大阪地方裁判所 平成16年(ワ)9309号 判決 2005年1月26日
原告
株式会社森本組
同代表者代表取締役
藤原秀武
同訴訟代理人弁護士
森英子
同
藤田健
被告
みくに産業株式会社
同代表者代表取締役
山田秀典
同訴訟代理人弁護士
住田定夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、一億三三五三万〇六〇〇円及びこれに対する平成一五年一二月二五日から支払済みまで一日につき一万分の四の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、被告から工事を請け負った請負人が、工事途中で民事再生手続に入り、上記請負契約を解除し、既施行部分を被告に引き渡す一方、原告に対して営業譲渡に伴う債権譲渡を行ったところ、原告が被告に対し、上記請負人から譲り受けた既施行部分の工事出来高に相当する未払請負代金及び工事出来高が確定した日の翌日(平成一五年一二月二五日)からの工事請負契約約款(第二五条(2)及び(4)、第三〇条(2))に基づく一日につき一万分の四の割合による約定の遅延損害金の支払いを求めた事案である。
二 争いのない事実等(摘示の証拠により認定した事実以外は当事者間で争いがない。)
(1) 原告は、建築工事、土木工事等を業とする株式会社であり、被告は、不動産の売買、仲介、賃貸、管理等を業とする株式会社である。
(2) 原告は、商号が「黒岩石材工業株式会社」であり、本店所在地が「東京都中央区新川《番地省略》」であったところ、平成一六年三月一〇日、商号を「株式会社森本組」に変更し、それに先立ち同年二月一八日、本店を「大阪市天王寺区夕陽丘《番地省略》」に移転した。
(3) 被告は、平成一五年三月三〇日、株式会社森本組(以下「旧森本組」という。)との間で、次の内容の請負契約を締結した(以下、請負契約を「本件請負契約」、それに基づく工事を「本件工事」という。)。
ア 工事名 Jonai TOWER 新築工事
工事場所 北九州市小倉北区城内《番地省略》
請負金額 二六億九三二五万円(内消費税一億二八二五万円)
工期 平成一五年六月一日から平成一七年二月二八日
イ 工事名 Jonai TOWER 新築工事の内土木工事
工事場所 北九州市小倉北区城内《番地省略》
請負金額 一億四一七五万円(内消費税六七五万円)
工期 平成一五年六月一日から平成一五年一〇月三一日
なお、上記ア及びイの工事代金の支払方法については、同日付けで別途協議書を締結し、新築の区分所有建物の各購入者から売買代金全額の入金があった後、受領した代金のうち総売上に対する工事代金の割合に応じた金額を支払うことを約定した。
(4) 本件請負契約は、工事請負契約約款(民間(旧四会)連合協定)に基づいて契約された。
上記工事請負契約約款第六条においては、当事者は、相手方の書面による承諾を得なければ、この契約から生じる権利または義務を第三者に譲渡すること、または承継させることができないと規定している。
(5) 旧森本組は、平成一五年一〇月一日、大阪地方裁判所に対し民事再生手続開始の申立(平成一五年(再)第八五号民事再生手続開始申立事件)を行い、同月九日午前一〇時、再生手続を開始する旨の決定が行われ、同決定において、再生債権の届出をすべき期間が平成一五年一一月一二日までと定められ、同月二四日、管財人に弁護士二名(木内道祥[以下「木内」という。]、森恵一[以下「森」という。])が選任された。
(6) 本件工事は完成していなかったところ、旧森本組は、監督委員である木内の同意を得て、平成一五年一一月一四日、被告に対し、本件請負契約及びこれに付随する請負契約を民事再生法四九条に基づき解除する旨の意思表示をした。
(7) 旧森本組は、被告に対し、本件工事の既施行部分を平成一五年一一月二一日引き渡し、同年一二月二四日、旧森本組の管財人木内及び森、被告、本件工事を引き継いで行うことになった大成建設株式会社(以下「大成建設」という。)との間で、本件工事の出来高が二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)であることが確認された。
上記出来高金額は、地下基礎コンクリート工事に係る漏水、建物敷地周辺の陥没及び近隣住戸の井戸渇水の問題に係る費用として一〇五〇万円(消費税込み)を出来高から差し引いた金額である。
(8) 旧森本組は、本件請負契約を解除するまでに、被告から請負代金として一億四一七五万円の支払いを受けていた。
