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大阪地方裁判所 平成14年(わ)625号 判決 2003年3月24日

主文

被告人A及び同Bをそれぞれ懲役3年に,被告人Cを懲役2年6月に処する。

この裁判が確定した日から,被告人A及び同Bに対し各5年間,被告人Cに対し4年間,それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人3名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

第1被告人Aは,大阪市天王寺区筆ヶ崎2番8号に本店を置く信用組合関西興銀(以下「関西興銀」という。)の代表理事会長として,関西興銀における資金の貸付け,債権保全及び回収等の業務全般を統括するとともに,関西興銀の組合員で,奈良県a郡b村所在のゴルフ場「c」の経営等を業とするd株式会社(以下「d」という。)の取締役会長として同会社の資金繰り等その業務全般を実質的に統括していたもの,被告人Bは,平成7年11月28日から同10年4月22日までの間は,関西興銀副理事長として関西興銀代表理事理事長Dらを補佐して関西興銀の資金貸付け等の業務を遂行し,同月23日からは,関西興銀代表理事理事長として,被告人Aとともに関西興銀における上記業務全般を統括,掌理していたもの,被告人Cは,平成3年10月19日から同10年4月22日までの間は,関西興銀専務理事として,同月23日からは,関西興銀代表理事副理事長として,上記D及び被告人Bらを補佐し,関西興銀の資金貸付け等の業務を遂行していたものであるが,dに対し,上記「c」の会員から「施設利用預り金」の据置期間満了に伴う返還請求が相次ぎ,dにおいてその返還資金に多額の資金が必要となるや,関西興銀からdに対して不正に貸し付けようと企て,d代表取締役Eらと共謀の上,被告人らにおいて,関西興銀の業務として組合員に対する貸付けを行うに当たっては,法令,定款等の規定を遵守することはもとより,貸付先の財政状態,経営成績及び信用程度などを精査して貸付けの当否を慎重に検討した上,十分な担保を徴求するなどして貸付金の安全確実な回収のための適切な措置を講じ,関西興銀に損害を加えることのないように誠実にその職務を遂行すべき任務があるのに,d及び被告人らの利益を図る目的で上記任務に背き,dが平成3年から毎年経常赤字を計上し,その経営成績が劣悪で,著しい債務超過の状態にあり,関西興銀からの借入金を約定どおり返済する能力がないことを知りながら,その貸付金の回収を確実にするための十分な担保を徴求することなく,他にその安全確実な回収をするための適切な措置を講ずることもないまま,別表記載のとおり,平成9年9月24日ころから同11年3月29日ころまでの間,前後33回にわたり,関西興銀からdに対し,施設利用預り金返還資金等として合計51億3240万円を上記関西興銀本店のd名義の預金口座に振り替えて貸し付け,その回収を著しく困難にさせ,もって関西興銀に対し,上記貸付金相当額の損害を負わせた

第2被告人Bは,第1記載のとおり平成10年4月23日から関西興銀代表理事理事長であったもの,分離前の相被告人Fは,同年6月22日から,大蔵省近畿財務局理財部上席金融証券検査官として勤務し,信用協同組合等の金融機関に係る業務及び財産に対する検査の実施,同検査を実施する金融証券検査官の事務の整理などの職務を担当し,さらに,平成11年7月1日からは,同部審査業務課上席金融証券検査官として,上記職務に加え,同検査後の検査結果の審査及び同検査結果の各金融機関に対する通知などの職務を担当していたものであるところ,被告人Bは,関西興銀本店企画部長であったG及び同理事融資部長であったHと共謀の上,平成11年度に実施が見込まれていた近畿財務局理財部金融証券検査官による関西興銀への資産及び業務の検査に関し,その検査時期・検査体制・検査内容等の検査情報及び対応策を教示したことの謝礼並びに将来も同様の便宜な取り計らいを受けたいとの趣旨の下に,分離前の相被告人Fに対し,

1  同月22日,大阪市e区f丁目g番h号所在の「i」店内及びその付近において,1人当たり1万1484円相当の酒食の饗応をするとともに,全国共通商品券(5万円相当)を供与し,

2  同年8月24日,同市e区j町k番l号所在の飲食店「m」店内において,1人当たり1万8633円相当の酒食の饗応をするとともに,現金20万円を供与し,もって,それぞれ上記Fの職務に関して賄賂を供与したものである。

(法令の適用)

