大阪地方裁判所 平成14年(ワ)3273号 判決 2004年6月09日
第1事件・第2事件原告
X(以下,単に「原告」という。)
訴訟代理人弁護士
河村学
同
村田浩治
同
中西基
同
井上耕史
同
大西克彦
第1事件被告
株式会社パソナ(以下,単に「被告パソナ」という。)
代表者代表取締役
A
訴訟代理人弁護士
安西愈
同
外井浩志
同
渡邊岳
同
岩本充史
同
近藤麻紀
第2事件被告
株式会社ヨドバシカメラ(以下,単に「被告ヨドバシカメラ」という。)
代表者代表取締役
B
訴訟代理人弁護士
野島親邦
主文
1 被告パソナは,原告に対し,25万円及びこれに対する平成13年11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告パソナに対するその余の請求及び被告ヨドバシカメラに対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の20分の1と被告パソナに生じた費用の10分の1を被告パソナの負担とし,原告及び被告パソナに生じたその余の費用と被告ヨドバシカメラに生じた費用を原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 第1事件
被告パソナは,原告に対し,288万6000円及びこれに対する平成13年11月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第2事件
被告ヨドバシカメラは,原告に対し,288万6000円及びこれに対する平成13年11月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,被告パソナに対し,主位的には,同被告との間で労働契約を締結した原告を違法に解雇したとし,予備的には,仮に同被告との間の労働契約が成立しておらず又は前記解雇が適法であったとしても原告の就労を確保すべき信義則上の義務に違反したとして(第1事件),また,被告ヨドバシカメラに対し,主位的には,同被告が被告パソナとの間で業務委託契約を締結したことにより,原告と被告ヨドバシカメラとの間に労働契約が成立していたが,前記業務委託契約を破棄することにより原告を違法に解雇したとし,予備的には,仮に労働契約が同被告との間で成立していなかったとしても,同被告が原告の就労を確保すべき信義則上の義務に違反したとして(第2事件),被告らに対し,不法行為ないし債務不履行に基づき,被告らの前記行為による逸失利益などの損害金及びこれに対する解雇(就労拒絶)の日ないしその前日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各自支払を求めた事案である。
1 争いのない事実(被告パソナ関係)
なお,原告と被告ヨドバシカメラとの間では,後記(1)の第2文の事実及び後記(6)のうち研修と写真撮影が行われたことは争いがない。
(1) 被告パソナは,労働者派遣事業等を業とする株式会社である。被告ヨドバシカメラは,写真機及び写真機材の販売等を業とする株式会社である。
(2) 被告パソナは,平成13年9月23日,朝日新聞に,同年11月に大阪駅前に開店する大型商業施設のオープニングスタッフ400名を募集する旨の求人広告を出した。
(3) 原告は,同年10月12日,被告パソナの面接を受けた。その際,原告は,被告パソナから,定期健康診断や昇給制度についても記載されている販売スタッフ募集要項を手渡され,そこに記載されたB要員(1日の勤務時間6時間,時給1000円,出勤形態としては週3,4日出勤)を希望する旨の説明を受けた上,適性検査と売場・勤務時間の希望についてのアンケートを受け,適性検査とアンケートの回答書を被告パソナに提出した。
(4) 原告は,同年10月13日,被告パソナから選考結果通知書の交付を受けた。
前記書面には,「慎重に選考を重ねました結果,下記条件下による〔準内定〕と決定いたしました」,「〔準内定〕とは正式な内定ではありませんが,〔内定〕に準ずるものであり内定者に欠員が生じた場合のみ,繰り上げ〔内定〕となる権利を有します。」,「この〔準内定〕という登録は,貴方を何等拘束することなく何等義務も生じません。ただし,他の勤務先が決定した場合には,必ず弊社へご連絡くださいますよう,よろしくお願い申し上げます。」という文言が記載されていた。
(5) 原告は,同年11月8日,午後1時30分から午後4時30分まで,阪急ターミナルビル11階の被告パソナの事務所で研修を受けた。
研修の内容は,販売員研修として接客の基本のシミュレーションをして実施するなどであった。原告は,その際,販売員研修の手引きを受け取り,給与の銀行振込依頼書の提出を求められ,これを提出した。
(6) 原告は,同年11月12日,午前9時から午後1時30分まで被告ヨドバシカメラのマルチメディア梅田店(以下「本件店舗」という。)内の研修室において,研修を受けた(当初の予定は午後6時までであった。以下「本件研修」という。)。
本件研修では,被告ヨドバシカメラの役員や経営理念,出退勤時の挨拶,金銭の授受方法等,店内暗号,被告ヨドバシカメラが実施するゴールドポイントカードの制度の仕組み等の説明が行われた。
本件研修の際には,本件店舗の入店証を作成するための写真撮影も行われた。それに先立って,別室に約6名の男女が呼ばれ,「女性は髪の色が明るすぎて,男性は長すぎるので今日は撮影ができない。いつまでに直しますか。」と一人ずつ聞かれた。
本件研修の際には,研修参加者は,被告パソナに対し,「誓約並びに承諾書」と題する書面を提出した。もっとも,原告自身は,当日印章を持参しなかったことから,その書面を持ち帰り,後日提出することとなった。その内容は,原告が,被告パソナとの有期プロジェクト雇用契約に基づき,同被告が被告ヨドバシカメラ(本件店舗)から受託した業務を遂行するに当たり,業務の適正な遂行,契約期間中・契約期間終了後の個人情報・業務情報等の保持,業務上の不法行為に対する損害賠償責任等を承諾・誓約するものであった。
また,原告は,被告パソナからスタッフコードを割り当てられ,出勤スケジュール表の交付を受け,これを被告パソナに提出するよう指示された。シフトについては,入社式の時に渡す旨の説朋を受け,入社式及び入社時オリエンテーションを同年11月19日に行う旨の案内文書の交付を受けた。
(7) 原告は,同年11月13日,被告パソナに対し,前記指示に基づき出勤スケジュール表をファクシミリにより送信した。
原告は,同月16日,被告パソナ大阪支店のCからの伝言が留守番電話に入っていたため,Cに電話をかけた。
(8) 被告パソナは,同年11月20日,原告に対し,本件店舗での仕事がなくなった旨を電話で連絡した(以下「本件就労拒絶」という。)。
(9) 本件店舗は,同年11月22日に開店した。被告パソナは,同日,原告に対し,電話をかけ,代わりの仕事を案内するよう努力する,案内できなかった場合にはお詫び金を支払う旨説明し,再度連絡する旨述べて,電話を切った。
(10) 被告パソナは,同年11月26日,原告に対し,紹介する仕事がまだ決まらない旨連絡した。その後,被告パソナからエステのテレホンアポイントの仕事の紹介があったが,原告は,仕事内容が全く異なることを理由に断った。
(11) 被告パソナCS部長のD(以下「D部長」という。)は,原告に電話をかけ,「お詫び金として3万2000円を支払います。お詫び金を支払って終わりというわけではなく,お仕事を案内します。」との連絡をした。
(12) 被告パソナは,原告に対し,同年12月1日付けで,本件について迷惑をかけたことのお詫びとして3万2000円を原告指定の銀行口座に振り込む旨を記載した文書を送付した。
D部長は,同年12月4日,原告に電話をかけ,原告の銀行口座への振込手続を中止することはできない旨説明したところ,原告は,受領書は出せない旨述べた。
(13) 被告パソナは,同年12月5日,原告の銀行口座にお詫び金として3万2000円を振り込んだ。
(14) 原告は,地域労組とよのに連絡し,地域労組とよのは,被告パソナとの間で4回にわたり原告に対する賃金の支払や損害賠償等について団体交渉を行った。被告パソナは,地域労組とよのに対し30万円の支払を提案したが,合意には至らなかった。
2 争点
(1) 第1事件
ア 原告と被告パソナとの間の労働契約の成否
(原告の主張)
(ア) 被告パソナは,従業員募集に応じた原告に対して面接を行い,平成13年11月2日ころ,同被告からの採用決定を電話により通知をすることで労働契約を申し込み,原告はこれを承諾したのであるから,この時点で原告と同被告との間に労働契約(以下「被告パソナとの労働契約」という。)が成立した。
(イ) 仮にそうでないとしても,被告パソナは,原告の採用を前提として,同年11月8日に原告を従業員研修に参加させて,給与の銀行振込依頼書や個人情報を記載した基本マスター入力シートを提出させ,同月12日には本件研修にも参加させた上,原告ほか研修参加者をスタッフと呼称し,スタッフコードを配布し,誓約並びに承諾書,出勤スケジュール表や制服のサイズの記入・提出を求め,入社式の案内を通知し,就業先である本件店舗の入店証作成のための写真撮影を行うとともに,髪の染め直しの指示をするなど,原告を従業員として取り扱い,その後には,選考に必要な行為を何らしなかった。一方,原告は,就業する意思で従前就業していた会社に対し,退職の意向を示し,被告パソナの前記要求に応じていた。したがって,遅くとも同月12日の時点で,被告パソナとの労働契約は成立した。
(被告パソナの主張)
(ア) 被告パソナは,本件店舗での業務に従事する労働者については,出席するか否かは応募者の任意に委ねられていた2度の研修を終了した者の出勤が可能なスケジュールなどを考慮し,最終的に応募者と話し合った上で雇用契約を締結する予定であり,どの応募者に対しても内定の決定をしたわけではない。
