大阪地方裁判所 平成14年(行ウ)22号 判決 2003年8月06日
原告
社会福祉法人A
同代表者理事
甲
同訴訟代理人弁護士
門脇正彦
同
阪井紘行
被告
枚方税務署長 田村学
同指定代理人
山上富蔵
同
山口宏明
同
中村貞幸
同
濱垣治郎
同
村松千枝
主文
1 被告が平成10年2月27日付けで原告に対し行った、原告の平成5年3月、同年8月、平成6年8月、同年11月、平成7年2月、同年5月、同年6月、同年8月、同年9月、平成8年3月及び同年4月の各月分の源泉徴収にかかる所得税の納税告知処分及び同告知処分にかかる不納付加算税の賦課決定処分(いずれも平成10年7月8日付け異議決定により一部取り消された後のもの)の取消しを求める訴えを却下する。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告が平成10年2月27日付けで原告に対し行った、原告の平成5年3月、同年8月、平成6年8月、同年11月、平成7年2月、同年5月、同年6月、同年8月、同年9月、平成8年3月及び同年4月の各月分の源泉徴収にかかる所得税の納税告知処分(以下「本件各納税告知処分」という。)及び同告知処分にかかる不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)(いずれも平成10年7月8日付け異議決定により一部取り消された後のもの)を取り消す。
2 被告が平成10年2月27日付けで原告に対し行った、本件各納税告知処分及び本件各賦課決定処分(いずれも平成10年7月8日付け異議決定により一部取り消された後のもの)が無効であることを確認する。
第2事案の概要
本件は、保育所や特別養護老人ホーム等を設置運営する社会福祉法人である原告に対し、原告の元理事らが原告から不正な手段で横領した金員を同理事らに対する賞与ないし退職金の支給に当たるとして、被告が原告に対し源泉徴収にかかる所得税の納税告知処分(本件各納税告知処分)と不納付加算税の賦課決定処分(本件各賦課決定処分)を行ったが、原告が同理事らに賞与ないし退職金を支払った事実はないとして、本件各納税告知処分及び本件各賦課決定処分(これらをあわせて、以下「本件各処分」という。)の各取消しないし無効確認を求めた事案である。
1 前提となる事実等
(1) 原告の概要等
ア 原告は、昭和45年2月6日に設立された社会福祉法人であり、B保育園、C保育園、D保育園、E保育園、F保育園、G保育園の6つの保育所、特別養護老人ホーム「H」、精神薄弱者通所授産施設「I」を開設し、また、デイサービスセンター等の在宅福祉事業も行っていた。
(甲1号証、当事者間に争いのない事実)
イ 乙(以下「乙」という。)は、原告の実質的創業者であり、昭和45年2月から平成2年3月までは原告の理事長として、同年5月から平成5年7月までは原告の理事としての地位にあり、原告の理事を退いた後も原告の会長として原告の運営に当たっていた。また、乙は、原告を含む社会福祉法人や学校法人からなるAグループを運営してきた。
(甲13号証、20号証、乙16号証、17号証、19号証、20号証、当事者間に争いのない事実)
ウ 丙(以下「丙」という。)は、原告設立当初から平成5年3月31日に原告を退任するまでの間、原告の専務理事の地位にあり、原告の経理責任者であった。
(甲20号証、乙19号証、当事者間に争いのない事実)
(2) 乙による不正経理とその発覚等
ア 乙は、原告の理事長ないし理事在職中及び会長として原告の運営に当たっていた間、原告の営む事業にかかる給食材料費や人件費の架空、水増し計上等の方法により不正経理(以下「本件不正経理」という。)を行い、これにより資産(以下「本件簿外資産」という。)を捻出し、本件簿外資産を正規の帳簿とは別の帳簿(以下「裏帳簿」という。)により管理していたところ、本件簿外資産の一部を乙名義の個人預金口座(以下「乙口座」という。)に入金したり(以下「本件入金」という。)、乙の個人的な用途のために本件簿外資産から支払っていた(なお、裏帳簿上は、いったん乙に対する立替金勘定に計上した後、雑費勘定等に振替計上していた。この振り替えられた金員を以下「本件振替金」という。)。
(当事者間に争いのない事実)
イ 丙は、原告の専務理事であった間に、本件簿外資産であるJ証券株式会社の転換社債(以下「本件転換社債」という。)及びUファンド(以下「本件ファンド」といい、本件転換社債とあわせて「本件証券」という。)と、原告振出にかかる小切手2通(額面合計6000万円。以下「本件小切手」という。)を取得し、これらを換金して丙名義の個人預金口座(以下「丙口座」という。)に入金していた。(原告において明らかに争わないから自白したとみなされる事実)
ウ 原告は、平成8年9月18日、同年10月4日及び同月28日の3日間にわたって、大阪府の監査を受け、本件不正経理が行われているとの指摘を受けた。
その後、平成9年2月5日から同年3月21日まで、厚生省(当時。以下同様)、大阪府、京都府、堺市、枚方市、富田林市及び八幡市による本件不正経理の全容を解明するための原告に対する合同特別監査が行われた。同監査により、原告が施設運営費の一部から11億6915万6020円を不正に捻出していたと認められ、同年8月6日付けで、厚生大臣(当時)から原告に対し、上記不正捻出金の回収や、事実関係の調査、本件不正経理に関与した者の責任の明確化、原告の運営の適正化を図るための改善等が命じられた。
また、被告も、平成9年5月14日に原告の税務調査を実施し、乙による本件簿外資産の捻出、管理や、本件簿外資産から乙口座への本件入金及び乙の個人的な用途のための本件簿外資産からの支払(本件振替金)、丙による本件証券及び本件小切手の取得並びに換金等の各事実を把握した。
(甲2号証、乙17号証、当事者間に争いのない事実)
エ 本件不正経理の発覚に伴い、平成9年2月10日、当時の原告の理事全員が本件不正経理問題の責任をとり辞任した。その後、仮理事が選任されて、原告は新体制の下で業務の正常化が図られ、同年11月17日には新理事7名が選出された。
(甲2号証、弁論の全趣旨、当事者間に争いのない事実)
(3) 給与所得及び退職所得並びに源泉徴収制度に関する法令の定め
ア 給与所得
給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与にかかる所得をいう(所得税法28条1項)。そして、賞与とは、役員または使用人に対する臨時的な給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含む。)のうち、他に定期の給与を受けていない者に対し継続して毎年所定の時期に定額(利益に一定の割合を乗ずる方法により算定されることとなっているものを除く。)を支給する旨の定めに基づいて支給されるもの及び退職給与以外のものをいう(法人税法35条4項)。
なお、役員とは、法人の取締役、監査役、理事、監事及び清算人並びにこれら以外の者で法人の経営に従事している者のうち政令で定めるものをいい(平成14年法律第45号による改正前の法人税法2条15号)、これを受けて法人税法施行令7条は、<1>法人の使用人(職制上使用人としての地位のみを有する者に限る。)以外の者でその法人の経営に従事しているもの、及び、<2>同族会社の使用人のうち、同施行令71条1項4号イからハまで(使用人兼務役員とされない役員)の規定中「役員」とあるのを「使用人」と読み替えた場合に同号イからハまでに掲げる要件のすべてを満たしている者で、その会社の経営に従事しているものをいう旨規定している。
イ 退職所得
退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与にかかる所得をいう(所得税法30条1項)。
ウ 源泉徴収制度
納税者とは、国税に関する法律の規定により国税(源泉徴収による国税を除く。)を納める義務がある者及び源泉徴収による国税を徴収して国に納付しなければならない者をいう(国税通則法2条5号)。そして、所得税法28条1項(給与所得)に規定する給与等の支払をする者その他同法第4編第1章から第6章まで(源泉徴収)に規定する支払をする者は、同法により、その支払にかかる金額につき源泉徴収をする義務があり(同法6条)、居住者(国内に住所を有し、または現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう。同法2条1項3号)に対し国内において同法28条1項(給与所得)に規定する給与等ないし同法30条1項(退職所得)に規定する退職手当等の支払をする者は、その支払の際、その給与等ないし退職手当等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない(同法183条、199条)。
