大阪地方裁判所 平成16年(行ウ)138号 判決 2005年9月27日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,原告に対し,平成16年8月31日付けでした法人文書部分開示決定処分のうち,別紙取消請求一覧表記載の各部分を不開示とした部分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(以下「法人情報公開法」という。)4条1項に基づき,被告に対し,学校法人桃山学院(以下「桃山学院」という。)に係る平成15年度分私立大学等経常費補助金(以下「私学助成」という。)に関する法人文書の開示請求をした原告が,被告からその一部を非開示とする部分開示決定処分を受けたため,上記決定の一部の取消しを求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠(書証番号は,特記しない限り枝番を含む。)により容易に認められる事実)
(1) 被告は,日本私立学校振興・共済事業団法(以下「事業団法」という。)により設立された法人で,私立学校の教育の充実及び向上並びにその経営の安定等を図るため,補助金の交付,資金の貸付けその他私立学校教育に対する援助に必要な業務を総合的かつ効率的に行うことを目的とする(同法1条)。被告は,この目的達成のため,補助金の交付,資金の貸付業務等と並んで,私立学校の教育条件及び経営に関する情報収集を行い,関係者の依頼に応じてその成果を提供するなどの業務(以下「情報収集提供業務」という。)を行っている(同法23条1項5号)。
(2) 原告は,平成16年8月5日,被告に対し,法人情報公開法4条1項に基づき,桃山学院に係る平成15年度分私学助成に関する法人文書(以下「本件開示請求文書」という。)の開示請求をした(甲1)。
被告は,同月31日,別紙私立大学等経常費補助金資料に係る開示文書及び不開示部分の理由説明(以下「別紙理由説明」という。)のとおり,文書の中には,①個人情報(個人のプライバシー)に該当する情報(教職員の給与月額等),②公にすることにより法人の正当な利益を害するおそれがある情報(学生充足率,決算書の小科目等)の情報が記載されており,法人情報公開法5条1号及び2号イに該当するため,これらの情報が記録されている部分を不開示とするとの理由で部分開示決定処分(以下「本件処分」という。)をし,同決定通知書は,同年9月3日,原告に到達した(甲2,3)。
(3) 原告は,平成16年9月28日,本訴を提起し,本件処分のうち別紙取消請求一覧表(以下「別紙一覧表」という。)記載の各部分(以下「本件取消請求部分」という。)を不開示とした部分の取消しを求めている。
(4) なお,本件取消請求部分に記載されている学生現員,入学者数及び定員充足率等の情報に関し,過去に被告が行った不開示決定に対し異議申立てがされ,被告が情報公開審査会に諮問した結果,平成15年8月1日付け「私立大学・私立短期大学入学志願動向の個別データの不開示決定に関する件」(乙1)及び平成16年3月19日付け「特定私立大学に係る私立大学経常費補助金に関する文書の一部開示決定に関する件」(乙2)により,被告の不開示決定が妥当である答申(以下「本件各答申」という。)がされている。
2 争点
本件の争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1) 法人情報公開法5条2号イ(利益侵害情報)該当性
(被告)
ア 別紙一覧表番号1から3の平成15年度学生定員・現員調査票(大学),(大学院)及び(編入学)並びに同番号5平成15年度学生に係る補助金配分額計算表(甲3の9,3の10,3の22,3の27)の学生現員,入学者数,定員充足率及び現員(「編現員」も含む)(以下「本件学生現員等情報」という。)について
本件学生現員等情報は,学校法人の経営戦略上,あるいは他の学校法人との競争上,極めて重要な意味を持つ情報である。各大学の学生現員等をすべて開示した場合,定員割れを起こした大学では,その定員割れによってさらなる定員割れが引き起こされ,負の悪循環に陥っていくことになり,本来であれば,地道な経営努力によって徐々に定員充足率の上昇を見込めるような場合であっても,その芽を摘んでしまうことになりかねない。学生現員等の情報を開示することは,特に,定員割れを起こした大学の学校経営に決定的かつ取り返しのつかない打撃を与えることになるおそれが極めて大きい。したがって,これが公にされれば,学校法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある。
