大阪地方裁判所 平成16年(ワ)14009号 判決 2005年8月24日
原告
X1
ほか三名
被告
Y
主文
一 被告は、原告X1に対し、金三五一七万八二四八円及びこれに対する平成一五年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2、同X3、同X4に対し、各金一一六五万九四一六円及びこれらに対する平成一五年六月一九日から各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
五 この判決は、三項を除き、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告X1に対し、金五〇六二万〇七三〇円及びこれに対する平成一五年六月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告X2、同X3、同X4に対し、各金一四九七万〇五一八円及びこれに対する平成一五年六月一九日から各支払済みまで年五分の割合による各金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、賠償請求を行う事案である。
一 争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実
(1) 本件事故の発生
ア 発生日時 平成一五年六月一九日午前八時二七分ころ
イ 場所 大阪府守口市南寺方東通二丁目一―二六(国道一六三号線)
ウ 関係車両等(甲一)
(ア) 加害車両 普通貨物自動車(<番号省略>)
運転者 被告
(イ) 被害車両 足踏み式自転車(以下「亡A車両」という。)
運転者 A
(2) 本件事故の結果
本件事故により、A(昭和○年○月○日生)(以下「亡A」という。)は、脳挫傷のため、平成一五年六月二〇日午後六時二六分死亡した(甲二)。
(3) 相続
上記(2)のため、亡Aの本件事故に基づく損害賠償請求権は、妻である原告X1が二分の一、いずれも子である原告X2、同X3、同X4がいずれも六分の一ずつ相続した(甲五ないし九)。
二 争点
原告らの損害額(逸失利益の生活費控除率、葬儀費用、慰謝料増額事由の存否)
三 争点に対する当事者らの主張
(1) 逸失利益の生活費控除率
ア 原告らの主張
亡Aの生活費控除率は三〇%が相当である。
イ 被告の主張
本件事故当時、亡Aは原告X1との二人暮らしであり、子らであるその余の原告は、長女については勤務先近くに居を構えて独立、次女及び三女についてもいずれも婚姻して別所帯を構えていたものであるから、亡Aの生活費控除割合は高率をもってするのが相当である。
(2) 葬儀費用
ア 原告らの主張
亡Aは守口市役所に長年勤務してきたところ、突然の現役での死亡であったため、参列者も三〇〇名に達し、ある程度の規模の葬儀(三三五万八三二二円)及び法要(一〇八万四八一八円)を行う必要があった上、墓碑建立費(三一一万四五〇〇円)、仏壇購入費用(四五万一五三五円)も要したからその金額は七六四万四五五七円となった。
イ 被告の主張
高額に過ぎる。
(3) 慰謝料増額事由の存否
ア 原告らの主張
被告は、赤信号を無視し、高速度で交差点に進入して亡Aをはね飛ばしたものである上、事故当初は自分の信号は青であり被害者が飛び出してきたと主張し、目撃者が現れて初めて脇見を認めたもので悪質である。被害者の遺族である原告らに謝罪もなく、誠意が認められない。亡Aは働き盛りであり、妻は病気がちであり、慰謝料の増額が認められるべきである。
亡Aの死亡慰謝料は二五〇〇万円、妻である原告X1の固有の慰謝料は六〇〇万円、子らであるその余の原告らの固有の慰謝料はそれぞれ三〇〇万円が相当である。
イ 被告の主張
被告は、交差点進入前に青信号を認めた後、脇見をしたため実際の進入時点の信号表示は見ていなかったことから、事故から約二〇分後から行われた実況見分において信号表示に関する指示説明をしなかった。その後目撃証言等から赤信号進入が判明したものであり、その後被告は一貫して信号無視の事実を認めているのであるから、被告の対応は原告らの指摘する如く一方的なものではない。