源泉徴収による所得税を徴収して国に納付する義務(納税義務)は、利子、配当、給与、報酬、料金その他源泉徴収をすべきものとされている所得の支払の時に成立し(国税通則法15条2項2号)、同義務の成立と同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定する(同条3項2号)。
源泉徴収の規定により所得税を徴収して納付すべき者がその所得税を納付しなかったときは、税務署長は、その所得税をその者から徴収する(所得税法221条)。そして、税務署長は、源泉徴収による国税でその法定納期限までに納付されなかったものを徴収しようとするときは、納税の告知をしなければならず(国税通則法36条1項2号)、この納税の告知は、税務署長が、納付すべき税額、納期限及び納付場所を記載した納税告知書を送達して行う(同条2項)。
(4) 被告による本件各処分等の経緯
ア 被告は、本件入金及び本件振替金は乙に対する所得税法28条に規定する給与所得(賞与)に該当すると判断し、また、本件証券及び本件小切手は丙に対する同法30条1項に規定する退職所得に該当すると判断した。そして、本件証券及び本件小切手の総額1億0226万9942円のうち2000万円は既に丙の退職金として課税済みであったことから、同金額との差額8226万9942円についてのみ課税対象分として、それぞれ別表1-1及び1-2の「課税の経緯一覧表」の「本件告知処分等」欄に記載のとおり、平成10年2月27日付けで、源泉所得税の納税告知処分(本件各納税告知処分)及び不納付加算税の賦課決定処分(本件各賦課決定処分)の本件各処分を行った。
(当事者間に争いのない事実)
イ 原告は、本件各処分を不服として、平成10年4月17日付けで、被告に対し、異議の申立てをした(以下「本件異議の申立て」という。)。被告は、原告が丙から同年2月26日に6000万円の返金を受けたことが判明したとして、同年7月8日付けで、退職所得にかかる所得税の額を再計算し、別表1-2の「異議決定」欄記載のとおり本件各処分の一部を取り消す異議決定(以下「本件異議決定」という。)をした。
(甲8号証、当事者間に争いのない事実)
ウ さらに原告は、本件各処分の取消しを求め、平成10年7月22日付けで、国税不服審判所長に対し、審査請求をした(以下「本件審査請求」という。)。これに対し、国税不服審判所長は、平成11年6月17日付けで、本件審査請求をいずれも棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、同月21日本件裁決は原告に送達された。
(当事者間に争いのない事実)
(5) 乙に対する訴訟の経緯
ア 原告は、平成10年4月15日、乙を相手方とし、乙による本件簿外資産からの本件入金や本件振替金により原告は損害を被った等として、乙に対し9億1080万1092円の支払を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起した(大阪地方裁判所平成10年(ワ)第3725号損害賠償請求事件。以下「別件訴訟」という。)。
(甲13号証、当事者間に争いのない事実)
イ 別件訴訟について、平成13年6月27日、大阪地方裁判所は、乙に7億2429万5204円の支払を命ずる判決を言い渡した(以下「別件第1審判決」という。)。
(甲13号証)
ウ 原告及び乙の双方は、別件第1審判決を不服として大阪高等裁判所に控訴した(大阪高等裁判所平成13年(ネ)第2619号損害賠償請求控訴事件)。同裁判所は平成14年7月11日、別件第1審判決を変更し、乙に対し合計8億2884万3128円の支払を命ずる判決を言い渡し(以下「別件控訴審判決」という。)、同判決は確定した。
(甲16号証、17号証)
(6) 大阪国税局による差押え及び公売予告通知等
ア 原告は、本件各処分にかかる源泉所得税及び不納付加算税(これらをあわせて、以下「本件各税」という。)の納付について、大阪府に対し照会をした。大阪府福祉部長は、平成10年6月9日付けで、原告に対し、原告が本件各税を納税することを認めることはできない旨、上記照会に対する回答をした。
(甲4号証)
イ 本件各処分に基づく原告への課税について、平成10年6月18日、大阪国税局と大阪府福祉部福祉指導課(現法人指導課。以下「大阪府指導課」という。)の職員が協議をした(以下「本件国税局と大阪府との協議」という。)。
(当事者間に争いのない事実)
ウ 大阪国税局は、平成10年10月21日、本件各税(但し、本件異議決定による一部取消し後のもの)を徴収するため、原告所有の大阪府堺市他3筆の土地及び同土地上の建物(これらをあわせて、以下「F保育園の土地建物」という。)を差し押さえた(以下「本件差押」という。)。
(甲15号証、当事者間に争いのない事実)
エ 大阪国税局は、平成14年1月8日付けで、原告に対し、本件差押にかかるF保育園の土地建物を近日中に公売する見込みである旨の公売予告通知(以下「本件公売予告通知」という。)をした。
(甲15号証、当事者間に争いのない事実)
2 争点
(1) 本件各処分の取消しを求める訴え(以下「本件取消訴訟」という。)の出訴期間徒過の有無(本案前の主張)
(2) 本件各処分の適法性及び無効事由の有無
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)(本件取消訴訟の出訴期間徒過の有無(本案前の主張))について
(被告)
ア 行政処分の取消訴訟の出訴期間については、処分または裁決のあったことを知った日から3か月以内に提起することを要するものとされる(行政事件訴訟法14条1項)。
また、処分または裁決のあったことを知ると否とにかかわらず、行政上の法律関係を安定させるため、処分または裁決があった時から1年を経過したときは、もはや出訴を許さないが、正当な理由があれば、処分または裁決があった時から1年経過後も出訴が許される(行政事件訴訟法14条3項)。この出訴期間についての「正当な理由」は、行政事件訴訟法14条3項の除斥期間に対する除外例として問題となるに過ぎず、同条1項の適用がある場合には、正当理由の問題は起こり得ない。
同法14条3項は、同条1項によればなお出訴期間が経過していない場合でも、処分または裁決の日から1年を経過したときは、もはや出訴を許さないとする趣旨であるから、同条1項の適用がある場合には同条3項の適用はなく、したがって、同項ただし書の適用もないものと解すべきである。
この同条1項の出訴期間は不変期間である(同条2項)が、当事者の責めに帰することができない事由があれば、その事由の止んだ後1週間以内に限り訴えを提起することができる(民事訴訟法97条)。これは、訴訟提起の際、通常人なら払うであろう注意をしても避けられないと認められる事由をいい、例えば予期しない天災地変による列車不通のために裁決書の郵送が延着した場合や、公示送達を了知せずに出訴期間を経過し、その後に公示送達の事実を知ったというような場合である。
イ 本件においては、原告が本件取消訴訟を提起したのは平成14年3月8日であるところ、原告が本件裁決の裁決書を受領した平成11年6月21日から既に3か月以上経過しており、また、本件裁決の日である同月17日から1年以上経過していることは顕著であるから、本件取消訴訟が出訴期間を経過した不適法な訴えであることは明らかである。
ウ 原告の主張に対する反論
(ア) 本件国税局と大阪府との協議の内容は以下のとおりであり、大阪国税局の職員が原告や大阪府指導課職員らに対し、別件訴訟中は強制執行を行わないなどと言った事実は存せず、大阪国税局の見解の変更があったとする原告の主張は、その前提において誤りである。
