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大阪地方裁判所 平成17年(ワ)4855号 判決 2007年10月17日

大阪府<以下省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

田端聡

東京都<以下省略>

被告

SMBCフレンド証券株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

鈴木信一

吉田修

主文

1  被告は,原告に対し,503万5773円及びこれに対する平成17年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,3215万5408円及びこれに対する平成17年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

1  事案の概要

本件は,被告を通じて,株式の現物取引,信用取引,投資信託「PCA米国高利回り社債オープン」(以下,「PCA」という。)の取引,投資信託「スーパーブル2.5セレクト」(以下「ブル2.5」という。)及び「スーパーベア2.5セレクト」(以下「ベア2.5」という。)の取引を約2年間行っていた原告が,被告の従業員による上記取引の勧誘行為等が不法行為を構成するとして,被告に対し,不法行為(使用者責任)に基づく3215万5408円の損害賠償及びこれに対する不法行為の後である平成17年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

2  争いのない事実

(1)  原告(昭和11年生まれ。本件の取引開始時67才)は,昭和35年にa株式会社(以下「a社」という。)に入社し,その後,b株式会社(以下「b社」という。),c株式会社(以下「c社」という。)に勤務し,平成13年,同社を退職した。

(2)  被告は,有価証券等の売買及びその媒介等を目的とする株式会社である。

(3)  原告は,平成15年4月1日,被告の高槻支店から,自らが会員となっているb社のOB会である○○会の会員宛に送られてきたダイレクトメールを見て,同支店を訪問し,被告の従業員であるB課長代理(以下「B」という。)及びC支店長(以下「C」という。)と面談し,b社の株式(以下「b社株」という。)を1万株買い付けたいと申し入れ,同月2日,b社株1万株を買い付けた。以降,原告と被告との間で株式等の取引(以下「本件取引」という。)が開始された。

(4)  原告は,同年7月3日,PCAを約定代金1071万2737円で購入した。

(5)  原告は,同月8日,b社株5000株を信用取引で購入し,被告との間で信用取引を開始した。

(6)  原告は,同年8月15日,ブル2.5を約定代金743万0050円で購入し,被告との間で,ブル2.5及びベア2.5の取引を開始した。

(7)  原告は,平成16年4月7日,東証2部に上場していた三井物産テレパーク株式会社の株式(以下「三井物産テレパーク株」という。)を現物取引で購入し,被告との間で,東証2部又は大証2部に上場していた株式(以下「2部上場株」という。)の取引を開始した。

(8)  原告は,同月9日,ヘラクレス市場に上場していた株式会社サイバーファームの株式(以下「サイバーファーム株」という。)を現物取引で購入し,被告との間で,ヘラクレス市場,ジャスダック市場又はマザーズ市場に上場していた株式(以下「新興市場株」という。)の取引を開始した。

(9)  本件取引は,平成17年4月22日に終了した。

(10)  本件取引の詳細は,別紙取引一覧表のとおりであり,原告の本件取引による損失額は2292万8865円,被告が本件取引により取得した手数料額は3130万7969円であった。

3  争点

本件の争点は,① 被告の不法行為責任の有無及び② 原告の損害額であり,争点に関する当事者の主張は以下のとおりである。

(1)  争点①について

(原告の主張)

ア 適合性原則違反

(ア) 証券取引法43条及び日本証券業協会の公正慣習規則9号2条1項によれば,証券会社は,投資勧誘に際して,投資家の意向,資力,知識,経験といった属性にかんがみ,不適当な取引を勧誘してはならないとされている。

(イ) 原告の属性

原告は,本件取引当時,無職であった。

また,原告は,かつて勤務していたb社の従業員持株制度によってb社株を取得したことを除いては,証券取引の経験を一切有していなかった。

原告が被告との取引を開始した動機は,以前所有していたb社株を再度取得し,資産として保有しておきたいというものであって,原告には投機的な取引を行う意向は微塵もなかった。

(ウ) 本件取引の対象

① PCA

PCAの運用対象は格付けがBB格ないしB格の米国の社債であるところ,債券投資において,格付けがBB格以下のものは投資不適格債ないしジャンク債と呼ばれており,BB格以下のジャンク債を買い付けることは極めて投機性の高い行為とされているのである。したがって,PCAは極めてリスクの高い特殊な投資信託といえる。

② 信用取引

株式の信用取引は投機性が高く,リスクの高い取引である。

③ ブル2.5及びベア2.5

ブル2.5及びベア2.5は,いずれも株価指数先物取引を活用することで,日経平均株価に連動してその2.5倍の値動きとなるように設計された投資信託であって,ブル2.5は日経平均株価が上昇すれば利益が出る商品,ベア2.5は日経平均株価が下落すれば利益が出る商品であり,その手数料は2.5パーセントと高額である。ブル2.5及びベア2.5はいずれも派生型商品のうちで最もリスクの高い種類の投資信託であって,このことは,ブル2.5及びベア2.5と同種の商品であって,日経平均株価に連動してその2倍の値動きとなるように設計された投資信託である日本スーパーブル型オープン225の説明書(甲10)記載のリスク分類表において,同商品が5段階分類のうち最もリスクが高い商品であると明記されていることからも明らかである。

④ 2部上場株及び新興市場株

2部上場株及び新興市場株は,1部上場株と比べて,知名度が低く,実績や情報も少なく,投機性の高いものである。

(エ) 以上のような原告の属性及び本件取引の対象,さらに後記の本件取引の過当性を総合して考えれば,本件取引が全体として原告に適合しない取引であることは明らかである。

イ 過当取引

(ア) 公正慣習規則8号9条3項20号及び同規則9号7条は,証券会社が金額・回数等において過当な取引を顧客に行わせることを禁止している。かかる過当取引の違法性が肯定されるためには,① 取引の過当性,② 口座支配,③ 悪意性の3要件を満たす必要があるところ,以下のとおり,本件取引は,これらの要件を満たす。

(イ) 取引の過当性

① 年次売買回転率

年次売買回転率とは,問題となる取引期間の買付総額を同期間の平均投資額(平均投資残高。対象期間における各月末の投資残高の平均金額)で除した上で,これを年換算した数値であり,過当取引の徴表として用いられる数値である。一般には,これが6を超えると過当取引が問題とされる。

a 本件取引の年次売買回転率は,本件取引の全取引期間を通算すると,別紙売買回転率記載①のとおり,16.99となる。

b 頻繁な取引が開始された平成15年8月6日から最後の買い付けがされた平成17年3月9日までの約19か月間(ただし,計算上は20か月として扱った。)で計算すると,別紙売買回転率記載②のとおり,年次売買回転率は17.41となる。

c 原告の意向に沿う取引であるb社株の現物取引(別紙取引一覧表番号2,4,6)と,1年間にわたり保有されていたPCAの取引(別紙取引一覧表番号5)を除外して計算すると,上記約19か月間の年次売買回転率は,別紙売買回転率記載③のとおり,26.47となる。

d なお,上記cのうち,原告の意向に沿う取引であるb社株の取引のみを除外し,PCAを除外せずに計算しても,年次売買回転率は,別紙売買回転率記載④のとおり,23.41となる。

e 他方,実際の原告の投下資金額である3607万0095円を平均投資残高と仮定して,上記cと同様の計算を行うと,年次売買回転率は33.1となる。

② 手数料率

過当取引の違法性の根拠が,証券会社が顧客のリスクの下に手数料稼ぎを図る点にあることからして,過当性の判断に際し,手数料率が重要な意味を持つことは当然である。

手数料率にも様々な計算方法があるが,下級審の裁判例で重視されているのは,年次手数料率(問題となる取引期間の手数料総額を同期間中の平均投資残高で除し,これを年換算した数値)及び損害額との関係における手数料率である。

a 年次手数料率

別紙売買回転率記載①の本件取引における平均投資残高5990万8245円,取引期間2年,本件取引における手数料の全額である3130万7969円を前提として計算すると,年次手数料率は26.1パーセントとなる。

また,頻繁な取引が開始された平成15年8月6日から最後の買付日である平成17年3月9日までの約19か月の間(ただし,計算上は20か月として扱った。),原告の意向に沿うb社株の取引のみを除外して計算すると,別紙売買回転率記載④のとおり,平均投資残高は5098万7343円となる,これを基礎に,取引期間を19か月,本件取引全体の手数料からb社株の取引による手数料(合計74万0812円)を控除した手数料額3056万7157円を前提として計算すると,年次手数料率は36.0パーセントとなる。

さらに,実際の原告の投下資金額である3607万0095円を平均投資残高と仮定した場合の年次手数料率は,取引期間2年,本件取引における手数料全額を前提として計算すると43.4パーセントとなり,取引期間20か月,本件取引全体の手数料からb社株の取引による手数料を控除した手数料額を前提として計算すると50.8パーセントとなる。

b 損害額との関係における手数料率

上記のとおり,本件取引全体の手数料からb社株の取引による手数料を控除した手数料額は3056万7157円となり,これを前提として,本件取引全体における損失額2292万8865円との関係における手数料率を計算すると136.5パーセントとなる。また,上記損失額からb社株の取引による利益を除外した損失額2923万5408円との関係における手数料率は104.5パーセントとなる。

したがって,原告は,通算すれば相場では損をしておらず,株式等の頻繁な売買が繰り返されたことによる手数料負担で損害を被ったものといえる。

③ その他の取引上の数値

問題となる取引期間中の売買金額,投資金額,取引回数及び短期売買の実情(保有期間)等も過当性の判断において不可欠の要素である。

本件取引における買付総額は20億3631万5869円であり,月平均8500万円の買い付けが行われていたことになる。頻繁な取引が開始された平成15年8月6日から最後の買い付けが行われた平成17年3月9日までの約19か月間について見れば,買付総額は19億8999万2655円であり,月平均額は約1億0500万円となる。

また,本件取引においては,約2年間の取引期間で740回の取引が行われており,買い付けだけに限定してもその回数は337回に達し,上記約19か月間について見れば,買付回数は331回であり,月平均17.4回の買い付けが行われていたことになる。

さらに,本件における原告の株式等の保有日数は,別紙取引一覧表の「保有日数」欄記載のとおりであり,これを整理すれば,全部で403回の売却のうち短期売却の割合は以下のとおりとなり,半数近くが3日以内に売却され,ほぼ8割が2週間以内に売却されている。

