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大阪地方裁判所 平成17年(わ)4508号 判決 2006年10月19日

主文

被告人を懲役12年に処する。

未決勾留日数中460日をその刑に算入する。

押収してある刺身包丁1丁及び洋包丁1丁を没収する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,大阪府X市内で出生し,平成6年4月,A小学校(以下「本校」ともいう。)に入学し,平成12年3月に卒業した。被告人は,特定不能型広汎性発達障害を有しており,これによる対人的相互性の質的障害のため,幼少時から被害念慮を募らせ,小学校在学当時,同級生らにいじめられていると感じて一時期不登校になり,当時の担任教諭に否定的な感情を抱いていた。その後,中学2年生であった平成13年7月ころから,再び不登校になり,引きこもりの生活のなかで,インターネット等を通じて,殺人や死体,拷問,処刑などに強い興味をもち,その影響もあって,被告人は,同世代の者から笑われたり馬鹿にされたりしたとの被害念慮を抱いた時などに,包丁やナイフで人を刺すなどして殺すという加害空想を行うようになった。その後,被告人は,同世代の若者同様に青春を謳歌したいという欲求から,塾・予備校や教習所,スイミングスクールに通い,アルバイトをし,ライブや繁華街に行くという,これまでにない積極的な行動をしていくなかで,前記加害空想の習癖は軽減していたが,友達作りの失敗,失恋,バイク事故が重なるなどして,平成16年夏以降,孤立感や惨めな気持ちが募るようになり,再び加害空想が湧くようになった。被告人は,同年秋以降,両親に相談したり,そうした気持ちを打ち消そうと大学受験に目標を定め,勉強に集中しようと自らを鼓舞するなどしていた。

ところが,平成17年1月31日ころ,「うつろな気分」すなわち,今までの価値観,解釈が崩れるような空虚な気分が被告人に生じ,同気分が,以降断続的に継続した。被告人は,同年2月14日,うつろな気分のなかで,「刺す」,「B先生」(被告人の本校4年生から6年生当時の元担任教諭であった。)という言葉を着想した。そこで,被告人は,同教諭を刺そうと考え,同日午後1時過ぎころ,自宅を出て,ホームセンターに赴き,刺身包丁及び洋包丁を購入し,同日午後2時過ぎころ,本校校門まで行った。そこで,被告人は,インターホン越しに,B教諭の在校を尋ねたところ,同校職員から,同教諭は用事で会えないと返答されたことから,いったん本校を離れ,付近の食堂に入って食事を取った。

被告人は,そのころ,「B先生」にこだわらず,本校の教職員らを刺そうと考えるに至った。

(罪となるべき事実)

被告人は,少年であるが(当時17歳),以上の経緯で,出身小学校に侵入した上,教職員を包丁で刺そうと考え

第1  平成17年2月14日午後3時ころ,A小学校本館に南門から侵入し

1  同本館1階廊下において,同校教諭C(当時52歳)に対し,殺意をもって,手にした刺身包丁(刃体の長さ約21.5cm)でその右背部を1回突き刺し,よって,そのころ,同所近くの技能職員室において,同人を心臓刺創に基づく失血により死亡させて殺害した。

2  同本館2階職員室において,同校栄養士D(当時45歳)に対し,殺意をもって,前記刺身包丁でその背部を1回突き刺したが,駆け付けた救急隊員によって同人が病院に搬送されて緊急手術を受けたため,同人に加療約99日間を要する背部切創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかった。

3  同職員室において,同校教諭E(当時57歳)に対し,殺意をもって,前記刺身包丁でその腹部を1回突き刺したが,前記2同様に同人が緊急手術を受けたため,同人に加療約25日間を要する左下腹部刺創等の傷害を負わせたにとどまり,殺害するに至らなかった。

第2  業務その他正当な場合でないのに,前記日時場所において,前記刺身包丁1丁及び洋包丁(刃体の長さ約18.3cm)1丁を携帯した。

(争点に対する判断)

第1本件犯行の動機・機序及び本件犯行と広汎性発達障害との関連性について

1  動機について

(1) 逆恨みについて

まず,検察官が,起訴状記載の公訴事実において主張する,教師に対する逆恨みについては,被告人の着想には,「B先生」という被告人が嫌いだと思っていた特定の教職員があり,これのみに着目すると,怨恨を動機とする犯行と考え得ないわけではない。

