大阪地方裁判所 平成14年(行ウ)90号 判決 2006年3月16日
両事件原告
株式会社X
(以下「原告」という。)
同代表者代表取締役
A
原告訴訟代理人弁護士
尾近正幸
同訴訟復代理人弁護士
田村展靖
行政事件被告
河内長野市長 橋上義孝
(以下「被告市長」という。)
国賠事件被告
河内長野市
(以下「被告市」という。)
同代表者市長
橋上義孝
被告両名訴訟代理人弁護士
俵正市
同
重宗次郎
同
坂口行洋
同
寺内則雄
同
小川洋一
同
井川一裕
同
山田陽彦
同指定代理人
池西一郎
同
井筒和己
同
中尾寿男
被告市指定代理人
大給孝明
同
辻野修司
主文
1 本件行政事件の訴えのうち、特定事業の停止命令に対する異議申立てを却下する決定の取消しを求める部分を却下する。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第3 行政事件に係る本案前の争点に対する判断
1 本件許可取消処分の取消しを求める請求に係る訴えの適法性について
(1) 取消訴訟は、違法な行政庁の処分がされ、そのために私人の権利ないし法律上保護された利益が侵害されている場合に、当該私人からの訴えに基づいてその処分を取り消し、その判決の効果によって、現に侵害されている権利利益に対する侵害状態を解消させ、もって私人の権利利益の救済を図ることを目的としている。そうすると、処分の取消訴訟に係る訴えの利益の存否は、口頭弁論終結時において、被処分者が、取消訴訟による当該処分の法的効果の除去を通じて回復すべき法的利益を有しているかどうかによって判断すべきである。
(2) 前記第2の1(4)オ記載のとおり、本件許可においては、「許可の期間」として平成11年5月18日から平成14年5月17日までの期間が定められていたものであるところ、被告市長は、この期間は許可の有効期間であり、同日の経過をもって本件許可の効力は失われたから、本件許可取消処分の取消しによって原告が回復すべき法的利益は既に消滅していると主張する。
しかし、本件条例において、許可の有効期間やその変更手続を定めた規定はないところ、仮に上記「許可の期間」を有効期間と解した場合、特定事業の「期間」について同条例13条に基づき変更許可申請により延長を求めることが可能であるにもかかわらず、許可そのものについては当初の期間で効力が消滅するという不合理な結果を招来する。
したがって、上記「許可の期間」は、特定事業を行うことができる期間(同条例10条1項5号参照)を定めたものと解すべきであり、その期間末日の経過をもって許可の効力が消滅するという意味での有効期間と解すべきではない。
なお、特定事業許可の効力が消滅するのは、特定事業許可の取消しによる場合を除いては、本件条例20条2項に基づく廃止の届出又は同条例21条1項に基づく完了の届出によってであると解するのが相当である。この点、完了の届出については、同条例20条3項のような規定はないが、特定事業の完了によって特定事業許可はその目的を失うから、その届出によって当然に効力を失うと解される。
(3) 以上のとおり、本件許可自体の効力は、仮に本件許可取消処分が存在しなければ、本件許可期間末日である平成14年5月18日の経過をもっては消滅せず、別個の取消処分又は特定事業の廃止若しくは完了の届出(本件条例20条2項、21条1項)があるまで存続する。
そうすると、原告は、本件許可取消処分の取消判決を得れば、特定事業許可を受けた者としての地位を回復し、本件条例13条に基づく特定事業の期間の変更許可を得た上で、特定事業を行うことができるというべきであって、現時点においてもなお本件許可取消処分の法的効果の除去を通じて回復すべき法的利益を有しているということができる。
(4) よって、本件行政事件の訴えのうち、本件許可取消処分の取消しを求める部分は、適法である。
2 本件却下決定の取消しを求める請求に係る訴えの適法性について
本件却下決定は、本件停止命令(平成14年2月19日から1か月間)に対する異議申立てについてされたものであるが、本件停止期間は既に経過しており、停止命令を受けたことによる法律上の不利益はもはや存在せず、原告には本件却下決定の取消しを求める法律上の利益がない。
なお、本件取消書(〔証拠略〕)の理由中には、本件停止命令で解除条件とされた本件停止期間中に是正措置をとらなかったことも記載されている。しかし、本件停止命令と本件許可取消処分とは別個独立の処分であるから(本件条例24条1項)、本件停止命令を取り消しても、そのこと自体は本件許可取消処分の効力に影響せず、逆に本件停止命令の是非が本件許可取消処分の効力に影響する場合は、本件停止命令を取り消さなくとも、本件許可取消処分の取消事由になると解される。したがって、本件許可取消処分との関係においても、原告には、現時点で本件停止命令の取消しを求める法律上の利益はない。また、特定事業の停止命令と特定事業許可の取消処分とは別個独立の処分であるから、本件停止命令を取り消すことが、再度の特定事業許可取消処分を課されるおそれの有無・程度に影響を与えるものともいえない。
結局、原告には本件却下決定の取消しを求める法律上の利益があるとはいえず、本件行政事件の訴えのうち、本件却下決定の取消しを求める部分は、不適法である。
3 小括
以上のとおり、本件行政事件に係る訴えのうち、本件却下決定の取消しを求める部分は不適法であるが、本件許可取消処分の取消しを求める部分は適法であるから、以下、本案の判断をする。
第4 行政事件に係る本案の争点に対する判断
1 本件条例24条1項の合憲性について
原告は、本件条例24条1項が停止命令につき行政不服審査法における異議申立期間60日より短い停止期間を定めることを認めていることは、当該停止命令に対する不服申立ての途を事実上封じるものであるから、同項は、全体として憲法31条に違反し、同項に基づく本件許可取消処分も違法であると主張している。
確かに、異議申立期間である60日よりも短い停止期間の停止命令がされれば、事業者が異議申立てをする前又は異議申立手続中に停止期間が満了し、当該異議申立てが法律上の利益を欠いて不適法(行政不服審査法40条1項)となることもあり得る。
しかし、事業者にとって停止期間は短い方が有利であるにもかかわらず、異議申立ての手続を確保するために、より不利となる長期間の停止期間を定めなければならないとするのは、本末転倒の議論であり、失当である。また、事業者は、停止命令を取り消さなくても、国家賠償請求等の中で停止命令の適法性を争うことができるから、不服申立ての機会が奪われるとはいい難く、この点からも本件条例24条1項が憲法31条に違反しているということはできない。
よって、本件条例24条1項は憲法31条に違反していない。
2 本件許可取消処分の処分要件該当性について
(1) 前提事実に加え、証拠(後掲)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認定できる。
ア 原告は、391番の土地を埋め立てて、後記第5の2(1)ア認定の経緯で原告が作り上げた清水谷上流部に存在する建設残土の山(以下「清水谷の山」という。)から清水谷下流域への残土搬入路や資材置場等を造成するものとして、被告市長に対し、平成10年4月23日付けで、本件指導要綱に基づき、391番の土地の埋立工事(工期3年間)が本件指導要綱に適合しているか否かの審査を申し出た。これに対し、被告市長は、同年9月9日付けで本件審査回答をし、原告は、埋立工事を開始した。原告は、当初、被告市に対し、清水谷の山から残土を削って391番の土地の埋立に充てると説明していたが、実際には、外部の工事現場からの建設残土で、同地の埋立てを行った(〔証拠略〕)。
イ B及び被告市環境保全課職員は、同年11月2日から本件条例が施行され、特定事業を行うには本件条例による許可が必要になることから、そのころ、原告に対し、391番の土地への埋立行為が本件条例上の特定事業に該当し、これについても許可が必要になる旨の説明をしたが、原告は、同地の埋立ては3か月程度で終了するから本件条例に基づく許可を得る必要はないとして、その許可を申請しなかった。そして、原告は、平成11年4月ころまでに、391番の土地における埋立を終了させ、同地の標高は海抜約180mとなった(〔証拠略〕)。