イ 別紙一覧表番号5の平成15年度学生に係る補助金配分額計算表(甲3の22)の対象学生数及び経常的経費(以下「本件対象学生数等情報」という。)について
対象学生数の学部ごとの内訳は,学生の実人数がそのまま記載されているので,アと同様,利益侵害情報に該当する。
経常的経費の学部ごとの内訳は,学生一人当たりの経費単価が開示されていることから,学部ごとの対象学生数を推計することができるため,アと同様,利益侵害情報に該当する。
ウ 別紙一覧表番号4の平成15年度留年者調査票(甲3の11)の1年留年者(編入者含,編入者及び編入者除)(以下「本件留年者情報」という。)について
これらの情報がいったん公にされた場合,例えば,「留年者の多い大学」が,「留年するような質の悪い学生の多い大学」,「卒業の難しい大学」と短絡的に即断され,学校法人の学生募集に多大の影響を与える可能性がある。
また,これら情報は,成績評価の方針など私立大学の教育理念の下での結果を示すものであることから,公にすることにより,学校法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあり,利益侵害情報に該当する。
エ 原告の主張に対する反論
(ア) 私学助成の違憲と不開示事由
原告は,私学助成が違憲であることを理由に法人情報公開法の不開示条項を適用することができないと主張するが,開示義務の存否については同法に基づいて判断されなければならず,私学助成の合憲性とは無関係である。
(イ) 補助金情報の公開義務
a 原告は,補助金に関する文書をすべて公開すべきであると主張するが,その主張には法的根拠はなく,法人情報公開法が不開示情報を定めた趣旨にも反する。
b 学校法人の財務情報公開の促進が図られ,私立学校法が一部改正されたのは,原告主張のとおりである。しかし,改正私立学校法において,①公開義務を負うのは「学校法人」であり,②公開の対象は財産目録,貸借対照表,収支計算書,事業報告書及び監査報告書であり,③公開請求できるのは「当該学校法人の設置する私立学校に在学する者その他の利害関係人」であり,④学校法人は「正当な理由がある場合を除いて」公開の義務を負い,⑤公開の方法は「閲覧」とされている(同法47条2項)。そして,文部科学省高等教育局私学部長の平成16年7月23日付け「私立学校法の一部を改正する法律等の施行に伴う財務情報の公開等について(通知)」(16文科高第304号)(以下「私立学校法改正通知」という。甲12)によれば,②につき,「今回,新たに事業報告書の作成を義務付けたのは,財務書類だけでは,専門家以外の者には容易に理解できない場合が多いと考えられることから,財務書類の背景となる学校法人の事業方針やその内容を分かりやすく説明し,理解を得るためであること。事業報告書については,法人の概要,事業の概要及び財務の概要に区別し作成することが適当であり,別添4のとおり記載する事項の例示を記載例として定めたので,各学校法人におかれては,これを参考としつつ適宜作成されたいこと。」とされている。このように,私立学校法改正通知では,事業報告書の記載内容について各学校法人の自主性に委ねている。
また,文部科学省では,一般的に,定員超過率又は学生数を開示する扱いをしているわけではない。同省では,情報公開審査会の平成14年11月29日付け答申(平成14年諮問第160号)に基づいて,学部学科の設置認可申請書に記載された定員超過率に限ってこれを開示している。その理由について,同答申では,「認可申請書類における定員超過率は,すなわち設置認可申請の基礎資格となる条件であることから,設置認可申請が適合するかどうかを判断する一つの要素となるものである。」としている。しかも,前提事実記載のとおり,同審査会では,上記答申の後に出した本件各答申において,いずれも学生現員数等の不開示を妥当と判断している。
(原告)
ア 私学助成の違憲と不開示事由
