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大阪地方裁判所 平成16年(ワ)8176号 判決 2006年1月06日

原告

同訴訟代理人弁護士

藤木邦顕

被告

有限会社三都企画建設

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

成田由岐子

主文

1  (主位的請求)

(1)  被告は,原告に対し,8万0234円及びこれに対する平成16年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  原告のその余の主位的請求を棄却する。

2  (主位的請求のうち平成15年5月7日以降の賃金請求についての予備的請求1)

(1)  被告は,原告に対し,87万5613円及びこれに対する平成16年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  原告のその余の予備的請求1を棄却する。

3  訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,1(1),2(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  主位的請求

被告は,原告に対し,165万7024円及びこれに対する平成16年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(2)  主位的請求のうち平成15年5月7日以降の賃金請求についての予備的請求

ア 予備的請求1

被告は,原告に対し,93万6000円及びこれに対する平成16年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

イ 予備的請求2(上記アの予備的請求)

被告は,原告に対し,52万円及びこれに対する平成16年8月4日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,被告の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  被告

(1)  原告の請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は,原告の負担とする。

第2事案の概要

1  前提となる事実(証拠等の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  当事者

ア 原告は,一級建築士,一級土木施工管理技士,一級建築施工管理技士の資格を持ち,土木工事の管理監督を業務として稼働してきた(原告本人,弁論の全趣旨)。

イ 被告は,平成13年4月24日に設立された有限会社であり,土木建築工事の設計監理に関わる労働者を派遣する業務を目的としている。

(2)  被告への登録

原告は,平成14年末ころ,被告において,面接を受けた上,派遣社員として登録した(<証拠略>,原告本人)。

(3)  a設計への派遣(和歌山市の工事)

ア 派遣

原告は,平成15年1月20日から同年3月末日まで,有限会社a設計(以下「a設計」という。)に派遣され,同社が請け負った,和歌山市水道部による納定配水管敷設工事の施工管理に従事した。

なお,派遣料については,a設計が,被告に対し,上記派遣に対する1か月当たりの派遣料等として,合計64万円(うち60万円が派遣料,3万円が消費税,1万円が原告の和歌山市滞在中の宿舎費負担分である。)を支払う約定であった(<証拠略>,弁論の全趣旨)。

イ 派遣期間中の給与

被告は,原告に対し,上記アの内訳にかかわらず,派遣期間中の給与として,1か月当たり,61万円の9割である54万9000円に宿舎費の一部である2万円を加えたものを支給する旨約した。

なお,上記宿舎の賃貸借契約は,被告と家主との間の契約であり,宿舎費(上記2万円を控除したもの)を上記給与から控除されたものが支給された。(<証拠略>,弁論の全趣旨)

(4)  b設計への派遣(播磨町の工事)

ア 派遣

原告は,平成15年4月5日から同年7月末日までの予定で,b設計コンサルティング株式会社(以下「b設計」という。)に派遣され,同社が請け負った,兵庫県加古郡播磨町役場による水道工事の施工管理に従事したが,同年5月6日,被告の指示により,派遣先での就労を中止した。

イ 派遣期間中の給与

被告は,原告に対し,上記アの派遣期間中の給与として,1か月当たり,52万円から所得税源泉徴収,雇用保険料,傷害保険料を控除したものを支給する旨約した。

(5)  派遣の終了

被告は,b設計から派遣社員の交代を要請され,その結果,被告は原告に対し,平成15年5月6日,交代を命じ,原告はこれに従い,派遣先での就労を中止した(以下「本件交代命令」という。なお,本件交代命令は,交代による就労の中止の結果,原告と被告間の雇用契約が終了することを含んでいるので,本件交代命令を「本件解雇」ともいう。)。

なお,その後,派遣先のb設計では,交代した被告従業員が就労した。

(6)  給与の支払

被告は,原告に対し,これまで,次のとおり合計139万円の給与を支払った。

平成15年3月31日 30万円

4月1日 40万円

4月30日 40万円

6月2日 29万円

2  原告の請求(訴訟物)