保有期間 回数 全体における割合

0日 25回 約5.7パーセント

1日以内 99回 約23.6パーセント

2日以内 154回 約38.2パーセント

3日以内 181回 約44.9パーセント

5日以内 248回 約61.5パーセント

10日以内 290回 約72.0パーセント

14日以内 319回 約79.2パーセント

30日以内 333回 約82.6パーセント

60日以内 368回 約91.3パーセント

④ 対象商品及び取引の種類

取引の過当性の問題は,適合性の問題と密接に関連するものである以上,過当性の判断においては,取引対象がどのようなものであるかが重要な判断要素となる。

本件取引における対象商品は,前記ア(ウ)のとおりのものであり,リスクが高く,また,手数料も高額なものである。

⑤ ブル2.5及びベア2.5の頻繁な乗換売買

本件においては,全く無定見に,買いポジションのブル2.5から売りポジションのベア2.5へ,あるいはその逆の乗換売買が頻繁に繰り返され,その大半は,数日のうちにされたものであった。こうした頻繁な乗換売買の結果,ブル2.5及びベア2.5の取引により原告が被った損失が197万0649円であったのに対し,同取引により被告が得た手数料が479万7496円に達するという異常な事態が生じた。

このようなブル2.5及びベア2.5の頻繁な乗換売買は,本件取引全体が,Bら被告の従業員の主導による手数料稼ぎ目的の過当取引であったことを顕著に裏付けるものである。

⑥ アテンション口座の指定

本件において,原告の取引口座は,手数料の多さや評価損等の観点から,平成16年8月12日までに,被告によりアテンション口座に指定され,支店長が個別に顧客との面談を行って過度な勧誘がなかったか等を確認しなければならない事態に至った。

⑦ 顧客の属性

上記のとおり,取引の過当性の問題は,適合性の問題と密接に関連するものである以上,顧客の属性(知識,経験,投資意向,資金の性質等)が,過当性の判断に際し,重要な要素となることは当然である。

原告の属性は,前記ア(イ)のとおりである。

⑧ 以上を総合すれば,本件取引全体について,過当性が認められることは明らかである。

(ウ) 口座支配

口座支配の要件は,顧客又は証券会社のいずれが主体的に投資判断及び投資選択を行い,一連の取引を主導していたかによって決せられる。

すなわち,取引の具体的な態様及び内容等から,実質的に証券会社が取引全体を主導していた場合には口座支配の要件が肯定されるが,その判断においては,勧誘又は助言への依存の程度,顧客の属性,取引内容の複雑さ及び合理性の有無といった様々な要素を総合的に斟酌する必要がある。

ただし,取引の過当性が肯定される場合には,通常,顧客は自らの主体的な判断でそのような過当な取引を行うはずはないのであるから,特段の事情がない限り口座支配が推認される。さらに,取引のすべてが証券会社の従業員の勧誘によって行われ,かつ,その内容において当該顧客の属性と比べて適合性や合理性に問題のある取引が行われている場合には,なおさら強く口座支配が推認される。

本件において,原告は,b社株の買い付けのみを目的として取引を開始したのであって,b社株の現物取引以外はすべて被告の従業員からの勧誘によって行われている。また,上記のとおり,本件取引の内容は,著しく過当なものであって,多少の利益を上げても手数料で損失が生じるという不合理なものであるから,原告が自らの意思で行うはずのない取引といえる。加えて,前記原告の属性及び取引対象の特殊性を併せて考えれば,本件において口座支配の要件が認められることは明らかである。

被告は,被告の高槻支店長であるD(以下「D」という。)が平成16年8月31日の午前11時30分から午前12時に高槻市<以下省略>の原告宅を訪問し,原告に取引状況等について確認を行った旨主張するが,その事実はない。原告は,上記日時には京都市<以下省略>で友人とともに昼食を取っていたのである。取引内容及び損益の確認に関する回答書(乙30)の末尾には原告の署名押印のある回答書が添付されているが,これは同日に署名押印されたものではなく,かかる回答書の存在が,同日,Dが原告を訪問したことを裏付けるものではない。同日に限らず,原告が同回答書に記載された内容の確認を受けたことなどないのであって,本件取引は原告の意向に沿ったものではない。

(エ) 悪意性

上記2要件が満たされる場合,例外的な事情がないかぎり,証券会社側に手数料稼ぎの目的を推認できることは当然であるから,悪意性の要件が強く推認されることになる。

本件においては,以上のとおり,上記2要件が認められ,例外的な事情は存在しないのであるから悪意性の要件も認められる。

(オ) 以上のとおり,本件取引が,違法な過当取引に該当することは明らかである。

ウ 説明義務違反

証券会社は,投資勧誘に際して,顧客が自己の責任において取引を行う前提として,顧客の属性や商品の特性等に応じ,顧客に対して,勧誘する商品の内容や危険性について十分説明しなければならない。また,その説明の程度としては,顧客が,自己の行う取引全体について,そのリスクの内容や程度を実感を持って理解できるものであることが必要である。

にもかかわらず,以下のとおり,被告の従業員は,原告に対し,勧誘する商品の内容や危険性について十分な説明をせず,原告が,本件取引全体についてそのリスクを実感を持って理解することはできなかった。したがって,本件取引は全体として上記説明義務に違反する投資勧誘に基づくものである。

(ア) PCA

被告の従業員は,原告に対し,PCAを勧誘する際,単に一般的な外国債券の仕組みとリスクについて説明するだけでは足りず,PCAが,格付けBB以下の投資不適格債が運用対象であって,その安全性の程度において一般には投機的とされる格付けのものであることを明確に説明すべきであったが,その説明をしなかった。

(イ) 信用取引

被告の従業員は,原告に対し,信用取引を勧誘する際,単に信用取引の仕組みを形式的に説明するだけでは足りず,その取引実態に応じ,原告の取引意向との関係においてリスクの程度を説明して理解させるべきであったが,その説明をしなかった。

また,原告は,Bに対し,以前に商品先物取引を行っていたので信用取引の仕組みについても分かっているなどと述べたことはない。

(ウ) ブル2.5及びベア2.5

被告の従業員は,原告に対し,ブル2.5及びベア2.5を勧誘する際,単にこれらが日経平均株価の2.5倍の値動きとなるといった説明をするだけでは足りず,そのことが他の投資信託と比べて高いリスクにつながっており,ブル2.5及びベア2.5が投資信託の中でも最上位のハイリスク商品であることを明示すべきであり,さらに,ブル2.5及びベア2.5の頻繁な乗換売買を行うに際しては,原告に,なぜブル2.5からベア2.5に乗り換えるのか,なぜ両建を行うのかなど,その個別取引の意味と手数料負担の実情を理解させ,その上で取引を行うかどうかを確認すべきであったが,その説明をしなかった。

(エ) 2部上場株及び新興市場株

被告の従業員は,原告に対し,2部上場株及び新興市場株を勧誘する際,当該市場の概要及び性格について十分な説明を行うことはもちろん,個別銘柄についても,その会社の概要や業績,値動きの実情等を説明しなければならず,さらに,2部上場株及び新興市場株が,1部上場株と比べて,知名度が低く,実績や情報も少なく,投機性の高いものであることを原告が理解できるような説明をしなければならなかったが,その説明をしなかった。

エ まとめ

以上のとおり,本件取引に関する被告の従業員の勧誘行為は,全体として,証券会社及びその従業員に課せられた注意義務に違反する違法な行為であって,不法行為を構成する。

したがって,被告は原告に対し,本件取引により原告が受けた損害について不法行為責任(使用者責任)を負う。

(被告の主張)

ア 適合性原則違反について

原告は,a社及びb社という大企業での勤務経験を有しており,さらに,c社という大企業の要職にあった投資家であり,その社会的・経済的な経歴・地位は,通常の一般投資家とは比べものにならないものである。

また,原告は,以前,先物取引で被った損失について株式会社アイメックス(以下「アイメックス」という。)に対して損害賠償請求に係る訴えを提起し,同訴えに係る訴訟における和解により受領した和解金で直ちに本件取引を開始したのであって,原告の投資に対する積極性は顕著である。また,原告の投資に対する積極性は,原告が,Bに,相場状況等について問い合わせの連絡をし,ゴルフや通院等の予定をファックスで知らせるなどして,必ず連絡が取れるようにしていたことからも明らかである。

したがって,原告は,本件取引の不適格者ではない。

イ 過当取引について

(ア) どの程度積極的に投資を行うかは,当該投資家の意向,相場の状況等の事情により千差万別なのであって,年次売買回転率,手数料率,取引回数などという指標で一律に過当取引か否かを判断することはできない。以下のとおり,本件取引における取引回数,買付総額,年次売買回転率及び手数料額を前提とした原告の過当取引の主張は不合理なものである。

① 原告は,本件においては,約2年間の取引期間で740回の取引が行われており,買い付けだけに限定してもその回数は337回に達するなどと主張するが,この取引回数の算定に関しては,注文が相場の状況に応じて分割約定に至ったにすぎないものについてもすべて1回ごとに行われた取引であるとしてカウントしているのではないかとの疑念が存在するのであり,仮にそうであれば,原告の主張に係る取引回数の算定方法は極めて恣意的であるといわざるを得ず,不合理なものである。

② 原告は,本件取引における買付総額は,20億3631万5869円であり,月平均8500万円の買い付けが行われていたことになるなどと主張するが,そもそも,原告が行った信用取引という手法自体が,少ない手許資金で大きな証券投資を行うことができる,すなわち,資金の投資効率を上げるというメリットを有するものであり,原告が自ら納得してこのような投資手法を選択した以上,買付総額が過大であるなどと主張することはナンセンスである。

③ 原告は,年次売買回転率は,過当取引の徴表として用いられる数値であって,一般には,これが6を超えると過当取引の問題とされるなどと主張する。確かに,法律家の一部から,米国の判例等を根拠として,このような見解が提案されることはあるが,同見解は極めて実証性に乏しい独自の見解であるとの批判を免れない。すなわち,企業経営において内部留保を重視する我が国と,株式配当を重視する米国とでは,株式配当金に関する基本的な考え方や文化が異なっているのであり,株式投資の面においても,インカムゲインをより重視する米国とキャピタルゲインをより重視する我が国とでは明白な考え方の相違が存在するのであり,上記の米国の判例の考え方が我が国における過当取引の判断基準として妥当するとの見解は甚だ不当であるといわざるを得ないし,また,我が国の裁判例が年次売買回転率を一般的かつ主要な指標として結論を出しているという実態も存在しない。そして,どの程度積極的に投資を行うかは,当該投資家の意向(インカムゲインを重視するか,キャピタルゲインを重視するか。)及び株式相場の環境等の事情により千差万別なのであるから,年次売買回転率などという指標によって,一律に過当取引であるか否かを判断することは不可能である。

④ 原告は,本件取引における手数料が3130万7969円であることを重視してその過当取引の該当性を主張する。しかし,上記のとおり,原告が行った信用取引という手法自体が資金の投資効率を上げるというメリットを有するものであり,また,信用取引のみならず,ブル2.5及びベア2.5の手数料額についても,取引が行われる都度,被告から原告に対し取引報告書により詳細が報告されているのであって,原告は,これらの手数料額を十分納得した上,余裕資金の範囲内で投資資金を決定してきた。したがって,事後的な見地から手数料が高額であるなどとする原告の上記主張は不合理なものである。

