大阪地方裁判所 平成17年(ワ)3918号 判決 2006年9月22日
原告
社会福祉法人 A野
同代表者理事
B山太郎
同訴訟代理人弁護士
橋口玲
同
太田健義
被告
古谷仁
同訴訟代理人弁護士
中北龍太郎
同
村本純子
同訴訟復代理人弁護士
川端元樹
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、二二〇〇万円並びに内金二〇〇〇万円に対する平成一六年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員及び内金二〇〇万円に対する平成一七年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告に対し、本判決確定以後、最初に開かれる宝塚市議会定例会において、別紙訂正・謝罪文記載のとおりの文章を二回読み上げる方法により、原告に対する名誉毀損発言の訂正発言及び謝罪発言をせよ。
第二事案の概要
本件は、兵庫県宝塚市内において介護老人福祉施設「C川」(以下「本件施設」という。)を運営する原告が、同市議会議員である被告が市議会定例会などにおいてした本件施設に関する各発言により原告の名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求として、慰謝料二〇〇〇万円及びこれに対する平成一六年九月七日(最後の不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに弁護士費用二〇〇万円及びこれに対する平成一七年五月二六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの上記割合による遅延損害金の各支払を求めるとともに、民法七二三条所定の名誉回復処分として、宝塚市議会定例会における訂正・謝罪発言を求める事案である。
一 争いのない事実
(1) 原告は、本件施設(平成一四年四月開設)を運営する社会福祉法人である。
被告は、平成一四年一二月以前から現在に至るまで、兵庫県宝塚市の市議会議員である。
(2) 被告は、別紙発言一覧表「日付・場」欄記載のとおりの日及び場(平成一四年一二月三日、同月六日及び平成一六年九月七日開催の各宝塚市議会定例会並びに平成一四年一一月八日開催の同市議会決算特別委員会)において、同一覧表「発言内容」欄記載のとおりの各発言(以下、各発言を同一覧表記載の番号に従って「本件発言一」などといい、本件発言一ないし一五を併せて「本件各発言」という。)をした。
二 争点
(1) 市議会議員である被告が、同議会においてした本件各発言について、個人責任を負うか。
(2) 本件各発言は、原告の社会的評価を低下させたか。
(3) 被告のした本件各発言に違法性がないといえるか。
(4) 原告に生じた損害額
三 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(個人責任の有無)について
〔原告の主張〕
議会における議員の発言は民主制の根幹をなすものではあるが、それが名誉等他人の権利を侵害する場合には違法性を帯び、不法行為を構成する。
本件各発言は事実無根の内容であり、議会での正当な質問や事実確認の域を超えたものであるから、被告は個人責任を負う。被告の本件各発言が議会におけるものであることを特別視することなく、通常の名誉毀損に係る発言と同様の判断で不法行為の成否を決すべきである。
〔被告の主張〕
公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合には、国又は地方公共団体が被害者に対して損害賠償責任を負うのであって、公務員個人がその責任を負わないことは確立した判例である。
本件において、議員である被告は、議会において、議会等に与えられた公的な任務を遂行するために本件各発言をしたのであるから、本件各発言は、公務員(議員)である被告がその職務を行うについてした行為である。
したがって、被告は、本件各発言が名誉毀損に当たるかどうかにかかわらず、個人として損害賠償責任を負うことはない。
(2) 争点(2)(本件各発言による原告の社会的評価の低下の有無)について
〔原告の主張〕
被告は、原告の名誉を毀損しようとして、故意に本件各発言をした。本件各発言により、原告の社会的評価は次のとおり低下した。
ア 本件発言一及び二について
本件発言一及び二は、本件施設が福祉の在り方と大きくかけ離れており、福祉施設としての適格性を欠いているため、多くの苦情が出ていることを指摘するものであり、原告の名誉を毀損する。
イ 本件発言三について
本件発言三は、本件施設が苦情処理委員会を設置しないだけでなく、その設置を必要以上に怠っているとの印象を与えるものであるから、原告の名誉を毀損する。
