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大阪地方裁判所 平成14年(ワ)6380号 判決 2004年3月05日

主文

1  被告は、第1事件原告X1に対し、56万1000円及びこれに対する平成14年7月12日から、第1事件原告X2に対し、65万3000円及びこれに対する平成14年7月12日から、各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

2  被告は、第2事件原告X3に対し、56万1000円及びこれに対する平成14年10月5日から、第2事件原告X4に対し、64万4000円及びこれに対する平成14年10月5日から、第2事件原告X5に対し、41万0500円及びこれに対する平成14年10月5日から、第2事件原告X6に対し、64万5500円及びこれに対する平成14年10月5日から、各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

3  第1事件原告X1、第1事件原告X2、第2事件原告X3、第2事件原告X4、第2事件原告X5、第2事件原告X6のその余の請求及びその余の原告の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は、別紙記載のとおりの負担とする。

5  この判決は、第1項及び第2項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1  請求

1  被告は、以下の各原告に対し、以下の各金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年7月12日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

(1)  第1事件原告X7

25万円

(2)  第1事件原告X8

25万円

(3)  第1事件原告X9

90万0250円

(4)  第1事件原告X10

26万円

(5)  第1事件原告X1

83万1000円

(6)  第1事件原告X2

92万3000円

2  被告は、以下の各原告に対し、以下の各金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年10月5日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

(1)  第2事件原告X3

83万1000円

(2)  第2事件原告X4

91万4000円

(3)  第2事件原告X11

83万1000円

(4)  第2事件原告X12

92万3000円

(5)  第2事件原告X13

25万円

(6)  第2事件原告X5

66万7750円

(7)  第2事件原告X6

90万0250円

第2  事案の概要等

1  事案の概要

本件は、被告の設置・運営する同志社大学(以下「被告大学」という。)又は同志社女子大学(以下「被告女子大学」といい、被告大学と合わせて「被告大学等」という。)の平成14年度入学試験に合格し、入学手続を行った原告らが、後日、被告大学等への入学を辞退したことから、入学手続の際に納入した入学金又は授業料等(以下、入学手続の際に大学に対して納入する金銭を総称して「学納金」という。)が不当利得となるとして、原告らが、被告に対し、上記学納金及びそれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

2  前提となる事実(末尾に証拠の記載のない事実については当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 被告は、教育基本法及び学校教育法に従い、学校教育を行うことを目的として設立された学校法人であり、被告大学、被告女子大学等の学校を設置・運営している。

イ 原告X7、原告X8、原告X9、原告X13、原告X5及び原告X6は、いずれも被告大学の平成14年度入学試験に合格し、被告に対し、後記(4)アの学納金を納入した者である。

原告X10、原告X1、原告X2、原告X3、原告X4、原告X11及び原告X12は、いずれも被告女子大学の平成14年度入学試験に合格し、被告に対し、後記(4)イの学納金を納入した者である。

(2)  学則及び入学手続要項等の記載内容

ア 平成14年度入学試験当時、被告大学の学則には、「いつたん納入した学費は、いかなる事由があつても返還しない。」旨の規定があり(同学則38条2項)、被告女子大学の学則においても、「すでに納付した学費は理由の如何にかかわらず返還しない。」旨の規定があった(同学則48条2項)(乙1、2。以下、証拠番号については、特に断りのない限り第1事件のものを指す。)。

イ 上記学則の規定に基づき、被告大学は、平成14年度入学試験制度、日程、入学手続等を周知させるため受験生に配布した「2002年度一般選抜入学試験要項」の「12.入学手続」の1に、「いったん納入された登録料・学生納付金(第2次手続納付金を含む)は一切返還いたしませんので、ご注意ください。」と明記し、さらに、合格者に対して合格通知書と共に送付している「2002年度入学手続等について」の「入学手続」の(1)<3>に、「いったん納入された登録料(入学金相当額)・学生納付金はいかなる事情があっても返還いたしません。」と明記していた(乙3、4)。

上記学則の規定に基づき、被告女子大学は、平成14年度入学試験制度、日程、入学手続等を周知させるため受験生に配布した「2002年度入学試験要項」の各入学試験の「入学手続」の項において、一旦納入された学費等学校納付金は、理由の如何にかかわらず返還しない旨が明記され、さらに、合格者に対して合格通知書と共に送付している「合格された皆様へ」の「2002年度新入生学校納付金納入手続要領」に「一旦納入された学校納付金は、いかなる事情があっても返還しません。」と明記していた(乙5、6)。

(3)  入学手続の方法

ア 被告大学の平成14年度一般選抜入学試験合格者の入学手続については、入学金及び授業料その他の学納金(年額又は春学期)を一括して納入する方式と、事情により入学手続の延期を希望する者について、第1次手続(入学手続延期の登録)として登録料(入学金相当額)を納入し、第2次手続(入学手続)として、学生納付金〔第1次手続登録料を差し引いた金額(年額又は春学期)〕を納入する方式二つを定め、いずれかを選択できることとしていた。

なお、入学手続又は第1次手続期限は平成14年2月22日、第2次手続期限は同年3月25日と定められていた。また、所定の書類は、同年2月28日までに学生証用写真貼付台紙を、同年4月1日の入学式当日に(高等学校の)卒業(又は修了)証明書、住民票記載事項証明書、保証人届及び住居届をそれぞれ提出するものとされていた。

合格者は、納入期限までに学納金を納入しなかった場合や、第1次手続を行った者が第2次手続期限内に同手続を行わなかった場合には、入学資格を失うとされている。

(乙3、4)

イ 被告女子大学の平成14年度大学入試センター試験を利用する入学試験<前期>合格者、一般入学試験<前期日程>合格者及び公募推薦入学試験(適性検査方式)合格者の入学手続については、入学金及び授業料その他の学納金(年額又は春学期)を一括して納入する方式と、第1次手続として入学金相当額を納入し、第2次手続として入学手続に必要な金額から入学金を差し引いた金額(平成14年度春学期分授業料その他の学納金)を納入する方式の二つを定め、そのいずれかを選択できることとしていた。

なお、一括納入手続又は第1次手続期限は平成14年2月22日〔公募推薦入学試験(適性検査方式)合格者については、平成13年12月14日〕、第2次手続期限は同年3月22日〔公募推薦入学試験(適性検査方式)合格者については、平成14年2月4日〕と定められていた。また、同年3月22日〔大学入試センター試験を利用する入学試験<前期>合格者については同年3月29日〕までに住民票記載事項証明書、保証書及び学生証用写真貼付台紙〔大学入試センター試験を利用する入学試験<前期>合格者については、さらに平成14年度大学入試センター試験の受験票〕を、同年4月1日の入学式当日に高等学校卒業証明書を提出するものとされていた。

合格者は、第1次手続を完了しなければ第2次手続を行うことができず、第2次手続を完了しなければ入学資格を失うとされている。

(乙5、6)

(4)  初年度に納付すべき金銭の内訳及び学納金

被告大学等における初年度大学に納入すべき金銭は、以下のとおりである。

ア 被告大学

(ア) 工学部

入学金 25万円

授業料 98万8000円

教育充実費 22万5000円

実験実習料 7万8000円

工学会費 3000円

学友会費 5000円(入会金1500円を含む。)

なお、第1次手続期限までに納入すべき登録料は入学金相当額、第2次手続期限までに納入すべき春学期学費は授業料、教育充実費、実験実習料、学会費及び学友会費(入会金を除く。)の各半額並びに学友会の入会金の合計額である。(乙3、4)

(イ) 法学部

入学金 25万円

授業料 67万2000円

教育充実費 14万9000円

法学会費 8000円

学友会費 5000円(入会金1500円を含む。)

なお、第1次手続期限までに納入すべき登録料は入学金相当額、第2次手続期限までに納入すべき春学期学費は授業料、教育充実費、実験実習料、学会費及び学友会費(入会金を除く。)の各半額並びに学友会の入会金の合計額である。(乙3、4)

イ 被告女子大学

(ア) 現代社会学部社会システム学科、学芸学部英語英文学科

入学金 26万円

授業料 82万1000円

教育充実費 30万円

栄光会費 1万円(入会金2000円を含む。)

学生会費 4000円(入会金1000円を含む。)

同窓会費 4500円

学会費 3000円

なお、第1次手続金は入学金相当額26万円、第2次手続金は授業料の約半額である41万1000円、教育充実費の半額である15万円、栄光会費の半額に入会金を加えた6000円及び学生会費を合計した金額57万1000円である。(乙5、6)

(イ) 学芸学部情報メディア学科

入学金 26万円

授業料 93万5000円

教育充実費 30万円

実験実習料 7万円

栄光会費 1万円(入会金2000円を含む。)

学生会費 4000円(入会金1000円を含む。)