ウ 原告は、391番の土地だけでは清水谷埋立事業のための資材置場等に不足があるとして、本件特定事業区域の埋立てを希望していたが、395番の土地所有者であるDから同地の埋立てについての同意を得られなかった。しかし、平成11年3月ころ、Dから、同地を原告が買い取るのであれば協力する旨の回答が得られたため、特定事業許可がされた後、近々に売買契約を締結することとして、Dから平成11年4月2日付け土砂埋立て同意書(〔証拠略〕)の交付を受けた。なお、395番の土地売買については、原告側は原告の共同事業者であったEが、D側ではDの夫であるF(以下、「D」というときは、代理人としてのFを含む。)が、それぞれ代理人となっていた(〔証拠略〕)。
エ 原告は、平成11年4月5日、被告市長に対し、本件特定事業区域における本件特定事業の許可を申請した。これに対し、被告市長は、同年5月18日、本件許可をした。その際、被告市長は、本件条例10条1項4号、7号により申請の際に必要とされる特定事業区域の表土の土壌検査に関する証明書及び採取場所の特定に関する書面の提出を、土砂等の搬入前まで猶予することとした(〔証拠略〕)。
オ 原告は、本件許可後、Dと395番の土地の売買契約が締結できていなかったことから、同地を除く本件特定事業区域について埋立てを開始した。原告は、395番の土地につき、売買契約締結の目処が立っていないにもかかわらず、同地へ搬入する予定の土砂までも本件特定事業区域(395番の土地を除く。)及び391番の土地(以下、合わせて「フジ谷埋立実施区域」という。)へ搬入した(〔証拠略〕)。
カ 原告は、同年11月ころ、Dとの395番の土地の売買について、Bらを連絡役として交渉を開始し、代金額及び支払時期等についてはほぼ合意に達した。しかし、同地の境界が一部輻輳しており、現地で筆界の特定ができず、筆界特定の責任をいずれが負うかについて折り合うことができなかったため、同年12月中旬ころ、EはDとの売買交渉を中断した(〔証拠略〕)。
キ フジ谷埋立実施区域と395の土地との間には、上記オを原因として段差が生じ、そのため、平成12年3月7日ころ、本件崩落事故が発生した。原告は、本件崩落事故を受けて復旧作業はしたが、その後もフジ谷埋立実施区域への土砂搬入を継続した(〔証拠略〕)。
ク 原告とDとの売買交渉は、その後も折り合いが付かず、同年6月初旬ころに暴力団戊組が介入したこともあって、その後は途絶えてしまった(〔証拠略〕)。
ケ 被告市長は、同年9月28日付けで、原告に対し、勧告指導書1を発し、本件条例に基づき、<1>同年10月31日までに、本件特定事業において埋め立てた土砂の崩落の危険防止対策、雨水排水関係の整備を重点として災害防止のための安全対策を実施すること、<2>同日までに、本件特定事業区域外の土地への埋立てについて、本件条例13条に基づき、速やかに所定の書類及び図面を添付して被告市長に対して変更の許可の申請を行うこと、<3>同年9月30日から<2>の申請に基づく許可があるまでの間、土砂の搬入を中止することを勧告及び指導した(〔証拠略〕)。
コ 被告市長は、同年10月13日付けで、原告に対し、勧告指導書2を発し、届出義務のある所定書類の提出及び土砂の搬入の中止を勧告及び指導した(〔証拠略〕)。
サ 原告は、同月30日、フジ谷埋立実施区域への土砂搬入を中止し、それ以降は本件許可取消処分に至るまで同所において土砂の埋立工事を行っていない(争いがない)。
シ 被告市長は、同年12月19日付けで、原告に対し、再勧告指導書を発して、前記ケ<1>、<2>に加え、本件許可条件9項から12項までの履行を勧告及び指導した(〔証拠略〕)。
ス 被告市長は、同日付けで、原告に対し、本件付与通知書を発し、予定される不利益処分等を本件条例23条2項に基づく「崩落の危険防止策・雨水排水関係の整備を重点とした災害防止のための安全対策実施」命令であること、平成13年1月1日を弁明書の提出期限とすること等、弁明の機会を付与する通知をした(〔証拠略〕)。
セ 原告は、被告市担当者に対し、同月7日、原告において従前の事実経緯等を記載した本件経緯書を手交したが、これ以外の書面は交付しておらず、変更許可申請もしなかった(〔証拠略〕)。
ソ 被告市は、原告の本件経緯書受領後も、引き続き勧告指導書1、同2及び再勧告指導書の内容の実現を求めて、原告に対する口頭での指導を継続していた(〔証拠略〕)。
タ 原告は、平成12年10月30日に土砂の搬入を中止した後も、フジ谷埋立実施区域の残土の高さを削ることはしなかったが、被告市の勧告指導書に従い、安全対策として段切り等の作業及び調製池の設置をした(〔証拠略〕)。
チ 原告は、本件聴聞通知書(平成14年1月17日付け)の交付を受け、本件停止命令(平成14年2月19日付け)を受けた後も、埋立ての高さを削ったり、391の土地から土砂を除去しようとはしなかった(〔証拠略〕)。
ツ 本件許可取消処分時点において、フジ谷埋立実施区域の状況は、おおよそ以下のとおりであり、その詳細は、別紙6測量図のとおりである(〔証拠略〕)。
(ア) フジ谷埋立実施区域の南側を中心に、標高が海抜約204mの山(以下、この山を「フジ谷の山」という。)が存在し、同区域の半分以上の範囲の標高が海抜180mを超えており、フジ谷埋立て実施区域のほぼ全体が埋立て開始前の地盤から1m以上高くなっている。
(イ) フジ谷の山の西側(主に389番の土地に属する部分)は全体として斜面となっており、その最も標高が低い部分は海抜約160mであり、この部分から海抜180mの部分に至る斜面の斜度は約32度(水平方向32m当たり垂直方向約20m)となっている。
(ウ) フジ谷の山の最高点は391番の土地の西寄りにあり、本件特定事業区域と391番の土地との境界がどこであるかは、一見して分からない状態になっている。
テ 原告が395番の土地に土砂を埋め立てることができる見通しは、本件許可取消処分の時までに立っていなかった(弁論の全趣旨)。
ト 原告が平成11年5月ころから本件許可取消処分までの間にフジ谷埋立実施区域に搬入して埋立に供した土砂の量は、少なくとも12万7000m3以上であるが、その正確な量は認定できない(弁論の全趣旨)。
ナ 原告は、平成14年5月29日ころ、被告市に対し、特定事業の区域から395番の土地を除き、374番の21の土地及び374番の15の土地を加え、完成時の埋立高を180mから200mへ変更する内容の同月27日付け特定事業変更許可申請書(以下「本件変更許可申請書」という。)を提出しようとしたが、被告市は受理しなかった(〔証拠略〕)。
(2) 本件条例24条1項3号該当性について
ア 391番の土地への埋立てについて
(ア) 原告が、本件条例附則2条の経過措置により特定事業許可を得ずに特定事業をすることができる末日である平成11年5月19日を経過した後において、391番の土地で特定事業に該当する土砂の埋立行為を行っていたことは、当事者間に争いがない。
(イ) 本件許可は、許可埋立区域を本件特定事業区域(389番、390番の1、390番の2、395番及び396番の1の各土地)、埋立面積を6305.40m2としてされたものであったから、本件特定事業として本件特定事業区域以外の場所につき特定事業を行うことは、特定事業区域の位置及び面積並びに特定事業が完了した場合の特定事業区域の構造を変更するものであって、本件条例13条1項、10条1項2号、6号により、被告市長の許可を受けなければならない。
前記認定事実((1)オ、ツ)によれば、原告は、平成11年5月ころから平成12年10月3日までの間、フジ谷埋立実施区域に、それ以外の場所から土砂を搬入し、フジ谷埋立実施区域のほぼ全体を覆うフジ谷の山を形成し、その面積は500m2以上であり、その最高部は391番の土地上にあり、その大部分について現況地盤より1m以上の土砂の堆積があり、391番の土地とそれ以外のフジ谷埋立実施区域とは一見して区別が付かなくなっている。そうすると、原告がフジ谷埋立実施区域全体に土砂を搬入し、埋立てを行っていたことは明らかであり、その埋立行為は、全体として一つの特定事業をなすものということができる。
したがって、原告の埋立行為は、本件許可における特定事業区域の位置及び面積を変更するものであったというべきである。
