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大阪地方裁判所 平成17年(ワ)2708号 判決 2006年4月26日

奈良県●●●

原告

●●●

上記訴訟代理人弁護士

高瀬朋子

大阪市中央区島之内一丁目20番19号

被告

大塚証券株式会社

上記代表者代表取締役

●●●

上記訴訟代理人弁護士

●●●

主文

1  被告は,原告に対し,金156万2880円及びこれに対する平成14年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その2を原告の負担とし,その3を被告の負担とする。

4  この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,金260万4800円及びこれに対する平成14年12月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告従業員の勧誘によって行った先物取引によって損害を被った原告が,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として,賠償金の支払を求めている事案である(遅延損害金の請求を含む。)。

1  争いのない事実等

(1)  原告は,昭和22年●●●月●●●日生まれの陶芸作家の女性(平成14年当時54歳。なお,以下,平成14年のことについては,年の記載を省略することがある。)である。

(2)  被告は,商品先物取引員(いわゆる先物取引業者)である。

(3)  原告は,1月23日から12月18日までの間,被告との間で,別紙建玉分析表記載のとおり金の商品先物取引を行い(以下,この取引を「本件取引」という。),合計236万8000円の損失を被った(ただし,別紙建玉分析表のうち,評価に関する部分については,争いがある。)。

山●●●(以下「山●●●」という。),石●●●(以下「石●●●」という。)及び●●●(以下「●●●」という。)は,いずれも被告の従業員であり,平成14年当時,山●●●は先物運用部主任,石●●●は同部次長であった。

(4)  取引の経過

ア 1月18日,山●●●が,原告の自宅兼仕事場を訪れ,金の商品先物取引の説明をした。その結果,原告は,金の商品先物取引を行うこととし,口座開設申込書などの書類に署名押印した。また,山●●●は,原告に,商品先物取引委託のガイド(乙3の1ないし3。以下,単に「委託のガイド」という。)を渡した。

イ 1月22日,山●●●と●●●が再度原告宅に行き,損が出た場合の対処方法として追証,難平,両建がある旨の説明をした。

ウ 1月23日,山●●●は,原告に電話をして,金60枚の買建を勧め,原告は,これを了解した。

エ 2月5日,山●●●は,原告に電話をして,決済を勧め,原告はこれを了解した。その翌日か2月8日,山●●●は,利益金として,現金138万4800円を,原告宅に持参して,原告に渡した。

オ 2月12日,山●●●は,原告に電話をして,金の買建を勧め,原告は,これを了解した。

カ 3月7日,山●●●が,原告に電話をした上で,同日午後2時ころ,原告宅に,山●●●と石●●●が来た。山●●●らは,原告に対し,損が出たときの対応法の説明をし,その結果,原告は,30枚の売建を行うことにした。もっとも,その日は取引が終了していたので,取引は翌日行うこととなった。

キ 翌3月8日,山●●●から再度電話があり,金の値段が下がったことが伝えられ,同日夕方,石●●●と山●●●が原告宅に行き,613万円を預かった。

ク その何日か後に,原告は,被告に電話をして,支店長と一緒に来て説明をするように求め,原告宅には,支店長と山●●●,石●●●,●●●が日時・組合せを変えて訪れた。その後の取引は,石●●●が担当するようになった。

ケ 12月18日,原告は,すべての取引を終了し,損金分の現金を石●●●らに渡し,株式の返還を受けた。

2  原告の主張

(1)  本件取引は,次のとおりの被告従業員による違法な勧誘によって行われたものである。

ア 適合性原則違反

商品先物市場は,株式市場と比較し小規模のため相場要因の影響が大きいため,相場変動のリスクが高い。また,相場の僅かな変動によって投下資金をはるかに超える大きな損失を生ずる虞があって,その危険性は極めて高い。そして,その法的・経済的仕組みも複雑である。一方,商品先物市場における全損失と全利益は互いに合計額が一致するところ,取引には委託証拠金の1割程度の手数料がかかるから,取引を繰り返すことによって手数料負担分の利益を確保することは極めて困難となることは明白であり,最終的に顧客が利益を確保できる確率はほとんどない。

このように,商品先物取引は,難解な仕組みを有しており,取引に当たっては多くの情報を収集して判断することが必要であり,また,その他の投資行為に比しても極めて高度の危険性がある取引である。それゆえ,理解力に優れ,投機的指向性があり,時間的・経済的に余裕のある者しか適合性を有しないといえる。したがって,商品取引員としては,こういった顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行ってはならない義務を負う。

原告は,本件取引当時,陶芸作家の54歳女性であり,夫が闘病生活を送っていた中で,自宅兼仕事場等において,教室を開いて生計を立てていた者であった。しかも,本件取引当時,長年の夢であった自宅のリフォーム契約を締結したばかりで,そのリフォーム代にこれまでの蓄えが必要な時期であった。したがって,原告には,当時商品先物取引を行うだけの時間的・経済的余裕など全くなかった。また,平成13年3月ころに始めた株取引についても,単に預金代わりに株式を保有していただけで,原告に投資意欲など一切なかった。商品先物取引の知識・経験は全く有しておらず,それに対する理解力も乏しく,自己の保有する株式が証拠金として充当されていたことすら途中まで分からなかったほどであった。