原告は,被告に対し,次のとおりの支払を求めている。

(1)  主位的請求

本件解雇が無効であるとして,a設計及びb設計に派遣された間の賃金及びb設計にあと3か月派遣された場合の賃金合計304万7024円が支給されるべきところ,139万円しか支給されていないとして,その残額165万7024円及びこれに対する遅延損害金(訴状送達日の翌日である平成16年8月4日から支払済みまで年6分の割合による)

(2)  主位的請求のうち平成15年5月7日以降の賃金請求についての予備的請求

ア 予備的請求1(平成15年5月7日以降の休業手当)

仮に,b設計にあと3か月派遣された場合の賃金全額が支給されないとしても,労働基準法26条による60パーセントの休業手当が支給されるべきであるとして,b設計にあと3か月派遣された場合の賃金の60パーセントである93万6000円(原告準備書面(3)に記載された請求の趣旨の金額は,これに平成15年5月6日以前の残賃金を加えたものである。)及びこれに対する遅延損害金(上記(1)と同じ)

イ 予備的請求2(解雇予告手当)

仮に,b設計にあと3か月派遣された場合の賃金全額(主位的請求)もしくは休業手当(予備的請求1)が支給されないとしても,被告は,解雇予告期間をおかずに原告を解雇したから,解雇予告手当が支給されるべきであるとして52万円及びこれに対する遅延損害金(上記(1)と同じ)

3  争点

(1)  派遣期間の終了に関する合意の有無

(2)  解雇事由の存否(原告の勤務状況)

(3)  未払賃金(主位的請求)

(4)  休業手当(予備的請求1)

(5)  解雇予告手当(予備的請求2)

第3争点に関する当事者の主張

1  派遣期間の終了に関する合意の有無

【被告の主張】

本件登録の際,原告と被告は,派遣先から派遣労働者の交代要請があった場合は,派遣期間の途中であっても派遣労働者の交代をし,残期間の給与は支払わないことを合意した。

【原告の主張】

否認する。

2  解雇事由の存否(原告の勤務状況)

【被告の主張】

(1) 和歌山市の工事における不備

土木工事の報告書の作成にあたっては,エクセル(表計算ソフトの商品名)を使用することが不可欠であるから,被告はエクセルの操作能力を要求しており,採用面接の際,原告に尋ねたところ,原告は「ワード(ワープロソフトの商品名)は十分ではないが,エクセルは使える。」と回答した。

被告は,この回答をもとに原告を採用したが,原告は,ワードやエクセルを使用することができず,管理書類を全て手書きで作成しており,また,和歌山市の工事が終了する予定の平成15年3月末ころ,原告が作成した管理書類に記号の誤りや様式の不備が多数発見され,和歌山市から手直しするよう要請があった。

(2) 播磨町の工事における不備

上記(1)のとおり,原告は,ワードやエクセルを使用することができず,播磨町の工事では,パソコンを持参することすらしなかった。

それだけでなく,現場において目上の人に敬語を使用せず,同僚に対しては「オイ」と呼びつけるなど横柄な態度をとった。

また,水道配管工事の知識や技術がなく,現場における指導力を欠いていた。

このため,b設計から,原告を交代させるよう要請があった。

(3) 被告はこれらの事実を理由に原告を解雇した。

【原告の主張】

(1) 和歌山市の工事について

原告は,面接の際に,ワード,エクセルは簡単なものはできても十分ではないと述べた。

和歌山市の工事で,原告の作成した管理書類などについて不備があると指摘されたことは認めるが,原告の負担により修正を行った。また,これらは,原告がエクセルを使用して作成していたものである。

(2) 播磨町の工事について

原告がb設計に派遣された時点では,被告は,原告が高度なパソコン使用ができないことを認識していた。また,播磨町の工事において,当初,パソコンの使用は要求されず,パソコンを持参する必要もなかった。