また、前記認定事実((1))ケ、シ、ソからツまで)によれば、被告市は、原告に対し、平成12年9月28日及び同年12月19日の2回にわたり、本件条例13条に基づく変更許可申請及びフジ谷の山の安全対策を求める指導勧告書1及び再指導勧告書を発したにもかかわらず、原告は、本件許可取消処分後である平成14年5月29日ころに至るまで変更許可申請書を提出しなかったばかりか、単に本件経緯書を作成して被告市側に交付したのみであったこと、これと相前後してフジ谷の山につき段切り等の工事を行ったこと、継続的な口頭での指導を受け、本件中止命令(平成14年2月19日付け)を受けた後も391番の土地から埋め立てた土砂を除去する工事などはしようともしなかったことが認められる。そうすると、原告は、遅くとも本件許可取消処分の時までには、特定事業が完了した場合の特定事業区域を、391番の土地を含んだものへと変更したというべきである。
以上によれば、原告は、本件条例13条1項、10条1項2号、6号により、特定事業区域の位置及び面積並びに特定事業が完了した場合の特定事業区域の構造を変更する許可を受けなければならなかったにもかかわらず、これを得なかったのであるから、原告の上記埋立行為は本件条例24条1項3号に該当する。
(ウ) 原告は、391番の土地における埋立工事(工期3年間)につき平成10年9月9日付けで本件審査回答を得ているから、本件条例附則2条による経過措置の期間満了後であっても、平成13年9月8日までは、同地につき特定事業許可を得ることなく、本件審査回答に基づいて特定事業を行うことができると主張しているが、以下の理由から採用できない。
本件条例は、土砂等の埋立て等による土壌の汚染及び災害の発生を未然に防止するため、必要な規制を行うことにより、もって市民生活の安全を確保するとともに、市民の生活環境を保全することを目的としており(1条)、特定事業(土砂等の埋立て等に供する区域以外の場所から採取された土砂等による土砂等の埋立て等を行う事業のうち、土砂等の埋立て等に供する区域の面積が500m2以上のもので、かつ、現況地盤より高さが1m以上となるもの。)を行おうとする者に、被告市長の許可を受けることを義務付けているものであり(2条2項、9条)、本件条例施行の際現に特定事業を行っている者は、本件条例の施行の日から起算して6か月間は、同条例の規定にかかわらず、当該特定事業を行うことができるものとしている(附則2条)。
一方、本件条例施行前において定められていた本件指導要綱(〔証拠略〕)は、河内長野市より良い環境をつくる条例(昭和50年河内長野市条例第18号)の基本理念に基づき、市内において土砂等による土地の埋立てを行う者に対して必要な指導を行い、もって市民の生活環境の保全を図ることを目的とし(1条)、土砂等による土地の埋立ての事業に係る工事でその面積が1000m2以上のもの及び1000m2未満であっても現況地盤高より3m以上の盛土を行うもの(以下「要綱上の工事」という。)を施行しようとする事業者は、工事着手前に河内長野市埋立等審査申出書を被告市長に提出してその審査を受け、被告市長から河内長野市土地埋立等審査回答書の交付を受けるべきものとされていた(3条本文、6条1項、2項)。
このように、本件条例と本件指導要綱は、その趣旨目的をほぼ共通にするものであり、また、要綱上の工事をしようとする事業者には、審査回答を得ることが期待され、本件指導要綱6条2項に基づく審査回答が実質的な許可処分として機能していたことは否定し得ない。しかし、本件条例において、本件指導要綱上の審査回答を特定事業許可とみなす旨の規定がないのみならず、本件指導要綱は、被告市における行政指導の基準を定めたものであって、条例とは異なり、法的な拘束力を持つものではない上、実質的にみても、その適用対象である要綱上の工事も特定事業の内容とは異なっており、事業者の義務の内容や、事業者に対する規制のあり方も異なっていることからすれば、本件指導要綱6条2項に基づく審査回答は、本件条例9条に基づく特定事業許可と同視されるものではなく、本件条例施行後も当然に特定事業を行う根拠となるものではないというべきである。本件条例附則2条は、本件条例施行前から特定事業に該当する工事を行っていた者の便宜のための規定であるが、以上によれば、同条にいう「この条例施行の際現に特定事業を行っている者」には、上記審査回答に基づいて特定事業に該当する要綱上の工事を行っている者も当然に含まれると解される。
よって、同条に定める経過措置の期間が満了した後は、たとえ本件指導要綱上の審査回答を得ていたとしても、特定事業許可を得ることなく特定事業を行うことは許されないというべきである。
(エ) 原告は、本件条例附則2項が、本件条例の施行の際に本件指導要綱に基づいて現に特定事業を行っている者に本件条例施行日を告知する手続を設けていないことは違憲であると主張している。
しかし、本件条例及び本件施行期日規則の制定は、本件指導要綱に基づいて現に特定事業を行っている者に対する処分ではなく、一般的な法規範の定立行為であるから、その公布の手続以上の告知手続を設けなければ憲法に反するといえないことは明らかであり、原告の上記主張は失当である。
(オ) 原告は、391番の土地への埋立行為が本件許可の取消事由に当たるというほどに391番の土地の埋立てと本件特定事業とが一体性を帯びているというのであれば、被告市長は、本件許可をもって391番の土地の埋立てについても許可を与えたとみなされるべきであると主張する。
しかし、本件許可は、本件特定事業区域(6305.40m2)につき与えられたものであり、それ以外の区域につき与えられたものではないから、原告の主張は失当である。
イ 特定事業終了時における高さの違反について
(ア) 原告が、本件特定事業区域及び391番の土地において、本件許可時点において予定されていた埋立ての高さ(最高位で海抜180m)を超える高さにまで埋立てを行ったことは当事者間に争いがない。
(イ) 本件許可に係る埋立て等許可申請書には、本件特定事業が完成した場合の本件特定事業区域の最高位を海抜180mとする造成計画図が添付されており(前記第2の1(4)オ)、本件許可は、この造成計画を前提にされたものであるから、特定事業完了時の最高位がこれを超えるような埋立行為を行うことは、特定事業が完了した場合の特定事業区域の構造を変更するものであって、本件条例13条1項、10条1項6号により、被告市長の許可を受けなければならない。
前記認定事実((1)ツ)によれば、フジ谷埋立実施区域の半分以上の範囲が海抜180mを超える高さとなっており、最高位は海抜約204mとなっていた。また、同認定事実によれば、フジ谷の山の西側斜面は約32度の斜面をなしているが、これは、本件許可取消処分がされた後に原告が提出した本件変更許可申請書の添付図面による完成時の斜度(水平9m当たり垂直5m、約29度)を超えており、この部分への更に埋立ては想定し難い。そして、395番の土地に土砂を埋め立てることができる見通しは立っていなかったのであり(前記(1)テ)、原告が更に埋立てを行うことが法令上及び事実上可能な場所は以上の部分を除いた本件特定事業区域に限られるところ、その部分に埋め立てることができる土砂の量が、フジ谷の山の海抜180m以上の部分の容積を下回ることは、証拠〔証拠略〕上明らかである。そして、原告は、平成12年10月3日に土砂の搬入を中止した後も、フジ谷の山の最高部を削り取ることはせず、かえって、安全対策としてではあるが段切りの作業及び調製池の設置をしたこと、本件許可期間の終期近くになって発せられた本件停止命令(平成14年2月19日付け)を受けても、埋立ての高さを是正しようとしなかったこと、平成14年5月29日ころ提出しようとした本件変更許可申請書は、完成時の埋立高を最高で海抜200mとするものであったことなど前記(1)認定の事実経過を併せ考えれば、原告は、遅くとも本件許可取消処分の時点において、本件特定事業の完了時までフジ谷の山を海抜約204mの高さのままで置く意思を有していたと優に推認でき、特定事業が完了した場合の本件特定事業区域の高さを、海抜180mを超えるものへと変更したということができる。
以上によれば、原告は、本件条例13条1項、10条1項6号により、特定事業が完了した場合の特定事業区域の構造を変更する許可を受けなければならなかったにもかかわらず、これを得なかったのであるから、原告のフジ谷埋立実施区域における埋立行為は、本件条例24条1項3号に該当する。