にもかかわらず,山●●●は,こういった適格性を有しない原告に対して執拗に勧誘し,取引させたものであり,明らかに適合性原則に違反する。

イ 断定的判断の提供

商品取引員が顧客に対し,利益を生じることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供して勧誘することは,商品先物取引の本質が投機的なものであることにつき誤解させるものであり,法令等によって禁止されている。

しかし,山●●●は,1月18日の勧誘時には,「99%間違いなく儲かります。」と述べ,「損をすることがあるのか。」という原告の質問には,「そんなことは,●●●さんの場合,考える必要がありません。」「私は今までお客さんに一度も損をさせたことはない。」などと言って儲かる旨の説明を延々と述べ,また,2月12日の勧誘時には,断る原告に対して「リフォーム代を出しましょう。」などと述べてあたかもリフォーム代分の利益が出るかの如く述べ,「もったいないでしょう。みすみす儲かるのが分かっているのに。」などと言って相当強引に勧誘し,原告を誤解させ,取引をさせたのであって,これらの勧誘は,断定的判断の提供に他ならず,違法である。

ウ 説明義務違反

商品取引員は,顧客に対し,取引の内容について詳しく説明し理解させなければならない。すなわち,先物取引の仕組みや専門用語の説明はもちろん,先物取引が高度に投機的かつ危険であり,特に証拠金を超える損失を被る危険があること等を十分に説明し,納得を得なければならない。さらに,先物取引における売り買いの決定には需要供給の関係,政治,経済の動向など相当に高度な知識を活用することが必要であること,こうした売り買いについて決定するのに不可欠な要因,その情報収集方法についても十分な説明をしなければならない。

しかるに,山●●●は,1月18日の勧誘時には,利益が出ることだけを説明し,商品先物取引の投機性・危険性について説明せず,唯一説明した「限月」についても,限月があるため相場の改善を待つとしても限界があるから,損を承知で決済しなければならない場面もあるのに,「1年あるから,その間に上がったり下がったりするので,大丈夫です。」などと述べており,危険性について何ら説明しなかったのと差異はない。そして,損が出る場合の説明は,原告に口座開設申込書を書かせた4日も後になって行い,しかもその際,「●●●さんの場合必要ありません。」などと付け加え,最後には追証,難平,両建ができるから,と言って,損が出る場合の相場の説明をした図面に×を付けて,商品先物取引には危険性が全くないかのような説明しか行わなかった。以上のように,山●●●は,先物取引の危険性に関する説明をしないまま,原告をして本件取引を開始させたのであり,説明義務違反があることは明らかである。

エ 新規委託者保護義務違反

先物取引は高度の危険性を有することから,自主規制規則において新規委託者の習熟期間が設けられていたのであって,商品取引員は,新規委託者に対しては,取引開始から3か月間は20枚を超えて取引させてはならないとされていた。かかる自主規制規則は,平成11年の法改正により廃止されたが,そもそもこの規制の趣旨は顧客保護にあり,平成16年の法改正には顧客保護の趣旨が大きく反映されたことからすれば,3か月間20枚を限度とするという基準は現在の法規制,自主規制下においても当然に受け継がれているというべきである。

法改正後においても,被告は,受託業務管理規則,「商品先物取引の経験の無い新たな委託者からの受託に係る取扱要領」において,6か月の習熟期間を設け,取引数量の範囲を「取引に参加するため投資を予定した額の70%又は500万円のいずれか低い範囲内」に制限している。

しかるに,被告は全くの初心者である原告に対して,原告の保有していた株式を充当することを秘して,初回取引には60枚(委託証拠金360万円,約定金額7236万円),約1か月半後の3月8日には90枚(委託証拠金540万円,約定金額合計1億1235万円)もの建玉をさせており,明らかに新規委託者保護義務に違反している。

オ 両建

両建とは,同一商品について,買いと売りが同時に建っていることをいう。両建は,その時点での損失を確定させるだけの意味しかなく,損切りする場合と比較して手数料が2倍かかる上,いったん損切りして新たに建玉をする場合と比較しても資金投入とその判断を早期に迫られる点で欠点を有する無意味な取引である。

以上のように両建は,特段の事情がない限りは,顧客にとって無意味な取引であることから,業者がかかる取引をするように勧誘してはならないことはもちろん,業者側から両建を積極的に勧誘する場合,顧客に仕切りとの相違を説明する義務があるといえる。

本件では,山●●●及び石●●●らは両建の仕組みを理解するだけの知識のない原告に両建を積極的に勧誘し,上記説明を怠っただけでなく,原告に両建が損失の拡大を防止し,損失を回復するための唯一の手段であるかのような説明をしてこれを承諾させ,3月8日の取引で両建を行わせたのであるから,この点からも被告従業員の勧誘行為は違法である。