原告は,工事作業員でも年上の人には丁寧に接し,目上の人や上司に対して横柄な態度をとったことはない。

原告は,水道工事の知識技能を有しており,a設計への派遣の際における業務に,知識技能の欠如を指摘されたようなことはない。

(3) 上記(1),(2)によると,原告に解雇事由はなかった。

3  未払賃金(主位的請求)

【原告の主張】

(1) a設計への派遣期間中の賃金等の算定

a設計への派遣期間は2.33か月であった。

給与総額は,月額61万円の90%の2.33か月分であり,宿舎費の原告負担分(18万0440円),雇用保険料(8920円)を控除すると,108万9810円となる。

〔計算式〕610,000×(1-0.1)×2.33-180,440-8,920=1,089,810

(2) b設計への派遣期間中の賃金等の算定

b設計への派遣期間は平成15年4月5日から同年5月6日までの1か月であった。

給与総額は,月額52万円の1か月分であり,欠勤分(26000円),雇用保険料(3796円),傷害保険料(7300円)を控除すると,48万2904円となる。

〔計算式〕520,000-26,000-3,796-7,300=482,904

(3) 源泉徴収税額

上記派遣期間中の給与収入に対する源泉徴収額は合計8万5690円である。

(4) b設計への派遣残存期間に得べかりし賃金

原告は,b設計にあと3か月派遣される予定であり,月額52万円の3か月分(156万円)が支給されるはずであった。

〔計算式〕520,000×3=1,560,000

(5) 未払賃金

原告は,合計304万7024円を支給されるべきところ,実際に支給された賃金は139万円であり(前提となる事実(5)),未払賃金は165万7024円となる。

〔計算式〕1,089,810+482,904-85,690+1,560,000-1,390,000=1,657,024

【被告の主張】

(1) a設計への派遣期間中の賃金等

原告主張の賃金から,さらに傷害保険料月額7300円の2.3か月分(1万6790円)を控除すべきである。

(2) b設計への派遣期間中の賃金等

原告の作成した書類に不備があり,被告は,訴外C(以下「C」という。)を派遣し,平成15年5月24日,25日の2日間合計20時間かけて修正作業を行ったが,被告がCに支給すべき給与は,6万5000円である。

したがって,6万5000円を控除すべきである。

(3) b設計への派遣残存期間に得べかりし賃金

b設計への派遣残存期間の賃金は発生しない。

4  休業手当(予備的請求1)

【原告の主張】

b設計への派遣残存期間に得べかりし賃金に基づく休業手当

被告は,派遣先から派遣労働者の交代要請を受け,これに応じる場合,原告に対し,労働基準法26条による休業補償を支払わなければならな(ママ)ず,その金額は93万6000円である。

〔計算式〕 520,000×0.6×3=936,000

なお,3の未払賃金9万7024円(平成15年5月6日までの残賃金)と併せて,原告に支給されるべき未払賃金及び休業手当の合計額は103万3024円となる。

【被告の主張】

争う。

5  解雇予告手当(予備的請求2)

【原告の主張】

仮に,本件解雇が有効であるとしても,被告は,原告に対して解雇予告手当を支払わなくてはならず,その金額は52万円である。

【被告の主張】

争う。

第4当裁判所の判断

1  本件交代命令(本件解雇)に至る経緯

前提となる事実,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

(1)  原告の経歴

原告は,昭和41年3月,大阪府立高校を卒業後,数社に就職しながら,昭和57年に一級建築士,平成4年に一級土木施工管理技士,一級建築施工管理技士の資格を取得した。

平成6年から,数社の派遣会社に登録し,派遣先で,建築,土木工事の施工管理の業務に従事してきた。

(2)  被告の業務

被告は,平成13年4月24日に設立された有限会社であり,土木建築工事の設計監理に関わる労働者を派遣する業務を目的としているが,労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)5条1項の許可を得ていなかった。

