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大阪地方裁判所 平成16年(ワ)8643号 判決 2006年6月16日

原告

被告

主文

一  被告は、原告に対し、金二二六一万〇九八六円及びこれに対する平成一三年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金七一七七万七四二三円及びこれに対する平成一三年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車両」という。)が信号機によって交通整理の行われている交差点を青信号に従って西から北へ左折したところ、本件交差点の北側の横断歩道を西から東へ横断中だった原告運転の自転車(以下「原告車両」という。)に衝突し、原告車両を転倒させた交通事故について、原告が被告に対して不法行為に基づいて損害の賠償を求めている事案である。

一  前提事実(争いのある事実は、認定証拠を該当個所に掲記する。)

(1)  本件事故の発生

ア 日時 平成一三年一月三一日午後三時二〇分ころ

イ 場所 大阪府東大阪市金岡四丁目九番一号先藤美交差点(以下「本件交差点」という。)の北側横断歩道上

ウ 被告車両 被告運転の普通乗用自動車

エ 原告車両 原告運転の自転車

オ 事故態様 被告車両が信号機によって交通整理の行われている交差点を青信号に従って西から北へ左折したところ、本件交差点の北側の横断歩道を西から東へ横断中だった原告車両に衝突し、原告車両が転倒した。

(2)  原告の治療経過

ア 本件事故当日、原告が八尾徳洲会総合病院で診察を受けたところ、右肩、右肘、右膝打撲と診断され、平成一三年一月三一日から同年七月三一日まで通院治療を受けた(実通院日数七三日)。(乙一の二)

イ 平成一五年一月二四日から同年三月二五日まで関西医科大学附属病院に再検査のための通院した。(実精査日数五日間)

(3)  症状固定

平成一三年七月三一日、原告は症状固定と後遺障害の診断を受けた。

(4)  後遺障害の認定

平成一六年二月五日、原告は、自動車損害賠償責任保険の後遺障害認定において、本件事故当時の自動車損害賠償保障法施行令第二条別表第二で定められた後遺障害等級(以下、後遺障害等級は全て本件事故当時の同表規定の等級を指すものとする。)の併合第一一級に該当するとの認定を受けた。(甲六)

二  主要な争点及び当事者の主張

(1)  事故態様、過失割合

(原告の主張)

ア 本件事故は、被告車両が、横断歩道の直前での徐行又は一時停止の義務を怠って、横断歩道をかなりな速度で通過しようとしたために発生したものである。

イ 原告は、信号が青色点灯していることを確認して横断を始めている。

ウ よって、過失相殺はすべきではない。

(被告の主張)

ア 被告は、歩行者が横断歩道を渡り終えるころをみて被告車両を左折進行したところ、原告車両が突然本件横断歩道上を横断し始めたため衝突したものである。

イ 被告車両は、交差点に進入する前に一時停止している。

ウ 四輪車右折の場合に準じて原告の基本過失割合を一五%とすると、被告車両が既左折であること、原告に著しい過失または重過失があることを考慮すると、原告の過失は三五%と解するのが相当である。

(2)  損害額

(原告の主張)

ア 治療費、投薬費 六九万七四九〇円

(ア) 八尾徳洲会総合病院の治療費 五六万一八九〇円

(イ) 関西医科大学附属病院の治療費 一三万五六〇〇円

イ 休業損害 二九四万六九〇四円

(ア) 基礎収入は年収五九一万円である。

原告は事故に遭うまでは、絵画を売却してその代金で生計を立てていた。

原告は、平成一二年度の所得税の確定申告においては売上を六八〇万円としていたが、この申告収入は過少申告であり、実際には八五一万円の売上があった。

原告は、上記確定申告において、売上原価二〇〇万円及び経費二〇五万円を控除しているが、このうち、家賃(八四万円)は原告が居住する賃借物件の賃料であり(七万円×一二か月)、水道光熱費及び通信費は同物件で生活するに際して不可避的に発生する費用であり、生活経費であるから逸失利益からは控除されるべきではない。

よって、基礎となる収入は、売上八五一万円から売上原価二〇〇万円及び経費六〇万円を控除した五九一万円である。

これにつき、被告は、確定申告の過小申告はクリーンハンズの原則に反すると主張するが、被告に対する損害賠償請求権の取得に関して不誠実な行為があったわけではないのであるから、同原則には反しない。

