大阪地方裁判所 平成17年(ワ)215号 判決 2005年7月08日
原告
あいおい損害保険株式会社
被告
Y
主文
一 原被告間の平成一二年三月一一日発生の別紙交通事故目録記載の交通事故に関する別紙保険契約目録記載の保険契約に基づく原告の被告に対する保険金支払債務が存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文同旨
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し、被告が訴外者運転の車両により追突された交通事故に関し、原被告間の自動車保険契約に基づく保険金支払債務は、被告の飲酒により免責され、そうでないとしても、時効消滅したとして、保険金支払債務の不存在確認を請求する事案である。
一 前提事実等(証拠により容易に認定できる事実については括弧内に証拠番号を示す。)
(1) 交通事故の発生
別紙交通事故目録のとおり、交通事故が発生した。
(2) 自動車保険契約の締結(甲五)
別紙保険契約目録記載のとおり、原被告間に保険契約が締結された。
二 争点
(1) 訴えの利益
(2) 飲酒免責
(3) 消滅時効
三 争点に対する当事者の主張
(1) 訴えの利益
ア 原告の主張
被告は、平成一二年三月一一日発生の別紙交通事故目録記載の交通事故について、同月一二日原告会社代理店担当者Aに報告し、その後、平成一六年七月二三日、被告は父親とともに原告の大阪支店において、保険金の請求を行ったが、これに対し原告は、飲酒免責を説明しており、保険金支払債務の存否について争いがある。
イ 被告の主張
被告は、保険金請求をしていない。
被告が原告会社大阪支店を訪問したのは、原告において被告が飲酒運転をしたと断定した根拠を示してもらうためにすぎない。したがって、本訴請求は却下されるべきである。
(2) 飲酒免責
ア 原告の主張
被告自身、警察官が飲酒検知しようとしたこと、看護婦に遮られて飲酒検知できなかったことを認めているほか、被告が本件事故当時、酒臭をさせ、運転も正常にできなかったとの訴外Bの供述等を併せれば、飲酒免責に該当すると判断される。
なお、原告は、平成一二年七月ころ、被告に飲酒免責に該当するから保険金の支払ができないことを告知しており、原告会社代理店担当者Aは原告の請求を放置したのではない。
イ 被告の主張
原告が被告に対して主張する飲酒免責は何の根拠もないもので、名誉毀損に該当する。原告は本件訴訟の期日において被告の飲酒には根拠資料がないと自認した。
(3) 消滅時効の完成
ア 原告の主張
(ア) 時効期間の経過
a 保険契約約款搭乗者傷害条項の時効の起算点
(a) 被告が原告に対し平成一二年当時保険金請求をしていたとみるならば上記約款一般条項二四条(2)に定める時(当会社が同条項二〇条二項に定める書類または証拠を受領した時の翌日から起算して三〇日を経過した時)から、時効が進行する。
本件では、被告は原告に対し、平成一二年四月に保険金請求を行ったから、そのときから時効が進行することになる。
(b) 被告が原告に対し保険金請求をしていないとみるならば二四条(1)に定めるとおり、二〇条一項記載の時点(搭乗者傷害条項中医療保険については被保険者が平常の生活もしくは業務に従事することができる程度になおった時または事故の発生の日からその日を含めて一八〇日を経過した時のいずれか早い時)から時効が進行する。
仮に、上記保険金請求がなかったとしても、本件事故により被告が負った傷害は、平成一二年四月の通院を最後になおっているからそのときから、なおっていないとしても、遅くとも、本件事故発生日からその日を含めて一八〇日を経過した平成一二年九月一一日から時効が進行することになる。
b 保険契約約款中一般条項二四条により、いずれも上記時効起算点から二年を経過した時点で保険金請求権は時効消滅するところ、上記いずれの関係においてもすでに二年以上を経過しているから、本件保険金請求権は時効消滅している。
(イ) 援用の意思表示
原告は、平成一七年二月二三日本件第一回口頭弁論期日において、上記消滅時効を援用する。
イ 被告の主張
(ア) 時効期間の経過
約款記載事実から二年を経過していることは認める。