(2)  被告の責任及び損害

ア 被告の責任

以上の被告及びその従業員の行為は,勧誘から取引終了まで,一連一体の行為として不法行為(民法709条,719条)に該当し,違法性を有する。そして,被告従業員は,被告の事業の執行について違法行為を行ったということができるので,被告は使用者責任(民法715条)を負う。

イ 損害

原告は,前項の不法行為により,本件取引による損失合計236万8000円と,弁護士費用23万6800円との合計260万4800円の損害を被った。

ウ なお,原告は,商品先物取引を行う上で,時間的にも資金的にも全く余裕はなく,自ら考えて判断することもできない状況にあり,特に,2月12日の取引時には,正に教室において,生徒に陶芸を教えていたのであり,多忙を極めていたときであった。そのような状態で,山●●●から一方的かつ極めて強引に取引を推奨され,最後は強引に押し切られた形で承諾させられたのであるから,原告に相殺されるべき過失はない。

(3)  よって,原告は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償請求として,260万4800円及びこれに対する取引終了日の翌日である12月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張

(1)  本件取引における被告従業員の勧誘には,次のとおり,違法性はない。

ア 適合性原則違反について

商品先物取引は,商品取引所法によって認められ,監督官庁による様々なルールも定められている,合法的な取引である。

本件取引当時の被告の受託業務管理規則では,不適格者の参入防止として,①未成年者,成人被後見人・被保佐人及び精神障害者,②長期入院療養者及び準ずる者(身体に著しいハンディのある者を含む。),③母子家庭並びに生活保護法被適用者,④恩給・年金・退職金・保険金の受給で,主として生計を維持している者,⑤余裕資金,資産を有していない者,⑥満25歳未満及び満75歳以上の者に対する取引の勧誘及び受託を禁止しているが,原告は,いずれにも該当しない。

原告は,陶芸作家の54歳の女性であって,自宅不動産,株式,預貯金等,十分な資産を有しており,平成13年3月以降株式取引を行った投資経験も有することなどに照らせば,原告が,商品先物取引の仕組みや危険性を理解する能力を有していたことは明らかである。

他方,夫が闘病中であったこと,リフォーム契約を締結したばかりであり,そのためにこれまでの蓄えが必要な時期であったことなどは,被告は,全く聞いていない。

イ 断定的判断の提供について

山●●●が,原告に対し,「99%間違いなく儲かります。」「私は今までお客さんに一度も損をさせたことはない。」などと言った事実はない。

また,原告のような一般人であれば,仮に外務員が上記のような言葉を述べたとしても,それは外務員の一つの予見・予測であり,反対の結果になることも十分に知っている以上は,これを直ちに信用することもない。

ウ 説明義務違反について

山●●●は,1月18日に,原告に対し,商品先物取引の概要,仕組み,危険性について,利益となることもあるが損となることもあること,限月(期限)があって,株式のようにいつまでも持ち続けることができず,必ず決済しなければならないこと,限月は最長1年であることなども含め,十分に時間をかけて説明し,商品先物取引の概要と危険性等を記載した書面として委託のガイド等の書類を交付し,別途社便(会社の便箋)に書くなどして,説明をしている。

さらに,1月22日にも,山●●●と●●●は,原告に対し,再度,損が出たときの対応について,損切,追証,難平,両建の方法を詳しく説明している。

これらからすれば,説明義務は,十分に尽くされている。

エ 新規委託者保護義務違反について

本件取引当時,取引開始から3か月間は20枚を超えて取引させてはならないとのルールは廃止されており,本件への適用はない。

また,確かに,3月8日の30枚の売建については,合計証拠金が540万円となるので,被告の受託業務管理規則から導かれる490万円(投資予定金額700万円の70%)を50万円超過しているが,相場の予想外の変動についての措置であることや,超過額が僅か50万円であることなどに照らし,違法性は存しない。

オ 両建について

両建は,売りと買いが,同枚数,同限月のことをいうので,3月8日に,売30枚を建てて,売30枚,買60枚となったことは,両建ではない。

また,両建は,売買戦法の一種として認められ,かつ広く行われているものであり,それ自体何ら違法又は無意味なものではなく,その時点で損失を一旦固定化することができ,かつ,将来に利益を生む可能性を残しつつ,相場の模様眺めができるというメリットを伴うものである。「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」においても,「不適切な両建」の勧誘を禁止しているだけで,両建自体は禁止していない。

しかも,本件における上記両建的手法は成功し,損失を半減させており,違法性の根拠にはなり得ない。

(2)  被告の責任及び損害については,取引損については認めるが,その余は否認ないし争う。

仮に被告に責任があるとしても,①山●●●が,原告に対し,危険性についての十分な説明をしていること,②原告が,実際に,2週間ほどの間に,大きな利益や損失を身をもって体験し,商品先物取引の危険性を十分認識した上で,以後の取引を行っていること,③原告が,株取引の経験者であり,株が10分の1くらいにまで値下がりすることがあることも知った上で,商品先物取引を開始していること,④原告は,被告担当者から十分な説明を受けた上で,残高照合回答書の「通知書のとおり間違いありません。」に○印をつけ,確認の署名捺印をしていることなどに照らすと,原告には8割を超える大きな過失があるので,過失相殺すべきである。