本件開示請求文書は,被告が桃山学院に交付している私学助成に関する法人文書である。私学助成は,私立学校法59条及び私立学校振興助成法4条に基づいて交付されているが,憲法89条の規定に反し,違憲である。
私学助成が違憲であれば,被告の行う補助金交付事務も当然に違憲無効である(憲法98条1項)。私学助成が憲法に違反している場合,被告は違法に公金を当該法人に交付し,これによってその法人は不当な利益を得ているといえる。私学助成に関する情報は,そもそも不開示とすべき一定の合理的な理由があるとはいえず,独立行政法人等の行う諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする法人情報公開法の目的(同法1条)に照らして,不開示とすることができない。
イ 補助金情報の公開義務
(ア) 本件補助金は,補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」という。)の適用を受ける。適正化法は,補助金等の交付の申請,決定等に関する事項その他補助金等に係る予算の執行に関する基本的事項を規定することにより,補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ることを目的とし(同法1条),補助を受けている事業者等は,法令に則って,誠実かつ善良な管理者の注意をもって補助事業を実施しなければならない(同法3条2項等)。本件補助金の交付を受けている学校法人は,何らの反対給付もなく一方的に利益を受けており,法人情報公開法の趣旨に照らし,補助金に関する文書はすべて開示すべきであり,当該法人は,補助金を交付されていることからそれを受忍すべきである。
(イ) 学生数を公開することは,公的義務である。平成16年3月19日閣議決定(規制改革・民間開放推進3か年計画)では,大学の情報公開促進について,大学設置基準2条(「大学は,当該大学における教育研究活動等の状況について,刊行物への掲載その他広く周知を図ることができる方法によつて,積極的に情報を提供するものとする。」)に基づく公開義務のある情報として「受験者数,合格者数及び入学者数を含む入学者選抜に関する情報」を具体的に明示している。その周知方法も,インターネット上のホームページを主な媒体に位置付けた上で,毎年公開状況を調査してさらに促進を図るべきだとしている。また,平成17年3月14日付け文部科学省高等教育局長発各国公私立大学長宛通知(以下「本件情報提供通知」という。)では,大学設置基準2条の要請として,「当該大学の設置の趣旨や特色,開設科目のシラバス等の教育内容・方法,教員組織や施設・設備等の教育環境及び研究活動に関する情報,当該大学に係る各種の評価結果等に関する情報並びに学生の卒業後の進路や受験者数,合格者数,入学者数等の入学者選抜に関する情報」の「積極的な提供」を要請している。
同じく,文部科学省内に設置されている大学設置・学校法人審議会学校法人分科会学校法人制度改善検討小委員会は,財務情報の公開とともに学生数の公開を学校法人に義務付ける趣旨の報告書(「学校法人制度の改善方策について」平成15年10月10日)を発表している。実際に,私立学校法改正通知によると,事業報告書の記載内容として,設置する学校・学部・学科等,当該学校・学部・学科等の入学定員及び学生数の状況が明示されている。
しかも,私学助成金額の算定は,被告が定めた私立大学等経常費補助金取扱要領(以下「取扱要領」という。)及び私立大学等経常費補助金配分基準(以下「配分基準」という。)によって行われているところ,学生数に関する情報及び留年者に関する情報は,私学助成金額の算定根拠とされている情報である。
ちなみに,文部科学省では,学年進行中の学部学科を除いて,定員超過率を開示する取扱いをしている。
中には定員の0.38倍しかない学科(四国学院短期大学英語科)も開示されており,本件で不開示とすることは無意味である。
ウ 被告の主張に対する反論
学生は,大学を,単に定員充足の程度で決めるわけではない。入学志願者や保護者は,学校の様々な情報を見て進学先を決めるわけであり,被告の主張は,学生現員,入学者数及びその充足の程度のみを重視し過ぎるものである。定員充足状況は,「危ない大学」を見分ける指標の1つとして位置づけられているに過ぎない。