被告人3名の判示第1の所為は,それぞれ包括して刑法60条,247条に,被告人Bの判示第2の1,2の各所為は,いずれも同法60条,198条に,それぞれ該当するところ,被告人3名の判示第1の各所為及び被告人Bの判示第2の1,2の各所為につき,各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,被告人Aにつき,その所定刑期の範囲内で,被告人Bにつき,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で,それぞれ懲役3年に処し,被告人Cにつき,その所定刑期の範囲内で懲役2年6月に処し,情状により同法25条1項を適用して,この裁判確定の日から,被告人A及び同Bに対し各5年間,被告人Cに対し4年間,それぞれその刑の執行を猶予し,訴訟費用については,刑訴法181条1項本文,182条により被告人3名に連帯して負担させることとする。

(量刑の理由)

1  本件の背景及び犯行の経緯等

(1)  被告人3名の地位及び関西興銀について

関西興銀の前身である信用組合大阪興銀は,在阪の在日韓国人のための金融機関として,昭和30年に設立され,在日韓国人らのための金融機関として在日韓国人社会の中で重要な役割を果たしてきた。被告人Aは,昭和31年5月,2代目理事長に就任し,以後,約35年間にわたり理事長職にあったが,平成3年5月に,長男であるDに理事長職を譲り,その後は代表理事会長であった。被告人Bは,昭和41年3月,大阪興銀に入組し,平成7年11月には副理事長に,平成10年4月には,理事長に就任しており,被告人Cは,昭和37年3月,大阪興銀に入組し,平成10年4月に代表理事副理事長に就任した。大阪興銀は,昭和62年12月には,信用組合としての預金量全国1位になるなど,大型の信用組合に成長したが,いわゆるバブル経済の崩壊により,不良債権が増大し,必ずしも業績は芳しくなかったものの,平成5年7月,同じく韓国系の信用組合である神戸商銀,滋賀商銀,奈良商銀及び和歌山商銀の4信組を合併して関西興銀と名称が変更され,さらに,平成7年3月には岐阜商銀を合併した。

関西興銀は,監督官庁である近畿財務局による平成6年度の検査では,融資姿勢の厳正化と審査管理の徹底を主要留意事項の1つとして指摘され,また,平成8年度の検査では,資産内容が大幅に悪化している旨の指摘を受けたが,多額の休眠預金が発見され,これを主たる原資としてⅣ分類債権を償却した。そして,平成11年度検査についてなされた平成12年9月の検査結果通知では,関西興銀の自己査定結果に検査結果を踏まえた追加償却,引当額を前提とすると債務超過であると認定され,その後,関西興銀側との折衝があったが,結局,同年12月,破綻認定を受け,金融再生委員会委員長により金融整理管財人が選任され,被告人3名はいずれもその職を辞任した。

(2)  dについて

昭和50年ころ,在日韓国人は,国籍差別により,ゴルフクラブの会員になることは困難で,十分にゴルフを楽しめない状況であったが,被告人A自身がゴルフを愛好していたことや,在日韓国人間で気兼ねなくゴルフができるところが欲しいという話が持ち上がったことなどから,被告人Aは,昭和53年ころ,他の会社が土地を取得して開発許可まで得たものの資金が足りずに計画が頓挫している状態であったものを法人ごと買い取ってゴルフ場を開設することを計画し,在日韓国人の会社経営者らが出資して,昭和55年9月にcという名称で18ホールでオープンした。

しかし,同クラブの人気が高く混雑していたこともあり,昭和60年ころから平成6年にかけて,9ホールの増設工事をしたが,その業務を委託した会社が経営破綻したことや,バブル経済による土地高騰の影響で用地買収に計画よりも多額の費用が必要となったことなどから,当初は約85億の見積もりであったのに,総額200億円以上もの費用を投入することになった。

そのころから,dの長期借入金が激増して財務内容は悪化し,平成5年秋ころから,9ホール増設記念会員権販売を開始し,その預託金によって借入金を返済して,名目上,長期借入金は減少したものの,多額の預託金が無利子負債として存在する状況となった。cの会員権販売は,d自体が売り捌く能力はなく,関西興銀の常勤役員会や部店長会議の席上で,役員や部店長が指示を受けて,販売に取り組んでいた。その後,木津信用組合が破綻したあおりなどから関西興銀からの預金流出が増え,関西興銀の資金が足りなくなりそうになったため,平成8年2月には,新韓銀行がdに70億を融資し,dが関西興銀へ約67億円を返済する形でしのいだが,その際,新韓銀行はコマカントリーの不動産に極度額84億円の根抵当権を設定しており,dには実質的な担保余力はなくなり,また,赤字体質を脱却できる見通しもなかった。

その後,平成9年になって,上記9ホール増設記念会員権の預託金返還の据置期間が順次経過し,当時の経済情勢から,多数の償還請求がなされることとなり,dは,その返済原資の捻出に苦しみ,関西興銀から融資を受けて預託金返還資金を用意することとし,被告人3名は,dからの融資申込みに対し,関西興銀の経営者として,dが実質的に破綻し,回復不可能な状態にあることを知りながらも,これらの融資に応じ,本件背任の犯行に及んだ。