事故後の被告の対応についても、被告のいかなる申し出に対しても、原告らは拒絶の態度に出ていたものである。また、事件の長期化についても原告らが被告の実刑判決確定後に対応するとか、その後も判決による最終解決を求めたことも一因となっており、他方、被告にも無理からぬ事情が存したと言わざるを得ない。
以上の経緯は、被告が背信行為を行った等慰謝料増額事由に直結する事情とまではいえない。
第三当裁判所の判断
一 亡Aの損害
(1) 逸失利益
ア 基礎収入及び就労可能年数
証拠(甲一、三、四、原告X2本人)によれば、亡Aは本件事故当時五六歳であった(甲一)が、守口市役所に勤務しており、平成一四年の年収は九六六万三九二五円であったこと(甲四)、定年は六〇歳であったこと(甲三)が認められるから、六〇歳までは上記年収で、六〇歳から六七歳までは平均賃金による収入(事故時である平成一五年の男子全年齢六〇歳ないし六五歳平均賃金は四四一万〇二〇〇円である。)を基礎とするのが相当である。
イ 生活費控除割合
証拠(甲二九、三〇、原告X2本人)によれば、亡Aは、妻及び子三人の家族であるが、その子らは既にいずれも各自独立した所帯を営んでいること、亡Aは妻との生活においては一家の支柱であり守口市役所に勤務していたこと、妻は持病を有し身体も弱かったため、近所に住まう原告X4が食事を作り亡A夫婦は三女夫婦と食事をするという生活をしていたことが認められるところ、生活費控除率が一家の支柱である場合に三〇ないし四〇%とされるのは、通常妻子が存在する場合には独身におけるよりも自己のみのためにする支出を抑えるであろうとの考慮に基づくものであり、上記の事実関係によれば、亡Aは妻との生活における一家の支柱であるものの子らとの関係ではそうではないと認めるべきであるから、その生活費控除率は、四〇%と認めるのが相当である。
ウ 結論
(ア) 六〇歳まで(なお、ライプニッツ係数は、五六歳時において六〇歳までの四年に該当する三・五四六を用いる。)
966万3925円×(1-0.4)×3.546=2056万0966円
(イ) 六〇歳の定年後(なお、ライプニッツ係数は、六七歳までの係数八・三〇六から上記六〇歳の係数三・五四六を控除したものを用いる。)
441万0200円×(1-0.4)×(8.306-3.546)=1259万5531円
(ウ) 計 三三一五万六四九七円
(2) 慰謝料
ア 証拠(甲一四ないし四〇、乙二の一ないし二の三、原告X2本人)によれば、以下のとおりの事実が認められる。
(ア) 事故態様
<1> 本件事故現場は、南西方向から北東方向に走る対面二車線ずつの幹線道路に北西側道路が交わる三叉路と南東側道路が交わる三叉路の複合する変形四叉路交差点であり、交差点南西詰め、北東詰めにそれぞれ横断歩道、上記交差点北西詰めの北西道路を渡る横断歩道、上記交差点南東詰めの南東側道路を渡る横断歩道が設置されている。制限速度は時速五〇km規制となっていた。
<2> 被告車両(普通貨物自動車)は南西から北東に向い、中央寄り車線を走行していたが、上記北東詰め横断歩道を北西から南東に渡ろうと同幹線道路第一車線(左寄りの車線)に差し掛かった亡A車両と衝突したものである。
<3> 被告は、交差点の三〇・七m手前の青信号を確認したが、その後脇見をし、赤信号で交差点に進入したのに対し、亡A車両は、青信号に従って横断歩道上を進行中であった。交差点進入時、被告車両は、時速六三kmから減速にかかるころであり、衝突時は時速五九kmであったとされている(甲二八)。
<4> 亡Aは、上記のとおり被告車両が迫ったため、叫び声を上げたが、被告車両の急制動は間に合わず衝突に至り、脳挫傷(高裁判決〔甲一五〕においては、頭蓋骨がばらばらになるほどの傷害を受けたと認定されている。)により死亡するに至った。
(イ) 捜査経緯及び事故後の被告の供述状況