原告に対しても,準内定の通知は行ったが,採用を決定した旨の話はしておらず,雇用契約書も取り交わしていないばかりか,雇入通知書も交付していない。週何日働くのかというような基本的な労働条件についてすら確定していなかったのであるから,被告パソナとの労働契約は成立していない。
(イ) 原告に各書類を配布したのは,本件店舗の開店が迫っており,採用が正式に決定した後にそれらを回収していたのでは,事務手続が煩雑になるからである。
基本マスター入力シートについても,被告ヨドバシカメラから,本件店舗に入店するために必要であると言われたため,応募者に記載を求めたにすぎない。スタッフコードは,被告パソナにおいて採用選考過程から個人情報を適正に管理するために各個人ごとに付されている番号のことであり,その配布と労働契約の成立の有無とは関係がない。出勤スケジュール表の提出を求めたのは,万一内定者の中から辞退者が相次ぎ,準内定者から採用を検討することとなった場合,準内定者の出勤可能日等をあらかじめ把握し,補充に当たっての選考材料の一つとするためであり,労働契約が成立したことを前提とするものではない。しかも,そもそも,原告は,誓約並びに承諾書を提出していない。
イ 本件就労拒絶が違法か否か。
(原告の主張)
(ア) 本件就労拒絶は,原告の適格性を理由としたものではないから,被告パソナの内定取消しすなわち留保解約権の行使の問題ではなく,通常の解雇である。
(イ) 被告パソナが行った前記解雇が解雇権の濫用に当たるか否かは,整理解雇の4要件を厳格に適用して判断されるべきである。
a 人員整理の必要性の不存在
被告パソナが主張する後記業務委託契約においては解除条項が特に定められていないため,同被告の側に法定解除事由がない限り,被告ヨドバシカメラは前記契約を解除することができない。したがって,被告パソナは,被告ヨドバシカメラに対し,前記契約の履行を求めることが法的に可能であり,同被告がそれに応じない場合でも,業務委託代金を請求することにより,原告に賃金を支給することはできたのであるから,原告ら労働者を解雇する必要は全くなかった。
b 解雇回避努力義務の不履行
被告パソナは,就労を予定していた労働者について,自主退職をするかどうかや,他の派遣就労の可能性も考慮せずにいきなり全員を解雇しており,そこに何らの解雇回避努力も認められない。
また,被告パソナのような大手派遣会社であれば,原告に対し,同種の業務や就業場所を確保し,解雇を回避することは容易であるにもかかわらず,解雇を前提に次の派遣就業として全くの異業種であるエステのテレホンアポイントの仕事を1件紹介したのみで,他に解雇を回避する努力を何らとることなく,原告を解雇した。
c 手続の妥当性の不存在
被告パソナは,原告に対し,解雇の必要性や解雇に至った経緯などを説明し,誠意を持って協議すべき信義則上の義務があるのに,原告が説明を求めても,「ヨドバシカメラの仕事はなくなった。」と言うだけで,解雇した。
したがって,本件就労拒絶は,いわゆる整理解雇の要件を満たさず,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当として是認することができないから,権利の濫用であり,違法というべきである。
(ウ) 使用者による解雇権濫用の有無を判断するに際しては,解雇に至る使用者の帰責性も当然に考慮されるべきであり,確実に就業場所を提供できるか,賃金の支払を履行できるかなどについて相当な準備・手当てもせずに労働者を採用した場合には,使用者の予定していた方針の実現如何にかかわらず,労働者に対する賃金の支払を少なくとも相当期間は引き受けたというべきであって,その期間中は解雇できないというべきである。
本件では,被告パソナは,平成13年9月14日に被告ヨドバシカメラと締結した本件店舗の販売業務に関する委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)につき書面による合意もしておらず,その具体的内容,期間,実施方法等についても何らの定めもないか,被告ヨドバシカメラの確認がないにもかかわらず,労働者募集の広告をし,原告らの採用を決定した上で本件研修を行わせ,労働契約上の手続書類を提出させるなどしたのであるから,被告パソナがした解雇は,解雇権を濫用する違法な行為というべきである。
(被告パソナの主張)
仮に被告パソナとの労働契約が成立したとしても,それは解約権を留保した労働契約が成立したにすぎず,同被告は同契約の始期が到来する前に留保解約権を行使したものであって(採用内定の取消し),これについては,以下のとおり,客観的,合理的理由があるから,違法な点はない。
(ア) 被告パソナとの労働契約は,就業場所が本件店舗,職種が本件店舗における接客,商品説明,販売,在庫管理,備品管理,伝票チェック,入庫管理にそれぞれ限定され,雇用期間を平成13年11月22日から同年12月5日までとするものであった。
そして,本件業務委託契約が解除された以上,前記販売業務に限定して採用する予定の者については従事予定業務が消滅し,被告パソナとの労働契約に基づき被告パソナが原告を就労させることは不可能となった。
被告パソナは,本件業務委託契約の解約を了承したことはない。また,そもそも被告パソナは被告ヨドバシカメラの希望する人材を提供する義務を負っているわけではないし,被告パソナが募集した労働者の質が被告ヨドバシカメラの求める水準に達していなかったということもないから,本件業務委託契約の解除について,被告パソナには何ら責めに帰すべき事由はない。
(イ) 整理解雇の4要件に準じて判断するとしても,前記採用内定取消しが正当であることは,以下のとおり明らかである。
a 本件は,本件業務委託契約の解除によって原告らの従事予定の業務が消滅したことに基づく採用内定の取消しであって,いわゆる人員整理の必要性を満たしていることは明白である。
b 被告パソナとの労働契約の内容は,就業場所を本件店舗に限定し,職種を商品販売業務に限定するものであるから,その従事予定の業務が消滅してしまった以上,他に配転するなどの内定取消しを回避する手段は存しないのであり,この点についても内定取消しを選択することはやむを得なかった。
なお,前記のように従事業務と就業場所が限定された者について,他の就業先を確保する義務があるとはいえないし,被告パソナは原告に対してその就労を極力確保するための努力を行っていた。
c 対象人員の選定に関しても,本件が従事予定の業務の消滅に起因するものである以上,当該業務に従事する予定の者を対象とすることが相当であるし,他の業務に従事している者や他の業務の内定者を対象とすることは,到底相当性が認められないのであって,原告らを内定取消しの対象とせざるを得ないことは当然である。
d 被告パソナは,原告をはじめとする百数十人にも及ぶ応募者に連絡をとり,事情を説明し,お詫び金の支払を申し出てそれを実行するとともに,希望者に対しては派遣スタッフとしての登録を行ってもらった上で派遣業務を案内するよう努めてきたのであり,手続的にも相当な手段を尽くしたというべきである。
しかも,被告パソナとの労働契約は期間の定めのある契約であったのであり,このような有期雇用契約者の雇止めについては,いわゆる終身雇用の期待の下に期間の定めのない労働契約を締結している者を解雇する場合とはおのずから合理的な差異があるべきであるとされているのであるから,いわゆる整理解雇の4要件に準じて判断されるとしても,その判断は期間の定めのない契約に基づき雇用されている社員の場合と同様の厳格さが求められるものではないというべきであり,被告パソナのした内定取消しが相当性を欠くと判断される余地はない。
したがって,仮に被告パソナとの労働契約が成立したものとしても,本件就労拒絶は,適法な採用内定の取消しに当たるというべきである。
ウ 就労条件整備義務違反の有無
(原告の主張)
被告パソナは,原告ら労働者を募集し,原告に対し,採用を決定した旨通知し,研修を行ったり,雇用契約上の手続書類を提出させたり,入店証の写真を撮影するために髪の毛を染め直させ,本件店舗における就労に向けて従前の勤務先を退職して就労する準備をさせるなど,労働者を拘束して,就労と賃金取得への合理的期待を抱かせてきた。
したがって,被告パソナとしては,その期待を裏切らないように,原告との労働契約を締結するに際して,<1>本件業務委託契約を明確に締結しておくこと,<2>同契約に制裁条項を設けるなどして当該契約が安易に解除されないようにしておくこと,<3>就労先が失われることを原告に対して告知し,その予見を示した上で採用に応募するか否かを労働者が選択できるようにしておくこと,<4>被告ヨドバシカメラが当該契約の解除を申し出た際には,解除に合意せず,その理由を問い質し,契約不履行を理由とする損害賠償請求を予告するなどして契約の締結・維持に努めること,<5>被告ヨドバシカメラが解除を申し出た後は,同被告に対し損害賠償を請求するとともに,希望する労働者について同被告への直接雇用を働きかけるなどの代替手段を確保することなど,就労条件を整備し,これを維持すべき労働契約上の信義則に基づく義務を負っていたにもかかわらず,これらを怠った。
(被告パソナの主張)
(ア) 前記原告の主張<1>については,本件業務委託契約が成立していたことは,次のとおり疑問の余地がなく,仮に原告主張のような義務が認められるとしても,被告パソナに義務の不履行はない。
すなわち,被告ヨドバシカメラは,商品ごとの販売スタッフの割り振りを記載した書面を被告パソナに交付し,社名入りの広告を許諾し,平成13年11月12日には被告ヨドバシカメラのトレーナーによる本件研修を行い,入店用の写真を撮影し,被告パソナに自社の販売員行動基準を手交するなどしていたのであるし,被告パソナは,約700万円もの大金を投じて,募集広告を行い,応募者との面談,研修を繰り返し,被告ヨドバシカメラの担当者と打合せを重ねていた。
(イ) 前記原告の主張<2>については,そもそも制裁条項が設けられていない契約は遵守されないとの社会通念が存するわけではない。
