大阪地方裁判所 平成17年(ワ)4380号 判決 2007年7月26日
大阪市<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
田端聡
同
荒井俊且
東京都中央区<以下省略>
被告
野村證券株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
辰野久夫
同訴訟復代理人弁護士
尾崎雅俊
同
阿部宗成
主文
1 被告は,原告に対し,1404万8699円及びこれに対する平成17年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,4682万8997円及びこれに対する平成17年6月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告から6種類の投資信託の受益証券(以下,単に「投資信託」と表記する。)及び日経平均ノックイン債を購入した原告が,被告担当者の勧誘行為等に適合性原則違反,説明義務違反の不法行為ないし債務不履行があったと主張して,被告に対し,使用者責任(民法715条1項)による損害賠償請求権ないし債務不履行による損害賠償請求権に基づき,取引により生じた損失である4282万8997円及び弁護士費用相当分400万円の合計4682万8997円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成17年6月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告は昭和13年生まれの女性である。
イ 被告は,大手証券会社であり,原告による取引を担当していたのは,被告天王寺駅支店の社員B(以下「B」という。)と同C(以下「C」という。)である。
なお,Bが原告との取引を担当していた期間は平成9年12月1日から平成14年3月31日までであり,その後はCが担当した。
(2) 原告の実兄であるD(以下「D」という。)は,かねてから,被告天王寺駅支店にて証券取引を行っており,また,昭和60年には原告名義の取引口座が開設された。
Dは,平成11年○月○日に死亡し,Dが被告に預託していた株券等は,Dと養子縁組を行っていた原告が相続することになった。
(3) 原告は,被告との間で,平成11年11月5日から平成17年2月14日まで,別紙取引一覧表記載のとおりの各取引(以下,総称して「本件取引」という。)を行った。
(4) 原告は,上記(3)の取引のうち,投資信託(①フィデリティ・ジャパン・オープン〔以下「本件①商品」という。〕,②ノムラ日本株戦略ファンド〔以下「本件②商品」という。〕,③ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドD〔以下「本件③商品」という。〕,④ジャナス・グローバル・ライフサイエンス・ファンドD〔以下「本件④商品」という。〕,⑤ファンドR&R〔以下「本件⑤商品」という。〕,⑥フィデリティ・中小型株・オープン〔以下「本件⑥商品」といい,上記6種類の投資信託を総称して「本件各投資信託」という。〕)及び日経平均ノックイン債であるスウェーデン輸出信用銀行債(以下「本件ノックイン債」という。)の取引(以下まとめて「本件各取引」という。)によって,合計4282万8997円の損失(但し,スウェーデン輸出信用銀行債にかかる利金を算入しない額)を被った。
3 争点
(1) 適合性原則違反の有無
(2) 説明義務違反の有無
(3) 被告が賠償すべき損害額
4 各争点に関する当事者の主張
(1) 適合性原則違反について
【原告の主張】
ア 適合性原則の意義
適合性原則は,証券取引における最も基本的な投資勧誘ルールであり,証券会社が投資勧誘に際して,投資家の意向,資力,知識,経験の能力等に鑑みて,適合しない取引を勧誘してはならず,顧客の属性に最も適した取引を勧誘しなければならないとの原則をいう。
この原則は,平成10年の法改正において,断定的判断の提供の禁止等と同様,証券会社を名宛人とする禁止規定という最も直接的な形で規定されるに至った(43条)。
イ 他の違法要素との関係
ところで,適合性原則違反の問題は,説明義務違反などの他の違法要素と複合的に問題にされており,説明義務違反等の認定・評価における重要な前提事実となる。
ウ 本件各取引と適合性原則違反
(ア) 原告の属性
a 原告は,歯科医師の免許を有する昭和13年生まれの女性であり,平成9年までは,東京に在住しており,大学病院にしばらく在籍した後,開業医として勤務していた。しかし,実母が病に倒れたため,平成9年に大阪市<以下省略>のD所有の自宅兼診療所に転居して,実母と同居し,以後は実母の看病に専念していた。
b 原告には,被告天王寺駅支店での取引以外には,証券取引をはじめとする投資経験は一切ない。
なお,かねてから被告天王寺駅支店にて証券取引を行っていたDは,生前の昭和60年,原告名義の取引口座を開設して割引国債を購入し,これが平成2年に償還された際,その償還金をもって公社債投信を購入したことがあった。
また,前記のとおり,原告は,東京に在住中は大学病院にて研究や治療活動を行っており,その後は実母の看病を行っていたこともあって,一般的な経済知識は豊かとは言えない状況にあった。
(イ) 取引対象の商品内容から見た適合性の欠如
a 投資信託
本件各投資信託は,いずれも株式への投資に制限を設けず,株式の組入を高位に保つものばかりとなっている。
これらのうち,本件①,②,⑤,⑥商品は,いずれも主要投資対象には上場銘柄のみならず店頭銘柄も含まれ,本件⑤商品以外は外国株も投資対象とされている。これらの投資信託は,「高成長企業(本件①商品)」「大中型バリュー,大中型グロース,小型ブレンド(本件②商品)」「リバイバル銘柄,リバウンド銘柄(本件⑤商品)」「中・小規模の高成長企業(本件⑥商品)」といった観点からの積極投資を行うものとなっており,株式投資信託の中でも相対的にリスクが高いものとなっている。
また,本件③,④商品は,外国投資信託であり,それぞれ,「テクノロジー」「ライフサイエンス」という観点から「全世界の成長力ある企業」に投資するものとなっている。しかも,規制ある市場で取引されていない証券にも投資でき,ヘッジ目的に限定しないコール・オプションの発行やプット・オプションの取得もできることとされている。
原告にはもともと株式取引(新規買付)の経験が全くなく,これを行う意向もなく,取引開始後もBの主導の下に言われるがままに取引を行っていたに過ぎなかったことを考えれば,以上のいずれの投資信託についても,原告がその仕組みや運用対象ないし運用方針とそこから生じるリスクの質と程度を理解して投資判断を行うことは不可能という他はなく,これらが原告に適合しない商品であったことは明らかである。
b 本件ノックイン債
(a) 日経平均ノックイン債は,購入者が日経平均株価指数オプションを売ることによってプレミアムを受け取り,これを債券のクーポンレートに上乗せすることで高い利回りを実現しているもので,しかも,かような「オプションの売り」は,予め設定されたノックインの条件が満たされることによって発生する。ノックインの条件が満たされて「オプションの売り」が発生したときには,購入者は,予め定められた行使価格と最終の日経平均株価との差額について損失を被ることとなる(差額がプラスとなってもそのことによる利益は得られない)。従って,購入者は,購入時において「償還日までにノックイン条件が満たされるか否か」「償還日における日経平均株価はどの程度になっているか」という2つの点についての投資判断を行わねばならない。
また,クーポンが高率になっているのは,金融工学に基づく計算上,償還日までの株価変動率が高いと考えられているためで,高率のクーポンの裏には,高いリスクが存在している。にもかかわらず,購入者は,購入後に如何なる相場変動が起ころうとも,途中売却によってリスクを回避ないし限定することはできない。従って,購入者としては,購入時における将来を予測しての投資判断にすべてを賭ける他はないこととなる。
(b) 原告が購入した日経平均ノックイン債である,スウェーデン輸出信用銀行債(本件ノックイン債)の概要は以下のとおりである(乙5の1ないし3)。
発行体 スウェーデン輸出信用銀行(格付けAa2)
売出価額の総額 380億円
各債券の金額 100万円
売出期間 平成12年6月15日から同月19日まで
受渡日(発行日) 平成12年6月20日
利率 年4.5%
償還期限 平成13年6月19日
(c) 以上だけを見れば,本件ノックイン債は,格付けAa2の極めて信用性の高い金融機関が発行するものである上,円建であるため為替リスクもなく,にもかかわらず,高利回りという,夢の商品であることとなる。しかし,実際には,本件ノックイン債には,以下の償還条件が付されていた。
file_4.jpg日経平均株価の終値が,平成12年6月15日から評価日(平成13年5月29日)までの間に,一度も1万3600円(基準価格)未満とならなかった場合には,100万円(額面)で償還する。
file_5.jpg日経平均株価の終値が,平成12年6月15日から評価日(平成13年5月29日)までの間に,一度でも1万3600円未満となった場合には,償還額は以下のとおりとなる。但し100万円(額面)が償還の上限となる。
償還額=100万円×(最終日経平均株価終値÷1万6900円〔設定価格〕)
以上要するに,file_6.jpgの場合には,「一度でも1万3600円未満に下落する」というノックインの条件が満たされなかったこととなり,恰も通常の社債と同様に,前記(b)の内容のままに元利金全額が得られることとなる。
これに対して,file_7.jpgの場合には,ノックインの条件が満たされてノックイン・オプションが発生し,購入者は,「設定価格たる1万6900円を基準としての,日経平均株価の下落に応じた損失」という,通常の社債ではあり得ない内容の損失を被ることとなる。これは,実質的,経済的に見て,「行使価格1万6900円の日経平均株価指数のプット・オプション」を売っているのと同様の立場である。つまり,ノックインの条件が満たされると,上記のプット・オプションが発生し,購入者はこれを売ったのと同じ立場に立たされるわけである。
なお,この時期の日経平均株価の推移を見れば,平成12年3月から4月にかけてはいわゆるITバブルによって2万円を突破するに至っていたのが,4月後半から急激に下落に転じ,5月以降は1万5000円台ないし1万7000円台で推移している状態であった。そして,原告が本件ノックイン債を購入した平成12年6月15日の前日たる14日の日経平均株価終値は,1万6654円であった。
このように,それまでの株価上昇傾向が急激に変化を見せ,株価変動の予測が極めて困難な時期(結果的に見ればいわゆるITバブルが崩壊した時期であった)になっていたからこそ,金融工学上,ボラティリティ(株価変動率)が高いと判断され,本件ノックイン債の高いクーポンを設定することが可能になったのである。これを逆に言えば,本件ノックイン債には,相当に高い株価変動リスクがあったわけである。
(d) そして,以上のような仕組債の取引を経験したことがない者にとっては,そのリスクの高さを実感を持って理解することは極めて困難である。
本件ノックイン債の場合には,「日経平均株価が1年先までに一度でも1万3600円未満に下落するか否か」が問題となり,一度でも下落すれば,その後株価がどうなろうが,最終の株価と1万6900円との差額が損失となる(最終の株価が1万6900円以上になれば損失は発生しない)というのであり,この条件を理解すること自体が極めて困難である。しかも,購入者は,途中売却ができない中で,「日経平均株価が1年先までに一度でも1万3600円未満に下落するか否か」と「1年後の日経平均株価が幾らになっているか」の2つを予測して投資判断を行わねばならないのであり,かような判断もまた,一般個人投資家がなし得るものではない。
このように,本件ノックイン債は,基本型のEB(他社株転換可能債)と比べてさえ遙かに難解であり,投資判断も困難であると言えるのであって,原告のごとき属性の者には,到底適合しない商品であった。
(ウ) 取引の経緯や規模から判明する適合性を無視した勧誘
取引の経緯や規模という観点から本件各取引全般を見た場合には,本件各取引が,終始,適合性への配慮を全く無視して行われていたことが一層明らかとなる。
① すなわち,まず,最初の投資信託である本件①商品については,当時の原告には丸紅転換社債しか買付経験がなかったにもかかわらず,実兄の遺産であった株式一切を売却した代金約7350万6871円のうち実に5000万円を投じての買付けが行われている。原告の属性や意向,上記投資信託の商品内容やリスクの大きさを考えれば,明らかに過大な投資であって,適合性への配慮を無視した取引である。