(ウ) 以上に対して、原告は、上記埋立ての高さは、海抜180mと実質的に同じ程度の高さであったから変更の許可は必要なかった、また、原告による上記の高さまでの埋立ては、本件崩落事故を受けた緊急防災工事に起因するものであり、原告としては、本件特定事業の完了時まで当該高さのままで置く意図も計画もなかったと主張しており、証人Eもこれに沿う供述をしている。すなわち、Eは、本件崩落事故の後、約3か月間にわたって、崩落し易い軟らかい土を、清水谷の山から搬入した約7万5000m3の乾いた土とを入れ替え、軟らかい土を南の方へ積み上げる工事をし、その結果、最高位が海抜180mを約5mないし6m超えることとなったが、その後はそれ以上高くは積んでいないと供述する。
しかし、前記認定事実((1)サ、ツ)によれば、遅くとも平成12年10月30日以前に原告がフジ谷の山を形成し、その高さは最高で海抜約204mであったのであって、これに反するEの上記供述は信用できない。
なお、〔証拠略〕によれば、平成11年12月28日から平成13年1月31日の間に、清水谷の山の最高部の東側斜面など3か所の表土の形質が一定の範囲において若干変更されていることが認められるが、これが表土の削取りによるものかどうかは、これらの証拠だけからは判然としない。仮に、これが表土の削取りであり、その土砂が本件特定事業区域及び391の土地に搬入されたとしても、その削取り部分の面積がフジ谷の山の大きさに比して小さく、その形質の変更も顕著であるとは認め難いこと、清水谷山の最高部ではなく斜面から削り取られているように見受けられ、土砂の量が多量にはなり得ないこと、甲第148号証の作成者であるE自身が土砂の削取り量やその深さを把握しておらず(〔証拠略〕)、他にその量がどれだけかを認めるに足りる証拠がないことなどからすれば、清水谷の山から土砂が削り取られたとしても、その量はフジ谷の山の大きさに比べればごくわずかであり、その搬入の結果としてフジ谷の山が形成され得るとは考え難い。
そうすると、仮に原告の主張するような清水谷の山からの土砂の移動があったとしても、これのみによってフジ谷の山が形成されたものとはいえず、そのほとんどは、清水谷の山以外の場所からの搬入土砂であったと認められる。
よって、原告の上記主張は採用できない。
(3) 本件条例24条1項4号、5号該当性について
ア 本件許可条件10項違反について
(ア) 原告は、本件許可条件10項により、「土砂等を搬入する前に土砂等の採取場所を特定し、搬入予定量及び搬入計画に関する事項を記載した書類を環境保全課へ提出すること」を義務付けられていたところ、本件施行規則様式第2号別紙の「特定事業に使用される土砂等の採取場所並びに当該採取場所からの搬入予定量及び搬入計画に関する事項」と題する表に土砂採取場所10か所及び搬入予定量合計約5万2000m3を記載して提出したのみであり、それ以外には提出をしていなかった(争いがない)。また、前記認定事実((1)ト)によれば、本件許可後に原告が清水谷埋立実施区域に搬入した土砂の量は、約12万7000m3以上であることが認められる。
そうすると、上記約5万2000m3を超える搬入量である約7万5000m3以上の部分については、本件許可条件10項により義務付けられている書類の提出がないことになるから、原告は、本件許可条件10項に違反し、本件条例24条1項4号に該当するというべきである。
(イ) 原告は、上記約12万7000m3から約5万2000m3を除いた約7万5000m3の土砂は、原告が、本件崩落事故を受けた緊急防災工事として清水谷の山から搬入したものであるから、当該超える部分については上記書類を提出する必要はなかったと主張している。
しかし、約7万5000m3の土砂が清水谷からフジ谷へ移動されたことはなく、フジ谷の山のほとんどの部分が、清水谷の山から移動された土砂以外によって形成されたものであることは、前記(2)イ(ウ)において説示したとおりであり、原告の上記主張は、採用できない。
イ 本件許可条件11項及び本件条例15条違反について
(ア) 本件条例15条は、特定事業に許可を受けた者に対し、土砂等の採取場所ごとに、<1>当該土砂等が当該採取場所から採取された土砂等であることを証するために必要な書面で規則で定めるもの、及び、<2>当該土砂等が安全基準に適合していることを証するために必要な書面で規則で定めるものを添付しての届出を義務付けており、これを受けて本件施行規則10条は、これらの届出を、土砂等の量が5000m3までごとに行うべきものとし(同条1項)、上記<1>の書面を当該土砂等の採取場所の責任者が発行した土砂等発生元証明書と(同条2項)、上記<2>の書面を搬入しようとする土砂等に係る検査試料採取調書及び土壌分析結果証明書と(同条3項)、それぞれ定めている。また、本件許可条件11項は、「土砂等を搬入する前に採取場所ごとに、かつ、5000m3ごとに土壌検査を実施し、関係書類を添付して土砂等搬入届を環境保全課に提出すること」を原告に義務付けている。
そして、原告が、土砂等搬入届等を、今池現場分(土砂量約3万900m3)に関するもの(ただし、5000m3までごとのものではない。)のみ提出し、それ以外の部分について本件許可取消処分に至るまで提出していないことは、当事者間に争いがない。
そうすると、少なくとも上記約3万9000m3を超える搬入量である約8万8000m3以上の部分については、本件条例15条及び本件施行規則10条並びに本件許可条件11項の双方により義務付けられている書類の提出がないことになるから、原告は、本件条例15条に違反し、本件条例24条1項5号に該当するとともに、本件許可条件11項に違反するから、本件条例24条1項4号にも該当するというべきである。
(イ) この点、原告は、清水谷から緊急防災工事として搬入した土砂約7万5000m2については、土砂等搬入届等を提出する必要はなかったと主張するが、前記ア(イ)イと同様の理由により、採用できない。
(ウ) また、原告は、本件許可条件11項が「許可を受ける者に不当な義務を課するもの」(本件条例14条後段)に該当すると主張しているが、本件許可条件11項の内容は、本件条例15条及び本件施行規則10条によって原告が義務付けられている事項を確認的に明示したものにすぎず、これが原告に不当な義務を課するものでないことは明らかであるから、原告の主張は失当である。
ウ 本件許可条件12項及び本件条例17条違反について
(ア) 本件条例17条は、特定事業の許可を受けた者に対し、当該特定事業区域の土壌検査及び当該特定事業区域以外の地域への排水の水質検査の被告市長への定期的な報告を義務付け、これを受けて本件施行規則14条1項は、この報告を、特定事業を開始した日から6か月ごとに、当該6か月を経過した日から7日以内に特定事業土壌等検査報告書に所定の書類及び図面を添付して行うべきものとしている。また、本件許可条件12項は、「特定事業区域内において、土壌検査及び水質検査を6ヶ月ごとに実施し、関係保全課に関係書類を提出すること」を原告に義務付けている。
そして、原告が、本件許可取消処分に至るまで、平成12年11月6日に実施した水質検査についての特定事業土壌等検査報告書(〔証拠略〕)を期限(同月25日)後である平成13年1月31日に1回提出したのみで、それ以外には提出をしていなかったことは当事者間に争いがない。
そうすると、原告は、本件施行規則上、平成11年11月25日、平成12年5月25日、平成13年5月25日及び同年11月25日までに提出すべきこととなる特定事業土壌等検査報告書を提出しておらず、平成12年11月25日までに提出すべきであったものについても、期限を徒過し、その内容も土壌検査結果の報告を欠くものであったということができるのであって、結局、原告は、本件条例17条に違反し本件条例24条1項5号に該当するとともに、本件許可条件12項に違反するから、本件条例24条1項4号にも該当するというべきである。
(イ) この点、原告は、本件特定事業区域及び391番の土地へ搬入した土砂の大半が清水谷の山から採取したものである上、原告は、平成12年10月30日以降、本件特定事業区域への埋立てを全く行っておらず、同年11月6日に水質検査を実施し、同月16日にはコアボーリング機による土壌安全基準の調査に着手したことを被告市長に対し報告したから、それ以降は、特定事業土壌等検査報告書を提出する必要はなかったと主張する。