また,前記制裁条項が,契約の無理由解除に対して損害賠償をする旨,あるいはその予定をする旨の条項のことであれば,一方当事者がそのような制裁条項を契約内容として織り込みたいとの希望を持っていたとしても,相手方当事者がそれに応じなければ当該条項を契約内容とすることはできないのであって,原告の主張は,実行不可能な義務を課すものであり,妥当ではない。
(ウ) 前記原告の主張<3>については,原告らの募集をした時点において,契約の存続を疑わせるような事情があったのであれば格別,そのような事情の全く認められない本件においては(被告ヨドバシカメラは,本件研修の際に,受講者の立ち居振る舞いについてはほとんど問題にしておらず,その質が同被告の求める水準に達していなかったということはないどころか,むしろ被告パソナの募集広告に「ヨドバシカメラ」の名称を使用することを認め,解約直前まで応募者に対する研修を行うなどしており,契約内容の実現に極めて積極的であった。),原告主張のような告知義務が被告パソナに認められる余地はない。
(エ) 前記原告の主張<4>については,被告パソナとしては契約解消という事態をくい止めるべく,被告ヨドバシカメラから本件業務委託契約を解除された後も,同被告を訪問し,契約解消の撤回や一部の応募者についての直接雇用の実現を要請したが,被告ヨドバシカメラからは何ら具体的な回答はなく,結果的にかなわなかったのであり,損害賠償の予告をしたとしても同被告側の契約解消の意思が堅い以上,契約の維持は不可能であって,契約の維持に努めるというような完全に実行することが不可能な内容を法的義務として課すことは許されないというべきである。
(オ) 前記原告の主張<5>については,我が国の契約法の基本的建前は,責めに帰すべき事由により債務を履行し得なくなった者は,相手方に対し原則として金銭によりその被った損害を賠償するというものであるから,被告パソナに被告ヨドバシカメラとの関係で,被告パソナに応募してきた者の直接雇用を求める権利があるとは到底考えられないし,同被告に応募してきた者の被った損害の賠償を請求すべきであるとの点についても,そのような事後的な対応をもって事前の就労条件を整備しておくべき義務の内容として挙げることは相当ではない。
したがって,原告主張の債務については,被告パソナは,そもそも,そのような債務を負わないか,あるいは,仮に負うとしても履行しているというべきである。
また,被告パソナとしては,原告のように従事業務の内容及び就業場所が限定された者について,従事予定の業務が消滅した場合,他の業務や就業場所を確保してまで内定者を採用すべき義務を負うものではない。
(2) 第2事件
ア 訴権の濫用の有無(本案前の抗弁)
(被告ヨドバシカメラの主張)
原告は,平成14年4月4日,被告パソナに対し,本件訴訟(第1事件)を提起したが(なお,被告ヨドバシカメラに対する訴訟提起は同年10月7日である。),被告パソナは,本件訴訟に先立つ同年1月30日,原告に対し,金額的に十分な30万円の和解金を提示した。
しかも,被告パソナとの労働契約は,遅くとも同年3月31日には雇用期間が満了していたし,原告は,同月2日にはパートタイマーの仕事を開始しており,これ以降については安定した収入を見込むことができた。
ところが,原告が,賃金計算の期間を同年11月30日までと不当に長く設定して損害額を過大に見積もり,これを前提に50万円の慰謝料額や25万円の弁護士費用などまでも損害に加えて,被告らに対して本件訴訟を提起したのは,紛争を不必要に拡大,長期化させることを目的としたものであって,被告ヨドバシカメラに対する訴えの提起は,訴権の濫用に該当するというべきである。
(原告の主張)
争う。
イ 原告と被告ヨドバシカメラとの間の労働契約の成否及び解雇の違法性の有無
(原告の主張)
(ア) 使用者と労働者との間に個別的な労働契約が成立したというためには,両者の意思の合致が必要であるとしても,労働契約の本質を使用者が労働者を指揮命令し,監督することにあると解する以上,明示された契約の形式のみによることなく,当該労務供給形態の具体的実態を把握して,両者間に事実上の使用従属関係があるかどうか,この使用従属関係から両者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるかどうかをも検討し,労働契約の成否を判断すべきである。特に,本件のように労務提供の相手方と形式的に賃金を交付する使用者が別個に存在する場合には,客観的に推認される契約意思を,一個の使用者だけに限定することは到底できないというべきである。
被告らは,被告パソナが雇い入れた原告ら労働者を本件店舗において被告ヨドバシカメラの指揮命令下で働かせることを合意し,被告ヨドバシカメラは,被告パソナが原告に対して採用決定通知をした平成13年11月2日の時点で,自らが指揮命令して就労させる労働者として,原告を被告パソナに確保させた。
そして,被告ヨドバシカメラは,被告パソナが供給する原告を含む労働者に対して本件研修を実施するとともに,髪の染め直しを指示するなど被告ヨドバシカメラの服務規律に従うことを要求し,業務開始後は,前記労働者が就労した労務提供の対価として労働者一人当たりの時間単価に労働者の就労時間を乗じて算出する費用を被告パソナを通じて原告ら労働者に支払う意思を有していた。
また,被告ヨドバシカメラは,同被告と被告パソナとの契約を解除することにより,原告の地位の得喪に決定的な支配力を有していた(なお,被告ヨドバシカメラ代表者は,本件訴訟において,適式の呼出しを受けながら,尋問期日に出頭しなかったのであるから,裁判所は,民事訴訟法208条に基づき,本件業務委託契約が成立しているとの原告の主張を真実と認めるべきである。)。
以上によれば,被告らは,ともに使用者として原告を使用し,対価を支払う意思を有していたといえる。
しかも,本件業務委託契約は,職業安定法44条に違反する違法な労働者供給事業であり,労働者派遣事業の適正な運営及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)所定の手続を踏まず,期間制限にも抵触する違法な労働者派遣契約でもある。
一方,原告ら労働者においても,被告らが共同で行う指揮命令に従って,本件店舗での販売業務活動に従事する意思を有しており,かつ,被告らがともに労務提供の相手方であるという認識を持っていたのであるから,原告と被告ヨドバシカメラとの間に黙示の意思の合致があったといえる。
したがって,原告と被告ヨドバシカメラとの間には,社会類型的に労働契約から生ずる関係と同視し得る使用従属関係が存在したということができ,原告と同被告との間においても労働契約が成立したものというべきである。
(イ) ところが,被告ヨドバシカメラは,平成13年11月12日,被告パソナに対し,本件業務委託契約を一方的に破棄し,原告を違法に解雇したものである。
なお,被告パソナとの労働契約においては,就業場所を本件店舗に限定していたのであるから,被告パソナが本件店舗以外の就業場所を紹介したとしても,原告がこれに応じる義務はなく,これを断ったことが雇用契約の解約の申出に当たるものではない。
(被告ヨドバシカメラの主張)
(ア) 原告の就労は未だ開始していなかったばかりか,原告に対する募集,面接,採用,賃金額の決定,研修,髪染めや散髪の指示を行ったのは被告ヨドバシカメラから独立性を有する被告パソナであり,しかも,被告らの間で本件業務委託契約は成立していなかったのであるから,原告と被告ヨドバシカメラとの間では,明示はもとより黙示の労働契約も成立していない。
また,仮に本件業務委託契約が労働者派遣法に違反するとしても,直ちに職業安定法に違反するわけではない。
(イ) 被告パソナとの労働契約においては,就業場所は,原告の生活拠点に近いという限度で意味を持っていたにすぎず,双方の事情に応じて,就労日時及び就業場所の調整を行って,雇用の確保を図ることが内容となっていた。ところが,原告は,被告パソナから,他の就業場所を打診されたにもかかわらず,これを拒絶したのであって,これは,原告が同被告に対し,同被告との労働契約の解約を申し入れたものということができる。
ウ 就労条件整備義務違反の有無
(原告の主張)
(ア) 就業場所を提供し,自己の指揮命令下に労働者を受け入れ,労働者の労働条件等を実質的に支配・決定している企業は,当該労働者に対して就労と賃金取得への合理的期待を抱かせているのであるから,その期待を裏切らないよう就労条件を整備しておくべき信義則上の義務を負う。
仮に被告ヨドバシカメラが労働契約上の使用者に該当しないとしても,同被告は,前記イの原告の主張のとおり,被告パソナに対して労働者の募集を依頼し,又はそれを容認した上で,被告パソナから供給される労働者の就労の対価として代金を支払うことを約し,前記労働者に対して,研修や入店証作成のための写真撮影,個人情報の収集,髪型についての指示,制服の支給を行うなど,実質的には使用者としての指揮命令を開始し,本件業務委託契約の成立・存続が被告パソナとの労働契約の存続及び原告の賃金取得の前提となっていたのであるから,被告ヨドバシカメラは,原告の労働者としての地位及び賃金取得を実質的に支配・決定していた。
したがって,被告ヨドバシカメラは,原告ら労働者の就労と賃金取得への期待を裏切らないよう配慮すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,本件業務委託契約を一方的に解消した上,原告ら労働者を直接雇用することもなく,就労の受入れを拒否して,原告ら労働者の就労と賃金取得への期待を裏切った。
(イ) また,仮に本件業務委託契約が未だ成立していなかったとしても,同契約は成立寸前の段階にあったのであるから,被告ヨドバシカメラとしては,不当に契約交渉を打ち切ることなく,原告の就労条件を整備しておくべき信義則上の義務があったのに,これを怠った。
(被告ヨドバシカメラの主張)
(ア) 被告ヨドバシカメラは,次のとおり,被告パソナとの労働契約における原告の労働条件等を実質的に支配・決定していたものではない。
