大阪地方裁判所 平成16年(モ)3162号 決定 2004年10月13日
申立人ら
株式会社宮崎工務店
他461名
相手方
日本銀行
主文
相手方は、平成一六年一〇月二五日までに、相手方が平成一四年一月一〇日に被告相互信用金庫に送付した所見通知の控えの写しのうち、別紙記載の箇所(融資先企業の業種の記載を除く。)を提出せよ。
理由
第一申立ての趣旨及び理由
一 申立ての趣旨
相手方は、相手方が平成一四年一月一〇日に被告相互信用金庫に送付した所見通知(以下「本件対象文書」という。)を提出せよ。
二 申立ての理由
(1) 被告国の近畿財務局は、平成一三年一二月二一日、被告相互信用金庫の財務内容等に関する検査(以下「平成一三年三月末日基準検査」という。)に着手し、平成一四年一月二三日にこれを終了したが、その結果を出すに際し、相手方に提出させた(日本銀行法四四条三項参照)本件対象文書(相手方が実施した被告相互信用金庫の財務内容等に関する考査(以下「本件日銀考査」という。)の結果を記載したもの)の内容に誘導され、又はその内容に大きな影響を受けたことは明らかであるから、本件対象文書は、被告国による平成一三年三月末日基準検査が恣意的で違法なものであったことを立証する有力な間接証拠である。
(2) 被告相互信用金庫は、本件日銀考査の結果、当時の被告相互信用金庫の自己査定が違法、不当と評価されるべきものであったこと、又は違法、不当と評価される可能性のある不安定なものであったことが明らかとなったにもかかわらず、出資者に対してこのような事情を説明することなく出資金増強のための出資勧誘に奔走していた。したがって、被告相互信用金庫による出資勧誘行為の違法性を立証するためには、本件日銀考査により明らかとなった当時の被告相互信用金庫の資産状況を検証する必要がある。
(3) 本件対象文書は、「第一九七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」(民事訴訟法(以下「法」という。)二二〇条四号ハ)に該当しないから、相手方には法二二〇条四号本文に基づく文書提出義務がある。
(4) よって、申立人らは、被告相互信用金庫の出資勧誘行為に詐欺等の違法があったこと、近畿財務局による平成一三年三月末日基準検査が恣意的で違法なものであったことを立証するため、相手方が保管する本件対象文書の提出を求める。
第二相手方の主張
以下の理由により、本件対象文書は、法二二〇条四号ハ所定の、法一九七条一項三号に規定する「職業の秘密」に関する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書に該当するので、本件対象文書の控えの提出義務はない。
一 相手方が金融機関に対して行う財務内容等に関する考査(以下「日銀考査」という。)は、考査において相手方に提供した情報が公にされることはないという信頼関係のもとで、金融機関が相手方に対し自発的かつ積極的な情報提供を行うことによってその効果を発揮することができるところ、相手方が本件対象文書を提出し、その内容が公表されてしまうと、金融機関と相手方との信頼関係が崩れ、今後の日銀考査において相手方が金融機関から十分な情報提供を受けることができなくなり、その結果、相手方による今後の日銀考査の遂行に支障が生じるおそれが大きい。特に、相手方は金融機関から強制的に情報収集をする手段を有しないから、金融機関からの自発的かつ積極的な情報提供に依るところは大きいものがある。さらに、日銀考査では、金融機関が保管している帳簿、稟議書等のチェックだけでなく、重要な意思決定の過程における金融機関内部での議論の実態等について、役職員から自発的かつ十分な情報を得ることも重要になっているところ、考査結果が公表されてしまうとこのような情報を得ることも困難になる。このように、本件対象文書が公表されると、日銀考査の遂行に支障を生じるおそれが非常に大きい。
二 金融システムは、個々の金融機関等が、各種取引や決済ネットワークにおける資金決済を通じて、相互に網の目のように結ばれているので、一か所で起きた支払不能等の影響が、決済システムや市場を通じて連鎖して波及する危険がある。仮に金融機関が相手方に対して自発的かつ積極的な情報提供をしなくなると、日銀考査において相手方が金融機関の経営実態を正確に把握することが困難になり、相手方の業務等を迅速、的確に遂行することに重大な支障が生じるので、個別金融機関の破綻等といった事態に繋がり、ひいては金融システム全体の安定性を維持できなくなるおそれがある。
