最低制限価格は,消費税(平成7年当時においては3パーセント,平成11年当時においては地方消費税を含めて5パーセント。以下同じ。)相当額を含むものとされ,予定価格及び最低制限価格から消費税相当額を控除した価格は,それぞれ入札書比較予定価格,入札書比較最低制限価格とされており,指名業者は,入札書に消費税相当額を含まない入札価格を記入して入札を行うこととされていた(乙A2の1,弁論の全趣旨)。

(3)  次のとおり,参加人は,平成7年4月28日,大阪府営枚方船橋第1期中層住宅(建て替え)新築工事(第2工区)(以下「第1期工事」という。)につき,最低制限価格を定めて指名競争入札手続を行ったところ,松浦建設がこれを落札したため,同日,松浦建設との間で,松浦建設の落札価格に消費税相当額を加算した価格を請負代金額として第1期工事の請負契約を締結し,第1期工事の完成・引渡し後である平成8年12月13日までに,松浦建設に対し,上記請負代金を全額支払った(甲15,弁論の全趣旨)。

ア 入札書比較予定価格    3億8470万円

イ 予定価格           3億9624万1000円

ウ 入札書比較最低制限価格 3億1930万円

エ 最低制限価格        3億2887万9000円

オ 落札価格           3億7980万円

カ 請負代金額          3億9119万4000円

(4)  次のとおり,参加人は,平成11年6月4日,大阪府営枚方船橋第3期(その1)高層住宅(建て替え)新築工事(第2工区)(以下「第3期工事」といい,第1期工事と合わせて「本件各工事」という。)につき,最低制限価格を定めて指名競争入札手続を行ったところ,松浦建設がこれを落札したため,同月7日,松浦建設との間で,上記落札価格に消費税相当額を加算した価格を請負代金額として第3期工事の請負契約を締結し,第3期工事の完成・引渡し後である平成12年9月14日までに,松浦建設に対し,上記請負代金を全額支払った(甲9,11,弁論の全趣旨)。

ア 入札書比較予定価格    4億1328万円

イ 予定価格            4億3394万4000円

ウ 入札書比較最低制限価格  3億4384万円

エ 最低制限価格         3億6103万2000円

オ 落札価格            4億0500万円

カ 請負代金額           4億2525万円

(5)  原告らは,同年12月15日,大阪府監査委員に対し,被告b,松浦建設等に対して本件各工事の指名競争入札に係る予定価格の漏えい及び談合のため参加人に生じた損害の賠償を求めるよう大阪府知事に勧告することを求める旨の住民監査請求をした。

これに対し,大阪府監査委員は,正当な競争入札であれば最低制限価格に近い価格で落札されるという必然性や法則性はなく,原告らが本件各工事に係る請負契約の締結により参加人が被った損害を客観的な事実に基づいて摘示しているとは認められず,上記住民監査請求は法242条1項に規定する要件を具備していないなどとしてこれを却下し,原告らに対し,平成13年1月26日付け書面をもってこれを通知した(乙C1)。

(6)  原告らは,同年2月24日,本件訴えを提起した。

4  争点及び当事者の主張

(1)  被告らの参加人に対する共同不法行為の有無

(原告らの主張)

ア 被告bは,本件各工事の指名競争入札に先立ち,大阪府建築部営繕室長等から本件各工事の入札書比較予定価格を聞き出し,これらを被告aに知らせた。被告aは,被告bより知らされた入札書比較予定価格を基に,松浦建設を含む入札指名業者間で談合を行い,その結果,前記前提事実のとおり,本件各工事を松浦建設に落札させた。被告bは,本件各工事の入札書比較予定価格の漏えい後,被告aから,それぞれ賄賂を受け取った。

イ 上記のとおり,被告bは,被告aに対し,本件各工事の入札書比較予定価格を漏えいすることで,それらの落札価格を入札書比較予定価格近くにまで誘導し,入札制度を無に帰させるとともに,本件各工事の入札書比較予定価格漏えいの謝礼として賄賂を受け取るという不法行為を行い,参加人に後記(2)の損害を被らせた。また,被告aは,被告bに本件各工事の入札書比較予定価格を漏えいさせ,これらを基に他の業者と談合を行い,予定価格ぎりぎりの価格で本件各工事を落札するという不法行為を行い,同被告と共に参加人に後記(2)の損害を被らせた。