(9) 旧森本組の両管財人は、大阪地方裁判所の平成一六年三月一六日付許可を得て、同月三一日、旧森本組の営業を原告に譲渡した。これに伴って、被告に対する本件工事の出来高分残金請求権一億三三五三万〇六〇〇円(上記確認された本件工事の出来高額二億七五二八万〇六〇〇円から上記既払額一億四一七五万円を控除したもの)を原告に譲渡し、同年四月八日、被告に書面で譲渡通知をした。
三 争点及び当事者の主張
(1) 本件工事の出来高分に対する請求権の有無
(原告の主張)
ア 民事再生法四九条一項は、双務契約の当事者が履行を完了していないときは、再生債務者が契約を解除することを認めており、解除の効果も将来に向かってのみ生じるので、解除時までの出来高に対する報酬請求権が管財人に発生することを当然予定している。これを認めないと、再生債権者の不当利得を容認することになり妥当でない。最高裁判例(最高裁昭和六二年一一月二六日判決)も、破産法五九条に基づいて、前払いと工事の出来高との差額支払請求権が財団債権になると判示しており、出来高部分の報酬支払請求権が発生することを前提としている。
イ 本件工事においては、前記争いのない事実等(7)及び(8)の事実から、旧森本組は、被告に対し、本件請負契約解除に伴い、本件工事の出来高請求権一億三三五三万〇六〇〇円(確認された本件工事の出来高額二億七五二八万〇六〇〇円から既払額一億四一七五万円を控除したもの)を有するに至った。
(被告の主張)
ア 請負契約においては、請負人が仕事を完成し引き渡した時点で、注文者に報酬を請求することができるもので(民法六三二条、六三三条)、本件のように、仕事が未完成のまま請負人が工事を中止した場合は、そもそも請負人の具体的な報酬請求権が発生することはない。このことは、民事再生法四九条に基づいて請負契約が解除された場合も同様である。
イ 仮に、請負人が行った仕事により利得が残っていれば、不当利得の要件に従った利得の償還が問題となるのみで、報酬請求権とは別の問題となる。
ウ 本件工事では、旧森本組の工事の中断と続行工事の放棄により、被告は、大成建設に続行工事を総額二七億一七二一万九四〇〇円(消費税込み)で発注せざるを得なくなり、旧森本組の既施行部分による利得は得ておらず、かえって被告には、次の計算により、二三九六万九四〇〇円の損失(損害)が生じている。
①旧森本組への既払額 一億四一七五万円
②大成建設の続行工事代金 二七億一七二一万九四〇〇円
③本件請負契約代金 二八億三五〇〇万円
①+②-③=二三九六万九四〇〇円
また、旧森本組から出来高確認額二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)(④)の請求を受けた場合は、被告は、次の計算により一億五七五〇万円の損失(損害)となる。
②+④-③=一億五七五〇万円
エ また、本件工事は、地下二階、地上二七階の高層マンションを建築する工事で、性質上、可分の工事ではないので、未施行部分のみの一部解除とみることはできず、また、仮に一部解除とみても、既施行部分のみでは被告に利得が生じないため、当該部分の報酬請求権が発生する余地はない。
(原告の反論)
契約解除に基づき請負人側に発生する出来高に対する報酬請求権については、同解除に基づき注文者側に発生した損害賠償請求権を除いた範囲で発生するわけではなく、注文者側に発生した損害賠償請求権は、別途、相殺権行使期間内に自動債権として相殺するか、相殺しないときは、再生債権として配当を受けることができるに過ぎない。
(2) 債権譲渡の可否
(被告の主張)
旧森本組と被告間の本件請負契約においては、争いのない事実等(4)のとおり、工事請負契約約款第六条により、契約から生じる権利を第三者に譲渡することが禁じられていた。
したがって、旧森本組に出来高に応じた報酬請求権が発生するとしても、原告が譲り受けることはできない。
(原告の主張)
ア 工事請負契約約款第六条は、請負工事代金債権が暴力団や得体の知れない者あるいは施主の関知しない第三者に譲渡されることにより、施主が紛争に巻き込まれたり、あるいは煩雑な対応を強いられることを防止するために設けられた規定である。本件のように、法的倒産手続の中で、裁判所の監督、許可を受けながら進められる営業譲渡の場合には、適用されない。
イ 本件のように、民事再生を申立てた企業がスポンサー関連会社に営業譲渡する方法を採ることは、再生のために必要であり、新会社も実質的には旧会社と同一の企業であり、書面による同意がないので、譲渡の効力を否定する旨の主張は、権利の濫用である。