a 平成10年6月18日の本件国税局と大阪府との協議の際、大阪府指導課から、現状では原告の滞納税金の納付財源がない旨の説明を受けたことから、大阪国税局徴収課の担当職員は、おおむね、<1>納付意思のない法人については、国税徴収法47条により財産の差押えをしなければならないこと、<2>当時の時点において原告の措置費収入の差押予定はないが、措置費は差押禁止財産ではないこと、<3>原告所有不動産を差押予定であるが、原告による課税不服手続中であるため、その期間中の換価は行わないことを説明した。
b 同年10月14日、大阪国税局徴収部の担当職員は、原告の丁理事と面談し、滞納税金の納付がないため、原告の財産を差し押さえる旨説明した。
c 大阪国税局は、同月21日、本件差押を実施した。
d 本件裁決の後である平成11年6月28日、大阪国税局の担当職員は、原告の丁理事から、本件差押財産の処分予定について質問があったことから、同人に対し、差押財産の法律上の換価制限がなくなるので、直ちに公売ということではないが、徴収上の選択肢になる旨説明すると共に、課税の取消訴訟を提起しても換価制限は付されない旨、あわせて説明した。
(イ) そもそも、原告の主張を前提としても、強制執行を行わない旨の説明は、滞納税金の納付方法に関する問題であり、本件各処分についての不服申立手続の問題とは全く別個の問題である上、上記強制執行を行わない旨の説明が、不変期間徒過に関する当事者の責めに帰することができない事由に該当しないことは明らかである。
(ウ) また、原告の主張を前提としても、出訴期間経過についての追完は認められない。
すなわち、不変期間を徒過した場合の訴訟行為の追完は、当事者の責めに帰することができない事由が消滅した後1週間以内に行わなければならないこととされている(民事訴訟法97条1項)。
原告は、本件公売予告通知書が原告に送付されたことをもって、大阪国税局が見解を変更した旨主張するところ、同通知書が送付されたのは平成14年1月10日である。したがって、原告の同主張によっても、同日が当事者の責めに帰することができない事由が消滅した日となるから、同月17日の経過をもって追完の認められる期間が満了したことになる。
また、当事者の責めに帰することができない事由が消滅した日を原告に最大限有利に理解し、同年2月28日の原告の理事会での協議の日と解したとしても、同期間の満了日は同年3月7日である。
これに対し、本件訴訟の提起は同月8日であるから、いずれにせよ不変期間の追完が認められる期間を徒過している。
(原告)
ア 以下のとおり、本件取消訴訟において、1年の出訴期間経過後に訴えを提起するについて正当な理由が存するから、本件取消訴訟は適法である。
(ア) 原告は、平成10年4月15日、乙に対する別件訴訟を提起した。
(イ) 原告は、社会福祉法人として、大阪府指導課の監査及び指導を受けているが、本件各処分についても当初から大阪府指導課に相談し、本件各処分に対し、本件異議の申立てや本件審査請求の各手続を採っていた。
原告は、万一の場合を考えて、大阪府指導課に対し、本件各税について借入金等で納付することについて照会したが、大阪府指導課からは、別件訴訟と本件異議の申立てに対する判断を待って対処するのが妥当である旨の回答を得た。
(ウ) さらに、大阪府指導課職員は、平成10年6月18日に行われた本件国税局と大阪府との協議の結果、大阪国税局は時効中断のため原告の不動産の差押えを行うが、別件訴訟係属中なので強制執行は行わず、措置費は差し押さえないことを確認した。
(エ) 原告は、大阪府指導課から、(ウ)記載の大阪国税局の見解を聞き、すっかり安心して、平成11年6月21日に本件裁決書を受領しても本件取消訴訟は提起せず、乙に対する別件訴訟の判決確定を待って本件各税の納税の有無を決すればよいと考えた。
(オ) しかるに、平成14年1月10日、突如大阪国税局から本件公売予告通知書が送付されたことから、原告は大阪府指導課に報告した。そこで、大阪府指導課職員が大阪国税局に確認したところ、大阪国税局は、原告の乙に対する別件訴訟が損害賠償請求であり、勝訴しても課税は消えないので、公売を実施するとして、前任者の見解を変更した。
(カ) 以上のように、大阪国税局の見解により、本件取消訴訟の訴えの利益は存在しないものと考え、本件裁決の日から3か月はもちろん、1年経過後も本件取消訴訟の提起はしなかった。しかしながら、大阪国税局の見解の変更により、F保育園の土地建物の公売が実施されると、原告が経営するF保育園(園児200名)の閉鎖を余儀なくされ、社会的に重大な結果を来すことになり、本件取消訴訟の訴えの利益が生じたものであるから、原告が出訴期間経過後本件取消訴訟を提起することには正当な理由が存する。
イ 被告は、ア記載のような正当な理由の存在を前提としても、それは当事者の責めに帰することができない事由に該当しない旨主張する。しかしながら、ア記載のとおり、大阪国税局職員の言を信じて、別件訴訟と重複する訴訟をする必要はないと考えた原告の態度は自然であり、両者は別問題とする被告の形式論は事実を無視した主張であって認められない。
ウ また、被告は、不変期間を徒過した場合における追完の期間も経過している旨主張する。しかしながら、行政事件訴訟法14条3項にいう1年経過後の正当な理由があるときの期間は不変期間ではなく、民事訴訟法97条1項の適用も受けない。
原告は、平成14年2月28日の理事会での報告を受け、出訴の障害解消後遅滞なく同年3月8日に本件取消訴訟を提起したものであるから、適法である。
(2) 争点(2)(本件各処分の適法性及び無効事由の有無)について
(原告)
以下のとおり、本件各処分には重大かつ明白な瑕疵があり、無効である。
ア 原告は、本件各処分の対象となった金員(以下「本件金員」という。)を乙らに給与、退職金として支払った事実はない。事実は、当時原告の会長ないし理事であった乙らが、本件不正経理により措置費を裏帳簿で隠匿し、それをほしいままに懐に入れ費消したものである。
イ(ア) 別件控訴審判決は、本件金員について、別紙課税一覧表記載のとおり認定した。
a 別紙課税一覧表中、No.1及びNo.3ないしNo.7(合計1億5454万7924円)については、乙の債務について、原告がこれを支払ったことが認められる。そして、この支払について、乙に不法行為または債務不履行の責任を問えるかどうかはしばらく措くとして、上記各支払が乙の委任に基づくものであることが認められるから、原告は乙に対して立替金返還請求権(委任事務処理費用償還請求権)を有している。
b 同No.8ないしNo.17(合計8971万8483円)については、乙は原告から借用したものである旨主張するが、弁済条件の定めもなく、原告から返済を求められた事実も認められないことからすると、貸借の合意の成立を認めるのは困難である。したがって、上記受領金の交付について法律上の原因が認められないから、原告は乙に対して不当利得の返還請求権を有する。
c 同No.2(3195万8964円)は、乙所有のKの運営費であるが、Kは平成5年4月30日までは学校法人L学園に、同年5月1日以降は学校法人M学園に賃貸しており、Kはこれらの法人によって運営され、Aグループの職員や一般の顧客が利用できる保養所として使用されていることが認められる。一方、乙がこれを運営していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって、Kの運営費3195万8964円については、原告による乙の債務の支払を認めることができない。
(イ) 以上のとおり、別件控訴審判決は、K関係の3195万8964円以外の金員について、原告の請求をすべて認め、乙に原告への支払を命じた。同判決の事実認定を検討すると、すべての金員は乙がほしいままに原告から出金させて自らのために費消したり、銀行口座に振り込ませたものである。原告は、乙へ給与としてこれら金員を与える意思は毛頭なく、あくまでこれを回収せんとしているものである。したがって、これら金員を乙への給与とみなした被告の認定は明らかに誤りである。
さらに、K関係の3195万8964円は、被告が認定した乙のKの土地購入費用ではなく、別件控訴審判決はこれをKの運営経費であり、乙負担とすべきではないと認定している。したがって、同判決は、課税処分の前提事実において被告の認定を否定しているのであるから、被告のK関係の課税処分も根拠を欠いているものである。
ウ 重大性の要件について
