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大阪地方裁判所 平成16年(ワ)8158号 判決 2006年2月07日

原告

被告

Y1

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、金五五万〇九四五円及びこれに対する平成一五年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、うち一を被告らの、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第二項を除き、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して、金二一三万四五九二円及びこれに対する平成一五年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、車道上で交通量調査を行っていた者に駐車状態から発進した軽貨物自動車が衝突した交通事故につき、交通量調査をやっていた者が、軽貨物自動車の運転者及びその使用者である運送会社に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づいて損害賠償請求を行う事案である。

二  判断の前提となる事実(争いがない事実以外は、括弧内に認定の証拠を示す。)

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成一五年七月二九日午後二時五〇分ころ

イ 場所 大阪市北区梅田一丁目三番先路上

(以下「本件事故現場」という。)

ウ 事故車両 軽貨物自動車(<番号省略>)

(以下「被告車」という。)

運転者 被告Y1(昭和○年○月○日生、当時五五歳)(甲一)

エ 態様 本件事故現場において、駐車中の被告車の前で交通量調査をしていた原告(昭和○年○月○日生、当時四〇歳、甲一)に被告車が衝突したもの

(2)  原告の負った傷害、治療経過

ア 傷害等

原告は、本件事故により、左膝打撲、左足関節捻挫、左足打撲の傷害を負った。

イ 治療経過

原告は、本件事故以後、以下のとおりの治療を受けた。

(ア) 大阪府済生会中津病院

平成一五年七月二九日(通院一日)

(イ) 西宮渡辺病院

平成一五年八月四日~同年九月八日まで(通院期間四三日、実通院日数一〇日)

(3)  責任原因

被告Y1は、被告車を運転して自己のために被告車を運行の用に供していた者で、自賠法三条により、本件事故によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

三  争点

(1)  事故態様(過失相殺)

(2)  被告軽貨急配株式会社の責任原因

(3)  損害額・損益相殺

四  事故態様(過失相殺)についての当事者の主張

(1)  被告らの主張

本件事故は、原告が、被告Y1の運転を止めようとして道路上に出たことにより発生した事故である。

そもそも歩行者は、車歩道の区別のある道路では、横断等の理由のある場合でなければ歩道を通行すべきであり、車道に進入してはならない(道路交通法一〇条二項)。

しかるに、原告は、交通量調査のため、同条の理由なく車道に進入するとともに故意に被告車を停止させるため、同車の前方に立ちはだかったのであって、本件事故における過失は大きい。その程度は、夜間の路上横臥者と同一視できるほどであり、少なくとも五割の過失相殺がなされるべきである。

(2)  原告の主張

本件事故の態様は以下のとおりである。

原告は、本件事故前は、歩道上で交通量調査を行っていた。被告Y1は被告車を本件事故現場に違法駐車して、荷物の搬出を始めた。原告は被告車によって視界を遮られたので、交通量調査を行うために一時的に車道上に移動し、被告車の前方約五〇センチメートルの地点に立って調査を続けていたところ、数分後に荷物の搬出を終えて被告車を発進させようとした被告Y1が、被告車の前から移動するように要求してきた。ちょうど調査していた道路の信号が青で交通量が多かったため、原告は被告Y1に対して信号が赤になるまで待ってくれと頼んだ。ところが、被告Y1は、何をぬかしとんのじゃと言いながら突然被告車を発進させ、被告車のバンパーを原告に衝突させた。

五  被告軽貨急配株式会社の責任原因についての当事者の主張

(1)  原告の主張

被告軽貨急配株式会社(以下「被告会社」という。)は、被告Y1に被告車を運転させることによって自己のために被告車を運行の用に供していた者で、自賠法三条により本件事故によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

自賠法三条の「運行供用者」とは、当該事故車の運行を支配し、かつ、運行による利益を得ている者であるが、そのうち運行利益は、有形、無形の利益はもちろん、心理的、感情的な利益まで含む極めて広い概念とされ、実際上、運行支配を判断する上での一要素にすぎないとされ、運行供用者性は運行支配の有無のみで判断されている。そして運行支配は、運行自体に対する現実的具体的な直接支配でなくとも、「事実上自動車の運行を支配管理し得る地位にある者の支配管理下における運行」であればよい(間接支配ないし支配可能性(最高裁昭和四三年一〇月一八日判決)、「自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視・監督すべき立場」にある者であればよい(最高裁昭和五〇年一一月二八日判決)とされている。