しかし、本件特定事業区域及び391番の土地へ搬入した土砂の大半が清水谷の山以外のものであることは前記(2)イ(ウ)のとおりである。また、本件条例17条及び本件施行規則14条が特定事業土壌等検査報告書の提出を免除する事態を想定していないこと、本件条例20条2項、21条1項が特定事業の廃止及び完了の場合の遅滞なき届出を義務付けていることからすれば、原告が平成12年10月30日に本件特定事業区域への埋立てを中止し、同年11月6日に水質検査を実施し、同月16日に土壌安全基準の調査への着手を被告市長に報告したからといって、特定事業の廃止又は完了の届出をしない限り、その後も特定事業土壌等検査報告書の提出義務を免れるものではない。
よって、原告の前記主張は採用できない。
(ウ) 原告は、本件許可条件12項が「許可を受ける者に不当な義務を課すもの」(本件条例14条後段)に該当すると主張するが、前記イ(ウ)と同様の理由から失当である。
エ 本件許可条件13項及び本件条例16条違反について
(ア) 本件条例16条は、特定事業の許可を受けた者に対し、当該許可に係る特定事業に使用された土砂等の量を市長へ定期的に報告することを義務付け、これを受けて本件施行規則11条1項は、この報告を「特定事業を開始した日から6月ごとに当該6月を経過した日から7日以内…に、特定事業状況報告書(様式第11号)を提出して行わなければならない」ものとしている。また、本件許可条件13項は、「本市土砂埋立等による土壌汚染と災害を防止するための規制条例及び同条例施行規則に規定する届出等を行うこと」を原告に義務付けている。
そして、原告が、本件許可取消処分に至るまで、1度も特定事業状況報告書を提出していなかったことは、当事者間に争いがない。
そうすると、原告が本件条例16条に違反し、本件条例24条1項5号に該当するとともに、本件許可条件13項に違反して本件条例24条1項4号にも該当することは明らかである。
(イ) この点、原告は、原告が現実に土砂を搬入していた1年5か月余りの間に特定事業状況報告書を提出すべきであったのは2回にすぎないと主張するが、そうであるからといって本件条例24条1項5号、6号該当性が否定されることはない。
(ウ) また、原告は、原告関係者が毎日のように被告市の担当者と会っており、被告市担当者は本件特定事業の進行状況を十分に把握していたから、書面での報告は必要なかったと主張するが、本件施行規則11条1項が「特定事業を開始した日から6月ごとに当該6月を経過した日から7日以内」という期限を設け、「特定事業状況報告書(様式第11号)を提出」するという方式を明定している以上、この方式に従った報告書の提出が必要というべきであって、原告の上記主張は失当である。
(エ) さらに、原告は、Bら被告市担当者から、本件条例15条ただし書1号の趣旨を援用して特定事業状況報告書の提出を省略することができるとの説明を受けていたと主張するが、そのような事実を認定するに足りる証拠はない。
(4) 以上のとおり、原告が、本件許可取消処分の時点において、本件条例24条1項3号から5号までの事由に該当していたことは明らかである。
3 被告市長の裁量権逸脱又はその濫用の有無について
本件条例24条1項は、特定事業許可を受けた者が同条各号のいずれかに該当するときは、当該許可を取り消し、又は6箇月以内の期間を定めて当該許可に係る特定事業の停止を命ずることができるものと定めており、具体的な処分内容の選択基準は定められておらず、〔証拠略〕によれば、被告市の内部においても処分の選択基準は明確には定まっていなかったと認められる。
しかし、被告市長は、処分の選択に当たって全くの自由裁量を有するわけではなく、本件条例の趣旨、目的、違反行為の態様、性質などを勘案し、合理的な範囲において裁量権を行使すべきであって、その範囲を逸脱し、あるいはその濫用にわたる場合には、当該処分は違法となるというべきである。
そこで、以下、原告の主張に即して、本件処分が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたかどうかを検討する。
(1) 不意打ちとの主張について
原告は、被告市長の勧告指導書1に従い、平成12年10月30日には本件特定事業を中止し、平成13年1月7日に被告市担当者に対して本件経緯書を手交した後、約1年間、被告市長から原告に対して何の連絡もなかったため、原告は、本件経緯書による弁明によって本件特定事業の瑕疵は完全に治癒されたものと理解していたにもかかわらず、平成14年1月になって、突然、本件聴聞通知書を原告に送付し、本件停止命令及び本件許可取消処分をしたことは、原告に対する不意打ちであると主張する。
しかし、〔証拠略〕によれば、原告が本件経緯書を被告市側に交付した後も、被告市としては、引き続き勧告指導書1及び再勧告指導書の内容の実現を求めて、原告に対する口頭での指導を継続していたことが認められるのであって、これに反する原告の主張は採用できない。
(2) 埋立ての高さ違反に関する主張について
原告は、被告市側の行為により原告がDから395番の土地を購入することが事実上不可能になった結果、本件崩落事故が発生し、その緊急防災工事として清水谷の山から搬入した土砂によって本件特定事業区域及び391番の土地の埋立ての高さが180mを超えることとなったのであるから、その責任の大半は被告市側にあり、本件許可取消処分は被告市側の責任を原告へ転嫁するものであり、信義則に反すると主張する。
しかし、清水谷の山からの土砂で原告主張のような工事が行われたとしても、その搬入土砂の量はわずかであり、フジ谷の山のほとんどの部分が上記工事によらずに清水谷の山以外の場所からの搬入土砂によって形成されたものであることは、前記2(2)イ(ウ)認定のとおりであるから、原告の主張は採用できない。
(3) 原告に不可能を強いるものであるとの主張について
原告は、1か月の期間内に本件条例違反の是正を求めた本件停止命令は、原告に不可能を強いるものであり、これに引き続く本件許可取消処分と共に、裁量権の逸脱又はその濫用に当たると主張している。
しかし、平成13年1月7日に原告が本件経緯書を被告市側に交付した後も、被告市が引き続き原告に対する口頭での指導を継続していたことは前記(1)のとおりであり、また、原告は、本件停止命令(平成14年2月19日付け)に先立って本件聴聞通知書を受領しているのであるから、原告には本件条例違反の是正をするに十分な期間があったというべきであって、仮に、本件停止命令の後1か月の期間だけで是正行為をすることが不可能であったとしても、そのことは、本件停止命令や本件許可取消処分の適法性を何ら左右しない。
よって、原告の上記主張は採用できない。
(4) 規制権限を緩やかなものにする合意があったとの主張について
原告は、被告市長と原告との間で、本件特定事業及び391番の土地埋立事業への本件条例に基づく規制権限行使を緩やかに運用する合意があったと主張するが、本件全証拠によっても、かかる合意の事実を認定することはできない。
なお、〔証拠略〕によれば、被告市長は、本件特定事業許可の際、本件条例10条1項7条により申請の際に必要とされる特定事業区域の表土の土壌検査に関する証明書及び採取場所の特定に関する書面の提出を、土砂等の搬入前まで猶予しているが、これらの書類の提出自体を免除したわけではなく、規制権限の行使を緩やかにする合意の存在を推認させるとはいえない。
(5) 以上のとおり、被告市長の裁量権逸脱又はその濫用があったとする原告の主張は、いずれもその基礎となる事実が認定できないから、採用できない。
したがって、本件許可を取り消した被告市長の裁量権行使が、その範囲を逸脱し、又はその濫用があったということはできない。
4 小括
よって、本件許可取消処分は適法であるから、本件許可取消処分の取消しを求める請求は理由がない。
第5 国賠事件に係る争点に対する判断
1 国賠請求1 本件許可取消処分に関する請求について
原告は、本件許可取消処分が、その根拠となる本件条例24条1項の違憲無効、本件条例24条1項各号所定の処分要件の不充足、又は被告市長における裁量権逸脱若しくはその濫用により、国家賠償法1条1項の適用上違法な職務行為であると主張する。
しかし、本件条例24条1項が憲法に違反しておらず、本件条例24条1項各号所定の処分要件が充足されており、被告市長はその裁量権の範囲を逸脱しておらず、その濫用もしていないことは、前記第4において説示したとおりである。
