大阪地方裁判所 平成15年(ワ)12864号 判決 2004年8月26日
原告
X
被告
Y1
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自、六一七万一三五七円及びうち五六一万一三五七円に対する平成一三年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、主文一に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、一四六二万円及びうち一三六二万円に対する平成一三年一二月七日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故に遭って傷害を負った原告が民法七〇九条、七一五条に基づき損害賠償を請求するものであるが、特に休業損害及び後遺障害逸失利益について特異な請求の仕方をしているため争われている事案である。
一 争いのない事実
(1) 本件事故の発生
ア 日時・・平成一三年一二月七日午前九時四〇分頃
イ 場所・・大阪府箕面市<以下省略>先交差点
ウ 加害者・・普通貨物自動車(以下「被告車両」という。)を運転中の被告Y1
エ 被害者・・自転車を運転中の原告
オ 態様・・原告が交差点を青色信号で横断歩道を北から南に横断中のところ、西から東に進行してきた被告車両が原告に側面衝突した。
(2) 原告の傷害
原告は、大阪府立千里救命救急センターに搬送され、同病院で、右急性硬膜下血腫、脳挫傷、頭蓋底骨折、外傷性くも膜下出血、左側頭骨骨折、左頭部挫創、上顎骨骨折疑い(両上顎洞内血腫)と診断され、意識障害、両下肢麻痺、左耳出血等の症状があった。
(3) 入通院の状況
ア 大阪府立千里救命救急センター
平成一三年一二月七日から同月一八日まで入院(一二日間)
イ 大阪脳神経外科病院
平成一三年一二月一八日から平成一四年一月二七日まで入院(四一日間)
平成一四年一月二八日から平成一五年三月一〇日まで通院(四〇七日間中実通院日数一一日)
ウ 三木整形外科内科
平成一四年三月一四日から平成一五年七月三〇日まで通院(五〇四日間中実通院日数二五九日)
(4) 原告の休業損害
原告は、昭和○年○月○日生まれで、本件事故当時そば処こづちに昼問パートとして勤務し、月一〇万円の収入を得ていた。
(5) 被告らの責任原因
ア 被告Y1は、被告会社の従業員であり、本件事故は被告会社の業務執行中に発生したから、被告会社には民法七一五条による責任がある。
イ 原告は、青信号で横断歩道を進行中であったから、被告Y1は横断中の者の有無を確認し、横断歩道の手前で徐行あるいは一時停止すべきであったのに、これを怠った過失があり、民法七〇九条による責任がある。
(6) 既払い(原告は被告の主張を明らかに争わない。)
被告らは、原告の治療費のうち、千里救命救急センターの二五二万四一四〇円と院外薬局の六万七九〇〇円の合計二五九万二〇〇〇円を支払い、その他に内金として二〇万円を支払った。
二 争点
(1) 原告の後遺障害の程度
〔原告の主張〕
原告には、次のような後遺障害が残っている。
ア 大阪脳神経外科病院での検査結果
(ア) 神経障害
右下肢しびれ、左肩の痛み、しびれ、脱力感、腰痛
(イ) 頭部醜状障害
右側部形成手術による除去頭蓋骨の接合部に直径約一三cm、全長約四〇cmの円環状の条痕がある。この条痕は、幅約五~一〇mmで全長に亘り凹凸陥没があり、違和感があり、手が触れると不愉快感となり、将来その醜状は加齢と共に目立つようになり、女性として堪えられない不安がある。
イ 三木整形外科内科での検査結果
(ア) 神経障害
a 握力 右一二kg、左八kg
b 頸神経根刺激症
c 左肩関節可動域制限 屈曲 右一八〇度、左一六〇度
(イ) 運動障害(頸椎部)
前屈四〇度、後屈四〇度、右屈二〇度、左屈一五度、右旋回七五度、左旋回七五度
ウ 自覚障害
頭痛、頭重感、右足のビリビリとしたしびれ感、平衡感覚が悪く、めまい、ふらつき、眼が疲れやすく、眼の奥に痛みを感じる、記憶力、集中力の減退
