大阪地方裁判所 平成16年(わ)3886号 判決 2007年3月12日
主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
押収してあるけん銃10丁,けん銃用実包957発,実包8発,散弾銃用実包19発,ライフル用実包22発,けん銃1式,けん銃部品1個,薬きょう1個,弾丸1個を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,法定の除外事由がないのに,
第1 現金輸送車の警備員を襲って金員を強取しようと企て,平成13年10月5日午前10時25分ころ,大阪市(以下略)所在の株式会社A銀行a支店東側駐車場において,現金輸送車から取り降ろした現金500万円等在中のジュラルミンケースほか3点を携行し,同支店通用口に向かおうとしたB株式会社関西警送支店(以下略)勤務の警備員V(当時53歳)に対し,同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,所携の自動装てん式けん銃1丁で弾丸1発を発射し,もって,不特定若しくは多数の者の用に供される場所においてけん銃を発射し,同弾丸を上記Vの左下腿部に命中させ,同人らの反抗を抑圧して,同人らからB社関西警送支店支店長管理に係る上記ジュラルミンケース1個を強取したが,上記Vに加療約1年5か月間を要する左下腿開放性骨折,貫通銃創の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかった
第2 上記第1記載の日時,場所において,上記第1記載の自動装てん式けん銃1丁をこれに適合する実包1発と共に携帯して所持した
第3 平成15年8月21日,東京都(以下略)の当時のC生命保険相互会社本社ビル地下2階貸金庫室内の第5220号及び第6051号の貸金庫内において,
1(1) 自動装てん式けん銃4丁及び機関けん銃1丁を,これに適合する実包541発と共に保管して所持した
(2) 回転弾倉式けん銃4丁を,これに適合する実包391発と共に保管して所持した
(3) 上下二連式けん銃1丁を,これに適合する実包27発と共に保管して所持した
2 けん銃部品である機関部体1個及びスライド1個を所持した
3 けん銃実包25発を所持した
4 火薬類であるライフル用実包22発を所持した
ものである。
(証拠の標目)
省略
(事実認定の補足説明)
第1被告人は,判示第1及び第2の事実(以下「大阪事件」という。)の犯人は,かつて武装組織「特別義勇隊」を結成しようと計画し,同志として行動を共にしていた仮名Xなる人物(以下「X」という。)であると強く推測され,被告人ではない旨を供述し,弁護人も,被告人は大阪事件については無罪である旨を主張し,なお判示第1の事実は,殺人の実行行為と評価することはできない旨も主張する。
これに対し,当裁判所は,被告人が大阪事件の犯人であり,かつ,被告人の判示第1の所為は(強盗)殺人の実行行為に該当し,被告人は未必の殺意を有していたと認定したので,以下,その理由を説明する。
第2被告人と大阪事件の犯人との同一性
1 大阪事件で使用されたけん銃と被告人との関係
(1) 大阪事件の発生
被害者Vは,判示第1記載の日時,場所において,左手に現金500万円入りのジュラルミンケース1個を,右手に何個かメールバッグを持ち,判示第1記載の株式会社A銀行a支店(以下「a支店」という。)の入口へ向かって,東から西に歩行していたところ,けん銃の発射音が1回あり,その直後に左下腿部に弾丸が命中した。弾丸の射入口は,Vの左膝下約10センチメートルくらいの左足外側で,射出口はその左膝下約10センチメートルくらいの左足内側であった。被弾による転倒直後,Vが発射音のした左側すなわち南側を見ると,約12.5メートルないし13.1メートル離れた場所に,けん銃を持った犯人がいて,ゆっくりとVの方に歩いてきた。
(2) 大阪事件の現場(以下「本件現場」という。)の概況及び打ち殻薬きょうと弾丸の発見状況等
本件現場は,マンション(名称略)1階にあるa支店の東側駐車場である。停車した現金輸送車の後部から南側約18.67メートルの地点に赤色移動式消火設備があり,その西側約23センチメートルの地点に打ち殻薬きょう1個(以下「本件薬きょう」という。)があった。Y1は,けん銃の発射音がする直前に,自転車で本件現場の東側道路を北向きに通りかかった際,後に犯人と分かった男が上記消火設備に右肩を付けて立っているのを目撃している。Vが被弾して転倒した場所は,現金輸送車の左後部から南西約2.4メートルの地点であり,本件薬きょうがあった地点との距離は約17.5メートルであった。また,Vが右手に所持していたメール袋内の書類の中から,弾丸1個(以下「本件弾丸」という。)が発見された。
(3) ①本件弾丸は,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の弾丸であること,②本件薬きょうは,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の打ち殻薬きょうであり,上記口径の実包が適合する自動装てん式けん銃によって撃発,排きょうされたものであること
ア 大阪府警察本部刑事部科学捜査研究所所属のZ1は,本件弾丸及び本件薬きょうの鑑定手法及び結果等について,以下のとおり述べる。
(ア) 本件弾丸は,衝突等によって変形した銃器発射被甲弾丸で,フルメタルジャケットと呼ばれる種類のものである。寸法は,全長約14.4mmである。円筒部の直径は,最長部が約10.4mm,最短部が約6.9mmであり,この数値や外観から,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の弾丸と判断した。
円筒部には本件弾丸を一巡する口締め痕と,これに交差する良く整った左回転6条の腔旋痕が形成されていた。この腔旋痕中,旋丘痕の幅を計測したところ,1.39mmないし1.48mmの範囲で,平均1.44mmであった。腔旋痕角については,弾丸が変形していたため正確な測定は困難であったが,口締め痕を基準に計測したところ,概ね4度ないし5度であった。
口径9mmルガー型自動装てん式けん銃で左回転6条の腔旋を有するものは極めて少なく,その代表的なものが米国D社製自動装てん式けん銃である。E社製92F型自動装てん式けん銃は,腔旋の分類特徴が右回転6条であるが,その銃身を左回転6条の腔旋を有する銃身に交換すれば,E社製けん銃から左回転6条の腔旋痕を有する弾丸を発射することは可能である。
(イ) 本件薬きょうは,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の打ち殻薬きょうで,きょう底記号から,1985年9月にマレーシア連邦火薬会社で製造されたものと認められた。きょう体に異常な膨隆や亀裂が認められなかったことから,適合する自動装てん式けん銃によって撃発,排きょうされたと判断した。
イ Z1鑑定人の上記鑑定結果によると,①本件弾丸は,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の弾丸であること,②本件薬きょうは,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の打ち殻薬きょうであり,上記口径の実包が適合する自動装てん式けん銃によって撃発,排きょうされたものであると認められる。
(4) 被告人が口径9mmE社製92F型自動装てん式けん銃を所持していたこと