よって、原告の国賠請求1は理由がない。
2 国賠請求2 行政計画の撤回・変更に関する請求について
(1) 事実認定
ア 前提事実、証拠(後掲)及び弁論の全趣旨によれば、国賠請求2に関し、以下の事実を認定することができる。
(ア) 被告市は、下里地区の清水谷及びフジ谷最上流部に、天野小学校(昭和50年6月開校)及び西中学校(昭和53年4月開校)をそれぞれ開設した。これら各校の排水は、合併浄化槽により無害な状態に処理された後、フジ谷の中流域にあるカラ池まで仮設管を敷設して排出していた(〔証拠略〕)。
(イ) 被告市は、昭和60年1月23日、その当時フジ谷周辺の下里地区において建設残土の埋立を行っていた原告との間で、学校排水の処理に関する覚書(以下「本件覚書」という。〔証拠略〕)を作成した。本件覚書の内容は、要旨、天野小学校の排水(雨水・汚水)については、基本排水経路(フジ谷)を変えることなく、原告がその費用負担において設置した排水管を使用して、その機能に支障を来すことなく排水処理する必要があることを相互に確認する(本件覚書1(1)、(2))、原告の埋立区域に隣接する土地の関係者と協議するに当たっては、原告、被告市及び埋立区域の関係者が相協力して解決に当たるものとする(同(3))、原告が埋立区域を変更する場合も同様とする(同(5))、というものであった(〔証拠略〕)。
(ウ) 本件各校の排水に使用されていた仮設管は、昭和60年ころまでには、次第に老朽化して継続使用に耐えなくなった。被告市は、同所に本設管の設置をしようとしたが、原告や地権者等との調整がつかず、本設管の敷設ができなかった。被告市は、同年7月、プール排水の必要から、清水谷水利組合の代表者を名乗るGの同意を得て、清水谷方面へ上記処理水を排出し、以後、継続して上記処理水を排水するようになった。
なお、この排水は、清水谷上流部の沈砂池から法定外公共物である青線水路を経由して清水谷地に流入し、更に水路を経由して西除川に流入する(〔証拠略〕)。
(エ) 原告は、遅くとも昭和62年ころまでに、特段の許可等を得ることなく、他の土木工事現場で発生した土砂を清水谷上流部に位置する清水谷池(河内長野市下里町249番1所在〔以下、この土地を「清水谷池の土地」という。〕。水面標高約168m)付近に運び込み、同所に埋め立て始めた。大阪府の担当部局は、原告の埋立て行為が森林法10条の2等に違反するものであるから中止するよう文書で3回にわたり指示したが、原告はこれに従わずに埋立て行為を継続したため、同所に建設残土による山(以下「清水谷の山」という。)が形成され、清水谷池は消滅し、その他、同所に存在した里道や青線水路が山の下に埋もれた。これにより、学校排水ルートは阻塞されたが、原告が清水谷の山の下に暗渠有孔管を埋設して排水を土砂の中に染みこませる措置をとっていたため、排水自体は可能であった(〔証拠略〕)。
(オ) 被告市は、昭和62年8月、本件要綱を制定して、清水谷の山に関し、大阪府と共に、あるいはこれと独立して、原告に対して行政指導を行うようになった。
なお、この当時、被告市においては、原告に対し、清水谷池周辺の領域に埋め立てられた建設残土を除去させ、あるいは搬入を停止させる義務を課する処分を行うための根拠となる条例は、存在しなかった(〔証拠略〕)。
(カ) 清水谷池の土地は、従前、Hほか7名の共有に係るものであったが、Iは、昭和63年から平成元年にかけて持分を順次取得し、同年12月26日には、同地持分権の100分の71(Iと同一の住所であるJの持分権を含む。)を有するに至った(〔証拠略〕)。
(キ) 平成元年2月21日、清水谷の山の北東部分が崩落して水たまりに落下し、多量の泥水が通学路に指定されている隣接道路になだれ込む事態が発生した。被告市は、原告に対し、早急に安全対策を講じるよう要望し、大阪府の担当部局は、原告に対し、原告の埋立て行為は森林法違反であるから中止するよう指示するとともに、災害防止措置を講じることを指示ないし勧告した。その後、清水谷の山の構内外において、複数回の崩落事故が発生した。また、清水谷の山での埋立作業に伴う粉塵がaへ及び、北側の水田へは土砂の流出するなどの被害が生じた。a自治会は、被告市長に対し、通学路の安全確保や盛土の山の解消等を求める要望書を提出していた(〔証拠略〕)。
(ク) 原告は、平成元年12月ころ、清水谷上流部への土砂搬入を中止したが、平成5年ころには、搬入を再開するに至った(争いがない)。
(ケ) 被告市、大阪府及び下里地区の自治会は、平成2年ころから、原告を交えて、崩落の危険があり環境悪化の原因となっている清水谷の山をどのように解消するかにつき協議を始めた。その中で、清水谷、フジ谷及び隣接のアララギ谷を一体的に複合開発するという意見と、清水谷の山から土砂を削り、農地となっている清水谷下流域をなだらかに埋立て、そこを再び農地として利用するという意見が出された。原告は、清水谷、フジ谷及びアララギ谷の合計約77haを一体的に開発する意向を有しており、上記協議が行われる中で、開発業者としてb不動産株式会社(以下「b不動産」という。)やc建設株式会社(以下「c建設」という。)を参加させるなどしていた(〔証拠略〕)。
(コ) 上記の協議の結果、平成5年ころ、被告市は、原告による事業の実現可能性を考慮して、清水谷の山を築いた原告に、その山から土砂を削らせ、農地となっている清水谷下流域をなだらかに埋め立てさせ、これによって清水谷の山を解消させると共に、清水谷の山によって阻塞されている学校排水のルートを整備させて再び農地とし、更に、通学路の安全を確保させるという方針を立て、原告に対する指導を通じて、清水谷の山、学校排水ルート及び通学路に係る上記行政課題を解決させることとした。
清水谷埋立事業は、農地を一時的に転用する必要を伴うものであったが、清水谷下流域は農業振興地域に指定されており、農地転用許可(農地法5条)が得にくい地域であったことから、被告市は、原告のために農地の一時転用許可のための事前審査に協力したり、原告の要請に基づいて地権者等地元関係者からの同意取得のため調整に当たるなど、清水谷埋立事業に関与、協力する方針を決定した(〔証拠略〕)。
(サ) 原告は、平成6年4月18日、近畿農政局長に対し、清水谷中下流域の農地を、原告の建設残土処分用地として農地一時転用の事前審査の申出をした。被告市農業委員会会長は、同年5月6日、大阪府農林水産部長の照会に対し、上記一時転用はやむを得ないものであると回答した。近畿農政局長は、同年12月8日、原告に対して、農地転用許可の本申請において留意すべき事項を明示する書面を交付し、農地転用許可の内示をした。同書面には「転用に係る事業計画…を具体的に明らかにすること」、「転用に係る事業計画について、地元関係者等の同意を得ていること」などとする留意事項(以下「本件留意事項」という。)が示されていた(〔証拠略〕)。
(シ) 被告市長は、下里町会各位あて平成6年11月28日付け書面をもって、被告市が抱える学校の排水処理や通学路の安全確保、更に地域環境の改善などを図るため、清水谷において農地法に基づく農地一時転用などによる造成事業を行う必要があると考えている旨明らかにし、同年12月3日、西中学校において、原告と共催による説明会を行った(〔証拠略〕)。
(ス) 原告は、清水谷下流域の地権者の同意を取り付けるための交渉を開始したが、清水谷埋立事業に乗り気でなく、あるいは原告との交渉を嫌がる者が8名(うち2名は共有であり、事実上は7名。以下「本件各地権者」という。)いたため、平成7年ころ、被告市に対し、本件各地権者との交渉に当たってほしいと依頼した。被告市は、この要請を受けて、清水谷埋立事業への協力を求めて、本件各地権者との交渉を開始した(〔証拠略〕)。
(セ) K部長は、平成9年6月議会において、清水谷埋立事業の区域内地権者中、本件各地権者を除いては条件協議が整っていると原告代表者らから聞いている、被告市としては、本件各地権者の条件協議の場を作る努力をしているなどと答弁した(〔証拠略〕)。