同窓会費 4500円

学会費 3000円

なお、第1次手続金は入学金相当額26万円、第2次手続金は授業料の約半額である46万8000円、教育充実費の半額である15万円、実験実習料の半額である3万5000円、栄光会費の半額に入会金を加えた6000円及び学生会費を合計した金額66万3000円である。

(乙5、6)

(ウ) 生活科学部食物栄養科学科食物科学専攻

入学金 26万円

授業料 93万5000円

教育充実費 30万円

実験実習料 5万1000円

栄光会費 1万円(入会金2000円を含む。)

学生会費 4000円(入会金1000円を含む。)

同窓会費 4500円

学会費 3000円

なお、第1次手続金は入学金相当額26万円、第2次手続金は授業料の約半額である46万8000円、教育充実費の半額である15万円、実験実習料の約半額である2万6000円、栄光会費の半額に入会金を加えた6000円及び学生会費を合計した金額65万4000円である。(乙5、6)

(5)  入学試験及び合格発表

ア 原告X7、原告X8及び原告X6は、平成14年2月4日に実施された被告大学の平成14年度一般選抜入学試験において被告大学工学部A方式を受験し、それぞれ合格したので、被告大学は、同月12日の合格発表日に、同原告らに対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「2002年度入学手続等について」等の入学書類一式を送付した。

イ 原告X9は、同月8日に実施された被告大学の平成14年度一般選抜入学試験において被告大学工学部B方式を受験し、合格したので、被告大学は、同月16日の合格発表日に、同原告に対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「2002年度入学手続等について」等の入学書類一式を送付した。

ウ 原告X13及び原告X5は、同月5日に実施された被告大学の平成14年度一般選抜入学試験において被告大学法学部を受験し、それぞれ合格したので、被告大学は、同月13日の合格発表日に、同原告らに対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「2002年度入学手続等について」等の入学書類一式を送付した。

エ 原告X10は、同年1月19、20日に独立行政法人大学入試センターが実施した平成14年度大学センター試験を受験し、被告女子大学の大学入試センター試験を利用する入学試験<前期>において被告女子大学現代社会学部社会システム学科に出願し、合格したので、被告女子大学は、同年2月8日の合格発表日に、同原告に対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「合格された皆様へ」等の入学手続書類一式を送付した。

オ 平成13年11月11日(一次)及び同月25日(二次)に実施された被告女子大学の平成14年度公募入学試験(適性検査方式)において、原告X1は被告女子大学学芸学部英語英文学科を受験し、原告X2及び原告X12は同学部情報メディア学科を受験し、原告X3は被告女子大学現代社会学部社会システム学科を受験し、それぞれ合格したので、被告女子大学は、同年11月30日の合格発表日に、同原告らに対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「合格された皆様へ」等の入学手続書類一式を送付した。

カ 原告X4は、平成14年1月28日に実施された被告女子大学の平成14年度一般入学試験<前期>において被告女子大学生活科学部食物栄養科学科食物科学専攻を受験し、合格したので、被告女子大学は、同年2月8日の合格発表日に、同原告に対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「合格された皆様へ」等の入学手続書類一式を送付した。

キ 原告X11は、同年1月30日に実施された被告女子大学の平成14年度一般入学試験<前期>において被告女子大学学芸学部英語英文学科を受験し、合格したので、被告女子大学は、同年2月8日の合格発表日に、同原告に対し、合格通知書、入学手続納付金振込用紙と共に前記「合格された皆様へ」等の入学手続書類一式を送付した。

(6)  入学手続

ア 原告X7は、被告に対し、第1次手続期間内の同月21日に登録料25万円を納入したが、第2次手続期限の同年3月25日までに第2次手続を行わなかった。

イ 原告X8は、被告に対し、第1次手続期間内の同年2月19日に登録料25万円を納入したが、第2次手続期限の同年3月25日までに第2次手続を行わなかった。

ウ 原告X9は、被告に対し、第1次手続期間内の同年2月19日に登録料25万円を納入し、第2次手続期間内の同年3月25日までに春学期学費65万0250円を納入した。

エ 原告X10は、被告に対し、第1次手続期間内の同年2月20日に第1次手続金26万円を納入したが、第2次手続期限の同年3月22日までに第2次手続を行わなかった。

オ 原告X1は、被告に対し、第1次手続期間内の平成13年12月13日に第1次手続金26万円を納入し、第2次手続期間内の平成14年1月24日に第2次手続金57万1000円を納入した。しかし、前記(3)イの書類を期限である同年3月22日までに提出しなかった。

カ 原告X2は、被告に対し、第1次手続期間内の平成13年12月6日に第1次手続金26万円を納入し、第2次手続期間内の平成14年2月1日に第2次手続金66万3000円を納入した。しかし、前記(3)イの書類を期限である同年3月22日までに提出しなかった。

キ 原告X3は、被告に対し、第1次手続期間内の平成13年12月10日に第1次手続金26万円を納入し、第2次手続期間内の平成14年2月4日に第2次手続金57万1000円を納入した。しかし、前記(3)イの書類を期限である同年3月22日までに提出しなかった。

ク 原告X4は、被告に対し、第1次手続期間内の平成14年2月20日に第1次手続金26万円を納入し、第2次手続期間内の平成14年3月19日に第2次手続金65万4000円を納入した。

ケ 原告X11は、被告に対し、第1次手続期間内の平成14年2月21日に第1次手続金26万円を納入し、第2次手続期間内の同年3月20日に第2次手続金57万1000円を納入した。

コ 原告X12は、被告に対し、第1次手続期間内の平成13年12月10日に第1次手続金26万円を納入し、第2次手続期間内の平成14年2月4日に第2次続金66万3000円を納入した。

サ 原告X13は、被告に対し、第1次手続期間内の同月22日に登録料25万円を納入したが、第2次手続期限の同年3月25日までに第2次手続を行わなかった。

シ 原告X5は、被告に対し、第1次手続期間内の同年2月18日に登録料25万円を納入し、第2次手続期間内の同年3月25日に春学期学費41万7750円を納入した。

ス 原告X6は、被告に対し、第1次手続期間内の同年2月13日に登録料25万円を納入し、第2次手続期間内の同年3月25日に春学期学費65万0250円を納入した。

(7)  入学式の欠席

原告X11及び原告X12は、同年4月2日に開かれた被告女子大学平成14年度入学式に出席せず、前記(3)イの入学式当日に提出すべき書類を提出しなかった。

(8)  入学辞退による学納金返還の拒絶

第1事件原告らは、平成14年6月7日到達の書面で、第2事件原告らは、同年8月28日到達の書面で、それぞれ、被告に対し、納付した学納金の返還を請求したが、被告は、被告大学等の学生募集要項に学納金を返還しない旨定めており、原告らもこのことを承知の上で納付していることから、上記学納金の返還請求には応じかねる旨回答した(以下、学生募集要項等で定められた学納金を返還しない旨の特約を「本件特約」という。)(甲1ないし4、第2事件甲1、2)。

3  本件における争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  本件における争点は、以下のとおりである。

ア 在学契約及び学納金の法的性質(争点<1>)

イ 在学契約に消費者契約法が一般的に適用されるか。(争点<2>)

ウ 本件特約が消費者契約法9条により無効となるか。(争点<3>)

エ 本件特約が消費者契約法10条により無効となるか。(争点<4>)

オ 本件特約は公序良俗に反して無効となるか。(争点<5>)

(2)  争点<1>について

ア 原告らの主張

(ア) 在学契約の法的性質

在学契約とは、大学又は短期大学(以下、大学と短期大学をあわせて単に「大学」という。)を設置する学校法人が、大学入学者に対して、広く知識を授けると共に、知的・道徳的及び応用的能力を展開させるための教育を提供すべき義務を負担し、大学入学者が、学校法人に対して、上記教育役務に対する対価を支払う義務を負う継続的双務契約である。

そして、学校法人の教育役務提供義務は、学校法人と大学入学者との間での高度の信頼関係を前提とするものであるから、その法的性質は、教育という事実行為を学校法人に委託する準委任契約である。

在学契約に関しては、当事者の合理的意思解釈として、入学案内等の交付が在学契約の「申込みの誘引」、原告らが被告に対して入学願書を提出することが「申込」、被告が入学試験の合格発表をすることが「承諾」に当たると解すべきである。

(イ) 学納金の法的性質と被告の返還義務

被告大学等の入学試験に合格した原告らと被告との間では、在学契約が成立した。そして、原告らの入学辞退は、民法656条、651条1項により認められた準委任契約たる在学契約の解除の意思表示にほかならない。

学納金の納付は、在学契約に基づく大学入学者の債務の履行であり、教育役務の対価として支払われるものである。

したがって、納付された学納金は、受任者の前払費用(民法656条、649条)ないし前払報酬(民法656条、649条)に該当し、在学契約が解除されることで、学校法人の教育役務提供義務は履行されないまま消滅することになるから、被告は、原告らに対し、上記学納金を不当利得として返還すべき義務を負う。