(イ) 前記のとおり,原告の投資に対する積極性は顕著である。

(ウ) 本件取引においては,取引当日の午前9時ころから午前10時ころにBが原告に電話をし,ニューヨーク市場を中心にグローバルマーケットの株式,債券,為替及び景気動向等を伝え,その後は取引動向に応じて随時連絡を取ることになっており,取引を行った際には,被告から原告に取引報告書により取引の詳細が報告されており,原告はこれら取引に係る手数料額についても十分に納得した上で本件取引を継続したのであるから,本件取引は原告の意向に沿ったものである。Bが,個々の取引に関して,原告に無断で行ったり,原告に強引な勧誘を行ったりした事実は全く存在しない。

また,被告においては,自主的な制度として顧客の取引管理を適切に行うべく,顧客に対する訪問及び面談による意思確認が行われている(以下,この制度を「アテンション制度」という。)ところ,本件取引についても,平成16年6月及び7月の手数料が867万円,信用取引評価損が1563万円,信用取引保証金の預託率が38パーセントとなっている事情にかんがみ,同年8月12日に内部管理責任者からDに対し,アテンション制度による顧客訪問面談の指示が行われた。Dは,当該指示に基づいて,同月31日,原告宅を訪れて原告と面談し,顧客勘定元帳,顧客別残高明細及び信用取引建株状況等の資料(乙31の1ないし3)を示して当時の取引状況を説明したところ,原告は,Dに対し,「少し損金が多いです。損切りして対応を考えています。」,「銘柄等担当者と相談しながら頑張ってます。」と述べており,Bに対する異議や苦情はなく,逆に「頑張ってくれているよ。」という高評価まで述べており,取引内容及び損益の確認に関する回答書(乙30)に署名押印をしてこれを被告に差し入れた。この点に関し,原告は,上記日時には,京都市<以下省略>で友人とともに昼食を取っていたのであって,Dと面談はしていないと主張する。しかし,原告の主張する会食は,終日行われたというわけではないであろうし,他方,Dは,上記面談の際,原告に交付するため,顧客別明細等(乙31)及びラガールカード(阪急電鉄発行の電車が利用できる電磁的記録)1枚を平成16年8月31日に社内申請手続を履践した上で持ち出しているのであり(乙41),Dが同ラガールカードを利用して原告宅を訪問し,同日に上記面談が実施されたことに疑いの余地はない。また,自主アテンション顧客訪問面談指示書(乙30)の最終ページにある回答書の署名及び日付の記載は,インクの状態,筆跡及び筆圧等から判断して原告自身によるものであることは明らかである。なお,面談確認報告書(乙30)には,上記面談は同日午前11時30分から12時に実施された旨記載されているが,時間帯についての記載に誤りが介在した可能性は否定できない。

上記面談における原告の対応に加えて,原告が,同日の午後10時37分に,原告の同年9月の予定に関する書類を自ら作成してBにファックス送信していること(乙29)を考慮すれば,原告が,本件取引に関して何らの異議や苦情を述べておらず,投資について極めて積極的な姿勢を有していたことは明らかであるから,本件取引は,原告の意向に沿ったものであることが認められる。

(エ) 他方,本件取引は,日経平均株価の動向及び出来高に比例して増減しており,相場環境に即して行われた合理的なものにほかならないことは相場環境と本件取引の内容の比較表(乙33)から明らかである。

(オ) 以上のとおり,本件取引は,積極的な投資意欲を有していた原告の意向に沿った合理的なものであって,違法な過当取引ではない。

ウ 説明義務違反について

以下のとおり,本件において,Bは,原告に対し,各金融商品等の内容及び投資リスク等を十分に説明し,原告もこれを理解した上で取引を行っているのであって,本件取引における投資勧誘に説明義務違反はない。

(ア) PCA

Bは,平成15年7月2日,PCAの商品内容を原告に案内するため原告宅を訪問し,原告に対し,要約目論見書(乙4の1)及び目論見書(乙4の2)を交付し,PCAが,毎月分配が行われる投資信託であること,BB+格からB-格の高利回りの米国社債を中心に投資するもので,信用リスクが高い反面,期待収益率が高いという特徴があることなどを説明した。

さらに,Bは,原告に対し,投資家保護の観点から被告が独自に作成・徴求することとしている「投資信託」投資の重要事項の説明書(乙9の1)を見せながら,基準価格変動リスク・信用リスク・その他の留意事項について説明した。

(イ) 信用取引

Bは,原告が当初から株式投資による資産運用を腰を据えてやってみたいと思っていると話していたことから,平成15年6月5日,Cとともに原告を訪問し,原告に対し,同月2日のb社株の売却により80万円強の利益が出たことや,当時の相場動向についての話をし,当時の不安定な相場環境においては資産運用の合理化を図るためにb社株を担保に信用取引という手法でつなぎ売りを行うことが考えられることなどを説明し,オール投資6月15日号の記事である「特集初歩から学ぶ信用取引事始め」のコピー(乙21の1・2)を提示して交付した。

これに対し,原告は,以前に商品先物取引をやっていたので信用取引の仕組みについても分かっていると述べていた。

Bは,同年7月8日,原告に対し,b社株5000株を信用取引により買い付けることを提案した。原告は,これに対し,積極的な姿勢を示し,信用取引によるb社株5000株の買付注文を行った。同株の約定が成立した後,Bは,当該約定内容を原告に電話で連絡し,同日午後3時の取引終了後に原告を訪問し,原告に対し,信用取引制度の説明書類(乙7の1)を交付して,同書類が信用取引に関する詳細な内容が記載されている説明書類であることを説明し,原告は,信用取引制度説明書受領書兼信用取引確認書(乙7の2)及び信用取引口座設定約諾書(乙7の3)に署名押印し,Bに交付した。

(ウ) ブル2.5及びベア2.5

Bは,平成15年8月14日,原告に対し,ブル2.5及びベア2.5の運用を提案する際,ブル2.5及びベア2.5の要約目論見書(乙25の1・2)を示しながら,ブル2.5及びベア2.5が,株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度の投資成果を目指して運用するものであって,日経平均が1パーセント変動した場合,その2.5倍である2.5パーセント程度の変動となるよう調整されていること,申込金額の2.5パーセントの手数料がかかる商品であること,被告においては,ブル2.5及びベア2.5について,手数料無料での両商品間の乗換えは行われていないことなどを説明した。

また,原告は,同月15日,ブル型投資信託及びベア型投資信託の商品内容とリスクのポイントが記載された説明書・確認書2通(説明書と確認書が一体となったもの。乙10の1,11の1)の各確認書部分,「ブル・ベア型投信の乗換えに関する確認書」(乙26)にそれぞれ署名押印した上,これらを被告に差し入れた。

同様に,原告は,平成15年12月22日にもブル型投資信託及びベア型投資信託の商品内容とリスクのポイントが記載された説明書・確認書2通(一体となったもの。乙13の1,14の1)の各確認書部分にそれぞれ署名押印した上,これらを被告に差し入れた。

(エ) 2部上場株及び新興市場株

① 平成16年1月29日から施行された改正後の「協会員の投資勧誘,顧客管理等に関する規則」(公正慣習規則9号)6条の2においては,説明義務の対象銘柄は以下の5種類に限定された。

a 名証成長企業市場部上場銘柄

b マザーズ上場銘柄

c アンビシャス上場銘柄

d Q-Board上場銘柄

e ヘラクレス,グロース上場銘柄(ヘラクレス,スタンダード上場銘柄については対象とされていない。)

② 本件において,Bは,原告からの2部上場株及び新興市場株の買い付けの注文に先立ち,原告に対し,新興市場に上場している会社の多くは将来の拡大・成長が期待される分野に属する事業又は新たな技術・着想に基づく事業を展開する企業であり,これらの会社の株式を取り扱う新興市場では,東京証券取引所や大阪証券取引所等の既存市場と異なり株価の変動が激しく,株式投資のリスクが既存市場と比べて大きいこと,会社が新しいため経営が不安定で,場合によっては倒産や上場廃止等で損失が生じる可能性があることなどを説明した。

また,Bは,平成16年5月28日,原告に対し,「新興市場上場等の説明書」(乙15の1)を交付して,その内容について説明し,さらに,新興市場上場銘柄の取引に関する確認書(乙15の2)の左部分の説明を行った後に原告から確認の署名押印を得た上で確認書(乙15の3)を受領した。

その後も,原告が新興市場株の取引を行う際には,Bは,原告に対し,原告が投資判断をする上で必要となる情報を適宜提供していた。

なお,原告が,公正慣習規則9号において説明義務を負う対象銘柄とされている銘柄(マザーズ市場上場の株式会社アプリックス株)を初めて買い付けたのは,同年6月1日であって,これ以前に原告が買い付けた新興市場株は,同規則において説明義務を負う対象銘柄とされていない。また,上記のとおり,原告に対する新興市場上場等の説明書(乙15の1)の交付及び原告からの新市場上場銘柄の取引に関する確認書(乙15の2)の徴求は同年5月28日に行われたが,Bは,これに先立つ同年3月25日,株式会社ゲオの株式の信用取引による買い付けに際して,原告に対し,新興市場上場銘柄に関する説明を行っている。

エ まとめ

以上のとおり,本件取引に関する被告の従業員の勧誘行為等は,何ら違法な行為ではない。

したがって,被告は原告に対し,従業員の不法行為に基づく使用者責任を負担することはない。

(2)  争点②について

(原告の主張)

ア 別紙取引一覧表のとおり,原告は,本件取引全体を通じて,2292万8865円の損失を被った。しかしながら,ここには原告の意向に反したものとはいえないb社株の取引による利益が含まれているところ,これらの利益(別紙取引一覧表番号3,9,690,728,734,735,738ないし740)を前記損失から除外して計算すれば,本件取引による損失は,2923万5408円となる。同金額が前記不法行為により原告が被った実損額である。

イ 原告は,本件の訴訟追行を弁護士である原告代理人に依頼した。その弁護士費用は292万円が相当であり,これも前記不法行為と相当因果関係を有する損害である。

ウ 以上により,原告が前記不法行為により被った損害の総額は,3215万5408円である。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  判断の前提となる事実

前記争いのない事実,証拠(甲1,4,9,16,17,20,乙1ないし7,9ないし11,15ないし18,20,21,25,27ないし30,36ないし41(枝番のあるものは枝番を含む。),証人B,原告本人(いずれも後記措信できない部分を除く。))及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(1)  原告の属性

ア 原告(昭和11年生まれ。本件取引開始時67才)は,昭和35年にd大学法学部を卒業後,a社に入社し,その後,昭和63年に同社を吸収合併したb社の海外部門に勤務し,平成9年に同社を定年退職した。その後,原告は,b社の下請会社であるc社に入社し,平成13年,同社を退職した。原告は,勤務していた上記各社において,主に海外関係,輸出営業関係の業務に携わっていた。