しかし,本件に至る過程の中で,もう一つの着想である「刺す」という着想は,終始持続しているものの,「B先生」という着想は本件経過の中で後退し,本件犯行時に被告人がB教諭を捜した形跡はなく,本件に至る経緯の中で,被告人はB教諭と会えないであろう事を知ったが,その後も犯行を断念した形跡もない。本件犯行に近い時点では,被告人は,「職員室」にこだわっていたと供述しており,「B先生」という着想自体を強く意識していなかったものとみられる。「B先生」を着想したことは,被告人が本校に赴き,教職員を殺傷したことの要因とはなっているが,直接的な動機とはいい難い。

また,本件犯行に際し,本校の教職員に対する不満や憤りを表す言動は取っておらず,本校の教職員一般に対する強い怨恨があったとも考え難いところである。

(2) 羨望,嫉妬,復讐について

次に,検察官が主張する,幸せに暮らしている人々に対する羨望,嫉妬,自己を笑おうとするものに対する復讐については,被告人の日記や被告人の供述によれば,平成15年ころ,包丁を購入し,無差別に人を殺せるだけ殺して自分も死ぬという着想をしたことが認められる。しかしながら,被告人が当時抱いた着想を,本件当時も持ち続けていたとまでは認められない。また,被告人の羨望,嫉妬,復讐心は,青春を謳歌したいという心情や自己への劣等感,被害者意識と関連しており,これらの対象は,青春を謳歌している同世代が中心であるとみるのが自然であるし,本件で攻撃の対象となった本校の教職員が,被告人にとって,そのような羨望,嫉妬と,復讐の対象として直結する存在ともみられない。

(3) 著名な少年犯罪者との同一化欲求について

また,検察官主張の,酒鬼薔薇聖斗や西鉄バスジャック事件の犯人のような著名な少年犯罪者と同一の行動を取りたいという欲求やマスコミに取り上げられたいとの欲求についても,被告人は,一時期,酒鬼薔薇聖斗に傾倒しており,同人への同一化が本件の背景をなしているとも考え得る。

しかし,被告人自身,一時期酒鬼薔薇聖斗に傾倒した事は事実だが,その後は同人の犯行について否定的に捉えていた旨供述し,本件についても,これが関連することを否定しており,被告人が最も傾倒した酒鬼薔薇聖斗にしても,平成15年秋ころを中心に被告人が加害空想を培う中で影響を及ぼしたにとどまり,本件当時は,その行為が断片的・部分的に攻撃的なイメージとして被告人の内に残存していたという限度で,影響を及ぼしたものと捉えるのが相当である。被告人が,過去の重大事件を模倣し,あるいは,重大事件を起こした者と自己を同一視するなど,その影響から直結して本件犯行に及んだとまでは認められない。

2  本件犯行の機序と被告人の広汎性発達障害について

(1) 被告人が特定不能型広汎性発達障害にあることは証拠上認められる。

(2) 特定不能型広汎性発達障害の特徴

特定不能型広汎性発達障害の一般的な特徴として,

①対人的相互性の質的障害と,②強迫的な固執性と限局的反復傾向が指摘されている。

①については,人が生得的に有している他の人への反応性に減弱があり,対人的場面でその場の状況に合わせた適切な対応ができず,周囲から浮くなどの症状を示す。また,共感性に乏しく,他者の感情を実感することが困難である。事柄を,知的に理解できても,社会的な実感を伴ったものとして理解できない,というものである。

②については,自身の関心やこだわりに極端に執着することを意味する。広汎性発達障害の場合は,強迫性は自我親和的(自分ではその強迫性に違和感を覚えない。)なものであることが多い。

特定不能型広汎性発達障害の場合は,知的能力に問題はなく,障害の程度としては一般的に軽いといわれ,自閉症,アスペルガー障害に比べて,見かけ上は定型発達者に近くなる。

広汎性発達障害の治療については,同障害は,器質的・生来的な障害であり,これを根治するために確立した治療方法は現時点では存しないが,現在の児童精神医学会の見解では,知的能力の伸びとか本人の資質が決まってくる学童期(8歳程度)以前であれば,早期療育介入という形で,同障害の持つ対人相互性の能力に関する中核的なハンディキャップを軽くする方向での治療を行い,学童期を過ぎた場合には,対人的相互性の中核部分はあまり変わらないので,対症療法的に本人の生活上の困難に応じ,適応指導を行うとされている。

(3) 被告人の症状

被告人の特定不能型広汎性発達障害(以下,原則として「広汎性発達障害」と略する。)は,軽度な方であると診断されている。被告人には知的障害はない。

F医師は,被告人の場合,強迫的固執性の程度は,意思の自由を障害するようなものではなかった旨述べている。

なお,被告人は,平成16年11月の両親との話し合いの場面で,両親に対して心情の一部を吐露しており,両親,特に母親との間に感情的な交流が生じているかにみえ,被告人が,通常の対人的相互性を有することを示唆するようにもみえる。