(3)  本件登録

原告は,平成14年末ころ,職業安定所の求人票で被告を知り,土木施工管理技士として登録した。

その際,被告代表者による面接が実施され,パソコンの技能について質問され,エクセルはできるが,CADはできないと回答した。

(4)  和歌山市の工事への派遣

ア 原告は,和歌山市水道部による納定配水管敷設工事(和歌山市の工事)について派遣先があるとの紹介を受け,平成15年1月17日,改めて,被告代表者及びCの立会のもと,a設計代表者による面接を受けた。

その結果,a設計と被告は,a設計が被告に対し,和歌山市の工事における現場技術業務を委託し,原告を同業務に従事する者とする内容の業務委託基本契約を締結した(<証拠略>。作成日付は平成15年1月21日付)。

なお,原告は,契約の上記名称にかかわらず,その実態は,労働者派遣契約であると主張し,被告も争っていない。また,証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると,和歌山市の工事に従事している間,原告と被告との間に指揮命令服従関係はなかったと認めることができる。上記契約は,労働者派遣法の要件を満たしているものではないが,労働者派遣契約であることを前提として,以下,検討することとする。

イ 原告は,平成15年1月20日から,a設計に派遣され,和歌山市の賃貸マンションに寝泊まりしながら,同年3月31日まで,和歌山市の工事の施工管理に従事した。

ウ 原告は,工事完了後,日報,水道図面,材料表等の書面を作成しなければならなかったが,原告の作成したものに不備があり,その手直しが必要となった。しかし,原告は,平成15年4月5日から,兵庫県加古郡播磨町役場による水道工事の一部を請け負ったb設計に派遣されることになっていたため,上記書面の手直しが間に合わず,被告に登録をしていたD(以下「D」という。)の応援を得て作成することとなり,原告が,報酬として11万4000円をDに支払った。

(5)  播磨町の工事への派遣

ア 原告は,被告から,和歌山市の工事に引き続き,播磨町の工事への派遣を依頼し(ママ),原告はこれに応じた。

これを受けて,b設計と被告は,b設計が被告に対し,播磨町の工事における業務の一部についての業務協力基本契約を締結した(<証拠略>)。同契約についても,上記(4)アと同じ理由から,その名称にかかわらず,労働者派遣契約であることを前提として,以下,検討することとする。

なお,播磨町の工事の際は,b設計による面接はなく,被告代表者としては,和歌山の工事の際の条件と同様,パソコンの持参が要求されるものと考えていたが,原告は,特段の条件を聞かなかったため,パソコンを持参することをしなかった。

イ 原告は,平成15年4月5日から,b設計に派遣され,播磨町の水道工事の施工管理に従事した。

その間,文書を作成することがあったが,作業日報についてはパソコンで作成し,図面については手書きで作成していた。

ウ 原告は,播磨町の担当者が,パソコンが苦手ということもあり,それまでの業務以上に高度な業務(表計算等を使用した設計の支援〔原告本人52項〕)を要求されるようになり,原告としては,平成15年5月のゴールデンウィーク明けにパソコンを持参する予定でいた。

エ ところが,b設計から,被告に対し,原告を交代させるよう要請があり,被告代表者は,急遽,播磨町に赴き,原告に対し,b設計での就労を中止するよう指示し,一方で,Cを原告の後任として派遣した。

なお,被告代表者は,b設計からのクレームの内容は,原告がパソコンを持参しなかったからであると述べるが,それ以上に,b設計や播磨町の担当者から,原告に対する不満の内容を確認することをしなかったと述べる(<証拠略>)。