被告人は,平成元年4月18日,アメリカ合衆国において,カリフォルニア州発行のα名義の運転免許証を使用して,イタリア製口径9mmE社製92F型自動装てん式けん銃(シリアルナンバーD60476Z。以下「本件けん銃」という。)を購入し,本邦に持ち込んだ。
被告人は,平成12年5月9日,判示第3記載の貸金庫第5220号を借りる契約を結び,以後利用していた。平成15年8月21日に,同貸金庫第5220号で発見され,被告人が所持していたことが明らかとなったけん銃部品一式は,本件けん銃の一部である(なお,購入時の本件けん銃と発見されたその一部は,全体と部分という関係にあるから,以下,発見された本件けん銃の一部についても,格別区別する必要がない限り,「本件けん銃」という。)。本件けん銃からは射撃残渣が検出されたが,発見時の本件けん銃は,正規の照門が装着されておらず,照門の位置には縦の線がついており,また,そのレーザーサイトの照射点と,試射した際の実際の弾丸の弾道にはずれがあった。
警察は,当時の被告人の住居であった三重県(以下略)所在のY2宅を捜索したところ,本件けん銃に装着できる抽筒子(以下「本件抽筒子」という。)と,「E社製92」の分解方法を記載した書籍を発見した。
(5) 本件薬きょうは,本件けん銃により撃発発射された実包の打ち殻薬きょうであること(及び本件けん銃による薬きょうの排きょう状況)
ア 科学警察研究所所属のZ2は,本件けん銃に本件抽筒子や適合銃身を取り付けて試射した試射薬きょう2個と,本件薬きょうとの比較対照による鑑定をした結果等について,以下のとおり述べる。
本件薬きょうと試射薬きょうとを比較対照する際に最も着目したのは遊底頭痕であった。本件薬きょうと試射薬きょうは,雷管面の痕跡である撃針痕からその外縁部分の全体的な形状や,平行状に見える痕跡の特徴が極めてよく対応していた。また,撃針痕の形状も,その周囲の形状と併せて極めて類似しており,抽筒子痕もよく類似していた。
なお,本件薬きょうのきょう体底部にある円形痕が試射薬きょうには認められないが,実包の梱包過程等で不規則に付着した痕跡とみることができるから,この相違点が撃発したけん銃の同一性判断に影響するとは考えられない。
これらのことから,本件薬きょうと試射薬きょうとは,同一けん銃による打ち殻薬きょうと判断した。
イ Z2鑑定人の上記鑑定手法及び結果は,その内容に十分合理性が認められる。また,Z2鑑定人は,科学警察研究所に勤務する警察庁技官として多数の銃器鑑定業務に従事しており,経験も豊富である上,被告人からの細部にわたる反対尋問に対しても,何ら証言を動揺させていない。
したがって,Z2鑑定人の上記鑑定結果は,その信用性に疑いを差し挟む余地がなく,採用できる。
ウ 結論
よって,本件薬きょうは,本件けん銃により撃発発射された実包の打ち殻薬きょうであることが認められる。
なお,警視庁科学捜査研究所所属のZ3が,本件けん銃に本件抽筒子や適合銃身を取り付けて,他の9名と共に合計約100発試射したところ,薬きょうは,撃った者の右後方に3メートル以上飛んでいった。
(6) 被告人が平成元年11月,本件けん銃に腔旋が左回転6条の銃身を取り付けたこと
ア 平成元年10月27日,「テリー・コバヤシ」なる人物が銃身製造販売会社F社(以下「F社」という。)に対し,腔旋が左回転6条であるF社製銃身を本件けん銃に取り付けるよう注文し,同年11月3日,同人がF社を訪れ,F社製の銃身に交換された本件けん銃を持ち帰ったこと
(ア) アメリカ合衆国カリフォルニア州所在のF社の社長であるY3は,以下のとおり証言する。
私は,「1989年10月27日に『テリー・コバヤシ』なる人物から電話を受け,郵送された口径9mmのE社製92F(シリアルナンバーD60476Z)をオリジナルの銃身及び弾倉と共に受領し,同年11月3日に顧客がけん銃を取りに来た。」旨のメモ紙を保管していた。1989年10月から11月にかけて,事務所の従業員は私の母親と女性1人であり,上記メモ紙は女性従業員が作成したものだと思う。
F社では,当社の銃身を顧客のけん銃に取り付ける場合に,連邦法に基づき作成するフェデラルブックと,当社が独自に作成しているブルーブックという2つの帳簿に記載する。上記メモ紙はブルーブックに綴られていたものである。フェデラルブックとブルーブックは同一機会に記載する。ブルーブックは日常業務に使用するもので,事務所の戸棚に保管しているものの,あまり取引のない顧客の分については段ボール箱に入れてファイリングキャビネット等に保管している。
上記メモ紙は非常に古く,1990年代半ばころ整理して,ファイリングキャビネットで保管していた。2005年,日本の警視庁から,テリー・コバヤシに銃身を販売した記録がないか問い合わせを受けたため,探したところ,数週間後に上記メモ紙を発見して,2006年5月に連邦検事局に提出した。
F社が製造販売している銃身の腔旋は,口径9mmの銃身については,1989年当時から,すべて左回転6条である。
(イ) Y3は,大阪事件と全く無関係である上,自己の認識のある部分とない部分を明確に分けて証言しており,その信用性に疑いを差し挟む余地はない。
そうすると,上記メモ紙は,その作成過程及び保管態様から,業務の通常の過程において作成された書面ということができ,刑事訴訟法323条2号に該当する書面として証拠能力を有し,また,その内容も信用できるというべきである。
(ウ) これに対し,弁護人は,上記メモ紙の作成者が不明であること,法定の帳簿であるフェデラルブックとは異なり,本来の資料ではないこと,ブルーブックの記載を裏付けるインボイス等の資料がないことなどを指摘し,上記メモ紙の証拠能力や信用性を争う旨主張する。
しかし,上記メモ紙の作成者は,F社の従業員であるという限度では特定されており,かつ,それで足りると解される。その上,フェデラルブックとブルーブックとの間で,記録の正確性やF社にとっての価値等に差異はないと認められることなどを考慮すると,法定の帳簿でないことやインボイス等の資料がないことは,上記メモ紙の証拠能力を否定し,あるいは,その信用性を揺るがすものではない。弁護人の上記主張は採用できない。
(エ) したがって,平成元年10月27日,「テリー・コバヤシ」なる人物がF社に対し,腔旋が左回転6条であるF社製銃身を本件けん銃に取り付けるよう注文し,同年11月3日,同人がF社を訪れ,F社製の銃身に交換された本件けん銃を持ち帰ったものと認められる。
イ 上記メモ紙記載のテリー・コバヤシが被告人であること
被告人は,α名義で,カリフォルニア州発行の運転免許証を取得しているが,そこに記載された住所は,上記メモ紙に記載された「テリー・コバヤシ」の住所と同一である。また,被告人自身,テリー・コバヤシという氏名を一時期かなり使用していたこと,上記住所は,被告人がしばしば使用していたサンディエゴの代行業者の住所であって,被告人以外にテリー・コバヤシを名乗る者はいないこと,上記代行業者が,被告人の名前を偽って連絡することがあり得ないことを供述している。
したがって,上記テリー・コバヤシが被告人であることは明らかである。
ウ 結論
よって,被告人が平成元年11月,本件けん銃に左回転6条の腔旋を有する銃身を取り付けたものと認められる。
(7) 本件弾丸が本件けん銃の交換銃身から発射されたものではない旨の弁護人の主張について
弁護人は,F社製銃身の腔旋角は4度であるのに対し,本件弾丸の腔旋痕角は約5.4度であると異なっているから,本件弾丸がF社製の交換銃身から発射されたとはいえない旨主張する。