〔被告らの主張〕
ア(ア) 原告の頭部の醜状痕については後遺障害診断書にも記載がなく、又仮にあったとしても頭髪に隠れているはずであるから後遺障害には該当しない。
(イ) 左肩関節可動域制限については、正常可動域範囲は〇度ないし一八〇度であり、一六〇度(自動)は少し低いが普通のもので後遺障害とみるべきものではない。
(ウ) 頸椎部運動障害は前後屈も左右回旋もごく通常の可動域であるし、左右屈は少し数値が低いが左右共に低いので原告の本来の身体の固さであって、後遺障害と評価すべきものではない。
(エ) 神経障害は、重傷であった脳部については強い頭痛やてんかん発作等の症状がなく完治しているものと解されるので右下肢のしびれ、左肩の痛み等は脳とは無関係の軽度の神経症状と思われる。握力については数値は低いが、一般にこれは客観的、他覚的所見とはいい難いものであるし、現に原告がこれによって日常生活に支障を来しているようでもないからこれを後遺障害とみることはできない。
イ 原告は、平成一五年三月一〇日に症状固定したはずであるが、原告の後遺障害は不知。自賠責保険の後遺障害等級の認定を受けるべきである。
(2) 原告の損害
〔原告の主張〕
ア 休業損害・・六二一万円
(ア) 原告は、主婦として夫を助け、さらに平成七年頃からそば処こづち(大阪府箕面市船場)で昼間パートとして働き、接客係、レジ係、厨房手伝い、出前係として働き、月一〇万円の収入を得ていた。
(イ) 原告は、六五歳までこの仕事を継続するつもりであったが、本件事故及び後遺障害のため仕事の継続が困難となった。このため次のとおりの損害を受けた。
120万円×7年×0.74(ホフマン係数)=621万円
イ 慰謝料・・七〇〇万円
(ア) 不誠実慰謝料・・一〇〇万円
被告らは、原告に生命に係わる重大な傷害を与えながら一言の謝罪もしない。このような不誠実な態度に対して、原告としては憤懣の情も大きくこれに対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である。
(イ) 入通院慰謝料・・三〇〇万円
原告は、前記一(2)のとおりの傷害を負い、(3)のとおり入通院した。これに対する入通院慰謝料は三〇〇万円が相当である。
(ウ) 後遺障害慰謝料・・三〇〇万円
原告には、前記(1)のとおりの後遺障害が残り、これに対する慰謝料額は三〇〇万円が相当である。
ウ 原告及び家族の入院雑費及び必要経費・・三二万円
原告及びその夫及び子らは原告が本件事故に遭ったことにより次のとおりの費用を要した。
(ア) 原告・・八万円(別表一の八万〇七九一円の端数切り捨て)
(イ) 夫A・・五万円(別表二の五万三一二七円の端数切り捨て)
(ウ) 子・・以下の各金額の合計額の端数を切り捨て一九万円
a 長男・・三万六一二〇円(別表三のとおり)
b 次男・・五万〇三〇〇円(別表四のとおり)
c 長女・・七万一三三五円(別表五のとおり)
d 次女・・三万八二三二円(別表六のとおり)
エ 物損・・九万円
(ア) 自転車・・二万円
(イ) 衣服類、靴・・二万円
(ウ) 眼鏡・・五万円
オ 弁護士費用・・一〇〇万円
〔被告らの主張〕
ア 原告の主張アの休業損害が、休業損害の主張なのか、後遺障害逸失利益なのか明確ではない。
イ ウ(ア)のうち、入院雑費に相当する分は、一日一三〇〇円の限度でのみ認める。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)について
(1) 原告の後遺障害について、当裁判所も被告ら訴訟代理人も自賠責保険の等級認定を受けるよう求めたが、原告訴訟代理人はこれに応じない。本件訴訟においても、原告の後遺障害が自賠法施行令別表第二の何級何号に該当するのかについて主張もしないし、証拠としては、自賠責保険後遺障害診断書(甲四、八、九)並びに供述証拠(原告の陳述書、原告の供述及び原告の夫の証人Aの証言)が提出されたのみで、カルテ等は証拠として提出されておらず、後遺障害の等級判断は困難である。
