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大阪地方裁判所 平成16年(ワ)12777号 判決 2006年9月29日

主文

1(1)  原告の被告ライフに対する債務不存在確認の訴えのうち,別表1契約内容一覧表記載契約番号30の立替払契約に基づく金65万円の立替払債務が存在しないことの確認を求める部分を却下する。

(2)  原告の被告ライフに対する地位確認の訴えのうち,別表1契約内容一覧表記載契約番号30の立替払契約に基づく割賦金元本の請求を受けた場合にこれを拒絶することができる地位にあることの確認を求める部分を却下する。

2(1)  原告と被告千扇之会との間で,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号31ないし33の割賦販売契約に基づく原告の同被告に対する同別表「未払金」欄各記載の合計157万9300円の売買代金債務及び分割手数料債務が存在しないことを確認する。

(2)  原告と被告室生扇山との間で,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号36の売買契約に基づく原告の同被告に対する同別表「未払金」欄記載の1万5750円の売買代金債務が存在しないことを確認する。

3(1)  原告の被告セントラルに対する請求を棄却する。

(2)  原告の被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス及び被告ライフに対する主位的請求(主文第1項(1)の部分を除く。)をいずれも棄却する。

(3)  原告の被告千扇之会及び被告室生扇山に対するその余の主位的請求をいずれも棄却する。

4(1)  原告と被告アプラスとの間で,原告が同被告から,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号6及び7の各立替払契約に基づく同別表「未払金」欄記載の立替金合計51万6000円の請求を受けたときは,その支払を拒絶することができる地位にあることを確認する。

(2)  原告の被告アプラスに対するその余の予備的請求を棄却する。

(3)  原告と被告オリコとの間で,原告が同被告から,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号9ないし14の各立替払契約に基づく同別表「未払金」欄記載の立替金及び分割手数料合計565万1900円の請求を受けたときは,その支払を拒絶することができる地位にあることを確認する。

(4)  原告と被告ジャックスとの間で,原告が同被告から,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号15ないし17の各立替払契約に基づく同別表「未払金」欄記載の立替金及び分割手数料合計79万8400円の請求を受けたときは,その支払を拒絶することができる地位にあることを確認する。

(5)  原告と被告ライフとの間で,原告が同被告から,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号20ないし25,27ないし29の各立替払契約に基づく同別表「未払金」欄記載の立替金及び分割手数料合計382万2020円の請求を受けたときは,その支払を拒絶することができる地位にあることを確認する。

5(1)  被告千扇之会は,原告に対し,金490万9016円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  被告室生扇山は,原告に対し,金57万3975円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  原告の被告千扇之会及び被告室生扇山に対するその余の予備的請求をいずれも棄却する。

6  原告の被告近鉄百貨店に対する請求をいずれも棄却する。

7  訴訟費用は,原告に生じた費用の5分の2,被告アプラス,被告ジャックス,被告オリコ,被告ライフ,被告千扇之会及び被告室生扇山に生じた費用の5分の1,被告セントラルに生じた費用の全部並びに被告近鉄百貨店に生じた費用の全部を原告の負担とし,その余の費用を被告アプラス,被告ジャックス,被告オリコ,被告ライフ,被告千扇之会及び被告室生扇山の連帯負担とする。

8  この判決は,主文第5項(1),(2)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  主位的請求

(1)  原告と被告アプラスとの間で,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表(以下「別表1」という)。記載契約番号2,6及び7の各立替払契約に基づく原告の同被告に対する同一覧表「未払金」欄各記載の合計75万3300円の債務が存在しないことを確認する。

(2)  原告と被告オリコとの間で,原告と同被告との間の別表1の契約番号9ないし14の各立替払契約に基づく原告の同被告に対する同別表「未払金」欄各記載の合計565万1900円の債務が存在しないことを確認する。

(3)  原告と被告ジャックスとの間で,原告と同被告との間の別表1の契約番号15ないし17の各立替払契約に基づく原告の同被告に対する同別表「未払金」欄各記載の合計79万8400円の債務が存在しないことを確認する。

(4)  原告と被告ライフとの間で,原告と同被告との間の別表1の契約番号20ないし25,27ないし30の各立替払契約に基づく原告の同被告に対する同一覧表「未払金」欄各記載の合計447万2020円の債務が存在しないことを確認する。

(5)  主文第2項(1)に同旨

(6)  主文第2項(2)に同旨

(7)  被告アプラス,被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金142万9504円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(8)  被告オリコ,被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金114万5000円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(9)  被告ジャックス,被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金61万9931円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(10)  被告セントラル,被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金39万4800円及びこれに対する平成13年10月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(11)  被告ライフ,被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金196万1650円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(12)  被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金104万4060円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(13)  被告近鉄百貨店は,原告に対し,金519万3877円及びこれに対する平成15年5月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(14)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(15)  仮執行宣言

2  予備的請求

(1)  原告と被告アプラスとの間で,原告が同被告から,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号2,6及び7の各立替払契約に基づく同別表「未払金」欄記載の立替金及び分割手数料合計75万3300円の請求を受けたときは,その支払を拒絶することができる地位にあることを確認する。

(2)  主文第4項(3)に同旨

(3)  主文第4項(4)に同旨

(4)  原告と被告ライフとの間で,原告が同被告から,原告と同被告との間の別表1契約内容一覧表記載契約番号20ないし25,27ないし30の各立替払契約に基づく同別表「未払金」欄記載の立替金及び分割手数料合計447万2020円の請求を受けたときは,その支払を拒絶することができる地位にあることを確認する。

(5)  被告千扇之会及び被告室生扇山は,原告に対し,連帯して金659万4945円及びこれに対する平成15年6月28日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(6)  被告近鉄百貨店は,原告に対し,金519万3877円及びこれに対する平成15年5月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(7)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(8)  仮執行宣言

第2事案の概要

本件は,原告が平成13年6月から平成15年6月にかけて,被告千扇之会及び被告室生扇山(以下「被告千扇之会ら」という。)から,被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス,被告セントラル及び被告ライフ(以下「被告信販会社ら」という。)による立替払を利用するなどして,売買代金合計約1800万円に及ぶ呉服,寝具等を購入し,また,被告近鉄百貨店から,売買代金合計約500万円に及ぶ呉服,宝石,寝具等を購入したことにつき,意思能力欠如又は公序良俗違反による売買契約・立替払契約の無効,被告らの共同不法行為,被告信販会社らへの抗弁権の接続等を主張し,被告らに対し,未払分の売買代金債務・立替金債務等の不存在確認又はその債務の支払を拒絶することのできる地位の確認並びに既払分の売買代金・立替金の返還又は相当額の損害賠償等の支払を求めた事案である。

1  請求内容

(1)  主位的請求(1)項ないし(4)項

原告と被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス及び被告ライフとの間の立替払契約につき,いずれも,①認知症により原告の意思能力が欠如していたから無効である又は②原告の判断能力の低下に乗じてなされた過量販売に付随して過剰与信がなされた契約であり,公序良俗に反し無効であるとして,上記被告らとの間で,立替払契約に基づく立替金及び分割手数料の未払債務が存在しないことの確認を求めるもの

(2)  主位的請求(5)項,(6)項

原告と被告千扇之会らとの間の売買契約及び割賦販売契約につき,いずれも,①認知症により原告の意思能力が欠如していたから無効である又は②’原告の判断能力の低下に乗じてなされた過量販売であり,公序良俗に反し無効であるとして,被告千扇之会らとの間で,売買代金及び分割手数料の未払債務が存在しないことの確認を求めるもの

(3)  主位的請求(7)項ないし(11)項

ア 被告千扇之会ら及び被告信販会社らに対し,原告に商品を販売し,その代金について立替払を利用させた行為につき,共同不法行為が成立するとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,既払の立替金及び分割手数料相当額並びに遅延損害金の支払を求めるもの

イ 被告信販会社らに対し,仮に上記アの不法行為が成立しないとしても,原告との売買契約及び立替払契約が前記(1),(2)のとおり無効であるとして,不当利得による利得金返還請求権に基づき,既払の立替金相当額の返還及び法定利息の支払を求めるもの

(4)  主位的請求(12)項

被告千扇之会らに対し,原告に商品を販売した行為につき,共同不法行為が成立するとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して,既払の売買代金及び分割手数料相当額の損害賠償及び遅延損害金の支払を求めるもの

(5)  主位的請求(13)項

ア 被告近鉄百貨店に対し,原告との売買契約が前記(2)①又は②’の理由で無効であるとして,不当利得による利得金返還請求権に基づき,既払の売買代金の返還及び遅延損害金の支払を求めるもの

イ または,同被告による商品の販売行為につき,不法行為が成立するとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,既払の売買代金相当額及び遅延損害金の支払を求めるもの

(6)  予備的請求(1)項ないし(4)項(主位的請求(1)項ないし(4)項に対応する予備的請求)

被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス及び被告ライフに対し,原告と被告千扇之会らとの間の売買契約が上記(2)①又は②’の理由で無効であるとして,被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス及び被告ライフに対し,割賦販売法30条の4及び信義則に基づき,原告が立替払契約に基づく立替金及び分割手数料の残債務の支払を拒絶できる地位にあることの確認を求めるもの

(7)  予備的請求(5)項(主位的請求(7)項ないし(12)項に対応する予備的請求)

ア 被告千扇之会らに対し,原告に商品を販売した行為につき,共同不法行為が成立するとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,被告千扇之会ら及び被告信販会社らに対する既払の立替金,売買代金及び分割手数料相当額(販社をイージーウェアとするものも含む。)並びに遅延損害金の支払を求めるもの

イ 被告千扇之会らに対し,仮に上記共同不法行為が成立しないとしても,原告との売買契約は前記(2)①又は②’のとおり無効であるとして,不当利得による利得金返還請求権に基づき,被告千扇之会ら及び被告信販会社らに対する既払の立替金,売買代金及び分割手数料の返還及び法定利息の支払を求めるもの

(8)  予備的請求(6)項

主位的請求(13)項と同一の請求(前記(5)に同じ)

2  前提事実(掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を含む。)

(1)  当事者

原告は,大正14年に出生し,平成16年2月12日,大阪家庭裁判所により,成年後見開始決定を受けた成年被後見人である(甲1)。

被告千扇之会は,呉服の販売等を業とする株式会社である。

被告室生扇山は,炭,木酢液,石けん,健康食品及び呉服の販売等を業とする株式会社である。

被告信販会社らは,いずれも物品の割賦購入のあっせん等を業とする株式会社である。

被告近鉄百貨店は,百貨店経営等を業とする株式会社である。

(2)  原告による商品購入等

ア 被告千扇之会ら関係

原告は,別表1の「販社名」欄に「千扇之会」と記載されている件につき,被告千扇之会から,別表1「申込日」欄記載の日,すなわち平成13年6月23日から平成15年6月24日の間に,呉服等の「品名」欄記載の商品を,「合計」欄記載の価格で購入した。

ただし,契約番号30(別表契約番号欄記載のものをいう。以下同じ。)の売買契約については,解約扱いとされている。

また,原告は,別表1の「販社名」欄に「室生扇山」と記載されている件につき,被告室生扇山から,「申込日」欄記載の日,すなわち平成14年7月9日から平成15年4月10日ころにかけて,高級寝具,炭商品等の「品名」欄記載の商品を,「合計」欄記載の価格で購入した。

被告千扇之会からの購入は,契約件数29件,購入代金合計1765万2620円であり,被告室生扇山からの購入は,契約件数8件,購入代金合計82万7925円であり,総額1848万0545円(別表1末尾の合計金額から契約番号30の代金額65万円を差し引いた金額)であった。

原告は,上記購入のうち,別表1「信販会社名」欄に被告信販会社らの名称が記載されているものについて,同被告との間で,「契約日」欄記載の日に,その購入代金につき,「分割手数料」「支払回数」「支払期間」等の欄記載のとおりの約定で,立替払契約を締結した。

また,別表1「信販会社名」欄に「自社クレジット」と記載されているものについては,被告千扇之会との間で,同「分割手数料」「支払回数」「支払期間」等の欄記載の約定で,購入代金を分割で支払うとの合意をし,「信販会社名」欄に何も記載されていないものについては,購入代金を一定の期限までに一括して支払うとの合意をした。

原告は,被告千扇之会及び被告信販会社らに対し,上記売買契約及び上記分割払合意並びに上記立替払契約に基づく売買代金,立替金及び分割手数料として,別表1「既払金」欄記載の金額合計642万3791円を支払済みである。

上記売買代金,立替金及び分割手数料の残債務元本は,別表1「未払金」欄記載の金額のとおりである(被告セントラルについては残債務がない。)。

原告と被告千扇之会らとの間の売買を,売買契約の締結日(立替払契約の申込日)順に並び替えたものが,別表2契約内容一覧表(申込日(契約日)順)である。

イ 被告近鉄百貨店関係

原告は,別表1「販社名」欄に「近鉄百貨店」と記載されている件につき,被告近鉄百貨店から,「申込日」欄記載の日,すなわち平成13年81日ころから平成15年2月28日にかけて,呉服類,服飾品,宝石及び寝具等の「品名」欄記載の商品を,「金額」欄記載の価格で購入した(契約番号40ないし44,後記キャンセル分を除く購入代金合計519万3877円。)。

ただし,平成14年12月30日に購入した宝石・ダイヤモンドについては,平成15年2月28日にキャンセルされている。

原告は,上記購入代金全額を,別表1「既払金」欄記載のとおり,平成13年8月1日ころ,平成14年12月30日,平成15年4月16日,同年5月5日の4回に分けて支払った。

以下,原告と被告千扇之会ら及び被告近鉄百貨店との上記売買契約を,「本件売買契約」といい,原告と被告信販会社らとの上記立替払契約を,「本件立替払契約」といい,併せて「本件各契約」といい,本件売買契約で売買された商品を「本件商品」という。

(3)  担当者

被告千扇之会らは,その開催する展示即売会において,原告に商品を販売していた。

原告の担当の外交員は,A及びBであった。

原告と被告近鉄百貨店との本件売買契約は,外商取引扱いで締結されたものであり,その担当従業員はCであった。

3  争点に先立つ判断

上記別表1でイージーウェアズを販社とする売買契約(契約番号2)については,被告千扇之会らを当事者とするものではなく,原告も本件との関連を明らかにしないから,争点にするまでもなく,この契約についての請求には理由がない(主位的請求(1)項,(7)項,予備的請求(1)項,(5)項関係)。

また,原告と被告ライフとの平成15年6月24日付け契約(契約番号30)については,申込みはされたが,契約書が提出されていないとして,被告ライフが契約の成立を否認しており,また,被告千扇之会は,解約された扱いとしていると主張しており,原告が同契約に基づく売買代金債務を負わないことについては全く争いがないから,この契約に関する原告の被告ライフに対する確認の訴えについては,確認の利益がないものと認められる(主位的請求(4)項,予備的請求(4)項関係)。

4  争点

(1)  本件売買契約及び本件立替払契約当時,原告が意思能力を欠いていたといえるか(主位的請求(1)項ないし(11),(13)項,予備的請求(1)ないし(6)項)。

(2)  原告と被告千扇之会らとの間の本件売買契約が公序良俗に反するといえるか(主位的請求(5)項ないし(11)項,予備的請求(1)ないし(5)項)。

(3)  原告と被告信販会社らとの間の本件立替払契約が公序良俗に反するといえるか(主位的請求(1)項ないし(4)項,(7)項ないし(11)項)。

(4)  原告に本件商品を販売した行為につき,被告千扇之会らの共同不法行為があったといえるか(主位的請求(12)項,予備的請求(5)項)。

(5)  原告に本件立替払契約を締結させた行為につき,被告信販会社ら(被告セントラルを除く。)の不法行為があったといえるか(主位的請求(7)項ないし(11)項)。