(イ) 休業期間は事故日から、症状固定日までの一八二日間である。

ウ 傷害慰謝料 八〇万円

通院六か月一日(損害賠償額算定基準を目安とする)、被害者に何らの落ち度がないこと、傷害の態様を考慮すれば、傷害慰謝料は上記金額が相当である。

エ 後遺障害逸失利益 五八五〇万〇七二六円

(ア) 原告は本件事故により、右膝後十字靭帯損傷の傷害を負い、関節が不安定になり、右足に力を入れることができず、体重を掛けた場合に激痛が走る状態である。また、右肩・肘・膝打撲により、右手の握力の低下、親指、人差し指及び中指の知覚鈍麻など右上肢不全麻痺の後遺障害が生じ、絵の具を塗り重ねる微妙な作業が極めて困難になった。

(イ) 以上の後遺障害により、原告は職業画家としての能力をすべて喪失してしまったので、労働能力喪失率は一〇〇%である。

(ウ) 基礎収入は休業損害と同様である。

(エ) 画家には定年制度は存在しないので、少なく見積もっても、死亡の二、三年前までは画家を継続できたはずである。平成一三年当時六一才男性の平均余命は八〇才であったことからすると、原告についても七五歳くらいまでは画家として働くことができたはずである。現実にも七五歳以上の画家は多数存在する。

被告は加齢に伴い、アイデアの枯渇などで絵が描けなくなることもありうると主張するが、原告は風景画や静物画を専門としていたのでそのようなことはない。

よって、原告の就労可能年数は、症状固定日から七五歳までの一四年である。

オ 生活介護費費用 四四一万一〇二五円

原告は右膝後十字靭帯損傷の後遺障害を負ったことにより、足の屈伸運動、階段等の上下、長距離の連続歩行等が困難になり、また、右手上肢不全麻痺により包丁等を握ることができず、買い物や食事等の家事作業及びボタンをはめること、ネクタイをしめること等を行うことができない。また、肩関節の可動域制限により、右手を背部に回すことができなくなっており、風呂に入ったときに自ら背中を洗うことが出来ず、他人に洗ってもらわざるを得ない。よって、症状固定後、平均余命までの間、二日に一回程度家政婦を雇う必要があり、一日あたり数時間程度の仕事を依頼する計算で、二〇〇〇円程度の出費を余儀なくされる。

カ 後遺障害慰謝料 三九〇万円

本件事故により一一級の後遺障害を負ったことに鑑みれば、後遺障害慰謝料は三九〇万円が相当である。

キ 弁護士費用 六〇〇万円

本件請求金額の一割程度である。

ク 増額慰謝料(予備的主張) 五〇〇万円

原告が画家としての能力を喪失したことが、逸失利益の算定にあたり考慮されない場合には、別途、慰謝料として、五〇〇万円を請求する。

ケ 既払分等の控除

原告は、訴外日動火災海上保険株式会社より、本件事故の損害賠償として、金二一六万八七二二円、自賠責保険から金三三一万円、合計五四七万八七二二円を受領した。

コ まとめ

よって、原告は被告に対し、自動車損害賠償保障法三条に基づき、前記損害金七一二五万六一四五円から、填補された五四七万八七二二円を控除した六五七七万七四二三円及び弁護士費用六〇〇万円並びにこれらに対する本件事故発生日の翌日である平成一三年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める。

(被告の主張)

ア 休業損害

(ア) 売上げが八五一万円もあったこと、年間所得が五九一万円であることは否認する。

基礎年収は、前年度の申告所得である二七五万円とすべきである。実際の所得が申告所得よりも多かったとすると、過少申告によって脱税していたことになるから、申告所得よりも実際の所得が多かったという主張はクリーンハンズの原則からは認められない。

(イ) 就労不能期間も長きに失する。

イ 後遺障害逸失利益

(ア) 休業損害と同様、基礎収入は二七五万円とすべきである。

(イ) 画家であっても加齢に伴ってアイデアの枯渇などで絵が描けなくなることは十分にありうる。

原告の場合、症状固定時六一歳であるから、平均余命(一九年)の二分の一である九年が労働能力喪失期間として妥当である。

(ウ) 労働能力喪失率は単に職業によって決まるものではなく、後遺障害の部位・程度等も勘案して総合的に判断するものである。また、画家ができなくても他の仕事はできるはずである。

よって、労働能力喪失率としては、一一級の喪失率である二〇%とするのが相当である。

ウ 生活介護費費用

介護費用は、医師の指示又は症状の程度により必要があれば認められるところ、原告の後遺障害は等級一一級であり、介護費用が必要とは到底考えられない。

エ 弁護士費用

弁護士費用は争う。

オ 増額慰謝料(予備的主張)