被告らは,上記のとおり,共同の不法行為によって参加人に後記(2)の損害を加えたものであるから,連帯して同損害を賠償する責任を負う。

(被告らの主張)

原告らの主張のうち,前記前提事実のとおり松浦建設が本件各工事を落札したことは認めるが,その余は否認ないし争う。

本件各工事に係る指名競争入札に際して,談合と評価されるべき行為が存在していなかったことは明らかである。また,参加人が実施する公共工事の入札については,予定価格と最低制限価格との問の価格で落札されることを参加人自身が予定しているのであり,両価格の間の価格で落札される限り,それが公正かつ妥当な工事受注額であって,参加人には何ら損害が発生していない。

(2)  参加人の損害額

(原告らの主張)

仮に,本件各工事の指名競争入札について談合がなく,その手続が公正な競争に基づいて行われていたならば,本件各工事は,入札書比較最低制限価格で落札されていたはずである。したがって,被告らの前記共同不法行為による参加人の損害額は,本件各工事の請負代金額と最低制限価格との差額に当たる合計1億2653万3000円(第1期工事につき6231万5000円,第3期工事につき6421万8000円)である。

(被告bの主張)

争う。

本件各工事の指名競争入札について談合がなかったとした場合の本件各工事の落札価格を入札書比較最低制限価格とする原告らの主張は,予定価格と最低制限価格の間で受注を競争させるという入札制度自体を否定する結果となり,失当である。

(被告aの主張)

争う。

(3)  過失相殺の要否

(被告bの主張)

大阪府建設部営繕室(平成10年4月1日の機構改革後は大阪府建築都市部公共建築室)においては,従来,スムーズに入札を執行するため,同部発注の工事の指名競争入札について,調整担当参事が入札書比較予定価格及び入札書比較最低制限価格を記入した資料を作成した上,業者や大阪府議会議員からの問い合わせ等を利用して上記各価格に係る情報を漏えいすることにより,暗に業者をリードして入札を調整し,入札制度を骨抜きにするという状況が存在していた。このような情報漏えいは,一職員の個人的な行為ではなく,組織的に制度化されていたものであって,参加人自身の行為と評価されるべきである。本件において,被告bが営繕室長又は公共建築室調整担当参事に対して本件各工事の入札書比較予定価格を問い合わせた際,それらの職員が何ら異議を唱えることなく入札書比較予定価格を説明したのは,参加人において,長年にわたり,上記のような便宜供与が黙認され,改められることなく続いてきたためである。参加人には,これらの行為に対する適切な監督・指導を怠った過失があり,過失相殺の対象とされるべきである。

(原告らの主張)

被告bは,自ら大阪府議会議員の地位を濫用して大阪府職員に対し入札書比較予定価格を教えるよう強要しておきながら,今になって「教える方が悪い。」などと主張することは許されない。また,仮に,大阪府の職員が被告bに対し入札書比較予定価格を漏えいした行為が違法行為に当たるとしても,同職員の責任を問題とするならば,同職員が被告らを含む共同不法行為者の一員に加わるにすぎない。これによって共同不法行為者相互間の内部的な責任割合が変化し得るとしても,それはあくまでも共同不法行為者間の内部的な問題にとどまるのであって,参加人との関係で損害額が減額されることにはならない。

第3当裁判所の判断

1  被告らの参加人に対する共同不法行為の有無(争点(1))について

(1)  前記前提事実,証拠(甲7ないし11,14ないし16,18,乙A2,3)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

ア 参加人における会計事務の手引(平成7年10月付け)には,予定価格は,これが特定の者に探知されれば,その者に有利な条件を与えることとなり,適正な競争が阻害され,ひいては参加人が損失を被ることともなるので,厳格にその秘密を保持しなければならない旨記載されている。

イ 松浦建設は,同年4月6日ころ,第1期工事の指名競争入札について,他の9業者と共に,参加人から参加業者としての指名を受けた。被告aは,同月25日ころまでに,第1期工事の指名競争入札について,松浦建設以外の各指名業者に対し,松浦建設に第1期工事を落札させるように入札を行うよう依頼し,各指名業者の了承を得た。

ウ 被告aは,同月26日ころ,被告bに対し,電話で,松浦建設が第1期工事を落札することについて上記各指名業者との間で話がまとまった旨を告げた上,参加人の担当職員から第1期工事の入札書比較予定価格を聞き出して自己に教示してもらいたい旨依頼した。被告bは,同日,大阪府建築部営繕室長に電話をし,第1期工事の入札書比較予定価格が約3億8000万円である旨聞き出した上,被告aに対し,電話で,上記入札書比較予定価格の概数を教示した。

