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大阪地方裁判所 平成15年(ワ)9864号 判決 2004年2月20日

原告

被告

ソーラ開発株式会社

代表者代表取締役

B

訴訟代理人弁護士

岡田和義

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  原告が、(所在地略)(以下「本件就業場所」という)において就業する義務のないことを確認する。

2  被告は、原告に対し、五万三九五〇円を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告会社の従業員である原告が、被告会社とは本件就業場所を勤務場所とする合意をしておらず、原告を同就業場所に配転(以下「本件配転」という)したのは権利の濫用であるとして、被告会社に対して、本件就業場所における就労義務がないことの確認と、原告が支出した交通費の支払を請求している事案である。

1  争いのない事実等

(1)  平成一五年七月一六日、大阪府地方労働委員会(以下「地労委」という)で第一回の調停期日が行われ、被告会社は、原告に対する同年六月五日付け解雇予告(以下「本件解雇予告」という)を撤回した。

地労委は、原告と被告会社に対し、雇用契約を締結するようにとの斡旋をし、原告と被告会社はそれに同意した。

(2)  被告会社は原告の勤務場所を被告会社の本社とする雇用契約案を作成し、平成一五年七月三〇日の地労委の第二回調停期日において提出したが、原告は被告会社の本社での勤務を拒否した。そこで、地労委は被告会社に対し、宇治市を原告の就業場所とするように再検討を求めたので、被告会社は一旦回答を留保した。

(3)  同年八月八日に開かれた地労委の第三回調停期日において、原告と被告会社は雇用契約(以下「本件雇用契約」という)を締結し、勤務場所として本件就業場所が記載された雇用契約書(以下「本件契約書」という)に原告は署名・押印をした。

(4)  被告会社は、同年九月一日、原告に対し、業務活動の対象を本件就業場所近隣地域の一般家庭に限定するように指示(以下「本件業務命令」という)をしたが、原告はそれに従っていない。

(5)  被告会社は、同年一二月四日の第一回弁論準備手続期日において、当初原告が請求していた交通費九万五八八〇円のうち四万一九三〇円について支払義務があることを認め、同月一八日の第二回弁論準備手続期日において、原告に対し前記金員を支払った。そこで、原告は同金額分について請求を減縮した(当裁判所に顕著な事実)。

2  争点

(1)  原告の勤務場所を本件就業場所とする合意(以下「本件合意」という)の有無

(被告会社の主張)

原告と被告会社は、本件雇用契約に本件合意をした。

(原告の主張)

原告は、本件契約書の就業場所の記載を、従前の就業場所である(所在地略)(以下「本件雇用契約前の就業場所」という)だと思い込んで、同契約書に署名・押印したのであるから、本件合意は成立していない。

(2)  本件合意は公序良俗に違反し、本件配転は権利の濫用にあたるか。

(原告の主張)

本件就業場所は、原告がかつて勤務していた被告会社の事務所の向かいにあり、以前倉庫として使用されていたと思われるプレハブのような建物で、トイレもなく、原告が通常甘受すべき程度を遙かに超えている。業務上の必要性に基づかず、原告に退職を強要するという不当な動機・目的で前記場所を勤務場所としているものである。

したがって、本件合意は公序良俗に反し、本件配転は権利の濫用にあたる。

(被告会社の主張)

本件就業場所は、原告の業務の実態に照らして決して不適当な場所ではない。原告の業務内容は地元近隣地域を活動対象とした営業行為であって、本件就業場所では、常時勤務するものではなく、一日の業務報告書を記入したり一時的に休息するにすぎない。したがって、建設現場で休憩室に使われる程度の設備で差し支えはなく、原告が主張するように通常甘受する必要の程度を超えるものではない。

したがって、本件合意は有効であり、本件配転は権利の濫用にはあたらない。

(3)  原告が交通費を被告会社の業務に関し支出したといえるか。

(原告の主張)