(被告の反論)
ア 工事請負契約約款第六条は、請負契約が工事の質や内容に関する信頼の上に成り立つ契約であることに鑑み、譲渡を禁じているもので、禁止の理由は原告主張のものではなく、裁判所の監督・許可については、当該営業譲渡について、公平性や債権者の適正な配当を確保するため、譲渡の必要性や対価の相当性等を審査するものであって、個々の当事者が約定した契約上の地位や権利の譲渡禁止特約までも一律に無効とするものではない。
イ 本件では、請負契約の工事を未完成のまま、他方、(発生したと主張する)債権部分のみを譲り渡した事案であり、原告の主張が相当性を欠くもので、被告の主張が権利の濫用となるものではない。
(3) 同時履行の抗弁
(被告の主張)
民法は、請負における報酬支払義務が工事の完成引渡と同時履行の関係に立つこと、請負人の担保責任に関し、注文者の損害賠償請求権と請負人の報酬請求権が同時履行の関係に立つと定めており(民法六三四条二項後段)、工事の途中での契約解除の場合について注文者に損害が発生している場合においては、上記規定の準用ないし類推適用により、契約の一部解除を認め、出来高部分の報酬請求権の発生を認めても、注文者が被った損害賠償請求権と同時履行の関係に立つ。
以上から、被告に賠償することなく、請負代金のみ請求することはできない。
(原告の主張)
民事再生法八五条は、再生債権は、再生計画の定めによらなければ弁済をし、弁済を受け、その他これを消滅させる行為をすることができないと定めており、民法の同時履行の抗弁権よりも特別法である民事再生法が優先するため、同時履行の主張は理由がない。
(4) 相殺の可否
(被告の主張)
ア 被告は、管財人に対して、平成一五年一二月二六日付け文書にて、次のとおり、被告の損害賠償請求権との相殺の意思表示をした。すなわち、①旧森本組と大成建設との間で出来高として確認された金額が被告の債務に直結しないことを指摘したうえで、②念のためとして、a出来高査定額二億七五二八万〇六〇〇円b代金債務より差し引かれるべき金額二億九一七五万円(内訳が既払金一億四一七五万円、工事未完成により、別発注したことに基づく損害金一億五〇〇〇万円)③上記aよりbを差し引きの結果、支払いできる金額はなく、むしろマイナスの状況になっていることを明確に主張した。
イ 被告は、既施行部分の出来高が二億七五二八万〇六〇〇円であると確認された平成一五年一二月二四日に至るまで、大成建設に続行工事を引き継ぐと損害が発生することが確定できず、同月二六日ころ、別発注によると損害が一億五〇〇〇万円にのぼることが判明した。
相殺の意思表示は、その責めに帰することができない事由により再生債権届出期間内に届出をすることができなかった場合は、その事由が消滅した後一か月以内に限り相殺することができるところ(民事再生法九五条)、相殺すべき損害額が確定した後、被告は、一か月以内に相殺の意思表示をしている。
ウ 相殺の意思表示は、相対立する双方の債権を相殺によって消滅させる意思が示されれば足り、必ずしも相殺することを明言することは要せず、債権の同一性が認識できる程度に示されれば足り、その債権の発生日時、発生原因、総額などを必ずしも明示する必要はない。
以上から、被告は、アのとおり、損害賠償請求権を自動債権とし、報酬請求権を受動債権とする相殺の意思表示を有効に行い、報酬請求権は対当額で消滅した。
(原告の主張)
ア 被告が主張している未履行双務契約の解除に伴う相手方の損害賠償請求権(民事再生法四九条五項、破産法六〇条一項)のように、再生手続開始時において存在していない債権は、そもそも民事再生法九二条一項の相殺に供することはできない。
イ 仮に、相殺が可能であったとしても、被告の損害賠償請求権は、本件請負契約が解除された平成一五年一一月一四日に発生(額が確定していなくとも発生している。)したもので、債権届出期間(平成一五年一一月一二日)経過後に生じた再生債権であるから、その権利の発生した後一か月の不変期間内に届け出なければならないところ(民事再生法九五条三項)、被告は、上記期間内(平成一五年一二月一四日まで)に相殺の意思表示を行う必要があったもので、平成一五年一二月二六日に相殺の意思表示を行ったとしても無効である(但し、相殺については、裁判所が定めた最初の届出期間内に限ると読むことができ、その場合は、当然相殺はできない。)。