エ 被告aは,被告bから教示された上記入札書比較予定価格の概数を基にして,松浦建設の入札価格を3億7980万円とすることに決めるとともに,松浦建設のc営業部長をして,同価格よりも200万円以上高い入札価格を記載した上記各指名業者分の入札書を作成させ,それらを持参して同記載の入札価格で入札を行うように改めて上記各指名業者に依頼させた。

オ 同月28日,第1期工事の指名競争入札手続が行われ,松浦建設が入札価格3億7980万円でこれを落札した。

カ 被告aは,同年5月19日ころ,被告bの後援会事務所において,第1期工事の入札書比較予定価格の概数の教示を受けたことなどへの謝礼として,現金600万円の賄賂を贈り,被告bは,その趣旨を認識した上でこれを受け取った。

キ 松浦建設は,平成11年5月12日ころ,第3期工事の指名競争入札について,他の9業者と共に,参加人から参加業者としての指名を受けた。被告aは,同年6月1日ころまでに,第3期工事の指名競争入札について,松浦建設以外の各指名業者に対し,松浦建設に第3期工事を落札させるように入札を行うよう依頼し,各指名業者の了承を得た。

ク 被告aは,同月2日ころ,被告bに対し,電話で,松浦建設が第3期工事を落札することについて上記各指名業者との間で話がまとまった旨を告げた上,参加人の担当職員から第3期工事の入札書比較予定価格を聞き出して自己に教示してもらいたい旨依頼した。被告bは,同日,大阪府建築都市部公共建築室調整担当参事に電話をし,第3期工事の入札書比較予定価格が約4億0500万円である旨聞き出した上,被告aに対し,電話で,上記入札書比較予定価格の概数を教示した。

ケ 被告aは,被告bから教示された上記入札書比較予定価格の概数を基にして,松浦建設の入札価格を4億0500万円とすることに決めるとともに,松浦建設のc営業部長をして,4億1000万円以上の入札価格を記載した上記各指名業者分の入札書を作成させ,それらを持参して同記載の入札価格で入札を行うように改めて上記各指名業者に依頼させた。

コ 同月4日,第3期工事の指名競争入札手続が行われ,松浦建設が入札価格4億0500万円でこれを落札した。

サ 被告aは,同年7月23日ころ,被告bの後援会事務所において,第3期工事の入札書比較予定価格が約4億0500万円であることの教示を受けたことなどへの謝礼として,現金200万円の賄賂を贈り,被告bは,その趣旨を認識した上でこれを受け取った。

(2)  上記認定事実によれば,被告aは,本件各工事の指名競争入札の指名業者らから松浦建設が本件各工事を落札できるように入札を行う旨の了承を得て談合を成立させた上,被告bに依頼して,参加人において厳格に秘密とされていた本件各工事の入札書比較予定価格の概数の教示を受け,実際の入札書比較予定価格に非常に近接した価格で本件各工事を落札し,さらに,同被告に対して上記教示を受けたことなどへの謝礼としてそれぞれ賄賂を贈与したことが認められる。被告aのこれらの一連の行為は,故意に本件各工事に係る指名競争入札手続の公正さを著しく害したものであって,参加人に対する違法な権利侵害に当たることは明らかである。

また,被告bも,被告aから告げられて本件各工事の指名競争入札について談合が成立していることを知りながら,同被告の依頼により大阪府の担当職員から本件各工事の入札書比較予定価格の概数を聞き出し,同被告に教示した上,それらに対する謝礼等として賄賂を収受していたことが認められ,このように同被告と共同してされた被告bの一連の各行為も,参加人に対する故意の違法行為というほかない。

そして,前記認定のとおり,被告aは,本件各工事の指名競争入札について談合が成立しているという状況下において,本件各工事の入札書比較予定価格をおおむね正確に把握した上,いずれも入札書比較予定価格に非常に近接した価格で松浦建設に本件各工事を落札させている。このような本件事実関係の下においては,仮に,被告らの上記各行為が行われず,公正な競争がされていた場合には,松浦建設による本件各工事の落札価格を下回る価格で本件各工事が落札されていた蓋然性が高く,参加人は,それらの差額に消費税相当額を加算した金額に相当する損害を被ったというべきである。