被告のいう,留年者数を開示した場合の支障は,抽象的一般的で,不開示を正当化させる根拠とはならない。厳格な成績評価は大学の社会的責任であり,留年生が増えたとしても,それは,文部科学省が率先して行っている政策の結果ともいえ,単に留年者が多いからといってマイナスの評価がされると短絡的に結論づけることはできない。
(2) 法人情報公開法5条4号(事務支障情報)
ア 理由追加の可否
(原告)
本件処分通知書には,法人情報公開法5条4号該当性について何ら記載がない。行政手続法8条は,処分の理由を示さなければならないことを規定している。したがって,被告が本件処分の通知書に付記しなかった非開示事由を本件訴訟において主張することは許されず,被告の本件取消請求部分が同号に該当するとの主張は,それ自体失当である。
(被告)
行政手続法8条1項本文が処分の理由を示さなければならないと定める目的は,処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を相手方に知らせて不服申立てに便宜を与えることにある。そうであれば,この目的は,処分の理由を具体的に記載して通知することですでに実現されるのであるから,同項に,この目的を超えて,一度処分理由を提示した以上,取消訴訟において他の理由を追加することを許さないとの趣旨まで読み込むことはできない。そして,他に格別の規定がない以上,理由の追加が許されるかどうかは,処分の同一性を害するかどうかで判断すべきであり,本件では,不開示理由の追加を認めても処分の同一性を害するものではない。実際上も,情報不開示処分の取消訴訟において不開示理由の追加が認められなければ,不開示理由が存在するにもかかわらず情報が開示されることとなり,法が不開示理由を定めた趣旨が没却される。最高裁判所も,情報公開条例に係る不開示処分の取消訴訟において不開示理由の追加を認めている(最高裁判所平成11年11月19日第2小法廷判決・民集53巻8号1862頁)。
イ 法人情報公開法5条4号(事務支障情報)該当性
(被告)
(ア) 被告は,個人立の幼稚園も含めすべての私立学校を対象に学校法人基礎調査(以下「本件調査」という。
)を実施している。本件調査は,私立学校の教育条件及び経営に関する情報の収集・調査及び研究の一貫として行われているものであり,調査の集計・分析の結果は,その成果物として,入学志願動向速報のような刊行物や経営診断グラフ等の資料として私立学校関係者に還元されているのみならず,関係行政機関やマスコミなど広く社会に公表され有効に活用されている。本件開示請求文書は,本件調査の結果に基づいて作成されている。
本件調査は,調査依頼状に調査目的以外に使用しない旨明記し,個別法人等情報については,公表しないことを前提として協力を仰いでいる。本件調査の提出率は,例年95パーセント以上の高い率を保っており,このことは調査依頼文書に記載された非公開の条件に応じて,各学校法人が被告を信頼し,任意に全面的に協力していることによるものである。こうした調査の信頼性やデータ内容の正確性によって,被告が行う経営診断や経営相談など,私立学校に対する各種支援業務が成立することとなっている。
以上のような状況のもとで,本件取消請求部分を公にすれば,各私立学校の個別データが公表されることとなり,学校法人によっては調査への協力に躊躇し,調査票の提出に応じないこととなるおそれがある。現実に,被告機関誌「月報私学」平成14年10月号に,法施行についての記事を掲載したところ,私立学校から,当該私立学校の情報が開示されるのかどうかの問い合わせや,更に本件調査等についての返却の要請が寄せられた。また,当該情報を開示するのであれば,翌年度以降の調査には協力しない旨申し出ている私立学校もあり,今後この動きが全国的に広がることが懸念される。また,私立学校全体をまとめる唯一の機関である全私学連合から,平成15年2月25日付けで被告に提出された意見書においても同様な不安が表明されている。