しかし,Z1鑑定人の鑑定書によると,「腔旋痕角については,弾丸の変形のため正確な測定値は期待し難かったが,口締め痕を基準に計測した結果は概ね4度ないし5度であった。」とされている。これは,本件弾丸が相当変形しているという客観的事実と符合する上,Z1鑑定人の鑑定手法及び結果に疑問を差し挟む余地はない。そうすると,Z2鑑定人の鑑定書では腔旋痕角が約5.4度とされており,一方,F社製銃身の腔旋角が4度であったとしても,それらの事情だけで,本件弾丸がF社製の左回転6条の腔旋を有する銃身から発射されたものではないとはいえない。弁護人の上記主張は採用できない。
(8) 本件けん銃に関する被告人供述の不自然な変遷
被告人は,従前は,「F社では,G社製けん銃の交換銃身を作ったことはあるが,本件けん銃の交換銃身を作ったことはない。本件けん銃は交換銃身を付けるほどの価値はない。」(第16回公判,第17回公判,第18回公判,第20回公判)などと,本件けん銃に左回転6条の腔旋を有する交換銃身を装着したことはない旨を,明確かつ断定的に繰り返し供述していた。のみならず,被告人は,検察官申請の証人であるZ2鑑定人に対して,自ら反対尋問を行った際,Z2鑑定人が鑑定書中で,大阪事件では交換銃身が使用されたものと考えられる旨記載したことについて,交換銃身説は一人歩きすると極めて危険であるなどと,盛んに問題視していた。しかし,第27回公判期日において,F社社長のY3が上記(6)ア(ア)のとおり証言し,同社が管理していた顧客台帳等から,被告人がF社において本件けん銃の銃身を交換していたことが明らかになると,被告人は,「明確な記憶はないが,(Y3のいう)メモ紙から考えて,本件けん銃に左回転6条の銃身を取り付けたかもしれない。」などと,供述内容を著しく変遷させた(第28回公判)。この理由について,被告人は,「本件けん銃を最終的に見たときは,全くそういう形跡がなかったために,本件けん銃にF社製銃身を取り付けたことはないと思い込んでいた。」などと弁解するが,後述のとおり,けん銃に対する強い執着心を有する被告人がそのような思い違いをするとは考えにくい。
また,被告人は,Xが大阪事件を敢行したと強く推測される旨供述するが,そうだとすれば,交換銃身説を批判するなどして,本件けん銃が大阪事件で使用されたことを争う必要はないはずである。被告人は,上記のとおり,本件けん銃の銃身を交換していたという事実を突き付けられてもなお,本件けん銃が大阪事件で使用されたことを認めようとしないが,これは,大阪事件の犯人が被告人であり,その責任を免れるには,被告人が自ら所有し所持する本件けん銃と大阪事件との関わり合いをあくまで否定するほかないと考えたことによるものとみるのが合理的である。
(9) 評価
以上のとおり,本件薬きょうは,本件けん銃により撃発発射された実包の打ち殻薬きょうであると認められるところ,犯人が発砲する直前にいた場所付近から本件薬きょうが発見されていること,本件けん銃による薬きょうの排きょう状況に照らし,被弾による転倒直後にVが目撃した犯人の位置と本件薬きょうが発見された場所との間に矛盾はないことからすれば,本件薬きょうは,犯人がVに対し発砲したことによってその場に遺留されたものと認めるのが合理的である。そして,Vが被弾した本件弾丸は,本件けん銃の元々の銃身が交換されていれば,本件けん銃によって発射されたものと認めることに何ら支障がないところ,現に被告人は本件けん銃の銃身を交換していた。これらの事実を総合すると,本件弾丸を発射したけん銃は,被告人が銃身を交換した上で本邦に持ち込んだ本件けん銃であると推認できる。
そして,このように,大阪事件で使用されたけん銃が,元々,被告人が購入して本邦に持ち込んだ上,所持していたものであり,かつ,被告人が,大阪事件後にもその部品の大部分及び少なくともそれに装着できる部品(本件抽筒子)を所持していたことは,被告人が大阪事件の犯人であることを強く推認させる事実ということができる。
加えて,既にみた被告人の本件けん銃に関する不自然な供述変遷は,上記推認を補強するものといえる。
2 大阪事件当日における被告人の行動と本件けん銃との関係など
(1) 被告人が大阪事件後に,その当時,本件けん銃等銃器類の一部を保管するのに利用していた可能性の高い大阪市内の貸金庫を現に利用したこと
ア 被告人が大阪事件当日に大阪市内の貸金庫を利用したこと
被告人は,平成13年10月5日午後1時14分ころから午後1時25分ころまでの間,大阪市(以下略)所在のH銀行h支店に来ており,平成10年11月からβ名義で賃借していた同店内の貸金庫(貸金庫番号第1181号。以下「H貸金庫」という。)を開閉した。
なお,被告人がH貸金庫を賃借している期間中に,被告人以外の者が利用したことはなかったし,被告人は,大阪事件当日の約20日前である平成13年9月14日にも,H貸金庫を開閉している。
イ 大阪事件のころ,被告人は本件けん銃等銃器類の一部を保管するのにH貸金庫を利用していた可能性が高いこと
被告人は,本件けん銃について,「H貸金庫は,重要書類等を入れるためと銃器弾薬類をから便利なところに置いて,射撃訓練等の際に出し入れしやすくするためであった。それまで(名称略)の貸金庫に入れていた銃器のうち,本件けん銃やG社製けん銃等をH貸金庫に移動した。このうち本件けん銃については,平成12年ころに棄てるために持ち出し,Y2宅に持ち帰って分解したが,銃把にレーザー照準器が付いていたため,銃身等一部だけ棄ててそれ以外の部分を残し,渡米時に持って行って売ろうと思い,H貸金庫に戻した。平成14年春ころ,H銀行h支店が統廃合により廃止されたので,本件けん銃をY2宅へ持ち帰り,その後,判示第3のC生命保険の貸金庫に移動させた。」旨自認する。
他方,被告人の公判供述中には,「大阪事件当時,H貸金庫に銃器四,五丁と弾薬200発ないし300発を保管していた。しかし,本件けん銃については,大阪事件の一,二年前ころ,Y2宅において,Xから,1990年代初めに渡していたものを銃身のない状態で受け取った。使用不可能な状態にあったため,H貸金庫に持って行ったことはないと思う。」という部分もある。しかし,被告人は,「はっきりしないが,大阪事件当時に,本件けん銃はH貸金庫内にあったと思う。」とも供述していた上,検察官から供述内容の食い違いを指摘された結果,最終的には大阪事件当時,本件けん銃がH貸金庫内にあった可能性もあると供述するに至った。
そうすると,大阪事件が発生した平成13年10月5日ころ,被告人は本件けん銃等銃器類の一部を保管するのに,H貸金庫を利用していた可能性が高いといえる。
(2) 被告人が大阪事件後に犯行使用車両を隠匿できる場所を経由してH貸金庫へ行くことが可能であること
ア 大阪事件の犯人は,本件現場の東側道路に駐車してあった軽四輪自動車に乗車して,北方に向けて逃走した。
イ 被告人は,平成13年10月5日当時,γ名義で,大阪府守口市(以下略)所在のIガレージを賃借していた。
ウ 本件現場からIガレージまでの直線距離は,約5.6キロメートルである。
警察官が本件現場からIガレージまでの道程と車両による所要時間を計測したところ,①a支店を北上し,国道(号線略)を経由して,(名称略)交差点を左折する最短距離のルートでは,約6.6キロメートル,約16分,②阪神高速道路(路線名略)の高架下の一方通行路を主に走行するルートでは,約7.2キロメートル,約30分,③(名称略)川の北岸を走行するルートでは,約12キロメートル,約35分であった。
エ Iガレージから最寄りの地下鉄(名称略)駅までは徒歩で約13分であり,遅くとも同駅午後零時42分発の地下鉄に乗車すれば,午後1時14分までに,当時のH銀行h支店入口に到着することが可能である。