② また,上記投資信託の買付けから2カ月程度のうちに,本件②商品に1100万円,本件③商品に1908万2750円が投じられ,さらに驚くべきことに,ハイリスクのジャンク債であるトルコ共和国債が8700万円もの巨額の資金をもって買い付けられている。その結果,既に平成12年2月の段階で,1億7000万円近い資金が,リスクの高い株式投資信託やジャンク債に投下された状態となるに至っている。
その後も,平成12年4月から8月にかけて,本件④商品に2回に分けて合計639万5712円,本件⑤商品に300万円が投じられ,本件ノックイン債には実に4000万円もの資金が投じられている。これらによって,この時期までにリスクの高い株式投資信託やジャンク債,ノックイン債に投入された資金は,実に2億2000万円近いものとなるに至っている(なお,株式相場は,それまでの上昇基調から平成12年4月後半以降は下落に転じており,これは後にITバブルの崩壊と呼ばれることとなる。)。
これは原告の属性や意向を考えれば異常という他はなく,かような実情は,Bが適合性への配慮を全く無視した勧誘を行い続けていたことを顕著に指し示していると言える。
③ その後,ITバブルの崩壊による株価下落が続く中で,平成12年12月の昭和真空株の買付けを皮切りに,いわゆる新興市場株を中心にした株取引が繰り返されており,しかもその内容を見れば,いわゆるIT株の取引や,新規上場時ないし新規上場後間もない時期の買付けが目立っている。有名企業の上場株の取引経験でさえ乏しかった原告が,かような新興市場株のリスクの高い銘柄についての投資判断を行い得るはずもなく,ここでも,適合性を無視してBの意のままの取引が展開されていたことが明らかである(これらの取引は前記トルコ共和国債と同様,本件の直接の請求対象ではないものの,上記のごとき意味において,本件各取引ないし勧誘の実情を知るにあたって重要であると言える。)。
④ さらには,平成13年1月から7月にかけて,実に合計4300万円を投じての本件①商品の3度にわたる買い増しが行われ,7月には本件⑥商品が700万円で買い付けられている。
これによって,リスクの高い株式投資信託やジャンク債,ノックイン債に投入された資金は,ついに2億7000万円近いものとなるに至っている。ITバブルの崩壊による株価下落が続いていたことを併せ考えれば,まさに異常な状態である(なお,かような異常な取引は,平成14年に入ってBが原告の担当から離れることで,ようやく終わりを見ることとなった。)。
(エ) 小括
以上述べたとおり,Bが担当した本件取引は,終始,適合性への配慮を全く無視して,同社員の意のままに行われていたのであり,中でも本件各投資信託や本件ノックイン債については,重大な適合性原則違反があったことが明らかである。
【被告の主張】
ア 適合性原則について
適合性原則の意義については認める。
イ 原告の属性について
(ア) 年齢及び社会的地位
原告は,本件各取引当時61歳ないし62歳であり,また,原告によれば,歯科医師としての勤務経験を有しているとのことであるから,証券取引についての判断力,理解力に欠けるところはない。
(イ) 原告の資産状況
原告は,D氏の保有資産を相続しており,被告における預り資産(相続にかかる預託有価証券)だけでも,当時の評価額で7000万円を超えていたこと,原告よりBに対し,相続により深慮図序を取得し,その売却を検討している旨の説明がされていること等からすれば,原告が,上記か資産を超える相当な資産を有していたことは明らかである。
また,原告による複数の金融機関から多様な金融商品の勧誘を受けている旨の説明,原告の主張に係るD氏名義の銀行預金の存在等からも,原告が相当な資産家であったことが窺われる。
(ウ) 投資知識,投資方針,投資目的
原告は,現在の三菱東京UFJ銀行及び三井住友銀行と取引があったようであり,Bは,原告から,これらの銀行より,投資信託,為替関連商品等の勧誘を受けている旨の説明を受けている。この点,本件ノックイン債の買付時には,原告から,銀行より為替ノックインタイプの預金の購入を勧められている旨の話があり,原告がその商品内容についてBに説明し,意見を求めるというやり取りもあった。
また,原告は,本件各取引の勧誘を受けた際には,Bの説明に対し,理解不十分点については自ら質問を行い,理解を確実にしたうえで取引を行っており,本件各取引の後においても,被告天王寺駅支店主催の各種セミナーに参加し,あるいは各種セミナー資料請求行うなど,投資知識を自発的かつ積極的に収集・習得していた。
Bは,D氏の預託株式及び預託現金についての相続手続を行った際,原告に対し,相続の対象となっている株式は,市場における価格変動の影響を受けるいわゆる市場リスクのある商品であることについての理解を確認した上で,証券会社である被告としては,顧客の意向に応じ,リスクの大小,収益の多寡の点において異なる,多様な商品の提供が可能である旨の説明を行った。
これに対し,原告からは,銀行金利には不満があり,証券取引による資産運用を行いたい旨の申し入れがされている。
これらの事実に鑑みれば,原告が,自らの投資知識等に基づき,被告担当者による説明を十分に理解した上で本件各取引を行ったこと,本件各取引が原告の意向に沿うものであったことは明らかである。
また,預り資産が全て株式であり,取引開始後も株式取引を継続していること等の事実からすれば,原告は,一定の収益性を志向していたといえる。さらに,預り資産から推測される原告の資産状況,原告宅訪問時の自宅の状況,Bと原告とのやり取りの内容等に鑑みれば,原告の投資目的は余裕資金の運用であったことが窺われる。
ウ 本件各投資信託の内容
(ア) 本件①商品
a 運用会社 フィデリティ投信株式会社
b 主な投資の対象
日本の上場株式及び店頭登録株式
c 運用方針等
フィデリティグループのアナリストによる企業訪問を中心とした個別企業分析に基づき,高成長企業(成長性,株価の割安性を指標とする。)を選定し,これに対する投資を行う。
d 主なリスク
有価証券等の価格変動リスク
(イ) 本件②商品
a 運用会社 野村アセット・マネジメント投信株式会社
b 主な投資対象
日本の上場株式及び店頭登録銘柄
c 運用方針等
日本の株式を,①大中型割安株,②大中型成長株,③小型銘柄及び店頭登録銘柄,東証2部上場銘柄に分類し,これらへの配分比率を適宜見直しつつ,分散投資を行う。なお,デリバティブの利用はヘッジ目的に限定されている。
d 主なリスク
有価証券等の価格変動リスク
(ウ) 本件③商品
a 投資顧問会社 ジャナス・キャピタル・コーポレーション
b 主な投資対象
全世界の成長力のあるテクノロジー関連企業の株式
c 運用方針等
純資産価額の65%を,運用会社がテクノロジーの進歩または改善から多大な利益を得ていると考える企業(インターネット,コンピューターインフラストラクチャー,ソフトウェア,エレクトロニクス等の業種が含まれる。)に投資する。
d 主なリスク
有価証券等の価格変動リスク
為替の変動リスク
但し,原告が買付けたAポートフォリオは,円以外の通貨建部分の80%から100%につき,為替ヘッジを行うこととされており,相当程度の為替リスクはヘッジされる。
e なお,「Aポートフォリオ受益証券は,円以外の通貨に対し,円高時においても円安時においてもヘッジされるものであり,従って,Aポートフォリオ受益証券は円以外の通貨に対する円高から投資者を保護する一方,円安による利益の享受もかなり制限される」とされている。
また,当該投資信託においては,file_8.jpg規制ある市場で取引されていない証券への投資及びfile_9.jpgヘッジ目的に限定しないオプション取引に関し,前者は,「投資制限に従い」,後者は「投資制限により認められる範囲内で」のみ,それぞれ行うことができることとされている。
その上で,投資制限としては,file_10.jpgにつき,公認の証券取引所または他の規制市場で取引されていない証券への投資額がファンドの純資産総額の10%以下であること,file_11.jpgにつき,当該オプションが証券取引所に上場されているか,または規制のある市場で取引されていること,オプションの取得価格(プレミアム)がファンドの純資産総額の15%以下であること等が定められている。
(エ) 本件④商品
a 投資顧問会社 ジャナス・キャピタル・コーポレーション
b 主な投資対象
全世界の成長力のあるライフサイエンス関連企業の株式
c 運用方針等
純資産価額の65%を,運用会社がライフサイエンス志向であると考える企業(ヘルスケア,医薬品等に関連する製品またはサービスについて研究,開発等の分野で,主に特定の製品,技術,特許または市場における他の有位性を有している結果,成長が見込まれる企業)の証券に投資する。
d 主なリスク
有価証券等の価格変動リスク
為替の変動リスク
但し,原告が買付けたAポートフォリオの内容と機能は,本件③商品(前記(ウ)d)と同一である。
e Aポートフォリオ受益証券が円以外の通貨に対し,円高時においても円安時においてもヘッジされるものであること並びにfile_12.jpg規制ある市場で取引されていない証券への投資及びfile_13.jpgヘッジ目的に限定しないオプション取引に関する取り決めは,本件③商品(前記(ウ)e)と同一である。
(オ) 本件⑤商品
a 運用会社 野村アセット・マネジメント投信株式会社
b 主な投資対象
日本の上場株式及び店頭登録銘柄
c 運用方針等
企業の再生・復活が期待できる銘柄(PER等のバリュエーション指標からみて株価が割安である銘柄の中から,経営計画の進行や業績の改善等を考慮し,投資対象を選定する。),今後の株価の反発が期待できる銘柄(過去1年程度以内につけた高値からみて株価が大きく値下がりしている銘柄の中から,収益・売上高の伸び,業界内競争力等を考慮し,投資対象を選定する。)に投資する。
基準価額が12,000円以上となった場合は,公社債など安定資産による運用に切り替える。
なお,デリバティブの利用はヘッジ目的に限定されており,外貨建て債券への投資は行わないものとされている。
d 主なリスク
有価証券等の価格変動リスク
(カ) 本件⑥商品
a 運用会社 フィデリティ投信株式会社
b 主な投資対象
日本の上場株式及び店頭登録銘柄
c 運用方針等
比較的中小規模(時価総額,発行済株式数等を勘案して分類する。)の高成長企業(市場平均等と比較し高い成長力があり,かつ,その長期的な持続が可能と判断される企業)を選択し,これらに対する利益等の成長性と比較して妥当と判断される株価水準での投資を,マザーファンド受益証券への投資を通じて行う。
d 主なリスク
有価証券等の価格変動リスク
エ 原告の本件各投資信託についての理解
原告は,Bに対し,自ら銀行金利に不満があり,証券取引による資産運用を行いたい旨述べて,被告との取引を開始しており,個別の取引時にも,理解不十分な点については,自らBに対して質問を行い,理解を確実にしていた。また,原告自身,本件各投資信託の買付以前に,取引銀行から投資信託の勧誘を受けているものである。
これらの事実,その他上述した原告の属性からも,原告が,本件各投資信託についての勧誘を受ける以前から,株式や投資信託について一定の知識を有しており,かつ,本件各投資信託の商品内容についての理解力に欠けるところがないことは明らかである。
オ 本件ノックイン債の仕組み
(ア) 本件ノックイン債の起債から償還に至る経緯
本件ノックイン債は,いわゆる日経平均連動(リンク)債であるところ,日経平均連動債に係る起債から償還に至る一般的な経緯は,概要以下のとおりであり,本件ノックイン債も,同様の経緯で起債ないし償還されている。
アレンジャー(本件ノックイン債では,被告がこれにあたる。)が,市場の動向,顧客のニーズ等に鑑み,各種検討を行った上で,日経平均連動債の発行条件等を企画の上,発行体(本件ノックイン債においては,スウェーデン輸出信用銀行がこれにあたる。)に対し,日経平均連動債の発行を勧誘する。
発行体は,購入者たる投資家に支払うべき利金(クーポン)につき,アレンジャーとの間で協議を行い,ボラティリティ(株価変動率)の他,多種の要素を考慮して,その額を決定し,日経平均連動債を発行する(この点については,発行体にとって一般的な社債を発行する場合と同様である。)。
一方,アレンジャーは,償還条件を定め,発行体との間でスワップ契約を締結する(なお,このスワップ契約は,償還条件によって発行体が負うべきリスクを変化させることを目的とするものではなく,むしろリスクを変化させないことを目的とするものであるため,スワップ契約の締結に関わらず,発行体が負うべきリスクは,一般的な社債を発行する場合と同様のものである。)。
購入者は,発行体より債券を購入し,以後,発行条件に従って利金を受領する。
発行体は,一般的な社債を発行して調達した資金と同様に,購入者より調達した社債元金を自らの使途に従い利益を得ようとする。
購入者は,償還期限において,償還条件に従い償還を受ける。
このように,本件ノックイン債に係るスワップ契約は,発行体とアレンジャーとの間で行われる顧客とは全く無関係のものである。