仮に被告らの主張することを前提としても、被告会社は、訴外東京合同運輸倉庫株式会社(以下「訴外東京合同」という。)を通じて訴外軽貨急配シーエス株式会社(以下「訴外シーエス」という。)に荷物の配送を指示しており、訴外シーエスによる配送によって自社が請け負った配送業務を処理するという利益を得ている。したがって、被告会社は被告車の運行を支配し、かつ、運行による利益を得ており、被告車の運行供用者というべきである。

訴外東京合同や訴外シーエスは登記簿上は被告会社とは別会社となっているが、実際上は被告会社に従属した地位にあり、被告会社の一部門にすぎない。なお、被告車の車体の左右横には「軽貨急配」との名前とロゴマークが貼られていた。

(2)  被告らの主張

被告車の自動車検査証上の所有者は三井住友銀オートリース株式会社、使用者は訴外東京合同である。被告会社は、顧客から請け負った配送業務を訴外東京合同に委託し、訴外東京合同が車両と共に被告Y1が所属する訴外シーエスへ再委託し、本件事故時の配送となっている。

被告会社に自賠法上の責任はない。

六  損害額についての原告の主張

(1)  診断書作成料 一万六八〇〇円

原告は、被告らとの示談交渉のため診断書三通及び診療報酬明細書を各病院に請求し、その費用として合計一万六八〇〇円を支払った。

(2)  休業損害 九一万七七九二円

原告は、住所地において妻が経営するバイクの販売・修理等を行うバイク店に勤務している。実質的には夫婦で経営しているため給料は受け取っておらず、原告の収入を算定することは不可能である。よって、賃金センサスによって休業損害を算定すると以下のとおりとなる。

なお、被告らは本件事故の一か月前にバイク店が閉店していたと主張しているが、バイク店は閉店しておらず、本件事故当時も現在も営業している。

ア 平均年収額 七七九万〇六〇〇円

賃金センサス、大卒男性労働者、四〇~四四歳平均年収

イ 平均収入日額 二万一三四四円

7,790,600÷365=21,344

ウ 休業日数 四三日

原告は本件事故以後、左足関節にギブスを装着していたため、治療が終わりギブスをはずした平成一五年九月九日まで働くことができなかった。したがって、本件事故による休業期間は、本件事故日である平成一五年七月二九日から同年九月九日までの四三日間となる。

エ 計算式

21,344×43=917,792

(3)  慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円

原告の通院期間は四三日間、実通院日数は一一日であるが、本件は単純な過失による交通事故ではなく、被告Y1が故意に車を発車させて原告に衝突させたものであって、その態様は極めて悪質であり、刑事上も業務上過失傷害罪ではなく、傷害罪が成立する事案である。したがって、原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇万円が相当である。

(4)  弁護士費用 二〇万〇〇〇〇円

(5)  合計 二一三万四五九二円

七  損害額・損益相殺についての被告らの主張

(1)  休業損害について

原告が主張する妻経営のバイク店「パステルロード一七一」は本件事故の一か月前である平成一五年六月には既に閉店していた。すると原告は無職者であり、就職の蓋然性がなければ休業損害は発生しない。

