大阪地方裁判所 平成16年(わ)2523号 判決 2005年5月27日
主文
被告人を懲役7年に処する。
未決勾留日数中130日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
【犯行に至る経緯等】
第1被告人及び共犯者の関係について
1 被告人について
被告人は、中学校中退後、精肉店見習いを経て、大阪府羽曳野市内で実父が個人で経営していた精肉店「D1商店」の手伝いをするうち同店を取り仕切るようになり、同店を法人化し、その後商号をD2株式会社に変更して同社の代表取締役に就任し、さらに牧場経営や牛肉の輸出入等に事業を展開したり、食肉事業を展開していく上で必要な関連会社等を次々に設立したりするなどし、昭和60年にはD2株式会社の商号をD3株式会社に変更するとともに、その後実弟A1を同社の代表取締役社長に就任させ、自らは同社代表取締役会長に就任するなどして、食肉事業を中心としたグループ企業であるE1グループ(D3株式会社を中核とし数十社にものぼる関連会社から構成されている)を一代で築き上げた。
被告人は、昭和63年にD3株式会社の代表取締役会長を辞任したものの、平成13年の本件事件当時においても、E1グループ代表者会議において直接各部門毎の具体的目標や指示を与えるなど、その後もE1グループの経営方針や運営方法について大きな影響を及ぼしており、また中核企業であるD3株式会社の30パーセントの株式を保有していたことなどから、実質的にはE1グループ全体に対して絶大な影響力や発言力を有していた。
また、被告人は、E1グループを拡大発展させていく中で、食肉業界に対しても大きな影響力を持つに至り、食肉業界内でのいわゆる実力者として、本件事件当時は、D4共同組合連合会(以下「D4連」という。)副会長及びD5共同組合連合会(以下「D5連」という。)専務理事として、D4連及びD5連の業務全般を統括掌理していた。
2 共犯者について
C1は、本件事件当時、D4連会長(代表理事)として、D4連の業務全般を統括掌理していた。
F1は、本件事件当時、D5連事務長の地位にあった。
G1は、本件事件当時、D4連事務局長の地位にあった。
H1は、以前商事会社で畜産物の輸入等を担当していたが、被告人の声掛けにより、同社と被告人経営の当時のD2株式会社が共同出資して設立したD6株式会社の代表取締役に迎えられ、その後同社代表取締役と兼務しながら、当時のD2株式会社(後のD3株式会社)の部長、次いで同社取締役となった。H1は、被告人がD3株式会社の代表取締役会長を辞任すると同時に、上記役職を辞任したが、その後、被告人の力添えで、D7株式会社代表取締役に就任し、また、被告人に請われて、被告人が実質的に経営し倉庫業を営む株式会社D8の代表取締役に就任し、本件事件当時も同地位にあった。
I1は、大阪府下の信用組合を退職し、D3株式会社に再就職して経理業務担当として稼働するようになり、平成11年ころからは被告人の指示で株式会社D8に出向して経理課長に就任していたところ本件事件当時、被告人の指示に従い、株式会社D8の事務棟に事務所が置かれていたD5連の業務を補佐していた。
J1は、D3株式会社に就職し、E1グループの関連会社に出向するなどしていたが、本件事件当時、被告人の農水省への陳情に同行したり、被告人の指示をE1グループ各社や共犯者等に伝えるなど、被告人の秘書的地位にあった。
K1は、被告人の弟L1の次男であり、被告人の甥にあたる。K1は、被告人が、自らが築き上げたD2株式会社(後のD3株式会社)の名前を残すべく新たに設立し、国産食肉の製造販売を業としていたD2株式会社に入社し、その後同社取締役営業部長に就任し、本件事件当時も同地位にあった。
M1は、平成13年ころ、食品加工販売会社で勤務中に知り合った後記N1の紹介により、D9株式会社取締役に迎えられ、本件事件当時も同様の地位にあった。D9株式会社は、N1が、食肉及び輸入食肉の販売等を目的として平成12年に共同出資して設立した会社であったが、M1を同社取締役に迎えてからは、M1が経営等の実務を行い、主としてオーストラリア産牛肉を輸入して販売していた。
N1は、被告人の弟L1の長男で、K1の実兄、被告人の甥にあたる。N1は、当時のD2株式会社(後のD3株式会社)に入社し、その後新たに設立されたD2株式会社の取締役営業部長、次いで同社代表取締役に就任し、一旦代表権を外れたものの、再びD2株式会社代表取締役に就任し、本件事件当時も同地位にあった。なお、D9株式会社は、平成14年9月にK1を代表取締役としているが、これは名目的にすぎず、実質的経営者は前述のとおりN1であり、N1は平成15年4月にD9株式会社の取締役に就任している。
P1は、16歳でD商店で働き始め、以後被告人の下で稼働していたところ、被告人の依頼により、食肉加工や加工食肉販売等を業とするD10株式会社の代表取締役に就任し、またD4連の傘下組織の1つであるD11事業協同組合代表理事に就任するなどし、本件事件当時も同地位にあった。
Q1は、Q1商店の屋号で牛肉卸業を営み、本件事件当時は、D5連及びD4連の各副会長の地位のほか、株式会社D8及び株式会社D12の各代表取締役の地位にあった。
第2関係組織の概要等
1 D4連の概要等について
D4連は、昭和41年3月9日に所属員の取り扱う食肉の共同購入等を目的として設立された協同組合連合会であり、被告人が代表者であるD13共同組合等9つの組合によって構成され、主な業務は輸入牛肉の共同購入である。事務所は大阪府堺市dd町ee丁ff番地にあり、本件事件当時の主たる役員は、会長C1(D14共同組合代表)、副会長Q1(D15共同組合代表)ほか数名で、被告人は副会長の地位にあった。
2 D5連の概要等について
D5連は、昭和51年7月14日に所属員の取り扱う輸入食肉・国内産食肉の共同購入等を目的として設立された協同組合連合会であり、大阪府を含む11府県のD16共同組合連合会によって構成され、主な業務はE1グループ商社から輸入牛肉を仕入れて組合員に販売し、その手数料を利益とする共同仕入れ事業や、輸入牛肉等についての国が行う利子補給事業等である。事務所はD4連と同一場所にあり、本件犯行当時の主たる役員は、代表理事会長がR1、副会長Q1ほか数名で、被告人は専務理事の地位にあった。
第3犯行に至る経緯等
※ なお、以下においては、特段の断りのない限り、平成13年の事柄を指し、平成13年については、その記載を省略する。
1 牛海綿状脳症(いわゆる狂牛病、以下「BSE」という。)の発生
9月10日、国内で初めてBSEに感染した牛が確認された(以下「BSE発生」等という。)ことが公表され、これが報道等で広く知られ注目されるにつれ、消費者に不安感が広がった。
そこで、厚生労働省(以下「厚労省」という。)は、30か月齢以上のすべての牛についてBSE検査を行うこととし、10月上旬には10月18日から30か月齢未満の牛を含むすべての牛についてBSE検査を行う、いわゆる全頭検査を実施することを明らかにするなど、政府において安全な牛以外の牛が市場に出回らないように種々の方策を講じたが、BSEに対する消費者の不安感はぬぐえず、牛肉離れから牛肉が市場に滞留し、牛肉の価格が下落、低迷する情況となった。
そこで、農林水産省(以下「農水省」という。)は、牛肉の価格安定を図るため、種々の対策の検討を始めたが、消費者の間には全頭検査を経ていない牛に対する不安感が根強く、全頭検査を経ていない牛は政府によって処分してほしいという消費者の声が大きくなったことや、O3党BSE対策本部が全頭検査前にと畜解体された牛肉の在庫は政府が責任を持って市場隔離することを決定したという動きなどについて、重みあるものとして受け止めざるを得ず、全頭検査を経ていない牛肉について、政府による焼却等による処分がなされることも想定して、滞留している国産牛肉の市場隔離事業を検討せざるを得なくなった。
2 牛肉在庫緊急保管対策事業の制定について
こうした経緯で、農水省は、「牛肉在庫緊急保管対策事業」(以下「保管対策事業」という。)を策定した。保管対策事業は、10月17日以前にと畜解体されて全頭検査を経ていない国産牛肉を市場から隔離し一定期間保管する事業に対し、D17事業団が助成し、消費者の不安の払拭と市場における牛肉の滞留を解消し、もって円滑な食肉流通の確保に資することを趣旨として策定されたものであり、農畜産業振興事業団法に基づく指定助成対象事業である。
農水省は、10月26日、牛肉在庫緊急保管対策事業実施要領を制定して、D17事業団に通知した。
その事業実施主体は、全国の区域をその地区とするD19組合連合会(D20組合連合会、D21組合連合会、D22共同組合、D23共同組合連合会の4団体)、D18及びD24協同組合の6団体であるが、上記実施要領において、6団体が保管対策事業の一部をD17事業団理事長が適当と認める団体に委託できることが定められており、D5連は、D18共同組合(以下「D18連」という。)から保管対策事業の一部を委託されていた(なお、D4連については、保管対策事業については委託を受けていない。)。
保管対策事業の具体的内容は、10月17日以前にと畜解体された国産牛肉(以下「保管対象牛肉」という。)をD18連等において買い上げ、買い上げた保管対象牛肉を冷凍保管して冷蔵倉庫から搬出させないこととされており、その保管期間につき、当面8か月を目処に考えられていた。
農水省は、仮にBSE感染牛の肉であっても危険部位以外は食用に供しても危険はないとの科学的知見に基づいて、全頭検査を経ていない牛の肉も危険性を有しない旨認識していたことから、保管対策事業では保管対象牛肉の処分方法を定めず、農水省生産局長が処分方法を定めるまでの間それを保管するという内容で保管対策事業を実施していた。
その後も、BSEに対する不安感を募らせた消費者や生産者間では、保管対象牛肉を政府が買い上げて焼却等の方法により処分してほしい旨の要望があり、与野党の一部国会議員からも焼却処分等をすべきとの声はあり、それに同調する動きに関する報道は10月下旬ころまでは盛んであったが、11月中旬ころまでには下火になっていた。
しかし、11月21日に国内で2頭目のBSE感染牛が確認され、さらには11月30日には国内で3頭目のBSE感染牛が確認される事態となり、せっかく回復していた牛肉の価格も再び急落して低い水準に落ち込んだ。すると、全頭検査前にと畜解体された牛肉について、政府による買入れ及び処分を望む消費者及び与野党の国会議員等の声も再び高まるに至った。
そこで、農水省としても、あらためて消費者の不安感を払拭して牛肉の価格を安定させるためには、もはや全頭検査前にと畜解体された牛肉を焼却等の方法で処分する措置を講じるしかないという判断に至った。
3 市場隔離牛肉緊急処分事業(以下「処分事業」という。)の実施
農水省は、12月14日、保管対策事業に基づいて市場隔離した牛肉を焼却処分することを決定し、これを内容とする処分事業を指定助成対象事業として実施することとした。そして、12月27日、市場隔離牛肉緊急処分事業実施要領が制定され、平成14年1月7日、市場隔離牛肉緊急処分事業助成実施要綱が各事業実施主体に通知され、事業の実施につき、D18連等実施主体は、D17事業団理事長が適当と認める団体に事業委託することができることなどが明確化され、D4連及びD5連は、処分事業につきD18連から委託を受けていた。
【罪となるべき事実】
被告人は、
D5連専務理事及びD4連副会長として、D5連及びD4連の業務全般を統括掌理するものであり、C1は、D4連会長としてD4連の業務全般を統括するもの、F1は、D5連事務長としてD5連の事務を統括掌理し、かつ、D4連が輸入牛肉の販売業等を営む株式会社D25から輸入牛肉を主原料とする加工品を購入するに際し、その買入れを手配するなどしたもの、G1は、D4連事務局長であり、かつ、D5連が輸入牛肉の販売業等を営む株式会社D26から上記同様の加工品を購入するに際し、その買入れを手配するなどしたもの、H1は、株式会社D8代表取締役として、上記加工品等の保管、管理等を行うとともにそれらの在庫証明書を発行していたほか、D7株式会社代表取締役として、同社が保有する輸入牛肉をD5連に売却するなどし、さらに保管対策事業及び処分事業において保管した対象外牛肉等の焼却処分等に関与していたもの、I1は、被告人の指示に従いD5連の業務を補佐していたもの、J1は、D5連がD2株式会社から牛の内臓を購入するに際し、その買入れを手配するなどしたほか、さらに保管対策事業及び処分事業において保管した対象外牛肉等の焼却処分等に関与していたもの、K1は、D2株式会社取締役として、同社が保有する牛の内臓をD5連に売却するなどしたもの、M1はD9株式会社取締役として、N1は同社の実質的な経営者として、いずれも同社が保有する輸入牛肉をD5連に売却するなどしたもの、P1は、D10株式会社代表取締役として、同社が保有する平成13年10月18日以降にと畜解体処理された国産牛肉をD5連に売却したもの、Q1は、自己が保有する上記同様の国産牛肉をD5連に売却するなどしたものであるが、
第1 F1、G1、H1、I1、J1、K1、M1、N1、P1、Q1らと共謀の上、BSE発生により、農畜産業振興事業団法に基づいて実施された保管対策事業を利用し、保管対策事業の保管対象牛肉は、全頭検査の実施された平成13年10月18日より前にと畜解体処理された国産牛肉に限られ、輸入牛肉、加工品及び内臓は除外されていたにもかかわらず、同月18日以降にと畜解体処理された国産牛肉や、輸入牛肉を主原料とした加工品等につき、同月18日より前にと畜解体処理された国産牛肉であるとか、加工品等ではないと偽るなどし、保管対策事業の事業実施主体であり、D5連に保管対策事業を委託したD18連を介して、D17事業団(平成15年4月1日から独立行政法人農畜産業振興機構に改名。)から、概算払いの方法により、不正に補助金の交付を受けようと企て、D5連の業務に関し、同年11月10日ころ、I1において、D5連事務所から東京都港区gghh丁目ii番jj号所在のD18連事務所にいたD18連事業部長S1(以下「S1」という。)に対し、真実は、株式会社D26及びD10株式会社等から購入した牛肉には、保管対象外牛肉である輸入牛肉を主原料とした加工品等や同年10月18日以降にと畜解体処理された牛肉を含んでいたにもかかわらず、これらすべてが保管対象牛肉である国産牛箱詰部分肉であるかのように装い、上記対象外牛肉14万5920.6キログラムを含む74万8184.1キログラムの牛肉につき、保管対象牛肉として株式会社D8においてD5連のために保管している旨の内容虚偽の在庫証明書、上記74万8184.1キログラムの牛肉につき1キログラム当たり707円を乗じて算出される補助金5億2896万6158円の交付を求める旨のD5連会長R1名義の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付申請書及び上記牛肉を含めた補助金総額19億2226万6683円の80パーセントの金額から既に概算払いを受けた金額を差し引いた4億2317万2926円につき概算払いを求める旨の上記R1名義の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書をファックス送信するなどし、そのころこれらをD18連事務所に到達させてS1に閲読させるなどし、S1をして、上記牛肉のすべてが保管対象牛肉であり、その申請が正当なものであると誤信させて、概算払請求等の手続を取ることを決意させ、同年11月12日ころ、同区kkll丁目mm番nn号所在のD17事業団事務所において、S1をして、D17事業団食肉生産流通部審査役T1に対し、D5連による保管牛肉の重量がこれまでの197万0722.1キログラムから271万8906.2キログラムに増加し、それに伴ってD17事業団からD18連に交付される補助金額が13億9330万0524円から19億2226万6683円に増加する旨のD18連会長U1名義の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付変更承認申請書及び上記補助金のうち4億2317万2926円の概算払いを求める旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書をそれぞれ提出させ、T1らを介し、D17事業団理事長の権限に属する補助金交付に関する事務についての専決権者であるD17事業団理事W1らをして、上記牛肉のすべてが保管対象牛肉であって、これに対し補助金の概算払いをすべき義務があるものと誤信させ、よって、同日ころ、同所において、同人をして、上記申請に係る補助金交付変更承認及び概算払いを決定させ、同月14日、同人らの指示を受けたD17事業団職員をして、東京都中央区oopp丁目qq番rr丁目所在のD28銀行D29支店におけるD17事業団名義の普通預金口座から同支店におけるD18連名義の普通預金口座に4億2317万2926円を振替入金させた上、同月15日、上記U1らの指示を受けたD18連職員をして、同支店から大阪市浪速区幸町2丁目7番3号所在の株式会社D26銀行D27支店におけるD5連名義の普通預金口座に同額を振込送金させ、もって、偽りその他不正の手段により、正当に受くべき補助金との差額8253万2691円の補助金の交付を受けた