したがって,被告らの上記各行為は,参加人に対する共同不法行為に該当するものと認められる。

2  参加人の損害額(争点(2))について

(1)  上記損害の額を認定するに当たり,以下,本件各工事の指名競争入札において,仮に,被告らの前記共同不法行為が行われず,公正な競争がされていたと想定した場合の本件各工事の落札価格(以下「想定落札価格」という。)は幾らと認められるのかについて検討する。

ア この点,原告らは,①最低制限価格は,ダンピングや採算割れを防ぐために合理的に設定される価格であって,落札業者の利益が確保されることが前提とされているから,競争入札における公正な自由競争によって形成される落札価格は,入札書比較最低制限価格に収れんしていくと考えられること,②松浦建設は,談合が成立せず,いわゆるたたき合いとなった大阪府営枚方船橋第2期高層住宅(建て替え)新築工事(第2工区)(以下「第2期工事」という。)の指名競争入札において,入札書比較最低制限価格をわずかに上回る価格で落札し,純利益約200万円を得ており,その他にも,公共工事の指名競争入札において,入札書比較最低制限価格で落札した業者に利益が生じた事例が存すること,③参加人及び大阪市における競争入札の落札価格の分布,殊に本件各工事の指名競争入札が行われた平成7年度及び平成11年度の参加人における府営住宅新築工事の指名競争入札に係る落札価格の分布が,入札書比較最低制限価格に近接したグループと入札書比較予定価格に近接したグループとに2極化しており,落札価格は,談合があれば入札書比較予定価格に近接し,談合がなく競争が発生すれば入札書比較最低制限価格に収れんしていると考えられること,④被告aは,本件各工事について強い受注意欲を有し,談合が成立しない場合には,松浦建設において入札書比較最低制限価格であっても落札したいと意図していたところ,松浦建設には入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格をほぼ正確に積算する能力があったから,仮に,本件各工事について談合が成立しなかった場合には,松浦建設が入札書比較最低制限価格で本件各工事を落札していたはずであることなどを根拠に,本件各工事の想定落札価格は,入札書比較最低制限価格である旨主張する。

イ しかしながら,原告らの上記主張を採用することはできない。その理由は,次のとおりである。

(ア) 前記前提事実のとおり,最低制限価格制度とは,普通地方公共団体が,競争入札により工事又は製造その他についての請負契約を締結しようとする場合において,当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときに,あらかじめ最低制限価格を設けて,予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を落札者とせず,予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申込みをした者を落札者とする制度である(令167条の10第2項)。

普通地方公共団体においては,競争入札が適正に行われることにより,当該普通地方公共団体に最も有利な条件での落札が期待できる一方,過当競争の結果,手抜き工事等,当該契約の内容に適合した履行がされない事態が生じたり,ダンピング等により公正な取引の秩序が乱されることを防止する必要があり,これらの要請を両立させるためには,本来は低入札価格調査制度(令167条の10第1項)によることが望ましいといえる。もっとも,実際には,普通地方公共団体においては,低入札価格調査制度を運用する上で必要な価格調査等を行う体制の整備が必ずしも容易ではない。そこで,同条2項は,低入札価格調査制度に加えて,普通地方公共団体の長において,当該契約の内容に適合した履行を確保するために最低限必要と考えられる合理的な価格を最低制限価格としてあらかじめ定めておき,これを下回る価格による落札を一律に許さないものとする最低制限価格制度を認めたものと解される。そうすると,最低制限価格は,当該競争入札に係る契約の内容に適合した履行を確保するために最低限必要と考えられる合理的な価格,すなわち当該工事,製造等の原価及び落札業者が企業として存続するための最低限の利益が確保される価格として設定されるものといえる。

上記のような最低制限価格制度の下における指名競争入札について適正な競争が行われた場合,入札参加業者は,落札業者となるために予定価格と最低制限価格の範囲内においてできるだけ低い価格による入札をする必要がある一方,企業として当然に自己の利潤を最大化しようとするであろうから,必ずしも自己の積算等から推測した最低制限価格に近い価格で入札を行うとは限らない。むしろ,指名競争入札における落札価格は,当該指名競争入札に係る工事等の種類,規模等の特殊性,指名業者の数,事業規模及び受注意欲の多寡,入札が行われた当時の社会経済情勢,当該工事等の行われる地域の特性等の様々な要因が複雑に影響し合って形成されるものと考えられるから,最低制限価格制度が採られた場合においても,落札価格が直ちに一定の傾向を示すものとは想定し難いというべきである。