ウ 本件発言四について
本件発言四は、本件施設は宝塚市が定めた入所条件を守らないだけではなく、説明責任を果たさず、入所についても不適切な対応をとっているため、多くの苦情が出ていることを摘示するものであるから、原告の名誉を毀損する。
エ 本件発言五ないし一四について
本件発言五ないし一四は、本件施設は入所者に対して説明責任を果たさない上、入所者に対して不当な持ち物検査や面会制限を行ったり、不当に入所者の移動の自由を制限するなどしており、入所者の人権を侵害している、本件施設は、近隣に所在するあゆみ保育園と地域交流を行っているかのような虚偽の報告をしている、本件施設は地域交流に消極的であるため、かえって同保育園から地域交流を断られている、本件施設は、兵庫県から四二項目にわたる監査指導を受けている、本件施設は、地域のボランティアの受け入れを一切拒否している、本件施設は、定款どおりに評議員会を開かないなど適切な運営がされていないなどと摘示しており、原告の名誉を毀損する。
オ 本件発言一五について
本件発言一五は、本件施設の入所者に対する扱いがひどいものであることを摘示しており、原告の名誉を毀損する。
〔被告の主張〕
後に述べるとおり、本件各発言は、市議会議員である被告が議会における正当な活動としてしたものであり、原告の名誉を毀損するためにしたものではない。また、その内容も、原告の社会的評価を低下させるものではない。
(3) 争点(3)(本件各発言の違法性の有無)について
〔被告の主張〕
ア 原告は、被告の発言内容を誤解又は曲解している。また、被告の本件各発言は、真実であるか又は被告において真実と信じるにつき相当の理由があるから、名誉毀損に当たらない。
(ア) 本件発言一について
本件発言一は、本件施設が開設されて以降、入所者などから宝塚市に対し本件施設について苦情が寄せられていたという客観的事実に基づいて行った。
(イ) 本件発言二及び四について
入所者の決定方法については、宝塚市が原告に対して抽選方式で入所者を決定するよう指導し、原告もこれに同意していたにもかかわらず、原告がこれに反する方法を採用したことから苦情等が出されたため、同市が本件施設に対して改善指導を行ったという経緯があったのであり、原告が同市の福祉施策に反する方式で入所者の決定を行ったことは事実である。
また、説明責任の点については、兵庫県が原告に対し、「サービスの提供にあたっては懇切丁寧を旨とし、入所者又は家族に対し処遇上必要な事項について、理解しやすいように説明を行うこと。」との指導監査をした結果や、入所の申込者から宝塚市に対し、「(原告の要望に)応じない場合は、入所できないような言い方で、怖いほどであった。」などと苦情が寄せられたことなどに基づいて発言した。
(ウ) 本件発言三について
本件発言三は、本件施設の苦情処理委員会に第三者を加えるよう求めた宝塚市の指導を肯定的に評価したものであって、被告は、本件施設における苦情処理委員会が未設置であることを問題としたわけではなく、原告は被告の発言を曲解している。
(エ) 本件発言五について
本件発言五は、被告が宝塚市介護保険課に文書照会した結果得られた回答を踏まえて行ったものであり、同回答には、持ち物検査について入所者から苦情が出たこと、原告も同苦情のあったことを認めていたことが記載されている。また、宝塚市は、市議会において、持ち物検査の方法に問題があったと評価している旨答弁しているのであるから、本件発言五は、事実に基づくものである。
さらに、被告は、入所者の家族から聴取した入所者の苦情の内容を援用したにすぎないのであり、不当な持ち物検査が行われたと決めつけるような発言をしたわけではない。
(オ) 本件発言六ないし一〇、一二及び一四について
説明責任の点については、被告は、平成一四年一一月八日開催の宝塚市議会決算特別委員会において、同市の鷹尾健康福祉部長が本件施設の入所者の決定方法につき説明責任が果たされていない旨答弁していることに基づいて発言したものである。
面会制限の点については、被告は、宝塚市に苦情が寄せられていたことや、面会制限が入所者にとって精神的に重大な弊害をもたらすことなどから、これを取り上げたものである。なお、原告は相続問題でもめていたため面会制限した旨主張するが、そのような事情は、被告が入手した苦情・受付処理台帳(上記苦情について宝塚市が記録したもの。)を見ても明らかでない。
あゆみ保育園との交流の点については、被告は、あゆみ保育園の関係者や、平成一六年八月に同市保育課の勝目智子副課長から得た情報により、本件施設とあゆみ保育園との交流が中止になったなどの事実を確認したため、指摘したものである。