a 被告パソナのような人材派遣会社においては,余剰人員を他の事業場に転用したり,単に人材登録だけしておいて,実際の派遣を行わないというようなことを日常的に行っているのであって,本件業務委託契約の締結が取り止めになったからといって,被告パソナとの労働契約の成立・存続に何らかの消長をもたらすものではない。
b そもそも,被告ヨドバシカメラは,被告パソナが本件業務委託契約のために新規に人員募集をすることについて,認容したことなどない。
被告パソナは,被告ヨドバシカメラに対し,本件業務委託契約を提案するに際し,被告パソナの既存の登録メンバーの中から選抜して十分に人材を供給することができるので,新規募集はしないと説明していた。
その後,被告パソナから募集広告をするとの話があったが,被告ヨドバシカメラとしては,人材派遣業界大手の被告パソナが登録人員拡大の一環として募集広告を行うものと考え,異論を差し挟むことは控えたが,この募集が単なる人材登録を超えて採用に直結するものとは考えていなかったし,まして本件業務委託のためだけに限定された人材募集として行うことを認めたわけではなかった。原告が募集に応じた広告に被告ヨドバシカメラ名が記載されなかったのも,そのためである。
被告パソナは,その後,被告ヨドバシカメラに対し,就業場所として被告ヨドバシカメラ名を広告内に記載することの了承を求めてきたが,被告ヨドバシカメラはこれを拒み続けた。そして,最終段階で就業場所の一例として本件店舗の名を広告に記載することをいったん認めはしたものの,結局,平成13年11月12日に本件業務委託契約の締結自体が取り止めになったものである。
しかも,被告パソナは,被告ヨドバシカメラに対し,仕事の緩急に応じた人員配置を実施する方法として,その人材ベースに基づき,多人数,短時間シフトによる多人数ローテーションを実施することを提案していたのであるから,提供される労働者の構成も臨機応変に変更されることが予想されたのであって,被告ヨドバシカメラとしては,被告パソナが本件店舗に限定した雇入れをするなどということは想定していなかった。
このように,被告ヨドバシカメラは,被告パソナが原告を本件業務委託契約にのみ関連する労働者として雇い入れることを認容したことはない。
c 委託代金の計算方法についても,被告ヨドバシカメラは,被告パソナから,労働者の人員数と時間数から算出するとの提案を受けていたが,未だ同意したわけではなかった。
したがって,本件業務委託契約の成立・存続が被告パソナとの労働契約の存続及び原告の賃金取得の前提となっていたことはなく,被告ヨドバシカメラが原告の労働条件等を実質的に支配・決定していたものではない。
(イ) 被告パソナは,被告ヨドバシカメラに対し,同被告の従業員と同等以上の資質を有する人材の提供を保障していたし,同被告の髪に関する服務規程を選抜者に周知徹底し,就業開始までに服務規程に適合させる義務があったが,本件研修では,立ち居振る舞いや挨拶といった点で問題のある者が多数おり,接客業務の基本である挨拶も満足にできそうにない者や年齢的にも上の者が何人もいたし,服務規程に反し,髪の毛を染めたり,髪が長すぎる者が何人もいて,到底,被告パソナには,被告ヨドバシカメラの従業員と同等以上の質を有する人材を選抜し,また,服務規程を周知徹底させ,これに反するかどうかをチェックする意思も能力もなかった。
そのため,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,本件業務委託契約を締結しない旨伝え,被告パソナもこれを了承した。
したがって,被告ヨドバシカメラが本件業務委託契約を締結しなかったことには合理的な理由がある。
仮に本件業務委託契約が成立したものと認められるとしても,被告ヨドバシカメラは,業務委託の話を取り止める旨伝え,同契約を債務不履行により解除したものである。
(ウ) 原告は,本件業務委託契約の成否にかかわらず,被告パソナに対しては賃金を請求することができるのであるから,被告ヨドバシカメラに対して損害賠償請求をすることはできないというべきであるし,原告が被告パソナに対して正当な権利を有しないのであれば,第三者である被告ヨドバシカメラに対する損害賠償請求権も成立する余地はないというべきである。
(3) 第1事件・第2事件に共通の争点
ア 被告らの損害賠償責任の関係
(原告の主張)
被告らの義務違反は相互に関連し,これが相まって,原告に一つの損害を発生させたのであるから,被告らは,原告に対し,連帯して損害賠償義務を負う。
(被告らの主張)
争う。
イ 原告に生じた損害の有無及びその額
(原告の主張)
(ア) 被告らの債務不履行又は不法行為による原告の損害は,次のとおり,合計288万6000円である。
a 得べかりし賃金相当額 212万1000円
原告は,被告らによる違法な就労拒否によって,労務提供が将来にわたって不可能な状態に追い込まれ,解雇の効力そのものを争うことを断念せざるを得ず,その結果,労務提供の対価である賃金請求権も消滅することになった。
被告パソナとの労働契約は,平成13年11月22日から平成14年3月31日までを形式的な契約期間とし,以後,いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新が予定されていたのであるから,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在し,原告も最低2年間は本件店舗で就労する意思を有していた。その契約内容として,時給1000円,就労は週6日,1日の就労時間は7時間であることが約されていたのであるから,原告の就労義務や賃金請求権は具体化・現実化しており,同契約が継続していれば,原告が当然賃金を得られたであろう期間は1年間を下回らない。
原告が,平成13年12月と平成14年1月には被告パソナに提出したスケジュール表どおりに勤務し,同年2月以降も同年1月と同様に月曜日を休日にして週6日間働くことを前提とすると,同年11月30日までの就労日は303日となり,得べかりし賃金総額は212万1000円となる。
b 毛染め代 1万5000円
原告は,被告パソナの指示で,本件店舗での就労のため,それまで茶色に染めていた髪の毛を黒く染め,本件就労拒絶後に,再び茶色に戻したため,その代金として合計1万5000円を支出した。
c 慰謝料 50万円
原告は,被告らとの労働契約が成立したことから,従前1年間勤め,今後も継続して就労する予定であった就労先を退職し,また,本件店舗で働くために交通費を自弁して研修を受けたり,髪の毛を黒く染めたりするなどして,現実的な就労の準備をしていたところ,その契約が被告らの一方的な都合で違法に解消され,原告はこれにより前記準備が水泡に帰すとともに,生活の見通しを失い,再就職の苦労を余儀なくされ,多大な精神的苦痛を被った。これを金銭に換算すると50万円を下回らない。
d 弁護士費用 25万円
原告は,本件の弁護士費用として25万円を支出した。
(イ) 原告が被告らによる解雇後に他所で就労したことによって得た賃金は,偶然の事情によって得たものであって,この解雇と同一の原因により生じた利益ではないから,損益相殺の対象にならない。
仮に前記賃金が損益相殺の対象となり得るとしても,それは,被告らとの労働契約において原告が就労義務を負っていた日に対応する部分に限られるし,賃金相当損害金額から控除することができるのは平均賃金の4割に限られる。
(被告パソナの主張)
(ア) 被告パソナとの労働契約は成立しておらず,原告に賃金が受けられない損害は発生していない。
原告は,被告パソナにおける就労が実現できなくなった後も,従前から勤務していた株式会社b店に勤務し続け,平成14年1月15日,被告パソナによる内定取消しとは関係なく,自らの意思で退職したのであるから,原告に逸失利益はない。
仮に被告パソナとの労働契約の成立が認められるとしても,その期間は,平成13年12月5日を終期とするものであり,それ以降の更新は保障されていなかった。
したがって,同月6日以降の更新を前提に,同日以降についても雇用契約が存続することを前提とする原告の主張は失当である。
本件は,解雇無効を主張し,雇用契約上の地位の有無を争って,解雇後の賃金を請求する事案ではないから,原告の逸失利益の計算に当たっては,前記期間にb店から得ていた金額全額を控除するのが相当である。
仮にそうでないとしても,前記期間に対応する平均賃金の4割に相当する金額を控除すべきである。
(イ) 原告自身,本件店舗での就労が実現していたとしても,髪は染めていた旨認めているのであるから,染髪代は,本件就労拒絶と因果関係のある損害ではない。
(ウ) 被告パソナが原告に支払ったお詫び金3万2000円は,原告の損害填補の意味を有することは明らかであるから,前記損害額から控除されるべきである。
(被告ヨドバシカメラの主張)
(ア) 原告と被告パソナの間では,原告の就労義務及びこれに対する同被告の賃金支払義務は,両者間で現実の就労日時を定める協議が成立した時点で現実化するものであったが,その協議は成立しなかったのであるから,原告の同被告に対する賃金請求権は未だ現実化しておらず,法的保護に値する権利であったとはいえない。
(イ) 原告は,本件就労拒絶前も,その後の2か月間も従来の仕事を継続していた。そして,平成14年3月2日からは賃金月額17万円程度でパートの仕事を行うことにより,平成13年12月から平成14年11月までの間に現実に得た給料総額は,原告提出の預金通帳写しの記載によると163万5310円となる(給料後払いとして,平成14年4月16日から同年12月16日分の給料額を合算)。
原告の請求は,損害賠償請求であるから,休業手当との均衡を考慮する必要はなく,賃金総額から中間収入の全額を控除すべきである。
また,原告は,被告パソナからお詫び金として3万2000円の支払を受けており,これを損害から控除すべきである。