オ 結論
上記のほか,大阪事件が発生してから被告人がH貸金庫を利用し始めるまで,約2時間49分という時間的余裕があることを踏まえると,被告人が,大阪事件後に,Iガレージまで犯行使用車両を運転して隠匿し,さらにH貸金庫に本件けん銃を隠匿することは十分可能である。
(3) 評価
以上のとおり,被告人は,大阪事件当日,従来から単独で利用していたことが明らかで,かつ,その当時本件けん銃等銃器類の一部を保管するのに利用していた可能性の高い大阪市内のH貸金庫を,大阪事件後ほどなく,現に利用している。その上,Iガレージの存在に照らしてみても,被告人が,大阪事件を敢行した場合,強取した500万円入りのジュラルミンケースを積んだ犯行使用車両や大阪事件に用いた本件けん銃を,それぞれ隠匿することは,時間的,距離的,物理的に十分可能である。
これらの事情も,被告人が大阪事件の犯人であることを推認させるものである。
3 上記以外の被告人と大阪事件との関係を推認させる事情
(1) 被告人が,a支店に出入りしあるいはその付近を行き交う現金輸送車に相当な関心を有していたこと
ア 大阪事件の際に現場付近に停車していた現金輸送車は,B株式会社関西警送支店(以下略。以下「B関西警送支店」という。)が管理する現金輸送車(タイプA)で,車体には,「大129」などと表示されていた。
平成11年12月ころから大阪事件が発生した平成13年10月ころまでの間,a支店を回るB関西警送支店の現金輸送車は,車載無線番号129,車体表示「大129」の車両が専属的なものとされ,その車種は,平成13年5月中旬ころまではタイプB,それ以後はタイプAであった。もっとも,上記車両以外の現金輸送車がa支店を回る場合もあったし,a支店を回らない現金輸送車も,a支店から数百メートル離れたところにあるB関西警送支店の計算センターに両替金等の積み込み作業のため立ち寄ることから,その行き帰りにa支店の表や裏の道路を通ることが頻繁にあった。
ところで,被告人は,大阪事件以前の段階で,B関西警送支店の現金輸送車について,年月日,車種と車体表示の数字(車載無線番号と同じ)を略号で記載したメモ紙を作成していた。
2枚のメモ紙のうち1枚には,車種と車体表示の数字を記載した行の冒頭に,a支店という意味の記載があるほか,以下のような意味の記載があった。
平成11年12月22日:タイプB
(車体表示・大129)
平成12年 2月 2日:タイプC
(車体表示・大225)
タイプB
(車体表示・大129)
平成12年 5月26日:タイプB
(車体表示・大145)
タイプB
(車体表示・大129)
平成12年 8月25日:タイプB
(車体表示・大138)
平成12年10月27日:タイプB
(車体表示・大129)
平成12年11月29日:タイプC
(車体表示・大225)
平成13年 2月 5日:タイプC
(車体表示・大262)
平成13年 2月26日:タイプB
(車体表示・大141)
平成13年 3月 9日:タイプB
(車体表示・大818)
平成13年 3月16日:タイプC
(車体表示・大225)
平成13年 7月24日:タイプC
(車体表示・大197)
もう1枚のメモ紙には,以下のような意味の記載があった。
平成13年 8月 3日:タイプC
(車体表示・大129)
日本通運関西警送支店は,平成13年8月3日当時の車体表示「大129」の現金輸送車の車種がタイプAである点を除き,これらのメモ紙に記載された時期に,記載された車種と車体表示の現金輸送車を現に運行させていた。なお,タイプBはトラックタイプであるのに対し,タイプA及びタイプCはワンボックスタイプの車両であって,車両の形状が類似している。
これらを踏まえると,被告人は,a支店に出入りしあるいはその付近を行き交う現金輸送車に相当な関心を有していたものと推認することができる。
イ 被告人の弁解
(ア) 被告人は,上記メモ紙を作成した理由について,以下のとおり供述する。
私は,Xに対し,(地名省略)の辺りを運行する現金輸送車の動向調査を依頼していた。この最大の理由は,Xの配下の失業対策のためである。すなわち,Xが,その配下の生活の世話をしないといけないと言っていたので,同志に対する罪滅ぼしのためと思い,私は,Xを通じて,Xの配下にいる無線の技術者に,1回1万円で,1週間に1度程度,銀行支店に出入りする現金輸送車について,無線傍受しながら追跡する仕方による動向調査を依頼した。
私が現金輸送車の動向調査を依頼したのは,金庫破りをする支店を決めるためという目的もあった。私は,昭和31年ころまでに,金融機関の金庫室の扉を開けたことがあり,今も金庫破りをする技量があると思っていた。
上記メモ紙2枚は,平成13年8月3日に私が実際に見た車載無線番号129の車種がワンボックスタイプであったにもかかわらず,Xの報告ではタイプBとなっていて,重大な誤りがあることが判明したため,そのことを指摘しようとして作成したものである。
すなわち,私は,同日,a支店周辺でワンボックスタイプで車載無線番号129の現金輸送車を目撃し,習慣でメモして置いていたが,2週間後くらいに本来のデータと突き合わせて,おかしい点があると疑問に思い,まず,メモ紙1枚(注・平成13年8月3日の記載のみあるもの)を作成し,同時に,Xを通じて無線の技術者から報告を受けていた調査結果のデータから,(地名省略)地区のものを拾って,もう1枚のメモ紙(注・平成11年12月22日から平成13年7月24日までの記載のあるもの)を作成した。
(イ) 被告人の上記供述は,Xの配下の者の失業対策が主目的であり,緊急に現金輸送車の動向を調べる必要性はなかったなどと,その内容の正確性を期待しないで依頼したともみられる一方で,重大な誤りを指摘するためにメモ紙を作成したなどと,その内容の正確性に固執する部分もあり,全体として整合性を欠くきらいがある。また,被告人は,誤りを発見したという車載無線番号129(車体表示「大129」)以外の現金輸送車の動向についてまで,メモ紙に詳しく記載しており,被告人の上記供述はメモの客観的記載状況と符合しない。被告人は,この点について,検察官から,車載無線番号129のデータを示せば十分ではないかと指摘され,「ほかにもこういうデータがあるが,それが果たして信用できるのかということになると匂わせたかった。」旨を答え,重ねて,検察官から,そうだとすれば(地名省略)周辺を運行しているすべての車載無線番号を書き出さないと意味がない旨を指摘されるや,今度は,「そこまでやると,厳しく追及するという感じになるから,やりたくなかった。」と答えるなど,その供述は,前後に一貫せず場当たり的なものである。
結局,被告人の上記メモ紙に関する供述は,信用できない。
ウ 弁護人の主張
弁護人は,被告人が所持していたプリペイドカードの利用履歴に照らすと,被告人は,上記メモ紙に記載されたもののうち一部の現金輸送車の動向を現認することができず,大阪事件の犯人が被告人以外の人物であることを裏付ける旨を主張する。
確かに,上記プリペイドカードの記載内容や被告人が上記プリペイドカードを所持していたことに照らすと,被告人は,平成12年8月25日午前9時42分,(路線名及び駅名省略)駅改札口を通過し,同日午前10時35分,(路線名及び駅名省略)駅改札口を通過したものと認められる。一方,被告人が上記メモに記載している平成12年8月25日に車載無線番号138の現金輸送車がa支店に出入りしたのであれば,その時刻は同日午前10時30分ころであると認められ,これを前提とすると,少なくとも上記当日については,被告人がa支店付近で現金輸送車の出入り等の状況を調査することは不可能であると認められる。