イ 本件取引開始当時の資産状況

(ア) 原告は,本件取引開始当時に少なくとも以下のとおりの財産を保有していた。

① 銀行預金

約2000万円

② 福祉年金用預託金(b社における福祉制度(退職金合計額の50パーセント以内の金員を預託し,そこから年金の給付を受ける制度)による預託金)

約1500万円

③ アイメックスから受領する予定の和解金(後記ウ(イ)参照。原告は,平成15年3月から同年7月までの毎月末日に,アイメックスから上記和解金を1000万円ずつ受領した。)

合計5000万円

④ 不動産

a 自宅(ただし,原告妻との共有。)

b 京都府●●●の土地建物

相続による取得時(平成11年11月)の評価額約1200万円

(イ) 原告は,本件取引開始当時,1年間に,上記(ア)②の年金及び公的年金を合計して少なくとも約500万円の年金収入を得ていた。

ウ 投資経験

(ア) 株式取引

原告は,b社に在職中,従業員持株制度によりb社株約2万株を取得したが,これを除き,本件取引を始めるまでに株式の取引をした経験はない。

(イ) アイメックスを通じた商品先物取引(甲9)

原告は,平成10年8月ころ,アイメックスの従業員からの電話勧誘を契機として,同社を通じて金の商品先物取引(以下「アイメックスとの取引」という。)を開始した。

原告は,平成14年3月,アイメックスとの取引により被った約5700万円の損失は,アイメックスの従業員の違法な勧誘行為等の不法行為による損害であると主張して,アイメックスに対し,損害賠償を求める訴えを提起し,原告とアイメックスとは,前記訴えに係る訴訟において,平成15年3月7日,アイメックスが原告に対し,5000万円を同年3月から7月まで,毎月末日限り,1000万円ずつ分割して支払う旨の裁判上の和解をした。原告は,上記訴訟において,原告には商品先物取引の知識も経験もなく,原告の手持ちの資金は老後の生活に備えるべき退職金であって,危険な投機に適した資金ではなかった(したがって,アイメックスは同取引不適格者である原告を同取引に勧誘すべきではなかった。)にもかかわらず,アイメックスの従業員らは,原告が同取引についての知識,情報,これを分析・判断する能力や時間的余裕を有していなかったことを奇貨として,原告に同取引の仕組み及び危険性について十分な理解を得させることなく,かえって必ず利益になる旨の断定的判断を提供して同取引に誘い込み,その後は,新規委託者の保護育成義務に反する過大な建玉を行わせ,さらには,アイメックスの主導の下,両建を含む手数料稼ぎの頻繁売買を行わせ,あるいは,原告からの仕切りの指示を回避する等の「客殺し」の手口を用いたのであって,アイメックスの従業員の勧誘行為等が違法である旨主張した。

(2)  本件取引の概要

ア 取引経過

本件取引全体の取引経過は,別紙取引一覧表記載のとおりであり,2部上場株及び新興市場株を含む株式の現物取引あるいは信用取引並びにPCA,ブル2.5及びベア2.5の各売買が行われており,これらの買い付け及び売り付けを合計した取引回数は,原告の主張によれば740回である。

イ 年次回転率

(ア) 年次回転率とは,1年間における投資資金の回転率を示すものであり,問題となった期間の買付総額を,同期間の平均投資額(通常,平均投資額としては対象期間における各月末の投資残高の平均金額を用いる。)で除し,それを年ベースに換算することにより算出される(甲1)。

(イ) 本件取引における年次回転率は,原告の主張によれば以下のとおりである。

① 本件取引全期間

16.99

② 平成15年8月6日から平成17年3月9日までの約19か月間(ただし,計算上は20か月間として扱った。)

17.41

ウ 株式等の保有期間

本件取引における株式等の買い付けから売り付けまでの保有期間とその本件取引全体における割合は以下のとおりである。

保有期間 全体における割合

0日 約5.7パーセント

1日以内 約23.6パーセント

2日以内 約38.2パーセント

3日以内 約44.9パーセント

5日以内 約61.5パーセント

10日以内 約72.0パーセント

14日以内 約79.2パーセント

30日以内 約82.6パーセント

60日以内 約91.3パーセント

エ 手数料

被告が本件取引によって取得した手数料の合計は3130万7969円である。

(3)  本件取引の勧誘及び説明等

ア 本件取引の開始

(ア) 原告は,平成15年4月1日,被告の高槻支店から,自らが会員となっているb社のOB会である○○会の会員宛に送られてきたダイレクトメールを見て,同支店を訪問し,被告の従業員であるB及びCと面談し,b社株を1万株買い付けたいと申し入れ,新規で証券取引口座を開設し,b社株の代金の一部として600万円を被告に入金した。その際,原告は,新規取引申込書(乙20)に必要事項を記入し,同申込書の「当初のご投資目的」欄に印刷されていた「1.安定重視」,「2.利回り重視」,「3.値上がり益重視」,「4.上記2.3.のバランス」,「5.積極投資」の各選択肢のうち,「4.上記2.3.のバランス」の選択肢にチェックマークを記載した。

同月2日,b社株1万株の買付約定が代金1039万2437円で成立し,原告は,同月3日,残代金として439万2437円を被告に入金した。

(イ) 原告は,同年5月19日,b社株5000株を買い付け,同月21日,その代金502万2031円を被告に入金した。

(ウ) 原告は,同年6月2日,Bからの提案を受け,上記のb社株1万5000株を売却し,約80万円の利益を得た。

(エ) 原告は,同年7月2日,b社株5000株を買い付けた。

イ 信用取引の勧誘等

(ア) 信用取引の特性

信用取引は,顧客が一定の保証金(委託保証金)を証券会社に担保として差し入れ,証券会社が売り付けに必要な株券及び投資信託の受益証券や買い付けに必要な資金を顧客に貸し付けて株式の売買を行う取引である。信用取引には,顧客が自己資金のみを用いて株式の売買を行う場合に比べより大きな利益を獲得することが期待できる反面,株価の予想が外れた場合にはより大きな損失が発生するという特性がある。

(イ) 信用取引の勧誘に伴う説明等

B及びCは,平成15年6月5日,原告に対し,信用取引の基本的仕組み及びリスクについての記載がされた,同月2日発売の投資情報誌「オール投資」2003年6月15日号の記事である「特集初歩から学ぶ【信用取引】事始め」のコピー(乙21の1)を提示・交付し,株式の信用取引を勧誘した。これに対し,原告は,アイメックスとの取引で損失を被った経験があったため,「リスクは取りたくない。」と告げて上記勧誘を断った。

Bは,同年7月8日,原告に対し,電話でb社株5000株の信用取引による買い付けを勧誘した。

原告は,上記勧誘に応じることとし,信用取引によるb社株5000株の買付注文を行い,これにより同日の午後3時の取引終了間際に買い付けが実施された。

上記買い付けの約定が成立した後,Bは,その約定内容を原告に電話で連絡し,その後,同日の午後3時の取引終了後に原告を訪問し,信用取引の仕組み,同取引を行うには売買代金の30パーセント以上で,かつ,30万円以上の委託保証金が必要であること,委託保証金が不足すると,追加保証金の差し入れが必要になること,同取引には株式投資に伴うリスク(価格変動リスク及び信用リスク)及び信用取引のリスク(当初投資金額を上回る損失が発生する可能性)等のリスクがあること等が記載され,末尾に信用取引制度説明書受領書兼信用取引ご確認書(同書には「私(当法人)は,貴社から受領した信用取引制度の内容を確認し,その商品性,取引の仕組み及び投資リスクについて,説明を受けて理解しました。よって,私(当法人)の判断と責任において,信用取引を行うことを確認します。」との記載がある。)が添付された信用取引制度説明書(乙7の1)及び信用取引口座設定約諾書(乙7の3)を交付した。

原告は,上記ご確認書及び約諾書に署名押印し(乙7の2・3),これらをBに交付した。

ウ PCAの勧誘等

(ア) PCAの商品特性

PCAとは,格付機関による格付けがBB格ないしB格の米国の社債を運用対象とする投資信託である。BB格ないしB格の社債は,BBB格以上の格付けがされた,いわゆる投資適格債と比べ,信用リスク(債務不履行,金利不払い,倒産等が発生するリスク)が高い反面,期待収益率が高いという特徴がある。被告は,PCAをミドルリスク・ミドルリターンの高利回り社債ファンドと位置付けている(乙4の3)。

被告が顧客から取得するPCAの販売手数料は,買付額の3.5パーセントの金額(消費税抜き)である。

(イ) PCAの勧誘に伴う説明等

Bは,平成15年7月2日,原告宅を訪問し,原告にPCAの購入を勧誘した。その際,Bは,原告に対し,PCAの要約目論見書(乙4の1)及び目論見書(乙4の2)を示し,PCAについて,毎月分配が行われる投資信託であること,BB+格ないしB-格の高利回りの米国社債を中心に投資するため信用リスクが高い反面,期待収益率が高いという特徴があること等を説明し,同要約目論見書及び目論見書を交付した。上記要約目論見書は1枚の書面であるところ,その表面には,PCAが「追加型株式投資信託」であって,「収益性の高い米国の高利回り社債に投資」するものであることが記載され,その裏面には,「米国の高利回り社債に投資することにより,高い金利収入の確保とともに,証券の値上り益の獲得を目指します。」,「ファミリーファンド方式により,投資時において『BB+格』から『B-格』の高利回りの米国社債を中心に投資します。」,「<高利回り債(ハイ・イールド債)とは>S&P社やムーディーズ社といった格付機関は,元本および利息が契約の定め通り支払われる確実性の程度により,債券に対して信用格付の付与を行っています。その中で『BB+格』相当以下の格付けを付与されている債券は,一般的に『ハイ・イールド債』と呼ばれます。ハイ・イールド債は,投資適格債と比較して信用リスクが高い反面,期待収益率が高い特徴があります。」等の記載がされ,格付機関による債券の格付けには,A以上,BBB,BB,B,CCC,CC及びC以下(+,-の符合は省略。)があり,A以上及びBBBは投資適格債,BB以下はハイ・イールド債であることが図をもって示されており,さらに,最下部の実線で四角に囲まれた枠内には,「投資信託のお申込みに関して,以下の点をご理解いただき,投資の判断はお客様ご自身でなさいますようお願いいたします。」との記載がされるとともに,同記載の下に「投資信託は,株式,公社債などの値動きのある証券(外国証券には為替リスクもあります)に投資しますので,基準価額は変動します。したがって,ご購入時の価額を下回ることもあります。これらに伴うリスクはお客様ご自身の負担となります。」との記載がされていた。また,上記要約目論見書の裏面には,PCAの申込手数料について「3.5%を上限として各販売会社毎に定めるものとします。」との記載もされていた。

