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大阪地方裁判所 平成15年(行ウ)8号 判決 2004年3月03日

原告 A株式会社

同代表者代表取締役 甲

同訴訟代理人弁護士 佐々木泉顕

同 古山忠

同 中原猛

被告 札幌東税務署長

山下勇

同指定代理人 田口治美

同 桂井孝教

同 天満三樹

同 市川光雄

同 杦田喜逸

同 青山哲雄

同 小森睦雄

主文

1  本件訴えのうち、原告の平成10年12月1日から平成11年11月30日までの事業年度に係る法人税について、被告に対し減額更正するよう求める部分を却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

1  原告の平成10年12月1日から同11年11月30日までの事業年度に係る法人税について、被告が平成13年12月21日付けでした、更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

2  被告は、原告の平成10年12月1日から平成11年11月30日までの事業年度に係る法人税の減額更正を行え。

第2  事案の概要

本件は、法人税額算定の基礎とされた保険金収入は原告に帰属するものではないなどとして、原告が被告に対して、国税通則法23条2項1号に基づいて法人税の更正請求(以下「本件更正請求」という。)をしたところ、被告が、原告に対し、同更正請求については更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をしたため、原告が、被告に対し、同処分の取消し及び職権による減額更正を求めた事案である。

1  前提事実(当事者間に争いのない事実、括弧内に掲記した証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)

(1)  原告は、昭和53年12月2日に設立された、医療関連サービス業を営む、乙を主たる株主とする同族会社である(乙1、2)。

(2)  原告は、平成10年12月1日から同11年11月30日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税の確定申告手続において、B相互会社(以下「B相互会社」という。)から平成11年8月5日に原告に支払われた高度障害保険金5億0740万0701円(以下「本件保険金」という。)を雑収入として計上し、所得金額欄に450万1896円、納税すべき税額欄に112万3200円と記載した青色の確定申告書を法定の申告期限である平成12年1月31日に被告に提出した(以下「本件確定申告」という。乙1)。被告は、国税査察官の調査の結果に基づき、原告に対し、平成13年6月26日付けで、所得金額を3億8362万5795円、納付すべき法人税額を1億4367万1600円、重加算税の額を4988万9000円とする法人税額等の更正処分及び重加算税の賦課決定処分をし(以下「本件更正処分等」という。)、同決定通知書は、同月27日、原告に送達された(乙3)。

(3)  原告は、平成13年11月9日、乙とともに、札幌法務局所属公証人丙に対し、本件保険金の真正な受取人は原告ではなく乙であること、同保険金は同人に帰属し、同人のために原告が預かり保管していたに過ぎないことなどを内容とする、平成13年第357号保険金の帰属に関する契約公正証書(以下「本件公正証書」という。)の作成を依頼し、同日、同公正証書が作成された(乙3)。

(4)  原告は、平成13年11月20日、本件事業年度の確定申告において雑収入として計上した本件保険金は原告に帰属するものではないなどとして、被告に対し、所得金額を△1億2322万5290円、納付すべき税額を△1955円とする本件更正請求をしたところ、被告は、平成13年12月21日付けで、本件更正請求は国税通則法23条1項及び平成14年法律第79号による改正前の法人税法82条所定の提出期限までに提出されておらず、国税通則法23条2項に該当する事実が認められないとして、更正をすべき理由がない旨の本件通知処分をし、同通知書は、同月22日、原告に送達された(乙5)。

(5)  原告は、被告に対し、平成14年2月12日、本件通知処分に不服があるとして、国税通則法75条1項1号に基づき、本件通知処分の取消しを求める異議申立てをしたが、異議申立ての日の翌日から起算して3か月を経過しても異議決定が行われなかったため、同年6月5日、国税不服審判所長に対し、同条5項に基づいて異議決定を経ないで審査請求をしたところ、同所長は、平成15年2月24日付けで同審査請求を棄却する旨の審査裁決をし、同裁決書は、同月26日、原告に送達された。そこで原告は、同年4月9日、本件訴えを提起した(同日に本件訴えが提起されたことは、訴訟手続上、当裁判所に顕著である。)。

2  争点及びこれに対する当事者双方の主張

(1)  減額更正を求める訴えの適否

(被告)

減額更正を求める訴えはいわゆる義務づけ訴訟に該当するところ、憲法の定める三権分立の原則の下、行政処分の第一次判断権は行政庁に付与されており、裁判所が行政庁に対して特定の行政処分を行うべきことを命ずることは、上記行政庁の第一次判断権を侵害することになるから、許されない。

原告は、本件において、本件通知処分の取消しを求めているところ、これを認容する判決が確定すれば、本件通知処分は遡及的に消滅するため、被告は、同判決の趣旨に従い、改めて更正の請求に対する減額更正処分をしなければならなくなる(行政事件訴訟法33条2項)。これにより、原告は、その目的を達することができるから、前記の義務づけ訴訟を認める必要はなく、同訴えは不適法というべきである。

(原告)