従って,本件ノックイン債の購入により,顧客が,直接プットオプションの売買を行うことになるものではなく,顧客は,日経平均株価が基準価格未満となった場合に,償還条件において規定された算式に従った償還を受けることになるに過ぎないのである。
(イ) 償還条件
本件ノックイン債の償還条件は,以下のとおりである。
①平成12年6月15日(当日を含む。)から評価日(平成13年5月29日または翌取引所営業日。当日を含む。)まで(同期間を参照期間という。)の取引所営業日に,日経平均株価の終値が一度も基準価格である1万3600円未満とならなかった場合には,額面通りの額が償還されるが,②同期間に,日経平均株価の終値が,一度でも基準価格未満となった場合には,100万円×最終日経平均株価終値/設定価格(1万6900円)の計算式に基づいて算出される償還額(但し,額面の額を上限とする。)につき償還がされることとされているものである。
従って,日経平均株価が基準価格未満となった場合に,購入者に発生する損失は,理論上の最大値としても,額面額に限定される(なお,額面全額の損失が生じるためには,日経平均株価が0円となる必要がある。)。
カ 本件ノックイン債のリスク及びこれについての原告の理解
(ア) 上述の起債の経緯等からも明らかなとおり,購入者たる顧客との関係において本件ノックイン債の有する主なリスクは,その社債たる性質に基づく①発行体の信用リスク,及び償還条件等との関係における②日経平均株価の変動リスクであり,顧客はこれらのリスクを踏まえつつ,投資判断を行うこととなる。
このように本件ノックイン債は,原告が主張するような,「難解でリスクが高く,極めて高度の投資判断が必要となる商品」などではない。
(イ) 本件ノックイン債に関する背景事情及び利金とリスクとの関係
この点,原告は,プレミアムの算出方法及びその設定数値の妥当性に関し「(プレミアムの)計算には,ブラック・ショールズ公式や,統計的な数値であるボラティリティ(株価変動率)などが用いられることとなるが,これは個人投資家には全く無縁の,理解できる余地のない世界であって,投資家側から,果たして妥当な数値が設定されているのかどうかを検証する術はない」とし,その他,アレンジャーによるヘッジ取引の存在,「クーポンが高率になっているのは,金融工学に基づく計算上,償還日までの株価変動率が高いと考えられているためで,高率のクーポンの裏には高いリスクが存在している」旨等を挙げ,あたかも本件ノックイン債への投資判断につき,これらの各事項の理解が不可欠であるかの如く主張し,本件ノックイン債が「原告に適合しないことは一見して自明である」とする。
しかし,利金の算出方法,その設定数値の妥当性及びアレンジャーによるヘッジ取引の存在は,いずれも顧客には何ら関係のない事項であり,かつ,顧客との関係で本件ノックイン債が有する上述の各リスクに影響するものでもないことからすれば,これらの事項の理解が顧客の投資判断に不可欠のものであるとまでは言えず,その理解が必ずしも容易ではないことをもって,適合性原則違反ないし説明義務違反を論ずるのは失当である。
また,一般論として,顧客が受け取るべき利金等が高率であれば,当該商品のリスクが高いことは,広く周知されている事実であり,原告の主張するとおりであるが,上述のとおり,本件ノックイン債に係る利金の算出は,株価変動率以外の諸要素をも考慮して行われていることから,利金の率と株価変動率とは必ずしも連動しない。そのため,原告が述べるように,一義的に,高率のクーポンの裏には高いリスク(株価変動リスクを指すと思われる。)が存在するといえるものではない。
(ウ) 償還条件について
原告は,本件ノックイン債の償還条件について「この条件を理解すること自体が極めて困難である」と主張する。
しかし,本件ノックイン債の償還条件は,日経平均株価の変動リスクを理解する者であれば,容易に理解し得るものであるところ,日経平均株価の変動リスクは,現物株式の株価変動リスクと基本的に異なるものではない。
原告は,本件ノックイン債の買付以前において,自らの判断で,各種現物株式を買付けている。また,いうまでもなく,日経平均株価については,日々,日本経済新聞を含む一般紙に掲載されており,かつ,TV,インターネット等においても公開されるなど,その意味内容は,証券取引を行う者に限らず,広く一般に周知されているものである。さらに,本件ノックイン債の目論見書(乙第5号証の2)6頁においては,「日経平均株価終値の過去の推移」として,本件ノックイン債の募集時直近の同指数の推移が記載されている。
これらの各事実に鑑みれば,原告が,日経平均株価の変動リスク,ひいては本件ノックイン債の償還条件を理解していたことは疑いない。
なお,平成13年7月23日の日経225連動型上場投資信託の買付けは,原告より,Bに対し,日経平均に連動する投資信託が上場していると聞いており,これを買付けたい旨の問い合わせがあったことを契機として行われたものであり,このことからも,原告が日経平均株価の変動リスクを理解していたことが伺われる。
キ 以上のとおり,原告の適合性違反の主張は,本件ノックイン債の商品内容等,投資判断に必要な情報と本件ノックイン債の設計手法等の背景事情とを混同し,かつ原告の属性をあえて無視した不合理なものといわざるを得ず,失当である。
(2) 説明義務違反について
【原告の主張】
ア 説明義務の意義
平成13年4月より施行された金融商品の販売等に関する法律においては,すべての投資家(プロの機関投資家を含む)との関係におけるほぼすべてのリスク商品(銀行預金すら含まれる)の販売について損害賠償責任と直結した一般的な説明義務が規定されるに至っている。しかも,同法の説明義務は,勧誘を前提としていない点で,従来の判例法理以上に顧客保護を重視したものとなっている。かように,あらゆる投資家,あらゆる金融商品を対象に,勧誘すら要件とせずに損害賠償に直結する義務を認めている関係上,同法が定める説明対象事項は形式的・一般的事項に限定されているが,当然ながら,民法上の不法行為等を根拠とする従前の判例法理上の説明義務は否定されていない(同法6条)。いわば,同法は実質的には一律に最低限の説明義務を定めた「説明義務に関する一般法」として機能するが,顧客の属性や商品の特性等の具体的事案の内容によっては,より具体的な(時にはより高度な)説明義務が認められ,販売業者がこれに違反した場合には不法行為ないし債務不履行責任が生じるわけである。
ここで説明義務のCに立ち返って考えてみるに,商品の内容や危険性についての十分な説明は,いわば投資勧誘の最低限の前提であって,自己責任原則が妥当する前提条件をなすものということができる。とりわけ取引手法や商品内容が著しく多様化,複雑化し,しかもリスク取引を行う意欲もない一般顧客に対して積極的な勧誘を行ってリスク商品を購入させた場合,かような説明義務は極めて重要なものとなっているし,顧客が取引の仕組みやリスクを理解した上で自らの責任で投資判断ができる程度に顧客の理解を得ることが必要である。そして,日本証券業協会公正慣習規則においても,平成13年6月に同規則2条3項で上記のことを前提とした一般的な説明義務が明記されるに至っている。
かような高度の説明義務の措定は,決して証券会社に無理を強いるものではない。
イ 本件各取引と説明義務違反
(ア) 適合性の問題と高度の説明義務
本件において直截に適合性原則違反が肯定されるかどうかは別にしても,前述した原告の属性や意向と本件各取引内容を比較すれば,本件各取引が適合性に疑義を抱かせる内容となっていたこと自体は,常識に照らして明らかである。
そして,適合性に疑義ないし問題がある場合には,説明義務は適合性を確保する手段という側面をも有することとなり,説明の内容,程度も当然ながら通常の場合より高度のものとなる。一般論として言えば,取引の仕組みやリスクの内容と程度について,慎重を尽くした説明を行うべきことはもちろん,顧客が現実に自己責任で投資判断を行えるほどの理解を得るに至ったかを確認した上で取引を行うことが必要であって,通り一遍の形式的な説明のみでは全く不十分なのである。
本件において説明義務違反の有無を検討するにあたっては,かような適合性の問題を常に念頭に置くことが必要である。
(イ) 本件における説明義務
本件において原告に自己責任による取引を行わしめるためには,以下のような事柄を具体的に説明し,理解を得る必要があったと言える。
① 本件各投資信託について
一般的な投資信託の仕組みやリスクについて説明すべきことはもちろん,各個別の投資信託の内容につき,多種多様な投資信託の中でそれが如何なる特質を有し,リスクの質と程度は如何なるものであるのかを具体的に理解させる必要がある。そのためには,別紙投資信託一覧表に記載した商品内容(投資の基本方針,投資対象,分配方針,手数料,信託報酬など)を説明し,さらには,投資対象となる取引(店頭株や外国証券等)の仕組みや,そのリスクの質と程度についても,実感を持って理解できるだけの説明を行う必要がある。
本件各投資信託は6種類であるが,これらすべてにつき,それぞれの相違点を含めて,かような理解を得させることが必要である。
② 本件ノックイン債について
これは実質的にデリバティブを組み込んだ複雑な構造を有する新種商品であるが,「確定利回りの債券」という誤解を招きやすい外形があるだけに,その特殊な商品構造を相当程度理解させて,通常の債券のような安全性の高い商品とは異なり,相当程度の株価変動リスクがあることを現実に理解させる必要がある。
具体的には,通常の債券と同様の債券の性質や条件の説明の他に,以下の4つの事項を説明して理解させることが必要である。
ⅰ) 償還条件
日経平均株価の終値が,平成12年6月15日から評価日(平成13年5月29日)までの間に,一度も1万3600円(基準価格)未満とならなかった場合には,100万円(額面)を償還する。
日経平均株価の終値が,平成12年6月15日から評価日(平成13年5月29日)までの間に,一度でも1万3600円未満となった場合には,償還額は以下のとおりとなる。但し100万円(額面)が償還の上限となる。
償還額=100万円×(最終日経平均株価終値÷1万6900円〔設定価格〕)
ⅱ) 日経平均株価がいかに上昇しても,元本とクーポンを得られるだけであること
ⅲ) クーポンの大半を占めるプレミアム部分は,日経平均株価のボラティリィティ,行使価格の設定水準,残存期間の長さに応じて設定されていることから,プレミアム部分が大きければ大きいほど,日経平均株価下落による償還リスクは高くなること
ⅳ) 購入時から償還時までの間,日経平均株価の価格変動に応じて売却するなどして,損失を回避することができないこと
③ 投資方針の説明義務
さらに,本件の原告のごとく,投資経験がなく,積極的に取引を行う意向もなかった顧客に対して,担当社員が主導して取引を行う場合には,取引全体の投資方針についても説明と確認を行うことが必要である。
本件について具体的に言えば,巨額の資金を敢えてリスクの高い株式投資信託やジャンク債,ノックイン債等に注ぎ込むことについて,その意味やリスクを説明して,原告の意向を確認しつつ取引を行う必要があったというべきである。
(ウ) 本件における説明義務違反
以上述べたところに対し,Bは,有利性を強調した勧誘を行うばかりで,本件各取引における商品の特性やリスクに関する具体的な説明は一切行わなかった。
例えば,本件①商品の最初の購入時の勧誘の際には,Bは,原告方を訪れてフィデリティという外国企業が紹介されたビデオを原告に見せ,「いい会社である,潰れない限り大丈夫である,配当は年に2回あり,銀行より良い」といった説明を行ったのみで,リスクに関する説明を行わなかった。また,原告が,預けたお金はそのまま戻ってくるものなのか,大丈夫か,といった質問を行ったところ,Bは,そのまま戻ってきます,と答えていた。
また,本件②商品の勧誘時には,原告は,テレビコマーシャルでこの商品名を聞いたことがあったため,その旨を述べたところ,Bは,「そうです,凄い人気のヒット商品です」と述べたが,それ以上に商品内容やリスクについての説明をせず,説明資料も一切交付しなかった。
その他の商品の勧誘の際にも,商品内容やリスクについての説明は全くなく,原告は,ただ預けたお金がそのまま戻ってくる安全な商品が購入されたものと認識して,買付けに至ったものである。
結局,Bは,投資経験がなく投資や経済についての知識も関心も乏しい原告が,相続によりDの株や預金を得たことを奇貨として,適合性原則や説明義務を根底から否定するがごとき態様にて,意のままの取引を繰り返していたのである。
かようなBの行為が,説明義務違反の違法性を帯びるものであることは,明らかである。
ウ 総合判断による違法評価
本件におけるBの勧誘行為の違法性の有無や程度は,上述した各違法要素を総合的に判断して決せられるべきである。すなわち,各勧誘行為が原告の自主的判断,自己責任による取引を阻害するものとして,証券会社の誠実公正義務(証券取引法第33条)等に照らして社会的に許容され得ないものと判断されれば,当該勧誘行為は違法視されなければならないわけである。