第2 F1、I1、J1らと共謀の上、保管対策事業を利用し、保管対策事業の保管対象牛肉は、前記のとおりに限定されていたにもかかわらず、平成13年10月18日以降にと畜解体処理された国産牛肉等につき、同月18日より前にと畜解体処理された国産牛肉であると偽るなどし、D18連を介して、D17事業団から、概算払いの方法により、不正に補助金の交付を受けようと企て、D5連の業務に関し、同年12月3日ころ、I1において、D5連事務所からD18連事務所にいたS1に対し、真実は、TD3株式会社及びCD3株式会社から購入した牛肉は、同年10月18日以降にと畜解体処理された保管対象外牛肉等であったにもかかわらず、これらすべてが保管対策事業の対象である国産牛箱詰部分肉であるかのように装い、上記対象外牛肉11万0068.1キログラムを含む56万9229.3キログラムの牛肉につき、保管対象牛肉として株式会社D8等においてD5連のために保管している旨の内容虚偽の在庫証明書、上記56万9229.3キログラムの牛肉につき1キログラム当たり707円を乗じて算出される補助金4億0244万5115円の交付を求める旨の前記R1名義の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付申請書及び上記牛肉を含めた補助金総額23億2471万1798円の80パーセントの金額から既に概算払いを受けた金額を差し引いた3億2195万6092円につき概算払いを求める旨の上記R1名義の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書をファックス送信するなどし、そのころこれらをD18連事務所に到達させてS1に閲読させるなどし、S1をして、上記牛肉のすべてが保管対象牛肉であり、その申請が正当なものであると誤信させて、概算払請求等の手続を取ることを決意させ、同年12月4日ころ、D17事業団事務所において、S1をして、前記T1に対し、D5連による保管牛肉の重量がこれまでの271万8906.2キログラムから328万8135.5キログラムに増加し、それに伴ってD17事業団からD18連に交付される補助金額が19億2226万6683円から23億2471万1798円に増加する旨の前記U1名義の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金交付変更承認申請書及び上記補助金のうち3億2195万6092円の概算払いを求める旨の平成13年度牛肉在庫緊急保管対策事業補助金概算払請求書をそれぞれ提出させ、T1らを介し、前記W1らをして、上記牛肉のすべてが保管対象牛肉であって、これに対し補助金の概算払いをすべき義務があるものと誤信させ、よって、同日ころ、同所において、同人をして、上記申請に係る補助金交付変更承認及び概算払いを決定させ、同月6日、同人らの指示を受けたD17事業団職員をして、前記株式会社D28銀行D29支店におけるD17事業団名義の普通預金口座から同支店におけるD18連名義の普通預金口座に3億2195万6092円を振替入金させた上、同月7日、上記U1らの指示を受けたD18連職員をして、同支店から前記株式会社D26銀行D27支店におけるD5連名義の普通預金口座に同額を振込送金させ、もって、偽りその他不正の手段により、正当に受くべき補助金との差額6225万4517円の補助金の交付を受けた
第3 C1、G1、F1、H1、J1、株式会社D32代表取締役G2及び株式会社D25代表取締役V1らと共謀の上、保管対策事業を利用し、保管対象外牛肉である輸入牛肉を主原料とした加工品等につき、保管対象牛肉である国産牛肉と偽るなどし、D18連から上記牛肉の買上げ代金名下に金員を詐取するとともに、D17事業団からD18連に不正に補助金を交付させ、D18連から経費等名下にこれを詐取しようと企て、平成13年11月末ころ、D4連事務所にいたG1において、D18連事務所にいたS1に対し、電話で、真実は、買上げ申込みの対象として、保管対象外牛肉である輸入牛肉を主原料とした加工品等を含んでいたにもかかわらず、申込みに係る牛肉すべてが保管対策事業の対象である国産牛箱詰部分肉であるかのように装い、上記加工品等を含む牛肉の買上げ方を申し込んだ上、同年12月初旬ころ、G1らにおいて、大阪府堺市sstt番地のuu所在のD30郵便局から、上記加工品等17万8303.7キログラムを含む合計57万2851キログラムの牛肉を保管対象牛肉として株式会社D8においてD18連のために保管している旨の内容虚偽の在庫証明書等をD18連事務所にあてて郵送するとともに、これをD4連事務所からファックス送信し、上記牛肉につき、1キログラム当たり1114円として代金合計6億3815万6013円での買上げ方を申し込み、そのころこれらをD18連事務所に到達させてS1に閲読させるなどし、S1らを介し、D18連会長U1をして上記買上げ申込みに係る牛肉のすべてが保管対策事業の対象である国産牛箱詰部分肉である旨誤信させ、それら牛肉の買上げを決定させるとともに、保管対策事業による保管のための補助金の交付を受けてその一部をD4連に交付することを決意させ、よって、そのころ、同人らをして、上記買上げ牛肉に対応する補助金の交付申請手続をさせ、D17事業団から前記株式会社D28銀行D29支店におけるD18連名義の普通預金口座に補助金13億3582万7564円を振替入金させた上、同月14日ころ、上記同様の郵送の方法により、上記牛肉についての売買契約書及び買上申請書等を郵送し、そのころこれらをD18連事務所に到達させてS1に閲読させるなどし、S1らを介し、上記U1をして上記加工品を含む牛肉についての代金支払義務があるものと誤信させ、よって、同月21日ころ、同人らの指示を受けたD18連職員をして、東京都中央区vvww丁目xx丁目yy号所在の株式会社D33銀行D29支店から前記株式会社D26銀行D27支店のD4連名義の普通預金口座に、上記牛肉の買上げ代金として、6億3815万6013円を振込送金させ、さらに、平成14年5月14日ころ、被告人において、大阪府下からD18連事務所に電話をかけ、S1に対し、D18連が交付を受けた上記補助金のうちD4連の保管する牛肉の重量に相当する冷凍保管経費等として、3億2366万0815円の支払いを求めた上、そのころ、G1らにおいて、上記同様の郵送の方法で、上記内容の請求書をD18連事務所に郵送し、そのころこれをD18連事務所に到達させてS1に閲読させ、S1らを介し、上記U1をして上記金額の支払義務があるものと誤信させ、よって、同月22日ころ、同人らの指示を受けたD18連職員をして、上記同様にD4連の上記普通預金口座に、上記冷凍保管経費等として、3億2366万0815円を振込送金させ、もって、いずれも人を欺いて財物を交付させた
第4 C1、H1、J1、G1、F1らと共謀の上、D4連の業務に関し、平成14年3月14日ころ、G1において、D4連事務所からD18連事務所にいたS1に対し、真実は、処分事業においてD18連から委託を受けたD4連が保管していた牛肉には、処分事業の対象とされない輸入牛肉を主原料とした加工品等や平成13年10月18日以降にと畜解体処理された牛肉を含んでいたにもかかわらず、これらすべてが処分事業の対象である国産牛箱詰部分肉であるかのように装い、D18連からD4連に委託された処分事業に関し、上記対象外牛肉17万8303.7キログラムを含む57万2851キログラムの牛肉につき、D17事業団からD18連に交付される補助金の交付を求める旨のD4連会長C1名義の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金交付申請書をファックス送信するなどし、D5連の業務に関し、平成14年3月15日ころ、I1において、D5連事務所からD18連事務所にいたS1に対し、真実は、処分事業においてD18連から委託を受けたD5連が保管していた牛肉には、上記同様の対象外牛肉を含んでいたにもかかわらず、上記同様に装い、D18連からD5連に委託された処分事業に関し、上記対象外牛肉25万5988.7キログラムを含む328万8135.5キログラムの牛肉につき、D17事業団からD18連に交付される補助金51億0252万8668円の交付を求める旨の前記R1名義の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金交付申請書をファックス送信するなどし、そのころそれらをD18連事務所に到達させてS1に閲読させるなどし、S1をして、上記牛肉のすべてが処分事業の対象牛肉であって、いずれの申請も正当なものであると誤信させ、よって、同日ころ、D17事業団事務所において、S1をして、前記T1に対し、真実は、処分事業の対象とされない上記加工品等の対象外牛肉43万4292.4キログラムを混入させていたにもかかわらず、これらを含む616万9664.28キログラムのすべての牛肉が処分事業の対象牛肉であるかのように装い、前記U1名義の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金交付申請書を提出させ、T1らを介し、W1らをしてその旨誤信させ、よって、平成14年5月13日ころ、同所において、同人をして、D18連に対する補助金95億3030万3780円の交付を決定させた上、同月14日ころ、上記牛肉等を焼却したとして、これに対応する補助金額の80パーセントの金額として6億8353万6739円の概算払いを求める旨の上記C1名義の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書及び同様に31億5340万0961円の概算払いを求める旨の上記R1名義の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書を、上記同様にファックス送信するなどし、そのころこれらをD18連事務所に到達させてS1に閲読させるなどし、S1をして上記同様に誤信させて概算払いの手続を取ることを決意させ、同月16日ころ、D17事業団事務所において、S1をして、T1に対し、上記U1名義の平成13年度市場隔離牛肉緊急処分事業補助金概算払請求書を提出して補助金38億3693万7700円の概算払いを請求し、T1らを介し、W1らをしてその旨誤信させ、よって、同月20日ころ、同所において、同人をして、D18連に対する同額の補助金の概算払いを決定させ、同月22日、同人らの指示を受けた同D17事業団職員をして、前記D17事業団名義の普通預金口座から同支店におけるD18連名義の普通預金口座に38億3693万7700円を振替入金させた上、同日、上記U1らの指示を受けたD18連職員をして、同口座から前記株式会社D26銀行D27支店におけるD4連名義の普通預金口座に1億8120万1877円を、同支店におけるD5連名義の普通預金口座に31億5340万0961円をそれぞれ振込送金させ、もって、偽りその他不正の手段により、前者につき正当に受くべき補助金との差額金5731万9831円の、後者につき正当に受くべき補助金との差額金3億9445万2138円の各補助金の交付を受けた
第5 保管対策事業等を利用して敢行した詐欺及び補助金適正化法違反に係る自己の刑事事件について、自己が代表取締役を務めるDE3取締役B2を教唆してその証拠を隠滅させようと企て
1 平成15年3月上旬ころ、大阪府羽曳野市zzab丁目ac番ad号所在の同社事務所において、同人に対し「D11事業協同組合の書類の中に問題のありそうなものがあれば処分しときなさい。」などと申し向けて上記刑事事件に関する書類の廃棄を依頼し、同人をしてその旨決意させ、よって、そのころ、同所において、同人らをして、D11事業協同組合連合等の平成13年度分ないし平成14年度分の総勘定元帳、決算書、振替伝票、納品書及び請求書等の一部をシュレッダーにかけて裁断させ、
2 平成16年4月14日ころ、同事務所において、同人に対し、「事業に関する書類は、全部処分しておきなさい。」などと申し向けて上記同様の書類の廃棄を依頼し、同人をしてその旨決意させ、よって、同月15日ころ、同所において、同人らをして、上記D11事業協同組合連合等の平成13年度分ないし平成15年度分の決算書、振替伝票、納品書及び請求書等の一部をシュレッダーにかけて裁断させ、
もってそれぞれ証拠を隠滅させた
ものである。
【証拠の標目】
(記載省略)
【弁護人の主張に対する判断】
第1弁護人の主張
弁護人は、(1)判示罪となるべき事実第3の詐欺の事実につき、<1>保管経費名下で3億2366万0815円を受け取った事実については、同金員は間接補助金に該当し、特別法である補助金適正化法29条1項の罪が成立するにとどまり、詐欺罪は成立しない、<2>買上代金名下で6億3815万6013円を受け取った事実については、D18連から振込送金させて同額の交付を受けた平成13年12月21日より前の同月14日に処分事業へ移行する旨の農水省によるプレスリリースがなされ、処分事業への移行が確実になったことから、被害者とされるD18連においては、被告人が意図した保管対策事業における買上代金としてではなく、将来D17事業団から交付される処分事業における補助金(買上代金1キログラム当たり1554円)の内金として上記金員を振込送金したものであるから、被告人が意図し、実行した行為と結果との間に因果関係がなく、したがって詐欺罪は成立しない、<3>被害者とされるD18連において、被告人が対象外牛肉を混入させていることを知りながら、あえてこれを黙認し、金銭を支出したものであるから、詐欺罪については無罪とされるべきである、<4>仮に詐欺罪が成立するとしても、その範囲は対象外牛肉に係る不正請求部分に限られる、(2)判示罪となるべき事実第1、第2、第4の補助金適正化法違反の事実について、各罪の成立範囲は、不正な対象外牛肉の重量に応じた範囲で成立するにすぎない、(3)判示罪となるべき事実第5を除く、各罪の罪数評価について、数回にわたる補助金申請行為は、補助金申請予定枠の保管重量枠を満たすための一連の申請行為であり、単一の犯罪意思によって数回に分けて申請されたにすぎないものであるから、併合罪ではなく包括一罪である、(4)情状として、<1>被告人は当初「保管対策事業」から「処分事業」への移行を認識していなかったこと、<2>農水省は、保管対策事業への申請数量が想定された1万3000トンから大きくかけ離れて少ない量となることを懸念し、対象外牛肉の混入を予測しながら、あえてこれを黙認するという姿勢をとっていたのであり、農水省幹部が被告人に対し、対象外牛肉を保管対策事業に乗せるよう、その買い取りを依頼した事実もあることを特に考慮すべきである旨主張する。
そして、被告人も、法的判断を求められる部分を除き、弁護人の主張に副う供述をする。
そこで、以下検討する。
第2当裁判所の認定事実
関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 BSEの発生と保管対策事業・処分事業制定の経緯等について
(1) 農水省は、9月10日のBSE発生により、即座にBSE対策本部を設置した上、10月3日以降、急落した牛肉価格の安定を図るための種々の対策の検討を始めた。農水省としては、仮にBSE感染牛であっても危険部位以外の肉には何ら危険性がないことが科学的に明らかにされているとして、肉が危険であるとは考えておらず、焼却等の処分をすべきではないと考えていたが、消費者の間では全頭検査前にと畜解体された牛肉に対する不安感が根強く、また、10月17日に、O3党BSE対策本部が、全頭検査前にと畜解体された牛肉は政府が責任を持って緊急に市場隔離することを決定したことなどから、農水省としても、全頭検査前にと畜解体された牛肉を対象とする市場隔離事業を実施する方針を固め、10月19日、事業実施主体として想定した6団体に対し、市場隔離事業実施の方針を通知し、さらに同日、6団体の担当者を集めて説明会を行うなどした。そして、農水省は、10月20日、D17事業団担当者との間で保管対策事業の内容を打ち合わせ、保管対策事業の実施要領案をとりまとめた。そして、10月25日、6団体の担当者を集め、D17事業団の担当者も交えて、保管対策事業の内容の説明会を開催した。
農水省とD17事業団は、当初、保管対象牛肉の確認方法について、在庫証明書のほか、と畜検査証明書ないし部分肉加工証明書を求める方針でいたが、その説明会の席上、出席していた事業実施主体の担当者から、と畜検査証明書、部分肉加工証明書が部分肉に加工後のそれぞれの肉に添付されるわけではないから、これらの書類を保管対象牛肉の確認資料として求めるのは食肉流通の実態にそぐわないのではないかという異論が唱えられたため、説明会終了後に農水省とD17事業団で再度協議した結果、保管対象牛肉の確認資料としては在庫証明書で足りることとし、翌10月26日、その旨文書で通知するとともに、同日、保管対策事業の実施要領を制定した。
(2) 牛肉価格は、全頭検査の実施が明らかにされたころから回復の動きを示し、全頭検査実施の10月18日ころには安定基準価格を超え、11月上旬ころには安定上位価格をも上回る水準に回復していた。
しかしながら、11月21日に国内で2頭目の、さらに11月30日には国内で3頭目のBSE感染牛が確認されるに至って、せっかく回復していた牛肉価格も再び急激に下落し、最初にBSE感染牛が確認された時よりも低い水準に落ち込む情況になり、一時下火になっていた政府による買入れ及び処分を望む消費者及び与野党の国会議員等の声が再び高まった。農水省は、あらためて牛肉の価格を安定させる方策を種々検討したが、12月7日ころ、結局このような事態に対処するには、もはや焼却等の方法で処分する措置を講じるほかはないという判断に至り、秘密裏に検討した結果、12月13日、処分事業実施の方針を農水大臣に説明し、翌14日の段階で処分事業実施の方針を公表することとなった。
2 当時の世論の動向等
世論においては、消費者や生産者から、全頭検査の実施方針が示されたころから、全頭検査前にと畜解体された牛肉は政府の方で買い取って焼却等の方法で処分してほしいと望む声が出るようになり、さらに、10月17日には上記のとおり、O3党BSE対策本部で全頭検査前にと畜解体された牛肉の在庫は、政府が責任を持って緊急に市場隔離することとの決定がされた。さらに、10月23日、O3党BSE対策本部幹部会では、一部の国会議員から農水省に対し、全頭検査前にと畜解体された牛肉について政府による買取と焼却等による処分を望む意見が出された。