第3当裁判所の判断

1  証拠(甲2の1・2,3,4の1ないし3,5の1ないし5,6,9,10,乙1,2,3の1ないし5,4ないし9,10の1,11,12,証人山●●●,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。

(1)  原告の投資経験等

原告は,昭和22年●●●月生まれの陶芸作家であり,原告の年収は,200万円くらいであった。原告は,本件取引当時,夫及び二男と3人で,夫の父親名義の家に住んでいたが,原告の夫は,癌を患い,本件取引終了後の平成16年3月に死亡した。

原告の夫は,株取引をしたところ,バブルの崩壊によって約600万円の株価が10分の1くらいになったことがあり,原告もそのことを知っていた。

平成13年3,4月ころ,原告は,ペイオフ制度の導入や,預金金利の低迷が続く中,有名会社の株式を購入して保有しておけば,預金より安全で,預金の利息より高い配当金を得られるだろうと考え,被告奈良王寺支店において,被告担当者の●●●から配当が良いと言われた,●●●,●●●,●●●,●●●,●●●及び●●●の株式を1000万円弱で購入し,同年9月には●●●の株式を追加購入した。原告は,これらの株式を,購入後,本件取引まで,そのまま保有していた。

また,原告は,本件取引まで,商品先物取引や株の信用取引をした経験はなかった。

本件取引当時,原告は,上記株式を保有していたほか,原告ないしその夫は,自宅のリフォーム代に充てる予定の資金として2000万円と,生活資金約1000万円を所有していた。

(2)  本件取引の経過

ア 原告は,平成13年9月ころから,●●●から,「金を買いませんか。」という話をされるようになったが,原告は,この勧誘を断っていた。

イ 1月ころ,山●●●は,●●●から,前記支店で株取引をしている顧客として原告の紹介を受け,同月10日,山●●●は,原告に電話をし,金の先物取引の勧誘をしたが,会う約束を取り付けることはできなかった。

ウ 1月18日,山●●●は,事前の連絡なく,原告の自宅兼仕事場を訪れた。

山●●●は,原告に対し,「1円もお金を使わないで,ただで儲かるものがあるということを知ってますか。」と言い,原告が,「そんなものがあるわけないじゃないの。」と言うと,山●●●は,「あったらどうします?」と言って,金の商品先物取引の説明を始めた。

山●●●は,原告に対し,ペイオフが始まれば,預金は保護されなくなることなどを述べた上で,被告の社便に図を書くなどして,

① 金の前日の終値が1g1213円であり,株と同様に,上がることも下がることもあり,上がれば利益,下がれば損失となること,限月(取引の期限)があり,限月までの期間が短いと,マイナスのまま終わってしまうこともあるが,期限が先であれば,一回下がっても,途中で上がることを待つこともでき,期限までに上がったり下がったりするので,大丈夫であること。(甲4の3)

② 株では,1株1000円の株があったとして,1000株単位の株を買おうとすると,100万円かかり,金は,1g1213円で,単位が1枚(1枚=1000g)からなので,株と同じように考えると,金1枚を買うのに,121万3000円かかることになるが,株と違って,121万3000円を入金する必要はなく,6万円の証拠金で買うことができること,1g1200円として,20円上がって1220円になると,1枚ではその1000倍で2万円の利益になること。(甲4の1)

③ 1g1213円の金が,1300円まで87円値上がりした場合,仮に50枚買っていれば,手数料11円を差し引いても,この5万倍で380万円の純利益となること,50枚の証拠金は,300万円となること。(甲4の2)

④ 1g1210円の金が,1250円まで値上がりすれば,40円の利益となり,仮に60枚買っていれば,手数料11円を差し引いても,この6万倍で174万円の純利益となること,他方,60枚の証拠金は,360万円となること。(甲5の1)

などを説明し,その社便を原告に交付した。なお,山●●●が,④の説明の際に60枚を例として挙げたのは,原告が所有する株式を証拠金とする場合の評価額(原告所有株式の時価の70%)が約760万3000円だったので,その約半分が360万円になるからであった。

また,山●●●は,これらの説明の中で,原告に対し,「99%は必ず儲かります。」「(損をする)なんてことは,●●●さんの場合,考える必要がありません。」「私は,今まで一度もお客さんに損をさせたことはない。」などと言い,また,日経新聞を見せながら,「こんなチャンスは乗らなければ損ですよ。」「ペイオフがあるからみんな金を買う。それで金が上がるんです。」などと言った。また,原告が,山●●●に対し,近々自宅のリフォームを行う予定で,そのリフォーム代がかかるため金銭的に余裕はないことや,夫が株を購入し損をしたことがあることなどを説明したところ,山●●●は,「リフォーム代も出しましょう。」「株の損も埋めましょう。」と言ってきた。