この点,本件におけるBの勧誘行為は,原告のごとき属性の者に,複雑でリスクの高い商品を,その商品内容やリスクの実態を全く理解させることなく勧誘,販売し,そればかりか,原告の理解の欠如に付け込んで異常というべき巨額の取引を展開し,これによって原告に大きな損失を被らせた点において,全体として強度の違法性を帯びるものである。かような行為が不法行為(ないし債務不履行)に該当することは,もはや明らかである。
【被告の主張】
ア 説明義務の意義については否認ないし争う。
イ Bによる勧誘時の説明について
Bは,その担当期間を通じ,投資信託を勧誘する際あるいは大口の取引を行う際には,その都度,必ず原告宅を訪問し,原告と面談の上,原告の商品についての理解,意向につき,十分に確認して取引を行っていたものである。この点,本件各取引とBが担当したその他の取引との間で,その説明方法,内容等には何らの差異も存しない。
Bは,原告による最初の投資信託の買付けである平成11年12月29日の勧誘の際,原告に対し,本件①商品に関する説明に先立ち,投資信託が投資家から集められた資金を運用会社において運用する金融商品であること,投資対象が株式あるいは債券等であるため,投資信託についても元本が保証されるものではないこと,運用会社が運用を行うが,損益は投資家に帰属すること等,投資信託に関する一般的な説明を行っている。
以下,本件各取引の勧誘時におけるBの説明について,銘柄ごとに,個別に述べることとする。
(ア) 本件①商品の買付け
Bは,平成11年12月29日,原告宅を訪問し,優良銘柄を中心とした,運用期間が長期である投資信託を利用すれば,個別に株式を保有している場合に比べ,リスクを分散する効果が期待できる旨の提案を行い,また,当時予定されていた税制変更に鑑み,保有銘柄の取得価格を明確にするための何らかの手当てをしておく必要がある旨の説明を行ったところ,原告は,相続株式を売却し,投資信託の買付けを行うことを希望した。
そのため,Bは,運用会社であるフィデリティ投信株式会社の概要を説明した上で,本件①商品の運用状況表に基づき,同投資信託が株式を主たる投資対象とするものであること,組入銘柄の市場別の構成,組入上位10銘柄,設定以降の運用状況,組入株式の価格が下落すれば,運用益も下落すること,元本が保証されるものではないこと等について説明を行ったところ,原告から買付けの意向が示されたため,目論見書を交付し,Dからの相続株式の売却及び同投資信託の買付けが行われたものである。
なお,この際,Bは,原告から,Dより相続した株式の保有を継続したい旨の申し出を受けたことはない。また,税制変更については原告自身も懸念していたようである。
平成13年1月23日,同年6月27日及び同年7月27日の追加購入の勧誘の際には,Bは,原告に対し,基準価格の低下を含めた同投資信託の当時の運用状況を説明した上で,平均買付コストの引き下げのために追加購入すること(いわゆる難平買い)もできる旨等の説明を行ったところ,原告が追加購入の意向を示したことから,約定に至ったものである。この点,同年6月27日の買付けの際には,原告より,ノムラ・インカム・ストック・ファンドVを解約して,利益を確定した上で,その元本分の1300万円により,本件①商品を買付けるようにとの要請を受けたことから,これに従って,買付けを行っている。
(イ) 平成12年1月17日 本件②商品の買付け
Bは,本件②商品の勧誘の際,原告に対し,パンフレット(乙2の1)を示しつつ,同商品が国内株式を積極運用し,高収益を目指す投資信託であること,運用対象が主として株式であるため,組入銘柄の価格が下落した場合には,運用益も下落すること,元本が保証されるものではないこと等について説明を行ったところ,原告が買付けの意向を示したため,目論見書(乙2の2),パンフレット(乙2の1,乙2の3)を交付し,約定に至ったものである。
同投資信託については,被告は,原告に対し,買付以降,月次にて運用状況の説明資料を送付している。
(ウ) 平成12年2月21日 本件③商品の買付け
Bは,同投資信託の勧誘の際,ビデオ等を使用し,投資顧問会社であるジャナス・キャピタル社及びその運用方針についての説明を行った上で,主として外国株式を投資対象とする投資信託であるため,為替の変動により,差益ないし差損が生じる可能性がある旨等について説明を行った。
これに対し,原告が,為替相場の変動の影響により,運用益が減殺されることは避けたい旨の要請を行いつつ買付けの意向を示したため,Bは,為替リスクを回避し得るAポートフォリオ(円建,為替ヘッジあり)を選択し,目論見書(乙3)を交付の上,約定に至ったものである。
(エ) 本件④商品の買付け
Bは,平成12年4月4日,同投資信託の投資対象が,主としてバイオテクノロジー関連株式であること,バイオテクノロジーについては,今後,製薬技術への応用が期待されていること,特に,当時進んでいたヒトゲノム解析に基づく遺伝子情報により,製薬技術の飛躍的な発展が予想されていること,外国株式が運用対象であるため,株価の変動による市場リスクに加え,為替相場の変動の影響を受けること等を説明したところ,本件③商品の買付時と同様,原告が,為替相場の変動による影響を受けることは避けたいとの要請を行いつつ,買付けの意向を示したことから,Aポートフォリオ(円建て,為替ヘッジあり)を選択することとし,Bが目論見書(乙4)を交付の上約定に至ったものである。
同年7月6日の追加購入時には,Bは,電話にて,原告に対し,ヒトゲノム解析の終了の報を受け,同投資信託の基準価格が6.6%上昇していることを伝えている。
(オ) 平成12年6月15日 本件ノックイン債の買付け
Bは,同債券の勧誘にあたって,原告に対し,本件ノックイン債の説明文書(乙5の1)を示しつつ,同債券はいわゆる日経平均ノックイン債であること,すなわち,参照期間である平成12年6月15日から同13年5月29日までの間に,日経平均株価が基準価格である1万3600円を下回らなければ,元利金は1年で全額償還されるが,一度でも下回った場合には,評価日である同年5月29日の日経平均株価の終値と設定時の平均株価(1万6900円)に基づき比率償還を行うとの説明を行ったところ,原告から買付けの意向を受け,目論見書(乙5の2及び同3)及び上述の説明文書を交付し,約定に至ったものである。
なお,同債券は,平成12年12月21日にノックインしたが,Bは,翌22日,電話にて,原告にその旨を伝えている。
(カ) 平成12年8月1日 本件⑤商品の買付け
Bは,同投資信託の買付けの際,原告に対し,目論見書(乙6の1)及び要約仮目論見書(乙6の2)を示した上で,新規募集の投資信託であり,経営改革による再生・復活が見込まれる株式や利益の伸び,競争力等と市場の評価が必ずしも一致しておらず,爾後,株価の反発が見込まれる国内株式に投資を行うという運用方針,株式投資信託である以上,組入株式の価格が下がれば,運用益も変動すること等について説明を行ったところ,原告が買い付けの意向を示したことから約定に至ったものである。
(キ) 平成13年7月27日 本件⑥商品の買付け
Bは,同日,上述した本件①商品の追加購入の際,分散投資の一環として,併せて,本件⑥商品の勧誘も行った。Bは,同投資信託の運用対象は,主として中小規模の高成長企業が発行する株式であること,分散投資によりリスクヘッジを行いつつ収益の増大を図ることができること等について説明する一方,同投資信託については,組入銘柄の発行会社が中小規模であるため,リスクも大きいことを説明し,原告の意向確認を行った結果,投資額は900万円とすることとされたものである。
ウ 本件各取引後の情報提供について
(ア) 月次報告書等の送付
被告は,原告に対し,取引が行なわれた月の翌月初めに,「月次報告書」(平成13年10月分以降の名称は,「取引残高報告書」)を送付している。
月次報告書には,時期により若干の様式の差異があるものの,各月次報告書記載の基準日以前に約定に至った取引について,①取引種別ごとの取引内容(受渡日,約定日,銘柄ないし取引名,売買区分,数量,単価,金額及び課税態様等)②基準日現在の預託現金の残高明細③基準日現在の預託証券の残高明細,すなわち証券の種類,銘柄,数量,買付単価,預託年月日,発行会社の決算時期等が記載されており,送付を受けた顧客が一読すれば,基準日現在の自己の取引状況を容易に把握しうる構成となっている。
(イ) Bによる情報提供
Bは,月次報告書の送付の他にも,原告の保有銘柄について情報を入手した際には,その都度,電話により,原告に対し情報提供を行っており,また,原告宅を訪問した際には,その当時の保有銘柄の状況及び取引状況等について説明を行っていたものである。
(ウ) Cによる情報提供
Cは,平成14年6月ないし7月頃,原告より保有銘柄の現状を知りたいとの要請があった際,来店した原告に対し,預託している証券の一覧,保有している投資信託のレポート及びそれらのチャート等を使用し,原告の保有銘柄について,株価,投資信託の基準価格,運用状況等の説明を行っている。
また,その後,原告より,過去の取引分を含めた損益及び入出金の状況がわかる資料を提供してほしい旨の要請を受けたことから,Cは,原告に対し,入出金明細及び売買明細損益明細書を交付している。
さらにCは,その他にも,定期的に,原告に対し,投資信託,為替,債券及び株式の状況について情報提供を行っていたものである。
エ 本件ノックイン債に係る投資判断に必要な情報
(ア) 原告は,本件ノックイン債に関する説明義務の内容として,file_14.jpg償還条件,file_15.jpg日経平均株価がいかに上昇しても元本とクーポンを得られるだけであること,file_16.jpgプレミアム部分が大きければ大きいほど,日経平均株価下落による償還リスクは高くなること,file_17.jpg途中売却による損失回避が出来ないことを挙げ,これらを説明して理解させることが必要であるとしている。
(イ) 上述のとおり,本件ノックイン債の有する主なリスクは,発行体の信用リスク及び日経平均株価の変動リスクであるところ,顧客の投資判断のために必要な情報も,概ねこれらの各点に関するものに集約される。
この点,Bは,本件ノックイン債の勧誘にあたり,原告方を訪問の上,日経平均ノックイン債に関する一般的な説明文書(乙5の1)を示しつつ,本件ノックイン債の償還条件,原則として途中売却が不可能であること,スウェーデン輸出信用銀行の当時の取得格付(Aa2 ムーディーズ・インベスターズ・サービス・インクによる格付け)等についての説明を口頭にて行っている上,これらの事項は,原告に交付した上述の説明文書及び目論見書にも明記されている。
従って,仮に原告の主張を前提とするとしても,file_18.jpg,file_19.jpg及びfile_20.jpgについて,Bは十分な情報提供を行っているといえる。なお,当時,原告は,取引銀行より為替ノックインタイプの預金の勧誘を受けていたものであり,Bに対しても,本件ノックイン債の商品内容についての十分な理解を示していた。
(ウ) また,file_21.jpgについては,上述のとおり,利金の決定については,株価変動率を含む多種の要素により決定されるため,利金の率が高いからといって必ずしも日経平均株価下落による償還リスクが高いとは限らない。
これに加えて,日経平均株価は種々の要素により変動するものであり,その予測は困難であること,当然のことながら,勧誘時において,日経平均株価が基準価格未満とならない可能性もまた存在していたことからすれば,仮に原告が主張するとおり,利金の率が高いことから日経平均株価が下落するリスクが高い旨の説明をするならば,むしろ誤った情報により原告の投資判断を歪めることにもなりかねないものである。
従って,この点についての説明を要する旨の原告の主張は,失当と言わざるを得ない。
オ なお,原告は,本件のように担当社員が主導して取引を行う場合には,取引全体の投資方針についても説明と確認を要する旨主張するが,本件各取引は,原告の自発的かつ自由な投資判断により行われたものであり,「担当社員が主導して」取引を行った事実は存しない。原告の主張は,その前提において客観的事実に反するものである。
カ 以上のように,Bは,全ての本件各取引について,原告の意向を確認した上,同人の合理的かつ適切な投資判断を可能とするのに必要かつ十分な情報提供を行っており,原告は,このBの説明を踏まえ,自発的かつ自由な投資判断により本件各取引を行ったものである以上,原告が利益を享受した取引も含め,全ての取引の結果は,原告の自己責任に帰すべきものであることはいうまでもない。
(3) 被告が賠償すべき損害額
【原告の主張】
ア 本件各取引についての損失額は,以下のとおりである。
① 本件①商品及び本件⑥商品
(いわば一連の取引として行われているので損失は通算で計算) 1252万0503円
② 本件②商品 488万4703円
③ 本件③商品 1491万8400円
④ 本件④商品 202万6512円
⑤ 本件ノックイン債 739万9080円
⑥ 本件⑤商品 107万9799円
合計 4282万8997円