被告は、本件通知処分において、原告の提出した更正の請求書が法定の提出期限までに提出されていないことのみを理由として更正すべき理由がないものと判断している。そうすると、仮に、本件訴訟において原告の取消請求を認容する判決が確定したとしても、被告は前記の理由以外の理由によって減額更正を行わないことが考えられるから、義務づけ訴訟を認める必要がないとはいえず、減額更正を求める訴えが不適法であるとはいえない。

(2)  本件通知処分の適法性(本件公正証書が国税通則法23条2項1号の「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当するか否か)

(被告)

本件更正請求は、国税通則法23条1項所定の請求期間(法定申告期限(法人税法74条により、平成12年1月31日)から1年以内)を徒過してなされた請求であり、また、平成14年7月3日法律第79号による改正前の法人税法82条の規定する請求期間(更正処分等の通知を受けた日の翌日から2か月以内)も徒過しているから、国税通則法23条2項各号に該当する事実がない限り更正請求は許されないものであるところ、以下のとおり、本件公正証書が同項1号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当しないことは明らかである。

すなわち、同条2項は、更正請求をなしうる期間を法定申告期限から1年以内とした同条1項の規定の例外として、納税者が申告時に予測し得なかった後発的事由が生じた場合に、更正請求の期間を伸張したものであるところ、このような例外規定の解釈においては、条文の文言を離れて解釈することは許されないものというべきである。これを前提として検討するに、同条2項1号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当するものとしては、裁判上の和解、調停、調停に代わる決定・審判等並びに請求の放棄及び認諾が挙げられるところ、これらはいずれも裁判所の関与の下に手続が行われて調書に記載されるものである上、調書に記載されることにより、その記載が確定判決と同一の効力を有することが法律の規定をもって明らかにされている(裁判上の和解並びに請求の放棄及び認諾につき民事訴訟法267条、調停及び調停に代わる決定・審判等につき民事調停法16条、18条3項、家事審判法21条、26条3項)のに対し、公正証書については確定判決と同一の効力を有する旨の明文の規定はない。また、「確定判決と同一の効力」としては、訴訟等の終了効、既判力及び執行力が挙げられるところ、公正証書には訴訟等の終了効及び既判力は認められず、いわゆる執行証書(民事執行法22条5号)において執行力が認められるものの、これが認められる根拠は債務者の公証人に対する直ちに強制執行に服する旨の陳述にあるとされており、和解調書など他の債務名義に執行力が認められる根拠については、概ね裁判所ないし裁判官の関与の下に行われ、程度・方法の差こそあれ、実体関係の審理を前提とした法的判断に正当性の保障が認められる点にあるとされているのと異なる。これらの相違点に照らすと、本件公正証書が国税通則法23条2項1号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当しないことは明らかである。

(原告)

本件更正請求の際に原告が被告に対して提出した本件公正証書は、国税通則法23条2項1号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当すると解すべきであるから、本件通知処分は違法であり、取り消されるべきである。

すなわち、同条項は、後発的事由によって申告等に係る税額が過大となった場合などに納税者の側から減額更正請求ができるようにすることにより、納税者の権利保護を拡充する趣旨の規定であるところ、乙は、本来保険契約者及び保険金受取人を乙個人とすべきであったのに、B相互会社の担当外務員の誤った指導により錯誤に陥って保険契約者及び保険金受取人を原告とする保険契約を締結し、B相互会社の経営危機の中、不本意ながら原告において本件保険金を受領したものの、本件保険金は、実際には乙に交付されているから、本件は、納税者の権利救済が図られるべき事案というべきであり、実質主義の点からも、本件保険金収入を原告の所得と認定して課税すべきではない。同号の「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」との文言は、裁判によれば時間や費用がかかるなどの理由から、納税者の権利救済のため追加補充されたものであり、「その他の行為」につき「判決と同一の効力を有する」とする法律上の規定が必要であるとする明文の規定も、これにつき裁判所が関与して作成されたものに限定されるとする明文規定もなく、公正証書に同号の適用がないとする裁判例も見あたらないこと、公正証書は、紛争予防機能と紛争解決機能を有するとされる点で判決と同一の機能を有するのであって、裁判官による正当性の保障などはフィクションに過ぎず、公正証書が公証人により厳正な方式に従って作成される以上、和解や調停と区別して取り扱う根拠はないことなどに照らすと、本件公正証書は「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当するというべきである。

第3  当裁判所の判断

1  争点(2)(本件通知処分の適法性)について

(1)  国税通則法23条1項は、更正請求をなし得る期間を原則として法定申告期限から1年以内に限っているところ、前記前提事実(2)、(4)で認定したとおり、原告は、本件事業年度における原告の法人税の法定申告期限である平成12年1月31日から1年以上経過後の平成13年11月20日に本件更正請求をしたものである(本件事業年度における原告の法人税の法定申告期限は、法人税法74条により、本件事業年度終了の日である平成11年11月30日の翌日から2か月以内ということになる。)。よって、本件更正請求が適法であるためには、国税通則法23条2項に該当する事実が存在することが必要であるところ、原告は、本件公正証書が同項1号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」に該当すると主張するので、この点について判断する。