(6)  原告に本件商品を販売し,本件立替払契約を締結させた行為につき,被告千扇之会ら及び被告信販会社ら(被告セントラルを除く。)の共同不法行為があったといえるか(主位的請求(7)項ないし(11)項)。

(7)  本件売買契約が無効である場合,原告は,割賦販売法30条の4第1項及び信義則に基づき,被告信販会社らからの本件立替払契約に基づく立替金及び分割手数料の請求を拒むことができるか(予備的請求(1)項ないし(4)項)。

(8)  原告と被告近鉄百貨店との間の本件売買契約が公序良俗に反するといえるか(主位的請求(13)項,予備的請求(6)項)。

(9)  原告に本件商品を販売した行為につき,被告近鉄百貨店の不法行為があったといえるか(主位的請求(13)項,予備的請求(6)項)。

5  争点についての当事者の主張

(1)  争点(1)(原告の意思能力)について

(なお,痴呆(症)については,認知症という用語への転換が図られているところであるが,医学用語として定着しているか否かにはなお疑義があるため,以下では,正確を期するため,本件各契約当時のまま,痴呆(症)という語を用いる。)

【原告の主張】

ア 原告の本件各契約以前の生活状態

原告は,元来,財産を主に預貯金として管理し,堅実に蓄えを築いていたのであって,自らの収入の範囲を超えた消費に走ることはなかった。

信販契約(クレジット)を利用した経験もなく,CIC(信販会社の共同出資により設立された個人信用情報機関)の信用情報記録をみても,本立替払契約以外に,原告がクレジットを利用した記録はない。

預貯金の管理は自身で行っており,銀行での各種手続も不自由なく行っていて,自らの財産内容を軽々に他人に話すようなことはなかった。高額の現金を持ち歩いたりすることはなく,泥棒が入ったら危ないから,と言って10万円以上の現金を自宅に置くことはなかった。

40歳ころに日本舞踊を習い始め,30年以上にわたって呉服を購入してきたが,馴染みの呉服商から1点20万円程度までの商品を,年間50万円から100万円程度の範囲で購入していたに過ぎず,支払方法も,現金であった。

呉服を購入するのは,それを着用する明確な予定があるときであり,被告千扇之会ら及び被告近鉄百貨店から呉服を購入するようになるまでに40年近くかけて購入した呉服は,約40枚程度であった。

イ 本件各契約後の原告の病状

原告は,平成15年7月15日以降,大阪市立大学医学部附属病院において診察を受けた結果,「痴呆症(中程度)」と診断された。

同年9月24日には,受診先の医師から,アルツハイマー型痴呆症の進行を遅らせる治療薬であるアリセプトを処方されるなどしている。

そして,成年後見開始の審判申立て後の鑑定において,平成16年1月ころ,「進行性の老年痴呆(おそらくはアルツハイマー型痴呆と脳梗塞性痴呆の混合型)を発病しており,短期記憶の著しい障害を主体とする中等度の知的障害を有する。現在周囲の援助を得て日常生活を維持するのがやっとの状態であり,症状の進行に伴い今後急速に困難が増していくものと予想される。自己の財産を適切に管理・処分する能力はないと考えられる。」と判断されている。

その後,通院加療を受けている医師によって,平成17年10月18日,「認知症(アルツハイマー型)であり,長谷川式スケール8点で著明な短期記憶障害を認める。」と診断されている。同スケール8点は,「やや高度」な痴呆症に相当する。

ウ 本件各契約前後において原告が意思能力を有していなかったことを推認させる事情

(ア) 平成13年ころ,自宅の窓ガラスが割られて泥棒が侵入した形跡があるのに誰にも知らせずに放置していたことが2回もあった。

(イ) 同年6月以降,それまで一貫して増加していた預貯金が一転して減少に転じている。この間,原告の収入は,その直前の半年間(同年1月ないし6月)に比して約100万円程度減少していたものの,同じく直前の半年間に200万円以上預貯金が増加していることに鑑みれば,原告に正常な判断能力があれば,預貯金の増加額が多少減じることはあっても,一転して100万円近くも預貯金が減少するような消費はしなかったはずである。

(ウ) 同年8月に有限会社橘金属製作所(以下,「橘金属」という。)の会長職を退任し,名目的な平取締役となっていたにもかかわらず,平成14年2月7日,被告ライフの従業員に対し,現職の会長であると話している。

(エ) 平成14年4月ないし6月ころ,原告は,骨折のため約3か月入院した際,見舞いに来た人の名前を忘れたり(短期記憶の障害),会話でつじつまの合わない受け答えをするなどの症状がみられた。

(オ) 同年秋ごろ,上記入院からの退院後,整理整頓ができなくなり,家の中が散らかっており,入院中にお見舞いに来てくれた知人へのお礼やお返しをすることなく放置していた。家事能力の低下は,認知機能の異常な衰退を示す徴候である。

(カ) 同年9月,それまで被告近鉄百貨店から呉服の催事の案内をもらっても興味を示さなかった原告が,約1年程前から突然頻回に自宅を訪れるようになったCの勧誘に素直に応じ,初めて出向いた催事でいきなり168万円もの高額の買物をした。

(キ) 同年6月以降(例えば同年11月20日),Bに対し,「預貯金を1000万円持っている,甥や姪名義で貯金している」との話をした。実際には,当時の原告の預貯金総額は約2000万円であり,甥や姪名義を借用した預貯金は存在しなかった。これまで親族に対してすら自らの預貯金額やその管理内容を軽々に話すことのなかった原告が,このような事柄を赤の他人であるBに話すこと自体,極めて異常である。

(ク) 同年10月16日に購入した商品の立替払のための信販契約書を記入するために,同月25日,わざわざ被告千扇之会らの展示即売会場を再訪し,他人に言われるがままに利用すべき必然性がない立替払契約の申込みをしていたことが窺われる。

(ケ) 同年11月ころ,Cに対し,「ベッドが欲しい」と言っていたとのことである。原告は,当時,布団で就寝する習慣であってベッドを必要としていなかったのに,ベッドを欲しいと言うのは異常であるし,親族から介護用のベッドを借りたらと勧められても断っていたのに,一貫しない発言をすることは,正常な判断能力を欠いていた証である。

(コ) 同年12月,被告近鉄百貨店から買った上記ベッドを,当時全く使われていなかった自宅敷地内の空き家に設置しており,さらに,Cに対し,空き家に寝に行くこともあるとの明らかにおかしな言い訳をした。

(サ) 同年11月6日の約80万円の被告千扇之会からの商品購入の特典として上海旅行の企画が付いていたにもかかわらず,この特典を利用しておらず,同年12月20日の約50万円の商品購入の特典である山形旅行にも参加していない。正常な判断能力を有する者であれば,利用するつもりのない高価そうな特典が付けられた商品を易々と購入するとは思えない。

(シ) 同年11月6日から同年12月20日にかけて,5度も被告千扇之会の展示即売会場を訪れ,毎回訪問着等高額の呉服を購入した(契約番号21,17,22,11,23)。このように,頻繁に同じような商品を同じ業者に買いに行き,そのたびに数十万円単位の買物をし,その合計金額がわずか1か月半ほどの間に約280万円に上っているというのは,外交員にとってすら理解不能であり,正常な判断能力によるものでないことは明らかである。

(ス) 平成15年1月15日には,被告千扇之会らから色留袖,袋帯,訪問着,ショール等合計約300万円に及ぶ買物をしている(契約番号12,13,14)。平成13年6月以前であれば,半年ないし1年がかりで貯めていた預貯金額に匹敵する金額であるのに,このような買物は,原告本来の金銭感覚・生活状況に比して異常である。

(セ) 平成14年12月に被告近鉄百貨店から受領した11月分の売掛明細書(甲43)には,同年11月23日にベッド分しか計上されておらず,一緒に購入したチェストが計上されていなかったのに,原告は,Cに問い合わせをしておらず,平成15年1月に受領した12月分の売掛明細書には,事実に反して,平成14年12月18日付けで「家具・収納用品」としてチェストの代金が計上されているにもかかわらず,やはり,Cへの問い合わせをしていない。このことから,当時,原告は,既に自らがいつ何を買ったかを把握できていなかったことが分かる。

(ソ) 同年12月ないし平成15年2月,被告千扇之会からの買物の代金支払につき,当初の信販会社で審査が通らず,別の信販会社に再度信販契約の申込みをやり直すということが3回繰り返されている(契約番号23ないし25)。原告は,二度手間を3回も強いられたにもかかわらず,現金を持参することにしたり,銀行振込にしたりすることなく,言われるがままに何度も被告千扇之会まで足を運んでいた。

(タ) 同年12月末ころ,Cから連絡を受けるまで,同年9月以降に被告近鉄百貨店から大量に購入した商品の支払をいつどのようにすべきかについて,自らの意思で判断できずにいた。

(チ) 同年12月30日,Cから指示された168万円を,銀行に出向いて預金を下ろし,わざわざ自宅に持ち帰って,集金に来たCに支払っている。自宅に現金を置きたがらない原告は,正常な判断能力があれば,銀行振込を選択したはずである。

(ツ) 同年12月,平成15年1月ころ,原告との会話中に親族が異常を感じたことがあった。

(テ) 同年1月28日,定期預金を次々に解約していた中,ほかにも解約可能な定期預金があったにもかかわらず,わずか1日後に満期日が到来する定期預金を解約した。

(ト) 同年2月,被告近鉄百貨店から送られてきた1月分の請求書にキャンセルしたはずの宝石(ダイヤモンド)の代金が含まれていたにもかかわらず,担当のCに誤りを指摘しなかった。

(ナ) 同年4月,踊りの会での踊りぶりがおかしく,踊り終わった後も,片付けもせず楽屋でぼおっと座っていた。

(ニ) 同年4月16日に,被告近鉄百貨店のCに283万9395円を支払い,同年5月5日に被告近鉄百貨店の外商サロンに32万6145円を支払った。前者の金額は,Cの計算違いと思われる中途半端な数字であり,原告が疑問に感じることがなかったのは不自然である。

(ヌ) 同年4月ないし6月ころ,Bから仕立て代を請求されていたにもかかわらず,それをたびたび忘れており,郵便貯金通帳を持ってBから教えられた郵便局まで貯金を下ろしに行きながら,貯金が下ろせないまま帰ってきた。

(ネ) 同年6月ころ,娘から頼まれた用事を何度聞いてもすぐに忘れるようになっており,墓参りの際に,何度も銀行を往復するなど,異常な行動がみられた。

(ノ) 同年6月以降,自分が大量の着物を購入したことも,多額の信販契約を締結したことも,預金が信販の支払に充てられて減っていることも理解できない状態であり,衣服を順序立てて着用したり,ジャガイモの皮を剥くというような台所仕事もできず,中身のある会話もできないような状態であった。

エ まとめ

痴呆症は,ある日突然発症するものではなく,年齢相応な認知機能の障害から境界状態,軽度,中等度,やや高度,高度と進行するものである。

アルツハイマー型痴呆症は,その特徴として,「ゆるやかな発症と持続的な認知の低下」があり,「いつとはなしに発症していた」ことが鑑別の目安とされている。また,アルツハイマー型痴呆症と正常との間には,痴呆症とは認められないながらも,正常とは言い難いという境界状態があり,そのような状態であるときでも,正常人より認知能力や判断能力が相当程度低下していると考えられる。

そして,上記ウに挙げた原告の行動等をみれば,原告は,平成14年4月前後から,見舞いに来た人の名をすぐに忘れたり,人の話が理解できなかったりという症状を見せており,これは,アルツハイマー型痴呆症に際立った特徴である「近時記憶の障害」に該当すると考えられ,さらに,同年4月からの入院を終えた原告は,物忘れがひどくなり,引き受けた頼み事や,借り受けたタクシー代についてすぐに忘れてしまうなどといった状態だったのであり,何より,必要のない呉服等を大量に購入し,平成13年末から平成15年6月までの間に預貯金を3000万円超から500万円程度まで減少させたという事実に照らせば,原告は,診断を受けた平成15年7月,8月より相当以前から,中等度あるいは少なくとも軽度のアルツハイマー型痴呆症を発症していたと考えられる。

原告の実の娘(三女)であり,医学的知識を持たないDにとって,実親が痴呆症になったということは認めたくない事柄であって,Dが平成15年6月まで原告に診療を受けさせる必要を感じなかったことをもって,原告の痴呆症発症を否定することはできない。

そして,アルツハイマー型痴呆症は,その重症度評価法であるFASTによれば,軽度であっても,「夕食に客を招く段取りを付けたり,家計を管理したり,買物をしたりする程度の仕事でも支障をきたす。」などとされており,これに照らせば,本件各契約当時において,原告は意思能力を欠いていたというべきである。

【被告千扇之会及び被告室生扇山の主張】

ア 原告が被告千扇之会の展示即売会を訪れ,商品を購入した際や被告千扇之会方に購入した商品を受取に訪れた際に,原告の健康状態や言動等に異常は認められていない。

また,原告が被告室生扇山を訪れ,商品を購入した際にも,原告の健康状態や言動等に異常は認められていない。

原告は,被告千扇之会の会員の親睦団体である「ひまわりの会」が開催した平成15年1月7日の日航ホテルでの集い,同年4月14日ひまわり会水上バスツアー等に参加しているが,その言動・行動に異常は認められなかった。

イ 原告の娘であるDですら,原告を病院に連れて行かなくてはならないと確信したのは,平成15年6月末であったというのであり,原告が同月17日に宮島に行った際には,「そしたら気をつけて行ってきてねと言うだけだった」というのであるから,この時点では,いまだ原告の言動に別段の異変はみられなかったものと推察される。

Dは,原告には,平成15年6月以前にも,人の名前を忘れることがあった,同年4月の踊りの会でちゃんと踊れていなかった,同年5月半ばに鍵が開かないと連絡があったなど,痴呆症の徴候が認められたと証言するが,これは,痴呆症であると診断された後から回顧的に述べたものに過ぎず,信用できない。

鑑定書も,Dらからの面接聴取を参考に作成されているが,その記載内容と,Dの証言には,異なる部分がある。

【被告アプラスの主張】

原告と被告アプラスとの間における本件立替払契約は,平成14年3月12日(契約番号1)から平成15年4月11日(契約番号7)までの間に締結されているところ,平成15年8月5日付けの診断書や,成年後見開始の申立てにかかる鑑定書によって,契約時に遡って原告が意思能力を欠く状態であったということはできない。

Dによれば,「私が決定的に母を病院に連れて行かなければ,と思ったのは平成15年6月末でした」。というのであり,かかる時点までは,娘から見ても,原告に意思能力の欠如を窺わせるような決定的事情は存在していなかったのである。

この点につき,Dは,原告の状態について,「平成14年のときに骨折をしたんですけど,その後は,以前の母と違って何となく足もおぼつかないし言葉の話し方もちょっと弱々しくなってきてたんですけども,年いってきたからかなという程度で……」との認識しか有していなかったことを認めている。

さらに,本件立替払契約において,被告アプラスから原告に対する契約意思の確認に対しても,原告は,自己の生年月日等につき的確に回答し,契約内容についても,契約金額等を十分把握していたのであるから,この点からしても,原告の意思能力が欠如していたことを窺わせる事情は存在しない。

【被告オリコの主張】

原告が被告オリコと最後の契約をしたのは平成15年1月15日のことである。

少なくとも,平成14年の年末までは,原告の家族も,その異常に気づかなかったのであるから,原告に判断能力の低下はなかった。

特に,毎日原告に電話をかけ,週に一度は会っていたというDでさえ,原告の異常を知るに至ったのは平成15年に入ってからであることからすれば,原告と被告オリコとの契約は,正常な判断能力のもとで交わされたものであるといえる。

【被告ジャックスの主張】

被告ジャックスは,平成15年7月15日の診断書及び成年後見開始手続の際の鑑定書の信用性自体を積極的に争うものではないが,仮にこれらの信用性が認められたとしても,それはあくまで平成15年7月15日以降,原告が痴呆症の中等度にあったことを示すものに過ぎない。

