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大阪地方裁判所 平成14年(ワ)12944号 判決 2003年6月04日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告は、原告に対し、6万0600円及びこれに対する平成14年9月14日から支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、原告が、原告所有のカメラが盗まれたことに関し、クレジットカード用海外旅行傷害保険契約に基づき、携行品損害の保険金6万0600円及びこれに対する商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるのに対し、被告が、上記カメラは上記保険契約が対象とする携行品にあたらないと主張して争う事案である。

1  争いのない事実等

(1)  原告は、a大学大学院法学研究科助教授である(原告本人)。

(2)  原告は、被告との間で、平成13年ころ、次の約定のANAスーパーフライヤーズ VISAゴールドカード用海外旅行傷害保険契約(本件保険契約)を締結した(乙1)。

ア 被告は、原告に対し、原告が旅行期間中に携行品(カメラ、宝石、衣類等)が盗難・破損・火災等の偶然な事故にあって損害を受けた場合に原告が被った損害額に対して保険金を支払う。

イ 携行品とは、被保険者(原告)が所有かつ携行する身の回り品をいう。

ウ 置き忘れまたは紛失による事故に対しては保険金を支払わない。

エ 損害額は、購入額から減価償却した時価額(修理可能な物は時価を限度として修理費)を指す。ただし、1個、1組又は1対について10万円を限度とする。

オ 被告が支払うべき保険金の額は、損害額から、1回の事故ごとに損害額のうち3000円を差し引いた残額とする。

(3)  原告は、平成14年8月3日から同年9月1日まで、研究のためドイツ連邦共和国に滞在していた(甲3、原告本人)。

(4)  原告は、同年8月16日午後2時ころ、ドイツ連邦共和国フライブルク市フライブルク大学研究棟(KG2棟)4階において、原告の所有する一眼レフカメラ(キャノンEOS300型)(本件カメラ)及び付属品(フィルター・電池・ケース・フィルム)を備え付けのロッカーに入れて扉を閉じたが、南京錠を施錠しようとしたところ、知人に声をかけられたことから、未施錠のまま、知人に同行して同棟1階のカフェテリアへ行き、約30分後、上記ロッカーに戻ると本件カメラ等は失われていた(甲2、5、原告本人)。

(5)  原告は、同年9月14日、被告に対し、本件カメラ等の損害について保険金を請求したが、被告は、同月27日、本件カメラは本件保険契約における保険の目的である携行品に該当しないとして保険金の支払を拒絶した(甲3、4)。

2  争点

(1)  本件カメラは携行品(被保険者が旅行行程中に携行する被保険者所有の身の回り品)であるか。

(原告の主張)

本件カメラは携行する被保険者所有の身の回り品にほかならないので、携行品にあたる。

(被告の主張)

ア 「携行品」といえるためには被保険者の支配・管理が及んでいる必要がある。

イ 原告は、本件カメラをロッカーに入れて鍵をかけないまま約30分にわたって、その場を離れていたのであるから、被保険者の支配・管理が及んでいるということはできず、本件カメラは携行品にあたらない。

(2)  本件事故が置き忘れ又は紛失による事故にあたるか。

(被告の主張)

原告は、本件カメラを、院生の誰もが使用可能なロッカー内に鍵もかけずに置いているところ、鍵がかかっていないロッカーを後に開けた者が見れば誰かが本件カメラを置き忘れたと判断するのが通常であり、客観的には「置き忘れ」といえる。

(3)  被保険者の悪意又は重大な過失(商法641条)による損害に該当するか。

(被告の主張)

原告は、ロッカーに鍵をかけずに物を入れておけば盗まれるおそれがあることを認識していたにもかかわらず、本件カメラを保管したロッカーの鍵をかけなかったのであるから、原告には、本件カメラの盗難について未必の故意又は重大なる過失が認められる。

(4)  損害額

(原告の主張)

本件カメラの時価は6万0600円である。

(被告の主張)

本件カメラの時価は明らかではなく、購入後1年ないし2年以上経過したカメラの時価はかなり低下しているはずであり、かつ、3000円の免責部分があるので、6万0600円の損害額は認められない。

第3  争点に対する判断

1  争いのない事実と証拠(甲2ないし5、乙1、2、原告本人)によれば、本件について次の事実が認められる。

(1)  原告は、平成12年ころ、ドイツ連邦共和国において本件カメラを代金5万円ないし6万円で購入した。

(2)  原告は、平成14年8月3日から研究のためドイツ連邦共和国に滞在していた。

(3)  ドイツ連邦共和国フライブルク市フライブルク大学研究棟(KG2棟)4階にはロッカーが廊下の壁側一列に数本設置されている。ロッカーは高さ1.8メートル、幅1メートル、奥行き0.5メートル程度の大きさであり、約15個に仕切られ、それぞれに扉がついていて扉を閉めると中は見えない構造になっている。扉には、錠前用の穴があり、南京錠を取り付けることができるようになっている。

(4)  ロッカーは、教授、秘書官、院生のために設置されたものであるが、主に自己の研究室をもたない院生が鞄や自己の所持品を入れておくために使用している。ロッカーのそれぞれの戸棚の使用者は特定していない。