(ア) 本件不正経理によって乙が不法に原告から取得した金員を直視、正視すれば、被告は、乙の不当な利得に(賭金に課税するのと同様に)直接課税し、乙から直接取り立てるべきであり、これをあえて乙の給料として、源泉徴収税を原告に課すのには無理がある。
被告は、乙が本件金員を取得するに至った前提事実を正確に、言い換えれば、原告が給料として支払ったのではなく、乙が不法、不当に取得した事実を認識していながら、これを原告から乙への給与と無理に認定したものである。この認定、課税の意思決定は法律的には「錯誤」による意思表示と構成すべきものであろうが、その実体は、乙に対し直接課税しても徴収は困難であり、原告への課税によって徴収可能と判断し、あえて「認定」したとも疑えるものである。すなわち、上記意思決定には「錯誤」以上に大きな瑕疵があるといえる。
(イ) 重大性を判断するに当たっては、相手方(国民)の側の事情をも衡量の中に取り入れるべきである。原告は、利益を目的としない社会福祉法人として、保育園、特別養護老人ホーム、精神薄弱者通所授産施設等を経営しているが、被告の課税処分により、公売によって地域社会にとって必要なF保育園を喪失し、残る負債によって他の施設も閉鎖されるおそれさえ出てくるなど、重大なものである。
(ウ) 被告の本件各処分を単に「錯誤」によるものとすれば、それは取消事由に過ぎないとされるかもしれない。しかしながら、上記のとおり、本件各処分は、「錯誤」より大きな瑕疵を有する認定、課税処分行為であること、及び、本件各処分が原告にとって社会的使命を大きく喪失させる重大なものであることなどをあわせ考慮すれば、本件各処分には「意思のない行為」に比すべき重大な瑕疵が存するものといえるから、重大性の要件は存するものと認められる。
(エ) 本件では、乙が不当に騙取した本件金員が、原告の支給する給与、賞与ではないことが確定判決(別件控訴審判決)で明確にされたのであるから、被告の本件各処分は納税義務者を誤った課税処分であり、この課税処分には重大な瑕疵があったものといわなければならない。
エ 明白性の要件について
(ア) ウ(ア)記載のとおり、被告は、調査の上、本件各処分の前提事実を正確に認識していたのであり、乙の不正行為は外観上一見明白なものとなっていた。
(イ) 被告が正しく認めた前提事実を直視すれば、本件各処分時に、課税相手は乙であり、その取得した金員は原告より不法に取得したものであり、原告が本件金員を乙に給与、賞与として「支払ったものではない」ことが一見して明白であるにもかかわらず、あえて原告より乙への給与と認定したものであり、同認定行為の瑕疵は外見上、客観的に明白といえる。
(ウ) 無効の要件としての明白性の要件は、明白性それ自体が問題なのではなく、法的安定性、信頼保護といった法的価値の保護のために、一般的には明白性が必要とされているに過ぎない。本件各処分は、課税庁と被課税者との間にのみ存するものであり、処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要はないものであるから、重大な瑕疵が存する場合、その明白性の程度は低くても、無効とすべきである。
(エ) 以上から、本件各処分について、明白性の要件は十分に存在する。
オ 源泉徴収制度は、特定の所得の支払者が源泉徴収義務者として、その所得の支払の際に、所定の税率を適用して計算した所得税を徴収し、これを国に納付するという、国の徴収事務の簡素化、能率化の目的で設けられた制度である。かかる源泉徴収制度は、正常に機能している場合は、憲法29条や14条にも違反せず、国の徴税事務の能率にかなった制度であるのみならず、納税義務者にとっても、便宜かつ合理的な制度といえる。
しかし、源泉徴収義務者が本来の納税義務者から不当に金員を騙取された場合にも源泉徴収義務者にその源泉徴収義務をあくまでも課すとすべきではなく、実質課税の原則にかえり、騙した本来の納税義務者本人に対して課税徴収することが迅速、確実な徴税という財政的な要請を越えて正義に合致する場合がありうる。
本件において、仮に原告に源泉徴収義務があるとしても、源泉徴収義務者たる原告と本来の納税義務者である乙が争っていて、その結果、乙本人の不当な騙取が明らかとなり、源泉徴収義務者とされる原告に給与支払義務がないことが判決において確定した場合には、もはや、源泉徴収義務を課す基盤が失われていると考えるべきであり、実質課税の原則に立ち戻り、直接乙本人に課税すべきである。
さらに、本件において、源泉徴収義務者とされる原告は、乙に不当に金員を騙取されており、その上、不当騙取に対して課税されるなら、源泉徴収義務者は二重の経済負担を課されるものであり、まさに踏んだり蹴ったりである。被告は、不当騙取された金員が返還されたときに修正が行われるべきとするが、本件のように不当騙取の金員が返還される可能性が皆無の現状では空論である。
カ 本件各処分について、別件控訴審判決においてその課税の前提が否定されているのであるから、このような場合にまで課税庁による是正措置が講ぜられない限り、原告が本件各処分に従わなければならないとすることは著しく不当であって、正義公平の原則にもとるものというべきである。
したがって、課税庁である被告はもはや本件各処分の効力を主張できないものとして、原告の無効の主張が認容されるべきである。
(被告)
以下のとおり、本件各処分(本件異議決定により一部取り消された後のもの)は適法であり、本件各処分に重大かつ明白な瑕疵は何ら存在しない。
ア(ア) 租税法にいう「所得」とは、担税力を増加させる経済的利得をいうものであり、その有無及びその区分については、その法律的形式よりは、経済的実質をもって判断されるべきである。
そのため、違法所得または私法上無効な行為による所得であっても、他の法分野での効力に関係なく、それらが現実に利得者の管理支配の下に入っている限り、課税の対象となる。
(イ) 法人税法上、役員に対する給与については、様々な規制がされている。すなわち、役員賞与等が損金不算入とされたり(同法35条等)、役員の範囲について、取締役に限らず実質的に経営に従事しているものをも役員とみなしたり(同法2条15号、同法施行令7条)、役員給与の範囲について、金銭等に限らず広く経済的利益を含むとしたり(同法34条3項、35条5項等)、支給手続の差異に対しても損金算入の規制を設けている。
法人税法におけるこのような規定の存在は、役員等に対する経済的利益の供与等は、役員報酬に関する商法等の法規制では十分といえず、役員の場合には経済的利益を享受する場合が多く、かつ、その享受方法が多様である上、役員がその権限に基づいて商法等の法規制を無視して法人から利得することが多く、給与が極めて不明瞭な形で取得されることが多いことを示すものであり、かかる潜脱を厳しく戒め、租税負担公平の原則の下に経済実態に応じた適正な課税をする必要性が非常に高いことを意味している。
(ウ) (イ)記載のように、現実の法人の経営においては、給与支出の外形を伴わずに、役員等が法人から利益を取得することがまれではない。特に、法人の代表者は、その資産を自由に処分しうる地位、権限を有することから、簿外資産を捻出し、これを当該法人の事業とは無関係に利得し、費消する場合が現実に多数発生しており、しかも、そのような利得はしばしば仮装、隠蔽手段を伴ってされ、使途不明金となっている場合も少なくない。また、給与支出という形式を採らず、法形式上は、売買、抵当権設定、消費貸借、賃貸借などの契約を通じて、代表者等が利益を取得する場合も多い。
しかし、法人の代表者等が、このような利得により担税力を増加させているにもかかわらず、課税を免れるとすれば、租税負担公平の原則に反する不当な結果となる。また、法人税法の関係では、上記のような法人の代表者等が得たと認められる利益まで、損金に算入できるものとすることは、著しく不当な結果を招くものであり、真面目な納税者の納得できるものではない。
このような事態は、いわゆる同族会社に多く見られるが、それ以外の会社でもまれなことではなく、公益法人であっても例外ではない。
このようなことから、課税実務及び裁判例上、給与たる名目ないし支出の外形を伴わない役員等の利得を賞与と認定し、その金額は、法人税法上損金に算入されないとともに、その役員に対する給与の支払として所得税を源泉徴収することが一般的に承認されており、これがいわゆる認定賞与である。