原告は,鑑定書を根拠に,本件売買契約締結時においても原告は意思能力を欠いていたとするが,その当時の状況においては,鑑定書は,D及びその夫からの聴取内容をそのまま記載しただけであり,あくまで推測の域を出ない。

この点,D自身,当時の状況について,原告を病院に連れて行くほどとは思っていなかったのであり,また,平成14年に原告が骨折した際も,年齢に応じた状態との認識を有していた程度であることからすれば,むしろ,本件各契約締結当時,原告は意思能力を有していたとみるのが自然である。

【被告セントラルの主張】

原告と被告セントラルとの間の立替払契約は,平成13年6月23日に締結され,同年10月には原告から被告セントラルに対して,1回での支払が行われている。

上記立替払契約当時,原告の身体状態には異常がなく,被告セントラルからの適正な与信調査が行われ,立替払を実施したのであり,そこには,意思能力の欠如及び痴呆症の症状の発現による判断能力の低下はなかったと考えられる。

実際,原告が立て続けに立替払契約を締結したのは,上記立替払契約から半年以上経過した,平成14年3月ころからである。

【被告ライフの主張】

ア そもそも,成年後見開始決定がされたからといって,必ずしも成年被後見人が意思能力を有していないことにはつながらない。

成年後見開始の可否については,科学的見地から事理弁識能力の有無のみを判断するのではなく,本人の置かれた環境において自己の財産を適切に管理・処分することが可能か否か,あるいは,第三者に財産管理をさせることが本人の福祉に資するかという視点から判断されるのである。

本件において,原告は,鑑定人が面接時に行ったMMSEでは軽度痴呆症レベルで短期記憶の著しい障害を主体とする中等度の知的障害であると診断されているに過ぎず,症状の進行に伴い今後急速に困難が増していくのものと予想されるがために自己の財産を適切に管理・処分する能力がないと判断されている。

したがって,後見開始決定の時点においてすら,原告が意思能力を欠いていたということはできない。

イ しかも,被告ライフとの本件立替払契約は,上記鑑定の約7か月ないし2年近く前に締結されたものである。

原告は,進行性の老年痴呆症であったものであるから,当時の判断能力は,鑑定時よりも高度であったことが窺われる。

実際,平成15年7月15日の診断によれば,原告の痴呆症の程度は中等度とされている。中等度の痴呆症は,日常生活が一人ではちょっとおぼつかない,簡単な日常会話はどうやら可能というレベルであり,意思無能力であると認められるべき状況にはない。

ウ 現実に,原告は,被告ライフからの契約意思確認の電話等に対しても,自己の生年月日や干支,職業や就業状況,契約金額や支払回数などを正しく答え,支払用の口座を自ら指定するなど,的確に対応している。

また,原告は,その主張にあるように,定期預金を解約して普通預金に振り替えるといった銀行取引を複数回にわたり自ら行っている。

エ 原告は,とりわけ原告のお金の使い方が従前と異なり尋常でないといった点を強調するが,その人物の行動が経済的合理性を有していないからといって,必ずしも意思能力を欠くということにはならない。

原告は,契約の目的や支払方法等を十分に理解した上で立替払契約を締結していたのであるから,結果的に経済合理性を欠いていたとしても,意思能力が欠如していたとはいえない。

オ 以上によれば,本件立替払契約締結当時,原告は十分に意思能力を有していたというべきである。

【被告近鉄百貨店の主張】

ア 原告は,平成14年9月の取引の際には,訪問着から,帯,帯締め,帯揚げと各商品を自分の好みでコーディネートした上で,Cに対し,代金の減額を申し入れて,これを容れさせているし,同年11月の取引の際は,Cの進めた羽毛布団やマッサージチェアにつき,明確に購入を断っている。さらに,平成14年12月の取引でいったん購入したダイヤモンドにつき,平成15年1月にキャンセルして別の宝石(エメラルド)に買い換えている。

また,原告と被告近鉄百貨店との本件売買契約では,商品引渡し後に現金で決済されているが,原告は,自宅に多額の現金を置いておかない主義であったとされているにもかかわらず,Cが集金に行くと,請求額とちょうど同額の金員が封筒に入れて用意されていたから,原告は,代金決済にあたって,自ら金融機関に赴いて現金を引き出す能力を有していたといえる。

イ 本件売買契約のうち,いくつかは,京都や大阪ドーム(当時)等の催事会場でされたが,会場までの往復にあたって,原告は,その一部ないし全部につき,一人で鉄道を利用していたし,平成14年12月の取引の際には,京都から大阪までの帰りの電車の所要時間につき,Cと正確な会話を交わしていた。

本件売買契約以外でも,原告は,平成15年に入ってから,自宅から一人でタクシーを呼んで亡夫の墓参りに出かけたり,親族の付添いなしで広島県の宮島まで旅行したりしていた。

このように,原告の行動能力は,同世代の一般的な女性と比べ,むしろ勝っていたというべきである。

ウ 原告は,当時,一人暮らしをして,自立して生活していたわけであるが,原告の娘であるDが原告と毎晩電話をし,週に1回は原告方を訪問していたというにもかかわらず,Dを含めた原告の親族が原告の言動に異常を感じたという形跡はない。

エ 原告と被告近鉄百貨店の取引は,いずれも単純な売買契約であって,複雑な法的知識や経験を必要とするものではなく,原告は,呉服に造詣が深かったのであるから,原告がその法的な結果を認識・判断する能力を欠いた状態で本件売買契約が締結されたとの事実は窺われない。

一定額以上の呉服は,単なる衣類ではなく工芸品としての側面も有しており,しかも,原告は会社の元役員である上に相当な資産家であって,そのような原告が100万円ないし200万円の呉服を購入したとしたとしても,格別不自然ではない。

しかも,原告と被告近鉄百貨店との間の取引の決済方法は,被告近鉄百貨店が先に商品を納め,その後,原告が指定した日時に被告近鉄百貨店の担当者が集金に訪れ,原告が自ら用意した現金で支払うという,極めて単純かつ原告主導の方法であった。原告の主張によれば,その現金を準備するために,原告は,自ら金融機関からの払戻手続をしていたというのである。

オ 以上によれば,原告が本件売買契約当時,意思能力を有していたことに疑いの余地はない。

(2)  争点(2)(被告千扇之会らとの本件売買契約の公序良俗違反)について

【原告の主張】

ア 総論

被告千扇之会らの原告に対する本件商品の販売行為は,自らの販売利益を得るために,高齢ゆえにあるいは痴呆症の発症により極端に判断能力や拒絶力が衰えていた原告に対して,そのような状況を知り,少なくとも知り得べき状態にありながら,その支払能力を考慮することなく,わずか2年間に,約30回にわたって,合計1848万0545円もの支払額に上る不要な商品を販売したものであり,商品販売活動として社会的に許容される相当性を逸脱する商法として,販売行為全体が一体として公序良俗に違反して無効である(民法90条)。

イ 本件商品及びその価格

被告千扇之会らは,原告に対し,わずか2年間の間に,約30回にわたって,合計1848万0545円もの支払額に上る商品を販売したものである。

その商品は,着物(反物を含む。)28枚,帯22本,寝具6件等となっており,原告にとって不要な商品を大量に販売していたことは明らかである。原告は,30数年来,月に数回御用聞きに訪れる京都の呉服商から,年間50万円から100万円未満程度,1点あたり20万円以下程度の呉服を購入していたが,本件で購入した呉服類は,金額の点のみならず,原告の従来の趣味とはおよそ合致しないものが多く,そのほとんどは,平成15年8月ころになっても未使用のままであった。

一方,それによる原告の支出は極めて過大なものであった。

平成13年6月から平成15年6月までの原告の収入は,平成13年7月までが1か月平均60万円強であり,同年8月以降が1か月平均40万円強であった。原告が一人暮らしをしていたことを考慮すると,不要不急の支出に充てることのできた金額は,平成13年6月,7月においては,40万ないし45万円程度,平成13年8月から平成15年6月までは20万ないし25万円程度であったと推察される。それにもかかわらず,平成14年10月までの契約によって,原告は,平成15年1月以降,毎月28万1100円にも上る支払が必要となっており,以後,平成15年7月に支払を停止するまでの間,毎月数十万円から100万円を超える支払を余儀なくされている。

原告は,3000万円から3500万円に及ぶ相当額の預貯金を一部取り崩して,本件売買契約及び本件立替払契約に対する支払を継続していたが,これは,老後のための大切な蓄えであって,安逸に費消することが許されるものではなく,事実,平成13年12月末ころまでは,原告は,これらの資産を減らすことなく収入に見合った生活を維持していたのである。

また,原告が平成14年11月6日に購入した約80万円の商品には,特典として上海旅行がついており,同年12月20日の約50万円の商品には,特典として山形旅行がついていたが,このように,高額な特典を提供する行為は,不当景品類及び不当表示防止法3条に基づく公正取引委員会告示「一般の消費者に対する景品類の提供に関する事項の制限」1項に抵触するおそれすらある。

ウ 販売形態の不当性

次々販売とは,消費者の判断能力の低下や拒絶力不足に乗じて,次から次へと商品を販売する販売方法をいう。次々販売は,消費者が高齢者である場合,事業者と消費者との「情報の量及び質並びに交渉力の格差」(消費者契約法1条,消費者基本法1条)がより深刻な被害を発生させるという社会的事実や,積極的な勧誘行為を伴う販売方法について,特に高齢者への勧誘自体を規制している特定商取引法等の精神に鑑みれば,商品販売活動として社会的に許容される相当性を逸脱する商法として,公序良俗に違反して無効である。

被告千扇之会らの販売は,本店ショールーム及びホテルを会場とした3日ないし7日間の展示即売会による方法である。調査嘱託の結果によれば,被告千扇之会らは,平成12年ころ以降,大阪府内を中心に,高齢者をターゲットに,「知人」を使って展示即売会場に誘い,これらの「知人」には自らの紹介した顧客への販売額に応じた高額の報酬を与えるという手法を採用することによって,しばしば次々販売の被害を発生させていたことが容易に推察される。

かかる販売方法は,特定商取引法上の訪問販売と極めて類似しているところ,被告千扇之会らの販売方法は,同法の規制に反して「老人その他の者の判断力の低下に乗じ,訪問販売に係る売買契約又は役務提供契約を締結させ」ており,「顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行」っている可能性が高い(同法7条3号,省令7条2号,3号)。

被告千扇之会らは,非従業員の外交員に勧誘・販売を担当させていたが,当の外交員であったAは,自分は既に相当数の着物を持っているし,年齢のことを考えてもそれほど着物は要らないと述べながら,自分とさほど年齢が変わらず,相当数の着物を既に持っているであろうことが容易に推察できる原告に対し,確たる理由もなく,展示即売会場に同行して勧めれば断らないのをよいことに,2年間に呉服28枚,帯22枚合計1800万円超の商品を次々に販売し,高額な歩合報酬を得ていたのである。

また,営業所外交員であるAの上位の代理店外交員であったBは,Aを指導・監督すべき立場にあったが,被告千扇之会らの歩合報酬制度の下では,代理店外交員もまた営業所外交員の売上げから報酬を得ることができるから,営業所外交員の不当販売を積極的に抑止することは期待できない。

実際,Bは,Aが原告にどれだけの商品を販売しているのか気にせず,その証言によれば,「全然関係ございませんわね。お客様の自由ですから。」という意識でいたのであり,Aを適切に指導・監督できた可能性は全くない。

そして,外交員の教育・管理にあたっていた取締役専務であるFにおいても,本件各契約期間中において,外交員による原告に対する過量販売の事実を把握しようともせず,次々販売を防止しようという問題意識を欠いていたことは明らかであり,外交員であるA,Bについての教育不足も明らかである。

このように,被告千扇之会らの販売形態は,およそ次々販売の被害を防止し得るチェック機能を有していなかったといえる。

エ 被告千扇之会らの主観的態様

原告は,前記(1)における主張から明らかなとおり,本件売買契約当時,高齢ゆえにあるいは痴呆症の発症により極端に判断能力や拒絶力が衰えていた。

そして,被告千扇之会らが,原告の判断能力や拒絶力の低下を知り,少なくとも知り得べき状態にあったことは,被告千扇之会らが原告に対して極端な次々販売をなし得たこと自体から当然にうかがい知ることができるが,さらに,原告が自ら記載したか,被告千扇之会ら従業員が原告の申述に基づいて記載したものと考えられる本件立替払契約の契約書に記載されている原告本人に関する情報が明らかに混乱していることからしても,契約のたびに原告が告げる身上情報が違っている事実に接した被告千扇之会らは,当然,原告の判断能力等の低下を疑うべきであったといえる。

オ 被告千扇之会らが原告の支払能力を考慮していなかったこと

被告千扇之会らの展示即売会場において作成されたクレジット契約書には,原告の財産状態について,築40年あるいは45年以上を経過した自宅不動産がある以外には,年金収入,厚生年金の記載があるのみである。勤務先として,橘金属の名が記載されている場合もあるが,給与受給の有無やその金額が記載されたものはない。これらの事実から,被告千扇之会らは,原告に厚生年金という収入があることと,自宅不動産があることのほかには,原告の財産状況について何ら情報を有していなかった。

そのような財産状況の顧客に,被告千扇之会らが1913万0545円もの呉服等を販売していたことを考えると,同被告らがおよそ原告の支払能力を考慮して販売行為を重ねていたとは到底考えられない。

【被告千扇之会らの主張】

ア 総論

原告は,自分好みの商品を自由に選択して商品を購入していたものであり,判断能力及び拒絶力の低下は認められず,被告千扇之会らにおいて,それを疑うことは不可能であった。

また,被告千扇之会らの原告に対する販売行為は,社会的相当性の範囲内にとどまるものである。

イ 本件商品及びその価格

原告が被告千扇之会から購入した呉服類は,原告が好みのものを自由に選択して購入したのである。むしろ,原告のいう「従来の原告の趣味」は,原告方に出入りしていた呉服商の好みが混入していたことは否めない。

また,原告が被告室生扇山から購入した寝具は,敷布団1点,掛布団2点でうち1点は毛布に近いもの,小枕1点の合計4点であり,使用目的が重複するものは存在しない。

ウ 本件商品の販売方法

被告千扇之会は,ホテル等において,展示即売会を開催して販売するシステムをとっている。被告室生扇山は,同社における販売を行っている。

いずれも,訪問販売などのように商品購入を無理強いすることはなく,本件商品の購入は,原告の自由意思によるものである。

原告は,もともと呉服に関心を有し,呉服の知識・情報も十分に有しており,原告は,被告千扇之会では,同じ作家の商品を安く購入できることから興味を示し,自らの意思で被告千扇之会が催す展示即売会及び常設ショールームに来店していた。

原告は,好みの反物を自由に選択し,それに合わせて好みの帯を選択した上で,商品を購入していた。気に入らない商品は購入しなかったというのであり,外交員のAは,強制的に商品を購入するように仕向けたりはしていない。Bも,「値段が落ちてきて,よく似合うもの」を勧めることをモットーとしていたというのであり,原告に強制的に商品購入を勧めていたわけではない。

消費者センター等に対する調査嘱託の結果については,事実確認すら行われておらず,実際,事実に反する内容が多く,これをもとに次々販売が行われたと結論づけることは不可能であるし,その相談件数も少ない方である。

エ 原告の判断能力

前記(1)における主張のとおり,本件売買契約当時,原告に健康状態や言動等に異常は認められなかった。

本件立替払契約の契約書の身上情報には微妙な差異はあるが,これは,原告又は被告信販会社らの担当者が記載したものであり,被告千扇之会らの従業員ではない。被告信販会社らは,原告の健康状態や言動等に異常を認めなかったからこそ,原告との間で立替払契約を締結したのであり,被告千扇之会らにおいて,原告の判断能力及び拒絶力の低下を疑うことは不可能であった。