BSE関連に係る新聞報道も、9月後半から報道が盛んになり、10月17日付け記事では、上記O3党BSE対策本部が現在市場に出回る食肉を廃棄処分するよう求める決議をした旨が報道されており、農水省の計画する種々の対策事業の実態からはかけ離れた内容ではあったものの、同日付けで、農水省が食肉買い上げ後、焼却などの処分にすることも検討しているとか、流通在庫を全量処分するなどの内容の報道がなされ、その後も連日、AE、BE、CE、DE等の各紙により同趣旨の内容の報道がなされていた。10月26日、農水省は保管対策事業の実施要領を制定したが、その翌日である10月27日付けでは「全量処分で決着」などという見出しで、「政府・O3党は26日、BSEの全頭検査前にと畜した国産牛の在庫肉を市場隔離し、最終的には政府の責任で全量処分することを決めた。」などという報道がなされていた。このような報道の影響からか、農水省食肉鶏卵課には、保管対策事業実施後も依然として、食肉取扱団体等から、在庫牛肉は処分してくれるのか、どこで買い取ってもらえるのかなどという問い合わせが頻繁に寄せられていた。
3 被告人の陳情時の言動等
被告人は、担当の農水省生産局畜産部食肉鶏卵課へ度々電話するなどして、BSE発生後の情況や政府の対応等に関する情報を入手していたが、既に消費者の買い控えが生じ、牛肉価格が下落するおそれがあったにもかかわらず、農水省の具体的な姿勢が見えなかったことから、農水省に陳情に赴くこととした。
そして、被告人は、10月11日、D5連会長R1、F1、C1、Q1、H1らとともに陳情に赴き、応対にあたった農水省生産局畜産部長のW2、農水省生産局畜産部食肉鶏卵課食肉調整官のW3らに対し、早急に何らかの対策を実施するよう要求していた。被告人らは、この後、O3党本部にも陳情に赴いた。
また被告人は、10月17日、W3に対し、J1を伴い、D5連代表として面会を求め、「事業実施主体の件、うちはどうなりますのや。」などと、専務理事の肩書きであるものの、被告人がその実際を取り仕切っているD5連が、保管対策事業の実施主体になるか否かを尋ねるなどして、D5連を事業実施主体の1つに加えるように強く要求したが、W3に同席していたW2から、D5連はD18連の委託先となってもらう旨告げられ、またW3から、保管対策事業に関する情報については、同事業実施主体である6団体と同じようにD5連にも伝え、D5連の不利益にはならないよう取り扱うことを約束されたため納得した。被告人はさらに、保管対策事業の保管対象牛肉の全重量1万3000トンのうち、どの程度の割り振りがなされるかを尋ね、W3から、流通部門(D18連分)は5000トンである旨聞くや、D5連は、5000トンのうち4000トンは在庫牛肉を集められる、5000トンでも可能であるなどと述べた。さらに、被告人は、W3に対し、「保管が終了したらどないなるんでっか。今回の牛肉は、将来的には、焼却処分になるんですやろな。」などと、今回の保管対策事業の保管対象牛肉が将来的には焼却されることになるのかどうかも尋ねるなどした。
被告人は、その後もW3に対し、保管経費の額やその算出根拠等を電話で問い合わせるなどしたり、再度10月25日ころにも上京し、10月25日の6団体に対する説明会と前後して、W3から連絡をもらい、同日、W2、W3、被告人、J1の4人で会い、保管対策事業の説明を受けた。
そして被告人は、その後も、事業対象牛肉の範囲や隔離牛肉の検品方法等について、W2の部屋を訪れたりW3に問い合わせたりするなどして情報を得るとともに、隔離牛肉の集まり具合や市場価格の動向等をW3に伝え、他方、W3も、被告人に対し、事業を短期間で円滑に進めるために、事業実施要領や事業実施要綱の内容についての書面をファックスで送るなどして伝えていた。
被告人は、11月になって、焼却の声が大きくなってきたころに、W3に対し、電話で「保管してる肉は焼却になるんですやろな。」などと再度尋ねるなどした。
4 共犯者らの保管対策事業内容等に関する認識情況等について
C1は、D18連からD4連に対し、保管対策事業が開始される旨の連絡やその概要の連絡を受けたことにより、保管対策事業の概要を十分理解していた(乙65)。
G1は、10月中旬ころの会議でD4連が保管対策事業に参加することを知り、遅くとも10月末ころには、D4連の事務所にファックスや郵送されてきた保管対策事業の実施要綱等の書面を見て、保管対策事業の概要を把握していた。なお、保管対策事業は当初買い戻すことが前提となっていたが、G1は、保管期間が経過したからといってBSE対策で市場から隔離された牛肉を買う消費者がいるはずもないことや、新聞報道等でも、国が責任を持って牛肉を買い上げ、将来的には焼却するなどして市場に出回らせないようにすべきだなどという世論が高まっていたため、国が牛肉を買い上げ、いずれはこれを焼却処分にするなどして市場に流通させないようにする制度だと認識していた(乙82)。
F1は、D5連事務長として、D4連から保管対策事業にかかる通知文書に目を通すなどして、10月29日以前には、保管対策事業の概要を十分理解していた。なお、保管対策事業は当初買い戻すことが前提となっていたが、F1は、被告人と陳情に同行した際に、国が牛肉を最終的に買い取ってくれるという話だけでなく、焼却処分にする話が出ていたことや、保管期間が経過したからといって市場隔離牛肉を買う消費者がいないことは誰の目からも明らかだったことから、最終的には国が市場隔離牛肉を買い取ってくれるものと認識していた(乙114)。
I1は、10月23日にD5連の会議に出席した際、被告人が保管対策事業の概要をD5連の役員に対して説明した内容を聞いて、保管対策事業の内容を理解した。なお、保管対策事業は当初一応買い戻しが前提であったが、保管期間が経過したからといって市場隔離牛肉が売れるわけはないことから、保管牛肉は、いずれ国が買い戻しをさせずに最終的に買い上げ、処分してくれると認識していた(乙100)。
J1は、被告人の指示により、10月中に3回ほど農水省への陳情に同行し、その際、被告人とともに、農水省のW2やW3らから保管対策事業の概要について直接説明を受けたことから、保管対策事業の内容については正確に理解しており、被告人が実権を握っていたD5連やD4連が保管対策事業に参加することも認識していた。また、J1は、W3から保管対策事業実施を検討するに至った経緯についても説明を受けていたことから、農水省としては、保管対策事業実施の段階でも、保管牛肉を将来的に焼却処分すべきとは考えていないことを認識していたが、全頭検査を経ていない牛肉について、一時的に市場から隔離して将来的に市場に放出しても、消費者から敬遠されて売れるはずはなく、価格安定を図るという事業目的が達せられないし、保管対策事業は、国民の間で国が責任を持って買い上げて処分すべきだという世論が高まっていた折りに計画された事業であったため、保管対策事業は、国が責任を持って牛肉を買い上げ、これをいずれ処分する事業だと理解しており、後の処分事業への移行は当然の成り行きだと認識していた(乙182)。
N1は、保管対策事業について、国の買い上げ事業と理解していた(乙202)。なお、保管対策事業は全頭検査前の牛肉を一旦買い上げて、一定期間保管した後、各業者が買い戻す建前であったが、N1は、市場隔離牛肉を将来的に市場で売りさばくのが困難であることは誰の目からも明らかであったため、このような買い戻しは実際には行われず、いずれ国は買い上げた牛肉を処分することになるだろうと考えていた(乙210)。
P1は、D11事業協同組合の代表理事としてD4連の説明会に出席したことや、被告人がD10株式会社に来て保管対策事業の概要を説明したことなどから、10月下旬ころまでには同事業の概要を正確に理解していた。P1は、同事業では、一応対象牛肉を買い取った上でいずれ買い戻すこととされていたが、一時保管していた牛肉が買い戻し後に消費者に売れるわけもないことは明らかであったため、いずれ国が買い取ってくれることになると認識しており、処分事業への移行は当然の成り行きだと認識していた。
被告人の娘婿で、当時D36株式会社の取締役営業部長をしていたQ2も、全頭検査実施により、逆に10月17日以前にと畜された国産牛肉が果たして買い戻し後に売れるのかという不安が強く、10月下旬ころには、保管対象牛肉については、いずれ市場に戻すと言いながらも結局は焼却処分されることになるという気持ちを強く持っていた。
5 被告人のD4連・D5連の会議での発言
(1) 被告人のD4連三役会議での発言
被告人は、10月20日すぎのD4連の三役会議(三役とは、会長、副会長、専務理事)において、C1、Q1、事務局長G1らが出席する中、保管対策事業の概要を説明し、出席した役員らから出た、8か月も保管していたら商品価値がなくなってしまい、売り物にならない、売れないなどと買い戻しを批判する声や、国もいずれは廃棄処分するのではないかとの声に同調して、「国も買い戻しにすることはないやろ。処分するということになるんと違うか。」などと発言していた。また、出席者の中にこれと反対する意見を言う者はなかった。
(2) 被告人のD5連の会議での発言
また、被告人は、保管対策事業開始直前の10月23日のD5連の会議において、Q1、F1らが出席する中、保管対策事業の概要を説明し、出席者から出た、8か月も保管していたら商品価値が落ちて売れなくなる、何とか国で買い取ってもらってそのまま焼却処分にしてくれないのかとの声に同調しており、ほかの出席者の中にもこれと反対する意見を言う者はなかった。
6 BSE発生後のE1グループ等の情況
BSE発生により消費者の牛肉離れ、買い控えから牛肉の価格は下落、低迷し、食肉取扱業者はいずれも危機的経営情況に陥っていたが、E1グループの製造4社、すなわち、D2株式会社、TD3株式会社、CD3株式会社及びD36株式会社においても、いずれも主として国産牛肉の製造・販売を行う会社であることから、BSE発生による影響をまともに受け、BSE発生による国産牛肉の流通減少は死活問題となっていた。
D2株式会社は、BSE発生の約1週間後から売上げが落ち込み、と畜場ではと畜しなくなり、9月下旬ころには工場を停止するに至った。D2株式会社の経営は非常に苦しい情況に追い込まれており、従業員の一部を解雇したりして経営建て直しに努力したが、全頭検査が始まるころまで全く好転のきざしはなかった。
M1が実質的に営業等を行っていたD9株式会社は、大手弁当業者の企画向けにオーストラリア産牛肉を輸入していたが、BSE発生により同社との取引をキャンセルされ、借金と大量の在庫を抱え込むこととなり、あらゆる伝手を頼って買取先を必死に探し回ったものの、BSE騒動下に買い取ってくれる業者もなく、D9株式会社はにっちもさっちもいかない非常に苦しい情況に追い込まれていた。
D10株式会社も、9月にBSE発生の報道以後、牛肉が売れなくなり、在庫を抱えている情況であった。
7 被告人の牛肉買い集めの情況等
(1) 11月10日申請のD5連保管対策事業分について
ア D2株式会社からの買上について
被告人は、10月末から11月初めころ、K1に対し、D10株式会社の冷蔵庫にある内臓肉の売り先について聴いた。その後、被告人は、直接あるいはJ1を通じて、K1に対し、D2株式会社において上記内臓肉を仕入れ、それを株式会社D8の倉庫に運び込むこと、売り先は株式会社D12にして、販売先の名義は当時株式会社D12と取引関係になかった大阪府D16共同組合連合会にすることなどを指示した。なお取引価格は1キログラム当たり500円であった。K1は、11月5日ころ、D2株式会社が買い取っていた内臓肉1041.1キログラムを株式会社D8の倉庫に搬入した。なお、K1は、買上申請される前に、J1からの連絡を受けて上記内臓肉の伝票、品名を牛正肉に変えていた。そして12月10日に、D2株式会社名義の銀行預金口座に、上記内臓肉の売買代金として、株式会社D12から54万6572円が振込入金された。
なお、この内臓肉が引き取られるまでの経緯は、次のとおりであった。内臓肉の通常の処理の仕方は、一旦株式会社D33が買い取った後、と畜場のある内臓場といわれる常温の作業場において洗浄して計量し、部位別に分けて処理し、引き取りに来て作業の終わるのを待っている内臓業者が引き取るというものであり、内臓肉に関しては冷蔵庫で保管する工程はない。しかし全頭検査開始後は、内臓肉についても同様に全頭検査が行われるようになったことから、内臓肉をと畜後すぐに内臓取扱業者に売却することができなくなり、検査が終わるまでは保管しておかなければならなくなった。このような経緯からD10株式会社では、D2株式会社と株式会社D33から検査が終了するまでの間、内臓肉を冷蔵室で保管するように依頼を受けていた。なお、当時は内臓がほとんど売れずに株式会社D33に出入りしている内臓業者にも捌ききれない状態になってきたことから、余った内臓もそのままD10株式会社の冷蔵庫に入れられていた。もっとも、内臓肉は腐敗が進みやすく、基本的には当日、例外的にも3、4日のうちに運び出さないと、冷蔵庫内に保管されていても変色したり臭気が漂うようになって商品価値が落ち、売り物にならなくなるので、すぐ取引する必要があったことから、株式会社D33では、11月初めころは、と畜した牛の内臓は一旦株式会社D33が買い取るが、1日に50頭を超えてと畜した分の内臓については、その日に生体牛を持ち込んだ業者において、持ち込んだ牛の数の比率に応じて、それぞれの業者が責任を持って買い戻す、あるいは1日のと畜量が50頭を超えた分については、牛を持ち込んだと畜業者で買い戻すこととなった。11月2日、株式会社D33では117頭の牛がと畜されたが、内訳は、D2株式会社104頭(うち経産牛41頭。なお本件以前D2株式会社が経産牛をと畜して販売することはなく、また株式会社D33では、10月17日以前は、全体で45頭、うちD2株式会社は26頭をと畜しただけであったが、同月18日以降は、同月中だけでも443頭がと畜され、うちD2株式会社は378頭をと畜していた。さらに、D2株式会社は、11月2日には104頭、同月5日には27頭、6日には65頭をと畜していた。)、L2総本店13頭であった。この内臓の取り分について、117頭のうち41頭は品質が悪く、D2株式会社で買い取ることになった。また、50頭分を超えた残りの26頭についても、L2総本店が買い戻しを拒否したことから、株式会社D33で買い取り、D2株式会社が買い戻した。さらに、7頭分の内臓も引き取り手がなかったことから、被告人が引き取るように指示し、結局D2株式会社は74頭分の内臓を買い戻すことになった。これらは当日にD10株式会社の冷蔵庫に入れられた。被告人は、この内臓肉を見て、上記のとおり、10月末から11月初めころ、どこか売り先はないのかとK1に尋ねたものである。また、K1が保管対策事業にまわした内臓は、もともと生での取引を前提にと畜、出荷した内臓であり、もともと冷凍保管用の処置をしていなかった。
イ D10株式会社からの買上について
D10株式会社で取り扱っている牛肉は、国産牛肉が8割程で、豚肉、輸入牛肉がそれぞれ1割程度であった。
被告人は、P1に対し、10月下旬ころ、生きた牛の仕入れがあるのでこれをと畜した後、D10株式会社で解体して株式会社D8に入れるように指示した。さらに被告人は、K1に対し、10月下旬ころ、D10株式会社に経産牛を売るように指示し、K1は、P1らに対し、経産牛を持っていくこと、冷蔵庫に保管されている内臓を箱詰めしてほしいこと等を伝えた。これを受けてP1らは、D2株式会社から10月18日以降にと畜解体された牛の枝肉を仕入れ、これらを順次部分肉を解体し、10月下旬から11月初旬にかけて、1万7384.2キログラムを順次株式会社D8に搬入した。そして、11月28日及び12月18日に、大阪府D16共同組合連合会からD10株式会社名義の銀行預金口座に上記対象外牛肉買上代金として1億2225万6214円の振込入金がなされ、D2株式会社からの仕入代金1億0245万4098円を差し引いた1980万2116万円をP1らが取得した。
ウ D7株式会社からの買上について
D7株式会社では、平成13年当時、卸売にかかる取扱量の約9割が輸入牛肉であって、残りの約1割が国産牛肉、豚肉、鶏肉、羊肉などであった。D7株式会社では、牛肉をステーキ用のブロックに加工する際、約2パーセントから2.5パーセントほど牛すじ肉が副産物として発生していたが、平成13年度にステーキ用の国産牛肉を仕入れたことはなかったことから、国産牛肉のすじ肉が発生することはなく、国産牛肉を在庫として保管することはなかった。
H1は、10月下旬ころ、D7株式会社取締役C2から、輸入牛すじ肉が3トンほどあることを聴き、被告人に買い取ってもらうことを考え、被告人の了承を得ずにC2らに対し、牛すじの在庫は大阪府D16共同組合連合会に売り上げること、D7株式会社の経理総務部長N22に対し、1キログラム当たり1114円として売上伝票を作成することをそれぞれ指示した。
被告人は、H1から、D7株式会社が在庫として抱えているすじ肉3トンほどを保管対策事業に乗せたことを聴かされ、一旦は対象外である旨伝えたが結局引き取ることを告げ、伝票を株式会社D12宛にするように指示し、さらにH1が伝票の品名について「牛正肉」とすること、金額を1キロ当たり1114円とすることを了承した。なお、この牛すじ肉は、在庫単価が1キログラム当たり328円で販売予定単価が400円のものであった。
H1は、11月2日ころ、株式会社D12に輸入牛すじ肉3350キログラムを、品名を牛正肉として株式会社D12に搬入した。