(エ) そして、売上計上漏れや架空仕入等の給与支給の外形を伴わない支出であっても、これらが事業資金等に用いられず、経営、資産運用の実権を掌握する法人役員等が自らに取得せしめた経済的利益と認められる場合には、当該利益は当該役員等の給与と解するほかはないというべきである。
イ(ア) 株式会社の代表取締役は、会社の営業に関する一切の裁判上裁判外の行為をなす包括的権限を有し、これは対外的に制限できない(商法261条3項)。また、客観的に代表権の範囲内に属する行為であれば、主観的にはその権限を濫用した場合でも、代表行為自体は有効である。法人との関係では、横領、背任に該当する行為であっても例外ではない。
また、公益法人の場合も同様に、理事の代表権の制限は善意の第三者に対抗できず(民法54条)、その権限は包括的である。
(イ) 賞与であることが肯定されるには、法人の意思に基づく給付であることが肯定される必要があると考えられるが、このような法人の代表者の権限に照らし、法人から代表者への利益の供与は、その権限内のものであり、代表者の意思に基づく給付は、法人の意思に基づく給付であると認められるというべきである。
そして、代表者の行為が法令に違反し、あるいは、権限を濫用したものである場合であっても、代表者の権限内のものであることには変わりがなく、その結果、代表者が法人に対して返還義務を負うとしても、給与所得であることが否定されるものではない。
(ウ) そして、代表者が法人から利得し、その趣旨が明らかてない場合、別途、相当価格での資産の売買代金であることなど特別の事情があれば格別、そうでなければ、代表者の地位にあること以外に、そのような利益を得る理由はないから、その利得は、法人の代表者であるという地位に基づいて取得した利益であるといえるのであり、これを法人からの賞与の支給と推認することは合理的である。
ウ 法人税法35条の「賞与」について、法人税基本通達9-2-10は、実質的に法人から役員等に給与を支給したと同様の経済的効果をもたらすものとして、所有資産を低価格で譲渡した場合の差額が賞与に該当する場合など、12の例を挙げている。すなわち、売買契約、賃貸借、消費貸借等の場合であっても、経済的利益の移転があることから賞与に該当することが認められている。
また、所得税基本通達36-15も同様に資産の低額譲渡、低額の賃貸借、低利の貸付などを例示している。
このように、所得税法及び法人税法上の「賞与」にどのような利得が該当するかについては、通達上、役員等の受ける経済的利益について、その法形式を問わず、該当性が認められるものとされている。
エ 本件入金及び本件振替金の給与(賞与)該当性(乙関係)
(ア) 本件入金については、別表3-2記載のとおり、平成6年8月11日から平成8年4月11日までの間の合計10回にわたり、本件簿外資産から、乙口座に合計8971万8483円入金されたものである。
また、本件振替金についても、別表3-1記載のとおり、本件簿外資産から、不動産の購入代金等乙の個人的用途に当てるため、合計1億8650万5888円が支払われたものである。
(イ) 乙は、原告の実質的創業者である上、昭和45年2月から平成2年3月まで理事長として、同年5月から平成5年7月まで理事としての地位にあった。また、乙は、理事を退いた後も原告の「会長」ないし「学園長」として原告の運営に当たり、入れ替わりで理事となった乙の長男戊(以下「戊」という。)を含む自らの親族や丙の代わりに経理担当になったN(以下「N」という。)など「言うこともすべて聞く人形的な存在」の人物を理事長や理事に就任させ業務上の指示をしていたことからすれば、乙は、実質的に原告の代表者として、資産面を含め全面的に支配権を有していたということができる。
(ウ) 原告は、その経営する保育園等の設立費用等のために社会福祉・医療事業団、大阪府社会福祉協議会から借入をしていたものであるが、その借入金の償還財源や各種施設の建設資金として、乙は、原告に対し、別表4「乙寄附一覧表」記載のとおり合計7億6617万2550円を寄附または贈与している。
(エ) 原告においては、乙以外の理事長や経理担当の理事については、年間合計五、六百万円前後の報酬、賞与が支給されていたが、少なくとも平成2年6月以降、乙が正規の報酬、賞与の支給を受けた事実は認められない。
そして、上記正規の報酬、賞与は、原告の公表資産からの支出であり、給与台帳にも記載されているにもかかわらず、支出にかかる理事会の承認を得た形跡はなく、他に原告に報酬規定のようなものも存しない。
そうすると、原告は、乙ないし乙と通じた理事長の判断において報酬、賞与を支給していたと推認できるのであって、本件入金等と実質的な差はないというべきである。
(オ) 原告の理事会のメンバーの大部分が乙の親族関係者や乙の意のままになる者であることから、原告の理事会は形骸化しており、原告の運営は、乙を中心として丙ら側近の協議によって決められて実行されていたものであって、原告の経理についても同様であり、乙らの意思で決定され、原告の理事会が予算や決算を具体的に審理したりすることはなかった。
(カ) 本件簿外資産は、乙の指示の下、原告の経理を担当していた丙らをして架空職員に対する給与の支払や水増し給与などによる人件費の計上を行い、業者に指示することで給食費の水増しや架空支払、物品購入費及び修繕工事費等の計上を行い、捻出していた。
乙の理事退任後も、戊やNらが、原告の不正経理を引き継ぎ、乙がNらに電話連絡で指示し、その都度乙の指示通りの経理処理がされてきた。
まさに、原告自身において、法的に許されるか否かはともかく、本件入金や本件振替金を乙が取得することを容認していたものといわざるを得ない。
(キ) 以上の事実からすれば、乙が原告に対し、多大な寄付を行っており、原告内において「会長」や「学園長」と呼ばれ、原告を実質的に支配していたと認められることや、本件入金や本件振替金を乙が取得することについて、原告が容認していたというべき状況が認められることから、乙は実質的経営者として法人税法上規定される役員に該当する。そして、本件入金や本件振替金が、原告の事業活動によって得ていたことが明らかであり、かつ、乙が原告の理事ないし会長として勤務してきたこと以外に本件入金を得る理由がないことからすれば、乙は、原告の役員としての地位ないし勤務関係に基づいて本件入金及び本件振替金を得たというべきである。
したがって、本件入金や本件振替金が「給与(賞与)」に該当することは明らかである。
オ 本件証券及び本件小切手の退職所得該当性(丙関係)
(ア) 丙は、別表3-3記載のとおり、平成5年3月5日から同月15日までの間に本件簿外資産の一部であった本件証券及び本件小切手を換金し、本件転換社債分194万9942円、本件ファンド分4032万円、本件小切手分6000万円の合計1億0226万9942円を取得し、丙口座に入金した。
丙は、同月31日付けで原告を退職した。
原告は、本件小切手6000万円のうちの2000万円を丙に対する退職金であるとして、源泉所得税を納付した。
また、丙は、平成10年2月26日、原告に対し、上記1億0226万9942円のうち合計6000万円を返還した。
(イ) 丙は、乙と親戚関係にあり、昭和45年1月から平成5年3月31日に原告を退任するまでの間(昭和63年5月31日から平成2年5月30日までの2年間を除く。)、原告の理事の職にあり、経理責任者として従事していた。また、乙と同様、原告設立以来多額の寄附等を行ったり、原告の特別代理人として乙と契約したりし、原告内において乙に次ぐ地位にあった。
(ウ) 原告の理事会が形骸化しており、原告の運営が経理面を含め、乙を中心として丙ら側近の協議によって実行されていたことや、乙の指導の下、丙らが本件簿外資産の作出に関与していたことは、エ(オ)及び(カ)記載のとおりである。
(エ) 以上の事実からすれば、丙は、乙の指示の下、原告の設立時から長期間にわたり、原告を実質的に支配していたと認められる上、本件証券及び本件小切手を原告の事業活動によって得ていたことが明らかであり、かつ、丙が原告の理事として勤務してきたこと以外に本件証券及び本件小切手を得る理由がなく、しかも、丙が本件証券及び本件小切手を取得するにつき、いわば原告が容認していたというべき状況が認められ、原告を退職する直前に丙が本件証券及び本件小切手を取得したものであるから、本件証券及び本件小切手は実質的に退職所得に該当するというべきである。