オ Cは,b設計に派遣された後,原告が播磨町に提出していた業務報告書(水道配管図)の手書き部分をAUTOキャドに書き換える作業を行った。

カ 被告は,原告に対する他の派遣先を検討したが,適当な派遣先がなかった。

この間,原告としては,適当な派遣先があれば,播磨町の工事における残期間の賃金を請求するつもりはなかったが,結局,新たな派遣先の紹介がないまま,被告を解雇されることとなったため,被告に対し,残賃金の請求をするに至った(<証拠略>)。

2  派遣期間の終了に関する合意の有無

被告は,原告との間で,派遣先から派遣労働者の交代要請があった場合は,派遣期間の途中であっても派遣労働者の交代をし,残期間の給与は支払わないことを合意したと主張し,これに沿う証拠(<証拠・人証略>)も存する。

しかし,上記証拠中の供述を裏付けるものはなく,また,和歌山市の工事,播磨町の工事において作成された派遣契約に関する,被告と派遣先との間の契約書にも,そのような合意を前提とした条項は見あたらない。

むしろ,和歌山市の工事においては,a設計と被告との間で,業務委託基本契約書と題する書面を作成し,a設計が被告に対し,和歌山市の工事における現場技術業務を委託し,同業務に従事するものとして原告を特定するとともに,上記契約を解除できる事由を,業務委託基本契約書8条に定めている(<証拠略>)。これによると,a設計が原告の交代を要請することができる場合は,上記各項に該当する事由の存在を理由とする債務不履行(不完全履行)がある場合に限る趣旨であると解される。

このことは,播磨町の工事における契約でも,同様のことがいえる(<証拠略>)。

そうすると,原告と被告との間で,被告が主張するように,派遣先から派遣労働者の交代要請があった場合は,その理由を問わず,派遣期間の途中であっても派遣労働者の交代をし,残期間の給与は支払わないことを合意したと認めることはできない。

3  解雇事由の存否(原告の勤務状況)

(1)  派遣契約の債務不履行について

原告の勤務状況が,被告と派遣先との間の派遣契約に照らして,債務不履行(不完全履行)となる場合は,派遣先は,被告に対して,原告の交代を要求することができ(完全履行の請求),これに被告が応じない場合は,派遣契約を解除することができる。このように派遣契約上の債務不履行があり,派遣先から交代要請があった場合は,派遣期間の途中であっても,原告としては交代を余儀なくされ,原告の派遣期間は終了することとなり,そのことによって,派遣元との雇用契約も一旦終了し,残期間の給与を請求することはできないと解するべきである。

一方,原告の勤務状況が,被告と派遣先との間の派遣契約に照らして,債務不履行(不完全履行)といえない場合は,派遣先は,被告に対して,原告の交代を要求したり,被告がこれに応じないことを理由に,派遣契約を解除することはできない。この場合,派遣先が原告の交代を求め,原告の就労を拒否したとしても,債務不履行でない限り,被告が派遣先に対する派遣代金の請求権を失うことはないと解する。もっとも,原告の勤務状況が,債務不履行といえない場合であっても,派遣先が原告の就労を拒絶する場合,原告の被告に対する賃金請求権の帰趨については,別に検討する必要がある(また,被告が派遣先の要請に応じて,原告を交代させた場合などについても同様の問題が生じる。)。

(2)  和歌山市の工事における原告の勤務状況

被告は,和歌山市の工事において,原告が管理書類を全て手書きで作成し,作成した書類に記号の誤りや様式の不備が発見されたと主張する。

たしかに,前記1(4)のとおり,原告は,和歌山市の工事において,施工管理に従事し,日報,水道図面,材料表等の作成をしていたところ,工事終了間際になって,その手直しを要求されたが,次の仕事(播磨町の工事)が控えていたため,被告に登録していたDの応援を得て,作成することとなったことが認められる。

もっとも,残務整理を引き継いだDは,原告のパソコンをそのまま使用して作業を続け,その後,宅配便でこれを原告に送付しており(原告本人),このことから,和歌山市の工事に派遣されるにあたり,原告は,自分のパソコンを持参しており,これにデータを入力していたことが認められるのであって,原告の作成した管理書類が,全て手書きであったとは認められない。