オ 原告の支払能力についての考慮

被告千扇之会らは,クレジット契約書の控え及び原告の言動から,原告について,①厚生年金を受け取っていること,②持ち家であること,③会社の役員であること,④自由になるお金が1000万円あるとの情報を有していた。

他方,原告の言動・行動には生活に窮している気配は全くなく,支払方法の決定に際しても苦渋の様子は見受けられず,原告は平成15年6月まで一度も商品購入代金の支払を怠ったことはなかった。

実際,原告が平成12年2月から平成15年6月までの役員報酬と厚生年金の収入合計額は2093万7501円になり,原告が被告千扇之会らから購入した商品の合計代金額は1848万0545円であり,収入と支出のバランスは取れている。

原告は,着物等を一度に数着購入することもあったので,Bが「そんなに買っても大丈夫か?」と尋ねたこともあったが,原告は「私には自由になるお金が1000万円ほどある」と回答していた。

(3)  争点(3)(本件立替払契約の公序良俗違反)について

【原告の主張】

ア 総論

以下の点に照らして,被告信販会社ら(被告セントラルを除く。本項において以下同じ)の原告に。対する与信行為は,遅くとも,平成14年10月以降のものについては,原告の属性や支払能力に対する適切な配慮を欠き,割賦販売法38条に反して行われた過剰与信であるとともに,クレジットシステムの構造的危険性に配慮することなく加盟店管理責任をも果たさなかった被告信販会社らが,社会的弱者である原告に対して社会的な相当性を逸脱して過大な債務を負担させた行為として,その与信行為自体が公序良俗に反し無効である。

イ 本件立替払契約の形態

被告千扇之会らの販売形態においては,ほとんどの顧客が被告信販会社らが取り組む個品割賦購入あっせん契約(信販契約)によって,代金を支払っていた。

被告千扇之会らの顧客は,Fの証言によれば比較的裕福であったというのであり,原告を含め,預貯金等の蓄えのある顧客が手数料を支払って割賦を利用するメリットはない。

信販契約が利用されていたのは,被告信販会社らが手数料収入を得るためであり(消費者から割賦手数料を受領していなくとも,販社である被告千扇之会らとの加盟店契約に基づき,相当の利益を得ていたはずである。),被告千扇之会らにとっては,目の前で大金を払わせられるのではなかなか販売できないであろう高額商品につき,顧客の経済的な負担感を軽減させて,購入の決断を容易にするためにであるといえる。

このように,被告千扇之会らの販売形態は,当初から信販契約が組み込まれたものであるから,被告信販会社らの与信行為は,被告千扇之会らの違法・不当な販売行為と同様に,違法・不当なものである。

ウ 加盟店管理責任

クレジット契約は,販売業者にとっては,顧客の支払能力を考慮することなく直ちに信販会社から立替金を受け取って商品代金を回収することができ,消費者にとっては代金支払の負担感がないままに高額商品を購入することが可能となるという点で,消費者の支払能力を超える契約を締結する構造的危険性を孕むものである。販売業者は,こうしたクレジット契約の構造的危険性を悪用することで,次々販売を可能にするのである。

そして,クレジット契約を締結する信販会社は,加盟店である販売業者と提携してクレジット契約システムを展開し営業利益を獲得しているのであり,同システムは上記構造的危険性を有しているのであるから,自らの加盟店である販売業者が消費者との取引を適正に行うよう加盟店を審査・管理する責任を負うものと解されている。

本件において,被告信販会社らは,展示即売会場に派遣していた従業員及び信用情報機関(CIC)を通じて,それまでクレジット契約を利用したことのない原告が,平成13年6月以降,被告千扇之会らという実質1軒の加盟店関連だけで多数回にわたって高額のクレジット契約を利用するようになった事実を当然に把握していたはずである。

エ 過剰与信

信販会社は,信用情報機関を通じた信用情報の収集などにより,消費者が締結するクレジット契約の支払金額が当該消費者の支払能力を超えることにならないよう防止する義務を負う(割賦販売法38条)。

本件において,原告は,平成14年2月7日から同年9月6日までのわずか7か月間で11件総支払額480万5204円ものクレジット契約を締結しており(その商品は,6枚の着物<反物>,4本の帯,4件の寝具等である。),これによる支払額は,平成14年11月以降1か月あたり16万7200円に上っていたにもかかわらず,被告信販会社らは,原告に年金以外の収入があるか否かなどを把握しないまま,与信を拡大した。

被告信販会社らの審査資料には,原告の年収を確認したもの,預貯金の金額を確認したものはなく,年収については,「年金」というのみであり,原告の自宅が自己所有不動産であるという点くらいしか確認しないまま,与信審査が通っている。いざとなれば消費者の自宅で与信を回収すればという与信側の都合のみを考えた姿勢である。

被告信販会社らの審査内容を仔細に検討すれば,被告アプラスは,「ENDにて」という条件付きで審査を通しながら,確たる理由がなく,新たな与信に取り組むということを繰り返しており,被告オリコも,「年金生活者」,「残高多し」という原告の状況を把握しながら,自宅が自己所有不動産であるというだけで1000万円の与信枠を設定し,最高570万9100円の与信に達しており,被告ジャックスも,「本件限度」としつつ,その後に与信を拡大させている。被告ライフについては,当初,与信枠を150万円と判断していたのに,最終的な与信総額は約643万円にまで及んでおり,与信審査が全く機能していなかった。

このように,「古い自宅を持っている年金生活者」であった原告に対し,被告信販会社らが与えた信用は,明らかに過剰である。

【被告アプラスの主張】

本件立替払契約当時,原告の意思能力の欠如を推察させるような判断能力の低下を示す顕著な事情が存在していなかったことは,前述のとおりであり,被告アプラスにおける原告の意思確認の過程においても,原告の意思能力の低下を認識し得るような特段の事情は見受けられなかったのである。

また,被告アプラスの関与した本件立替払契約は,大半は,平成14年3月から同年10月までの間に締結されており,平成14年3月以前に締結された契約は,極めて少数しか存在しないのであるから,少なくとも,被告アプラスとの間における立替払契約においては,いまだ過量販売・過剰与信に至っていなかったと思料される。

【被告オリコの主張】

原告には,本件立替払契約のローンの支払が可能な預貯金があり,その範囲内で,契約通りにローンの支払ができていたのであるから,本件において,過剰与信があったとはいえない。

本件は,原告が自分の趣味である着物を購入するために自分の預貯金を使っていたのであるが,趣味として好きな商品を購入する場合,それを第三者からみて,必要のない物品であるとか,定期預金を解約してまで購入するのは不自然だとか指摘しても意味がない。

原告は,預貯金の範囲内で,贅沢品の購入を楽しんでいたのであり,本件は,過剰与信にはあたらない。

【被告ジャックスの主張】

原告と被告ジャックスの本件立替払契約締結当時(平成14年8月7日,同年10月25日,同年11月20日)は,原告と被告信販会社らとの間で立替払契約がまだあまり締結されておらず,これ以降,契約件数が増え始めるという時期であった。

少なくとも,被告ジャックスについては,いまだ過量販売・過剰与信に至っていたとは言い難い。

また,原告は,経済的に恵まれており,かねてより趣味のために着物をよく着ていたのであって,原告の社会的地位,経済状況を考えたときに,着物を継続的に販売することが直ちに社会的相当性を欠くとまでいえるかは疑問といわざるを得ない。

【被告ライフの主張】

原告は,亡夫が会社経営者であって,経済的に恵まれており,趣味の着物に興じていたのであり,原告の家族関係や経歴に鑑みれば,原告が相当の資産を蓄えているであろうことは容易に想像された。

このような事情の下で,原告に継続的に着物等を販売する行為が社会的相当性を欠くとは認められない。

原告の商品購入の仕方は,着物を着用するために購入する通常のケースとは異なるかもしれないが,当該商品を購入する動機としては,寂しさを紛らわせるためであったり,他人への見栄や虚栄心を充足させるためである場合もある。原告の主張は,経済合理性からの観点からの分析のみに基づくものであり,皮相的である。

(4)  争点(4)(被告千扇之会らの共同不法行為)について

【原告の主張】

前記(2)における主張のとおり,被告千扇之会らは,判断能力及び拒絶力が著しく低下した高齢者に対して,その弱みに乗じて必要性のない商品を支払能力をも無視して次々と販売し,商品販売活動として社会的に許容される相当性を逸脱する違法な行為を行ったのであるから,原告に対する販売行為全体が一体として不法行為を構成する。

そして,被告千扇之会と被告室生扇山は同族会社であり,両者からの商品購入は同一の機会になされたものである。

したがって,被告千扇之会らは,原告に対して,原告が被告千扇之会らに対して直接支払った既払金相当額及び原告が被告信販会社らに対して支払った既払金相当額について,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

【被告千扇之会らの主張】

前記(2)における主張と同様,原告に対する本件商品の販売行為には違法性がない。

被告千扇之会と被告室生扇山とは,所在地を異にしており,本件商品の売買は,それぞれ別の機会になされた。

(5)  争点(5)(被告信販会社らの不法行為)について

【原告の主張】

被告信販会社らが原告に本件立替払契約を締結させた行為は,与信行為として社会的に許容される社会的相当性を逸脱する違法な行為であるから,同被告らは,これによって原告が被った損害について,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

【被告信販会社らの主張】

前記(3)における主張と同様,原告と本件立替払契約を締結した行為につき,違法性はない。

(6)  争点(6)(被告千扇之会ら及び各被告信販会社の共同不法行為)について

【原告の主張】

原告が被った次々販売による被害は,被告千扇之会らによる違法な販売行為によるものであるとともに,被告信販会社らがクレジットシステムの構造的危険性に配慮せず,加盟店管理及び支払能力の審査も極めて不十分であったという,被告信販会社らの杜撰な営業方針による被害でもある。したがって,被告信販会社らは,被告千扇之会らの違法な販売行為によって原告が被った損害について,共同不法行為責任を負う。

【被告千扇之会ら及び被告信販会社らの主張】

前記(1)ないし(5)における主張と同じ。

(7)  争点(7)(抗弁対抗の可否)について

【原告の主張】

ア 割賦販売法30条の4に基づく支払拒絶

原告と被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス及び被告ライフとの間の契約番号2,6,7,9ないし12,15ないし17,20ないし23,25,28ないし30の本件立替払契約は,割賦販売法施行令1条別表第1の3号,4号,7号の指定商品に該当する着物(反物),帯及び寝具類の販売を条件とするものであり,2月以上3回以上の分割払とされているから,同法2条3項2号にいう個品割賦購入あっせんに該当する。

そして,原告と被告千扇之会らとの間の本件売買契約は,原告の意思無能力(争点(1))又は公序良俗に反し無効(争点(2))であり,あるいは,当該売買に係る被告千扇之会らの販売行為は原告に対する不法行為に該当するため,原告は被告千扇之会らに対して損害賠償請求権を有している(争点(5))。

したがって,原告は,割賦販売法30条の4に基づき,被告千扇之会らに対して主張し得るこれらの事情をもって,上記被告らに対抗することとし,被告アプラスに対し,契約番号2,6,7,被告オリコに対し,同9ないし12,被告ジャックスに対し,同15ないし17,被告ライフに対し,同20ないし23,25,28ないし30の各本件立替払契約に基づく立替金及び分割手数料の支払を拒絶する。

イ 信義則に基づく支払拒絶

原告と被告オリコ及び被告ライフとの間の,契約番号13,14,24,27の各立替払契約は,1回払い又は2回払いを採用しているため(ただし,その支払期間をみると,翌月一括払方式一般ではなく,いずれも契約締結時から5か月又はそれ以上の長期間を予定している。),割賦販売法30条の4の要件には該当しないが,商品売買契約とクレジット契約の密接不可分性などの同条の立法趣旨からすれば,このような場合であっても,抗弁の対抗を信義則上相当とする特段の事情が存在する場合には,信義則に基づく抗弁対抗を認めるべきである。

最高裁平成2年2月20日判決は,上記条文導入以前の事案について,「あっせん業者において販売業者の右不履行に至るべき事情を知り若しくは知り得べきでありながら立替払を実行したなど右不履行の結果をあっせん業者に帰せしめるのを信義則上相当とする特段の事情があるときでない限り」抗弁対抗を認めることができないと判示しているが,その考え方によれば,上記特段の事情がある場合には,同条が適用されない場合であっても,抗弁対抗が認められるべきである。

本件では,被告オリコ及び被告ライフは,高齢者である原告が被告千扇之会らとの本件売買契約について急激に高額・多数の立替払契約申込みをするようになった事実,購入商品が呉服や寝具に偏っており常識的に考えて必要とされる量を大幅に超えている事実などから,原告からの立替払契約申込みが高齢者に対する次々販売の被害によるものであることを十分に認識し得たにもかかわらず,あえて上記の各契約を締結して,立替払を実行したものである。

したがって,原告は,信義則に基づき,被告千扇之会らに対して主張し得る前記事情をもって,被告オリコ及び被告ライフに対抗し,上記各立替払契約に基づく割賦金元本(立替金及び分割手数料)の支払を拒絶する。

【被告信販会社らの主張】

否認する。

(8)  争点(8)(被告近鉄百貨店との間の本件売買契約の公序良俗違反の有無)について

【原告の主張】

ア 総論

被告近鉄百貨店と原告との本件売買契約は,原告が高齢によりあるいは痴呆症により判断能力・拒絶力が著しく低下していることに乗じて,必要性のない商品を,支払能力を無視して販売したという次々販売・過量販売によって締結されたものであり,商品販売活動として社会的に許容される相当性を逸脱しており,公序良俗に違反し,無効である。

イ 判断能力等の低下

原告は,前記(1)【原告の主張】から明らかであるとおり,本件売買契約当時,高齢ゆえにあるいは痴呆症の発症により極端に判断能力や拒絶能力が衰えていた。

以下の事実及びCの行動によれば,被告近鉄百貨店の外商担当者であったCは,原告の判断能力の低下を推測し得たというべきである。

(ア) Cは,平成13年から,突如,頻回に原告方を訪問するようになったが,その理由を合理的に説明することができない。

(イ) 平成14年9月,それまで案内をしても興味を示さなかった原告が,初めて呉服の催事に参加した途端,それまでの年間取引額からかけ離れた高額の買物をした。

(ウ) 同年11月,代金の回収を棚上げにして,家具の催事に誘ったら,原告はそれにも参加し,再び高額の買物をした。

(エ) 同年12月,原告が欲しいと言って買ったはずのベッドが,原告自宅と同じ敷地内の空き家に設置されているのを原告から見せられた。

(オ) 同年11月分の請求書で請求漏れがあったが,原告からは問い合わせがなかったので,事実に反して,12月分の購入として,12月分の請求書に記載した。

(カ) 同年12月,長年にわたる原告との取引の中で,それまでとは比較にならない高額の売掛金を全く回収していないにもかかわらず,さらに次の呉服催事に誘った。

(キ) 集金に訪問するので,指定した金額の現金を用意するよう原告に伝え,同年12月30日,現金を受領するとともに,原告の希望を事前に聞くこともなく,これまで原告に販売した実績のない宝石を持参した。

ウ 過量販売

平成13年7月から平成15年6月までの間に,被告近鉄百貨店が原告に販売した商品の代金総額は,キャンセル分を含め,645万3877円に上る。なお,平成13年7月は,原告が被告千扇之会らの展示即売会に行くという,異常な行動を取るようになったころと時期をほぼ同じくする。

特に,平成14年9月30日から平成15年6月ころまでのわずか9か月ほどの期間に,被告近鉄百貨店が原告に販売した商品代金合計は610万5540円に達し,これは,平成8年から平成12年の商品代金合計118万4677円の約5.2倍にあたる。

また,上記9か月ほどの期間に販売された商品は,着物3枚,帯3枚,ジュエリー2点,寝具2件等であるが,これは,明らかにそれ以前の原告の購入傾向と異質な内容である。上記の着物等に,原告が袖を通した形跡はなく,原告が箱を開けて目にしたことがあったかすら疑わしい。