増額慰謝料は争う。

カ その他

治療費、傷害慰謝料、後遺障害慰謝料(三九〇万円分)は認める。

第三争点に対する判断

一  被告の過失、過失割合

(1)  証拠(甲二、甲二三、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

ア 本件現場の状況

本件現場は、東西方向の道路と南北方向の道路(以下「南北道路」という。)とが交差する信号機の設置された交差点の北側路上である。

南北道路は、本件交差点の北側では南から北へ向かう一方通行になっており、道路の幅員は八・六mとなっている。

本件交差点の北側には、南北道路を横断するための横断歩道が東西方向に設置されている。

本件交差点の北西角には高さ七、八mの高さの植え込みが植えられており、本件交差点に西側から進入した自動車から北側横断歩道への見通しが悪くなっている。

イ 本件事故の状況

(ア) 原告車両は、本件交差点の北から南に向かって南北道路の西側を走行して本件交差点に差し掛かった。原告は、原告車両が本件交差点に到達する六、七m手前で、本件交差点の北側の横断歩道の歩行者用信号が青になり、少なくとも二、三人の歩行者が横断を始めるのを認めた。原告は、その約三、四秒後に本件交差点に到達し、ことさら右方を確認することはなく、スピードも緩めずに横断歩道上を西から東へ向かって原告車両を運転して横断を始めたところ、横断歩道の直前での一時停止を怠った被告車両の左側後部に原告車両の前部が衝突した。

(イ) 被告は被告車両を運転して東酉方向の道路を西から東へ向かって本件交差点に差し掛かった。

被告は、本件交差点に進入する手前で一旦停止した後、発進し、本件交差点を西から北へ向かって左折し、徐行せずに本件交差点の北側横断歩道を通過しようとしたところ、横断歩道上で横断歩道を西から東へ横断中の原告車両の前部が被告車両の左側後部に衝突した。衝突に気づいた被告は、直ちに制動措置を講じて被告車両を停車させた。

(2)  過失

前記(1)で認定した事実によれば、被告は、原告車両が本件交差点の北側横断歩道を横断しようとしていたのであるから、原告の横断を妨げないよう、横断歩道の手前で一時停止する義務があるのに、これを怠り、横断歩道を横断しようとしていた原告車両を見落としたまま、一時停止せずに横断歩道に進入し、原告の横断を妨げた過失があったと認められる。

(3)  過失割合

道路交通法上、自動車が横断歩道等を通過する際は、歩行者等がないことが明らかな場合を除き、徐行しなければならず、また、横断歩道を横断しようとする歩行者等があるときは、その通行を妨げないよう横断歩道の直前で一時停止しなければならないとされているところ、被告は、原告が横断歩道を横断しようとしていたにもかかわらず、横断歩道の手前で一時停止せず、かつ徐行もせずに進行し、原告の横断を妨げたことに鑑みれば、過失割合は、被告が一〇〇%、原告は〇%と解するのが相当である。

被告は、原告が被告車両の左側後部に衝突していることから、被告車両の方が先行しており、原告の方から被告車両に衝突した事故であると主張するが、歩行者や自転車の安全を確保するため、横断歩道上の歩行者や自転車は道路交通法上も強く保護されているところ、被告のかかる主張は前記の道路交通法上の義務に反するものであり、採用することができない。

二  損害額

(1)  治療費、投薬費 六九万七四九〇円

治療費及び投薬費の額が少なくとも六九万七四九〇円であったことは当事者間に争いがない。被告は関西医科大学附属病院の治療費が一三万五九四〇円であったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(2)  休業損害 二五四万六〇〇五円

ア 証拠(甲八、九、一〇の一ないし六)によれば、平成一二年の原告の画家としての売り上げが八五一万円であったことが認められる。原告が売り上げの立証のため提出する証拠(甲九、一〇の一ないし六)は、筆跡も別々であり、記載内容について原告の供述との整合性も認められることから、信用性は認められる。

これに対し、経費については十分な立証がなされたとはいえないし、証拠(甲八、二三、原告本人)によれば、新築祝いに原告の絵をプレゼントしている工務店勤務の者から依頼を受けていると思われる画商に売り上げの多くを依存していること、平成一二年度の確定申告はしばらくぶりになされたものであり、申告所得額も二七五万円と低額であったこと、平成一二年度以前には絵の売り上げは年間六〇〇万円程度であったことが認められ、自分の作品を売って生活できるようになったとはいえ、原告は画家としてはまだ無名であって、売り上げも継続的な購入が期待できる顧客は少ないうえ、特定の顧客への依存度が高く、今後も同様の売り上げを確保できるかははっきりしていないことに鑑みれば、売り上げの六〇%にあたる年収五一〇万六〇〇〇円を基礎収入として採用するのが相当である。