そして12月28日、株式会社D12からD7株式会社名義の銀行預金口座に上記輸入牛すじ肉の売買代金391万8495円の振込入金がなされ、H1らが取得した。
エ D9株式会社からの買上について
被告人は、10月下旬ころ、N1から、M1がD9株式会社が仕入れたオーストラリア産輸入牛肉が売れず大量の在庫があって困っていることを聴き、さらにそのころM1から、オーストラリア産の筋引きロース肉をできるだけ高く買い取ってほしい旨依頼されたことから、M1に対し、D2株式会社宛に伝票を上げること、商品名を牛正肉に変えて納品することを指示した。10月下旬から11月初旬ころ、F1を通じM1に対し、在庫のうち15トンはロース肉としてM2名義で搬入し、40トンはDD9(D9株式会社)名義で牛正肉として搬入するように指示した。M1は、被告人から、D2株式会社宛に伝票を上げるように指示されていたことから、株式会社D8に保管していた15トン及びD35の倉庫に保管していた約42トンの輸入牛肉を一旦D2株式会社の倉庫に移したものの、11月初旬ころ、5万5380.6キログラムの輸入牛肉を順次株式会社D8に搬入した。そして11月29日及び12月28日に、被告人からD9株式会社の銀行預金口座に、上記輸入牛肉の売買代金6114万6193円の振込入金がされ、M1らが取得した。
なお、被告人がM1から買い上げた牛肉は、高いものでも1キログラム当たり約670円で、安いものでも1キログラム当たり600円を下回ることはなかった。また被告人は、M1に対し、当初1キログラム当たり900円で買い取る旨述べていたが、最終的には1キログラム当たり1050円で買い上げた。
オ Q1商店からの買上について
Q1は、10月23日のD5連等の会議において、被告人が牛肉を集めていることを知り、安い牛肉を競り落として被告人に買上事業として買い取ってもらうことで利ざやを得ようと考えた。
被告人は、D5連の会議後、Q1から、明日から競りに参加し、競り落とした牛をと畜解体するので、その枝肉を株式会社D8に送るから買い取ってほしい旨告げられ、これを了承した。
Q1は、24日から26日にかけて35頭分のと畜解体された牛肉を競り落とし、一部を部分肉に加工した上、10月下旬ころ、25頭分の部分肉8221.5キログラムを株式会社D8に搬入した。
そして、12月26日、株式会社D12からQ1の銀行口座に、上記対象外牛肉の買上代金961万5518円の振込入金がされ、Q1はこれを取得した。なお、Q1が株式会社D8に搬入した牛肉の単価は、最も安いものが1キログラム当たり360円で、最も高いものが1キログラム当たり603円であったが、被告人は1キログラム当たり1114円で買い上げた。
カ TD3株式会社からの買上について
被告人は、平成13年10月下旬ころ、J1を通じて、TD3株式会社のF2に対し、販売先が決まっていない牛肉について、単価は1キログラム当たり1114円、請求書の宛先は大阪府D16共同組合連合会にして、株式会社D8に入庫させるように指示した。
F2は、当時のTD3株式会社の取締役であったH2と話し合い、在庫品であった約46トンの国産牛肉及び輸入牛肉を株式会社D8に搬入した。なおTD3株式会社は、大阪府D16共同組合連合会と取引をするのが初めてであった。
さらに、被告人は、11月上旬ころ、J1に対し、TD3株式会社に再度電話して牛肉を単価は1キログラム当たり1000円(経産牛については500円)、請求書の宛先はF3にして、株式会社D8に入庫させるように指示し、J1は、F2に対し、18日以降にと畜解体されたものでも構わないから送るよう指示した。
F2らは、11月9日ころ、3万0588.7キログラムの対象期間外にと畜解体された牛肉を株式会社D8に搬入した。なおTD3株式会社は、株式会社D12と取引をするのが初めてであった。
キ CD3株式会社からの買上について
被告人は、平成13年10月下旬ころ、J1を通じて、CD3株式会社のR2に対し、上記TD3株式会社に対する指示と同様の指示をした。R2は、10月下旬ころ、在庫品であった約109トンの国産牛肉及び輸入牛肉を株式会社D8に搬入した。
さらに、被告人は、11月上旬ころ、J1を通じて、R2に対し、上記TD3株式会社に対する11月上旬ころになされた指示と同様の指示を行った。
R2は、11月9日ころ、1万7498.5キログラムの対象期間外にと畜解体された牛肉を株式会社D8に搬入した。なおその際、ラベルについては、J1の指示に基づいて18日より前に合わせた。
ク 株式会社D26からの買上について
株式会社D26は、平成13年当時、輸入牛肉9割、国産牛肉1割を扱っていた。
同社取締役営業本部長J2は、全頭検査開始後、知人の食肉関連業者から、被告人が牛肉を集めていることを知り、10月下旬から11月初旬ころにかけてG1に対し、在庫の牛肉をD4連の方で買い取ってもらえないかと連絡をした。
G1から連絡を聴いた被告人は、11月初旬ころ、G1を通じてJ2に対し、在庫品について株式会社D8に送ること、ミンチ材は500円にして請求書はD11事業協同組合にするように指示した。
J2は、11月7日ころ、国産牛肉については古いものを送るように指示し、約2万キログラムのサイコロステーキと、約4万キログラムの国産牛肉を、すべてが保管対象牛肉であるように装って株式会社D8に搬入したが、株式会社D8でサイコロステーキが入っていたことが発覚し、被告人もこれを知った。
被告人は、G1を通じて、ミンチ材を500円で買い上げること、請求書はD11事業協同組合宛にすることをJ2に伝え、その後、サイコロステーキを混入させたことを謝りにきたJ2に対し、加工品は300円、その他の肉は500円で引き取る旨直接告げた。
J2は、さらにサイコロステーキを送り、結局11月中に1万2456キログラムのサイコロステーキを株式会社D8に搬入した。なお、サイコロステーキは当時1キログラム当たり600円であった。そして、11月30日、D11事業協同組合から株式会社D26名義の銀行預金口座に、上記サイコロステーキの売買代金として5326万1089円が振込入金された。
(2) 12月3日申請のD5連保管対策事業分について
ア TD3株式会社からの買上について
被告人は、上記(1)カ以降も、J1を通じて、引き続いてF2に対し、牛肉を送るように指示していた。
H2及びF2は、11月10日ころ、7万4316キログラムの対象期間外にと畜解体された牛肉を株式会社D8に搬入した。さらにH2及びF2は、12月3日ころにも、上記対象外牛肉株式会社D8に搬入し、1万4072.6キログラムが買い上げ申請された。
イ CD3株式会社からの買上について
被告人は、J1を通じて、R2に対しても、上記(2)アと同様の指示を行っていた。
R2は、11月29日ころに、1万2338.6キログラムの対象期間外にと畜解体された牛肉を株式会社D8に搬入した。さらに、R2は、12月3日ころにも、9340.9キログラムの上記対象外牛肉を搬入した。
(3) D4連名義での買上申請分について
ア 株式会社D25からの買上について
被告人は、11月23日ころ、株式会社D25V1から買い上げることにした牛肉量を100トン以下とし、D5連において買い取ることとしていたが、その後、D5連の買取枠がないとして、D4連の枠を使って買い上げるよう指示を変更し、D11事業協同組合名義で買い取ることとした。
被告人は、11月23日に、F1に対し、買い取りの手配を指示し、さらに11月26日ころ、F1を通じ、V1らに対し、品名を牛正肉に変更すること、納品書と請求書の宛先をD11事業協同組合とすること等を指示した。
これを受けたV1は、11月29日ころ、株式会社D25が株式会社D32から買い上げた加工品等9万1962キログラムを含む9万4493.9キログラムの対象外牛肉を株式会社D8に搬入した。なお、サイコロステーキ製品は1キログラム当たり400円、サイコロ原木と牛小間は1キログラム当たり350円であった。
11月30日、D11事業協同組合から株式会社D25名義の銀行預金口座に、上記対象外牛肉の売買代金として4961万9220円が振込入金され、V1らがこれを取得した。
イ D36株式会社からの買上について
被告人は、D3株式会社の在庫の輸入牛肉を事業に乗せようと考えたが、D3株式会社はほとんど輸入牛肉しか扱っていなかったことから、D3株式会社から直接株式会社D8に搬入させれば、対象外牛肉を事業に乗せたことが容易に発覚してしまうため、通常時において、輸入牛肉をD3株式会社から仕入れ、また、国産牛肉も扱っていたD36株式会社の名義で搬入させることにし、さらにその際、国産牛肉の表示の箱に詰め替え、牛正肉として株式会社D8に搬入しようと考えた。
D36株式会社は食肉及び食肉の加工並びに販売等を、D3株式会社は食肉及び輸入食肉の販売等をそれぞれ業としていた。
被告人は、平成13年11月中旬ころ、D7株式会社取締役のC2に対し、D3株式会社から材料を入れるのでミンチを作り、加工したミンチは牛正肉という品名で株式会社D8に入れるように指示した。また、被告人は、D36株式会社取締役のQ2に対し、D36株式会社でD3株式会社からの輸入牛肉を仕入れて株式会社D12に売るように、肉はD7株式会社で加工し株式会社D8に入れる、加工賃の請求はD2株式会社にまわすように指示した。
被告人は、そのころ、J1に対し、C2に加工賃はD2株式会社に請求させ、原料はD3株式会社からD36株式会社宛に請求させるように指示し、J1は、C2に対し、ミンチを作ること、加工賃は1キログラム当たり100円でD2株式会社に請求し(11月下旬ころ、被告人の指示で、加工賃の請求先がD2株式会社からD36株式会社に変更された)、原料はD3株式会社からのD36株式会社宛に請求すること、加工したミンチ肉は牛正肉として株式会社D8にD4連宛で搬入すること等を指示した。その後、D7株式会社で加工された合計3万6790キログラムの対象外牛肉が11月24日から12月7日にかけて、順次株式会社D8に搬入された。そして、D7株式会社にはF4から655万9000円が加工賃として支払われた。
ウ TD3株式会社からの買上について
被告人は、上記(2)ア以後も、J1を通じて、F2に対し、さらに肉を送ること、クズニクや経産牛も単価500円にするよう指示した。なお、その後J1は、F2に対し、加工日が10月17日以前になるように、ラベルを貼り替えることも指示した。
H2及びF2は、11月12日ころ、1万5191.5キログラムの対象期間外にと畜解体された牛肉を株式会社D8に搬入した。さらにH2及びF2は、同月26日ころにも、1万2537.5キログラムの上記対象外牛肉を搬入した。そして12月21日に4783万6215円、平成14年5月31日に9934万2495円の合計1億4717万8710円が、対象外牛肉等の買上代金として、株式会社D12からTD3株式会社の銀行預金口座に振込送金された。
エ CD3株式会社からの買上について
被告人は、上記(2)イ以後も、J1を通じて、F2に対し、さらに肉を送るように指示した。
R2は、11月10日ころに、1万5184.8キログラムの対象期間外にと畜解体された牛肉を株式会社D8に搬入した。さらに、R2は、11月27日ころにも、637.9キログラムの上記対象外牛肉を搬入した。そして12月21日に2291万4990円、平成14年5月31日に7186万2163円の合計9477万7153円が、対象外牛肉等の買上代金として株式会社D12からCD3株式会社の銀行預金口座に振込送金された。
8 被告人による銀行融資申込情況等
被告人は、11月7日ころ、I1に対して、D5連名義で7億円ほど融資を受けることができないか銀行と話し合うよう指示したが、D5連名義では断られたことから、D4連名義で融資を受けること、取扱量については1200トンとすることを指示した。
その後、被告人は融資してもらう額を7億円から5億円にするよう指示した。なお、銀行から融資資料として5億円分についての売買契約書の提出を求められたが、D11事業協同組合や株式会社D12等との間で売買契約書が作成されていなかったため、被告人は、I1に命じてこれらを作らせた。被告人は、同月26日ころC1、I1とともに株式会社D25銀行D27支店に赴いて、融資担当者と直接話し合いを行い、その席で、D4連の会長であるC1でなく、被告人が融資の連帯保証人になることが決まった。そして11月30日、D4連の口座に約5億円が入金された。
なお、この融資実行に至る過程において、被告人は、<1>11月上旬ころから中旬ころ、C1に対し、D4連事務所において、牛肉購入資金として株式会社D25銀行D27支店からD4連名義で5億円程度の融資を受けたい、被告人個人の資財を担保に提供するので協力してほしい、肉は焼却処分して国が近々買い取ることになっているから心配はない、すぐに返済できるから大丈夫である、などと話し、D4連名義で5億円の融資を受ける旨を要請したり、<2>11月26日、C1、I1とともに、D4連会議室において、株式会社D25銀行のD27支店の支店長及び同副支店長と面談した際、同人らからなされた、8か月後の期限に万一国が買い取らなかったとしても、被告人の責任において返済を履行されたいとの申入れに対し、「現段階では、政府、農水省としても最終的にいくらで買取処分を行うとは公表できない情勢ではあるが、業者からの買取価格1114円をベースとして買取処分を行うのは間違いないと考える。貴行の言う万一の場合でも、期限に責任を持って返済する。」旨回答するなどしていた。
9 V1の農水省への押しかけと農水省から被告人に対する処理依頼について
(1) 被告人と農水省幹部との関係
保管対策事業を開始した10月26日以降、農水省には、保管対策事業に参加できない食肉関係業者から、牛肉の買取先の紹介を求める問い合わせが殺到しており、農水省も保管対策事業の実効性確保の観点から、保管対象牛肉を市場隔離するよう、速やかに事業実施主体等を教示していた。
W3は、平成3年の外国産牛肉の輸入自由化以降、被告人と面識があったことから、平成13年11月初めころ、滋賀県選出の国会議員から、滋賀県内の流通業者について牛肉の買取先を紹介するように頼まれたり、W2から、和歌山県の食肉販売業者の所有する牛肉の買い取りを頼まれたりした際、被告人に対し、これら買取要請に対する対応を依頼したことがあった。
(2) V1が農水省へ押しかけてきたこと
株式会社D25のV1は、かつてD37共同組合を設立するとともに、D5連に加盟していたが、V1が以前経営していた会社が倒産し債務を履行できなかったことなどから、D5連を除名されていた。
V1は、BSE発生により牛肉の消費量が落ちたことで売上げが激減し、資金繰りが逼迫していたことなどから危機感を抱いた。そこで、農水省への陳情を思い立ち、11月15日、農林水産大臣秘書に面会した後、農水省に赴き、輸入牛肉の加工品であるサイコロステーキなども対象とすべきだと主張した。しかし、農水省の食肉鶏卵課課長補佐のU2らから、輸入牛肉を主原料とした国産和牛脂等入りの加工品であるサイコロステーキなどは保管対策事業の買上対象外と言われて立腹し、買い上げしてくれなければ議員会館の前に肉をばらまくぞ、右翼をつかって街宣活動もするぞなどと大声で怒鳴り上げた。
W3は、11月中旬ころ、U2から、農林水産大臣議員会館秘書室からの案件で、広島の同和をかたる「V1」という男が、牛肉を買ってもらえないと凄んできている、対象外牛肉である成形肉等の加工品も買い上げを要求しており困っているとの報告を受けた。
そこでW3は、被告人に対し、広島の「V1」という男が肉を買い上げろと凄んできて困っている、何とかしてもらえないかなどと依頼した。
(3) 被告人とV1との会合について
被告人は、W3からの電話を受け、V1に電話をし、V1の商品を買上事業に乗せるのに協力するから農水省に対して働きかけをやめるように伝え、その後、11月23日に大阪市内のD34ホテルに来るように指示した。また被告人は、F1を通じて、11月23日、大阪市内のD34ホテルでD5連の役員会議を行うことを連絡した。
11月23日、D34ホテルにおいて、D18連副会長でありD5連副会長でもあるT2、D5連副会長Q1、同V2は、その場にいたV1に対し、ひとしきり文句を言ってV1の過去における不義理を責めた。また、V1からのD5連復帰の依頼については、その場では了承しなかった。その後、T2らは、V1から、700トン程度の牛肉の在庫があって困っている、これをD5連で買い上げてほしい旨依頼を受けた際、保管対策事業の買上対象は国産牛肉に限る旨説明し、またその場にいた被告人は、加工肉でどれだけあるんや、正直に言えと言うなどした。
被告人は、V1の回答から、V1の肉が加工品で、保管対策事業の買上対象外であることを十分認識したが、最終的にはV1の要請を受けることとし、値段は国の買上価格の半分の1キログラム当たり500円で買い取ることとした。
10 D18連関係者の認識について
(1) D18連の概要、組織構成、決裁権限等について
D18連は、昭和41年4月26日に所属員の取り扱う食肉の共同生産・共同加工・共同購買等を目的として設立された協同組合連合会で、本件事件当時はD4連を含む全国47都道府県の食肉事業協同組合連合会によって構成されており、事務所は東京都港区gghh丁目ii番jj号にあり、当時の構成は、代表理事会長U1、副会長はT2を含む7名、専務理事S2、事業部長S1等であった。
会長職は非常勤であり、週3日程度、半日の出勤状態であった。副会長職も非常勤であり、副会長にあっては東京都以外の他府県在住者が多いため、正副会長会議の前後や理事会に出勤するという状態であったが、正副会長会議や理事会は年に五、六回程度の開催であった。
専務理事には、会長、副会長の決裁について代決する権限があるところ、D18連において、専務理事が副会長に決裁をもらうということは現実に全くなく、D18連の決裁については、会長決裁と専務理事決裁の2種類しかなかった。