エ 外商制度の特殊性

被告近鉄は,原告が昭和61年7月から,外商顧客として取引実績があったと主張する。

特定の従業員が長年変わることなく同じ顧客を担当し,外商口座を開設して翌月一括払という一種の信用取引が機能している外商取引は,個々の顧客と百貨店との信頼関係の上に成り立つものであり,しかも,外商取引においては,百貨店は当該顧客が過去から現在までにどのような商品を購入しているか,金額にしてどの程度の商品を購入しているのかといった情報を有しているのであるから,外商担当者は,個々の顧客の購買傾向を把握して個々の顧客に応じて適切な販売活動を行うことが期待される。

それにもかかわらず,上記のような次々販売・過量販売を行った被告近鉄百貨店の行為は,原告の信頼を踏みにじる行為である。

Cの行為は,それまで財布のひもが堅かった一人暮らしの高齢の外商顧客が,それまでとは打って変わって勧誘に素直に応じるようになったと感じた途端,余り商品を売らないでほしいという娘夫婦からの注意を聞き流し,回収を後回しにして,高額商品を売れるだけ売ったという,顧客の弱みにつけ込むものであった。

【被告近鉄百貨店の主張】

ア 総論

本件売買契約の時点において,原告の判断能力・拒絶力は全く正常であった上,被告近鉄百貨店が販売した商品はいずれも原告にとって必要性が認められる商品であり,本件商品の代金について原告の支払能力がなかったとはいえないし,その販売方法は社会的に一般的かつ相当な方法で行われていた。

原告と被告近鉄百貨店との本件売買契約が公序良俗に反するという原告の主張は,全く失当である。

イ 判断能力等の低下

これが認められないことは,前記(1)における主張のとおりである。

ウ 過量販売

原告は,被告近鉄百貨店の外商顧客として,昭和61年7月から20年近くにわたる取引期間において,相当額に上る取引実績があり,本件の売買契約程度の金額の取引があったとしても,何ら不思議はなく,過量販売とはいえない。原告は,日本舞踊等を通じて,日常的に呉服に親しんでおり,実際にも,長年にわたって呉服を買い集めていた。

また,原告は,被告近鉄百貨店と昔から取引のあった橘金属の代表者の妻であったところ,昭和60年に夫が亡くなって以降,平成13年8月までは原告自らが同社の会長に就任していたというのであり,同世代の一般的な女性と比べて相当な資産を有していたことは疑いの余地がない。被告近鉄百貨店は,被告千扇之会らから呉服を購入しているという事実は全く知らなかった。

販売方法については,被告近鉄百貨店は,信販会社等の与信によって本件商品を販売したことはなく,商品の仕立て上がり,引渡しの後に,代金を受領していた。また,原告からのダイヤモンド(30万9855円)の返品の申入れを受けた際も,これに応じている。

しかも,原告の自宅には,同一敷地内に原告の娘夫婦の居宅が存在していたところ,本件売買契約の売買代金の集金の際には,被告近鉄百貨店の従業員がその都度原告の自宅を訪問していたのであって,原告の親族らに本件売買契約の事実を隠匿するような行動は一切取っていない。

具体的な販売態様は,次のとおりである。

(ア) 平成13年7月の記念品等の販売

橘金属の代表者Eからの引き合いで同社の記念品として受注したものを,原告の外商扱いとしたものであって,原告は実質的に関与していない。

(イ) 同年8月のハンドバッグ等の販売(契約番号40)

原告は,同年8月1日,被告近鉄百貨店阿倍野店に来店し,ハンドバッグ,婦人靴の2点を購入した。

(ウ) 同年9月の訪問着,帯等の販売(契約番号41)

原告は,同月29日,被告近鉄百貨店の外商催事「近鉄の大きものまつり」に来場し,訪問着・帯・和装品を購入した。

(エ) 同年11月のベッド,家具等の販売(契約番号42)

原告は,平成14年11月23日,被告近鉄百貨店主催の外商催事「リビングフェスティバル」に来場し,ベッド,ベッド用品,家具を購入した。

(オ) 同年12月の訪問着,帯等の販売(契約番号43)

原告は,同月14日,被告近鉄百貨店主催の京都顔見世興行の観劇が付いた外商催事「京都顔見世興行と逸品呉服」に来場し,訪問着と帯を購入した。

(カ) 同年12月及び平成15年1月の宝石の販売(契約番号44)

原告は,平成14年12月30日,自宅において,被告近鉄百貨店からダイヤモンドを購入した。ただし,代金支払及び納品を翌年以降にすることとなっていたところ,平成15年1月になって,原告から他の宝石も見てみたいという申入れがあった。

そこで,被告近鉄百貨店担当者が原告の自宅に赴き,様々な商品を見せたところ,原告はエメラルドのネックレスを購入し,上記ダイヤモンドの売買はキャンセル扱いとなった。

エ 外商取引の特殊性

上記のとおり,被告近鉄百貨店と原告との本件売買契約は,正常な商道徳に基づき,外商顧客たる原告の意思を最大限尊重して行われていた。

(9)  争点(9)(被告近鉄百貨店の不法行為の成否)について

【原告の主張】

被告近鉄百貨店の原告に対する販売行為は,原告の判断能力及び拒絶力が著しく低下していることを知り又は知りうべき状態にありながら,これに乗じて,さらに長年の外商取引を通じて獲得した原告の被告近鉄百貨店に対する信頼を悪用して,必要性のない商品を支払能力を無視して次々と販売したのであって,商品販売活動として社会的に許容される相当性を逸脱する違法な行為であり,不法行為が成立する。

【被告近鉄百貨店の主張】

前記(8)における主張のとおり,本件売買契約時点における原告の判断能力及び拒絶力は正常だったのであるし,被告近鉄百貨店の販売行為に何ら違法な点はない。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(原告の意思能力)について

(1)  前記争いのない事実及び証拠(D証人,甲80)によれば,原告につき,次の事実が認められる。

生年月日は,大正14年生まれ,平成14年4月当時の年齢は77歳であり,以前から肩書住所地の自宅に住んでおり,平成11年に娘夫婦のE夫婦が同じ敷地内の別棟の家から他に引っ越してからは,一人で暮らしていた。

平成14年4月,外出中に転倒し,大腿骨骨折により,3か月程度入院したが,その後も,自宅に戻り,一人暮らしを続け,財産についても,親族に関与させず,自身で管理していた。

しかし,原告は,平成14年4月前後から,見舞いに来た人の名をすぐに忘れたり,人の話が理解できなかったりという症状を見せており,さらに,同年4月からの入院を終えた原告は,物忘れがひどくなり,引き受けた頼み事や,借り受けたタクシー代についてすぐに忘れてしまうなどといった状態がみられ,平成15年7月ころ,痴呆症が悪化していることが判明し,同年8月から,三女のD夫婦と同居するようになった。

以前は,夫の経営していた橘金属の経理を手伝っており,夫が昭和60年に急逝してから,一時,代表取締役に就任し,平成7年9月に退任した後,平成13年8月まで会長(取締役),平成15年7月まで取締役として報酬を受けていた。会長を退いてからは,Eが経営を継いだため,橘金属の業務に関与することはなくなっていた。

また,40歳のころに日本舞踊を習い始め,呉服を趣味とし,京都の呉服商から,年間50万円から100万円程度の呉服を継続的に購入していた。

(2)  平成15年8月5日付けの診断書(甲71)によれば,原告は,大阪市立大学医学部附属病院勤務医師によって,同年7月15日からの検査の結果に基づき,中等度の痴呆症として,加療の必要があると診断されている。

また,成年後見開始が申し立てられた際の平成16年2月1日付け鑑定書(甲57)によれば,原告との問診,原告の娘であるD及びその夫からの面接聴取に基づき,原告につき,「アルツハイマー型痴呆と脳血管性痴呆の混合型と考えられ,中等症の記憶障害を主体とする知的能力の低下を有する。疾患は進行性であり障害の回復は望みがたい。」と鑑定されている。「MMSEでは25/30点と軽度痴呆のレベルである。短期記憶の障害が顕著である。」と指摘されている。

さらに,平成17年10月18日付けの診断書(甲72)では,「痴呆症(アルツハイマー型)」と診断され,「長谷川式スケール8点で著明な短期記憶障害を認める。」と診断されている。

これらの診断等によれば,原告は,平成15年7月以降,中等度の痴呆症に罹患していたことが認められ,最終的な診断からみて,アルツハイマー型であったものと認められる。

痴呆(症)とは,認知機能(を含む高次の精神機能)が脳の器質性障害によって持続的に低下し,社会的あるいは日常的な生活に著しい支障を来すようになった状態である(甲74,75)。

痴呆症の中核となる症状は,認知機能障害,すなわち,記憶,思考・判断力,見当識等の障害であり,それに伴い,抑うつ等の精神症状や徘徊等の行動障害といった周辺的な症状も生じる(甲73,74)。

痴呆症においては,その認知機能は,持続的に低下し,アルツハイマー型痴呆では,「いつとはなしに」,つまりこれといった契機がないまま発症し,階段状ではなく,「一方向性」に進行するのが特徴である(甲75)。

本件においても,原告の痴呆症は進行性であると鑑定されている。

中等度の痴呆では,例えば,CDR(Clinical Dementia Rating,国際的に一般的に用いられている観察式による痴呆の重症度評価法)の尺度によれば,記憶の面で,「重度の記憶障害。高度に学習した記憶は保持,新しいものはすぐに忘れる。」,見当識の面で,「通常時間の失見当がみられ,しばしば場所の失見当がみられる。」,社会適応の面で,「家庭外では自立した機能を果たすことができない。」とされ,特に,中等度のアルツハイマー型痴呆では,FAST(Functional Asessment Staging,アルツハイマー型痴呆の病期を日常動作能力<ADL>の障害の程度によって分類した,観察式による重症度評価法)の分類においては,「家庭での日常生活でも自立できない。買物をひとりですることはできない。」などの日常生活動作能力の障害が例示されている(甲73)。

(3)  弁論の全趣旨によれば,原告の預貯金は,平成14年6月30日に総額2780万円であったにもかかわらず,同年12月31日には2030万円,平成15年6月30日には550万円まで取り崩されていることが認められる(この点は,原告の主張による。原告の財産管理状況に関する主張は,原告成年後見人の財産管理事務に基づくものであるから,信用するに足りる)。

原告の当時の預貯金以外の資産は,自宅不動産,出資金(2万円相当),有価証券(200万円相当),生命保険(年金部分260万円)のみであり,上記預貯金が流動資産の大部分を占めていたこと,上記預貯金2780万円のうち,普通預貯金は,約219万円に過ぎず,大部分が定期預貯金,定期積金であったこと(弁論の全趣旨),上記期間中,原告には,厚生年金の受給及び橘金属からの給与として,月々合計40万円強の収入があり,生活費をまかなうのに十分な収入があったこと(弁論の全趣旨)及び前記(1)の原告の年齢等の属性からみれば,この預貯金は,原告当人がいわゆる老後の蓄えとして,近々に取り崩す予定のない資産として,管理形成してきたものであると認められる。

そして,原告は,上記のとおり,生活費をまかなうのに十分な収入があったといえるから,上記預貯金を取り崩す必要はなかった。現に,原告は,前記(1)のとおり,自身で財産を管理していたが,平成13年までは,その預貯金を減少させることなく,適切に管理していた。

それにもかかわらず,原告は,別表1のとおり,平成14年7月から平成15年6月にかけて,被告千扇之会ら及び被告近鉄百貨店から,使用する機会がないのに,単価十数万円から百数十万円に及ぶ呉服(訪問着,色留袖,着尺)24点をはじめとする2000万円を超える商品を購入し,定期預貯金を中途解約するなどして売買代金及び立替金を支払っていたと認められる。

商品代金支払のための立替払契約の内容をみても,支払回数は,1回から36回までまちまちであり,ボーナス払いなど,原告の収入状況に適合しない支払方法も選択されており,別表3「与信等状況一覧」のとおり,月々の支払額の合計も,まちまちである。

本件各契約を総体としてみれば,その支払額は,原告の財産状況に照らして,妥当な範囲を大きく超えており,これまで,原告が自己の資産を定期預貯金等で自身で適切に管理・運用していたことからすると,かかる多額の商品購入は,原告の従前からの性格に基づくものではなく,原告に起こった病的な変化によるものであると考えるのが妥当である。そこで,原告は,財産管理の点において,遅くとも平成14年7月以降,正常な判断能力を欠いていたと認められる。

さらに,証拠(甲42,C証人,B証人)によれば,原告は,平成14年9月30日に購入した訪問着等168万円の代金につき,同年12月31日にCが自宅に集金に来るまで支払わず,また,同年11月24日に購入したベッド等24万1290円の代金についても,平成15年4月26日にCが集金に来るまで支払っておらず,支払が遅れていたこと,平成15年4月,5月ころに,Bに支払うべき仕立て代につき,同人が請求しても,一部だけ3万円を支払い,残りの11万円余りを支払わず,また,Bの催促に応じ,現金の代わりに通帳を持ってきて,Bに言われて近くの郵便局に行ってみたものの,貯金を下ろすことができずに帰ってくるなど,原告の金銭管理能力に支障があったことを窺わせる事実もある。

痴呆症の症状として,一般に,金銭管理における支障が挙げられており(甲73),前記FASTによれば,アルツハイマー型痴呆症の特徴として,家計の管理に支障を来すこと,具体的には,買物で必要なものを必要なだけ買うことができないという例が挙げられており,原告の場合は,まさしくこれに該当するものといえる。

また,証拠(甲57,D証人)によれば,原告において,平成13年ころ,自宅の窓ガラスが割られたのを放置していた,平成14年の骨折による入院の後,家が散らかるようになったなど,このころから,日常家事の能力の低下を示す事実が認められる。家事能力の低下も,痴呆の症状の一つである(甲73)。

証拠(乙E1,G証人)によれば,平成14年2月7日申込みのクレジット契約書(契約番号19)の勤務先欄に,原告は,会長から既に退いていたにもかかわらず,橘金属の会長であると被告ライフ担当者が代筆したことが認められ,原告の記憶又は会話能力に支障が生じていたことも窺われる。

原告の痴呆が明らかになった後から振り返った話ではあるが,見舞いにきた知人とつじつまの合わない会話をすることもあったとの事実も認められる(甲57,D証人)。

以上によれば,原告は,平成14年4月ないし7月ころに骨折で入院した前後から,アルツハイマー型痴呆症の進行を原因とする認知機能の低下が生じていたことが認められる。

(4)  一方で,以下に掲記するとおり,本件各契約当時,原告の認知機能の低下が,第三者からみて必ずしも顕著ではなかったことを窺わせる事情も認められる。

原告は,平成14年の退院以後も一人暮らしを続けており,娘であるDが毎日のように電話をしたり,たびたび部屋の掃除に訪れたりしていたにもかかわらず,Dは,平成15年6月ころまで,原告の変化は加齢によるものと判断し,原告に診療を受けさせるまでの必要を感じていなかった(D証人)。

原告は,被告千扇之会会員の「ひまわりの会」に入り,平成15年1月7日の日航ホテルでの集いに参加し(乙F2),同年4月14日の水上バスツアーにも参加しており(乙F3),また,同年6月17日には,Dに告げた上で,Aらとともに,広島県宮島まで日帰りで旅行している(乙F4,A証人,D証人)。同年4月には,趣味の踊りの会にも参加している(D証人)。これらの機会において,原告がどのような様子であったかについては,D証人とA証人らとの間で証言内容に相違があるが,少なくとも,原告が家庭外における余暇や趣味について,一定の行動力と関心を有し,大きな混乱を起こすことなく生活できていたことは明らかである。痴呆が進むと,例えば,軽度痴呆で,より複雑な趣味や関心が喪失し,中等度痴呆では,単純な家事はできるが,非常に限られた範囲の関心しか残らず,着衣や身繕いに介助が必要とされているが(CDR,甲73),原告はそのような段階には至っていなかったものと思われる。