ウ 仮に、被告の損害賠償請求権が、その損害額が具体的に判明した時点(平成一五年一二月二四日)で発生したとしても、被告が平成一五年一二月二六日付けで管財人に通知した文書は、それまで相殺できなかったことを考慮して欲しいという依頼の趣旨であり、明確に自動債権と受動債権を示して、対当額で相殺すると明記しておらず、相殺の意思表示とは認められない。
(5) 信義則による制限の可否
(被告の主張)
仮に、(1)ないし(4)の被告の主張が認められないとしても、(1)、(2)及び(4)の被告主張の事実の下では、原告の請求は信義則上許されない。
(原告の主張)
原告は、前記原告の主張のとおり、民事再生法に基づいて正当な請求を行っているもので、信義則に反するものではない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件工事の出来高分に対する請求権の有無)について
(1) 争いのない事実等、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。
ア 被告は、平成一五年三月三〇日、旧森本組との間で、地下二階地上二七階の建物建築である本件工事に関し、争いのない事実等(3)のとおり、請負代金総額二八億三五〇〇万円(消費税込み)、工期平成一五年六月一日から平成一七年二月二八日(但し、内土木工事は平成一五年一〇月三一日まで)、代金については、別途協議書を締結し、新築の区分所有建物の各購入者から売買代金全額の入金があった後、受領した代金のうち総売上に対する工事代金の割合に応じた金額を支払うこと、工事請負契約約款(民間(旧四会)連合協定)に基づくことを内容とした本件請負契約を締結し、旧森本組が本件工事を請け負った。
イ 旧森本組は、平成一五年一〇月一日、大阪地方裁判所に対し民事再生手続開始の申立を行い、同月九日午前一〇時、再生手続を開始する旨の決定が行われ、同年一一月二四日、管財人二名が選任された。
ウ 本件工事は完成していなかったところ、旧森本組は、監督委員である木内の同意を得て、平成一五年一一月一四日、被告に対し、本件請負契約及びこれに付随する請負契約を民事再生法四九条に基づき解除する旨の意思表示をし、上記解除の文書において、出来高の査定及び工事代金の清算については、被告との間で検討確認すると通知した。
エ 旧森本組は、本件請負契約を解除するまでに、被告から請負代金として一億四一七五万円の支払いを受けていた。
オ 被告は、上記解除の通知を受けて、旧森本組に対し、平成一五年一一月一七日付けの書面において、出来高の査定及び工事代金の清算について旧森本組と検討確認するとし、既払いの代金一億四一七五万円及び設計管理費五〇四〇万円を控除すること、上記解除に伴い被告に生じる多大な損害についても清算について配慮されるべきことを通知した。
カ 旧森本組は、被告に対し、本件工事の既施行部分を平成一五年一一月二一日引き渡し、同年一二月二四日、旧森本組の破産管財人木内及び森、被告、本件工事を引き継いで行うことになった大成建設との間で、本件工事の既施行部分及びその出来高金額が二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)であることが確認された。上記確認の文書では、主に瑕疵担保責任の所在が確認された。
上記出来高金額は、地下基礎コンクリート工事に係る漏水、建物敷地周辺の陥没及び近隣住戸の井戸渇水の問題に係る費用として一〇五〇万円(消費税込み)を出来高から差し引いた金額である。
キ 被告は、平成一五年一二月二六日付け書面において、旧森本組の両管財人に対して、次の内容の通知を行った。
① 本件請負契約の解除通知が平成一五年一一月一四日に被告に到達し、他方、民事再生手続における再生債権届出期間が平成一五年一一月一二日までとなっているので、上記解除に伴う相殺の機会がなかった。
② 旧森本組と大成建成との間で確認された出来高金額二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)については、今後の工事に関する責任の所在と大成建設に対する工事発注の目安となるものの、被告の旧森本組に対する支払義務に直結するものではない。旧森本組の本件工事が最後まで完成しなかった不完全な履行であるので、工事完成に至らなかったことで生じる施主の損害等を差し引いて出来高の代金債務が発生するといえるからである。
③ 具体的には、出来高査定額二億七五二八万〇六〇〇円から差し引かれる(代金債務発生を阻止する。)べき金額は、二億九一七五万円(内訳が既払金一億四一七五万円、工事未完成により、別発注したことに基づく損害金一億五〇〇〇万円、その他、工事遅延による損失等)であり、差し引きの結果、旧森本組に支払うべき金額はなく、むしろマイナスになる。