さらに,Bは,原告に対し,「投資信託」に関する投資確認書(乙9の1)の左側部分の「『投資信託』投資の重要事項のご説明」と題する部分を示し,そこに記載された「基準価格変動リスク」,「信用リスク」及び「その他留意すべき事項」について説明した。

原告は,「私は,下記の取引を行なうに際して,『投資信託』投資の重要事項の説明を受け,また,貴社から受領した『目論見書』の内容を確認し,その商品性,および投資信託のリスクについて十分に理解しました。よって,私の判断と責任において,下記の銘柄に投資することを確認します。」との記載及び同記載の下部に「銘柄名:PCA米国高利回り社債オープン」との記載がされた,上記確認書の右側部分の「『投資信託』に関する投資確認書」と題する部分に署名押印し(乙9の2),これをBに交付した。

エ ブル2.5及びベア2.5の勧誘等

(ア) ブル2.5及びベア2.5の商品特性

ブル2.5は,株価指数先物取引を積極的に活用し,株式市場全体の値動きを上回る投資成果を目指す投資信託であり,その基準価額の値動きが,株式市場における代表的株価指標のおおむね2.5倍程度の投資成果を目指すため,株価指数先物取引の買建総額が純資産総額に対して250パーセント程度になるように調整を行うものである。

ベア2.5は,株価指数先物取引を積極的に活用し,株式市場全体の値動きを上回る投資成果を目指す投資信託であり,その基準価額の値動きが,株式市場における代表的株価指標のおおむね2.5倍程度反対の投資成果を目指すため,株価指数先物取引の売建総額が純資産総額に対して250パーセント程度になるように調整を行うものである。

ブル2.5及びベア2.5において活用される株価指数先物取引は日経平均株価を対象とした先物取引であって,上記代表的株価指数は日経平均株価を意味する。

投資信託においては,リスク(取引における危険性)及びリターン(取引による収益)の目安を示す5段階のリスク分類(RR1ないしRR5)がされているが,ブル2.5及びベア2.5は最もリスクの高いRR5(積極値上がり益追求型)に相当するリスクのある投資信託である(証人B)。

被告が顧客から取得するブル2.5及びベア2.5の販売手数料は,いずれも申込金額(取得申込日の基準価額に取得申込口数を乗じて得た金額)の2.5パーセントの金額(消費税抜き)である。また,被告においては,ブル2.5とベア2.5の間での手数料無料の乗換えは行われていない。

ブル2.5及びベア2.5は,上記のとおり,いずれも日経平均株価の値動きの2.5倍程度の投資成果を目指す投資信託であるから,その基準額の値動きが激しいため,相場の動きいかんによっては短期で頻繁な売買あるいは乗換えを行うこともある金融商品である。

(イ) ブル2.5及びベア2.5の勧誘に伴う説明等

B及びその上司であるEチーフマネージャーは,平成15年8月14日,原告にブル2.5及びベア2.5を勧誘した。その際,Bは,原告に対し,ブル2.5及びベア2.5の各要約目論見書(乙25の1・2。併せて,以下「ブルベア要約目論見書」ということがある。)の各表面に記載された各「投資方針」の(a)の部分(ブル2.5の要約目論見書の同部分には「株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度の投資成果を目指して運用します。株式組入総額と株価指数先物取引の買建総額の合計額が純資産総額に対しておよそ2.5倍程度になるよう調整を行います。」と,ベア2.5の要約目論見書の同部分には「株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度反対の投資成果を目指して運用します。株価指数先物取引の売建額が純資産総額に対しておよそ2.5倍程度になるよう調整を行います。」とそれぞれ記載されていた。)を示し,ブル2.5及びベア2.5がともに,株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度の投資成果を目指して運用するものであること,日経平均先物で運用するものであって,日経平均がベンチマークとなるため,日経平均が1パーセント変動した場合,基準価額が2.5パーセント程度変動するように調整されているものであること等を説明し,リスクについて,予想が外れた場合には日経平均の変動幅の2.5倍の損失が発生する旨の説明をした。また,Bは,原告に対し,ブルベア要約目論見書の各裏面を示し,ブル2.5及びベア2.5の手数料がともに申込金額の2.5パーセントであること,被告ではブル2.5とベア2.5の間での手数料無料の乗換えは行われていないことを説明した。ブルベア要約目論見書の各裏面には,ブル2.5あるいはベア2.5の申込手数料が「取得申込日の基準価額に取得申込口数を乗じて得た申込金額に,2.5%の手数料率を乗じて得た金額」であることがそれぞれ記載され,それらの記載の下には,それぞれ「販売会社によりましては,『ブル2.5セレクト』,『ベア2.5セレクト』,『2.5セレクトマネー』間において乗換え(スイッチング)ができる場合があります。詳しくは販売会社にご確認下さい。」との記載がされており,さらに,同書の各裏面の各下部の赤枠で囲まれた部分には,それぞれ「当ファンドは,元金が保証されているものではありません。」との記載がされていた。

Bは,同月15日,原告に電話でブル2.5の買い付けを提案し,原告は,ブル2.5の8000万口の買付注文を行った(約定代金743万0050円)。

Bは,同日,原告に対し,ブル2.5及びベア2.5の各目論見書(ともに訂正事項分を含む。乙5の1・2,6の1・2)及びブル・ベア型投資信託投資の重要事項の説明書2通(乙10の1,11の1)を交付し,原告は,上記各説明書の右側の,それぞれ「私は,下記の取引を行なうに際して,『ブル・ベア型投資信託』投資の重要事項の説明を受け,また,貴社から受領した『目論見書』の内容を確認し,その商品性,および投資信託のリスクについて十分に理解しました。よって,私の判断と責任において,下記の銘柄に投資することを確認します。」との記載がある「『ブル・ベア型投資信託』に関するお申込み確認書」と題する部分に,それぞれ署名押印し,上記各部分中の各銘柄名欄に「SMAMブル2.5セレクト」あるいは「SMAMベア2.5セレクト」と記載し,これらを被告に差し入れた。

オ 2部上場株及び新興市場株の勧誘等

(ア) 2部上場株及び新興市場株の商品特性

2部上場株は,東証2部,大証2部等の2部市場に上場された株式であって,いわゆる1部上場株と比べて知名度が低く,投機性の高い株式であり,株価の下落によるリスクの大きい金融商品である。

新興市場株は,将来に拡大・成長が期待される分野に属する事業を行う企業や新しい技術・着想に基づく企業が発行する株式で,ベンチャー企業を中心とした将来性のある新興企業に資金調達の場を提供する目的で,上場基準を緩くした株式市場(新興市場。マザーズ市場,ヘラクレス市場,セントレックス市場,ジャスダック市場等がある。)に上場されたものである。新興市場株を発行する会社は設立後の経過年数が浅く,経営基盤が確立されていない場合も少なくないため,新興市場株は,東証や大証といった既存市場に上場された株式に比べ投機性が高く,リスクの大きい金融商品である。

(イ) 2部上場株及び新興市場株の勧誘に伴う説明等

原告は,Bから勧誘され,平成16年4月7日,東証2部に上場していた三井物産テレパーク株を現物取引で購入した。

原告は,同月9日,ヘラクレス市場に上場していたサイバーファーム株を現物取引で購入した。

Bは,平成16年5月28日,原告に,マザーズ市場,ヘラクレス市場,セントレックス市場,アンビシャス市場及びQ-Board市場といった各新興市場の特徴が記載された新興市場上場等の説明書(乙15の1)の内容を説明するとともにこれを交付した。また,Bは,同日,原告に対し,新興市場上場銘柄投資の重要事項説明書(乙15の2)の左側部分の「『新興市場上場銘柄』投資の重要事項のご説明」と題する部分の内容を説明し,同説明書を交付した。上記部分には,「新興市場とは」の表題の下に「・ベンチャー企業を中心とした将来性のある新興企業に,資金調達の場を提供する目的で,上場基準を緩くした株式市場のことです。」,「・この市場に上場している銘柄の多くは,将来の拡大・成長が期待される分野に属する事業または新たな技術・着想に基づく企業で,既存市場(東京証券取引所や大阪証券取引所等)とは異なるところがあります。」「・設立後の経過年数が浅く経営基盤が確立されていない企業も少なくはありません。」,「このように新興市場の株式投資は既存市場の株式投資に比べリスクが大きいのでお客様におかれましては,以下の重要事項のご案内事項およびご一緒にお渡しいたします『新興市場上場等の説明書』をよくお読みの上ご購入くださいますようお願い申し上げます。」との記載がされ,さらに,「<新興市場銘柄等の取引に関する注意事項>」の表題の下に「・企業の成長期の段階から投資が可能というメリットがある反面,期待通りの成長が見込めない場合があり,企業業績の悪化等により投資元本を割り込んだり全額を失う場合があります。」等の記載がされていた。

原告は,「私は,貴社から『新興市場上場等の説明書』を受領し,かつ『新興市場上場銘柄』投資の重要事項の説明を受け,その商品性,取引の仕組み,および投資リスクについて確認し十分に理解しました。よって,私の判断と責任において,下記『新興市場上場銘柄』の取引を行なうことを確認します。」との記載がされた上記重要事項説明書の右側部分の「『新興市場上場銘柄』の取引に関する確認書」と題する部分に署名押印し(乙15の3),これをBに交付した。

(4)  本件取引における個別の取引の態様

本件取引における個別の取引は,b社株の買い付けや取引終盤の株式等の売却,手仕舞いを除き,すべてBによる勧誘・提案により行われたが,それらすべてについて原告は事前に了承していた。

原告は,平成16年初めころから,Bが相場状況等の情報を原告に連絡できるようにするため,Bに対し,ファックスでスケジュール表を送付し,また,携帯電話に出ることができなくなるゴルフ場や病院に行く際には,同情報の連絡を受けるため,原告からBに事前の連絡をするようになった。

(5)  売買報告書等の送付等

被告は,本件取引における個別の取引の都度,原告に対し,当該取引について,自己又は委託の別,売り付け又は買い付けの別,取引の種類,顧客名,約定年月日,銘柄,数量,単価,金額,手数料等が記載された取引報告書(株式取引報告書(乙37の1),信用取引報告書(乙37の2),投資信託取引報告書(乙37の3))を送付していた。また,被告は,原告に対し,定期的(1か月ないし3か月程度ごと)に,その時点での信用取引保証金等の預託金の明細及びその残高並びに預託証券及びその数量・評価額等が記載された取引残高報告書(乙38)を送付していた。

原告は,上記取引残高報告書の内容に誤りがないことを確認した上で,同報告書の回答書兼担保同意書(乙39の1・2)に署名押印し,これを被告に差し入れており,被告に対して,上記取引報告書及び取引残高報告書の記載内容につき異議を述べたことはなかった。

また,原告は,平成15年10月14日から平成16年8月12日にかけて,6回にわたり,信用保証金として被告に預けている有価証券を被告が混同担保として使用することに同意する旨記載された同意書(乙39の3ないし8)に署名押印し,これらを被告に差し入れた。