三 本件対象文書には、考査対象である金融機関の経営内容だけでなく、当該金融機関の特定業種向け融資の実情や、大口融資先企業の返済能力に対する当該金融機関の判断と本件日銀考査におけるその修正状況等が明確に記述されており、これが公表されてしまうと、融資先企業の資金調達等が困難になるなど、融資先企業等の権利を害するおそれがある。
四 相手方は、日本銀行法二九条の規定や、同法施行令一一条を踏まえて定められた考査に関する契約書一二条一項の規定(以下「本件守秘義務契約」という。)に基づき、金融庁長官への提出等正当な理由がある場合を除き、被告相互信用金庫に対し考査結果について守秘義務を負っている。被告相互信用金庫のように破綻した金融機関のケースであっても、法人として存続している以上、相手方は被告相互信用金庫に対する守秘義務を引き続き負っている。
第三当裁判所の判断
一 事案の概要
本案は、平成一四年三月の被告相互信用金庫の経営破綻により、被告相互信用金庫の出資者である申立人らにおいて出資金の返還を受けることができなくなったところ、被告相互信用金庫の出資勧誘行為には詐欺等の違法があり、被告国にはその違法な勧誘行為を放置したほか、被告相互信用金庫が有する貸金債権の実質的資産価値を評価するにあたり恣意的な評価を行ったことによって被告相互信用金庫を経営破綻に追い込んだ違法があるとして、被告相互信用金庫に対しては不法行為に基づく損害賠償を、被告国に対しては国家賠償法に基づく損害賠償又は憲法二九条三項に基づく損失補償をそれぞれ求めたものである。本件申立ては、被告相互信用金庫が詐欺的方法により出資の勧誘をしたこと、平成一三年三月末日基準検査が恣意的な方法でされたことを立証するため、被告相互信用金庫の当時の資産状況及び被告国が平成一三年三月末日基準検査を行うに際して大きな影響を受けたと考えられる本件日銀考査の内容を明らかにする必要があり、これらの立証のため、法二二〇条四号本文に該当するとして、相手方が所持する本件対象文書の提出を求めたものである。
二 証拠としての必要性について
本件対象文書は、相手方が被告相互信用金庫に対して平成一三年一一月二九日から同年一二月一四日まで実施した本件日銀考査の結果を記載し、被告相互信用金庫に対して平成一四年一月一〇日に送付されたものである。この文書には、相手方が被告相互信用金庫の資産状況等を分析、評価した結果が記載されており、また、相手方は被告国の金融庁の求めに応じてこれを提出しなければならないとされていることから(日本銀行法四四条三項参照)、被告国が被告相互信用金庫に対する金融検査に際してこれを参照した蓋然性も高いと考えられる。そうであるとすれば、本件対象文書のうち別紙記載の箇所(以下「本件対象箇所」という。)には、相手方が被告相互信用金庫の有する貸金債権の実質的価値を評価したものが記載されていると考えられることから、本件日銀考査の内容を立証する証拠として重要であって、被告国による平成一三年三月末日基準検査が恣意的で違法なものであったか否かを判断するためには、その取調べの必要性が高いというべきである。
三 法二二〇条四号ハ該当性について
相手方は、本件対象文書が法二二〇条四号ハの文書に該当すると主張するので、その当否について検討する。法二二〇条四号ハが引用する法一九七条一項三号に規定する「職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解される(最高裁判所第一小法廷平成一二年三月一〇日決定・民集五四巻三号一〇七三頁参照)ところ、本件対象箇所が公表されると、以後の相手方、被告相互信用金庫及びその融資先企業の業務の遂行が困難になるかについてそれぞれ検討する。