カ 本件各税額について
本件各税のうち、乙への賞与に関するものは、別表2の「賞与に対する源泉所得税額等の計算表」の「税額」欄及び「加算税の額」欄各記載のとおりであり、丙への退職金に関するものは、同別表の「退職金に対する源泉所得税額等の計算表」中「異議決定」欄の「税額」欄及び「加算税の額」欄各記載のとおりである。
したがって、本件各処分(ただし、本件異議決定により一部取り消された後のもの)は適法である。
キ 重大かつ明白な瑕疵の不存在
無効原因たる重大な瑕疵とは、行政行為に内在する瑕疵が重要な法規違反がある場合、あるいは、行政行為の基幹的な要件ないし内容に関わる違法がある場合に認められる。
また、瑕疵の明白性とは、処分の成立当初から誤認であることが外見上、客観的に明白である場合をいう。
しかるに、本件各処分については、外見上、客観的に明白な瑕疵はない上、何ら重要な事実の誤認も存せず、重要な法規違反ないし基幹的な要件、内容にかかわる違法は存しないから、重大かつ明白な瑕疵が存しないことは明らかである。
ク(ア) 原告は、別件控訴審判決において、乙本人が不当騙取した金員は給与、賞与でないことが明白にされた旨主張する。
しかしながら、別件控訴審判決は、原告が乙に対し、本件振替金につき立替金返還請求権(委任事務処理費用返還請求権)、本件入金につき不当利得返還請求権を有する旨判示したにすぎない。これは、乙と原告間の私法上の債権債務関係についての判断であり、租税法上の給与(賞与)に当たるかどうかの判断ではないことはいうまでもない。給与所得(賞与)に該当するか否かは、租税法上の見地から判断されるべきところ、法人の役員が権限を濫用して自己に給与(賞与)を支給することも当然ありうるのであって、原告のような主張を前提にすれば、瑕疵ある行為に基づく所得はすべて給与所得ではないことになり、不当極まりない。
(イ) 原告は、別件控訴審判決はK関連費用はKの運営経費であると認定しており、前提事実において被告の認定を否定しているから、被告のK関係の課税処分も根拠を欠いている旨主張する。
別件控訴審判決においては、当事者間で、Kの運営経費であることを前提に、乙個人がKを運営していたのか否かが争点となり、乙個人がKを運営していたと認めるに足りる証拠はない旨判断されたものである。しかし、そもそも本件各処分が行われた当時、原告は、K関連費用が乙の購入したKの購入費であることを認めていたものである。
また、原告は、別件訴訟の控訴審において、「第一審原告は、平成3年3月30日までのKの運営経費3188万9062円を支払った。」旨主張していたが、平成2年度の原告のKに対する勘定及び乙に対する立替金勘定によれば、平成2年4月1日付けで、Kに対する費用3188万9062円が前期から繰り越された、すなわち、同費用がそれ以前から生じていたところ、平成3年3月30日に乙の立替金勘定に振り替えられたことが認められるのであって、原告の主張が前提において失当であることが明らかである。
ケ 原告の主張オについて
(ア) 原告は、源泉徴収義務者が本来の納税義務者から不当に金員を騙取された場合には、実質課税の原則にかえり、騙した本来の納税義務者本人に対して課税徴収することが正義に合致する場合がありうる旨主張する。
しかしながら、所得税法12条にいう実質所得者課税の原則は、収益の名義人が誰であるかにとらわれず、現に経済的利益を得ている者に課税することを意味するものである。そして、本件では、現実に乙が経済的利益を享受し続けている以上、実質所有者課税の原則によっても、乙が納税義務者であるというほかない。
そもそも、源泉徴収制度は、給与等の支払者等をして、その支払金額等を課税標準として計算した税額相当額を天引徴収させ、この徴収した金額を国に対し租税として納付させる制度であって、支払者は源泉徴収義務を負うにすぎず、あくまでも、納税義務者は給与等の支払を受ける者である。
したがって、乙が得た経済的利益が給与所得に該当する以上、原告が源泉徴収義務を負担するのは当然のことであり、本件各処分は何ら実質所得者課税の原則に反するものではない。
原告に源泉徴収義務を課すべきではなく、乙本人に対して課税徴収するべきであるとする原告の主張は、納税義務者と源泉徴収義務者とを混同するものであり、実質所得者課税の原則の意味を正しく理解していないといわざるを得ない。
(イ) 原告は、源泉徴収義務者とされる原告は乙に不当に金員を騙取されており、その上不当騙取に対して課税されるなら、源泉徴収義務者は二重の経済負担を課されるものである旨主張する。
しかしながら、本件において、乙が金員を「騙取」したとすること自体、何の根拠にも基づかないもので、失当である。
また、この点を措くとしても、所得に当たるか否かは、その利得の原因のいかんを問わず、実現した経済的成果に即して判断すべきであり、利得の原因が合法か不法かを問わない。
原告は、あたかも原告自身が被害者であり、被害者から課税するのはおかしいかのような主張をするが、法人は、その代表者が行った行為について、第三者に対して責任を取ることは当然であり、法人が代表者との関係で被害者であるからといって、代表者の行為によって生じた結果の負担を課税庁(国民全体)に負わせてよいということにはならない。
さらに、源泉徴収制度は、納税告知処分を受けた原告が、受給者である乙に納税額相当分を請求することを予定しているところ、原告はこれを怠り、自らの代表者であった乙の行為の結果を乙ではなく、我が国の国民一般に転嫁しようとしているものであって、許されない。
コ 原告の主張カについて
(ア) 原告は、別件控訴審判決において本件各処分に基づく課税の前提が否定されているのであるから、このような場合にまで課税庁による是正措置が講ぜられない限り、原告が本件各処分に従わなければならないとすることは著しく不当であって、正義公平の原則にもとる旨主張する。
しかしながら、そもそも瑕疵ある法律行為に基づく利得であって、返還義務を負う場合であっても、利得者がそこから経済的利得を享受している限り、担税力の強化という経済的事実に着目して課税がされていることは是認されているというべきである。
そうすると、別件控訴審判決で乙の返還義務が認められたとしても、所得の発生と返還義務は併存しうるものであり、乙がその金員を返還するまでは乙に経済的利得が現存するのであって、失当である。
(イ) そもそも、所得税法上、違法所得等を返還した場合の処理については、確定申告書を提出し、または決定を受けた居住者は、当該申告書または決定にかかる年分の各種所得の金額につき所得税法63条または同法64条の規定する事実その他これに準ずる政令で定める事実が生じたことにより、国税通則法23条1項各号の事由が生じたときは、当該事由が生じた日の翌日から2か月以内に限り、税務署長に対し、更正の請求ができる(所得税法152条)。ここでいう「その他これに準ずる政令で定める事実」とは、申告の計算の基礎となった事実のうちに含まれていた無効な行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたこと等となっている(所得税法施行令274条)。
このような規定は、違法または無効な行為から生じた所得であっても所得税課税の対象となることを前提としながらも、その所得につき、「経済的成果が…失われた」ときには、更正の請求を認めて、課税の修正を図ろうとしているものである。これは、違法所得等については、もともとそれを享受していることが私法上の権利として確定するものでないから、違法または無効が確定した段階で課税関係を修正するのは意味をなさないからである。
したがって、「経済的成果が…失われた」とは、その経済的成果の基となった法律行為が違法であること、または無効であることが判決等で確定しただけでは足りず、享受していた経済的利益を返還しまたは消失したことを意味するものと解すべきである。