(6)  アテンション制度による顧客訪問面談の実施

被告においては,自主的な制度として,顧客の取引管理を適切に行うため顧客に対する訪問及び面談による意思確認(自主アテンションによる顧客訪問面談)が行われており,本件取引について,平成16年6月及び7月の手数料が867万円,信用取引評価損が1563万円,信用取引保証金の預託率が38パーセントとなっていた事情にかんがみ,被告の高槻市店の内部管理責任者であるFは,同年8月12日,Dに対し,アテンション制度による顧客問面談の指示を行った(乙30)。

Dは,平成16年8月31日,原告宅を訪れて原告と面談し,顧客勘定元帳(直近3か月)及び顧客別残高明細(直近)を示して取引状況を説明した。原告は,その際,お取引事項確認回答書の「・お取引経過及びお預り金・銘柄(数量)は合致していますか。」及び「・確認いただいたお取引の損益は把握されていますか。」との確認事項に対する回答欄の「1.はい」に丸を付し,同書下部の「上記のとおり回答いたします。」との記載の右側で,「平成16年8月31日」との記載の下側の部分に署名押印した(乙30の5枚目)。

なお,原告は,平成16年8月31日には知人との昼食会に参加していたのであって,同日に上記面談は行われておらず,上記署名押印は同日にされたものではない旨主張し,原告本人の供述及び陳述書(甲16,20)にはこれに沿う部分があるが,原告は乙第30号証に署名押印をしたこと自体は認めており(原告本人),後記のとおり,原告が十分な社会経済上の知識及び判断力を有していたことに照らせば,上記回答書のような重要な書面の日付けを確認せず,あるいは日付けが記載されていない状態のまま署名押印することは考え難いこと,上記昼食会も終日行われていたわけではない(甲17)ことを考慮すれば,原告の供述及び陳述書の上記部分は信用することができず,原告の上記主張は採用することができない。

2  被告の不法行為責任の有無について

(1)  適合性原則違反について

証券会社の担当者が,顧客の意向と実情に反して,明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなど,適合性の原則から著しく逸脱した証券取引の勧誘をしてこれを行わせたときは,当該行為は不法行為法上も違法となると解するのが相当である(最高裁平成15年(受)1284号同17年7月14日第一小法廷判決・民集59巻6号1323頁参照)。

そして,当該取引についての顧客の適合性を判断するに当たっては,取引の対象となった金融商品の具体的特性,顧客の投資経験,投資知識,投資意向,財産状態等の諸要素を総合的に考慮する必要があると解される。そこで,本件についてこれら諸要素を検討する。

ア 本件取引の対象となった金融商品等(ただし,b社株の現物取引を除く。)の具体的特性及び本件取引全体の特性

(ア) 信用取引

前記認定のとおり,信用取引には,顧客が自己資金のみを用いて株式の売買を行う場合に比べ,より大きな利益を獲得することが期待できる反面,株価の予想が外れた場合には,より大きな損失が発生するという特性がある。

(イ) PCA

前記認定のとおり,PCAは,投資適格債に比べて信用リスクの高い社債を運用対象とする投資信託であり,被告においてミドルリスク・ミドルリターンの高利回り社債ファンドと位置付けられている商品である。一般に,投資信託は,多数の投資家が特定の者に対して資金の管理を委ね,その資金管理者の専門的判断により,上記資金を多数の運用対象に投資することによって,安定的かつ有利な投資を指向するものではあるが,上記のとおり,PCAはその運用対象が信用リスクの高い社債であることから,一般の公社債等を運用対象とする投資信託と比べるとそのリスクは大きく,金融商品全体の中でも比較的リスクの大きい商品と評価することができる。

(ウ) ブル2.5及びベア2.5

前記認定事実によれば,ブル2.5及びベア2.5は,いずれもRR5(積極値上がり益追求型)に相当するハイリスク・ハイリターンの金融商品で,日経平均株価の値動きの2.5倍程度の投資成果を目指す投資信託であるから,損失についても日経平均株価の値動きの2.5倍程度となる危険性を有するものであることが認められる。さらに,前記認定のとおり,被告が顧客から取得するブル2.5及びベア2.5の販売手数料は,いずれも申込金額(取得申込日の基準価額に取得申込口数を乗じて得た金額)の2.5パーセントの金額(消費税抜き)であり,この手数料額自体が一般の金融商品に比べてことさら高額なものとは認められないものの,前記認定のとおり,被告においてはブル2.5とベア2.5の間での手数料無料の乗換えは行われていないこと,ブル2.5及びベア2.5は,いずれもその基準額の値動きが激しいため,相場の動きいかんによっては短期で頻繁な売買あるいは乗換えを行うこともある金融商品であることを考慮すれば,顧客の手数料負担が大きいものとなる可能性の高い金融商品であると評価することができる。

(エ) 2部上場株及び新興市場株

前記認定のとおり,2部上場株はいわゆる1部上場株と比べて投機性の高い株式であり,株価の下落によるリスクの大きい金融商品である。

また,前記認定のとおり,新興市場株は,東証や大証といった既存市場に上場された株式に比べ投機性が高く,リスクの大きい金融商品である。

そして,前記認定のとおり,2部上場株は1部上場株に比べて知名度が低く,また,新興市場株を発行する会社は設立後の経過年数が少なく,経営基盤が確立されていない場合も少なくないのであるから,これら株式の相場の変動を予測することが投資経験の浅い者にとっては困難なものであると評価することができる。

(オ) 本件取引全体の特性

上記(ア)ないし(エ)のとおり,本件取引の対象となった金融商品等は,現物取引がされたb社株及び住友不動産の株式(別紙取引一覧表19及び31)を除き,いずれもリスクの大きいものであり,そのうち,2部上場株及び新興市場株は,投資経験の浅い者にとっては,その相場の変動を予測することが困難な金融商品であるというべきである。

また,前記認定のとおり,本件取引には,ブル2.5及びベア2.5のように,商品の特性上,顧客の手数料負担が大きいものとなる可能性の高い金融商品が含まれていただけでなく,実際にも,保有期間30日以内の取引が本件取引の約82.6パーセントを占めており,短期的に,かつ,頻繁に売買が行われたというべきであって,約2年間の本件取引において原告が負担することとなった手数料額は3130万7969円に及び,原告の手数料負担は大きいものであったというべきである。

以上によれば,本件取引は,主にリスクの大きい金融商品等を対象としており,その中には投資経験の浅い者にとっては相場の変動を予測することが困難な金融商品も含まれているとともに,顧客に及ぼす手数料負担が大きいことから,売買により相当な利益を上げなければ顧客が取引損を被ることになるという特性を有していたというべきである。したがって,本件取引は,全体として,顧客が利益を得るには相応の投資経験・知識を必要とする取引であり,積極的な投資意向を有する顧客に適した取引であったものと評価することができる。

イ 原告の属性

(ア) 投資経験・知識及び社会的経験・知識

① 前記認定のとおり,原告は,b社に在職中,従業員持株制度により同社の株式約2万株を取得したが,これを除き,本件取引を始めるまで株式の取引経験はない。

他方,前記認定のとおり,原告は,平成10年8月ころから,アイメックスを通じて商品先物取引を行った経験を有しており,同取引により被った約5700万円の損失はアイメックスの従業員の違法な勧誘行為等の不法行為による損害であると主張して,アイメックスに対し,損害賠償を求める訴えを提起した。

以上によれば,原告が本件取引の対象となっている株式や投資信託の取引に精通していて,これらの相場の変動要因等について高度の知識を有していたとまでは認めることはできないが,アイメックスとの取引及び上記訴えの提起を通じて投下した資金を超える損失を負う可能性があるという証拠金取引のリスクを理解しており,したがって,これと同様のリスクである信用取引のリスクについても理解しており,また,金融商品に投資した場合には,数千万円にも達する損失を被るリスクを伴うことがあることをも十分に理解していたものと認められる。

② 前記認定のとおり,原告は,昭和35年にd大学法学部を卒業後,a社に入社し,その後,b社及びc社に勤務しており,平成13年にc社を退職するまで,上記各社において主に海外関係,輸出営業関係の業務に携わっていたのであるから,十分な社会経済上の知識及び判断力を有していたことを認めることができる。

(イ) 投資意向

① 前記認定のとおり,原告は,平成15年4月1日,被告の高槻支店を訪問し,B及びCに,b社株1万株を買い付けたいと申し入れ,b社株を現物取引により購入することで本件取引を開始し,その後,同年5月19日及び同年7月2日にもb社株を現物取引で購入しており,同月3日にPCAを購入するまではb社株の現物取引以外の取引を行っていなかった。また,前記認定のとおり,原告は,同年6月5日,B及びCから信用取引を勧誘されたが,「リスクは取りたくない。」と告げてこれを断った。

前記認定のとおり,原告は,本件取引を開始する際,新規取引申込書の「当初のご投資目的」欄に印刷されていた「1.安定重視」,「2.利回り重視」,「3.値上がり益重視」,「4.上記2.3.のバランス」,「5.積極投資」の各選択肢のうち,「4.上記2.3.のバランス」の選択肢にチェックマークを記載した。

前記認定のとおり,原告は,本件取引において,信用取引,PCA,ブル2.5,ベア2.5,2部上場株及び新興市場株といったリスクの高い金融商品等の取引を行っているが,これらはいずれもBの勧誘により開始したものである。

② 以上によれば,原告は,b社株を現物取引で購入することを目的として本件取引を開始したのであって,本件取引開始時において,ハイリスク・ハイリターンな金融商品の取引を行う,あるいは,短期的に,かつ,頻繁に売買を行うといった積極的な投資を行う意向を有していなかったと認められる。

③ 被告は,原告はアイメックスから受領した和解金で直ちに本件取引を開始したのであって,原告の投資に対する積極性は顕著である旨主張する。しかし,前記認定のとおり,原告はb社株を現物取引により購入することで本件取引を開始し,B及びCから信用取引を勧誘された際に,アイメックスとの取引で損失を被った経験に基づいていったんはこれを断っていることを考慮すれば,原告は,アイメックスとの取引のときと同じ轍を踏みたくないと考えつつ本件取引を開始したと解することもできるのであって,アイメックスから受領した和解金で直ちに本件取引を開始したからといって,必ずしも原告の投資に対する積極性が顕著であると結論付けることはできず,被告の上記主張は採用することができない。