U1は、S2がD18連の業界を担当する農水省出身であり、信頼のできる人物で、業界の実務にも長けていたことから、関係機関等との折衝、審査等はそのほとんどをS2に任せ、U1が承認するという決裁方法を採っていた。
(2) D18連の保管対策事業への参加に至る経緯
S2は、10月19日、初めてD18連等6団体が集められ、D18連担当者として農水省担当者から保管対策事業に関する事前説明を受けたことにより、保管対策事業の内容を知らされた。そして、保管対象数量が概ね1万3000トン、買上期間11月末日までとされていた。
そのころ、S2は、W3から、D5連をD18連の委託先にしてほしい、すなわち、D5連も保管対象牛肉を傘下団体から買い上げて保管し、実質的には保管対策事業に参加するが、補助金申請等の手続や事務関係はD18連を通して行うことにしたいので、それを了承してほしい旨の依頼を受けた。なお、これについては、後にD18連とD5連との間で委託契約を締結した。
続いて、W3から、D18連の予定重量5000トンのうち、D18連が1000トン、D5連が4000トンの割り振りを申し出られ、S2はこれを了承した。なお、これについては、二、三日後、W3から呼ばれて農水省に赴いた際、被告人がおり、被告人から、D18連2000トン、D5連3000トンとしてもらいたい、ただし、D18連の2000トンのうち、D18連傘下のD4連分を1000トンとしてもらいたい旨の依頼を受けた。S2は、D4連はD18連の傘下団体であり、D5連もD18連の委託先であり、補助金等の申請手続はいずれもD18連を通して1本で行われるのであり、D5連4000トンのうち1000トンをD4連分にまわすとしても、結局D18連の申請重量が変更になるわけではないため、これを了承した。
ところで、保管対策事業は、D18連が、D18連の会員や事業委託先のD5連から、保管対象牛肉を買い上げて冷凍保管し、国の指示があるまで冷凍倉庫から搬出させない取組みを行い、これに対し、D17事業団が、D18連が買い上げた保管対象牛肉の保管に要する経費を補助するという事業であり、D18連としては保管対策事業に参加するに当たり保管対象牛肉を買い上げる必要があった。
S2は、農水省から保管対策事業の概要説明を聞き、D18連が、各都道府県肉連の在庫牛肉を買い上げる資金を調達しなければならないことから、このような短期間で資金調達できるか、単純に試算しただけでも22億円くらいとなり、D18連にそのような資金はないことから金融機関からの借入れに頼らざるを得ないことに不安を抱いた。
D18連は、S2を通じて、農水省から保管対策事業の事前説明等を受け、保管対策事業の実施とD18連を事業実施主体にしたいとの意向を聞いたため、10月24日、緊急の理事会を開催し、<1>D18連が保管対策事業に参加し、その事業実施主体の1つになること、<2>買上代金調達のためには金融機関からの借入しかないところ、試算による買上代金額が当時の借入最高限度額(20億円)を超えていたことから借入限度額を100億円まで引き上げることなどを決めた。なお、この理事会にはD4連会長であるC1もD18連理事として出席していた。
(3) 傘下の各都道府県肉連に対する保管対策事業内容の周知徹底
D18連は、10月26日に保管対策事業がスタートしたのに伴い、10月31日、各都道府県肉連会長に宛て文書を発出し、その中で保管対策事業実施要件として、10月17日以前にと畜解体処理された国産牛肉で枝肉を部分肉に分割し箱詰めしたものとし、スライスやミンチ等に加工したものは買入、保管対象としないこと等を明らかにし、もし一部でも対象外のものが混入していればそのすべてについて買上対象としないことがある旨を強く明言し、これを周知徹底させていた。
(4) 誓約書の徴求
また、D18連が各都道府県肉連に買上牛肉の代金を支払う際には、売買契約書を取り交わし、誓約書を提出させることとし、12月10日ころ誓約書の文面を完成させ、その提出を求めることとした。
これは、保管対策事業が、その終了後買上代金と同額による買い戻しを条件としており、D18連としては、事業終了後、確実にその買い戻しを履行してもらうことを約するため、このような誓約書の提出を義務づけていたものであった。すなわち、D18連理事会における質疑応答の中で、対象外牛肉を混入したり、計画倒産して買い戻しに応じなくなるというトラブルが発生しないとも限らないとの声が挙がったため、D18連としては、各都道府県肉連の場合は、保管対策事業の趣旨を十分理解し、まさか対象外牛肉を混入したりするようなことなどはないものと信頼していたが、各都道府県肉連傘下の末端業者においては上記のようなトラブルが起こらないとも限らないため、そのような不正行為を行わないよう事前に注意喚起すべく、誓約書の提出を義務づけたものであった。
もっとも、D18連としては、各都道府県肉連に対しては、事前に文書で保管対策事業の内容を通知していたことなどから、各都道府県肉連自体から誓約書の提出を求めるということはしなかった。
(5) 銀行融資による資金調達とU1の個人保証
前述のとおり、当時D18連には各都道府県から保管対象牛肉を買い上げるだけの資金的余裕がなかったことから、U1は株式会社D33銀行と直接交渉し、D18連の保管対象牛肉買上資金として、株式会社D33銀行D29支店から26億3100万円の融資を受けることとした。その際、U1は連帯保証人となり、12月21日、26億3100万円の融資を受けた。これによりD18連は各都道府県肉連に対し、保管対象牛肉買上代金を支払うことができた。
D18連がD4連に支払った買上代金は、上記融資の一部であり、同日、D4連から買上対象牛肉として申請のあった合計57万2851キログラムに対する保管対象牛肉買上代金総額6億3815万6013円が、D18連からD4連に振り込まれた。
(6) D18連の不正行為に対する対応
D18連は、福井県肉連傘下の小売業者分で対象外牛肉が混入していた事件が発覚した際、その分についての補助金交付決定を減額変更してもらうため、D18連が当該小売業者分についてD17事業団に補助金交付申請したことを取り消してもらい、平成15年5月8日、310万円余りを返還したことがあった。
また、平成14年6月末ころ、後述のJ3傘下のD34に対象外牛肉が混入されていた事件が発覚した際、D34分の交付決定額約9000万円について、D18連からD17事業団にその減額変更承認申請を行い、それが承認されて、その分をD17事業団に返還したことがあった。
(7) D34事件に対する告訴と本件について
S2は、当時のD18連副会長でありJ3会長でもあるK2が経営するD34において、対象外牛肉である国産牛のアキレスを、保管対策事業の対象牛肉と装って申請し、D18連から買上代金等を騙し取ったという詐欺事件(以下「D34事件」という。)につき、平成14年2月下旬ころ、J3からの顛末書及びD34からの上申書により知るに至った。
その内容は、およそ3分の1程度対象外牛肉が混入しており、買上代金を返還し、保管対策事業から抜けたいというものであったが、どのような事情で対象外牛肉が混入したか明らかではなかった。
S2は、K2がD18連副会長で、将来活躍の期待される有望な人物でもあったことで、とても作為的に対象外牛肉を混入したとは思えず、その取り扱いをどうしたものか困惑した。S2は、もし過失による混入であればK2の信用問題に関わるため、D18連の会長副会長に相談できなかったが、D17事業団に相談し、当時抽出検品から全ロット検品、全箱検品と検品方法が移行していた時期であったため、今後国の検品に委ねて検品結果を待とうということになった。
U1は、同年6月下旬ころ、K2と直接会い、K2から30パーセントくらいアキレスが混入していたこと、D18連に買上代金の返還の申し出をした旨を聞いて初めて、D34の不正行為を知った。その後同年6月25日に内部告発によりK2の不正行為が表沙汰になり、U1がK2と会った約1週間後の同年6月末には、100パーセント対象外牛肉であり故意に対象外牛肉を対象牛肉と偽って買上申請したことが判明した。
D18連は、農水省から、農水省がD34を告発するのと合わせて、被害者として告訴するよう強い要請を受け、同年7月16日、正副会長会議を開催して一応の了承を得、同日、D34を告訴した。その後、同年7月31日に開催されたD18連の理事会で正式に了承を得た。
同年9月、D18連は、D34事件の処理に関連して、農水省から業務改善命令を受け、これを受けて、S2の1か月20パーセントの減俸処分を行った。
なお、D18連は、本件に関し、平成16年4月に正副会長会議、理事会を開催して、告訴するか否かを議論した結果、告訴しないという結論に至った。
(8) T2が平成13年11月23日V1と被告人の会合に同席していたこと
前記のとおり、T2は、D5連の役員会がD34ホテルで開催されるという連絡を受けて、11月23日、同所に赴いたところ、その場にいたV1を見て、過去における不義理について怒鳴った。
その後、被告人から、V1がD5連に戻りたい、過去における不義理は重々お詫びすると言っている旨の話があったが、T2らはD5連理事会に諮って理事会の承認を得てから、V1の復帰を話そうということになり、会議は終わりかけた。
すると、V1は、実は数百トン単位の牛肉を所有しており、D5連に買上対象の窓口になってほしい旨依頼をしてきた。T2は、V1の力量にしては多すぎる量を言ったため、嘘を言うななどと言い、対象牛肉は国産牛肉だけであって、加工品と輸入肉は対象外である旨を述べた。
このように、T2は、V1が被告人に対し、対象外牛肉を買い上げるよう要請していたことは認識していたが、被告人と非常に懇意にしていた関係や国の制度に対する反感などから、被告人がV1の買上要請に応じようとしていたのを止めることはしなかった。また、T2には、そのことが不正行為であるという認識が薄く、発覚したら問題になるという認識も薄く、D18連の会長やほかの理事等に連絡するようなことはなかった。
第3判示罪となるべき事実第3の詐欺罪の成否について
1 保管経費名下の3億2366万0815円について
弁護人は、D4連宛に冷凍保管経費等として振込入金された3億2366万0815円は間接補助金とみるべきであるから、特別法である補助金適正化法29条1項の罪が成立するにとどまり、詐欺罪は成立しない旨主張し、確かに、D18連からD4連に宛てた文書中にはD18連がD4連に対して交付した金員が補助金であると解されるような表現が使用されていることが認められる。
ところで、補助金適正化法上「補助金等」とは、国が国以外の者に対して、相当の反対給付を受けないで交付する給付金とされ(同法2条1項1号、4号)、「間接補助金等」とは、国以外の者が相当の反対給付を受けないで交付する給付金で、補助金等を直接又は間接にその財源の全部又は一部とし、かつ、当該補助金等の交付の目的に従って交付するものとされている(同条4項)。そして、農畜産業振興事業団法28条1項3号及び農畜産業振興事業団法施行規則2条1号は、主要な畜産物の流通の合理化のための保管等の事業等を指定助成対象事業とし、D17事業団が指定助成対象事業の経費を補助することと定め、さらに農畜産業振興事業団法43条により、D17事業団を国とみなし、当該補助金を国が国以外の者に対して交付する補助金とみなして、補助金適正化法が準用されることを定めている。
本件保管対策事業の実施要領及び「牛肉在庫緊急保管対策事業助成実施要綱」によると、D17事業団はD18連等の事業実施主体が保管対象牛肉を買い上げて冷凍保管し、冷蔵倉庫から搬出させない取組み(市場隔離)を行う事業を実施する経費につき助成するものとされ、補助対象経費は保管対策牛肉を買い上げて保管するのに必要な経費とされ、補助率は、定額の、保管対象牛肉1キログラム当たり707円以内(冷凍保管経費329円、冷凍格差378円)とされており、これによると、D17事業団が補助金を交付する相手方は、D18連等事業実施主体とされた6団体であることが明らかである。事業実施主体とその構成員等との間では、保管対策事業が保管対象牛肉の買上げを内容とするものであることから当然のことであるが、保管対象牛肉につき売買契約が締結され、その保管対象牛肉の所有権は事業実施主体に帰属することになる。そうすると、その事業実施主体から構成員等に対し冷凍保管経費等として支払われる金員は、本来保管対象牛肉の所有権者である事業実施主体が行うべき対象牛肉の保管行為を、その構成員が代わって行うことに対する反対給付としての性格を有するもの(冷凍格差についても、冷凍保管行為によって当然に生ずる保管対象牛肉の品質の劣化=価格の低下という、保管期間終了後の買い戻し時において、保管対象牛肉を買い戻す構成員が負担することになる不利益を補う性格のものであるから、反対給付を伴うものといえる。)というべきであり、現に、本件の事業実施主体であるD18連とD4連の間では、売買契約が締結され、買上代金の支払いとして金銭が支払われ、保管対象牛肉の所有権はD18連に帰属しているのであるから、D18連からD4連に対し、冷凍保管経費等として支払われた金員は、反対給付を伴うものとして、間接補助金に該当しないというべきである。これらの点は、農水省から各事業実施主体に対し、説明用資料として交付されたフローチャート、保管対策事業のスキーム等からも明らかである上、農水省担当者やD18連担当者、D17事業団の認識も一致しているところである。弁護人が指摘する弁100等の記載は、その資金の出所がD17事業団から交付された補助金であることから、そのように記載されたものと考えられるのであって、弁100等の記載が上記認定を左右するものではない。また、弁護人主張のように、D4連が対象牛肉の保管等を行うものではなく、D4連に支払われた冷凍保管経費等はすべて末端の業者に支払われるものであるとしても、そのことによって、保管対象牛肉の所有権者であるD18連が行うべき保管行為を代わって行うこと等に対する反対給付にあたるとの冷凍保管経費等支払の性格に変化が生ずるものではない。D4連が自ら保管行為を行っていないことは結論を左右するものではない。
以上のとおり、D18連が冷凍保管経費等としてD4連に支払った3億2366万0815円は、反対給付を伴うものというべきであるから、間接補助金に該当しないことが明らかであり、弁護人がるる指摘するその余の問題点を検討するまでもなく、この点の弁護人の主張には理由がない。
2 買上代金名下の6億3815万6013円について
弁護人は、本件では、被告人の指示を受けたG1において、平成13年11月末ころ電話で、及び同年12月初旬ころ在庫証明書等を郵送するとともにファックス送信して、D18連に対し、対象外牛肉を含む牛肉の買い上げ方を申し込むという欺罔行為を行い、D18連はその欺罔行為によって錯誤に陥ったものの、同月21日にD4連名義の口座に6億3815万6013円を振込送金して買上代金の交付行為をする(詐欺の既遂時点)前である同月14日時点において、処分事業へ移行する旨の農水省によるプレスリリースが行われ、保管対策事業が廃止され、処分事業に移行することが明らかになったことから、被害者であるD18連においては、被告人が意図し実行しようとしていた保管対策事業における買上代金としてではなく、将来D17事業団から交付される処分事業における補助金(買上資金〔1キログラム当たり1554円〕の内金)の支払いとしてなされたものとみるべきであるから、欺罔行為の結果相手方が錯誤に陥って交付行為がなされることを要するとの詐欺罪の構成要件を満たしておらず、したがって詐欺罪は成立しないと主張する。
しかしながら、12月14日のプレスリリースは、単に農水省が処分事業実施の方針を報道機関に向けて公表したにすぎないものであって、市場隔離牛肉の最終処分については、焼却処分することとした旨と、焼却を行うにあたっての具体的実施手順等について関係方面との協議を開始することとする旨等を公にしたにすぎない。実際に、農水省がD17事業団と連携して処分事業の準備を進め、処分事業を策定し、その実施要領を制定したのは12月27日である。なお、実施要領の細目を定める実施要綱を制定したのは、平成14年1月7日であった。
そうすると、D18連が錯誤に基づき買上代金を支払った平成13年12月21日時点においては、未だ処分事業の実施要領すら作成されていないのであるから、上記プレスリリース等により仮にD18連において近い将来保管対策事業が処分事業に移行することが確実であると認識していたとしても、未だその実施要領すら制定されていない段階において、D18連が処分事業の実施を前提とするその補助金(内金)の支払を行うなどということは到底考え難いし、証拠上、D18連において、処分事業に伴う補助金の交付として上記買上代金の支払いを行ったことを窺わせるものはない。D18連は、被告人らの欺罔行為により錯誤に陥り、これに基づいて買上代金の交付行為を行ったものと認められ、弁護人の主張は理由がない。
3 D18連の知情性について
(1) 弁護人は、D18連においては、被告人が対象外牛肉を混入させていることを知りながら、あえてこれを黙認し、金銭を支出したものであるから、詐欺罪について無罪とされるべきである旨主張し、その根拠として、<1>D18連は、対象外牛肉が混入され易い情況になったことを認識しており、また保管対策事業等の実施の緊急性から、目的達成のためには多少の不正に目をつぶるという姿勢をもっていたこと、<2>D18連は、D34事件においては告訴をしているにもかかわらず、被告人の本件各犯行については告訴をしていないこと、<3>D18連は、D18連副会長であるT2を通じて、被告人らが対象外牛肉を保管対策事業に乗せようとしていることを認識していたことなどを挙げる。