しかし,被告人は,上記メモ紙を自ら作成して所持していたこと自体から,大阪事件以前からa支店に出入りしあるいはその付近を行き交う現金輸送車に相当な関心を有していたと推認されること,一方で,上記メモ紙の作成経過について不合理な弁解に終始していることに照らすと,被告人が,大阪事件を計画した上,その計画を知らない第三者に対し,現金輸送車がa支店に出入りしあるいはその付近を行き交う状況を確認するよう依頼することは十分想定できるといえる(被告人は,大阪事件の後に名古屋市内で敢行した別の現金輸送車襲撃事件においては,協力者がいたことを認める供述をしている。)。したがって,被告人自身が平成12年8月25日には現金輸送車の出入り等の状況を確認していなかったとしても,その一事だけでは被告人と大阪事件との関係を否定したり,他の犯人の存在をうかがわせたりするものとはいえない。
よって,弁護人の上記主張は採用できない。
エ 被告人が,大阪事件で本件現場に停車していた現金輸送車を含めて,以前から,a支店に出入りしあるいはその付近を行き交う現金輸送車に相当な関心を有していたことは,被告人が大阪事件の犯人であると一定程度推認させるものといえる。
(2) 被告人が,大阪事件直前の平成13年9月27日,Iガレージの賃貸借契約を,大阪事件後の同年10月末日限りで解約する旨申し入れていたこと
被告人は,γ名義で,平成12年2月10日から同年7月6日まで,Iガレージの13番枠を賃借し,同年11月から再び同ガレージの5番枠を賃借していたが,同年9月27日,同ガレージの所有者に対し,上記5番枠の賃貸借契約を同年10月末日で解約する旨を申し入れていた。
この事実は,他の間接事実と相俟って,被告人が大阪事件を敢行する直前に,犯行の形跡を隠ぺいしようとしたのではないかと疑わせるものといえる。
(3) 犯行使用車両は,被告人が窃取したと認められる軽四輪自動車の外観と矛盾しないこと
奈良県(以下略)所在のJ自動車販売では,窃盗事件が3回発生していた。1回目は,平成12年3月初旬ころに,軽四輪自動車アのエンジンキー1本が盗まれ,これはY2宅で発見押収された。2回目は,同月9日ないし10日ころ,軽四輪自動車イが盗まれ,そのナンバープレートもY2宅で発見押収された。3回目は,平成14年4月10日ないし11日ころ,軽四輪自動車ウが盗まれ,被告人は同年11月22日,この軽四自動車ウを使用して,名古屋市内で現金輸送車襲撃事件を敢行した。なお,J自動車販売からY2宅のある市内までは,国道(号線略)を経由すれば約1時間程度で到着することができる。
以上によると,被告人は,自ら又は第三者によって,Iガレージの13番枠を賃借した約1か月後に,J自動車販売から軽四輪自動車イを盗み出したものと推認することができる。そして,犯行使用車両が,白色の軽四輪自動車であることからすると(上記2(2)ア),被告人がJ自動車販売から窃取した上記軽四輪自動車が犯行使用車両であるとしても,外観上は矛盾しない。
(4) 犯行使用車両に装着されていたナンバープレートは盗難品であり,被告人が,その盗難場所に近接する自動車解体業者の住所と名前をメモしていたこと
ア 犯行使用車両に装着されていたナンバープレートは,平成12年1月28日ころから同年2月14日ころまでの間に,大阪府(以下略)所在の(名称略)公園南側路上に駐車中の軽四輪自動車エから窃取されたものである。
被告人は,自動車解体業者の所在地及び社名をメモ紙に記載していたところ,その中には,上記ナンバープレートが窃取された場所に近接する(地名略)も含まれていた。
イ 以上の事情は,大阪事件の犯行使用車両に装着されたナンバープレートと被告人との接点とみることができる。
なお,被告人は,上記所在地等のメモ紙を作成した理由について,「上記メモ紙は,Xらが,車の車体番号を変造した上,その変造した車体番号が記載された自動車検査証とともに売り渡していたと思われるところ,主にXのために,こういう自動車を買い取る業者を電話帳で調査して記載した。」旨を供述するが,後述のとおり,Xが大阪事件の犯人であると強く推測される旨の被告人供述には信用性が乏しいことからすれば,被告人は,大阪事件と関連する事情についてXに転嫁しているものと考えられ,上記メモ紙作成の理由に関する被告人供述も同様に信用できない。
(5) 被告人が,大阪事件以前から,けん銃その他の銃器による現金輸送車等の強盗事件に関する新聞記事等を収集し,かつ,大阪事件当日に大阪事件に関する記事が掲載された新聞を購入し,保管していたこと
ア 被告人は,大阪事件以前から,けん銃その他の銃器で現金輸送車等を襲撃した強盗事件に関する新聞記事や,新型の現金輸送車を紹介する新聞記事を,複数収集し,Y2宅で保管していた。
さらに,被告人は,大阪事件当日の午後1時30分ころから午後3時30分ころまでの間に大阪市内の主要駅で販売されるなどした,大阪事件に関する記事が掲載されている新聞を購入し,これをY2宅で保管していた。
イ 以上によると,被告人は,大阪事件以前から,大阪事件と同様の現金輸送車を対象とするけん銃強盗事件に強い関心を有していた上,大阪事件そのものにも同様に強い関心を有していたといえる。
なお,被告人は,大阪事件が掲載された新聞を購入した理由について,「Xによる現金輸送車の動向調査が間違いであったことを指摘する際の証拠として,車載無線番号129のワンボックスタイプの現金輸送車の写真が掲載された新聞を購入した。」旨を供述するが,上記(1)イで説示したとおり,被告人が現金輸送車の動向調査結果についてXに誤りを指摘しようとしていたとの供述は信用できないから,上記新聞購入の理由に関する被告人供述も同様に信用できない。
(6) 被告人は,けん銃等に対する執着心を有しており,射撃経験も豊富で,高度な専門的知識を有していること
被告人は10歳ころに初めて射撃を経験し,1990年代前後から平成12年ないし13年ころまで,アメリカに渡航した際には射撃練習を行っていたほか,平成12年ころには,奈良県内の山中において,射撃練習をしたことがあった旨を供述している。このことに,被告人が,捜査段階において,本件けん銃を含むけん銃すべてについて,入手時期や特徴等を詳細に説明していたこと,大阪事件の銃器鑑定を実施した技術吏員らに対して,専門的な事項について自ら詳細な反対尋問を行ったこと,判示第3のとおり,極めて大量のけん銃等や適合実包を隠匿所持していたことを併せて考慮すると,被告人は一般人に比較してけん銃等に対する執着心を有しており,射撃経験や高度の専門的知識に照らしても,大阪事件の犯人像に相反しないといえる。
4 被告人が供述する大阪事件の犯人像の当否