(2)ア 大阪脳神経外科病院の脳神経外科医師B医師作成の後遺障害診断書(甲四)には次のような記載がある。
(ア) 症状固定日・・平成一五年三月一〇日
(イ) 傷病名・・右急性硬膜下血腫、左側頭骨々折、頭部外傷後遷延性意識障害、外傷性頸部症候群
(ウ) 自覚症状・・頭痛、めまい、肩こり、腰痛
(エ) 後遺障害の内容(精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果)・・受傷直後脳挫傷、急性硬膜下血腫、脳挫傷部位挫傷、右下肢しびれ、左肩の痛み、しびれ、脱力、腰痛
(オ) 醜状障害・・頭蓋骨変形
(カ) 障害内容の憎悪・緩解の見通し・・自覚症状は固定しているように見える。頭蓋変形部位も不変
イ 三木整形外科内科の整形外科医師C作成の後遺障害診断書(甲八)には次のような記載がある。
(ア) 症状固定日・・平成一五年七月三〇日
(イ) 傷病名・・頭部外傷後遺症(術後)、頸椎捻挫、腰椎捻挫
(ウ) 自覚症状・・頭痛、頸肩部痛、左肩関節部痛、腰痛、右下腿から足にかけてのしびれ、記銘力低下、右眼奥部痛、平衡感覚不良
(エ) 後遺障害の内容(精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果)・・握力右一二kg、左八kg、頸神経根刺激症状、ジャクソン(+)、左肩関節可動域制限あり屈曲右一八〇度、左一六〇度(自動)、知覚障害なし
(オ) 後遺障害の内容(頸椎部の運動障害)・・前屈四〇度、後屈四〇度、右屈二〇度、左屈一五度、右回旋七五度、左回旋七五度
(カ) 障害内容の憎悪・緩解の見通し・・変化はないと考える
ウ 平田眼科のD医師作成の後遺障害診断書(甲九)には次のような記載がある。
(ア) 症状固定日・・平成一四年一二月一八日
(イ) 傷病名・・右眼網膜上膜
(ウ) 自覚症状・・眼精疲労、飛蚊症
(エ) 後遺障害の内容(精神・神経の障害、他覚症状及び検査結果)・・右眼底、網膜黄斑部に上記を認める。
(オ) 後遺障害の内容(眼球・眼瞼の障害)・・視力右(裸眼:〇・一、矯正:一・〇)、左(裸眼:〇・二、矯正:一・二)、視野異常なし
(カ) 障害内容の憎悪・緩解の見通し・・不明(経過観察を要する)
(3) (2)に判示した各後遺障害診断書の記載に基づいて検討する。
ア(ア) (2)ア(オ)の醜状障害については、女子の外貌の醜状障害に該当する可能性あるが、その大きさが不明であり、後遺障害と認めることはできない。
(イ) (2)ア(エ)及びイ(エ)の各障害は、局部に神経症状を残すものと認められ、原告が本件事故によって第二、一、(2)の各傷害を負ったことから、このような神経症状を残すことは説明可能なものであるが、前記(1)の各証拠からはそれ以上にその障害がCT、MRI、脳波検査、脳血管撮影の検査等により証明されたものとみることはできない。したがって、これらの神経症状は後遺障害等級第一二級第一二号以上の等級に該当するものと認めることはできないが、第一四級第一〇号に該当するものと認められる。
(ウ) (2)イ(オ)の障害は、頸椎部の左右屈(三五度)は参考可動域角度一〇〇度の二分の一以下になっているが、前後屈(八〇度)が参考可動域角度一一〇度の二分の一以下になっていないから後遺障害等級第六級第五号の「脊柱に著しい運動障害を残すもの」に該当するものとみることはできず、又ほぼ二分の一以下になっているものということもできないから第八級第二号の「脊柱に運動障害を残すもの」に該当するものとみることもできない。
(エ) (2)ウの障害については、原告は本件事故前から視力に障害があった(原告)が、その程度は不明であり、したがって本件事故によって新たにどの程度の障害が生じたのかは不明である。
イ 以上によれば、原告は、本件事故によって後遺障害等級第一四級第一〇号に該当する後遺障害が生じたものと認めるべきである。
そして、この後遺障害による労働能力喪失期間は五年と認めるのが相当である。
二 争点(2)について
(1) 休業損害・・二二六万三〇九七円