また、被告は、入所者の家族や同市福祉オンブズ委員などから、本件施設の地域交流スペースが活用されていない旨の情報が寄せられたこと、原告の案内リーフレット(乙七の二枚目)には地域ボランティアを受け入れていない旨明記されていること、兵庫県が本件施設に対して四二項目の監査指導を行ったことなどの客観的事実に基づき、発言した。
さらに、被告は、福祉の充実向上を図る見地から、利用者の権利擁護のためには普通の市民の目線を入れることが必要であり、そのために地域交流スペースの活用及びボランティアの受け入れを推進することが重要であると建設的な発言をしたにすぎないのであって、原告を不当におとしめるような発言はしていない。
(カ) 本件発言一一について
被告は、本件施設において入所者の他の階への昇降が一切禁じられているとか、構造的に昇降が不可能であるという趣旨で発言したわけではなく、入所者が自分の意思で自由に各階を昇降できない、ないし昇降しにくい状況であるという趣旨で発言したにすぎない。また、宝塚市の助役は、被告の本件発言一一に対し、原告はエレベーターを暗証番号により制御しているなどと答弁しており、被告の本件発言一一が事実であることを裏付けている。
(キ) 本件発言一三について
被告は、本件施設の評議員から、評議員会は年に一回程度しか開いていない、それも短時間であると聞いたため、事実かどうか答弁を求めたにすぎない。
(ク) 本件発言一五について
被告は、入所者の家族から宝塚市介護保険課に対し、入所者が介護士に対して故意にセクハラ行為を行ったので退所させるとの通告を原告から受けた旨の苦情が寄せられたことに基づき、発言したのである。
ただし、当該入所者は退所はしていなかったのであり、退所させられたという点については被告の思い違いによるものであったことを認める。
イ 注意義務(相当性)の程度について
議員の議会における発言は、憲法の国民主権、民主主義、地方自治の原理から格段の優越的地位を有しているのであるから、個人の名誉侵害に対する責任追及を重視するあまり、議員の議会における発言を萎縮させて憲法上の上記原理を損なうことのないように十分配慮すべきである。したがって、議員が負うべき注意義務の程度としては、議員をして一応真実であると思わせるだけの合理的な資料又は根拠があることをもって足りるものというべきである。この点につき、原告は、議会に調査権があることや、議員に対して政務調査費用が支給されることなどを理由に、かえって議員については高度な注意義務が要求される旨主張するが、議会の調査権等は、議会や議員の活動を活性化させ、もって上記憲法原理の具体化を図ることを目的としているところ、議会の調査権等を理由に議会発言に関する注意義務を加重すると、かえって議会発言を萎縮させる結果を招き、本来の目的に背馳することになる。したがって、原告の上記主張は妥当ではなく、議員の議会における発言には広範な裁量が与えられており、それに際しての事実調査の方法・範囲も、議員の広範な裁量に委ねられているのであり、発言の対象者から事情聴取しなかったからといって、直ちに議員に責任が生じることはあり得ないというべきである。
被告の本件各発言は、前記のとおり、宝塚市から提供を受けた資料、同市から直接確認した事実、同市議会決算特別委員会における同市担当者の発言、入所者及びその家族などから提供を受けた情報等に基づいてされたものである上、被告の指摘した事実の大部分は、市議会における同市担当者の答弁と合致しているのであるから、被告には、事実関係等についての調査の方法や範囲について責められるべき落ち度はない。
ウ 議員による議会発言の違法性について
議員の議会等における発言は、議員の任務遂行の重要な一環を担うものであり、議会の本来的使命である住民代表機能、立法機能及び監視機能を発揮させ、ひいては国民主権、民主主義及び地方自治という憲法上の基本的原理を実現する上で極めて重要な意義を有するのであるから、憲法上格段の優越的地位にある。したがって、議会発言の内容は議員各自の政治的判断を含む広範な裁量に任せ、その当否は終局的に住民の自由な言論及び選挙による政治的評価に委ねるのが相当であって、議会における発言について、議員は原則として政治的責任を負うにとどまり、常軌を逸した極めて特異な発言を行ったというような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項における違法の評価を受けない。そして、国民主権及び民主主義実現のために議員としての裁量に基づく発言の自由が確保されるべきことは、憲法上免責特権の定めのある国会議員の場合と同特権の定めのない地方議員の場合とで本質的に異ならないことからすると、このような法理は、免責特権の定めの有無には関係なく地方議員にも妥当する。