提出率が下がることとなれば,公教育の一翼を担う私立学校の基礎資料として,これまで蓄積されてきた調査票データの継続性が損なわれ,現在各方面において有効に活用されている入学志願動向速報等の本件調査の成果物の信頼性が失われることとなる。その結果,すべての私立学校に関する網羅的で詳細な資料を収集しこれを基礎として,私立学校の教育条件及び経営に関し,情報の収集,調査及び研究を行い,並びに関係者の依頼に応じてその成果の提供その他の指導を行うという被告に課せられた重要な業務である情報収集提供業務の適正な執行に支障を及ぼすおそれがある。
したがって,本件取消請求部分は,これを公にすることにより被告の業務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあり,法人情報公開法5条4号の事務支障情報に該当する。
桃山学院が自ら学生数情報を公開しているとしても,被告において大学の学生現員数等を開示すれば,本件調査に支障を生ずるおそれのあることは否定できない。桃山学院が学生数情報を公開しているということは当該法人の個別的な事情にすぎず,そのような個別的な事情によって学生現員数等が開示されることがあり得るとすれば,各学校法人としては同調査に協力することに躊躇を感ぜざるを得ないからである。しかも,情報公開の形態には様々なものがあり,例えば,ある学校法人が上記の改正私立学校法47条2項に基づいて学生数情報を公開したとしても(同法に基づく公開の相手方等には様々な制限がある。),その学校法人は被告において学生現員数等を開示することなど全く予定していない。そして,そもそも,被告としては,各学校法人が学生数情報等を公開しているか,どのような方法で公開しているかについて一切把握しておらず(桃山学院が学生数情報を公開していることは今回初めて知らされた。),その公開の有無,程度によって学生現員数等の開示,不開示を決することは不可能である。
(イ) なお,原告は,基礎的事実関係が同一なものについて主たる条項のみを主張することができ,その他の条項を援用することは,失当であると主張するが,各不開示条項は,それぞれ別個の趣旨に基づいて規定されたものであるから,ある情報の開示請求に対して複数の不開示条項の適用を否定する根拠はない。
(原告)
(ア) そもそも被告は,不開示条項をむやみに援用することは許されず,基礎的事実関係が同一なものについて,主たる不開示条項(法人情報公開法5条2号イ)のみを主張することができ,その他の条項(同条4号)を援用することは,失当である。
(イ) 法人情報公開法5条4号の「支障」の程度は名目的なものでは足りず実質的なものが要求され,「おそれ」の程度も単なる確率的な可能性ではなく法的保護に値する蓋然性が要求される。
被告は,本件取消請求部分が開示されれば,学校法人との信頼関係が損なわれ,情報提供が減少して本件調査の信頼性が損なわれると主張するが,この主張の前提である本件取消請求部分が開示されれば当該学校法人又は大学の経営に甚大な不利益を与えるおそれがあるとする点自体に誤認がある。
本件調査の依頼文のどこにも,個別法人等情報について公表しないとは記載されていない。また,法人情報公開法は本件調査依頼時に既に施行され,回答文書も開示請求の対象となるわけであり,同法5条2号ロの非公開約束が明記されていない以上,個別法人等情報について公表しない前提があったとは認められない。また,法人情報公開法に基づく適法な開示が,依頼文に記載されている目的外使用に当たらないことは当然のことである。しかも,本件調査と私学助成交付申請手続とは別個独立の事務であるから,本件調査に仮に非公開約束が認められたとしても,それは私学助成申請手続に何らの影響も与えない。したがって,本件取消請求部分を開示しても,本件調査に影響を与えるとは考えられない。
一方的に学生数等が開示されると,被告に対する信頼関係が損なわれ,各私立大学等の情報提供が逓減し,調査そのものの信頼度が低下するという被告の主張は,杞憂としかいいようがない。本件のように,単一の学校法人について個別請求した事案で当該法人に係る情報が開示されたとしても,当然に他の法人の情報が開示されるわけではない。しかも,桃山学院は,自ら学生数情報を公開しているのであるから,本件取消請求部分を開示しても,桃山学院が今後の調査に協力しなくなるとは考えられない。
(3) 別紙一覧表番号3平成15年度学生定員・現員調査票(編入学)(以下「編入学調査票」という。)の理由付記
(原告)