イ 原告は,本件訴訟の追行を原告代理人らに委任した。その弁護士費用は,少なくとも400万円を下るものではなく,これも前記不法行為ないし債務不履行と相当因果関係を有する損害である。
ウ 以上により,原告の損害の総額は,4682万8997円となる。
【被告の主張】
上記【原告の主張】アの損失額は認め,同額を被告が賠償すべきであるとの主張は争う。
同イ,ウを争う。
第3争点に対する判断
1 上記争いのない事実等及び証拠(括弧内に掲記したもの)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告の属性
ア 原告は,昭和13年○月○日生まれの女性であり,昭和54年にa大学歯学部を卒業し,その後は,平成9年に大阪に戻るまで,東京で,歯科医として大学病院に在籍しつつ,アルバイトを行うなどしていた。東京での原告の収入額は,大学病院からの月約4万円と,アルバイトによる月20万円程度であった(原告本人3頁,甲33)。
イ 原告は,母が病に倒れたため,平成9年に,Dが所有していた大阪市<以下省略>にある自宅兼診療所に転居してDや母と同居生活を開始した。以後,原告は,母の看護や家事に専念し,時間があればDの診療所の調剤の手伝いをしていた(原告本人5頁,甲33)。
ウ Dは,平成11年○月○日に大腸ガンで死亡し,Dと養子縁組をしていた原告が,Dが所有していた株式を含め,その遺産(評価額約4億6000万円)を相続することになった(なお,原告は,そのうち約1億7000万円を相続税として支払っている。原告本人9頁)。
原告は,それまで原告を支えてくれ,父親のような存在であった兄のDの死亡によって,多大な喪失感を感じるようになる一方で,相続手続や,Dの死亡によって生じた診療所の処理(カルテの整理や診療報酬関係の事務等も含む。),自宅兼診療所の売却手続等に忙殺されることとなった。Dの診療所の後処理は,平成12年5月に診療所を売却するまで継続した。
また,原告は,Dの死亡に精神的打撃を受けていた母の面倒も見なければならなかった(以上,原告本人6,7頁,甲33)。
(2) 原告の資産状況及び投資経験
ア 本件取引開始時の,原告の資産の評価額は,Dから相続した遺産(約4億6000万円から相続税約1億7000万円を除いた分)及び自らの預金3180万円の合計約3億2000万円であった(原告本人9頁)。
イ 原告は,本件取引前には,投資経験はなく,また,資産を運用して増やすということについても,もともと関心はなかったが(甲33,原告本人4頁),株価が変動するという程度のことは当然分かっていた(原告本人30,31頁)。
(3) 本件各取引における商品の内容
ア 本件各投資信託
(ア) 投資信託とは,投資信託委託会社が投資家より信託を受けて信託財産を運用するもので,これにより投資家が享受する受益権は,投資信託委託会社発行の受益証券に表章される。
(イ) 本件①商品ないし本件⑥商品の,「商品名(種類)」,「発行会社」,「①発行開始時期,②償還日(信託終了日),③収益分配方法」,「手数料,報酬(年率)等」,「運用方法等」は別紙投資信託一覧表1ないし6記載のとおりである。
(ウ) 本件①商品は,株式への投資割合に制限がなく,株式組入比率は高位で,投資対象には上場銘柄だけでなく店頭登録銘柄も含まれ,高成長企業への積極投資を行うものであるため,株価変動のリスクは大きい。また,アジア株式にも投資可能であり,外貨建資産への投資は30パーセントまで認められている。したがって,元本が保証されないのはもとより,有価証券等の価格変動リスク及び各国通貨の円に対する為替レートにより,ファンドの基準価額が変動する為替リスクを有する。もっとも,委託会社であるフィデリティ投信株式会社は,これらの為替変動リスクや価格変動リスクを回避する等の目的で一定の限度額内で先物取引や先物オプション取引等を行うことを指図することもできるが,このような手法があるからといって上記リスクを全く回避することができるというわけではない(甲1の証券情報11頁,13頁以下)。
また,個別企業分析にあたっては,ボトムアップアプローチ(個別企業の調査に基づいて,投資銘柄を選定する運用手法を指す。甲1)によって組入れ銘柄を決定することから,ファンドの基準価額の値動きがわが国の株式市場全体やベンチマークの動きと大きく異なる場合も想定される(以上,甲1)。
(エ) 本件②商品は,主として国内株式を投資対象とするが,株式投資割合に制限がなく,株式組入れを高水準とし,店頭登録銘柄も投資対象に含むことから,元本は保証されず,株価変動リスクを有する。
また,大中型バリュー(大中型割安株),大中型グロース(大中型成長株),小型ブレンド(小型銘柄,店頭登録銘柄,東証2部上場銘柄)の各投資スタイルへの資産配分比率を,基準資産配分比率から大きく乖離させることがあり,その場合,ファンドの基準価額の動きが株式市場全体の動きと大きく異なる場合がある(以上,乙2)。そのため,単に顧客が上場株の取引をする場合に比べ,投資判断が困難になるといった事態も生じ得る。
(オ) 本件③商品は,ファンド資産のほとんど全てを全世界の普通株式に投資することができるため,広範な株価変動リスクを有する。また,ファンドが,米ドルまたは円建てでない証券または通貨を保有する限り,為替リスクを有する。なお,全ての為替リスクを完全にヘッジすることは不可能である。
さらに,本件③商品は,特定業界への投資には集中しないが,一定の市場圧力に応じて反応する企業に投資することができ,同様な関係企業に投資しないファンドよりも価格変動が大きくなり得る。そして,本件③商品は,全世界の成長力ある企業に投資するものとなっているため,小規模または新興企業に投資することもでき,これらの企業の有価証券は,大手企業または評価の確立した企業の有価証券市場よりもその市場は限定されており,大幅な価格変動の対象となりえ,かかる企業への投資は,不安定で投機的であるというリスクも有する。また,低格付け証券にも投資できるが,低格付け証券の発行体は高格付け証券の発行体ほどには財務的に強固ではなく,価格変動を受けやすいというリスクを有する(いわゆる業界リスク,乙3の12頁)。
なお,規制ある市場で取引されていない証券への投資については,公認の証券取引所又は他の規制市場で取引されていない証券への投資額が,ファンドの純資産総額の10パーセント以下である場合にのみ行うとの投資制限がある。また,オプション取引に関しては,投資制限により認められる範囲内(当該オプションが証券取引所に上場されているか,又は規制ある市場で取引されている場合で,かつ,オプションの取得価格[プレミアム]が,ファンドの純資産総額の15パーセントを超えない場合のみ行うことができる。)でのみ行うことができる(以上,乙3の12頁以下,いわゆるマーケットリスク)。
(カ) 本件④商品は,本件③商品と同様のリスクないし投資制限を有する。
さらに,本件④商品は,特定業界への投資に集中しない本件③商品とは異なり,ライフサイエンス志向と考えられる関連業界へ投資を集中させるので,その結果,特定業界の投資に集中している度合いが低いポートフォリオよりも変動リスクが大きくなり得る(いわゆる業界リスク,以上,乙4)。
(キ) 本件⑤商品は,株式組入れを高水準とすることを基本としているので株価変動の影響を大きく受け,株価変動リスクを有する。
また,本件⑤商品は,わが国の株式を投資対象とするものの,リバイバル銘柄,リバウンド銘柄の二つの観点から投資銘柄を選定するので,業種配分等がわが国の株式市場における構成比率と大きく異なる場合も想定され,わが国株式市場全体の動きとファンドの基準価額の動きが大きく異なることがある。
なお,本件⑤商品は,外貨建資産への投資は行わず,デリバティブ(金融派生商品)の利用はヘッジ目的に限定するとの投資制限を有する(以上,乙6の1,6の2)。
(ク) 本件⑥商品は,株式への投資割合に制限がなく,株式組入比率は高位で,外貨建資産への投資は30パーセントまで認められていることから,株価変動リスク,為替リスクを有する。
また,ボトムアップアプローチによって組入れ銘柄を決定することから,ファンドの基準価額の値動きが,わが国の株式市場全体やベンチマークの動きと大きく異なる場合も想定される。そして,投資対象が,わが国の株式のうち,主として中小型株であり,店頭登録銘柄や箱積み株式等も対象とすることから,わが国の上場株式市場の値動きと比較して価格変動が大きくなることがある(以上,甲2)。もっとも,本件①商品と同様,委託会社は上記リスク回避のために一定限度内で先物取引等の運用を指図することができるが(乙6の1の目論見書6頁),リスクを完全に回避できる保証があるわけではない。
(ケ) 原告が購入した本件①商品ないし本件⑥商品の申込手数料はいずれも3パーセントである。
また,本件①商品については,信託報酬年1.5パーセントのうち0.7パーセントを(甲1),本件②商品については,信託報酬年1.9パーセントのうち0.9ないし1パーセントを(乙2の2),本件⑤商品については,信託報酬年1.1パーセントのうち0.5パーセントを(乙6の1),本件⑥商品については,信託報酬年1.6パーセントのうち0.75パーセントを,被告が取得できることとなっている(甲2)。
本件③商品,本件④商品については,それぞれ,年1.5パーセントの投資顧問報酬や年0.8パーセントの代行協会員報酬の負担があり,このうち代行協会員報酬はすべて被告が取得することになっている(乙3,乙4)。
イ 本件ノックイン債
(ア) 日経平均ノックイン債は,償還価格が,一定期間中の日経平均株価の終値によって額面額となったり,あるいは,日経平均株価終値の下落分に応じて決定されるという債券である。すなわち,参照期間(申込期間初日から評価日まで)中に日経平均株価の終値が基準価格を一度も下回らなかった場合は,額面額が償還額となるが,日経平均株価の終値が基準価格を一度でも下回った場合は,日経平均株価に応じた一定の計算式(債券の金額×最終日経平均株価終値÷設定価格)によって償還額が決定されるものである。
基準価格,参照期間及び設定価格は,債券の条件決定時に表面利率とともに設定される。
(イ) 起債から償還に至る経緯
日経平均ノックイン債は,日経平均リンク債と呼ばれるものの一つであり,日経平均リンク債の,起債から償還に至る一般的な経緯については,概要以下のとおりである。
アレンジャー(本件ノックイン債では,被告がこれにあたる。)が,市場の動向,顧客のニーズ等に鑑み,各種検討を行った上で,日経平均リンク債の発行条件等を企画の上,発行体(本件ノックイン債においては,スウェーデン輸出信用銀行がこれにあたる。)に対し,日経平均リンク債の発行を勧誘する。
発行体は,購入者たる投資家に支払うべき利金(クーポン)につき,アレンジャーとの間で協議を行い,金融工学やコンピュータを駆使し,ブラックショールズ公式や,統計的数値であるボラティリティ(株価等の変動率)などを用いた計算によって,その額を決定し,日経平均ノックイン債を発行する。
一方,アレンジャーは,償還条件を定め,発行体との間でスワップ契約を締結する。
購入者は,発行体より債券を購入し,以後,発行条件に従って利金を受領し,購入者は,償還期限において,償還条件に従い償還を受ける。
(ウ) 本件ノックイン債の概要は以下のとおりである。
a 発行体 スウェーデン輸出信用銀行(ムーディーズ・インベスターズ・サービス・インクによる格付けAa2)
b 売出価額の総額 380億円
c 各債券の金額 100万円
d 設定価格 1万6900円
e 売出期間 平成12年6月15日から同月19日
f 受渡日(発行日) 平成12年6月20日
g 利率 年4.5%
h 償還期限 平成13年6月19日
i 償還条件
(a) 日経平均株価の終値が,平成12年6月15日から評価日(償還日の15営業日前,平成13年5月29日)までの間に,一度も1万3600円(基準価格)未満とならなかった場合には,100万円(額面)で償還する。
(b) 日経平均株価の終値が,平成12年6月15日から評価日(平成13年5月29日)までの間に,一度でも1万3600円未満となった場合には,償還額は以下のとおりとなる。但し100万円(額面)が償還の上限となる。
償還額=100万円×(最終日経平均株価終値÷1万6900円[設定価格])
(エ) 購入者は,日経平均株価の終値が,参照期間中に一度でも1万3600円未満になり,評価日において,設定価格(1万6900円)を下回っていた場合には,設定価格である1万6900円を基準として日経平均株価の下落に応じた損失を負うことになる。
したがって,本件ノックイン債は,元本について株価変動リスクを伴い,日経平均株価終値によっては,最終償還価格が100パーセント未満となる可能性がある。
一方,日経平均株価がどれだけ上昇しても,額面金額以上の償還は得られない。
また,本件ノックイン債は途中売却ができない(以上,甲4,5,12,乙5の1ないし3,B証言18,19頁,弁論の全趣旨)。
(4) Bによる勧誘と本件取引の経緯
ア 被告での原告名義の口座開設の経緯