イ 被告の主張

(ア) 在学契約の法的性質

在学契約とは、学校法人がその設置する学校施設・設備を使用して、学校教育法施行規則2条ないし4条により文部科学大臣に届け出た(ただし、大学設置時、学部開設時は認可事項である。)学則に則り、文部科学省の認可を受けた教育課程に従い、所属教員により4年間(又は2年間)の学校教育を実施することを内容とするものであり、学校教育法及び付属法令の公法的規制を受ける一種の附合契約であり、単純な準委任契約ではなく、いわゆる無名契約といわれるものである。

在学契約は、学年度の初めである4月1日から効力の発生する始期付契約であり、受験生が入学試験に合格することで在学契約申込の資格が授与され、合格者が学則に定める所定の書類を指定の期日までに提出した上、同学則に規定する入学金、授業料等その他の学費、すなわち学納金を納入することが「申込」、学長が上記手続を完了した者に対して入学を許可することが「承諾」にあたり、在学契約の成立は、通常、これらの所定の手続が完了した日をもって成立する。

(イ) 学納金の法的性質と被告の返還義務

合格した受験生は、入学手続の履践によって、入学資格とその資格を保持しうる権利、すなわち教育を受けることができる権利を取得する。したがって、学納金は、合格者が当該大学への入学資格(権利)の取得とかかる入学資格(権利)を保持しうる権利の対価ということになる。

そうであるとすると、合格者の入学辞退は、入学資格(権利)の一方的な放棄にすぎず、被告に不当利得は存しない。

(ウ) 公募推薦入学試験

原告X1、原告X2、原告X12及び原告X3は、被告女子大学の公募推薦入学試験を受験し合格した者であるが、被告女子大学の公募推薦入学試験については、被告女子大学の建学の精神に深い理解を示す学生で被告女子大学への入学を特に希望する者を合格させるものとし、同試験の合格者は入学意思の固い者として位置づけられ、同試験の二次試験においても被告女子大学への志望動機と入学のさらなる意思確認をしていることからして、これらの者が入学を辞退したとしても学納金を返還する余地は全くない。

(3)  争点<2>について

ア 原告らの主張

在学契約に対しても消費者契約法は一般的に適用される。

(ア) 個人である原告らは消費者契約法第2条1項に規定される「消費者」に、法人である被告は同条2項に規定された「事業者」にそれぞれ該当するので、原告らと被告との間で締結された在学契約は、同条3項に規定された「消費者契約」に該当する。

(イ) 従前、交渉力等についての当事者間に存する構造的な格差を前提とした紛争に対し、訪問販売法(現在の特定商取引に関する法律)等の制定・改訂により消費者保護を目指してきたが、それだけでは規制の隙間の存在や被害の後追いとなっていたことから、消費者自身による被害救済手段としては不十分であった。そこで、消費者契約に関する隙間なき包括的民事ルールの立法化を目的として、消費者契約法が制定されたのである。

このような立法趣旨及び消費者契約法第12条が消費者契約法の適用除外を労働契約に限定していることの反対解釈に鑑みれば、在学契約も、当然、消費者契約法の適用を受けるものというべきである。

イ 被告の主張

在学契約に対しては消費者契約法は一般的に適用されない。

(ア) 消費者契約法にいう「消費者契約」の概念は無限定に近いものとされているため、消費者契約法の適用される消費者契約については、同法1条の趣旨・目的によって、これを限定的に解釈する必要がある。

(イ) 消費者契約法は、いわゆる悪徳商法の横行により一般市民の被害が続発している現状に応じて、悪徳商法規制法として制定されたものである。

これに対し、本件特約は、国公立大学を補完する私立大学の脆弱な財政的基盤を助けるものとして、各私立大学が独自に自己の大学における入学資格の合理的価値を算出し、その権利の対価として学納金を定めているのであり、長年の慣行としてその正当性は社会的に認知・認容されており、さらに、その内容は文部科学省への届出あるいは許可という公法的規制によるチェックを経たものである。

したがって、本件特約を含む在学契約は、本来、消費者契約法が規制対象として想定している契約類型とは一線を画するものといえる。

(ウ) 消費者契約法1条は、消費者契約法が、「消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ」、契約の取消や損害賠償責任の免除等、消費者保護のための手段を規定したとする。

しかし、被告大学等も含め各大学は、教員陣容、教育・研究内容等、受験生が関心を持つであろう自己の大学に関する情報を可能な限り詳細に提供するよう努めており、学納金に関する情報もその例外ではなく、学生募集要項等で詳細な説明をしている。また、受験生は、進学予備校や学習塾といった受験関連産業から各大学の情報を収集している。

大学への受験・入学手続においては、短時間に多数の受験生との間の事務処理を行わざるを得ず、また、在学契約が学校教育及び関係法令による公法的規制を受けていることからして、入学に関する契約を附合契約とすることには合理性がある。そして、本件特約の内容、合理性は広く社会に認知されているものであるから、附合契約一般に求められる契約内容の周知性、合理性も担保されている。逆に、各受験生と大学との間の個別交渉を認めることは、入学手続の公平性、ひいては入学試験の公平性に疑義を生じさせかねない。

さらに、入学試験という性格上、交渉力が問題となることもないし、私立大学は、公益法人である学校法人としてその設置から運営に至るまで、事細かに種々の規制や行政指導を受けていることから、受験生の利益は既に十分に擁護されている。

以上からすれば、受験生と大学との間には、消費者契約法で想定されているような情報の量及び質並びに交渉力の格差は認められず、消費者契約法の適用はないと解すべきである。

(4)  争点<3>について

ア 原告らの主張

(ア) 消費者契約法9条1号の適用可能性

消費者契約法9条1号に該当する損害賠償額の予定又は違約金の定めに該当するかどうかは、その文言によるのではなく、その条項の意図する実質から判断されなければならない。

そして、本件特約は、準委任契約たる在学契約の解除によって本来返還されるべき役務未提供部分に相当する前払費用ないし前払報酬を返還しないというものであり、学生の入学辞退によって被告との在学契約が終了した場合における学生の金銭負担を内容とした契約条項であるから、準委任契約の解除に伴う損害賠償額の予定又は違約金の定めとして実質的に機能しており、同法9条1号にいう「損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」に該当するというべきである。

(イ) 「平均的な損害」を超えるか否か

a 消費者契約法は消費者を保護することを目的とする法律である。そして、元来、事業者の事業内容の詳細など知り得ない消費者にとって、事業者にどのような損害が生じ得るかは容易に把握できるものではない。他方、事業者の事業内容については、事業者こそが最もよく知るところであり、証拠にも最も近い立場にある。

したがって、「平均的な損害」については、事業者たる被告に主張立証責任があるというべきである。

b 同法9条1号にいう「平均的な損害」の算定にあたっては、契約類型、解除の事由、解除の時期のほか、当該契約の特殊性、逸失利益や契約の代替の可能性などといった諸事情を個別具体的に考察の上、損害額算定に合理性があり、かつ、社会常識にも合致した通常の損害額の存否及び程度という見地から決せられるべきである。

この点、教育役務の対価及び費用である学納金は、本来教育役務を受ける在学契約の相手方、すなわち、当該私立大学に実際に入学した学生から徴収されるべき金員である。

そして、一般的に、私立大学においては、入学試験で合格せしめる学生数を経験的に知り得、一定の割合の入学辞退者を織り込んだ人数を合格させることができる。したがって、当初予定した入学定員の学生を確保できるのであるから、入学辞退によって、私立大学には何らの経済的損害も生じないはずである。実際、被告大学等においては、入学定員をはるかに上回る学生を合格させることにより、当初から相当数の入学辞退者が発生することを前提としている。したがって、原告らの入学辞退によっても、被告大学等には、何ら予想外の事態など生じておらず、また、定員の欠如といった結果も生じていないのだから、経済的損害は発生していない。

入学辞退の時期の点についても、一定割合の入学辞退の発生はもともと予想されたものであるし、入学辞退後の人員補充行為自体が予定されていないのであるから、この観点から生ずる損害も存在しないといってよい。

被告大学等においては、入学定員に見合った金額の学納金の収入が確保できているのであるから、入学辞退による逸失利益などは実質的に存在せず、契約の代替可能性といったことも考慮する必要はない。

特定商取引に関する法律49条と消費者契約法9条1号とは同様の立法の趣旨に基づく特別法と一般法の関係にある規定であるとされ、特定商取引に関する法律上の特定継続的役務提供と同じ教育役務適用契約としての本質を有する在学契約を考えるにおいても、役務提供前の入学辞退に伴って被告大学及び被告女子大学に生ずべき損害額としては、せいぜい特定商取引に関する法律施行令16条に定める金額程度(具体的には、語学教室なら1万5000円、学習塾なら1万1000円)であって、これを超えるものではない。