しかし,F医師は,被告人の全般的行動から判断すると,両親に対しても,広汎性発達障害と関連した対人相互的感情の希薄さが観察されるとしている。両親との話し合いで示したような感情的反応は,広汎性発達障害のうち知的発達に遅れがないグループにおいてよく見られる範囲のものであり,対人的相互性に質的問題がないことを保証するものではないとしている。

そして,被告人の小学生時代から,本件公判審理に至るまでの言動に照らしても,被告人には,対人的相互性の質的障害が存することは明らかである。

(4) 被告人の人格特性及び犯行直前の精神状態

さらに,前記認定事実からは,被告人については,人格特性及び犯行直前の精神状況として,以下の点を看取することができる。

ア 加害的空想

① 被告人は,広汎性発達障害に起因する対人的相互性の質的障害のため,幼少時から被害念慮を募らせていた。

② 被告人は,前記のとおり,中学2年生であった平成13年7月ころから,約2年間自宅に引きこもりの状態にあった。被告人はインターネットを通じて,死体の写真や猟奇的な殺人等,グロテスクなものに興味を持つようになった。そして,中学卒業後も,被告人は,インターネットを通じて,人が刃物で首を切られて殺害される処刑シーンや,腐乱死体の映像を見たり,死体の写真集等を購入するなど,死体や殺人に興味を持ち続けた。このようなインターネット等からの情報もあり,被告人は,同世代の者から笑われたり馬鹿にされたりしたとの被害念慮を抱いた時などに,包丁やナイフで人を刺すなどして殺すという加害空想を習慣的に行うようになり,平成15年秋ころには,包丁を自ら購入したり,酒鬼薔薇聖斗に傾倒するなどした。

③ もっとも,被告人は,その後,同世代の若者同様に青春を謳歌したいという欲求から,塾・予備校や教習所,スイミングに通い,アルバイトをし,ライブや繁華街に行くという,これまでにない積極的な行動をしていくなかで,前記加害空想の習癖は著しく軽減していたし,酒鬼薔薇聖斗についても,否定的に捉えるようになっていた。

④ しかし,友達作りの失敗,失恋,バイク事故が重なるなどして,平成16年夏以降,孤立感や惨めな気持ちが募るようになり,異性との結び付きを求める恋愛空想(被告人は「恋愛妄想」と表現する。)に加えて,再び加害空想(被告人は「犯罪妄想」と表現する。)が湧くようになり,被告人自身,困惑する状況があった。被告人は,同年秋以降,両親に相談したり,そうした気持ちを打ち消そうと大学受験に目標を定め,勉強に集中しようと自らを鼓舞するなどしていた。

以上のような経緯にかんがみると,前記のとおり,被告人が,短絡的に酒鬼薔薇聖斗ら凶悪な少年犯罪者の犯行を模倣し,本件犯行を敢行したとは認め難いものの,かつて習慣化していた加害空想の中で培われ,被告人の内に残存していたとみられる,「包丁」,「刺す」といったイメージが断片的に想起され,本件犯行を着想した要因となったことが推察できる。

イ うつろな気分

(ア) 被告人は,平成17年1月31日,かつて経験したことのない「うつろな気分」,すなわち,「今までの価値観,解釈が崩れるような」奇妙で空虚な気分に陥り,この気分は,同年2月14日の本件犯行まで,断続的に存在したことが認められる。

(イ) F医師は,被告人には,うつろな気分が存在したが,犯行時までには被告人にとっても意識化しない程度に後退していたこと,被告人が犯行前に2度同じ気分になったものの特に衝動的な行動に変化した形跡はなく,また被告人の犯行時の記憶がひどく修飾されあるいは不安定な記憶に変わっている様子はないことから,前記うつろな気分は,直接には犯行に影響しなかったと思う旨述べている。もっとも,同医師は,被告人の犯行の動機は明らかでなく,恋愛にまつわる動揺等から高次対人状況(本人がうまく対応できる範囲を超えた社会的場面や生活状況)にあったこと,そのため明らかな困惑状態に至らない程度の気分変化が出現し,その状態の中で,恐らく加害的空想の習慣の影響のもとで,知的判断力を保持しながら不適切な行動に及ぶという広汎性発達障害に特徴的な行動様式が出現したと推察している。