原告は,山●●●のこのような説明を聞いて,商品先物取引を始めることにした。

そして,原告は,山●●●が出してきた,

①お客様アンケート(乙1)に,住まいは「自宅」,年収は「500万円以上」(ただし,500万円未満という選択肢はない。),資産として「不動産(持家)」と「有価証券等(株式)」,投資経験として「株式(現物)」などと記入し,

②「私は,貴商品取引員より,委託のガイド及び取次契約約款の交付と説明を受け,以下の事項については回答のとおり理解いたしました。」との記載がある受領書(乙2)に,「商品先物取引には,損失発生のリスクがあり,建玉の増加が利益の増大と共に危険性も増すことも理解した。」「商品先物取引の仕組み(注文の方法,決済・精算の方法,損益計算の方法。委託証拠金の種類,通知書類の種類)について理解した。」「取引は自己の判断と責任で行う。」という設問につきいずれも「はい」に○を付けた上,署名し,

③「私は,貴社を通じて商品先物取引を開始するにあたり,以下の事項を告知し,私の判断と責任において取引をいたします。」との記載がある商品先物取引口座開設の申込書(乙2)に,「委託のガイド及び取次契約約款の交付と説明を受け,その内容を理解した。」「商品先物取引の損失発生のリスクについては承知している。」「商品先物取引の仕組みについては理解している。」「委託証拠金の追加を求められる事があることを承知している。」「取引は自分の責任で行う。」「新聞の市場欄の見方や相場の変動要因がわかる。」「投資資金は余裕を持った自己資金の範囲で行う。」という設問につきいずれも「はい」に○を付け,預貯金の予定は,「株式」にチェックをし,当初3か月の利用予定額と商品先物取引予定資金額にいずれも「700万円」と記入した上,署名押印し,

④「私は貴社に対し,商品取引所の商品市場における取引の委託をするに際し,先物取引の危険性を了知した上で取次契約約款の規定に従って,私の判断と責任において取引を行うことを承諾した。」などの記載がある約諾書兼通知書(乙5)に署名押印し,

いずれも山●●●に渡した。

なお,上記③などの理解度についての設問に関しては,原告が,山●●●に,「『いいえ』じゃないの。」と言うと,山●●●が,笑いながら,「こっちにしておいてください。」と言って,「はい」に○を付けるように指示をしたので,原告がそれに従ったものであり,利用予定額等の700万円という数字も,山●●●が,原告が保有していた株式の時価の総額の70%が約700万円になることから,そのように記入するよう指示したものであった。

また,山●●●は,上記②の受領書に記入して貰う際に,原告に対し,先物取引の仕組みのほか,「先物取引は,利益や元金が保証されているものではなく,預託した証拠金以上の多額の損失となる危険性があること」や,「相場の変動に応じ,当初預託した委託証拠金では足りなくなり,取引を続けるには,追加の証拠金を預けなければならなくなることがあり,証拠金を追加しても,さらに損失が増え,預託した証拠金全額が戻らなくなったりそれ以上の損失となることもあること」などが記載された委託のガイドを示しながら,そこに記載された外務員証の制度について説明したほか,危険性の点について,「損が出ることもありますよ。」などと言い,最後に,委託のガイドを原告に交付した。

山●●●は,被告の顧客カードの担当者所感欄に,「●●●さんは,株式経験も長く,経済知識も豊富で,今回,仕組みなどを十分理解したうえで,契約して頂きました。」と記載したが,「経済知識も豊富」と記載した根拠は,原告が現物の株式を運用していたということだけであった。

エ 1月22日,山●●●と●●●は,原告の自宅を訪れた。

挨拶をした後,山●●●は,「言っておかなければならない話があります。●●●さんには必要ありませんが,知識として知っておいてください。使うことはありません。」などと言い,まず,1200円で10枚買っていた場合に,10枚分の証拠金は60万円であるが,それが1000円に下がったとすると,-200円×1000g×10枚=-200万円になり,200万円の損失が出るという内容の図を社便に書いた後,損が出た場合の対処方法として,社便に図を書くなどしながら,追証,難平,両建についての説明をし,最初に書いた図の上に赤インクで大きな×印を書いた(甲5の2ないし5)。原告は,山●●●の説明を,先物取引においては幾らでも対処法があるので損は出ないというように受け取った。

その後,原告は,保有する株式を証拠金に充当することに同意する旨の同意書(乙9)に署名押印した。その際,山●●●は,原告に対し,「株は買うこともできるし,売ることもできるし,配当も付くし,今までと何ら変わりはない。」などの説明をしたが,場合によっては株がすべて戻らないかもしれないというような説明はしなかった。