(ウ) 被告パソナが平成13年12月4日にテレマーケティング業務を紹介したにもかかわらず,原告は,仕事内容が全く異なるとして,これを断った。しかし,原告は,本件店舗での業務に関しても,一般販売員候補者として選定されていたにすぎず,何らかの専門性を有していたわけではないから,原告が被告パソナの仕事紹介を仕事内容が異なるとの理由で拒絶するのは,合理的な理由によるものということはできない。
したがって,原告は,損害の拡大を回避することができたのに,理由なくその回避を怠ったものであり,相当因果関係がある損害には,このように不当に拡大した損害を含まない。
仮に原告が被告パソナの紹介に応じてテレマーケティング業務を行い,現在のパート業務と同様に月額17万円程度の賃金を得ていたとすれば,平成13年12月から平成14年2月までの3か月間に,合計51万円程度の給料を得ていたはずである。これは,得べかりし賃金相当額を超過しているから,原告には賠償請求をし得るような,得べかりし賃金相当額の損害は発生していない。
(エ) 原告のその余の損害も,得べかりし賃金相当額が発生したことを前提とする慰謝料や弁護士費用などの損害であるから,同様に生じないというべきである。
第3当裁判所の判断
1 事実関係
前記第2の1の争いのない事実,証拠(<証拠省略>)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 被告パソナは,平成13年6月ころ,被告ヨドバシカメラが本件店舗を開店するとの情報を入手し,同被告に対し,マルチメディア梅田ビル内において,人材サービスショップを設置して,本件店舗を含む各テナントに対する人材派遣を行い,それについて被告ヨドバシカメラに対し,売上の3パーセントを情報提供料として支払うという内容のREP契約の提案を持ちかけ,同年7月3日には,同被告肩書地にあるヨドバシカメラ総合センターにおいて第1回目のプレゼンテーションを行った。
その際,被告パソナは,人材については,同被告が有する人材ベースから選考し,接客態度等の事前研修を行う旨の説明をした。
しかし,被告ヨドバシカメラ側は,被告パソナに対し,マルチメディア梅田ビル内の各テナントの人材確保については,被告ヨドバシカメラが管轄できる事項ではないので,そのような契約を締結することはできないとして,その提案を拒絶したため,被告パソナは,本件店舗で実行可能な提案を行うことになった。
(2) 被告パソナは,同年8月,被告ヨドバシカメラに対し,本件店舗において200人を雇用したとした場合の,勤務体制の試案と,経費(要員給与3643万2000円とその1割の人事管理費)の概算見積書を提出した。
(3) 被告パソナは,同年9月14日には,本件店舗に被告パソナの要員を提供して,販売業務については,被告ヨドバシカメラの指揮命令に服させるが,被告パソナが,本件店舗内に要員管理デスクを置き,同被告からの派遣スタッフだけでなく,各メーカーからの出向者やヘルパー等の出退勤,就業管理,シフト管理等の人事管理業務を行う旨(外部人材の人事管理業務の一括実施体制)の提案をした。
そこでは,被告ヨドバシカメラが,被告パソナに対し,同被告が提供する販売要員一人当たりの時間単価にその就労時間と人数を乗じて算出した人件費とともに,それ以外の人材も含め人件費の1割に当たる管理費用を支払うことが前提とされていた。もっとも,被告パソナも,前記人事管理業務の内容は,被告ヨドバシカメラとの間で今後詳細に詰め,契約上具体的に確認する必要があるとしていた。
その際,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,売場ごとに必要な販売促進要員数(全体で200名)を記載した書面を交付した。
(4) 被告パソナは,同年9月23日,朝日新聞に被告ヨドバシカメラの社名を出さずに本件店舗のオープニングスタッフ400名を募集する求人広告を出した。
(5) 同年10月に入って,被告パソナは,被告ヨドバシカメラに対し,前記人事一括管理業務の委任を受けるための,業務委託基本契約書(案),業務委託個別契約書(案),機密保持契約書の雛形を交付した。
前記各契約書案においては,<1>業務委託個別契約が成立したときに基本契約はその内容となること,<2>業務委託個別契約は業務仕様書を作成し,それに双方が署名・捺印することにより成立すること,<3>業務委託の内容及び業務委託料金は業務仕様書において定めること,<4>被告パソナは委託業務を実施するために従業員の管理者を本件店舗に常勤させること,<5>被告ヨドバシカメラは,被告パソナの従業員に対し,本件店舗への立入りとロッカールーム等の施設・設備等の使用を認めるとともに,被告パソナに対し,前記要員管理者の事務室を賃貸すること,<6>被告ヨドバシカメラは,必要により被告パソナに対し,業務上,技術上,安全管理上等の指図・指導を行うことが盛り込まれていたものの,肝心の業務仕様書の内容は白紙の状態であった。
(6) 被告パソナは,同年10月9日,被告ヨドバシカメラに対し,人員配置の具体的な提案とその1か月当たりの経費(販売要員10名をモデルにそれを1チームとして20チームが必要である場合の人件費等)の見積もりを提示した。
その書面には,被告パソナが新たに人員を募集・採用し,研修を行う旨の記載がされていた。
(7) 原告は,平成12年10月22日からb店でパートタイマーとして時間給725円で稼働していたところ,平成13年9月15日をもって雇用期間6か月が満了するに当たり,就職活動をするために,同年8月31日に,同年9月16日から雇用期間を2か月に変更した上で,従前どおり,時間給を810円,週契約労働時間を27.5時間とするアルバイト労働契約を締結した。
そして,原告は,アルバイト情報誌「フロム・エー」の被告パソナの求人募集広告を見て,b店よりも広告記載の時給が高かったこともあって,それに応募し,同年10月12日には,被告パソナの面接を受けた。その当時,原告は,既に被告パソナの存在や同被告が人材派遣会社であることを知っていた。
前記面接の際,原告は,被告パソナから,定期健康診断や昇給制度の記載がされている販売スタッフ募集要項を手渡され,そこに記載されたB要員(1日の勤務時間6時間,時給1000円,出勤形態としては週3,4日出勤)を希望すること,販売マナー研修を同年11月12日から同月16日の間に,売場研修を同月19日から同月21日の間にそれぞれ実施し,契約期間として1回目が同月22日から同年12月5日,2回目が同月6日から同月31日までとし,そこで特段問題がなければ平成14年1月1日から3か月ごとに契約を更新する旨の説明を受けた上,適性検査と売場・勤務時間の希望についてのアンケートを受け,適性検査とアンケートの回答書を被告パソナに提出した。
(8) 原告は,平成13年10月13日,被告パソナから,選考の結果,内定に準ずる準内定となり,内定者に欠員が生じた場合に内定となる旨の選考結果通知書の交付を受けた。
被告ヨドバシカメラは,同月17日,被告パソナに対し,自社の販売員行動基準を交付した。
また,被告パソナは,被告ヨドバシカメラから,広告に同被告の社名を入れることの承諾を得て,同月21日ころ,新聞等に,被告ヨドバシカメラの社名を入れて本件店舗のオープニングスタッフ200名を募集する求人広告を出した。
同年11月に入って,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,売場ごとに必要な販売促進要員数(全体として平日120名,土曜日・日曜日200名)を記載した書面を交付した。
(9) 原告は,同年11月2日に被告パソナからの案内を受け,同月8日午後1時30分から午後4時30分まで,阪急ターミナルビル11階の被告パソナの事務所で研修を受けた。
研修の内容は,販売員研修として接客の基本のシミュレーションをして実施するなどであった。原告は,その際,被告パソナが作成した販売員研修の手引きを受け取り,氏名,生年月日,住所等の記入欄のある基本マスター入力シートへの記入や給与の銀行振込依頼書の提出を求められ,これを記入・提出した。
販売員研修の手引きには,職場のルール,販売員としての心構え,接客の仕方,被告ヨドバシカメラの服務規程に準ずる身だしなみを保つこと等が記載されているほか,前記事務所での研修後,被告ヨドバシカメラにおける研修も予定されていることが記載されていた。
(10) 被告パソナは,同年11月11日にも,朝日新聞等に,被告ヨドバシカメラの社名を入れて本件店舗のオープニングスタッフ150名を募集する求人広告を出した。
他方,被告ヨドバシカメラは,同日,被告パソナに対し,本件店舗での販売要員の管理を被告パソナに委託せず,自社において行う旨通告した。
(11) 原告は,同年11月12日午前9時から午後1時30分まで,本件店舗の研修室において本件研修を受けた。
本件研修を含めた本件店舗での研修は,同月12日から同月14日までの3日間で123名の出席者が予定されていた。
本件研修には,被告ヨドバシカメラ側からもEトレーナーが参加し,同被告の役員や経営理念,出退勤時の挨拶,金銭の授受方法等,店内暗号,被告ヨドバシカメラが実施するゴールドポイントカードの制度の仕組み等の説明が行われた。
本件研修の際には,本件店舗の入店証を作成するための写真撮影も行われた。それに先立って,別室に原告も含め約6名の男女が呼ばれ,Cら被告パソナの担当者から「女性は髪の色が明るすぎて,男性は長すぎるので今日は撮影ができない。いつまでに直しますか。」と一人ずつ聞かれたが,結局,その約6名に対しても,写真撮影は行われた。また,本件研修の際,研修参加者は,被告パソナに対し,誓約並びに承諾書を提出した。もっとも,原告自身は,当日印章を持参していなかったことから,この書面を持ち帰り,後日提出することとなった。この書面の内容は,原告が,被告パソナとの有期プロジェクト雇用契約に基づき,同被告が顧客である被告ヨドバシカメラ(本件店舗)から受託した業務を遂行するに当たり,業務の適正な遂行,契約期間中・契約期間終了後の個人情報・業務情報等の保持,業務上の不法行為に対する損害賠償責任等を承諾・誓約するものであった。