(ウ) G・H両医師は,うつろな気分とは,空虚な自己として,自己の空虚感,時間感覚の喪失,自己の将来性や目的の喪失,虚無感であって,このような空虚な自己は,退行を引き起こし,幼児的万能感を惹起する。空虚で希薄となった自己の存在は,幼児的万能感を短絡的な行為によって回復しようとするとして,このうつろな気分が,被告人が犯行のきっかけとなったと推察している。

しかし,G・H両医師が推察する幼児的万能感が何故,本件犯行に結びつくのかは疑問である。

(エ) 結局,うつろな気分が本件犯行に直接影響したとまでは認められないものの,うつろな気分が生じた後,被告人自身,日記に「犯罪妄想及び厭世的,破滅的思念が湧いた。」と記載し,両親にも,「何かやってしまいそうや。」などと相談していることなどに照らすと,本件犯行の背景として,被告人の言う「うつろな気分」が間接的に影響したことは否定できない(なお,F医師が言う,「明らかな困惑状態に至らない程度の気分変化」も「うつろな気分」と同旨のものと見ることもできる。)。

ウ 小括

以上の諸点及び前記認定事実を総合すると,

① 被告人は,かつて習慣化していた加害空想の中で培われ,被告人の内に残存していたとみられる,「包丁」,「刺す」といったイメージが部分的断片的に想起され,本件犯行を着想した一因となっていること

② 1月31日ころに生じ本件当日まで断続的に存在していた「うつろな気分」(今までの価値観,解釈が崩れるような空虚な気分)がその背景にあること

③ その間,両親に相談しようとしたが,姉たちを交えず話す機会を十分つかめなかったこと

④ 「B先生」という言葉が浮かんだ背景には,小学校時代の同教諭への悪感情も遠因にあったこと

が認められ,これらの事情に,広汎性発達障害の特徴である強迫的な固執性もあって,被告人は本件犯行に及んだものとみられる。

そして,前記経緯に照らすと,C教諭に対する犯行は,職員室に至る前に,自分が不審人物として学校の外に連れ出されてしまうと考えたことも,その要因になっているともみられる。

第2殺意の有無について

1  凶器の性状,行為態様等の情況証拠からの推認

前記認定事実によれば,次の諸点が認められる。

① 凶器の刺身包丁は,刃体の長さ約21.5cmで細長い形状をしており,新品で鋭利なものであったこと

② 凶器の刺身包丁は,30ないし40丁陳列されていた包丁のうちで最長のものであり,同サイズのものの中では高価なものであったこと

③ 洋包丁(刃体の長さ約18.3cm。鋭利なもの)も購入し所持していたこと

④ 犯行に使用したのは,刃が細長い方の刺身包丁であって,人を突き刺すのに適したものであること

⑤ 被告人は,犯行前に,食堂のトイレ内で,刺す練習をしたこと

⑥ 被告人は,C教諭に対して,背後から刺しており,無防備で抵抗しようのない状態の被害者の,右背部という人体の重要な部分を攻撃したこと

⑦ C教諭の刺創は,右背部から右肺を貫通して心臓に達しており,刺創管の長さは,少なくとも16.5cmであったこと

⑧ 被告人は,前記C教諭に対する犯行に続き,D栄養士を背後から背部という人体の重要な部分を突き刺していること

⑨ D栄養士の刺創は,背部から腹膜筋を突き抜け,続いて腎臓を貫いた後,背骨の周りに付いている腸腰筋のあたりまで,約20cmに達していること

⑩ D栄養士を刺したのに引き続き,被告人は,E教諭の左下腹部という人体の重要な部分を突き刺したこと

⑪ E教諭は,左下腹部刺創,小腸・腸間膜穿孔等の傷害を負っており,刺創の深さは約10cm以上に達し,小腸・腸間膜に数カ所の穿孔が生じ,傷口からは小腸が露出していたこと

上記のような本件行為自体の態様,凶器の形状及び選択状況,被害の状況等に照らすと,被告人は,本件当時,教職員3名に対する殺意を有していたものと強く推認される。

2  広汎性発達障害の影響について

これらに対して,被告人は,「刺す」つもりであって,「殺す」つもりではなかった旨供述している。弁護人は,被告人は被害者らを「刺す」ことそれ自体を目的としていたのであって,殺害を目的としていたわけではなく,広汎性発達障害を有している被告人は,限局的事項に関心が集中し,他のことまで考えが及ばなくなるという障害の特徴ゆえに,死の結果が生じる可能性の高い行為を行っていながら,被害者らが死ぬか否かには関心がなく,「死んでも構わない」というような,死の結果を未必的にも認識・認容する意識状態にはなかった旨主張する。