(イ) 信義則
原告が消滅時効を援用するのは納得し難い。
すなわち、被告は、本件事故に関して、Aに保険金請求手続を依頼し、同人が「ちゃんとしときますから、任せて下さい」との返事をもらったことから、請求手続がなされているものと信じて待っていたにもかかわらず、原告は、根拠のない飲酒免責の主張を持ち出すなどしてこれを放置し、保険金請求権の時効消滅を待っていたものであり、消滅時効の援用はあまりにも誠実性を欠く。被告は、原告会社代理店担当者Aの対応に起因して時効期間経過前に保険金請求をする機会を奪われたものであり、保険金に相当する損害を受けたことになる。
第三当裁判所の判断
一 訴えの利益(争点一)
被告は、保険金請求をしたことがないとして、本件債務不存在請求訴訟は訴えの利益がないと主張するようである。
しかしながら、証拠(甲三、一二、一五、乙一、二)によれば、原告は、本件事故後(平成一二年四月一〇日〔甲一五〕までに)、当時被告の付保していた保険会社代理店担当者であるAに事故の報告をし、その際「ちゃんとやっときますよ」と回答してもらった(乙一)とし、Aは被告作成の書面(甲一五)を受けて一旦請求書作成に着手し(甲三)、被告の方でもAを「信頼していた」とすること、同年七月に被告とAが話した際、会社の上司とスナックに行った直後の事故であったことが話題となり、Aが被告に対し飲酒免責を伝えたこと、被告がAに対し父親には言わないで欲しいと頼んだこと(甲一二)、被告の父親が被告に平成一五年四月に会った際、はじめて被告の父親が本件事故のことを知ったこと、その後被告の父親がAに対し、本件事故のことについて話をし、事故証明や診断書を取るとの話が出たり、被告の父親が飲酒の証拠について警察に問いただしに行ったり、原告の事務所所長に対し飲酒で処理したことについて証拠の有無を問うなどしたこと(乙二)が認められる。上記一連の経過からすれば、被告が原告に対し保険金請求をする準備行為として警察や原告に証拠の有無をただす行為に出たものとみられるし、さらに、原告は本件訴訟の期日において当初保険金請求をしたことはないと主張したが、その後保険金請求をすることにしたと主張を転ずるに至っているから、いずれにしても訴えの利益は肯定できる。
二 消滅時効
ア 保険金債務の発生及び特定
被告は保険金を請求すると主張するから、本件で発生が問題となる保険金の内容及び金額について検討するに、証拠(甲一三、一四)によれば、約款上、自損事故保険金の医療保険金については入院一日六〇〇〇円、通院(但し実日数)一日四〇〇〇円、搭乗者傷害保険金の医療保険金については入院一日一万五〇〇〇円(上限)、通院(但し実日数)一日一万円(上限)と定められているところ、本件事故により被告が被った損害及び傷害の内容は入院一日、通院実日数一日であったことが認められるから、飲酒免責は措くとすれば、発生する保険金債務は合計三万五〇〇〇円である。
イ 保険金の請求
上記一認定の事実及び証拠(甲七、八の一、八の二、一二、一五)によれば、自動車保険金の時効の起算点は、保険金請求をした場合であれば、約款一般条項二四条(2)により、当会社が同条項二〇条二項に定める書類または証拠(保険金請求権発生の時の翌日から起算して六〇日以内に提出しなければならない<1>保険金の請求書、<2>損害の額又は傷害の程度を証明する書類、<3>公の機関が発行する交通事故証明書〔括弧内省略〕、<4>その他当会社が特に必要と認める書類又は証拠)を受領した時の翌日から起算して三〇日を経過した時の翌日から、被告が原告に対し保険金請求をしていないとみるならば約款一般条項二四条(1)により、同二〇条一項に定める時(本件では同二〇条一項(2)、同(4)記載の時点(自損事故条項及び搭乗者傷害条項中医療保険については、「被保険者が平常の生活もしくは業務に従事することができる程度になおった時または事故の発生の日からその日を含めて一八〇日〔自損事故条項の場合には一六〇日〕を経過した時のいずれか早い時」)の翌日から時効が進行するとされているところ、被告は当時被告の付保していた保険会社である原告会社代理店担当者であるAに事故の報告をし、その際同人は「ちゃんとやっときますよ」と回答し、平成一二年四月一〇日被告作成の保険金請求書の提出を受けて(甲一五)、Aも一旦保険金請求書作成に着手した(甲三)が、同年七月にAが被告に対し飲酒免責のため保険金は支払えないことを伝え(甲一二)、その後、被告から何らの応答もないまま、平成一五年四月になって被告の父親から訪問を受け、問い合わせを受け、平成一五年四月二八日付の診断書が発行されていること(甲四)が認められる。