オ 1月23日朝,山●●●は,原告に電話をして,1206円で金を60枚買うことを勧め,原告は,これに応じた。

カ 1月末ころ,山●●●から,原告に,「下がっているんです。損が出てます。」という連絡があり,100万円くらいの損が出ているということであった。原告は,怒って,「何でなの?」「どうするの?」と言って山●●●を問い詰めた。すると,山●●●が,「まだ株が残っていますから。」と言ったので,原告は,「誰の株と思ってんの。」と言ってわめいたところ,山●●●は,謝って,「頑張りますから。」と言った。

キ 2月5日,山●●●から,原告に,「利益が出ていますので,仕切ります。」という連絡があり,原告はこれを了解した。そして,翌6日ころ,山●●●は,利益金138万4800円を原告の自宅に持参し,原告はこれを受領した。

ク 2月12日,原告が,町の公民館活動の陶芸教室において授業をしていた最中に,原告の携帯電話に,山●●●から電話がかかってきた。このときは,授業が終了間際であり,原告にとっては,20人弱いる生徒の作業の手伝いなどで忙しい時間帯であった。

原告が電話に出ると,山●●●が,「1288円だから,皆買いました。●●●さんも買いませんか。」と言って,金の買建の勧誘をしてきた。

原告は,1月末ころの経験から,損が出る可能性もあることを知り,そのときの恐怖感が残っていたのと,2月5日より値段が上がっていたことから,「そんな高い値で買うことはない。」「怖い。」「皆が買っても関係ない。」「私はもう来週には(リフォームの)契約をするので,何かあったら困るでしょう。」「前に下がったときには,仕事が手に付かなかった。大切な仕事をしている。」などと言って,断った。

すると,山●●●は,「そんなに怖いもんじゃないですよ。」「お金が足らないんでしょう?改築費を出します。」と言ってきたので,原告が,「私はそんなお金はいらない。いる人に言ってください。」と言うと,山●●●は,少し大きな声で,「もったいないでしょう。みすみす儲かるのが判っているのに。」と言った。その後,原告「もったいないと思う人に売ってあげて。私はいらない。第一,絶対儲かるようなものはこの世にないんよ。それだったら誰でも買うよ。」,山●●●「新聞,ニュース,その他で見ても分かるでしょう。」,原告「そんなもの何のあてにもならない。以前,ニューなどを見て,ソニーの株式を買ったのに,下がった。」,山●●●「それなら言ってください。」,原告(沈黙),山●●●「下がる理由があったら言ってください。」,原告(沈黙),山●●●「そらそら,言えないでしょう。」,原告「そんなもん言えなくてもいいでしょう。私はいらない。何かあったら困る。怖い。今仕事中なんです。」,山●●●「前にお金が入ったこと,利益を受け取ったこと,喜んでいたじゃないですか。」,原告「人間欲のない人はいない。お金をもらえば喜ぶよ。だけど怖いものはいらない。私は困っていない。そんなお金はいらない。」,山●●●「あの金額では不満なんですか。」,原告「そんなことは言ってないでしょう。何ならお金返します。」,山●●●「そんなことは言っていない。わざわざ買いに来る人もいるんですよ。」,原告「その人に売ってあげて。私はいらない。」,山●●●「自分が頑張りますから」,原告「あなたが幾ら頑張ったって,世の中の動きを変えることはできないよ。1円だって動きはしない。」などのやり取りが続き,原告が,「考えておきます,とりあえず。」などと言って電話を切ろうとしたところ,山●●●は,大きな声で,「考えているんでは遅いんです。今しかないんです。上がってしまう。」と言ってきた。

原告は,「それならそれでいいじゃないの。誰かが儲かったんだな,私にはチャンスがなかったんだと思う。第一上がるとは誰が決められるの。あなたなんかに決められることと違うよ。この世は何があるか分からない」「あなたも頭がいいでしょうけど,何かおかしいね。」などと言うと,山●●●は,突然,さらに大声で,「やらせてください。この山●●●を信じてください。大塚証券でなく,この私を信じてください。」と言ってきた。原告が反論できないでいると,山●●●は続けて,「ほらほら,●●●さんがもたもたしているので上がってしまったではないですか。」などと怒るように述べた。

原告は,根負けして,「それならこの間のお金を返すから,その金額だけ損したら切ってくれますか。」と言い,山●●●は,「判りました。成行で買いますよ。」と言った。

その結果,金60枚の買建がなされた。

ケ 3月7日,金の値段が下がったため,山●●●から,原告に,「今から伺います。下がって大変なことになってます。」との電話があり,同日午後2時ころ,原告の自宅に,山●●●と石●●●が来た。

原告が,山●●●らに対し,「一度も損をさせたことがないって言っていたのは,嘘だったんじゃないの。」「99%って言っていたけど,後の1%っていうのは,何の数字なの。」と怒って言うと,石●●●は,「まあ,落ち着いてください。」と言った。