原告は,本件売買契約に関し,被告千扇之会のショールーム,展示即売会や,被告近鉄百貨店の催事に参加した際にも,天王寺駅から自宅までは一人で帰ったり(乙F4,A証人。ただし,その他は,Aが同行していた。),鶴橋駅から自宅までは一人で帰ったりしており(C証人。ただし,京都から鶴橋までは,Cが同行した。),一応,目的地等の場所についての見当識が失われていなかったことが窺われる。

また,本件立替払契約に関し,原告は,信販会社からの契約確認において,生年月日,干支,住所,契約金額,支払回数につき,正しい認識をしていたとの確認を受けており(乙A2,5,乙E3,6,10,11),職業につき,「会社は以前役員でした。今はほとんど行っていません。」といった回答もしており(乙A5,乙E5),自己についての見当識や,自己の属性といった基本的事項についての記憶には障害が生じていなかったものと考えられる。

これらによれば,原告の本件当時の痴呆の症状は,鑑定や診断の際に比較して,より軽度なものであったと考えられる。

(5)  上記の各事情を総合すると,原告は,平成14年4月ないし7月ころに骨折で入院した前後から,アルツハイマー型痴呆症の進行を原因として認知機能が低下し,財産管理能力の低下が生じていたと認められるものの,なお日常生活を一人で営むにおいて明らかな支障がなく,一応,自立して,趣味や余暇を含む社会生活を送っていたといえる。

一方,本件各契約の内容は,それぞれの商品を一定の代金で買い,その代金を一括又は分割で販売業者又は信販会社に支払うという単純なものであって,その商品の内容も,呉服類,寝具など,購入の際に現物を確認することが可能なものである。

前記(1)のとおり,原告は,呉服を趣味の一つとしており,それなりの財産も有していたのであるから,呉服を一度に百数十万円で購入することも不自然ではなく,結果的に,一度も着用しない呉服を多数購入しているとか,その金額が多額に上り,これにより多額の預貯金を取り崩しているからといって,一概にそれ自体が正常な判断能力を欠いた行為ということはできない。

以上によれば,上記のような生活を送っていた原告において,かかる売買契約及びこれに付随する立替払契約につき,その内容,すなわち呉服等の売買であることを理解し,その結果,すなわち一定額の代金を支払わなければならないことを判断し得る能力が欠如していたというのは困難であり,原告の本件各契約締結当時の意思能力欠如を認めるに足りる証拠はない。

この点,前記のとおり,本件各契約を総体としてみれば,その金額は,明らかに原告の購買力を超えていることは明らかで,原告において,自己の預貯金の大部分を失うこととなるという結果につき,正常な判断能力を有していなかったといえなくはない。

しかしながら,意思能力の有無は,個別の契約ごとに検討すべきものであるところ,本件各契約を個別にみる限りは,ある一つの契約によって原告の資産が直ちに害されるという関係にはなく,原告の資産び趣味的要素を多分に有するという呉服の商品特性からみて,異常な消費行動であるということはできない。

原告は,Dその他の親族が原告に診療を受けさせる必要性を感じなかったことをもって,原告の痴呆症発症を否定すべきでないと主張する。

確かに,アルツハイマー型痴呆症においては,能力低下はあっても,人と接したときの対人的配慮は保たれ,世間話程度の日常会話はそつなくこなせるといわれ(甲76),軽度の段階であれば,表面的には普通に見え(CDR,甲73),軽度アルツハイマー型痴呆症では,日常生活では介助を要しないとされている(FAST,甲73)。

こうした症状の特徴からすれば,原告と同居していなかったDにおいて,原告の認知機能低下を正確に把握し得たとはいえないし,医学的知識のないDにおいて,実母の痴呆の疑いという微妙な評価を要する事項につき,診療が必要な時期を的確に判断することは困難であったといえるから,それを必要と認めた平成15年7月以前に,症状が進行していたことは当然に推認されるところである。

しかしながら,その認知機能の低下が本件各契約の内容についての理解力,購入代金及び割賦手数料等の債務を負担するという結果自体についての判断能力を失わせるという程度にまで至っていたと認めるには足りないことは前記のとおりである。

よって,原告が本件売買契約及び本件立替払契約の締結当時に意思能力を欠如していたとは認められず,本件各契約がかかる理由により無効ということはできない。

2  争点(2)(被告千扇之会らとの本件売買契約の公序良俗違反)について

(1)  証拠(A証人,B証人,F証人,G証人,乙E12,乙F4,5,6,7)及び弁論の全趣旨によれば,被告千扇之会らの販売体制につき,以下の事実が認められる。

ア 被告千扇之会は,ホテルやショールームを会場として,月2回ほど,3日ないし7日の期間で展示即売会を開催し,高級和服,和装製品等を販売している。

被告千扇之会では,商品を購入した顧客には,愛好会員として登録してもらい,そのうち,10万円以上に相当する商品を購入した顧客につき,ロイヤル会員として,展示即売会の開催案内を発送している。

被告千扇之会は,広告媒体を用いた広告・宣伝活動は行わず,外交員によるいわゆる口コミでの宣伝活動により,販売を拡張をしている。

イ 被告千扇之会は,営業所外交員と代理店外交員を設けている。

営業所外交員は,自身が紹介した会員が被告千扇之会から購入した呉服等の商品のうち,着物,帯及びコート地の表地の本体価格を基準として,被告千扇之会から外交員報酬を受け取ることができる。

営業所外交員は,600万円相当の売上げを出せば,代理店外交員に昇格することができる。

代理店外交員は,営業所外交員を指導・監督する立場にあり,担当の営業所外交員の売上げに対する報酬受け取ることができるとともに,営業所外交員と同様,自身が紹介した会員が購入した商品につき,本体価格を基準とする外交員報酬を受け取ることができる。

報酬の割合は,営業所外交員が10パーセント,代理店外交員が3パーセント(代理店外交員の直接の売上げについては13パーセント)であった。

本件につき,Aは,原告を紹介した外交員であり,平成14年10月までは営業所外交員,同年11月以降は代理店外交員として,原告が購入した商品につき,外交員報酬を受け取っていた。

Bは,Aを指導・監督する代理店外交員として,平成14年10月までの間,原告が購入した商品につき,外交員報酬を受け取っていた。

B及びAは,月に1回,被告千扇之会の開催する新商品の企画説明会に参加していた。

代理店外交員が営業所外交員に降格するという制度はないという建前になっているが(F証人),Bは,企画説明会等において,売上げが基準額に満たない場合は,営業所外交員への降格があるという認識を持ち,かかる認識に基づき,販売勧誘活動を行っていた(B証人)。

ウ 会場には,被告千扇之会の営業担当従業員,着付担当のコンサルタント,催事ごとに1社の信販会社の従業員が待機していた。

原告が訪問した場合は,上記コンサルタントのほか,A,Bが原告に付き添い,商品を選んでいた。

支払方法については,原則として,信販会社を通しての立替払が用いられていた。例外的に,顧客によっては,信販会社からの請求書が送られてきたり,通帳に支払履歴が残ったりするのを避けたいという要望があることもあり,このような場合には被告千扇之会が信販会社を通さず,自社で割賦販売とすることもあった。

信販会社による立替払を利用する場合は,被告千扇之会らの営業担当従業員が売上伝票を作成した上,信販会社従業員に引き継ぎ,立替払契約の申込書は,顧客と信販会社従業員によって記入されていた。

エ 被告室生扇山も,被告千扇之会について上記ア,イで述べたのと同様の営業方法をとっていた。ただし,外交員につき,営業所・代理店の区別は設けていなかった。

A及びBは,被告室生扇山の外交員でもあり,原告が購入した寝具等の商品につき,本体価格を基準とした外交員報酬を受け取っていた。

被告室生扇山の商品は,被告千扇之会の商品と同一の会場の別のコーナーで販売されていた。

(2)  証拠(乙F4,F証人及び以下に掲記の各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告千扇之会らとの間の本件売買契約につき,以下の事実が認められる。

ア 原告は,平成11年ないし12年ころ,踊りの会を通じてAと知り合い,平成12年から,Aらと3人で宮島に旅行に行くなどしていた。

原告は,Aの勧誘により,被告千扇之会で商品を購入するようになった。

初めて買ったのは,別表1のとおり,平成13年6月23日(契約番号18)であった。その後の商品購入状況は,別表1及び別表2のとおりである。

被告千扇之会らの展示即売会がある際には,Aが原告を誘い,天王寺駅で待ち合わせて,会場まで同行していた。

会場においては,A,B,被告千扇之会の営業担当従業員,着付担当のコンサルタントが原告に同行し,試着を勧めるなどして,呉服類を勧誘販売していた。

イ 原告は,平成13年6月23日に訪問着等の39万円(千円以下四捨五入。本項において以下同じ。)の買物をした後,しばらく置いて,平成14年2月7日に袋帯等22万円,同年3月12日に訪問着等33万円をそれぞれ購入した。

平成14年4月ないし6月は,原告が骨折により入院していたため,商品購入はない。

しかし,退院した後,原告は,平成14年7月9日から平成15年6月24日までは,ほぼ月2回のペースで,着尺,訪問着,色留袖のいずれかと帯,帯締め,帯揚げ,ゆのし,胴裏等をセットで購入しており,被告千扇之会らが月2回の展示即売会を開催するたびに,十数万ないし百数十万,最高では200万円を超える高額な呉服商品を購入していたことになる。

また,被告室生扇山の商品についても,被告千扇之会の呉服類を購入したのと同じ日に,購入しており,その品目は,健康寝具33万円,掛布団11万円,備長炭シングルマット17万円,備長炭羽根布団32万円などの寝具類が主である。

平成14年7月9日以降の被告千扇之会らからの購入金額は,1819万円に及ぶ。

原告が購入した呉服類のうち,そのほとんどは,外出する機会のないまま,袖を通さずに原告の自宅に保管されていた(甲69の1ないし16)。

ウ 原告は,被告室生扇山の低額の商品を除き,信販会社による立替払又は被告千扇之会による自社割賦販売を利用して,商品を購入していた。

支払回数は,購入金額と関係なく,1回から36回までまちまちである。ボーナス払いを利用したものもある。

立替払の分割手数料は,平成14年11月20日の被告ジャックスの24回払いの契約(契約番号17),平成15年1月29日の被告ライフのボーナス2回払いの契約(契約番号24)を除き,いずれも無料であった(実際には,被告千扇之会が負担しているものと思われる。)。

一方,自社割賦販売については,原告が分割手数料を負担していた。

被告信販会社らとの立替払契約については,前記(1)ウのとおり,被告千扇之会の展示即売会では,担当の信販会社が1社とされており,その担当者が会場のクレジットカウンターで待機していたため,原告は,基本的には,その担当の信販会社と立替払契約を締結していた。

ただし,平成14年12月20日申込みの契約(契約番号12)では,担当であった被告ジャックスの審査が通らなかったため,改めて,被告ライフとの立替払契約が締結されており,平成15年1月29日申込みの契約(契約番号24)では,担当であった被告アプラスの審査が通らなかったため,改めて,被告ライフとの立替払契約が締結されており,平成15年2月14日申込みの契約(契約番号25)では,担当であった被告オリコの審査が通らなかったため,被告ライフとの立替払契約が締結されている(甲24の1ないし3,甲25の1ないし3,甲26の1ないし3)。

この際,被告千扇之会営業担当従業員が原告に連絡して来社を求め,改めて,被告ライフ宛の立替払の申込書を記載させた(F証人)。

また,自社割賦販売は,前記(1)ウのとおり,信販会社からの請求書が送られてきたりするのを避けたいといった顧客からの特殊な要望に応じてされるものであり,当初は,原告に利用されることはなかったが,平成15年3月28日の契約(契約番号31)以降,3回利用されている。

エ 前記のとおり,原告の預貯金は,平成14年6月30日に総額2780万円であったにもかかわらず,平成15年6月30日には550万円まで,2000万円以上が取り崩されている。

平成14年6月から平成15年6月までの間の被告千扇之会らからの商品購入について支払った代金,立替金等の金額は,575万7937円(別表1末尾の642万3791円から別表3与信等状況一覧記載の平成14年5月までの支払額を控除。なお,被告近鉄百貨店については,契約番号40の分を除く484万5540円を支払っている。)であり,原告の預貯金は,本件に関係しない部分で,1000万円以上減少していることになる。

前記のとおり,当時,原告には,月々40万円を超える収入があったにもかかわらず,いかなる経緯で1000万円以上の預貯金が流出したのかは明らかでない。

ただ,いずれにしろ,この期間中に原告が被告千扇之会らから購入した総額1819万円(契約番号1,18,19の売買を除く。キャンセルされた契約番号30の売買を含む。)の買物は,平成14年6月当時の預貯金の約65パーセントにあたり,老後に向けて蓄えられた流動資産の大半を費消するものであった。

(3)  前記1のとおり,平成14年7月以降,アルツハイマー型痴呆症の進行を原因として,原告(当時77歳)の認知機能は低下し,判断能力は,一定程度低下していたものと認められる。

上記(1),(2)によれば,原告は,そのような状態において,退院後の平成14年7月から本件各契約の存在が親族に発覚した平成15年6月まで,知人でありかつ被告千扇之会らの外交員であったAの勧誘により,月2回の被告千扇之会らの展示即売会をほぼ毎回訪れ,被告千扇之会の営業担当従業員,歩合報酬の外交員であるA,Bらから商品を勧められ,これを購入していたということになる。

支払については,現金払いはほとんどなく,会場で待機している担当者により,信販会社を通じた立替払契約が締結され,さらに,原告の未払債務が増加し,信販会社の審査が通らなくなると,被告千扇之会は,自社で割賦販売に応じていた。

その購入代金総額は,その1年余りの期間内において,1800万円を超えており,当初流動資産を3000万円程度保有していたとはいっても,収入源が年金及び橘金属からの名目的な役員報酬(合計月々40万円強)しかなかった原告において,明らかに過大かつ不相当な金額である。

また,原告は,前記のとおり,踊りの会や「ひまわり会」など,呉服を着用する機会をそれなりに有していたとはいえ,既に,多数の呉服を所有していたのであり,客観的にみて,上記期間中において,20枚を超える呉服を必要としていた事情は窺われない。

被告室生扇山を売り手とする前記の寝具類についても,用途が重複するものはないものの,いずれも,通常の品質の寝具よりも著しく高価なものであり,原告による同一機会,同一会場における被告千扇之会からの呉服購入と併せれば,過大な金額に上るものであるし,客観的にみて購入の必要があったという事情もない。

このようにみれば,被告千扇之会の原告に対する勧誘・販売方法は,取引の相手方の財産を著しく毀損することを認識しつつ,相手方の判断能力低下に乗じて,商品を過剰に販売したというものであり,社会通念上,取引道徳に反し,社会的相当性を著しく逸脱するものであって,法律上の保護を与えることのできないものである。

被告千扇之会らは,原告は,呉服につき,好みの商品を自分で選択して購入していたのであって,その用途からも,他種類のものを購入したとしても不自然ではなく,外交員が強制的に購入させたものではないと主張する。

確かに,原告は,従前から呉服を趣味としていたのであり,呉服類を購入すること自体が原告の意思に反するものであったとまでは認められないし,個々の商品の購入の場面では,意欲的に呉服類を買い求めていたという可能性も否定できない。

しかしながら,本件では,痴呆症により認知機能の低下した原告が,客観的にみて,自身の資産状態に照らし,著しく過大かつ不相当な金額の,必要ない多数の呉服を次々に購入している点が問題なのであって,原告が呉服類を快く購入していたとしても,問題状況は変わらない。