ク 被告は、平成一六年一月三〇日、大成建設との間で、本件工事の続行工事分について、次の内容の工事請負契約を締結した。
① 工事名 Jonai TOWER 新築工事
② 工事場所 本件請負契約と同じ。
③ 工期
着手 平成一五年一一月二一日
完成 平成一七年六月三〇日
④ 請負代金 二七億一七二一万九四〇〇円(消費税込み)
被告は、本件請負契約の際作成した販売用のパンフレットに、施工業者、竣工予定日、入居予定日を変更するシールを貼って、大成建設の続行工事に関してそのまま使用し、大成建設との契約で、本件請負契約と異なるバージョンアップ等を加えてはいない。
ケ 被告は、本件請負契約の解除により、マンション購入者の既契約分キャンセル、販売促進・広告宣伝費の負担増加、販売活動中の人件費、旅費交通費、金利負担の増加等多大な損害を被った。
(2) 請負契約は、仕事が完成し引き渡されることで報酬が支払われる双務契約であるので(民法六三二条、六三三条)、請負人が請負工事を途中まで行い、その後請負人の責めに帰すべき事由によって工事を中止した場合、仕事を完成していない以上、原則として既施行部分の出来高報酬を注文者に請求することはできないものと認められる。
しかしながら、注文者が既施行部分の引渡を受けて、それを利用し、別の第三者と続行工事の請負契約を締結し、既施行部分の利益を受けて残工事を完成させたような場合は、解除が許されるのは未施行部分のみで、既施行部分の解除は許されないと構成し、あるいは、既施行部分の出来高に対する報酬を支払うのが当事者の合理的意思と考え、あるいは信義則を適用して、請負人に既施行部分の出来高相当の報酬請求権を認めるのが相当である。
但し、上記既施行部分の出来高相当の報酬請求権を認めるべき前提が、注文者が既施行部分の引渡を受けて、それを利用し、あくまでその利益を受けて続行工事を行っている場合であり、そのような場合に、一部解除の構成、当事者の合理的意思ないし信義則を用いて当事者間の利益調整を行うものといえ、既施行部分がその後の続行工事に全く利益にならなかったり、続行工事に利益になったとしても、注文者の続行工事費用が増大し、既施行部分を考慮しても、なお損害が生じているような場合は、上記出来高相当の報酬請求権を認めるべき前提をそもそも欠いているものと認められ、請負人に出来高の報酬請求権を認めるべきではない。
そして、以上のことは、民事再生法四九条の解除権が行使された場合も同様と考えられる。民事再生法四九条の解除権の趣旨が相手方の同時履行の抗弁権により再生債務者の請求権が行使できず、「睨み合い」の状態が続くことを解消させるところにあり、解除権が行使された後には、既施行部分の出来高報酬請求権が認められるか否かは、まさに注文者に利益が生じているか否かが問題となり、民事再生法四九条の解除権が行使された場合だけ、他の法定解除、合意解除と別異に扱う理由は、上記趣旨に照らしても存在しないからである。
(3) そこで、本件について、以上の点を検討する。
ア 前記(1)の認定事実によれば、①旧森本組は、被告に対し、本件工事の既施行部分を引き渡し、被告は、既施行部分を利用して、大成建設と本件工事の続行工事の請負契約を締結していること、②旧森本組の管財人、被告、大成建設との間で、本件工事の既設工事部分及びその出来高金額が二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)であることが確認されていることが認められる。
イ 一方、前記(1)の認定事実によれば、①平成一五年一二月二四日に出来高金額二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)を確認した内容は、被告の既払代金一億四一七五万円も控除されておらず、主に瑕疵担保責任の所在を合意しているもので、その他に、被告が上記出来高金額の支払義務を認めたり、支払方法等を合意してもいないこと、②被告は、上記出来高の確認より以前に、旧森本組に対し、平成一五年一一月一七日付け書面において、出来高の査定及び工事代金の清算について今後検討し、既払いの代金一億四一七五万円及び設計管理費五〇四〇万円、解除に伴う被告に生じる多大な損害について清算することを通知していたこと、③上記①の確認がなされた二日後の平成一五年一二月二六日付け書面において、被告は、旧森本組の管財人に対して、上記出来高金額が旧森本組に対する支払義務に直結するものではなく、解除に伴う被告の損害等を差し引くと、旧森本組に支払義務を負うものはないことを通知していることが認められる。