以上は、申告所得税における違法所得等に対する課税修正の取扱いであるところ、源泉所得税については、給与等の支払と同時に税額が自動的に確定するとされ、税額の確定(修正)処分がないことになるので、給与等の支払があったとしてなされた納税の告知処分(国税通則法36条)は、その給与等が無効等の事由により現実に返還されたときに、その効力が失われることとなって、その時に修正が行われるべきでものである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(本件取消訴訟の出訴期間徒過の有無(本案前の主張))について
(1) 行政事件訴訟法14条1項は、処分または裁決があったことを知った日から3か月以内に取消訴訟を提起しなければならない旨規定する。これを本件についてみるに、本件各処分並びにこれに対する異議の申立て及び審査請求の経緯は、前提となる事実等(4)記載のとおりであり、本件裁決は平成11年6月21日に原告に送達されているのに対し、原告が本件取消訴訟を提起したのは平成14年3月8日である(当裁判所に顕著)から、本件取消訴訟は上記3か月の出訴期間経過後に訴え提起されたものであることは明らかである。
(2) この点、原告は、本件取消訴訟について出訴期間を経過したことには正当理由が存する旨主張する。しかしながら、正当理由が存する場合に訴えの提起が許されるのは、行政事件訴訟法14条3項による出訴期間の制限の場合であるところ、同項は、同条1項によればなお出訴期間が経過していない場合でも、処分または裁決の日から1年を経過したときは、もはや訴え提起を許さないとする趣旨であるから、同条1項による出訴期間が経過している場合には、同条3項の適用はなく、したがって、同項ただし書の適用もないものと解するのが相当である。してみれば、(1)記載のとおり同条1項により出訴期間が経過しているものと認められる本件において、同条3項ただし書の正当理由の存否は問題とならないから、この点に関する原告の主張は失当である。
(3)ア なお、行政事件訴訟法14条1項の出訴期間は不変期間である(同条2項)から、原告の「責めに帰することができない事由により」同出訴期間を遵守することができなかった場合には、その事由が消滅した後1週間以内に訴えを提起することにより、追完が認められ、出訴期間不遵守の不利益を免れることができる(同法7条、民事訴訟法97条1項)。
イ そこで出訴期間の追完が認められるか否か検討する。この点、原告は、本件国税局と大阪府との協議の結果、時効中断のため原告の不動産の差押えを行うが、別件訴訟係属中なので強制執行は行わず、措置費は差し押さえないとの大阪国税局の見解を確認したことから、平成11年6月21日に本件裁決書を受領しても本件取消訴訟は提起せず、乙に対する別件訴訟の判決確定を待って本件各税の納税の有無を決すればよいと考えた旨の主張をする。
確かに、本件各処分にかかる本件各税の納付について原告から照会を受けた大阪府は、原告が本件各税を納税することを認めることはできないとの見解を有していたものであり(前提となる事実等(6)ア)、本件国税局と大阪府との協議の結果、大阪府指導課は、大阪国税局の考えは、時効の中断を図るため、原告の不動産の差押えを行うものの、別件訴訟係属中なので強制執行は行わず、また、措置費は差し押さえるつもりではないとの見解であると認識し、これを原告に伝えたことがうかがえる(甲5号証)。
しかしながら、上記大阪府指導課や原告が認識したとうかがえる大阪国税局の見解によっても、別件訴訟係属中であるから強制執行等は行わないというにすぎない。そして、本件各処分を前提とした本件各税の徴収方法と、本件各処分に対する不服申立方法とは全く別個の問題であり、また、大阪国税局が大阪府指導課に対し上記のような見解を示したとしても、これをもって、本件各処分に対する不服申立方法に関し、別件訴訟の帰趨をみてから本件取消訴訟の提起をすれば足りる旨の教示をしたものとは到底いえない。
してみれば、原告が本件裁決を知った後3か月以内に本件取消訴訟を提起しなかった点について、原告の「責めに帰することができない事由」の存在も認められないから、出訴期間の追完も認められない。
(4) したがって、本件取消訴訟は、出訴期間を徒過した不適法なものとして、却下を免れない。
2 争点(2)(本件各処分の適法性及び無効事由の有無)について
(1) 本件金員の給与所得(賞与)、退職所得該当性
ア 本件入金及び本件振替金について(乙関係)
(ア) 乙の原告における地位は前提となる事実等(1)イ記載のとおりであり、乙による本件不正経理の内容は、同(2)ア記載のとおりである。
(イ) まず本件入金についてみるに、別表3-2及び別紙課税一覧表各記載のとおり、平成6年8月から平成8年4月までの間、合計10回にわたり、本件簿外資産から乙口座に合計8971万8483円の入金がされたことは、当事者間に争いがない(なお、平成6年8月の850万円の入金日については、原告主張の別紙課税一覧表では9日、被告主張の別表3-2では11日となっている。)。
(ウ) 次に本件振替金についてみるに、別表3-1及び別紙課税一覧表中、No.1 Q購入代金8542万0432円、No.3 和解金5000万円、No.4 弁護士費用500万円、No.5 乙の所得税追徴課税分1288万0192円(平成2年税務調査分)及びNo.6 同追徴課税分124万6300円(平成5年税務調査分)の合計1億5454万6924円の乙の債務について、原告がこれを支払ったことは、当事者間に争いがない。
そして、証拠(乙17号証)によれば、上記No.1及びNo.3ないしNo.5については、乙個人が負担すべき債務を、原告が長期間にわたり立て替えていた金員であり、これを平成5年3月31日付け振替伝票により、立替金から雑費等に振替処理を行い、原告の乙に対する債権を帳簿上消滅させたこと、また、上記No.6については、同年8月2日に原告が本件簿外資産から出金し、これを立替払して負担したことがそれぞれ認められる。
(エ) これに対し、本件振替金のうち、別表3-1及び別紙課税一覧表中、No.2のK関連費用3195万8964円については、原告は、別件控訴審判決の認定を踏まえ、Kの土地購入費用ではなく、Kの運営経費であるから、乙の債務ではなく、したがって、原告が乙に同額相当額の利得を与えたものではない旨主張する。
この点、証拠(甲16号証)によれば、別件控訴審判決は、上記K関連費用について、乙は、Kを平成5年4月30日までは学校法人L学園に、同年5月1日以降は学校法人M学園に賃貸しており、Kはこれらの法人によって運営され、Aグループの職員や一般の顧客が利用できる保養所として使用されていたことが認められ、乙がKを運営していたことを認めるに足りる証拠はないとした上で、Kの運営経費が乙の負担となるものではなく、したがって、上記K関連費用について、原告による乙の債務の支払を認めることはできない旨判示していることが認められる。
しかしながら、他方、原告が上記K関連費用を支出したこと自体は当事者間に争いがないところ、証拠(乙17号証、27号証、28号証)によれば、原告は、上記K関連費用のうち、6万9902円については、平成2年9月3日に乙個人の負債を原告が立替払したとして経理処理していたものを、平成5年3月31日付けで学校法人M学園への立替金に振り替えていること、また、3188万9062円については、平成3年3月30日に乙個人の負債を原告が立替払したとして経理処理していたものを、平成5年3月31日付けで同学校法人への立替金に振り替えていることがそれぞれ認められる。また、証拠(甲13号証、16号証)によれば、原告は、別件訴訟において、乙は平成2年3月30日当時、Kの運営費として3188万9062円の債務を負担していたが、平成3年3月30日、原告が乙に代わって同債務を立替払し、これを帳簿上乙に対する立替金として記載した旨、また、乙は平成2年9月3日当時、Kの運営費として6万9902円を負担していたが、同日、原告が乙に代わって同債務を立替払し、これを帳簿上乙に対する立替金として記載した旨それぞれ主張していたことが認められる。
これらからすると、本件各処分当時の原告の認識としては、上記K関連費用は、乙の債務を原告が立替払したというものであったと認めるのが相当である。
イ 本件証券及び本件小切手について(丙関係)
丙の原告における地位は前提となる事実等(1)ウ記載のとおりであり、丙が本件証券及び本件小切手を取得し、これを換金して丙口座に入金したことは、同(2)イ記載のとおりである。