また,手直しを要求された記号の誤りや様式の不備の具体的な内容やその程度については,明らかとはいえない。証拠(<証拠略>)によると,Dは上記作業に7日間も従事したことが窺えるが,和歌山市の工事に際して原告が作成した文書の全てを点検し直し,これを完成させる作業であることを考えると,相当程度の日数が必要となるのもやむを得ないといえる。

管理書類の完成,提出が結果として間に合わないということ自体問題といえるが,その経緯が必ずしも明らかとはいえず,また,平成15年1月20日から同年3月までの間,直接,原告の勤務状況について,和歌山市やa設計から苦情があったわけでもない。

(3)  播磨町の工事における原告の勤務状況

ア 前記1(5)のとおり,原告は,平成15年4月5日から,b設計に派遣され,播磨町の水道工事の施工管理に従事していたが,同年5月初めころ,b設計から,被告に対し,原告を交代させるよう要請があった。

その理由について,被告は,<1>原告は,ワードやエクセルを使用することができず,播磨町の工事では,パソコンを持参することすらしなかった。<2>現場において横柄な態度をとった。<3>水道配管工事の知識や技術がなく,現場における指導力を欠いていたなどと主張する。

イ 上記<1>の事由について

たしかに,原告が交代した後,Cが約20時間をかけて,原告が作成していた業務報告書(水道配管図)の手書き部分をAUTOキャドに書き換える作業を行っているが(前記1(5)オ),b設計と被告との間の労働者派遣契約において,派遣労働者にパソコンを持参させることや,図面をCADで作成することが明示的な条件とされていたことを認める証拠はない。また,原告は,被告代表者との面接の際,CADについてはできないと述べていることが認められ(原告は,CADについても聞かれたが,できないと回答したと述べており〔原告本人10項〕,被告代表者も,CADについて尋ねたと供述するが,原告から可能であるとの回答を得たとは述べていない〔被告代表者本人3項〕。),CADの使用については,原告と被告との雇用契約においても条件となっていたわけではないことが認められる。

また,原告は,播磨町の工事に際しては,当初,自分のパソコンを持参していなかったが(前記1(5)ア),播磨町の担当者から,パソコンを使用した業務を手伝うよう要求されるようになり,平成15年5月のゴールデンウィーク明けにパソコンを持参する予定でいた。それまでは,パソコンの使用を要求されたことはなく(原告本人),播磨町の工事では,パソコンを使用する業務やパソコンの持参が,b設計と被告との間の契約で予め定められていたと認めるに足りる証拠はない。

ウ 上記<2>の事由について

被告代表者は,原告が播磨町の工事の現場において横柄な態度をとっていたと供述しているが,被告代表者がこれを現認したわけではなく(<証拠・人証略>),むしろ,被告代表者本人は,b設計から原告に対するクレームの内容について,要するにパソコンを持ってきていないことだけである(被告代表者本人67項),原告の態度がクレームの理由の中に入ってるか否かについては,はっきりとは答えられない(同69項),播磨町の役場に確認することはできず,b設計に聞いても教えてくれない(<証拠略>)と供述しており,上記<2>の事由が,労働者派遣契約における債務不履行の事由となるとは考えにくい。

エ 上記<3>の事由について

原告は,下水道関係の工事は得意であるが,上水道工事の経験はないと供述しているが(<証拠略>。なお,和歌山市の工事も播磨町の工事も上水道工事であった。),原告の水道配管工事(上水道工事)の知識,技術については,その内容や程度を知る証拠はなく,前記ウのとおり,原告の水道配管工事についての知識や技術がクレームの理由となったかどうかは不明である。

むしろ,和歌山市の工事は,播磨町と同様,上水道工事であったが,前記1(4)のとおり,管理書類の作成以外について,原告の勤務状況について苦情が申し入れられた形跡はなく,原告が,水道配管工事の知識や技術がなく,現場における指導力を欠いていたと認めるに足りる証拠はない。