したがって,たとえ最低制限価格が落札業者の利益が最低限確保されるように設定されているとしても,指名競争入札の落札価格が一般的に最低制限価格に収れんするなどということは,制度上全く予定されていないというほかない。原告らの上記①の主張を採用することはできない。

(イ) 証拠(甲12,13,17,乙A3)によれば,松浦建設が,談合が成立せず,いわゆるたたき合いとなった第2期工事の指名競争入札において,入札書比較最低制限価格をわずかに上回る価格で落札していること,被告aは,これによって約200万円の純利益が得られたと概算していたことが認められる。しかしながら,同証拠によれば,被告aは,第2期工事を落札するため,被告bに大阪府の担当職員から第2期工事の入札書比較最低制限価格を聞き出すように依頼し,被告bは,同職員から第2期工事の入札書比較最低制限価格の概数を聞き出してこれを被告aに教示し,被告aは,これに基づいて松浦建設の入札価格を決定し,第2期工事を落札した上,被告bに対して,入札書比較最低制限価格の概数の教示の謝礼等として100万円の賄賂を贈っていたことが認められる。このように,第2期工事の指名競争入札が適正な競争の下においてされたものでないことは明らかである。

また,原告らの主張するその余の事例についても,それらの指名競争入札において,入札書比較最低制限価格の漏えい等の不正行為が存在せず,適正な競争が行われたことを認めるに足りる証拠はない。

したがって,原告らの上記②の主張を採用することはできない。

(ウ) 証拠(甲3ないし5,19)及び弁論の全趣旨によれば,確かに,原告らの指摘するとおり,参加人及び大阪市が行った競争入札の落札価格が,入札書比較最低制限価格に近接したグループと入札書比較予定価格に近接したグループとに2極化して分布していることが認められる。

しかしながら,前判示のとおり,指名競争入札における落札価格は,当該指名競争入札に係る工事等の種類,規模等の特殊性,指名業者の数,事業規模及び受注意欲の多寡,入札が行われた当時の社会経済情勢,当該工事等の行われる場所の地域性等の様々な要因が複雑に影響し合って形成されるものと考えられるから,原告らの指摘する落札価格の分布状況のうち,大阪市における競争入札及び本件各工事の指名競争入札と異種・異年度の競争入札に係るものについては,本件各工事の想定落札価格の的確な認定資料とはなり得ないものである。また,平成7年度及び平成11年度の参加人における府営住宅新築工事の指名競争入札に係る落札価格の分布状況についても,上記のような諸要因がすべて本件各工事におけるのと同様であることを認めるに足りる証拠はない。さらに,前判示のとおり,最低制限価格制度は落札価格が最低制限価格に収れんすることを予定していないこと,第2期工事について松浦建設が漏えいされた入札書比較最低制限価格を基にこれに近接した価格で落札していることなどに照らし,原告らの指摘する入札書比較最低制限価格に近接した価格で落札された各事例において,入札書比較最低制限価格の漏えい等の不正行為が存在せず,適正な競争が行われていたとにわかに断定することはできず,これを認めるに足りる証拠はない。他方,落札価格が入札書比較予定価格に近接したグループに属するすべての事例において入札書比較予定価格の漏えいや談合等の不正行為がされていたと断定するに足りる証拠はなく,これらの中に適正な競争が行われた結果として落札価格が入札書比較予定価格に近接した価格となった事例が含まれている可能性を否定することはできない。

したがって,原告らの上記③の主張を採用することはできない。

(エ) 証拠(甲11,12,14)によれば,被告aが松浦建設の従業員に命じて積算させ,あるいは自ら大まかに概算して推測していた本件各工事及び第2期工事の各入札書比較予定価格は,必ずしも実際の入札書比較予定価格に近接したものではなかったこと,被告a自身,これらの積算ないし概算は実際の価格とは程遠いものであり,それらだけでは本件各工事や第2期工事を入札書比較予定価格又は入札書比較最低制限価格に近接した価格で確実に落札することはできないと考え,被告bに対し,本件各工事の入札書比較予定価格や第2期工事の入札書比較最低制限価格を大阪府の入札担当職員から聞き出して自己に教示してもらいたい旨依頼したことが認められる。そうすると,被告aないし松浦建設に入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格を正確に積算する能力があったということはできない。