(2) D18連の保管対策事業等に関する姿勢
確かに、10月18日に開かれたD18連の会議においても、出席した副会長理事から、対象外牛肉が混在する可能性について指摘されていたことが窺え、弁護人が主張するように、対象外牛肉の混入が懸念されていたことは認められる。
しかしながら、関係各証拠によれば、前述(第2の10)のとおり、D18連は、D18連傘下の各都道府県肉連に対し、保管対策事業内容について示した文書を発出して対象牛肉と対象外牛肉の範囲を明示し、その旨各都道府県肉連に周知徹底させており、また、保管対策事業実施直前に開催された理事会の席上で誓約書の徴求を決めたほどであり、D18連は、事業実施主体の1つとして、対象外牛肉が混入しないよう、できる限り気を配ってこれを防ぐ措置を講じており、対象外牛肉の混入を黙認していなかったのは明らかである。また、D18連傘下の会員である各都道府県肉連については、対象牛肉の範囲等について周知徹底させていたことから、まさか各都道府県肉連自体が対象外牛肉を故意に混入させることは思いもよらず、各都道府県肉連からは誓約書の提出を求めていなかったこと、D18連は、U1の個人保証をつけてまで、保管対象牛肉の買上資金を捻出し、買上代金を支払っていたことなどからも、この点は明らかに認められる。
加えて、U1及びS2らは、捜査段階から一貫して、被告人の行為を認識していなかった旨供述しているところ、U1は、対象外牛肉を混入させることを黙認したとしても何ら利益を得るところがない反面、D18連が牛肉の買上資金を調達するため株式会社D33銀行D29支店から約26億円の融資を受ける際、自ら連帯保証人になっているのであり、もし対象外牛肉が混入していることが判明して補助金を受け取ることができず、D18連において借入金の返済ができない事態となれば、たちまち巨額の負債を負いかねないとの不利益を被る立場にあったのであるから(前記第2の10の(5))、U1が、何ら利益を得るところがないばかりでなく、まかり間違えば巨額の負債を負いかねない危険を冒してまで、あえて対象外牛肉の混入を黙認していたという情況は考え難いというべきである(前記第2の10の(5)(6))。また、D18連における保管対策事業に関する事務を担当していたS2についても、もしD18連が、買上代金支払時点で対象外牛肉の混入を認識していれば、買上代金の支払いをストップさせ、D4連についてはD18連傘下団体としての、またD5連については委託元としての責任上、その旨をD17事業団や農水省に報告するなどして対処しなければならない立場にあったのであるから、対象外牛肉を混入させることを黙認したとしても何ら利益を得るところがない反面、後に不正が発覚して、対象外牛肉の混入を知りながら買上代金を支払ったり、補助金交付申請をそのままにしておいたことが明るみに出れば、責任追及の矢面に立たされること必至の立場にあった(前記第2の10の(7)のとおり、S2はD34事件に関して減俸処分を受けている。)のであるから、S2においても、かかる危険を冒してまで対象外牛肉の混入をあえて黙認するという行動を取るとは考え難い。
(3) 告訴について
前記認定事実(第2の10の(7))によれば、D18連がD34事件について告訴したのは、平成14年6月末に、D34が対象外牛肉を対象牛肉と偽って混入させたことが明らかとなり、しかも対象外牛肉が100パーセントであったことから、故意にこれを混入させたことが明白になったことと、農水省から被害者として告訴するよう強い要請を受けたためであると認められる。
他方、D18連が本件について告訴していないのは、平成16年4月に大阪府警による強制捜査が開始され、新聞等の報道により大きく取り上げられたものの、同年4月の正副会長会議、理事会開催の際には、未だ、誰がどのくらいの数量の対象外牛肉を混入させたのか等の詳細をD18連として明確に把握できていなかったため、事態の推移を見守ろうという結論となり、以後そのままになってしまったことが認められる。D34事件において、D18連が最終的に告訴するに至った経緯に照らすと、D18連においては、同業者を告訴することについて基本的に消極的な姿勢であったと考えられることからすると、本件について告訴をしないこと自体の当否は別として、告訴をしていないことをとらえて、D18連が、被告人による対象外牛肉混入を黙認していたことの証左とすることはできない。
(4) T2がD18連幹部に被告人の対象外牛肉混入を知らせていたかについて
確かに、D18連副会長の立場にあったT2が、V1が被告人に対し対象外牛肉を保管対策事業に乗せてほしい旨要請した場面に居合わせていることについては前述(第2の10(8))のとおり証拠上明らかである。
しかしながら、T2は、被告人と懇意であったこと、国のBSE対策に批判的であったこと等から、被告人がV1の買上要請に応じようとするのを止めようとせず黙認し、その3日後に開かれたD18連の会議においても、関係者にかかる被告人の行為を報告することはしなかった旨供述している。このT2供述は、批判を受けかねない自らの行為について、明確かつ具体的に理由を述べて説明し、また供述が変遷することなく一貫しており、T2供述の信用性は高く、T2は、U1及びS2らに対し、被告人が対象外牛肉を混入させていることを知らせていなかったものと認められる。また、T2は、D18連副会長の地位にあったものの、非常勤であり、年に五、六回程度開催される正副会長会議や理事会に出席するだけという状態であり、専務理事等が副会長に決裁をもらうということは現実に全くなく、D18連の決裁過程に関与していなかったことも明らかであるから(前記第2の10の(1))、T2が被告人による対象外牛肉混入の事実を知っていたことをとらえて、D18連がそのことを認識していたものとみることもできない。
(5) 以上、とりわけ(2)の事情に照らすと、D18連において、被告人が対象外牛肉を混入させていることを知りながら、あえてこれを黙認していたというような事実はなかったものと認められる。その余の弁護人がるる指摘する事情を検討してもこの判断は動かず、弁護人の主張には理由がない。
4 詐欺罪の成立範囲について
弁護人は、本件の不法領得に係るものは金銭であって可分であるから、詐欺罪の成立範囲は、対象外牛肉に係る不正請求部分に限られる旨主張する。
しかしながら、本件において、D18連は、被告人等の欺罔行為により、買上申込に係る牛肉すべてが保管対象牛肉であると誤信した結果、申込みに係る牛肉すべてについて買上決定をして、その買上代金及び冷凍保管経費等をD4連に支払ったものであり、もし、D18連において、買上申込に係る牛肉の中に対象外牛肉が混入していることを知っていたならば、後に再請求を認めるかは別として、そのままでは買上決定をすることがなかったことは証拠上明白である。加えて、本件保管対策事業においては、事業実施主体とされたのはD18連であって、D18連はD4連との間で締結した対象牛肉の売買契約を前提としたその経費として、買上代金及び冷凍保管経費等を支払うという仕組みになっており、D4連がD18連に対し、当然に対象牛肉についての買上代金及び冷凍保管経費等を請求する権利を有しているものではないのであるから、結局のところ、判示罪となるべき事実第3の詐欺罪については、支払いを受けた買上代金及び冷凍保管経費等の全額について同罪が成立するものと解するのが相当である。
第4補助金適正化法違反罪の成立範囲について
1 ところで、検察官は、判示罪となるべき事実第1、第2、第4の各補助金適正化法違反罪の成立範囲についても、被告人らは、対象外牛肉分の重量を含む全体重量すべてを対象牛肉であると偽ってD18連を通じてD17事業団に補助金の概算払いを請求したものであり、これに対し、D17事業団は全体に対する補助金を一括して支払ったものであって、一括不可分なものであり、D17事業団とすれば、その一部でも対象外牛肉が含まれていれば全額について支払をすることはなかったのであるから、請求に係る全額について、補助金適正化法違反罪が成立する旨主張する。
しかしながら、補助金適正化法29条1項の趣旨は、予算の不当支出による国庫の損失を防止しようとするところにあるから、仮に不正の手段が講じられても、結果において正当な金額を受給した場合は、補助金等不正受交付罪を構成せず、正当に受給すべき金額以上の過大交付を受けた場合には、正当に受給すべきであった補助金等の額が可分であれば、当該超過部分についてのみ、補助金等不正受交付罪が成立するものと解するのが相当である。同旨の弁護人の主張には理由がある。
そうすると、本件各請求については、補助金額は牛肉1キログラム当たりの補助金単価に基づいて計算され、対象牛肉と対象外牛肉の重量も特定されているので、正当に受給すべきであった補助金額とそれを超過して不正に受給した補助金額とを明確に分けて算定することが可能であり、可分であるといえるのであるから、結局、補助金適正化法違反罪が成立する範囲は以下に検討するとおりということになる。
2 判示罪となるべき事実第1についての検討
判示罪となるべき事実第1については、以下のとおり、申請に係る全重量74万8184.1キログラムから対象外牛肉14万5920.6キログラムを差し引いた対象牛肉60万2263.5キログラムに係る請求部分については、結果において正当な補助金を受給したものといわざるを得ない。したがって、補助金等不正受交付罪が成立する範囲は、対象外牛肉14万5920.6キログラムに1キログラム当たりの補助金707円の80パーセントを乗じた、14万5920.6kg×707円×0.8≒8253万2691円(円未満は切り捨て。以下同様)ということになる。
3 判示罪となるべき事実第2についての検討
同様に、判示罪となるべき事実第2につき、全重量56万9229.3キログラムから対象外牛肉11万0068.1キログラムを差し引いた対象牛肉45万9161.2キログラムに係る請求部分については、結果において正当な補助金を受給したものといわざるを得ない。したがって、補助金等不正受交付罪が成立する範囲は、対象外牛肉11万0068.1キログラムに、1キログラム当たりの補助金707円の80パーセントを乗じた11万0068.1kg×707円×0.8≒6225万4517円ということになる。
4 判示罪となるべき事実第4についての検討
同様に、判示罪となるべき事実第4につき、<1>D4連分に関しては、最終的なD4連からの申請全数量56万3661.2キログラムから対象外牛肉17万8303.7キログラムを差し引いた38万5357.5キログラムに係る請求部分については、結果において正当な補助金を受給したものといわざるを得ない。したがって、<ア>評価額分としては対象外牛肉17万8303.7キログラムに、1キログラム当たりの評価額1483円から既払額1114円を差し引いた369円の80パーセントを乗じた、17万8303.7kg×369円×0.8≒5263万5252円、<イ>焼却等経費分としては、申請全数量分に係る焼却等経費1480万9092円に申請全数量に占める対象外牛肉分の割合を乗じた、1480万9092円×17万8303.7kg/56万3661.2kg≒468万4579円が不正に受給した分となり、結局、補助金等不正受交付罪が成立する範囲は、<ア>と<イ>を合計した5731万9831円ということになる。
また、<2>D5連分に関しては、最終的なD5連からの申請全数量204万1745.7キログラムから対象外牛肉25万5988.7キログラムを差し引いた対象牛肉178万5757キログラムに係る請求部分については、結果において正当な補助金を受給したものといわざるを得ない。したがって、<ア>評価額分としては、対象外牛肉25万5988.7キログラムに、1キログラム当たりの評価額1511円を乗じた、25万5988.7kg×1511円≒3億8679万8925円、<イ>焼却等経費分としては、大阪分の申請全数量分に係る焼却等経費3422万5580円に申請全数量に占める対象外牛肉の割合を乗じた、3422万5580円×25万5988.7kg/114万4795.1kg≒765万3213円が不正に受給した分となり、結局、補助金等不正受交付罪が成立する範囲は、<ア>と<イ>を合計した3億9445万2138円ということになる。
第5罪数について
弁護人は、罪数評価について、判示罪となるべき事実第5を除く各罪は、補助金申請予定枠の保管重量枠を満たすための一連の申請行為であり、単一の犯罪意思によって数回に分けて申請されたにすぎないものであるから、併合罪ではなく包括一罪である旨主張する。
しかしながら、関係各証拠によれば、本件各申請は、各時点における被告人の具体的指示に基づいて、具体的な牛肉とその重量を特定し、これに、それぞれ保管対象牛肉であることの確認資料たる在庫証明書を添付して、個別具体的に申請行為に及んでいるのであり、これを受けたD17事業団(判示罪となるべき事実第1、第2及び第4)、D18連(判示罪となるべき事実第3)としても、それぞれその請求を個別に審査した上、当該重量分に相当する補助金等の支払をしたものであることが認められる(判示罪となるべき事実第1及び第2〔D5連の第3回目<11月10日>、第4回目<12月3日>の申請行為〕についても、弁護人が主張するように、これら申請行為を割り当てられた保管重量枠を満たすための一連の行為として包括的評価をするのは相当でなく、各時点における被告人の具体的指示によりそれぞれの申請行為が個別に行われ、それぞれその請求を個別に審査して補助金等の支払が決定されているのであるから、数行為に対して数結果が生じたものというべきである。)。加えて、判示罪となるべき事実第1ないし第4の各行為は、その日時が近接しているわけでもなく、実際の申請行為に及んだ実行行為者や、D4連の業務であるか、D5連の業務であるかも異なるなどの事情があることをも併せ考えると、以上の各罪を包括して一個の罪と見ることは到底困難である。弁護人の主張には理由がない。
なお、判示罪となるべき事実第3の詐欺については、対象外牛肉を含む牛肉の買上代金6億3815万6013円の詐取とその冷凍保管経費等名下の3億2366万0815円の詐取とは、その各結果発生につながる最終的な実行行為の時期は相当にかけ離れているものの、共に対象外牛肉を含むにもかかわらず、すべてが保管対象牛肉であるように装ってD18連に対して買上申請を行い、D18連をしてその旨誤信させ、これによって買上代金と保管経費等相当額を騙取しようとの当初から予定された、同じ牛肉を対象とした単一の意思に基づく行為であるから、これらについては包括一罪とみるのが相当である。
第6被告人の処分事業移行の認識の有無について
1 弁護人は、量刑事情として、そもそも被告人は、農水省の意向を熟知していたことから、処分事業への移行を確信し得なかったものであり、「保管対策事業」が「処分事業」に移行することを予測してはいなかった旨主張する。
(1) 確かに、関係各証拠、とりわけ、証人W2、同W3、同U2の各公判供述及び同人らの捜査段階の供述調書によれば、前記(第2の1、2)のとおり、農水省としては、当初から、危険部位以外の牛肉には危険性がないことが科学的に証明されているとして安全であると考えており、少なくとも9月中においては保管対策事業すら本来必要ないという立場であったこと、10月17日ころ保管対策事業を実施せざるを得ないとなった時点においても、日本より早くBSEが発生したドイツ、フランス、イタリアなどの例によると、BSE発生の七、八か月後にはそれ以前の消費水準の七、八割に回復するという牛肉の消費動向のデータ分析がなされていたことなどから、焼却ではなく一定期間保管して市場隔離するという方針であったこと、10月26日の保管対策事業実施時点においても同様であり、市場隔離牛肉の保管期間については農水省の生産局長が処分方法を定めるまでの間、最終的な処分方法等は未定であったこと、新聞報道等では処分事業、焼却処分の記事が盛んに報道されていたものの、農水省担当者としては根も葉もない記事を書いているとの受け止め方がされていたこと、11月中旬に農林水産副大臣が「焼却も視野に入れて」と述べるなどしたが、農林水産大臣は焼却に対して否定的な発言をしており、農水省担当者レベルでは、2頭目(11月21日)、3頭目(11月30日)のBSE感染牛が確認されなければ保管対策事業のままで推移していたものと考えていたこと、ところが、2頭目、3頭目のBSE感染牛が確認されるに至って、市場隔離牛肉を再び市場に戻すのは困難と感じるようになっていったこと、11月26日か27日ころ、農林水産大臣も副大臣も「焼却を視野に入れて」という国会答弁をしているが、その時点では処分事業について具体的な検討に入ったということではなかったこと、12月3日ないし4日ころ、野党4党がBSE法案を提出することを決めたあたりから、これによって一斉に処分事業に流れていく動きが固まり、農水省全体として処分事業もやむなしとの判断に至ったこと、農水省として意思表示をしたのは、12月5日の農林水産大臣の国会答弁において、「焼却も視野に入れて、国が責任を持って処分する」との内容の国会答弁をしたときであること、そして、12月14日に処分事業へ移行する旨のプレスリリースにより、処分事業施行に至ったことなどが認められる。
(2) しかしながら、被告人は、3頭目のBSE感染牛が発見され、農水省が処分事業を検討し始めるより前の11月26日において、D4連名義での5億円余りの融資に関する株式会社D26銀行D27支店との面談交渉の際、銀行側が被告人に対し、8か月後の期限に万一国が買い取らなかったとしても、責任を持って返済を履行していただきたい旨申入れたのに対し、「現段階では、政府、農水省としても最終的にいくらで買取処分を行うとは公表できない情勢ではあるが、業者からの買取価格1114円をベースとして買取処分を行うのは間違いないと考える。」旨回答していること、加えて、11月上旬から中旬の時点でも、C1に対し、D4連名義での融資を要請した際、牛肉は焼却処分して国が近々買い取ることになっているから心配はなく、すぐに返済できる旨述べていたこと(前記第2の8)などからすると、被告人が、農水省が処分事業への移行を検討し始める以前から保管対策事業がいずれ処分事業に移行するものと予測していたことは明らかであって、被告人が農水省の方針を盲信して、処分事業への移行の可能性を全く考えていなかったなどとは到底いえない。