(2)  国税通則法23条1項は、法律関係の早期安定及び税務行政の能率的運営等の観点から更正の請求をなし得る期間を原則として法定申告期限から1年以内に限定しているのであるが、同条2項において、同条1項の期間経過後であっても同項各号の事由が存在する場合には更正の請求をなし得るものとしているところである。これは、昭和43年7月になされた税制調査会による「税制簡素化についての第三次答申」において、当時の更正の請求の期限を2か月から1年に延長すること及び期限を延長してもなお期限内に権利主張ができなかったことにつき正当な事由があると認められる場合の納税者の立場を保護するため、後発的な事由により期限の特例が認められる場合を拡張することなどの所要の措置を講ずることを適当とするとの答申がなされたことに基づき、昭和45年、後発的事由に基づく更正の請求として同条2項各号の規定が設けられたものである(乙8、弁論の全趣旨)。

その期間伸長を認める例外規定の1つとしての同項1号では、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき。」と規定されているところ、その規定ぶりに照らすと、「判決」に続いて括弧内に記載されている「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」については、少なくとも「判決と同一の効力を有する」ものであることが必要と解するのが相当である。この観点からすると、調書に記載されることにより確定判決と同一の効力を有する旨が明文を持って定められている裁判上の和解、請求の放棄又は認諾、調停等(民事訴訟法267条、民事調停法16条等)がこれに該当するものというべきことになる。これに対し、公正証書については、「判決と同一の効力を有する」とする明文の規定はない。また、一般に、判決の効力として、訴訟終了効、既判力、形成力及び執行力が挙げられるところ、公正証書については前三者の効力は認められず、ただ、公正証書のうち、金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成したもので、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されたもの(いわゆる執行証書)については、債務名義として執行力が認められるものの、それは、債務者が公証人に対し直ちに強制執行に服する旨を陳述したことに基づくものと解されているのであって、判決等が執行力を有することとはその正当性の根拠を明らかに異にするものである(なお、本件公正証書には執行受諾文言の記載がない(乙3)から、本件公正証書が執行証書にも該当しないことは明らかである。)。これらの相違点に照らすと、公正証書は国税通則法23条2項1号にいう「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」には含まれないと解するのが相当である。

原告は、同号の「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」との文言は、裁判によれば時間や費用がかかるなどの理由から納税者の権利救済のため追加補充されたものであるなどと主張するが、法改正の趣旨は前記のとおりであって、原告の主張はその前提を欠くから理由がない。また、原告は、公正証書が紛争予防機能と紛争解決機能を有するとされる点で判決と同一の機能を有することや、公証人により厳正な方式に従って作成されることから、裁判上の和解や調停と区別する根拠はないと主張するが、原告の主張する公正証書の上記各機能は事実上のものに過ぎないのであり、公正証書に「判決と同一の効力」が認められない以上、公正証書と和解調書、調停調書を同視することはできない。さらに、原告は、国税通則法23条2項が納税者を救済する規定であり、課税実質主義の点からも本件は減額更正請求により救済されるべき事案であると主張し、経営学博士丁作成に係る意見書(甲3)にはこれに副う記載があるが、法律関係の早期安定及び税務行政の能率的運営等の要請に照らすと、納税者の救済の必要性や、課税実質主義の観点を過度に強調することは相当ではない。よって、この点に関する原告の主張は、いずれも採用することができない。

(3)  以上によれば、本件公正証書は国税通則法23条2項1号の「判決と同一の効力を有する和解その他の行為」には該当せず、本件更正請求につき同号が適用される余地はないというべきであり、他に同項各号に該当する事由が存在することを認めるに足りる証拠はないから、同更正請求は同条1項に定められた請求期間を経過した不適法なものといわざるを得ない。

そうすると、本件更正請求に対して更正すべき理由がないとした本件通知処分は適法であるから、本件保険金が何人に帰属するものであるかを論ずるまでもなく、この点に関する原告の請求には理由がない。

2  争点(1)(減額更正を求める訴えの適否)について

次に、原告は、本件訴えにおいて、被告に対し、本件事業年度の法人税につき職権で減額更正するよう求めているので、この点について検討する。

減額更正を求める訴えは、行政庁である被告に対して作為を求めるいわゆる義務づけ訴訟に該当するところ、憲法の定める三権分立の原則の下、行政処分の第一次判断権は行政庁に付与されていると解されるから、裁判所としては、このような行政庁の第一次判断権を害しない限りにおいて司法判断をなし得るものと解するのが相当である。そして、本件事業年度の法人税について、更正請求をなし得る期間が既に経過したこと及び同期間経過後において原告の更正請求を認めるべき事由が存在しないことは前記1で説示したとおりであるところ、このような場合には、被告において、国税通則法70条2項1号により法定申告期限から5年間は減額更正をなし得るとしても、減額更正をするか否かは、被告の第一次判断権に属するものであり、裁判所としてはこれを尊重しなければならず、これに介入することは許されないものというべきである。よって、原告の上記訴えは不適法であるといわざるを得ない。

3  結論

以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本件事業年度の法人税につき、被告に対して減額更正を求める訴えは不適法であるからこれを却下し、原告のその余の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥田正昭 裁判官 鈴木秀行 裁判官 徳井真)

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