以上の事実を総合すると、平成一五年一二月二四日に行われた出来高金額二億七五二八万〇六〇〇円(消費税込み)の確認については、続行工事を行う大成建設が今後行う工事の目安とし、瑕疵担保責任の所在を明らかにしたものに過ぎず、少なくとも、上記金額を被告が旧森本組に支払う義務を認めたり、報酬請求権を確認したりしたものではないと認められる。
ウ また、前記(1)の認定事実によると、①本件請負契約の工事途中での解除は、旧森本組の民事再生手続によるもので、被告側に何らの責任もなく、旧森本組側の事情によるものであること、②本件請負契約代金二八億三五〇〇万円から、旧森本組への既払額一億四一七五万円及び大成建設の続行工事代金二七億一七二一万九四〇〇円を控除すると、-二三九六万九四〇〇円となり、旧森本組の解除により、被告が大成建設と続行工事契約(同契約では、本件請負契約と異なるバージョンアップ等を加えてはいない。)を締結せざるを得なくなり、そのことだけでも被告が既に損失を被り、被告は、旧森本組の既施行部分の利用による利益は全く受けていないこと、③その他に、原告が請求している出来高報酬額の支払義務を認めてしまうと、被告が旧森本組の既施行部分の利用による利益は全く受けていないにもかかわらず、更に被告の損失ないし損害が増大してしまうこと、④そして、被告は、本件請負契約の解除により、マンション購入者の既契約分キャンセル、販売促進・広告宣伝費の負担増加、販売活動中の人件費、旅費交通費、金利負担の増加等多大な損害を被っている(具体的損害額は証拠上認定できないものの、本件請負契約の内容、利用目的、工期、解除の状況に照らすと、上記損害発生の事実は推認できる。)ことが認められる。
そして、大成建設との間で、被告、旧森本組が工事の引継ぎを確認している経緯から、本件工事は、続行工事が必要で、そのため被告が再度大成建設との間で請負契約を締結し直し、その際には、本来の本件請負契約の代金額よりも増額になることも旧森本組ないし管財人は認識可能であったものと認められる。
エ 以上のイ及びウの事実に照らすと、本件では、旧森本組が行った既施行部分がその後の大成建設の続行工事に利用されているとしても、注文者である被告にとっては、続行工事費用が増大し、既施行部分を考慮しても、なお損失ないし損害が生じているような状況であり、当事者の合理的意思ないし信義則の面からも、前記出来高相当の報酬請求権を認めるべき前提をそもそも欠いているものと認められる。
(4) この点、原告は、契約解除に基づき請負人側に発生する出来高に対する報酬請求権については、同解除に基づき注文者側に発生した損害賠償請求権を除いた範囲で発生するわけではなく、注文者側に発生した損害賠償請求権は、別途、相殺権行使期間内に自動債権として相殺するか、相殺しないときは、再生債権として配当を受けることができるに過ぎない旨主張する。
しかしながら、前記(2)で述べたとおり、そもそも請負人が請負工事を途中まで行い、その後請負人の責めに帰すべき事由によって工事を中止した場合、仕事を完成していない以上、既施行部分の出来高報酬を注文者に請求することはできないのが原則なのであり、例外として、注文者が既施行部分の引渡を受けて、それを利用し、その利益を受けている場合に、請負人に既施行部分の出来高相当の報酬請求権が認められるのであり、本件では、本件請負契約の解除と不可分の関係にある続行工事費用を全く切り離して、被告の利益の有無を判断することは相当ではなく、少なくとも、大成建設に対する続行工事代金を考慮して、既施行部分の報酬請求権の前提となる被告に生じた利益の有無を判断するのが相当である。
そうすると、大成建設の続行工事に必要な費用を、既施行部分の出来高の認定と切り離して、単に被告の旧森本組に対する損害賠償請求の問題に過ぎないとする原告の主張は、上記当事者の利益を調整して考慮することを前提に例外的に出来高報酬を導く考え方に実質的に反するもので、採用することはできない。
(5) 以上の検討から、旧森本組の既施行部分に関して、被告に対する出来高相当の報酬請求権が発生しているとは、そもそも認められない。
二 以上のことから、その余の争点及び当事者の主張を判断するまでもなく、原告の請求は理由がないため、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 中嶋功)