ア 原告は、以下のとおり、業務を遂行するため交通費を支払った。

(ア) 平成一五年六月二六日 一〇八〇円

被告会社の代表者と話し合うため午後三時に被告会社の本社に行き、午後八時まで同人と話し合った。

(イ) 同年七月二二日 二二八〇円

(ウ) 同月二三日 二九六〇円

(エ) 同月二四日 三一〇〇円

(オ) 同月三〇日 二四八〇円

(イ)ないし(オ)は、マネージャーのCの指示で被告会社の本社へ出社した後、高槻市内を営業活動した。

(カ) 同年八月八日 一三六〇円

地労委に出頭した。

(キ) 同月一八日 一五六〇円

朝出勤して出勤簿に押印した後、今回の被告会社のやり方に疑問を感じ、専門家に相談に行った。

(ク) 同月二〇日 二二一〇円

午前八時三〇分に出社したが、施錠されていたため、郵便受けに日報をはさみ、湖西方面や保育園を訪問した。出勤簿には翌日押印した。

(ケ) 同年九月一日 七六〇円

午前八時三〇分に出社したが、本件業務命令を受けたため、専門家に相談に行き、仕事をしなかった。

(コ) 同月二日 二七六〇円

(サ) 同月三日 二五六〇円

(シ) 同月四日 二三四〇円

(ス) 同月五日 三一六〇円

(セ) 同月八日 三一五〇円

(ソ) 同月九日 三六一〇円

(タ) 同月一〇日 三八〇〇円

(チ) 同月一一日 二五九〇円

(ツ) 同月一二日 三四〇〇円

(テ) 同月一六日 三四四〇円

(ト) 同月一七日 二三四〇円

(ナ) 同月一八日 三〇一〇円

イ 原告は、被告会社に入社後約一か月間、上司のDの指示で、京田辺、城陽、宇治において個人の家を訪問したが、販売ができなかったため、Dの承諾を得て、保育園、老人ホーム、身体障害者施設、環境局、産廃業者等の非営利団体やバス、トラック、タクシー会社等に対する訪問活動に切り替えていた。したがって、本件業務命令は、業務上の必要性がなく、原告に退職を強要するための嫌がらせである。

(被告会社の主張)

ア(ア) 前記原告の主張ア(ア)ないし(ケ)については、原告の出勤が確認できない。

同ア(ア)ないし(カ)については、出勤簿に押印がなく業務日報の提出もない。なお、同ア(カ)について、原告は被告会社に届け出ることなく地労委の調停期日に出席したもので、そのような無断行動の交通費を支払うことはできない。

同ア(キ)について、出勤簿は翌日不正に押印されたものである。原告の業務日報によれば、地労委、京都府労働相談所へ行ったことが記載されているが、いずれも被告会社に無断でした私的な行動であり、それに対する交通費を支払うことはできない。

同ア(キ)、(ケ)について、出勤簿は翌朝不正に押印されたものであり、業務日報の提出もない。

(イ) 前記原告の主張ア(コ)以降については、原告は本件業務命令に従わず、被告の指示、注意、警告等を無視し、独断的行動に終始しており、本件雇用契約に違反し、被告会社の業務とは認められない。

イ 被告会社は、本件契約書五条に基づき、原告に業務遂行上の指示命令を与えることができる。

第三争点に対する判断

1  事実経過

証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1)  被告会社は、太陽熱に関する機器の販売等を目的とする株式会社であり、ガス関連機器の販売、設計施工を業とする京滋帝燃株式会社(以下「訴外会社」という)の関連会社である。

(2)  訴外会社は、平成一四年六月三日に宇治の職業安定所に経理事務を担当する職員の募集をし、原告はそれに応募した。訴外会社の求人票には、訴外会社の所在地及び就業場所として、本件雇用契約前の就業場所が記載されていた。そして、原告は、同年九月ころから本件就業場所の向かいにある訴外会社の事務所(本件雇用契約前の就業場所)を就業場所として被告会社の販売業務に従事するようになった。

(3)  原告は、入社後、約一か月は、本件業務命令と同じ指示により、本件就業場所の近隣である京田辺、城陽、宇治において個人の家を訪問して、被告会社の製品を販売しようとしたが、成果が上がらなかったため、被告会社に対し、営業対象区域を滋賀県草津市まで広げるとともに、訪問対象も保育園、老人ホーム、身体障害者施設、環境局、産廃業者やバス、トラック、タクシー会社等とすることを要望し、被告会社も、販売成績を上げるために、それを承諾した。

