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大阪地方裁判所 平成14年(わ)7442号 判決 2003年5月08日

主文

被告人を懲役1年6月に処する。

理由

【犯罪事実】

被告人は,

第1自動車運転の業務に従事するものであるが,平成14年12月11日午後8時30分ころ,普通乗用自動車を運転し,大阪府箕面市ab丁目c番d号先の信号機により交通整理の行われている三差路交差点(a西交差点)東詰に一時停止後,東から北に向かい右折進行するに当たり,対向直進してくるA(当時44歳)運転の普通自動二輪車の前照灯の光を前方約61.8メートル付近に認めたのであるから,同車の動静を注視し,同車との安全を確認して右折すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,自車が先に右折進行できると軽信して,上記A運転車両の動静注視を欠き,かつ,同車との安全を確認せず発進し,漫然時速約15キロメートルで右折進行した過失により,折から自車に進路を妨害された上記Aをして急制動措置を講じるのを余儀なくさせて,同人をその運転車両もろとも転倒滑走させた上,自車左側部に衝突せしめ,よって,同人に頭蓋底骨折等の傷害を負わせ,同日午後9時14分ころ,大阪府吹田市ef丁目g番h所在のB救命救急センターにおいて,同人を上記傷害に基づく出血性ショックにより死亡するに至らしめた

第2酒気を帯び,呼気1リットルにつき約0.25ミリグラムのアルコールを身体に保有する状態で,上記日時場所において,上記普通乗用自動車を運転したものである。

【事実認定の補足説明】

弁護人は,被告人は被害者運転の自動二輪車を約61.8メートル前方に認めたが,被害車両より自車が先に右折できると判断して右折を開始しているところ,被害者が本件現場の指定最高速度である時速50キロメートルを遵守して走行していれば,衝突地点まで約4.5秒を要することになり,被告人はその間に右折を完了するのに必要な約17メートルを走行し得たとの事情を指摘し,また,衝突地点の約8メートル手前から擦過痕が残されていることなどから,被害者が急制動をかけていることが推測されるとし,被害者の前方不注視か,他車のため被告人車両の発見が困難な事情があった可能性も指摘して,結局,本件業務上過失致死については,被告人に刑事責任を問えない旨主張する。

そこで検討するに,確かに,関係証拠によれば,被害車両の走行速度はそのスリップ痕等から時速70ないし80キロメートルと推定されており,制限速度を20ないし30キロメートル超過していることが窺われるが,被害者が走行していたのは片側2車線の幹線道路(国道i号線)であることからすれば,その程度の速度超過の車両が走行していることは間々あることであり,一般的に予測可能な範囲にあるといえる上,被告人は,本件では,接近しつつある被害者の車両を現認しているのであるから,その速度に対応した適切な措置を講ずることが求められているというべきである。交差点内で一時停止して右折の機会を窺っていた被告人としては,被害車両の速度にかんがみ,その通過を待って右折を開始すべきであったといえるのであって,対向してくる二輪車の速度を適切に判断することには幾分の困難を伴うとしても,かかる注意義務を被告人に課することは何ら不可能を強いるものではない。

次に,被害者の前方不注視等の点については,本件の証拠に照らしてそのような事情は窺えず,かえって,本件現場には,約15メートルの被害車両のスリップ痕が印象され,それに続いて衝突地点まで断続的に擦過痕が印象されているのであって,制動開始後タイヤがロックし路面にスリップ痕が印象されるまでのいわゆる空走距離の存在も考慮すると,被害者は被告人の予期せぬ右折の動きに驚き,直ちに制動措置を講じているものと推認される。

なお,弁護人は,その主張に沿うものとして大阪地方裁判所昭和41年5月31日判決を援用するが,同判決は,既に右折を開始していた普通貨物自動車の運転者が,右折の途中に,対向してくる前方不注視,速度違反の単車を発見した事案に関するもので,事案を異にしており,本件に適切な先例とはいえない。

以上の次第で,弁護人の主張は理由がない。

【法令の適用】

罰      条

判示第1の所為  刑法第211条1項前段

判示第2の所為  道路交通法第117条の4第2号,第65条1項,同法施行令44条の3

刑種の選択     いずれも懲役刑を選択

併合罪加重     刑法45条前段,47条本文,10条(重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)

【量刑の理由】

本件は判示の業務上過失致死,道路交通法違反(酒気帯び運転)の事案であるが,被告人は普通乗用自動車を運転中,三差路交差点を右折するにあたり,自動車運転者としての基本的な注意義務を怠り,一家の支柱たる被害者を死亡させたものであって,生じた結果は誠に重大である。遺族らの悲嘆は大きく,被告人に対する処罰感情には極めて厳しいものがある。酒気帯び運転の点についても,被告人には酒気帯び運転を含む交通関係の罰金前科2犯があり,その交通規範軽視の態度は顕著といえ,本件当時飲酒運転を常習的に繰り返していた様子も窺えることからして,その行為に対しては厳しい非難が妥当する。してみると,被告人の刑責は誠に重く,今回実刑による処断を免れないが,他方,被害車両の速度は,上記のとおり,時速約70キロメートルから80キロメートルであって,制限速度を時速約20ないし30キロメートル超過して走行していたと認められ,落ち度がないとはいえないこと,被告人は,本件の捜査及び公判を通じて,事実関係を素直に認めて,被告人なりの反省の態度を示しており,保釈後遺族のもとを謝罪のために訪れていること,遺族との間でいまだ示談には至っていないものの,被告人運転車両には対人賠償無制限の任意保険が付けられており,被害弁償は確実に履行される見込みであること,交通関係以外の前科は古い時期のものであること等の,被告人のために酌むべき事情も認められるので,その他諸般の情状を総合勘案して,主文の刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑-懲役2年6月)

(裁判官 中川博之)

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