また,他の指名業者らに入札価格を知られてはならないという事柄の性質上,被告aが,他の積算能力の高い業者等に本件各工事の入札書比較最低制限価格の積算を依頼することも困難であったと考えられる。

したがって,仮に,被告らによる前記共同不法行為が存在しなかった場合,たとえ被告aが本件各工事の受注について強い意欲を有していたとしても,松浦建設が入札書比較最低制限価格又はこれに近接した価格で本件各工事を落札していた蓋然性が高いということはできず,原告らの上記④の主張を採用することはできない。

ウ 上記のとおり,本件各工事の想定落札価格に関する原告らの主張を採用することはできず,その他に本件各工事の想定落札価格が具体的に幾らであるのかを認定するに足りる主張立証はない。

(2)  前判示のとおり,指名競争入札における落札価格は,様々な要因が複雑に影響し合って形成されるものと考えられるから,談合等の不正行為が行われなかった場合にはある指名業者が特定の価格で入札を行っていたであろうことを示す具体的な証拠が存するような場合は格別,そうでない限り,談合等の不正行為が行われず,公正な競争がされていたならば形成されていたであろう落札価格を事後的・客観的な観点から高度の蓋然性をもって認定することは,通常極めて困難というほかない。そして,本件においては,上記のような具体的な証拠は存在していない。そうすると,本件は,参加人に損害が生じたことは認められるが,「現実の落札価格と想定落札価格との差額に消費税相当額を加算した額」という当該損害の性質上,その額を立証することが極めて困難である場合に当たるといえる。このような場合,上記のとおり本件各工事の想定落札価格を証拠上認定することができず,参加人の損害額が算定困難であるからといって,原告らの請求を直ちに棄却すべきではなく,民事訴訟法248条の規定により,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定すべきである。

そこで検討するに,前記認定事実,証拠(甲10,11,15,16,18)及び弁論の全趣旨によれば,①本件各工事は,府営住宅の建て替えに伴う新築工事であり,そのこと自体に特徴的な点は見受けられないものの,予定価格がいずれも4億円前後と比較的高額な工事であり,その点は指名業者らにもある程度推測し得たものと思われるから,指名業者らにとっては,競争による落札価格の低下を見込んでも,なおそれなりに受注のメリットがあったと思われること,②本件各工事に係る指名競争入札の指名業者数は,松浦建設を含めてそれぞれ10社であったところ,そのうち松浦建設は,現場が地元であることなどから,本件各工事について強固な受注意欲を有していたこと,③第3期工事については,藤井建設株式会社も比較的強い受注意欲を有しており,被告aによる談合の調整を難航させたこと(なお,本件各工事について,その余の指名業者らがどの程度の受注意欲を有していたかは不明である。),④被告らは参加人の損害額について具体的な反証活動を行っていないこと,⑤被告aが,自己の被告bに対する贈賄被疑事件における司法警察員及び検察官の取調べに対し,松浦建設が本件各工事の受注により落札価格の約20パーセントないし25パーセントに相当する粗利益のうち約30パーセントの純利益(第1期工事につき約3000万円,第3期工事につき約2400万円)を得たものと自分の頭の中で単純計算した旨供述していること(なお,当該供述には帳簿等の客観的な根拠ないし裏付けがあるとまでは認め難いから,これをもってにわかに参加人の損害額を認定することはできないが,相当な損害額を認定するに当たって参考にはなるというべきである。)が認められる。そうすると,本件各工事の想定落札価格は,入札書比較予定価格よりも相当程度低い価格であった可能性が高いということができる。

他方,前判示のとおり,本件各工事の想定落札価格が入札書比較最低制限価格又はこれに近接した価格であった蓋然性が高いとまでは認められない。

上記の各事情その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば,本件各工事の想定落札価格は,本件各工事の落札価格と入札書比較最低制限価格の中間の価格であり,被告らの前記共同不法行為によって参加人が被った損害の額は,本件各工事の請負代金額(落札価格に消費税相当額を加算した価格)と最低制限価格(入札書比較最低制限価格に消費税相当額を加算した価格)の差額の2分の1と認めるのが相当である。

(3)  よって,参加人は,被告らの前記共同不法行為により,合計6326万6500円(第1期工事につき3115万7500円,第3期工事につき3210万9000円)の損害を被ったものと認められる。