さらに,本件研修の際,原告は,被告パソナから,原告のスタッフコードを割り当てられるとともに,本件店舗のオープニングスタッフとして自信と誇りをもってご活躍くださいとの記載がされた「スタッフコードのご案内」と題する書面とヨドバシカメラ出勤スケジュール表の用紙,本件店舗での就労の際に着用する制服のサイズ表の各交付を受け,出勤スケジュール表と制服のサイズ表については,これに記入して被告パソナに提出するよう指示され,シフトについては,入社式の時に渡す旨の説明を受けた。さらに,原告は,同月22日から本件店舗に勤務する者の入社式と入社時オリエンテーションを同月19日に行う旨が記載された「入社式の御案内」と題する書面の交付を受けた。原告は,前記指示に基づき,制服のサイズ表については本件研修の際に被告パソナに提出し,出勤スケジュール表については,同月13日,ファクシミリで同被告に送信した。
(12) 本件研修が終わった同年11月12日の夜,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,研修参加者のレベルが被告ヨドバシカメラの社員のレベルとかけ離れているとして,被告パソナとの話を白紙に戻す旨通告した。
そのため,Cは,同月16日,原告の留守番電話に伝言を入れ,電話をかけてきた原告に対し,被告ヨドバシカメラから契約の見直し要請があり,開始日が確定できない状況である,調整を図っているが,合意に至らない場合には本件店舗での就労が不能となる旨説明した上で,待機するか,他の仕事の紹介を希望するか,それとも辞退するかを尋ねた。原告は,他の仕事の紹介を希望し,月曜日は学校に行くため,火曜日から金曜日の午前9時から午後5時までの仕事を希望すると答えた。
(13) Cは,同年11月20日,原告に対し,本件店舗での仕事がなくなった旨電話で連絡したところ,原告は,他の仕事の紹介を希望した。
(14) 本件店舗は,同年11月22日に開店した。Cは,同日,原告に対し,電話をかけ,代わりの仕事を案内するよう努力する,案内できなかった場合にはお詫び金を支払う旨説明し,再度連絡する旨述べて,電話を切った。
原告は,同日,b店との間の従前の前記アルバイト労働契約を,週契約労働時間を29.5時間に変更した上で,同月16日から2か月間更新する旨のアルバイト労働契約書を作成した。
そして,原告は,b店において,同年11月から退職するまで,以下のとおり,勤務して収入を得た。
出勤日数 実働時間 賃金額
平成13年11月 14日 80.5時間 6万8930円
同年12月 18日 114.5時間 9万9148円
平成14年1月 16日 113.75時間 10万1016円
(15) Cは,平成13年11月26日,原告に対し,原告が希望する条件の仕事がまだ決まらない旨連絡した。その後,被告パソナからエステのテレホンアポイントの仕事の紹介があったが,原告は,仕事内容が全く異なることを理由に断った。
(16) D部長は,同年11月30日,原告に電話をかけ,「お詫び金として3万2000円を支払います。お詫び金を支払って終わりというわけではなく,お仕事を案内します。」との連絡をした。原告は,お詫び金を支払って済ませようとする被告パソナの対応に納得できない,お詫び金よりも仕事のないことが問題である旨述べたが,D部長が,お詫び金を支払って終わりではなく,引き続き全力で代替の仕事の紹介をしていく旨説明したところ,原告は,お詫び金の受領自体は了承した。
(17) 被告パソナは,同年12月1日ころ,原告に対し,本件で迷惑をかけたことのお詫びとして3万2000円を原告の指定の銀行口座に振り込む旨を記載した文書を送付した。
原告は,振込予定日の前日である同月4日,被告パソナの大阪本社に電話をかけ,お詫び金の振込を中止してもらいたいと要請したため,D部長は,同日,原告に電話をかけ,原告の銀行口座への振込手続を中止することはできない旨説明したところ,原告は,受領書は出せない旨述べた。
(18) 被告パソナは,同年12月5日,原告の銀行口座にお詫び金として3万2000円を振り込んだ。
(19) 原告は,地域労組とよのに連絡し,地域労組とよのは,被告パソナとの間で4回にわたり原告に対する賃金の支払や損害賠償等について団体交渉を行った。被告パソナは,地域労組とよのに対し,30万円の支払を提案したが,合意には至らなかった。
(20) 原告は,平成14年1月15日付けで,b店との前記アルバイト労働契約の雇用期間が満了するのをもって退職する旨の退職願を同社に提出した。
2 争点(1)ア(被告パソナとの労働契約の成否)について
(1) 前記1で認定したとおり,原告は,被告パソナから,平成13年10月12日の面接の翌日に準内定となった旨の通知を受けていたところ,同年11月8日になって,被告パソナの事務所で販売員としての研修を受け,販売員研修の手引きの交付を受けるとともに,給与の銀行振込依頼書を提出し,さらに,同月12日に本件研修を受けた際には,本件店舗の入店証を作成するための写真撮影も行われるとともに,髪の毛の色を染め直すよう指示され,また,誓約並びに承諾書,出勤スケジュール表や制服のサイズ表を提出するよう指示されたほか,スタッフコードを割り当てられ,シフトについては入社式の時に渡す旨の説明を受け,入社式及び入社時オリエンテーションを同月19日に行う旨の案内文書の交付を受け,出勤スケジュール表についてはファクシミリで被告パソナに送信したものである。
他方,前記通知以後,被告パソナが,原告に対し,選考中であるなど不採用の可能性について何らかの説明をしたような事実は,証拠上,認められないのであって,前記1で認定したとおり,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,本件店舗において必要な要員を平日につき120名,土曜日・日曜日につき200名である旨通知していたのに対し,本件研修を受ける予定の応募者は123名にとどまっていたことも考慮すると,本件研修以後,前記入社式に至るまでの間には,被告パソナが原告に対して労働契約を締結するために特段の意思表示をすることが予定されていたとはいい難い。
この点,被告パソナは,本件研修の後,応募者と話し合った上で雇用契約を締結する予定であり,どの応募者にも内定の決定をしていない旨主張し,証人C及び同Fもこれに副う証言をしているが,以上の点に照らし,いずれも採用することができない。
また,前記1(11)の認定事実によると,本件研修の時点では,原告が本件店舗で勤務するシフトが決定していなかったことは確かであるが,前記1(7)で認定したとおり,時給や契約期間という最低限の要素については確定していたのであるし,前記1(11)で認定したとおり,原告が本件研修の時点で誓約並びに承諾書を被告パソナに対して提出しなかったのは,原告が当日印章を持参していなかったためにすぎず,被告パソナとの労働契約の締結を躊躇したためではないのであるから,原告のシフトが未定であったことは,同契約が成立したとの認定を妨げるものではない。
そして,被告パソナの担当者は,原告に対し,前記1(13)のとおり,本件店舗での仕事がなくなった旨の連絡をしているにすぎず(本件就労拒絶),証拠上,同被告が原告に対して内定には至らなかったとの説明をした事実は認められない。
(2) 以上によると,原告が被告パソナの求人に応募したのは労働契約の申込みであり,この申込みに対し,被告パソナは,前記(1)の本件研修までの一連の行為により,黙示の承諾を与えたというべきであって,これにより,原告と被告パソナとの間には,いわゆる採用内定の一態様として,労働契約の効力発生の始期を入社式の同年11月19日とする解約権留保付き労働契約が成立したものと認められる。
なお,原告は,同月2日ころ,被告パソナとの間で,労働契約が成立したと主張し,本人尋問においても,同被告から採用決定の通知を受け,その際,同被告の事務所での研修の案内を受けた旨供述し,原告作成の陳述書(<証拠省略>)にもその旨の記載がある。しかし,本件において,被告パソナが,原告に対し,その後2度の研修を受講させることを予定しているにもかかわらず,その結果も待たずに採用を決定しなければならないような事情は認められないのであって,原告の前記供述等は採用することができないし,ほかに前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。
3 争点(1)イ(被告パソナの本件就労拒絶が違法か否か。)について
(1) 被告パソナとの労働契約が成立したことは,前記2の認定判断のとおりであるから,以下では,同被告の本件就労拒絶が違法か否かを検討する。
被告パソナは,本件就労拒絶を留保解約権の行使によるものである旨主張するところ,留保解約権に基づく採用内定の取消しは,当該事由を理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的と認められ,社会通念上相当として是認することができる場合に許されるというべきである。
この点に関し,原告は,留保解約権の行使は原告の適格性を理由とするものに限られる旨主張する。確かに,採用内定の場合の解約権留保の趣旨・目的の一つが,従業員としての適格性の有無を判断することにある点は否定し得ないが,解約権留保の趣旨・目的がそれに限られるか否かは,具体的事情を総合考慮して判断しなければならない。
そこで,本件についてこれをみるに,被告パソナとの労働契約においては,原告の就業場所が本件店舗に,職種が商品販売業務に限定されていたところ(原告と被告パソナとの間で争いがない。),被告パソナとの労働契約の成立後,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,同被告の従業員が本件店舗において販売員として就労することを拒絶したのであるから,原告が,被告パソナとの労働契約に基づき,本件店舗で販売員として就労することは社会通念上不能となっている。しかも,就業場所・職種を限定する前記特約が存在する以上,被告パソナが,原告に対し,他の就業場所や他の職種での就労を命じることもできない。