被告の本件各発言は、前記のとおり原告を不当におとしめるものではなく、宝塚市における福祉施策の発展を願ってされたものであり、本件施設の建設には同市から約三億六六九三万円という巨額の補助金が投じられ、その運営費は同市民である被保険者の保険料等によって賄われていることなどからすると、被告が同市議会議員として本件施設の運営等について発言することは正当な議員活動であり、違法の評価を受けない。
〔原告の主張〕
ア 本件各発言の真実性について
(ア) 本件発言一について
被告は、本件施設についてどのような苦情があったのかを明らかにしておらず、本件発言一は真実であるとはいえない。
(イ) 本件発言二及び四について
原告は、入所者を決定するに当たり、抽選をした後、入所希望者の調査を行い、一定の場合には抽選で当たった入所希望者に対して入所の辞退を依頼するなどの方法をとったが、これは、抽選方式では施設の利用を真に必要とする人が本件施設に入所できなくなる結果を避けるためであった。また、原告は、入所希望者に対し、抽選会場において、抽選だけでなく別の基準も考慮して入所者を決定することを説明しているのであり、原告の採用した入所者の決定方法は妥当なものである。これをもって福祉の在り方と大きくかけ離れているとか、不適切な方法であるなどという被告の発言は、事実無根である。
(ウ) 本件発言三について
被告が本件発言三をした平成一四年一二月三日の時点において、本件施設には苦情処理委員会が設置されていたのであるから、被告の発言は、事実無根である。
(エ) 本件発言五について
入所者に対する持ち物検査は、入所者の安全を確保し、入所者の所持品管理を補助するために行っているのであって、正当なものであるから、人権侵害行為ではない。
(オ) 本件発言六ないし一〇、一二及び一四について
本件施設が開所当初に兵庫県から四二項目の監査指導を受けたのは事実であるが、開所当初に行政から監査指導を受けるのは、本件施設に限らずごく普通のことであるし、入所者の面会を制限したことがある点については、当該面会希望者が相続問題でもめている親族であったことから、トラブルを避ける目的で身元引受人等の意思により面会を拒絶したにすぎないのであり、いずれも被告が指摘するような問題のあることではない。
また、本件施設は、あゆみ保育園との地域交流を継続して行っている上、平成一四年一〇月六日及び同月二〇日にボランティアの受け入れを行っており〔なお、ボランティアの日常的な受け入れは一切行っていない旨が記載された本件施設の案内リーフレット〔乙七の二枚目)は、原告が作成したものではない。〕、さらに、本件施設に設置されている地域交流スペースでは小場自治会等が自治会を開催するなどしているのであるから、被告のこれらについての発言はいずれも虚偽である。
(カ) 本件発言一一について
本件施設では、認知証などで徘徊のおそれがある入所者の安全を確保するために、入所者の各階の移動については暗証番号を用いているものの、そのようなおそれのない入所者は、暗証番号を用いて自由に各階を移動することができるのであり、被告の発言は虚偽である。
(キ) 本件発言一三について
本件施設は、定款どおりに評議員会を開催しているのであり、被告の発言は虚偽である。
(ク) 本件発言一五について
本件施設において、入所後三週間でセクハラを理由に退所させられた者はいないのであり、被告の発言は虚偽である。
イ 本件各発言の相当性について
被告の注意義務、すなわち本件各発言を真実と信じるに足りる相当な理由の有無については、被告が地方議会議員であることからすれば、通常の名誉毀損に係る発言よりも高度な注意義務が課されるべきである。なぜなら、地方議会には地方自治法一〇〇条所定の調査権があり、そのために、議員には政務調査費用が支給されているのであって、議員は一般通常人よりも容易に発言の前提となる事実の調査を行うことができる上、議会における発言は公開の場でされており、事後的にもホームページ等で広く長く周囲の目にさらされるなどの事情があるからである。
本件において、被告は、本件施設を訪問したり本件施設の職員と交渉したりすることもせず、また、本件施設、原告あるいはあゆみ保育園などの担当者から事情を聴取したり事実確認をしたりするなどの調査も行っていないのであって、十分な調査を行ったとはいえない。
したがって、被告において本件各発言が真実であると信じるに足りる相当な理由はない。
なお、本件各発言は、議会における質問の中でされているものの、事実関係を確認したり質したりするという類のものではなく、質問の前提事実として、すなわち、客観的な事実として述べられ、繰り返し強調されているものである。しかも、本件各発言の内容は虚偽であり、本件施設等に対する事実確認等も一切されていなかったことからすると、被告は、本件施設に対する悪意をもって本件各発言をしたものというほかはない。さらに、被告は、議会における発言である本件各発言が議事録に記録され、宝塚市のホームページ上で公開されることを熟知していたのであって、これらのことからすると、本件各発言は悪質である。