本件では、保険金請求書は約款所定の事故から六〇日以内に提出されたものの、診断書など傷害の程度を証する書面の提出が六〇日以内になされなかったから保険金請求としては二〇条二項の要件を完備する請求とはいえず、請求はなかったものといわざるを得ない。
ウ 保険金請求権の消滅時効の起算点
上記認定の事実及び証拠(甲八の二)によれば、搭乗者傷害条項及び自損事故条項の場合、保険金請求がなかった場合には、約款一般条項二〇条一項(2)、同(4)各所定の時点から消滅時効が進行すること、上記認定の事実及び証拠(甲四、乙一)によれば、原告は、平成一二年三月一一日に一日のみ入院したこと、同年四月四日まで通院加療したこと、平成一五年四月の段階において平成一二年四月四日以降の来院がないこと(甲四)が認められるから、自損事故条項及び搭乗者傷害条項に係る医療保険金の消滅時効の起算点は、被告が通院を終了し、平常の生活にもどれる程度になおったと認められる平成一二年四月五日の翌日である同月六日から時効が進行することになる。
エ 消滅時効の完成・消滅時効援用の意思表示
上記によれば、本件各保険金請求権の消滅時効は、平成一四年四月五日の経過により完成したものと認められ、同日が経過したこと及び消滅時効援用の意思表示がなされたことは当裁判所に顕著である。
三 時効援用について信義則に反するとの主張について
上記認定の事実及び証拠(甲三、七、一二、一五、乙一)によれば、被告は当時被告の付保していた保険会社である原告会社の担当者であるAに事故の報告をし、その際同人は「ちゃんとやっときますよ」と回答し、平成一二年四月一〇日被告作成の請求書の提出を受けて(甲一五)、Aも一旦は請求書作成に着手した(甲三)。しかしながら、他方で本件事故の相手車両からの事情聴取によれば自動車が蛇行運転や急発進をするなど走行態様が異様であったことや被告から酒臭がしたことなどを聴取した(甲七)ため、保険会社としては、被告には飲酒運転の疑いがあるから保険金は支払えないとの対応をとることとなり、Aが、同年七月、被告に対し飲酒免責を伝えた(甲一二)ものであり、被告は、当時の勤務先上司にスナックに呼び出されたが自分は飲んでいないなどと反論をしたこと、被告自身も収容先の病院で警察官が飲酒検知をしようとした事情を陳述し(乙一)、飲酒を疑わせるような端緒があったとみられることが認められる。
以上によれば、原告は、本件事故後ほどなく具体的事実に基づいて保険金支払債務を否定する態度に出るに至ったのは明らかで、被告もこれを疑わせる事実があったことを認めているのであり、被告において、原告が保険金支払に応じるとの態度を信頼したなどの事情は見当たらないから、消滅時効の援用を行うについて信義則に反すると認めるに足りる事情はない。
四 結論
以上によれば、被告の原告に対する本件各保険金請求権は、消滅時効の完成により消滅したことは明らかである。
五 結論
以上の事実によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告が被告に対し、原被告間の平成一二年三月一一日発生の別紙交通事故目録記載の交通事故に対する別紙自動車保険契約に基づく本件各保険金請求権の不存在に基づく本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 天野智子)
(別紙一) 交通事故目録
1 発生日時 平成一二年三月一一日 午前三時二〇分ころ
2 発生場所 京都市山科区西野八幡田町一〇
3 関係車両
(1) 被告車両 普通乗用自動車(<番号省略>)
運転者 被告
(2) 訴外車両 普通乗用自動車(<番号省略>)
運転者 B
4 事故態様
被告車両走行中、道路左側に設置された電信柱に接触し、車体の向きがぶれたため、後続の訴外車両が追突したもの
5 結果
被告は傷害を負った。
(別紙二) 保険契約目録<省略>