(4)  しかし、その後も、依然として、原告は成果を上げることができなかった上、就業場所である訴外会社に対し金融業者から電話がかかってきたり、差出人不明のファックスが送られたり、原告が公然と訴外会社の経営方針を批判するなどの言動をとったため、被告会社は、平成一五年六月五日、原告に対し、本件解雇予告を行った。

(5)  それに対して、原告は、被告会社の製品は販売が難しい商品であるから販売成績が不振であるという理由で解雇するのはおかしいと考え、地労委に対して調停を申請し、被告会社は同年七月一六日の第一回調停期日において本件解雇予告を撤回した。しかし、被告会社は、前記(4)の事情から原告の勤務場所を訴外会社とすることはできないと考え、同月三〇日の第二回調停期日において、原告に対し、被告会社の本社を勤務場所とする雇用契約書を提示したが、原告は、自宅から不便であることなどからそれを拒否した。地労委は、被告会社に、勤務場所を京都府宇治市にするよう再検討を求めたので、被告会社は、平成一五年八月八日の第三回調停期日において、原告に対し、勤務場所を本件就業場所とする本件契約書を提示し、原告は、それに署名・押印した。

(6)  それ以降、原告は本件就業場所を勤務場所として販売活動に従事することになった。本件就業場所にある事務所は、簡易な構造の建物で、電話、トイレ、水道、暖房等の施設は備えつけられていなかった。ただ、同事務所においては、主として出退勤の確認や業務日報の提出等が行われるだけで、顧客をそこで応接する必要もなく、特段電話やトイレがなくても支障はなかった。業務日報については、販売活動終了後、前記事務所に戻った際に郵便受けに入っている用紙を受け取り、自宅で記入し、翌朝出勤時に提出することになっていた。

(7)  その後も、原告は依然成果を上げられなかったため、被告会社は、負担する原告の交通費等の経費を抑えるために、前記第二の1(4)のとおり、同年九月一日に原告に対し本件業務命令を行ったが、原告はそれに反対すると述べて、その指示に従っていない。

(8)  原告は、同年八月二五日に、京都労働局長に対し、被告会社を相手方として、本件雇用契約前の就業場所に戻すこと、事実無根の注意書や警告書を交付しないことを内容とする斡旋を申請したが、被告会社は、同年九月一七日、原告とは本件合意をしているし、被告会社の原告に対する注意や警告は合理的なものであるとして、斡旋の手続に参加しない旨の意思表示を行ったため、同月二二日、前記手続は打ち切られた。

2  本件合意の有無(争点(1))

(1)  前記第二の1(3)のとおり、勤務場所を本件就業場所とする本件契約書に原告は署名・押印しているのであるから、原告と被告会社との間で本件合意が成立したことが認められる。

(2)  原告は、本件契約書において勤務場所が本件就業場所とされている点については、被告会社から説明がなく、原告においても、勤務場所の記載が本件雇用契約前の就業場所であると思い込んでいたので、被告会社に対し説明を求めず、その点を十分確認しないまま、前記契約書に署名・押印したと供述する(原告本人)。しかし、前記1(2)のとおり、原告は、訴外会社の求人票の記載等から、本件雇用契約前の就業場所が(所在地略)であることを認識していたと推認されるところ、本件雇用契約に記載された本件就業場所は前記就業場所と比較すると町名までは確かに同一であるものの、それ以降の地番が「(略)」と明らかに異なるものである上、前記1(5)のとおり、原告は、その直前の調停期日において、被告会社が提示した雇用契約書の勤務場所が被告会社の本社とされていることに不服を述べ、それに対する署名・押印を拒んでいることに照らせば、原告の前記供述は不自然であり、直ちに採用できない。

3  本件合意は公序良俗に違反し、本件配転は権利の濫用にあたるか(争点(2))

(1)  また、原告は、本件就業場所は、原告がかつて勤務していた訴外会社の向かいにあり、以前倉庫として使用されていたと思われるプレハブのような建物で、トイレもない旨主張するが、前記1(1)ないし(3)、(6)で認定したとおり、原告が担当する主たる業務は被告会社の製品を家庭や事業所に訪問して販売することであり、勤務場所である本件就業場所においては、主として出退勤の確認や業務日報の提出等が行われるにすぎないのであるから、原告が主張するような事情をもって、本件合意が直ちに公序良俗に違反するとはいえない。