(5)  ロッカーを利用する者には、施錠する者と施錠しない者とがおり、施錠して利用する者が過半数である。原告自身は、同大学滞在中、扉に施錠して利用していた。

(6)  上記研究棟には外来者も自由に出入りできるが、4階には学部学生の出入りする教室はなく、研究室しかないため、普段から人影はまばらであった。

(7)  原告は、同月16日午後2時ころ、本件カメラ及び付属品を上記ロッカーに入れて扉を閉じた。

(8)  原告が、扉に南京錠を施錠しようとしたところ、知人に声をかけられて同棟1階のカフェテリアへ向かい、施錠しないままになった。

(9)  原告が、約30分後、上記ロッカーに戻ると本件カメラ等は失われていた。

(10)  原告は、同月21日、現地のフライブルク北警察署に赴き、上記事故を届け出たところ、窃盗と認定する証明書の交付を受けた。

2  1の認定事実を前提として、本件の争点について判断する。

3  争点(1)(本件カメラが携行品(被保険者が旅行行程中に携行する被保険者所有の身の回り品)であるか)。

(1)  上記のとおり、本件保険契約においては、保険の目的物は、具体的に特定されておらず、携行品(カメラ、宝石、衣類等)とのみ定められており、携行品とは被保険者が所有かつ携行する身の回り品をいうとされている。

(2)  保険の目的物の定め方としては、必ずしも契約当初から具体的に特定されていることは必要ではなく、一定の標準によってその範囲が限定されていれば足りると解され、「被保険者が所有かつ携行する身の回り品」という標準であっても、これを合理的に解釈することによって、その具体的な内容を特定することが可能である。

(3)  上記認定のとおり、本件カメラは原告が購入したものであって原告の所有する物であり、また、携行品の例示として、カメラ、宝石、衣類が挙げられていることからすれば、本件カメラは原告の身の回り品である。

(4)  問題は、本件カメラが原告の携行するものであるか否かである。「携行する」という表現からすれば、これを被保険者が通常携行する物というように、保険の目的物の具体的な状態と切り離して理解することや、携行する目的で所持していた物というように主観的な目的から限定すること、あるいは携行して出国した物というように保険事故以前の状態から限定することはできず、保険事故当時に「携行する」といえる状態にあったか否かを基準としているものと考えられる。

したがって、本件カメラの保管状況等を離れて、原告が本件カメラを出国時に携行していたことから、直ちに本件カメラを携行品であるとすることはできない。

(5)  そして、字義通りであれば、「携行」とは、携えて行くことであり、身に付けたり手に提げたりして持っていくことを意味するから、原告が「携行する」とは原告が旅行中、現に身に付けたり手に提げたりしている物に限られるものとすることも考えられる。このように考えれば、ロッカー内に置かれていた本件カメラが携行品に該当する余地がないことになる。

(6)  逆に「携行する」を現に身に付けたり手に提げたりしていることに限られるのではなく、被保険者が客観的に保険の目的物を支配・管理していた場合をも含むものと考えることもできる。

(7)  証拠(乙3)によれば、被告は、「携行」は、<1>被保険者が保険の目的物を自分の身につけるか、持ち歩いている場合(物理的携行)、<2>被保険者の身体周辺に置かれた保険の目的物で、場所的・時間的に被保険者の直接支配下・管理下にあると判断できる場合(チェックアウトの際、足下に置いた手荷物が盗難にあった場合、ロビーで歓談中にイスに置いてあったバッグを盗まれた場合)、<3>排他的な状況下で被保険者が客観的に保険の目的物を支配・管理していると判断できる場合(ホテルの自室にあった貴重品がドアの鍵を壊して侵入した泥棒に盗まれた場合、遊園地内のコイン・ロッカーに保管していた手荷物が鍵を壊され盗まれた場合、食事のためレストランの駐車場に施錠して駐車していた車の中の手荷物が、ドアの鍵を壊され盗まれた場合)をいうと解釈しており、例外として、<4>法律や規則、慣習などにより、保険の目的物を一時的に第三者に寄託せざるを得ないときは、当該第三者の支配・管理下にあると同時に「被保険者が携行」しているものとみなす(航空機内に持ち込めないスーツケースを航空会社に預けたが、到着地で中身の一部が盗まれていた場合)ものとしている。

被告の上記解釈運用は、「携行する」を現に身に付けたり手に提げたりして持っていくことに限定することなく、原告が客観的に保険の目的物を支配・管理していた場合のうち特定の場合についてはこれを含めているものと解される。

(8)  確かに、被保険者が、旅行中、現に身に付けたり手に提げたりしている物に限られるとすれば、本件保険契約によって損害が填補される事例はあまりに限られてしまうことになるから、損害保険の解釈としては相当ではなく、被保険者が現に身に付けたり手に提げたりしている物と同程度に客観的に保険の目的物を支配・管理していた場合をも含むものと解するのが相当であろう。

(9)  ところで、上記認定事実からすれば、原告は、本件カメラを4階にあるロッカーの中に入れたまま約30分間1階にある喫茶室にいたものであるから、原告は本件カメラを字義通り現に身に付けたり手に提げたりしていたものではないことはもちろん、物理的に近接した場所にいたものではないと認められる。

また、ロッカーの各戸棚について使用者は決まっておらず、どの戸棚を誰が使用してもよい形式であり、施錠して利用しているのが過半数であるのに、原告は扉は閉めたものの、錠を掛けないままにその場を離れていることからすれば、原告は、本件カメラを客観的に支配・管理していたとも認められない。

(10)  したがって、いずれにせよ、本件カメラは原告の「携行する」物には該当しないというべきである。

4  したがって、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求には理由がないことが明らかである。

第4  結論

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとする。

(裁判官 吉川愼一)

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