(1) 被告人は,大阪事件の犯人像について,「犯人は,ジュラルミンケースの下に見えた被害者のくるぶし辺りを狙ったのだと思う。しかし,発射する瞬間に,ジュラルミンケースから左膝が覗いて見えたのでわずかに銃口を上げて撃ったか,その分だけ銃口が上にぶれたために,左膝に命中したのだと思う。このような卓抜した射撃技量を有するのは,かつて私と共に武装組織トクギ(特別義勇隊の略称)を結成しようと計画していた人物であるXしか考えられない。Xが卓抜した射撃技量を有すると知っているのは,具体的には言えないが,Xがある事件を起こしていると知っていることと,ターゲットレンジャーという室内での射撃訓練用具を使っているのを見たことが理由である。昔の同志を裏切ることになるので,Xの本名,年齢,住所,職業等を言うことはできない。私は,本件けん銃を1990年代初めにXに渡し,平成12年ころ,Xから,解体されて銃身や抽筒子等がない状態の本件けん銃を受け戻した。Y2宅にあった抽筒子は,Xが加工して持ってきたものである。平成13年10月5日当時,本件けん銃は,使用不能の銃なので,それが犯行に使用される可能性は絶無である。本件薬きょうは,トクギの武器に使うための弾薬として,私がXに渡していたマレーシア国営工場製造のものである。したがって,Xは,私のところに持ってくるまでの間に,本件けん銃を試射して,打ち殻薬きょうを回収したのだと思われる。Xは,発射地点を明らかにして射撃の腕前を誇示するために本件薬きょうを置いたのだと思う。本件弾丸の腔旋痕の特徴は,D社の製品に似ており,Xは,回転弾倉式けん銃のD社製パイソンを愛好していたので,それを使ったのではないか。D社製パイソンでは,9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包を発射できないが,Xは,簡単な改造によって,何種類もの弾薬を使えるようにしてあると自慢していた。Xにとって,大阪事件では,金は二の次だったと思う。」旨を供述する。
(2) そこで,被告人の上記供述の信用性を検討する。
ア まず,射撃の腕前を誇示するために本件薬きょうを現場に置いたとする点は,あえて重罪を犯し,刑事責任を追及される危険を冒してまで,なぜ,そして,誰に対して,射撃能力を誇示しなければならないのかが全く不明であり,その内容自体いかにも不合理といわざるを得ない。また,大阪事件で使用された本件弾丸は,口径9mmルガー型自動装てん式けん銃用実包の弾丸であるから,自動装てん式けん銃から撃発,排きょうされたものとみるのが自然であり,そうだとすれば,打ち殻薬きょうが射撃地点周辺に落下するのであるから,あえて射撃地点を明示するために本件薬きょうを置く必要性は著しく乏しい。さらに,そもそも大阪事件は,現金輸送車を襲撃して現金を強取した事件であり,射撃能力を誇示するために敢行したとは考えられない。
イ 次に,犯人の射撃能力の点について検討する。
Vが被弾直後に初めて犯人を見た時点における犯人との距離は,約12.5メートルないし13.1メートルであった。そして,Vに生じた傷口は,起立時に地表から約40センチメートルの位置にあるところ,Vがジュラルミンケースを持って起立すると,同ケースの底面は地表から約35センチメートルになることもある。したがって,Vの被弾位置は,Vが歩行している間は常に犯人側から見えるわけではなく,左膝が前後に動いてジュラルミンケースで覆われなくなるごくわずかな時間ということになる。
このような条件下における射撃の状況について,大阪府警察本部の警察官として他の警察官のけん銃射撃訓練を指導する業務等を行っているZ4は,「私は,大阪府警において,けん銃特別訓練員となっていたこともあるが,それほどの技量を有していても,上記の条件でジュラルミンケースの下に見える被害者の足を狙って撃ち,弾丸を命中させる確率は2分の1程度で,一般の警察官であればその確率は10分の1以下になると思う。さらに,ジュラルミンケースの前方から被害者の左足が見えるようになるのを見計らって,被害者の膝から下の辺りを撃つことは,より困難であり,あらゆる体の部位の中で最も狙いづらい部位だと考える。私が撃っても,2分の1も命中しないと思う。ジュラルミンケースの前方から見え隠れする膝を狙うのは不自然である。」旨を証言している。この証言は,対象物を狙うこと自体が相当困難であるという客観的状況に整合するもので,その信用性を疑わせるに足りる事情は見当たらない。
そうすると,大阪事件においては,結果的に弾丸が左膝部に命中したにすぎないとみるのが,むしろ自然であるから,犯人が射撃の名手であるとする被告人の供述は,その前提に相当疑問がある。
のみならず,Xが卓抜した射撃技能を有するとして被告人が挙げる理由も,具体性に欠けるか,説得力に乏しいものである。
ウ したがって,大阪事件の犯人像に関する被告人供述は採用できない。
このように,被告人が不合理な犯人像を仕立て上げる点も,自らが大阪事件の犯人であることを不当に隠ぺいしようとしていると推認することができる。
5 その余の弁護人の主張の当否
(1) IガレージでXの配下の者が目撃されていた旨の主張について
ア 弁護人は,Iガレージ所有者の妻であるY4の証言によると,被告人が供述するとおり,Xの配下と思われる者がIガレージに出入りしていたことが認められ,被告人以外の者が大阪事件に関与していることを疑わせる旨を主張する。
イ Y4は,「Iガレージの13番枠から白っぽい車に乗ったγ(契約時に被告人が用いた姓)が出て行くところを見た。そのときのγの顔が,契約時のγの顔と同じであったかどうかははっきりしない。γはいつもスーツ姿であったが,そのときはスーツ姿ではなかったため,えらい若く見えた。このときにγを見たのは一,二秒のことである。」旨を証言する。
Y4は,被告人が賃借していたIガレージの13番枠や5番枠周辺で被告人以外の者を見かけたと証言しているわけではないし,ほんのわずかな時間しか目撃していないことからすると,服装等から被告人の外貌が若く感じたとしても不自然ではない。結局,Y4の証言から,被告人以外の者がIガレージにいたとうかがい知ることはできない。なお,被告人は,Y4から,若い人が出入りしていたと告げられた旨を供述するが,Y4はそのようなことを話した記憶はない旨を証言している。
したがって,弁護人の上記主張は前提を欠くもので,採用できない。
(2) 犯人目撃証言に関する主張について
ア 弁護人は,大阪事件の犯人目撃証言中からは,被告人以外の犯人像が浮かび上がる旨を主張する。
イ 目撃者の証言内容
(ア) Vは,犯人の特徴について,下記のとおり証言する。
銃撃を受けて倒れた際に見た犯人は,上下とも黒っぽい服で,やや四角い濃い目のサングラスをかけていた上,大きな白いマスクをしていたため,顔の輪郭は確認できなかった。また,野球の帽子のような黒っぽい帽子をかぶっていた。私より小さく見えたので,身長は160センチメートル前後ぐらいと思う。男の動作が俊敏ではなかったため,50歳くらいと思った。
警察から犯人と思しき男が来ているからと言われて,平成16年6月に府警本部で被告人を見た際には,犯人と似ていると思った。
(イ) Y5は,大阪事件の直前,本件現場である駐車場内の赤色移動式消火設備付近にいた男について,次のとおり証言する。
男の身長は約160センチメートルで,155センチメートルの私より少し背が高かった。男は,グレーかブルーの少し暗い色の上下作業着らしきものを着ていた。男の顔の右側を見たが,帽子,眼鏡,マスクは着用しておらず,顔色は浅黒く,頭髪は短めであるものの薄くはなかったと思う。年齢は,50歳から60歳くらいのようで若くはなく,体型は中肉中背で割と細く見えた。もっとも,私が男の顔を見ていたのは数秒程度であった。
私は,平成16年5月7日,写真面割をしたが,分からないと答えた。法廷の被告人を見ても,似ているかどうか分からない。
(ウ) Y1は,大阪事件の前後,本件現場付近で見かけた男について,次のとおり証言する。
私は,大阪事件の発射音を聞く前に,本件現場の駐車場内に,体格よりも少し大きめの黒っぽい作業服を着た男を見かけた。男は,消火栓のボックスに右肩をくっつけた状態で,駐車場の方を見て立っていた。ほんの1秒程度,後ろ姿を見ただけなので,男が帽子,サングラス,マスクを着用していたかどうかは分からない。年格好は若くなく,少し猫背でやつれた感じだったので,年齢は50歳から65歳くらいのように見えた。身長は,160センチ前後で中肉中背だった。