本件処分において,編入学調査票に関しては不開示理由が示されていない。これは,行政手続法8条の理由付記に違反するものであり,編入学調査票については取消しを免れない。
被告は,不開示理由を容易に了知し得ると主張するが,本件処分通知書の概括的な記載からでは,原告は,編入学調査票の不開示理由を了知できない。編入学生数は一般学生数に比べて極めて少なく,1名しかいないときには法人情報公開法5条1号の個人情報に該当する余地もあり,文書の種類,性質等とあいまって開示請求者が不開示理由を当然知り得るような場合にも当たらない。
(被告)
本件処分通知書の2項に不開示理由が明示されており,その記載によれば,編入学調査票の中には,「公にすることにより法人の正当な利益を害するおそれがある情報」が含まれているため,その部分について法人情報公開法5条2号イに基づいて不開示としたことが容易に了知し得る。そうであれば,行政手続法8条において要求する理由付記に欠けるところはない。
第3争点に対する判断
1 法人情報公開法5条2号イ(利益侵害情報)該当性について
(1) 本件学生現員等情報について
証拠(甲3の9から3の11まで,3の22,3の27,乙1から5まで,9)によれば,①本件調査は,私立学校の教育条件及び経営に関する情報の収集・調査及び研究の一貫として行われているものであり,本件調査の提出率は,例年95パーセント以上の高い率を保ち,調査の集計・分析の結果は,入学志願動向速報のような刊行物や経営診断グラフ等の資料として私立学校関係者に還元される以外に,関係行政機関やマスコミなどに公表されていること,②本件調査は,各学校法人に対し,依頼文書に調査目的として,「私立学校の財務状況,教育研究条件及び専任教職員の個別状況等を把握することにより,事業団業務遂行上の基礎・参考資料及び私学関係予算要求のための資料とし,併せて学校法人の経営の参考に供することを目的として実施しており,その他の目的で使用することはありません。」と記載して依頼し,任意に行われていること,③本件取消請求部分が記載された本件請求対象文書は,本件調査の結果に基づき作成された文書であること,④学校法人にとって,学生納付金は収入の約8割を占めており,学生現員等の情報はこれと直結するものであり,募集要項等により公表されている授業料や入学金に人数を乗ずることにより,学部,学科ごとの詳細な納付金収入の内訳を算出することが可能となること,⑤日本私立大学団体連合会,日本私立短期大学協会,日本私立中学高等学校連合会,日本私立小学校連合会及び全日本私立幼稚園連合会から成る全私学連合は,被告に対し,平成15年2月25日付けで,法人情報公開法に基づく私立大学等の個別学校の入学者数等のデータの無原則な公表について,ⅰ私学の経営に重大な影響を及ぼす懸念,ⅱ被告の調査業務に対する信頼関係の喪失,ⅲ被告への非協力学校法人の増加などを理由に,これに反対する意見書を提出していること,⑥平成15年度学生定員・現員調査票(大学院)には,入学者数の記載はないことが認められる。
上記によれば,本件学生現員等情報(ただし,平成15年度学生定員・現員調査票(大学院)の入学者数を除く。以下同じ。)は,学校法人の経営状態や収入に直結する法人内部の情報であり,また,定員充足率の情報は,定員充足率の低い大学が経営的に危ない大学と短絡的に即断され,学生募集等に不当な影響を与えるおそれがある情報ということができる。したがって,これらの情報は,公表されることにより,学校法人等の競争上の地位その他正当な利益を害する蓋然性が高いものと認めることができ,本件学生現員等情報は,一般的には法人情報公開法5条2号イの利益侵害情報に当たるというべきである。
しかし,証拠(甲20)によれば,桃山学院は,各学部学科ごとの学生数をインターネット上で公開していることが認められるから,本件学生現員等情報のうち,平成15年度学生定員・現員調査票(大学)及び(大学院)の各学生現員の情報を開示しても,桃山学院の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれはない。したがって,本件学生現員等情報のうち上記各学生現員情報は利益侵害情報に該当するということはできず,この点に関する被告の主張を採用することはできない。
(2) 本件対象学生数等情報について