また,被告は,原告の投資に対する積極性は,原告が,Bに,相場状況等について問い合わせの連絡をし,ゴルフや通院等の予定をファックスで知らせるなどして,必ず連絡が取れるようにしていたことからも明らかであると主張するが,前記認定のとおり,原告がBとこのような連絡をするようになったのは,平成16年初めころからであって,Bからの勧誘によりPCA,信用取引,ブル2.5及びベア2.5といったリスクの高い金融商品等の取引を行うようになった後であるから,原告が上記のように連絡が取れるように配慮し,かつ,実際にも連絡を取り合っていたことは,原告が本件取引開始当時から積極的な投資意向を有していたことの根拠にはなり得ず,前記認定判断を妨げるものとはいえない。確かに,上記各事実は,原告が本件取引を継続していく過程で次第に投資に対する積極性を有するに至ったことの表れと評価できるものであるが,それは,主として,Bから多種のハイリスクな金融商品等の勧誘を受けたことの影響により生じた結果というべきであって,本件取引開始時においては,上記のとおり,積極的な投資を行う意向を有してはいなかったというべきである。

さらに,証人Bの証言及び陳述書(乙40)には,原告が,本件取引開始当初から,退職して時間ができたので株式投資による資産運用を腰を据えてやってみたいと思っているなどと話していた旨の部分があるが,原告本人の供述及び陳述書(甲16)にはこれと反対の趣旨の部分があること,証人Bの証言及び陳述書の上記部分について客観的な裏付けとなる証拠がないことを考慮すれば,証人Bの証言及び陳述書の上記部分は信用することができず,原告が上記発言をした事実を認めることはできない。

(ウ) 財産状況

前記認定のとおり,原告は,本件取引開始当時,少なくとも,約2000万円の銀行預金,自宅(ただし,原告妻との共有),併せて評価額約1200万円(平成11年11月当時)の土地建物を所有しており,年額約500万円程度の年金収入(b社における福祉制度による預託金からの年金と公的年金を合算した金額。なお,上記預託金は1500万円である。)を得ていたのに加え,平成15年3月から同年7月までの毎月末日にアイメックスから和解金として1000万円ずつ(合計5000万円)受領していた。また,本件取引において,原告が金融商品の代金等として被告に支払った金員の原資に借入金が含まれているとの事実は認められず,上記支払金はすべて原告の自己資金であることが認められる。

以上によれば,原告が本件取引開始前やその期間中に投資資金に乏しかったとまでは認められない。

ウ 総合

以上の検討によれば,本件取引が,全体として,顧客が利益を得るには相応の投資経験・知識を必要とするものであって,また,積極的な投資意向を有する顧客に適したものであるところ,原告は,十分な社会経済上の知識及び判断力を有し,信用取引のリスク及び金融商品に投資した場合には数千万円にも達する損失を被るリスクを伴うことがあることを十分に理解しており,また,本件取引開始前やその期間中に投資資金に乏しかったとは認められないものの,株式や投資信託の取引に精通していてこれらの相場の変動要因等について高度の知識を有していたとは認められず,さらに,本件取引開始時においては積極的な投資を行う意向を有しておらず,主としてBからの多種のハイリスクな金融商品等の勧誘を受けたことの影響により,その投資意向が変化し,次第に投資に対する積極性を有するに至ったにすぎないというべきであるから,本件取引において,原告を上記ハイリスクな金融商品等の取引に導いたBの前記認定のとおりの勧誘行為は,証券取引における適合性の原則から著しく逸脱したものといわざるを得ず,不法行為法上違法なものというべきである。

(2)  過当取引

ア 一般に証券取引は,投資者の責任と判断により行われるものであるが,証券の価格変動要因は極めて複雑であって,その投資の判断には高度の分析と総合能力を要する場合があるため,一般投資家は投資判断に当たって専門家である証券会社の勧誘ないし助言指導に依存する傾向がある。他方,証券会社は,一般投資家を証券取引に勧誘することによって手数料収入を得ており,取引頻度や取引金額が多くなればなるほど自己の収益が増大するので,顧客に対する勧誘には顧客を過当な取引に誘う危険が内在する。

したがって,証券会社が,顧客の取引口座に対して支配を及ぼして(口座支配性),顧客の信頼に乗じ,顧客の利益を犠牲にして売買委託手数料を稼ぐ等,自己の利益を図るために(悪意性)顧客の属性に照らして過当な頻度,数量の証券取引をすること(過度性)は,顧客に対する誠実義務に違反し,不法行為法上,違法なものと評価すべきである。すなわち,① 取引の過度性,② 口座支配性,③ 悪意性の各要件を検討し,各要件がすべて満たされる場合には,当該取引は違法な過当取引に当たり,証券会社は不法行為責任を負うことになる。

イ これを本件について検討すると,原告の主張によれば,本件取引期間中の買い付け及び売り付けを合計した取引回数は総計740回,年次回転率は16.99であること,前記認定のとおり,本件取引のうち保有期間30日以内の取引がその約82.6パーセントを占めること,原告は,株式や投資信託の取引に精通していてこれらの相場の変動要因等について高度の知識を有していたとはいえず,さらに,本件取引開始時においては積極的な投資を行う意向を有していなかったこと,本件取引における個別の取引は,b社株の買い付けや取引終盤の株式等の売却,手仕舞いを除き,すべてBによる勧誘・提案により行われていること等を考慮すれば,上記各要件が充足されると考えられなくもない。

しかし,前記認定のとおり,本件取引における個別の取引すべてについて原告は事前に了承していること,被告は,原告に対し,個別取引に係る取引報告書は同取引の都度,取引残高報告書は定期的(1か月ないし3か月程度ごと)にそれぞれ送付し,原告は,上記各報告書の内容に誤りがないことを確認した上で上記残高報告書の回答書兼担保同意書に署名押印して被告に差し入れているところ,上記各報告書の記載内容に対して異議を述べたことはなかったこと,原告は,平成15年10月14日から平成16年8月12日にかけて,6回にわたり,信用保証金として被告に預けている有価証券を被告が混同担保として使用することに同意する旨記載された同意書に署名押印して被告に差し入れていること,Dが平成16年8月31日に原告に顧客勘定元帳及び顧客別残高明細書を示して取引状況を説明した際,原告は,お取引事項回答書の「・お取引経過及びお預り金・銘柄(数量)は合致していますか。」及び「確認いただいたお取引の損益は把握されていますか。」との確認事項に対する回答欄の「1.はい」に丸を付し,同書下部の「上記のとおり回答いたします。」との記載の右側部分に署名押印したことを統合すれば,本件取引における個別の取引がいずれも原告の意思に反するものであるとは到底いえない。さらに,前記認定のとおり,原告は,平成16年初めころから,Bが相場状況等の情報を原告に連絡できるようにするため,Bに,ファックスでスケジュール表を送付し,また,携帯電話に出ることができなくなるゴルフ場や病院に行く際には原告からBに事前に連絡するようになったが,このことは,前説示のとおり,Bからの多種のハイリスクな金融商品等の勧誘の影響によるものとはいえ,原告が次第に投資に対する積極性を有するに至ったことの表れと評価できるのであるから,被告の従業員であるBが本件取引全体を主導していたということはできず,本件取引は前記②の口座支配性の要件を満たすものとは認められない。

ウ したがって,本件取引が過当取引であるという原告の主張は採用することができない。

(3)  説明義務違反

証券会社が持つ高度の専門性及び顧客が証券会社から提供される情報や勧奨に従うことが多いという証券取引の実態にかんがみると,証券会社及びその従業員は,一般投資家である顧客に投資勧誘を行うに当たり,当該顧客が当該取引に伴う危険性を認識し自主的な投資判断を行えるようにするため,取引の内容や顧客の属性に応じて,顧客が取引に伴う危険性について的確な認識を形成するに足りる情報を提供して説明すべき義務を負うというべきである。以下,本件で原告が説明義務違反を問題としている各金融商品等ごとに検討することとする。

ア 信用取引について

前記認定のとおり,信用取引には,顧客が自己資金のみを用いて株式の売買を行う場合に比べ,より大きな利益を獲得することが期待できる反面,株価の予想が外れた場合には,大きな損失が発生するというリスクがあるところ,原告は,アイメックスとの取引を通じてこのような信用取引のリスクを本件取引開始当時すでに理解していたものと認められる。そうすると,前記認定のとおり,Bが原告に信用取引のリスク等が記載された信用取引制度説明書及び信用取引口座設定約諾書を交付し,原告が同説明書に添付されたご確認書及び同約諾書に署名したのが本件取引における最初の信用取引による買付注文が実施された後(同注文が実施された平成15年7月8日の取引終了後)であることを考慮しても,本件取引における信用取引の勧誘について,原告に対する説明義務違反があったと認めることはできない。

イ PCA

前記認定のとおり,PCAは,格付機関からBB格ないしB格の格付けがされた信用リスクの高い米国の社債を運用対象とする投資信託であって,一般の公社債等を運用対象とする投資信託と比べるとリスクが大きい金融商品である。したがって,証券会社の従業員は,PCAを勧誘するに当たっては,顧客がその取引に伴う危険性について的確な認識を形成するため,投資信託であること,販売手数料等の事項のほか,その運用対象が上記のとおり信用リスクの高い米国の社債であることを説明しなければならないと解すべきである。

前記認定のとおり,本件において,Bは,原告に対しPCAを勧誘する際,PCAが投資信託であること,運用対象が信用リスクの高い米国の社債であること,基準価額が購入金額を下回る場合のあること,申込手数料が3.5パーセントを上限として各販売会社毎に定めるものであること等の記載がされたPCAの要約目論見書及び目論見書を示し,PCAについて,毎月分配が行われる投資信託であること,BB+格ないしB-格の高利回りの米国社債を中心に投資するため信用リスクが高い反面,期待収益率が高いという特徴があること等を説明し,さらに,「投資信託」に関する投資確認書の左側部分の「『投資信託』投資の重要事項のご説明」と題する部分を示し,そこに記載された「基準価格変動リスク」,「信用リスク」及び「その他留意すべき事項」について説明した。

原告本人は,BがPCAの勧誘をする際,その運用対象となる社債の格付けやリスクの程度等について全く具体的な説明をしなかったため,そのリスクについて理解しておらず,また,それが投資信託であることすら理解していなかった旨供述する。しかし,前記認定のとおり,BがPCAの勧誘をする際交付した上記要約目論見書は1枚の書面であって,その表面にはPCAが米国の高利回り社債に投資する投資信託である旨の,その裏面には,PCAの運用対象であるBB+格以下の債券は投資適格債と比較して信用リスクが高い旨の記載がそれぞれされているところ,前説示のとおり,原告は,十分な社会経済上の知識及び判断力を有していたのであって,これらの記載を十分理解できると認められること,前記認定のとおり,原告は,PCAの目論見書の内容を確認しその商品性及びリスクについて十分に理解した旨の記載のある上記確認書中の「『投資信託』に関する投資確認書」と題する部分に署名押印し,これをBに交付していることに照らせば,原告本人の上記供述は信用することができない。