被告パソナがこのように客観的に労働者を就労させることが不能となった労働契約を存続させる意思を有していたとは到底考えられないから,被告パソナとの労働契約においては,このような事態に陥った場合のためにも,同被告に解約権が留保されていたものと推認するのが合理的である。
(2) そこで,前記(1)で述べた解約権の留保付きの被告パソナとの労働契約が遅くとも成立したと認められる本件研修終了当時,同被告に,被告ヨドバシカメラから本件店舗での就労を拒絶され,原告の就労が不能となることにつき予見することを期待できたかどうかが問題となる。この点については,まず被告らの間で本件業務委託契約が成立したか否かを検討する必要がある。
前記1の認定事実によると,被告パソナは,本件店舗の開店に当たり,被告ヨドバシカメラに対し,自社の従業員の提供も含めた人材の一括管理を提案して,被告ヨドバシカメラとの間で交渉を継続したこと,一方,被告ヨドバシカメラも,その過程で,被告パソナに対し,売場ごとに必要な販売促進要員数を記載した書面や自社の販売員行動基準を交付したり,被告パソナが募集した人員に対する研修を行うために本件店舗の研修室の使用を認めたばかりか,自社側のトレーナーにもその研修を担当させ,前記人員のための入店証を作成することを了承し,被告パソナが被告ヨドバシカメラの名称を使用した本件店舗に関する人員募集の広告を行うことを認めるなど,被告パソナに対し,同被告が採用した販売員の提供を受けることを前提に,同被告との間で業務委託契約の締結に向けて行動していたことが明らかである。
しかし,前記1(3),(5)のとおり,被告パソナにおいても,本件業務委託の内容については,被告ヨドバシカメラとの間で詳細に詰め,その内容や業務委託料金を具体的に業務仕様書に書き込み,それに双方が署名・捺印することにより本件業務委託契約を成立させることを予定していたにもかかわらず,結局,被告らの間で,業務委託契約書はもちろん,業務仕様書も作成されなかったのであるし(証人G,弁論の全趣旨),口頭でも,前記業務委託の内容,特に被告パソナにおいて採用し,本件店舗に提供する販売員の具体的な人数や報酬総額につき合意が成立したことを認めるに足りる証拠はない。しかも,前記1(10)のとおり,被告ヨドバシカメラは,本件研修の前日に,被告パソナに対し,販売要員の管理を被告パソナに委託せず,自社で行う旨通告しているのである。
そうすると,そもそも,被告らの間で,本件業務委託契約が成立したとは認め難いというべきである。
もっとも,証人Gは,証人尋問の際,平成13年9月14日に本件店舗での販売業務の委託を被告ヨドバシカメラに申し出たところ,被告ヨドバシカメラ代表者はお願いしますと返答した旨証言するとともに,同証人の陳述書(<証拠省略>)にもこれに副う記載がある。しかし,被告パソナが同日に被告ヨドバシカメラに対して提示した「外部人材の人事管理業務一括実施体制について」と題する書面には,外部人材の人事管理業務に関する記載があるのみで,販売業務の委託については何らの記載も認められないし(<証拠省略>),前記1における認定のとおり,被告パソナ自身,当初において,本件店舗を含むマルチメディア梅田ビル全体のテナントへの人材派遣を検討していたにすぎないのであり,また,被告ヨドバシカメラにおいても,関西で初めて新規開店する大型の本件店舗(この点につき弁論の全趣旨)の販売業務を証人Gも証言するように家電販売の経験を有しない被告パソナに委託するというのは不合理であるというべきであって,同証人の証言等は採用できない。
なお,被告ヨドバシカメラ代表者が適式の呼出しを受けながら,その尋問期日に出頭しなかったことは当裁判所に顕著であるが,本件訴訟において,被告パソナは,被告ヨドバシカメラの相手方ではないから,原告と被告パソナとの間では,民事訴訟法208条の適用はない。原告は,本件訴訟において,被告ヨドバシカメラの相手方であるが,民事訴訟法208条により相手方の主張を真実と認めるかどうかは裁判所の裁量に委ねられており,前記事実に照らすと,原告と被告ヨドバシカメラとの間において,本件業務委託契約の成立を真実と認めることはできない。
(3) しかし,前記(2)のとおり,被告ヨドバシカメラは,被告パソナが被告ヨドバシカメラの名称を使用した本件店舗に関する人員募集の広告や本件店舗における本件研修を行うことを許諾し,本件店舗の開店10日前に行われた本件研修においては,自社側のトレーナーにもその研修を担当させ,前記人員のための入店証を作成することを了承していたことからすると,被告パソナとしては,相当程度の蓋然性をもって,本件店舗の開店までに被告らの間で本件業務委託契約書の作成及び署名・押印がされ,最終的に同契約締結の運びになるであろうとの見通しを持っていたことが推認される。
そして,本件研修の時点では,本件店舗の開店が10日後に迫っており,被告ヨドバシカメラも,前記(2)で述べたとおり,被告パソナに対し,同被告が採用した販売員の提供を受けることを前提に,同被告との間で本件業務委託契約締結に向けて行動していたのであるから,被告パソナが,同契約が本件店舗の開店までには成立するであろうとの見通しを持ったこと自体はやむを得ないというべきであり,同被告において,被告ヨドバシカメラから本件店舗における就労を拒絶されることまで想定して販売員の採用手続の進行を中止することが期待されていたとはいい難い。
したがって,原告の採用が内定したと考えられる本件研修の後,本件業務委託契約が不成立となることが確定し,限定されていた就業場所・職種での原告の就労が不能となった以上,留保解約権に基づき,原告の採用内定を取り消したことは,解約権留保の趣旨・目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから,被告パソナによる解約権の行使は適法かつ有効であるといわなければならない。
(4) 原告は,被告パソナは本件業務委託契約につき書面による合意等もしておらず,被告ヨドバシカメラの確認がないにもかかわらず,原告ら労働者と労働契約を締結したもので,被告パソナには帰責事由があるから,同被告による解雇が解雇権の濫用である旨主張している。
確かに,被告パソナとの労働契約に基づく原告の本件店舗での就労が不能になったことについては,前記(2)のとおり,本件業務委託契約が未成立であるにもかかわらず,被告パソナにおいて原告の採用手続を進行させたことがその一因であることは否定できない。
そして,前記(2)のとおり,被告パソナ自身,業務仕様書に双方が署名・押印することによって契約を成立させることを予定し,その旨の契約書案まで作成していたにもかかわらず,本件研修の時点においても,被告らの間では,前記契約書等は作成されておらず,口頭でも業務委託の具体的な合意が成立していなかつたこと,被告パソナが,本件研修の前日には,被告ヨドバシカメラから販売要員の管理を被告パソナに委託せず自社で行う旨の通告を受けていたことを考慮すると,被告パソナは,原告の採用が内定したと考えられる本件研修の時点では,本件業務委託契約が未だ成立していないことを認識していたものと推認されるのであり,したがって,同被告としては,本件業務委託契約が最終的に成立に至らず,被告ヨドバシカメラから本件店舗での就労を拒絶される事態が生じることもあり得ること自体は認識していたものといわなければならない。
しかし,前記(3)のとおり,本件研修の時点で,被告パソナが,本件店舗の開店までには本件業務委託契約が成立するであろうと判断したことはやむを得ないというべきであるし,同被告が,本件店舗の開店までに被告ヨドバシカメラから本件店舗での就労を拒絶される蓋然性が高いと認識していたわけでもなく,本件店舗の開店が10日後に迫っていたことも考慮すると,原告に対し,本件研修を行うなどその採用手続を進めたことに,留保解約権の行使を濫用とするほどの強い背信性があるということはできない。
以上によると,原告が主張する前記事実を考慮しても,被告パソナが原告の採用内定を取り消したことが,解約権留保の趣旨・目的に照らして社会通念上相当として是認することができないとまではいえない。
(5) したがって,原告の被告パソナに対する主位的請求は理由がない。
4 争点(1)ウ(被告パソナの就労条件整備義務違反の有無)について
(1) 原告は,被告パソナについて,原告との労働契約を締結するに際して,<1>本件業務委託契約を明確に締結しておくこと,<2>同契約に制裁条項を設けるなどして当該契約が安易に解除されないようにしておくこと,<3>就労先が失われることを原告に対して告知し,その予見を示した上で採用に応募するか否かを労働者が選択できるようにしておくこと,<4>被告ヨドバシカメラが当該契約の解除を申し出た際には,解除に合意せず,その理由を問い質し,契約不履行を理由とする損害賠償を予告するなどして契約の締結・維持に努めること,<5>被告ヨドバシカメラが解除を申し出た後は,同被告に対し損害賠償を請求するとともに,希望する労働者について同被告への直接雇用を働きかけるなどの代替手段を確保することをすべきであったと主張する。
(2) 前記<3>の点については,前記3で述べたとおり,原告の採用が内定したと考えられる本件研修の時点においては,未だ本件業務委託契約は成立しておらず,被告パソナとしても,原告の本件店舗での就労が不能となる可能性があることについては認識していたのであり,したがって,被告パソナは,本件業務委託契約が結果的に不成立となり,原告の本件店舗での就労が不能となった場合には,留保解約権を行使せざるを得ないことを容易に予測することができたのであるから,就業場所・職種限定の特約付き労働契約の締結を原告に誘引し,その採用手続を進め,そのような不安定な地位に原告を置いた者として,原告に対し,本件業務委託契約が不成立となり,本件店舗での就労が不能となる可能性の存在を告知して,それでも労働契約の締結に応じるか否か原告に選択する機会を与えるべき信義則上の義務を負っていたというべきである。