被告千扇之会らは,原告の言動からは,その判断能力の低下を知り得なかった旨主張する。

しかしながら,現に,原告に過剰な量及び金額の商品を販売していたのは,ほかならぬ被告千扇之会らであり,また,その営業担当従業員及び外交員は,例外なく原告の買物に付き添っていたのであるから,原告の認知機能の低下を知り得なかったはずはなく,原告の様子に不審な点はなかったというA証人及びB証人の証言は,そのまま信用することができない。

また,痴呆症においては,前記のとおり,軽度の段階であれば,能力低下はあっても,人と接したときの対人的配慮は保たれ,世間話程度の日常会話はそつなくこなせるとされているのであり,被告千扇之会従業員やA,Bにおいて,原告の判断能力低下を感じつつも,物品購入を決断させ,原告の承諾を引き出すことは,困難ではなかったと考えられる。

被告千扇之会らは,原告は,①厚生年金を受け取っていたこと,②持ち家であったこと,③会社の役員であったこと,④自由になるお金が1000万円あると原告が発言していたことなどから,本件における呉服等の販売が原告の資産等に照らして過大であったことを知り得なかった旨主張する。

しかしながら,前記(2)ウによれば,被告千扇之会は,被告ジャックス,被告アプラス及び被告オリコが,それぞれ平成14年12月20日,平成15年1月29日,同年2月14日申込みの立替払契約につき,審査を通さず,原告の支払能力に疑義が生じた際も,そのことを担当者が認識しつつ,審査の甘い被告ライフによる立替払に切り替えさせ,その後は,被告ライフによる立替払(1件のみ被告アプラス)及び通常は利用しない自社割賦を利用させることによって,なお販売を継続していたとの事実からすれば,被告千扇之会が一部信販会社から与信を受けられないことなどを知りながら,原告の財産状況を顧慮することなく,本件売買契約の勧誘を行っていたことは明らかである。

以上によれば,被告千扇之会らは,平成14年7月から継続的に,原告に対し,その認知機能が痴呆症によって低下し,判断能力が低下していることに乗じて,客観的にみて購入の必要のない高額かつ多数の呉服,寝具等をそれと知りつつ過剰に販売したものであるといえ,原告と被告千扇之会らとの間の本件売買契約のうち,上記期間にされたものは,公序良俗に反し,無効であると判断される。

(4)  一方,平成13年6月23日,平成14年2月7日,同年3月12日に申し込まれた契約(契約番号1,18,19)については,その契約の時期からみて,多数の呉服類を販売した一環であるとはいえないし,この時点で,原告の判断能力が痴呆症により低下していたとは認められないから,公序良俗に反し無効であるとは認められない。

3  争点(3)(本件立替払契約の公序良俗違反)について

(1)  争いのない事実及び下記に掲記の各証拠によれば,原告と被告信販会社らとの間の本件立替払契約につき,次の事実が認められる。

ア 原告と被告信販会社らとの間の本件立替払契約の内容は,別表1のとおりであり,月ごとの支払予定金額及び支払額は,別表3「与信等状況一覧」のとおりである。

被告信販会社らは,原則として,被告千扇之会らの展示即売会場のクレジットカウンターにおいて,原告と面談の上,契約書の差し入れを受け,これをもとに審査をしていた(乙E12,G証人)。

本件立替払契約の全部がCICに情報が登録されたわけではなく,別表1「CIC」欄に○を付した契約についてのみ,その情報が登録されていた(甲78の1,2)。

イ 被告セントラルの契約は,平成13年6月23日申込み分(契約番号18),与信額39万4800円のみである。

ウ 被告ジャックスは,平成14年8月7日申込み分(契約番号15)以降,原告との間で,本件売買契約のうち,3件につき,立替払契約を締結した。

被告ジャックスは,その1件目(契約番号15)の審査において,原告の生年月日が大正14年生まれであり,自宅が自己所有であり居住年数が40年であり,職業は年金受給者であるとの記載内容に基づき,CICデータありと確認した上で,売買代金42万3150円の与信につき,審査を通した(乙C1の1)。

被告ジャックスは,2件目の契約(平成14年10月16日申込み,契約番号16)では,「本件限度」として,売買代金31万2900円の与信につき,審査を通したが(乙C1の2),その後,3件目の契約(同年11月20日申込み,契約番号17)では,特段の理由なく,既存債権額70万0100円及び新規59万6400円の合計129万6500円の与信につき,審査を通している(乙C1の3)。

その後,平成14年12月20日申込み分(契約番号23)については,与信を否決し,審査を通さなかった(甲24の1ないし3)。

エ 被告アプラスは,平成14年3月12日申込み分(契約番号1)以降,原告との間で,被告千扇之会らを売主とする本件売買契約のうち,6件につき,本件立替払契約を締結した。

被告アプラスは,その1件目(契約番号1)の審査において,原告の生年月日が大正14年生まれであること,自宅が自己所有で居住年数が45年であり,勤務先が橘金属で勤続年数が50年であるとの記載内容に基づき(年収は確認していない。),審査を通した(乙A1)。その後,3件目の契約(平成14年7月9日申込み,契約番号4)の審査書類では,勤務先が「年金」に変更されている(乙A4)。

その後,4件目の契約(平成14年8月7日申込み,契約番号5)の際は,既存契約による残債務が92万8300であったところ,16万5900円の与信につき,「本件ENDで」との判断で,審査を通した(乙A5)。

5件目の契約(平成14年10月3日申込み,契約番号6)の際は,既存契約による残債務が93万5300円であったところ,58万円の与信につき,いったん,「前回END」であるとの理由で,いったん審査を否決したが,その後,1件(契約番号5と思われる。)の1回払いの完済があったとして,「再びEND」との判断で,審査を通した(乙A6)。

平成15年1月29日申込み分(契約番号24)については,与信を否決し,審査を通さなかった(甲25の1ないし3)。

その後,6件目の契約(平成15年4月11日申込み,契約番号7)の際は,既存契約による残債務が64万6400円まで減少しており,「ENDにて」との条件付きで,審査を通した(乙A7)。

ただし,この時点で,被告信販会社らの原告に対する与信額合計は,1540万3285円に達しており,残高は,1200万円を超えていた(別表3与信等状況一覧)。

オ 被告オリコは,平成14年7月26日申込み分(契約番号8)以降,原告との間で,本件売買契約のうち,7件につき,立替払契約を締結した。

被告オリコは,その1件目(契約番号8)の審査において,原告の生年月日が大正14年生まれであり,自宅が自己所有で居住年数が40年であり,「勤務先」が厚生年金である(金額についての確認はない。)との申込書の記載(甲9の1)等に基づき,審査を通した。

被告オリコは,原告の商品購入代金につき,400万円以上1000万円以下の与信枠を設定していた(乙B4の1等)。

4件目の契約(平成14年12月10日申込み,契約番号11)では,既存契約で294万0500円の残債務があり,CIC情報によって他に9件残高319万7000円の個品割賦があることを確認した上で,84万円の与信につき,「本件限度」との条件で,審査を通している(乙B1の1ないし3)。

さらに,5,6,7件目の契約(平成15年1月15日申込み分,契約番号12ないし14)では,既存契約で285万7200円の残債務があり,CIC情報によって他に9件352万4000円の個品割賦があること,和服,衣服,寝具につき5件263万1000円分の個品割賦の申込みがされていることを確認した上で,285万1900円(分割手数料込み)の新規与信につき,「残高多いも正常利用中,現在月17万円程」等の理由で,審査を通している(乙B2の1ないし3,乙B3の1ないし3)。

その後,平成15年2月14日申込み分(契約番号25)については,与信を否決し,審査を通さなかった(甲26の1ないし3)。

カ 被告ライフは,平成14年2月7日申込み分(契約番号19)以降,原告との間で,本件売買契約のうち,12件につき,立替払契約を締結した。

被告ライフは,その1件目(契約番号19)の審査において,原告の生年月日が大正14年生まれであり,自宅が自己所有で居住年数が45年であり,勤務先が橘金属,役職が会長であるとの記載内容に基づき,「高齢だが属性安定」として,審査を通した(乙E1)。

その後,3件目の立替払契約(同年11月6日申込み,契約番号21)の際には,「決裁者判定額」として,物販については,150万円という与信枠で,審査を通し(乙E3),4件目の立替払契約(同年12月4日申込み,契約番号22)の際には,その与信枠の範囲内で,既存契約で110万9900円の残債務がある中で,38万円の与信につき,審査を通した。

5件目の契約(同年12月20日申込み,契約番号23)の際には,与信枠は,180万円まで引き上げられ(乙E5),被告ジャックスが与信を拒否した50万6100円の売買代金につき,審査を通し,さらに,6件目の契約(平成15年1月29日申込み,契約番号24)の際には,既存契約による残債務が184万3400円に達していたにもかかわらず,被告アプラスが与信を拒否した140万円の売買代金につき,180万円の与信枠をそのままに,審査を通した。

6件目の契約の審査書類には,CIC情報につき,個品割賦のうち残高のあるものが「1件522千円」と記載されているが(乙E6),実際には,平成15年1月29日の時点で,被告ライフを含む被告信販会社らの原告に対する与信額は,総額1269万6285円に達しており,平成14年12月までの支払額193万7304円を差し引いても,1000万円を超えており,このうち,CICに登録されていたものだけでも,800万円以上の残高があった(別表3与信等状況一覧)。

その後,被告ライフは,さらに6件の立替払契約を締結した。

12件目の契約(平成15年6月24日申込み,契約番号30)の時点では,被告ライフによる既存契約及び新規契約の残債務合計額は,512万3320円に達していた。

11件目の契約(平成15年6月11日申込み,契約番号29)の審査書類には,CIC情報につき,残高のあるものが「4件1704千円」と記載されているが(乙E11),実際には,12件目の契約の時点で,被告信販会社らの原告に対する与信残高は,平成15年6月の支払分を差し引いても,1300万円を超えており,残高のある既存契約の件数は,19件,そのうち16件はCICに登録されていた。

(2)  前記争いのない事実のとおり,本件立替払契約は,いずれも,本件売買契約に基づく商品代金支払のために締結されたものであり,前記1のとおり,本件売買契約のうち,平成14年7月以降のものは,原告において,痴呆症によりその認知機能が低下し,判断能力が低下していた状態で,契約が締結されたものであるということが認められる。

そして,客観的にみれば,前記2(1)ウのとおり,被告千扇之会らの展示即売会においては,商品代金の支払につき,原則として信販会社による立替払が利用されていたのであり,これによって,被告千扇之会らによる原告に対する過剰な商品販売が容易となっていたものといえる。

しかしながら,被告信販会社担当者らは,再申込みの場合を除き,展示即売会場内において,立替払の申込みに際し,原告と面談していたとはいえ,商品購入の勧誘自体には立ち会っていなかったから,原告の認知機能低下に気づくことは困難であった可能性があり,原告の判断能力低下を知り得たとまでは認められない。

面談及び電話による意思確認においても,原告は,問題のない応答をしていたことが窺われ(乙A1,7,乙E3,10,11),原告の判断能力低下を知り得たというに足りる事情は認められない。

また,被告信販会社らは,本件立替払契約の締結によって,加盟店である被告千扇之会らから手数料等の利益を得ていたと推認されるものの,本件立替払契約は,本件売買契約についての注文書が作成された後で,支払方法について締結されたものに過ぎず,原告の判断能力低下に乗じて締結されたものとはいえない。

原告は,被告信販会社らによる過剰与信を指摘する。

確かに,前記によれば,被告信販会社らのうち,特に,被告ライフ及び被告オリコについては,原告につき,その年収額等を確認することのないまま,支払の滞納がなく,自宅が自己所有であるという程度の理由によって,自社だけで残高500万円前後まで与信しており,展示即売会において,高額の呉服や寝具を,複数回購入している消費者に対する与信審査として,適切な審査がされていたといえるかは疑問である。

このうち,被告オリコについては,原告が他社に対して多額の立替払債務を有していることを認識しつつ,なお審査を通しており,被告ライフについては,CIC情報につき,「1件522千円」,「4件1704千円」という実際に登録されていたはずの情報よりもはるかに少数・少額の数字を基に審査をしており,しかも,他社が与信を拒否した事案についても,簡単に審査を通している。いずれの被告においても,正確な信用情報に基づき,原告の支払能力を考慮して与信審査がされたとは言い難く,かかる努力義務を規定した割賦販売法38条の趣旨に反する点があったと言わざるを得ない。

もっとも,このうち,平成14年12月時点では,前記1(3)のとおり,原告は,実際には,まだ2030万円程度の預貯金を有しており,月々40万円程度の収入があったのであるから,それを被告信販会社ら従業員が確認した事実があるか否かにかかわらず,客観的にみて,被告信販会社らによる与信が原告の支払能力を超えるものであったとは認められない。

また,平成15年6月時点では,原告の預貯金は550万円まで減少しているものの,この時点の原告の立替払債務は合計1167万5620円であり,月々40万円程度の収入及びその余の流動資産(出資金2万円相当,有価証券200万円相当,生命保険の年金部分260万円)を併せれば,自宅不動産を度外視しても(呉服の割賦販売において,高齢者の自宅不動産の処分による支払を期待するのは取引道徳に反すると考えられる。),かろうじて支払が可能な金額であり,やはり,原告の支払能力を超えるものであったとまでは認められない。

原告が主張するように,一般論として,信販会社において,一定の加盟店管理責任を負うべきことは否定できないにしても,本件において問題となるのは,被告千扇之会らが原告の判断能力低下に乗じて過剰な量の呉服,寝具等を販売したという点にあるのであり,被告信販会社らは,原告の判断能力低下については,これを認識し得たとは認められず,与信の過剰性については,個々の信販会社ごとにみれば,原告の支払能力を超えるものであったというまでの事実は認められない。

以上によれば,本件立替払契約における被告信販会社らの与信が公序良俗に反していたとまで判断される事情は認められず,本件立替払契約が無効であるとはいえない。

4  争点(4)(被告千扇之会らの共同不法行為)について

前記のとおり,争点(1)につき,平成14年7月9日以降の本件売買契約についてみれば,公序良俗に反し,無効であると認められ,原告の求める損害賠償は,契約無効による利得金返還請求権の内容と実質的に同一であるから,改めて不法行為の成否を判断するまでもない。

なお,共同不法行為については,被告千扇之会と被告室生扇山の各販売行為につき,行為の共同性が認められる余地はあるものの,原告に発生した損害の実質は,上記各被告とのそれぞれの売買契約について支払った売買代金又は立替金であって,各被告ごとに考えるべきものであるから,共同不法行為の成立する余地はない。

また,平成13年6月23日,平成14年2月7日,同年3月12日の本件売買契約については,前記2(4)のとおり,その契約の時期からみて,他の契約と一体とはみることはできないし,この時点で,原告の判断能力が痴呆症により低下していたとは認められないから,被告千扇之会らの不法行為が成立する余地はない。

5  争点(5)(被告信販会社らの不法行為),争点(6)(被告千扇之会ら及び各被告信販会社の共同不法行為)について

前記のとおり,被告信販会社らにおいて,原告に対する関係で,過剰与信,加盟店管理義務違反の点で,公序良俗に反する違法があったとは認められず,本件立替払契約の締結に違法があったとは認められないから,被告信販会社らに不法行為が成立する余地はない。

6  争点(7)(抗弁の対抗)について

(1)  原告と被告信販会社らとの間の弁済未了の本件立替払契約のうち,契約番号6,7,9ないし12,15ないし17,20ないし23,25,28ないし30の各契約における被告信販会社らの行為は,特定の販売業者(被告千扇之会ら)が行う購入者(原告)への指定商品(織物,衣服,装身具及び寝具。割賦販売法施行令1条1項,別表第1の3,4,5,7号)の販売を条件として,当該指定商品の代金を当該販売業者に交付し,当該購入者から2月以上の期間にわたり,かつ,3回以上に分割して当該代金を受領するものであるから,割賦購入あっせん(割賦販売法2条3項2号)に該当する。