確かに,

① 本件において,被告人は,被害者3名とは面識がなく,被害者らに対し,怨みその他の殺害しなければならないような動機や事情は見出し得ないこと

② 被告人は,「B先生」,「刺す」という言葉が浮かんで,それを基点として犯行に至ったもので,着想の原点は「刺す」ことにあること

③ 被告人は,各被害者を刺した回数は1回ずつにとどまり,とどめを刺すなど殺害することにこだわっているとまではみられないこと

④ 広汎性発達障害の特徴である強迫的な固執性からすれば,殺意の有無についても,定型発達者の場合と異質な点があることは否定できないこと

など,被告人の前記供述を裏付ける事情も認められる。

しかしながら,

① 被告人は,一般的に,腹部等の人の身体の重要部分を刺せば死ぬことがあることを認識していたこと

② 2月14日,外出準備をしているとき,B先生を刺して,最後,自分のおなかを刺して死のうと思っていたと供述し,被告人は,「同世代の者から笑われたり馬鹿にされたりした時などに,相手を殺すイメージを脳内で抱いていた,いろいろな方法で殺した,主に包丁やナイフのような刃物で人を刺すことを考えていた。」旨供述していることからすれば,刃物で刺すことは被告人において,本来殺人の手段の1つとして位置づけられていること

③ 刺す対象として,被告人の当初の着想は「B先生」であったものの,本校に一度赴き,B教諭と面会できないことを知った後は,着想は「職員室」となり,同校の教職員一般へと対象が変化しており,着想の固定性・固執性の程度は,変化が一般に困難なほど高いものともいえないこと(さらに,「B先生」の次の着想である「職員室」についても,職員室に至る前に,C教諭が被告人を不審人物とみて,自分は外に連れ出されてしまうのではないかと考えると,被告人は,職員室にこだわらずに,C教諭を攻撃していることも,着想の固定性の程度が高いものとはいえないことを示すものとも解しうる。)

などにかんがみれば,被告人は,「刺す」ことそのものにある程度こだわっており,殺害することが本校に侵入した際の被告人の主眼であったとはいえないとしても,被告人にとって,人を刺すことは当然人を殺す可能性を含んでおり,被告人には,C教諭,D栄養士及びE教諭に対する殺意がいずれも認められる。

3  「手加減した」旨の被告人供述について

なお,被告人は,D栄養士及びE教諭について,「C教諭のときよりも手加減して刺した。」旨供述する。

しかしながら,

① D及びE両名の創傷は,前記のとおりいずれも重大なものであったことから,客観的には,およそ「手加減した」ということはできないこと

② C教諭を刺した後の一連の流れで,被告人は,D栄養士及びE教諭を刺しており,C教諭に対する攻撃とD栄養士及びE教諭に対するそれとの間に,特にその方法,程度に差異を設けるべき客観的事情も,被告人の内面にそのような差異が生じるべき主観的事情も見いだせないこと

などを併せ考えれば,被告人のいう「手加減」は,実際に被害者らが死なないように配慮するという意識があったことをいうものではなく,殺意があったことに疑いを生じさせるものではない。

4  結論

以上によれば,被告人は,本件当時,殺意を有していたものと認められる。

第3被告人の責任能力について

1  心神耗弱を肯定する事情

① 被告人の本件犯行に至った機序は,被告人の広汎性発達障害ないし前記うつろな気分の影響を抜きにしては説明困難なものがあること

② 被告人は,平成17年1月31日以降,自分の思いや行動について制御することに相当の不安を持っていたことが認められること

③ 被告人は,本件犯行直後にも,職員室にあった拡声器を手に取り,「皇居に向かって敬礼。」「みんなで広げよう友達の輪 あほかと。ばかかと。」などと,本件犯行と全く関係せず,また,一般に了解困難な言動を取っていること

に照らすと,被告人の事理弁識能力,行動統御能力は,ある程度減退していたものともみることができる。

2  心神耗弱を否定する事情

しかし,他方,

① 犯行当時の被告人の意識状態に,意識障害等の大きな異常はうかがえないこと

② 被告人には,広汎性発達障害の影響下でも,本件犯行前に,ある程度,反規範的な行為を避けようとする意図が働いていた側面もあること

すなわち,

a 被告人は,破滅的,厭世的思念が湧いてくることや,自分が何かしてしまうことに対し,不安を持ち,両親に相談するなどしてこれを回避しようとする行動も取っており,反社会的行動を回避しなければならないという意図はある程度有していたものとみられること

b 被告人は,「刺すことについて,途中で2回,引き返そうかなという意味のことは頭に浮かんだ。1回は,親に話して精神病院に入れてもらうことで,もう1回は,単純に引き返すことである。」旨供述しており,犯行を中断しようと2度も考えたことからすれば,通常よりは弱いながらも反対動機が形成されていたと認められること

c 被告人は,本件当日,子供を殺すなどすれば,刑務所に入ってからいじめられると考え,子供を攻撃することは思いとどまった旨供述しており,一般的倫理規範に反すれば不利益を受けることを考え,これを避けようという意図のもとに,自身の行動を制御していること