<1> 本件事故発生(平成一五年六月一九日午前八時二七分)直後に行われた実況見分(同日午前八時五〇分)において、被告は、交差点の三〇・七m手前で進入先の対面信号機青を確認したものの、その後、交差点手前一一・三mの地点で交差点北東角の「ペイントファクトリー」の建物に脇見をしたと指示説明した(甲二六)。
<2> ところが、同日午前九時三〇分ころ、亡Aの搬入先の病院において、被告は、原告X2に対し、自己が青信号で走っていたところ、亡Aの自転車が突然飛び出してきて避けられなかった旨説明したことがあった(甲三〇、三五、原告X2本人)。しかし、その際脇見をしたことは言わずに終わった(甲三五)。
<3> その後、同月二四日にB(甲二〇)及びC(甲二四)、同年八月四日にD(甲二二)がそれぞれ実況見分に応じて目撃内容を明らかにしたところ、いずれも、被告が赤信号に従わず交差点に進入したとの内容であった。
その間、原告らは、生前の父親が、ことのほか規則遵守の気持ちが強く、時間にも必ず余裕を持つほどという慎重な性格であったことに日頃から尊敬の念を抱いていたのに、その父を失った上に事故直後上記<2>のような説明を被告からされて、気持ちを乱していたが、事故後、上記Bから目撃証言の一部を聞き(原告X2本人)、警察に対して、早急に被告に対し取調べをされたい等の申し入れを行った(甲三七)。
<4> その後、同年九月二二日(甲三一)、平成一六年二月一〇日 (甲三二)にいずれも交差点進入前に信号確認をしていないことを認める内容の調書が作成されているが、警察においては、当初、自分は赤信号無視をしていないと主張していたことがあったこと、これについては自分の信号が青だと思いこんでいたからであると説明されており(甲三二)、公判廷においても、大要、青信号確認後、脇見をした時間や速度等の感覚、信号が黄色となっている時間等からして、その後に赤信号に変わったなどとは思えなかった(甲三五)と述べている。
(ウ) 事故後の被告の訪問状況
<1> 事故後、被告が原告らを訪問したのは、四九日法要までに二回と一周忌に一回であったが、四九日法要までに来訪した折には、原告らは被告の受け答えに誠意がないとして弔問を拒絶したことがあった(甲四〇)。
<2> 一周忌の際にも、再度原告らから真実を話すよう言われ(甲四〇)、被告は細かい話はできず、ただ謝罪するほかはなかった、会社から余計なことを話さないようにいわれてはいたが、嘘をついたことまではないと供述している(甲三五、四〇)。
<3> また、この間、被告の勤務先会社の方から原告らに対し、焼香をさせて欲しい旨の電話があったが、原告らは誠意がないと感じたことから拒絶したことがあった。
(エ) 刑事処分
被告は、懲役三年六月の求刑に対し、平成一六年七月六日禁錮二年の実刑判決を受けて(甲一四)控訴し、棄却されて(甲一五)上告したが、平成一七年二月になってようやく上告審の結果が出た(甲一六)。
なお、被告は妻子を抱え、建てたばかりの家のローンなどもあり、実刑になるのは避けたいという事情があった。
イ 検討
上記の経緯を総合すると、上記のような変形四叉路交差点の幹線道路を自動車を運転して走行中、交差点手前で脇見をして信号表示を看過するなど、自動車運転者としてはあまりにも基本的な注意義務を怠ったものであり、上記事故態様の悲惨さに照らせば、被害者の恐怖と苦痛、無念さはきわめて大きかったものといわざるを得ない。そして、被告が、事故直後の混乱と必ずしも悪意があるとまではいえない自己防衛本能のために、つい自身の脇見という重大問題を原告ら遺族に告げず仕舞いに終わったとの一事から、原告らとの間に深い溝と決定的な行き違いが生じてしまったものとしても、上記のような自動車という危険物を扱う者としてはあまりにも基本的な注意義務に属する事柄を怠った上交差点通過に際し若干の速度違反さえあったのに、自らを省みることもないまま、軽率にも被害者に落ち度があるかのような口吻をもらした上、その間原告らの遺族感情にそれほどの思慮も致さないまま、弔問をただ断られるにまかせたという経緯を辿ったというのである。