(2)  したがって、本件合意は有効に成立していると認められるから、本件配転が権利の濫用にあたる余地はなく、本件就業場所において就労する義務がないことの確認を求める原告の請求は理由がない。

4  原告が交通費を被告会社の業務に関し支出したといえるか(争点(3))。

(1)  原告は、以下のとおり、業務を遂行するため交通費を支払ったと主張し、それに副う供述をしているので、以下検討する。

ア 原告は、前記第二の2(3)原告の主張ア(ア)のとおり、平成一五年六月二六日に被告会社の代表者に会いにいくために本社に赴き、主張の交通費を支出した旨主張し、それに副う供述をしているが(原告本人)、そもそも原告の前記供述を裏付ける客観的な証拠は存しない上、前記1(4)のとおり、被告会社は、原告に対し、その二〇日ほど前に本件解雇予告をしており、被告会社において、原告に対し本社への出頭を指示する理由も認めるに足りないから、原告の前記供述は直ちに採用できない。

イ 原告は、前記原告の主張ア(イ)ないし(オ)のとおり、被告会社の指示で本社に出社した後、高槻市内を営業活動し、主張の交通費を支出した旨主張し、それに副う供述をしているが(原告本人)、そもそも原告の前記供述を裏付ける客観的な証拠は存しない上、前記1(5)で認定したとおり、それらの時点においては、被告会社において、すでに平成一五年七月一六日に行われた地労委の調停期日において本件解雇予告を撤回していたことは確かであるが、依然地労委での斡旋が継続中で、就業場所等についても原告と被告会社との間で合意が未だ成立していなかったのであるから、そのような状態であるにもかかわらず、被告会社において原告に対し本社周辺での営業活動を指示したというのは不自然であり、原告の前記供述も直ちに採用できない。

ウ 原告は、前記原告の主張ア(カ)、(キ)、(ケ)のとおり、地労委に出頭したり、知人に相談するために支出した交通費の費用を請求しているが(証拠略)、それについては被告会社の業務との関連性は認められず、原告がそれらの費用を被告会社に請求できる根拠も明らかではないから、原告の前記請求は失当である。

エ 原告は、前記原告の主張ア(キ)のとおり、平成一五年八月二〇日午前八時三〇分に出社したが、施錠されていたため、業務活動を行い、交通費を支出したと主張し、それに副う供述をしているが(証拠略)、そもそも原告の前記供述を裏付ける客観的な証拠は存しない上、逆に、被告会社の顧問であるEは、当日の始業時刻には待機し、原告の欠勤を確認した旨供述していること(書証略)、また、仮に、本件就業場所が原告が出社した時刻には施錠されていたとしても、原告において向かいにある訴外会社の事務所等に赴くなどして、鍵を開けるように求めたり、自己が出社したことの確認をしてもらうなどすることは容易であったにもかかわらず、それを行っていないことは不自然であること、等を考慮すれば、原告の前記供述は直ちに採用できない。

オ 原告は、前記原告の主張ア(コ)ないし(ナ)のとおり、原告は、販売活動のため交通費を支出したと主張し、それに副う供述をしているが(原告本人)、原告も認めるように、前記活動は本件業務命令に違反しており、被告会社の指示に基づき原告が支出した費用とは認められないのであるから、原告の請求は理由がない。

なお、原告は、前記原告の主張イのとおり、本件業務命令は業務上の必要性がなく、原告に退職を強要するための嫌がらせである旨主張する。しかし、前記1(2)ないし(4)で認定したとおり、原告はもともと被告会社に入社当初一か月間は、本件業務命令のとおり本件就業場所の近隣の個人宅を対象に販売活動に従事していたが、成果が上がらなかったため、被告会社に要請して、原告が主張する非営利団体等に対する販売活動を行うようにしたが、依然として何らの販売実績も上げられず、逆に活動範囲が広がったことで被告会社が負担する交通費等の営業経費が増加したため、被告会社において負担しなければならない交通費を抑えるために本件業務命令を行ったことが認められるのであるから、原告の前記主張は失当である。

(2)  以上によれば、原告の交通費に関する請求も理由がない。

5  結論

したがって、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官 中垣内健治)

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