③ 被告人は,犯行当日犯行直前まで,合理的な振る舞いや行動をなし,さらに対人的にもある程度自身を制御して適切な対応ができているとみられること

④ 各鑑定はいずれも被告人には完全責任能力が認められるとしていること

すなわち,

a F医師は,被告人は特定不能型広汎性発達障害を有しているが,行動統御能力に問題がないと判断し,完全責任能力肯定との結論を出していること

b G医師・H医師も,被告人には,通常の意味において,完全責任能力が認められる旨鑑定していること

4  小括

以上の諸点を総合すると,被告人は,うつろな気分の影響があり,行動統御能力がある程度減退していたとはいえるが,是非弁別能力も行動統御能力も著しく減退した状態には達していなかったものと認められる。

第4少年法55条の移送の適否について

1  少年法55条についての当裁判所の解釈

少年法55条の「保護処分に付するのが相当と認めるとき」とは,同法20条2項ただし書きの「刑事処分以外の措置を相当と認めるとき」と同旨であって,原則逆送事件の55条による移送については,①犯行の動機,態様,結果等の犯情にかんがみ,被告人についてその凶悪性,悪質性を大きく減じるような特段の事情,及び②被告人の性格,年齢等の資質面の事情,環境面の事情等を,前者を中心に総合考慮し,保護処分が相当と認められることが必要である。

2  ①凶悪性,悪質性を大きく減じる特段の事情について

(1) 犯行態様

本件一連の犯行を見ると,被告人は,白昼堂々,小学校に侵入した上,面識のない教職員ら3名を次々と包丁で突き刺したものである。その犯行態様は凶悪きわまりないものである。

(2) 犯行の結果

C教諭は,約30年にわたり,小学校の教員として,子供たちの教育に尽力し,児童らと身近に触れ合うために幹部職員への昇進も断り,教え子たちにも慕われていた上,妻と2人の子と共に,充実した生活を送っていたのに,52歳という年齢で,もとより何の落ち度もないのに,被告人の手にかかって理不尽にもその生命を奪われたのであって,その無念や恐怖は筆舌に尽くしがたく,被告人の行為の結果は取り返しのつかない誠に重大なものである。同教諭の殺害は,その家族にも重大な影響を与えたのであって,愛する夫や父を奪われ,幸せな家庭を破壊された遺族の深い悲しみや苦悩も,被告人の行為がもたらしたものである。

D栄養士は,もとより何らの落ち度もないところ,被告人の行為によって,腎臓を貫通する深さ約20cm,加療約99日間を要し,包丁がわずかにずれていれば背骨近くの静脈を傷つけられ死亡していたかもしれないという瀕死の重傷を負い,職場復帰した現在でも,栄養士でありながら,恐ろしく調理場の包丁にも触れることもできないというのであって,その肉体的苦痛や精神的衝撃は大きい。

E教諭も,何ら落ち度もないのに,深さ10cm以上,加療約25日間を要し,下腹部から腸管が脱出する重傷を負ったもので,搬送が遅れていれば,生命を失う可能性があった。

このように,被告人は,1名の貴重な生命を失い,2名に瀕死の重傷をおわせたものであって,犯行の結果は,それ自体誠に重大である。

また,本件犯行が,白昼,児童も多数在校し,本来,安全であるべき小学校で行われたことで,在校生,保護者,周辺住民など地域社会に深刻な不安を与え,また,広く報道され一般国民にも大きな不安を与えるなど,その社会的影響も見過ごせない。

(3) 犯行の動機・経緯

被告人は,広汎性発達障害の特徴である対人的相互性の質的障害のため,幼少時から被害念慮を募らせ,被告人なりに社会に適応しようとしたものの,かえって高次対人状況のもとでストレスを受けることになり,バイク事故や片思いの恋愛妄想の対象である女性との関係もあって,うつろな気分を生じさせ,「刺す」ことを着想すると,広汎性発達障害のもう一つの特徴である強迫的な固執性のため,強い反対動機を形成することがある程度困難なままに,本件犯行を行った可能性は否定できない。