しかし,本件において,被告パソナが原告にそのことを告知したと認めるに足りる証拠はないから,同被告は,この義務を怠ったものというべきである。そうすると,被告パソナは,不法行為に基づき,この義務違反と相当因果関係を有する原告の損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。
もっとも,被告パソナは,原告を募集した時点において,契約の存続を疑わせる事情はなかったのであるから,前記のような告知義務はないと主張するが,前記3のとおり,被告パソナは,本件業務委託契約が不成立となる可能性を認識していたのであるから,原告の本件店舗での就労が不能となることを予見できなかったとはいえないのであり,その可能性がある以上,原告にそのことを告知すべき義務があったというべきである。被告パソナの主張は,採用することができない。
(3) なお,前記<1>の点については,本件店舗の開店が迫っていたことに照らすと,本件業務委託契約が成立していない限り,被告パソナが原告の採用手続を進めてはならない義務を負っているということはできない。また,前記<2>,<4>及び<5>の点については,本件業務委託契約の成立を前提とするものであるが,前記3のとおり,本件業務委託契約が成立していたとは認め難いから,原告の主張は,その前提を欠き,排斥を免れない。
5 争点(2)ア(訴権の濫用の有無)について
被告ヨドバシカメラは,第2事件の訴えの提起が訴権の濫用に当たると主張するが,原告が,被告パソナとの労働契約が更新を予定されていることを前提に,他に就労して得た利得を控除せず他の費目を加算して損害の賠償を求めたからといって,このことが訴権の濫用になるとはいえないし,本件において,ほかに訴権の濫用と目すべき事情を認めるに足りる証拠も見当たらない。
したがって,被告ヨドバシカメラの前記主張は採用できない。
6 争点(2)イ(原告と被告ヨドバシカメラとの間の労働契約の成否)について
(1) 原告は,原告と被告ヨドバシカメラとの間には使用従属関係があったと主張する。確かに,被告パソナが募集した原告ら労働者は,本件店舗において,販売業務については,被告ヨドバシカメラの指揮命令下で就労することが予定され,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,前記労働者が就労した労務提供の対価として,少なくとも労働者一人当たりの時間単価に労働者の就労時間を乗じて算出した金員を支払うという方向で本件業務委託契約の締結交渉が進められていたことは,前記認定のとおりである。
しかし,明示的な合意の成立が証拠上認められない本件においては,原告と被告ヨドバシカメラとの間で労働契約が成立したというためには,両者の間に黙示的に意思表示の合致があったと認めるに足りる事情が存在する必要があるところ,前記第2の1(1)及び第3の1のとおり,被告らは事業内容を異にする独立した法人格を有し,本件店舗で就労する予定の原告ら労働者の労働条件の決定や採用手続は人材派遣業者である被告パソナが独自の判断で行っていたもので,それらの点について,被告ヨドバシカメラが被告パソナを支配し,実質的に決定する関係にあったとは認め難いし,本件において,原告が労働契約の相手方を被告ヨドバシカメラと認識して行動していたと認めるに足りる証拠もない。
かえって,前記1で認定したとおり,原告は,被告パソナが人材派遣会社であることを認識しながら,その求人募集に応募し,同被告の面接を受け,同被告との雇用契約であることが明記されている誓約並びに承諾書の提出を求められるとともに,同被告の入社式の案内を受け,同被告による本件就労拒絶後も主として同被告と新たな就業場所について交渉していたのであって,前記3で述べたとおり,被告ヨドバシカメラとの本件業務委託契約が成立せず,原告が被告ヨドバシカメラの指揮命令下で就労することはなかったことも考慮すると,原告と被告ヨドバシカメラとの間に黙示的に労働契約が成立したとは到底認めることができない。
(2) 原告は,本件業務委託契約が労働者派遣法や職業安定法に違反する違法な労働者供給契約である旨主張するが,前記3で述べたとおり,そもそも本件業務委託契約の具体的な内容は被告らの間で確定していなかったのであるから,本件業務委託契約が前記各法律に違反するものであったか否かは必ずしも明らかではないし,仮に被告らが締結しようとしていた本件業務委託契約の内容に前記各法律に違反する点があったとしても,前記(1)で述べたことからすると,原告と被告ヨドバシカメラとの間に直接の労働契約が成立したものと認めることはできない。
(3) したがって,原告の被告ヨドバシカメラに対する主位的請求は理由がない。
7 争点(2)ウ(被告ヨドバシカメラの就労条件整備義務違反の有無)について
(1) 原告は,本件業務委託契約が成立したことを前提として,被告ヨドバシカメラがこれを一方的に解消した旨主張するが,前記3で述べたとおり,同契約が成立していたとは認め難いので,原告の前記主張は,その前提を欠くものであって,排斥を免れない。
(2) 原告は,仮に本件業務委託契約が成立していないとしても,被告ヨドバシカメラとしては,契約交渉を不当に打ち切ることなく,原告の就労条件を整備しておくべき信義則上の義務があったとも主張している。
確かに,前記3で述べたとおり,被告ヨドバシカメラは,本件業務委託契約の締結交渉において,被告パソナに対し,売場ごとに必要な販売促進要員数を記載した書面や自社の販売員行動基準を交付したり,被告パソナが募集した人員に対する研修を行うために本件店舗の研修室の使用を認めたりしただけでなく,被告ヨドバシカメラ側のトレーナーもその研修を担当し,前記人員のための入店証を作成することを了承し,被告パソナが被告ヨドバシカメラの名称を使用した本件店舗に関する人員募集の広告を行うことを認めるなど,被告パソナが採用した販売員の提供を受けることを前提に,被告パソナとの間で業務委託契約締結に向けて行動しており,契約締結交渉の相手方である被告パソナに対し,本件業務委託契約成立への期待を与えたばかりか,本件店舗での研修に参加した原告に対しても,本件店舗で就労できる旨の期待を抱かせたことは否定できない。
しかし,被告ヨドバシカメラとしては,本件店舗の新規開店に当たり,営業の中核となる販売員の提供をも含む本件業務委託契約を締結するか否かを自ら決定する自由を有していることは当然であり,前記1で認定したとおり,被告ヨドバシカメラは,被告パソナに対し,本件店舗において必要な要員を平日につき120名,土曜日・日曜日につき200名である旨通知していたところ,被告パソナが募集することができた人員は本件店舗の開店まであと10日に迫った本件研修の時点においても,全員で123名にすぎず,その中でも,髪の色や長さが被告ヨドバシカメラの服務規程に反している者が約6名も認められたのであるから,被告ヨドバシカメラが主張するように,被告パソナが募集した応募者の質も考慮して,被告パソナとの本件業務委託契約の締結を取り止めたからといって,信義則に反するとまではいえない。したがって,この点に関する原告の主張も理由がない。
(3) 以上によると,原告の被告ヨドバシカメラに対する予備的請求も理由がない。
8 争点(3)イ(原告の損害の有無とその額)について
そこで,被告パソナの前記告知義務違反の行為により原告が被った損害について判断を進める。
(1) 原告は,得べかりし賃金額を損害として主張するが,前記3で述べたとおり,被告パソナが原告の採用内定を取り消したこと自体は適法かつ有効であり,したがって,原告は,前記4で説示した被告パソナの告知義務違反の有無にかかわらず,本件店舗での就労により賃金を取得することはできなかったのであるから,原告の前記主張は失当である。
(2) 原告は,本件店舗での就労のため髪の毛を黒く染め,また,本件就労拒絶後に茶色に戻した費用を損害として請求している。
しかし,原告主張の費用が損害であるといえるためには,先に説示した被告パソナの告知義務違反がなければ,原告は,被告パソナと労働契約を締結しなかったと認められなければならないが,前記3で述べたとおり,原告の採用が内定したと考えられる本件研修の時点で,被告パソナにおいても,相当程度の蓋然性をもって,本件業務委託契約が成立するとの見通しを持っていたことに照らすと,前記事実は未だ認めるに足りず,前記告知義務違反と相当因果関係にある損害とはいい難い。
(3) 原告は,被告パソナの告知義務違反により,被告パソナとの労働契約を締結するか否かを自由に決定する機会を喪失したというべきであり,このことや前記認定の諸事情その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると,原告が同被告の前記告知義務違反の行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である(なお,お詫び金3万2000円については,それが比較的少額であることや,賃金額を算定の基礎としていること(<証拠省略>,証人D)に照らすと,前記告知義務違反による損害賠償義務の一部履行とは認められないが,慰謝料額算定の一事由として斟酌することとする。)。
そして,原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人弁護士に委任したことは本件記録上明らかであるところ,本件事案の性質,認容額等を考慮すると,前記告知義務違反と相当因果関係がある弁護士費用の損害は5万円と認める。
9 結論
以上の次第で,原告の本件請求は,被告パソナに対し,損害金合計25万円及びこれに対する不法行為後である平成13年11月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,被告パソナに対するその余の請求及び被告ヨドバシカメラに対する請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 小佐田潔 裁判官 中垣内健治 裁判官 下田敦史)