ア(ア) 原告は、休業損害として、原告が六五歳になるまでの間の得べかりし収入を請求しているが、症状固定後の分は後遺障害逸失利益として請求すべきものであるから、本件事故日から症状固定までの分は休業損害として、症状固定から六五歳になるまでの分は後遺障害逸失利益として請求するものと解して判断することとする。
(イ) 前記一(2)に判示したとおり、原告は、本件事故により多種の傷害を受けたから、それぞれの傷害について症状固定日の診断も異なってくるのは当然であり、その中で最も遅い前記一(2)イ(ア)の平成一五年七月三〇日を症状固定日とすべきである(原告六〇歳)。
イ 休業損害・・二〇〇万三三三三円
(ア) 月収・・一〇万円(争いがない)
(イ) 休業期間・・平成一三年一二月七日から平成一五年七月三〇日まで六〇一日間
(ウ) 計算
10万円÷30日×601日=200万3333円
ウ 後遺障害逸失利益・・二五万九七六四円
(ア) 年収・・一二〇万円
(イ) 労働能力喪失率・・五%
(ウ) 労働能力喪失期間・・五年間(ライプニッツ係数四・三二九四)
(エ) 計算
120万円×5%×4.3294=25万9764円
(2) 慰謝料・・三四〇万円
ア 不誠実慰謝料・・一〇万円
(ア) 本件事故後、被告Y1及び被告会社の事故係のEが原告の入院していた千里救命救急センターに来て原告の夫であるAに謝罪したが、謝罪したのはその一度だけで、その後は見舞いを述べることもなく、ただ労災保険を使わせて欲しいとの要求をくり返したため原告らはひどく憤慨した。しかも、その要求が次第に強硬になってきたため、原告らはテープレコーダーを買って、これに備えようとした程であった(甲一一、A証人、原告)。
(イ) 以上によれば、被告らの上記態度はいささか常軌を逸したものであり、これによって原告が精神的苦痛を受けたことは明らかであり、これに対する慰謝料として一〇万円を認めるのが相当である。
イ 入通院慰謝料・・二三〇万円
前記一(2)(3)の原告の傷害及び入通院の状況によれば、入通院慰謝料としては二三〇万円が相当である。
ウ 後遺障害慰謝料・・一〇〇万円
前記一に認定した原告の後遺障害に対する慰謝料額としては一〇〇万円が相当である。
(3) 入院雑費及び必要経費・・八万五二六〇円
ア 原告(別表一)
(ア) 原告の入院雑費については、別表一の各物品についてその費用を請求しているが、格別に立証することは煩瑣であるし、また現にこれらの費用を要したことの証拠はない。入院期間中一日一三〇〇円の割合で認めるのが相当である。
1300円×52日=6万7600円
(イ) また、別表一のうち文書代、交通事故証明申請費、事故証明費、住民票代については、弁論の全趣旨によれば、これらを要したものと認められ、これらは(ア)とは別に認めるのが相当である。
合計一万七六六〇円
イ 原告の夫及び子
原告の夫又は子の付添又は見舞いのための交通費は本件事故と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(4) 物損・・六万三〇〇〇円
原告は、本件事故によって自転車、衣服類、靴及び眼鏡を破損したため、これらを買い替え、そのために合計九万円(自転車二万円、衣服類及び靴二万円、眼鏡五万円)を要した(A証人、原告)が、これらはいずれも新品価格であるから、その七割の六万三〇〇〇円の限度で損害と認める。
(合計・・五八一万一三五七円)
(5) 既払い
被告らの主張する既払いのうち治療費については、原告は本件訴訟では請求していないから、その余の内金二〇万円のみを損害額から控除することとする。
(既払額控除後の残額・・五六一万一三五七円)
(6) 弁護士費用・・五六万円
(合計・・六一七万一三五七円)
第四結論
以上によれば、原告の本件請求は、被告Y1に対し民法七〇九条に基づき、被告会社に対し民法七〇九条、七一五条に基づき、各自、損害金六一七万一三五七円及びうち五六一万一三五七円に対する不法行為の日である平成一三年一二月七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 小見山進)
別表1~6<省略>