そして,石●●●は,原告に対し,対処方法として,損切り,追証,両建の説明をした上で,「自分は売りを買うのが,一番いいと思う。」と言った。原告は,石●●●が勧めたとおり,金30枚の売建をすることになったが,その日は既に取引時間を過ぎていたので,取引は翌日行うこととなった。

なお,当時の被告の新規委託者(商品先物取引等の投資経験のない新たな委託者)についての受託業務管理規則に基づき定められた取扱要領では,「新規委託者に係る6か月間の取引は,取引に参加するため投資を予定した額の70%又は500万円のいずれか低い範囲内」で受託するように制限しており,原告の場合は,投資予定額が700万円とされていたことから,490万円がその上限になるところ,この売建によって合計本証拠金は540万円(1枚6万円×90枚)となるので,本証拠金だけで上記制限を超えることになった。

コ 翌3月8日,山●●●から,原告に電話があり,「夜中のうちにぐっと値段が下がった。600万円以上かかる。本日中に現金が必要である。」旨言われ,原告は,同日夕方,原告宅を訪れた石●●●と山●●●に,613万円を渡した。

また,この際,石●●●らは,残高照合通知書(乙10の1)を示して取引の現状につき説明し,原告は,その回答書の「通知書の通り相違ない。」に○を付けて署名押印した。

なお,同日時点の差損益金は,-696万円であった。

サ 原告は,これまでの被告による取引勧誘はおかしいと思い,その2,3日後に,2月12日の山●●●との会話の内容などを紙に書き留め(甲10),警察に電話をして,悪徳商法の係に苦情を述べた。

そして,原告は,被告に電話をして,支店長,山●●●,石●●●及び●●●に自宅に来るように求め,原告宅には,支店長と山●●●,石●●●,●●●が,日時・組合せを変えて訪れた。原告は,支店長らに対し,会話を書き留めた紙を読み上げるなどしながら,これまでの経過及び山●●●との会話を説明し,「警察にも言った。」「訴える。」と抗議した。石●●●は,それに対し,「生々しいので事実でしょう。」などと言い,山●●●は,「すいません。」と言った。

原告は,石●●●に対し,損失をゼロにするように求めたが,石●●●は,損失補填はできないと言い,その後,石●●●を担当者として,取引を12月まで継続した。

(3)  なお,(2)の取引経過につき,山●●●の供述(乙12,証人山●●●)の中には,前記認定に反する部分もある。

しかしながら,山●●●の上記供述は,覚えていないとする点が多く,曖昧であるのに対し,原告本人の供述(甲9,原告本人)は,具体的かつ詳細である上,2月12日のやり取りについては,原告が,それから1か月も経たないうちに会話内容を書き留めた紙(甲10)によっても,裏付けられている。また,原告が,3月7日以降,支店長を自宅に呼んだり,警察に苦情の電話をしたりしたほか,山●●●らに対し,山●●●の勧誘文言について文句を言ったが,山●●●が特に反論しなかったことは,証拠上優に認めることができる(最後の点について,被告から十分な反証はなく,山●●●も,「何か言われたかもしれないけれども,ちゃんとそこまでは覚えてないです。」と述べるのみである。証人山●●●54頁)が,これらのことも,山●●●の勧誘文言が,原告本人の供述に沿うものであったことを裏付けるものといえる。

これらによれば,山●●●の供述よりは,原告本人の供述の方が信用できると判断し,前記のとおり認定したものである。

2  前項の認定事実を基にして,本件取引における被告従業員の勧誘の違法性の有無につき判断する。

(1)  本件取引当時,原告ないしその夫が,リフォーム代に充てる予定の2000万円のほかに,約1000万円の資金と約1000万円程度の株式を保有していたことからすれば,原告に経済的な余裕がなかったとまではいえず,現物株の取引を行っており,夫の株取引を介して株が大きく値下がりする場合があることも知っていた原告が,商品先物取引を行う適合性を全く欠いていたということはできない。

しかしながら,原告は,商品先物取引の知識・経験を有しておらず,これを理解する能力が優れていたというような事情も見出せないし,経済的にも,資金や資産が豊富にあるという状況にまではなかった。また,原告が行っていた現物株の取引については,預金代わりの側面が強く,これをもって,原告に,投資意欲があったとか,経済的知識が豊富だったということはできず,かえって,原告が,短期間に140万円近い利益を手にした後,2月12日に勧誘された際に,取引に乗り気でなかったことからすると,原告には,投機的な指向性はなかったものと認められる。

そうすると,このような原告に対し,商品先物取引を勧誘すること自体は許されるとしても,勧誘をする以上は,勧誘する者は,勧誘に当たって,新規委託者保護の規則を守り,過大な取引をさせないように配慮するとともに,利益が確実に得られるかのような断定的判断の提供を避け,先物取引の仕組みや危険性について十分な説明をなす注意義務を負っていたというべきである。