これに対し、被告人は、株式会社D26銀行D27支店との融資面談の際の上記発言について、銀行員が稟議書を通すために被告人の発言と異なる記載をしたものである旨述べる。しかしながら、銀行にとって、融資金の返済原資は重要な関心事であるところ、当時株式会社D26銀行のD4連に対する融資残高は2億円近くあり、これに対して担保はDE3名義の定期預金5000万円しかなかったことから、同銀行の融資担当者としては融資金額をできるだけ圧縮する方針で臨んでいたものであり、さらに被告人に個人保証を求めるように本部からきつく指示されていたという状態にあった。このような情況下において、株式会社D26銀行D27支店の支店長、副支店長が、5億円余りもの融資について、稟議を通すために殊更に事実と異なる記載をすることは到底考えられない。したがって、被告人のこの点に関する公判供述は信用できない。
2 保管対策事業実施前後の客観的情況
(1) 前記(第2の2)認定のとおり、保管対策事業実施前の世論の動向は、全頭検査前にと畜解体された牛肉は政府の方で買い取って焼却等の処分をしてほしいと望む声が高まっていた。10月17日にはO3党のBSE対策本部が、政府の責任において緊急に市場隔離すべきであるとの決定をした旨の報道がなされていた。また、そのころのBSE関連に係る新聞報道も、農水省の思惑からはかけ離れていたものの、政府が焼却等の処分を検討しているなどの情報を伝えていた。そして10月23日には、O3党BSE対策本部幹部会において、政府による買取と焼却等による処分を望む意見が出されるなどしていた。
(2) 食肉関係業者の動向についても、10月19日の農水省の事業実施主体6団体に対する保管対策事業の説明会において、参加者の同団体関係者の中から牛肉を買い上げてくれないと困る旨の声が上がるなどしていたし、同月24日の農水省のD18連に対する説明会においても、保管牛肉の買い戻しや焼却処分についての質問が出されるなどしていた。そして、同月20日ころに行われたD4連の会議においては、保管対策事業の説明を受けた出席役員から、8か月後に市場隔離牛肉が戻ってきてもそんなものは売れない、そのような牛肉が市場に出回るようになると牛肉が再び売れなくなるといった発言がなされていた(第13回公判被告人供述48頁、乙84)。同月23日のD5連の会議においても、8か月も市場隔離牛肉を保管していたら商品価値が落ちて売れなくなる、そのまま焼却処分にしてくれないのかとの声が上がっていた(乙119)。
(3) 前記(第2の4)のとおり、G1、F1、I1、J1、N1、P1、Q2ら関係者も、農水省の意向は焼却処分に消極であることを十分認識しつつも、保管期間経過後に市場隔離牛肉が売れるわけがないことから、保管した牛肉は買い戻しをさせずに、いずれ国が買い上げ、処分してくれるものと認識していた(なお弁護人は、これら共犯者の捜査段階の供述調書には信用性がない旨主張するが、これだけの人数の者が、そろって捜査官の誘導により供述をねじ曲げられたとは考えにくく、この点に関する各供述内容が、当時の客観的情況に照らしても自然であること等をも併せ、その信用性を肯認することができる。)。
3 被告人の行動経過
(1) 前記(第2の3、5)のとおり、被告人は、農水省への陳情の際に、保管が終了したら将来的には焼却処分になるのか尋ねたりし、また前記のD4連・D5連の会議においても焼却処分を望む出席者の声に異を唱えることはなかった。これらは共犯者C1、F1の捜査段階供述とも矛盾しない。なおW2は、被告人から焼却について尋ねられた記憶はない旨供述するが、W2が「デスクの仕事や電話の応対などで、被告人らのいる会議用テーブルに常時座っているわけではなく、自分のデスクと行ったり来たりするような情況だったので、話の内容の詳しいところまで把握できなかった」旨供述していること及び当時農水省全体がBSE騒動の対応に忙殺されていた情況を総合考慮すると、W2の記憶に残っていないとしてもあながち不自然とはいえない。)。
(2) そして、BSE発生により牛肉消費が激減して牛肉の需要が極端に低くなって、牛肉が売れず、食肉業者にとって死活問題となっていたさ中(前記第2の6)、被告人はひとり、遅くとも10月末ころから牛肉を買い集め(前記第2の7)、C1、H1、Q1、P1、G1、J1、N1、K1らに対し、牛肉を集めるよう指示し、また、全頭検査開始前にと畜解体された牛肉が敬遠されていた10月末から11月にかけての時期に、1キログラム当たり1000円以上という、保管対策事業が予定する将来の買い戻しを想定すると経済的に引き合わないことが明らかな高値でこれら対象外牛肉を買い上げたり(一例としては、D9株式会社の1キログラム当たり1050円)、D2株式会社から牛の内臓肉を買い入れることもしている(前記第2の7の(1)のア)。牛の内臓は痛みやすく、生だからこそ商品価値があるところ、D2株式会社が保管対策事業にまわした内臓は、冷凍保管用の処置がなされていない、生での取引を前提としたものであって、被告人の要請に応じてD2株式会社から株式会社D8に内臓肉を運び入れたK1においても、8か月も経ったら商品価値はなくなるとして、買い戻しを想定していなかったものであり、被告人はこのような事情を十分に認識しながらあえて内臓肉を買い入れている。
(3) 加えて、被告人は、処分事業に方針転換せざるを得なくなった農水省が、12月14日に処分事業実施のプレスリリースをし、その後急ピッチで処分事業を策定し、12月27日に処分事業の「実施要領」を、翌平成14年1月7日にはその細目を定めた処分事業の「実施要綱」を制定するという情況の中、プレスリリース前日である平成13年12月13日に、W3から電話で処分事業への移行を知らされるや、その日のうちにK3市の福K4市長と面会し、同市長を通じて、L3共同組合のごみ処理施設であるL4センターに焼却依頼をし、平成14年1月11日には同センターにおいて市場隔離牛肉の試し焼きをするまでにこぎつけるという、それまで処分事業への移行を想定していなかった者のそれとしては不自然に素早い対応をみせている。
4 被告人の捜査段階の供述
この点に関して、被告人は、捜査段階において大要次のとおり述べる。農水省は全頭検査前の牛肉は安全であり、したがってこれを国が買い上げて焼却処分することはなく、8か月の保管期間経過後には業者に買い戻させるという前提で動いており、この前提に立っても、牛肉を申請に乗せて補助金を受け取れば損は出ない計算であったが、保管期間中に全頭検査後の牛肉が流通すればするほど、全頭検査前の牛肉を避けようとする消費者心理が強まるのは道理であり、国会でも10月中旬当時、全頭検査前の牛肉に対する不信感をあらわにした消費者世論を背景として、与野党を問わず国が責任を持ってこれを買い上げ、焼却等の方法で適宜処分すべしという空気であったのであり、もともとの国の基本方針自体消費者の不安を解消して牛肉消費を回復しようというものであったことから、これら世論や国会の動き、国の基本方針等を考え併せ、いずれ焼却等の処分になると思った。以上のとおり供述する(乙29)。これら被告人が供述する内容は、前記のとおりの当時の客観的情勢に合致している上、具体的であり、供述経緯や供述情況等に照らしても、その任意性・信用性に疑問を生じさせるような情況は見いだせない。弁護人がるる指摘する事情を考慮してもこの点に関する被告人供述の信用性は揺るがない。
5 被告人の公判供述の信用性
(1) これに対し、被告人は、給食や自衛隊のほか、農水省の行う消費促進キャンペーンなど、買い戻し後の保管対象牛肉の販売先ルートを持っており、保管対策事業で得られる補助金で利益が得られる情況にあったことから、これを目当てに犯行に及んだものであって、決して処分事業を予測していたものではない旨供述する。
しかしながら、これら全頭検査前の牛肉が消費者から敬遠されていたことは前記のとおり明らかであり、保管期間経過後に市場隔離牛肉が消費者に受け入れられるという情況は容易に想定しづらい上、BSE発生直後から、学校給食における牛肉から豚肉への切り替えが進み、全頭検査実施時以降、学校給食での牛肉取扱率は下落し、全く牛肉を扱わない地域すら複数存在し、被告人自身も学校給食の3分の1くらいは牛肉を拒否された旨供述しており、学校給食で牛肉の使用が自粛されていた情況は十分認識していたものと認められること、さらに、被告人自身、当時直接販売するルートを持っていなかったことを自認していること、消費促進キャンペーンをすればいくらか消費が進むとしても、これにより、数千トン単位の市場隔離牛肉をたやすく販売できるとは考えにくいこと、共犯者も、買い集めた牛肉を将来的にすべて売却できる見込みなど到底なかった旨供述していることなどに照らして、前記被告人供述はにわかに措信することができない。
(2) また弁護人は、前記第2の7の(3)のイの被告人がD36株式会社が仕入れた輸入牛肉をD7株式会社でミンチにする際にチチカブを混入させたのは、風味付け等をするためであり、これは8か月後に買い戻して再度市場で売ることを前提としたものである旨主張し、被告人もこれに副う供述をする。
しかしながら、被告人の供述によっても、従来からミンチ加工の際チチカブを混ぜており、しかも、従来からミンチの量に比して2パーセント程度のチチカブを混ぜていて、今回65トンのミンチを作るのに、混入されたチチカブ2トン程度の量は従来どおりであるというのであり)、ミンチ加工するときは、通常工程でもチチカブを混入するというのであり、関係者も同様の供述をする。
そうすると、チチカブを混入するというのは、ミンチ加工をする際には通常行われることであって、特に長期保管を想定したものではないのであるから、この点をとらえて被告人が焼却ではなく買い戻しを考えていたことの根拠とはなし得ず、被告人が処分事業への移行を予測していたとの前記認定を左右するに足るものではない。
6 結論
以上検討したところからすると、遅くとも被告人が対象外牛肉の買い集めを指示した10月末ころには、被告人は、保管対策事業がいずれは処分事業に移行するに至ることを予測し、この予測に従って行動していたものと認めることができる。弁護人の前記主張には理由がない。
第7農水省の知情性について
1 弁護人は、量刑事情として、農水省の担当幹部であるW3が、被告人に対し、株式会社D25のV1が保有する対象外牛肉(輸入ものの加工肉)を保管対策事業に乗せるよう、その買い取りを被告人に依頼した事実がある旨主張し、11月15日、広島の同和をかたるV1という男が、牛肉を買ってもらえないと凄んでいる、対象外牛肉である成型肉等の加工品も買い上げを要求しており困っているとの報告を受けたW3が、被告人に電話して、広島のV1という男が肉を買い上げろと凄んできて困っている、何とかしてもらえないかとの依頼をした事実のあることは前記認定(第2の9)のとおりである。
しかしながら、当時農水省は、保管対策事業に参加できない食肉関係業者から殺到する問い合わせに対し、保管対策事業の実効性確保の観点から、できる限り事業実施主体等を教示するなどし、さらには被告人に対し、和歌山のH3や滋賀県の小規模問屋の保有する対象牛肉の買い上げを依頼するなどの対応をしていたものであり、また、被告人の側も、保管対策事業実施以前から度々農水省を訪れ、被告人が実権を握るD5連が事業実施主体にならないとしても、事業実施主体に遅れることなく同様に取り扱われるよう要望し、その後も電話等でW3らと緊密に連絡を取り合うなどしていたことが認められるのであり、このような両者の関係からすると、W3が、食肉業界の実力者であり、その実権を握るD5連の役員でもある被告人であれば、広島の同和をかたるV1に対し適切に対処できると考え、いわば面倒を押しつける形で懇意にしていた被告人に、「何とかしてもらえないか。」と言ってV1への対応を依頼したとしても、あながち不自然とまではいえないのであって、W3がこのような依頼をしたことを捕らえて、W3が被告人に対し、保管対策事業に乗せることを前提に、対象外牛肉の買い取りを依頼したものと即断することはできない。加えて、対象外牛肉の混入は、保管対策事業等の根幹を揺るがす重大事であって、そのことが明るみ出れば、保管対策事業の策定に関わったW3らが、欠陥制度を策定したと批判、非難されることは必至の情況にあったのであり、しかも、農水省は、保管対策事業を農畜産業振興事業団法に基づく指定助成対象事業とし、D17事業団と協議を重ねて保管対策事業の概要をまとめ、当初D17事業団と協議して、保管対象牛肉であることの確認資料として、在庫証明書のほか、と畜検査証明書、格付証明書、部分肉加工証明書を事業実施主体に求める方針であったところ、D17事業団においては、当時の審査役が、書類の不備や、書類上の保管対象牛肉と在庫証明書の記載内容とが合致するかを審査しており、何らかの事情で対象外牛肉の混入がD17事業団に判明すれば、書類等が受け付けられず、ひいては補助金の交付もなされない関係にあったことからすると、まかり間違えば、対象外牛肉の混入が発覚し、W3らが個人的に責任を問われかねない事態に立ち至ることもあり得ることからすると、W3が対象外牛肉を保管対策事業に乗せる前提で、あえて被告人に対し、その買い取りを依頼するような挙に出るとは考えにくいというべきである。そして、被告人自身、公判廷においても、対象牛肉を買うよう依頼した旨述べるW3の公判供述は虚偽であると述べるものの、W3から「V1が対象外牛肉を買えと言ってきて困っている、何とか話聞いてやってくれ」と言ってV1への対応を頼まれたというのが実際のW3とのやりとりであると述べるに止まり、それ以上に、W3からV1の保有する対象外牛肉を買い取り、これを保管対策事業に乗せるよう依頼されたとまでは述べていないことからすると、被告人の公判供述によっても、W3が被告人に対し、保管対策事業に乗せる前提で、対象外牛肉の買い上げを働きかけたとの、弁護人が量刑事情として主張する事実を認定することは困難というほかない。
2 なお、弁護人は、V1の件より前に行われた、上記和歌山のH3からの牛肉の買い取り依頼についても、W2が対象外牛肉の買い取りを被告人に依頼したものである旨主張するが、この点については、被告人自身、公判廷において、「このH3の件については、100トン位であると言われていたが、対象外の輸入牛肉があったので、その輸入牛肉と書かれた分については、買い上げなかったと、後にW2に報告した」旨述べており、W3も公判廷において、「トラック数台で行って、ちゃんとしたものだけよって持って帰ってきた」と被告人から報告を受けている旨、これに副う供述をしていることからすると、このH3の件が、対象外牛肉を買い取るよう被告人に依頼したものでないことは明らかである。W2は被告人に対し、H3が保有する牛肉のうち保管対策事業の対象となるものについての買い取りを依頼したものと認められる。
このことに加えて、県肉連に加盟していない滋賀県の食肉業者が、県肉連に頼めないと言って国会議員を通じて直接農水省に牛肉の買い取りを依頼してきた案件について、W3が、D5連が近畿圏に強いということから、被告人にその牛肉の買い取りを依頼したことがあったことが認められることからすると、上記V1の案件において、W3が、<1>V1が地元のM3連に買い取りを依頼したのか確認することなく、大阪にいる被告人にV1に対する対応を依頼している点や、<2>農水省の食肉調整官の地位にあり、しかも、V1の地元であるM3連会長のG3とも懇意な関係にありながら、M3連にV1に対する対応を依頼することなく、あえて被告人に対応を依頼している点を捕らえて、W3の行動が特段不自然ということはできない。以上によれば、上記のとおり、被告人はその信用性を争うものの、W3が、公判廷で述べるとおり、同人は、被告人に対し、「対象牛肉だけでよいから何とかしてもらえませんか」と言ってV1に対する対応を依頼したということも、あながち不自然とはいえず、W3の上記供述が虚偽を述べたものということはできない。
3 もっとも、被告人がV1から対象外牛肉を買い上げて保管対策事業に乗せることになった切っ掛けとなったのは、このW3による、面倒を被告人に押しつけるような形の依頼にあったのであり、しかも、その際のやりとりから、V1が対象外牛肉の買い取りを農水省に執拗に迫っていたことを認識していた被告人においては、W3がその言葉とは裏腹に、内心では、V1を押さえきれない場合には、被告人の責任において、対象外牛肉を買い取ってでも対応してもらいたいと思っているものと考えていた可能性は否定できないというべきである。この点に加えて、農水省幹部が、仮に市場隔離牛肉の数量が1万3000トンから大きくかけ離れて少ない数量となれば、その差の部分がと畜月日を偽って販売されたのではないかとのあらぬ疑念を消費者に抱かせ、それによって牛肉の消費が減少することを懸念していたこと、前記のとおり、農水省が、当初、保管対象牛肉であることの確認資料として、在庫証明書のほか、と畜検査証明書等を求める方針であったのに、これを不要とする取扱に改めたことから、申請の中に対象外牛肉が混入されることが懸念される情況にありながら、平成14年1月11日と同年2月14日になされた検品において、検査対象となるロット番号を事前に通知するという方式で実施しており、特に後者については、F5の不正が発覚し、2月1日からは焼却が一時停止され、検査方法も抽出ロット検品から全ロット検品へと強化された情況下において行われたものであることからすると、検品作業を円滑に行うためということは理由にはならず、むしろ検品によって対象外の牛肉が発見されることを回避しようとの姿勢であったと批判されてもやむを得ない対応というほかない。W2が、検品ということには余り関心がなく、どうやって1万3000トン近い対象牛肉を集めるかということに強い関心があった旨述べていることをも併せ考えると、農水省の姿勢としては、保管対策事業開始に当たって想定した対象牛肉の数量に見合う量の牛肉を同事業に乗せることが第1であり、対象外牛肉の混入防止については関心が薄かったものというほかない。前記のV1の案件におけるW3ら農水省幹部の対応をも含め、このような農水省の姿勢が、被告人の本件犯行を助長した面のあることは否定できないというべきであり、農水省の知情性として弁護人がるる主張するところも、この限度において理由があるというべきである。