バンという音がしたので,駐車場に行くと,その男を正面から見る形となった。男は,黒っぽいキャップ帽に,黒っぽいサングラス,白いマスクを着用していた。男は,ジュラルミンケースを右手に持って,駐車場の南東出入口から道路を横断し,停車してあった白い軽四輪自動車の後部ドアを開けてジュラルミンケースを中に積み込んだ上,その自動車で北方に向かって走り去った。
平成16年6月ころ,府警本部に「ちょっと見てほしい人がいる。」と呼ばれて行き,マジックミラー越しに被告人を見たところ,犯人と背格好がとてもよく似ていた。もっとも,犯人の顔の印象はない。
ウ これらの目撃証言について検討する。
まず,上記各証言における犯人の身長と被告人の身長とはほぼ一致する。また,Y5の証言については,大阪事件前に,H銀行h支店の行員として,又はIガレージの所有者として,被告人と面識があった者が,当時の被告人は逮捕後の被告人よりも色が黒かった旨供述していることと,整合こそするものの矛盾するものではない。一方,上記目撃者は,犯人を凝視したわけではないから,その記憶が曖昧であっても不自然ではない。そして,70歳を超える者がけん銃を使用する銀行強盗をするはずがないという先入観によって年齢認識に誤差が生じたことも十分考えられるところである。
したがって,上記各目撃証言を根拠として,犯人と被告人とが異なるということはできない。
(3) ミトコンドリアDNA鑑定に関する主張について
ア 弁護人は,被告人が所有するけん銃から複数名の人物のものと思われるミトコンドリアDNAが検出され,本件けん銃からも被告人以外の人物のものと思われるミトコンドリアDNAが検出されたとして,大阪事件は被告人以外の人物が実行したことをうかがわせるものである旨を主張する。
イ この点,上記鑑定を行ったZ5の証言中にも,本件けん銃からは被告人以外の人物が接触した可能性をうかがわせるミトコンドリアDNAの塩基配列が検出されたとする部分がある。しかし,ミトコンドリアDNAは,乾燥状態にあれば相当以前のものも検出できること,被告人が関わっていたとするトクギなる組織では,複数の者が本件けん銃その他のけん銃に接触する機会があると推認されることに照らすと,本件けん銃から被告人以外の人物のミトコンドリアDNAが検出されたとしても,そのことから直ちに被告人以外の人物が本件けん銃で大阪事件を敢行したのではないかとの疑いが生じるとはいえない。
よって,弁護人の上記主張は採用できない。
(4) 被告人の視力に関する主張について
ア 弁護人は,大阪事件当時の被告人の裸眼視力は0.2程度であるが,これでは12メートルないし13メートル離れた地点にいる人がどのような状態にあるのかを詳細に判別することは困難である上,犯人はサングラスをしていて被害者を視認しにくい状況にあったのであるから,移動し始めた被害者の身体を狙ってけん銃を発射し,弾丸を命中させることは不可能であるなどとして,被告人は大阪事件の犯人ではない旨を主張する。
イ この点,Z4は,射撃の命中精度と視力との関係について,「射撃の命中精度は,けん銃の照星と照門をいかに合わせられるかという点にある。したがって,仮に視力が0.1であったとしても,手を伸ばした状態で照星と照門を認識できるのであれば,13.1メートル離れた対象の肩とか腰とかに当てることは可能だと思う。」旨を供述する。また,被告人自身も,「平成13年から14年にかけての冬に,約20メートル先の静止標的を狙ってけん銃を発射したところ,直径約3センチメートルないし4センチメートルの範囲内にほぼ命中した。」旨を供述していることや,被告人がY2宅で老眼鏡を兼ねたサングラスを所持していたことも認められる。これらに照らすと,被告人が矯正機能を有するサングラスを着用し,移動し始めた被害者Vを認識してけん銃を発射することは,十分想定できる。
よって,被告人の視力は被告人が大阪事件の犯人であるとの認定の妨げになるものではない。
(5) 被告人が別に敢行した現金輸送車襲撃事件との相違に関する主張について
ア 弁護人は,被告人は,平成14年11月22日,名古屋市(以下略)の株式会社K銀行k支店内駐車場において,けん銃を使用して現金輸送車を襲撃するという強盗致傷事件(以下「名古屋事件」という。)を敢行したが,これと大阪事件との間には共通性がない旨を主張する。
イ 確かに,被告人は,名古屋事件においては,現金輸送車の動向を確認するための小型カメラを設置するなど,大阪事件との間に少なからず相違点があると認められる。しかし,大阪事件と名古屋事件との間には,現金輸送車を待ち伏せし,けん銃を発射して現金を強取するという基本的な部分で共通性がある。名古屋事件において綿密に計画したのは,大阪事件の経験を踏まえた結果によるものとみることも可能である。
したがって,弁護人の上記主張は,被告人が大阪事件の犯人であるとの認定の妨げになるものではない。
6 被告人と大阪事件の犯人との同一性に関する総合評価
大阪事件で使用されたけん銃は,被告人が所有し所持していた本件けん銃である。そして,被告人は,大阪事件当日,大阪事件後の時間帯に,本件けん銃等銃器類の一部の保管場所であった可能性が高い大阪市内のH貸金庫を開閉しているところ,本件現場から軽四輪自動車でIガレージまで逃走して,電車で上記貸金庫の開閉時間までに同貸金庫のあるH銀行h支店へ行くことは可能であるから,被告人が大阪事件を敢行することは客観的に可能であり,この段階で被告人が本件けん銃を使用して大阪事件を敢行したことが強く推認される。加えて,被告人は,公判廷において,本件けん銃に交換銃身を装着したことを,明確かつ断定的に繰り返し否定していたにもかかわらず,審理の終盤に至って明確な証拠が現れるや,供述を変遷させているが,このことは,上記推認をさらに強めるものであるし,被告人が大阪事件の実行犯であることの強力な裏付けにもなる。
さらに,被告人が本件以前から,大阪事件の現金輸送車を含めて,a支店に出入りしあるいはその付近を行き交う現金輸送車に相当な関心を有していたこと,大阪事件当日から大阪事件に強い関心を有していたこと,犯行使用車両に装着された自動車のナンバープレートと被告人とのつながりがうかがわれることなど,被告人が大阪事件を敢行したと積極的に推認させる事情がある。その反面,Xらが関与したなどという被告人の供述は信用することができず,また,犯人目撃証言,本件けん銃に付着していたミトコンドリアDNA,被告人の視力を検討しても,被告人を犯人と認定することの妨げにはならない。
これに対し,弁護人は,被告人が犯人であるとすると,大阪事件の1年8か月も前からIガレージを賃借し,1年10か月も前からa支店への現金輸送車の動向を確認し,1年9か月以上も前に犯行に使用するナンバープレートを窃取するなど,綿密な準備をしていたにもかかわらず,被害者に必ず命中させられるような位置からけん銃を発射しなかったことになり,犯人像として統一性に欠ける旨を主張する。しかし,現場で待ち伏せをしてけん銃を発射して現金を強取した後,ガレージまで自動車で逃走し,その直後にけん銃を保管場所に隠匿したものと推認される大阪事件の全体をみれば,計画的ということができるし,被告人なりにけん銃の技能に自信を有していたと認められることに照らすと,被告人が単独で大阪事件を敢行したとみても何ら統一性に欠けるものではない。
以上の事情を総合考慮すると,被告人が大阪事件の犯人であることは,合理的な疑いを容れる余地なく認定できるというべきである。
第3殺意の有無
1 関係各証拠によれば,次の事実を認めることができる。