そして,被告信販会社らは,前記争いのない事実のとおり,割賦購入あっせんを業とするものであるから,割賦購入あっせん業者(割賦販売法30条1項)に該当する。

ところで,上記割賦購入あっせんに係る本件売買契約は,前記2(3)のとおり,公序良俗に反し,無効であると判断される。

したがって,原告は,割賦販売法30条の4第1項に基づき,被告信販会社らに対し,本件売買契約が無効であることを対抗することができ,上記各立替払契約に基づく割賦金の支払を拒絶することができる。

ただし,契約番号2の立替払契約に係る本件売買契約については,前記第2,3のとおり,無効とは認められないから,原告は,その割賦金の支払を拒絶することはできない。

(2)  原告と被告信販会社らとの間の弁済未了の本件立替払契約のうち,契約番号13,14,24,27の各契約は,支払回数が1回又は2回であるため,割賦購入あっせんには該当せず,上記割賦販売法30条の4第1項の適用はなく,信義則に反するというに足りる事情が認められるか否かが問題となる。

前記のとおり,被告信販会社らは,被告千扇之会らと加盟店契約を締結し,従業員をその展示即売会場に派遣し,立替払契約の締結業務にあたらせていたのであって,当然,被告千扇之会らの販売体制を知っていた又は知り得たものと認められる。

すなわち,前記のとおり,被告千扇之会らは,元来顧客であった者を外交員にして,歩合報酬をもって,その友人,知人を勧誘させて,展示即売会場に来場させ,呉服,寝具といった高額商品につき,その場で購入を決断させ,信販会社による立替払を利用させて,代金回収を図るという販売体制をとっていたのである。

かかる販売体制が直ちに不当なものであるとはいえないものの,一般の店舗販売に比べ,指導・監督の行き届きにくい素人の外交員において,不相当な勧誘行為がされ,顧客の財産状況に照らして過大な販売が行われるという事態が起こりやすいといえる。

そして,クレジットのメカニズムないしシステムにより利益を挙げている信販会社には,そのような販売体制の濫用により,消費者が被害にあわないように注意する,いわば,システム管理の責任(原告の主張によれば,加盟店管理責任)があるといえる。

それにもかかわらず,被告オリコ及び被告ライフがこの責任について,何らかの調査や対応をしたという事実は全く窺われない。

それどころか,前記3(1)のとおり,契約番号13,14の各契約は,原告と被告オリコの6,7件目の立替払契約に該当し,既存契約で285万7200円の残債務があり,CICの保有する信用情報によって他に9件352万4000円の個品割賦があること,和服,衣服,寝具につき5件263万1000円分の個品割賦の申込みがされていることを確認した上で,契約番号12の契約とともに,自社のみで合計285万1900円に上る与信につき,審査を通したというものである。

被告オリコと原告の取引履歴と上記信用情報に照らせば,被告オリコ担当者は,この時点で,原告が被告千扇之会らにおいて,総額500万円を優に超える10件以上の商品を購入していたことは,認識していたと認められる。

また,契約番号24,27の各契約は,原告と被告ライフの6,9件目の契約に該当し,いずれも,上記被告オリコとの契約より後のものである。前記のとおり,このころの被告ライフの審査書類には,CIC情報につき,なぜか「1件522千円」又は「4件1704千円」と記載されているのであるが,被告ライフがCICの信用情報を正確に入手していれば,前記3(1)カのとおり,原告が個品割賦について800万円以上の残債務を負っていたことを知り得たと認められる。これらの契約が,被告ジャックス,被告アプラス及び被告オリコが原告に対する与信を拒むようになった後に締結されていることも,前記3(1)カのとおりである。

それにもかかわらず,被告オリコ及び被告ライフは,原告が大正14年生まれの高齢であることを知りつつも,原告の収入,財産状況等につき,慎重な審査を行うことなく,結果として,多額の与信を実行している。

かかる状況に照らせば,立替払契約が公序良俗に反するとまではいえないまでも,被告オリコ及び被告ライフは,被告千扇之会らが原告に対し,不相当な販売方法で,原告の財産状況に照らし,過剰な商品を販売していることを知らないまま,立替払契約を締結したことにつき,過失があったものと認められ,信義則上,原告において,被告オリコ及び被告ライフに対する立替払債務の弁済を拒めるというべき特段の事情があるといえる。

したがって,原告は,信義則に基づき,被告信販会社らに対し,上記立替払契約に係る本件売買契約が無効であることを対抗することができ,上記立替払契約に基づく割賦金の支払を拒絶することができる。

7  争点(8)(被告近鉄百貨店との本件売買契約の公序良俗違反)について

(1)  前記争いのない事実,証拠(甲41ないし46,53,C証人,乙G1)及び弁論の全趣旨によれば,原告と被告近鉄百貨店の取引につき,以下の事実が認められる。

ア Cは,元来,橘金属の外商担当であったが,昭和60年に原告の夫が他界し,原告が橘金属の代表取締役となった際に,原告個人の外商口座も開設することになり,Cが外商担当となった。

それ以後,Cは,年1回程度,原告を訪問し,商品を販売していた。

平成8年から平成13年6月までの5年半で,原告の商品購入額は,約150万円であり,30万円以上の高額商品は,時計を合計3点購入したことがあるだけであった。

原告が外商取引で,着物を購入したことはなかった。

イ 原告は,平成13年7月に商品の記念品を購入したことになっているが,これは,橘金属の記念品として注文したものを,原告の外商口座扱いとしたものであり,原告は関与していない。

また,原告は,同年8月に,ハンドバッグ,婦人靴を購入しているが,これは,近鉄百貨店阿倍野店を訪れて購入したものである。

ウ Cは,平成13年ころからは,月に1回程度,原告を訪問するようになっていた。

そのころ,Cは,原告の自宅を訪問した際,たまたまE夫婦と会い,同人らから,あまり原告に物を売らないでほしいと言われたことがあった。

エ Cが原告の自宅を訪問し,京都で開催される呉服の外商催事に勧誘したところ,原告が興味を示したので,平成14年9月29日,Cが天王寺駅から同行し,原告を天王寺駅から会場まで案内した。

この日,原告は,訪問着などを合計168万円で購入した。

代金の支払期限は,同月10日20日までとされていたが,原告は,12月まで代金を支払わなかった。

オ その後,Cは,上記168万円の回収が未了のまま,大阪ドームにおいて開催されるリビング用品の催事に勧誘したところ,原告が興味を示したので,同年11月23日,原告を自宅から会場まで案内した。

この日,原告は,ベッド,カバーを合計24万1290円で,チェストを8万9250円で購入した。ただし,チェストについては,11月分の売掛金明細書には記載されず,12月18日付けの取引として,12月分の売掛金明細書に記載されている。

代金の支払期限は,同年12月20日ないし平成15年1月20日とされていたが,原告は,同年4月16日ないし同年5月5日まで,代金を支払わなかった。

原告は,購入したベッドにつき,以前E夫婦が住んでいた同じ敷地内の空き家に置いており,これをCに見せたことがあった。

カ さらに,Cが原告の自宅を訪問し,京都顔見世興業の観劇付きのVIP顧客向け呉服催事に勧誘したところ,原告が興味を示したので,平成14年12月14日,Cが天王寺駅から会場まで案内した。

この日,原告は,訪問着及び帯を合計249万9000円で購入した。

代金の支払期限は,平成15年1月20日までとされていたが,原告は,同年4月16日ないし同年5月5日まで,代金を支払わなかった。

キ Cは,平成14年9月29日の訪問着等の販売につき,原告に対し,同年12月30日に自宅に集金に行く旨連絡し,当日,原告の自宅において,現金168万円の支払を受けた。

この日,Cは,原告には事前に連絡せずに,被告近鉄百貨店の宝石の販売員を同行させ,その場で,ダイヤモンドの注文を取り付けた。

しかし,平成15年1月になって,原告から,他のものに変えたいとの希望があったため,ダイヤモンドはキャンセル扱いとし,エメラルドのネックレスを33万6000円で販売することになった。

ク Cは,平成15年2月にも,原告に呉服催事を勧誘したが,これについては,他に用事があるとのことで,原告に断られた。

ケ 原告は,上記各商品の残代金につき,被告近鉄百貨店の決算月である2月までには支払うという話もしていたが,結局,支払われず,Cが原告の自宅を訪れて,283万9395円を平成15年4月16日に集金した。

その余の32万6145円を,近鉄百貨店阿倍野店の外商サロンにおいて支払った。

コ 平成15年6月,原告は,再びCから勧誘され,呉服催事において,訪問着等を126万円で購入したが,同年7月,E夫婦から,キャンセルを求められたため,被告近鉄百貨店は,これをキャンセルした。

(2)  前記のとおり,原告は,平成14年4月ないし6月の入院の前後から,アルツハイマー型痴呆症により,認知機能が低下していたものと認められる。

原告は,被告近鉄百貨店において,原告の判断能力が著しく低下していることに乗じて,必要性のない高額な商品を,支払能力を無視して次々と販売したものであると主張する。

まず,本件売買契約の内容は,平成13年8月1日から平成15年1月31日までに行われた総額519万3877円の商品売買である。前記(1)アの以前の取引状況に比べれば,特に,平成14年9月30日以降の総額484万5540円の売買(41ないし44)についてみれば,その金額,頻度とも,急激に増加しているといえる。

Cは,この機会を捉えて,原告に,呉服の催事を2回案内し,また,リビング用品の催事にも案内したり,宝石の販売員を自宅に連れて行ったりして,高額な商品を販売している。

そして,代金の支払については,前記のとおり,平成14年9月の呉服販売分については,年末まで繰り延べられ,同年11月以降の寝具,呉服,宝石の販売分については,平成15年4月ないし5月まで繰り延べられている。

前者については,C証人によれば,呉服の仕立てに時間がかかり,商品を届けるまでに1,2か月かかることからすれば,得意先である原告に対し,12月まで代金を請求しなかったとしても,さほど不自然ではない。しかし,後者については,販売から支払まで最大5か月以上経っており,明らかに,原告側の事情で支払が遅れていたといえ,これは,前記1(3)のとおり,原告の財産管理能力が低下していたことを窺わせる一つの事情でもある。

さらに,前記のとおり,Cは,E夫婦が以前住んでいた空き家に置いてあるベッドを見せて,ここで寝ているという原告のやや不自然な言動を見せられたり,E夫婦から,原告にあまり物を売らないよう言われたにもかかわらず,本件売買契約の締結に及んでいることが認められる。

これらによれば,Cはそれを否定する証言をするものの,実際には,Cは,以前と比べ,原告の様子に変化がみられ,認知機能が低下しつつあることにつき,ある程度,気づいていたことが窺われる。

しかしながら,原告は,従前から,夫の経営していた橘金属の代表者であったこともあり,呉服も趣味にしているなど,相当の財産を有していることの窺われる生活をしていたのであり,Cも原告が裕福であるとの認識であったと認められる。

このような原告の属性に照らし,被告近鉄百貨店との本件売買契約の内容をみれば,4か月の間に,200万円前後の呉服類2点と,寝具,宝石を購入したというに過ぎず,不相当に高額であるとも,全く不要なものであるともいえない。

すなわち,被告千扇之会らによる過量販売がなければ,本来,原告の被告近鉄百貨店に対する支払は,その支払能力が問題になるという程度のものではなく,Cが被告千扇之会らによる販売内容を知っていたことを窺わせる証拠はないから,被告近鉄百貨店が原告に対し,商品を過剰に販売したとは認められない。

結果的に,平成14年11月の商品購入代金については,支払が平成15年4月まで異常に遅延しており,原告は,支払代金の確保に苦慮していたものと考えられる(この時期に多数の定期預貯金が解約されていたことは,前記1(3)のとおりである。)。

しかしながら,これは,主として,本件売買契約の後の事情であるし,また,本件売買契約の代金支払は,割賦で行われたわけではなく,被告近鉄百貨店の側が原告に対し,過大な信用を与えて,支払能力に見合わない過剰な商品を売買しようとしたという意図は感じられず,むしろ,単に原告の事情で支払が遅れただけとみるべきである。

したがって,本件売買契約につき,被告近鉄百貨店従業員が原告の判断能力低下に乗じて,不要な高額商品を次々と販売したものとはいえず,公序良俗に反するとは認められない。

8  争点(9)(被告近鉄百貨店の不法行為)

前記のとおり,本件売買契約における被告近鉄百貨店従業員の販売行為につき,原告の判断能力低下に乗じて,不要な高額商品を次々と販売したといった違法は認められず,不法行為が成立する余地はない。

9  まとめ

以上によれば,原告の請求につき,次のとおり,判断される。

原告と被告千扇之会らの本件売買契約及びこれに伴う割賦契約のうち,契約番号1,18,19を除くものについては,無効である。

したがって,原告と被告千扇之会らとの間の売買契約及び割賦販売契約(契約番号1,18,19を含まない。)につき,未払債務の不存在確認を求める請求(主位的請求(5),(6))には,理由がある(主文第2項(1),(2))。

一方,原告と被告信販会社らの本件立替払契約は,無効であるとは認められない。

したがって,本件立替払契約につき,未払債務の不存在確認を求める請求(主位的請求(1)ないし(4))には理由がなく,既払債務の返還を求める請求(主位的請求(7)ないし(11)のうち被告信販会社らに対する請求部分)にもいずれも理由がない(主文第3項(1),(2))。ただし,契約番号30に関する請求は,確認の利益を欠き,訴えが不適法である(主文第1項(1))。

また,被告千扇之会らと被告信販会社らの行為につき,共同不法行為は成立しないから,上記被告らに対して損害賠償を求める請求(主位的請求(7)ないし(11))にはいずれも理由がなく(主文第3項(1)ないし(3)),被告千扇之会と被告室生扇山の行為につき,共同不法行為は成立しないから,被告千扇之会らに対して損害賠償を求める請求(主位的請求(12),予備的請求(5))にもいずれも理由がない(主文第3項(3),第5項(3))。

もっとも,原告は,被告アプラス,被告オリコ,被告ジャックス及び被告ライフに対し,本件立替払契約による未払債務につき,被告千扇之会らとの間の本件売買契約の無効を対抗できるから,支払を拒絶し得る地位の確認を求める請求(予備的請求(1)ないし(4))には理由がある(主文第4項(1),(3)ないし(5))。ただし,契約番号30に関する請求は,確認の利益を欠き,訴えが不適法であり(主文第1項(2)),イージーウェアを販社とする契約番号(2)については無効原因がないから,これに関する請求には,理由がない(主文第4項(2))。

そして,原告と被告千扇之会らとの間の売買契約は,契約番号1,18,19を除き,無効であるにもかかわらず,原告は,被告信販会社らに対し,これらの売買契約の売買代金についての本件立替払契約に基づいて既に支払った立替金の返還請求は認められないから,原告に上記立替金の既払金相当額の損失が生じ,被告千扇之会らに上記立替金の既払金相当額の利得が生じているといえる。したがって,原告が被告千扇之会らに対し,被告信販会社らへの既払の立替金並びに被告千扇之会らへの既払の売買代金及び分割手数料の返還を求める請求(予備的請求(5))は,契約番号1,18,19に関する部分を除き,被告千扇之会については,金490万9016円,被告室生扇山については,金57万3975円の支払を求める限度で理由がある(主文第5項(1),(2))。被告千扇之会らは,上記無効原因について悪意であったと認められるから,各支払日の後の日から,商事法定利率年6分の割合による法定利息が認められる。

以上に対し,原告と被告近鉄百貨店の本件売買契約については,無効であるとも不法行為が成立するとも認められないので,原告の被告近鉄百貨店に対する請求(主位的請求(13),予備的請求(6))にはいずれも理由がない(主文第6項)。

よって,訴訟費用の負担につき,民訴法61条,64条,65条1項を適用し,仮執行宣言につき,民訴法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三代川俊一郎 裁判官 鳥飼晃嗣 裁判官 三芳純平)

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