しかしながら,被告人は,犯行当時,引き返して親に相談し,精神病院に入れてもらうことを考えるなど,規範意識もある程度働いており,その時点で犯行を思いとどまるべきであったし,そうすることは不可能ではなかった。被告人は,ここで止めれば,今の自分の体制が崩れると考え,犯行へと邁進したというが,それも広汎性発達障害の影響がみられるとはいえ,単なる強迫観念に強く支配された行動とまではいえず,広汎性発達障害に由来する特異な精神状態の影響を過大視することはできない。

もとより,広汎性発達障害そのものは,犯罪と当然に結び付くものではなく,同障害を有する者の犯罪や非行も存するものの,同障害を有する多くの人々が,健全な社会人として生活している。鑑定書等によれば,本件の着想の核となった「刺す」という言葉は,被告人が中学2年生以来インターネット等から影響を受け,加害空想を繰り返す中で,人を刺したり殺したりするという考えを習慣化させ,被告人の人格にこのような加害的な思考傾向が定着したことの影響があるとうかがえる。

3  ②資質・環境面の事情等について

(1) 被告人の年齢,性格等の資質面の事情

被告人は,犯行時は17歳になったばかりであった。

被告人は,これまで非行歴はなく,不登校になるなどしたが,大検も合格し,被告人なりに,社会に適応しようという努力をしていたのであって,本件以前は必ずしも犯罪傾向が深かったものとはいえない。

被告人の両親は,これまで,相当の愛情を注いで被告人を養育してきた。両親は,被害者の提訴に対する損害賠償に備え,不動産を処分するなどし,面会にも頻繁に通っており,現在も,被告人に対する愛情を失っていない。

被告人の元主治医は,被告人の今後の治療・教育に協力する旨述べており,また,両親を通じて被告人の治療に協力する医師もいる。

(2) 広汎性発達障害と矯正教育の関係

弁護人は,広汎性発達障害を有する被告人については,少年院での処遇が是非とも必要であり,少年刑務所での服役はかえって,再犯の危険を高める可能性が高い旨主張する。

ア 前記のとおり,本件において,被告人が犯行を敢行した原因の1つとして,広汎性発達障害の影響は否定し難い。

また,被告人は,家庭裁判所の審判及び当公判廷の審理の経過を通じ,心底謝罪の念が湧いたとはいえない,再犯を犯さないという自信がないなどと述べている。このような被告人が,真に更生し,再犯をしないための処遇を行うため,コミュニケーションの障害を中核とする広汎性発達障害を克服することが必要である。

イ この点,少年鑑別所の鑑別結果は,被告人については,資質面の負因から,刑事処分により自覚に訴える形で,その責任と向き合わせ,しょく罪意識を喚起するのは困難であり,自閉的傾向の下で,対人スキルを含む少年の問題性が十分改善されない危険がある旨指摘し,また,家庭裁判所調査官も,刑罰は被告人の規範意識や責任の自覚の契機とはならないとして,いずれも医療少年院に送致した上,特別少年院に移送するのが相当であるとする。

また,F医師やI医師も,広汎性発達障害の性質上,被告人は,刑罰による懲罰効果は薄い旨証言している。

ウ しかしながら,広汎性発達障害については,確立された治療法はないとみられる上,学童期を過ぎた場合には,既に固まった対人性に働きかけることは相当困難で,生活上の支障に対して対症療法的な適応指導が中心となるというのである。現在18歳8か月の被告人に対し,少年院での処遇を施した場合,ある程度対人適応の向上が期待でき,このことが将来の社会生活を円滑にするという意味で,再犯防止に役立つ可能性は否定できないものの,保護処分が,障害の中核である対人的相互性の向上に不可欠であるとみることまではできない。

また,現在18歳8か月という年齢及び被告人に対する治療の困難性にかんがみれば,少年院での処遇可能期間内に,充分な治療効果が浸透するかどうか問題がある。

さらに,刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律は,受刑者の資質等に応じた処遇をすることを定め,通達等で少年受刑者に対する個別的処遇計画を行う体制が予定されているところ,少年刑務所は,少年院で蓄積されたノウハウや人材を活用した個別処遇体制をある程度整えてきていることがうかがえる。

結局,これまでの実績等を考慮すれば,少年院での処遇が適切との弁護人らの主張は傾聴に値するものの,原則逆送制度新設を機に少年刑務所も変化してきていることも事実であり,法や通達に従い,被告人の問題点に配慮した個別的処遇も期待できる。