(4)  原告の勤務状況と不完全履行

前記(2)によると,和歌山市の工事における原告の勤務状況に派遣契約上の不完全履行があったと認めることはできない。しかも,被告による本件交代命令の理由(解雇事由)は,b設計からのクレームを直接の原因としており,和歌山市の工事における原告の勤務状況が,直接の影響を及ぼしているとは考えられない(被告としては,b設計からのクレームを受けない限り,原告を交代させる予定はなかったと思われる。)。

一方,前記(3)によると,b設計から,原告を交代させるよう要請があったこと自体は,原告の勤務状況に不完全履行の存したことを推定させる事情といわなくてはならない。しかし,前記(3)で検討したとおり原告を交代させた後,Cが行った修正作業がb設計と被告との間の労働者派遣契約に定められた義務であったとは認められない。また,交代要請があったのは,原告が播磨町の工事に従事してから約1か月後のことであるが,被告代表者は,交代要請の理由をb設計や播磨町に確認しておらず,その実際の理由は不明といわざるを得ず,原告の勤務状況が,b設計と被告との間の労働者派遣契約の債務不履行に該当するかどうかは不明といわざるを得ない。前記1(5)ウによると,播磨町における担当者(原告が,直接の上司と表現する人物)も,パソコンが苦手であり,原告に(業務の範囲内とは明示されていなかった)業務をいろいろと頼もうとしたが,これに応じられそうになかったため,原告の交代を要請しただけである可能性も否定できない。

以上によると,原告の勤務状況が,被告と派遣先との間の労働者派遣契約上の債務不履行事由に該当するとはいえない。

そうすると,直ちに,原告と被告との雇用関係が終了したということもできないが,派遣先において,原告の勤務状況が,被告と派遣先との労働者派遣契約上の債務不履行事由に該当すると主張して,原告の就労を拒絶し,その交代を要請する場合については,さらに検討する必要がある。

4  原告と被告との雇用契約の帰趨

被告としては,派遣先から,原告の勤務状況が,被告と派遣先との労働者派遣契約上の債務不履行事由に該当すると主張して,原告の就労を拒絶し,その交代を要請されたとしても,原告の勤務状況について,これをよく知る立場になく(その情報は,派遣先企業と原告が有していることになる。),派遣先の主張を争うことは極めて困難というべきである(派遣先や原告から,被告にとって有利な情報を得ることは極めて困難と思われる。)。このような状況下において,派遣先から原告の就労を拒絶された場合,被告としては,乏しい資料しかないにもかかわらず,派遣先による原告の交代要請を拒絶し,債務不履行事由の存在を争って,派遣代金の請求をするか否かを判断することもまた困難というべきである。そうすると,被告が,派遣先との間で,債務不履行事由の存否を争わず,原告の交代要請に応じたことによって,原告の就労が履行不能となった場合,特段の事情のない限り,原告の被告に対する賃金請求権(本件では,平成15年5月7日以降の賃金請求権)は消滅するというべきである(民法536条2項の適用はないと考える。)。

一方,被告の判断により,派遣先との紛争を回避し,派遣先からの原告の就労拒絶を受け入れたことにより,派遣先における原告の就労が不可能となった場合は,原告の勤務状況から,被告と派遣先との労働派(ママ)遣契約上の債務不履行事由が存在するといえる場合を除き,労働基準法26条にいう「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当し,原告は,被告に対し,休業手当の支給を求めることができると考える。

5  未払賃金及び休業手当

(1)  主位的請求のうち,平成15年5月6日までの賃金(未払賃金)