Dは,昭和60年,被告において原告名義の取引口座を開設し,当該口座で,割引国債を購入し,平成2年に償還した後は,その償還金をもって公社債投資信託を購入したが,当該口座を利用した取引はこれ以外にはなかった(甲33)。また,Bは,平成9年12月に被告天王寺駅支店に配属になり,Dの担当になったが,Dが死亡するまで,Dから取引の依頼は受けなかった(B証言34,35頁)。
イ 原告は,Dが死亡し,その遺産を相続したため,平成11年10月ころ,被告に対して相続の事実を告げたところ,Bが,平成11年の秋頃から,原告宅を訪問したり,原告に電話をかけ,相続手続の説明をしたり,被告との取引を勧誘したりするようになった。原告は,Dの相続手続をするようになる前は,自分から被告と接触したことはなかった(甲33,原告本人10頁,B証言35,36頁)。
ウ 原告は,平成11年11月5日,Bに勧誘され,Dの遺産の銀行預金については貸金庫の処理等を含む整理が終わるまでは動かせなかったため,原告自身の預金を原資として,代金1300万円で丸紅普通社債を購入した。丸紅普通社債は,満期が4年,利率は年2パーセント,株式会社日本格付研究所(JCR,以下「JCR」という。)による格付けはDであり,安全性の高い商品であった(甲33,乙11,原告本人11,12頁,B証言36頁)。
エ Dの遺産のうち,被告支店に預託してあった,いずれも東証1部上場企業株式である,住友電気工業株式会社,株式会社日立製作所,松下電器産業株式会社,大日本印刷株式会社,株式会社西洋フードシステムズ,株式会社横浜銀行,日本通運株式会社,株式会社奥村組,味の素株式会社,株式会社ニチレイ,三共株式会社,富士写真フイルム株式会社,東燃株式会社の各株式(以下,まとめて「13銘柄株式」という。)が,平成11年12月14日,原告口座に振り替えられた(甲33)。
オ 原告は,平成11年12月22日に,Bの勧誘を受け,原告自身の預金から1879万6978円を被告に送金し,MMFを購入した。なお,MMFは公社債投資信託であり,利率は低いが安全性の高い部類に属する(B証言36,37頁,甲33)。
このように,原告が本件①商品を購入する前までは,原告が被告から購入していた投資信託商品は上記の安全性の高いもので,購入額も3200万円程度にとどまっていた。
カ 13銘柄株式の売却と本件①商品(フィデリティジャパンオープン)の購入
(ア) Bは,平成11年12月28日,原告の自宅を訪問し,原告に対して,将来,税制の変更があることを告げ,また,Dの遺産である13銘柄株式は,もう古いので,時流にのった新しい銘柄がいいと,これらの売却を勧めたところ,原告は,もともと13銘柄株式を売却する予定はなかったが,Bの上記勧誘によって,13銘柄株式を全て売却した(なお,税制が変更されたのは[源泉分離選択課税が廃止され,申告分離課税に一本化された。],平成15年1月1日からである。)。
Bは,上記株式売却の勧誘とあわせて,原告に対して本件①商品の購入を勧め,原告は,上記13銘柄株式の売却代金7350万6871円のうち,5000万円を用いて,翌29日,本件①商品を購入した(単価1万5722円)。
(イ) 説明内容
Bは,原告に対して,本件①商品を勧める際に,フィデリティ・ジャパン・運用状況と題する書面(乙13)及び目論見書(甲1)を交付した。
Bは,その際,投資信託についての一般的な説明(投資信託は,分散投資効果によってリスクを低くし,一般的な個別銘柄を持つよりリスクを分散しながら運用益を確保できる商品であること,株式投資信託については,株価変動リスクが生ずること及び元本や利回りが保証されるものではないこと等)をした上,本件①商品について,運用する会社や,運用主要銘柄が日本の優良株であること及び過去の運用実績(なお,当時は,相場が良い時期であったので,実績も良好であった。),パフォーマンス等について説明した。
Bは,上記のとおり,一般論として,個別の株式を保有しているよりも,投資信託によってリスクが分散できるという説明をしたが,本件①商品を保有することと,上記13銘柄の株式を保有することとのリスクの比較等については説明しなかった。原告も,上記13銘柄株式をすべて売って本件①商品に5000万円を投ずることについて不満は述べず,また,疑問や不安を言った形跡もない。
また,本件①商品が,株式への投資割合に制限がない株式投資信託であり,東証2部上場銘柄,店頭登録銘柄,アジア株式にも投資可能であること,外貨建て資産への投資も30パーセントまでであれば可能であることについての説明はしなかった。また,手数料が3パーセントであることについては説明したが,信託報酬については説明しなかった。
なお,Bは,本件①商品を勧誘するにあたって,原告に投資経験を明確に聞いておらず,原告の投資意向についても,当時の銀行預金の利率に不満を持っていることを聞いていたのみで,それ以上の意向については聞かなかった(以上,甲29,乙11,B証言8,9,10,32,33,37ないし43,44,46頁)。
キ 原告は,平成12年1月14日,Bの勧誘を受け,上記13銘柄株式の売却代金から,上記5000万円を使用した後の残額を用いて,ソニー株式会社,京セラ株式会社,株式会社エヌティティドコモ,ソフトバンク株式会社の各株式を合計1752万8693円で購入した(甲24,33,乙11)。
ク 本件②商品(ノムラ日本株戦略ファンド)の購入
(ア) Bは,平成12年1月17日,原告の自宅を訪問し,原告に対して本件②商品を勧誘し,原告は,上記13銘柄株式の売却代金残金から1100万円を用いて本件②商品を購入した。
(イ) 説明内容
Bは,原告に対して,本件②商品を勧誘するに際して,目論見書とパンフレット(乙2の1ないし3)を交付した。
Bは,その際,本件②商品が,国内株式を中心に,割安株,成長株,小型株を中心に積極運用し,高収益を目指す投資信託であること,株価変動リスクがあること,元本保証されるものではないこと等を説明した(乙11,B証言12,13,46,47頁)が,それ以上の説明がされた様子はない。
ケ 本件③商品(ジャナス・グローバル・テクノロジー・ファンドD)の購入
(ア) Bは,平成12年2月21日,原告に対し,本件③商品を勧誘し,原告は1908万2750円でこれを購入した。なお,本件③商品の購入原資は,上記MMFを解約して得られた資金であった。
(イ) 説明内容
Bは,原告に対して,本件③商品を勧誘するに際して,目論見書とパンフレット(乙3,9)を交付した。
Bは,その際,本件③商品は,主として,外国のテクノロジー関係の成長企業の株式を投資対象とすること(なお,原告には,当時外国のテクノロジー関係の成長企業についての基礎知識はなかった。),そのため,株価変動リスクのみならず,為替変動により,円安になれば差益を生じ,円高になれば差損が生じる為替リスクが存在すること,本件③商品は,為替ヘッジにより為替リスクを回避できることを説明した。
しかし,円建てで為替ヘッジがある本件③商品によっても,全ての部分について完全にヘッジすることは不可能であることまでは説明しなかった。
なお,原告は,Bの説明を聞いて,本件③商品について不安や疑問を述べなかった(以上,乙11,B証言13,14,48ないし50頁)。
コ トルコ共和国債の購入
(ア) 原告は,本件③商品を購入した翌日である平成12年2月22日,Bの勧誘によって,代金8700万円でトルコ共和国債を購入した。この際,原告は,低格付債に関する確認書(乙1)に署名・押印した。同確認書には,格付けがBBB(またはBaa)に満たない債券に関して,デフォルト・リスクが高いこと,流動性が低いこと等を確認し,自己の判断と責任において取引を行う旨の記載がある。
(イ) 説明内容
Bは,トルコ共和国債を勧誘するにあたって,トルコの国債であること,JCRによる格付けが「BB+」であり投機的格付けであること,償還期限が平成15年3月18日であること,利率が年3.5パーセントであること等について説明した。しかし,Bは,当時のトルコの財政状況が,巨額の債務のため大幅な赤字であったこと,平成11年8月17日に大地震が発生して,将来の財政にダメージを与える可能性があること等,トルコの信用状況について,特段の知識を有していたわけではなく,原告に対しても,トルコの当時の状況等についての具体的な説明はしなかった。
なお,原告は,トルコ共和国債の格付けが投機的格付けであることについて,特段,質問等はしなかった(以上,甲3,乙11,B証言51ないし57頁)。
サ 本件④商品(ジャナス・グローバル・ライフサイエンス・ファンドD)の購入
(ア) Bは,平成12年4月4日,原告に対して,本件④商品を勧誘し,原告は,300万円で本件④商品を購入した。
また,原告は,平成12年7月6日にもBの勧誘により,本件④商品を330万1212円で追加購入した。なお,原告が,本件④商品を追加購入したのは,ヒトゲノム解析の終了のニュースが流れ,本件④商品の基準価格が6.6パーセント上昇したことによる。
(イ) 説明内容
Bは,原告に対して,本件④商品を勧誘するに際して,目論見書及びパンフレット(乙4,10)を交付した。
Bは,その際,本件④商品は,運用対象が外国のライフサイエンス関係の成長企業株式であること,株価変動リスクに加え,為替変動リスクも受けるが,為替ヘッジによるリスクを回避できることを説明した。
原告は,Bの説明を聞いて,本件④商品に関して疑問を述べたり,具体的な質問をすることはなかった。
(ウ) なお,平成12年4月ころは,Dの遺産である大阪市<以下省略>の自宅兼診療所の売却が決まりつつあり,診療所の整理や引越しの準備で,原告にとって多忙な時期であった(以上,甲33,乙11,原告本人18頁,B証言15,16,58,59頁)。
シ 本件ノックイン債の購入
(ア) 本件ノックイン債購入当時の原告の状況
原告は,平成12年5月に,Dの遺産である大阪市<以下省略>の自宅兼診療所を代金1億1000万円で売却し,ゴールデンウィーク後には,現在の住所地に転居した。ところが,原告の母が同年5月29日に大腿骨を骨折し,翌30日,b病院に入院し,同年7月に退院した後は,リハビリのためcホームに入所していた。したがって,原告は,当時,母の付添看護で忙しかった。
(イ) 原告は,自宅兼診療所の売却について,Bに話していたことから,平成12年6月15日,同人から本件ノックイン債の購入を勧誘され,その日のうちに,本件ノックイン債を4000万円で購入した。
(ウ) 説明内容
Bは,原告に対して,本件ノックイン債を勧誘するに際し,目論見書とパンフレット(乙5の1ないし3)を交付した。
Bは,その際,参照期間である平成12年6月15日から平成13年5月29日までの間に,日経平均株価が1万3600円(基準価格)を下回らなければ,元利金は全額償還されることになるが,一度でもこの基準価格を下回った場合には,評価日である同年5月29日の日経平均株価の終値と設定時の平均株価である1万6900円(設定価格)に基づいて比率償還が行われ,最終日の終値によっては元本割れが生じることになること,途中売却ができないこと並びに参照期間中の日経平均株価の推移による償還例について,説明した。
なお,原告は,上記説明を聞いて,何ら不安を述べなかった。
(エ) 当時の日経平均株価の状況
平成12年4月12日の日経平均株価は2万0833円であったが,同年5月26日には1万5870円に下落し,同年6月5日には1万7261円に上昇したが,同月16日には1万6289円に下落した。
なお,平成10年9月から平成11年1月の間には,日経平均株価が1万3600円未満となる時期もあった。
そして,本件ノックイン債は,平成12年12月21日には1万3600円未満となり,ノックインした(以上,甲31ないし33,36,乙7,11,B証言17,18,66,69頁)。
ス 本件⑤商品(ファンドR&R)の購入
(ア) 原告は,平成12年8月1日,Bの勧誘によって,本件⑤商品を300万円で購入した。
(イ) 説明内容
Bは,原告に対して,本件⑤商品を勧誘するにあたって,目論見書及びパンフレット(乙6の1,乙6の2)を交付した。
Bは,その際,本件⑤商品は,新規募集の株式投資信託であり,経営改革による再生・復活が見込まれる国内企業の株式・利益の伸びや競争力等と比較すると市場の評価が低い評価にとどまっているため,株価の反発が見込まれる株式に投資を行うというリバイバル・リバウンドをテーマに運用するファンドであることを,日産自動車を例に出して説明した。また,株価変動リスクがあることも説明した。
その際,原告は,購入に関して特に不安等は述べなかった(以上,乙11,B証言19,20,67頁)。
セ 本件①商品の買い増し及び本件⑥商品(フィデリティ・中小型株・オープン)の購入
(ア) 原告は,それぞれ,Bの勧誘によって,平成13年1月23日に1000万円(単価1万1407円),同年6月27日に1300万円(単価1万0842円),同年7月27日に2000万円(単価9796円)を投じて,本件①商品の買い増しを行った。