原告は、賃金センサス上の平均賃金によって休業損害を計算しているが、それを得られたであろう蓋然性は認められない。

(2)  休業期間について

原告が主張する休業期間について、完全に休業する必要があったとは認められない。

(3)  損益相殺について

以下の原告の治療費等は既に被告車の任意保険(三井住友海上火災保険株式会社)から支払われており、損益相殺がされるべきである。

ア 川村義肢株式会社 一万二六六九円

イ 済生会中津病院 二万五四三〇円

ウ 西宮渡辺病院 一〇万九一七三円

エ 阪急共栄薬局 一万二三五〇円

オ 合計 一五万九六二二円

第三争点に対する判断

一  事故態様(過失相殺)について

証拠(甲二、二〇、乙二、三、七~九(すべての枝番を含む。)、原告本人、被告Y1本人)によれば以下の事実が認められる。

原告は、本件事故当時、本件事故現場の交差点(以下「本件交差点」という。)の北東の角の歩道上で交通量の調査を行っていた。被告Y1は、被告車を運転して、被告会社から委託された配送業務を行っており、被告車を、荷物の搬出のために本件交差点の北東に北向きに駐車して降車し、荷物を搬出した。被告車が駐車した場所は原告が交通量調査を行っていた場所のすぐ近くであり、被告車が駐車したことによって、原告は本件事故現場の交差点の見通しが悪くなったので、歩道から車道に降り、その後、被告車の前方(北側)付近で交通量調査を続けていた。被告Y1は、荷物の配達から戻ってきて、被告車に乗車し、発進しようとしたところ、原告が被告車の前にいてそのままでは発進できなかったので、原告に対して退くように言った。原告はそれに対して信号が赤に変わるまで待つように言い、そのまま交通量調査を継続した。被告Y1は、若干バックした上、ハンドルを左に切りながら発進したが、その際、原告は退かず、むしろ被告車の進行方向に近寄るように動いたため、被告Y1は急ブレーキを掛けて停止したが、その際に被告車のバンパーが、原告の左の膝に当たり、原告は転倒した。

本件事故の原因は、被告Y1が駐車状態から発進するに際して、前方の安全を十分に確認しなかったことにあるが、原告が、車道に出た上、被告車の前に立っていたこと及び被告Y1の要請にもかかわらず、被告車の前から退避しなかったことが事故の一因となっていることも否定できない。原告がそのような行為を行った理由は、交通量調査の正確性を追求したこと及び作業を邪魔された上に乱暴に退くように言われて腹を立てたことにあると認められるところ、自動車の交通を妨害してまで車道上で交通量調査を正確に行わなければならない必要性は認められず、損害の公平な分担の見地からして、本件については、四〇%の過失相殺をするのが相当である。

二  被告会社の責任原因について

証拠(甲一六~一九、乙一、三~六)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

被告車の自動車検査証上、その所有者は三井住友銀オートリース株式会社、使用者は訴外東京合同とされている。このことからして被告車はいわゆるリース車両である。被告会社は、一般的に顧客から請け負った配送業務を訴外東京合同に委託し、訴外東京合同が車両と共に被告Y1が所属する訴外シーエスへ再委託しており、本件事故時もそのような形態の配送中であった。訴外東京合同や訴外シーエスは被告会社とは別法人であるが、訴外シーエスは被告会社の完全子会社であって被告会社と密接に関係し、実際上、被告会社の一部門のように、被告会社の業務を行っていたものと推認できる。被告車の左右横には「軽貨急配」との名前とロゴマークが貼られていた。

自賠法三条は「自己のために自動車を運行の用に供する者」(運行供用者)に損害賠償責任を負わせているが、交通事故を起こした自動車の所有者でない者がこれに該当するか否か判断する際には、その自動車の運行支配の有無及び運行利益の享受の有無に照らして判断すべきであるが、いわゆる危険責任を定めた同条の趣旨に鑑みて、その自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にある者であるかどうかも判断の基準とすべきである(最高裁第三小法廷昭和五〇年一一月二八日判決・民集二九巻一〇号一八一八頁)。

前記認定事実に照らしてみると、被告会社は、訴外東京合同が使用する被告車の運行によって配送事業を行って、利益を享受しており、訴外東京合同が被告会社と密接に関連していること、被告車を運転していた被告Y1は被告会社の完全子会社である訴外シーエスに所属している者であることからすると、被告会社は、被告車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にある者ということができ、被告車の運行供用者として、自賠法三条の責任を負うべき者というべきである(最高裁第三小法廷昭和四六年一二月七日判決・交通民集四巻六号一六四五頁、最高裁第一小法廷昭和五〇年九月一一日判決・交通民集八巻五号一二〇七頁参照)。

三  損害額について

(1)  治療費等 一五万九六二二円

証拠(乙一一)によれば、原告が本件事故により負った傷害の治療等のために以下の費用がかかったこと及びこれらは被告車の任意保険(三井住友海上火災保険株式会社)により既に支払われていることが認められる。

ア 川村義肢株式会社 一万二六六九円

イ 済生会中津病院 二万五四三〇円

ウ 西宮渡辺病院 一〇万九一七三円

エ 阪急共栄薬局 一万二三五〇円

オ 合計 一五万九六二二円

(2)  診断書作成料 一万四七〇〇円

証拠(甲七の一~三)によれば、原告は、診断書等の作成料として、以下のとおり、合計一万四七〇〇円を支出したことが認められるが、これは本件事故に起因する損害として認めるのが相当である。