そして、丙による上記入金の内容が別表3-3記載のとおりであることは、原告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
ウ そこで、本件金員が給与所得(賞与)ないし退職所得にあたるとして被告がした本件各処分の適否について検討する。
(ア) 租税法にいう「所得」とは、担税力を増加させる経済的利得をいうものであり、その有無及びその区分については、名称のいかんを問わず、その経済的実質をもって判断されるべきであり、また、違法な所得あるいは私法上無効な行為による所得であっても、それらが現実に利得者の管理支配の下に入っている限り、課税の対象となる「所得」にあたるものというべきである。
(イ) かかる観点から本件金員の給与所得(賞与)ないし退職所得該当性を検討する。
a まず、本件入金及び本件振替金についてみるに、ア(イ)及び(ウ)各記載のとおり、本件入金は原告の本件簿外資産から乙口座に入金されたものであるし、また、本件振替金のうち、K関連費用以外のものについては、乙の債務を原告が立替払し、さらにこれを帳簿上雑費等に振替処理して原告の乙に対する債権を帳簿上消滅させているものであるから、これらはいずれも乙の経済的利得に当たるものというべきである。したがって、本件入金及び本件振替金(ただし、K関連費用を除く。)は、原告の「所得」に当たるものと解される。
これら乙が受けた経済的利得が本件不正経理の結果によるものであることは、ア(ア)記載のとおりであるが、同記載のように、乙は、原告の実質的創業者であり、原告の理事長ないし理事あるいは会長として原告の運営に当たっていたもので、また、原告を含む社会福祉法人や学校法人からなるAグループを運営してきたのであるから、かかる乙の原告における地位、影響力にかんがみれば、乙が本件不正経理によって得た原告の本件簿外資産を用いてした本件入金や本件振替金は、たとえ原告の資産を不正に取得するものであったとしても、なお、原告の意思に基づく行為であり、原告が乙に経済的利得を与えたものと解するのが相当である。
そして、上記乙の地位に照らせば、乙は法人税法上、原告の役員に当たるものと認められ、また、本件入金及び本件振替金(ただし、K関連費用を除く。)は、支出方法が定期、定額の支払ではないことにかんがみれば、本件入金及び本件振替金(ただし、K関連費用を除く。)は、給与所得(賞与)に当たるものというべきである。
b 本件振替金のうち、K関連費用については、ア(エ)記載のとおり、別件控訴審判決は、乙の負担となるものではなく、したがって、原告による乙の債務の支払を認めることはできない旨判示している。しかしながら、他方、同記載のように、原告の帳簿上、乙個人の負債を原告が立替払したとして経理処理がされており、本件各処分当時の原告の認識としては、上記K関連費用は、乙の債務を原告が立替払したというものであったと認められることからすると、本件各処分当時において、本件振替金のうちK関連費用にかかる3195万8964円について、原告が乙に同額の経済的利得を与えたものであり給与所得(賞与)に該当すると被告が判断したことについて客観的に明白な瑕疵が存するものということはできない。
なお、原告は、本件のような場合、明白性の程度は低くても無効とすべきである旨主張する。しかしながら、無効確認訴訟は、出訴期間経過後においても、処分の効力を否定せざるを得ないほどの著しい瑕疵が存するために、客観的には公定力を含む何らの実体的効力が存在しない行政処分について、処分の外形を除去することによって国民の法的地位が侵害されるおそれや不安を取り除くことを目的とする確認訴訟である。したがって、上記著しい瑕疵が存するといえるには、当該瑕疵が重大かつ客観的に明白であることを要するものというべきであり、この理は、本件のような課税処分の無効確認においても変わるところはないから、この点についての原告の主張は失当である。
c 次に、本件証券及び本件小切手についてみるに、丙が本件簿外資産から本件証券及び本件小切手を取得し、これを換金して丙口座に入金したことは、イ記載のとおりである。そして、丙が原告の専務理事を退任したのが平成5年3月31日である(前提となる事実等(1)ウ)のに対し、別表3-3記載のとおり、丙がこれら金員を取得したのが同月5日から同月15日にかけてであることに照らせば、丙による本件証券及び本件小切手の取得は、原告から丙に対する退職金の交付として、退職所得に当たるものと推測される。これに対し、本件証券及び本件小切手が退職所得に該当するとして被告が本件各処分を行った点について、原告による重大かつ明白な瑕疵に当たると認めるに足る証拠は存しない。
(ウ) また、別表3-1及び3-2記載の本件入金及び本件振替金を乙の給与所得(賞与)とし、また、別表3-3記載の本件証券及び本件小切手を丙の退職所得とした場合の本件各税額の計算過程は別表2記載のとおりであるところ、同計算過程及びこれにより算出された本件各税額について、重大かつ明白な瑕疵が存するものとも認められない。
エ 以上によれば、被告による本件各処分について、重大かつ明白な瑕疵の存在は認められず、本件各処分が無効であると解することはできない。
(2)ア 原告は、源泉徴収義務者が本来の納税義務者から不当に金員を騙取された場合には、実質課税の原則にかえり、騙した本来の納税義務者本人に対して課税徴収することが正義に合致する場合がありうる旨主張する。
しかしながら、源泉徴収制度の概要は、前提となる事実等(3)ウ記載のとおりであるところ、かかる源泉徴収制度は、国税を確実かつ能率的に徴収する方法として極めて合理的な制度というべきである。そして、(1)記載のように、本件金員は、たとえ原告の資産を不正に取得するものであったとしても、なお、原告の意思に基づく行為であり、原告が乙ないし丙に経済的利得を与えたものと認められる(少なくとも、このように判断した本件各処分に重大かつ明白な瑕疵は認められない)ものである以上、国税を確実に徴収するため、源泉徴収義務を負う原告に対して本件各税の徴収手続を採ることが、正義にもとり許されないものと解することは到底できない。
イ また、原告は、乙に不当に金員を騙取されており、その上不当騙取に対して課税されるなら、源泉徴収義務者は二重の経済負担を課されるものである旨主張する。
しかしながら、違法な所得あるいは私法上無効な行為による所得であっても、源泉徴収の対象となる所得に当たると解すべきことに加え、上記のように原告の意思に基づく行為として、乙ないし丙に経済的利得を与えたものと認められること、そして、原告からの源泉徴収を行わないことにより本件各税の徴収がされなかった場合の不利益は国民全体の損失に帰することに照らせば、原告主張のような点を考慮しても、それ故に原告からの源泉徴収が許されないものということはできない。
(3) 原告は、別件控訴審判決において本件各処分に基づく課税の前提が否定されているのであるから、このような場合にまで課税庁による是正措置が講ぜられない限り、原告が本件各処分に従わなければならないとすることは著しく不当であって、正義公平の原則にもとる旨主張する。
しかしながら、(1)記載のとおり、別件控訴審判決によっても、本件各処分の前提となる事実が否定されているということはできず、むしろ、本件金員は給与所得(賞与)ないし退職所得に該当する(少なくとも、このように判断した本件各処分に重大かつ明白な瑕疵は認められない)ものであるから、原告の上記主張は、その前提を欠くもので失当である。
3 よって、本件取消訴訟については出訴期間を徒過した不適法なものとして却下し、また、本件各処分の無効確認を求める訴えは、理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山田知司 裁判官 田中健治 裁判官 小野裕信)
別表1-1
課税の経緯一覧表
<省略>
別表1-2
<省略>
別表2
賞与に対する源泉所得税額等の計算表
<省略>
退職金に対する源泉所得税額等の計算表
<省略>
別表3-1 原告が乙の個人的費用を負担したもの
<省略>
別表3-2 乙の個人預金への入金明細
<省略>
別表3-3 丙が取得した明細
<省略>
課税一覧表
<省略>
別表4 乙寄附一覧表
【社会福祉・医療事業団からの借入に関する寄付申込書・贈与契約書】
No.1
<省略>
【Tからの借入に助する寄附契約書・贈与申込書】
No.2
<省略>
No.3
<省略>