2  量刑上特に考慮した事情

以上に述べたところを踏まえて,被告人3名の刑事責任について検討する。

(1)  被告人3名は,dの極めて苦しい経営状況を知りながら,十分な担保もなく,回収の見込みがない融資を繰り返していたもので,関西興銀自体も資産内容が悪化している状況下で,更に不良債権を増大させ,最終的に関西興銀は破綻に至っているのであって,バブル経済の崩壊など経済情勢の変動もあるとはいえ,在日韓国人のための金融機関として在日韓国人社会において重要な役割を果たしてきた関西興銀の破綻により,在日韓国人ら関西興銀利用者や関西興銀職員らに与えた影響は大きく,その責任は重い。

特に被告人Aについては,cの開設当初から長期にわたってその経営に関与してきたという意味での責任もあること,cに対する個人的な愛着にこだわっていた側面があること,預託金返還の圧力が予想外に強かったにせよ,dの真剣な再建策を考えることもなく,安易に関西興銀からの融資でしのぐことにしたことなど,金融機関の経営者としての任務違背の程度としては重大であったといわざるを得ない。加えて,被告人Aは,関西興銀の実質的な最高実力者であり,また,被告人Aのcへの愛着については周囲の者も知っていたところであるが,被告人A自身が,そのことを自覚し,dへの融資について周囲の者が反対しないにしても,自ら厳しい態度をもってのぞむべきであったというべきである。

また,被告人B及び同Cについても,関西興銀の最高幹部として,最も優先すべき関西興銀の利益をおろそかにし,本件背任に係る融資を決裁,実行するに当たり,各自の責任を果たすことなく,被告人Aの意向に沿って行動していたと評価せざるを得ない。さらに,本件背任による不正融資の総額は合計51億3240万円もの莫大な額であり,実質的な被害額も24億円を超える巨額なものである。

次に,本件贈賄については,被告人Bが,平成11年度検査を乗り切るために,情報を収集しようとして,部下に指示して近畿財務局の職員に接待をさせ,現金までも贈っていたものであるが,検査を乗り切るためには手段を選ばないという姿勢は強く非難されるべきである。

そうすると,本件背任については被告人Aの責任は最も重く,また,被告人Aに次ぐ関西興銀の最高幹部であって,本件贈賄の責任をも負う被告人Bの責任もこれと径庭がない。そして,被告人Cの責任も,これに次いで重い。

しかし,他方で,cが,在日韓国人社会における重要な社交の場として利用されてきたというcの存在意義,役割に照らせば,被告人Aらにcへの個人的な思いがあったにせよ,個人的な愛着を超えた在日韓国人社会での共通認識としての存在意義も認められるというべきであり,被告人3名が,dの整理に躊躇し,これを救済したいがために融資をしたことには,動機において酌むべき事情が全くないとまではいえない。

また,当事者の主張にかんがみ,本件背任と関西興銀の破綻との関係を見ると,背任による実質的な関西興銀への被害額と,債務超過額との関係から見れば,本件背任行為が破綻の重大原因と位置づけることはできず,関西興銀破綻という最終的な結果を本件犯行の情状として重大視することは相当でない。また,関西興銀が破綻に至ったということを情状として考慮するとしても,関西興銀が,バブル経済崩壊後,他の韓国系信用組合を吸収合併したことについては,当時の金融行政が,いわゆる護送船団方式であり,破綻した金融機関の処理についての具体的なシステムもなかったことから,金融当局からの要請を受けた関西興銀としては,財務内容が悪化している周辺の信組について,事実上,合併に応じざるを得ない状況であったことは明らかで,ことに,岐阜商銀との合併については,その貸出先等に大いに問題があったことや,関西興銀の営業地域にかろうじて接している地区であって,関西興銀が積極的にこれを合併するメリットは乏しいのであって,関西興銀としては,当時の金融行政システムのもとで,必ずしもメリットのない合併をせざるを得なかった状況にあったと認められるところ,これらの事情が関西興銀の資産状況悪化に影響を及ぼしていることが推認され,破綻に至った経緯が,もっぱら被告人3名の経営判断の誤りというものではない。