以上のとおり、被告には何ら損害が生じていないのであるから、本件特約は、消費者契約法9条1号により、その全体が無効である。

イ 被告の主張

(ア) 消費者契約法9条の適用可能性

a 本件特約は、学則や「一般選抜入学試験要項」及び「入学手続等について」(被告大学)並びに「入学試験要項」及び「合格された皆様へ」(被告女子大学)の文言からして、損害賠償額の予定にも違約金の定めにも該当しないことは明白である。

b 原告らは、合格通知により被告大学等への入学申込の資格を取得し、学納金を納付することにより入学資格とその資格を保持しうる権利を取得した。原告らは、在学契約の成立によって取得した上記権利を自らの都合で一方的に放棄したまでであって、契約を解除したものではない。本件特約は、学納金の法的性質上、当然のことを注意的に規定したに過ぎない。

したがって、本件特約について、契約の解除を前提とした賠償額の予定又は違約金の定めと解することはできず、消費者契約法9条を適用する余地はない。

(イ) 「平均的な損害」を超えるか否か

a 被告大学等において、学生の収容定員や開設学科目に応じ、大学設置基準に基づいて教員が確保され、施設・設備が準備されている。すなわち、学科目ごとに授業担当教員が用意され、収容定員に応じて定められた面積に応ずる校地・校舎が設けられるほか、所定の施設、設備が備えられており、それらに要する諸経費は、学生が在学契約を解除しても変動しないものである。

b 私立学校振興助成法によって、大学は、学則に定めた収容定員を超える数の学生を在学させても(同法5条2号)、それに満たない場合も(同法5条3号)、補助金を減額されるので、学生に安易な一方的解除を認めることは、学校法人を維持し、教育内容を充実させることを極めて不安定なものとする。

c 大学の入学試験においては、文部科学省の厳格な規制の下、公正な入学者選抜が義務づけられており、また、追加の入学試験に応募する受験者が必ずいるとは限らず、さらに、質の高い学生を確保するという観点から、補欠募集や追加合格等による損害の填補は非常に困難である。実際、被告大学等では、学生の質の水準を維持するため、補欠募集や追加合格等を行っていない。

d 以上からすれば、消費者契約法9条1号にいう「平均的な損害」とは、学生が4年間(又は2年間)の在学期間中に大学に対して納入する金額であるというべきであり、学納金の不返還によって大学側が取得する金額に「平均的な損害」を超える部分は存在しないことになる。

(5)  争点<4>について

ア 原告らの主張

本件特約は、本来、準委任契約の解除に基づいて消費者に認められる前払報酬及び前払費用の返還請求権を排除する条項であるから、消費者契約法10条にいう「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項」に該当し無効である。

イ 被告の主張

在学契約は、教育基本法や学校教育法等に基づく教育の実施をその内容とするものであり、公の秩序に関する法令によって規制されている。また、そもそも在学契約を準委任契約と捉えること自体、誤りである。さらに、学納金の納付により、被告が学納金の納付等により入学手続を履践した合格者のために人的・物的設備を確保することで、当該合格者は入学資格を保持することができるのであるから、何ら消費者の利益を一方的に害するものではなく、民法1条2項の信義誠実の原則に反するものではない。

したがって、本件特約は消費者契約法10条に該当するものではない。

(6)  争点<5>について

ア 原告らの主張

以下の事情からすれば、本件特約は公序良俗に反するものである。

(ア) 被告は、原告らの入学辞退により、何らその負担する教育役務提供義務を履行することなく、対価としての高額な学納金を取得している。

本件特約は、どうしても浪人することを回避したい受験生又はその親の冷静な判断能力を奪われた心理状態につけ込み、これに不当に乗じようとするものである。

(イ) 私立大学は、合格者のうち相当数が入学辞退することを想定した上、合格者に対して、意図的に入学手続を早めに設定し、入学辞退者については入学金を返還しないこと、一定の日時以降は入学金以外の授業料等も返還しないことを一方的に入試要項に定め、これを「理由のいかんにかかわらず返還いたしません。」との不動文字で記載しているが、受験生の側は、このような一方的な定めに同意する旨の意思表示をしたことはなく、不動文字によって印刷された一方的な不返還の規定に拘束されるいわれはない。

(ウ) 本件特約が定員確保のために設けられたとしても、補欠入学等の手段を講ずれば定員を確保することは可能であるし、過去のデータからどのくらいの入学辞退者が出るかを予想することは十分可能である。したがって、それらの対策を講じることによって、定員割れが生じることをかなりの蓋然性をもって防ぐことができる。

事実、被告大学等は、過去のデータから定員割れを生じないように定員を大幅に上回る合格者を出しており、実際の入学者は定員を上回るという状況が常態化している。

(エ) 私立大学の定員は、各大学の規模、設備等を基準にした一応の収容定員というに過ぎず、仮にこれを超える学生を収容することになったとしても、過去4年間、定員の1.5倍を超えた場合、原則、新規設置及び収容定員増は認めない(大学設置基準要項第11)とか、1.47倍ないし1.72倍を超えた場合に補助金を交付しない(私立学校振興助成法5条2号)というものに過ぎず、逆にいうと、定員の1.5倍までは、超過しても何らの不利益は被らない。

他方、定員割れの不利益は、一応、補助金を減額される場合がある(私立学校振興助成法5条3号)とされているが、あくまで「減額できる」と減額の可能性があるというに止まっている。定員が一応の目安として運用されている状況からすれば、相当割合かつ相当年定員割れが恒常化していない限り、定員割れをもって補助金が減額される可能性は低い。

(オ) 今日、学生の管理はコンピューターで行われ、締切期日を遅らせても事務手続上混乱は生じず、むしろ、入学者の把握が明確になり、事務手続は軽減されるはずである。

(カ) 私立大学は、一般に国から助成金の給付を受けているが、私立学校振興助成法3条は、学校法人に対して、「学校に在学する学生の修学上の経済的負担の適正化」を図る努力義務を定めている。この趣旨は、学生の親の経済的負担を軽くすることを目的としているものであるから、在学生に限らず、受験生にも当然及ぶというべきである。

(キ) 特定商取引に関する法律上、エステ、学習塾、英会話学校等の継続的役務の提供を内容とするものについては、中途解約の場合、未提供部分の役務の対価の返還について厳格に定められている。

本件特約は、継続的役務提供契約において中途解約を認めず、納入金を返還しないとする約定と類似しており、学納金を納入した合格者の入学辞退に対しても、特定商取引に関する法律の趣旨を反映させるべきである。

(ク) 国際的比較の視点からしても、入学金制度、前納学費不返還制度は、異常な存在である。すなわち、海外の大学においては入学金というものは存在せず、学費の前納制度はあるものの、前納学費は退学の場合にでさえ、返還されるのである。

教育というものが万国普遍的に存在するにもかかわらず、入学金というものは諸外国に存在しないということ自体、日本の事情が異常であることを認識すべきである。

(ケ) いわゆる「すべり止め」の対価性を強調することは、大学という極めて限定された市場の中で、「入学することができるという地位」を入学金という名目の下に先物的に売買する、いわゆるオプション取引に他ならない。

オプション取引が現行法上、様々な規制を受けているのに、公教育を担った公的存在である私立大学が、堂々とオプション取引をすること自体、不当なものである。

(コ) 私立大学は、単なる一法人として存在しているのではなく、大学の大衆化という社会的状況の下では、国公立大学と並んで国民の「教育を受ける権利」及び「学問の自由」の保障を実効あらしめるための公益的機関として存在しているのであり、このような高度の公益性にこそ、私立大学の存在意義が認められるのであって、公費助成も正当化されるのである。

このような私立大学の公益的存在からすれば、私立大学の側は、個々の受験生に対して、学納金の納入期限をできるだけ遅くするなどして、なるべくその経済的負担を増大させないように配慮をしてしかるべきである。

(サ) 特に、原告X3については、被告女子大学の公募推薦入学試験に合格し、その第2次手続期限である平成14年2月4日に第2次手続金の納付をすませ、入学手続を完了させていたが、同月15日に被告大学の合格発表があり、被告大学にも合格していたことから、被告大学の方への進学を決め、所定の学納金を納入した。

原告X3は、被告の設置・経営する大学2校のうち、1校への入学を辞退し、もう1校への入学をしていることから、被告に対し、二重に学納金を支払っているのであり、一方の学納金を返還しないというのは明らかに不合理である。

(シ) 学納金返還の問題について弁護団が結成されたとき、全国から非常に大きな反響があり、多くの弁護士が弁護団に参加した。マスコミの調べでも、大学の学納金の不返還について、消費者の多くが不満を持っていることが明らかにされている。このような今日の状況からすれば、学納金の返還を認めない本件特約は、現在、世論一般から支持されないものであるといえる。