本件対象学生数等情報は,学部ごとの対象学生数又はこれを推計できる情報であるところ,上記のとおり,桃山学院における各学部の学生数情報が利益侵害情報に当たらない以上,本件対象学生数等情報も利益侵害情報に当たらない。
(3) 本件留年者情報について
留年者数は,成績評価の方針など各私立学校の教育理念の下での結果を示すものであり,その多少は,本来,大学のレベルや学生の質を直ちに反映するものではない。しかし,実際には,留年者の多い大学が,質の良くない学生の多い大学あるいは卒業の難しい大学等と短絡的に即断され,その公表が,当該大学の学生募集に影響を与える可能性は十分にある。したがって,本件留年者情報は,公にすることにより,学校法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある利益侵害情報に当たるというべきである。
(4) 私学助成違憲と不開示情報について
原告は,私学助成が違憲であり,不当に利益を得ている学校法人等の活動を不開示とすべき合理的な理由があるとはいえず,法人情報公開法の目的に照らして,不開示とすることができないと主張する。
しかし,仮に私学助成が憲法に違反するとしても,これにより学校法人等の活動がすべて違憲,違法となるものではなく,その活動が保護に値しないものとなるものでもない。私学助成に関する文書であっても,その記載内容が当該学校法人等の利益侵害情報に当たれば,その情報は保護されるべきであり,不開示とする合理的な理由があるというべきである。原告の上記主張を採用することはできない。
(5) 補助金情報の公開義務について
原告は,適正化法,大学設置基準2条,本件情報提供通知(甲25),私立学校法改正通知(甲12)等を根拠に,本件取消請求部分を含む補助金に関する情報を,すべて公開する義務があると主張し,また,文部科学省が,定員超過率を開示する取扱いをしており(甲19),不開示は許されないと主張している。
しかし,適正化法等には,補助金に関する文書の公開義務を定めた規定はなく,補助金に関する情報をすべて公開すべき法的根拠はない。学校法人の財務情報公開の促進が図られ,私立学校法が一部改正されて,学校法人が,事業報告書等の書類を各事務所に備えて置き,当該学校法人の設置する私立学校に在学する者その他の利害関係人から請求があった場合には,正当な理由がある場合を除いて,これを閲覧に供しなければならないと定められているが(同法47条2項),利害関係を有しない何人にも写しの交付を含む公開が認められているものではなく,事業報告書の記載内容についても,私立学校法改正通知では各学校法人にゆだねられており(甲12),学生数等の情報の公開が義務付けられているものではない。また,文部科学省は,学部学科の設置認可申請書に記載された定員超過率に限ってこれを開示しており,一般的に,定員超過率又は学生数を開示する扱いをしているわけではない(乙8)。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
2 法人情報公開法5条4号(事務支障情報)について
(1) 理由追加の可否について
原告は,本件処分通知書に記載のない法人情報公開法5条4号(事務支障情報)に当たることを不開示理由として追加することは,行政手続法8条に違反し許されないと主張する。
しかし,行政手続法8条1項本文が処分の理由を示さなければならないと定める目的は,①処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制すること,②処分の理由を相手方に知らせて不服申立てに便宜を与えることにある。上記の目的は,処分理由を具体的に記載して通知することで実現されるから,同項が,更に処分理由の差替え,追加を制限する趣旨まで規定したものと解することはできない。本件訴訟において,被告は,不開示理由を追加して主張することができると解すべきである。
(2) 法人情報公開法5条4号(事務支障情報)該当性について
ア 原告は,基礎的事実関係が同一なものについては主たる不開示条項(法人情報公開法5条2号イ)のみを主張することができ,その他の条項(同条4号)を援用することはできないと主張するが,各不開示条項はそれぞれ別個の趣旨に基づき規定されたものであり,複数の不開示条項の適用を否定する根拠はなく,原告の主張は失当である。