さらに,平成10年から金融機関の検査体制が大きく変更され,いわば金融行政の転換期において,組織的には未熟な信用組合が,その転換についていくことが困難であったことも容易に推察できる。すなわち,現に,当初の金融検査マニュアルでは,中小金融機関に対しても共通のマニュアルで対応しつつ,柔軟に対応すべきものとされていたものが,近時になって,中小金融機関向けのマニュアルが別途作成されていることなどからすると,関西興銀に対する最終的な検査が行われた当時においては,行政機関においてすら,十分な準備が整うには至っていなかったといえるのであり,金融行政の転換の急速さがうかがわれる。

ただ,被告人B及び同Cは,金融当局による関西興銀の破綻認定は誤りである旨るる主張し,証人Iも債権分類と毀損割合の判断が論理的に一貫しない取扱いである旨指摘しているけれども,近畿財務局金融監督第2課信用組合監督室長の検察官調書(甲17)の内容,関西興銀において金融検査に対して意図的に債務者の分類の格上げを行っていたことなどに照らすと,関西興銀の破綻認定が違法ないし不当なものであったとまで認められるものではない。

そうすると,関西興銀の破綻という結果について,本件背任が影響を及ぼしていることは否定できないにしても,破綻に至った経緯には酌むべき事情もあるといえるし,本件背任がその重大な原因ということもできないのであり,被告人らの責任を論じるに当たっては,主として本件背任による被害の責任に焦点を当てて考えるべきであるが,関係証拠によれば,本件背任の被害については,被告人Aの関西興銀に対する預金約8億円が被害弁償として相殺充当されたほか,被告人3名をはじめ本件背任に関係する関西興銀関係者を被告とする民事訴訟において,被害者たる関西興銀の代表者である金融整理管財人及び関西興銀の引受人である整理回収機構との間で,さらに総額12億円を支払うことで全面的な和解が成立しており,そのうち,被告人Aが,少なくとも,被告人3名の保釈保証金として弁護人を通じて納付している5億100万円の返還請求権及び被告人Aがこれまで居住してきた自宅等の土地建物を代物弁済に提供していることなど,被害回復の相当部分を負担していること,その余の被告人B及び同Cも,個人での負担としては相当高額の被害弁償を負担していることなどが認められる。このように,被告人3名において,本件背任によって特段の蓄財をしていたわけではないにもかかわらず,私財を提供して被害弁償に相当の努力をしていることが認められる。なお,上記民事訴訟においては,dへの融資以外の事案についても問題とされていたものであるが,こうした事案が背任的融資であるか否かは,刑事裁判所としては軽々に論及できる立場にはなく,被害者たる関西興銀及びその引受人らが本件背任を含めて和解に応じていることが重要な事実であると認められるのであり,被告人3名による犯罪被害の回復の努力については,量刑上相応の評価をしなければならない。

(2)  まとめ

以上を要するに,本件背任については,背任に係る実質的なレベルでの被害金額も巨額であり,関西興銀の不良債権を増大させ,破綻にも影響を及ぼしていないとはいえないものであって,被告人3名の責任は相当に重いけれども,本件背任に至った経緯において,関西興銀とcの在日韓国人社会での存在意義等に照らすと,酌むべき事情があるといえること,関西興銀の破綻との関係では,本件背任の影響は大きくないこと,また,金融行政が大きな転換期を迎えていたことによって関西興銀も破綻に至ったという側面があること,上記のとおり,被告人Aについては,他の被告人2名に比して,本件背任につき最も責任が重いといわざるを得ないが,その損害について,被告人Aらが中心となって,私財を提供してその被害弁償を行い,被害者たる関西興銀及びその引受人との間で和解が成立していること,被告人3名がそれぞれ刑事責任を含め自己の責任を認めて反省の態度を示していること,いずれも私的利益を得る目的があったとは認められないこと,被告人Aについては,高齢で重篤な病に冒されていること,在日韓国人社会の取りまとめ役としてのこれまでの活動や各種国際的行事における文化的功績など少なからぬ有利に酌むべき事情に照らせば,なお,被告人Aに対し実刑をもって臨むことには躊躇を感じさせるものがある。また,被告人Bの本件贈賄についても,収賄者の側において安易に接待に応じていることなどは量刑に際して考慮すべきものであること,被告人Bが,部下にその責任を押しつけることもなく,自らの指示による犯行であることを素直に認めて反省の態度を示していること,また,被告人Cについては,被告人A及び同Bと比較するとその果たした役割において従たる面があることなどの個別的に酌むべき事情もある。

3  そこで,以上の諸事情を総合考慮し,被告人3名に対し,それぞれ主文掲記の刑を量定した上,いずれも,執行猶予を付し,社会内での更生の機会を与えることとする。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 被告人Aにつき懲役4年6月,被告人Bにつき懲役3年6月,被告人Cにつき懲役3年)

(裁判長裁判官 角田正紀 裁判官 岩田光生 裁判官 石田由希子)

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