実際、今日の世論の状況をふまえ、多くの私立大学が学納金に関する制度を是正する措置を採っている。

(ス) これまで学納金不返還特約が公序良俗に反しないとする裁判例も出ているが、学納金制度の本質や背景に対して十分な理解がなされていたとはいい難い。

公序良俗の内容は時代とともに変遷するものであり、現在においては、交渉力等についての当事者間の構造的格差を是正すべく制定された消費者契約法の趣旨を生かすような解釈を行うべきである。

イ 被告の主張

以下の事情からすれば、本件特約は公序良俗に反するものではない。

(ア) 学納金は、大学への入学資格保持の対価であり、それを納付することにより大学は入学手続を履践した合格者のために人的・物的設備を確保することになるのであるから、納入された学納金を返還しなくとも、消費者の利益を一方的に害するものではない。

原告らは、学納金の納入によって被告大学等に入学する権利を確保し、入学辞退によって自らその権利を放棄したものである。そして、その放棄は、他の大学に進学するという原告らの利益衡量においてなされたもので、専ら原告ら側の事情のみによるものであり、原告らは、いわゆる「すべり止め」として、それ相応の利益を享受している。

(イ) 大学の定員は文部科学省の認可事項になっていることに加え、収容定員の超過は国庫補助金の減額事由となる。その上、定員を上回る大幅な学生の受け入れは、教育環境の悪化を招きかねない。

他方、定員割れとなった場合、次年度以降の入試においてイメージダウンになる上、場合によっては国庫補助金不支給の理由となり得る。また、大学は非営利法人であり、学生の費用負担は最小限に押さえられていることから、たとえ少数といえども入学辞退者の出現による減収がその財政に及ぼす影響は大きい。

(ウ) 被告大学等にとっては、受験生が減少傾向にあり、大多数の受験生が複数の大学を受験する現状にあっては、早期に確実に収容定数に足りる優秀な入学生を確保する必要がある。

(エ) 入学辞退に対して補欠・追加合格等によって学生を補充することも考えられるが、そもそもこのためには定員を上回る志望者と追加合格等志望者の存在を前提としている上、補欠・追加合格等を実施する時期が遅くなればなるほど、大学にとって十分な学力を有する入学者を確保することができず、学力の均質化を図ることが困難となり、結果として「学力層の分断」という事態を生ずるおそれがある。

また、新学期間際になって補欠・追加合格者等を出すことは、翌年度以降の受験において、当初の合格者に比して学力を下回る者であっても入学し得る大学とのラベリングが対外的になされ、受験年度ごとに集計する受験偏差値の低下という客観的データに対しても悪影響を与えかねず、そのイメージダウンによる不利益は深刻である。

(オ) 被告は財団法人の一種で公益法人であり、存続中の収益分配や解散時の残余財産の分配もすることができない。したがって、返還されなかった学納金は、公の性質をもつ学校教育の実施の用に供され、学校法人が利得するものではない。

入学を希望する者から納入される学納金は、結果的に私立大学の運営を助成し、教育内容の充実という効果を生んでいる。すなわち、学納金は、在学生の実質的な学費軽減・教育内容の充実に役立っており、いわば社会的システムとして相互扶助的なシステムが構築されているのである。

私立大学の入試制度を全体として見た場合、原告らは、各人が入学した大学において学費軽減・授業内容の充実等の恩恵を受けており、また、このようなシステムが私立大学の運営の安定をもたらし、私立大学による数々の社会貢献を支えてきたのであり、本件特約はこのようなシステムを支えるものである。

(カ) 本件特約については、合理的かつ妥当な制度として確立したものであり、長年にわたって社会に定着している事実たる慣習(民法92条)ともいえるものである。

そして、本件特約のような学納金不返還特約が公序良俗に反するものでないことは、これまでの裁判例によっても確認されている(大阪簡易裁判所昭和38年8月5日判決、東京地方裁判所昭和46年4月21日判決、大阪地方裁判所岸和田支部平成8年2月16日判決、大阪高等裁判所平成8年11月7日判決、最高裁判所第一小法廷平成9年3月27日判決)。

第3  争点に対する判断

1  争点<1>について

(1)  在学契約の基本的内容

大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とし(学校教育法52条)、短期大学は、さらにそれに代えて、深く専門の学芸を教授研究し、職業又は実際生活に必要な能力を育成することをおもな目的とすることができるとされている(同法69条の2第1項)。

そして、在学契約は、学生が学校法人に対して、教育活動を自己に行い、学生が自発的に学習活動を行うために必要な役務の提供という事務を委託する準委任契約の性質を主たる性質として有し、さらに、学生が大学の施設を利用することができるという施設利用契約の性質や学生としての身分取得という要素なども合わせ有する無名契約であると解するのが相当であり、他方、学生は、それらの対価として、学校法人に対し授業料等の一定の金銭を支払う義務を負うことからすれば、有償双務契約であるといえる。

(2)  在学契約の成立時期及び学納金の法的性質

ア 在学契約は、その当事者の合理的意思から考えて、特段の事情なき限り、大学の入学試験に合格した者が、入学試験要項等に定める日時までに、当該大学に対して必要書類の提出とともに所定の学納金を納入して入学手続をとった場合、これが在学契約の「申込」となり、この手続の履践によって、学生と大学との間で、在学契約が成立するものと解すべきである。

この点、原告らは、入学試験の申込が在学契約の「申込」に、合格発表がそれに対する「承諾」に当たると主張する。

しかし、現在、大多数の受験生が複数の大学を受験し、合格した大学の中から自分の希望する大学を選択した上で、学納金の納入等の入学手続を経て、当該大学に入学することになるのであり、合格通知を受けてもその後の手続を行わない場合も少なからず存するのであるから、入学試験の申込の段階でその大学と在学契約を締結しようとする意思まで有しているとは到底考えられない。むしろ、合格通知は当該大学への在学契約の申込資格を付与するものと解するのが相当で、合格通知を前提として入学手続をとること自体に当該受験生の当該大学への入学意思を一応認めることができるのであるから、その時点をして申込と捉えるべきである。また、合格発表をするだけで、合格した受験生に対し、(仮に始期付きであるとしても)何らかの義務の発生を認めることはやはり不自然であるし、複数の大学に合格した場合、複数の大学との間で在学契約が併存することになるが、(複数の大学との間で在学契約を結ぶことは禁止されていないにしても)学生は基本的に一つの大学との間でのみ在学契約を結ぶものであるという一般的な観念からもかけ離れる結果となる。したがって、原告の主張を採ることはできない。

なお、被告は、入学手続完了後の学長の承認をもって在学契約の承諾と解し、その時点で契約が成立するとするが、被告は有効な入学手続をとった入学試験合格者者との間の契約を拒むことはできないのであるから、入学手続の完了をもって在学契約の成立と解するのが相当である。

イ 被告大学等の入学手続の方法及び原告らによる被告大学等への入学手続状況は、前記前提となる事実(第2・2(3))のとおりである。

したがって、原告X7、原告X8、原告X10及び原告X13については、第1次手続を行ったのみで、第2次手続を行っておらず、入学手続を完了したとはいえないことから、被告との間で、在学契約が成立するには至らなかったものというほかない。

そして、入学手続の際に提出を要求される所定の書類について、<1>前述した在学契約の内容及び社会通念に照らせば、学納金を所定の期限内に納付することは入学手続において必要かつ不可欠なものとして位置づけられるのに対し、上記書類についてはその性質からして期限内に提出することが入学手続との関係で不可欠であるとまでは言い難いこと、<2>学納金の場合とは異なり、上記書類の提出に関しては期限懈怠の場合の措置について何らの記載もないこと(乙3ないし6)からすると、その提出の有無にかかわらず、学納金を全額納付すること、すなわち本件でいえば第2次手続まで完了させることをもって在学契約は成立するものと解するのが相当である。

そうすると、その余の原告については、すべての学納金を納入し第2次手続まで完了しているのであるから、被告との間で在学契約は成立したものと認められる。

ウ ところで、被告に納付する学納金のうち、授業料、教育充実費、実験実習料(以下、まとめて「授業料等」という。)は、その名目や金額、そして学生が入学後に毎年支払うべき金員であるという性質等に鑑みると、入学後において被告から教育役務や物的教育研究施設等の提供を受けることの対価としての性質を有するものと解すべきである。

他方、入学金については、その名目や金額、そして学生が入学時に一度だけ支払うべき金員であるという性格等に鑑みると、授業料等とは異なり、大学から教育役務等の提供を受けること自体の対価ではなく、特に本件においては第1次手続を完了させて初めて第2次手続を行うことができるという入学手続の仕組みを合わせて考えれば、当該大学への在学契約申込資格を保持し得る権利取得の対価としての性質(これにより、学校法人は、学生に対し、適式な在学契約の申込があった場合にはこれを承諾し、入学手続に関する事務を処理する義務を負うことになる。)及び在学契約が成立した場合に入学手続事務に関する諸費用に充当されるものとしての性質を合わせ有するものと解するのが相当である。