本件①商品を平成13年1月23日に買い増しした際には,ノムラ・グローバル・ファンディング(ユーロ米ドル建社債であり,満期3年,利率6.5パーセント,S&Pによる格付けはBBB+,乙11)を売却した代金が充てられ,同年6月27日に買い増しされた際には,ノムラ・インカム・ストック・ファンド(東証1部上場銘柄のうち予想配当利回りが高い銘柄を中心に投資を行う株式投資信託で,高水準のインカムゲインの獲得と,中長期的な値上がり益を追求を目指すもの。基準価格が1万2000円以上になれば公社債などによる安定運用に切り替える。甲37)を売却した代金が充てられた。
なお,原告は,本件①商品の買い増しについて,特に不安や疑問を述べることはなく,また,本件①商品の買い増しごとにその単価が下落していることについても,苦情を言ったことはなかった(以上,B証言68ないし72頁)。
(イ) 原告は,同年7月27日には,Bの勧誘によって,本件⑥商品を代金900万円で購入した。
(ウ) 本件⑥商品の説明内容
Bは,原告に対して,本件⑥商品の勧誘の際に,目論見書とパンフレットを交付した(甲2)。
Bは,その際,本件⑥商品が,株式投資信託であること,運用対象は,主として,国内の中小規模の企業が発行する店頭株や箱積み株式等の小型株となり,一般的な上場株よりも値動きが激しくなることを説明した(以上,乙11,B証言20頁)。
(5) 原告が主導して行った取引
原告は,前記(4)のとおり,Bから本件各取引を勧められてこれを行ったものであり(B証言86頁も同旨),また,別紙取引一覧表記載のそのほかの取引のほとんども,Bが原告に対してその銘柄を勧めて取引を成立させたものである。ただ,原告も,平成13年7月以降,自らBに問い合わせたり,Bに頼んで,日経225連動型上場投資信託(代金117万9384円),スターバックスコーヒージャパン株式会社の株式(2回にわたって代金合計168万5187円),ソニー株式会社の株式(代金59万6371円)及び日本電気株式会社の株式(代金90万4141円)を購入した(原告本人49ないし51頁)。
また,原告は,平成12年8月,当時の株式会社東京三菱銀行で,安全性が高いとされる公社債投資信託を4100万円で購入した(甲38ないし41,原告本人62,63頁)。
(6) BからCに担当が変わって以降の経緯
ア Bは,平成14年3月,転勤し,Cが同年4月から原告の担当となった。
イ 原告は,それ以前の平成13年秋ころ,原告が預金口座を持っていた銀行の担当者から,本件①商品の価格が下落しているので注意した方がいいこと,トルコ共和国債が危険な状態にあることを聞いて不安を抱き,Bにその真偽を尋ねたところ,心配ないとの回答であった。
しかし,原告はやはり心配であったことから,担当がCに変わった後,再度,上記銘柄について確認した。すると,Cから,トルコ共和国債について,情勢が分からないが,もしかしたら危険性もあるからできるだけ離した方がいいこと,いざとなっても被告は責任を負わないことを告げられ,ウォルトディズニー,ダイムラークライスラーの債券への買い替えを勧められた。そこで,原告は,平成14年5月8日,トルコ共和国債を売却し,その売却代金で,ウォルトディズニー,ダイムラークライスラーの債券を購入した。
また,原告は,Cから,本件①商品については,価格が半分以下に下落していることを説明され,これらを売却して変額年金に乗り換えることを勧められたが,乗り換えには応じなかった。
なお,原告は,ウォルトディズニー,ダイムラークライスラーの債券の購入後は,被告を通じて商品を購入することはなかった。
ウ(ア) 原告は,本件各取引について被告から送付されてくる取引残高照合書等の報告書類に目を通したことはなかったが,前記イの経緯の後の,平成14年7月ころ,被告から送付されていた取引残高報告書等を照合し,初めて本件各取引に関連して多額の損失が生じていることを知った。
そこで,原告は,被告に対し,本件各商品に関する取引明細書や価格変動の資料等を要求したところ,同年10月ころに,被告から本件各商品の価格変動のチャート表等の資料(甲18~23)の交付を受け,さらに,被告会社からの報告書類等と照らし合わせた結果,本件各取引の損失額が莫大になっていることを把握した。
(イ) 原告は,平成17年2月に,残っていた証券を全て売却した(以上,甲33,原告本人22~25頁)。
2 不法行為・債務不履行の成否-適合性原則違反について
(1) 平成10年法律第107号による改正後の証券取引法43条1号は,証券会社が,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとならないように業務を営まなければならないとの趣旨を規定し,適合性の原則を定める。
これは直接には,公法上の業務規制という位置づけのものではあるが,証券会社の担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為上も違法になると解するのが相当である(最高裁平成17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁参照)。
そして,証券会社の担当者による商品の勧誘が適合性の原則に反したか否かを判断するにあたっては,具体的な商品特性を踏まえて,これとの相関関係において,顧客の投資経験,証券取引の知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があるというべきである。
(2)ア 本件各投資信託は,上記1(3)アのとおり,いずれも株式を投資対象とするものである。
投資信託は,一般的には,個別銘柄を取得するよりも分散投資効果によってリスクを低くすることができるのであるが,その投資対象が株式の場合には,その投資対象となる株式の価格変動により収益に差異が生ずるのであり,投資信託の受益証券の購入者にその変動リスクが生ずることとなる。そして,本件①,②,⑤,⑥商品は,株式への投資割合に制限がなく,投資対象は主に国内株式であるものの,東証2部上場株式や店頭登録株も含まれ,成長株や中小型株に積極的に投資するため,大幅な株価変動リスクを有する。これらの株価変動リスクは,原告が自ら購入を希望して購入した株式と比較しても,格段に高いものと考えられる。また,本件③,④商品は,外国投資信託であり,テクノロジーやライフサイエンスの観点から,全世界の成長力ある企業の株式に投資を行う商品であり,為替リスク(全ての為替リスクを完全にはヘッジできない)や大幅な株価変動リスクを有する。
このように,本件各投資信託は,投資信託の中でも,比較的リスクの高い商品であり,一般の顧客が上場株式の取引をする場合よりも予測が難しくリスクの高い商品であるということができる。
イ また,上記1(3)イのとおり,本件ノックイン債は,償還条件については,①参照期間中の日経平均株価の終値が基準価格を一度でも下回った場合には,設定価格を基準とした,評価日の日経平均株価終値の下落分に応じた損失を被るという意味で,株価変動によるリスクを有することとなり,逆に,②評価日において,日経平均株価がいかに上昇していても,額面金額の元本と利金(クーポン)を得られるだけであり,さらに,③購入者は購入時から償還時までの間,本件ノックイン債の売却等によって日経平均株価の変動に応じた損失を回避することができないという特性を有する商品であることが認められる。
したがって,上記のとおり,本件ノックイン債は,仕組みが複雑である上に,リスクの高い商品ということができる。
ウ 一方,上記1(2)イのとおり,原告は,本件取引に至るまで株式取引を含めて投資経験はなく,もともとは資産運用に関心がなかったものである。
(3) しかし,本件各取引における商品はいずれも広く投資者が取引に参加することを予定しているものというべきところ,原告は,前記1(1),(2)アのとおり,大学の歯学部を卒業して歯科医として勤務してきた高学歴の女性であり,株価が変動する程度のことは当然に分かっていたのであり,また,兄(養親)であるDの多額の遺産を相続して,本件取引開始時には,約3億2000万円もの資産を有していたものである。そして,原告は,その後本件取引を始めたころには,Dの診療所の後処理や売却手続を一人で行っており,これらの事情に照らすと,原告は,本件取引当時,相当の資力を有し,かつ,本件各取引をするのに必要な判断力や理解力も十分にあったというべきである。加えて,前記1(5)のとおり,本件取引の間には,多額の株式や公社債投資信託の商品を購入しており,これらの取引は,本件各取引と比べてリスクの面で相違があるとはいえ,原告に一定の投資意欲があったことを窺わせる事情であり,かつ,投資経験を積むという意味を有するものであったというべきである(なお,被告は,原告が積極的な投資意欲を有していた旨主張し,Bはこれに沿う証言をするが,後記3で述べるとおり,原告は,Bの積極的な投資勧誘に対し,Bを信頼して投資に及んだに過ぎないのであり,自らの資産運用に積極的であったとまではいえず,上記被告の主張は採用することができない。)。
このように,本件各取引が比較的リスクの高い株式投資信託であったり日経平均ノックイン債であったとはいえ,原告自身は,相当の資力を有し,かつ,本件各取引をするのに必要な判断力や理解力を備えていたのであり,かつ,一定の投資意欲をもっていたのであるから,かかる事情を総合すると,原告がおよそ本件各取引(株式投資信託や日経平均ノックイン債)を自己責任で行う適性を欠き,上記取引の市場から排除されるべき者であるとして,そもそも本件各取引の勧誘をしてはならない顧客であったとはいえないというべきである。
したがって,また,Bが,原告に対して本件各取引を勧誘した行為は,適合性の原則から著しく逸脱したものと認めることもできない。
(4) 原告は,本件各取引の額が過大であることや取引経緯が異常であることを考えれば,Bは,終始,適合性への配慮を無視して原告に本件各取引を勧誘し続けたのであり,本件各取引には重大な適合性原則違反があったことが明らかであると主張する。確かに本件各取引の額が過大でありその取引経緯が異常であることは後記3で検討するとおりであるが,上記のとおり,原告には相当の知性と理解力及び豊富な財力が認められることに照らすと,原告に対して本件①ないし⑥商品や本件ノックイン債を勧誘すること自体が,適合性の原則から著しく逸脱していたと認めることはできないのであり,原告の主張は採用することができない。
3 不法行為・債務不履行の成否-説明義務違反について
(1) 証券取引のような相場取引への投資は,本来,投資家自身の判断と責任において行われるべきものであり,それによって損失が生じた場合には,投資家自身がそれを負担すべきものである。
しかし,一般投資家と証券会社との間には,知識,経験,情報収集能力,分析能力等に格段の差があり,一般投資家は,専門家である証券会社からの情報や助言に依拠して投資を行わざるを得ないのが現状であり,証券会社は,一般投資家を取引に勧誘することによって利益を得ているのである。
このような実情を考慮すれば,証券会社は,信義則上,一般投資家である顧客を証券取引に勧誘するにあたり,投資の適否について的確に判断し,自己責任で取引を行うために必要な情報である,当該商品の仕組みや危険性等について,当該顧客がそれらを具体的に理解することができる程度の説明を,当該顧客の投資経験,知識,理解力等に応じて行う義務を有すると解すべきである。
(2)ア 本件各投資信託は,前記1(3)ア,2(2)アのとおり,いずれも株式を投資対象とする投資信託であり,かつ,いずれも投資信託の中では比較的リスクの高い商品であって,一般の顧客が上場株式の取引をする場合よりも収益の予測が難しいものである。
また,本件ノックイン債は,前記1(3)イ,2(2)イのとおり,仕組みが複雑である上に,償還について日経平均株価の変動リスクを伴う商品であって,やはり収益の予測が難しいものである。
イ 一方,前述のとおり,原告には株式等の投資経験が全くなく,多額の資産を有し,一定の投資意欲はあるものの,銀行預金の利率に不満をもっている程度で,投資意向は必ずしも高いものではなかった。
ウ しかるに,Bは,上記1(4)カ(イ)のとおり,初めての株式投資信託である本件①商品の購入を勧誘するに際して,原告の投資意向について明確に聞き出していない一方で,本件①商品が株式投資割合に制限がなく,高成長企業を選定して投資し,東証2部上場企業や,店頭登録銘柄,アジア株式等の価格変動が大きくなることが予想される株式にも投資が可能で,外貨建資産へも30パーセントまでなら投資できるといった収益(リスク)に影響を及ぼし得る事項について具体的な説明をしていない。また,前記1(4)カ(イ)のとおり,Bが原告に対して本件①商品を勧誘した当時の株式相場は好況であったことから,同商品の過去の運用実績も良好であったのであり,このような運用実績の説明を受けるだけではリスクを軽視しがちになる。そして,原告は,Bの説明を聞いて本件①商品の購入を決意したものであるが,前記1(4)カ(ア)のとおり,もともと売却予定のなかったDの遺産である13銘柄株式を全て売却し,その売却代金約7350万円の中から5000万円もの大金を投じて,公社債投資信託等に比較してリスクが高い本件①商品を購入しているのである。しかも,原告は,そうすることについて特に不安や疑問を言った形跡はない。このように,元来投資に対して消極的な原告が,いきなり5000万円という多額の金員をリスクの高い本件①商品に投資するに至った経緯は不可解であり,この経緯に照らすと,原告はBの説明によっても,本件①商品のもつリスクを具体的に理解してはいなかったとみるべきである。