しかるに,山●●●らは,原告への勧誘に当たって,「99%は必ず儲かります。」「損をするなんてことは,●●●さんの場合,考える必要がありません。」「私は,今まで一度もお客さんに損をさせたことはない。」「期限までに上がったり下がったりするので,大丈夫である。」(1月18日),「もったいないでしょう。みすみす儲かるのが判っているのに。」(2月12日)などといった,利益がほぼ確実に得られるかのような説明を繰り返しなした上で,強く取引を促したものであり,これらは,実質的に,断定的判断の提供に当たるといってよい。

また,山●●●らは,原告への勧誘に当たって,先物取引の危険性などが記載された委託のガイドを交付し,損が出ることも述べてはいるものの,その説明は,全体的には,利益が出ることを強調する内容のものとなっている(例えば,山●●●が1月18日に社便を用いてなした説明は,利益が出る場合に関するものがほとんどである。)上,損が出た場合の対処法を説明する際には,「●●●さんには必要ありませんが,知識として知っておいてください。使うことはありません。」などと言いつつ,損失が出るという内容の図の上に赤インクで大きく×印を書くなどしている(1月22日)のであるから,最終的に損が出ることはまずないと誤解してもやむを得ないような説明内容といえ,山●●●らが,原告に対し,先物取引の危険性について,十分な説明をなしたとまではいい難い。

さらに,山●●●が,原告に対し,60枚もの建玉を勧めたこともあって,石●●●は,取引開始から1か月半ほどしか経っていない3月7日の時点で,被告の新規委託者についての受託業務管理規則に基づき定められた取扱要領の制限を超える建玉を勧めており,これら被告従業員の勧誘は,全体的にみて新規委託者保護の規則やその趣旨に反するものといえる。

これらによれば,本件取引の勧誘に当たって,山●●●ら被告従業員は,勧誘者に課せられた上記注意義務に違反したものといわざるを得ず,その勧誘は違法性を有するというべきである。

なお,確かに,原告は,1月末に山●●●から短期間で100万円ほどの損が出ている旨の報告を聞き,2月6日ころには逆に短期間で140万円近い利益を得たことから,2月12日の時点では,先物取引の危険性を身をもって体験し,先物取引が怖いものだとの認識は有していたものと認められるし,また,2月12日のやり取りにおいて,原告は,山●●●に対し,この世に絶対儲かるようなものはなく,報道などの情報もあてにはならず,山●●●が幾ら頑張っても相場を変動させることはできないなどと言って反論しており,金の値段が山●●●の説明どおりに必ず上がるわけではないとの認識も有していたものと認められる。しかし,同日,山●●●が,原告に対し,「(先物取引は)そんなに怖いもんじゃないですよ。」と言うなどして,先物取引の危険性が低いかのように述べつつ,執拗な勧誘を続けた後で,原告が,「それならこの間のお金(利益として原告が受領した約140万円)を返すから,その金額だけ損したら切ってくれますか。」と言ったのに対し,山●●●が,「判りました。」と言って,取引がなされたことからすれば,原告は,140万円程度の損失が生じる可能性があることは理解していたといえるが,前記断定的判断の提供や危険性の説明が十分ではなかったことと相まって,その可能性の程度や,それ以上の損失が生じる可能性があることについて,正確に理解していたとは認められない。そうすると,原告が上記のような認識を有していたことをもって,被告従業員が上記注意義務を免れるとはいえないし,上記注意義務違反と本件取引との間に相当因果関係がないということもできない。

(2)  他方,原告は,3月7日に石●●●が売建を勧めたことが,無意味な両建を勧めるもので違法であるとも主張するが,本件においては,この売建が無意味であったとまでは認められず,その主張は採用できない。

3  損害及び過失相殺の可否について

(1)  被告従業員の前記不法行為は,被告の事業の執行についてなされたものであるから,被告は,使用者責任(民法715条)を負う。

そして,本件取引によって,原告が,236万8000円の損失を被ったことは当事者間に争いがないところ,これは,被告従業員の前記不法行為によって生じた損害といえる。

(2)  もっとも,前記のとおり,原告は,商品先物取引を行う適合性を全く欠いていたということまではできないところ,①原告が,山●●●から,先物取引の仕組みや危険性が記載された委託のガイドの交付を受けるなど,危険性についての一応の説明は受けていること,②原告が,前記のとおり,2月12日以前に,先物取引が怖いものであることや,金の値段が必ず上がるわけではないことを認識しながらも,なお取引を行っていることなどに鑑みれば,本件においては,原告にも,損失の発生及び拡大に関し過失があるものと認められ,本件に表れた一切の事情に照らすと,その過失割合は,原告が4割,被告が6割と認められるから,原告の上記取引損から4割を過失相殺するのが相当である。

したがって,過失相殺後の原告の上記取引損の額は236万8000円×0.6=142万0800円となる。

また,本件事案の内容や損害額などに照らし,被告従業員の前記不法行為と相当因果関係がある弁護士費用は,14万2080円が相当と認める。

4  以上によれば,原告の請求は,不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償請求として,賠償金156万2880円及びこれに対する損害発生後の12月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。

(裁判官 横路朋生)

<以下省略>

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