この点、原告らは、入学金も被告から教育役務の提供を受ける対価であると主張するが、1年次の授業を受けることなどに対する対価は、初年度授業料等を徴収しており、2年次から4年次の授業を受けることなどに対する対価も当該年度の授業料等を徴収しているので、入学金がいずれの学年次の授業を受けることに対する対価とも解し難く、採用できない。

なお、原告らは、諸外国の大学には入学金なるものが存在しないから、普遍性のないものである旨主張するが、極めて多数の大学が存在し、受験生も一人で複数の大学を受験することが一般的である日本においては、大学にとっては、入学意思を有する合格者とそうでない合格者を区分することができるという合理性も認められ、また、被告大学等の入学手続を前提とすると、受験生にとっては、一定期間、在学契約申込資格を保持することが可能となるという利点もあるのであって、直ちに、日本の入学金制度を不合理なものと断ずることもできない。

したがって、学納金のうち、授業料等については、被告から教育役務の提供を受けることの対価としての性質を有するものであるから、原告らが入学を辞退し、被告から教育役務や物的教育研究施設等の提供を受けることなく、在学契約が終了した場合には、本来的には原告らに返還されるべき金銭であるが、他方、入学金については、在学契約申込資格を保持しうる権利取得の対価であるから、原告らが一定期間、在学契約申込資格を保持しうる権利を取得している以上、その後に原告らが、それ以上の入学手続を履践しなくても、あるいは入学手続を完了した後に入学を辞退しても、被告が入学金を返還すべき義務を負うことはないと解すべきである。

よって、第1次手続時に登録料(入学金)のみを納入した原告X7、原告X8、原告X10及び原告X13の請求は、その余の点について検討するまでもなく、いずれも理由がなく、また、その余の原告の請求についても入学金相当額の返還を求める部分は、理由がないこととなる。

(3)  在学契約の解除

ア 在学契約は、上記(1)のとおり、学校法人が学生に対し学校教育法に適う教育を施す義務を負い、学生がそれに対して対価を支払うことを中心的な内容とするものであり、学生が学校法人に対して、教育活動を自己に行い、自発的に学習活動を行うために必要な役務の提供という事務を委託する準委任契約の性質を主たる内容とする契約であるから、学生は、民法651条1項により、在学契約を将来に向かって解除する権利を有しているものと解すべきである。

この点、民法651条1項は契約当事者双方からの解除権を認めているが、在学契約は学校法人が学生に対して学生たる身分を与える要素を含む契約であるから、その性質上、学校法人の側から契約を解除することは制限されていると解される。

イ 原告らの契約解除

(ア) 証拠(甲39の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば、平成14年4月2日に原告X9が、同年3月27日に原告X4が、同月28日に原告X5が、同月30日に原告X6が、被告大学に対し、それぞれ電話で被告大学等に入学を辞退する旨通知をしたことが認められる。

上記の入学辞退の通知には在学契約の解除の意思表示を含むものと解すべきであるから、上記原告らは、それぞれ通知した日をもって被告に対する在学契約を解除する旨の意思表示をしたといえる。

(イ) 原告X1、原告X2及び原告X3は、前記前提となる事実(第2・2(6)オないしキ)のとおり、第2次手続期間内に所定の学納金を納入したものの、その後所定の期限たる平成14年3月22日までに所定の書類の提出をしておらず、かつ、被告女子大学に対し、期限内に提出しなかったことについて何らの連絡もしていないし、また、被告女子大学も、上記原告らに対し、提出書類の未提出に関して何の連絡もしていない(弁論の全趣旨)。

これらの事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、上記原告らは、一旦、必要な学納金をすべて納入して被告との在学契約を成立させたものの、その後、被告女子大学への進学の意思を喪失したことから、過誤等ではなく、在学契約を解除する意思をもって所定の書類を提出しなかったものと認められ、他方、被告も上記原告らのかかる意図を了解していたと認められることから、上記各日をもって黙示的に在学契約解除の意思表示がなされたものと認められる。

(ウ) 原告X11及び原告X12は、第2次手続期間内に所定の学納金を納入したものの、前記前提となる事実(第2・2(7))のとおり、平成14年4月2日に開催された被告女子大学の入学式を欠席して、当日に提出すべき書類も提出しておらず、かつ、被告に対し、その前後に入学式への欠席等について何らかの連絡をしたことも認められないし、他方、被告女子大学も、上記原告らに対して、何らの連絡もとっていない(弁論の全趣旨)。

これらの事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、上記の原告らについては、入学式を欠席し、所定の書類を提出しないことによって、被告に対する在学契約の解除の意思表示を黙示的に行い、その意思表示は被告に到達したものと評価し得る。

ウ ところで、被告は、学則上(乙1及び2)、被告大学においては、学生は退学するにあたり、保証人が連署した上で退学する旨を願い出なければならず(28条)、さらに、被告女子大学においてはそれに加えて学長の許可を要するとされている(23条)ところ、原告らは上記手続に則った退学手続を経ていないことから、未だ在学契約は解除されていないと主張する。

しかし、形式的側面からいえば、在学契約が成立したとしても、両当事者間に被告大学等の学則に従う義務等の具体的な権利義務が発生するのは、平成14年4月1日以降のことであるから、それ以前には学則に拘束される根拠はないし、(仮に解除の意思表示がなされたのが同日を経過した後であったとしても)実質的側面からいえば、民法の準委任規定の趣旨等に照らして学生側の契約関係からの離脱の自由を制約することはできないというべきであるから、原告らが口頭で又は黙示的に在学契約の解除の意思表示を行ったとしても、その法的効力に関し上記学則は障害となるものではなく、解除の意思表示として有効であると解すべきである。

エ そうすると、原告X9と被告との在学契約は平成14年4月2日に、原告X4と被告との在学契約は同年3月27日に、原告X5と被告との在学契約は同月28日に、原告X6と被告との在学契約は同月30日に、原告X1、原告X2及び原告X3と被告との在学契約は同月22日に、原告X11及び原告X12と被告との在学契約は平成14年4月2日に、いずれも将来に向かって失効したものというべきである。

(4)  請求原因としての不当利得の成否

ア(ア) すでに検討したとおり、在学契約は、継続的契約であり、原状回復にはなじまないものであるので、解除により将来に向かって契約関係が消滅し、これまでになされた原告らの給付については被告の既履行部分を除いて返還義務を生ずる。

そして、前述した授業料等の性質に鑑みれば、3月31日以前に在学契約を解除した者との間では上記金員のすべてが、4月1日以降に在学契約を解除した者との間では上記金員のうち解除した日まで日割り計算をした残額が被告の未履行部分に相当するといえるので、被告は、原告らに対し、これらの返還義務を負うこととなる。

(イ) これに対し、第2次手続に要する学納金のうち、学友会費、学会費、栄光会費及び学生会費(以下、あわせて「学友会費等」という。)について、証拠(乙11ないし15)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

同志社大学学友会は、「大学設立の趣旨に基づき、学生自治により校風の振作と学生生活全般の発展向上をはかるを以って目的」とし〔同志社大学学友会会則(乙11)2条〕、会員は被告大学の学生全員をもって構成し(同3条)、内部組織として、執行機関たる常任委員会、最高の意思決定機関たる全学生大会、会計委員会等を有している(同4条、20条、27条等)。

同志社工学会は、「理工学に関する研究および教育を奨励し、その発達を図ることを目的」とし〔同志社工学会規則(乙12)2条〕、会員は被告大学工学部の教職員、卒業生、在学生等で構成し(同4条)、内部に評議委員会、会計幹事等の機関を有している(同6条)。

同志社法学会は、「政治・法律に関する学術を研究し、会員相互の思想を交換することを以って目的」とし〔同志社法学会規則(乙13)2条〕、会員は被告大学法学部の教職員、卒業生、在学生等で構成され(同4条)、内部に評議委員会、会計委員等の機関を有している(同7条)。

同志社女子大学栄光会は、「大学と家庭との連絡を密にし教育の実を向上させるほか、大学の教育事業を援助し教育環境の充実に寄与する」ことを目的とし〔同志社女子大学栄光会会則(乙14)2条〕、会員は被告女子大学学生の全保護者で構成され(同4条)、内部に同会運営上の重要事項を審議し、事業推進を計る委員等が置かれ(同5条)、総会では会計の報告、事業計画、予算等が審議・決定されている(同6条)。

同志社女子大学学生会は、「同志社立学の精神に基づき、学生の自治により学生の総意を実現し、学生生活の充実発展をはかることを目的」とし〔同志社女子大学学生会則(乙15)2条〕、会員は被告女子大学の全学生で構成され(同4条)、内部に最高の意思決定機関たる学生大会(同6、7条)等が置かれ、学生大会で予算決算に関する事項が決議されている(同8条)。