エ また,原告は,13銘柄株式の売却代金のうちから,本件①商品を購入したわずか2週間後である平成12年1月17日に,Bの勧めにより1100万円という高額の本件②商品を購入しているが,ほぼ同時期に購入したソニー株式会社等の4種類の一部上場株とは異なり,株価の変動リスクのある商品であるにもかかわらず,特に躊躇なく購入しているという経緯からは,原告が十分にそのリスクを認識していたものとは認めがたい。
オ 本件③商品も,純資産価額の65パーセントをテクノロジー関連の成長企業に投資し,また,小規模,新興企業の株式や低格付け証券にも投資できるというハイリターンである一方,リスクもそれに伴って高い商品であるところ,原告は,自らの預金で購入していたMMFを売却した資金をもとにして1908万円という高額で購入しているが,前記1(4)ケ(イ)のとおり,原告は,当時,外国のテクノロジー関係の成長企業についての基礎知識がなく,まして,外国株を購入したこともなかったことや,原告のもともとの消極的な投資意欲に照らすと,本件③商品を購入した経緯は唐突の感を否めない。併せて,本件③商品を購入したその翌日にトルコ共和国債を8700万円という巨額を投じて購入しているのであって,かかる経緯を併せ考慮すると,原告は,Bの説明によって,本件③商品が株価の変動リスクの高い商品であることを具体的に理解していたと認めることはできない(原告は,低格付債に関する確認書〔乙1〕に署名押印しているが,同書面の意味を理解していたとは言いがたく,上記認定を左右するものとはいいがたい。)。
カ 以上のとおりであるから,原告は,その後に購入した本件④商品(買い増しを含む),本件⑤商品及び本件⑥商品並びに3度にわたって買い増しした本件①商品についても,Bに勧められて特に疑問を述べたり具体的な質問をしないままに購入していることに照らすと,株価変動リスク等についてその具体的な予測ができなかったものというべきである。
キ 本件ノックイン債は,上記1(3)イ認定のとおり,利金(クーポン)はともかく,償還条件について,参照期間において日経平均株価が設定価格を一度でも下回った場合には,設定価格を基準とした,評価日の日経平均株価終値の下落に応じた損失を被ることから,株価変動によるリスクを有し,評価日において,日経平均株価がいかに上昇していても,額面金額の元本とクーポンを得られるだけであり,また,購入者は購入時から償還時までの間,日経平均株価の変動に応じた本件ノックイン債の売却等によって損失を回避することができないという複雑な構造を有し,ハイリスクな商品である。
そして,上記1(2)のとおり,原告はリスクを冒してまで投資するほど投資意欲は高くなかったこと,上記1(4)セ(ア),(イ)のとおり,本件ノックイン債購入当時,原告の母が大腿骨骨折のため入院中で,原告は,母の付き添い看護に忙しい時期にあったこと,そのような状況のもとで,原告は,Bに勧誘されたまさにその当日に,当時は日経平均株価の変動予測が困難な時期であったにもかかわらず,さして検討を加えないまま,また,何ら不安を述べずに,自宅を売却した代金の中から本件ノックイン債のために4000万円をも注ぎ込んで購入したことといった事情に照らすと,原告が本件ノックイン債の仕組みやリスクについて具体的に理解した上で同商品を購入したものとはいいがたい。
(3) 以上のとおり,原告は,それまで株式等の投資経験が全くなく,元来利殖にさほど感心が高くなかったにもかかわらず,約3年足らずの間に,約1億8400万円という極めて多額の資金を投入して,株価の変動リスク等があって比較的ハイリスク商品である本件各取引をしたものであり,しかも,いずれの取引も,Bが原告方等に持ち込んだBの推奨商品であったのであり,これらは,原告が自ら望んで購入した商品が株式であれば100万円程度,高額(4100万円)であれば公社債投資信託であったことと極めて対照的である。このような事情に照らすと,原告は,本件各取引のリスクについて具体的に理解しないままに投資を行ったものというべきである。
このことは,原告が,本件各取引をするに際し,前記のとおり,Bに対し各商品に関する疑問や不安を述べたり質問をしていないこと,また,前記1(6)のとおり,平成13年ころ,銀行の担当者から本件①商品の価格が下落していることやトルコ共和国債が危険な状態にあることを知らされて不安を抱き,Bに対して,次いで,Cに対して上記の件を確認し,その後,本件各取引について多額の損失が生じていることを把握するとともに,被告を通じての商品購入をしなくなったという経緯からも認めることができる。
(4) そうすると,Bは,前記1(4)のとおり,原告に対し,本件各取引を勧誘するに際し,それぞれの商品の目論見書ないしパンフレットを交付し(原告は,本件各取引の目論見書やパンフレットが交付されることはなかった旨主張し,原告はこれに沿う供述をする〔甲33も同旨〕が,取引概要等を記載した書面を契約締結前に交付することは証券会社に課せられた法律上の義務〔証券取引法40条〕であり,現に,原告は本件①商品及び本件⑥商品の目論見書を所持しているのであり,その他の目論見書等だけをBがことさら交付しない理由も見い出せない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。),また,本件各取引の商品概要及び各取引におけるリスクの説明をしたということができるが,その説明の程度は,一応のものに止まり,原告にそのリスクの具体的な内容を理解させるだけのものではなかったというべきである。
そして,Bは,上記1(4)ケ(イ)のとおり,平成11年12月28日,原告に本件①商品を勧誘する際に,原告に対して明確に投資経験を聞いていないばかりか,原告の具体的な投資意向についても確認してはいないのであり,しかも,このような状況下で多額のハイリスク商品を勧誘した際,原告の対応(具体的な質問等もなくBに勧められるままに次々に高額なハイリスク商品を購入したという原告の対応)から,原告が本件各取引のリスクについて具体的な認識や理解をしていないことを認識することができたというべきである。逆にいえば,Bが,原告の投資経験と投資意向を十分に確認しておれば,原告の能力や経験,理解度に応じて徐々にリスクの高い投資商品へ移行させ,また,投資額を増やしていくといった対応をすることができたのであり,また,そうすべきであったということができる。
したがって,Bには本件各取引においてそのリスクの説明義務を尽くさなかった違法,すなわち,不法行為ないし債務不履行があるというべきである。
(5)ア これに対して,被告は,原告には証券取引による資産運用を行いたいという投資目的なり投資意向があり,また,Bに意見を求めたり各種セミナーの資料請求を行うなど積極的に投資知識を収集していたこと,Bは,全ての取引について,原告の意向を確認した上,同人の合理的かつ適切な投資判断を可能とするに必要かつ十分な情報提供を行っており,原告は,このBの説明を十分に理解した上で,自発的かつ自由な投資判断により本件各取引を行ったものであり,さらに,本件各取引の後にも月次報告書(取引残高報告書)等を送付し,また,原告の自宅を訪問したり電話により取引状況についての情報提供は十分にしているのであって,Bに説明義務違反はないと主張し,Bはこれに沿う供述(乙11も同旨)をする。
イ しかし,前記1(2)イのとおり,本件取引前に原告に投資経験はなく,また,資産運用をするという投資目的なり投資意向があったことを裏付けるべき的確な証拠はない。また,ほとんどはBが原告にもちかけた推奨商品であり,同人から勧められる商品を,不安や疑問を述べることもないままに購入していたという原告の対応に照らすと,原告からBに意見を求めていたとは認めがたい。また,Bは,原告から各種セミナーの資料請求があった旨供述するが(B証言7頁),その具体的内容は明らかではない(なお,原告は資料請求したことを否定している〔原告本人14頁〕)。さらに,原告がセミナーに参加したことについても,その時期も平成14年2月ころのようであり(B証言6頁),本件各取引の商品を購入した後のことであって,本件各取引の商品を購入していたころに原告が自ら積極的に投資知識を収集していたということを示す事情とは認めがたい。
ウ さらに,上記1(4)ケ(イ)のとおり,Bは,原告にとって最初の株式投資信託である本件①商品を勧誘する際に,原告に投資経験について明確に確認しておらず,原告の投資意向についても銀行預金の利率に不満を持っている程度のことを聞いていたにすぎず,投資意向がそれ以上どの程度あるかについて具体的に確認しておらず(確認したことを裏付ける的確な証拠もない。),その後も原告の投資意向について確認したとは認められないのであるから,Bが本件各取引に際して,真に原告の意向を確認したと認めることはできない。
エ そして,原告は,本件取引まで株式等の投資経験が全くなく,元来利殖にさほど感心が高くなかったにもかかわらず,約3年足らずの間に,約1億8400万円という極めて多額の資金を投入して,株価の変動リスク等があって比較的ハイリスク商品である本件各取引をし(本件ノックイン債も,同様に,日経平均株価の変動リスクのあるハイリスク商品であり,債権額は100万円であるところ,原告の購入額は4000万円にも達している。),また,本件各取引のほかにも,信用リスクの極めて高いトルコ共和国債を8700万円という多額の資金を投じて購入していること(利益が生じているのは結果論である。),上記のいずれの取引も,Bが原告方等に持ち込んだBの推奨商品であったこと,これに対し,原告が自ら望んで購入した商品は株式であれば100万円程度に止まり,高額(4100万円)であれば比較的安全な公社債投資信託であったこと,原告は平成14年に至って本件①商品等の情報に接して損失が生じていることを知り,被告に対して本件各取引に関する資料を要求するに至ったことといった事情に照らすと,原告は,Bから目論見書等の交付を受けた上でひととおりの説明を受け,残高報告書等の送付を受けていたとはいえ,本件各取引のリスクについて具体的に理解しないままに投資を継続したものというべきであり,Bは,原告に対し,投資商品や投資額に応じて具体的なリスクの内容や程度を説明するには至っていなかったというべきである。したがって,被告の上記主張はいずれも理由がない。
4 損害及び過失相殺の可否
原告は,Bの違法な勧誘による本件各取引によって,前記争いのない事実(4)記載のとおり,合計4282万8997円の損害を被った。
しかし,Bは,原告に対し,本件各取引に至る前に,各商品の目論見書やパンフレットを交付しており,また,株式を投資対象とする投資信託であること,預金と異なり元本の保証はないことは説明しており,本件各取引は通常の注意を払えば購入すべきか否かは自ら決することができる類の取引である。また,理解できない点等は被告の担当者であるBに対し納得のいくまで質問することは当然に可能であったというべきである。また,本件各取引の後に送られてくる取引残高報告書等の書類の記載内容を順次追ってゆけば,損益の状況を把握することもできないではなく,被害を少なくすることは十分可能であったというべきである。しかるに,原告は,前記1(4)のとおり,Bの勧誘を受けた後,何ら熟慮することもなく,Dの遺産等の中から大金を投じて,本件各商品を購入し,さらに,その後,被告から送付されてくる報告書類等に,一切,目を通すことはなかったのである。加えて,原告は,歯科医の資格を有するだけの知性を備え,相当の理解力と判断力を有し,かつ,本件各取引に前後して多額の株取引等を行うなどの経験を積んでいったのである。したがって,原告が被った損害について原告の側の落ち度も多大であるといわざるを得ない。
そうすると,原告の被った損害のうち,7割を減ずるのが相当と認める。
したがって,上記損害額から7割を控除した後の1284万8699円が被告が賠償すべき損害である。
また,本件事案の難易度その他諸般の事情を総合考慮すると,本件不法行為と相当因果関係にある損害としての弁護士費用は120万円が相当であり,合計額は1404万8699円となる(なお,債務不履行に基づく請求について弁護士費用相当額の賠償を認めることはできない。)。
5 結論
以上の次第で,原告の請求は,被告に対し1404万8699円及びこれに対する平成17年6月4日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小西義博 裁判官 梅本幸作 裁判官 尾形美佐子)
<以下省略>