(4) 争点(4)(損害額)について
〔原告の主張〕
原告は、様々な苦労を重ねながら本件施設を運営してきたにもかかわらず、被告の悪意に満ちた本件各発言により、大きく名誉を毀損され、本件施設の職員を含む職員らは大きな精神的衝撃を受けたのであり、これを慰謝するための損害賠償額は、二〇〇〇万円を下らない。また、弁護士費用としては二〇〇万円の支払が相当である。
さらに、本件各発言が宝塚市議会定例会等でされ、議事録として保存・公開されているので、原告の名誉を回復するため、同定例会で被告が訂正・謝罪発言をした上で、その内容をホームページ上で公開する必要がある。
〔被告の主張〕
争う。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(個人責任の有無)について
前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、被告は、平成一四年一二月三日開催の宝塚市議会の定例会、同月六日開催の同定例会、平成一六年九月七日開催の同定例会及び平成一四年一一月八日開催の同市議会の決算特別委員会において、宝塚市議会議員として、同市当局に対する質問・指摘をするに当たり、その前提や内容として、別紙発言一覧表「発言内容」記載のとおりの本件各発言をしたことが認められ、これらの事実によれば、本件各発言は、宝塚市議会議員(公務員)である被告が、その職務行為として行ったものであることは明らかである。また、被告の同市議会における質問その他の発言が公権力の行使に当たることも、多言を要しないところである。
そして、公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責めに任ずるのであって、公務員個人は、民法上も国家賠償法上もその責任を負わないと解するのが相当である(最三小判昭和三〇年四月一九日民集九巻五号五三四頁、最二小判昭和五三年一〇月二〇日民集三二巻七号一三六七頁参照)。
本件において、原告は、被告がした本件各発言により名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、民法上の不法行為による損害賠償及び名誉回復措置を求めているものであるが、公務員個人である被告が公権力の行使に該当する職務行為として行った本件各発言に関して民法上の責任を負うものでないことは、上記説示のとおりであるから、本件各発言が被告の故意又は過失によって違法に原告に損害を与えたか否かを論ずるまでもなく、原告の本訴各請求はいずれも失当というべきである。
二 争点(2)(本件各発言による原告の社会的評価の低下の有無)及び争点(3)(本件各発言の違法性の有無)について
(1) 本件各請求がいずれも失当であることは前記のとおりであるが、本件各発言が違法に原告の名誉を毀損するものと認められるか否かにつき、以下言及しておく。
一般に、公務員による公権力の行使が違法であるといえるためには、単に、国民の法益を侵害したというだけでは足りず、当該公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背した場合であることを要するものと解すべきであるところ、地方議会は、住民の代表機関であるとともに、地方公共団体の議決機関であり、立法機関であって、民主主義と地方自治という憲法の基本理念に照らし、地方議会を構成する議員には可能な限り自由な言論が保障されるべきであるから、質疑等においてどのような問題を取り上げ、どのような形でこれを行うかは、議員の政治的判断を含む広範な裁量に委ねられている事柄であるというべきであり、議員の質疑等における発言によって結果的に個別の国民の名誉等が侵害されることになったとしても、直ちに当該議員がその職務上の法的義務に違背したということはできない。そして、地方議会の議員につき憲法上免責特権が保障されていないことは、上記判断を左右するものではない。
上記の見地に立って、本件各発言の違法性につき以下検討する。
ア 本件発言一について
《証拠省略》によれば、宝塚市が本件施設の入所希望者やその家族等から本件施設に関する複数の苦情を受けたこと、苦情の内容は、本件施設の職員の態度に誠意がない、入所できなかった理由を明らかにしてほしい、入所できなかった理由に不満があるといったものであったこと、被告は本件発言一をする前に、これらの苦情について記載された書面を入手しており、本件施設に関しこのような苦情が同市に寄せられていることを把握した上で発言したことが認められる。これらの事情に照らせば、本件発言一は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