(ソ) L助役は、平成10年3月26日、原告の同月5日付け質問書(〔証拠略〕)に対し、農地の一時転用方針が決まった理由として「貴社による土砂堆積の状態が、通学路を含む周辺地への安全及び環境面において、その対策が緊急性を帯びていたことから、これら抜本的解決と併せて、市立天野小学校及び同西中学校の汚水排水の適正化並びに周辺農地の改良を図るための方策として、将來の開発を望む地元要望を踏まえ、本市をはじめ、貴社、大阪府、地元等関係者間の協議の中で、貴社施工による農地法に基づく農地の一時転用として、これらの問題解決に努めようとしたものです。」と回答した(〔証拠略〕)。
(タ) K助役は、平成13年1月18日ころ、原告代表者に対し、事業者としての責任において地権者の合意が得られるよう努力するとともに、地権者から出された条件等について誠意を持って対応し、盛土の解消に努められるよう要請するとの文書を交付した(〔証拠略〕)。
(チ) 被告市は、平成13年7月19日、原告と共に、下里老人集会所に地元関係者14名を集めて、清水谷埋立事業についての説明会を行った。この説明会では、事業が計画どおり完成するかどうかについての不安が寄せられ、地権者が安心して協力できるための条件整備を求める声が強かったが、地権者個々の条件については、従前どおり地権者と原告との間で交渉することとされた(〔証拠略〕)。
(ツ) 被告市は、本件各地権者について、Bら(平成10年度以降)を中心に交渉を継続し、100回以上の面談を重ねた結果、その全員について、平成13年9月ころまでに賃料や代替地などの条件提示があったため、条件次第では農地転用についての同意を得ることができる状態になったと判断して、詳細な条件についての交渉を原告に任せることとした。
ところが、原告は、本件各地権者との交渉を積極的に行わなかったため、結局は最終的な合意に至らせることができなかった。
また、実際には本件各地権者以外にも清水谷埋立事業に同意していない地権者がおり、平成14年1月の時点では、清水谷埋立事業の区域内の地権者52名のうち、1名については清水谷埋立事業には絶対反対の立場をとっており、本件各地権者を含む12名については、交渉の席には付くものの条件面でいまだ合意に達しておらず、合計13名の者から同意を得ていない状態であり、本件留意事項を前提とする限り、農地の一時転用許可の本申請をすることができない状態であった(〔証拠略〕)。
(テ) M参与は、平成14年1月16日、「清水谷埋立て事業(区域6ha)を進める状況整理について」と題する書面(以下「M書面」という。〔証拠略〕)を作成し原告に対して交付した。M書面の内容は、「<1>清水谷区域(6ha)の地権者の100%同意を得ること、<2>事業の担保性についてd工業の下里地区開発のマトメ役を明確にすること、<3>フジ谷埋立て地区内地主(N氏)とのトラブルを解決すること、以上三点について事業者(X)の責任に於いて解決することが前提と成る」というものであった。これは、被告市が、a自治会からの要請やこれまでの経緯を踏まえて、原告に対し、平成13年9月4日、同年11月21日、同年12月10日、同月11日に要請した内容を、原告からの要求に応えて書面の形で交付したものであった。そして、このうち<1>は、清水谷下流域における農地の一時転用手法による埋立事業には事業地の地権者全員の同意が必要であること、<3>は、D所有の395番の土地が同埋立事業のための運搬経路や資材置場として必要であるし、事業地の地権者の一人であったことから、このトラブルを解決しないままでは同事業に悪影響が及び得ることを考慮してのものであった(〔証拠略〕)。
(ト) 被告市長は、同年2月20日の被告市議会議員全員協議会において、学校排水路の整備は清水谷埋立事業と切り離して単独で行うと発言し、同年3月議会において、本件条例上必要とされる地権者全員の同意が得られていないこと、清水谷埋立事業が完遂される担保がないこと及びフジ谷における埋立ての適正化がされていないことから、学校排水路を清水谷埋立事業とは切り離して、それ単独で整備する方針を決定したと答弁した(〔証拠略〕)。
(ナ) 被告市教育部長Oは、平成15年3月議会において、本件各校の汚水処理水は緑ヶ丘処理場に至る排水管を設置して排水することとし、雨水(時間降水量が20mmを超えた場合に限る。)については、汚水処理水の排水管と並行する排水管を設置し、緑ヶ丘処理場付近に位置する西除川水系の遊水池に流入させることとする(以下、このような排水ルートを「緑ヶ丘ルート」という。)方針であると答弁し、その後、被告市において、そのとおり決定された(〔証拠略〕)。
(ニ) 被告市は、平成15年7月30日、本件各校に係る新しい排水設備設置工事を開始し、平成16年4月30日、同設備は完成し、その後、供用が開始された(弁論の全趣旨)。
(ヌ) 清水谷埋立事業に関連して、被告市が清水谷地域の土地を買い取ったり、代替地を提供したり、賃料を負担するなど、何らかの出捐をしたとの事実を認めるに足る証拠はない。
イ 以上の認定に対し、原告は、これと異なる事実経過を主張するので、検討する。
原告は、被告市による学校排水の清水谷への放流(上記ア(ウ))が清水谷池の地権者(8名の共有)の同意を得ない無断放流であったことから、その事実を隠蔽するために、従前からフジ谷経路での排水について被告市と協力関係にあった原告に対し、昭和61年9月ころ、P助役が、清水谷における工場及び住宅の用地としての開発を持ちかけ、以後、原告が、この開発方針に従って、造成に用いる清水谷の山を形成したと主張し、これに沿う〔証拠略〕もある。
しかし学校の汚水処理水が清水谷に放流されていたことは、aの住民にとってすら遅くとも平成元年ころまでには知られていたのであり(〔証拠略〕)、清水谷池の地権者にとっては公知であったと推認できるから、わざわざ原告に地権者から清水谷池の土地を取得させてまで上記放流を隠蔽する必要があったとは考えられない。加えて、上記汚水処理水は合併浄化槽によって処理されたものであるが、そもそも浄化槽とは、排水を処理して公共下水道以外に放流するための設備であり(浄化槽法2条1号)、合併浄化槽の設置に係る建築確認申請に水利権者等の放流同意は要しない(昭和63年10月27日付け建設省住宅局建築指導課長通達〔建設省住指発第409号〕によれば、この通達が発出される以前から、合併浄化槽の設置に係る建築確認申請に水利権者等の放流同意書の提出を義務付けることが違法であるとの行政解釈が採用されていたことが窺われる。)から、仮に、清水谷水利組合が存在せず、Gが清水谷の水利権者を有権的に代表する者でなかったとしても、殊更に放流の事実を隠蔽する必要はなかったといえる(原告は、その当時浄化槽の設置に水利権者等の放流同意が必要であったとして甲第151、152号証を提出するが、仮にこれらが建築確認申請書に添付されて提出されたとしても、水利権者等の放流同意が建築確認の要件とされていなかったことと直ちに矛盾するものではない。)。
また、仮に清水谷の山が当初から同地での開発ないし周辺の開発にその土砂を使用する目的で築かれたのであれば、将来の住宅や工場の建設をどのように進めるかの計画や設計図面等が作成されているはずであるが、当裁判所には、かかる書面は何ら提出されていない。原告は、平成12年までb不動産をも主体として下里地区全体の開発をしようとしており、事業計画の案も存在し、12億円もの資金援助を得たというのにもかかわらず(〔証拠略〕)、b不動産が作成に関与したと窺われる造成図などの書面は、当裁判所に提出されていない。
以上に加えて、清水谷の山自体が周囲の標高から突出して高くなっており、同所をそのまま住宅用地や工場用地として利用することが想定し難いこと、当初から開発の方針であったのであれば、わざわざうず高く建設残土を積み上げる必要はなかったこと、建設残土を開発に使用する予定であったにしても、開発の計画すら明らかにならない段階で、開発用土砂をため込む合理性が見当たらないこと、開発には周辺住民の理解と協力が不可欠であるところ、清水谷の山のように周辺住民に不安感を与えるものを形成することは、かかる理解を得るには不利であり、当地で住宅等開発を目指す事業者としては、はなはだ不自然な行動であることなどを勘案すれば、被告市の要請に従って開発目的で清水谷の山を形成したとの事実を認定することはできず、原告の前記主張は採用できない。
(2) 検討
ア 原告は、被告市長及び同職員らが、農地の一時転用手法による清水谷埋立事業の計画を凍結又は撤回し、天野小学校及び西中学校の排水ルートを清水谷方面から他に変更し、原告に対し、清水谷埋立事業に係る特定事業を許可するための条件として、原告の責任において清水谷の地権者の同意を得ることや、フジ谷における395番の土地の売買契約をめぐるDとのトラブルを解決することなどを要求するに至ったことは、原告の信頼を裏切るものであって、国家賠償法1条1項の適用上違法であると主張するので、以下検討する。