したがって,Bに本件取引におけるPCAの勧誘について,原告に対する説明義務違反があったと認めることはできない。

ウ ブル2.5及びベア2.5

前記認定のとおり,ブル2.5及びベア2.5は,いずれも日経平均株価の値動きの2.5倍程度の投資成果を目指す投資信託であって,損失についても日経平均株価の値動きの2.5倍程度となる危険性を有するものであり,また,顧客の手数料負担が大きいものとなる可能性の高い金融商品である。したがって,証券会社の従業員は,ブル2.5及びベア2.5を勧誘するに当たっては,顧客がそれらの取引に伴う危険性について的確な認識を形成するため,ブル2.5及びベア2.5が日経平均先物を運用して株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度の投資成果を目指すものであること等の基本的仕組みのほか,取引による損失が日経平均株価の値動きの2.5倍程度となる危険性を有するものであること,手数料額及びブル2.5とベア2.5の間での手数料無料の乗換えは行われていないことを顧客に説明しなければならないと解すべきである。

前記認定のとおり,本件において,Bは,原告にブル2.5及びベア2.5を勧誘する際,ブル2.5及びベア2.5がともに株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度の投資成果を目指して運用するものであること,元金が保証されるものではないこと,手数料が申込金額の2.5パーセントの金額であること,販売会社によってはブル2.5及びベア2.5の間で乗換えができる場合があるため,顧客に対し販売会社に確認することを勧める文言等の記載がされたブルベア要約目論見書を示し,ブル2.5及びベア2.5がともに,株式市場全体の値動きのおよそ2.5倍程度の投資成果を目指して運用されるものであること,日経平均先物で運用されるものであって,日経平均がベンチマークとなるため,日経平均が1パーセント変動した場合,基準価額が2.5パーセント程度変動するように調整されているものであること,予想が外れた場合には日経平均の変動幅の2.5倍の損失が発生すること,ブル2.5及びベア2.5の手数料がともに申込金額の2.5パーセントであること,被告ではブル2.5とベア2.5の間での手数料無料の乗換えは行われていないこと等を説明した。そして,原告は,ブル2.5及びベア2.5の各目論見書の内容を確認し,それらの商品性及びリスクについて十分に理解した旨の記載のある,ブル・ベア型投資信託投資の重要事項の説明書(2通)中の各「『ブル・ベア型投資信託』に関するお申し込み確認書」と題する部分にそれぞれ署名押印し,これらを被告に差し入れた。したがって,本件取引におけるブル2.5及びベア2.5の勧誘について,原告に対する説明義務違反があったと認めることはできない。

原告は,被告の従業員は,原告に対し,ブル2.5及びベア2.5を勧誘する際,単にこれらが日経平均株価の2.5倍の値動きとなるといった説明をするだけでは足りず,そのことが他の投資信託に比べて高いリスクにつながっており,ブル2.5及びベア2.5が投資信託の中でも最上位のハイリスク商品であることを明示すべきであり,さらに,ブル2.5及びベア2.5の頻繁な乗換売買を行うに際しては,原告に,なぜブル2.5からベア2.5に乗り換えるのか,なぜ両建を行うのかなど,その個別取引の意味と手数料負担の実情を理解させ,その上で取引を行うかどうかを確認すべきであった旨主張する。しかし,前説示のとおり,原告は,十分な社会経済上の知識及び判断力を有していたのであって,前記のとおりのBが説明した事項について理解していれば,ブル2.5及びベア2.5の取引に伴う危険性について的確な認識を形成することが可能であったと解されるのであるから,原告の上記主張は採用することができない。

エ 2部上場株及び新興市場株について

前記認定のとおり,2部上場株は,いわゆる1部上場株と比べて知名度が低く,投機性の高い株式であり,株価の下落によるリスクの大きい金融商品であり,新興市場株は,設立後の経過年数が少なく,経営基盤が確立されていない場合も少なくない会社が発行する株式であって,東証や大証といった既存市場に上場された株式に比べ投機性が高く,リスクの大きい金融商品である。したがって,証券会社の従業員は,2部上場株及び新興市場株を勧誘するに当たっては,顧客に対し,その取引に伴う危険性について的確な認識を形成するため上記リスクについて顧客が十分に理解し得るような説明をしなければならないと解すべきである。

前記認定のとおり,本件において,Bは,平成16年5月28日,原告に,新興市場の特徴が記載された新興市場上場等の説明書の内容を説明するとともにこれを交付し,さらに,新興市場株を発行する会社は設立後の経過年数が少なく経営基盤が確立されていない企業も少なくないこと,新興市場株の株式投資は既存市場(東証や大証等)の株式投資に比べリスクが大きいこと,企業業績の悪化等により投資元本を割り込み,その全額を失う場合があること等が記載された,新興市場上場銘柄投資の重要事項説明書中の「『新興市場上場銘柄』投資の重要事項のご説明」と題する部分の内容を説明し,同説明書を交付した。そして,原告は,同日,新興市場株の商品性,取引の仕組み及び投資リスクについて十分に理解した旨の記載のある,上記重要事項説明書中の「『新興市場上場銘柄』の取引に関する確認書」と題する部分に署名押印し,これをBに交付した。Bによる上記説明及び原告による上記説明書への署名押印は,いずれも,原告が最初に2部上場株を購入した平成16年4月7日及び新興市場株を購入した同月9日よりも後にされたのであるが,2部上場株及び新興市場株のリスクは,基本的には相場の変動により損失を被ることがあるという株式取引一般のリスクと同様のものであって,2部上場株及び新興市場株が,いずれも1部上場株より投機性が高く,リスクの高い金融商品であることは,十分な社会経済上の知識を有する者であれば理解しているものと考えられるところ,前説示のとおり,原告は十分な社会経済上の知識及び判断力を有しており,また,前記認定のとおり,原告は本件取引開始前に,b社株を取得した経験を有していたことに照らせば,原告は2部上場株及び新興市場株の取引に伴うリスクについてある程度の理解を有していたものと解するのが相当である。このような原告の属性とBによる上記説明の内容等を併せ考えれば,原告が本件取引における2部上場株及び新興市場株の取引を行う際,同取引に伴う危険性について的確な認識を有していなかったとは評価できないというべきである。したがって,本件取引における2部上場株及び新興市場株の勧誘について,原告に対する説明義務違反があったと認めることはできない。

原告は,証券会社の従業員が2部上場株及び新興市場株を勧誘する際には,個別銘柄について,その会社の概要や業績,値動きの実情等を説明しなければならない旨主張する。しかし,顧客が2部上場株及び新興市場株の取引に伴う危険性について的確な認識を形成するためには,新興市場の特徴や,これらの株式が,設立後の経過年数が少なく,経営基盤が確立されていない場合も少なくない会社が発行するものであること,1部上場株と比べて投機性が高く,株価の下落によるリスクの大きい金融商品であること等を理解することで足りると考えられるのであるから,原告の上記主張は採用することができない。

オ 以上によれば,本件取引において,被告の従業員による説明義務違反があったものと認めることはできない。

なお,当裁判所は,前説示のとおり,原告が本件取引において前記各確認書等に署名押印し被告に差し入れたことを,説明義務違反がなかったとの判断の根拠の一つと考えるところ,原告本人の供述及び陳述書(甲16)には,Bから形式上必要であると告げられ,その内容を理解しないまま前記各確認書等に署名押印した旨の部分があるが,前説示のとおり,原告は十分な社会経済上の知識及び判断力を有していたことに照らせば,原告が,前記各確認書等のような重要な書面に,その内容を理解しないままに署名押印するとは考え難く,原告本人の供述及び陳述書の上記部分は信用することができない。

(4)  まとめ

前説示のとおり,Bの前記勧誘行為は,前記(1)の点において違法であるというべきである以上,その余の点について違法ということはできないとしても,前説示のとおりの本件取引の態様・特性に照らして全体として違法であると評価するのが相当である。したがって,被告は,被告を通じて本件取引を行った原告に対し,不法行為(使用者責任)による損害賠償責任を負うものと認めるのが相当である。

3  原告の損害額について

(1)  前記認定事実を総合すれば,原告は,Bの違法な勧誘によって,2292万8865円の損害を被ったことが認められる。

原告は,上記損害額には原告の意向に反したものとはいえないb社株の取引による利益が含まれているところ,これらの利益を上記損害額から除外して計算すれば,本件取引による損失は2923万5408円となるのであって,かかる金額が不法行為により原告が被った実損額である旨主張する。しかし,前説示のとおり,本件取引全体の態様・特性を考慮した結果,本件取引におけるBの前記勧誘行為は適合性原則に違反するものであって,全体として違法と評価されるものであること,原告が除外すべきであるとするb社株の取引には信用取引によるものも含まれていることに照らせば,b社株の取引を除外して原告の損害額を算定すべき合理的理由は認められず,原告の上記主張は採用することができない。

(2)  被告は,争点②について明示的に過失相殺の主張をしてはいないものの,争点①についての被告の主張アないしウの事実(原告が本件取引の不適格者ではないと認めるべき事実,本件取引が原告の意向に沿ったものであると認めるべき事実及び被告の従業員であるBが原告に対し各金融商品等について十分な説明をしている事実)は,本件取引による損害の発生についての原告の過失を基礎付ける事実の主張を含むものと解されるから,職権により過失相殺の成否について検討するに,前記認定事実に照らせば,次の各事実を指摘することができる。

① 原告は,本件取引に関し適合性を有するとまでは認めることができないものの,十分な社会経済上の知識及び判断力を有し,アイメックスとの取引及び損害賠償を求める訴えの提起やその訴訟過程を通じて金融商品に投資することは数千万円にも達する損失を被るリスクを伴う場合があることを十分に理解していたにもかかわらず,アイメックスから受領した和解金等をも原資としてリスクの大きい金融商品等の取引を開始し,本件取引の過程で次第に投資に関する積極性を有するに至り,取引の拡大に寄与している。

② 原告は,取引報告書及び取引残高報告書の送付を受け,これらを通じて,取引の実態や生じている損失の詳細を知り,又は知ることができたにもかかわらず,取引を継続していた。

③ 原告は,Bから本件取引の対象となった各金融商品等のリスクについての説明を受け,これらについて理解していた。

これらの各事実に加え,本件に現れた諸般の事情を斟酌すると,原告が本件取引により受けた損害のうち8割を過失相殺するのが相当である。

したがって,上記過失相殺後の原告の損害額は,458万5773円となる。

(3)  前説示のとおりの,原告が被告に対し賠償を求めることのできる本件取引に係る賠償額,本件事案の内容,本件訴訟追行の難易度,本件審理の経過等諸般の事情を考慮すると,前記不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は45万円をもって相当と認める。

4  結論

以上によれば,被告は,原告に対し,不法行為に基づき,503万5773円及びこれに対する不法行為の日の後である平成17年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものというべきである。

よって,原告の本件請求は,503万5773円及びこれに対する不法行為の日の後である平成17年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平林慶一 裁判官 原司 裁判官 飯島暁)

<以下省略>

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