被告人は,現金輸送車を待ち伏せした上,自動装てん式けん銃を使用して,少なくとも,Vから,約12.5メートルないし13.1メートル離れた場所において,被告人から見て,右から左へ移動中のVへ向けて,弾丸を発射した(上記第2)。
被告人は,転倒したVの近くまでゆっくり歩いていき,a支店の通用口に向かってほふく前進をしていたVを尻目に,Vが運んでいて現金輸送車付近に置き去りとなった現金入りのジュラルミンケースを取り上げた上,本件現場付近に停車させていた軽四輪自動車で逃走した。
被告人の本件犯行の結果,Vは,加療約1年5か月間を要する左下腿開放性骨折,貫通銃創の傷害を負った。一般に,膝より下部に弾丸が命中しても死亡することはまれであるが,膝より上部に弾丸が命中した場合には死亡することがある。
平成13年10月15日における被告人の裸眼視力は,0.2ぐらいであり,12メートルないし13メートル離れた地点に人がいることは判別できるものの,顔を識別することは困難で,顔がどの方向に向いているのかを認識できる程度である。
Vが被弾した際の条件で,Vの負傷部位を狙って命中させることは,Z4のようなけん銃特別訓練員クラスの技量をもってしても,非常に困難である(上記第2の4(2)イ)。被告人自身も,大阪事件当時,本件薬きょうが落ちていた地点,すなわちVから約17.5メートル離れた地点から,Vに対し致命傷を与えることなく,その体に弾丸を命中させることができるほどの技量を有していたかを問われて,「Z4くらいの腕がなければ,動いている人間に真横から当てることは困難である。」「仮に私が犯人であるとすれば,どこに当たるか分からないが,取りあえず動いている者の方に向けて撃ったことにしかならない。」旨を供述している。
2 検討
以上の事実関係からは,被告人は,現金輸送車を襲撃して現金を強奪することに大きな関心を有していて,そのためにはVに向けてけん銃を発射する必要があったこと,しかし,被告人が,Vの生命に危険が及ばないよう,動いているVの膝より下部に弾丸を命中させることは困難であり,弾道がずれたならば身体の枢要部にも弾丸が当たり得る状況であって,被告人もこれを認識していたこと,被告人は,Vに弾丸が命中した後も,特にあわてることなく現金の入ったジュラルミンケースを持って逃走したことが認められる。これらを前提とすると,被告人は,少なくとも,Vが死亡するかもしれないことを認識できたはずであり,それにもかかわらず発射した以上,少なくとも未必の殺意を肯定することができる。
もっとも,被告人は,Vが負傷して転倒した後に,Vの付近まで歩み寄りながら,さらなる発射行為をしていないことからすると,確定的殺意があったと認めるには合理的な疑いが残る。
よって,被告人には,未必の殺意が存在したと認定した。
(確定裁判)
省略
(法令の適用)
省略
なお,本件現場である駐車場は,a支店の利用客が駐車したり近隣住民が通行したりする場所であるから,不特定若しくは多数の者の用に供される場所であることは明らかであり,被告人の判示第1の所為はけん銃発射罪にも該当する。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,現金を強取する目的で,現金輸送車の警備員に対し,死亡させるかも知れないと認識しながらあえてけん銃を発射して命中させ,現金500万円を強取したものの,警備員を殺害するには至らなかったという強盗殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反(けん銃発射,けん銃加重所持)の事案(判示第1,第2),貸金庫内に銃器類等を多量に保管していたという銃砲刀剣類等取締法違反(けん銃加重所持,けん銃部品所持,けん銃実包所持)及び火薬取締法違反(火薬類所持)の事案(判示第3)である。
判示第1,第2の犯行は,けん銃を発射して現金輸送車を襲撃し,現金を強取したもので,犯行に至る経緯に酌むべきものがあるとはおよそ認められず,極めて危険かつ凶悪な犯行態様である。被告人は,銀行に出入りする現金輸送車の調査結果に基づき,犯行に必要不可欠なけん銃や逃走用車両を準備し,犯行直後にそれらを隠匿して完全犯罪を目論んでいたものと推認され,周到な計画に基づく犯行といえる。現金輸送業務に従事していた被害者は,弾丸が左膝付近を貫通して,加療約1年5か月間を要する重傷を負っており,その結果が重大なことは明らかである。被害者の被弾時やその後の治療時における肉体的苦痛はもとより,被害直後に被告人がけん銃を構えて近付いてきたときの恐怖感や,治療に伴う精神的な苦痛も甚大なものであったとうかがわれる。しかるに,被告人は被害弁償はもちろんのこと,謝罪すらしていないのであるから,被害者が厳しい処罰感情を有しているのも無理のないところである。被告人は,反社会性の高い犯罪により500万円を不法に利得しており,この結果の重大性も看過できない。本件は,白昼に不特定の者が出入りする屋外駐車場において,けん銃を発射して敢行された凶悪事件であり,近隣住民らに与えた不安感も軽視できない。被告人が,大阪事件の犯人であるという明白な証拠を突き付けられてもなお不合理な弁解に終始し,反省の態度を見せようとしないのは,甚だ遺憾である。
判示第3の犯行は,被告人が,同志らと秘密の武装組織を結成するなどの目的で収集した銃器類等を,武装組織結成の計画が挫折した後も捨て切れずに所持していたというのであるが,暴力により自己の独善的な思想を実現しようというそもそもの発想は反社会性が強い上,犯行の背景には銃器類に対する被告人の根強い執着心があり,犯行に至る経緯,動機に,酌量の余地は全くない。被告人は,殺傷能力の高いけん銃をその適合実包とともに極めて大量に所持していたもので,危険な犯行態様である。
被告人は,昭和31年に,警察官を射殺するなどの凶悪重大事件を敢行し,殺人,銃砲刀剣類等所持取締令違反等の罪で無期懲役刑の判決を受け,昭和51年3月に仮釈放されるまで受刑した経験がある。しかし,被告人は,昭和61年11月にその刑の執行免除の恩典を受けてほどなくして,判示第1,第2に係るけん銃をアメリカ合衆国で入手したほか,反社会性の高い動機に基づき大量のけん銃やその適合実包を所持するに至った。そして,被告人は,判示第1,第2の凶悪事件を敢行した後も,反省自戒することなく,前記確定裁判に記載したとおり,けん銃を使用した現金輸送車襲撃事件を敢行しているのである。このように,被告人の法秩序を無視し,他人の生命,身体を軽んずる態度には強固なものがあり,更生を期待することは著しく困難である。
被告人の刑事責任は重大である。
他方,判示第1の犯行における殺意は未必的なものにとどまること,被告人は,判示第3の犯行については認める供述をしていること,前記確定裁判に記載したとおり,判示の各罪と併合罪関係にある強盗致傷及び銃砲刀剣類所持等取締法違反の事実については懲役15年の刑が確定し,現在受刑中であること,被告人なりに判示第1,第2の犯行を後悔しているようにうかがわれること,被告人の年齢から,今後社会復帰する可能性は大きくないことなど,被告人のために酌むべき事情もある。
しかし,判示第1ないし第3の各犯行の重大性,被告人の強固な反社会的態度に照らすと,本件において被告人を無期懲役に処することはやむを得ないというべきである。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 無期懲役 押収してあるけん銃10丁,けん銃部品1式,けん銃用実包957発,実包8発,散弾銃用実包19発,ライフル用実包22発,薬きょう1個及び弾丸1個の各没収)
(裁判長裁判官 西田眞基 裁判官 千賀卓郎 裁判官 野口登貴子)