イ(ア) 前記(1)アで認定したとおり、被告市は、清水谷埋立事業開始当初、同事業を通じて、原告が特段の許可を得ることなく建設残土を堆積して作り上げた清水谷の山が解消され、その土砂によって清水谷が埋め立てられて整備され、学校排水についても適正な管理ができるようになるものと期待していたが、原告は、農地の一時転用許可を得るのに必要な地元関係者の同意を得るための交渉を十分に行わなかった。そこで、被告市は、原告に対し、平成13年9月以降、同事業を進める上で必要な地権者の同意を得ること、地権者の一人であったDとのトラブルを解決することが清水谷埋立事業を進める前提であることを再三にわたって説明した。しかし、平成14年1月になっても、事業地内の53名の地権者のうち、被告市による多年の交渉によって交渉の席についた本件各地権者を含む13名の地権者から農地一時転用についての同意を得るに至っておらず、農地転用許可の申請すらもできない状態だったので、この時点において、同事業の維持に必要であった地元関係者全員からの農地転用に係る同意を得ることができないことがほぼ確実となり、そのため、被告市は、学校排水の適正な排水ルートを確保する必要に迫られ、同年2月2日、本件各校の排水ルートを変更し、清水谷以外に設置することを決定した。
(イ) 以上の経過に照らせば、被告市が、原告に対して、清水谷埋立事業を進める前提として地権者の同意を得ることなどが必要であると説明し、その実現に向けた努力を要請ないし指導したことについて、被告市担当者の行為に国家賠償法上の違法性(職務上の注意義務違反)があるとは認められない。また、清水谷の山の解消のため必要な関係地権者の同意を原告において取得しきる見通しが立たない以上、本件各校を設置管理する被告市として、学校排水の適正な排水ルートを確保しようと別経路である緑ヶ丘ルートを設置することにも、何ら非難されるべき点はなく、その担当者の行為について、国家賠償法上の違法性は認められない。
(ウ) 原告は、被告市が清水谷埋立事業に係る特定事業許可を原告に与える条件として上記各事項を要求したものであると主張するが、そもそも原告が清水谷の区域について同許可の申請をしたことを認めるに足りる証拠はなく、被告市が地権者の同意等を上記許可の条件として提示したとはいえない。
(エ) なお、原告と被告市とが昭和60年に作成した本件覚書(〔証拠略〕)には、埋立区域に隣接する下流の関係者に調整協議を行う場合には、被告市、I及び埋立区域の関係者が相協力してこの解決に当たる旨の記載があるが、前記事実経過の下、被告市が原告に対し地権者の同意等を得るよう求めたことや、学校排水ルートを緑ヶ丘ルートに改めたことが、上記条項に反すると解することはできない。
ウ したがって、国賠請求2は理由がない。
3 損失補償請求(予備的請求)について
(1) 原告は、国賠請求2の対象としている職務行為が適法であったとしても、原告には政策変更によって、重大で予期し得ない負担を課されたのであるから、憲法29条3項の準用により、損失補償が付与されるべきであると主張する。
(2) そこで検討するに、損失補償は、公権力による適法な侵害に対して、公平負担の理念からその損失を補填するものであり、損失補償責任が生ずるのは、当該損失が公平に反するような特別の犠牲に該当する場合に限られると解するのが相当である。そして、損失が上記特別の犠牲に当たるかどうかは、損失の態様、程度、原因等を総合考慮して判断すべきであるが、損失補償が公平負担の理念に立脚している以上、損失が、その生じた側の責めに帰すべき事情によるものである場合には、損失補償責任は発生しないというべきである。
(3) 本件において、被告市は、平成14年ころ、従前清水谷に設置しようとしていた学校排水ルートを他に変更することを決定し、清水谷地域の地元関係者の同意を得るための協力を中止したものであるが、仮にこれによって何らかの損失が原告において発生していたとしても、前記2(1)ア認定の事実経過によれば、それは、原告の責めに帰すべき事由によることが明らかというべきである。
そうすると、被告市の上記ルート変更等の決定による損失が、損失補償を要するような特別の犠牲に該当するとはいえない。
(4) したがって、原告の損失補償請求(予備的請求)は理由がない。
4 国賠請求3 本件条例附則等の規程の説明に関する請求について
(1) 原告は、本件条例の制定後、平成14年2月1日の聴聞会に至るまで、本件条例附則2項に規定する経過措置の内容及び391番の土地の埋立てには本件条例に基づく許可又は変更許可が必要であることの説明・指導等をしなかった行為は、原告に対する不法行為を構成すると主張する。
(2) しかし、前記第4の2(1)で認定したとおり、原告は、平成10年11月ころ、Bらから、同月2日から本件条例が施行され、特定事業を行うには本件条例による許可が必要になり、391番の土地への埋立行為が本件条例上の特定事業に該当し、これについても許可が必要になる旨の説明を受けたにもかかわらず、同地の埋立ては3か月程度で終了するから本件条例に基づく許可を得る必要はないとして、その許可を申請しなかった。そればかりか、同認定のとおり、被告市長は、平成12年9月から同年12月にかけて、勧告指導書1及び再勧告指導書をもって、特定事業変更許可申請書の提出を求め、平成13年においても、口頭での指導を継続していたのであって、原告関係者が毎日のように被告市の担当者と会っていたという原告の主張を併せ考えれば、平成14年2月1日の聴聞会に至るまで本件条例附則2項の経過措置及び391番の土地の埋立てに変更許可が必要であるとの説明を受けなかったとの事実は、およそ認めることができない。
(3) そうすると、原告の上記主張に係る事実は認められないから、国賠請求3は理由がない。
5 国賠請求4 a自治会への説明に関する請求について
(1) 原告は、B室長が、原告に対しては清水谷埋立事業に被告市として主体的に取り組む旨を述べておきながら、a自治会に対しては、平成12年9月30日から平成13年7月1日までの間、原告に清水谷埋立事業の全責任がある旨を述べてきたことが、原告の名誉ないし信用を毀損する違法な職務行為であると主張する。
そこで検討するに、証拠(〔証拠略〕)によれば、B室長が、平成12年9月30日のa自治会との懇談会において、要旨、フジ谷埋立て行為は清水谷への土砂搬入路等の利用目的で原告が申請したものであるが、許可区域内の土地に関するトラブルのため、区域外にも盛土ができつつあるため、原告に対し、上記トラブルを解消し、区域外の盛土も是正するよう文書勧告を行った、今後の状況によっては中止命令ないし許可取消し等について検討したいと発言したこと(以下、この発言を「本件B発言」という。)は認められるものの、これ以外にB室長が具体的にどのような発言をしたかを認めるに足る証拠はない。
そして、本件B発言の内容は、清水谷埋立事業の全責任が原告にあるとする趣旨のものではない。
また、本件B発言は、原告が行っているフジ谷埋立実施区域への埋立行為の内容を説明し、それに対する行政庁としての対応と、今後検討する予定の本件条例上の措置の内容を説明するものであり、一般人の通常の聴き方からすれば、原告が本件条例上の非違行為を行っているとの印象を抱かせ、原告の社会的評価ないし信用を低下させる可能性はあるが、本件B発言の内容は、それ自体公共性を有するものであるし、発言の場がa自治会との懇親会だったことからすれば、公益目的での発言だったと認められ、また、前記2(1)ア認定の事実関係によれば、その内容が真実であり、又は真実に基づく意見の表明であったことは明らかである。
よって、本件B発言は、原告に対する名誉ないし信用毀損行為としての違法性がなく、不法行為を構成しない。
(2) よって、国賠請求4は理由がない。
第6 結論
以上のとおりであるから、本件行政事件に係る訴えのうち本件却下決定の取消しを求める部分は不適法であるのでこれを却下することとし、原告のその余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣谷章雄 裁判官 山田明 伊藤隆裕)