4  結論

以上検討したところによれば,本件は,犯行態様の悪質性,結果の重大性に照らし,犯情が極めて悪質な事案であって,動機,経緯等について,被告人の資質等を併せ考慮しても,本件の凶悪性を減じる特段の事情はなく,もはや保護処分の域を超え,刑事処分によるべきである。被告人について,家庭裁判所がした検察官送致決定に違法,不当はなく,同決定後の事情を考慮しても,保護処分相当性があるとはみられない。

よって,被告人を少年法55条により,家庭裁判所に移送することはできない。

(量刑の理由)

本件は,犯行時17歳の被告人が,白昼,包丁2丁を携帯して出身小学校に侵入した上,教職員ら3名を包丁で刺し,1名を殺害し,2名については殺害するに至らなかったものの重傷を負わせたという建造物侵入,殺人,殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反の事案である。

本件犯行態様が極めて悪質であること,その結果は教職員1名の生命を奪い,2名に瀕死の重傷を負わせるという取り返しのつかない重大なものであること,遺族,被害者の処罰感情は極めて峻烈で,慰謝の措置も実現していないこと,本件犯行の社会的影響も大きいことなどを併せ考えると,被告人の刑事責任は極めて重いものである。

しかし,他方,被告人の精神的未熟さや広汎性発達障害に由来する当時の特異な精神状態に照らせば,行動統御能力がある程度損なわれていたことは認められ,被告人の責任を,成人や定型発達者と同視することはできないこと,被告人自身も何かしでかすのではないかとの思いから,両親や主治医に相談しようとするなどしていたこと,被告人に心からの謝罪の念が生じないのも,被告人の広汎性発達障害による共感性の貧困さの影響が大きいものとみられること,被告人にはこれまで非行歴はないことなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。

以上の諸点に,被告人が本件当時17歳になったばかりであったことなどを併せ考慮すると,検察官主張のように,被告人を無期懲役刑に処することはできず,主文の刑が相当であると判断した。

(処遇に関する当裁判所の意見)

なお,事案にかんがみ,処遇について,特に当裁判所の意見を述べる。

1  本件犯行の背景には,被告人の有する特定不能型広汎性発達障害の影響があった。

特定不能型広汎性発達障害は,治療に専門性を要する障害であることから,障害に対する専門的な理解も十分に身につけた上で処遇しなければ,効果は現れにくく,その処遇については,広汎性発達障害を理解している指導者の下に,小集団の中での療育指導をすることが適切であるとされる。特に,対人的な社会的スキルを身に付けさせた上で,服役後の社会適応を高めるような療育的な処遇が,再犯防止のためにも望まれる。

2  本件における各鑑定の結果,社会記録の内容,専門家の証言その他の証拠によれば,具体的処遇方法として,次のような方法が相当である。

まず,被告人に対する処遇については,広汎性発達障害に対する専門的な知識を有し,同障害を有する収容者に対する処遇プログラムのノウハウを持っている法務教官(少年院での勤務経験があるなど)を配置した上で,個別処遇計画を策定し,これを実施することが必要である。

被告人については,障害の程度の軽さに引き比べて,対人的な不安や被害念慮はかなり強いものを持つに至ってしまっており,その問題は相当根深いものといえ,20歳になった後も,長期的かつ継続的な個別的処遇を行うことが不可欠である。

被告人の処遇の中では,1つ1つ小さな課題を与え,段階的に処遇していくこと,被告人の行動に対し,その場その場で対応する方法が適切であること,昼間の作業等の時間のみならず,夜の時間や,施設内での生活全般において,被告人に対して働きかけを行うこと,構造化されたプログラムの中で,同世代の者とのグループワークを通じて,段階的に社会的なスキルを身に付けさせることが重要である。

両親や主治医など,環境面での資源を有効活用できるよう,面会等においても,治療・教育効果に配慮して柔軟な運用を行うとともに,環境調整についても,収容者の個別的な資質に対応することが適当と考えられる。刑務所内での適応だけでなく,服役後の社会適応も重視し,仮釈放にあたっても,この点に留意する必要がある。

3  刑罰は行為に対する責任を基本として科されるところであるが,犯罪を犯した1人の少年を真の意味で更生させ,再犯を起こさせないようにすることもまた,刑罰の重要な目的である。被告人の処遇を担当する少年刑務所においては,前記の点に十分配慮して,適切な処遇が行われること,そして,被告人が,本件犯行の重大さと,被害者及び遺族に与えた苦しみの深さを心の底から感じられるようになることを,強く希望するものである。

(裁判長裁判官 横田信之)

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