大阪地方裁判所 平成16年(わ)1313号 判決 2004年5月07日
主文
被告人を懲役2年に処する。
未決勾留日数中30日をその刑に算入する。
理由
【罪となる事実】
被告人は,大阪府豊中市a町b番c所在の宅地(80.01平方メートル。以下「本件土地」という。)上に所在する家屋番号b番cの木造スレート葺3階建の居宅・車庫(住居表示は大阪府豊中市a町d番e号。以下「本件建物」という。)を所有していたA株式会社の代表取締役であるとともに本件建物に居住する者であるが,強制競売手続により本件土地を買い受けたB株式会社から本件建物の登記名義人であったA株式会社等及び本件建物に居住している被告人等が順次建物収去土地明渡等を求める民事訴訟を提起されていずれも敗訴し,B株式会社による建物収去土地明渡の強制執行を免れるため,本件建物を仮装譲渡し,その旨の登記手続をおこなうことを企て,被告人の妻でA株式会社等の取締役であるとともに本件建物に居住するCと共謀の上,Dが本件建物を所有する事実がないのに,平成13年9月7日,同市f町g番h号E法務局F出張所において,同出張所登記官に対し,本件建物について,真正な登記名義の回復を原因とし,権利者をD,義務者を当時本件建物の登記簿に所有者(共有者)として登記されB株式会社が申し立てた建物収去土地明渡の強制執行の相手方とされていたG及びHとする,共有者全員の持分全部の移転を求める登記申請書等の関係書類を提出し,その情を知らない同出張所登記官をして,本件建物の登記簿の原本にその旨の不実の記載をさせ,そのころ,これを同所に備え付けさせて行使するとともに,強制執行を免れる目的で本件建物を仮装譲渡したものである。
【証 拠】
省 略
【法令の適用】
罰条 公正証書原本不実記載 刑法60条,157条1項
不実記載公正証書原本行使 刑法60条,158条1項,157条1項
強制執行妨害 刑法60条,96条の2科刑上一罪処理 刑法54条1項前段,後段,10条(公正証書原本不実記載と不実記載公正証書原本行使との間には手段結果の関係があり,公正証書原本不実記載と強制執行妨害,及び,不実記載公正証書原本行使と強制執行妨害とは,それぞれ1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,結局,以上を1罪として,刑及び犯情の最も重い不実記載公正証書原本行使罪の刑で処断)
刑種選択 懲役刑
未決算入 刑法21条
【量刑に当たって特に考慮した事情】
1 本件は,被告人ら家族が居住する建物の敷地を競落した者からの被告人やその経営する会社等に対する建物収去(退去)土地明渡等請求訴訟に敗訴した被告人が,同判決に基づく建物収去土地明渡の強制執行を妨害しようと企て,妻と共謀の上,不実の共有者全員持分全部移転登記を申請して登記簿にその旨の記載をさせこれを法務局出張所に備え付けさせて本件建物を仮装譲渡した事案であるところ,被告人は,上記敗訴後数年間にわたって,強制執行が迫ってくると本件建物の登記名義を変更するなどして執行妨害を繰り返した挙げ句,上記競落人が提起した執行官の処分(本件建物の登記名義が,建物収去の代替執行の授権決定以前から,授権決定記載の債務者以外の者となっていることを理由とする執行不能の処分)に対する執行異議の申立てに対するI地方裁判所の決定において,本件建物の頻繁な登記名義の変更はもっぱら執行妨害のみを目的として実質的同一会社間及び親族間でおこなわれたものであり,当時の所有名義人であるH及びGに対する代替執行は,民事訴訟において被告とされた会社の承継人たる会社に対する授権決定に基いて当然におこなうことができると認定されたため,本件建物の登記名義を,いずれも被告人の子であるH及びGから,今度は,別に暮らす実妹Dに移そうと企て,執行官が被告人方に来訪し強制執行の期日を予告した約1週間後に,判示犯行に及んだものである。
2 本件犯行により,強制執行はまたしても頓挫し,上記競落人は民事判決によって認められた権利の実現を妨げられたものであるところ,この競落人がこのような被害に遭わなければならない理由はなにもなく,他方,被告人にはこのような犯行に及ぶことを正当化すべき事情は認められない。被告人及びその妻は,本件犯行に至った理由として家庭の事情等を縷々述べるが,被告人らが民事判決により本件建物収去(退去)土地明渡を命じられて以後本件犯行に至るまで相当長期間が経過しているのであって,少なくとも本件犯行に関する限り,被告人らが縷々述べるところも,本件犯行を正当化するものでないことはもとより,酌量すべき事情ということもできない。
様々な術策とりわけ不実の登記申請という手段を弄して強制執行を妨害し続けた挙げ句本件犯行に至ったというその経緯等に照らし,被告人の本件強制執行妨害及び公正証書原本不実記載・同行使の犯意はきわめて強固なものであったと認められ,登記官には実質的審査権がないことに乗じて不実の登記申請をして,国家機関による強制執行を妨害し,民事裁判によって認められた債権者の正当な権利の実現を妨げた本件犯行は,はなはだ悪質というべきである。
しかも,被告人は,平成9年10月17日にJ地方裁判所において威力業務妨害罪により懲役1年6月・3年間執行猶予の判決の宣告を受けたものであるところ,同判決は,平成10年9月14日上告棄却により,平成10年10月3日確定したものであって,本件犯行は,同判決による刑執行猶予期間中になされたものである。この点に鑑みても,被告人の法規範無視の態度ははなはだしいというべきである。
3 上記事情等に鑑みると,被告人の刑事責任ははなはだ重いというほかはない。そうすると,被告人の妻の証言によれば本件建物からの任意退去の準備は進んでいるというのであって,はなはだ遅きに失したとはいえ,間もなく上記競落人の権利の実現が図られる見込みであること,被告人は,身柄拘束の当初こそ犯行を否認していたものの,その後事実を認めるに至り,当公判廷においても,事実を認めて,反省と上記競落人に対する謝罪の弁を述べていること,扶養を要する家族があること等の事情を被告人のため最大限有利に考慮しても,被告人は厳しい処罰を免れず,本件はその刑の執行を猶予すべき事案とは認められない。
[求刑懲役2年6月]
(裁判官 川合昌幸)