【法令の適用】
被告人の判示第1、第2の各所為はいずれも刑法60条、補助金適正化法29条1項、32条1項に、判示第3の所為は包括して刑法60条、246条1項に、判示第4の所為は包括して同法60条、補助金適正化法29条1項、32条1項に、判示第5の1、2の各所為はいずれも刑法61条1項、104条にそれぞれ該当するが、判示第1、第2、第4、第5の1及び2の各罪について、いずれも懲役刑を選択し、以上は同法45条前段の併合罪であるから、同法47条本文、10条により最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役7年に処し、同法21条を適用して未決勾留日数中130日をその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
【量刑の理由】
第1本件事案の概要
本件は、我が国有数の食肉企業グループであるE1グループを一代で築き上げ、食肉業界に絶大な影響力を持ち、食肉業界のドンともいわれた被告人が、自らが実質的に支配するE1グループ企業やD5連、D4連等の組織の役職員、社員らを巻き込み、これらの者と共謀の上、平成13年9月に発生したBSE問題による消費者の牛肉に対する不安感の払拭、市場における牛肉の滞留解消・牛肉価格の安定を目的として実施された保管対策事業を悪用し、同事業の対象外牛肉を買い集め、これらを対象牛肉と偽り、事業実施主体であるD18連の委託を受けたD5連を通じて2度にわたって補助金交付を申請するという不正の手段により8253万円余り(判示罪となるべき事実第1)及び6225万円余り(判示罪となるべき事実第2)の補助金交付を受け、同様に対象外牛肉を買い集め、D4連から事業実施主体であるD18連に対して、対象外牛肉を混入させているのにすべてが対象牛肉であるかのように装って買上申請等して、買上代金名下に6億3815万円余り及び冷凍保管経費等名下に3億2366万円余りを詐取し(判示罪となるべき事実第3)、さらに保管対策事業による市場隔離牛肉について、消費者の不安感を一掃し、牛肉の需要回復・流通促進、国内牛肉生産安定を目的として実施された処分事業を悪用し、上記保管中の対象外牛肉を対象牛肉と偽って焼却処分し、事業委託団体であるD4連及びD5連を通じて補助金交付を申請するという不正の手段により、合計4億5177万円余りの補助金交付を受け(判示罪となるべき事実第4)、その後、自らが犯した各犯行が発覚するのをおそれ、部下に対して本件関係証拠書類を隠滅するよう教唆した(判示罪となるべき事実第5)という、詐欺1件、補助金適正化法違反3件、証拠隠滅教唆2件の事案である。
第2不利な情状
1 犯行態様及び被告人の役割等
被告人は、E1グループを一代で築き上げ、その中核企業であるD3株式会社の会長を辞任した後も、E1グループ全体及び食肉業界に対して絶大な影響力を保有し、食肉行政にも通じているという自らの地位を利用して、BSE発生により緊急に実施された保管対策事業を悪用し、在庫証明書の記載以外に保管対象牛肉であることを確認する有効な術がないという、同事業が抱える制度上の不備、弱点を衝いて巨額の不正な利益を得ることを画策し、自らの影響力が及ぶ団体等に利益が得られるよう、農水省幹部に働きかける等して一定の取扱枠を確保し、保管対策事業実施直後から保管対象牛肉が買い戻されることはなく、いずれ焼却処分になることを予測しつつ、E1グループ企業の役員、社員らに対し、牛肉を集めるよう指示し、対象牛肉、対象外牛肉を問わず買い集め、対象外牛肉が対象牛肉であると偽装するため、内容虚偽の品名を記載した在庫証明書を発行させるなどした上、D4連、D5連を通じてこれらを同事業に乗せるなどしたものである。そして、対象外牛肉を買い集める際は、予め伝票等の品名を対象牛肉の表示として違和感の少ない「牛正肉」とし、輸入牛肉の在庫の多い会社から買い集める際は、国産牛肉を多く扱う会社名義に名義変更させて搬入させ、搬入の際は、わざわざ国産牛肉の表示の箱に詰め替え、対象期間外牛肉を搬入する際は、と畜日を改ざんしたラベルを表示させるなど、検品が行われる場合を想定した偽装工作を入念に行い、また、牛肉の買い集めに際しては、購入先、購入価格、伝票処理、搬入経路等を操作することで、被告人が直接支配する会社に多額の利益が生じるような仕組みを作り上げるなどしているのであり、しかも、これら購入先、購入価格、品名やと畜日等の書換えなどの伝票処理、搬入経路等、一連の実務的な手続全般にわたっても、具体的かつ詳細な指示を与えるなど、終始積極的主導的に犯行に関与している。本件判示罪となるべき事実第1ないし第4の各犯行は、被告人自らが率先して犯行を発案、企図し、自らが実質的に支配するE1グループ及びD4連、D5連関係者らを巻き込み、その立場上被告人の意思に抗えないこれら共犯者に対し、具体的かつ強力な指示を与えつつ、組織ぐるみで大規模に実行した、極めて計画的かつ組織的・利欲的な犯行であり、まさに公的事業を食い物にした犯行というほかない。しかも、被告人は、このようにして巨額の資金を不正に領得したのみならず、捜査機関が内偵捜査に着手していることを察知するや、犯行の発覚をおそれ、自己の刑責を免れるとともにその支配下にあるE1グループの組織防衛を図るため、部下に対して関係証拠書類の廃棄を指示して実行させるという、摘発を逃れるために悪質な判示罪となるべき事実第5の証拠隠滅教唆の各犯行をも重ねるに至ったものである。
2 被害結果等
本件判示罪となるべき事実第1ないし第4の各犯行に係る被害は、合計15億5837万円余りもの巨額にのぼる。そのうち、補助金適正化法違反に係る被害額5億9655万円余りについては、補助金として交付された国民の税金に由来する資金を不正に領得したものであり、また、被害額の過半を占める、D18連からの詐取に係る9億6181万円余りについても、D18連はD17事業団から同額の補助金を受けていることから、結局は国民の税金を不正に領得したものともいえるのであって、いずれも、BSE問題に対処するという国民的課題のために使われるべき、国民の税金に由来する巨額の資金を私したものとして厳しい非難を免れない。また、判示罪となるべき事実第5の証拠隠滅教唆の各犯行の結果、本件の更なる真相解明が妨げられた点も看過することができない。
さらに、本件各犯行は、BSE発生によって国民が食肉の安全性に対して不安を抱き、食肉業界が混乱しているさなかに、同じ食肉業界で影響力を持つ被告人が、業界の命運を左右するBSE対策事業を悪用して不正な利得を得ようと画策し、自ら犯行を立案し、自らが支配する業界大手のE1グループを中心に、その社員及び業界団体幹部をも巻き込み、これら共犯者を主導し、組織ぐるみで敢行した犯罪であり、新聞・テレビ等マスコミで大々的に報道され、国民の食肉行政・食肉業界に対する信頼を大きく失墜させたものであって、その社会的影響の大きさも看過することはできない。
また、共犯者の多くは、被告人の指示さえなければ、かかる悪質な犯行に加担することのなかった、犯罪とは無縁の存在であったのであり、自らの利欲目的を満たすため、その立場上被告人の指示を拒みきれない立場にあったこれら共犯者を犯罪に引きずり込み、刑事訴追を受けるべき立場に追いやり、その家族をも巻き込み、社会的名誉を失墜させ、多大の心労を余儀なくさせた点も看過できない。
3 犯行動機等
被告人は、BSE発生後、牛肉の消費低迷・価格下落によって、多くの食肉関係業者が在庫牛肉の処分等に苦慮し、食肉業界全体が不振にあえぎ混乱しているさなかに、これらの情況を尻目に、専ら自らの個人的利得及びE1グループの損失回避・利益追求を目的として判示罪となるべき事実第1ないし第4の各犯行を敢行し、さらに、その犯行の発覚をおそれ、自己の刑責を免れるとともにその支配下にあるE1グループの組織防衛を図るため、部下に命じて証拠となる関係書類を廃棄させるという判示罪となるべき事実第5の証拠隠滅教唆の各犯行をも重ねたのであって、その利欲的かつ他者を省みない自己中心的な犯行動機に酌量の余地はない。
なお、被告人は、判示罪となるべき事実第1ないし第4の各犯行動機に関し、当公判廷において、牛肉関連業者の窮乏を救済する目的があった旨主張する。確かに、被告人は、食肉業界関係者と共に農水省の担当者の下を訪れて、牛肉の価格安定のための政策を実施するよう陳情するなど、一定程度業界の混乱回避に努めた事実が認められるものの、他方、陳情の多くは部下や自らの支配する組織の関係者を伴って行われ、農水省のBSE対策について情報を収集したり、自らの支配する団体等が有利に扱われるように依頼するなどしていることからすると、自己の利益を図るために行われたものともいえるのであり、さらに、被告人が積極的に牛肉の買い集めを指示したのはE1グループ内の牛肉に限られ、E1グループ外の会社については、依頼を受けてはじめて買い上げているのであり、買上価格についてもグループ内の会社については、グループ外の会社よりも高額で買い上げ、犯行による不法利得(業者からの買上価格と事業における買上価格との差額)も、その多くは自らの支配する会社(中には活動実績がない会社すらあった)のものとなっているのであって、専ら被告人自身あるいはE1グループの利得目的が上記各犯行の主たる動機であったことは明らかというべきである。
4 犯行後の事情等
被告人は、農水省幹部から処分事業の開始を事前に知らされるや、犯行の発覚を防ぐため、大量の対象外牛肉を早急に焼却する必要から、部下を通じて各焼却施設の担当者等に働きかけ、さらに被告人の地元の羽曳野市においては、懇意にしていた当時の羽曳野市長に自ら働きかけ、その結果、複数の焼却施設を焼却に利用できるようにしたり、保管牛肉の試し焼きに先立って検品が行われることを知るや、ただちに検品用の対象牛肉を準備させ、検品の際は予め準備した対象牛肉を検品作業に供するよう指示して巧妙に犯行の発覚を免れ、さらに、このような偽装工作によって検品による犯行発覚を免れるや、ただちに焼却を開始し、同種の牛肉偽装事件の発覚により、全箱検査実施のため焼却が一時停止される前ころまでには、ほぼ大半の対象外牛肉の焼却を終わらせるなど、犯行後の対応、手際の良さも際立っている。
さらに、捜査機関が内偵捜査に着手していることを察知するや、関係者から取調べ情況を聴取して捜査情況を把握し、判示罪となるべき事実第5のとおり、自己の刑責を免れるとともに、自己が支配するE1グループ等の組織防衛を図るため、部下に命じて関係書類などの廃棄を行わせ、その後も自らが逮捕される直前までの間、E1グループや関係組織の幹部等に指示するなどして、組織ぐるみで証拠隠滅工作を行っていたことが窺われる。また、当公判廷において、起訴された本件各公訴事実記載の各事実自体は基本的に争わないとしつつも、前述のとおり、犯罪の成否や重要な情状事実にまつわる間接事実に関して、不自然な弁解を行って、自己の刑責の軽減を図ろうとの姿勢を示すなどしている。以上のとおりであって、犯行後の情状も芳しくない。
5 一般情状
加えて被告人は、昭和63年に、牛肉輸入事業に関して、農水省出身の当時の畜産振興事業団幹部に賄賂を贈ったという贈賄罪により懲役1年6月、執行猶予3年に処せられた前科を有するものであって、古いものとはいえ、正式裁判を受け、公判廷において、今後の更生を誓約したにもかかわらず、その教訓と誓約を忘れ、その違法性を十分に承知しながら、利欲目的から、判示罪となるべき事実第1ないし第4の各犯行を発案し、共犯者らを巻き込んで、積極的かつ主導的に各犯行に及び、さらに捜査機関による内偵捜査の着手を察知するや、判示罪となるべき事実第5の証拠隠滅教唆の犯行に及ぶなどした点については、被告人の法規範軽視の姿勢、遵法精神の低さを如実に示すものとして厳しい責任非難を免れない。
6 小括
以上のとおりであって、本件は、その犯行態様、規模、被害額、社会的影響のいずれをとっても、この種事案としては、まれにみる悪質な事案というべきであって、被告人の刑責は重大である。
第3有利な情状
しかしながら、他方、被告人に有利な情状として、次のとおりの事情が存する。
1 被告人は、弁護人を通じてD17事業団に対して被害弁償の申し出を行い、D17事業団がD18連に対して、本件各犯行による被害金額として算定して返還を求め、さらにD17事業団から返還を求められたD18連がD4連及びD5連に対して同様にその返還を求めてきた合計10億円余りの金額すべてについて、その支払を完了しており、本件各犯行による被害は、既に実質的に回復しているといえる。
2 また、被告人は、判示罪となるべき事実第4及び第5の事実については捜査段階から一貫してその刑責を認め、またその余の事実についても外形的事実については概ね認め、国民の税金を不正に取得し、社会を騒がせたこと、共犯者を犯行に引き込んだこと等について、反省と謝罪の言葉を述べるなど反省・悔悟の姿勢を示している。
3 前記のとおり、農水省の姿勢としては、保管対策事業の開始に当たって想定した対象牛肉の数量に見合う量の牛肉を同事業に乗せることが第1であり、対象外牛肉の混入防止については関心が薄かったものというほかなく、現実に策定された保管対策事業自体に、対象外牛肉を混入させるという不正を生み出しやすい誘惑的な側面があったにもかかわらず、そうであればあるほどそれを補うため、厳格な検品を実施すべきであるのに、検品に際して、事もあろうに、事前にその検品対象を検品を受ける側の被告人らに教えるという、検品を有名無実化し、これによって対象外牛肉の混入が発見されることを回避しようとの姿勢があったと批判されてもやむを得ない、不可解な行動をとるに至っている。また判示罪となるべき事実第3の事実のうち、株式会社D25から対象外牛肉を買い入れ、これをD18連に買上申請した点についても、前記のとおり農水省幹部からの依頼を受けたことがその切っ掛けとなったものであって、このような農水省の姿勢が結果的に被告人の本件各犯行を助長したという側面のあることを否定できない。
4 さらに、本件事件後、E1グループの中核企業であるD3株式会社が、同グループを代表して同社ホームページにおいて、本件の犯行経緯を明らかにし、これに対する反省と謝罪の意思とともに、再発防止策を講ずることを表明し、E1グループ内にその再発防止対策として、法令遵守のための組織が作られるに至っており、本件で共犯者となった者に対しても社内処分を行うなどし、被告人においても、自らが築き上げたE1グループの株式を手放すべく行動している。企業ぐるみで本件のような重大な犯罪行為に及び、社会に対し多大な影響を及ぼした以上、企業本来の在り方からすると、社会に対して襟を正し、被告人はじめ犯行に関与した関係者に対し、可能な限りの責任追及を試みる等厳正に対処し、その影響力の排除を図るのが当然との見方からすると、かかる取組みは甚だ不十分というほかないものの、それでも、E1グループが被告人と距離を置きつつあることは否定できない。
5 被告人は、積極的に外国産牛肉の輸入に努める等、長年にわたり食肉業界の発展に尽力してきたものであって、近時においても、牛肉輸入自由化の際、D18連を通じて、食肉小売店業者のために助言をするなど、食肉業界においてその功績は高く評価されている。また、老人ホーム設立に向けて地元の羽曳野市に3億円を寄付したり、老人ホームや介護事業の経営を目的とした社会福祉法人を設立したり、財団法人の設立にも着手するなどこれまで地域社会の発展、福祉の向上に寄与してきたものであり、本件後も各方面に多額の贖罪寄付を行うなどして、本件に対する贖罪の姿勢を示すとともに、その社会的に有益に活動を支援しており、その結果被告人に対して寛大な処分を求める旨の嘆願書が提出されるにも至っている。
加えて、被告人が健康体ではあるものの、66歳と高齢であること、前記の執行猶予付判決を受けた前科1犯があるほかは、前科前歴がないこと、日常的に被告人の身の回りの世話をしている三女が当公判廷に出廷し、自らの人生のすべてをかけて被告人を更生させる旨述べ、被告人の社会復帰後の監督を誓っていることなど、被告人にとって酌むべき事情が存在する。
第4結論
そこで、以上挙示した被告人に不利な情状、有利な情状を検討して、具体的な量刑を決することとなるところ、前述の社会的影響の点をも含めた被害結果の重大性、犯行態様及び動機の悪質性、各犯行において被告人の果たした役割の重大性等に照らすと、被告人に対する厳しい責任非難は免れず、厳罰をもって臨むことも首肯できないではない。
しかしながら、有利な情状として挙示した各事情、とりわけ、被告人が本件各犯行による被害としてD17事業団が算定した金額のすべてを弁償して被害回復がなされている事実は、被告人の刑責が重大であり、厳罰に相当するとしても、量刑上これらの事情を軽視することはできない。
そこで、この点をふまえ、以上の諸情状を総合勘案して、主文のとおり、刑を量定した次第である。(求刑 懲役12年)
(裁判長裁判官 水島和男 裁判官 中川綾子 裁判官 山下真)