イ 証拠(甲三、四、二二、乙一の二、原告本人)によれば、症状固定の診断がなされた平成一三年七月三一日時点でも、右肩の可動域制限や右手の握力の低下があり、リハビリも継続中で、画家としては稼働できなかったことが認められるが、症状固定時においてもリハビリを継続しており、本件事故から症状固定まで六か月という期間に転職することも期待できないことからすると、本件事故から症状固定までの間は一〇〇%稼働できなかったと認めるのが相当である。

ウ 基礎収入を年収五一〇万六〇〇〇円として、本件事故から症状固定日までの一八二日間一〇〇%稼働できなかったとすると、以下の計算式により、休業損害は上記金額となる。

510万6000円÷365×182

(3)  傷害慰謝料 八〇万円

傷害慰謝料を八〇万円とすることについては、当事者間に争いはない。

(4)  後遺障害逸失利益 一八一四万六二一三円

ア 証拠(甲五、原告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(ア) 原告は、本件事故による後遺障害について以下のような診断を受けた。

a 傷病名

右肩・肘・膝打撲傷、右膝後十字靭帯損傷、右肩関節外傷後関節拘縮、右上肢不全麻痺

b 自覚症状

右手が思うように使えない、絵をかけない、書字困難、箸・包丁・銛・金槌が使えない、右肩・右膝の不安定、階段を下りるときに疼痛、脱力感、駆け足不能、自転車で少しの上り坂がこげない、五〇〇メートル以上の連続歩行で疼痛出現

c 他覚症状

握力(右)一六・五kg(左)三七・〇kg

ピンチ力(拇指示指側面) (右)一・二kg(左)七・八kg

ピンチ力(拇指示指指先) (右)〇・四kg(左)五・〇kg

徒手筋カテスト 肩関節屈伸・内外転(右)四―、(左)四

上腕周囲径(右)二九・〇cm、(左)二九・〇cm

前腕周囲径(右)二六・五cm、(左)二六・五cm

右手拇指・示指・中指々尖知覚鈍麻(+)

第五・六頸髄神経領域に低下

作業療法による精査で手指巧緻運動検査で(右)五分二一秒、(左)四分と右で遅延

持続力テストで右上肢挙上一分一五秒(左三分以上)で遂行不能箸作業は従来右利きにも拘わらず、右手障害期間が長く利き手交換練習により左手の操作性が勝っていた、右では小さいものや重いものを箸でつまむことが不能、持久力に乏しく検査中短時間で右上肢に脱力感を生じた

頸椎X線にて第四―七頸椎椎体後方から骨棘(+)

EMGにて右三角筋・撓側手根伸筋に脱神経電位を軽度認める

右膝は前後不安定性を認め、MRIにて後十字靭帯損傷認め、関節液の貯留も認める

d 関節機能障害

別紙関節機能障害のとおり。

(イ) 原告は、自動車損害賠償責任保険における後遺障害等級認定において以下のとおり、認定された。

a 結論

自動車損害賠償責任保険等級併合第一一級

b 理由

右肩関節運動機能は腱板損傷後の拘縮として、運動機能障害第一二級六号。

右手指症状は、神経系統の障害として、第一二級一二号。

(ウ) 原告は、高校卒業後、関西外国語短期大学英米語学科に通いながら、大阪市立美術研究所に五年間研修生として通い、デッサンを学んだ。大学卒業後は家業であった小中学校への教科書以外の教材等卸売業の仕事を行いつつ、絵画の勉強をしていた。その間、絵画を展覧会に出展したり、絵画教室で絵を教えたりもしていた。

そして、五〇歳を過ぎたころ、家業を廃業し、絵画のみで生計を立てるようになった。

原告は平成一三年には、美術年鑑に登録し、一号あたり、四万五〇〇〇円という値段設定がなされていた。この値段設定は年々上がっていく仕組みになっていた。

(エ) 本件事故後、原告は利き手である右手に思うように力が入らなくなり、職業画家として絵を描くことはできなくなってしまった。現在は左手で絵をかけるように訓練中である。