3  過失相殺の要否(争点(3))について

(1)  被告bは,大阪府建設部営繕室(機構改革後は大阪府建築都市部公共建築室)においては,従来,同部発注の工事の指名競争入札について,業者や大阪府議会議員からの問い合わせ等を利用して予定価格や最低制限価格に係る情報を漏えいし,暗に業者をリードして入札を調整し,入札制度を骨抜きにするという状況が存在していたから,被告bに対する本件各工事の予定価格の概数の漏えいは,一職員の個人的な行為ではなく,組織的に制度化されていたものであって,参加人自身の行為と評価されるべきであり,参加人には,上記のような職員の行為に対する適切な監督・指導を怠った過失があるなどとして,過失相殺が必要である旨主張する。

(2)  確かに,証拠(乙A1ないし3)によれば,大阪府建設部営繕室(平成10年4月1日の機構改革後は大阪府建築都市部公共建築室)が所管する指名競争入札については,一般的に,調整担当参事が指名業者の指名内申書の写しに入札書比較予定価格及び入札書比較最低制限価格を記入して縮小コピーした資料を作成し,これを室長や調整担当参事が保管していたこと,室長や調整担当参事は,複数の大阪府議会議員からの入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格の問い合わせに対し,上記資料の記載に基づいてこれらの価格の概数を教えたことがあったことが認められる。

しかしながら,同証拠によれば,大阪府建設部営繕室ないし大阪府建築都市部公共建築室においては,入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格は厳格に秘密とされていたこと,室長や調整担当参事も,問い合わせがあれば常に入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格を他の者に教えていたというわけではなく,大阪府議会議員からの問い合わせがあった場合に,当該議員の属性や問い合わせの態様等によってはそれらの概数を示唆ないし教示したことがあったにすぎないことが認められる。他方,室長や調整担当参事が大阪府議会議員や指名業者等からの問い合わせを利用して入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格を漏えいし,暗に業者をリードして入札を調整するなどしていたとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると,入札書比較予定価格や入札書比較最低制限価格が,参加人としての意思決定に基づいて,およそ組織的・制度的に漏えいされていたとまでは認め難いものといわざるを得ない。

また,前判示のとおり,被告らの前記共同不法行為は,故意をもって本件各工事の指名競争入札手続の公正さを害し,これによって参加人に多額の損害を与えていたというものであって,その行為態様は悪質である。しかも,被告bは,被告aの依頼を受けて,大阪府議会議員という地位の影響力を行使して,大阪府建設部営繕室長や大阪府建築都市部公共建築室調整担当参事に対し,自ら本件各工事の入札書比較予定価格を漏えいするように求めているのであるから,たとえ上記各職員による本件各工事の入札書比較予定価格の概数の漏えいが参加人の損害の発生及び拡大に寄与しているとしても,そのような上記各職員の行為が,そもそも被告らの不当な働きかけによってされたものであることは明らかである。

これらの事情に照らせば,本件において,参加人ないし上記各職員を指導監督すべき立場にあった大阪府職員の過失をしんしゃくして被告らの賠償金額を減額する必要があるとは解されない。

なお,上記各職員は,被告bに対して本件各工事の入札書比較予定価格の概数を漏えいしたことにより,被告らの前記共同不法行為に加担して参加人に対し損害を与えたものであるから,参加人に対する関係においては,被告らと同じく共同不法行為者の立場にあるというべきであり,上記各職員の過失をもって被害者側の過失と認めることもできない。

(3)  よって,本件において過失相殺を行うことは相当ではなく,被告bの上記主張を採用することはできない。

4  結論

以上によれば,参加人は,被告らに対し,共同不法行為に基づき,連帯して損害金6326万6500円及びうち3115万7500円に対する平成8年12月13日から,うち3210万9000円に対する平成12年9月14日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める権利を有しているところ,参加人は被告らに対する上記各損害賠償請求権を行使していないものと認められる(なお,参加人は,本件訴えが提起された後,原告らに補助参加し,被告らに対して上記各損害金の支払を求める意思を明らかにしているが,本件住民訴訟への補助参加をもって参加人自身による上記各損害賠償請求権の行使と評価することはできず,本件口頭弁論終結時点において,参加人による上記各損害賠償請求権の不行使自体はなお存続しているといえるから,代位行使の要件としての上記各損害賠償請求権の管理を違法に怠る事実があるものと認められる。)。

よって,原告らの請求は主文1項の限度で理由があるからその限度でこれを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川神裕 裁判官 山田明 裁判官 一原友彦)

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