イ 本件発言二及び四について
《証拠省略》によれば、被告は、宝塚市から三億六九九三万円という多額の補助金を受けて建設された本件施設について苦情が寄せられているにもかかわらず、これらの苦情に対する同市の対応が不十分であることを指摘するに当たり、その苦情の内容を示すために本件発言四を行ったこと、原告と宝塚市とは、本件施設の入所者を決定するに当たり、抽選のみを用いる方法を採用することで合意していたにもかかわらず、原告は、実際に入所者を決定するに当たっては、入所希望者に対して抽選を行った後に、入所希望者の症状等を調査し、原告が本件施設を利用する必要性が高くないと判断した入所希望者に対しては、入所を辞退してもらうという方法を採用したこと、宝塚市は入所希望者等から上記決定方法についての苦情を受けたこと、被告は、本件発言二及び四を行う前に、これらの苦情について記載された書面を入手するなどして、これらの苦情について認識した上で発言したことが認められる。これらの事情に照らせば、本件発言二及び四は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
ウ 本件発言三について
《証拠省略》によれば、本件発言三は、宝塚市による本件施設への指導を評価したものであること、本件施設では、平成一四年一一月中旬ころには第三者を入れた苦情処理委員会が設置されておらず、原告が本件施設に同委員会を設置したのは、同年一二月一日であることが認められる。これらの事情に照らせば、被告が同月三日の時点で、本件施設に同委員会が設置されていないことを前提とした発言をしたことを責めるのは酷といわざるを得ないのであって、被告の本件発言三は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
エ 本件発言五について
《証拠省略》によれば、本件施設が入所者に対して持ち物検査を行ったこと、これに対して入所者から宝塚市に苦情が寄せられたこと、被告は宝塚市に対して文書照会し、本件発言五をする前に、当該持ち物検査の状況や苦情の存在等について同市から回答を得たこと、本件発言五はこの苦情の内容を紹介したものにすぎないことが認められる。これらの事情に照らせば、本件発言五は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
オ 本件発言六ないし一〇、一二及び一四について
《証拠省略》によれば、本件施設の地域交流スペースにおいて小場自治会等が会合を開くなどしたこと、本件施設は、ボランティアを全く受け入れていないわけではないこと、本件施設とあゆみ保育園とは、本件施設が開設された平成一四年四月から、被告が上記発言を行った平成一六年九月七日までの間に、平成一五年六月九日及び同年一一月二一日の二回、同保育園の園児らが本件施設を訪問する形での交流を行っていることが認められるものの、他方、本件発言九、一〇、一二及び一四は、宝塚市が三億六九九三万円に上る建設補助金を本件施設に支出したにもかかわらず、同市の本件施設に対する指導が十分ではないことを問題として指摘するためにされたものであって、直接に原告の姿勢等を批判、攻撃する内容のものではないこと、同市健康福祉部長は、被告が出席していた平成一四年一一月八日開催の決算特別委員会において、本件施設における入所者の決定方法につき説明責任が果たされていない旨答弁したこと、入所者の親族から同市に対し、入所者との面会ができなかったことについて苦情が寄せられたこと〔なお、この点に関し、同市が上記苦情の内容を記録した苦情・受付処理台帳(乙六)からは、面会が拒否された理由が相続問題をめぐる親族間の紛争にあったことまでを読み取ることはできない。〕、被告は、面会制限についての発言をする前に同処理台帳の写しを入手し、上記苦情について認識した上で発言したこと、本件施設が開設された平成一四年四月から被告が発言した平成一六年九月七日までの間に本件施設とあゆみ保育園との間で行われた交流は上記の二回のみであり、平成一六年に入ってからは両者の交流がなかったこと、被告は、同市保育課副課長から、同副課長が作成した書面(本件施設は交流に積極的ではないと感じられるため今後は交流を控えるつもりである旨の、あゆみ保育園の考えが記載されたもの。)