イ 前記1の事実によれば,本件調査は,各学校法人の任意の協力の下,高い回答率により信頼性やデータ内容の正確性を確保しているものであること,被告が行う経営診断や経営相談など,私立学校に対する各種支援業務はこのような本件調査によって可能となっていること,本件取消請求部分は,一般的には,その公表により当該学校法人の競争上の地位その他正当な利益を害するおそれのあることが認められる。したがって,仮に法人情報公開法に基づき,本件取消請求部分を開示することになれば,学生現員数等の情報公開に消極的な学校法人の中には,今後,自校の同種情報が開示されるリスクを嫌い,被告の調査への協力に躊躇し,本件調査に応じないものが増える蓋然性が高い。そして調査への提出率が下がれば,これまで蓄積されてきた本件調査データの継続性が損なわれ,入学志願動向速報等の本件調査の成果物の信頼性が失われることにもなる。したがって,本件取消請求部分は,これを公にすることにより被告の業務又は事業の性質上,当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもので,法人情報公開法5条4号の事務支障情報に当たると認められる。
前記のとおり,桃山学院は,自ら学生数情報を公開していると認められるが,同学院において,被告が学生現員数等を開示することを予定しているとまではいえず,また,被告が桃山学院について上記個別的な事情によって学生現員数等を開示した場合,その個別的事情を当然には知り得ない他の学校法人が,今後,本件調査に協力することに躊躇し,被告の情報収集提供業務の適正な執行に支障を及ぼすおそれがあることに変わりはない。
なお,仮に被告が開示請求を受けた際,関係する学校法人に対し,常に法人情報公開法14条の意見書提出を求める取扱いをし,そのことが各学校法人に周知されれば,学校法人の個別的な事情を考慮した開示決定をしても,被告の情報収集提供業務に支障を及ぼすおそれはなくなると予想されるが,上記取扱いがされていない現状では,前記のとおり解するのが相当である。そして,他に,本件取消請求部分が法人情報公開法5条4号(事務支障情報)に該当するとの認定を覆すに足りる証拠はない。
3 編入学調査票の理由付記について
前記のとおり,本件処分通知書に添付された別紙理由説明には,編入学調査票について記載がない。しかし,本件処分通知書の「不開示とした部分とその理由」には,「上記文書の中には以下に掲げる情報が記載されており,法第5条第1号及び法第5第2号イに該当するため,これらの情報が記録されている部分を不開示とします。」と記載された上,「(2)」に「公にすることにより法人の正当な利益を害するおそれがある情報(学生充足率,決算書の小科目等)。」と記載されている(甲2)。開示された編入学調査票を見れば,編入学調査票の不開示部分は学生現員数であることは明らかであるところ,上記本件処分通知書の記載によれば,編入学調査票の不開示部分の不開示理由が法人情報公開法5条2号イであることは容易に理解できる。したがって,編入学調査票についても行政手続法8条に規定された理由の付記があったというべきであり,この点を争う原告の主張は採用できない。
4 結論
以上によれば,本件取消請求部分は,法人情報公開法5条2号イ又は4号に該当し,これを不開示とした本件処分は適法である。よって,原告の請求は理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 廣谷章雄 裁判官 山田明 裁判官 芥川朋子)
別紙取消請求一覧表
番号
帳票
取消請求部分
1
平成15年度学生定員・現員調査票(大学)
学生現員
全5枚(甲3の9)
入学者数
定員充足率
2
平成15年度学生定員・現員調査票(大学院)
学生現員
全5枚(甲3の10)
入学者数
3
平成15年度学生定員・現員調査票(編入学)
学生現員
全4枚(甲3の27)
4
平成15年度留年者調査票(大学)
1年留年者(編入者含)
全5枚(甲3の11)
1年留年者(編入者)
1年留年者(編入者除)
5
平成15年度学生に係る補助金配分額計算表
現員(「編現員」も含む)
全1枚(甲3の22)
対象学生数
経常的経費