そして、本件事案の経過や本人尋問の結果などからは、原告らの遺族感情が日頃の父親に対する純粋な尊敬の念から出ている真摯な感情であると認めるのが相当であること、加えて、父親をこのような形で突然奪われるに至ったため遺族側に加害者側の事情(上記(エ)後段)への気遣いを求めるのは酷であると思われること、亡Aは経済的にはすでに妻との関係においてのみ一家の支柱となっていたと思われるが、娘らは年齢からして独立してそれほど間がないと思われ、精神的には未だ一家の支柱でないとは言い切れない部分もないとはいえないことなどの諸般の事情を総合的に考慮するときには、亡A(及び原告ら)の慰謝料額は二九〇〇万円を相当というべきである。
(3) 葬儀費用
ア 葬儀費用等の支出
証拠(甲一〇の一ないし一〇の五)によれば、通夜及び告別式の費用として二一八万九三一四円(甲一〇の一ないし一〇の四―二)、火葬代として六万円(甲一〇の五)を要したこと、亡Aは守口市役所下水道部施設課の係長として現役のうちに本件事故に遭遇して死亡したため、葬儀には三〇〇人程度の弔問客があったこと、香典等は一切辞退したことが認められる。
イ 墓石・仏具等の支出
証拠(甲一二の一ないし一三の二)によれば、墓代として墓地代一一七万二〇〇〇円(甲一二の一、一二の二)及び墓石代一九四万二五〇〇円(甲一二の三)を要したうち一〇〇万円の支払を済ませた(同)こと、仏壇等の費用として四五万一五三五円(甲一三の一―一ないし一三の二)を要したことが認められる。
ウ 初七日、四十九日、百日法要関係費用
証拠(一一の一ないし一一の五、原告X2本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告らが初七日法要を営んだこと、四十九日法要の費用として四七万八七五八円(甲一一の一―一ないし一一の二)を要したこと、その際の供養品代として六八万〇四五〇円(甲一一の三―一ないし一一の五)を要したこと、原告らが百日法要を営んだことが認められる。
エ 検討
上記アの葬儀費用のうち、亡Aの年齢及び職業、社会的地位及び社会通念に照らせば、本件事故と相当因果関係のある費用は、葬儀費用等のうち一三〇万円を認めるのが相当であり、上記イの墓石・仏具等については、支出そのものは本件事故に起因するものとはいえるけれども、亡Aのみでなく遠い将来にわたり一族の利便に供される見通しが高い点を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある費用はそのうち三五万円を相当というべきであり、上記ウの各法要関係費用については、支出そのものは本件事故に起因するものとはいえるけれども、その内容や規模については、家族の亡Aに対する思慕のほか、葬儀そのもの以上に各家族の有する宗教的習慣の内容に強く左右されるものであり、特別損害の側面もより強く併有するというべきであるから、本件事故と相当因果関係のある費用は一五万円を相当と認める。
以上の合計は、一八〇万円となる。
(4) 合計
以上の合計は、六三九五万六四九七円となる。
二 相続
上記亡Aの損害は、原告X1が二分の一、その余の原告らがそれぞれ六分の一ずつ相続するから、その相続額は、原告X1が三一九七万八二四八円、その余の原告らはそれぞれ一〇六五万九四一六円ずつ相続することになる。
三 弁護士費用
上記に対する弁護士費用としては、原告X1が三二〇万円、その余の原告らにつきそれぞれ一〇〇万円ずつ認めるのが相当である。
四 結論
以上によれば、原告X1の被告に対する請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として、金三五一七万八二四八円及びこれに対する平成一五年六月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、原告X2、原告X3、原告X4の被告に対する各損害賠償請求は、各金一一六五万九四一六円及びこれに対する平成一五年六月一九日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 天野智子)