を、発言する前に入手しており、あゆみ保育園との交流状況に関する発言は、この情報に基づくものであったこと、被告は、入所者の家族等から地域交流スペースが活用されていないとの情報を得ており、地域交流スペースに関する発言は、この情報に基づくものであったこと、本件施設は、入所者と話をするボランティアを受け入れるなどしていたが、いずれも単発的なものであり、本件施設以外の同市内の特別養護老人ホームと比較して受け入れ人数が少なかったこと、被告が同市から提供された本件施設の案内リーフレット(乙七の二枚目)には、本件施設はボランティアの日常的な受け入れを行っていない旨記載されており、ボランティアの受け入れに関する被告の発言は、これらの情報に基づくものであったこと、兵庫県は、本件施設に対して指導監査を行い、その結果四二項目にわたる問題点を指摘していたのであり、被告は、この事実を把握した上で発言したことが認められる。これらの事情に照らせば、本件発言六ないし一〇、一二及び一四は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
なお、原告は、乙七の二枚目は原告が作成したものではないと主張するが、《証拠省略》によれば、乙七の二枚目は、宝塚市が被告に対して本件施設に関する情報を提供するために交付したものであって、体裁にも特に不審な点はないことが認められるから、記載内容の真偽はともかく、被告がこれを市議会における発言のための資料に用いたことに違法、不当な点はないというべきである。
カ 本件発言一一について
《証拠省略》によれば、原告が本件施設において入所者による各階間の移動を制限していたのは、認知症の入所者や徘徊癖を有する入所者等の安全を確保するためであることは認められるものの、他方、本件発言一一は、宝塚市が、同市が建設補助金として三億六六九三万円を支出した本件施設に対して十分な指導を行っていないことを指摘する目的でされたものであること、本件施設は、エレベーターの使用に暗証番号を用いることによって、入所者によるエレベーターの使用を制御していたのであり、そのような措置を講じることの適否はともかく、事実としてすべての入所者が自由に各階間を移動できるようには必ずしもなっていなかったこと、被告は、本件施設の入所者は自分の意思で他の階に移動できない旨の情報を入所者の家族から得ており、上記発言は、この情報に基づくものであったことが認められる。これらの事情に照らせば、本件発言一一は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
キ 本件発言一三について
本件発言一三は、その発言内容自体から、それが第三者からの伝聞に基づく情報であることが明確にされていることに加え、《証拠省略》によれば、被告は、本件発言一三に続けて、「事実について答弁をお願いしたいというように思います。」と発言しているのであって、評議員会が定款どおりに開催されていないことを断定しているのではなく、本件発言一三の内容が事実かどうかの確認を宝塚市当局に求めているにすぎないこと、被告は、本件施設の評議員から、評議員会は年に一回程度しか開催されていないなどの情報を得ており、上記発言は、この情報に基づくものであったことが認められる。これらの事情に照らせば、被告の本件発言一三は、違法性がなく名誉毀損に当たらないというべきである。
ク 本件発言一五について
《証拠省略》によれば、原告は、介護士に対するセクハラ行為を理由として入所者が退所させられたと発言したものの、実際には当該入所者が退所させられたとの事実はなかったことが認められるが、他方、被告は、宝塚市の本件施設に対する指導が不十分なのではないかとの趣旨に基づく一連の質問の中で、同市当局による指導不足の一例として上記内容を指摘したにすぎないこと、同市は、本件施設の入所者の家族から、入所者が介護士にセクハラ行為を行ったと本件施設の職員から言われた、その際、本件施設の職員から人間の尊厳を侮辱するような発言をされたなどの苦情を受けており、被告は、そのような苦情があったことを把握した上で上記発言をしたものであること、被告は、単純な思い違いから入所者が退所させられたと誤った発言をしたにすぎず、本件施設に対する敵意や悪感情からそのような発言をしたものではないことが認められる。これらの事情に照らせば、本件発言一五は、違法性がなく名誉毀損には当たらないというべきである。
(2) 以上のとおり、本件各発言は、その内容が概ね真実に合致しているか、又は相当性を欠くものではなく、それが市議会議員の議会における質疑等における発言であったことを考慮すると、いずれも違法性を有するものではないというべきである。したがって、この点においても、被告が原告に対する損害賠償等の責任を負うとは認められない。
三 結論
よって、原告の本訴各請求は、その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないから、これらを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井寛明 裁判官 井川真志 平手里奈)
<以下省略>