(1) まず、相手方の業務の遂行が困難になるかをみてみると、たしかに、未だ経営破綻していない金融機関に関する考査結果が公表された場合を想定したとき、これにより、当該金融機関の取引先等の過剰な反応を招き、また市民の憶測、風評を呼ぶなどして、その経営状態が悪化し、経営破綻に至るという可能性も十分にあると考えられる。そうであるとすると、未だ経営破綻していない金融機関に対する考査結果が公表された場合、他の金融機関において、考査結果が将来公表された場合の事態の展開を危惧し、その後の日銀考査に対して自発的、積極的な情報提供を控えるようになることは想像に難くなく、その結果、以後の日銀考査の遂行が困難になることも十分予想されるところである。したがって、未だ経営破綻していない金融機関に関する考査結果が公表されると、相手方の業務の遂行が困難になるというべきである。
他方、未だ経営破綻していない金融機関に関する考査結果が公表されないのであれば、既に経営破綻した金融機関に関する考査結果が公表されたからといって、その他の金融機関において、未だ経営破綻していない金融機関に関する考査結果が公表される場合のような危惧から情報提供を控えるようになる事態は考えられないというべきである。もっとも、既に経営破綻した金融機関に関する考査結果が公表されることになるとすると、将来経営破綻した場合に考査結果が公表され、その考査結果に基づいて自己の経営責任を問われることを危惧して、金融機関の経営者らが日銀考査に対して自発的、積極的な情報提供を控えるようになるという可能性は一概に否定できないところである。しかし、この可能性を考慮して、日銀考査遂行上の困難性を判断することは、経営破綻した金融機関の経営者の経営責任を問う根拠となる情報を相手方が入手しても、その情報を相手方のもとにとどめておかなければならないという前提に立つものであるところ、そのような情報を相手方において秘匿することは関係者の利益を著しく害するものであって、許されることではないというべきである。相手方が考査結果を公表しないことによって保護されるべき利益は、金融機関及びその融資先の信用等であって、経営破綻した金融機関において経営責任を問われるべき経営者がその根拠となる情報を公表されないことによって経営責任を問われなくなるという利益は、相手方が考査結果を公表しないことによって保護されるべき利益にはあたらないと解するのが相当である。
そうであるとすれば、既に経営破綻した金融機関に関する考査結果が公表されても、相手方の業務の遂行が困難になることはないというべきである。
なお、相手方は、考査結果を公表した場合、相手方が業務を迅速的確に遂行することに重大な支障が生じ、ひいては金融システム全体の安定性を維持できなくなる旨主張するが、前記のとおり、相手方が業務を迅速的確に遂行することに重大な支障が生じることはないから、このような主張は失当である。
(2) 融資先企業の業務の遂行が困難になるかをみてみると、本件対象箇所には、考査対象である金融機関の経営内容として、当該金融機関の特定業種向け融資の実情や、大口融資先企業の返済能力に対する当該金融機関の判断と日銀考査におけるその修正状況等が明確に記載されていることから、本件対象箇所の全部が公表されてしまうと、融資先企業の資金調達に支障をきたすなど、融資先企業の業務の遂行が困難になるものと考えられる。しかし、融資先企業の業種を除いて文書提出命令を発すれば、融資先企業が特定されることはなく、上記の支障が生じる可能性はないというべきであるから、秘密保護の要請は充足されているというべきである。
(3) 被告相互信用金庫の業務の遂行が困難になるかを検討すると、被告相互信用金庫は既に経営破綻しているのであるから、本件対象箇所を被告相互信用金庫の職業の秘密として保護すべき必要性はないというべきである。
(4) したがって、本件対象箇所のうち、融資先企業の業種の記載部分は法二二〇条四号ハの文書に該当するが、それを除く部分は、法二二〇条四号ハの文書にはあたらないというべきである。
四 結論
以上のとおりであり、また、被告相互信用金庫と相手方が本件守秘義務契約を締結しているために、申立人らにおいて相手方から上記文書の任意提出を求めることは困難であって、文書提出命令以外の方法によってこれを入手することはできないと考えられるから、上記文書につき提出を命ずることが相当である。
よって、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 佐賀義史 裁判官 古谷恭一郎 児玉禎治)
<以下省略>