以上の事実からすると、同志社大学学友会、同志社工学会、同志社法学会、同志社女子大学栄光会及び同志社女子大学学生会(以下、あわせて「学友会等」という。)のいずれもが、独自の目的を持った恒常的団体で、それぞれに内部の意思決定機関を有し、被告とは別個の収支会計を行っていることが認められ、これらの団体はいずれも権利能力なき社団と認められる。

そして、証拠(乙11)及び弁論の全趣旨からすると、学友会費等については、被告が権利能力なき社団たる学友会等のために入学手続を利用して代理して徴収していたことが認められる。

そうであるとすると、第2次手続をもって被告を通じて学友会等に対して納付した原告らの学友会費等の返還請求は、本来、被納付者である学友会等に対してなされるべきものであり、被告に対してなすのは失当である。

したがって、第2次手続まで行った原告らの請求のうち、学友会費等の返還に関する部分については、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

イ 被告は、原告X1、原告X2、原告X12及び原告X3については被告女子大学の公募推薦入学試験を受験し、合格したのであり、同試験の趣旨にすれば、およそ学納金の返還を請求する余地はないとする(前記第2・3(2)イ(ウ))。

確かに、被告がこの公募椎薦入学試験について一般入学試験とは異なった位置づけをしていることは、被告女子大学の公募推薦入学試験の趣旨及び合格者の選考方法・評価方法(乙5)からして十分に認められる。

しかし、複数の大学を受験するのが通常である今日の状況に鑑みれば、単に被告女子大学を公募推薦入学試験の方法により受験したということ以外に特段の事情が見当たらない以上、上記原告らに入学辞退したときに発生する不当利得返還請求権をあらかじめ放棄するまでの意思を認めることはできない。

したがって、公募推薦入学試験の合格者についても上記アの検討結果がそのまま妥当することから、被告の上記主張は採用することができない。

2  争点<2>について

原告らは、事業として又は事業のために在学契約の当事者となるものにあたらない個人であるから、消費者契約法2条1項の「消費者」にあたり、被告は、法人であるから同条2項の「事業者」にあたる。

よって、原告らと被告との間の各在学契約は、いずれも同条3項の「消費者契約」にあたるというほかない。

この点、被告は、前記第2・3(3)イのとおり主張するが、消費者契約法上の消費者ないし事業者の要件該当性は、行為規範としての予見可能性の観点から同法の適用の有無は一義的に明確である必要があること、同法2条で同法の適用される消費者契約の定義を包括的に定めつつ、他方で、12条において労働契約については消費者契約法の適用されない旨規定されていることからすれば、形式上、在学契約が同法2条に定める消費者契約の要件に該当することは疑いないのであるから、あえて消費者契約法の適用を排除する理由は見当たらない。

3  争点<3>について

(1)  消費者契約法9条1号の適用の有無について

消費者契約法9条1号は、「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」について平均的な損害を超える部分を無効とする旨規定する。

本件特約が、消費者契約法9条1号にいう損害賠償額の予定又は違約金の定めに当たるか否かは、その実質がいかなる機能を果たしているかを考慮して検討する必要がある。

入学辞退の申入れは、上記のとおり、民法651条1項に基づく解除の意思表示とみることができるから、その相手方である被告が原告らに対して損害賠償請求権を取得することが想定される(民法651条2項)。そうすると、本件特約は、学生が在学契約を解除した場合において、学生が被告に対し在学契約の解除により賠償すべき金額を納付済みの学納金の額として、この損害賠償請求権を授業料等の返還義務と相殺する結果、授業料等の返還義務がないことになることを規定したものと解されるから、「消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項」にあたることとなる。

これに対し、被告は、学納金は全体として被告大学等に入学できる資格及びその資格の保持に対する対価であり、損害賠償額の予定や違約金の定めにはあたらないと主張するが、学納金の性質はこれまでに検討してきたとおりであり、被告の主張を採用することはできない。

(2)  平均的な損害の額

ア 平均的な損害とは、同一事業者が締結する多数の同種契約事案について類型的に考察した場合に算定される平均的な損害の額であり、具体的には、解除の時期等により同一の区分に分類される複数の同種の契約の解除に伴い、当該事業者に生じる損害の額の平均値を意味する。

そして、賠償額の予定又は違約金の額が、消費者契約法9条1号の「当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」ことの立証責任は、損害賠償の予定及び違約金の定めが債権者の損害立証の負担を軽減する趣旨で合意されるものであること、同法9条1号の規定の文言、体裁等に照らし、消費者側が負担すべきものと解される。

イ ところで、この損害自体にどのようなものが含まれるかについては消費者契約法において明らかにされていない。しかし、従来、民法では十分な保護が図れなかった消費者と事業者との間の法律関係に対応することを目的として、民法の特別法として制定された消費者契約法の趣旨からして同法が民法等の損害賠償規定以上の保護を事業者に与えているとは考え難いことから、損害の具体的内容については、各場面において事業者に損害賠償請求権を認める民法等の諸規定を基準に算出すべきである。

本件では、原告らは、直接的には民法656条、651条1項に基づき解除しているが、この場合、受任者たる被告については民法651条2項の規定が準用されると解される。

そして、民法651条2項に基づく損害賠償は、債務不履行解除に基づく損害賠償の場合とは異なり、解除自体から発生する損害の賠償ではなく、相手方当事者にとって不利益な時期に解除をしたことによって生ずる損害を指す。

ウ 以下、被告に生じた損害について検討する。

(ア) 3月31日以前に在学契約を解除した場合

a 今日の受験生は複数の大学を受験するのが通常であり、いわゆる「すべり止め」として受験する大学も存在するところ、大学は、当然そのような状況を理解した上であらかじめ収容定員を超える人数を入学試験において合格させている。この点、被告大学等においても例外ではなく、2001年度の入学定員が、被告大学においては5280名、被告女子大学おいては1240名であるのに対し、入学試験の合格通知はそれぞれ1万2969名、2872名に出されており、そのうち最終的にはそれぞれ5346名、1424名が被告大学等に入学している(甲38の2、3、弁論の全趣旨)。

以上の事実を踏まえると、被告大学等においては、入学辞退(在学契約解除)者が出ることを見越した上であらかじめ収容定員を大幅に超える人数を合格させているのであるから、学生がこの3月31日以前の時点で解除したところで、被告にとって不利益な時期の解除とはいえず損害は発生していないといえる。

b この点、被告は第2次手続を行った結果在学契約が成立した者については、実際に入学することを前提に諸手続を行っているが、これに要した費用は、一般的に入学金をもってまかなわれるべきである。そして、第1次手続において要する学納金は入学金相当額とされていることからして(第2・2(4))、これらの損害は第1次手続において要した学納金をもって充当すれば足りるので、損害として計上する必要はない。

被告は、被告大学等には大学設置基準に基づいて諸々の設備が用意されており、これらに要する費用は学生が在学契約を解除しても変動しないとか、所定の収容定員を割るような事態が生じた場合、補助金を減額される可能性がある(私立学校振興助成法5条3号)などと主張する。

しかし、いずれにせよ、被告は、かかる不利益が生ずる可能性のあることを前提として合格者数を決定しているのであるから、(基本的に合格者数に上限がない以上)そのリスクは被告が負担するのが相当である。

また、被告は、入学予定者が入学を辞退することで4年間分(又は2年間分)の授業料を得る機会を失ったと主張する。

しかし、授業料等、在学契約での被告の債務に対する対価の支払は、通常、半期又は一年ごとに行われており〔被告大学等においても同様である(乙1~6)。〕、在学中に中途退学した者に対して卒業までの期間に相当する授業料等の請求は一般的に行われていないことに照らしても、被告の上記主張は採用できない。

c 以上のとおりであるから、3月31日までに在学契約を解除した場合、被告に生ずる損害はなく、本件特約は、第2次手続に要した学納金に関する部分については消費者契約法9条1号にいう「平均的な損害を超える」ことから無効となる。

(イ) 4月1日以降に在学契約を解除した場合

a 上記(ア)のとおり、被告は一定数の入学辞退者を想定した上で合格者を決定してるといえるが、ここで被告において念頭に置かれていたのは、在学契約が発効する4月1日の学生数であると認められる。

そして、一般的に、大学においては、授業料等は半期又は一年ごとに徴収し、その提供する教育役務も半期又は一年を基準に設定され、単位もそれを基準に付与されるとされている。また、大学では各学期の途中からの入学を認めないのが通常であり、被告大学等においても入学は学年の始めとされている(乙1、2)。