ア 甲七の一 二一〇〇円

イ 甲七の二 二一〇〇円

ウ 甲七の三 一万〇五〇〇円

エ 合計 一万四七〇〇円

(3)  休業損害 六〇万〇六二四円

証拠(甲九の一~四、一二~一四、二三~四八(枝番のあるものについてはすべての枝番を含む)、原告本人)によれば、本件事故当時、原告の妻の経営するバイク店「パステルロード一七一」は営業していたこと、原告はそこで稼働していたこと、他に従業員はおらず実質的には夫婦で経営していたこと、原告が主に実務を担当していたことが認められる。

なお、被告が証拠として提出するバイク店の写真(乙一〇の一~一三)については、平成一六年六月二日水曜日に撮影されたものである(平成一七年九月一日付け被告ら第六準備書面参照)ところ、水曜日にはバイクのオークションがあって定休日であった可能性が高く(甲四八)、この写真からバイク店が閉鎖されていることを認めることはできない。

原告が本件事故による傷害の治療のために店で稼働することができなければ、その分、店は収入を上げることができず、原告の収入も減少したであろうことが観念されるので、そういう意味で原告には何らかの休業損害が発生したものと認められるが、原告に定まった金額の給料が支払われていたわけではなく、その減少分を算定するには、賃金センサス上の平均賃金等を参考にして、相当と認められる金額を算出せざるを得ない。

算出の手法は相当な収入日額を算出し、その金額に休業日数を乗じて算出する手法を採用する。

ア 収入日額算出の基礎とする平均年収額 五〇九万八四〇〇円

収入日額を算出するために参考とする賃金センサス上の平均賃金は、本件事故の発生年度である平成一五年賃金センサスの産業計・企業規模計・男性労働者・四〇~四四歳の平均賃金の年額である六三七万三〇〇〇円とすることとする。

本件では、原告の実質的な収入金額が、少なくとも上記六三七万三〇〇〇円であったことの立証がなされているとはいえないこと、原告には金融機関に対する負債があったが、返済できていないこと(原告本人)、原告は店の仕事以外にアルバイトをするような状況であったこと等の事情を総合的に考慮して、上記金額の八〇%の金額である五〇九万八四〇〇円をもって収入日額算出の基礎とする平均年収額とする。

6,373,000×0.8=5,098,400

イ 平均収入日額 一万三九六八円

そうすると、本件で原告の休業損害を算定する際に使用する収入日額は、一万三九六八円となる。

5,098,400÷365=13,968(1円未満端数切捨)

ウ 休業日数 四三日

証拠(甲六の一、原告本人)及び判断の前提となる事実によれば、原告は本件事故以後、左足関節にギブスを装着していたため、治療が終わりギブスをはずした平成一五年九月九日まで働くことができなかったことが認められる。したがって、本件事故による休業期間は、本件事故日である平成一五年七月二九日から同年九月九日までの四三日間となる。

エ 計算式

13,968×43=600,624

(4)  慰謝料 三二万六〇〇〇円

原告の通院期間は四三日間、実通院日数は一一日であり、その慰謝料は三二万六〇〇〇円とするのが相当である。

原告は、被告Y1が故意に車を発車させて原告に衝突させたものであって、その態様は極めて悪質であり、傷害罪が成立する事案であるので、慰謝料として一〇〇万円が相当である旨主張するが、前記のとおり、本件事故の発生には原告側にも原因の一端があるというべきであるので、慰謝料額については、上記のとおりとするのが相当である。

(5)  過失相殺前の合計額 一一〇万〇九四六円

(6)  過失相殺後の金額 六六万〇五六七円

前記のとおり、原告の被告らに対する請求については、四〇%の過失相殺が行われるべきであり、過失相殺後の金額は六六万〇五六七円である。

1,100,946×(1-0.4)=660,567(1円未満端数切捨)

(7)  損益相殺後の残額 五〇万〇九四五円

前記のとおり、被告車の任意保険から原告の治療費等合計一五万九六二二円が支払われており、これは上記過失相殺後の金額から控除すべきものである。控除した結果、その残額は五〇万〇九四五円である。

660,567-159,622=500,945

(8)  弁護士費用 五万〇〇〇〇円

本件で相当と認められる弁護士費用は五万円である。

(9)  合計 五五万〇九四五円

四  結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、不法行為に基づく損害賠償請求として金五五万〇九四五円及びこれに対する民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 植田智彦)

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