ア a設計へ派遣されていた期間中の賃金

証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると,原告が,a設計へ派遣されていた期間(平成15年1月20日~同年3月末日)に被告から原告に対し支給されるべき給与総額は127万9170円であり(締め日,支払日が明確に定められておらず,所定労働日数も不明であるが,<証拠略>によると,当事者の合意に基づく金額は上記のとおりとなる。なお,月額61万円の90%を,毎月末日を締め日とし,日割計算により算定した場合,上記期間中の給与は131万0516円となり,原告の主張する金額の方が低い。),これから宿舎費の原告負担分(18万0440円),雇用保険料(8920円),傷害保険料(1万6790円)を控除すると,a設計へ派遣されていた期間中の賃金は107万3020円となる。

〔計算式〕1,279,170-180,440-8,920-16,790=1,073,020

イ b設計へ派遣されていた期間中の賃金

証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると,原告が,b設計へ派遣されていた期間(平成15年4月5日~同年5月6日)に被告から原告に対し支給されるべき給与総額は,52万円であり(締め日,支払日が明確に定められておらず,所定労働日数も不明であるが,<証拠略>によると,当事者の合意に基づく金額は上記のとおりとなる。),欠勤分(26000円),雇用保険料(3796円),傷害保険料(7300円)を控除すると,48万2904円となる。

〔計算式〕520,000-26,000-3,796-7,300=482,904

なお,被告は,Cに対して支給すべき6万5000円を控除すべきであると主張するが,賃金から相殺をすることは許されない。

ウ 未払賃金

上記ア,イの派遣期間中の原告の収入に対する源泉徴収額は8万5690円であり(<証拠略>),既払賃金は139万円であるから(前提となる事実(6)),未払賃金は,8万0234円である。

(2)  主位的請求のうち平成15年5月7日以降の賃金について

前記3のとおり,原告の勤務状況をもって債務不履行(不完全履行)の状態にあると認めるに足りないというべきである。

しかし,前記1(5)のとおり,被告は,派遣先のb設計の要望(b設計としては,原告の勤務状況は被告との派遣契約上の債務不履行に該当すると主張しているものと思われる。)に応じ,原告を交代させ,他の従業員を派遣した。その結果,派遣代金請求権を失うことはなかったが,この派遣代金から,交代して派遣された従業員に対する給与を支払わなければならない状態にあり,また,原告としても,交代して派遣された従業員が派遣先において就労している以上,その就労場所を失ったことになるところ,前記4で述べたとおり,原告の被告に対する平成15年5月7日以降の賃金請求権については,消滅したというべきである。

(3)  予備的請求1について

前記3のとおり,原告の勤務状況をもって債務不履行(不完全履行)の状態にあると認めるに足りないというべきである。また,前記1(5)のとおり,被告は,派遣先のb設計の要望に応じ,原告を交代させ,原告は就労できなくなったことが認められるが,前記4で述べたとおり,被告の責に帰すべき事由により,原告は,休業するに至ったと認めることができるので,原告は,被告に対し,平成15年5月7日から同年7月末日までの期間の休業手当の支給を求めることができる。

証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると,原告は,b設計に平成15年4月5日から同年7月末日まで派遣される予定であったこと,1か月当たりの賃金は52万円であったことが認められ,上記期間の休業手当は,87万5613円となる(前記(1)ア,イで述べたとおり,原告と被告との間では,給与の締め日は明確に定められておらず,また,所定労働日も明確に定められておらず,休業期間も正確な日数を算定することは困難である。このため,月額52万円,毎月末日を締め日とし,日割計算により休業手当を計算することとする。)。

〔計算式〕520,000×(25÷31+2)×0.6=875,613

第5結論

以上によると,原告の主位的請求は,主文1(1)掲記の限度で理由があるからこれを認容し(主位的請求中認容された部分は,予備的請求と主位的,予備的の関係にはない。),その余の主位的請求は理由がないからこれを棄却し,予備的請求1は,主文2(1)掲記の限度で理由があるからこれを認容し,その余の予備的請求1は理由がないのでこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成17年10月14日)

(裁判官 山田陽三)

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