さらに、被告大学等においては、春学期中に退学した学生に対し、秋学期の学費を徴収することはしていない(乙1、2、弁論の全趣旨)。

以上の事実からすると、4月1日以降の在学契約の解除は、被告が入学試験合格者を決定する段階で想定していたものではなく、また、既にカリキュラムは始まっている時期の解除であり、填補可能性はほとんどないといえるので、受任者たる被告に春学期の授業料等相当額の限りで保護すべき利益があるといえ、解除が不利益な時期になされた結果の損害と捉えることができる。

b もっとも、かかる損害が他の大学においてどの程度となるか、すなわち、被告大学等と同種の大学における前期授業料等の平均値はいくらかは原告において何ら立証がなされていないのであるから、被告大学等の授業料等をもって平均値と解するほかない。

c したがって、4月1日以降に在学契約を解除された場合に私立大学に生ずべき平均的な損害の額は、初年度春学期の授業料等の額と同額であると認めるのが相当である。

(3)  以上の結果、原告X9、原告X11及び原告X12については、前記1(3)イ(ア)及び(ウ)のとおり、いずれも同年4月1日以降に解除の意思表示をしていることから、本件特約中には、平均的な損害の範囲を超える損害賠償額の予約又は違約金の定めが存しないこととなり、本件特約は、すべて有効となる。

これに対し、前記1(3)イ(ア)及び(イ)のとおり、原告X1、原告X2及び原告X3については平成14年3月22日に、原告X4については同月27日に、原告X5については同月28日に、原告X6については同月30日に、それぞれ在学契約を解除したことが認められるのであるから、本件特約中、第2次手続に要した学納金(ただし、学会費等は除く。)を返還しないとする部分は、私立大学に生ずべき平均的な損害の額を超えることから、本件特約はその範囲で無効であるというべきであり、したがって、同原告らは、それぞれが納付した授業料等の返還請求が認められることとなる。

4  争点<4>について

前記1(4)ア(イ)のとおり、第1次手続に要する学納金に関しては、本件特約は当然のことを規定したものであり、何ら法的効力をもつものではないので、消費者契約法10条にいう「民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限する条項」に該当するものではないことは明らかである。

また、第2次手続に要する学納金に関しては、、第2次手続を完了した者との間で、在学契約を解除した者に対し、被告が損害賠償を請求できることは民法651条2項の規定により認められるのであるから、民法の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限しているわけではない。

したがって、いずれの場合にも消費者契約法10条の適用の余地はないから、この点に関する原告らの主張は失当である。

5  争点<5>について

(1)  原告X9、原告X12及び原告X11と被告との間で合意された本件特約のうち、授業料等の返還をしないことを定める部分が公序良俗に違反して無効となるのか否かについて検討する。

(2)  原告X9は、被告大学工学部の入学試験に合格した者であるが、前記第2・2(3)アのとおり、被告大学の授業料等の納入期限(第2次手続期限)は、平成14年3月25日と定められおり、同年度の大部分の国公立大学の合格発表は同月24日までに終了していたこと及び私立大学の合格発表は一般的に国公立大学より早い時期に行われること(当裁判所に顕著な事実)からすると、上記期限は、被告大学以外の大学にも進学希望を有していた受験生に対しても十分配慮されたものとなっており、被告大学の合格者らには、自らが進学を希望する他の大学の合否をも確認した上で、被告大学に対する第2次手続を行うか否かを決する機会が保障されていたものと認められる。したがって、被告大学の合格者にはかかる機会が与えられていたのであるから、原告X9が納入期限より前の日に納入しなければ浪人生活を余儀なくされるという心理状態に陥っていたとは到底認められない。

原告X12は被告女子大学の公募推薦入学試験を受験し、原告X11は被告女子大学の一般入学試験を受験した者であるが、前記第2・2(3)イのとおり、被告女子大学の授業料等の納入期限(第2次手続期限)は、平成14年3月22日(ただし、公募推薦入学試験の合格者については、同年2月4日)と定められていたことから、被告女子大学の合格者の場合には、国公立大学の後期日程の合格発表前〔公募推薦入学試験の合格者にとっては、国公立大学の前期日程の合格発表(3月上旬)前〕に納入期限が到来するのであって、その面ではやや相当性を欠く点が存することは否めない(ただし、公募推薦入学試験に関しては、募集定員が極めて少数であり(乙5)、個々の受験生の個性に着目して合否を判定することもあって、大学側において、合格者の入学意思の確定を早期に行いたいという要請は理解できないではない。)。

しかし、他方、文部省管理局長及び同省大学局長の文部大臣所轄各学校法人理事長宛の「私立大学の入学手続時における学生納付金の取扱いについて」と題する書面(乙7)においては、「少なくとも入学料以外の学生納付金については、合格発表後、短期間内に納入させるような取扱いは避けることとし、例えば、入学式の日から逆算しておおむね2週間前の日以降に徴収することとする等の配慮をすることが適当と考えますので、善処されるよう願います。」と通知されているところ、被告大学及び被告女子大学の第2次手続期限が上記の月日であるのに対し、入学式は、それぞれ平成14年4月1日及び同月2日であるので(乙4、6の1、2)、被告大学等は、いずれも、受験生に対して、上記の文部省管理局長等の通知が要求するところの配慮をしていたといえる。

また、原告X9、原告X12及び原告X11は、4月1日以降に在学契約を解除したものであり、初年度春学期分の授業料等を得られるであろうという被告の期待は保護に値するものといえるので、これらの者との関係では、本件特約により、当該授業料等を返還しない旨の定めをすることには一応の合理性を認めることができる。

その他、原告らは、前記第2・3(6)アのとおり様々な観点から本件特約が公序良俗に反することを根拠付ける事実を主張するが、それらを総合しても、未だ本件不返還約定が原告らの窮迫に乗じて甚だしく不相当な財産的給付を約させるものとは認められない。

(3)  よって、原告X9、原告X12及び原告X11と被告との間で合意された本件特約のうち、授業料等の返還をしないことを定める部分が公序良俗に反するとまではいえない。

(4)  ところで、本来、本件特約のうち第1次手続に要した学納金を返還しないとする部分は注意規定に過ぎないから、この点に関してはそもそも公序良俗に反するか否かを論ずる余地はない。

しかしながら、原告らの主張は、<1>第1次手続に要した学納金について、第2次手続を行うための費用、言い換えれば、入学資格及びそれを第2次手続期限まで保持する権利の対価としては不相当に高額であり、また、<2>そもそも第1次手続期限を他の大学の合格発表が出そろう前に設定していることを捉えて上記特約部分が公序良俗に反するという主張をも包含するとも考えられるので、これらの点についても判断する。

第1次手続に要する学納金(登録料)は入学金相当額とされており(第2・2(4))、前記1(2)ウのとおり、入学金は、単なる入学のための事務処理手続費用としての性格のみならず、第2次手続期限まで被告大学等に対する在学契約の申込をし得る権利取得(いわゆる「すべり止め」)の対価としての性格も併せ持つことに加え、入学金(25万円又は26万円)と年間の授業料等(82万1000円から129万1000円)(第2・2(4))との金額の対比等の諸事情を総合すると、不相当に高額であるとまではいえない。

また、受験生が複数の大学を受験するのが一般的な今日において、各私立大学とも、自らの大学の質を維持し、また高めていく上で、良質な学生を早期に確保したいという要望が存することはもっともであり、いくら私立大学が国立大学を補う公的な役割を一面で担っているとしても、かかる要望を無視することはできないという面も存することから、入学手続期限をどの時点に設定するかは一定の範囲で各大学の裁量に委ねられていると解すべきであるところ、被告大学等の入学手続の期限は、その裁量の範囲を逸脱するほど不当に早いということもできない。

したがって、入学金についての不返還特約部分に関しても公序良俗に反するとはいえない

6  結論

以上より、原告X1、原告X2、原告X3、原告X4、原告X5及び原告X6の各請求は、第2次手続に要した学納金のうち学友会費等を控除した金額(原告X1について56万1000円、原告X2について65万3000円、原告X3について56万1000円、原告X4について64万4000円、原告X5について41万0500円、原告X6について64万5500円)及び原告X1及び原告X2については第1事件訴状送達の日の翌日である平成14年7月12日(本件記録上顕著)から、原告X3、原告X4、原告X5及び原告X6については第2事件訴状送達の日の翌日である平成14年10月5日(本件記録上顕著)からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限りで理由があるからこの限度で認容し、原告X1、原告X2、原告X3、原告X4、原告X5及び原告X6のその余の各請求並びにその余の原告の各請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

原告各自の負担部分 被告の負担部分

原告各自に生じた費用 被告に生じた各事件の費用 原告各自に生じた費用 被告に生じた各事件の費用

第1事件原告 X7 全部 14分の1 ― ―

X8 全部 14分の1 ― ―

X9 全部 14分の4 ― ―

X10 全部 14分の1 ― ―

X1 3分の1 14分の1 3分の2 ―

X2 10分の3 14分の1 10分の7 ―

第2事件原告X33分の1 20分の1 3分の2 ―

X4 10分の3 20分の1 10分の7 ―

X11 全部 20分の3 ― ―

X12 全部 20分の4 ― ―

X13 全部 20分の1 ― ―

X5 8分の3 20分の1 8分の5 ―

X6 10分の3 20分の1 10分の7 ―

被告 第1事件 ― ― ― 14分の5

第2事件 ― ― ― 20分の8

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