また、右足に体重がかけられず、歩行も短距離しかできず、立ち続けることも五分くらいしかできない。

イ(ア) 右膝関節について

証拠(甲五、六、乙一の一及び二、二)によれば、本件事故直後の診断では右膝の痛みについて医師への訴えがなされていたが、その後は、平成一三年三月二日に膝の痛みに関する訴えがなされているが、同月九日、診療録には右膝について腫脹なし、関節可動域制限は全稼働、不安定性なしとの記載がなされ、同月一六日には自転車に二時間乗った旨が報告されており、同年七月三一日の時点では右膝の痛みもなくなっていた旨の診断がなされたが、その後、平成一五年三月一七日に関西医科大学附属病院においてMRI検査が行われ、同月二五日、右膝後十字靭帯損傷の診断がなされていることが認められるが、このような経緯に鑑みれば、右膝に関しては、平成一三年七月三一日の時点で痛みもなく、可動にも問題がない状態であったと判断せざるを得ないのであって、その後平成一五年に右膝後十字靭帯損傷の診断がなされたとしても、本件事故との因果関係は認めがたい。

(イ) 右手指の症状について

証拠(甲五、乙二)によれば、前記アで示された原告の右手指の症状については、神経学的所見として筋力低下や知覚障害、筋電図の異常所見がみられ、事故の態様からすると右腕神経叢不全損傷の可能性も否定できないことが認められ、これらの事実に照らせば、局部に頑固な神経症状を残すものとして一二級一二号に該当すると認められる。

(ウ) 右肩関節について

証拠(甲三ないし五、乙二)によれば、本件事故後、原告は右肩の疼痛を訴え、関節可動域にも制限があり、平成一三年七月三一日では右肩関節の可動域は左肩関節の四分の三まで制限されていたが、平成一五年三月二五日の検査では、外転の可動域が改善したため可動域が四分の三までは制限されていないことが認められるが、可動域制限以外に他覚的所見が認められないことからすると、右肩については局部に神経症状を残すものとして一四級一〇号に該当すると認められる。

ウ 前記アによれば、原告は画家としての能力を喪失していると認められ、原告の年齢、経歴、後遺障害の程度を考えると、原告が就くことができる職業もかなり限られることを考慮すれば、喪失した労働能力の割合は一般的な事例と比較して大きく評価するのが相当である。しかしながら、右手指、右肩の機能も一部失われたに留まり、身体全体の機能のかなりの割合が未だ維持されていることを考慮すれば、労働能力喪失率は五〇%と認めるのが相当である。

エ 労働能力喪失期間については、画家としての作業の身体能力への依存度が低いことは確かであるが、もともと、画家としての作業が可能であるか否かとは別に、継続してゆくことが困難な職業であり、原告については、顧客は個人的なつながりのある者に限られており、作業が可能な状態であれば当然に画家としての職業を全うできる蓋然性までは認められないから、平均余命の二分の一にあたる九年間と認めるのが相当である。

オ 基礎収入は休業損害の場合と同様である。

カ 以上を前提に逸失利益を計算すると、下記の計算式により、上記金額となる。

510万6000円×(1-0.5)×7.1078

(5)  生活介護費費用

生活介護費については、後遺障害の等級に関係なく、受傷の内容及び程度、被害者の年齢等から、必要性を判断すべきであるが、原告は利き手が思うように動かなかったり、連続歩行が困難であったりという状況はあるが、右膝の障害については本件事故との因果関係は認められず、右手の障害については、障害の程度に鑑みて、介護が必要な程度に達しているとは認められないから、生活介護費費用は認められない。

(6)  後遺障害慰謝料 三九〇万円

前記(4)で認定した後遺障害を等級で表すと併合一二級ということになるが、右手指の後遺障害により、現在訓練を継続中ではあるものの、画家としての能力を喪失している現状に鑑みれば、後遺障害慰謝料は三九〇万円と認めるのが相当である。

(7)  増額慰謝料

後遺障害逸失利益は前記(4)のとおりであり、これによって画家としての能力喪失分は評価されているから、増額慰謝料は認められない。

三  損益相殺

以上を合計すると、その額は二六〇八万九七〇八円となる。原告が合計五四七万八七二二円の支払いを受けていることは当事者間に争いがないが、それ以上の支払いを受けている事実を認めるに足りる証拠はないから、前記損害額から支払われたと認められる額を控除すると、残額は二〇六一万〇九八六円となる。

四  弁護士費用 二〇〇万円

本件の認容額や事件の内容など諸般の事情を考慮すれば、原告に対する弁護士費用は二〇〇万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上より、原告の請求は、二二六一万〇九八六円及びこれに対する平成一三年二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 平井健一郎)

別紙 関節機能障害

<省略>

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